(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-12
(45)【発行日】2024-03-21
(54)【発明の名称】ジペプチジルペプチダーゼIV阻害活性が高い発酵乳およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A23C 9/13 20060101AFI20240313BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20240313BHJP
A61K 35/20 20060101ALI20240313BHJP
A61K 36/07 20060101ALI20240313BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20240313BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240313BHJP
【FI】
A23C9/13
A23L33/10
A61K35/20
A61K36/07
A61P3/10
A61P43/00 111
(21)【出願番号】P 2020001983
(22)【出願日】2020-01-09
【審査請求日】2022-11-21
(31)【優先権主張番号】P 2019013247
(32)【優先日】2019-01-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】岡本 賢治
【審査官】川崎 良平
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/222029(WO,A1)
【文献】特開2013-040111(JP,A)
【文献】特開2015-084694(JP,A)
【文献】特開平02-283240(JP,A)
【文献】国際公開第2013/133031(WO,A1)
【文献】特開2011-144167(JP,A)
【文献】特開2003-048849(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C 1/00-23/00
A23L 31/00-33/29
A61K 35/00-36/9068
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジペプチジルペプチダーゼIV(DPP-4)を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられるきのこ発酵乳
であって、Ile-Pro、Val-ProおよびMet-Proを含むきのこ発酵乳。
【請求項2】
きのこがカワタケ
属またはエノキタケ属のきのこである請求項1記載の発酵乳。
【請求項3】
乳が牛乳またはスキムミルクである請求項1または2記載の発酵乳。
【請求項4】
きのこを用いて乳を発酵させることを特徴とする、DPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる発酵乳の製造方法
であって、発酵乳がIle-Pro、Val-ProおよびMet-Proを含むものである、製造方法。
【請求項5】
きのこがカワタケ
属またはエノキタケ属のきのこである請求項4記載の方法。
【請求項6】
乳が牛乳またはスキムミルクである請求項4または5記載の方法。
【請求項7】
請求項1~3のいずれか1項記載の発酵乳を含む、DPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる食品組成物。
【請求項8】
請求項1~3のいずれか1項記載の発酵乳を含む、DPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる医薬組成物。
【請求項9】
請求項1~3のいずれか1項記載の発酵乳を食品または食品素材、あるいは担体または賦形剤に含有させることを特徴とする、DPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる食品組成物の製造方法。
【請求項10】
請求項1~3のいずれか1項記載の発酵乳を医薬上許容される担体または賦形剤に含有させることを特徴とする、DPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる医薬組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジペプチジルペプチダーゼIV(DPP-4)阻害活性が高い発酵乳、その製造方法、それを含む食品および医薬組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
