(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-12
(45)【発行日】2024-03-21
(54)【発明の名称】香りの評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/00 20060101AFI20240313BHJP
A61B 5/05 20210101ALI20240313BHJP
【FI】
G01N33/00 C
A61B5/05
(21)【出願番号】P 2020123418
(22)【出願日】2020-07-20
【審査請求日】2023-02-21
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)日本味と匂学会 第53回大会 令和1年9月17日にポスターセッションにて発表 (2)かたちシューレ2019 令和1年12月23日 予稿集 (3)かたちシューレ2019 令和1年12月23日に口頭発表 (4)日本農芸化学会2020年度(令和2年度)大会 令和2年3月5日 講演要旨集
(73)【特許権者】
【識別番号】000201733
【氏名又は名称】曽田香料株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(72)【発明者】
【氏名】高井 英司
(72)【発明者】
【氏名】青柳 隆大
(72)【発明者】
【氏名】高田 宗樹
(72)【発明者】
【氏名】市川 敬太
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-184528(JP,A)
【文献】特表2003-524468(JP,A)
【文献】松浦康之,外4名,胃電図の衛生学への応用にむけて,日本衛生学雑誌,日本,2011年,第66巻、第1号,p54-63
【文献】吉田勝俊,外1名,ランダム係数励振を受ける振り子系のカオス的挙動(決定論性の評価),日本機械学会論文集(C編),日本,2001年,67巻,663号,p3384-3389
【文献】Yasuyuki Matsuura,et al.,Comparison of Electrogastrograms in Seated and Supine Positions Using Wayland Algorithm,Advances in Science,Technology and Engineering Systems Journal,米国,2019年,Vol.4,No.4,p42-46
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00
A61B 5/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者が香気を有する評価対象試料を嗅いでいる間の胃の電気活動を測定し、得られる胃電図の時系列データの決定論性の度合いを評価し、得られる決定論性の指標を用いることによる、評価対象試料の香りの評価方法。
【請求項2】
被験者が香気を有する評価対象試料を嗅いでいる間の胃の電気活動を、2以上の異なる評価対象試料についてそれぞれ測定し、得られる胃電図の時系列データの決定論性の度合いを評価し、それぞれの評価対象試料について得られる決定論性の指標を比較することにより、評価対象試料の香りの「強さ」を判定する、香りの評価方法。
【請求項3】
決定論性の度合いの評価方法がWaylandテストであり、決定論性の指標がWaylandテストにより得られる並進誤差である、請求項2に記載の香りの評価方法。
【請求項4】
下記(1)~(5)の工程からなる、評価対象試料の香りの「嗜好性」を判定する、香りの評価方法。
(1)被験者が無臭の試料を嗅いでいる間の胃の電気活動を測定し、得られた胃電図の時系列データの決定論性の度合いを
Waylandテストで評価し、決定論性の指標
となる並進誤差E
0 transを得る工程。
(2)工程(1)で得られた胃電図の時系列データの一階時間差分データの決定論性の度合いを
Double-Waylandテストで評価し、決定論性の指標
となる並進誤差E
0’transを得る工程。
(3)同一被験者が香りを有する評価対象試料を嗅いでいる間の胃の電気活動を測定し、得られた胃電図の時系列データの決定論性の度合いを
Waylandテストで評価し、決定論性の指標
となる並進誤差E transを得る工程。
(4)工程(3)で得られた胃電図の時系列データの一階時間差分データの決定論性の度合いを
Double-Waylandテストで評価し、決定論性の指標
となる並進誤差E’transを得る工程。
(5)E
0’trans/E
0 transとE’trans/E transの値を比較することにより、評価対象試料の香りの「嗜好性」を評価する工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は香りの評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
