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特許7453138タンパク質繊維のクリンプ方法、タンパク質繊維の製造方法、タンパク質繊維、紡績糸、及びテキスタイル製品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】タンパク質繊維のクリンプ方法、タンパク質繊維の製造方法、タンパク質繊維、紡績糸、及びテキスタイル製品
(51)【国際特許分類】
   D06M 15/15 20060101AFI20240312BHJP
   D06M 101/12 20060101ALN20240312BHJP
【FI】
D06M15/15
D06M101:12
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2020507887
(86)(22)【出願日】2019-03-20
(86)【国際出願番号】 JP2019011807
(87)【国際公開番号】W WO2019182040
(87)【国際公開日】2019-09-26
【審査請求日】2022-03-09
(31)【優先権主張番号】P 2018053915
(32)【優先日】2018-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000151221
【氏名又は名称】株式会社島精機製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】508113022
【氏名又は名称】Spiber株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086830
【弁理士】
【氏名又は名称】塩入 明
(74)【代理人】
【識別番号】100096046
【弁理士】
【氏名又は名称】塩入 みか
(72)【発明者】
【氏名】鳥越 昌三
(72)【発明者】
【氏名】下田 誠治
(72)【発明者】
【氏名】尾関 明彦
【審査官】川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/038814(WO,A1)
【文献】特開昭63-249780(JP,A)
【文献】特開昭54-030955(JP,A)
【文献】特開昭62-062990(JP,A)
【文献】国際公開第2017/188430(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M 15/15
D06M 101/12
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
刺激に応答してクリンプするクリンプ性を有するタンパク質繊維を、前記タンパク質繊維とは組成が異なるタンパク質の溶液に浸漬し、前記タンパク質繊維の内部に前記組成が異なるタンパク質を浸透させることにより、前記タンパク質繊維をクリンプさせる、クリンプ方法であって、
前記タンパク質繊維が天然由来のタンパク質のアミノ酸配列を一部改変した人工蜘蛛糸タンパク質から成り、
前記タンパク質の溶液が加水分解ケラチンの水溶液で、かつ加水分解ケラチンの数平均分子量が500以上5000以下であることを特徴とする、クリンプ方法。
【請求項2】
前記タンパク質繊維のフィラメントをカットしたステープルを、前記タンパク質溶液に浸漬することを特徴とする、請求項1に記載のクリンプ方法。
【請求項3】
前記ステープルを複数本撚り合わせた紡績糸を、前記タンパク質の溶液に浸漬することを特徴とする、請求項2に記載のクリンプ方法。
【請求項4】
前記紡績糸から成るテキスタイル製品を、前記タンパク質の溶液に浸漬することにより、テキスタイル製品を縮絨することを特徴とする、請求項3に記載のクリンプ方法。
【請求項5】
前記テキスタイル製品に衝撃が加わらない条件で、前記テキスタイル製品を前記タンパク質の溶液に浸漬することを特徴とする、請求項4に記載のクリンプ方法。
【請求項6】
前記加水分解ケラチンの水溶液の、前記テキスタイル製品の浸漬前での、ケラチン濃度が0.1mass%以上2mass%以下、浸漬時間が5分以上120分以下であることを特徴とする、請求項4または5に記載のクリンプ方法。
【請求項7】
前記加水分解ケラチンの水溶液の温度が30℃以上60℃以下であることを特徴とする、請求項1または6に記載のクリンプ方法。
【請求項8】
前記組成が異なるタンパク質により前記タンパク質繊維の染色性を改善することを特徴とする、請求項1に記載のクリンプ方法。
【請求項9】
加水分解ケラチンの水溶液へ前記タンパク質繊維を40分以上80分以下浸漬することを特徴とする、請求項1に記載のクリンプ方法。
【請求項10】
刺激に応答してクリンプするクリンプ性を有するタンパク質母体繊維の内部に、前記タンパク質母体繊維とは組成が異なるタンパク質が浸透することによりクリンプしている、タンパク質繊維であって、
前記タンパク質母体繊維が天然由来のタンパク質のアミノ酸配列を一部改変した人工蜘蛛糸タンパク質から成り、
前記組成が異なるタンパク質は数平均分子量が500以上5000以下の加水分解ケラチンであることを特徴とする、タンパク質繊維。
【請求項11】
前記タンパク質繊維がフィラメント又はフィラメントをカットしたステープルであることを特徴とする、請求項10に記載のタンパク質繊維。
【請求項12】
前記組成が異なるタンパク質により前記タンパク質繊維の染色性が改善されていることを特徴とする、請求項10に記載のタンパク質繊維。
【請求項13】
請求項10~12の何れかに記載のタンパク質繊維のステープルが複数本撚り合わされている、紡績糸。
【請求項14】
請求項10~12のいずれかに記載のタンパク質繊維を用いて成るテキスタイル製品。
【請求項15】
請求項13の紡績糸から成るテキスタイル製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、タンパク質繊維のクリンプに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1(JP2014-129639)は、蜘蛛糸に類似の人工タンパク質繊維を開示している。 特許文献2(WO2017-038814)は、羊毛、カシミヤ等の繊維を、羽毛等に由来する加水分解ケラチンの水溶液に浸漬することを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】JP2014-129639
【文献】WO2017-038814
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで人工タンパク質繊維は、羊毛等の獣毛と異なり、表面にスケールを備えていない。また人工タンパク質繊維は基本的に表面が平坦で屈曲がなく、クリンプしていない。さらにポリアミド繊維とは異なり、加熱下に応力を加えることによりクリンプさせることもできない。このことはカゼインタンパク質繊維等の再生タンパク質繊維、シノン等の半合成タンパク質繊維でも同様である。
【0005】
クリンプしていない繊維を用いたテキスタイル製品は風合に問題があり、特に膨らみを感じさせる手触りが不足している。またクリンプがなくスケールもない繊維から成るテキスタイル製品は縮絨できない。なお縮絨は一般に、水に浸漬したテキスタイル製品を容器の器壁等に衝突させることにより、テキスタイル製品に力を加え、繊維を互いに絡み合わせる処理である。そして縮絨によりテキスタイル製品は収縮する。
【0006】
この発明は、
・ タンパク質繊維あるいはその紡績糸をクリンプさせる新規な方法、及びクリンプしたタンパク質繊維の製造方法を提供すること、
・ 前記のタンパク質繊維あるいは紡績糸から成るテキスタイル製品を縮絨する方法を提供すること、及び
・ クリンプしたタンパク質繊維とクリンプした紡績糸、及び前記のタンパク質繊維あるいは紡績糸を用い縮絨されたテキスタイル製品を提供することを、課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明のクリンプ方法では、刺激に応答してクリンプするクリンプ性を有するタンパク質繊維を、前記タンパク質繊維とは組成が異なるタンパク質の溶液に浸漬し、前記タンパク質繊維の内部に前記組成が異なるタンパク質を浸透させることにより、前記タンパク質繊維をクリンプさせる。
【0008】
またこの発明のタンパク質繊維の製造方法では、刺激に応答してクリンプするクリンプ性を有するタンパク質繊維を、前記タンパク質繊維とは組成が異なるタンパク質の溶液に浸漬し、前記タンパク質繊維の内部に前記組成が異なるタンパク質を浸透させることによりクリンプさせる。
【0009】
またこの発明のタンパク質繊維は、刺激に応答してクリンプするクリンプ性を有するタンパク質繊維を母体繊維(タンパク質母体繊維)とし、母体繊維の内部に組成が異なるタンパク質が浸透しかつクリンプしている。
【0010】
またこの発明は、上記のタンパク質繊維のステープルが複数本撚り合わされている紡績糸にある。
【0011】
またこの発明は、上記のタンパク質繊維あるいは上記の紡績糸を用いて成るテキスタイル製品にある。
【0012】
好ましくは、タンパク質繊維(タンパク質母体繊維)は人工タンパク質から成る。
【0013】
より好ましくは、人工タンパク質が人工蜘蛛糸タンパク質から成る。
【0014】
好ましくは、タンパク質繊維のフィラメントをカットしたステープルを、タンパク質溶液に浸漬する。
【0015】
より好ましくは、前記ステープルを複数本撚り合わせた紡績糸を、前記タンパク質の溶液に浸漬する。
【0016】
好ましくは、前記紡績糸から成るテキスタイル製品を、前記タンパク質の溶液に浸漬することにより、テキスタイル製品を縮絨する。
【0017】
好ましくは、前記テキスタイル製品に衝撃が加わらない条件で、前記テキスタイル製品を前記タンパク質の溶液に浸漬する。
【0018】
好ましくは、タンパク質の溶液が加水分解ケラチンの水溶液である。
【0019】
好ましくは、加水分解ケラチンの数平均分子量が500以上5000以下ある。
【0020】
好ましくは、加水分解ケラチンの水溶液の、テキスタイル製品の浸漬前での、ケラチン濃度が0.1mass%以上2mass%以下、浸漬時間が5分以上120分以下である。
【0021】
加水分解ケラチンの水溶液の温度が30℃以上60℃以下である。
【0022】
図4図7に示すように、タンパク質母体繊維の内部に組成が異なるタンパク質を浸透させることにより、タンパク質繊維はクリンプする。タンパク質繊維を紡績糸にすると、紡績糸に膨らみが生じて風合が向上する。なお刺激に応答してクリンプするとは、水分との接触等の刺激により、クリンプする性質があることをいう。刺激は水に限らず、他の溶媒や架橋剤との接触、加熱、放射線照射等でも良い。例えば水ではなく水性溶媒でも良い。押し込み法、熱セット等の方法でクリンプを形成した場合、ステープルが紡績工程で伸ばされ、クリンプが弱まることがあるが、タンパク質母体繊維の内部に組成が異なるタンパク質を浸透させることにより、クリンプを復活させることができる。
【0023】
好ましくは、タンパク質繊維は天然由来のタンパク質のアミノ酸配列の一部(例えば、当該アミノ酸配列の10%以下)を改変した人工タンパク質であってもよい。人工タンパク質は特に人工蜘蛛糸タンパク質が好ましい。タンパク質繊維はこれらの他に、プロミックス、シノン等の半合成タンパク質、あるいはカゼインタンパク、落花生タンパク質、トウモロコシタンパク質、大豆タンパク質等の、再生タンパク質等を含む繊維でも良い。また、タンパク質繊維は、1種のタンパク質のみからなっていてもよく、或いは複数種類のタンパク質からなっていてもよい。タンパク質繊維は、人工タンパク質の繊維とウールあるいはシルク等の混紡等でも良い。
【0024】
タンパク質繊維のうち、羊毛等の獣毛以外のものは、表面のスケールを欠き、本来はクリンプしていない。しかしながら、タンパク質繊維のステープルを、組成が異なるタンパク質の溶液に浸漬し、タンパク質繊維の内部に組成が異なるタンパク質を浸透させると、クリンプが著しくなり、紡績糸の膨らみ感が増す。
【0025】
この紡績糸を用いたテキスタイル製品を、前記タンパク質の溶液に浸漬すると、ステープルがクリンプすると共に、紡績糸と紡績糸との隙間が縮み、縮絨が行われる(図4図7)。なおテキスタイル製品は、編地、織布、不織布等の布自体、あるいは衣類、ハンカチ、タオル、履物、カーテン、テーブルクロス等のアパレル製品、及びカーシートなどの産業用製品である。
【0026】
ステープルがクリンプすることにより、紡績糸間の摩擦が増して、紡績糸間の隙間が詰まり、縮絨できる。なお発明者は、人工蜘蛛糸タンパク質繊維を用いた編地は、通常の縮絨法では十分な縮絨効果が得られないことを確認した(図5図8)。
【0027】
好ましくは、前記テキスタイル製品に衝撃が加わらない条件で、例えば前記タンパク質溶液の容器の器壁との衝突による衝撃が加わらない条件で、前記テキスタイル製品を前記タンパク質の溶液に浸漬する。またタンパク質溶液を撹拌あるいは流通させ、タンパク質が浸透しやすくすることが好ましい。この発明では、テキスタイル製品に加える外力ではなく、タンパク質溶液とテキスタイル製品の接触により縮絨できる。従って繊細なテキスタイル製品でも、損傷を生じずに縮絨できる。
【0028】
好ましくは、タンパク質の溶液は加水分解ケラチンの水溶液である。加水分解ケラチンを用いると、加水分解シルク等よりも、処理後のテキスタイル製品の風合が優れている。特に羽毛由来の加水分解ケラチンが好ましい。また低分子量の加水分解ケラチンを用いることが重要で、数平均分子量は好ましくは500以上5000以下、特に500以上3000以下である。分子量が小さいので、ケラチンがステープル内に浸透する。
【0029】
加水分解ケラチンの水溶液の、前記テキスタイル製品の浸漬前での、ケラチン濃度は0.1mass%以上2mass%以下が好ましくは、浸漬時間は5分以上120分以下が好ましい。発明者はこの範囲で、ステープルをクリンプさせることにより紡績糸の風合を改善し、またテキスタイル製品を縮絨できることを確認した。また加水分解ケラチンの水溶液の温度は、30℃以上60℃以下が好ましい。30℃未満ではクリンプの発現が遅く、60℃を越えると浸漬したテキスタイル製品が硬くなって風合が低下する。
【0030】
またこの発明の紡績糸は、刺激に応答してクリンプするクリンプ性を有するタンパク質繊維をカットしたステープルが複数本撚り合わされ、タンパク質繊維とは組成が異なるタンパク質がステープルの内部に浸透し、かつステープルがクリンプしている。この紡績糸は、クリンプの発現により風合が向上している。
【0031】
タンパク質繊維は、刺激に応答してクリンプするクリンプ性を有するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、構造タンパク質繊維や人工タンパク質繊維であってもよい。また好ましくは、タンパク質繊維とは組成が異なるタンパク質が、加水分解ケラチンである。
【0032】
またこの発明は、上記の紡績糸から成るテキスタイル製品にある。タンパク質を紡績糸の段階で浸透させておくと、クリンプが生じ、紡績糸はその時点で縮絨される。またテキスタイル製品とした後に、タンパク質を浸透させると、クリンプが発生し縮絨が生じる。
【0033】
好ましくは、この発明のクリンプ方法及びタンパク質繊維の製造方法では、タンパク質繊維は人工タンパク質から成り、加水分解ケラチン等の組成が異なるタンパク質によりタンパク質繊維の染色性を改善する。
【0034】
好ましくは、この発明のタンパク質繊維では、タンパク質繊維は人工タンパク質から成り、加水分解ケラチン等の組成が異なるタンパク質により前記タンパク質繊維の染色性が改善されている。
【0035】
