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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】植物原料由来の凍結防止剤の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 3/18 20060101AFI20240312BHJP
   C12P 7/52 20060101ALI20240312BHJP
   C12P 7/54 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
C09K3/18
C12P7/52
C12P7/54
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020089284
(22)【出願日】2020-05-22
(65)【公開番号】P2021183671
(43)【公開日】2021-12-02
【審査請求日】2023-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】391007460
【氏名又は名称】中日本ハイウェイ・エンジニアリング名古屋株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001977
【氏名又は名称】弁理士法人クスノキ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】清水 芳久
(72)【発明者】
【氏名】東 正勝
(72)【発明者】
【氏名】柳瀬 優
【審査官】中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-205934(JP,A)
【文献】特開2007-037469(JP,A)
【文献】特開2001-048684(JP,A)
【文献】特開2008-263862(JP,A)
【文献】特表2012-515549(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105131984(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K3/18
C12P7
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物原料に含まれるリグニンなどの難分解性有機物を白色腐朽菌により好気性分解して低分子化したうえ、これをアルカリ条件下で酸生成菌により嫌気性処理して有機酸を生成させ、この嫌気性処理液の上澄み液に含まれる有機酸を溶媒抽出により濃縮し、凍結防止剤とすることを特徴とする植物原料由来の凍結防止剤の製造方法。
【請求項2】
前記植物原料が、木質系廃材又は稲わらなどであることを特徴とする請求項1に記載の植物原料由来の凍結防止剤の製造方法。
【請求項3】
前記植物原料をマイクロ波または高温高圧で前処理したうえで、白色腐朽菌により好気性分解することを特徴とする請求項1又は2に記載の植物原料由来の凍結防止剤の製造方法。
【請求項4】
前記有機酸が、酪酸、プロピオン酸、酢酸などの低級脂肪酸を主とするものであることを特徴とする請求項1から3の何れかに記載の植物原料由来の凍結防止剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物原料由来の凍結防止剤の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
冬季における道路の凍結を防止するために道路に散布される凍結防止剤として、従来から塩化ナトリウム、塩化カルシウム等の無機塩化物が大量に使用されている。しかしこれらの無機塩化物からなる凍結防止剤については、環境への二次的影響が指摘されている。具体的には、河川などの水質への影響、植物や農地への影響、周辺の鋼構造物や車両の金属腐食等である。特に高速道路や道路橋梁においては、凍結防止剤の塩化物イオンがコンクリートの内部に浸透して鉄筋を保護している不動態被膜を破壊し、鉄筋を錆びさせるのみならず、コンクリートにひび割れを生じさせ、コンクリートの剥離、剥落等の危険な状態を招くおそれがある。
【0003】
この問題を解決するため、塩化物イオンを避けた酢酸カルシウム・マグネシウム、酢酸ナトリウム等の有機酸系凍結防止剤が製造されている。しかし従来の有機酸系の凍結防止剤は無機塩化物系の凍結防止剤に比較して生産コストが数倍となるため、経済的観点から部分的な散布にしか使用することができない。
【0004】
一方、木材の伐採やその加工に伴って散材、廃材などの木質系廃棄物が大量に発生しており、その処分に困っている状況がある。そこでこれらの木質系廃材や稲わらなどの植物原料を用いて凍結防止剤を製造する試みがなされている。
【0005】
