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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-12
(45)【発行日】2024-03-21
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240313BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20240313BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20240313BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/34
C23C16/36
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020016661
(22)【出願日】2020-02-03
(65)【公開番号】P2021122877
(43)【公開日】2021-08-30
【審査請求日】2022-12-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 光亮
(72)【発明者】
【氏名】石垣 卓也
(72)【発明者】
【氏名】中村 大樹
(72)【発明者】
【氏名】本間 尚志
【審査官】野口 絢子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-162709(JP,A)
【文献】国際公開第2019/065682(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/090540(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0305811(US,A1)
【文献】特開2014-210333(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0040285(US,A1)
【文献】特開2021-122876(JP,A)
【文献】特開2020-055041(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23C 1/00- 9/00
B23B 27/00-29/34
B23B 51/00-51/14
B23P 5/00-17/06
B23P 23/00-25/00
C23C 14/00-14/58
C23C 16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体と該工具基体の表面にTiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
前記硬質被覆層の前記工具基体の表面と垂直な任意の断面において、
(a)前記TiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒を70面積%以上含み、
(b)前記結晶粒には、その粒内にAlとTiとCとの組成変化を有する結晶粒があり、その組成を組成式:(AlTi1-x)(C1-y)と表した場合であって、前記組成変化を有する結晶粒iのAlのTiとAlの合量に占めるAlの含有割合xの最大値xαi、同最小値xβi、および、前記最大値xαi、前記最小値xβiをそれぞれ与える箇所に対応するCのCとNとの合量に占めるCの含有割合をyαi、yβiとし、
(c)前記xがxαi-0.02≦x≦xαiを満足する領域が前記結晶粒iに占める面積割合をSαi、xβi≦x≦xβi+0.02を満足する領域が前記結晶粒iに占める面積割合をSβiとし、
(d)前記xαi、前記yαiのそれぞれに前記Sαiを用いて前記結晶粒iのすべてに対する面積加重平均値をそれぞれ、xα、yαとし、さらに、前記xβi、前記yβiのそれぞれに前記Sβiを用いて求めた面積加重平均値をxβ、yβとしたとき(ただし、これらxαi、xβi、yαi、yβi、xα、xβ、yα、yβは原子比)、
