(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-12
(45)【発行日】2024-03-21
(54)【発明の名称】車両のトラクション制御装置
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20240313BHJP
B60L 7/24 20060101ALI20240313BHJP
B60T 8/175 20060101ALI20240313BHJP
【FI】
B60L15/20 Y
B60L7/24 D
B60L15/20 K
B60T8/175
(21)【出願番号】P 2020066534
(22)【出願日】2020-04-02
【審査請求日】2023-01-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】100140486
【氏名又は名称】鎌田 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100170058
【氏名又は名称】津田 拓真
(72)【発明者】
【氏名】執行 正勝
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 卓
(72)【発明者】
【氏名】藤田 好隆
(72)【発明者】
【氏名】山下 智弘
(72)【発明者】
【氏名】長坂 学
(72)【発明者】
【氏名】矢野 正雄
(72)【発明者】
【氏名】鵜飼 壮太
【審査官】清水 康
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-033611(JP,A)
【文献】特開2005-344673(JP,A)
【文献】特開2017-158337(JP,A)
【文献】特開2012-057639(JP,A)
【文献】特開2010-173340(JP,A)
【文献】特開平05-125970(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 1/00 - 3/12
B60L 7/00 - 13/00
B60L 15/00 - 58/40
B60T 8/17 - 8/1769
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両(10)の駆動輪(11,12)に駆動力又は制動力を付与する電動モータ(20)を備え、前記駆動輪がスリップした際に前記電動モータの出力トルクを制御することにより前記駆動輪のスリップを抑制する車両のトラクション制御装置であって、
前記駆動輪のスリップを検出するスリップ検出部(510)と、
前記電動モータを制御するモータ制御部(520)と、
前記車両の右駆動輪の車輪速と前記車両の左駆動輪の車輪速との差に基づいて前記右駆動輪及び前記左駆動輪の差動回転を制限する差動制限部(23,31,32,511)と、を備え、
前記車両の左右の駆動輪で路面摩擦係数が異なる路面を所定の路面とするとき、
前記モータ制御部は、
前記駆動輪がスリップしていることを検知した際に、前記電動モータの回転速度を目標回転速度に追従させる回転速度フィードバック制御の実行により前記電動モータの出力トルクを制御し、
前記駆動輪がスリップしていることを検知した際に前記車両の走行路が前記所定の路面であるか否かを判定し、前記車両の走行路が前記所定の路面であると判定した場合には、前記車両の走行路が前記所定の路面でないと判定した場合よりも、前記目標回転速度をより大きい値に設定
し、
前記車両の速度が所定速度以下である場合には、前記所定の路面の判定を禁止する
車両のトラクション制御装置。
【請求項2】
前記右駆動輪の車輪速を検出する第1回転速度検出部(41)と、
前記左駆動輪の車輪速を検出する第2回転速度検出部(42)と、を更に備え、
前記モータ制御部は、前記右駆動輪の車輪速と前記左駆動輪の車輪速との差に基づいて、前記車両の走行路が前記所定の路面であるか否かを判定する
請求項1に記載の車両のトラクション制御装置。
【請求項3】
前記差動制限部は、前記右駆動輪及び前記左駆動輪の差動回転を許容する差動機構(230)と、前記右駆動輪の車輪速と前記左駆動輪の車輪速との差に基づいてそれらの差動回転を機械的に制限する差動制限機構(231)とを有する差動装置(23)である
請求項1又は2に記載の車両のトラクション制御装置。
【請求項4】
前記差動制限部は、
前記右駆動輪に制動力を付与する第1制動部(31)と、
前記左駆動輪に制動力を付与する第2制動部(32)と、
前記右駆動輪の車輪速と前記左駆動輪の車輪速との差に基づいてそれらの差動回転を制限すべく前記右駆動輪及び前記左駆動輪のいずれか一方に制動力が付与されるように前記第1制動部及び前記第2制動部を制御する制動部制御部(511)と、からなる