人工タンパク質繊維の内部に、組成が異なるタンパク質、例えば加水分解ケラチンを浸透させると、繊維がクリンプするだけでなく、組成が異なるタンパク質により染色性が改善する。
【0036】
染色性の改善は、汗による染料の移動(汗汚染)を抑制すること、耐光あるいは洗濯への堅牢度が向上すること、周囲との摩擦に対する堅牢度(摩擦堅牢度)が増加すること、及びドライクリーニング時の周囲の繊維製品の汚染(ドライクリーニング汚染)を抑制すること、等に現れる。
【0037】
より好ましくは、組成が異なるタンパク質は加水分解ケラチンであり、加水分解ケラチンの水溶液へ前記タンパク質繊維を40分以上80分以下浸漬する。人工タンパク質から成る繊維を加水分解ケラチンに浸漬すると、浸漬時間が60分付近にケラチン吸収量のピークが生じる。従って60分付近の40分~80分の浸漬時間で、人工タンパク質繊維の内部へ多量のケラチンを浸透させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1】改変フィブロインのドメイン配列の一例を示す模式図
図2】改変フィブロインのドメイン配列の一例を示す模式図
図3】改変フィブロインのドメイン配列の一例を示す模式図
図4】実施例1で縮絨した編地の写真
図5】比較例1で縮絨した編地の写真
図6】縮絨していない編地の写真
図7】実施例1で縮絨した編地の拡大写真
図8】比較例1で縮絨した編地の拡大写真
図9】縮絨していない編地の拡大写真
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下に、発明を実施するための最適実施例を示す。
【0040】
<タンパク質>
タンパク質繊維を構成するタンパク質は構造タンパク質であってもよく、構造タンパク質はフィブロインであってもよい。フィブロインは天然フィブロインであってもよく、改変フィブロイン(人工フィブロイン)あってもよい。また、改変フィブロインは蜘蛛糸フィブロインであってもよく、この改変蜘蛛糸フィブロインは、疎水性アミノ酸残基が人工的に導入されているものであってもよく、若しくは親水性アミノ酸残基が人工的に導入されているものであってもよい。
【0041】
<改変フィブロイン>
改変フィブロインは、式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるドメイン配列を含むタンパク質である。改変フィブロインは、ドメイン配列のN末端側及びC末端側のいずれか一方又は両方に更にアミノ酸配列(N末端配列及びC末端配列)が付加されていてもよい。N末端配列及びC末端配列は、これに限定されるものではないが、典型的には、フィブロインに特徴的なアミノ酸モチーフの反復を有さない領域であり、100残基程度のアミノ酸からなる。
【0042】
本明細書において「改変フィブロイン」とは、人為的に製造されたフィブロイン(人工フィブロイン)を意味する。改変フィブロインは、そのドメイン配列が、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列とは異なるフィブロインであってもよく、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列と同一であるフィブロインであってもよい。本明細書でいう「天然由来のフィブロイン」もまた、式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるドメイン配列を含むタンパク質である。
【0043】
「改変フィブロイン」は、本実施形態で特定されるアミノ酸配列を有するものであれば、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列をそのまま利用したものであってもよく、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列に依拠してそのアミノ酸配列を改変したもの(例えば、クローニングした天然由来のフィブロインの遺伝子配列を改変することによりアミノ酸配列を改変したもの)であってもよく、また天然由来のフィブロインに依らず人工的に設計及び合成したもの(例えば、設計したアミノ酸配列をコードする核酸を化学合成することにより所望のアミノ酸配列を有するもの)であってもよい。
【0044】
本明細書において「ドメイン配列」とは、蜘蛛糸フィブロイン特有の結晶領域(典型的には、アミノ酸配列の(A)モチーフに相当する。)と非晶領域(典型的には、アミノ酸配列のREPに相当する。)を生じるアミノ酸配列であり、式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるアミノ酸配列を意味する。ここで、(A)モチーフは、アラニン残基を主とするアミノ酸配列を示し、nは2~27である。nは、2~20、4~27、4~20、8~20、10~20、4~16、8~16、又は10~16の整数であってよい。また、(A)モチーフ中の全アミノ酸残基数に対するアラニン残基数の割合は40%以上であればよく、60%以上、70%以上、80%以上、83%以上、85%以上、86%以上、90%以上、95%以上、又は100%(アラニン残基のみで構成されることを意味する。)であってもよい。ドメイン配列中に複数存在する(A)モチーフは、少なくとも7つがアラニン残基のみで構成されてもよい。REPは2~200アミノ酸残基から構成されるアミノ酸配列を示す。REPは、10~200アミノ酸残基から構成されるアミノ酸配列であってもよい。mは2~300の整数を示し、10~300の整数であってもよい。複数存在する(A)モチーフは、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。複数存在するREPは、互いに同一のアミノ酸配列でもよく、異なるアミノ酸配列でもよい。
【0045】
改変フィブロインは、例えば、クローニングした天然由来のフィブロインの遺伝子配列に対し、例えば、1又は複数のアミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加したことに相当するアミノ酸配列の改変を行うことで得ることができる。アミノ酸残基の置換、欠失、挿入及び/又は付加は、部分特異的突然変異誘発法等の当業者に周知の方法により行うことができる。具体的には、Nucleic Acid Res.10,6487(1982)、Methods in Enzymology,100,448(1983)等の文献に記載されている方法に準じて行うことができる。
【0046】
天然由来のフィブロインは、式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるドメイン配列を含むタンパク質であり、具体的には、例えば、昆虫又はクモ類が産生するフィブロインが挙げられる。
【0047】
昆虫が産生するフィブロインとしては、例えば、ボンビックス・モリ(Bombyx mori)、クワコ(Bombyx mandarina)、天蚕(Antheraea yamamai)、柞蚕(Anteraea pernyi)、楓蚕(Eriogyna pyretorum)、蓖蚕(Pilosamia Cynthia ricini)、樗蚕(Samia cynthia)、栗虫(Caligura japonica)、チュッサー蚕(Antheraea mylitta)、ムガ蚕(Antheraea assama)等のカイコが産生する絹タンパク質、及びスズメバチ(Vespa simillima xanthoptera)の幼虫が吐出するホーネットシルクタンパク質が挙げられる。
【0048】
昆虫が産生するフィブロインのより具体的な例としては、例えば、カイコ・フィブロインL鎖(GenBankアクセッション番号M76430(塩基配列)、及びAAA27840.1(アミノ酸配列))が挙げられる。
【0049】
クモ類が産生するフィブロインとしては、例えば、オニグモ、ニワオニグモ、アカオニグモ、アオオニグモ及びマメオニグモ等のオニグモ属(Araneus属)に属するクモ、ヤマシロオニグモ、イエオニグモ、ドヨウオニグモ及びサツマノミダマシ等のヒメオニグモ属(Neoscona属)に属するクモ、コオニグモモドキ等のコオニグモモドキ属(Pronus属)に属するクモ、トリノフンダマシ及びオオトリノフンダマシ等のトリノフンダマシ属(Cyrtarachne属)に属するクモ、トゲグモ及びチブサトゲグモ等のトゲグモ属(Gasteracantha属)に属するクモ、マメイタイセキグモ及びムツトゲイセキグモ等のイセキグモ属(Ordgarius属)に属するクモ、コガネグモ、コガタコガネグモ及びナガコガネグモ等のコガネグモ属(Argiope属)に属するクモ、キジロオヒキグモ等のオヒキグモ属(Arachnura属)に属するクモ、ハツリグモ等のハツリグモ属(Acusilas属)に属するクモ、スズミグモ、キヌアミグモ及びハラビロスズミグモ等のスズミグモ属(Cytophora属)に属するクモ、ゲホウグモ等のゲホウグモ属(Poltys属)に属するクモ、ゴミグモ、ヨツデゴミグモ、マルゴミグモ及びカラスゴミグモ等のゴミグモ属(Cyclosa属)に属するクモ、及びヤマトカナエグモ等のカナエグモ属(Chorizopes属)に属するクモが産生するスパイダーシルクタンパク質、並びにアシナガグモ、ヤサガタアシナガグモ、ハラビロアシダカグモ及びウロコアシナガグモ等のアシナガグモ属(Tetragnatha属)に属するクモ、オオシロカネグモ、チュウガタシロカネグモ及びコシロカネグモ等のシロカネグモ属(Leucauge属)に属するクモ、ジョロウグモ及びオオジョロウグモ等のジョロウグモ属(Nephila属)に属するクモ、キンヨウグモ等のアズミグモ属(Menosira属)に属するクモ、ヒメアシナガグモ等のヒメアシナガグモ属(Dyschiriognatha属)に属するクモ、クロゴケグモ、セアカゴケグモ、ハイイロゴケグモ及びジュウサンボシゴケグモ等のゴケグモ属(Latrodectus属)に属するクモ、及びユープロステノプス属(Euprosthenops属)に属するクモ等のアシナガグモ科(Tetragnathidae科)に属するクモが産生するスパイダーシルクタンパク質が挙げられる。スパイダーシルクタンパク質としては、例えば、MaSp(MaSp1及びMaSp2)、ADF(ADF3及びADF4)等の牽引糸タンパク質、MiSp(MiSp1及びMiSp2)等が挙げられる。
【0050】
クモ類が産生するスパイダーシルクタンパク質のより具体的な例としては、例えば、fibroin-3(adf-3)[Araneus diadematus由来](GenBankアクセッション番号AAC47010(アミノ酸配列)、U47855(塩基配列))、fibroin-4(adf-4)[Araneus diadematus由来](GenBankアクセッション番号AAC47011(アミノ酸配列)、U47856(塩基配列))、dragline silk protein spidroin 1[Nephila clavipes由来](GenBankアクセッション番号AAC04504(アミノ酸配列)、U37520(塩基配列))、major ampullate spidroin 1[Latrodectus hesperus由来](GenBankアクセッション番号ABR68856(アミノ酸配列)、EF595246(塩基配列))、dragline silk protein spidroin 2[Nephila clavata由来](GenBankアクセッション番号AAL32472(アミノ酸配列)、AF441245(塩基配列))、major ampullate spidroin 1[Euprosthenops australis由来](GenBankアクセッション番号CAJ00428(アミノ酸配列)、AJ973155(塩基配列))、及びmajor ampullate spidroin 2[Euprosthenops australis](GenBankアクセッション番号CAM32249.1(アミノ酸配列)、AM490169(塩基配列))、minor ampullate silk protein 1[Nephila clavipes](GenBankアクセッション番号AAC14589.1(アミノ酸配列))、minor ampullate silk protein 2[Nephila clavipes](GenBankアクセッション番号AAC14591.1(アミノ酸配列))、minor ampullate spidroin-like protein[Nephilengys cruentata](GenBankアクセッション番号ABR37278.1(アミノ酸配列)等が挙げられる。
【0051】
天然由来のフィブロインのより具体的な例としては、更に、NCBI GenBankに配列情報が登録されているフィブロインを挙げることができる。例えば、NCBI GenBankに登録されている配列情報のうちDIVISIONとしてINVを含む配列の中から、DEFINITIONにspidroin、ampullate、fibroin、「silk及びpolypeptide」、又は「silk及びprotein」がキーワードとして記載されている配列、CDSから特定のproductの文字列、SOURCEからTISSUE TYPEに特定の文字列の記載された配列を抽出することにより確認することができる。
【0052】
改変フィブロインは、改変絹(シルク)フィブロイン(カイコが産生する絹タンパク質のアミノ酸配列を改変したもの)であってもよく、改変クモ糸フィブロイン(クモ類が産生するスパイダーシルクタンパク質のアミノ酸配列を改変したもの)であってもよい。それらのうちでも改変クモ糸フィブロインが、好適に用いられる。
【0053】
改変フィブロインの具体的な例として、クモの大瓶状腺で産生される大吐糸管しおり糸タンパク質に由来する改変フィブロイン、グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロイン、(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロイン、グリシン残基の含有量、及び(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインが挙げられる。
【0054】
クモの大瓶状腺で産生される大吐糸管しおり糸タンパク質に由来する改変フィブロインとしては、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含むタンパク質が挙げられる。クモの大瓶状腺で産生される大吐糸管しおり糸タンパク質に由来する改変フィブロインは、式1中、nは3~20の整数が好ましく、4~20の整数がより好ましく、8~20の整数が更に好ましく、10~20の整数が更により好ましく、4~16の整数が更によりまた好ましく、8~16の整数が特に好ましく、10~16の整数が最も好ましい。クモの大瓶状腺で産生される大吐糸管しおり糸タンパク質に由来する改変フィブロインは、式1中、REPを構成するアミノ酸残基の数は、10~200残基であることが好ましく、10~150残基であることがより好ましく、20~100残基であることが更に好ましく、20~75残基であることが更により好ましい。クモの大瓶状腺で産生される大吐糸管しおり糸タンパク質に由来する改変フィブロインは、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるアミノ酸配列中に含まれるグリシン残基、セリン残基及びアラニン残基の合計残基数がアミノ酸残基数全体に対して、40%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、70%以上であることが更に好ましい。
【0055】
