(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-12
(45)【発行日】2024-03-21
(54)【発明の名称】Alめっきホットスタンプ鋼材
(51)【国際特許分類】
C23C 22/07 20060101AFI20240313BHJP
C23C 2/12 20060101ALI20240313BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20240313BHJP
【FI】
C23C22/07
C23C2/12
C23C28/00 B
(21)【出願番号】P 2022524293
(86)(22)【出願日】2021-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2021012395
(87)【国際公開番号】W WO2021235083
(87)【国際公開日】2021-11-25
【審査請求日】2022-08-10
(31)【優先権主張番号】P 2020086561
(32)【優先日】2020-05-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】山口 伸一
(72)【発明者】
【氏名】藤田 宗士
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】特表平11-502569(JP,A)
【文献】国際公開第2013/122004(WO,A1)
【文献】特開2010-106334(JP,A)
【文献】特開平04-276087(JP,A)
【文献】GIRCIENE, O.,"Active corrosion protection capacity of phosphate-permagnate conversion coatings doped with cerium",CHEMIJA,2016年,Vol. 27, No. 1,pp. 1-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00-30/00
C23C 2/00-2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼母材と、
前記鋼母材の少なくとも片面に形成されたAlめっき層と、
前記Alめっき層の上に形成され、リン酸亜鉛系結晶及び前記リン酸亜鉛系結晶の表面に付着したCe系化合物を含む化成処理皮膜と
を含み、前記化成処理皮膜中のリン酸亜鉛系結晶の付着量が金属Zn換算で0.3~4.0g/m
2であり、前記化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率が0.5~25%であることを特徴とする、Alめっきホットスタンプ鋼材。
【請求項2】
前記リン酸亜鉛系結晶が、ホペイト及びフォスフォフィライトのうち少なくとも1種の化合物を含むことを特徴とする、請求項1に記載のAlめっきホットスタンプ鋼材。
【請求項3】
前記化成処理皮膜中のCe系化合物の付着量が金属Ce換算で1.0~280mg/m
2であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のAlめっきホットスタンプ鋼材。
【請求項4】
前記Ce系化合物が、CeO
2、Ce(OH)
3及びCe(OH)
4からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含むことを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載のAlめっきホットスタンプ鋼材。
【請求項5】
前記Alめっき層がAl-Fe-Si合金層を含むことを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載のAlめっきホットスタンプ鋼材。
【請求項6】
前記化成処理皮膜中のCe系化合物の付着量が金属Ce換算で30~280mg/m
2
であることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載のAlめっきホットスタンプ鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Alめっきホットスタンプ鋼材に関し、より詳しくは化成処理が施されたAlめっきホットスタンプ鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度鋼板のような成形が困難な材料をプレス成形する技術として、ホットスタンプ(熱間プレス)が知られている。ホットスタンプは、成形に供される材料を加熱してから成形する熱間成形技術である。この技術では、材料を加熱してから成形するため、成形時には鋼材が軟質で良好な成形性を有する。したがって、高強度の鋼材であっても複雑な形状に精度よく成形することが可能であり、また、プレス金型によって成形と同時に焼き入れを行うため、成形後の鋼材は十分な強度を有することが知られている。
【0003】
従来、ホットスタンプ用のめっき鋼板の化成性、塗膜密着性、及び摺動性などを改善するために、例えば、当該めっき鋼板に酸化亜鉛(ZnO)などの特定の化合物を含む表面処理層を設けることが知られている。
【0004】
特許文献1では、粒径が5nm以上500nm以下であるジルコニア、酸化ランタン、酸化セリウム及び酸化ネオジウムから選ばれる1種又は2種以上の酸化物を片面当たり0.2g/m2以上2g/m2以下の範囲で含有し、さらに酸化マグネシウム、酸化カルシウム又は酸化亜鉛を片面あたり0.2g/m2以上5.0g/m2以下の範囲で含有する表面処理層を備えた溶融亜鉛系めっき鋼板が記載されている。また、特許文献1では、熱間プレス後の表面処理層の表層に酸化マグネシウム、酸化カルシウム又は酸化亜鉛が存在することでリン酸塩処理性が向上すると教示されている。
【0005】
特許文献2では、ZnO水分散液(A)と水分散性有機樹脂(B)とを含み、前記ZnO水分散液(A)は、水及び平均粒径が10~300nmであるZnO粒子を含み、前記水分散性有機樹脂(B)は、5~300nmのエマルション平均粒径を有し、前記ZnO水分散液中のZnO粒子の質量(WA)と、前記水分散性有機樹脂の固形分の質量(WB)との質量比(WA/WB)が30/70~95/5である熱間プレス用めっき鋼板の表面処理液が記載されている。また、特許文献2では、上記の表面処理液を用いてZnO粒子と水分散性有機樹脂を特定の質量比で含有する表面処理皮膜をめっき鋼板の表面に形成させることで、皮膜の耐水性、耐溶剤性及びめっき鋼板との密着性を確保し、安定的に熱間潤滑性、熱間プレス後の化成処理性、塗装後耐食性、スポット溶接性に優れためっき鋼板を得ることができると記載されている。加えて、特許文献2では、上記の表面処理液にB、Mg、Si、Ca、Ti、V、Zr、W、Ceから成る群より選ばれる元素を含む化合物から選ばれる少なくとも1種の添加剤(C)を含めることで、塗装後耐食性をさらに向上させることができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2016/159307号
【文献】国際公開第2016/195101号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
例えば、ホットスタンプ用Al系めっき鋼板では、ホットスタンプ成形を行うことで鋼母材(地鉄)からFeが拡散して鋼母材上にAl及びFe、場合によりさらにSiを含有する合金層を含むめっき層が形成され、次いで、一般的に化成処理が施されてリン酸塩皮膜等の化成処理皮膜が形成され、さらに電着塗装等により塗装が施される。ここで、ホットスタンプ成形の際に鋼母材上に形成される上記の合金層は比較的硬質であるため、当該合金層を含むめっき層を備え、さらに化成処理が施されたAl系めっきホットスタンプ鋼材は、鋼母材まで達する疵が入りにくく、一般的には塗装後耐食性に優れることが知られている。しかしながら、このようなAl系めっきホットスタンプ鋼材であっても、いったん鋼母材まで達するような疵が入ってしまった場合には、当該鋼母材の腐食が進行して塗装後耐食性が低下する虞がある。このため、より厳しい条件下においても高い塗装後耐食性を示すAl系めっきホットスタンプ鋼材に対するニーズがある。