0.60≦xα≦0.95、0.000≦yα≦0.020、0.00≦xβ≦0.70、0.020≦yβ≦0.350、0.05≦xα-xβ≦0.60、0.010≦yβ-yα≦0.350を満足する、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記結晶粒iにおいて、前記Sαiの平均値Sαと前記Sβiの平均値Sβとが、2.0≦Sα/Sβ≦4.0を満足することを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記結晶粒iにおいて、前記Sαiを与える領域および前記Sβiを与える領域が交互に繰返される層状であって、その繰返しの間隔が最小となる方向で測定した前記各領域の長さのそれぞれの面積加重平均値であるLαとLβとが、5(nm)≦Lα≦100(nm)、1(nm)≦Lβ≦50(nm)を満足することを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記結晶粒iが柱状晶であって、その面積加重平均粒子幅Wが0.1~3.0μm、面積加重平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、鋳鉄等の高速断続切削加工であっても、硬質被覆層が優れた耐チッピング性や耐熱亀裂性を備えることにより、長期の使用にわたって優れた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金等の工具基体の表面に、硬質被覆層として、Ti-Al系の複合炭窒化物層を蒸着法により被覆形成した被覆工具があり、これらは、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi-Al系の複合炭窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速断続切削加工等の厳しい切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、工具基体上の硬質被覆層の多層構成を10層~30層、硬質被覆層の全体の層厚2.0~10μm、最下層を被覆膜構成が炭素原子比率=C/(C+N)=tとして層厚が0.2~1.0μmのTiN又はTiCN(0≦t≦0.2)層、第2層をAl原子比率=Al/(Ti+Al)=uとして、層厚0.1~0.5μmの第1層と異なる結晶配向のTiAlCN(0.25≦u≦0.55、0≦t≦0.7)層、第3層を層厚が0.1~0.5μmの第1層と同層とし、これを交互に8層以上積層し最上層を、層厚0.2~1.0μmのTiAlCN(0.25≦u≦0.55、0≦t≦0.7)または、0.2~2μmのTi(0.2<y/x<0.7)とする被覆工具が記載されている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、基材と、その表面に形成された硬質被覆層とを含む表面被覆切削工具であって、前記被覆層は、1または2以上の層を含み、前記層のうち少なくとも1層は、硬質粒子を含むAlリッチ層であり、前記硬質粒子は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有し、かつ複数の塊状の第1単位相と、前記第1単位相間に介在する第2単位相とを含み、前記第1単位相は、AlTi1-xの窒化物または炭窒化物からなり、前記第1単位相のAlの原子比xは、0.7以上0.96以下であり、前記第2単位相は、AlTi1-yの窒化物または炭窒化物からなり、前記第2単位相のAlの原子比yは、0.5を超え0.7未満であり、前記Alリッチ層は、X線回折法を用いて前記被覆層の表面の法線方向から解析したとき、(200)面において最大ピークを示す、被覆工具が記載されている。
【0005】
さらに、例えば、特許文献3には、硬質被覆層は、塩化ナトリウム型の結晶構造を有する結晶粒を含む第1硬質被膜層を含み、前記結晶粒は、AlTi1-xの窒化物または炭窒化物からなる第1層と、AlTi1-yの窒化物または炭窒化物からなる第2層とが交互に1層以上積層された積層構造を有し、前記第1層のAlの原子比xは、それぞれ0.76以上1未満の範囲で変動し、前記第2層のAlの原子比yは、それぞれ0.45以上0.76未満の範囲で変動し、前記原子比xと前記原子比yとは、その差の最大値が0.05≦x-y≦0.5となり、隣り合う前記第1層と前記第2層との厚みの合計は、3~30nmであり、前記結晶粒は、前記基材の表面の法線方向に平行な断面において電子線後方散乱回折装置を用いて前記結晶粒の結晶方位をそれぞれ解析することにより、前記結晶粒の結晶面である(200)面に対する法線と前記基材の表面に対する法線との交差角を測定し、前記交差角が0~45度となる前記結晶粒を0度から5度単位で区分けして9つのグループを構築し、各グループに含まれる前記結晶粒の面積の和である度数をそれぞれ算出したとき、前記交差角が0~20度となる前記結晶粒が含まれる4つのグループの前記度数の合計が、全グループの前記度数の合計の50%以上100%以下となり、前記表面被覆切削工具は、前記交差角が10~20度となる前記結晶粒が含まれる2つのグループの前記度数の合計が、前記全グループの前記度数の合計の30%以上100%以下となる、被覆工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平11-222665号公報