香りを有する製品、特に飲食品、香粧品などの製品開発においては、より嗜好性の高い香りを開発する必要があり、さらに飲食品では食欲を喚起する香り、香粧品では快適度の高い香りであることも求められる。また、香りがこれらの特性を発揮するには、適切な香気強度に設計することが重要である。したがって、前記のような香気特性を評価することは、香りを有する製品の開発において必要不可欠な工程である。
【0003】
評価方法としては、官能評価が一般的である。官能評価では、被験者が香りを嗅ぎ、その香りがどの程度その特性を有していると感じたかを順位法や採点法などで数値化する。しかしながら、香りの特性を評価する官能評価では、一般的に訓練された評価者を用いるが、その訓練には時間を要することがデメリットとして挙げられる。そこで、評価者訓練の代替として、また評価の裏付けや評価に表れない無意識を探るために、香りを嗅いだ時に生体内で生じている生理応答を観察・計測する生理心理学の手法を採用することが近年試みられている。
【0004】
例えば、飲食品の風味の好ましさについての官能評価の裏付けを、生理応答などのデータで担保するために、被験者の飲食品の嚥下時における表面筋電位の波形データ及び/又は被験者の飲食品を口に入れた直後から嚥下までの咀嚼に関するデータを解析し、飲食品の官能評価データとの相関を解析することにより、生理応答データを利用して飲食品の風味の好ましさの度合いを解析できる方法が見出されている(特許文献1)。
【0005】
一方、自律神経活動測定の一つとして、腹部体表上に電極を貼付して胃の電気活動を経皮的に測定する胃電図がある。胃電図は長らくその本来の目的である胃の正常・異常の判定にしか使われてこなかったが、最近の学会発表において、香りが胃電図に与える影響についての報告がなされている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】かたちシューレ2018予稿集 8-9ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の方法で官能評価と高い相関係数を得るには、嚥下時における表面筋電位から多数のパラメーター(30弱)を必要とするため、簡便な方法ではない。また、人が意識的に行う嚥下の際のデータを活用していることから、無意識下に起こる消化器系の反応とは直結しておらず、完全な客観性を有する評価方法であるとは断言し難い。一方、非特許文献1に記載の方法は、香りの有無しか判定できず、官能評価と相関のある生体データは得られていない。
【0009】
よって、本発明の課題は、より簡便に、無意識下に起こる消化器系の反応に直結した官能評価と相関のある生体データを得て、香りの特性を客観的に評価できる香りの評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
鋭意研究の結果、本発明者らは、胃電図の決定論性を利用することで上記課題の解決に至り本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]被験者が香気を有する評価対象試料を嗅いでいる間の胃の電気活動を測定し、得られる胃電図の時系列データの決定論性の度合いを評価し、得られる決定論性の指標を用いることによる、評価対象試料の香りの評価方法。
[2]被験者が香気を有する評価対象試料を嗅いでいる間の胃の電気活動を、2以上の異なる評価対象試料についてそれぞれ測定し、得られる胃電図の時系列データの決定論性の度合いを評価し、それぞれの評価対象試料について得られる決定論性の指標を比較することにより、評価対象試料の香りの「強さ」を判定する、香りの評価方法。
[3]決定論性の度合いの評価方法がWaylandテストであり、決定論性の指標がWaylandテストにより得られる並進誤差である、[2]に記載の香りの評価方法。
[4]下記(1)~(5)の工程からなる、評価対象試料の香りの「嗜好性」を判定する、香りの評価方法。
(1)被験者が無臭の試料を嗅いでいる間の胃の電気活動を測定し、得られた胃電図の時系列データの決定論性の度合いを評価し、決定論性の指標E0 transを得る工程。
(2)工程(1)で得られた胃電図の時系列データの一階時間差分データの決定論性の度合いを評価し、決定論性の指標E0’transを得る工程。
(3)同一被験者が香りを有する評価対象試料を嗅いでいる間の胃の電気活動を測定し、得られた胃電図の時系列データの決定論性の度合いを評価し、決定論性の指標E transを得る工程。
(4)工程(3)で得られた胃電図の時系列データの一階時間差分データの決定論性の度合いを評価し、決定論性の指標E’transを得る工程。
(5)E0’trans/E0 transとE’trans/E transの値を比較することにより、評価対象試料の香りの「嗜好性」を評価する工程。