クモの大瓶状腺で産生される大吐糸管しおり糸タンパク質に由来する改変フィブロインは、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるアミノ酸配列の単位を含み、かつC末端配列が配列番号14~16のいずれかに示されるアミノ酸配列又は配列番号14~16のいずれかに示されるアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列であるポリペプチドであってもよい。
【0056】
配列番号14に示されるアミノ酸配列は、ADF3(GI:1263287、NCBI)のアミノ酸配列のC末端の50残基のアミノ酸からなるアミノ酸配列と同一であり、配列番号15に示されるアミノ酸配列は、配列番号14に示されるアミノ酸配列のC末端から20残基取り除いたアミノ酸配列と同一であり、配列番号16に示されるアミノ酸配列は、配列番号14に示されるアミノ酸配列のC末端から29残基取り除いたアミノ酸配列と同一である。
【0057】
クモの大瓶状腺で産生される大吐糸管しおり糸タンパク質に由来する改変フィブロインのより具体的な例として、(1-i)配列番号17で示されるアミノ酸配列、又は(1-ii)配列番号17で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、改変フィブロインを挙げることができる。配列同一性は、95%以上であることが好ましい。
【0058】
配列番号17で示されるアミノ酸配列は、N末端に開始コドン、His10タグ及びHRV3Cプロテアーゼ(Human rhinovirus 3Cプロテアーゼ)認識サイトからなるアミノ酸配列(配列番号18)を付加したADF3のアミノ酸配列において、第1~13番目の反復領域をおよそ2倍になるように増やすとともに、翻訳が第1154番目アミノ酸残基で終止するように変異させたものである。配列番号17で示されるアミノ酸配列のC末端のアミノ酸配列は、配列番号16で示されるアミノ酸配列と同一である。
【0059】
(1-i)の改変フィブロインは、配列番号17で示されるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0060】
グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロインは、そのドメイン配列が、天然由来のフィブロインと比較して、グリシン残基の含有量が低減されたアミノ酸配列を有する。当該改変フィブロインは、天然由来のフィブロインと比較して、少なくともREP中の1又は複数のグリシン残基が別のアミノ酸残基に置換されたことに相当するアミノ酸配列を有するものということができる。
【0061】
グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロインは、そのドメイン配列が、天然由来のフィブロインと比較して、REP中のGGX及びGPGXX(但し、Gはグリシン残基、Pはプロリン残基、Xはグリシン以外のアミノ酸残基を示す。)から選ばれる少なくとも一つのモチーフ配列において、少なくとも1又は複数の当該モチーフ配列中の1つのグリシン残基が別のアミノ酸残基に置換されたことに相当するアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0062】
グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロインは、上述のグリシン残基が別のアミノ酸残基に置換されたモチーフ配列の割合が、全モチーフ配列に対して、10%以上であってもよい。
【0063】
グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロインは、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含み、上記ドメイン配列から、最もC末端側に位置する(A)モチーフから上記ドメイン配列のC末端までの配列を除いた配列中の全REPに含まれるXGX(但し、Xはグリシン以外のアミノ酸残基を示す。)からなるアミノ酸配列の総アミノ酸残基数をzとし、上記ドメイン配列から、最もC末端側に位置する(A)モチーフから上記ドメイン配列のC末端までの配列を除いた配列中の総アミノ酸残基数をwとしたときに、z/wが30%以上、40%以上、50%以上又は50.9%以上であるアミノ酸配列を有するものであってもよい。(A)モチーフ中の全アミノ酸残基数に対するアラニン残基数は83%以上であってよいが、86%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、95%以上であることが更に好ましく、100%であること(アラニン残基のみで構成されることを意味する)が更により好ましい。
【0064】
グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロインは、GGXモチーフの1つのグリシン残基を別のアミノ酸残基に置換することにより、XGXからなるアミノ酸配列の含有割合を高めたものであることが好ましい。グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロインは、ドメイン配列中のGGXからなるアミノ酸配列の含有割合が30%以下であることが好ましく、20%以下であることがより好ましく、10%以下であることが更に好ましく、6%以下であることが更により好ましく、4%以下であることが更によりまた好ましく、2%以下であることが特に好ましい。ドメイン配列中のGGXからなるアミノ酸配列の含有割合は、下記XGXからなるアミノ酸配列の含有割合(z/w)の算出方法と同様の方法で算出することができる。
【0065】
z/wの算出方法を更に詳細に説明する。まず、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含むフィブロイン(改変フィブロイン又は天然由来のフィブロイン)において、ドメイン配列から、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列を除いた配列に含まれる全てのREPから、XGXからなるアミノ酸配列を抽出する。XGXを構成するアミノ酸残基の総数がzである。例えば、XGXからなるアミノ酸配列が50個抽出された場合(重複はなし)、zは50×3=150である。また、例えば、XGXGXからなるアミノ酸配列の場合のように2つのXGXに含まれるX(中央のX)が存在する場合は、重複分を控除して計算する(XGXGXの場合は5アミノ酸残基である)。wは、ドメイン配列から、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列を除いた配列に含まれる総アミノ酸残基数である。例えば、図1に示したドメイン配列の場合、wは4+50+4+100+4+10+4+20+4+30=230である(最もC末端側に位置する(A)モチーフは除いている。)。次に、zをwで除すことによって、z/w(%)を算出することができる。
【0066】
グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロインにおいて、z/wは、50.9%以上であることが好ましく、56.1%以上であることがより好ましく、58.7%以上であることが更に好ましく、70%以上であることが更により好ましく、80%以上であることが更によりまた好ましい。z/wの上限に特に制限はないが、例えば、95%以下であってもよい。
【0067】
グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロインは、例えば、クローニングした天然由来のフィブロインの遺伝子配列から、グリシン残基をコードする塩基配列の少なくとも一部を置換して別のアミノ酸残基をコードするように改変することにより得ることができる。このとき、改変するグリシン残基として、GGXモチーフ及びGPGXXモチーフにおける1つのグリシン残基を選択してもよいし、またz/wが50.9%以上になるように置換してもよい。また、例えば、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列から上記態様を満たすアミノ酸配列を設計し、設計したアミノ酸配列をコードする核酸を化学合成することにより得ることもできる。いずれの場合においても、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列からREP中のグリシン残基を別のアミノ酸残基に置換したことに相当する改変に加え、更に1又は複数のアミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加したことに相当するアミノ酸配列の改変を行ってもよい。
【0068】
上記の別のアミノ酸残基としては、グリシン残基以外のアミノ酸残基であれば特に制限はないが、バリン(V)残基、ロイシン(L)残基、イソロイシン(I)残基、メチオニン(M)残基、プロリン(P)残基、フェニルアラニン(F)残基及びトリプトファン(W)残基等の疎水性アミノ酸残基、グルタミン(Q)残基、アスパラギン(N)残基、セリン(S)残基、リシン(K)残基及びグルタミン酸(E)残基等の親水性アミノ酸残基が好ましく、バリン(V)残基、ロイシン(L)残基、イソロイシン(I)残基及びグルタミン(Q)残基がより好ましく、グルタミン(Q)残基が更に好ましい。
【0069】
グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロインのより具体的な例として、(2-i)配列番号3、配列番号4、配列番号10若しくは配列番号12で示されるアミノ酸配列、又は(2-ii)配列番号3、配列番号4、配列番号10若しくは配列番号12で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、改変フィブロインを挙げることができる。
【0070】
(2-i)の改変フィブロインについて説明する。配列番号3で示されるアミノ酸配列は、天然由来のフィブロインに相当する配列番号1で示されるアミノ酸配列のREP中の全てのGGXをGQXに置換したものである。配列番号4で示されるアミノ酸配列は、配列番号3で示されるアミノ酸配列から、N末端側からC末端側に向かって2つおきに(A)モチーフを欠失させ、更にC末端配列の手前に[(A)モチーフ-REP]を1つ挿入したものである。配列番号10で示されるアミノ酸配列は、配列番号4で示されるアミノ酸配列の各(A)モチーフのC末端側に2つのアラニン残基を挿入し、更に一部のグルタミン(Q)残基をセリン(S)残基に置換し、配列番号4の分子量とほぼ同じとなるようにN末端側の一部のアミノ酸を欠失させたものである。配列番号12で示されるアミノ酸配列は、配列番号9で示されるアミノ酸配列中に存在する20個のドメイン配列の領域(但し、当該領域のC末端側の数アミノ酸残基が置換されている。)を4回繰り返した配列のC末端にHisタグが付加されたものである。
【0071】
配列番号1で示されるアミノ酸配列(天然由来のフィブロインに相当)におけるz/wの値は、46.8%である。配列番号3で示されるアミノ酸配列、配列番号4で示されるアミノ酸配列、配列番号10で示されるアミノ酸配列、及び配列番号12で示されるアミノ酸配列におけるz/wの値は、それぞれ58.7%、70.1%、66.1%及び70.0%である。また、配列番号1、3、4、10及び12で示されるアミノ酸配列のギザ比率(後述する)1:1.8~11.3におけるx/yの値は、それぞれ15.0%、15.0%、93.4%、92.7%及び89.3%である。
【0072】
(2-i)の改変フィブロインは、配列番号3、配列番号4、配列番号10又は配列番号12で示されるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0073】
(2-ii)の改変フィブロインは、配列番号3、配列番号4、配列番号10又は配列番号12で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むものである。(2-ii)の改変フィブロインもまた、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含むタンパク質である。上記配列同一性は、95%以上であることが好ましい。
【0074】
(2-ii)の改変フィブロインは、配列番号3、配列番号4、配列番号10又は配列番号12で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有し、かつREP中に含まれるXGX(但し、Xはグリシン以外のアミノ酸残基を示す。)からなるアミノ酸配列の総アミノ酸残基数をzとし、上記ドメイン配列中のREPの総アミノ酸残基数をwとしたときに、z/wが50.9%以上であることが好ましい。
【0075】
上述の改変フィブロインは、N末端及びC末端のいずれか一方又は両方にタグ配列を含んでいてもよい。これにより、改変フィブロインの単離、固定化、検出及び可視化等が可能となる。
【0076】
タグ配列として、例えば、他の分子との特異的親和性(結合性、アフィニティ)を利用したアフィニティタグを挙げることができる。アフィニティタグの具体例として、ヒスチジンタグ(Hisタグ)を挙げることができる。Hisタグは、ヒスチジン残基が4から10個程度並んだ短いペプチドで、ニッケル等の金属イオンと特異的に結合する性質があるため、金属キレートクロマトグラフィー(chelating metal chromatography)による改変フィブロインの単離に利用することができる。タグ配列の具体例として、例えば、配列番号5で示されるアミノ酸配列(Hisタグ配列及びヒンジ配列を含むアミノ酸配列)が挙げられる。
【0077】
また、グルタチオンに特異的に結合するグルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)、マルトースに特異的に結合するマルトース結合タンパク質(MBP)等のタグ配列を利用することもできる。
【0078】
さらに、抗原抗体反応を利用した「エピトープタグ」を利用することもできる。抗原性を示すペプチド(エピトープ)をタグ配列として付加することにより、当該エピトープに対する抗体を結合させることができる。エピトープタグとして、HA(インフルエンザウイルスのヘマグルチニンのペプチド配列)タグ、mycタグ、FLAGタグ等を挙げることができる。エピトープタグを利用することにより、高い特異性で容易に改変フィブロインを精製することができる。
【0079】
さらにタグ配列を特定のプロテアーゼで切り離せるようにしたものも使用することができる。当該タグ配列を介して吸着したタンパク質をプロテアーゼ処理することにより、タグ配列を切り離した改変フィブロインを回収することもできる。
【0080】
タグ配列を含む改変フィブロインのより具体的な例として、(2-iii)配列番号8、配列番号9、配列番号11若しく配列番号13で示されるアミノ酸配列、又は(2-iv)配列番号8、配列番号9、配列番号11若しく配列番号13で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、改変フィブロインを挙げることができる。
【0081】
配列番号6、7、8、9、11及び13で示されるアミノ酸配列は、それぞれ配列番号1、2、3、4、10及び12で示されるアミノ酸配列のN末端に配列番号5で示されるアミノ酸配列(Hisタグ配列及びヒンジ配列を含む)を付加したものである。
【0082】
(2-iii)の改変フィブロインは、配列番号8、配列番号9、配列番号11又は配列番号13で示されるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0083】