平成26年の厚生労働省の調査によると、糖尿病の総患者数は316万6千人(前回調査よりも46万人以上増加)、年間死亡数は約1万3千人となっている。糖尿病が疑われる成人の推計が約1千万人、発症に至らない糖尿病予備群が約1千万人となっている。日本人の糖尿病の多くは2型糖尿病で、人口の高齢化によって今後さらに患者数が増えることが予測される。2型糖尿病の治療薬には様々なタイプが存在するが、その一つとして、DPP-4阻害薬がある。DPP-4は膜結合型プロテアーゼの一つで、腎臓、肝臓、腸、リンパ球および血管内皮細胞など多くの組織において広く発現している。DPP-4は、インスリン分泌を促進するホルモンであるインクレチンを分解し、そのためインスリンの分泌が抑えられた状態となる。DPP-4の活性を阻害することで、インクレチンが膵臓に直接作用し易くなり、インスリン分泌が亢進し、高血糖が改善される。したがって、DPP-4活性を阻害することは、2型糖尿病治療のための重要なアプローチである。DPP-4阻害薬としてシタグリプチン(STP)、ビルダグリプチン、サキサグリプチンが臨床的に使用されているほか、DPP-4阻害薬の開発は世界中で積極的に行われている。
【0003】
糖尿病治療薬の副作用として最も注意すべきは、血糖値を下げすぎることで急激な低血糖状態に陥る点であり、発作による意識障害を起こし、特に高齢者の場合は生命の危機に瀕する。現在、糖尿病治療薬よりも力価は低いものの血糖値低下作用が期待でき、かつ副作用の懸念がないものとして、タンパク質由来のペプチドがDPP-4阻害剤として研究されている。これらの研究では、タンパク質を各種消化酵素で処理した画分の中から単離したものを対象として活性の評価を行う、もしくは既報のペプチド配列をもとに有効と予想される配列を設計し、その配列を化学合成し、評価するというアプローチが主流となっている。しかし、酵素消化法では特定のペプチド配列のみを選択的に確保するのは難しく、化学合成法は製造コストが安いが副生成物の混入があるため、食品や医薬品に利用した場合に安全性に問題が生じる。
【0004】
きのこの血糖値低下作用に関連して、これまで、アガリクス、ヤマブシタケ、ブナシメジの熱水抽出物中にインスリン分泌促進活性が見出されている。また、カバノアナタケの水抽出物を用いる抗糖尿病食品が知られている(特許文献1)。しかし、きのこを用いて得られた発酵乳がDPP-4阻害活性、血糖低下活性、あるいは糖尿病治療活性を有することは、これまで報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
我が国の糖尿病患者数は今後さらに増加すると予想されている。高血糖の状態を放置すると網膜症、腎症、神経障害など重篤な合併症を引き起こすほか、特に高齢者糖尿病患者は認知症を起こしやすく、少子高齢化社会において血糖値コントロールはより重要となってくる。また、いわゆる糖尿病予備群の数を減少させる必要もある。かかる状況下において、糖尿病の治療および予防効果が高く、しかも安全性が高く日常的に摂取可能な抗糖尿病食品および医薬が必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ね、きのこを用いて得られた発酵乳が、極めて高いDPP-4阻害活性を示すことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち本発明は、以下のものを提供する。
(1)ジペプチジルペプチダーゼIV(DPP-4)を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられるきのこ発酵乳。
(2)きのこがカワタケ属、マイタケ属またはエノキタケ属のきのこである(1)1記載の発酵乳。
(3)乳が牛乳またはスキムミルクである(1)または(2)記載の発酵乳。
(4)きのこを用いて乳を発酵させることを特徴とする、DPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる発酵乳の製造方法。
(5)きのこがカワタケ属、マイタケ属またはエノキタケ属のきのこである(4)記載の方法。
(6)乳が牛乳またはスキムミルクである(4)または(5)記載の方法。
(7)(1)~(3)のいずれか記載の発酵乳を含む、DPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる食品組成物。
