(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法、表面処理皮膜を有するアルミニウム及び表面処理皮膜を有するアルミニウムで少なくとも一部を構成した容器
(51)【国際特許分類】
C25D 11/20 20060101AFI20240312BHJP
C25D 11/08 20060101ALI20240312BHJP
C25D 11/18 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
C25D11/20 302
C25D11/08
C25D11/18 301Z
(21)【出願番号】P 2023181986
(22)【出願日】2023-10-23
【審査請求日】2023-10-23
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】523401951
【氏名又は名称】春日井アルマイト工業有限会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136504
【氏名又は名称】山田 毅彦
(72)【発明者】
【氏名】関▲崎▼ 諭
(72)【発明者】
【氏名】青木 俊太
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-350741(JP,A)
【文献】特許第2932437(JP,B1)
【文献】実開平06-016471(JP,U)
【文献】特開2006-111894(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微細な孔又は凹部を有する酸化皮膜をアルミニウムの表面に形成する陽極酸化処理と、
前記酸化皮膜の前記微細な孔又は凹部にヨウ素又はヨウ素化合物を含浸させるヨウ素含浸処理と、
前記ヨウ素含浸処理後における前記酸化皮膜の封孔処理と、
を行う、表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法であって、
前記封孔処理として60℃以上80℃未満の温水を用いた温水封孔を行う、表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法。
【請求項2】
前記封孔処理として70℃以上75℃以下の温水を用いた温水封孔を行う請求項
1記載の表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法。
【請求項3】
前記温水封孔を行うことによって前記酸化皮膜の前記微細な孔又は凹部にベーマイトを析出させずにバイヤライトを析出させる請求項1記載の表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法。
【請求項4】
前記温水封孔を行うことによって前記酸化皮膜のアドミッタンス測定試験による封孔度を40μS以上60μS以下にする請求項1記載の表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法。
【請求項5】
前記陽極酸化処理では、温度が5℃以上15℃以下であり、かつ硫酸の濃度が15wt%以上25wt%以下である硫酸の電解液中において10μm以上50μm以下の厚さを有する酸化皮膜を形成し、
前記ヨウ素含浸処理では、前記ヨウ素又はヨウ素化合物の電気泳動電着によって前記酸化皮膜の前記微細な孔又は凹部に前記ヨウ素又はヨウ素化合物を含浸させ、かつヨウ素の含有率が1.0wt%以上5.0wt%以下となるようにした前記ヨウ素又はヨウ素化合物の溶液に30V以上110V以下の電解電圧を1分以上5分以下印加する、
請求項1記載の表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法。
【請求項6】
前記温水封孔の処理時間を3分以上7分以下とする請求項
1乃至
5のいずれか1項に記載の表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法。
【請求項7】
表面処理皮膜を有するアルミニウムであって、
前記表面処理皮膜は、
微細な孔又は凹部を有する酸化皮膜と、
前記微細な孔又は凹部に含浸されているヨウ素又はヨウ素化合物と、
を有し、
前記酸化皮膜のアドミッタンス測定試験による封孔度が40μS以上60μS以下となっているアルミニウム。
【請求項8】
表面処理皮膜を有するアルミニウムであって、
前記表面処理皮膜は、
微細な孔又は凹部を有する酸化皮膜と、
前記微細な孔又は凹部に含浸されているヨウ素又はヨウ素化合物と、
前記微細な孔又は凹部において析出しているバイヤライトと、
を有するアルミニウム。
【請求項9】
前記表面処理皮膜には、ニッケルが元素として含まれていない請求項
7又は
8記載のアルミニウム。
【請求項10】
前記表面処理皮膜には、ベーマイトが析出していない請求項
7又は
8記載のアルミニウム。
【請求項11】
請求項
7又は
8記載の表面処理皮膜を有するアルミニウムで少なくとも一部を構成した容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法、表面処理皮膜を有するアルミニウム及び表面処理皮膜を有するアルミニウムで少なくとも一部を構成した容器に関する。
【背景技術】
【0002】
硫酸電解液やシュウ酸電解液等の電解液を用いてアルミニウムの表面に酸化皮膜を形成する処理はアルマイトとして知られている。また、酸化皮膜としてアルミニウムの表面に形成された酸化アルミニウム(Al2O3)自体もしばしばアルマイトと呼ばれる。陽極酸化(アルマイト)処理の主な目的としては、耐食性向上、着色、潤滑性や耐摩耗性の付与及び電気的絶縁等が挙げられる。
【0003】
アルミニウムに陽極酸化処理を行うと、表面に微細な孔又は凹凸が生じる。このため、通常、陽極酸化処理後には、微細な孔又は凹凸を塞ぐための封孔処理が行われる。封孔処理としては、高圧容器内において加圧蒸気を用いて封孔する加圧蒸気封孔、沸騰水中において封孔する沸騰水封孔及び酢酸ニッケルの水溶液中において封孔する酢酸ニッケル添加封孔が代表的である。
【0004】
また、アルミニウムを含む金属の酸化皮膜に形成される微細な孔又は凹凸にヨウ素又はヨウ素化合物を含浸させることによって殺菌性及び抗菌性を付与する技術が知られている(例えば特許文献1参照)。実用的な具体例として、アルミニウムの陽極酸化処理を行った後、入手が容易なヨウ素化合物であるポリビニルピロリドン・アイオダイド(PVPI:polyvinylpyrrolidone iodide)を電気泳動電着によって酸化皮膜の微細孔に含浸させることによって殺菌性及び抗菌性を有する材料を製作することができる。尚、PVPIは、ポビドンヨード(povidone iodine)とも呼ばれる。