(2-iv)の改変フィブロインは、配列番号8、配列番号9、配列番号11又は配列番号13で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むものである。(2-iv)の改変フィブロインもまた、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含むタンパク質である。上記配列同一性は、95%以上であることが好ましい。
【0084】
(2-iv)の改変フィブロインは、配列番号8、配列番号9、配列番号11又は配列番号13で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有し、かつREP中に含まれるXGX(但し、Xはグリシン以外のアミノ酸残基を示す。)からなるアミノ酸配列の総アミノ酸残基数をzとし、上記ドメイン配列中のREPの総アミノ酸残基数をwとしたときに、z/wが50.9%以上であることが好ましい。
【0085】
上述の改変フィブロインは、組換えタンパク質生産系において生産されたタンパク質を宿主の外部に放出するための分泌シグナルを含んでいてもよい。分泌シグナルの配列は、宿主の種類に応じて適宜設定することができる。
【0086】
(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインは、そのドメイン配列が、天然由来のフィブロインと比較して、(A)モチーフの含有量が低減されたアミノ酸配列を有する。当該改変フィブロインのドメイン配列は、天然由来のフィブロインと比較して、少なくとも1又は複数の(A)モチーフが欠失したことに相当するアミノ酸配列を有するものということができる。
【0087】
(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインは、天然由来のフィブロインから(A)モチーフを10~40%欠失させたことに相当するアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0088】
(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインは、そのドメイン配列が、天然由来のフィブロインと比較して、少なくともN末端側からC末端側に向かって1~3つの(A)モチーフ毎に1つの(A)モチーフが欠失したことに相当するアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0089】
(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインは、そのドメイン配列が、天然由来のフィブロインと比較して、少なくともN末端側からC末端側に向かって2つ連続した(A)モチーフの欠失、及び1つの(A)モチーフの欠失がこの順に繰り返されたことに相当するアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0090】
(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインは、そのドメイン配列が、少なくともN末端側からC末端側に向かって2つおきに(A)モチーフが欠失したことに相当するアミノ酸配列を有するものであってもよい。
【0091】
(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインは、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含み、N末端側からC末端側に向かって、隣合う2つの[(A)モチーフ-REP]ユニットのREPのアミノ酸残基数を順次比較して、アミノ酸残基数が少ないREPのアミノ酸残基数を1としたとき、他方のREPのアミノ酸残基数の比が1.8~11.3となる隣合う2つの[(A)モチーフ-REP]ユニットのアミノ酸残基数を足し合わせた合計値の最大値をxとし、ドメイン配列の総アミノ酸残基数をyとしたときに、x/yが20%以上、30%以上、40%以上又は50%以上であるアミノ酸配列を有するものであってもよい。(A)モチーフ中の全アミノ酸残基数に対するアラニン残基数は83%以上であってよいが、86%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、95%以上であることが更に好ましく、100%であること(アラニン残基のみで構成されることを意味する)が更により好ましい。
【0092】
x/yの算出方法を図1を参照しながら更に詳細に説明する。図1には、改変フィブロインからN末端配列及びC末端配列を除いたドメイン配列を示す。当該ドメイン配列は、N末端側(左側)から(A)モチーフ-第1のREP(50アミノ酸残基)-(A)モチーフ-第2のREP(100アミノ酸残基)-(A)モチーフ-第3のREP(10アミノ酸残基)-(A)モチーフ-第4のREP(20アミノ酸残基)-(A)モチーフ-第5のREP(30アミノ酸残基)-(A)モチーフという配列を有する。
【0093】
隣合う2つの[(A)モチーフ-REP]ユニットは、重複がないように、N末端側からC末端側に向かって、順次選択する。このとき、選択されない[(A)モチーフ-REP]ユニットが存在してもよい。図1には、パターン1(第1のREPと第2のREPの比較、及び第3のREPと第4のREPの比較)、パターン2(第1のREPと第2のREPの比較、及び第4のREPと第5のREPの比較)、パターン3(第2のREPと第3のREPの比較、及び第4のREPと第5のREPの比較)、パターン4(第1のREPと第2のREPの比較)を示した。なお、これ以外にも選択方法は存在する。
【0094】
次に各パターンについて、選択した隣合う2つの[(A)モチーフ-REP]ユニット中の各REPのアミノ酸残基数を比較する。比較は、よりアミノ酸残基数の少ない方を1としたときの、他方のアミノ酸残基数の比を求めることによって行う。例えば、第1のREP(50アミノ酸残基)と第2のREP(100アミノ酸残基)の比較の場合、よりアミノ酸残基数の少ない第1のREPを1としたとき、第2のREPのアミノ酸残基数の比は、100/50=2である。同様に、第4のREP(20アミノ酸残基)と第5のREP(30アミノ酸残基)の比較の場合、よりアミノ酸残基数の少ない第4のREPを1としたとき、第5のREPのアミノ酸残基数の比は、30/20=1.5である。
【0095】
図1中、よりアミノ酸残基数の少ない方を1としたときに、他方のアミノ酸残基数の比が1.8~11.3となる[(A)モチーフ-REP]ユニットの組を実線で示した。以下このような比をギザ比率と呼ぶ。よりアミノ酸残基数の少ない方を1としたときに、他方のアミノ酸残基数の比が1.8未満又は11.3超となる[(A)モチーフ-REP]ユニットの組は破線で示した。
【0096】
各パターンにおいて、実線で示した隣合う2つの[(A)モチーフ-REP]ユニットの全てのアミノ酸残基数を足し合わせる(REPのみではなく、(A)モチーフのアミノ酸残基数もである。)。そして、足し合わせた合計値を比較して、当該合計値が最大となるパターンの合計値(合計値の最大値)をxとする。図1に示した例では、パターン1の合計値が最大である。
【0097】
次に、xをドメイン配列の総アミノ酸残基数yで除すことによって、x/y(%)を算出することができる。
【0098】
(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインにおいて、x/yは、50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、65%以上であることが更に好ましく、70%以上であることが更により好ましく、75%以上であることが更によりまた好ましく、80%以上であることが特に好ましい。x/yの上限に特に制限はなく、例えば、100%以下であってよい。ギザ比率が1:1.9~11.3の場合には、x/yは89.6%以上であることが好ましく、ギザ比率が1:1.8~3.4の場合には、x/yは77.1%以上であることが好ましく、ギザ比率が1:1.9~8.4の場合には、x/yは75.9%以上であることが好ましく、ギザ比率が1:1.9~4.1の場合には、x/yは64.2%以上であることが好ましい。
【0099】
(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインが、ドメイン配列中に複数存在する(A)モチーフの少なくとも7つがアラニン残基のみで構成される改変フィブロインである場合、x/yは、46.4%以上であることが好ましく、50%以上であることがより好ましく、55%以上であることが更に好ましく、60%以上であることが更により好ましく、70%以上であることが更によりまた好ましく、80%以上であることが特に好ましい。x/yの上限に特に制限はなく、100%以下であればよい。
【0100】
(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインは、例えば、クローニングした天然由来のフィブロインの遺伝子配列から、x/yが64.2%以上になるように(A)モチーフをコードする配列の1又は複数を欠失させることにより得ることができる。また、例えば、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列から、x/yが64.2%以上になるように1又は複数の(A)モチーフが欠失したことに相当するアミノ酸配列を設計し、設計したアミノ酸配列をコードする核酸を化学合成することにより得ることもできる。いずれの場合においても、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列から(A)モチーフが欠失したことに相当する改変に加え、更に1又は複数のアミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加したことに相当するアミノ酸配列の改変を行ってもよい。
【0101】
(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインのより具体的な例として、(3-i)配列番号2、配列番号4、配列番号10若しくは配列番号12で示されるアミノ酸配列、又は(3-ii)配列番号2、配列番号4、配列番号10若しくは配列番号12で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、改変フィブロインを挙げることができる。
【0102】
(3-i)の改変フィブロインについて説明する。配列番号2で示されるアミノ酸配列は、天然由来のフィブロインに相当する配列番号1で示されるアミノ酸配列から、N末端側からC末端側に向かって2つおきに(A)モチーフを欠失させ、更にC末端配列の手前に[(A)モチーフ-REP]を1つ挿入したものである。配列番号4で示されるアミノ酸配列は、配列番号2で示されるアミノ酸配列のREP中の全てのGGXをGQXに置換したものである。配列番号10で示されるアミノ酸配列は、配列番号4で示されるアミノ酸配列の各(A)モチーフのC末端側に2つのアラニン残基を挿入し、更に一部のグルタミン(Q)残基をセリン(S)残基に置換し、配列番号4の分子量とほぼ同じとなるようにN末端側の一部のアミノ酸を欠失させたものである。配列番号12で示されるアミノ酸配列は、配列番号9で示されるアミノ酸配列中に存在する20個のドメイン配列の領域(但し、当該領域のC末端側の数アミノ酸残基が置換されている。)を4回繰り返した配列のC末端にHisタグが付加されたものである。
【0103】
配列番号1で示されるアミノ酸配列(天然由来のフィブロインに相当)のギザ比率1:1.8~11.3におけるx/yの値は15.0%である。配列番号2で示されるアミノ酸配列、及び配列番号4で示されるアミノ酸配列におけるx/yの値は、いずれも93.4%である。配列番号10で示されるアミノ酸配列におけるx/yの値は、92.7%である。配列番号12で示されるアミノ酸配列におけるx/yの値は、89.3%である。配列番号1、2、4、10及び12で示されるアミノ酸配列におけるz/wの値は、それぞれ46.8%、56.2%、70.1%、66.1%及び70.0%である。
【0104】
(3-i)の改変フィブロインは、配列番号2、配列番号4、配列番号10又は配列番号12で示されるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0105】
(3-ii)の改変フィブロインは、配列番号2、配列番号4、配列番号10又は配列番号12で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むものである。(3-ii)の改変フィブロインもまた、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含むタンパク質である。上記配列同一性は、95%以上であることが好ましい。
【0106】
(3-ii)の改変フィブロインは、配列番号2、配列番号4、配列番号10又は配列番号12で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有し、かつN末端側からC末端側に向かって、隣合う2つの[(A)モチーフ-REP]ユニットのREPのアミノ酸残基数を順次比較して、アミノ酸残基数が少ないREPのアミノ酸残基数を1としたとき、他方のREPのアミノ酸残基数の比が1.8~11.3(ギザ比率が1:1.8~11.3)となる隣合う2つの[(A)モチーフ-REP]ユニットのアミノ酸残基数を足し合わせた合計値の最大値をxとし、ドメイン配列の総アミノ酸残基数をyとしたときに、x/yが64.2%以上であることが好ましい。
【0107】
上述の改変フィブロインは、N末端及びC末端のいずれか一方又は両方に上述したタグ配列を含んでいてもよい。
【0108】
タグ配列を含む改変フィブロインのより具体的な例として、(3-iii)配列番号7、配列番号9、配列番号11若しく配列番号13で示されるアミノ酸配列、又は(2-iv)配列番号7、配列番号9、配列番号11若しく配列番号13で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、改変フィブロインを挙げることができる。
【0109】
配列番号6、7、8、9、11及び13で示されるアミノ酸配列は、それぞれ配列番号1、2、3、4、10及び12で示されるアミノ酸配列のN末端に配列番号5で示されるアミノ酸配列(Hisタグ配列及びヒンジ配列を含む)を付加したものである。
【0110】
(3-iii)の改変フィブロインは、配列番号7、配列番号9、配列番号11又は配列番号13で示されるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0111】
(3-iv)の改変フィブロインは、配列番号7、配列番号9、配列番号11又は配列番号13で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むものである。(3-iv)の改変フィブロインもまた、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含むタンパク質である。上記配列同一性は、95%以上であることが好ましい。
【0112】