(8)(1)~(3)のいずれか記載の発酵乳を含む、DPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる医薬組成物。
(9)(1)~(3)のいずれか記載の発酵乳を食品または食品素材、あるいは担体または賦形剤に含有させることを特徴とする、DPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる食品組成物の製造方法。
(10)(1)~(3)のいずれか記載の発酵乳を医薬上許容される担体または賦形剤に含有させることを特徴とする、DPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる医薬組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、DPP-4阻害活性、血糖値低下活性、および/または2型糖尿病治療および/または予防活性が非常に高い発酵乳、食品組成物および医薬組成物を得ることができる。しかも、食用きのこや毒のないきのこを本発明の発酵乳の製造に用いた場合、本発明の発酵乳、食品組成物および医薬組成物は安全性が高い。本発明の発酵乳、食品組成物および医薬組成物は日常的に摂取可能である。本発明の発酵乳、食品組成物および医薬組成物は、高齢化の加速によって今後いっそう患者数が増えると予測される2型糖尿病の予防、改善および/または治療に貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、カワタケ属のきのこを用いて得られた発酵乳のDPP-4阻害率の経日的変化を示す。
【
図2】
図2は、エノキタケ属のきのこを用いて得られた発酵乳のDPP-4阻害率の経日的変化を示す。
【
図3】
図3は、5種類のエノキタケ属のきのこを用いて得られた発酵乳のDPP-4阻害率を示す。
【
図4】
図4は、5種類のマイタケ属のきのこを用いて得られた発酵乳のDPP-4阻害率を示す。
【
図5】
図5は、きのこ発酵乳と市販健康食品のDPP-4阻害率を比較した結果を示す。x1/10は10倍希釈、x1/100は100倍希釈を意味する。
【
図6】
図6は、きのこ発酵乳中に生成されるジペプチド類のDPP-4阻害率を測定した結果を示す。各ペプチド濃度は100μg/mlである。指標阻害剤はP32/98である。
【
図7】
図7は、加工乳および乳飲料を用いて得られたきのこ発酵乳のDPP-4阻害活性を調べた結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のきのこ発酵乳はDPP-4阻害活性が高い。上で説明したように、DPP-4の活性を阻害することで、インクレチンが膵臓に直接作用し易くなり、インスリン分泌が亢進し、高血糖が改善される。すなわちDPP-4活性を阻害することは、2型糖尿病治療のための重要なアプローチである。したがって、本発明のきのこ発酵乳を、対象におけるDPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いることができる。ここに、対象とは、DPP-4の阻害、血糖値の低下、ならびに/あるいは2型糖尿病の治療および/または予防を必要とする、あるいは望む動物、好ましくは哺乳動物、より好ましくはヒトをいう。
【0012】
本発明は、1の態様において、対象におけるDPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられるきのこ発酵乳を提供する。
【0013】
本発明は、もう1つの態様において、きのこを用いて乳を発酵させることを特徴とする、対象におけるDPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる発酵乳の製造方法を提供する。
【0014】
きのこ発酵乳とは、きのこの作用で発酵した乳をいう。
【0015】
きのことは、菌類のうち肉眼で観察できる程度の大きさの子実体を形成するものをいい、その多くは担子菌門または子のう菌門に属する生物である。本発明の発酵乳の製造に用いられるきのこは、食用とされているきのこ、あるいは毒性が認められないきのこであれば特に限定されない。