[5]工程(1)及び工程(3)の決定論性の度合いの評価方法がWaylandテスト、決定論性の指標がWaylandテストにより得られる並進誤差であり、工程(2)及び工程(4)の決定論性の度合いの評価方法がDouble-Waylandテスト、決定論性の指標がDouble-Waylandテストにより得られる並進誤差である、[4]に記載の香りの評価方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、香りの特性を客観的に評価できる香りの評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図3】並進誤差(E trans)の概念図である。
【
図5-2】官能評価の結果の因子分析を示した図である。
【
図6】胃電図のWaylandテストの結果を示した図である。
【
図7】8次元におけるE transと香りの「強さ」の散布図である。
【
図8】胃電図のDouble-Waylandテストの結果を示した図である。
【
図9】E’trans/E transからコントロールに対する嗜好度の高さを判定する方法を示した図である。
【
図10-1】胃電図のパワースペクトラム(1例)におけるピーク周波数とパワー値を示した図である。
【
図10-2】試料3点を呈示した時の胃電図のピーク周波数とパワー値を示した図である。
【
図11】試料3点を呈示した時の心拍変動解析を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、飲食品などが有する香りを、胃電気活動の決定論性の変化に基づいて、簡便にかつ客観的に評価する、香りの評価方法である。本発明の方法は、被験者の胃電図を測定し、当該胃電図の決定論性の度合いを評価して得られる決定論性の指標を用いて評価を行う。
【0015】
本発明の方法は、主に、香りの「強さ」を評価する方法と、香りの「嗜好性」を評価する方法であり、本発明における香りの「強さ」とは、主に2点以上の評価対象を比較した場合における相対的な「強さ」のことを指す。また、本発明における香りの「嗜好性」とは、「食欲(を喚起させる度合)」等の要素を含む、トータルで捉えた好ましさのことを指し、要素はこれらに限定されるものではない。
【0016】
以下に本発明についての詳細な説明を記載するが、あくまで一例であり、本発明の内容を限定するものではない。
【0017】
(胃電図測定)
胃電図測定は、主に電極、増幅部、AD変換部と演算部から構成される胃電図測定装置により実施する。測定用の単極または双極の電極を被験者の胃付近、基準電極を被験者の胃から離れた腹部に貼付し、電極から得られた信号が増幅部で増幅され、AD変換部でAD変換され、演算部で信号処理されることで胃電図が得られる。
【0018】
電極の貼付位置は、胃の電気活動である1分間に約3回の波形が計測可能であれば良く、
図1に示すような貼付位置を例示することができる。胃電図は任意の体勢で計測することができるが、胃電図への筋電図の混入を避けるために、体勢の維持が容易な座位や仰臥位が好ましく、仰臥位が更に好ましい。
【0019】
電極を装着され、胃の電気活動が測定可能な状態とされた被験者には、評価対象である香りを有する試料(評価対象試料)、又は、評価対象試料及び無臭の試料(コントロール試料)が呈示される。被験者が香りを嗅ぐ方法としては、官能試験に用いられる任意の方法を適用することができる。胃電図測定においては、被験者が腹部を極力動かさないことが望ましいため、香りを被験者に供給する装置が、被験者が定位置のまま香りを嗅げるように設けられていることが好ましい。例えば、評価対象である香りをガラス瓶に入れた脱脂綿に含浸させ、蓋を閉めた状態で被験者の鼻先に固定し、「タスク期間」の開始時に蓋を開けることで、被験者に香りを供給することができる。また、複数の香りに対する官能特性を比較する場合には、各香りの呈示時間は一定であることが望ましい。
【0020】
胃電図によって、ある香りを嗅いだ時の胃の電気活動を調べるためには、安静時と、ある香りを嗅いだ時の胃の電気活動を比較するか、無臭のサンプルを嗅いだ時と、ある香りを嗅いだ時の胃の電気活動を比較する必要がある。安静時を「レスト期間」と呼び、無臭のサンプルまたはある香りを嗅ぐ時を「タスク期間」と呼ぶ。「レスト期間」および「タスク期間」は任意の時間を設定できるが、胃電図波形は1分間に約3回と非常に低い周波数を有することから、正確な胃電図解析を行うためには5分間以上の計測が好ましく、15分間以上の計測がより好ましい。
【0021】
(胃電図の決定論性の度合いの評価)
前記で得られた胃電図の決定論性の度合いの評価には、胃電図の時系列データ又は時系列データの一階時間差分データを使用する。決定論性の度合いの評価方法としては、リアプノフ指数推定法、相関次元推定法、Waylandテスト、順列エントロピー、同方向性リカレンスプロット法などを適用できるが、ノイズの影響を受けにくく、大量のデータを必要とせずに評価できることから、Waylandテストが好ましい。
【0022】