(3-iv)の改変フィブロインは、配列番号7、配列番号9、配列番号11又は配列番号13で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有し、かつN末端側からC末端側に向かって、隣合う2つの[(A)モチーフ-REP]ユニットのREPのアミノ酸残基数を順次比較して、アミノ酸残基数が少ないREPのアミノ酸残基数を1としたとき、他方のREPのアミノ酸残基数の比が1.8~11.3となる隣合う2つの[(A)モチーフ-REP]ユニットのアミノ酸残基数を足し合わせた合計値の最大値をxとし、ドメイン配列の総アミノ酸残基数をyとしたときに、x/yが64.2%以上であることが好ましい。
【0113】
上述の改変フィブロインは、組換えタンパク質生産系において生産されたタンパク質を宿主の外部に放出するための分泌シグナルを含んでいてもよい。分泌シグナルの配列は、宿主の種類に応じて適宜設定することができる。
【0114】
グリシン残基の含有量、及び(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインは、そのドメイン配列が、天然由来のフィブロインと比較して、(A)モチーフの含有量が低減されたことに加え、グリシン残基の含有量が低減されたアミノ酸配列を有するものである。当該改変フィブロインのドメイン配列は、天然由来のフィブロインと比較して、少なくとも1又は複数の(A)モチーフが欠失したことに加え、更に少なくともREP中の1又は複数のグリシン残基が別のアミノ酸残基に置換されたことに相当するアミノ酸配列を有するものということができる。すなわち、上述したグリシン残基の含有量が低減された改変フィブロインと、(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインの特徴を併せ持つ改変フィブロインである。具体的な態様等は、グリシン残基の含有量が低減された改変フィブロイン、及び、(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインで説明したとおりである。
【0115】
グリシン残基の含有量、及び(A)モチーフの含有量が低減された改変フィブロインのより具体的な例として、(4-i)配列番号4、配列番号10若しくは配列番号12で示されるアミノ酸配列、(4-ii)配列番号4、配列番号10若しくは配列番号12で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、改変フィブロインを挙げることができる。配列番号4、配列番号10若しくは配列番号12で示されるアミノ酸配列を含む改変フィブロインの具体的な態様は上述のとおりである。
【0116】
他の実施形態に係る改変フィブロインは、そのドメイン配列が、天然由来のフィブロインと比較して、REP中の1又は複数のアミノ酸残基が疎水性指標の大きいアミノ酸残基に置換されたこと、及び/又はREP中に1又は複数の疎水性指標の大きいアミノ酸残基が挿入されたことに相当する、局所的に疎水性指標の大きい領域を含むアミノ酸配列を有するものであってよい。
【0117】
局所的に疎水性指標の大きい領域は、連続する2~4アミノ酸残基で構成されていることが好ましい。
【0118】
上述の疎水性指標の大きいアミノ酸残基は、イソロイシン(I)、バリン(V)、ロイシン(L)、フェニルアラニン(F)、システイン(C)、メチオニン(M)及びアラニン(A)から選ばれるアミノ酸残基であることがより好ましい。
【0119】
本実施形態に係る改変フィブロインは、天然由来のフィブロインと比較して、REP中の1又は複数のアミノ酸残基が疎水性指標の大きいアミノ酸残基に置換されたこと、及び/又はREP中に1又は複数の疎水性指標の大きいアミノ酸残基が挿入されたことに相当する改変に加え、更に、天然由来のフィブロインと比較して、1又は複数のアミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加したことに相当するアミノ酸配列の改変があってもよい。
【0120】
本実施形態に係る改変フィブロインは、例えば、クローニングした天然由来のフィブロインの遺伝子配列からREP中の1又は複数の親水性アミノ酸残基(例えば、疎水性指標がマイナスであるアミノ酸残基)を疎水性アミノ酸残基(例えば、疎水性指標がプラスであるアミノ酸残基)に置換すること、及び/又はREP中に1又は複数の疎水性アミノ酸残基を挿入することにより得ることができる。また、例えば、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列からREP中の1又は複数の親水性アミノ酸残基を疎水性アミノ酸残基に置換したこと、及び/又はREP中に1又は複数の疎水性アミノ酸残基を挿入したことに相当するアミノ酸配列を設計し、設計したアミノ酸配列をコードする核酸を化学合成することにより得ることもできる。いずれの場合においても、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列からREP中の1又は複数の親水性アミノ酸残基を疎水性アミノ酸残基に置換したこと、及び/又はREP中に1又は複数の疎水性アミノ酸残基を挿入したことに相当する改変に加え、更に1又は複数のアミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加したことに相当するアミノ酸配列の改変を行ってもよい。
【0121】
さらに他の実施形態に係る改変フィブロインは、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含み、最もC末端側に位置する(A)モチーフから上記ドメイン配列のC末端までの配列を上記ドメイン配列から除いた配列に含まれる全てのREPにおいて、連続する4アミノ酸残基の疎水性指標の平均値が2.6以上となる領域に含まれるアミノ酸残基の総数をpとし、最もC末端側に位置する(A)モチーフから上記ドメイン配列のC末端までの配列を上記ドメイン配列から除いた配列に含まれるアミノ酸残基の総数をqとしたときに、p/qが6.2%以上であるアミノ酸配列を有してもよい。
【0122】
アミノ酸残基の疎水性指標については、公知の指標(Hydropathy index:Kyte J,&Doolittle R(1982)“A simple method for displaying the hydropathic character of a protein”,J.Mol.Biol.,157,pp.105-132)を使用する。具体的には、各アミノ酸の疎水性指標(ハイドロパシー・インデックス、以下「HI」とも記す。)は、下記表1に示すとおりである。
【0123】
【表1】
【0124】
p/qの算出方法を更に詳細に説明する。算出には、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列から、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列を除いた配列(以下、「配列A」とする)を用いる。まず、配列Aに含まれる全てのREPにおいて、連続する4アミノ酸残基の疎水性指標の平均値を算出する。疎水性指標の平均値は、連続する4アミノ酸残基に含まれる各アミノ酸残基のHIの総和を4(アミノ酸残基数)で除して求める。疎水性指標の平均値は、全ての連続する4アミノ酸残基について求める(各アミノ酸残基は、1~4回平均値の算出に用いられる。)。次いで、連続する4アミノ酸残基の疎水性指標の平均値が2.6以上となる領域を特定する。あるアミノ酸残基が、複数の「疎水性指標の平均値が2.6以上となる連続する4アミノ酸残基」に該当する場合であっても、領域中には1アミノ酸残基として含まれることになる。そして、当該領域に含まれるアミノ酸残基の総数がpである。また、配列Aに含まれるアミノ酸残基の総数がqである。
【0125】
例えば、「疎水性指標の平均値が2.6以上となる連続する4アミノ酸残基」が20カ所抽出された場合(重複はなし)、連続する4アミノ酸残基の疎水性指標の平均値が2.6以上となる領域には、連続する4アミノ酸残基(重複はなし)が20含まれることになり、pは20×4=80である。また、例えば、2つの「疎水性指標の平均値が2.6以上となる連続する4アミノ酸残基」が1アミノ酸残基だけ重複して存在する場合、連続する4アミノ酸残基の疎水性指標の平均値が2.6以上となる領域には、7アミノ酸残基含まれることになる(p=2×4-1=7。「-1」は重複分の控除である。)。例えば、図2に示したドメイン配列の場合、「疎水性指標の平均値が2.6以上となる連続する4アミノ酸残基」が重複せずに7つ存在するため、pは7×4=28となる。また、例えば、図2に示したドメイン配列の場合、qは4+50+4+40+4+10+4+20+4+30=170である(C末端側の最後に存在する(A)モチーフは含めない)。次に、pをqで除すことによって、p/q(%)を算出することができる。図2の場合28/170=16.47%となる。
【0126】
本実施形態に係る改変フィブロインにおいて、p/qは、6.2%以上であることが好ましく、7%以上であることがより好ましく、10%以上であることが更に好ましく、20%以上であることが更により好ましく、30%以上であることが更によりまた好ましい。p/qの上限は、特に制限されないが、例えば、45%以下であってもよい。
【0127】
本実施形態に係る改変フィブロインは、例えば、クローニングした天然由来のフィブロインのアミノ酸配列を、上記のp/qの条件を満たすように、REP中の1又は複数の親水性アミノ酸残基(例えば、疎水性指標がマイナスであるアミノ酸残基)を疎水性アミノ酸残基(例えば、疎水性指標がプラスであるアミノ酸残基)に置換すること、及び/又はREP中に1又は複数の疎水性アミノ酸残基を挿入することにより、局所的に疎水性指標の大きい領域を含むアミノ酸配列に改変することにより得ることができる。また、例えば、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列から上記のp/qの条件を満たすアミノ酸配列を設計し、設計したアミノ酸配列をコードする核酸を化学合成することにより得ることもできる。いずれの場合においても、天然由来のフィブロインと比較して、REP中の1又は複数のアミノ酸残基が疎水性指標の大きいアミノ酸残基に置換されたこと、及び/又はREP中に1又は複数の疎水性指標の大きいアミノ酸残基が挿入されたことに相当する改変に加え、更に1又は複数のアミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加したことに相当する改変を行ってもよい。
【0128】
疎水性指標の大きいアミノ酸残基としては、特に制限はないが、イソロイシン(I)、バリン(V)、ロイシン(L)、フェニルアラニン(F)、システイン(C)、メチオニン(M)及びアラニン(A)が好ましく、バリン(V)、ロイシン(L)及びイソロイシン(I)がより好ましい。
【0129】
改変フィブロインの別の具体的な例として、(5-i)配列番号20、配列番号22若しくは配列番号23で示されるアミノ酸配列、又は(5-ii)配列番号20、配列番号22若しくは配列番号23で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、改変フィブロインを挙げることができる。
【0130】
(5-i)の改変フィブロインについて説明する。配列番号19で示されるアミノ酸配列は、天然由来のフィブロインの(A)モチーフ中のアラニン残基が連続するアミノ酸配列をアラニン残基が連続する数を5つになるよう欠失したものである。配列番号20で示されるアミノ酸配列は、配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し、REP一つ置きにそれぞれ3アミノ酸残基からなるアミノ酸配列(VLI)を2カ所挿入し、かつ配列番号19で示されるアミノ酸配列の分子量とほぼ同じとなるようにC末端側の一部のアミノ酸を欠失させたものである。配列番号21で示されるアミノ酸配列は、配列番号19で示されるアミノ酸配列に対し、各(A)モチーフのC末端側に2つのアラニン残基を挿入し、更に一部のグルタミン(Q)残基をセリン(S)残基に置換し、かつ配列番号19で示されるアミノ酸配列の分子量とほぼ同じとなるようにC末端側の一部のアミノ酸を欠失させたものである。配列番号22で示されるアミノ酸配列は、配列番号21で示されるアミノ酸配列に対し、REP一つ置きにそれぞれ3アミノ酸残基からなるアミノ酸配列(VLI)を1カ所挿入したものである。配列番号23で示されるアミノ酸配列は、配列番号21で示されるアミノ酸配列に対し、REP一つ置きにそれぞれ3アミノ酸残基からなるアミノ酸配列(VLI)を2カ所挿入したものである。
【0131】
(5-i)の改変フィブロインは、配列番号20、配列番号22又は配列番号23で示されるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0132】
(5-ii)の改変フィブロインは、配列番号20、配列番号22又は配列番号23で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むものである。(5-ii)の改変フィブロインもまた、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含むタンパク質である。上記配列同一性は、95%以上であることが好ましい。
【0133】
(5-ii)の改変フィブロインは、配列番号20、配列番号22又は配列番号23で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有し、かつ最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列に含まれる全てのREPにおいて、連続する4アミノ酸残基の疎水性指標の平均値が2.6以上となる領域に含まれるアミノ酸残基の総数をpとし、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列に含まれるアミノ酸残基の総数をqとしたときに、p/qが6.2%以上であることが好ましい。
【0134】
上述の改変フィブロインは、N末端及びC末端のいずれか一方又は両方にタグ配列を含んでいてもよい。
【0135】
タグ配列を含む改変フィブロインのより具体的な例として、(5-iii)配列番号24、配列番号25若しくは配列番号26で示されるアミノ酸配列、又は(5-iv)配列番号24、配列番号25若しくは配列番号26で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、改変フィブロインを挙げることができる。
【0136】
配列番号24、25及び26で示されるアミノ酸配列は、それぞれ配列番号20、22及び23で示されるアミノ酸配列のN末端に配列番号5で示されるアミノ酸配列(Hisタグ配列及びヒンジ配列を含む)を付加したものである。
【0137】
(5-iii)の改変フィブロインは、配列番号24、配列番号25若しくは配列番号26で示されるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0138】
(5-iv)の改変フィブロインは、配列番号24、配列番号25若しくは配列番号26で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むものである。(5-iv)の改変フィブロインもまた、式1:[(A)モチーフ-REP]で表されるドメイン配列を含むタンパク質である。上記配列同一性は、95%以上であることが好ましい。
【0139】