【0008】
特許文献1に記載の発明は、溶融亜鉛系めっき鋼板に関するものであり、それゆえ当該特許文献1では、Al系めっきホットスタンプ鋼材及びその塗装後耐食性に対する改善については何ら記載も示唆もされていない。
【0009】
また、特許文献2では、上記のとおり、ZnO粒子と水分散性有機樹脂を特定の質量比で含有する表面処理皮膜をめっき鋼板の表面に形成させることで、塗装後耐食性等に優れためっき鋼板を得ることができると記載されている。しかしながら、当該表面処理皮膜に含まれる有機樹脂は、ホットスタンプ時の高温下においてそれを構成する炭素の一部が燃焼し、さらにはこのような燃焼の際に隣接するZnO粒子の一部から酸素を奪う虞がある。このような場合には、当初意図した表面処理皮膜の形態及び/又は機能を完全には維持できなくなる可能性があることから、特許文献2に記載の表面処理液には、特に高温下でのホットスタンプを考慮した際に依然として改良の余地があった。
【0010】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、ホットスタンプ後に化成処理が施されたAl系めっきホットスタンプ鋼材において改善された塗装後耐食性を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成する本発明は下記のとおりである。
(1)鋼母材と、
前記鋼母材の少なくとも片面に形成されたAlめっき層と、
前記Alめっき層の上に形成され、リン酸亜鉛系結晶及び前記リン酸亜鉛系結晶の表面に付着したCe系化合物を含む化成処理皮膜と
を含み、前記化成処理皮膜中のリン酸亜鉛系結晶の付着量が金属Zn換算で0.3~4.0g/m2であり、前記化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率が0.5~25%であることを特徴とする、Alめっきホットスタンプ鋼材。
(2)前記リン酸亜鉛系結晶が、ホペイト及びフォスフォフィライトのうち少なくとも1種の化合物を含むことを特徴とする、上記(1)に記載のAlめっきホットスタンプ鋼材。
(3)前記化成処理皮膜中のCe系化合物の付着量が金属Ce換算で1.0~280mg/m2であることを特徴とする、上記(1)又は(2)に記載のAlめっきホットスタンプ鋼材。
(4)前記Ce系化合物が、CeO2、Ce(OH)3及びCe(OH)4からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含むことを特徴とする、上記(1)~(3)のいずれか1項に記載のAlめっきホットスタンプ鋼材。
(5)前記Alめっき層がAl-Fe-Si合金層を含むことを特徴とする、上記(1)~(4)のいずれか1項に記載のAlめっきホットスタンプ鋼材。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、リン酸亜鉛系結晶及び当該リン酸亜鉛系結晶の表面に付着したCe系化合物を含む化成処理皮膜を形成し、さらにこれらの付着量等を適切に制御することで、Alめっきホットスタンプ鋼材に対して鋼母材まで達するような疵が入った場合であっても、疵部において上記のCe系化合物からCeを溶出させて鋼母材露出部のカソード反応領域に保護皮膜を形成することができるので、鋼母材露出部でのカソード反応の進行を抑制することが可能となる。その結果として、本発明によれば、塗膜膨れ等の発生が顕著に抑制された塗装後耐食性、特には長期的な塗装後耐食性に優れたAlめっきホットスタンプ鋼材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材を示す模式図である。
【
図2】化成処理皮膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による観察像を示し、(a)はリン酸亜鉛系結晶及びCe系化合物を含む本発明の実施形態に係る化成処理皮膜のSEM観察像を示し、(b)はリン酸亜鉛系結晶のみを含み、Ce系化合物を含まない化成処理皮膜の断面SEM観察像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<Alめっきホットスタンプ鋼材>
本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材は、
鋼母材と、
前記鋼母材の少なくとも片面に形成されたAlめっき層と、
前記Alめっき層の上に形成され、リン酸亜鉛系結晶及び前記リン酸亜鉛系結晶の表面に付着したCe系化合物を含む化成処理皮膜と
を含み、前記化成処理皮膜中のリン酸亜鉛系結晶の付着量が金属Zn換算で0.3~4.0g/m2であり、前記化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率が0.5~25%であることを特徴としている。
【0015】
ホットスタンプ用Al系めっき鋼板では、当初は一般的にAlとSiを含有するめっき層が鋼母材(地鉄)上に形成されており、ホットスタンプ成形を行うことで当該鋼母材からFeが拡散して鋼母材上にAl-Fe-Si等からなる合金層を含むめっき層が形成され、次いで、一般的に化成処理が施されてリン酸塩皮膜等の化成処理皮膜が形成され、さらに電着塗装等により塗装が施される。先に述べたとおり、ホットスタンプ成形の際に鋼母材上に形成される上記の合金層は比較的硬質であるため、当該合金層を含むめっき層を備え、さらに化成処理が施されたAl系めっきホットスタンプ鋼材は、鋼母材まで達する疵が入りにくく、一般的には塗装後耐食性に優れることが知られている。しかしながら、このようなAl系めっきホットスタンプ鋼材であっても、いったん鋼母材まで達するような疵が入ってしまった場合には、当該鋼母材の腐食が進行して塗装後耐食性が低下する虞がある。
【0016】
より具体的には、Al系めっきホットスタンプ鋼材に対して鋼母材まで達するような疵が入った場合には、鋼母材の露出部がカソードとなり、Alめっき部がアノードとなるめっき腐食が鋼母材とめっきの界面で起こる。加えて、鋼母材の露出部では、溶存酸素のカソード反応(O2+2H2O+4e-→4OH-)の進行が速いため、これに関連して鋼母材とめっき界面での腐食が進展して塗膜膨れなどの現象が生じることがある。
【0017】
そこで、このような塗膜膨れ等の発生を抑制するために、本発明者らは、亜鉛(Zn)を含む表面処理層を備えたAlめっきホットスタンプ鋼材を化成処理することによって得られる化成処理皮膜中の成分について検討を行った。その結果、本発明者らは、当該化成処理皮膜中に腐食抑制剤(インヒビター)としてセリウム(Ce)を含めることが有効であることを見出した。より具体的に説明すると、本発明者らは、Znを含む表面処理層にCeを添加し、これを化成処理することによってリン酸亜鉛系結晶及び当該リン酸亜鉛系結晶の表面に付着したCe系化合物を含む化成処理皮膜を形成し、さらにこれらの付着量等を適切に制御することで、Alめっきホットスタンプ鋼材に対して鋼母材まで達するような疵が入った場合であっても、疵部において上記のCe系化合物からCeを溶出させて鋼母材露出部のカソード反応領域に保護皮膜を形成することができるので、鋼母材露出部でのカソード反応の進行を抑制することが可能となることを見出した。その結果として、本発明者らは、塗膜膨れ等の発生が顕著に抑制された塗装後耐食性、特には長期的な塗装後耐食性に優れたAlめっきホットスタンプ鋼材を得ることができることを見出した。