Waylandテストは、時系列データからターケンスの埋め込み定理に基づき遅延時間座標系にアトラクターを再構成し、アトラクターの滑らかさから決定論性の度合いを定量的に評価する方法である。
【0023】
ターケンスの埋め込み定理とは、時系列データを遅延座標系に埋め込むことで、元の力学系のアトラクターを再構成する方法である。概念図を
図2に示す。具体的には、時系列データをx(k)(k = 0, 1, 2,…, n)とし(nはデータ点数)、d次元のアトラクターを再構成しようとするとき、遅延時間τを用いて、ベクトルx(i) = {x(i), x(i+τ), x(i+2τ),……, x(i+(d-1)τ)}を作る。例えば、d = 3の場合は、x(i) = {x(i), x(i+τ), x(i+2τ)}となる。遅延時間τは任意に設定できるが、例えば、x(k)の自己相関関数が1/e以下となる最小時間をτとすることができる。ベクトルx(i)を、3次元状態空間内(座標軸:x(i), x(i+τ), x(i+2τ))に順次プロットしていくと(i = 0, 1, 2,…, n)、軌跡が得られ、この軌跡の形がアトラクターと呼ばれる。
【0024】
上記のようにして再構成したアトラクターにおいて、ある時刻tにおけるアトラクター中のベクトルx(t)についてK個の最近傍ベクトルx(ti)(i = 0, 1, 2,…, K)を探す。最近傍ベクトルx(ti)のそれぞれについて、τΔtだけ時間が経過した後の位置ベクトルはx(ti+τΔt)になる(Δtはサンプリング時間)。この時、軌道の変化を差分ベクトルv(ti) = x(ti+τΔt)-x(ti)として近似的に表すことができ、差分ベクトルv(ti)の方向のばらつきを式1により算出する並進誤差(E trans)として評価する。
【0025】
【0026】
E transの統計誤差を抑えるため、無作為にM個のx(t)についてE transの中間値を求める操作をL回繰り返し、L個の中間値の平均値により並進誤差を表し、並進誤差をd次元空間まで算出する。この時、パラメーター(M, K, L, d)は任意に設定できるが、計算量などを考慮すると(M, K, L, d) = (51, 4, 10, 10)が好ましい。
【0027】
時系列データx(k)が決定論的性質を有していれば、埋め込み次元の増加につれて軌道の交差が解消されることから、並進誤差が最小となる次元がx(k)の最適な埋め込み次元であり、
図3に示すように、決定論性の程度が大きいほどE transが0に近づく。一方、x(k)が白色ノイズのような確率過程である場合は、埋め込み次元を増加させても軌道の交差は解消されず、E transは1に近い値をとる。以上のようにE transの値を算出することで、時系列の決定論性の度合いが定量的に評価でき、このE transの値を決定論性の指標とする。
【0028】
香りの「嗜好性」の評価には、前述のWaylandテストの他、Double-Waylandテストで得られる決定論性の指標も用いる。Double-Waylandテストは、
図4に示すように時系列データx(k)(k = 0, 1, 2,…, n)の一階時間差分データx(k) - x(k-1)についてWaylandテストと同様のアルゴリズムにより並進誤差(E’trans)を求め、このE’transの値を決定論性の指標とする。Double-Waylandテストは時間差分をとることにより、重畳された低周波ノイズの影響を除去することで、決定論性の度合いをより感度高く評価できる手法である。
【0029】
胃電図波形の決定論性の度合いを評価する前には、胃電図波形に重畳した胃の電気活動以外の信号を除去する目的で、ローパスフィルター、ハイパスフィルター、バンドバスフィルターなどを施すことができる。例えば、心電図や呼吸由来の信号を除去するために0.15 Hzのローパスフィルターおよび低周波ノイズを除去するために0.015 Hzのハイパスフィルター、あるいは0.015~0.15 Hzのバンドパスフィルターを施すことが望ましい。
【0030】
(香りの「強さ」の評価)
後述の実施例に記載のとおり、「香りの強さ」はE transの値と相関を示すことから、各評価対象試料のE transの値が香りの「強さ」の客観的指標となり、評価対象試料間での香りの「強さ」を比較評価することができる。
【0031】
(香りの「嗜好性」の評価)
後述の実施例に記載のとおり、香りの「嗜好性」はE’trans/E transと連動することから、各評価対象試料のE’trans/E transの値が、香りの「嗜好性」の客観的指標となり、コントロール試料のE’trans/E transの値と比較することで、評価対象試料間での香りの「嗜好性」を比較評価することができる。
【実施例】
【0032】
(実施例)
バニラの香気を有する表1に記載する処方の香料組成物(バニラフレーバー)を2段階の濃度(低濃度試料、高濃度試料)で調製し評価対象試料とした。また、溶媒のみからなる香料組成物をコントロール試料とした。これら3点の試料を20代の健常男性8名の被験者に呈示し、胃電図測定および官能評価を行った。