【0005】
特許文献1記載の手法は、PVPIの含浸後において封孔処理を行わない技術、すなわちPVPIが外部に露出している皮膜構造を形成する技術である。これは、PVPIの含浸後において封孔処理を行うと、封孔処理の直後には殺菌性及び抗菌性を発揮するPVPIが酸化皮膜の微細孔又は微細凹凸内に閉じ込められてしまう一方、従来の封孔剤を用いた封孔処理を行うとヨウ素が封孔剤に溶け出して変色してしまうためである。
【0006】
そこで、PVPIの含浸後においてPVPIが部分的に露出するように封孔処理を行う技術が提案されている(例えば特許文献2参照)。特許文献2記載の手法は、酸化皮膜の微細孔又は微細凹凸に染色剤と混合したPVPIを浸漬染色することにより、或いは、PVPIを電気泳動電着により含浸させた後、少なくとも低温封孔処理を行い、必要に応じて高温封孔処理も行うものである。
【0007】
低温封孔処理は、酸化皮膜が形成された基材を、フッ化ニッケルや酢酸ニッケルを主成分とする低温の封孔液に浸漬することによってPVPIが少なくとも気化して拡散し得る程度に微細孔又は微細凹凸を部分的に閉じる封孔処理であり、高温封孔処理は、PVPIの気化及び放散がない状態まで微細孔又は微細凹凸を完全に閉じる封孔処理であるとされている。そして、少なくとも低温封孔処理を含む封孔処理によってPVPIの気化を抑制し、耐候性を発揮できるとされている。
【0008】
加えて、特許文献2には、封孔剤にPVPIを混合することによって、微細孔又は微細凹凸内のみならず皮膜状の封孔部分からもPVPIを拡散させることが記載されている。このため、高温封孔処理を行った場合であっても、皮膜状の封孔部分からPVPIが拡散し、皮膜状の封孔部分が摩耗した後は、微細孔又は微細凹凸内のPVPIが拡散することによって殺菌性及び抗菌性が継続的に発揮されるとされている。
【0009】
他に、酸化皮膜の微細孔又は微細凹凸への電気泳動電着によるヨウ素化合物の含浸に先立って、有機染料による着色又は電解着色を行う方法や(例えば特許文献3参照)、ヨウ素化合物としてトリメチルスルフォキソニウム・アイオダイド(TMSOI:Trimethylsulfoxonium iodide)又はトリメチルスルフォニウム・アイオダイド(TMSI:Trimethylsulfonium iodide)を用いる方法も知られている(例えば特許文献4乃至6参照)。
【0010】
尚、特許文献3に記載されている手法では、ヨウ素化合物の含浸後に封孔処理が行われないと解される一方、特許文献4乃至6に記載されている手法では、封孔剤を用いた封孔処理、封孔剤を用いずに80℃以上の熱水で封孔する封孔処理、85℃以上のヨウ素化合物水溶液中に酸化皮膜を浸漬することによってヨウ素化合物の含浸とともに封孔も行う処理が可能とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2000-054194号公報
【文献】特開2005-350741号公報
【文献】特開2001-169996号公報
【文献】特開2012-197481号公報
【文献】特開2012-197482号公報
【文献】特開2014-047380号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述したように酸化皮膜を表面に形成し、かつ酸化皮膜の微細孔又は微細凹凸にヨウ素又はヨウ素化合物を含浸させたアルミニウムを物体に接触させると、ヨウ素の赤褐色の色が物体に付着する場合がある。すなわち、ヨウ素特有の赤褐色の色が色落ちする場合がある。加えて、ヨウ素の臭いが生じるのみならず、物体にヨウ素の臭いが移る場合がある。その結果、酸化皮膜を表面に形成し、かつ酸化皮膜の微細孔又は微細凹凸にヨウ素又はヨウ素化合物を含浸させたアルミニウムを用いて容器や器等を構成することが困難になるという問題がある。
【0013】
これに対して、フッ化ニッケルや酢酸ニッケルを主成分とする低温の封孔液で封孔処理すれば、ヨウ素の色が物体に付着したり、ヨウ素の臭いが物体に移ったりすることを低減できるとの提案もなされているものの、ニッケルやニッケル酸化物は、人体に有害であるとの報告や少なくとも人体に有害である疑いがあるという問題がある。このため、医療用器具に代表されるように、ニッケルを使用しないニーズがある場合には、封孔液を用いた封孔処理を行うことができない。
【0014】
他方、ヨウ素化合物であるTMSOI及びTMSIは、PVPIと比較して非常に高価である。このため、ヨウ素化合物としては、入手が容易なPVPIを用いることが望まれる。
【0015】
そこで、本発明は、ヨウ素化合物の種類に関わらず、酸化皮膜を表面に形成し、かつ酸化皮膜の微細孔又は微細凹凸にヨウ素又はヨウ素化合物を含浸させたアルミニウムに物体を接触させても、物体にヨウ素又はヨウ素化合物特有の色や臭いが付着し難くなるようにすることを目的とする。
【0016】
また、本発明の他の目的は、ヨウ素化合物の種類に関わらず、酸化皮膜を表面に形成し、かつ酸化皮膜の微細孔又は微細凹凸にヨウ素又はヨウ素化合物を含浸させたアルミニウムに物体を接触させても、物体にヨウ素又はヨウ素化合物特有の色や臭いが付着し難くなるようにすることを、ニッケルを使用せずに実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法は、微細な孔又は凹部を有する酸化皮膜をアルミニウムの表面に形成する陽極酸化処理と、前記酸化皮膜の前記微細な孔又は凹部にヨウ素又はヨウ素化合物を含浸させるヨウ素含浸処理と、前記ヨウ素含浸処理後における前記酸化皮膜の封孔処理とを行うものであり、前記封孔処理として60℃以上80℃未満の温水を用いた温水封孔を行うものである。
【0020】
また、本発明の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムは、前記表面処理皮膜として、微細な孔又は凹部を有する酸化皮膜と、前記微細な孔又は凹部に含浸されているヨウ素又はヨウ素化合物とを有し、前記酸化皮膜のアドミッタンス測定試験による封孔度が40μS以上60μS以下となっているものである。
【0021】
また、本発明の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムは、前記表面処理皮膜として、微細な孔又は凹部を有する酸化皮膜と、前記微細な孔又は凹部に含浸されているヨウ素又はヨウ素化合物と、前記微細な孔又は凹部において析出しているバイヤライトとを有するものである。
【0022】
また、本発明の実施形態に係る容器は、上述した表面処理皮膜を有するアルミニウムで少なくとも一部を構成したものである。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法の手順を示すフローチャート。
