(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-12
(45)【発行日】2024-03-21
(54)【発明の名称】イオン化装置、質量分析システム及びイオン化方法
(51)【国際特許分類】
H01J 49/16 20060101AFI20240313BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20240313BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20240313BHJP
【FI】
H01J49/16 800
H01J49/06 800
H01J49/04 040
(21)【出願番号】P 2022503206
(86)(22)【出願日】2021-02-03
(86)【国際出願番号】 JP2021003896
(87)【国際公開番号】W WO2021171936
(87)【国際公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-09-12
(31)【優先権主張番号】P 2020029310
(32)【優先日】2020-02-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504119734
【氏名又は名称】株式会社バイオクロマト
(73)【特許権者】
【識別番号】304023994
【氏名又は名称】国立大学法人山梨大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】木下 一真
(72)【発明者】
【氏名】西口 隆夫
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 知明
(72)【発明者】
【氏名】平岡 賢三
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-135655(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0299759(US,A1)
【文献】特開2006-086002(JP,A)
【文献】特開2012-028157(JP,A)
【文献】特開2002-056801(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/04-49/06
H01J 49/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン化装置であって、
コロナ放電により被分析物質をイオン化するイオン形成部と、
イオン化された前記被分析物質を質量分析装置に移送する移送部と、
を有し、
前記イオン形成部と前記移送部とは、前記コロナ放電を発生させる一対の電極のうちの、開口を有する、一方の電極で仕切られており、
当該イオン化装置は、
前記イオン形成部内の前記コロナ放電が発生する領域に向けて開口し前記被分析物質を供給するチューブと、
前記イオン化された前記被分析物質の前記移送部による移送方向の前記一方の電極より下流側にて、前記イオン形成部を含む空間に連通する気体吸引装置と、をさらに有し、
前記気体吸引装置が稼働することにより前記イオン形成部に負圧が生じると前記チューブから前記コロナ放電が発生する前記領域に前記被分析物質が供給され
、
前記イオン形成部は前記被分析物質の導入口としての前記チューブを介して外部と連通する準密閉空間であり、
前記一対の電極による前記コロナ放電の発生時の放電電圧が2.5kV以上であり、
前記放電電圧が2.5kVまたは3.0kVのとき、前記一対の電極の電極間距離が0.9~1.1mmの範囲である、
イオン化装置。
【請求項2】
前記一方の電極の前記開口と、前記質量分析装置のイオン化された前記被分析物質のイオン取込口とは、一直線上に配置されている、請求項1に記載のイオン化装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載のイオン化装置と、
前記質量分析装置と、
を備える質量分析システム。
【請求項4】
コロナ放電により被分析物質をイオン化するイオン形成部と、イオン化された前記被分析物質を質量分析装置に移送する移送部とを、
前記コロナ放電を発生させる一対の電極のうちの、開口を有する、一方の電極により仕切り、
前記イオン化された前記被分析物質の前記移送部による移送方向の前記一方の電極より下流側にて前記イオン形成部を含む空間に連通する気体吸引装置が稼働することにより前記イオン形成部に負圧を生じさせ、
前記負圧によって、前記イオン形成部内の前記コロナ放電が発生する領域に向けて開口するチューブから前記コロナ放電が発生する前記領域に向けて前記被分析物質を供給してイオン化させ
、
前記イオン形成部は前記被分析物質の導入口としての前記チューブにより外部と連通する準密閉空間であり、
前記一対の電極による前記コロナ放電の発生時の放電電圧が2.5kV以上であり、
前記放電電圧が2.5kVまたは3.0kVのとき、前記一対の電極の電極間距離が0.9~1.1mmの範囲である、