【0033】
【0034】
[胃電図の測定]
アナログ生体アンプBiotop mini(イーストメディック社製)を用い、レスト期間を20分間、タスク期間を20分間とし、レスト期間の開始からタスク期間の終了までの計40分間、胃電図の測定を行った。
【0035】
[官能評価]
胃電図測定のタスク期間終了後に官能評価を実施した。評価項目は香りの「強さ」「嗜好度」「快適度」「食欲」「熟知度」とし、視覚的アナログ尺度により0.0~10.0点で点数化した。なお、試料の呈示順はランダムとした。
【0036】
[官能評価の結果]
官能評価の結果およびその因子分析を
図5に示した。香りの「強さ」は試料濃度に比例した。一方、香りの「嗜好性」に関連する「嗜好度」「快適度」「食欲」の項目は高濃度試料より低濃度試料で高い評価となった。また、因子分析の結果、第一因子は香りの「嗜好性」を、第二因子は香りの「強さ」を示すことが示唆された。
【0037】
[胃電図の解析]
40分間測定した胃電図波形をレスト期間とタスク期間の20分間ずつに分割し、タスク期間の20分間の胃電図波形について並進誤差(E transおよびE’trans)を算出した。
【0038】
[Waylandテストの結果]
胃電図のWaylandテストの結果を
図6に示した。E transの値はコントロール試料、低濃度試料、高濃度試料の順で増加しており、官能評価における香りの「強さ」と連動した。また、埋め込み次元が8次元以上でE transが横ばいとなり、胃電図波形のアトラクターは8次元であると推測されたことから、8次元におけるE transと香りの「強さ」のスピアマンの順位相関係数を求めたところ、
図7に示した通り、ρ=0.878(p<0.05)と有意な正の相関がみられた。さらに、一般化線形回帰により求めた回帰式:y=25.21x-13.51(r
2=0.756)を用いて、E transから香りの「強さ」が推定できる。
【0039】
[Double-Waylandテストの結果]
胃電図のDouble-Waylandテストの結果を
図8に示した。埋め込み次元が5次元以上でE’transが横ばいとなり、時間差分データのアトラクターは5次元であると推測された。低濃度試料はコントロール試料と比較して有意にE’transが高く、有意差はないものの高濃度試料はコントロール試料よりE’transが高くなる傾向がみられた。前述のとおり、E transは「香りの強さ」を反映していると考えられることから、この影響を除くためにE’transをE transで除した値(E’trans/E trans)を算出した(
図9)。その結果、E’trans/E transの値は高濃度試料、コントロール試料、低濃度試料の順となった。前述の官能評価の結果より、低濃度試料は高濃度試料と比較して「嗜好性」が高いことから、評価対象試料のE’trans/E transの値がコントロール試料の同じ値より高いと、評価対象試料の香りは「嗜好性」が高く、低いと、評価対象試料の香りは「嗜好性」が低いと判別できる。
【0040】
(比較例1)
[胃電図の周波数解析]
実施例で測定した胃電図について、周波数解析を行った。胃電図波形をレスト期間とタスク期間の20分間ずつに分割し、タスク期間の20分間の胃電図波形について周波数解析を行った。周波数解析は、胃電図波形に重畳した心電図やノイズを除去する目的で0.015~0.15 Hzのバンドパスフィルターを施した後、高速フーリエ変換(FFT)により行った。得られたパワースペクトラムから、ピーク周波数とパワー値を読み取り解析結果とした。パワースペクトラム(1例)、試料3点を呈示した時の胃電図のピーク周波数とパワー値を
図10に示した。
図10のとおり、呈示した試料によらずピーク周波数とパワー値に変化はみられなかった。実施例1で示したように、試料3点は官能評価において有意に異なっていることが確認されていることから、胃電図の周波数解析から評価対象試料の香りを判別することはできなかった。
【0041】
(比較例2)
[心電図測定]
実施例と同じ被験者および香りの呈示条件において、胃電図の代わりに心電図を測定した。測定にはアナログ生体アンプBiotop mini(イーストメディック社製)を用いた。
【0042】
[心電図解析]
心電図を20分間毎(レスト期間とタスク期間)に時系列データを分割し、タスク期間のR-R間隔からFFTによる心拍変動解析と心拍数の算出を行った。心拍変動解析については、0.04~0.15 Hzを低周波数帯域(LF)、0.15~0.4 Hzを高周波数帯域(HF)とし、LF/HFの値を交感神経活動、HFの値を副交感神経活動の指標とした。試料3点を呈示した時の心拍変動解析を
図11に示した。
図11に示したとおり、HFおよびLF/HFの両方において、試料濃度による有意な差は確認されなかった。実施例で示したように、試料3点は官能評価においては有意に異なっていることが確認されていることから、心拍変動解析から評価対象試料の香りを判別することはできなかった。