【
図2】
図1に示す製造方法で製造される表面処理皮膜を有するアルミニウムの詳細構造を示す模式図。
【
図3】
図1に示す陽極酸化処理における電解液の温度と、表面処理皮膜の状態との関係を示す表。
【
図4】
図1に示すヨウ素含浸処理における通電時間、封孔方法及び表面処理皮膜の状態の関係を示す表。
【
図5】本発明の第2の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法の手順を示すフローチャート。
【
図6】
図5に示す温水封孔後における表面処理皮膜の状態を他の封孔処理後における表面処理皮膜の状態と比較した表。
【
図7】
図5に示す温水封孔の処理時間と、表面処理皮膜の状態との関係を示す表。
【
図8】本発明の第3の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法の手順を示すフローチャート。
【
図9】本発明の第4の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法の手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法、表面処理皮膜を有するアルミニウム及び表面処理皮膜を有するアルミニウムで少なくとも一部を構成した容器について添付図面を参照して説明する。
【0025】
(第1の実施形態)
図1は、本発明の第1の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法の手順を示すフローチャートである。
【0026】
図1に示すように、表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法は、前処理を行う工程P1、陽極酸化(アルマイト)処理を行う工程P2、電気泳動電着によるヨウ素含浸処理を行う工程P3、封孔処理を行う工程P4、乾燥を行う工程P5を有する。
【0027】
工程P1における前処理では、脱脂処理、エッチング及びスマット除去等の公知の処理が実施される。脱脂処理は、溶剤、アルカリ又は酸等を用いてアルミニウムの表面を洗浄することによって油分を除去する処理である。エッチングは、水酸化ナトリウム溶液等のアルカリ溶液を用いてアルミニウムの表面を溶解させることにより、傷を除去したり、脱脂処理後に残留する油分を落としたりする処理である。スマット除去は、エッチングの際にアルミニウムの表面に残る残渣を硝酸溶液等で落とす処理である。前処理としては、他に、化学研磨や化学梨地を行っても良い。
【0028】
工程P2における陽極酸化処理は、電気分解によって微細な孔又は凹部を有する酸化皮膜をアルミニウムの表面に形成する処理である。具体的には、アルミニウムを酸性水溶液中に浸漬して陽極(アノード)とし、通電することによってアルミニウムの表面に酸化皮膜が形成される。
【0029】
工程P2における陽極酸化処理は、10μm以上50μm以下の厚さを有する酸化皮膜が形成されるように、温度が5℃以上15℃以下であり、かつ硫酸の濃度が15wt%以上25wt%以下である硫酸の溶液中において行われる。
【0030】
工程P3におけるヨウ素含浸処理は、ヨウ素又はヨウ素化合物の電気泳動電着によって酸化皮膜の微細な孔又は凹部にヨウ素又はヨウ素化合物を含浸させる処理である。従って、工程P2における陽極酸化処理は、一次電解処理に該当し、工程P3におけるヨウ素含浸処理は、二次電解処理に該当する。
【0031】
入手が容易なヨウ素化合物の代表例としては、PVPIが挙げられるが、TMSOIやTMSIはもちろん、他のヨウ素化合物又はヨウ素単体を用いて電気泳動を行っても良い。ヨウ素化合物の種類に応じてヨウ素のみが酸化皮膜の微細な孔又は凹部に電着する場合と、ヨウ素化合物が酸化皮膜の微細な孔又は凹部に電着する場合がある。
【0032】
工程P3におけるヨウ素含浸処理は、ヨウ素の含有率が1.0wt%以上5.0wt%以下となるようにしたヨウ素又はヨウ素化合物の溶液に30V以上110V以下の電解電圧を1分以上5分以下の電解時間だけ印加することによって行われる。
【0033】
工程P4における封孔処理は、ヨウ素含浸処理の後において酸化皮膜の微細な孔又は凹部を閉じる処理である。封孔処理の種類としては、加圧蒸気封孔、沸騰水封孔及びニッケル塩封孔が代表的であるが、加圧蒸気封孔は採用されない。これは、加圧蒸気封孔を行うと、ヨウ素が酸化皮膜の微細な孔又は凹部から漏れ出して、ムラが生じることが試験で確認されたためである。
【0034】
加圧蒸気封孔以外の方法で封孔処理を行う場合には、封孔処理を行っても完全に酸化皮膜の微細な孔又は凹部が閉塞される訳ではなく、酸化皮膜の微細な孔又は凹部が部分的に閉塞されることになる。酸化皮膜の微細な孔又は凹部が閉塞される度合いは、封孔度を指標として評価される。封孔度を求めるための封孔度試験には、染色液点滴試験、りん酸-クロム酸水溶液浸せき試験、アドミッタンス測定試験など複数あり、封孔度試験ごとに封孔度は異なる値となる。
【0035】
封孔度が高い封孔方法を採用すれば、封孔処理の本来の目的である酸化皮膜の耐食性の向上に繋がる。一方、封孔度が低い封孔方法を採用すれば、不完全に閉塞された酸化皮膜の微細な孔又は凹部から漏れ出るヨウ素の量が増加するため、ヨウ素による殺菌効果及び抗菌効果の向上に繋がる。このため、表面処理皮膜を有するアルミニウムに要求される性質に合わせて封孔方法を選択することができる。
【0036】
ニッケル塩封孔は、フッ化ニッケルや酢酸ニッケル等のニッケル塩を主成分とする封孔液に酸化皮膜を浸漬することによって微細な孔又は凹部を閉じる封孔処理である。代表的な具体例として、酢酸ニッケルの水溶液からなる封孔液中において封孔処理を行う場合には、典型的には封孔液の温度を95℃以上とし、封孔液に酸化皮膜を10分から20分程度浸漬することによって封孔処理が行われる。
【0037】
他にニッケル塩封孔以外の金属塩封孔として酢酸コバルト等のコバルト塩を用いた封孔処理も知られている。酢酸ニッケル封孔等のニッケル塩封孔又はコバルト塩封孔を採用すれば、ヨウ素の殺菌効果及び抗菌効果に加えて、ニッケル又はコバルトの殺菌効果及び抗菌効果を得ることができる。
【0038】
沸騰水封孔は、80℃以上の熱水、典型的には95℃から100℃の熱水に酸化皮膜を浸漬することによって微細な孔又は凹部を閉じる封孔処理である。沸騰水封孔を採用すれば、封孔処理後におけるアルミニウムの表面処理皮膜にニッケル元素が含まれないことになる。このため、沸騰水封孔を採用すれば、人体に有害である疑いがあるニッケルを使用することができない医療用器具や医療用部品の素材として表面処理皮膜を有するアルミニウムを用いることが可能となる。