被分析物質のイオン化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、イオン化装置、質量分析システム及びイオン化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、質量分析装置の分析に供する物質をイオン化するイオン源が開示される。このイオン源は、耐熱性に優れたピストンとソレノイドパルスバルブを組み合わせ、イオン源セルの開放空間に配置される放電針でコロナ放電を行うことにより、物質をイオン化して質量分析装置へ移送する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】平岡賢三著「ペニングイオン化を源流とする気相イオン化法」J.Mass Spectrom. Soc.Jpm. Vol.65, No.3, 2017 P107-P112[令和1年11月29日検索]インターネット <URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/massspec/65/3/65_S17-08/_pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1に示す従来技術では、
図34に示すように、イオン源セルの開放空間でコロナ放電が行われるため、イオン化された物質が開放空間に拡散されてしまい、イオン化された物質の分析感度が低下する場合があった。
【0005】
本開示は、上記に鑑みてなされたものであって、イオン化された物質の分析感度を向上させるイオン化装置を得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示に係るイオン化装置は、コロナ放電により被分析物質をイオン化するイオン形成部と、イオン化された前記被分析物質を質量分析装置に移送する移送部とを有し、前記イオン形成部と前記移送部とは、前記コロナ放電を発生させる一対の電極のうちの、開口を有する、一方の電極で仕切られており、当該イオン化装置は、前記イオン形成部内の前記コロナ放電が発生する領域に向けて開口し前記被分析物質を供給するチューブと、前記イオン化された前記被分析物質の前記移送部による移送方向の下流側にて、前記イオン形成部を含む空間に連通する気体吸引装置と、をさらに有し、前記気体吸引装置が稼働することにより前記イオン形成部に負圧が生じると前記チューブから前記コロナ放電が発生する前記領域に前記被分析物質が供給され、前記イオン形成部は前記被分析物質の導入口としての前記チューブを介して外部と連通する準密閉空間であり、前記一対の電極による前記コロナ放電の発生時の放電電圧が2.5kV以上であり、前記放電電圧が2.5kVまたは3.0kVのとき、前記一対の電極の電極間距離が0.9~1.1mmの範囲である。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、イオン化された物質の分析感度を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本実施の形態に係るイオン化装置300の概略構成を示す図
【
図2】
図1に示すイオン化装置において、コロナ放電によってイオン化された物質が質量分析装置200に移送される様子を示す図
【
図3】イオン化装置300を備えた質量分析システム100の全体構成を示す図
【
図4】質量分析装置200に設けられる枠体8及びイオン化装置300の斜視図
【
図6】ヒンジ構造により質量分析装置200に開閉可能に取り付けられた枠体8と、質量分析装置200に設けられるイオン取込口201とを表す図
【
図7】枠体8に設けられたイオン化装置300の斜視図
【
図10】プラスY軸方向から見た絶縁プレート1の側面図
【
図11】マイナスX軸方向から見た絶縁プレート1の側面図
【
図13】マイナスX軸方向から見た放電プレート4の側面
【
図15】マイナスY軸方向から見た絶縁プレート2の側面図
【
図17】プラスY軸方向から見た放電プレート5の側面
【
図21】プラスX軸方向から見た絶縁プレート3の側面図
【
図22】
図7に示すイオン化装置300及び枠体8のXZ平面での断面図
【
図23】質量分析装置200による物質のイオン化方法を説明するためのフローチャート
【
図24】放電電圧を2.0kVに設定した状態での電極間距離に対するイオン検出強度の変化を示す図
【
図25】放電電圧を2.5kVに設定した状態での電極間距離に対するイオン検出強度の変化を示す図
【
図26】放電電圧を3.0kVに設定した状態での電極間距離に対するイオン検出強度の変化を示す図
【
図27】本実施の形態に係るイオン化装置300による電極間距離に対するイオン検出強度の変化を示す図
【
図28】従来技術による電極間距離に対するイオン検出強度の変化を示す図
【
図29】本実施の形態に係るイオン化装置300で生成されたイオンの質量分布をグラフ化した図
【
図30】従来技術で生成されたイオンの質量分布をグラフ化した図
【
図31】本実施の形態に係るイオン化装置300を用いて、試料(例えばビール)から発生する揮発性物質をイオン化した場合の測定結果を示す図
【
図32】従来技術を用いて、試料(例えばビール)から発生する揮発性物質をイオン化した場合の測定結果を示す図
【
図33】本実施の形態に係るイオン化装置300を用いてイオン化させる場合に設定される放電電圧と電極間距離の対応関係を表す図
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示を実施するための形態について図を用いて説明する。以下に示す説明では、各図において共通する部分について、同一の符号を付して説明を省略する場合がある。また、理解を容易にするため、各図面における各部材の縮尺は実際とは異なる場合がある。なお、X軸方向、Y軸方向、Z軸方向は、それぞれ、X軸に平行な方向、Y軸に平行な方向、Z軸に平行な方向を表す。X軸方向とY軸方向とZ軸方向は、互いに直交する。X軸方向のうち、矢印で示す方向はプラスX軸方向とし、当該方向とは逆の方向はマイナスX軸方向とする。Y軸方向のうち、矢印で示す方向はプラスY軸方向とし、当該方向とは逆の方向はマイナスY軸方向とする。Z軸方向のうち、矢印で示す方向はプラスZ軸方向とし、当該方向とは逆の方向はマイナスZ軸方向とする。X軸方向は、イオン化装置を正面から見たときの横幅方向である。Y軸方向は、イオン化装置の高さ方向である。Z軸方向は、イオン化装置の奥行き方向である。