請求項1又は2に記載の車両のトラクション制御装置。
【請求項5】
前記制動部制御部は、前記右駆動輪の車輪速及び前記左駆動輪の車輪速の差又は比が大きくなるほど、前記右駆動輪及び前記左駆動輪のいずれか一方に付与する制動力をより大きい値に設定する
請求項4に記載の車両のトラクション制御装置。
【請求項6】
車両(10)の駆動輪(11,12)に駆動力又は制動力を付与する電動モータ(20)を備え、前記駆動輪がスリップした際に前記電動モータの出力トルクを制御することにより前記駆動輪のスリップを抑制する車両のトラクション制御装置であって、
前記駆動輪のスリップを検出するスリップ検出部(510)と、
前記電動モータを制御するモータ制御部(520)と、
前記車両の右駆動輪の車輪速と前記車両の左駆動輪の車輪速との差に基づいて前記右駆動輪及び前記左駆動輪の差動回転を制限する差動制限部(23,31,32,511)と、を備え、
前記車両の左右の駆動輪で路面摩擦係数が異なる路面を所定の路面とするとき、
前記モータ制御部は、
前記駆動輪がスリップしていることを検知した際に、前記電動モータの回転速度を目標回転速度に追従させる回転速度フィードバック制御の実行により前記電動モータの出力トルクを制御し、
前記駆動輪がスリップしていることを検知した際に前記車両の走行路が前記所定の路面であるか否かを判定し、前記車両の走行路が前記所定の路面であると判定した場合には、前記車両の走行路が前記所定の路面でないと判定した場合よりも、前記目標回転速度をより大きい値に設定し、
前記目標回転速度が所定速度以下である場合には、前記目標回転速度を所定の回転速度以上に設定する
車両のトラクション制御装置。
【請求項7】
前記モータ制御部は、前記車両のアクセル開度が大きいほど、前記所定の回転速度をより大きい値に設定する
請求項
6に記載の車両のトラクション制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両のトラクション制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の駆動輪のスリップを抑制するトラクション制御装置としては、下記の特許文献1に記載の装置がある。特許文献1に記載のトラクション制御装置は、車両の駆動輪に駆動力を伝達する電動モータと、電動モータを制御する制御装置とを備えている。制御装置は、駆動輪がスリップしていることが検知されたときに、駆動輪のスリップを小さくさせることが可能な目標駆動輪速度を設定するとともに、実際の駆動輪の回転速度と目標駆動輪速度との偏差に基づくフィードバック制御の実行により電動モータの出力トルクを制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されるような車両では駆動輪の回転速度と電動モータの回転速度との間に相関関係がある。したがって、駆動輪がスリップしていることを検知した際に電動モータの回転速度のフィードバック制御を実行することで駆動輪のスリップを抑制することも可能である。発明者らは、電動モータの回転速度のフィードバック制御を用いたトラクション制御装置を検討している。具体的には、駆動輪がスリップしていることが検知された際に、予め定められた目標スリップ率に対応した目標回転速度を設定するとともに、電動モータの回転速度を目標回転速度に追従させる回転速度フィードバック制御の実行により電動モータの出力トルクを制御する。車両の走行路が、左右の駆動輪で路面摩擦力が異なる路面、いわゆるまたぎ路である場合に、差動装置の特性上、高μ側の駆動力も低μ側の路面との摩擦力に制限され、車両の駆動輪に必要な駆動力を発生させることができない場合がある。このような場合には差動制限装置を用いることにより、低μ側の摩擦力に制限されず高μ側に駆動力を伝達できるようになる。しかしながら、差動制限装置の差動制限は左右輪の回転数差に依存するため、このような回転数フィードバック制御を実行することで従来のトラクション制御に比べスリップ率を低く制御すると、回転数差が小さくなってしまう。これにより差動制限が充分に機能せず結果充分な駆動力を伝達できなくなってしまう懸念がある。
【0005】