【0039】
逆に、ニッケル塩封孔等の金属塩封孔による封孔度は、沸騰水封孔による封孔度よりも高い。このため、表面処理皮膜を有するアルミニウムの耐食性を重視する場合には、金属塩封孔を採用しても良い。
【0040】
尚、実際に上述した処理条件で陽極酸化処理及びヨウ素含浸処理を行った後、ニッケル塩封孔のみを行った場合と、沸騰水封孔のみを行った場合について、それぞれアドミッタンス測定試験で封孔度を測定した。アドミッタンス測定試験は、酸化皮膜におけるアドミッタンスの測定値を封孔度とする封孔度試験である。アドミッタンスの測定値の単位は、ジーメンス[S]であり、ジーメンス[S]は電気抵抗(レジスタンス)及びインピーダンスの単位であるオーム[Ω]の逆数([S]=[1/Ω])である。
【0041】
アドミッタンス測定試験の結果、5分間ニッケル塩封孔を行った場合における封孔度は20.0μS、85℃の熱水で5分間沸騰水封孔を行った場合における封孔度は30.0μSとなった。アドミッタンス測定試験によって測定される封孔度は、測定値[S]が小さい程、封孔度[%]が高いことを表す。例えば、最も高い封孔度が得られる加圧蒸気封孔を行った場合における封孔度は0μS付近に達する。このため、アドミッタンス測定試験の結果としても、ニッケル塩封孔による封孔度[%]が、沸騰水封孔による封孔度[%]よりも高いことが確認できる。
【0042】
封孔処理としては、異なる封孔処理を2回行う2段階封孔も知られている。このため、特に封孔度及び耐食性を向上することが望ましい場合には、酢酸ニッケル封孔等の金属塩封孔を行った後に、沸騰水封孔を行うようにしても良い。
【0043】
工程P4における封孔処理が完了すると、酸化皮膜の表面が純水で洗浄される。このため。その後の工程P5において自然乾燥又は温風乾燥が実施される。
【0044】
次に上述した製造方法で製造される表面処理皮膜を有するアルミニウムの詳細構造について説明する。
【0045】
図2は、
図1に示す製造方法で製造される表面処理皮膜1を有するアルミニウム2の詳細構造を示す模式図である。
【0046】
図2に示すように母材であるアルミニウム2の表面には、表面処理皮膜1が形成される。そして、表面処理皮膜1は、微細な孔又は凹部3を有する酸化皮膜4、微細な孔又は凹部3に含浸されているヨウ素又はヨウ素化合物5、微細な孔又は凹部3の開口部付近において析出している封孔層6を有する構造となる。
【0047】
典型的には、
図2に例示されるように縦断面における形状がU字型となっており、中心軸及び深さ方向が概ね酸化皮膜4の表面に垂直となっている多数の微細な止まり孔3が酸化皮膜4に形成されると考えられている。そして、ヨウ素又はヨウ素化合物5は、止まり孔3の内面に析出すると考えられる。一方、封孔層6の大部分は、主に止まり孔3の開口部付近において止まり孔3の内面から止まり孔3の中心軸に向かって析出していると考えられる。
【0048】
但し、陽極酸化処理の条件によっては、縦断面における形状がV字型等となっており、中心軸及び深さ方向が概ね酸化皮膜4の表面に垂直となっている多数の微細な凹部が酸化皮膜4に形成される場合もあると考えられる。その場合においても、ヨウ素又はヨウ素化合物5は凹部の内面に析出し、封孔層6の大部分は主に凹部の開口部付近において凹部の内面から凹部の中心軸に向かって析出していると考えられる。
【0049】
酸化皮膜4の封孔処理を行っても加圧蒸気封孔を行わない限り封孔度は100%とならない。すなわち、酸化皮膜4は完全封孔されず、半封孔の状態となる。具体的には、微細な孔又は凹部3が、封孔層6によって不完全に閉じられる。換言すれば、封孔層6には、微細な孔又は凹部3の開口部よりも更に狭い微細な隙間が残っており、微細な隙間のサイズは、封孔度に応じたサイズとなる。
【0050】
このため、封孔層6の微細な隙間をヨウ素又はヨウ素化合物5が通過し、表面処理皮膜1の外部に拡散する。その結果、微細な孔又は凹部3から漏れ出たヨウ素又はヨウ素化合物5による殺菌効果及び抗菌効果を得ることができる。そこで、表面処理皮膜1を有するアルミニウム2で少なくとも器や箱等の容器の一部を構成することができる。すなわち、表面処理皮膜1を有するアルミニウム2を容器の素材として用いることができる。
【0051】
封孔層6の組成は、封孔処理の種類に応じた組成となる。例えば、ニッケル塩封孔を行う場合であれば、ニッケル及びニッケル塩の一方又は双方が封孔層6として析出する。一方、沸騰水封孔を行うとベーマイト(Al2O3・H2O)が封孔層6として形成される。
【0052】
(効果)
図3は、
図1に示す陽極酸化処理における電解液の温度と、表面処理皮膜の状態との関係を示す表である。
【0053】
図3の表は、濃度が20wt%の硫酸溶液中においてアルミニウムの陽極酸化処理を行って厚さが30μmの酸化皮膜を形成した後、ヨウ素の含有率が3.0wt%となるようにしたPVPIの溶液に3分間電圧を印加することによってヨウ素の電気泳動電着を行った場合における表面処理皮膜の状態を示している。
【0054】
図3の表に示すように一次電解として行われる陽極酸化処理の電解液温度と、二次電解として行われるヨウ素の電気泳動電着を行う際における電解電圧を変化させ、酸化皮膜の状態、ヨウ素の析出状態及びヨウ素の析出量をそれぞれ調べた。より具体的には、陽極酸化処理の電解液温度は、5℃から30℃まで5℃刻みで変化させた。一方、電気泳動電着を行う際における電解電圧は30V、50V、80V、100Vとした。尚、
図3の表において、〇は品質が良好であることを、△は品質が許容範囲であることを、×は品質が許容範囲外であることを、それぞれ表している。
【0055】
表面処理試験の結果、陽極酸化処理の電解液温度が15℃を超えると、ヨウ素の電気泳動電着によって過剰な量のヨウ素が析出することが判明した。加えて、ヨウ素の過剰な析出によって、ムラが生じるなどヨウ素の析出状態も好ましくない状態になることが判明した。ヨウ素の析出量が過剰であると、表面処理皮膜の表面に接触又は近づけた物体にヨウ素の色や臭いが付着することになる。
【0056】
このため、硫酸の濃度が15wt%以上25wt%以下である硫酸の電解液中において10μm以上50μm以下の厚さを有する酸化皮膜を形成する陽極酸化処理を行う場合には、電解温度を5℃以上15℃以下とすることにより、ヨウ素の過剰な析出を回避することができる。その結果、表面処理皮膜の表面に接触又は近づけた物体にヨウ素の色や臭いが付着することを回避又は低減することができる。これは、ヨウ素化合物が析出する場合においても同様であると考えられる。
【0057】
また、