【文献】国際公開2018/158974号
【文献】特許第6037255号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工における省力化および省エネルギー化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性が求められるとともに、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性が求められているが、前記各公報に記載の被覆工具は、鋳鉄等の高速断続切削において耐熱亀裂性が十分でなく、あるいは、チッピングが発生しやすく、これらの要求には十分に応えてはいないものであった。
【0008】
そこで、本発明はこのような状況を鑑みてなされたもので、鋳鉄等の高速断続切削加工等に供した場合であっても、長期の使用にわたって優れた耐チッピング性を有し、耐熱亀裂性が向上した被覆工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層(以下、これらを総称して、「TiAlCN層」ということがある)を硬質被覆層として含む被覆工具の耐チッピング性、耐熱亀裂性の向上をはかるべく、鋭意検討を重ねた。
【0010】
その結果、TiAlCN層内のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒として、高いAl含有割合の領域と低いAl含有割合の領域を有し、それぞれの領域の組成が特定の関係式を満足するものが存在するとき、TiAlCN層の靭性が向上して、耐チッピング性や耐熱亀裂性が改善され、鋳鉄等の高速断続切削を行っても被覆工具の高寿命が確保できるという新規な知見を得た。
【0011】
本発明は、前記知見に基づくものであって、次のとおりのものである。
「(1)工具基体と該工具基体の表面にTiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
前記硬質被覆層の前記工具基体の表面と垂直な任意の断面において、
(a)前記TiとAlとの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒を70面積%以上含み、
(b)前記結晶粒には、その粒内にAlとTiとCとの組成変化を有する結晶粒があり、その組成を組成式:(AlTi1-x)(C1-y)と表した場合であって、前記組成変化を有する結晶粒iのAlのTiとAlの合量に占めるAlの含有割合xの最大値xαi、同最小値xβi、および、前記最大値xαi、前記最小値xβiをそれぞれ与える箇所に対応するCのCとNとの合量に占めるCの含有割合をyαi、yβiとし、
(c)前記xがxαi-0.02≦x≦xαiを満足する領域が前記結晶粒iに占める面積割合をSαi、xβi≦x≦xβi+0.02を満足する領域が前記結晶粒iに占める面積割合をSβiとし、
(d)前記xαi、前記yαiのそれぞれに前記Sαiを用いて前記結晶粒iのすべてに対する面積加重平均値をそれぞれ、xα、yαとし、さらに、前記xβi、前記yβiのそれぞれに前記Sβiを用いて求めた面積加重平均値をxβ、yβとしたとき(ただし、これらxαi、xβi、yαi、yβi、xα、xβ、yα、yβは原子比)、
0.60≦xα≦0.95、0.000≦yα≦0.020、0.00≦xβ≦0.70、0.020≦yβ≦0.350、0.05≦xα-xβ≦0.60、0.010≦yβ-yα≦0.350を満足する、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記結晶粒iにおいて、前記Sαiの平均値Sαと前記Sβiの平均値Sβとが、2.0≦Sα/Sβ≦4.0を満足することを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3)前記結晶粒iにおいて、前記Sαiを与える領域および前記Sβiを与える領域が交互に繰返される層状であって、その繰返しの間隔が最小となる方向で測定した前記各領域の長さのそれぞれの面積加重平均値であるLαとLβとが、5(nm)≦Lα≦100(nm)、1(nm)≦Lβ≦50(nm)を満足することを特徴とする前記(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記結晶粒iが柱状晶であって、その面積加重平均粒子幅Wが0.1~3.0μm、面積加重平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることを特徴とする前記(1)~(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。」