具体的には、車両の走行路がまたぎ路である場合、左右の駆動輪のうち、路面摩擦係数がより高い高μ路に接地している一方の駆動輪は滑らずに、路面摩擦係数がより低い低μ路に接地している一方の駆動輪が滑ることとなる。したがって、低μ路に接地している駆動輪の車輪速は、高μ路に接地している駆動輪の車輪速よりも速くなる。一方、一般的な電動車両のように電動モータが差動装置及び駆動軸を介して左右の駆動輪に連結されているような構成では、電動モータの回転速度が左右の駆動輪のそれぞれの車輪速の平均値となる。したがって、低μ路に接地している駆動輪が滑ることによりその駆動輪の車輪速が速くなると、電動モータの回転速度が上昇することとなる。このような状況において、上述した回転速度フィードバック制御が実行されている場合、上昇した電動モータの回転速度を目標回転速度に追従させるように電動モータの出力トルクが制御されることにより、電動モータの回転数の上昇を抑えることができる。このため、制御がない場合に比べ左右の車輪速の差が小さくなる。一方、差動制限装置は左右輪の回転数差が大きいほど差動制限量を大きくすることで低μ側より高μ側への駆動力を大きくすることができる。すなわち、回転数差が小さくなることで高μ側への駆動力配分を増やすことができず、結果的に、電動モータから左右の駆動輪に伝達される駆動力が低下するため、車両の発進性や加速性が悪化する等の懸念がある。
【0006】
本開示は、こうした実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、左右の駆動輪で路面摩擦係数が異なる所定の路面において駆動輪がスリップした場合であっても、より的確に駆動輪の駆動力を確保することのできる車両のトラクション制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する車両のトラクション制御装置は、車両(10)の駆動輪(11,12)に駆動力又は制動力を付与する電動モータ(20)を備え、駆動輪がスリップした際に電動モータの出力トルクを制御することにより駆動輪のスリップを抑制する。トラクション制御装置は、駆動輪のスリップを検出するスリップ検出部(510)と、電動モータを制御するモータ制御部(520)と、車両の右駆動輪の車輪速と車両の左駆動輪の車輪速との差に基づいて右駆動輪及び左駆動輪の差動回転を制限する差動制限部(23,31,32,511)と、を備える。モータ制御部は、駆動輪がスリップしていることを検知した際に、電動モータの回転速度を目標回転速度に追従させる回転速度フィードバック制御の実行により電動モータの出力トルクを制御する。車両の左右の駆動輪で路面摩擦係数が異なる路面を所定の路面とするとき、モータ制御部は、駆動輪がスリップしていることを検知した際に車両の走行路が所定の路面であるか否かを判定し、車両の走行路が所定の路面であると判定した場合には、車両の走行路が所定の路面でないと判定した場合よりも、目標回転速度をより大きい値に設定する。車両の速度が所定速度以下である場合には、所定の路面の判定を禁止する。
上記課題を解決する他の車両のトラクション制御装置は、車両(10)の駆動輪(11,12)に駆動力又は制動力を付与する電動モータ(20)を備え、駆動輪がスリップした際に電動モータの出力トルクを制御することにより駆動輪のスリップを抑制する。トラクション制御装置は、駆動輪のスリップを検出するスリップ検出部(510)と、電動モータを制御するモータ制御部(520)と、車両の右駆動輪の車輪速と車両の左駆動輪の車輪速との差に基づいて右駆動輪及び左駆動輪の差動回転を制限する差動制限部(23,31,32,511)と、を備える。モータ制御部は、駆動輪がスリップしていることを検知した際に、電動モータの回転速度を目標回転速度に追従させる回転速度フィードバック制御の実行により電動モータの出力トルクを制御する。車両の左右の駆動輪で路面摩擦係数が異なる路面を所定の路面とするとき、モータ制御部は、駆動輪がスリップしていることを検知した際に車両の走行路が所定の路面であるか否かを判定し、車両の走行路が所定の路面であると判定した場合には、車両の走行路が所定の路面でないと判定した場合よりも、目標回転速度をより大きい値に設定する。目標回転速度が所定速度以下である場合には、目標回転速度を所定の回転速度以上に設定する。
【0008】
この構成によれば、車両の走行路が所定の路面である場合、電動モータの目標回転速度がより大きい値に設定されるため、電動モータの回転速度がより速くなる。そのため、右駆動輪の車輪速と左駆動輪の車輪速との差がより大きくなる。結果として差動制限部により右駆動輪及び左駆動輪の差動回転が制限され易くなる。右駆動輪及び左駆動輪の差動回転が制限されることにより、スリップしている一方の駆動輪に実質的に制動力が付与されるとともに、その分だけ他方の駆動輪に電動モータから伝達されるトルクが増加する。したがって、より的確に駆動輪の駆動力を確保することができる。
【0009】
なお、上記手段、特許請求の範囲に記載の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示す一例である。
【発明の効果】
【0010】