図3の表に示すように、陽極酸化処理の電解温度を5℃以上15℃以下とする場合において、ヨウ素含浸処理としてヨウ素の電気泳動電着を行う際における電解電圧の適切な範囲は、ヨウ素の過剰な析出を回避する観点から、30V以上110V以下であることも判明した。これは、ヨウ素化合物が析出する場合においても同様であると考えられる。
【0058】
図4は、
図1に示すヨウ素含浸処理における通電時間、封孔方法及び表面処理皮膜の状態の関係を示す表である。
【0059】
図4の表は、液温が10℃で濃度が20wt%の硫酸溶液中においてアルミニウムの陽極酸化処理を行って厚さが30μmの酸化皮膜を形成した後、ヨウ素の含有率が3.0wt%となるようにしたPVPIの溶液に100Vの電圧を印加することによってヨウ素の電気泳動電着を行った場合における表面処理皮膜の状態を示している。
【0060】
図4の表に示すように二次電解として行われるヨウ素の電気泳動電着を行う際における通電時間と、ヨウ素の電気泳動電着後における封孔方法を変えて表面処理皮膜の状態を調べた。より具体的には、ヨウ素の電気泳動電着を行う際における通電時間を、1分、3分、5分及び10分に設定した。一方、ニッケル塩封孔、85℃の熱水を用いた沸騰水封孔、75℃の温水を用いた温水封孔でそれぞれ封孔処理を行った他、封孔処理を行わない場合についても表面処理皮膜の状態を調べた。
【0061】
表面処理皮膜の状態としては、ヨウ素の電気泳動電着直後かつ封孔処理前における皮膜表面の色調又は外観に加えて、封孔処理後又は封孔処理を行わない場合におけるその後のヨウ素の溶出状態、粉吹きの程度、脱色の程度及びヨウ素臭の程度をそれぞれ評価した。尚、
図4の表において、〇は品質が良好であることを、△は品質が許容範囲であることを、×は品質が許容範囲外であることを、それぞれ表している。また、未封孔の場合における評価結果は、不純物を除去するための、常温の純水を用いた洗浄後における評価結果を表している。
【0062】
表面処理試験の結果、ヨウ素の電気泳動電着を行う際における電解時間を5分超としても、有効なヨウ素の析出量の増加は確認できなかった。すなわち、PVPIの溶液に5分を超えて100Vの電圧を印加しても、ヨウ素に由来する色調の変化は確認できず、ヨウ素の過剰な析出が増加するのみであった。
【0063】
従って、ヨウ素含浸処理として、ヨウ素の含有率が1.0wt%以上5.0%以下であるヨウ素又はヨウ素化合物の溶液に30V以上110V以下の電解電圧を印加することによってヨウ素又はヨウ素化合物の電気泳動電着を行う場合には、電解電圧を1分以上5分以下の電解時間だけ印加することが、ヨウ素の過剰な析出を回避する観点から適切である。すなわち、二次電解処理の通電時間を1分以上5分以下とすれば、表面処理皮膜の表面に接触又は近づけた物体にヨウ素の色や臭いが付着することを回避又は低減することができる。これは、ヨウ素化合物が析出する場合においても同様であると考えられる。
【0064】
一方、封孔方法については、ニッケル塩の種類、封孔時間及び封孔温度等の封孔条件を変化させれば表面処理状態が変化する。すなわち、
図4の表は、ある封孔条件と封孔方法で封孔処理を行った場合における表面処理試験の結果を表している。このため、封孔条件によっては、必ずしも
図4の表に例示される表面処理試験の結果とはならない。従って、要求品質に対応する適切な封孔方法及び封孔処理条件を決定することによって、要求品質を満たす表面処理皮膜を有するアルミニウムを製作することができる。
【0065】
以上のように、一次電解処理として行われるアルミニウムの陽極酸化処理及び二次電解処理として行われるヨウ素又はヨウ素化合物の電気泳動電着を行う際の各電解処理条件を
図1に示すように適切に設定することにより、ヨウ素又はヨウ素化合物特有の茶色の色落ちや臭いを低減することができる。その結果、ヨウ素又はヨウ素化合物による殺菌効果及び抗菌効果を発揮しつつ物体への色や臭いの付着を低減又は回避することが可能となる。
【0066】
また、上述した製法で製作される表面処理皮膜を有するアルミニウムを、収納物への色や臭いの付着を回避すべき器や箱等の容器の素材として用いることが可能となる。すなわち、上述した製法で製作される表面処理皮膜を有するアルミニウムで容器を構成した場合において、容器に収納される物体に容器から色や臭いが付着することを低減又は回避することができる。
【0067】
(第2の実施形態)
図5は、本発明の第2の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法の手順を示すフローチャートである。
【0068】
図5に示された第2の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法は、陽極酸化処理及びヨウ素含浸処理の条件を限定しない代わりに封孔処理を温水封孔に限定した点が第1の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法と相違する。第2の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法のその他の工程は、第1の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法と実質的に異ならないため同一の工程には同符号を付して説明を省略する。
【0069】
第2の実施形態における工程P2’では第1の実施形態における工程P2と同様に陽極酸化処理が行われるが、硫酸の他、クロム酸、リン酸又はシュウ酸等の酸性水溶液中において陽極酸化処理を行うようにしても良い。従って、電解処理条件を適宜変更しても良い。但し、第1の実施形態における工程P2と同様な電解処理条件でアルミニウムの陽極酸化処理を行えば、表面処理皮膜の表面に接触又は近づけた物体にヨウ素の色や臭いが付着することを一層良好に回避又は低減することができる。
【0070】
第2の実施形態における工程P3’では第1の実施形態における工程P3と同様にヨウ素含浸処理が行われるが、ヨウ素又はヨウ素化合物の電気泳動電着に限らず、ヨウ素又はヨウ素化合物等のPVPIを含む溶液に浸漬することによってヨウ素含浸処理を行っても良い。但し、第1の実施形態における工程P3と同様な電解処理条件でヨウ素又はヨウ素化合物の電気泳動電着を行えば、表面処理皮膜の表面に接触又は近づけた物体にヨウ素の色や臭いが付着することを一層良好に回避又は低減することができる。
【0071】
第2の実施形態における工程P4’では、第1の実施形態における工程P4と同様に封孔処理が行われるが、封孔処理として温水封孔が行われる。温水封孔は、60℃以上80℃未満の温水を用いた封孔処理である。
【0072】
温水封孔は、沸騰水封孔と同様にニッケル塩やコバルト塩等の金属塩を使用しない封孔処理であるため、温水封孔を行えば人体への安全性を確保することができる。すなわち、表面処理皮膜を有するアルミニウムをニッケルフリーとすることができる。その結果、特に人体への安全性が要求される医療用の器具や容器の素材として表面処理皮膜を有するアルミニウムを用いることが可能となる。