【発明の効果】
【0012】
本発明の表面被覆切削工具は、硬質被覆層の靱性が向上し、耐チッピング性や耐熱亀裂性が改善され、特に、鋳鉄等の高速断続切削においても優れた工具寿命を示す。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】粒内に高Al領域と低Al領域を有する結晶粒の一例の模式図である。
図2】粒内に高Al領域と低Al領域を有する結晶粒の別の例の模式図である。
図3】粒内に高Al領域と低Al領域を有する結晶粒のさらに別の例の模式図である。
図4】粒内に高Al領域と低Al領域を有する結晶粒のさらに別の例の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明について、以下に詳細に説明する。なお、本明細書および特許請求の範囲において数値範囲を「A~B」で表現するとき、その範囲は上限(B)および下限(A)の数値を含んでおり、上限(B)および下限(A)の数値の単位は同じである。
【0015】
TiAlCN層の平均層厚:
TiAlCN層は硬質被覆層を構成し、その平均層厚は1.0~20.0μmが好ましい。その理由は、この範囲にあると耐摩耗性を十分に確保でき、優れた耐チッピング性を有するためである。そして、この平均層厚は3.0~20.0μmのとき、より一層前述の特性を発揮できる。
【0016】
ここで、TiAlCN層の平均層厚は、例えば、集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー装置(CP:Cross section Polisher)等を用いて、硬質被覆層(TiAlCN層)を任意の位置の縦断面(工具基体表面垂直な任意の断面)で切断して観察用の試料を作製し、その断面を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)により複数箇所を観察して、単純平均することにより得ることができる。
【0017】
NaCl型面心立方構造である結晶粒の面積割合:
TiAlCN層の縦断面において同層を構成する結晶粒がNaCl型面心立方構造である面積割合は、70面積%以上であることが好ましい。その理由は、70面積%未満であると硬さが低くなり耐摩耗性が不十分になるためである。なお、前記結晶粒のすべてがNaCl型面心立方構造であってもよい(100面積%であってよい)。また、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒の面積割合はTiAlCN層を構成するすべての結晶粒を対象に求めており、TiAlCN層における高Al領域と低Al領域を有する前記結晶粒に限定されない。
【0018】
ここで、TiAlCN層を構成するNaCl型面心立方構造の結晶粒の面積割合を求める方法について説明する。最初に、結晶粒界を特定する。すなわち、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope)に付属する結晶方位解析装置を用いて、TiAlCN層の工具基体表面に垂直な任意の断面(縦断面)を表面研磨して、前記表面研磨面の法線方向に対して0.5~1.0度に傾けた電子線をPrecession(歳差運動) 照射しながら、電子線を任意のビーム径及び間隔でスキャンし、連続的に電子回折パターンを取り込み、個々の測定点の結晶方位を解析する。工具基体表面に平行な方向に幅50μm、縦は層厚(平均層厚)分の観察視野に対して結晶粒界を判定する。
【0019】
なお、本測定に用いた電子回折パターンの取得条件は加速電圧200kV、カメラ長20cm、ビームサイズ2.4nmで、測定ステップは5.0nmである。この時、測定した結晶方位は測定面上を離散的に調べたものであり、隣接測定点間の中間までの領域をその測定結果で代表させることにより、測定面全体の方位分布として求めるものである。なお、測定点で代表させた領域(以下、ピクセルということがある)として正方形状のものが例示できる。このピクセルのうち隣接するもの同士の間で5度以上の結晶方位の角度差がある場合、または隣接するピクセルの片方のみがNaCl型の面心立方構造を示す場合は、これらピクセルの接する領域の辺を粒界とする。そして、この粒界とされた辺により囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある、あるいは、隣接するNaCl型の面心立方構造を有する測定点がないような、単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0020】
そして、このNaCl型面心立方構造である結晶粒の面積割合は、前記観察視野の全面積に対して特定されたNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の合計の面積が占める割合として算出する。