例えば特許文献1には、枯れた松材を粉砕して熱風乾燥し、乾留により発生させた木ガスから木酢液を回収し、カルシウムと反応させて凍結防止剤を製造する方法が提案されている。また特許文献2には、枯れた松材のセルロースを希硫酸で熱水処理し、中和したうえ発酵処理して得られた有機酸から凍結防止剤を製造する方法が提案されている。しかしこれらの方法は加熱処理や薬剤を必要とすることもあって、やはり凍結防止剤の製造コストが高くなるという問題を持っていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2010-155913号公報
【文献】特開2011-205934号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決して、木質系廃材などの安価な植物原料を用いて、有機酸系凍結防止剤を低コストで製造することができる新規な技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するためになされた本発明の植物原料由来の凍結防止剤の製造方法は、植物原料に含まれるリグニンなどの難分解性有機物を白色腐朽菌により好気性分解して低分子化したうえ、これをアルカリ条件下で酸生成菌により嫌気性処理して有機酸を生成させ、この嫌気性処理液の上澄み液に含まれる有機酸を溶媒抽出により濃縮し、凍結防止剤とすることを特徴とするものである。
【0009】
なお、植物原料は木質系廃材又は稲わらなどとすることができる。また、植物原料をマイクロ波または高温高圧で前処理したうえで、白色腐朽菌により好気性分解することにより、分解効率を高めることもできる。また、前記有機酸が、酪酸、プロピオン酸、酢酸などの低級脂肪酸を含有するものであることが好ましい。
【0010】
この方法で製造された植物原料由来の凍結防止剤は塩分を含有せず、有機酸を主成分とするものであるため、従来のように環境への二次的影響が生じたり、鉄筋を錆びさせたり、コンクリートにひび割れを生じさせたりすることもない。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の製造工程を示すブロック図である。
図2】実施例におけるリグニン量のグラフである。
図3】実施例における酸溶解性リグニン量のグラフである。
図4】嫌気性処理における有機酸生成量のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明の好ましい実施形態を示す。
図1は本発明の製造工程を示すブロック図である。本発明では凍結防止剤の原料として、植物原料を使用する。植物原料の種類は特に限定されるものではないが、散材、廃材などの木質系廃棄物のほか、稲わらなども用いることができる。これらは安価、または無料で入手できるうえに、木質系廃棄物を用いれば処分に困っていた廃棄物の処理に貢献することもできる。原料となる植物原料は反応を促進するために、微粉砕しておくことが好ましい。
【0013】
木材は主要成分であるセルロース、ヘミセルロース、難分解性のリグニンを含むものである。本発明では木材腐朽菌の一種である白色腐朽菌を用いてこれらを好気性条件下で分解し、低分子化して多糖類とする。白色腐朽菌は木材に含まれる難分解性のリグニンを分解する能力を持ち、リグニンが分解された後に残留する、セルロース、ヘミセルロースの色である白色に変色させることから、白色腐朽菌と呼ばれる。本発明では例えばウスキイロカワタケ(phanerochaete sordida)を利用することができるが、白色腐朽菌の種類はこれに限定されるものではない。
【0014】
寒天あるいは液体培地で予め白色腐朽菌を培養したうえ、上記した植物原料の粉砕物を添加し、室温の好気性条件下に置けば、植物原料に含まれるリグニンを白色腐朽菌が好気性分解して低分子化し、多糖類が生成される。白色腐朽菌を培養するための培地には、リン酸塩などの栄養塩やグルコースなどの易分解性有機物を添加して菌糸の成長を促進することができる。好気性分解を進行させる培地としては水を加えた液体培地を用いることにより、リグニン分解時間を短縮できることが判明した。好ましい含水率は50~90wt%程度である。
【0015】
本発明者の実験によれば、2週間で木材中のリグニンの約50wt%が分解された。このように白色腐朽菌によるリグニンの分解にはある程度の時間を要するが、粉砕した植物原料をマイクロ波による前処理を行うことにより、リグニン分解を促進することができる。このほか、粉砕された木質原料に例えば130℃、200kPaの高温高圧による処理を施せば、さらにリグニン分解を促進することができる。
【0016】
次に、多糖類を含む好気性分解液を嫌気性処理リアクターに送り込み、酸生成菌などの嫌気性菌により嫌気性処理を行うことにより有機酸を生成させる。酸生成菌は汚泥中から採取し、嫌気性処理リアクター内において数日間馴致しておく。実験の結果、pHが比較的高い領域において有機酸の生成量が多くなることが確認されたので、pHを7.3~7.9のアルカリ側に調整しておくことが好ましい。pHが8を超えると有機酸の生成量が低下する傾向を示す。
【0017】