【0073】
表面処理試験の結果、第1の実施形態において言及した
図4の表に示すように、封孔処理として沸騰水封孔を行うと、ヨウ素又はヨウ素化合物の電気泳動電着の条件によっては、殺菌及び抗菌成分であるヨウ素が溶出してしまい、外観として均一ではない模様が発生したり、粉状の物質が析出してしまったりする場合があることが判明した。
【0074】
これに対して、
図4の表に示すように、温水封孔を行えば、沸騰水封孔を行った場合に生じるような外観ムラや粉吹きといった問題が生じないのみならず、ヨウ素又はヨウ素化合物の色や臭いが落ち難くなることが判明した。従って、温水封孔の封孔度は沸騰水封孔の封孔度より小さいものの、温水封孔を行えば、外観上のムラと粉の析出を減らせるのみならず、表面処理皮膜の表面に接触又は近づけた物体にヨウ素又はヨウ素化合物の色や臭いが付着することを回避又は低減することができる。簡潔に言えば、ヨウ素含浸処理と相性が良い封孔処理は、温水封孔であると言える。
【0075】
図6は、
図5に示す温水封孔後における表面処理皮膜の状態を他の封孔処理後における表面処理皮膜の状態と比較した表である。
【0076】
図6の表は、工程P2’において液温が10℃で濃度が20wt%の硫酸溶液中においてアルミニウムの陽極酸化処理を行って厚さが30μmの酸化皮膜を形成した後、工程P3’においてヨウ素の含有率が3.0wt%となるようにしたPVPIの溶液に100Vの電圧を3分印加することによってヨウ素の電気泳動電着を行い、更にその後工程P4’において温水封孔を行った場合における表面処理皮膜の状態を、沸騰水封孔及びニッケル塩封孔を行った場合と比較した例を示している。
【0077】
より具体的には、
図6の表に示すように90℃の熱水を用いた沸騰水封孔、85℃の熱水を用いた沸騰水封孔、80℃の熱水を用いた沸騰水封孔、75℃の温水を用いた温水封孔及びニッケル塩封孔を行い、表面処理皮膜の状態を調べた。表面処理皮膜の状態としては、ヨウ素の溶出状態、粉吹きの程度、脱色の程度及び12時間後におけるヨウ素臭の程度をそれぞれ評価した。尚、
図6の表において、〇は品質が良好であることを、△は品質が許容範囲であることを、×は品質が許容範囲外であることを、それぞれ表している。
【0078】
図6の表に示すように、封孔試験を含む表面処理試験を行った結果、ニッケル塩封孔を行った場合と85℃以上の熱水を用いて沸騰水封孔を行った場合には、粉吹きが生じた。また、封孔処理に用いる純水の温度が低い程、ヨウ素臭を低減できることが判明した。これは、酸化皮膜の封孔度が低くても、ヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いの漏出量が観察できる程増加しないことを意味している。但し、純水の温度が過少になると封孔度が低下し、封孔処理本来の目的である酸化皮膜によるアルミニウム合金への耐食性付与が不十分となる恐れがある。
【0079】
従って、60℃以上80℃未満の温水を用いる封孔処理が温水封孔に分類されるものの、ヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭気の拡散を抑制しつつアルミニウム合金の耐食性を確保する観点から好ましい温水の温度範囲は、70℃以上75℃以下であると考えられる。すなわち、封孔処理として70℃以上75℃以下の温水を用いた温水封孔を行えば、アルミニウム合金の耐食性を確保しつつ表面処理皮膜の表面に接触又は近づけた物体にヨウ素の色や臭いが付着することを一層良好に回避又は低減することができる。
【0080】
図7は、
図5に示す温水封孔の処理時間と、表面処理皮膜の状態との関係を示す表である。
【0081】
図7の表は、工程P2’において液温が10℃で濃度が20wt%の硫酸溶液中においてアルミニウムの陽極酸化処理を行って厚さが30μmの酸化皮膜を形成した後、工程P3’においてヨウ素の含有率が3.0wt%となるようにしたPVPIの溶液に100Vの電圧を3分印加することによってヨウ素の電気泳動電着を行い、更にその後工程P4’において75℃の温水を用いて温水封孔を行った場合における表面処理皮膜の状態を示している。
【0082】
図7の表に示すように、温水封孔の処理時間を変えて封孔試験を含む表面処理試験を行った。より具体的には、
図7の表に示すように温水封孔の処理時間を10分、5分、1分及び10秒として表面処理皮膜の状態を調べた。表面処理皮膜の状態としては、ヨウ素の溶出状態、粉吹きの程度、脱色の程度及び12時間後におけるヨウ素臭の程度をそれぞれ評価した。尚、
図7の表において、〇は品質が良好であることを、△は品質が許容範囲であることを、×は品質が許容範囲外であることを、それぞれ表している。
【0083】
図7の表に示すように、封孔試験を含む表面処理試験の結果、温水封孔の処理時間を10分とした場合には、粉吹きが生じた。また、温水封孔の処理時間を5分とした場合に、外観ムラの原因となるヨウ素の溶出、ヨウ素の脱色及びヨウ素臭を最も低減できることが確認された。
【0084】
従って、粉吹きを回避しつつヨウ素又はヨウ素化合物の臭気を低減する観点から好ましい温水封孔の処理時間の範囲は、3分以上7分以下であると考えられる。すなわち、封孔処理として温水封孔を行い、かつ温水封孔の処理時間を3分以上7分以下とすれば、アルマイト処理における代表的な不具合である粉吹きを回避しつつ、表面処理皮膜の表面に接触又は近づけた物体にヨウ素の臭いが付着することを一層良好に回避又は低減することができる。
【0085】
封孔処理として温水封孔を採用すると、微細な孔又は凹部を含む酸化皮膜の表面にはバイヤライト(Al
2O
3・3H
2O)が析出する。すなわち、
図2に示す表面処理皮膜1を有するアルミニウム2において、封孔層6の組成がバイヤライトとなる。より具体的には、バイヤライト層からなる封孔層6が微細な孔又は凹部3の開口部付近において酸化アルミニウム層からなる酸化皮膜4から微細な孔又は凹部3の中心に向かって成長していると考えられる。
【0086】
従って、表面処理皮膜1にベーマイトが析出しておらず、バイヤライトが析出していれば、封孔処理として沸騰水封孔ではなく温水封孔が行われたことになる。また、表面処理皮膜1にバイヤライトが析出しており、ニッケル等の金属が元素として含まれていなければ、2段階封孔として金属塩封孔が行われなかったことになる。
【0087】
但し、表面処理皮膜にバイヤライト及びベーマイトのいずれが析出しているのかを直接調べることは容易ではない。そこで、酸化皮膜の封孔度を測定することによって表面処理皮膜にバイヤライト及びベーマイトのいずれが析出しているのかを間接的に調べる手法が通常採用される。