本開示の車両のトラクション制御装置によれば、左右の駆動輪で路面摩擦係数が異なる所定の路面において駆動輪がスリップした場合であっても、より的確に駆動輪の駆動力を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、第1実施形態の車両の概略構成を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、第1実施形態の車両の電気的な構成を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、第1実施形態のトラクション制御装置により実行される処理の手順を示すフローチャートである。
【
図4】
図4は、路面の摩擦係数μとスリップ率Sとの関係を示すグラフである。
【
図5】
図5(A),(B)は、比較例の車両におけるモータジェネレータの目標回転速度ωm*、モータジェネレータの実回転速度ωm、各駆動輪の車輪速ωw11,ωw12、及びスリップ状態の検知の有無の推移を示すタイミングチャートである。
【
図6】
図6(A)~(C)は、第1実施形態の車両におけるモータジェネレータの目標回転速度ωm*、モータジェネレータの実回転速度ωm、各駆動輪の車輪速ωw11,ωw12、またぎ路の検知の有無、及びスリップ状態の検知の有無の推移を示すタイミングチャートである。
【
図7】
図7は、第1実施形態の第1変形例のトラクション制御装置により実行される処理の手順を示すフローチャートである。
【
図8】
図8は、第2実施形態のトラクション制御装置により実行される処理の手順を示すフローチャートである。
【
図9】
図9(A)~(C)は、第2実施形態の車両におけるモータジェネレータの目標回転速度ωm*、モータジェネレータの実回転速度ωm、各駆動輪の車輪速ωw11,ωw12、またぎ路の検知の有無、及びスリップ状態の検知の有無の推移を示すタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、車両のトラクション制御装置の実施形態について図面を参照しながら説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の符号を付して、重複する説明は省略する。
<第1実施形態>
はじめに、第1実施形態の車両のトラクション制御装置について説明する。まず、本実施形態のトラクション制御装置が搭載される車両の概略構成について説明する。
【0013】
図1に示される本実施形態の車両10は、モータジェネレータ20と、インバータ装置21と、電池22と、差動装置23とを備えている。車両10は、モータジェネレータ20の動力に基づいて走行する、いわゆる電動車両である。
インバータ装置21は、電池22に蓄えられている直流電力を三相交流電力に変換するとともに、変換された三相交流電力をモータジェネレータ20に供給する。
【0014】
モータジェネレータ20は電動機及び発電機として動作する。モータジェネレータ20は、電動機として動作する場合、インバータ装置21から供給される三相交流電力に基づいて駆動する。そのモータジェネレータ20の駆動力が差動装置23及び駆動軸24を介して車両10の右前輪11及び左前輪12に伝達されることにより右前輪11及び左前輪12が回転して、車両10が走行する。車両10では、右前輪11及び左前輪12が駆動輪として機能し、右後輪13及び左後輪14が従動輪として機能する。したがって、本実施形態では、右前輪11が右駆動輪に相当し、左前輪12が左駆動輪に相当する。また、モータジェネレータ20が電動モータに相当する。
【0015】
モータジェネレータ20は、車両の制動時に発電機として動作する。具体的には、車両10の制動時、右前輪11及び左前輪12に加わる制動力が駆動軸24及び差動装置23を介してモータジェネレータ20に入力される。モータジェネレータ20は、この右前輪11及び左前輪12から逆入力される動力に基づいて発電する。モータジェネレータ20により発電される三相交流電力はインバータ装置21により直流電力に変換されて電池22に充電される。
【0016】
差動装置23は差動機構230と差動制限機構231とを備えている。差動機構230は、複数の回転要素の組み合わせにより構成されるものであって、右前輪11及び左前輪12のそれぞれの回転速度に差が生じた際に、その回転速度差を吸収しつつ、モータジェネレータ20から伝達される駆動力を右前輪11及び左前輪12に振り分けて伝えるように構成されている。差動制限機構231は、右前輪11及び左前輪12のそれぞれの回転速度の差が所定の回転速度以上になった際に、差動機構230のいずれかの回転要素に摩擦力を作用させることによりその回転要素に差動制限トルクを付与し、右前輪11及び左前輪12の差動回転を機械的に制限するように構成されている。なお、差動制限機構231は、右前輪11及び左前輪12のそれぞれの回転速度の差が大きくなるほど、差動制限トルクを大きくするような構成を有するものであってもよい。