【0021】
TiAlCN層を構成するNaCl型面心立方構造の結晶粒の組成変化:
TiAlCN層を構成するNaCl型面心立方構造の結晶粒の組成を(AlTi1-x)(C1-y)と表した場合で、結晶粒iごとの、AlのAlとTiの合量に占める割合xの最大値xαiと同最小値xβi、および、前記xαiとxβiをそれぞれ与える箇所に対応するCのCとNの合量に占める割合をyαiとyβiとし、前記xがxαi-0.02≦x≦xαiを満足する領域が前記結晶粒iに占める面積割合をSαi、xβi≦x≦xβi+0.02を満足する領域が前記結晶粒iに占める面積割合をSβiとし、
前記xαi、前記yαiのそれぞれに前記Sαiを用いて前記結晶粒iのすべてに対する面積加重平均値をそれぞれ、xα、yαとし、さらに、前記xβi、前記yβiのそれぞれに前記Sβiを用いて求めた面積加重平均値をxβ、yβとしたとき(ただし、これらxαi、xβi、yαi、yβi、xα、xβ、yα、yβは原子比)、
0.60≦xα≦0.95、0.000≦yα≦0.020、0.00≦xβ≦0.70、0.020≦yβ≦0.350、0.05≦xα-xβ≦0.60、0.010≦yβ-yα≦0.350であることが好ましい。なお、前記NaCl型面心立方構造の結晶粒i内には前記Sαiを与える領域あるいは前記Sβiを与える領域のいずれにも帰属しない領域を含んでも良い。
【0022】
なお、複数の結晶粒間で組成差があっても(例えば、xαi≠xαj、i、jは結晶粒を区別する添字である)平均値であるxα、xβ、yα、yβが前記の関係を満たせば、本発明の目的は達成される。また、TiAlCN層は微量のOやCl等の不可避的不純物を含んでいても発明の効果を損なうことはない。
また、TiAlCN層全体の平均組成は、組成を(AlxavgTi1-xavg)(Cyavg1-yavg)と表した場合で0.30≦xavg≦0.90、0.005≦yavg≦0.200の範囲を満たすことが好ましく、結晶粒内に組成変化を有する結晶粒の組成も該結晶粒の平均組成をとるとこの平均組成と大きくかけ離れることはない。加えて、(Ti1-xAl)と(C1-y)との比は特に限定されるものではないが、(Ti1-xAl)を1とする場合、(C1-y)の比は0.8~1.2とすることが好ましい。
【0023】
xα、xβ、yα、yβがこの範囲を満足すると、NaCl型面心立方構造の結晶粒が有する歪みが適切になり、また、前述の望ましいNaCl型面心立方構造の結晶粒の占める面積割合になることで十分な硬さが担保されるとともに靭性が向上し、優れた耐摩耗性、耐チッピング性や耐熱亀裂性を発揮する。
この組成変化を、模式的に示すと、図1に示すように、Al含有割合の最大値を与える領域Sαi(黒色の部分)が1箇所のみ存在するものであってもよい。ここで、同最小値を与えるSβi領域は白色の部分であるが、Sαi、Sβiのいずれにも帰属しない領域の図示は省略している。なお、図1は模式図であるため、結晶粒の大きさおよび前記黒色の部分の位置に技術的な意味を持たせていない。また、黒色で記載した粒界のうちSαi領域、Sβi領域と重なっている箇所では、両者を明確に区別していない。このことは他の模式図でも同様である。
【0024】
すなわち、本発明の目的を達成するためには、前記結晶粒内にAlとTiとCの組成が変化する領域がわずかに存在しさえすればよく、例えば、図1に示すような結晶粒が存在すれば、その数は少なくても、切削性能向上の程度は小さくなるものの、硬質被覆層全体として靭性は向上し高速断続切削における切削性能向上する。
【0025】
ここで、前記Sαiを与える領域と前記Sβiを与える領域が存在する結晶粒の別の例を模式的に示すと、図2に示すようなものが例示できる。図2において、Sαi領域を黒色で、Sβi領域を白色で示しているが、これら2領域のいずれにも帰属しない領域の図示は省略している。
そして、TiAlCN層における高Al領域と低Al領域を有する前記結晶粒は、図1に示すように1つであってもよいが、TiAlCN層におけるNaCl型面心立方構造を有する結晶粒に占める高Al領域と低Al領域を有する前記結晶粒の面積割合は5~100面積%が好ましい。
【0026】
Sαiの平均値SαとSβiの平均値Sβ:
Sαiの平均値SαとSβiの平均値Sβとが、2.0≦Sα/Sβ≦4.0を満足することがより好ましい。この関係式を満足すると、結晶粒の靭性がより向上し、断続切削時の耐熱亀裂性がより優れたものとなる。この関係式を満足する結晶粒の一例として図3のような模式図に記載したものを挙げることができる。
ここで、
Sα=ΣSαi/n
Sβ=ΣSβi/n
である。