【0018】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、上記の疵部においては、Ce系化合物からCeイオン、特には3価及び/又は4価のCeイオンが溶出するものと考えられる。そして、溶出したCeイオンが、カソード反応(O2+2H2O+4e-→4OH-)の進行によってアルカリ環境となった鋼母材露出部の方へ電気的な中性を保つために移動すると考えられる。ここで、Ceイオンは、アルカリ環境下では水酸化物の形態で存在することが安定であることから、Ce(OH)3及び/又はCe(OH)4からなる水酸化セリウムとして沈殿し、さらにはこの沈殿皮膜が保護皮膜として作用して、鋼母材露出部でのカソード反応のさらなる進行を抑制するものと考えられる。以下、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材の各構成についてより詳しく説明する。
【0019】
[鋼母材]
本発明の実施形態に係る鋼母材は、ホットスタンプ成形体において一般的に用いられる厚さ及び化学組成を有する任意の鋼材であってよい。より詳しくは、本発明は、上記のとおりホットスタンプ後に化成処理が施されたAl系めっきホットスタンプ鋼材において改善された塗装後耐食性を提供することを目的とするものであって、Alめっき層の上にリン酸亜鉛系結晶及び当該リン酸亜鉛系結晶の表面に付着したCe系化合物を含む化成処理皮膜を形成し、さらにリン酸亜鉛系結晶の付着量及びCe系化合物の面積率を適切に制御することで当該目的を達成するものである。したがって、鋼母材の化学組成は、本発明の目的を達成する上で必須の技術的特徴ではないため、特には限定されず、ホットスタンプ成形体において一般的に用いられる範囲内で適切に決定すればよい。以下、本発明の実施形態に係る鋼母材の好ましい化学組成について詳しく説明するが、これらの説明は、単なる例示を意図するものであって、本発明をこのような特定の化学組成を有する鋼母材を用いたものに限定することを意図するものではない。例えば、このような鋼母材としては、特に限定されないが、0.3~2.3mmの厚さを有し、及び/又は、質量%で、C:0.01~0.55%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~3.50%、P:0.100%以下、S:0.050%以下、Al:0.001~0.100%、N:0.020%以下、並びに残部:Fe及び不純物からなる化学組成を含む鋼材を挙げることができる。以下、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材において適用することが好ましい上記鋼母材に含まれる各成分についてより詳しく説明する。なお、以下の説明において、各成分の含有量に関する「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。
【0020】
[C:0.01~0.55%]
炭素(C)は、鋼に不可避的に含まれるか及び/又は目的とする機械的強度を確保するために含有させる元素である。C含有量を過剰に低減することは、精錬コストを増大させるため、C含有量は0.01%以上であることが好ましい。また、C含有量が低いと、機械的強度を確保するために他の合金元素を多量に含有させる必要が生じるため、機械的強度を確保するという観点からは、C含有量は0.05%以上、0.10%以上又は0.20%以上であることが好ましい。一方で、Cを過度に含有すると、鋼材をさらに硬化させることができるものの、脆くなり、また溶融割れが生じる場合がある。したがって、C含有量は0.55%以下であることが好ましく、溶融割れ防止の観点からは0.50%以下、0.40%以下又は0.30%以下であることがより好ましい。
【0021】
[Si:2.00%以下]
ケイ素(Si)は、脱酸剤として添加されるなど、鋼の精錬過程において不可避的に含まれる元素であるとともに、強度向上の効果も有する元素である。Si含有量は0%であってもよいが、強度向上の観点からは0.01%以上であることが好ましい。例えば、Si含有量は0.05%以上又は0.10%以上であってもよい。一方で、Siの過度な含有は、鋼板製造時の熱延工程で延性低下を生じさせたり、あるいはその結果として表面性状を悪化させたりする場合がある。このため、Si含有量は2.00%以下とすることが好ましい。例えば、Si含有量は1.50%以下又は1.00%以下であってもよい。また、Siは易酸化性元素でもあり、鋼板表面に酸化膜を形成することから、Si含有量が比較的高いと、溶融めっきを行う際に、濡れ性が低下し、不めっきが生じる可能性がある。したがって、より好ましくは、Si含有量は0.60%以下である。
【0022】
[Mn:0.01~3.50%]
マンガン(Mn)もSiと同様に、脱酸剤として添加されるなど、鋼の精錬過程において不可避的に含まれる元素であるが、強度向上及び焼き入れ向上の効果、さらにはSに起因する熱間脆性を抑制する効果もあり、0.01%以上含有することが好ましい。例えば、Mn含有量は0.10%以上、0.20%以上、0.30%以上、0.40%以上又は0.50%以上であってもよい。一方で、Mnを過度に含有すると、鋳造時に偏析による品質の均一性の悪化、鋼の過剰な硬化、熱間・冷間加工時の延性の低下を招くことがあるため、Mn含有量は3.50%以下とすることが好ましい。例えば、Mn含有量は3.00%以下、2.00%以下又は1.00%以下であってもよい。
【0023】
[P:0.100%以下]
リン(P)は、不可避的に含有される元素であるが、固溶強化元素でもあり、比較的安価に鋼材の強度を向上させることができる元素でもある。しかしながら、Pの過度な含有は、靭性の低下を招くことがあるため、P含有量は0.100%以下とすることが好ましい。例えば、P含有量は0.050%以下又は0.020%以下であってもよい。一方で、P含有量の下限は0%であってもよいが、精錬限界から0.001%とすることが好ましい。例えば、P含有量は0.003%以上又は0.005%以上であってもよい。
【0024】
[S:0.050%以下]
硫黄(S)も不可避的に含有される元素であり、MnSとして介在物となって破壊の起点となり、延性や靭性を阻害して加工性劣化の要因となる場合がある。このため、S含有量は低ければ低いほど好ましく、0.050%以下であることがより好ましい。例えば、S含有量は0.020%以下又は0.010%以下であってもよい。一方で、S含有量の下限は0%であってもよいが、製造上のコストから0.001%とすることが好ましい。例えば、S含有量は0.002%以上又は0.003%以上であってもよい。
【0025】
[Al:0.001~0.100%]
アルミニウム(Al)は、脱酸剤として製鋼時に使用される元素であり、精錬限界から、Al含有量の下限は0.001%とすることが好ましい。例えば、Al含有量は0.005%以上又は0.010%以上であってもよい。また、Alはめっき性阻害元素でもあることから、Al含有量の上限は0.100%とすることが好ましい。例えば、Al含有量は0.080%以下又は0.050%以下であってもよい。
【0026】
[N:0.020%以下]
窒素(N)も不可避的に含有される元素である。しかしながら、多過ぎると、製造コストの増加が見込まれることから、N含有量の上限は0.020%とすることが好ましい。例えば、N含有量は0.015%以下又は0.010%以下であってもよい。一方、N含有量の下限は0%であってもよいが、製造上のコストから0.001%とすることが好ましい。例えば、N含有量は0.002%以上又は0.003%以上であってもよい。
【0027】
本発明において使用するのに好適な鋼母材の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、当該鋼母材は、任意選択で、Ti:0~0.100%、B:0~0.0100%、Cr:0~1.00%、Ni:0~5.00%、Mo:0~2.000%、Cu:0~1.000%、Nb:0~1.000%、Sn:0~1.000%、Ca:0~0.1000%及びREM:0~0.0100%のうち1種又は2種以上を含有してもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。
【0028】
[Ti:0~0.100%]