【0017】
車両10の車輪11~14には摩擦ブレーキ装置31~34がそれぞれ設けられている。摩擦ブレーキ装置31~34は、各車輪11~14と一体となって回転する回転体に摩擦力を付与することにより各車輪11~14に制動力を付与する装置である。
次に、車両10の電気的な構成について説明する。
【0018】
図2に示されるように、車両10は、車輪速センサ41~44と、加速度センサ45と、ヨーレートセンサ46と、アクセル開度センサ47と、ESC-ECU(Electronic Stability Control-Electronic Control Unit)51と、EV-ECU(Electric Vehicle-Electronic Control Unit)52と、MG-ECU(Motor Generator-Electronic Control Unit)53とを備えている。各ECU51~53は、CPUやメモリ等を有するマイクロコンピュータを中心に構成されている。
【0019】
図1に示されるように、車輪速センサ41~44は車輪11~14にそれぞれ設けられている。車輪速センサ41~44は、車輪11~14のそれぞれの回転速度である車輪速ωw11~ωw14を検出するとともに、検出された車輪速ωw11~ωw14に応じた信号を
図2に示されるようにESC-ECU51に出力する。本実施形態では、一方の駆動輪である右前輪11の車輪速ωw11を検出する車輪速センサ41が第1回転速度検出部に相当し、他方の駆動輪である左前輪12の車輪速ωw12を検出する車輪速センサ42が第2回転速度検出部に相当する。
【0020】
加速度センサ45は車両10の横加速度を検出するとともに、検出された横加速度に応じた信号をESC-ECU51に出力する。
ヨーレートセンサ46は、車両10の垂直軸周りの角速度であるヨーレートを検出するとともに、検出されたヨーレートに応じた信号をESC-ECU51に出力する。
【0021】
アクセル開度センサ47は、車両10のアクセルペダルの踏み込み量に相当するアクセル開度を検出するとともに、検出されたアクセル開度に応じた信号をEV-ECU52に出力する。
ESC-ECU51は、そのメモリに予め記憶されたプログラムを実行することにより、車両10の姿勢を安定させるための車両挙動制御を実行する。車両挙動制御とは、例えば車両10の横滑りを抑制する横滑り防止制御である。具体的にはESC-ECU51はスリップ検出部510とブレーキ制御部511とを備えている。スリップ検出部510は、加速度センサ45により検出される車両10の横加速度、及びヨーレートセンサ46により検出される車両10のヨーレートに基づいて車両10にオーバーステアやアンダーステアが発生しているか否かを判定する。スリップ検出部510によりオーバーステアやアンダーステアが検知された場合、ブレーキ制御部511は、摩擦ブレーキ装置31~34により各車輪11~14に制動力を付与することにより、理想の走行状態に近づけるように車両10の姿勢を自動制御する。
【0022】
MG-ECU53は、そのメモリに予め記憶されたプログラムを実行することにより、モータジェネレータ20を統括的に制御する。例えば、MG-ECU53は、EV-ECU52からの要求に基づいてインバータ装置21を駆動させることによりモータジェネレータ20を制御する。MG-ECU53は、例えばモータジェネレータ20の出力トルクの指令値であるトルク指令値をEV-ECU52から受信すると、そのトルク指令値に応じた動力がモータジェネレータ20から出力されるようにインバータ装置21を駆動させる。また、MG-ECU53は、車両10の制動時には、モータジェネレータ20の回生発電により発電される電力が電池22に充電されるようにインバータ装置21を駆動させる。
【0023】
なお、モータジェネレータ20には、その回転速度を検出する回転センサ200が設けられている。回転センサ200は、モータジェネレータ20の回転速度ωmを検出するとともに、検出された回転速度ωmに応じた信号をMG-ECU53に出力する。MG-ECU53は回転センサ200の出力信号に基づいてモータジェネレータ20の回転速度ωmの情報を取得することが可能である。
【0024】