(5-iv)の改変フィブロインは、配列番号24、配列番号25若しくは配列番号26で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有し、かつ最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列に含まれる全てのREPにおいて、連続する4アミノ酸残基の疎水性指標の平均値が2.6以上となる領域に含まれるアミノ酸残基の総数をpとし、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列に含まれるアミノ酸残基の総数をqとしたときに、p/qが6.2%以上であることが好ましい。
【0140】
上述の改変フィブロインは、組換えタンパク質生産系において生産されたタンパク質を宿主の外部に放出するための分泌シグナルを含んでいてもよい。分泌シグナルの配列は、宿主の種類に応じて適宜設定することができる。
【0141】
さらに他の実施形態に係る改変フィブロインは、天然由来のフィブロインと比較して、グルタミン残基の含有量が低減されたアミノ酸配列を有する。
【0142】
本実施形態に係る改変フィブロインは、REPのアミノ酸配列中に、GGXモチーフ及びGPGXXモチーフから選ばれる少なくとも一つのモチーフが含まれていることが好ましい。
【0143】
本実施形態に係る改変フィブロインが、REP中にGPGXXモチーフを含む場合、GPGXXモチーフ含有率は、通常1%以上であり、5%以上であってもよく、10%以上であるのが好ましい。GPGXXモチーフ含有率の上限に特に制限はなく、50%以下であってよく、30%以下であってもよい。
【0144】
本明細書において、「GPGXXモチーフ含有率」は、以下の方法により算出される値である。
式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるドメイン配列を含むフィブロイン(改変フィブロイン又は天然由来のフィブロイン)において、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列に含まれる全てのREPにおいて、その領域に含まれるGPGXXモチーフの個数の総数を3倍した数(即ち、GPGXXモチーフ中のG及びPの総数に相当)をsとし、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除き、更に(A)モチーフを除いた全REPのアミノ酸残基の総数をtとしたときに、GPGXXモチーフ含有率はs/tとして算出される。
【0145】
GPGXXモチーフ含有率の算出において、「最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列」を対象としているのは、「最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列」(REPに相当する配列)には、フィブロインに特徴的な配列と相関性の低い配列が含まれることがあり、mが小さい場合(つまり、ドメイン配列が短い場合)、GPGXXモチーフ含有率の算出結果に影響するので、この影響を排除するためである。なお、REPのC末端に「GPGXXモチーフ」が位置する場合、「XX」が例えば「AA」の場合であっても、「GPGXXモチーフ」として扱う。
【0146】
図3は、改変フィブロインのドメイン配列を示す模式図である。図3を参照しながらGPGXXモチーフ含有率の算出方法を具体的に説明する。まず、図3に示した改変フィブロインのドメイン配列(「[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフ」タイプである。)では、全てのREPが「最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列」(図3中、「領域A」で示した配列。)に含まれているため、sを算出するためのGPGXXモチーフの個数は7であり、sは7×3=21となる。同様に、全てのREPが「最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列」(図1中、「領域A」で示した配列。)に含まれているため、当該配列から更に(A)モチーフを除いた全REPのアミノ酸残基の総数tは50+40+10+20+30=150である。次に、sをtで除すことによって、s/t(%)を算出することができ、図3の改変フィブロインの場合21/150=14.0%となる。
【0147】
本実施形態に係る改変フィブロインは、グルタミン残基含有率が9%以下であることが好ましく、7%以下であることがより好ましく、4%以下であることが更に好ましく、0%であることが特に好ましい。
【0148】
本明細書において、「グルタミン残基含有率」は、以下の方法により算出される値である。
式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるドメイン配列を含むフィブロイン(改変フィブロイン又は天然由来のフィブロイン)において、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列(図3の「領域A」に相当する配列。)に含まれる全てのREPにおいて、その領域に含まれるグルタミン残基の総数をuとし、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除き、更に(A)モチーフを除いた全REPのアミノ酸残基の総数をtとしたときに、グルタミン残基含有率はu/tとして算出される。グルタミン残基含有率の算出において、「最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列」を対象としている理由は、上述した理由と同様である。
【0149】
本実施形態に係る改変フィブロインは、そのドメイン配列が、天然由来のフィブロインと比較して、REP中の1又は複数のグルタミン残基を欠失したこと、又は他のアミノ酸残基に置換したことに相当するアミノ酸配列を有するものであってよい。
【0150】
「他のアミノ酸残基」は、グルタミン残基以外のアミノ酸残基であればよいが、グルタミン残基よりも疎水性指標の大きいアミノ酸残基であることが好ましい。アミノ酸残基の疎水性指標は表1に示すとおりである。
【0151】
表1に示すとおり、グルタミン残基よりも疎水性指標の大きいアミノ酸残基としては、イソロイシン(I)、バリン(V)、ロイシン(L)、フェニルアラニン(F)、システイン(C)、メチオニン(M)アラニン(A)、グリシン(G)、スレオニン(T)、セリン(S)、トリプトファン(W)、チロシン(Y)、プロリン(P)及びヒスチジン(H)から選ばれるアミノ酸残基を挙げることができる。これらの中でも、イソロイシン(I)、バリン(V)、ロイシン(L)、フェニルアラニン(F)、システイン(C)、メチオニン(M)及びアラニン(A)から選ばれるアミノ酸残基であることがより好ましく、イソロイシン(I)、バリン(V)、ロイシン(L)及びフェニルアラニン(F)から選ばれるアミノ酸残基であることが更に好ましい。
【0152】
本実施形態に係る改変フィブロインは、REPの疎水性度が、-0.8以上であることが好ましく、-0.7以上であることがより好ましく、0以上であることが更に好ましく、0.3以上であることが更により好ましく、0.4以上であることが特に好ましい。REPの疎水性度の上限に特に制限はなく、1.0以下であってよく、0.7以下であってもよい。
【0153】
本明細書において、「REPの疎水性度」は、以下の方法により算出される値である。
式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるドメイン配列を含むフィブロイン(改変フィブロイン又は天然由来のフィブロイン)において、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列(図1の「領域A」に相当する配列。)に含まれる全てのREPにおいて、その領域の各アミノ酸残基の疎水性指標の総和をvとし、最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除き、更に(A)モチーフを除いた全REPのアミノ酸残基の総数をtとしたときに、REPの疎水性度はv/tとして算出される。REPの疎水性度の算出において、「最もC末端側に位置する(A)モチーフからドメイン配列のC末端までの配列をドメイン配列から除いた配列」を対象としている理由は、上述した理由と同様である。
【0154】
本実施形態に係る改変フィブロインは、そのドメイン配列が、天然由来のフィブロインと比較して、REP中の1又は複数のグルタミン残基を欠失したこと、及び/又はREP中の1又は複数のグルタミン残基を他のアミノ酸残基に置換したことに相当する改変に加え、更に1又は複数のアミノ酸残基を置換、欠失、挿入及び/又は付加したことに相当するアミノ酸配列の改変があってもよい。
【0155】
本実施形態に係る改変フィブロインは、例えば、クローニングした天然由来のフィブロインの遺伝子配列からREP中の1又は複数のグルタミン残基を欠失させること、及び/又はREP中の1又は複数のグルタミン残基を他のアミノ酸残基に置換することにより得ることができる。また、例えば、天然由来のフィブロインのアミノ酸配列からREP中の1又は複数のグルタミン残基を欠失したこと、及び/又はREP中の1又は複数のグルタミン残基を他のアミノ酸残基に置換したことに相当するアミノ酸配列を設計し、設計したアミノ酸配列をコードする核酸を化学合成することにより得ることもできる。
【0156】
本発明に係る改変フィブロインのより具体的な例として、(6-i)配列番号27、配列番号28、配列番号29、配列番号30、配列番号31、配列番号38若しくは配列番号39で示されるアミノ酸配列を含む、改変フィブロイン、又は(6-ii)配列番号27、配列番号28、配列番号29、配列番号30、配列番号31、配列番号38若しくは配列番号39で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、改変フィブロインを挙げることができる。
【0157】
(6-i)の改変フィブロインについて説明する。
【0158】
配列番号4で示されるアミノ酸配列(Met-PRT410)は、天然由来のフィブロインであるNephila clavipes(GenBankアクセッション番号:P46804.1、GI:1174415)の塩基配列及びアミノ酸配列に基づき、(A)モチーフ中のアラニン残基が連続するアミノ酸配列をアラニン残基が連続する数を5つにする等の生産性を向上させるためのアミノ酸の改変を行ったものである。一方、Met-PRT410は、グルタミン残基(Q)の改変は行っていないため、グルタミン残基含有率は、天然由来のフィブロインのグルタミン残基含有率と同程度である。
【0159】
配列番号27で示されるアミノ酸配列(M_PRT888)は、Met-PRT410(配列番号4)中のQQを全てVLに置換したものである。
【0160】
配列番号28で示されるアミノ酸配列(M_PRT965)は、Met-PRT410(配列番号4)中のQQを全てTSに置換し、かつ残りのQをAに置換したものである。
【0161】
配列番号29で示されるアミノ酸配列(M_PRT889)は、Met-PRT410(配列番号4)中のQQを全てVLに置換し、かつ残りのQをIに置換したものである。
【0162】
配列番号30で示されるアミノ酸配列(M_PRT916)は、Met-PRT410(配列番号4)中のQQを全てVIに置換し、かつ残りのQをLに置換したものである。
【0163】
配列番号31で示されるアミノ酸配列(M_PRT918)は、Met-PRT410(配列番号4)中のQQを全てVFに置換し、かつ残りのQをIに置換したものである。
【0164】
配列番号37で示されるアミノ酸配列(M_PRT525)は、Met-PRT410(配列番号4)に対し、アラニン残基が連続する領域(A)に2つのアラニン残基を挿入し、Met-PRT410の分子量とほぼ同じになるよう、C末端側のドメイン配列2つを欠失させ、かつグルタミン残基(Q)13箇所をセリン残基(S)又はプロリン残基(P)に置換したものである。
【0165】
配列番号38で示されるアミノ酸配列(M_PRT699)は、M_PRT525(配列番号37)中のQQを全てVLに置換したものである。
【0166】
配列番号39で示されるアミノ酸配列(M_PRT698)は、M_PRT525(配列番号37)中のQQを全てVLに置換し、かつ残りのQをIに置換したものである。
【0167】
配列番号27、配列番号28、配列番号29、配列番号30、配列番号31、配列番号38及び配列番号39で示されるアミノ酸配列は、いずれもグルタミン残基含有率は9%以下である(表2)。
【0168】
【表2】
【0169】
(6-i)の改変フィブロインは、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5、配列番号6、配列番号16又は配列番号17で示されるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0170】
(6-ii)の改変フィブロインは、配列番号27、配列番号28、配列番号29、配列番号30、配列番号31、配列番号38又は配列番号39で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むものである。(6-ii)の改変フィブロインもまた、式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるドメイン配列を含むタンパク質である。上記配列同一性は、95%以上であることが好ましい。
【0171】
(6-ii)の改変フィブロインは、グルタミン残基含有率が9%以下であることが好ましい。また、(6-ii)の改変フィブロインは、GPGXXモチーフ含有率が10%以上であることが好ましい。
【0172】
上述の改変フィブロインは、N末端及びC末端のいずれか一方又は両方にタグ配列を含んでいてもよい。これにより、改変フィブロインの単離、固定化、検出及び可視化等が可能となる。
【0173】
タグ配列を含む改変フィブロインのより具体的な例として、(6-iii)配列番号9、配列番号10、配列番号11、配列番号12、配列番号13、配列番号19若しくは配列番号20で示されるアミノ酸配列を含む、改変フィブロイン、又は(6-iv)配列番号9、配列番号10、配列番号11、配列番号12、配列番号13、配列番号19若しくは配列番号20で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、改変フィブロインを挙げることができる。
【0174】
配列番号32、配列番号33、配列番号34、配列番号35、配列番号36、配列番号40及び配列番号41で示されるアミノ酸配列は、それぞれ配列番号27、配列番号28、配列番号29、配列番号30、配列番号31、配列番号38及び配列番号39で示されるアミノ酸配列のN末端に配列番号5で示されるアミノ酸配列(Hisタグ配列及びヒンジ配列を含む)を付加したものである。N末端にタグ配列を付加しただけであるため、グルタミン残基含有率に変化はなく、配列番号32、配列番号33、配列番号34、配列番号35、配列番号36、配列番号40及び配列番号41で示されるアミノ酸配列は、いずれもグルタミン残基含有率が9%以下である(表3)。
【0175】
【表3】
【0176】
(6-iii)の改変フィブロインは、配列番号32、配列番号33、配列番号34、配列番号35、配列番号36、配列番号40又は配列番号41で示されるアミノ酸配列からなるものであってもよい。
【0177】
(6-iv)の改変フィブロインは、配列番号32、配列番号33、配列番号34、配列番号35、配列番号36、配列番号40又は配列番号41で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むものである。(6-iv)の改変フィブロインもまた、式1:[(A)モチーフ-REP]、又は式2:[(A)モチーフ-REP]-(A)モチーフで表されるドメイン配列を含むタンパク質である。上記配列同一性は、95%以上であることが好ましい。