【0010】
図1は本実施の形態に係るイオン化装置300の概要を示す図である。
図2はコロナ放電によってイオン化された物質が質量分析装置200に移送される様子を示す図である。
図1、2において、30はイオン形成部で、イオン形成部(空間)には、コロナ放電を発生させる電極6と電極4が設けられている。放電電極4は開口4aを有し、電極6と電極4の開口4aの端部(エッジ)との間でコロナ放電が発生するように配置されている。電極4の開口4aの孔内はイオン化された被測定物質を質量分析装置200に移送する移送部を構成している。なお、移送部は、電極の開口4aと後述する絶縁プレート1の貫通孔(1b)とで構成することができる。201は質量分析装置200のイオン取込口である。
イオン化された分析物質(33a)は、質量分析装置200内の設けられた吸引装置(不図示)により、イオン取込口201から分析装置内に取り込まれる。
【0011】
符号31で示される楕円部分は、放電電極6と放電プレート4とが対向する領域に発生するコロナ放電を示す。33は発生したコロナ放電を示す。被測定物質32は、チューブ12により、コロナ放電近傍に供給される。700はコロナ放電を発生させる電源である。
【0012】
また本実施の形態では、イオン化装置にコロナ放電を発生させる電極を設け、
図34に示すような質量分析装置の一部との間でコロナ放電の発生は行われないので、質量分析装置がコロナ放電の影響を直接的かつ強く受けることはなく、したがって、コロナ放電で、質量分析装置が故障や不具合につながる大きなダメージを受けることはない。
【0013】
さらに、放電電極4の開口4aと質量分析装置200のイオン取込口とはほぼ一直線上に配置することができる。また、イオン移送部と質量分析装置のイオン取込口との距離を短くすることができる。このため、イオン化された物質を開放空間に拡散させずに質量分析装置に移送できるので、イオン化された物質の分析感度を向上させることができる。
【0014】
図3は本実施の形態に係るイオン化装置300を備えた質量分析システム100の全体構成を示す図である。質量分析システム100は、質量分析装置200と、イオン化装置300と、イオン化装置300を質量分析装置200に固定する枠体8と、イオン化装置300に接続される真空ポンプなどの気体吸引装置400と、直流電源700とを備える。直流電源700は、例えば、質量分析装置200が搭載する電源ユニットでもよいし、当該電源ユニットとは異なる電源ユニット(質量分析装置200から独立した電源ユニット)でもよい。
【0015】
図4は質量分析装置200に設けられる枠体8及びイオン化装置300の斜視図である。質量分析装置200の正面には枠体8が配置される。質量分析装置200の正面は、質量分析装置200のマイナスZ軸方向の端面に等しい。枠体8は、例えばヒンジ構造により、質量分析装置200の正面に配置される。なお、質量分析装置200への枠体8の取り付け構造は、ヒンジ構造に限定されず、ねじ留めなどでもよい。枠体8にはロックブロック9が設けられる。ロックブロック9は、例えば、枠体8のマイナスZ軸方向の端面の内、枠体8のプラスX軸方向の端部寄りの位置において、枠体8にねじ留めされる。
【0016】
図5は
図4に示す枠体8を背面側から見た図である。枠体8のマイナスY軸方向の端面側には、気体吸引装置400に連結されている配管500が接続される。配管500は、枠体8の背面に形成される凹部8aと連通する。枠体8の背面は、枠体8のプラスZ軸方向の端面に等しい。凹部8aの底部8a1の中央部には、イオン化装置300がねじ留めされる。イオン化装置300には、枠体8の凹部8aと連通する貫通孔1bが形成される。枠体8の凹部8aを取り囲むようにOリング14が設けられる。
【0017】
図6はヒンジ構造により質量分析装置200に開閉可能に取り付けられた枠体8と、質量分析装置200に設けられるイオン取込口201とを表す図である。
図6に示すように、質量分析装置200の正面にはイオン取込口201の先端が設けられる。このイオン取込口201を覆うように枠体8が被せられて、前述したロックブロック9にストッパ21が係り留めされると、枠体8は、イオン取込口201の先端がイオン化装置300の貫通孔1bと対向した状態で、質量分析装置200に固定される(
図4参照)。このとき
図6に示すOリング14が質量分析装置200の正面と密着することで、枠体8の凹部8aと質量分析装置200との間に密閉空間が形成される。
【0018】
次に
図7から
図22を参照して、枠体8及びイオン化装置300の構成を詳細に説明する。
【0019】
図7は枠体8に設けられたイオン化装置300の斜視図である。
図7には、枠体8を構成する複数の部品がイオン化装置300に組み付けられた状態が示される。
図8は枠体8及びイオン化装置300の分解斜視図である。
図8に示すようにイオン化装置300は、絶縁プレート1、放電プレート4、絶縁プレート2、放電プレート5、放電電極6、絶縁プレート3、パッキンプレート7、及びチューブ12を備える。
【0020】
絶縁プレート2は、第1絶縁部である。放電電極6は、絶縁プレート2に設けられる第1電極である。絶縁プレート1は、絶縁プレート2と質量分析装置200との間に設けられる第2絶縁部である。放電プレート4は、放電電極6から一定距離(例えば1.5mm)隔てて絶縁プレート1に設けられる共に、接地される第2電極である。
【0021】
図9は絶縁プレート1の斜視図である。
図10はプラスY軸方向から見た絶縁プレート1の側面図である。
図11はマイナスX軸方向から見た絶縁プレート1の側面図である。
【0022】