チタン(Ti)は、強化元素の1つで、Al系めっき層の耐熱性を向上させる元素でもある。Ti含有量は0%であってもよいが、強度向上や耐熱性向上の効果を得るためには、Ti含有量は0.001%以上であることが好ましい。例えば、Ti含有量は0.005%以上、0.010%以上又は0.015%以上であってもよい。一方、Tiを過度に含有すると、例えば、炭化物や窒化物を形成して鋼材の軟質化につながるため、Ti含有量は0.100%以下とすることが好ましい。例えば、Ti含有量は0.080%以下又は0.050%以下であってもよい。
【0029】
[B:0~0.0100%]
ホウ素(B)は、焼き入れ時に作用して鋼材の強度を向上させる効果を有する元素である。B含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、B含有量は0.0001%以上であることが好ましい。B含有量は、0.0003%以上、0.0010%以上又は0.0020%以上であってもよい。一方で、Bを過度に含有すると、介在物(例えば、BN、炭硼化物など)が形成されて脆化し、疲労強度を低下させる虞がある。したがって、B含有量は0.0100%以下であることが好ましい。B含有量は0.0080%以下又は0.0060%以下であってもよい。
【0030】
[Cr:0~1.00%]
クロム(Cr)は、Al系めっき層の界面に生成する窒化物であって、当該Al系めっき層の剥離の原因となる窒化物の生成を抑制する効果を有する。また、Crは、耐摩耗性を向上させ、焼き入れ性を高める元素でもある。Cr含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Cr含有量は0.01%以上であることが好ましい。Cr含有量は0.05%以上又は0.10%以上であってもよい。一方で、Crを過度に含有すると、上記の効果が飽和するだけでなく鋼材の製造コストも上昇する。したがって、Cr含有量は1.00%以下であることが好ましい。Cr含有量は0.80%以下又は0.50%以下であってもよい。
【0031】
[Ni:0~5.00%]
ニッケル(Ni)は、熱間プレス時の焼き入れ性を向上させる効果を有し、また鋼材自体の耐食性を高める効果も有する。Ni含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Ni含有量は0.01%以上であることが好ましい。Ni含有量は0.05%以上又は0.10%以上であってもよい。一方で、Niを過度に含有すると、上記の効果が飽和するだけでなく鋼材の製造コストも上昇する。したがって、Ni含有量は5.00%以下であることが好ましい。Ni含有量は3.00%以下又は2.00%以下であってもよい。
【0032】
[Mo:0~2.000%]
モリブデン(Mo)は、熱間プレス時の焼き入れ性を向上させる効果を有し、また鋼材自体の耐食性を高める効果も有する。Mo含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Mo含有量は0.001%以上であることが好ましい。Mo含有量は0.005%以上、0.010%以上又は0.100%以上であってもよい。一方で、Moを過度に含有すると、上記の効果が飽和するだけでなく鋼材の製造コストも上昇する。したがって、Mo含有量は2.000%以下であることが好ましい。Mo含有量は1.500%以下又は1.000%以下であってもよい。
【0033】
[Cu:0~1.000%]
銅(Cu)は、熱間プレス時の焼き入れ性を向上させる効果を有し、また鋼材自体の耐食性を高める効果も有する。Cu含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Cu含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cu含有量は0.005%以上、0.010%以上又は0.050%以上であってもよい。一方で、Cuを過度に含有すると、上記の効果が飽和するだけでなく鋼材の製造コストも上昇する。したがって、Cu含有量は1.000%以下であることが好ましい。Cu含有量は0.500%以下又は0.200%以下であってもよい。
【0034】
[Nb:0~1.000%]
ニオブ(Nb)は、析出強化等に寄与する元素である。Nb含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Nb含有量は0.001%以上であることが好ましい。例えば、Nb含有量は0.005%以上又は0.010%以上であってもよい。一方で、Nbを過度に含有しても効果が飽和し、それゆえNbを必要以上に鋼材中に含有させることは製造コストの単なる上昇を招く虞がある。したがって、Nb含有量は1.000%以下であることが好ましい。Nb含有量は0.500%以下又は0.200%以下であってもよい。
【0035】
[Sn:0~1.000%]
錫(Sn)は、耐食性の向上に有効な元素である。Sn含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Sn含有量は0.001%以上であることが好ましい。Sn含有量は0.005%以上又は0.010%以上であってもよい。一方で、Snを過度に含有しても効果が飽和し、それゆえSnを必要以上に鋼材中に含有させることは製造コストの単なる上昇を招く虞がある。したがって、Sn含有量は1.000%以下であることが好ましい。Sn含有量は0.500%以下又は0.200%以下であってもよい。
【0036】
[Ca:0~0.1000%]
カルシウム(Ca)は、介在物制御のための元素である。Ca含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ca含有量は0.0001%以上であることが好ましい。Ca含有量は0.0002%以上、0.0010%以上又は0.0020%以上であってもよい。一方で、Caを過度に含有すると、合金コストが高くなるため、Ca含有量は0.1000%以下であることが好ましい。Ca含有量は0.0500%以下又は0.0100%以下であってもよい。
【0037】
[REM:0~0.0100%]
REM(希土類金属)は、介在物制御のための元素である。REM含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、REM含有量は0.0001%以上であることが好ましい。REM含有量は0.0002%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方で、REMを過度に含有すると、合金コストが高くなるため、REM含有量は0.0100%以下であることが好ましい。REM含有量は0.0080%以下又は0.0050%以下であってもよい。REMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及びランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1種以上の元素であり、REM含有量はこれら元素の合計含有量である。
【0038】
さらに、本発明の実施形態に係る鋼母材は、上記の任意選択元素に加えて又はそれらに代えて、本明細書において説明する本発明の効果を阻害しない範囲内で、他の元素を適宜含有してもよく、例えば、W、V、Sb等の元素を適宜含有してもよい。
【0039】
本発明の実施形態に係る鋼母材において、上記成分以外の残部はFe及び不純物からなる。ここで、当該鋼母材における不純物とは、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。
【0040】
[Alめっき層]
本発明によれば、上記鋼母材の少なくとも片面すなわち上記鋼母材の片面又は両面にAlめっき層が形成される。本発明において、「Alめっき層」とは、めっき直後の化学組成がAlを主成分とするめっき層、より具体的にはめっき直後の化学組成がAl:50質量%超であるめっき層を言うものである。ホットスタンプ成形を行うと鋼母材からFeがAlめっき層中に拡散するため、当該Alめっき層の化学組成はホットスタンプの際の加熱処理条件(加熱温度、保持時間等)によって変化する。例えば、鋼母材からAlめっき層へのFeの拡散量が多ければ、たとえめっき直後のAl含有量が50質量%超であったとしても、ホットスタンプ後のAl含有量はそれよりも低下することになる。したがって、ホットスタンプ後の本発明の実施形態に係るAlめっき層の化学組成は、必ずしもAl:50質量%超である必要はない。