Σはi=1~nについて加算したものを表し、nはxαiとxβiをともに有するNaCl型の面心立方構造結晶粒の総数を表す。
【0027】
Sαiを与える領域および前記Sβiを与える領域の間隔:
各結晶粒において、前記Sαiを与える領域および前記Sβiを与える領域が交互に繰返される層状であって、その繰返しの間隔が最小となる方向で測定した前記各領域の長さの面積加重平均値、LαとLβとが、5(nm)≦Lα≦100(nm)、1(nm)≦Lβ≦50(nm)を満足することがより好ましい。
その理由は、LαおよびLβがこの範囲にあるとき、耐亀裂進展性がより優れ、靭性が一段と向上し断続切削時の耐熱亀裂性がより向上するためである。
なお、前記Sαiを与える領域および前記Sβiを与える領域の間に、これらの領域に帰属しない領域を含んでいても前記の効果を損なわない。
なお、LαとLβの算出方法は後述する。
【0028】
ここで、前記Sαiを与える領域とSβiを与える領域が交互に繰り返される層状に存在する結晶粒を模式的に示すと、図4に示すようなものが例示できる。図4において、Sαi領域を黒色で、Sβi領域を白色で示しているが、これら領域に帰属しない領域の図示は省略している。
【0029】
次に、TiAlCN層内のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒内の組成変化の測定方法について説明する。
【0030】
TiAlCN層の工具基体の表面と垂直な任意の断面(縦断面)から観察した場合に、工具基体表面に平行な方向に幅50μm、縦は層厚(平均層厚)分の観察領域を設け、TEM-EELS(電子エネルギー損失分光法:Electron energy-loss spectroscopy)面分析を行い、各結晶粒iにおけるxの最大値xαi、同最小値xβiを測定し、このxαi、xβiをそれぞれ与える箇所でyαi、yβiを測定し、Sαi、Sβiを用いて面積加重平均値としてxα、xβ、yα、yβを求める。なお、前述のTiAlCN層全体の平均組成xavg、yavgは、前記観察領域全体の平均値として求める。
ここで、Sαi、Sβiは、それぞれ、各結晶粒iにおける面分析の結果を基にして、前記xαi-0.02≦x≦xαiを満足する領域および前記xβi≦x≦xβi+0.02を満足する領域の面積を求めたものである。
そして、前記SαiとSβiを用いて、
xα=Σ(xαiSαi)/ΣSαi
xβ=Σ(xβiSβi)/ΣSβi
yα=Σ(yαiSαi)/ΣSαi
yβ=Σ(yβiSβi)/ΣSβi
を算出する。
ここで、Σはi=1~nについて加算したものを表し、nはxαiとxβiをともに有するNaCl型の面心立方構造結晶粒の総数を表す。
なお、組成変化が、xαi-xβi<0.03である結晶粒は、本発明で云う組成変化を有する結晶粒とは扱わない。
【0031】
さらに、前記結晶粒において工具基体の表面と垂直な任意の断面(縦断面)から観察した場合に、前記Sαiを与える領域および前記Sβiを与える領域が交互に繰返される層状であるとき、その繰返しの間隔が最小となる方向で測定した前記各領域の繰り返し長さLαiとLβi(n層の繰り返しがある場合にLαi1~LαinおよびLβi1~Lβinの各面積加重平均値)を求め、前記観察領域内の面積加重平均値として算出し、前述のLαとLβを求める。
すなわち、前記SαiとSβiを用いて、
Lα=Σ(LαiSαi)/ΣSαi
Lβ=Σ(LβiSβi)/ΣSβi
ここで、Σはi=1~nについて加算したものを表し、nはxαiとxβiをともに有するNaCl型の面心立方構造結晶粒の総数を表す。
【0032】
面積加重平均粒子幅Wと面積加重平均アスペクト比A:
面積加重平均粒子幅Wが0.1~3.0μm、面積加重平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることがより好ましい。その理由は、面積加重平均粒子幅Wが0.1μmよりも小さい微粒結晶になると粒界の増加による耐塑性変形性の低下、耐酸化性の低下により異常損傷に至りやすくなることがあり、一方、面積加重平均粒子幅Wが3.0μmよりも大きくなると粗大に成長した粒子の存在により、耐チッピング性が低下しやすくなることがあるためである。また、面積加重平均アスペクト比Aが2.0よりも小さい粒状結晶になると切削時に硬質被覆層表面に生じるせん断応力に対してその界面が破壊起点となりやすくなってしまいチッピングの原因となることがあり、また、面積加重平均アスペクト比Aが10.0を超えると、切削時に刃先に微小なチッピングが生じて隣り合う柱状結晶組織に欠けが生じた場合に、硬質被覆層表面に生じるせん断応力に対しての抗力が小さくなりやすく、柱状結晶組織が破断することで一気に損傷が進行し、大きなチッピングを生じることがある。したがって、結晶粒の面積加重平均粒子幅Wが0.1~3.0μm、面積加重平均アスペクト比Aが2.0~10.0であることがより好ましい。