絶縁プレート1は、枠体8の凹部8bへ嵌め込み可能に形成された絶縁性部材である。絶縁プレート1の材料は、例えばPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)である。なお、絶縁プレート1の材料は、PTFEに限定されず、例えば、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)等のフッ素系バインダー、EPBR(エチレン-プロピレン-ブタジエンゴム)、SBR(スチレン-ブタジエンゴム)、CMC(イソプレンゴム、カルボキシメチルセルロース)等でもよいし、PP(ポリプロピレン)系、ナイロン系の絶縁性樹脂でもよい。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0023】
絶縁プレート1には、凹部1a、貫通孔1b、ねじ穴1c、凸部1d、及び複数のねじ穴1eが形成される。
【0024】
凹部1aは、絶縁プレート1のマイナスZ軸方向の端面に形成される窪みである。凹部1aには、
図8に示す放電プレート4が嵌め込まれる。
【0025】
貫通孔1bは、被イオン化物質を質量分析装置200へ移送する機能を有する。被イオン化物質は、放電電極6と放電プレート4との間で生じるコロナ放電により、放電電極6と放電プレート4とが対向する領域を含む空間でイオン化された物質である。放電電極6と放電プレート4とが対向する領域を含む空間の詳細については、後述する。
【0026】
ねじ穴1cは、放電プレート4を絶縁プレート1に固定するための締結部材(例えば
図8に示すねじ15)が挿入される穴である。
【0027】
凸部1dは、絶縁プレート1のプラスZ軸方向の端面に形成されると共に、枠体8の開口部8a2へ隙間無く嵌め込みが可能な寸法に形成される。
【0028】
ねじ穴1eは、絶縁プレート1を枠体8に固定するための複数の締結部材(例えば
図8に示すねじ15)が挿入される穴である。
【0029】
枠体8に絶縁プレート1を固定する場合、絶縁プレート1の凸部1dが開口部8a2に挿入されるようにして、絶縁プレート1が枠体8の凹部8bに嵌め込まれる。その後、複数のねじ15を枠体8の底部8a1を介して、絶縁プレート1のねじ穴1eにねじ込むことにより、絶縁プレート1が枠体8に固定される。
【0030】
図12は放電プレート4の斜視図である。
図13はマイナスX軸方向から見た放電プレート4の側面図である。放電プレート4は、絶縁プレート1の凹部1aに嵌め込まれると共に、例えば、
図3に示す直流電源700の負極に接続される導電性の部材である。放電プレート4の材料は、例えばオーステナイト系ステンレス合金であるSUS304である。なお、放電プレート4の材料は、SUS304に限定されず、SUS303でもよいし、フェライト系のステンレス合金、チタン系の合金、アルミニウム合金、銅合金、鋳鉄、鋼、鉄合金などでもよい。フェライト系のステンレス合金としては、SUS430などである。アルミニウム合金としては、A6063、A5056などである。銅合金としては、クロム銅、ベリリウム銅などである。鋳鉄としては、FC200に代表されるねずみ鋳鉄、FCD400に代表される球状黒鉛鋳鉄などである。鋼としては、SC450に代表される炭素鋼、STKMに代表される機械構造用炭素鋼管材などである。鉄合金としては、SCMに代表されるクロムモリブデン鋼などである。
また、放電プレート4は、導電性材料又は非導電性材料であっても、放電プレート4の表面に導電性のメッキを施してもよく、メッキの材料としては、例えばカーボン、チタンコーティング、あるいは非導電性材料に導電性材料を混合したものでもよい。
【0031】
放電プレート4には、ねじ穴4b、ねじ穴4c、及び貫通孔4aが形成される。
【0032】
ねじ穴4bには、前述したねじ15が挿入される。これにより、放電プレート4が絶縁プレート1に固定される。
【0033】
ねじ穴4cには、例えば
図3に示す直流電源700の負極に接続される配線600の先端に設けられる導電性端子を固定するためのねじが挿入される。このねじが放電プレート4のねじ穴4cにねじ込まれることにより、直流電源700の負極が放電プレート4と電気的に接続される。
【0034】
貫通孔4aは、放電プレート4をZ軸方向に貫通する穴であり、被イオン化物質を質量分析装置200へ移送する機能を有する。なお、放電プレート4の貫通孔4aが形成される部分のZ軸方向の第1厚みt1は、放電プレート4のねじ穴4bが形成される部分のZ軸方向の第2厚みt2よりも薄い。第1厚みt1は例えば、0.8~1.2mm、第2厚みt2は例えば5.0~7.0mmである。このように放電プレート4を構成することで、放電プレート4が絶縁プレート1の凹部1aに嵌め込まれたとき、放電プレート4の貫通孔4aに放電電極6の放電針の先端を近接して配置できると共に、放電電極6と放電プレート4とが対向する領域を含む空間を設けることができる。
【0035】
貫通孔4aの角部4eは、放電プレート4の放電電極として機能する。角部4eは、放電プレート4のマイナスZ軸方向の端面4dと、貫通孔4aを形成する壁面4a1とが交わる部分である。
【0036】
図14は絶縁プレート2の斜視図である。
図15はマイナスY軸方向から見た絶縁プレート2の側面図である。絶縁プレート2は、放電プレート4を挟み込むように、絶縁プレート1のマイナスZ軸方向の端面に固定される絶縁性部材である。絶縁プレート2の材料は、例えばPTFEである。なお、絶縁プレート2の材料は、PTFEに限定されず、例えば、PVDF等のフッ素系バインダー、EPBR、SBR、CMC等でもよい。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0037】
絶縁プレート2には、凹部2a、貫通孔2b、ねじ穴2c、ねじ穴2f、ねじ穴2h、及び貫通孔2iが形成される。