【0178】
(6-iv)の改変フィブロインは、グルタミン残基含有率が9%以下であることが好ましい。また、(6-iv)の改変フィブロインは、GPGXXモチーフ含有率が10%以上であることが好ましい。
【0179】
上述の改変フィブロインは、組換えタンパク質生産系において生産されたタンパク質を宿主の外部に放出するための分泌シグナルを含んでいてもよい。分泌シグナルの配列は、宿主の種類に応じて適宜設定することができる。
【0180】
<改変フィブロインの製造方法>
上記いずれの実施形態に係る改変フィブロイン(タンパク質)も、例えば、当該タンパク質をコードする核酸配列と、当該核酸配列に作動可能に連結された1又は複数の調節配列とを有する発現ベクターで形質転換された宿主により、当該核酸を発現させることにより生産することができる。
【0181】
改変フィブロインをコードする核酸の製造方法は、特に制限されない。例えば、天然のフィブロインをコードする遺伝子を利用して、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)などで増幅しクローニングし、遺伝子工学的手法により改変する方法、又は、化学的に合成する方法によって、当該核酸を製造することができる。核酸の化学的な合成方法も特に制限されず、例えば、NCBIのウェブデータベースなどより入手したタンパク質のアミノ酸配列情報をもとに、AKTA oligopilot plus 10/100(GEヘルスケア・ジャパン株式会社)などで自動合成したオリゴヌクレオチドをPCRなどで連結する方法によって遺伝子を化学的に合成することができる。この際に、改変フィブロインの精製及び/又は確認を容易にするため、上記のアミノ酸配列のN末端に開始コドン及びHis10タグからなるアミノ酸配列を付加したアミノ酸配列からなる改変フィブロインをコードする核酸を合成してもよい。
【0182】
調節配列は、宿主における改変フィブロインの発現を制御する配列(例えば、プロモーター、エンハンサー、リボソーム結合配列、転写終結配列等)であり、宿主の種類に応じて適宜選択することができる。プロモーターとして、宿主細胞中で機能し、改変フィブロインを発現誘導可能な誘導性プロモーターを用いてもよい。誘導性プロモーターは、誘導物質(発現誘導剤)の存在、リプレッサー分子の非存在、又は温度、浸透圧若しくはpH値の上昇若しくは低下等の物理的要因により、転写を制御できるプロモーターである。
【0183】
発現ベクターの種類は、プラスミドベクター、ウイルスベクター、コスミドベクター、フォスミドベクター、人工染色体ベクター等、宿主の種類に応じて適宜選択することができる。発現ベクターとしては、宿主細胞において自立複製が可能、又は宿主の染色体中への組込みが可能で、改変フィブロインをコードする核酸を転写できる位置にプロモーターを含有しているものが好適に用いられる。
【0184】
宿主として、原核生物、並びに酵母、糸状真菌、昆虫細胞、動物細胞及び植物細胞等の真核生物のいずれも好適に用いることができる。
【0185】
原核生物の宿主の好ましい例として、エシェリヒア属、ブレビバチルス属、セラチア属、バチルス属、ミクロバクテリウム属、ブレビバクテリウム属、コリネバクテリウム属及びシュードモナス属等に属する細菌を挙げることができる。エシェリヒア属に属する微生物として、例えば、エシェリヒア・コリ等を挙げることができる。ブレビバチルス属に属する微生物として、例えば、ブレビバチルス・アグリ等を挙げることができる。セラチア属に属する微生物として、例えば、セラチア・リクエファシエンス等を挙げることができる。バチルス属に属する微生物として、例えば、バチルス・サチラス等を挙げることができる。ミクロバクテリウム属に属する微生物として、例えば、ミクロバクテリウム・アンモニアフィラム等を挙げることができる。ブレビバクテリウム属に属する微生物として、例えば、ブレビバクテリウム・ディバリカタム等を挙げることができる。コリネバクテリウム属に属する微生物として、例えば、コリネバクテリウム・アンモニアゲネス等を挙げることができる。シュードモナス(Pseudomonas)属に属する微生物として、例えば、シュードモナス・プチダ等を挙げることができる。
【0186】
原核生物を宿主とする場合、改変フィブロインをコードする核酸を導入するベクターとしては、例えば、pBTrp2(ベーリンガーマンハイム社製)、pGEX(Pharmacia社製)、pUC18、pBluescriptII、pSupex、pET22b、pCold、pUB110、pNCO2(特開2002-238569号公報)等を挙げることができる。
【0187】
真核生物の宿主としては、例えば、酵母及び糸状真菌(カビ等)を挙げることができる。酵母としては、例えば、サッカロマイセス属、ピキア属、シゾサッカロマイセス属等に属する酵母を挙げることができる。糸状真菌としては、例えば、アスペルギルス属、ペニシリウム属、トリコデルマ(Trichoderma)属等に属する糸状真菌を挙げることができる。
【0188】
真核生物を宿主とする場合、改変フィブロインをコードする核酸を導入するベクターとしては、例えば、YEp13(ATCC37115)、YEp24(ATCC37051)等を挙げることができる。上記宿主細胞への発現ベクターの導入方法としては、上記宿主細胞へDNAを導入する方法であればいずれも用いることができる。例えば、カルシウムイオンを用いる方法〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA,69,2110(1972)〕、エレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、プロトプラスト法、酢酸リチウム法、コンピテント法等を挙げることができる。
【0189】
発現ベクターで形質転換された宿主による核酸の発現方法としては、直接発現のほか、モレキュラー・クローニング第2版に記載されている方法等に準じて、分泌生産、融合タンパク質発現等を行うことができる。
【0190】
改変フィブロインは、例えば、発現ベクターで形質転換された宿主を培養培地中で培養し、培養培地中に当該タンパク質を生成蓄積させ、該培養培地から採取することにより製造することができる。宿主を培養培地中で培養する方法は、宿主の培養に通常用いられる方法に従って行うことができる。
【0191】
宿主が、大腸菌等の原核生物又は酵母等の真核生物である場合、培養培地として、宿主が資化し得る炭素源、窒素源及び無機塩類等を含有し、宿主の培養を効率的に行える培地であれば天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。
【0192】
炭素源としては、上記形質転換微生物が資化し得るものであればよく、例えば、グルコース、フラクトース、スクロース、及びこれらを含有する糖蜜、デンプン及びデンプン加水分解物等の炭水化物、酢酸及びプロピオン酸等の有機酸、並びにエタノール及びプロパノール等のアルコール類を用いることができる。窒素源としては、例えば、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム及びリン酸アンモニウム等の無機酸又は有機酸のアンモニウム塩、その他の含窒素化合物、並びにペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーンスチープリカー、カゼイン加水分解物、大豆粕及び大豆粕加水分解物、各種発酵菌体及びその消化物を用いることができる。無機塩類としては、例えば、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅及び炭酸カルシウムを用いることができる。
【0193】
大腸菌等の原核生物又は酵母等の真核生物の培養は、例えば、振盪培養又は深部通気攪拌培養等の好気的条件下で行うことができる。培養温度は、例えば、15~40℃である。培養時間は、通常16時間~7日間である。培養中の培養培地のpHは3.0~9.0に保持することが好ましい。培養培地のpHの調整は、無機酸、有機酸、アルカリ溶液、尿素、炭酸カルシウム及びアンモニア等を用いて行うことができる。
【0194】
また、培養中、必要に応じて、アンピシリン及びテトラサイクリン等の抗生物質を培養培地に添加してもよい。プロモーターとして誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときには、必要に応じてインデューサーを培地に添加してもよい。例えば、lacプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときにはイソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド等を、trpプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養するときにはインドールアクリル酸等を培地に添加してもよい。
【0195】
発現させた改変フィブロインの単離、精製は通常用いられている方法で行うことができる。例えば、当該タンパク質が、細胞内に溶解状態で発現した場合には、培養終了後、宿主細胞を遠心分離により回収し、水系緩衝液に懸濁した後、超音波破砕機、フレンチプレス、マントンガウリンホモゲナイザー及びダイノミル等により宿主細胞を破砕し、無細胞抽出液を得る。該無細胞抽出液を遠心分離することにより得られる上清から、タンパク質の単離精製に通常用いられている方法、すなわち、溶媒抽出法、硫安等による塩析法、脱塩法、有機溶媒による沈殿法、ジエチルアミノエチル(DEAE)-セファロース、DIAION HPA-75(三菱化成社製)等のレジンを用いた陰イオン交換クロマトグラフィー法、S-Sepharose FF(Pharmacia社製)等のレジンを用いた陽イオン交換クロマトグラフィー法、ブチルセファロース、フェニルセファロース等のレジンを用いた疎水性クロマトグラフィー法、分子篩を用いたゲルろ過法、アフィニティークロマトグラフィー法、クロマトフォーカシング法、等電点電気泳動等の電気泳動法等の方法を単独又は組み合わせて使用し、精製標品を得ることができる。
【0196】
また、改変フィブロインが細胞内に不溶体を形成して発現した場合は、同様に宿主細胞を回収後、破砕し、遠心分離を行うことにより、沈殿画分として改変フィブロインの不溶体を回収する。回収した改変フィブロインの不溶体はタンパク質変性剤で可溶化することができる。該操作の後、上記と同様の単離精製法により改変フィブロインの精製標品を得ることができる。当該タンパク質が細胞外に分泌された場合には、培養上清から当該タンパク質を回収することができる。すなわち、培養物を遠心分離等の手法により処理することにより培養上清を取得し、その培養上清から、上記と同様の単離精製法を用いることにより、精製標品を得ることができる。
【実施例
【0197】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0198】
<改蜘蛛糸フィブロインの製造>
【0199】
<改変蜘蛛糸フィブロイン繊維のプラスミド発現株>
以下のようにして、プラスミド発現株を作製した。ネフィラ・クラビペス(Nephila clavipes)由来のフィブロイン(GenBankアクセッション番号:P46804.1、GI:1174415)の塩基配列及びアミノ酸配列に基づき、配列番号36で示されるアミノ酸配列を有する改変蜘蛛糸フィブロイン(以下、「PRT918」ともいう。)を設計した。なお、配列番号36で示されるアミノ酸配列は、
・ ネフィラ・クラビペス由来のフィブロインのアミノ酸配列に対して、生産性の向上を目的としてアミノ酸残基の置換、挿入及び欠失を施したアミノ酸配列を有すると共に、
・ 末端に、配列番号5で示されるアミノ酸配列(タグ配列及びヒンジ配列)が付加され、
・ さらにアミノ酸配列中のQQを全てVFに置換し、かつ残りのQをIに置換したものである。
【0200】
<核酸合成>
次に、PRT918をコードする核酸を合成した。当該核酸には、5'末端にNdeIサイト及び終止コドン下流にEcoRIサイトを付加した。当該核酸をクローニングベクター(pUC118;JP2002-238569参照)にクローニングした。その後、同核酸をNdeI及びEcoRIで制限酵素処理して切り出した後、タンパク質発現ベクターpET-22b(+)(JP2002-238569参照)に組換えて発現ベクターを得た。
【0201】
<改変蜘蛛糸フィブロインの発現>
配列番号36で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする核酸を含むpET22b(+)発現ベクターにより、大腸菌BLR(DE3)を形質転換した。当該形質転換大腸菌を、アンピシリンを含む2mLのLB培地で15時間培養した。当該培養液を、アンピシリンを含む100mLのシード培養用培地(表4)にOD600(600nmでの光学濃度)が0.005となるように添加した。培養液温度を30℃に保ち、OD600が5になるまでフラスコ培養を行い(約15時間)、シード培養液を得た。
【0202】
【表4】
【0203】
当該シード培養液を500mLの生産培地(表5)を添加したジャーファーメンターにOD600が0.05となるように添加した。培養液温度を37℃に保ち、pH6.9で一定に制御して培養した。また培養液中の溶存酸素濃度を、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。
【0204】
【表5】
【0205】
生産培地中のグルコースが完全に消費された直後に、フィード液(グルコース455g/L、Yeast Extract 120g/L)を1mL/分の速度で添加した。培養液温度を37℃に保ち、pH6.9で一定に制御して培養した。また培養液中の溶存酸素濃度を、溶存酸素飽和濃度の20%に維持するようにし、20時間培養を行った。その後、1Mのイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)を培養液に対して終濃度1mMになるよう添加し、改変フィブロインを発現誘導させた。IPTG添加後20時間経過した時点で、培養液を遠心分離し、菌体を回収した。IPTG添加前とIPTG添加後の培養液から調製した菌体を用いてSDS-PAGEを行い、IPTG添加に依存した目的とする改変フィブロインサイズのバンドの出現により、目的とする改変フィブロインの発現を確認した。
【0206】
<フィブロインの精製>
IPTGを添加してから2時間後に回収した菌体を20mM Tris-HCl buffer(pH7.4)で洗浄した。洗浄後の菌体を約1mMのPMSF(フッ化フェニルメチルスルホニル)を含む20mM Tris-HCl緩衝液(pH7.4)に懸濁させ、高圧ホモジナイザー(GEA Niro Soavi社製)で細胞を破砕した。破砕した細胞を遠心分離し、沈殿物を得た。得られた沈殿物を、高純度になるまで20mMTris-HCl緩衝液(pH7.4)で洗浄した。洗浄後の沈殿物を100mg/mLの濃度になるように8M グアニジン緩衝液(8Mグアニジン塩酸塩、10mMリン酸二水素ナトリウム、20mMNaCl、1mMTris-HCl、pH7.0)で懸濁し、60℃で30分間、スターラーで撹拌し、溶解させた。溶解後、透析チューブ(三光純薬株式会社製のセルロースチューブ36/32)を用いて水で透析を行った。透析後に得られた白色の凝集タンパク質を遠心分離により回収し、凍結乾燥機で水分を除き、凍結乾燥粉末を回収することにより、人工蜘蛛糸フィブロイン「PRT918」を得た。