そのようなきのこの例としては、ヒラタケ(Pleurotus osteatus)、タモギタケ(Pleurotus cornucopiae var. citrinopileatus)、ウスヒラタケ(Pleurotus pulmonarius)、トキイロヒラタケ(Pleurotus djamor)、エリンギ(Pleurotus eryngii)、バイリング(ハクレイタケ)(Pleurotus nebrodensis)、オオヒラタケ(Pleurotus cystidiosus)、クロアワビタケ(Pleurotus abalonus)、マツオウジ(Neolentinus lepideus)、スエヒロタケ(Schizophyllum commune)、シイタケ(Lentinula edodes)、ハタケシメジ(Lyophyllum decastes)、ブナシメジ(Hypsizygus marmoreus)、ムラサキシメジ(Lepista nuda)、コムラサキシメジ(Lepista sordida)、ニオウシメジ(Trichoroma giantea)、ナラタケ属のきのこ(Armillaria spp.)、ムキタケ(Panellus serotinus)、ヌメリツバタケ(Oudemansiella mucida)、ヤコウタケ (Mycena chlorophos)、エノキタケ属のきのこ(Flammulina sp.)、カワタケ属のきのこ(Peniophora sp.)、オオイチョウタケ(Leucopaxillus giganteus)、フクロタケ(Volvariella volvacea)、ツクリタケ(マッシュルーム)(Agaricus bisporus)、カワリハラタケ(別名ヒメマツタケ、アガリクス)(Agaricus brazei)、ササクレヒトヨタケ(Coprinus comatus)、ヤナギマツタケ(Agrocybe cylindracea)、サケツバタケ(Stropharia rugosoannulata)、キサケツバタケ(Stropharia rugosoannulata Farlow in Murrill f. lutea Hongo)、クリタケ(Naematoloma sublateritium)、ナメコ(Pholiota nameko)、ヌメリスギタケ(Pholiota adiposa)、ヌメリスギタケモドキ(Pholiota aurivella)、チャナメツムタケ(Pholiota lubrica)、シロナメツムタケ(Pholiota lenta)、ハナビラタケ(Sparassis crispa)、カンゾウタケ(Fistulina hepatica)、サンゴハリタケ(Hericium ramosum)、ヤマブシタケ(Hericium erinaceum)、エゾハリタケ(Climacodon septentrionalis)、ブナハリタケ(Mycoleptodonoides aitchisonii)、タマチョレイタケ(Polyporus tuberaster)、アミスギタケ(Favolus arcularius)、チョレイマイタケ(Polyporus umbellatus)、トンビマイタケ(Meripilus giganteus)、マイタケ(Grifola frondosa)、マスタケ(Laetiporus sulphureus)、ヒイロタケ(Picnoporus coccineus)、ブクリョウ(Wolfiporia cocos)、マンネンタケ(Ganoderma lucidum)、マゴジャクシ(Ganoderma neojaponicum)、コフキサルノコシカケ(Elfvungia applanata)、カバノアナタケ(Inonotus oblizua)、メシマコブ(Phellius linteus)、シロキクラゲ(Tremella fuciformis)、ハナビラニカワタケ(Tremella foliacea)、アラゲキクラゲ(Auricularia polytricha)、キクラゲ(Auricularia auricula)、キヌガサタケ(Dictyophora indusiata)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0016】
本発明において好ましく用いられるきのこは、発酵乳中にDPP-4阻害活性、血糖値低下活性、および/または2型糖尿病治療および/または予防活性を生じさせることができるきのこである。このようなきのこの例としては、エノキタケ属のきのこ(Flammulina sp.、例えばFlammulina velutipes)、マイタケ属のきのこ(Grifola sp.、例えばGrifola frondosa)およびカワタケ属のきのこ(Peniophora sp.)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0017】