【0033】
次に、結晶粒の面積加重平均粒子幅Wと面積加重平均アスペクト比Aの算出方法について説明する。まず、前述のとおりに、TiAlCN層の工具基体表面と垂直な任意の断面(縦断面)の観察領域(観察視野)を決定し粒界の判定を行って結晶粒を特定する。次に、画像処理を行い、ある結晶粒iに対して工具基体と垂直方向の最大長さHi、工具基体と水平方向の最大長さである粒子幅Wi、および面積Siを求める。結晶粒iのアスペクト比AiはAi=Hi/Wiとして算出する。このようにして、前記観察領域内の全結晶粒の粒子幅W1~Wnを面積加重平均し、前記結晶粒の平均粒子幅Wとする。また、同様にして前記結晶粒のアスペクト比A1~Anを求め、面積加重平均して、前記結晶粒の平均アスペクト比Aとする。
すなわち、
W=Σ(WiSi)/ΣSi
A=Σ(AiSi)/ΣSi
ここで、Σはi=1~nについて加算したものを表し、nはxαiとxβiをともに有するNaCl型の面心立方構造結晶粒の総数を表す。
【0034】
その他の層:
硬質被覆層として、本発明の前記TiAlCN層を含む硬質被覆層は鋳鉄等の高速断続切削加工であっても、十分な耐チッピング性、および、耐熱亀裂性を有するが、前記硬質被覆層とは別に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20.0μmの合計平均層厚を有するTi化合物(化学量論的な化合物に限定されない)層を含む下部層を工具基体に隣接して設けた場合、および/または、少なくとも酸化アルミニウム(化学量論的な化合物に限定されない)層を含む層が1.0~25.0μmの合計平均層厚で上部層として前記TiAlCN層の上に設けられた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、より一層優れた耐チッピング性、および、耐熱亀裂性を発揮することができる。
【0035】
ここで、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20.0μmを超えると下部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1.0μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25.0μmを超えると上部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0036】
工具基体:
工具基体は、この種の工具基体として従来公知の基材であれば、本発明の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例を挙げるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、またはcBN焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0037】
製造方法:
本発明のTiAlCN層は、例えば、工具基体もしくは当該工具基体上にある前記下部層であるTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層の少なくとも一層以上の上に、例えば、NHと、N、CH、CおよびHからなるガス群Aと、AlCl、Al(CH、TiCl、N、CH4、、およびHからなるガス群Bとからなる2種の反応ガスを2系統で供給し、この2種の反応ガスをCVD炉内で合流させることにより得ることができる。
【0038】
前記2種の反応ガス組成を例示すると、以下のとおりである。なお、ガス組成はガス群Aとガス群Bの組成和を100容量%(体積%)としたものである。
ガス群A:NH:2.0~5.0%、N:0.0~5.0%、
CH:0.5~5.0%、C:0.8~16.0%、H:20~40%、
ガス群B:AlCl:0.11~0.70%、Al(CH:0.00~0.25%、
TiCl:0.10~0.20%、N:2.0~10.0%、
CH:0.0~1.0%、C:0.0~1.5%、H:残、
反応雰囲気圧力:4.5~5.0kPa、
反応雰囲気温度:650~850℃、
供給周期:1.00~5.00秒、
1周期当たりのガス供給時間0.15~0.25秒、
ガス供給Aとガス供給Bの位相差0.10~0.20秒
【実施例
【0039】
次に、実施例について説明する。
ここでは、本発明被覆工具の具体例として、工具基体としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具に適用したものについて述べるが、工具基体として、前記に記載した他のものを用いた場合であっても同様であるし、ドリル、エンドミルに適用した場合も同様である。