EV-ECU52は、そのメモリに予め記憶されたプログラムを実行することにより、車両10の走行を統括的に制御する。EV-ECU52はモータ制御部520を備えている。モータ制御部520は、例えばアクセル開度センサ47により検出されるアクセル開度等に基づいて、モータジェネレータ20の出力トルクの目標値であるトルク指令値を設定するとともに、設定されたトルク指令値をMG-ECU53に送信する。これによりMG-ECU53が、トルク指令値に対応したトルクがモータジェネレータ20から出力されるようにインバータ装置21を駆動させる。このようなモータジェネレータ20のトルク制御を通じて運転者の運転要求に応じた車両10の走行が実現される。以下では、モータ制御部520が、車両10の各種状態量に基づいてトルク指令値を設定した上で、このトルク指令値に基づいてモータジェネレータ20を駆動させる制御を「トルク制御」と称する。トルク制御は、基本的には、フィードフォワード制御である。
【0025】
ESC-ECU51のスリップ検出部510は、車両10の駆動輪11,12がスリップしているか否かを監視している。EV-ECU52のモータ制御部520は、車両10の発進時又は加速時にスリップ検出部510により駆動輪11,12のスリップが検知された際に、それらのスリップを抑制するスリップ抑制制御をMG-ECU53を通じて実行する。このように、本実施形態では、車両10のスリップを抑制するトラクション制御装置50がECU51~53により構成されている。
【0026】
次に、
図3を参照して、スリップ検出部510により実行されるスリップの検知手順、及びモータ制御部520により実行されるスリップ抑制制御の手順について具体的に説明する。なお、スリップ検出部510及びモータ制御部520は、
図3に示される処理を所定の周期で繰り返し実行する。
【0027】
スリップ検出部510は、まず、ステップS10の処理として、駆動輪11,12がスリップしているか否かを判定する。スリップ判定は、例えばモータジェネレータ20の回転速度や駆動輪11,12のスリップ率を用いて行うことができる。
モータジェネレータ20の回転速度を用いてスリップ判定を行う場合、スリップ検出部510は、車輪速センサ41~44のそれぞれの出力信号に基づいて各車輪11~14の車輪速ωw11~ωw14の情報を取得する。スリップ検出部510は、取得した各車輪11~14の車輪速ωw11~ωw14から演算式等を用いて、車両10の走行速度である車体速度Vbを推定する。スリップ検出部510は、推定された現在の車体速度Vbと、予め定められたスリップ判定値Sthとから、スリップ判定値Sthに対応した駆動輪11,12のスリップ判定回転速度を演算する。スリップ検出部510は、演算された駆動輪11,12のスリップ判定回転速度から、モータジェネレータ20から駆動輪11,12までの動力伝達系の変速比等を用いることによりモータジェネレータ20のスリップ判定回転速度ωmthsを演算する。スリップ検出部510は、モータジェネレータ20の実際の回転速度ωmの情報をMG-ECU53からEV-ECU52を介して取得するとともに、取得したモータジェネレータ20の実回転速度ωmがスリップ判定回転速度ωmthsを超えることに基づいて、駆動輪11,12がスリップしていると判定する。
【0028】
また、スリップ率を用いてスリップ判定を行う場合、スリップ検出部510は、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の平均値を演算することにより駆動輪の車輪速Vωを求める。スリップ検出部510は、車体速度Vb及び駆動輪11,12の車輪速Vωから以下の式f1に基づいてスリップ率Sを演算する。
【0029】
S=(Vb-Vω)/MAX(Vb,Vω)×100 (f1)
スリップ検出部510は、式f1により演算されるスリップ率Sが、予め定められたスリップ判定値Sthを超えることに基づいて、駆動輪11,12がスリップしていると判定する。
【0030】
なお、スリップ判定値Sthは例えば以下のように定めることができる。
図4は、横軸にスリップ率Sを、縦軸に路面の摩擦係数μを取って、それらの関係を示したグラフである。路面の状態やタイヤの状態に応じてスリップ率Sと摩擦係数μとの関係は変化する。
図4では、乾燥したコンクリート路面を車両が走行している場合におけるスリップ率Sと摩擦係数μとの関係を実線LDで示し、雪道を車両が走行している場合におけるスリップ率Sと摩擦係数μとの関係を実線LSで示している。
【0031】
図4に示される各実線LD,LSを比較して明らかなように、乾燥したコンクリート路面を車両が走行している場合、及び雪道を車両が走行している場合のいずれの場合であっても、スリップ率Sが15[%]から20[%]の範囲の値であるときに摩擦係数μが最大値付近の値となる。
図4では、この摩擦係数μが最大値付近の値となる領域が「A」で示されている。スリップ判定値Sthは、例えば領域Aの範囲の値に設定することができる。あるいは、スリップ判定値Sthは、領域Aよりも小さい値に設定してもよい。
【0032】
図3に示されるように、ステップS10の処理において駆動輪11,12がスリップしていないとスリップ検出部510が判定した場合には、すなわちスリップ検出部510がステップS10の判定処理で否定的な判定を行った場合には、