本発明に用いることができるきのこは、森林、山野、野原などから採取することができる。本発明に用いることができるきのこは、鳥取大学農学部附属菌類きのこ遺伝子資源研究センター(FMRC)、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)、American Type Culture Collection(ATCC)などの機関から分譲してもらうこともできる。
【0018】
本発明に用いる乳は哺乳動物の乳である。乳が由来する動物種は特に限定されず、ウシ、ヤギ、ヒツジ、スイギュウ、ヤク、ラクダ、ロバ、ウマ、トナカイ、ヘラジカなどが例示される。牛乳は生産量も多く比較的安価であるので、本発明の発酵乳を大量生産するために好適に用いられる。本明細書において、乳という場合には、上記のもののほか、脱脂粉乳(スキムミルク)、低脂肪乳、高脂肪乳などの加工乳、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳などの乳飲料なども含まれる。
【0019】
きのこによる乳の発酵は、乳または乳を含む液体中にきのこの菌糸または胞子を添加して一定時間培養することにより行われる。きのこによる乳の発酵において、ラクトース、グルコース、ガラクトース、マンノース、キシロース、マルトース、セロビオース、デンプン、廃糖蜜などの炭素源、酵母エキス、カゼインの加水分解物、ホエータンパク質加水分解物、大豆タンパク質加水分解物、コーンスティープリカー等の有機窒素含有物を窒素源として乳に添加してもよい。リン酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩などの無機塩類を乳に添加してもよい。
【0020】
発酵温度はきのこの種類、乳の種類、乳への添加物の種類、発酵時間などの要因によって異なり、通常は20℃~37℃、好ましくは24℃~33℃であるが適宜変更できる。発酵は、通常は、好気条件下または微好気条件下で行う。微好気条件下とは、きのこが増殖可能な中~低酸素環境下をいう。このような条件は当業者に公知であり、適宜定めうる。静置培養、撹拌培養、振とう培養などの様々な公知の培養様式にて発酵を行うことができる。培養容器も公知のものを適宜選択して使用することができ、フラスコ、ジャー、タンクなどの培養容器を用いることができる。発酵過程においてpHの調節を行ってもよく、行わなくてもよい。発酵時間もきのこの種類、乳の種類、乳への添加物の種類、発酵温度などの要因によって異なり、通常は1日~40日、好ましくは6日~30日であるが適宜変更できる。発酵時間は、例えば発酵乳中のDPP-4阻害活性を測定することによって決めることができる。DPP-4の阻害活性を測定するために、市販のキット(例えばDPPIV drug discovery kit (Enzo Life Sciences, Inc.))を用いてもよい。発酵条件は当業者が通常の知識を用いて、あるいは通常の実験を行うことにより決定することができる。乳へのきのこの接種は、あらかじめ作成しておいた種培養を原料乳に添加することにより行ってもよく、きのこの菌体を直接原料乳に添加することにより行ってもよい。
【0021】
本発明の発酵乳は、きのこにより発酵された乳そのままであってもよく、きのこにより発酵された乳を濃縮、希釈、乾燥などの処理・加工に付したものであってもよい。これらの処理・加工は当業者に公知であり、公知の方法により行うことができる。したがって、本発明の発酵乳の形態はいずれの形態であってもよく、特に限定されない。本発明の発酵乳の形態は液体であってもよく、あるいは粉末、顆粒、フレーク、ブロックなどの固体、ゲル、ペースト、クリームなどの半固体であってもよい。
【0022】
本明細書において、DPP-4を阻害するとは、DPP-4活性を少なくとも30%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上阻害することをいう。DPP-4を阻害することは、DPP-4活性を検知可能レベル以下にすることも包含する。DPP-4活性の測定方法は公知であり、市販のキット(例えばDPPIV drug discovery kit (Enzo Life Sciences, Inc.))を用いて測定してもよい。好ましくは、本発明の発酵乳は50倍希釈した場合に、1μMの指標阻害剤(P32/98、下式参照)と同等以上のDPP-4阻害活性を示す。より好ましくは、本発明の発酵乳は100倍希釈した場合に、1μMのP32/98と同等以上のDPP-4阻害活性を示す。
【化1】
【0023】
本明細書において、血糖値の低下とは、本発明の発酵乳を対象が摂取した後の血糖値が、本発明の発酵乳を摂取する前の血糖値と比べて低くなることをいう。好ましくは、血糖値の低下は、正常範囲よりも高い血糖値を正常範囲または正常範囲付近にまで低下させることをいう。