【0038】
凹部2aは、放電プレート5及び放電電極6を収納可能に、絶縁プレート2のマイナスZ軸方向の端面2dに形成される窪みである。凹部2aの底面のプラスZ軸方向の底面には、凹部2aの底面から絶縁プレート2のプラスZ軸方向の端面2gまで貫通する貫通孔2iが形成される。貫通孔2iは、放電電極6の放電針を挿入するための孔である。
【0039】
絶縁プレート2のマイナスZ軸方向の端面2dには、2つのねじ穴2cが形成される。2つのねじ穴2cは、凹部2aを挟み込むように、Y軸方向に離れて配列される。
【0040】
絶縁プレート2の傾斜面2eから絶縁プレート2のプラスZ軸方向の端面2gに向けて、チューブ12を挿入するための貫通孔2bが形成される。
【0041】
チューブ12は、例えばセラミックスで構成される筒状の部材であって、質量分析装置200の分析に供する物質を、放電電極6と放電プレート4とが対向する領域を含む空間へ導入するための配管である。チューブ12は、絶縁プレート2の傾斜面2eにねじ留めされるパッキンプレート7を介して、絶縁プレート2の貫通孔2bに挿入される。
【0042】
パッキンプレート7は、
図8に示すねじ20を、絶縁プレート2の傾斜面2eのねじ穴2fにねじ込むことにより、絶縁プレート2の傾斜面2eにねじ留めされる。端面2dと平行な面に対する傾斜面2eの傾斜角θ(
図15)は、25~35°が好ましく、例えば30°である。
【0043】
なお、パッキンプレート7と絶縁プレート2の傾斜面2eとの間に、
図8に示すOリング13を設けることが好ましい。Oリング13を設けることにより、絶縁プレート2の貫通孔2bとチューブ12との間の気密性が高くなる。
【0044】
ねじ穴2hは、絶縁プレート2を絶縁プレート2に固定するための締結部材(例えば
図8に示すねじ15)がねじ込まれる穴である。
【0045】
図16は放電プレート5の斜視図である。
図17はプラスY軸方向から見た放電プレート5の側面図である。放電プレート5は、絶縁プレート2の凹部2aに嵌め込まれると共に、放電電極6の放電針を保持可能な寸法に形成された導電性の部材である。放電プレート5の材料は、例えばSUS304である。なお、放電プレート5の材料はSUS304に限定されず、SUS303、SUS430などでもよいし、上記のアルミニウム合金、銅合金、鋳鉄、鋼、鉄合金などでもよい。
【0046】
放電プレート5には、貫通孔5a、ねじ穴5b、及びねじ穴5cが形成される。
【0047】
貫通孔5aは、放電電極6の放電針を挿入可能なように放電プレート5をZ軸方向に貫通する穴である。
【0048】
ねじ穴5bには、例えば
図3に示す直流電源700の正極に接続される配線600の先端に設けられる導電性端子を固定するためのねじが挿入される。このねじが放電プレート5のねじ穴5bにねじ込まれることにより、直流電源700の正極が放電プレート5と電気的に接続される。ねじ穴5cは、放電プレート5を絶縁プレート2に固定するためのねじを挿入するための穴である。
【0049】
図18は放電電極6の斜視図である。
図19はY軸方向から見た放電電極6の側面図である。放電電極6の材料は、例えばSUS430である。なお、放電電極6の材料はSUS430に限定されず、SUS303、SUS304などでもよいし、上記のアルミニウム合金、銅合金、鋳鉄、鋼、鉄合金などでもよい。
【0050】
放電電極6は、台座6a及び放電針6bを備える。
【0051】
台座6aは、絶縁プレート3と接触面するように平坦に形成された端面6dを有する円筒状の部材である。台座6aの端面6d側とは反対側の端面には、放電針6bが設けられる。放電針6bは、台座6aからプラスZ軸方向に向かって延伸し、その先端部6cは、放電プレート4の貫通孔4aと向き合うように配置される。放電針6bの先端部6c寄りの領域は、先細りの形状を有し、先端部6cを頂点とする当該領域の傾斜角θは、15~25°が好ましく、例えば20°である。
【0052】
図20は絶縁プレート3の斜視図である。
図21はプラスX軸方向から見た絶縁プレート3の側面図である。絶縁プレート3の材料は、例えばPTFEである。なお、絶縁プレート3の材料は、PTFEに限定されず、例えば、PVDF等のフッ素系バインダー、EPBR、SBR、CMC等でもよい。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0053】
絶縁プレート3には、Z軸方向に絶縁プレート3を貫通する2つの貫通孔3aが形成される。絶縁プレート3のプラスZ軸方向の端面3bが、放電電極6の台座6aに接するようにして、2つの貫通孔3aに
図8に示すねじ16が挿入されて、これらのねじ16が絶縁プレート2にねじ込まれることにより、絶縁プレート3が、絶縁プレート2に固定される。
【0054】
図8に戻り、枠体8は、ロックブロック9、ロックブロック10、及び位置決めピン11を備える。枠体8の材料は、コロナ放電により発生する電磁波の漏洩を防ぐ観点から、例えば、アルミニウム(合金)、ステンレススチールなどの金属を用いるのが好ましい。また、被イオン化物質の質量分析装置200への移送状態を確認し易くするために、高い透明度を有するPMMA(ポリメタクリル酸メチル樹脂)を用いても良い。このように高い透明度を有する樹脂を用いる場合も、電磁波漏洩防止の観点から、枠表面に透明な導電性膜を形成するのが好ましい。ロックブロック9は、ねじ17により、枠体8へねじ留めされる。ロックブロック10は、ヒンジ構造を構成する部材であり、ねじ18により、枠体8へねじ留めされる。ロックブロック10には位置決めピン11がY軸方向に挿入される。
【0055】
図22は