【0207】
<改変蜘蛛糸タンパク質繊維の製造>
DMSOに、上述の改変フィブロイン(PRT918)を24mass%濃度となるよう添加した後、溶解促進剤としてLiClを4.0mass%となるように添加した。その後、シェーカーを使用して、改変フィブロインを3時間かけて溶解させ、DMSO(ジメチルスルホキシド)溶液を得た。得られたDMSO溶液中のゴミと泡を取り除き、ドープ液とした。ドープ液の溶液粘度は90℃において5000cP(センチポアズ)であった。
【0208】
上記のようにして得られたドープ液と紡糸装置を用い、公知の乾湿式紡糸により、人工蜘蛛糸フィブロイン繊維をボビンに巻きとった。なお、ここでは、乾湿式紡糸を下記の条件で行った。
凝固液(メタノール)の温度:5~10℃
延伸倍率: 4.52倍
乾燥温度: 80℃
【0209】
<紡績糸の製造>
人工蜘蛛糸タンパク質から成り、ボビンに巻きとられた人工蜘蛛糸フィラメントを複数本束ね、卓上型繊維裁断機で平均40mm長に裁断し、ステープルの束とした。ステープルを40℃の水に1分浸漬し、クリンプさせた後、40℃で18時間乾燥させて、クリンプしたステープルを得た。得られたステープルを公知の紡績装置(4山カード紡績機とミュール精紡機)により紡績し、人工蜘蛛糸タンパク質繊維からなる紡績糸を得た。なお紡績糸の番手は30Nm、撚り数はZ340であった。水との接触条件は任意で、水-メタノール、水-エタノール等の水性溶媒に浸漬してもよく、あるいは高湿雰囲気に保管して水を吸収させても良い。
【0210】
人工タンパク質繊維(例えば、人工蜘蛛タンパク質繊維)が有するクリンプ性は必ずしも充分ではなく、紡績によりステープルが伸ばされて、クリンプが目立たなくなることがあった。またこのような紡績糸を用いたテキスタイル製品は、膨らみ等の風合が充分ではなかった。さらに上記のテキスタイル製品は縮絨が困難であった。
【0211】
そこで人工蜘蛛糸タンパク質繊維のステープルに、低分子量の加水分解ケラチン等の異種のタンパク質を浸透させることにより、クリンプ性を強化することにより風合を改善し、また縮絨できるようにした。タンパク質の浸透は、タンパク質繊維のフィラメントあるいはステープルまたは紡績糸に施しても、テキスタイル製品に施しても良い。
【0212】
水鳥由来の羽毛100gに水酸化ナトリウムの1.3mass%水溶液1Kgに加え、120℃で20分間反応させて、20℃まで自然冷却した。その後、塩酸でpH4に調整し、12時間室温に放置した。遠心分離により未分解物を除去し、水酸化ナトリウムによりpHを5.6に調整することにより、羽毛由来のアルカリ加水分解ケラチン溶液を製造した。SDS-PAGEによる分子量解析を行うと、数平均分子量は1500であった。
【0213】
上記の人工蜘蛛糸タンパク質繊維のステープルを複数本撚り合わせた紡績糸を用い、 14ゲージの丸編機により編地を編成した。
【0214】
編成した編地を上記の加水分解ケラチンの水溶液に浸漬することにより、ステープルをクリンプさせると共に、テキスタイル製品を縮絨した。実施例1-6では羽毛由来の加水分解ケラチン(数平均分子量1500)の水溶液(pH約7)に浸漬し、浴比(編地と加水分解ケラチンの水溶液との質量比)は1:20とし、パドル染色機中で加水分解ケラチンの水溶液と編地を撹拌した。この時、編地は水溶液中を緩やかに動き、編地と容器の器壁との激しい衝突などは生じなかった。即ち、編地には衝撃が加わらなかった。撹拌の目的は、編地が加水分解ケラチンの水溶液と均一に接触し、編地を構成する紡績糸の内部まで加水分解ケラチンの水溶液が浸透することであり、編地に衝撃を加えることではない。
【0215】
加水分解ケラチンの水溶液の濃度は、0.5mass%~0.1mass%を中心に、0.01mass%から0.5mass%の範囲で変化させた。浸漬時間は、60分を中心に、10分から480分の範囲で変化させた。また加水分解ケラチンの水溶液の温度は、40℃を中心に、10℃から95℃の範囲で変化させた。加水分解ケラチンの水溶液での処理後に、編地を室温で12時間自然乾燥させた。次いで編地の状態を観察し、コース方向とウェール方の目数を測定し、また編地の手触り等の風合を観察した。
【0216】
シルク由来のフィブロインを加水分解した、市販の加水分解シルク(数平均分子量1000)の、0.2mass%水溶液を調製した。パドル染色機を用い、浴比1:20、液温40℃、浸漬時間60分で上記の編地を浸漬し、実施例1~6と同様に処理した。これを実施例7とする。
【0217】
比較例1では、羊毛の編地に対して行われている通常の縮絨と同様の処理を行った。即ち、加水分解ケラチンの水溶液ではなく、単なる水を用い、パドル染色機をワッシャー染色機に変更し、編地を染色機の器壁に衝突させる縮絨を行った。浴比は1:20、処理温度は40℃、処理時間は20分とした。また比較例2では、実施例と同様にパドル染色機を用いたが、加水分解ケラチンの水溶液ではなく、単なる水を用い、パドル染色機による撹拌自体の効果を調べた。これ以外に、編成したままで未処理の編地を評価した。結果を表6に示す。また実施例1での処理後の編地の写真を図4図7に、比較例1での処理後の編地の写真を図5図8に、未処理の編地(編み下がり)の写真を図6図9に示す。図7図9は拡大写真で、ステープルのクリンプ状況が観察できる。
【0218】
【表6】
【0219】
実施例1では、ステープルは強くクリンプし、紡績糸は膨らみ、編地の風合が改善していた。また編目はコース方向(各図での横方向)にもウェール方向(各図での縦方向)にも詰まり、編目と編目の間の隙間は僅かになり、編地の縮絨にも成功した。
【0220】
これに対して、通常の縮絨条件で処理した比較例1では、クリンプは未処理のもの(図9)よりも僅かに強い程度で、紡績糸の膨らみも僅かであった。そして編目はウェール方向には縮んだが、コース方向には逆に拡大し、コース方向に沿って編目と編目との間に大きな隙間が生じ、縮絨できなかった。
【0221】
比較例2では、実施例と同様にパドル染色機を用い、ケラチン濃度を0にして、縮絨を試みた。クリンプは僅かに復活し、ウェール方向に沿って僅かに目数が減少したが、縮絨はできなかった。
【0222】
これらのことから明らかなように、実施例でクリンプが復活し、縮絨を実現できたのは、水溶液中のケラチンによるものである。そして実施例では、編地に大きな力を加えないので、繊細なテキスタイル製品でも縮絨できる。なお編地に代えて織物、不織布を縮絨しても良い。また紡績糸の段階で加水分解ケラチンの水溶液に浸漬して、クリンプを付与しても良い。
【0223】
加水分解ケラチンの水溶液の濃度を0.01mass%から0.5mass%までの範囲で変化させたが、いずれもクリンプが復活し縮絨に成功した。ただし0.1mass%未満では長い処理時間が必要なため、ケラチン濃度は0.1mass%以上が好ましい。また穏和な処理とするため、2mass%以下が好ましい。浸漬時間は10分~480分のいずれでも良かったが、480分では処理時間が長すぎる。また実施例2(ケラチン濃度0.5mass%)からケラチン濃度をさらに高めると、より短い時間でも良い。これらのことから、浸漬時間は5分以上120分以下が好ましい。加水分解ケラチンの水溶液の温度が95℃(実施例6)では、処理後の編地が硬くなり、風合が低下した。また10℃では、40℃に比べ、4倍の処理時間を要した。これらのことから、水溶液の温度は30℃以上60℃以下が好ましい。実施例では1:20の小さな浴比で処理できた。従って廃水が少なく、環境負荷が小さい。
【0224】
なおケラチンの水溶液は、水とケラチン以外に、キレート剤、金属塩、セラミド、脂質、クエン酸、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、エタノール、メタノール等の他の成分を含んでいても良い。またパドル染色機の代わりに、ワッシャー染色機等を用いても良く、浸漬装置の種類は任意である。ただし器壁に衝突させずにクリンプが発生し縮絨ができるので、紡績糸あるいはテキスタイル製品を穏和に撹拌しながら浸漬することが好ましい。
【0225】
ケラチンに代えて他のタンパク質を用いても良い。また羽毛由来のケラチンに代えて羊毛由来のケラチン等を用いても良い。例えば実施例7では、加水分解シルク(数平均分子量1000)を用いることにより、クリンプが復活し縮絨に成功した。このことから、加水分解ケラチンに限らず、コラーゲン、人工タンパク質等の水溶液でも良いことが分かる。なお実施例7では、処理後のステープルのクリンプは不十分で、実施例1に比べ、縮絨後の編地のハリ(膨らみ感)や腰(形態を維持しようとする傾向)が不足していた。
【0226】
ケラチンには、低分子量の加水分解ケラチン(数平均分子量が500以上5000以下)と、高分子量の可溶化ケラチン(数平均分子量が例えば10,000程度)とがある。加水分解ケラチンの水溶液ではステープルのクリンプと編地の縮絨ができ、特に数平均分子量が500以上3000以下が好ましいことが判明した。しかし可溶化ケラチンでは、これらの効果は不十分であった。そこで加水分解ケラチンの水溶液に浸漬した際に、ケラチンが人工蜘蛛糸タンパク質のステープルにどのように作用するかを検討した。
【0227】
タンパク質繊維は、人工蜘蛛糸タンパク質繊維に限らず、人工のシルクに対し同様にアミノ酸残基を導入したものなどでも良い。またこれらの他に、プロミックス、シノン等の半合成タンパク質繊維、あるいはカゼインタンパク繊維、落花生タンパク質繊維、トウモロコシタンパク質繊維、大豆タンパク質繊維等の、再生タンパク質繊維でも良い。
【0228】
染色堅牢度の向上とクリンプ性の向上
前記の改変フィブロイン(PRT918)を用い、既に説明した実施例に従って人工タンパク質繊維と紡績糸を製造した。この紡績糸を用い、14ゲージの編機により編地を編成した。この編地を加水分解ケラチン水溶液に浸漬し、クリンプ性の向上と、染色堅牢度の向上について試験した。
【0229】
水鳥由来の羽毛100gに水酸化ナトリウムの1.3mass%水溶液1Kgに加え、120℃で20分間反応させて、20℃まで自然冷却した。その後、塩酸でpH4に調整し、12時間室温に放置した。遠心分離により未分解物を除去し、水酸化ナトリウムによりpHを5.6に調整した。次いで、透析により分子量が5000超の成分を分離し、羽毛由来のアルカリ加水分解ケラチン溶液を製造した。SDS-PAGEによる分子量解析を行うと、数平均分子量は1500であった。人工タンパク質繊維の内部まで加水分解ケラチンが浸透しやすくするため、数平均分子量の範囲は750以上4000以下が好ましく、特に750以上2000以下が好ましい。
【0230】
加水分解ケラチンの水溶液に浸漬した後、染色を施したものを染色とクリンプ性に関する実施例とし、加水分解ケラチンによる処理無しに染色したものを比較例とした。実施例では、加水分解ケラチン(数平均分子量1500)の水溶液(濃度0.1mass%、pH約7、液温40℃、編地1Kg当たりケラチン水溶液を20L)に、パドル染色機中で、60分間、人工タンパク質繊維から成る編地を浸漬した。pHの好ましい範囲は6以上8以下、特に6.5以上7.5以下で、好ましい温度範囲は30℃以上80℃以下、特に30℃以上60℃以下である。濃度は0.01mass%以上0.5mass%以下が好ましく、特に0.02mass%以上0.5mass%以下が好ましい。1.0mass%では編地が硬くなり衣料品には不適切になった。0.01mass%未満では編地のケラチン吸収量が不足し、クリンプも染色堅牢度も不十分であった。浸漬時間は40分以上80分以下が好ましく、60分程度の浸漬時間で、繊維のケラチン吸収量が最大となった。
【0231】
パドル染色機はケラチン水溶液の水流を編地に接触させながら循環させ、ケラチン水溶液と編地との接触方法は任意である。実施例では編地をケラチン水溶液で処理したが、繊維そのもの、紡績糸、織物、不織布、テキスタイル製品等、ケラチン水溶液により処理する際の人工タンパク質繊維の形態は任意である。
【0232】
液体クロマトグラフ用カラム(BIO-RAD社製エコノパック カラム)に人工タンパク質繊維1gを充填した。数平均分子量1500のケラチン水溶液(40℃、0.1mass%)をカラムに120分間循環し、繊維を通過する前後の位置でゲルろ過クロマトグラフィーによりケラチン濃度を測定し、繊維への合計吸収量を測定した。繊維を交換して3回測定し、合計吸収量の平均値を、60分目の吸収量を1とする相対値で表7に示す。3回とも浸漬時間60分に吸収量のピークが有った。
【0233】
【表7】
【0234】
ケラチン水溶液に浸漬後、編地を脱水し、自然乾燥した。人工蜘蛛糸タンパク質から成る繊維の場合と同様、加水分解ケラチン処理により編地は収縮し、繊維はクリンプした。なお染色とクリンプに関する実施例は、特に指摘した点以外はクリンプに関する実施例と同様で、クリンプに関する実施例の記載は、特に指摘した点以外は、染色とクリンプに関する実施例にもそのまま当てはまる。
【0235】
ケラチン処理後に編地をpH5.5(好ましい範囲はpHが5以上6以下)の弱酸性水溶液(例えば酢酸水溶液)に浸すと、ケラチンは編地により安定に結合し、洗濯への耐久性が向上することを確認した。発明者は、この現象を繊維内に浸透しているケラチンが数分子程度互いに結合し、一種の重合ないしは会合が生じたためと推定した。染色に用いる直接染料及び羊毛反応染料は弱酸性で、染色によりケラチンはより強固に繊維に固定される。
【0236】
編地を4種類の羊毛反応染料により染色した。黄色染料はLANAZOL Yellow 4G,(LANAZOLはHuntsman社の登録商標)3%(owf) 無水芒硝(Na2SO4)10%(owf)酢酸1%(owf)、赤色染料はLANAZOL Red 6G, 3%(owf) 無水芒硝10%(owf)酢酸1%(owf)、黒色染料はLANAZOLDeep Black CE-R,7%(owf) 無水芒硝5%(owf)酢酸4%(owf)、青色染料はLANAZOL Blue 3G, 3%(owf) 無水芒硝10%(owf)酢酸1%(owf)であった。青色染料による染色ではケラチン処理無しでも比較的良好な結果が得られたので、ケラチン処理による染色堅牢度への効果が明瞭な、黄色、赤色、黒色での結果を表8-表10に示す。なお染色条件は以下の通りであった。20℃の水に染色薬品と被染物を入れて10分キープし、その後90℃まで昇温して30分キープした後に水洗を行った。
【0237】
【表8】
【0238】
【表9】
【0239】
【表10】
【0240】
試験項目の意味を説明する。耐光堅牢度は光への堅牢度を、洗濯堅牢度は洗濯に対する堅牢度を示す。洗濯堅牢度汚染は、洗濯による周囲の白地の布への色移りの程度を表す。汗汚染(酸)は酸性の模擬的な汗による周囲の白地の布への色移りの程度を表し、汗汚染(アルカリ酸)はアルカリ性の模擬的な汗による色移りの程度を表す。摩擦堅牢度は、乾燥時に、染色した編地を白色の布と擦り合わせた際の色移りの程度を表す。ドライクリーニング汚染は、ドライクリーニング用のパーフルオロエチレン溶媒への染料の溶出の程度を表す。染色堅牢度は級が高いほど良く、実用的には少なくとも2.5級以上であることが必要である。
【0241】
加水分解ケラチン処理により、堅牢度が不足する試験項目が改善され、黄色及び赤色では堅牢度が3級未満の項目を解消できた。黒色では堅牢度が1.5級の酸とアルカリに対する汗汚染を、2.5級まで改善できた。染色堅牢度の向上は、人工タンパク質繊維に吸収された水鳥由来の羽毛加水分解ケラチンにより、染料と繊維の結合強度が改善されたことを意味する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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