【0024】
本明細書において、2型糖尿病を治療するとは、対象における上昇した血糖値を正常範囲またはその付近まで低下させることのほか、2型糖尿病の1つ以上の症状を緩和することおよび無くすことを包含する。2型糖尿病の症状の例としては、多渇症、多尿症、体重減少、多食症、疲労感、傷が治りにくいなどが挙げられるが、これらに限定されない。本明細書において、2型糖尿病を予防するとは、2型糖尿病の発症を阻止すること、2型糖尿病が発症しにくくすること、発症しても軽症で済むようにすること、および動脈硬化、網膜症、腎症、神経障害などの合併症を発症しにくくすることを包含する。
【0025】
本発明は、さらなる態様において、本発明の発酵乳を含む、対象におけるDPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる食品組成物を提供する。
【0026】
本発明は、さらにもう1つの態様において、本発明の発酵乳を含む、対象におけるDPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる医薬組成物を提供する。
【0027】
本発明は、さらなる態様において、本発明の発酵乳を食品または食品素材、あるいは担体または賦形剤に含有させることを特徴とする、対象におけるDPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる食品組成物の製造方法を提供する。
【0028】
きのこを用いて乳を発酵させて得られる発酵乳を含有させる食品は、いかなる種類の食品であってもよく、またいかなる種類の飲料であってもよく、特に限定されない。きのこを用いて乳を発酵させて得られる発酵乳を含有させる食品素材についても、いかなる種類の食品素材であってもよく、特に限定されない。食品素材は、食品を製造するために処理・加工される素材であり、食品の原料も含まれる。
【0029】
本発明の発酵乳を食品または食品素材、あるいは担体または賦形剤に含有させる方法は公知であり、撹拌、混合、混練などが例示されるが、これらに限定されず、適宜選択することができる。また、混合等のための手段も公知であり、適宜選択して用いることができる。
【0030】
本発明の食品組成物はあらゆる形態の飲食物であってよく、乳飲料、ジュースなどの液体であってもよく、粉末、顆粒、塊状、棒状、板状のごとき固体であってもよく、ペースト、クリームなどの半固体であってもよい。本発明の食品組成物を固体、液体または半固体として調製する方法は公知である。本発明の発酵乳をそのまま食品組成物として提供してもよく、あるいは本発明の発酵乳を飲料、菓子、あるいはクリーム、チーズなどの乳製品などに含ませた食品組成物を製造してもよい。本発明の発酵乳を乳製品以外の食品に含ませた食品組成物を製造してもよい。
【0031】
本発明の発酵乳や食品組成物はサプリメントであってもよい。サプリメントの製造方法は公知であり、製薬分野で公知の担体や賦形剤を用いて製造してもよい。サプリメントは、ドリンク剤、濃縮液のごとき液剤、錠剤、粉末や顆粒あるいはドロップのごとき固形剤、クリーム、ペースト、ゲルのごとき半固形剤、あるいはカプセル剤などとして製造することができる。本発明の発酵乳をクロマトグラフィー法などの公知の方法により分画し、DPP-4阻害活性、血糖値低下活性または2型糖尿病の治療および/または予防活性の高い1またはそれ以上の画分を用いて、該画分を含む食品組成物を製造してもよい。食品組成物という場合、特定保健用食品や機能性表示食品も包含する。
【0032】
本発明は、さらなる態様において、本発明の発酵乳を医薬上許容される担体または賦形剤に含有させることを特徴とする、対象におけるDPP-4を阻害するため、血糖値を低下させるため、ならびに/あるいは2型糖尿病を治療および/または予防するために用いられる医薬組成物の製造方法を提供する。
【0033】
医薬上許容される担体や賦形剤は製薬分野で公知のものを用いることができる。本発明の医薬組成物は、混合、粉砕、充填、打錠などの公知のプロセスにより製造することができる。着色料、香料、甘味料などの公知の添加物を本発明の医薬組成物に用いてもよい。
【0034】
本発明の発酵乳を医薬上許容される担体や賦形剤に含有させる方法は公知であり、撹拌、混合、混練などが例示されるが、これらに限定されず、適宜選択することができる。また、混合等のための手段も公知であり、適宜選択して用いることができる。
【0035】