【0041】
本発明の実施形態に係るAlめっき層は、好ましくはSiを含有する。一般的に、Al系めっき鋼板では、めっき処理の際に鋼母材からFeが拡散し、拡散したFeがめっき層中のAlと反応して当該めっき層と鋼母材との界面にAl-Fe合金層が形成することが知られている。Al-Fe合金層は硬質な層であることから、当該Al-Fe合金層が過度に形成してしまうと、例えば冷間加工時の鋼板の成形性が損なわれる虞がある。ここで、Alめっき層中のSiは、このようなAl-Fe合金層の形成を抑制する機能を有することが知られている。また、Siを含有することで、ホットスタンプ後の本発明の実施形態に係るAlめっき層は、ホットスタンプの際に鋼母材からAlめっき層中に拡散してきたFeと合金化することで、比較的硬質なAl-Fe-Si合金層を含むことができる。その結果として、最終的に得られるAlめっきホットスタンプ鋼材において、鋼母材まで達するような疵の形成に対しても高い抵抗性を確実に維持することが可能となる。
【0042】
さらに、本発明の実施形態に係るAlめっき層は、本発明の効果を阻害しない範囲内で、他の元素を適宜含有してもよい。例えば、Alめっき層は、Siに加えて、当該Alめっき層の耐食性を向上させるために、任意選択で、Mg、Ca、Sr及びミッシュメタル等の元素を含有してもよく及び/又はAlめっき層における添加元素として当業者に公知の他の元素を含有してもよい。
【0043】
本発明の実施形態に係るAlめっき層において、上記成分(すなわちSi、Mg、Ca、Sr及びミッシュメタル等の元素及び/又は当業者に公知の他の添加元素)以外の残部は、Al、Fe及び不純物からなる。ここで、当該Alめっき層における不純物とは、Alめっき層を製造する際に、原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等(ただし、鋼母材からめっき浴中に溶け出したFe及びホットスタンプの際に鋼母材からAlめっき層中に拡散したFeを除く)である。
【0044】
[化成処理皮膜]
本発明によれば、上記Alめっき層の上に、リン酸亜鉛系結晶及び当該リン酸亜鉛系結晶の表面に付着したCe系化合物を含む化成処理皮膜が形成される。
図1は、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材を示す模式図である。
図1では、簡略化のため、Alめっきホットスタンプ鋼材の片面部分のみを示しているが、当然ながら、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材は鋼母材の片面だけでなく両面にAlめっき層等を有していてもよい。
図1を参照すると、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材10は、鋼母材(地鉄)1の片面にAlめっき層2が形成され、当該Alめっき層2の上にさらにリン酸亜鉛系結晶及び当該リン酸亜鉛系結晶の表面に付着したCe系化合物を含む化成処理皮膜3が形成された構造を有することがわかる。
【0045】
一般的に、ZnOなどの特定の化合物を含む表面処理層をAlめっき層の上に形成することで、Al系めっき鋼板の化成性、塗膜密着性、及び摺動性などを改善できることが知られている。しかしながら、このようなAl系めっき鋼板をホットスタンプし、さらには化成処理及び/又は電着塗装が施されたAl系めっきホットスタンプ鋼材であっても、鋼母材まで達するような疵が入った場合には、先に述べたとおり、当該鋼母材の露出部がカソードとなり、Alめっき部がアノードとなるめっき腐食が鋼母材とめっきの界面で起こることがある。加えて、鋼母材の露出部では、溶存酸素のカソード反応(O2+2H2O+4e-→4OH-)の進行が速いため、これに関連して鋼母材とめっき界面での腐食が進展して塗膜膨れなどの現象が生じることがある。
【0046】
これに対し、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材においては、リン酸亜鉛系結晶を含む化成処理皮膜に、さらにCe系化合物を当該リン酸亜鉛系結晶に付着させて含めることで、Alめっきホットスタンプ鋼材に対して鋼母材まで達するような疵が入った場合であっても、疵部において当該Ce系化合物からセリウム成分、より具体的にはCeイオン、特には3価及び/又は4価のCeイオンを溶出させて鋼母材露出部のカソード反応領域に保護皮膜、より具体的にはCe(OH)3及び/又はCe(OH)4からなる保護皮膜を形成することができるので、鋼母材露出部でのカソード反応のさらなる進行を抑制することが可能となる。その結果として、本発明によれば、塗膜膨れ等の発生が顕著に抑制された塗装後耐食性に優れたAlめっきホットスタンプ鋼材を得ることができる。本発明の実施形態に係る化成処理皮膜は、酸化亜鉛(例えば酸化亜鉛粒子)などのZn含有化合物を含んでいてもよい。というのも、後で詳しく説明するように、当該化成処理皮膜は、例えばZn含有化合物を含む皮膜を化成処理することによって生成されるものであるため、当該化成処理の際に一部のZn含有化合物が反応せずに最終的な化成処理皮膜中に残ってしまう場合があるからである。
【0047】
[リン酸亜鉛系結晶]
化成処理皮膜中のリン酸亜鉛系結晶の付着量が少ないと、塗膜密着性等の向上効果を十分に発揮することができない場合があり、そのような場合には塗装後耐食性の低下を招く。したがって、リン酸亜鉛系結晶の付着量は金属Zn換算で0.3g/m2以上とし、好ましくは1.0g/m2以上、より好ましくは1.5g/m2以上、最も好ましくは2.0g/m2以上である。一方で、リン酸亜鉛系結晶の付着量が多すぎると、化成処理皮膜が厚くなりすぎたり、リン酸亜鉛系結晶同士の隙間が小さくなりすぎたりして、鋼母材露出部のカソード反応領域へのCeの溶出が阻害される場合がある。したがって、リン酸亜鉛系結晶の付着量は金属Zn換算で4.0g/m2以下とし、例えば3.5g/m2以下、3.0g/m2以下、又は2.5g/m2以下であってもよい。本発明において、化成処理皮膜中のリン酸亜鉛系結晶の付着量は、JIS G 3314:2011に準拠して蛍光X線分析法により化成処理皮膜中の金属Znの付着量を測定することにより決定される。
【0048】
リン酸亜鉛系結晶としては、当業者に公知の任意の適切な化合物であってよく、特に限定されないが、例えば、ホペイト(Zn3(PO4)2・4H2O)及びフォスフォフィライト(Zn2Fe2+(PO4)2・4H2O)のうち少なくとも1種の化合物を含むことが好ましい。これらの化合物を含むことで、高い塗膜密着性を得ることができ、ひいては塗装後耐食性を確実に向上させることができる。本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材は、化成処理したままでもよいし、あるいは化成処理後に電着塗装等により塗装が施されたものであってもよい。特定の実施形態によれば、例えば、化成処理したままのAlめっきホットスタンプ鋼材において、化成処理皮膜中でホペイトとして存在していたリン酸亜鉛系結晶が、電着塗装後にその少なくとも一部又は全部がZn6Al2(OH)16CO3・4H2Oへと変化する場合がある。ここで、本発明において、リン酸亜鉛系結晶とは、ホペイト及びフォスフォフィライト等の化合物だけでなく、これらの化合物に由来するZn含有化合物、すなわちホペイトに由来するZn6Al2(OH)16CO3・4H2Oなどをも包含するものである。
【0049】
[Ce系化合物]
本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材では、上記のように、主として、化成処理皮膜中のリン酸亜鉛系結晶の付着量を適切なものとすることで塗膜密着性を向上させつつ、Ce系化合物によって塗装後耐食性が改善される。ここで、Ce系化合物は、化成処理皮膜中でリン酸亜鉛系結晶の表面に付着した状態において存在している。より具体的には、化成処理皮膜は、リン酸亜鉛系結晶の表面に当該リン酸亜鉛系結晶よりも小さいCe系化合物が付着した構造を有する。