【0088】
沸騰水封孔によって酸化皮膜の表面にベーマイトが析出している場合には、第1の実施形態において説明したように、アドミッタンス測定試験による封孔度が概ね30.0μS前後になると考えられる。そして、封孔度は封孔時間や熱水の温度等の封孔条件に応じて変動すると考えられる。
【0089】
これに対して、温水封孔によって酸化皮膜の表面にバイヤライトが析出している場合には、アドミッタンス測定試験による封孔度が封孔時間や温水の温度等の封孔条件に応じて概ね40μS以上60μS以下の範囲になると考えられる。従って、アドミッタンス測定試験による酸化皮膜の封孔度が40μS以上60μS以下であれば、温水封孔によって酸化皮膜の表面にバイヤライトが析出していると考えられる。尚、実際に75℃の温水を用いて温水封孔を5分間行った場合にアドミッタンス測定試験で酸化皮膜の封孔度を測定したところ、封孔度は50μSとなった。
【0090】
以上のように、第1の実施形態は、陽極酸化処理及びヨウ素含浸処理の各電解処理条件をヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いが落ち難くなるように決定するものであるのに対して、第2の実施形態は、封孔処理の条件をヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いが落ち難くなるように決定するものである。
【0091】
このため第2の実施形態によれば、第1の実施形態と同様に、ヨウ素又はヨウ素化合物による殺菌効果及び抗菌効果を発揮しつつ物体への色や臭いの付着を低減又は回避することが可能となる。加えて、第2の実施形態によれば、表面処理皮膜を有するアルミニウムをニッケルフリー等とすることによって、人体への安全性を確保することができる。このため、人体への安全性が要求される医療用の器具や容器の素材として表面処理皮膜を有するアルミニウムを用いることが可能となる。
【0092】
もちろん、第1の実施形態と第2の実施形態を組合わせても良い。すなわち、一次電解処理として行われるアルミニウムの陽極酸化処理及び二次電解処理として行われるヨウ素又はヨウ素化合物の電気泳動電着を行う際の各電解処理条件を適切に設定するのみならず、封孔処理を温水封孔とすることによって、ヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いが物体に付着し難くなるようにしても良い、
【0093】
(第3の実施形態)
図8は、本発明の第3の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法の手順を示すフローチャートである。
【0094】
図8に示された第3の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法は、ヨウ素含浸処理を行った後、酸化皮膜の封孔処理を行わずに乾燥を兼ねた脱色脱臭処理を行う点が第2の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法と相違する。第3の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法のその他の工程は、第2の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法と実質的に異ならないため同一の工程には同符号を付して説明を省略する。
【0095】
図8に示す第3の実施形態では、工程P3’におけるヨウ素含浸処理の後の工程P10において、ヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いの拡散を無視できる程度まで低減する脱色脱臭処理が行われる。脱色脱臭処理は、酸化皮膜の微細な孔又は凹部に含浸させたヨウ素又はヨウ素化合物を空気中に曝すことによって、ヨウ素又はヨウ素化合物を空気中に拡散させる処理とすることができる。
【0096】
試験の結果、室温で酸化皮膜の表面を24時間以上空気に曝してもヨウ素又はヨウ素化合物の目立った脱臭及び脱色効果の向上は確認できなかった。従って、脱色脱臭処理は、酸化皮膜の微細な孔又は凹部に含浸させたヨウ素又はヨウ素化合物を24時間以上空気中に曝す処理とすることができる。但し、脱色脱臭処理を他の処理に置換又は脱色脱臭処理として他の処理を併用しても良い。また、常温下での脱色脱臭処理に限らず。温風を用いて脱色脱臭処理の少なくとも一部が温風乾燥を兼ねるようにしても良い。
【0097】
脱色脱臭処理を行うと、
図4の表に示すように、ヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いが落ちない程度までヨウ素又はヨウ素化合物が大気中に拡散する。また、外観ムラの原因となるヨウ素の溶出や粉吹きといった不具合も生じない。
【0098】
ヨウ素含浸処理直後における表面処理皮膜の色は
図4の表に例示されるようにヨウ素含浸処理の条件に応じた色となるが、脱色脱臭処理後における表面処理皮膜の色は、薄い橙色又は黄色となる。典型的には、脱色脱臭処理を行うと、表面処理皮膜の色が茶色から徐々に黄色に変化する。その結果、母材であるアルミニウムの金属光沢によって、表面処理皮膜を有するアルミニウムの色は金色に近い色となる。
【0099】
外観でも確認できる通り、脱色脱臭処理を行っても酸化皮膜の微細な孔又は凹部の内面には薄いヨウ素又はヨウ素化合物の層が残留する。その結果、ヨウ素又はヨウ素化合物による殺菌効果及び抗菌効果を維持することができる。
【0100】
このため、以上の第3の実施形態によれば、ヨウ素又はヨウ素化合物による殺菌効果及び抗菌効果を維持しつつ、ヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いが落ちて物体に付着することを一層低減又は一層確実に回避することが可能となる。加えて、金色に近い外観を得ることができる。
【0101】
尚、工程P10における脱色脱臭処理を行えば、工程P3’におけるヨウ素含浸処理によってヨウ素又はヨウ素化合物の析出量が過剰となったり、ヨウ素が溶出して外観ムラが生じたりしても、その後の脱色脱臭処理においてヨウ素又はヨウ素化合物がら酸化皮膜から脱落することになる。
【0102】
このため、厳密には第2の実施形態とは異なり、第3の実施形態では工程P2’における陽極酸化処理及び工程P3’におけるヨウ素含浸処理において、ヨウ素又はヨウ素化合物の過剰な析出やヨウ素の溶出を回避するための処理条件の好適化が重要ではない。例えば、第1の実施形態のように陽極酸化処理及びヨウ素含浸処理における各電解処理条件を、ヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いが落ち難くなるように決定することは、第3の実施形態では重要ではない。