本発明の医薬組成物の剤形は特に限定されず、いずれの剤形であってもよい。錠剤、ドロップ、顆粒、粉末などの固形であってもよく、シロップなどの液体であってもよく、クリーム、ペーストのような半固体であってもよく、あるいはカプセル剤としてもよい。各種剤形の製法は公知であり、本発明の医薬組成物にも適用することができる。本発明の発酵乳をクロマトグラフィー法などの公知の方法により精製し、DPP-4阻害活性、血糖値低下活性または2型糖尿病の治療および/または予防活性の高い1またはそれ以上の画分を用いて、該画分を含む医薬組成物を製造してもよい。
【0036】
本発明の医薬組成物の投与量は、対象の2型糖尿病を治療する場合は、2型糖尿病の重さ、対象の体重、年齢、既往症、投与されている薬剤などを考慮して、通常の方法にて決定し、適宜増減することができる。例えば、最初は少量の本発明の医薬組成物を血糖値が高い対象に投与し、血糖値をモニターしながら本発明の医薬組成物の投与量を徐々に増加させていき、対象の血糖値が正常範囲またはそれに近づいたときの投与量を、適切な投与量とすることができる。本発明の医薬組成物の投与経路は、通常は経口投与である。実施例1または実施例2にて得られた発酵乳の場合、例えば成人1日あたり約50ml~約200mlを飲用してもよい。本発明の医薬組成物を2型糖尿病の予防に使用する場合、治療に用いるのと同等またはそれよりも少量の投与量としてもよい。本発明の食品組成物の摂取量についても、本発明の医薬組成物と同様に決定し、適宜増減することができる。
【0037】
本発明の発酵乳、それを含む食品組成物および/またはそれを含む医薬組成物を、インスリン、ビグアナイド、チアゾリジン、DPP-4阻害薬、スルホニル尿素、グリニド、α-グルコシダーゼ阻害薬、SGLT2阻害薬などの2型糖尿病治療薬と併用してもよい。本発明の発酵乳、それを含む食品組成物および/またはそれを含む医薬組成物を、2型糖尿病治療薬と併用することによって、2型糖尿病の治療効果を高めることができる。また、該併用によって2型糖尿病治療薬の投与量を減らすことができ、これらの薬の副作用を減じることができる。本発明の発酵物、それを含む食品組成物および/またはそれを含む医薬組成物を、食後の血糖値の急激な上昇の抑制作用が報告されている水溶性食物繊維(難消化性デキストリン等)と併用してもよい。
【0038】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0039】
実施例1 カワタケ属のきのこ(Peniophora sp.)を用いた発酵乳の製造とそのDPP-4阻害活性
カワタケ属のきのこ(Peniophora sp. YM5314株(NITE-02284))を、MYG平板培地(麦芽エキス1.0%、酵母エキス0.4%、グルコース0.4%、寒天1.5%)上で28℃にて生育させ、得られた菌糸体をオートクレーブ済みの牛乳に直接植菌し、回転振盪培養(30℃で230rpm)し、培養物の一部を経日的にサンプリングし、遠心分離(4℃、15000rpm、10分)して上清をフィルター濾過し、100倍希釈したサンプルについて、DPPIV drug discovery kit (Enzo Life Sciences, Inc.)を用いてDPP-4阻害活性を測定した。結果を
図1に示す。発酵乳は、培養10日目から24日目まで1μMの指標阻害剤(P32/98)と同等のDPP-4阻害活性を示した。
【実施例2】
【0040】
実施例2 エノキタケ属のきのこ(Flammulina velutipes)を用いた発酵乳の製造とそのDPP-4阻害活性
鳥取大学農学部附属菌類きのこ遺伝子資源研究センターが所有するエノキタケ属のきのこ(Flammulina velutipes TUFC100533株)を用いて、回転振盪培養(24℃で160rpm)の条件以外は実施例1と同様にして発酵乳を製造し、経日的サンプリングした発酵乳を100倍希釈してDPP-4阻害活性を測定した。結果を
図2に示す。発酵乳(100倍希釈)は、培養10日目から22日目まで1μMの指標阻害剤(P32/98)と同等のDPP-4阻害活性を示した。
【0041】
牛乳の代わりにきのこの培養に通常使用される培地を用いて、実施例1および2と同様の実験を行ったところ、培養物はDPP-4阻害活性を示さなかった。このことから、発酵乳中のDPP-4阻害物質は牛乳に由来するものであると考えられる。
【実施例3】
【0042】
実施例3 5種類のエノキタケ属のきのこ(Flammulina velutipes)を用いた発酵乳の製造とそのDPP-4阻害活性