図2は、化成処理皮膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による観察像を示し、
図2(a)は、リン酸亜鉛系結晶及びCe系化合物を含む本発明の実施形態に係る化成処理皮膜のSEM観察像を示し、
図2(b)は、リン酸亜鉛系結晶のみを含み、Ce系化合物を含まない化成処理皮膜の断面SEM観察像を示している。
【0050】
図2(a)及び(b)を参照すると、Ce系化合物の有無にかかわらず、リン酸亜鉛系結晶4同士が比較的密に凝集した状態で存在していることがわかる。そして、
図2(a)を参照すると、本発明の実施形態に係る化成処理皮膜は、矢印で示されるように、リン酸亜鉛系結晶4の表面に当該リン酸亜鉛系結晶よりも小さいCe系化合物5が付着した構造を有していることがわかる。このような構造を有することで、リン酸亜鉛系結晶4同士を比較的密に凝集させてリン酸亜鉛系結晶4間の隙間を小さくすることができるので、これらの結晶の表面に付着したCe系化合物5からのCeの溶出を比較的ゆっくりと進行させることが可能となる。したがって、このような構造は、長期的な塗装後耐食性を達成するという観点からは非常に有利である。本発明の実施形態に係る化成処理皮膜においては、Ce系化合物5の少なくとも一部がリン酸亜鉛系結晶4の表面に付着していればよく、すなわちCe系化合物5の全部が必ずしもリン酸亜鉛系結晶4の表面に付着している必要はない。例えば、一部のCe系化合物5は、リン酸亜鉛系結晶4の内部に取り込まれていてもよい。しかしながら、Ce系化合物5がリン酸亜鉛系結晶4の内部に取り込まれている場合には、当該Ce系化合物5から鋼母材露出部のカソード反応領域へのCeの溶出が比較的困難となることから、十分な塗装後耐食性を達成できない虞がある。したがって、塗装後耐食性を向上させるという観点からは、化成処理皮膜がリン酸亜鉛系結晶の表面に付着したCe系化合物を含むことが極めて重要となる。
【0051】
本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材では、化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率は0.5~25%に制御される。化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率が低いと、Ce系化合物の添加によって得られる効果、すなわち塗装後耐食性の向上効果を十分に発揮することができない。一方で、化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率が大きすぎると、化成処理皮膜において溶出性のCe系化合物の付着量が多くなり、すなわちCeイオンの溶出量が多くなるため、塗膜との接着界面が減少して塗膜密着性が低下し、その結果として塗装後耐食性の低下を招く。化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率を0.5~25%の範囲内に制御することで、塗膜密着性を維持しつつ、Ce系化合物の添加によって得られる塗装後耐食性の向上効果を確実に発揮させることが可能となる。例えば、化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率は1%以上、3%以上、5%以上若しくは10%以上であってもよく、及び/又は22%以下、20%以下、18%以下若しくは15%以下であってもよい。
【0052】
本発明において、化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率は、当該化成処理皮膜の表面をEPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いてビーム径10μm、ステップ間隔10μm、及びステップ数500点×500点の条件下で測定し、全体(500点×500点)に占めるCe系化合物の百分率を算出することにより決定される。
【0053】
化成処理皮膜中のCe系化合物の付着量は、金属Ce換算で1.0~280mg/m2であることが好ましい。化成処理皮膜中のCe系化合物の付着量が小さいと、Ce系化合物の面積率の場合と同様に、Ce系化合物の添加によって得られる効果、すなわち塗装後耐食性の向上効果を十分に発揮することができない場合がある。一方で、化成処理皮膜中のCe系化合物の付着量が大きすぎると、化成処理皮膜においてCeイオンの溶出量が多くなるため、塗膜との接着界面が減少して塗膜密着性が低下し、その結果として塗装後耐食性の低下を招く場合がある。本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材では、化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率を0.5~25%の範囲内に制御すればよく、それに加えてCe系化合物の付着量を制御することは要求されないが、化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率を上記範囲内に制御することに加えて、Ce系化合物の付着量を1.0~280mg/m2の範囲内に制御することで、塗膜密着性を維持しつつ、Ce系化合物の添加によって得られる塗装後耐食性の向上効果をより確実かつ十分に発揮させることが可能となる。
【0054】
例えば、化成処理皮膜中のCe系化合物の付着量は5mg/m2以上、10mg/m2以上、30mg/m2以上、50mg/m2若しくは100mg/m2以上であってもよく、及び/又は250mg/m2以下、220mg/m2以下、200mg/m2以下、180mg/m2以下若しくは150mg/m2以下であってもよい。本発明において、化成処理皮膜中のCe系化合物の付着量は、JIS G 3314:2011に準拠して蛍光X線分析法により化成処理皮膜中の金属Ceの付着量を測定することにより決定される。
【0055】
Ce系化合物としては、Ceイオンを溶出することができる任意の適切な化合物であってよく、特に限定されないが、例えば、酸化セリウム(CeO2)、水酸化セリウム(III)(Ce(OH)3)及び水酸化セリウム(IV)(Ce(OH)4)からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含むことが好ましく、Ce(OH)3及びCe(OH)4のうち少なくとも1種の化合物を含むことがより好ましく、Ce(OH)3を含むことが最も好ましい。これらのCe系化合物を含むことで、Alめっきホットスタンプ鋼材に対して鋼母材まで達するような疵が入った場合であっても、疵部において当該Ce系化合物から3価又は4価のCeイオンを溶出させて鋼母材露出部のカソード反応領域にCe(OH)3及び/又はCe(OH)4からなる保護皮膜を形成することができるので、鋼母材露出部でのカソード反応のさらなる進行を抑制することが可能となる。
【0056】
より具体的に説明すると、例えば、Alめっきホットスタンプ鋼材において鋼母材まで達するような疵が入った場合に、化成処理皮膜中にCe系化合物としてCe(OH)3及び/又はCe(OH)4が存在すると、腐食の進行は以下のメカニズムによって抑制されると考えられる。まず、鉄が腐食すると、その腐食環境は酸性となるため、この酸性を駆動力として化成処理皮膜中のCe(OH)3及び/又はCe(OH)4からCeイオンが溶出する。次いで、溶出したCeイオンは、カソード反応(O2+2H2O+4e-→4OH-)の進行によってアルカリ環境となった鋼母材露出部の方へ電気的な中性を保つために移動する。ここで、Ceイオンは、アルカリ環境下では水酸化物の形態で存在することが安定であることから、再びCe(OH)3及び/又はCe(OH)4からなる水酸化セリウムを形成して沈殿し、さらにはこの沈殿皮膜が保護皮膜として作用して、鋼母材露出部でのカソード反応のさらなる進行を抑制する。