【0040】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~C、および、ISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体D~Fをそれぞれ製造した。
【0041】
次に、これら工具基体A~Fの表面に、CVD装置を用いて、表2に示す成膜条件によりTiAlCN層を形成し、表5に示される本発明被覆工具1~18を得た。ここで、下部層および/または上部層を設けた本発明被覆工具は、表3に示す成膜条件により表4に示す層を設けたものである。なお、表5におけるxα、xβ、yα、yβ、Sα、Sβ、LαおよびLβは前述の方法で求めたものである。
なお、本発明被覆工具1~18において、TiAlCN層のいずれもが前述の好ましいxavg、yavgの範囲を満たしていることを確認した。
【0042】
さらに、比較のために、これら工具基体A~Fの表面に、CVD装置を用いて、表2に示す成膜条件によりTiAlCN層を形成し、表5に示される比較被覆工具1~10を得た。ここで、下部層および/または上部層を設けた比較被覆工具は、表3に示す成膜条件により表4に示す層を設けたものである。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
【表3】

【0046】
【表4】

【0047】
【表5】

【0048】
続いて、前記本発明被覆工具1~9および比較被覆工具1~5について、前記各種の工具基体A~C(ISO規格SEEN1203AFSN形状)をいずれもカッタ径80mmの合金鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、以下に示す、鋳鉄の乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験(切削試験1)を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。表6に、切削試験の結果を示す。なお、比較被覆工具1~5については、チッピング発生が原因で切削時間終了前に寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0049】
切削試験1:湿式高速正面フライス、センターカット切削加工
カッタ径: 80 mm
被削材: JIS・FCD700幅60mm、長さ250mmのブロック材
回転速度: 1592min-1
切削速度: 400m・min-1
切り込み: 1.5mm
一刃送り量: 0.1mm・rev-1
切削時間: 8分
(通常切削速度 200 m・min-1
【0050】
【表6】

【0051】
また、前記本発明被覆工具10~18および比較被覆工具6~10について、前記各種の被覆工具基体D~F(ISO規格CNMG120412形状)をいずれも合金鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、以下に示す、鋳鉄の乾式高速断続切削試験(切削試験2)を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。表7に、切削試験の結果を示す。なお、比較被覆工具6~10については、チッピング発生が原因で切削時間終了前に寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0052】
切削試験2:湿式高速断続切削加工
被削材: JIS・FCD700の長さ方向等間隔8本縦溝入り丸棒
切削速度: 350m・min-1
切り込み: 1.0mm
送り: 0.2mm・rev-1
切削時間: 4分
(通常切削速度 200~300m・min-1
【0053】
【表7】

【0054】
表6、表7に示される結果から、本発明被覆工具1~18は、いずれも硬質被覆層が優れた耐チッピング性、耐熱亀裂性を有しているため、鋳鉄の高速断続切削加工に用いた場合であってもチッピングの発生がなく、長期にわたって優れた耐摩耗性を発揮する。これに対して、本発明の被覆工具に規定される事項を一つでも満足していない比較被覆工具1~10は、鋳鉄の高速断続切削加工に用いた場合チッピングが発生し、短時間で使用寿命に至っている。
【産業上の利用可能性】
【0055】
前述のように、本発明の被覆工具は、鋳鉄以外の高速断続切削加工の被覆工具としても用いることができ、しかも、長期にわたって優れた耐チッピング性、耐熱亀裂性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化及び省エネルギー化、さらには低コスト化に十分に満足できる対応が可能である。
図1
図2
図3
図4