図7に示すイオン化装置300及び枠体8のXZ平面での断面図である。イオン化装置300の内部に形成される空間30は、放電電極6と放電プレート4とが対向する領域を含む空間である。空間30の容積は、例えば、凹部1aの寸法が、深さ6mm、横幅17mm、縦幅25mmの場合、2550mm
3である。ただし、空間30の容積はこれに限定されず、放電電極6と放電プレート4とが対向する領域を確保しながら、質量分析装置200による分析に必要な量の被イオン化物質を生成可能な容量であればよく、例えば10mm
3~4000mm
3が好ましく、より好ましくは、100~3000mm
3、更に好ましくは、500~2600mm
3が好ましい。
【0056】
上述したように、本実施の形態では、イオン形成部を小さな空間に構成できる。その理由の一つは、空間を放電電極である放電プレートに開口を形成して、放電プレートを空間を構成する仕切り(壁)の役割(機能)を持たせたことによる。また、放電プレートの開口(4a)は、その端部(エッジ)が放電電極と一対の電極を構成すると共に、孔内がイオン化された分析物質(33a)を移送する移送部としての機能を備えることができるので、一層、イオン化装置を小型化することが可能となる。
図中の「GP」は、電極間距離であり、電極間距離GPは、放電電極6の先端から放電プレート4までの最短距離に等しい。絶縁プレート1の凹部1aと絶縁プレート2の端面2gは、空間30を形成するための空間形成部として機能する。チューブ12は、質量分析装置200の分析に供する物質を空間30へ導入する導入部として機能する。なお、空間30は、チューブ12を介して、絶縁プレート1及び絶縁プレート2の外部と連通するため、物質の導入口を有する準密閉空間である。放電プレート4に形成される貫通孔4aと、絶縁プレート1の貫通孔1bとは、被イオン化物質を質量分析装置200へ移送する移送部として機能する。
【0057】
次にイオン化装置300による物質のイオン化方法について説明する。
図23は質量分析装置200による物質のイオン化方法を説明するためのフローチャートである。
【0058】
気体吸引装置400が稼働することにより(ステップS1)、空間(イオン形成部)30に負圧が生じると、領域31を含む空間30に、質量分析装置200の分析に供する物質32が誘導される(ステップS2)。このとき、分析の試料(サンプル)となる物質32と共に、空気も導入される。なお、物質32と共に吸引される気体は、物質の種類により、例えば窒素等の不活性気体でもよい。本実施の形態では吸引気体として空気を用いることができるので、装置が複雑にならず、また稼働コストを低くすることができる。
【0059】
空間30に誘導された物質32は、放電電極6と放電プレート4との間で生じるコロナ放電33によりイオン化する(ステップS3)。
【0060】
空間30でイオン化された物質である被イオン化物質33aは、放電プレート4の貫通孔4aと絶縁プレート1の貫通孔1bとを介して、質量分析装置200へ移送される(ステップS4)。質量分析装置200に被イオン化物質33aを運ぶ原理は、まず電位差による引き寄せが行われ、さらに差圧による引き込みが行われることで行われる。電位差による引き寄せでは、イオン取込口201は、被イオン化物質33aのイオンの電荷の符号とは逆の電位に設定されているため、被イオン化物質33aの一部は、イオン取込口201の周囲に集まる。また、差圧による引き込みでは、質量分析装置200には不図示の気体吸引装置が設けられており、当該気体吸引装置が稼働(作動)することにより、イオン取込口201の周囲に存在する被イオン化物質33aは、質量分析装置200へ取り込まれる。
【0061】
次に
図24から
図26を参照して、本実施の形態に係るイオン化装置300を利用した場合における質量分析装置200によるイオン検出強度(以下では「イオン強度」とも表記する場合がある)について説明する。
【0062】
図24は放電電圧を2.0kVに設定した状態での電極間距離に対するイオン検出強度の変化を示す図である。
図25は放電電圧を2.5kVに設定した状態での電極間距離に対するイオン検出強度の変化を示す図である。
図26は放電電圧を3.0kVに設定した状態での電極間距離に対するイオン検出強度の変化を示す図である。
図24~
図26は、電極間距離を3mmから0mmまで一定速度で接近させたときのイオン強度の推移を計測した実験の結果である。これらの各図の横軸は、経過時間(分)と、電極間距離(mm)と、を平行な二軸で表している。また、各図の縦軸は、各経過時間かつ各電極間距離におけるイオン強度を表す。
【0063】
図24~
図26の各図では、0.5分経過までは電極間距離は3.0mmである。0.5分経過後は一定速度で電極間距離が接近し、1.5分経過時に電極間距離は2mmとなり、2.5分経過時に電極間距離は1mmとなり、3.5分以降では電極間距離は0mmとなる。
【0064】
図24に示すように、放電電圧が2.0kVの場合には放電が生じないため、被イオン化物質33aを観測できない。
【0065】
これに対して、
図25及び
図26に示すように、放電電圧が2.5kV以上の場合には放電が生じるため、被イオン化物質33aが観測される。
【0066】
図25に示すように、放電電圧が2.5kVの場合には、電極間距離が1.5mm(2.0分)まで接近すると、イオン強度が増大しはじめる。電極間距離が1.3mmから0.6mm(2.2分~2.9分)の区間では、イオン強度は第1の値(0.6×10
7程度)を維持する。電極間距離が0.6mm以下まで接近すると、イオン強度が第1の値から減少しはじめる。そして電極間距離が0.4mm(3.1分)以下になると、イオン強度は第2の値(0.2×10
7程度)を維持する。言い換えると、電極間距離が0.5mm未満ではイオン強度が相対的に低いがある程度は検出できて観測可能であり、電極間距離が0.5mm~1.5mmの範囲ではイオン強度が相対的に高く、電極間距離が1.5mm以上になるとイオン強度は観測できなくなる。