【0057】
一方で、化成処理皮膜中にCe系化合物としてCeO2が存在する場合には、CeO2は特に酸性環境やアルカリ環境の制限なしにCeイオンを溶出させることができるので、Ceイオンを溶出した後は、Ce系化合物としてCe(OH)3及び/又はCe(OH)4を含む場合と同様のメカニズムによって鋼母材露出部でのカソード反応のさらなる進行を抑制することが可能である。
【0058】
[Alめっきホットスタンプ鋼材の製造方法]
次に、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該Alめっきホットスタンプ鋼材を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0059】
例えば、上記の特徴を有する本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材は、
鋼板の少なくとも片面にAlめっき層を形成する工程、
前記鋼板を熱間プレスする工程、及び
熱間プレスされた鋼材上に化成処理皮膜を形成する工程
を含むことを特徴とする方法によって製造することが可能である。以下、この製造方法の各工程について詳しく説明する。
【0060】
[Alめっき層の形成工程]
Alめっき層の形成工程では、所定の厚さ及び組成を有する鋼板の少なくとも片面にゼンジマー法等によりAlめっき層が形成される。当該鋼板は、特に限定されないが、例えば、鋼母材に関連して上で説明したように、0.3~2.3mmの厚さを有し、及び/又は、質量%で、C:0.01~0.55%、Si:2.00%以下、Mn:0.01~3.50%、P:0.100%以下、S:0.050%以下、Al:0.001~0.100%、N:0.020%以下、並びに残部:Fe及び不純物からなり、任意選択で、さらに、Ti:0~0.100%、B:0~0.0100%、Cr:0~1.00%、Ni:0~5.00%、Mo:0~2.000%、Cu:0~1.000%、Nb:0~1.000%、Sn:0~1.000%、Ca:0~0.1000%及びREM:0~0.0100%のうち1種又は2種以上を含む化学組成を有するものであってもよい。
【0061】
より具体的には、まず、上記の鋼板、特には冷延鋼板をN2-H2混合ガス雰囲気中で所定の温度及び時間、例えば750~850℃の温度で10秒~5分間にわたり焼鈍した後、めっき浴温付近まで窒素雰囲気等の不活性雰囲気下で冷却する。次いで、この鋼板を3~15質量%のSiを含有するAlめっき浴に600~750℃の温度で0.1~60秒間浸漬した後、これを引き上げ、ガスワイピング法により直ちにN2ガス又は空気を吹き付けることでAlめっきの付着量を所定の範囲、例えば両面で40~200g/m2の範囲内に調整する。最後に、鋼板に空気等を吹き付けて冷却することにより当該鋼板の片面又は両面にAlめっき層が形成される。
【0062】
[熱間プレス(ホットプレス)工程]
次に、Alめっき層が形成された鋼板に対し、熱間プレス(ホットプレス)が施される。上記の熱間プレスは、当業者に公知の任意の方法により実施することができ、特に限定されないが、例えば、Alめっき鋼板を約3~300℃/秒の昇温速度で、Ac3点以上の温度、一般的には約850~1000℃の温度まで加熱し、次いで所定の時間にわたり熱間プレスを実施することができる。ここで、850℃未満の加熱温度では十分な焼入れ硬度が得られない可能性があり好ましくない。また、加熱温度が1000℃を超えると、鋼母材からAlめっき層へのFeの過度の拡散によりAlとFeの合金化が進行し過ぎる場合があり、このような場合には、塗装後耐食性の低下を招くことがあるため好ましくない。また、熱間プレスの際の金型による焼入れは、特に限定されないが、例えば、加熱炉を出た後、温度が400℃に下がるまで、平均冷速30℃/秒以上で冷却される。
【0063】
[化成処理皮膜の形成工程]
次に、Alめっき層の上に化成処理皮膜が形成される。当該化成処理皮膜は、種々の方法によって形成することができ、特に限定されないが、例えば、熱間プレス工程の後にZn含有化合物及び/又はCe含有化合物を含む皮膜を形成し、次いで当該皮膜に対して化成処理を施すことにより形成してもよいし、あるいはまた熱間プレス工程の前にZn含有化合物及び/又はCe含有化合物を含む皮膜を予め形成しておき、熱間プレス後に当該皮膜に対して化成処理を施すことにより形成してもよい。前者(熱間プレス工程後にZn含有化合物及び/又はCe含有化合物を含む皮膜を形成し、次いで化成処理)の具体例としては、例えば、まず熱間プレス工程後のAlめっき層上に電解Znめっきを施し、次いで所定量の酸化セリウムゾルの水溶液を噴霧状に塗布して自然乾燥させ、次いで通常の化成処理を施すことによりZn含有化合物から結晶質のリン酸亜鉛系結晶を生成するとともに、当該リン酸亜鉛系結晶の表面にCe系化合物が付着された構造を有する化成処理皮膜を形成することができる。この場合、Znの金属換算付着量は、電解めっきの際の通電クーロン数によって調整することが可能である。また、Ce系化合物の面積率及び/又は付着量は、酸化セリウムゾルの水溶液の噴霧時間、噴霧圧及び濃度などを適宜調整することにより所望の範囲内に制御することが可能である。後者(熱間プレス工程前にZn含有化合物及び/又はCe含有化合物を含む皮膜を予め形成し、熱間プレス後に化成処理)の具体例としては、例えば、まず熱間プレス工程前のAlめっき層上に酸化亜鉛のゲル水溶液のみを塗布し、次いで熱間プレス及び化成処理を施した後、最後に鋼材表面に炭酸セリウム(III)八水和物等を噴霧状に塗布して自然乾燥させることにより本発明の実施形態に係る化成処理皮膜を形成することができる。後者の具体例においても、Znの金属換算付着量は、酸化亜鉛のゲル水溶液の濃度、塗布量などを適宜調整することにより所望の範囲内に制御することが可能であり、同様にCe系化合物の面積率及び/又は付着量は、炭酸セリウム(III)八水和物等の噴霧時間、噴霧圧、濃度などを適宜調整することにより所望の範囲内に制御することが可能である。なお、上記のいずれの場合も、化成処理は、当業者に公知の任意の適切な条件下で実施することが可能である。
【0064】
例えば、上記のいずれの例においても、噴霧によるCe系化合物の塗布に代えて、当該Ce系化合物を含有する水溶液に鋼材を浸漬させることによりCe系化合物を塗布した場合には、Ce系化合物の付着量が多くなりすぎてしまい、適切な範囲内に制御するができなくなる。その結果として、最終的に得られる化成処理皮膜においてCe系化合物の面積率が25%を大きく超えて、100%に達する場合もある。このような場合には、化成処理皮膜においてCeイオンの溶出量が多くなるため、塗膜との接着界面が減少して塗膜密着性の低下を招く。また、Zn含有化合物とCe含有化合物を含有する混合処理液を鋼材に塗布等した場合も同様に、Ce系化合物の付着量が多くなりすぎてしまい、最終的に得られる化成処理皮膜においてCe系化合物の面積率が25%を大きく超えて、100%に達する場合がある。また、例えばZn含有化合物を含まない皮膜を化成処理した場合などには、非晶質のリン酸化合物が形成してしまい、本発明の実施形態に係るリン酸亜鉛系結晶を含む化成処理皮膜を形成することはできない。
【0065】
(塗装処理)
化成処理が施されたAlめっきホットスタンプ鋼材は、必要に応じて、電着塗装等により塗装を施してもよい。塗装処理は、当業者に公知の任意の適切な条件下で実施することが可能である。
【0066】
本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材は、化成処理したままでもよいし、あるいは上記のとおり化成処理後に電着塗装等により塗装が施されたものであってもよい。さらに、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材は、塗装の前後で化成処理皮膜の構成は変化せず、加えて塗装後に剥離液等を用いて塗装を剥いだ後であっても化成処理皮膜の構成は本質的には変化しない。したがって、本発明の実施形態に係るAlめっきホットスタンプ鋼材は、化成処理したまま及び化成処理後に塗装が施されたAlめっきホットスタンプ鋼材だけでなく、一旦施された塗装を剥いだAlめっきホットスタンプ鋼材をも包含するものである。