5種類のエノキタケ属のきのこFlammulina velutipes NBRC 7046、Flammulina velutipes NBRC 7663、Flammulina velutipes NBRC 30490、Flammulina velutipes NBRC 30875およびFlammulina velutipes NBRC 30905を用いて、実施例2と同様にして14日間発酵を行った。サンプリングした発酵乳を100倍希釈してDPP-4阻害活性を測定した。結果を
図3に示す。いずれの菌株を用いて得られた発酵乳も、1μMの指標阻害剤(P32/98)と同等のDPP-4阻害活性を示した。
【実施例4】
【0043】
実施例4 5種類のマイタケ属のきのこ(Grifola frondosa)を用いた発酵乳の製造とそのDPP-4阻害活性
5種類のマイタケ属のきのこGrifola frondosa NBRC 4911、Grifola frondosa NBRC 7040、Grifola frondosa NBRC 30522、Grifola frondosa NBRC 30661およびGrifola frondosa NBRC 32987を用い40日間発酵を行った以外は実施例3と同様にしてDPP-4阻害活性を測定した。結果を
図4に示す。Grifola frondosa NBRC 30522を用いて得られた発酵乳以外は、1μMの指標阻害剤(P32/98)と同等のDPP-4阻害活性を示した。Grifola frondosa NBRC 30522を用いて得られた発酵乳は、1μMの指標阻害剤(P32/98)の約半分のDPP-4阻害活性を示した。
【実施例5】
【0044】
実施例5 きのこ発酵乳と市販健康食品のDPP-4阻害活性の比較
実施例1で得られたカワタケ属のきのこによる発酵乳(12日間培養)、実施例2で得られたエノキタケ属のきのこによる発酵乳(18日間培養)、血糖値の上昇抑制機能に言及している市販の茶飲料AおよびBならびに市販の乳酸菌飲料AのDPP-4阻害活性を比較した。結果を
図5に示す。本発明のきのこ発酵乳は、市販健康食品よりもはるかに強力なDPP-4阻害活性を示した。
【実施例6】
【0045】
実施例6 きのこ発酵乳中に生成されるジペプチド類のDPP-4阻害活性
実施例1で得られたカワタケ属のきのこによる発酵乳に含まれるペプチド類、および実施例2で得られたエノキタケ属のきのこによる発酵乳に含まれるペプチド類に含まれるペプチド類を分析したところ、様々なジペプチド(X-Pro、Xはアミノ酸)が見出された。これらのジペプチドのDPP-4阻害活性について調べた。比較のため、市販の乳酸菌飲料B(トクホ)に含まれるIle-Pro-ProおよびVal-Pro-ProについてもDPP-4阻害活性を調べた。各ペプチド濃度は100μg/mlとした。結果を
図6に示す。なかでもIle-Pro、Val-Pro、Met-ProおよびTyr-ProのDPP-4阻害活性が高かった。Ile-Pro-ProおよびVal-Pro-ProはDPP-4阻害活性を殆ど示さなかった。
本発明の発酵乳は多くの種類のDPP-4阻害活性を有するペプチド類を含むので、DPP-4阻害活性が高いと考えられる。
【実施例7】
【0046】
実施例7 加工乳および乳飲料を用いて得られたきのこ発酵乳のDPP-4阻害活性
牛乳のかわりに高脂肪乳、低脂肪乳、コーヒー牛乳およびフルーツ牛乳(いずれも市販品)を用いたこと以外は実施例2に記載した方法に準じ、エノキタケ発酵乳を製造した。100倍希釈したサンプルについてDPP-4阻害活性を測定した。結果を
図7に示す。高脂肪乳を用いた場合は、14日目および21日目でDPP-4阻害率が約60%で、以後減少傾向を示した。これらの結果は、牛乳を発酵させた場合と同様であった。低脂肪乳を用いた場合は、14日目でDPP-4阻害率が約60%で、以後減少傾向を示した。コーヒー牛乳を用いた場合は、28日目までDPP-4阻害活性が徐々に増加し、28日目でDPP-4阻害率は約50%であった。フルーツ牛乳を用いた場合は、28日目までDPP-4阻害活性が徐々に増加し、28日目でDPP-4阻害率は約20%であった。フルーツ牛乳を用いた場合にDPP-4阻害活性が低いのは、フルーツ牛乳中の牛乳含量が低いためと考えられた。これらの結果が発酵乳を100倍希釈して得られたものであることを考慮すると、加工乳や乳飲料を用いて得られたきのこ発酵乳は十分なDPP-4阻害活性を有するといえる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明は、食品や医薬品などの分野、特に健康食品の分野において利用可能である。