【0067】
図26に示すように、放電電圧が3.0kVの場合には、電極間距離が2.6mm(0.9分)まで接近すると、イオン強度が増大しはじめる。電極間距離が2.4mmから1.3mm(0.9分~2.2分)の区間では、イオン強度は第1の値(0.4×10
7程度)を維持する。電極間距離が1.3mmから0.5mm(2.2分~3.0分)の区間では、イオン強度は第2の値(0.6×10
7程度)まで増大してこの値を維持する。電極間距離が0.5mm以下まで接近すると、イオン強度が第2の値から減少しはじめる。そして電極間距離が0.3mm(3.2分)以下になると、イオン強度は第3の値(0.2×10
7程度)を維持する。言い換えると、電極間距離が0.5未満ではイオン強度が相対的に低いがある程度は検出できて観測可能であり、電極間距離が0.5mm~1.3mmの範囲ではイオン強度が最大値となり、電極間距離が1.3mm~2.6mmの範囲ではイオン強度が最大値よりは低いが相対的に高い値となり、電極間距離が2.6mm以上になるとイオン強度は観測できなくなる。
【0068】
放電電圧が2.5kVの場合のイオン検出強度と、放電電圧が3.0kVの場合のイオン検出強度とを比較すると、電極間距離が2.0mm(経過時間1.5分)でのイオン検出強度は、3.0kVの方が高いことが分かる。ただし、電極間距離が1.0mm付近(経過時間2.5分近傍)のイオン検出強度は何れの放電電圧でも同レベルになる。
【0069】
この結果、本実施の形態に係るイオン化装置300では、放電電圧を3.0kVに設定し、かつ、電極間距離を0.5~2.4mm、好ましくは0.5~1.3mm、より好ましくは電極間距離を0.7~1.3mm、さらに好ましくは0.9~1.1mmに設定することが好ましい。また、放電電圧を2.5kVに設定する場合には、電極間距離を0.7~1.3mmに設定するのが好ましく、0.9~1.1mmに設定するのがより好ましい。ただし、イオン化装置300がイオン取込口201に接触すると、放電プレート4の位置ずれにより、電極間距離が短くなり、コロナ放電を発生できない虞がある。そのため、イオン化装置300の取り付け公差を考慮して、電極間距離は1.5mm前後(1.3~1.7mm)に設定することがより好ましい。なお、電圧を上げすぎるとコロナ放電からアーク放電に変わりイオン化に適さない場合があり、放電電圧が2kVでも十分なイオン化が確認できる場合がある。
【0070】
次に
図27及び
図28を参照して、本実施の形態に係るイオン化装置300と従来技術との比較結果を説明する。
【0071】
図27は本実施の形態に係るイオン化装置300による電極間距離に対するイオン検出強度の変化を示す図である。
図28は従来技術による電極間距離に対するイオン検出強度の変化を示す図である。
図27、
図28は、電極間距離を1.5mmで固定し、放電電圧を2.0kV、2.5kV、3.0kVの順で変化させたときのイオン強度の推移を計測した実験の結果である。この実験では、0~1分の区間では放電電圧は2.0kV、1~2分の区間では2.5kV、2~3分の区間では3.0kVに設定されている。これらの各図の横軸は経過時間(分)を表し、縦軸はイオン検出強度を表す。
【0072】
図27に示すように、イオン化装置300によれば、放電電圧が2.5kV以上であればイオンを検出できる。これに対して、従来技術では、
図28に示すように、同様の放電電圧を印加した場合でも、微弱なイオンを検出することしかできない。
図28では、従来のイオン源であるDART(Direct Analysis in Real Time)において通常のHe測定モード400℃でのグラフを表す。
【0073】
図29は本実施の形態に係るイオン化装置300で生成されたイオンの質量分布をグラフ化した図である。
図30は従来技術で生成されたイオンの質量分布をグラフ化した図である。これらの各図はイオンのm/zをグラフ化した図である。これらの各図の横軸はイオンのm/zを表す。「m/z」とは、イオンの質量を統一原子質量単位で割り、さらにイオンの電荷数で割って得られる「無次元量」である。mはイオンの質量を原子質量単位uで表したものであり、zはイオンの電荷数を表す。縦軸はイオンの強度を表す。
【0074】
イオン化装置300と従来技術のそれぞれで観測されるバックグラウンド成分のピークを比較すると、検出されるピークは概ね同じレベルであるが、その強度比が異なることが分かる。
【0075】
図31は本実施の形態に係るイオン化装置300を用いて、試料(例えばビール)から発生する揮発性物質をイオン化した場合の測定結果を示す図である。
図32は従来技術を用いて、試料(例えばビール)から発生する揮発性物質をイオン化した場合の測定結果を示す図である。これらの各図の横軸はイオンのm/zを表し、縦軸はイオンの強度を表す。
【0076】
図31及び
図32によれば、検出される成分は同様であるが、イオン化装置300によるイオン強度は、従来技術によるイオン強度の約10倍である。これは、揮発性物質のイオン化点からイオン取込口201までの距離を近づけることができると共に、空間30によって、被イオン化物質33aの拡散を防止できることが、大きな要因と考えられる。なお、イオン取込口201からイオン発生部(イオン化点)までの距離は例えば5mmである。
【0077】
図33は本実施の形態に係るイオン化装置300を用いてイオン化させる場合に設定される放電電圧と電極間距離の対応関係を表す図である。
【0078】
放電電圧が2.0kVの場合には、放電が生じないため、電極間距離に大きさに関わりなく、被イオン化物質33aを観測できない。
【0079】