【0067】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0068】
以下の実施例では、本発明に係るAlめっきホットスタンプ鋼材に対応する鋼材を種々の条件下で製造し、それらの塗膜密着性及び塗装後耐食性について調べた。
【0069】
まず、質量%で、C:0.22%、Si:0.12%、Mn:1.25%、P:0.010%、S:0.005%、Al:0.040%、N:0.001%、Ti:0.020%、B:0.0030%、並びに残部:Fe及び不純物からなる化学組成を有する冷延鋼板(板厚1.4mm)の両面にゼンジマー法によりAlめっき層を形成した。より具体的には、まず、上記の冷延鋼板をN2-H2混合ガス(H24%、N2バランス)雰囲気中800℃で1分間焼鈍した後、めっき浴温付近まで窒素雰囲気下で冷却した。次いで、この鋼板を9質量%のSiを含有するAlめっき浴に670℃の温度で3秒間浸漬した後、これを引き上げ、ガスワイピング法により直ちにN2ガスを吹き付けることでAlめっきの付着量を両面で160g/m2(片面80g/m2)に調整した。次いで、鋼板に空気を吹き付けて冷却することにより当該鋼板の両面にAlめっき層を施した。
【0070】
次に、冷却後のAlめっき鋼板を120mm×200mmの大きさに切断してホットスタンプを模擬した炉内に装入し、次いで70mm×70mmのSiC製の台座上に評価面を上向きにして設置し、900℃±10℃で1分間保持した。Alめっき鋼板を炉から取り出した後、直ちにステンレス製金型に挟んで約150℃/秒の冷却速度で急冷し、得られた鋼材の端部を剪断して中央部より70mm×150mmの大きさの鋼材を得た。
【0071】
次に、得られた鋼材を10%塩酸水溶液に5秒間浸漬させ、次いで水洗洗浄する酸洗処理を施した。次に、Alめっき層の表面に対し、50℃の電解Znめっき液(Zn2SO4:200g/L+ZnCl2:100g/L+(NH4)2SO4:30g/L)中にて30A/dm2で陰極電解を行った。Znの金属換算付着量は通電クーロン数によって調整した。得られた電解Znめっき表面に、Ce系化合物の面積率が表1に示す値となるように所定量の1%酸化セリウムゾル(商品名ニードラール、多木化学(株)社製)水溶液を適切な噴霧時間及び噴霧圧にて噴霧状に塗布して自然乾燥させた。
【0072】
次に、得られた鋼材を化成処理液(日本パーカライジング(株)社製PB-SX35)にて化成処理した。なお、900℃に設定した炉内に熱電対を溶接した70mm×150mmの鋼材を装入し、900℃になるまでの温度を計測して平均昇温速度を算出したところ5℃/秒であった。化成処理された鋼材に電着塗料(日本ペイント(株)社製パワーニクス110)を膜厚が15μmとなるよう塗装して170℃で焼き付けた。得られた各鋼材について、化成処理皮膜中のリン酸亜鉛系結晶の付着量(金属Zn換算)及びCe系化合物の付着量(金属Ce換算)並びにCe系化合物の面積率を測定し、さらに塗膜密着性及び塗装後耐食性の評価を行った。
【0073】
[化成処理皮膜中のリン酸亜鉛系結晶及びCe系化合物の付着量の測定]
各鋼材について、塗膜剥離剤(ナトコ(株)社製スケルトンNC 651NC)を刷毛で塗膜面に塗布後、塗膜が浮き上がってきたところでスポンジでそれをかき取った。次いで、露出した化成処理皮膜について、JIS G 3314:2011に準拠して蛍光X線分析法により金属Zn及び金属Ceの付着量を測定することにより、化成処理皮膜中のリン酸亜鉛系結晶及びCe系化合物の付着量を決定した。
【0074】
[化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率の測定]
化成処理皮膜中のCe系化合物の面積率は、同様に塗膜剥離剤を用いて塗膜を剥いだ後の各鋼材における化成処理皮膜の表面をEPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いてビーム径10μm、電流値10-6A、ステップ間隔10μm、及びステップ数500点×500点の条件下で測定し、全体(500点×500点)に占めるCe系化合物(10cps以上の強度の点の数)の百分率を算出することにより決定した。
【0075】
表1に示すリン酸亜鉛系結晶及びCe系化合物の付着量並びにCe系化合物の面積率は、一旦塗装を施した後、それを剥いだ状態の化成処理皮膜について測定したものであるが、これらの値は、化成処理したままの鋼材について別途同様に測定した値と同等であった。
【0076】
[塗膜密着性の評価]
塗膜密着性は、塗装が施された各鋼材を40℃の温水に200時間浸漬した後、ペーパータオルで水分を取り除き、次いでJIS K 5600-5-6:1999に準拠してテープ剥離試験を実施することにより評価した。より具体的には、当該規格の章8.3の表1に示されている6段階にて評価を行い、評点0(カットの縁が完全に滑らかで、どの格子の目にも剥がれがない。)及び評点1(カットの交差点における塗膜の小さな剥がれ。クロスカット部分で影響を受けるのは明確に5%を上回ることはない。)の場合を合格とした。一方で、評点が2以上の場合を不合格とした。
【0077】
[塗装後耐食性の評価]
塗装後耐食性は、塗装が施された各鋼材についてSAE J2334試験を実施し、塗膜膨れ幅を計測することにより評価した、より具体的には、塗膜にアクリルカッターでカット(疵)を入れ、カットが鋼素地まで達していることを確認した鋼材について、SAE J2334試験における200サイクル後のカット部からの塗膜膨れの幅(片側最大値)を計測した。ここで、表1中の「塗膜膨れ幅」の値が小さいほど、鋼材の塗装後耐食性が優れていることを意味する。表1では、比較例としてCe系化合物を含まない化成処理皮膜を備えた鋼材の試験結果についても示している(表1中の比較例1)。なお、GA材(合金化溶融亜鉛めっき鋼板、片面付着量45g/m2)について、同様の試験を行った場合の塗膜膨れ幅(片側最大値)が6mmであったことから、本試験では塗膜膨れ幅が6mm以下の場合を合格とし、6mm超の場合を不合格とした。その結果を表1に示す。
【0078】
【0079】
表1を参照すると、化成処理皮膜にCe系化合物を含まない比較例1では、当然ながらCe系化合物の添加による塗装後耐食性の向上効果が得られず、結果として塗膜膨れ幅が8mmとなり、GA材の6mmと比べて低い塗装後耐食性を示した。比較例6では、リン酸亜鉛系結晶の付着量が低かったために、塗装後耐食性が低下した。比較例6の結果は、塗膜密着性の評価が評点1で合格ではあったものの、評点1の範囲内では比較的低い塗膜密着性を示すものであったことに起因するものと考えられる。比較例14では、Ce化合物の面積率が高かったために、化成処理皮膜において溶出性のCe系化合物の付着量が多くなり、塗膜密着性が低下し、これに関連して塗装後耐食性が低下した。比較例15では、リン酸亜鉛系結晶の付着量が多かったために塗装後耐食性が低下した。化成処理皮膜が厚くなった結果、鋼母材露出部のカソード反応領域へのCeの溶出が阻害されたものと考えられる。
【0080】
これとは対照的に、他の全ての実施例に係るAlめっきホットスタンプ鋼材において、化成処理皮膜中にリン酸亜鉛系結晶を及びCe系化合物を含有させ、さらにリン酸亜鉛系結晶の付着量、及びCe系化合物の面積率を適切に制御することにより、塗膜膨れ幅を6mm以下に抑制することができ、Ce系化合物を含まない比較例1と比べて改善され、さらにGA材と比べても同等以上の塗装後耐食性を達成することができた。また、表1には示していないが、全ての実施例のAlめっきホットスタンプ鋼材において、SEM観察像により、
図2(a)に示される化成処理皮膜の構造、すなわちリン酸亜鉛系結晶の表面にCe系化合物が付着した構造を確認した。
【符号の説明】
【0081】
1 鋼母材
2 Alめっき層
3 化成処理皮膜
4 リン酸亜鉛系結晶
5 Ce系化合物
10 Alめっきホットスタンプ鋼材