【0103】
(第4の実施形態)
図9は、本発明の第4の実施形態に係る表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法の手順を示すフローチャートである。
【0104】
図9に示された第4の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法は、脱色脱臭処理を行った後、封孔処理及び乾燥を行う点が第3の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法と相違する。第4の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法の脱色脱臭処理までの工程は、第3の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法と実質的に異ならない。また、第4の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法において行われる乾燥は、第1の実施形態における表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法と実質的に異ならない。このため、第4の実施形態において、第1又は第3の実施形態と同一の工程には同符号を付して説明を省略する。
【0105】
図9に示すように工程P10における脱色脱臭処理後に、酸化皮膜の封孔処理を行う工程P4”を実施しても良い。その場合には、工程P4”における封孔処理の後に、乾燥を行う工程P5が設けられる。
【0106】
脱色脱臭処理後に酸化皮膜の封孔処理を行う場合には、酸化皮膜の封孔処理前において既にヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いが落ちて物体に付着しない程度までヨウ素又はヨウ素化合物の脱臭及び脱色が完了している。従って、第1の実施形態とは異なり、封孔処理の条件にヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いが落ち難くするための制約が無い。このため、表面処理皮膜の耐食性向上等を目的として所望の封孔条件で封孔処理を行うことができる。
【0107】
例えば、沸騰水封孔又は温水封孔を行えば、ニッケルフリーの表面処理皮膜を有するアルミニウムを製作することができる。特に、沸騰水封孔を行えば、温水封孔を行う場合に比べて封孔度が高くなるため、表面処理皮膜の耐食性を向上することができる。
【0108】
尚、言うまでもなく脱色脱臭処理後に行われる酸化皮膜の封孔処理は、酸化皮膜の腐食前に行うことが適切である。
【0109】
以上の第4の実施形態によれば、ヨウ素又はヨウ素化合物による殺菌効果及び抗菌効果を維持しつつ、ヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いが落ちて物体に付着することを一層低減又は一層確実に回避できるのみならず、封孔処理によって表面処理皮膜に耐食性を付与することができる。加えて、ヨウ素又はヨウ素化合物の色及び臭いを落とす脱色脱臭工程を設けることによって、陽極酸化処理、ヨウ素含浸処理及び封孔処理の各処理条件に、ヨウ素又はヨウ素化合物の過剰な析出やヨウ素の溶出を回避するための制約が生じることを回避することができる。
【実施例】
【0110】
(実施例1)
硫酸の濃度を20wt%、電解浴温を10℃とした硫酸溶液中において一次電解処理としてアルミニウムの陽極酸化処理を行い、厚さが30μmの酸化皮膜を有するアルミニウムを得た。次に、二次電解処理として、ヨウ素の含有率が3.0%となるようにしたPVPIの溶液中においてヨウ素の電気泳動電着を行った。二次電解処理の電解電圧は100V、二次電解処理の電解時間は3分、二次電解処理の電解浴温は室温とした。
【0111】
その後、酢酸ニッケルを主成分とする封孔液に1分間浸漬するニッケル塩封孔を行い、乾燥することによって、第1の実施形態における製法による実施例1の表面処理皮膜を有するアルミニウムを製作した。
【0112】
(実施例2)
実施例1と同一条件でアルミニウムの陽極酸化処理及びヨウ素の電気泳動電着を行った。その後、70℃の温水を用いて5分間温水封孔を行い、乾燥することによって、第2の実施形態における製法による実施例2の表面処理皮膜を有するアルミニウムを製作した。
【0113】
(実施例3)
実施例1と同一条件でアルミニウムの陽極酸化処理及びヨウ素の電気泳動電着を行った。その後、純水で洗浄するのみで封孔を行わずに24時間以上空気中に曝すことによってヨウ素の脱色及び脱臭を行い、第3の実施形態における製法による実施例3の表面処理皮膜を有するアルミニウムを製作した。
【0114】
(比較例1)
実施例1と同一条件でアルミニウムの陽極酸化処理及びヨウ素の電気泳動電着を行った。その後、
図6の表に示すように85℃の熱水を用いて5分間沸騰水封孔を行い、乾燥することによって、粉吹きを有する比較例1の表面処理皮膜を有するアルミニウムを製作した。
【0115】
(他の実施形態)
以上、特定の実施形態について記載したが、記載された実施形態は一例に過ぎず、発明の範囲を限定するものではない。ここに記載された新規な方法及び装置は、様々な他の様式で具現化することができる。また、ここに記載された方法及び装置の様式において、発明の要旨から逸脱しない範囲で、種々の省略、置換及び変更を行うことができる。添付された請求の範囲及びその均等物は、発明の範囲及び要旨に包含されているものとして、そのような種々の様式及び変形例を含んでいる。
【符号の説明】
【0116】
1 表面処理皮膜
2 アルミニウム
3 微細な孔又は凹部
4 酸化皮膜
5 ヨウ素又はヨウ素化合物
6 封孔層
【要約】
【課題】酸化皮膜を表面に形成し、かつ酸化皮膜の微細孔又は微細凹凸にヨウ素又はヨウ素化合物を含浸させたアルミニウムに物体を接触させても、物体にヨウ素特有の色や臭いが付着し難くなるようにすることである。
【解決手段】表面処理皮膜を有するアルミニウムの製造方法は、微細な孔を有する酸化皮膜をアルミニウムの表面に形成する陽極酸化処理と、ヨウ素の電気泳動電着によって微細な孔にヨウ素を含浸させるヨウ素含浸処理と、酸化皮膜の封孔処理とを行うものである。陽極酸化処理では、温度が5~15℃であり、かつ硫酸の濃度が15~25wt%である硫酸の電解液中において10~50μmの厚さを有する酸化皮膜を形成する。ヨウ素含浸処理では、ヨウ素の含有率が1.0~5.0wt%となるようにしたヨウ素又はヨウ素化合物の溶液に30~110Vの電解電圧を1~5分印加する。
【選択図】
図1