放電電圧が2.5kVの場合には、電極間距離が僅かな間隔(例えば0.1~0.2mm程度)、1mmなどの場合には、被イオン化物質33aを観測できるが、電極間距離が2mmの場合には、被イオン化物質33aをほぼ観測できず、電極間距離が3mmの場合には、被イオン化物質33aを観測できない。
【0080】
放電電圧が3.0kVの場合には、電極間距離が僅かな間隔(例えば0.1~0.2mm程度)、1mm、2mmなどの場合には、被イオン化物質33aを観測できるが、電極間距離が3mmの場合には、被イオン化物質33aをほぼ観測できない。
【0081】
以上に説明したように、本実施の形態に係るイオン化装置300によれば、質量分析装置200の外部に絶縁部を設けて、この絶縁部に形成される小さな空間30において、コロナ放電を生じさせることができる。そのため、イオン化された物質の拡散を抑制できる。また、イオン取込口201と対向して配置される絶縁プレート1に放電プレート4を設けることにより、放電電極6と放電プレート4とが対向する領域31を、イオン取込口201の近傍に設けることができる。そのため、当該領域31からイオン取込口201までの距離を、例えば数mm程度に短くできる。従って、イオン化装置300によれば、イオン化前の試料を拡散させることなくイオン化させ、このイオン化した試料を素早く質量分析装置200に送ることができる。すなわち、絶縁部の外部(開放空間)への拡散が抑制された高濃度の被イオン化物質33aを、濃度低下を抑制しながらイオン取込口201に素早く移送できる。その結果、質量分析装置200による分析応答性と分析感度が大幅に向上する。
【0082】
また、絶縁プレート1に配置される放電プレート4が接地されているため、質量分析装置200が異常電圧を検知して動作停止することを抑制できる。
【0083】
また、絶縁プレート1に形成される凹部1aに放電プレート4を配置することにより、放電電極6と放電プレート4とが対向する領域31からイオン取込口201までの距離を、より一層短くできる。これにより、質量分析装置200と電気的な絶縁を確保しつつ、質量分析装置200へ移送できる物質の濃度低下をより一層抑制できる。その結果、絶縁プレート1に凹部1aを設けていない場合に比べて、質量分析装置200による分析応答性と分析感度がより一層向上する。
【0084】
更に、質量分析装置のイオン取込口201の直前に放電プレート(接地電位電極)4を設けたので、例えば、過電圧印加によって電極間にアーク放電が発生したとしても、質量分析装置自体には電流は流れない。したがって、質量分析装置の故障につながることはなく、安全性を確保することができる。また、質量分析装置によっては、イオン取込部(イオン取込口)が高電圧に保持されている形式のものがあり、イオン源自体の電圧調整を要する場合があるが、本実施の形態のイオン源は質量分析層との関係で電圧調整を行う必要はない。
【0085】
また、本実施の形態に係るイオン化装置300では、従来技術のようにキャリアガス(ヘリウムなどの不活性ガス)を利用しなくても、空間30へ、分析の試料となる物質32と共に空気も導入することで、容易に被イオン化物質33aが得られる。
【0086】
また、この構成により、空間30への試料採取量(吸引量)を管理し易くなり、質量分析装置200による分析を容易に行うことができる。
【0087】
また、この構成により、常温下及び/又は大気圧下でも、被イオン化物質を容易に生成できる。従来技術では、例えば、被イオン化物質がイオン源セルのNiキャピラリーに付着することを防止するため、ヒータを設けている。これに対して、本実施の形態に係るイオン化装置300ではヒータが不要である。その結果、質量分析システム100の構成が簡素化され、システムの信頼性が向上すると共に、システムの構築に要するコストを低減できる。
【0088】
また、この構成により、従来技術のように試料を噴霧させることなく、試料の直接分析が可能になる。
【0089】
なお、本実施の形態では、直流電源700によるコロナ放電(直流コロナ放電)が行われているが、直流電源700の代わりに交流電源によるコロナ放電(交流コロナ放電)でもよい。直流電源700を用いた場合には、質量分析装置200の電源を共用できるため、質量分析システム100の構成が簡素化され、システムの信頼性が向上すると共に、システムの構築に要するコストを低減できる。また、交流電源を用いた場合、イオン化される物質によっては交流の方が見えやすくなるなどの効果が得られる。
【0090】
また、本実施の形態に係るイオン化方法は、第1絶縁部と、第1絶縁部と質量分析装置との間に設けられる第2絶縁部とにより形成され、第1絶縁部に設けられる第1電極と第2絶縁部に設けられる第2電極とが対向する領域を含む空間に、質量分析装置の分析に供する物質を誘導し、誘導された物質を第1電極と第2電極との間で生じるコロナ放電により空間内でイオン化する。
【0091】
以上の実施の形態に示した構成は、本開示の内容の一例を示すものであり、別の公知の技術と組み合わせることも可能であるし、本開示の要旨を逸脱しない範囲で、構成の一部を省略、変更することも可能である。
【0092】
本国際出願は2020年2月25日に出願された日本国特許出願2020-029310号に基づく優先権を主張するものであり、2020-029310号の全内容をここに本国際出願に援用する。
【符号の説明】
【0093】
1 :絶縁プレート
1b :貫通孔(移送部)
2 :絶縁プレート
4 :放電プレート
4a :開口(移送部)
6 :放電電極
12 :チューブ
30 :空間(イオン形成部)
31 :領域
32 :物質
33 :コロナ放電
33a :被イオン化物質
100 :質量分析システム
200 :質量分析装置
201 :イオン取込口
300 :イオン化装置
400 :気体吸引装置