この嫌気性処理はバッチ処理であっても、連続処理であってもよい。連続処理の場合には、例えばスパイラル状の撹拌手段により嫌気性処理リアクターの槽内液を低速で出口側に向けて徐々に移動させながら、嫌気性処理を進行させることができる。この嫌気性処理により、処理液中に酢酸、プロピオン酸、酢酸などの低級脂肪酸を主とする水溶性の有機酸が生成される。
【0018】
嫌気性処理リアクターには嫌気性汚泥とその上澄み液が発生するが、上記した有機酸は上澄み液中に含まれる。嫌気性処理装置から上澄み液を抽出することによって、処理槽内液に含まれる有機酸の濃度を10倍程度に濃縮することができる。なお、嫌気性汚泥は酸生成菌などの嫌気性菌を多量に含有するため沈降分離して再使用できるが、必要に応じて余剰汚泥は嫌気性処理リアクターから取り除けばよい。
【0019】
嫌気性処理リアクターから取り出される上澄み液は黒色の液体であるうえ有機酸の濃度が低いため、そのままでは凍結防止剤として道路に散布することはできない。そこでさらに溶媒抽出により、上澄み液から水溶性の有機酸を抽出する。溶媒としては、例えばトリブチルリン酸を使用することができる。この結果、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの有機酸をさらに10倍程度濃縮することができる。また黒色の色素は抽出されないため無色となり、そのまま道路に散布することができる凍結防止剤が得られる。
【0020】
このようにして得られた植物原料由来の凍結防止剤は塩分を含有せず、有機酸を主成分とするものである。その凍結効果を確認したところ、本発明の凍結防止剤を用いることにより、4℃における融氷速度が水道水に比較して8%速くなり、また凍結時間は水道水の6倍となることが確認された。
【0021】
以上に説明した通り、本発明によれば植物原料を白色腐朽菌による好気性処理したうえで酸生成菌による嫌気性処理を行うことにより有機酸を生成することができ、塩分を含有しない植物原料由来の凍結防止剤を安価に製造することができる。以下に本発明の実施例を示す。
【実施例
【0022】
菌類キノコ遺伝資源研究センターから分譲された白色腐朽菌(ウスキイロカワタケ、phanerochaete sordida)を(ポテト・デキストロース・寒天)培地に接種して7日間培養した。
【0023】
杉と檜の混合物である木質系散材を汎用粉砕機を用いて粉砕して粒子径を1mm以下に調整し、三角フラスコに入れ、通気性の蓋で密閉した。これをオートクレーブ処理(120℃、30分)して滅菌したうえ、超純水で散材木粉の含水率を50wt%に調整した。上記の培地から直径5mmのコルクボーラーで白色腐朽菌を培地とともに打ち抜き、得られた円板を散材木粉の入った三角フラスコの中央部に1枚ずつ接種した。コントロールサンプルとして散材木粉のみの三角フラスコを作成した。双方を25℃のインキュベータ内にて好気性条件下で2週間培養した。
【0024】
その後、散材木粉のリグニン量を測定した。リグニン量の測定手順は次の通りである。
【0025】
先ず、木粉サンプル1gを入れた円筒形ろ紙をエタノールとベンゼンの混合有機溶媒で、6時間ソックスレー抽出を行い、有機溶媒可溶分を抽出し、混合有機溶媒を除去した後に円筒形ろ紙とともに秤量して有機溶媒可用分を測定した。
【0026】
上述の有機溶媒可溶分を抽出した後の脱脂木粉約0.3gを氷上にて4.5mlの72%H2SO4と合わせ、30℃で1時間インキュベーションした。次に蒸留水でH2SO4の濃度を3%にまで薄め、オートクレーブで30分間加熱処理した後、ろ過吸引した。残渣を秤量してリグニン量とした。またこのろ液0.3mLに2.7mLの3%H2SO4を加えて10倍希釈し、分光光度計を用いて205~210nm近傍の吸光度を測定し、酸溶解性リグニン量を求めた。
【0027】
その結果は、図2図3に示すとおりであった。図2はリグニン量を示し、コントロールサンプルでは14日経過後もリグニン量は変化しなかったが、白色腐朽菌を接種したサンプルではリグニン量が顕著に低下し、分解率は約50%であった。一方、図3に示す酸溶解性リグニンは14日経過後に少量ながら増加した。これにより、白色腐朽菌の存在により難分解性でしかも高分子のリグニンが低分子の有機物である酸溶解性リグニンに分解されていることが確認された。
【0028】
次に、嫌気性処理リアクターに馴致した嫌気性汚泥を採取し、好気性処理された散材木粉含有液を投入して室温で嫌気性処理を行った。有機酸生成量を毎日測定した結果、図4の通りの結果が得られた。酢酸、プロピオン酸、イソ酪酸、酪酸が生成されたことを示している。
【0029】
この嫌気性処理リアクターから上澄み液を抽出し、トリブチルリン酸による溶媒抽出を行った。得られた凍結防止剤は無色であり塩分を含有しないものである。凍結防止効果を確認したところ、前記した通りこの凍結防止剤を添加することにより4℃における融氷速度が水道水に比較して8%速くなり、また凍結時間は水道水の6倍となった。これにより本発明の凍結防止剤の融雪効果、凍結防止効果が確認された。
図1
図2
図3
図4