図3に示される処理を一端終了する。この場合、モータ制御部520は、上述したトルク制御を継続する。
【0033】
一方、ステップS10の処理において駆動輪11,12がスリップしているとスリップ検出部510が判定した場合には、すなわちスリップ検出部510がステップS10の判定処理で肯定的な判定を行った場合には、スリップ検出部510は、ステップS11の処理として、車両10の走行路がまたぎ路であるか否かを判定する。またぎ路とは、左右の駆動輪11,12で路面摩擦係数が異なる路面を示す。具体的には、スリップ検出部510は、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差が所定値以上になることに基づいて、車両10の走行路がまたぎ路であると判定する。本実施形態では、またぎ路が所定の路面に相当する。
【0034】
ステップS11の処理において車両10の走行路がまたぎ路でないとスリップ検出部510が判定した場合には、すなわちスリップ検出部510がステップS11の判定処理で否定的な判定を行った場合には、モータ制御部520は、ステップS12の処理として、モータジェネレータ20の目標回転速度ωm*を第1目標回転速度ωmaに設定する。
【0035】
具体的には、モータ制御部520は、現在の車体速度Vbと、予め定められた第1目標スリップ率Staとから、第1目標スリップ率Staに対応した駆動輪11,12の第1目標車輪速Vωaを演算する。第1目標スリップ率Staは、車両10の走行路が均一路面である場合における駆動輪11,12のスリップ率の目標値である。第1目標スリップ率Staは、上述したスリップ判定値Sthよりも小さい値に設定されている。均一路面とは、左右の駆動輪11,12で路面摩擦係数が略同一の路面を示す。モータ制御部520は、演算された駆動輪11,12の第1目標車輪速Vωaから、モータジェネレータ20から駆動輪11,12までの動力伝達系の変速比等を用いることによりモータジェネレータ20の第1目標回転速度ωmaを演算する。モータ制御部520は、このようにして第1目標回転速度ωmaを演算した後、モータジェネレータ20の目標回転速度ωm*を第1目標回転速度ωmaに設定する。
【0036】
ステップS11の処理において車両10の走行路がまたぎ路であるとスリップ検出部510が判定した場合には、すなわちスリップ検出部510がステップS11の判定処理で肯定的な判定を行った場合には、モータ制御部520は、ステップS13の処理として、モータジェネレータ20の目標回転速度ωm*を第2目標回転速度ωmbに設定する。
【0037】
具体的には、モータ制御部520は、現在の車体速度Vbと、予め定められた第2目標スリップ率Stbとから、第1目標回転速度ωmaと同様の演算を行うことにより、第2目標スリップ率Stbに対応したモータジェネレータ20の第2目標回転速度ωmbを演算する。第2目標スリップ率Stbは、車両10の走行路がまたぎ路である状況における駆動輪11,12のスリップ率の目標値であって、第1目標スリップ率Staよりも大きい値に設定されている。モータ制御部520は、第2目標回転速度ωmbを演算した後、モータジェネレータ20の目標回転速度ωm*を第2目標回転速度ωmbに設定する。
【0038】
モータ制御部520は、ステップS12の処理又はステップS13の処理を実行した後、続くステップS14の処理として、モータジェネレータ20の回転速度フィードバック制御を実行する。具体的には、モータ制御部520は、モータジェネレータ20の実際の回転速度ωmの情報をMG-ECU53から取得するとともに、取得したモータジェネレータ20の実回転速度ωmを目標回転速度ωm*に追従させるフィードバック制御の実行によりモータジェネレータ20のトルク指令値を演算する。モータ制御部520は、演算されたトルク指令値をMG-ECU53に送信することによりモータジェネレータ20の回転速度ωmをフィードバック制御する。このフィードバック制御を「回転速度フィードバック制御」に相当する。回転速度フィードバック制御は例えばPID制御として実行される。
【0039】
スリップ検出部510は、ステップS14の処理に続くステップS15の処理として、駆動輪11,12がスリップ状態から復帰したか否かを判定する。具体的には、スリップ検出部510は、ステップS10の処理と同様にモータジェネレータ20の回転速度や駆動輪11,12のスリップ率を用いることにより駆動輪11,12がスリップ状態から復帰したか否かを判定する。スリップ検出部510は、ステップS15の処理において否定的な判定を行った場合には、すなわち駆動輪11,12がスリップ状態から復帰していない場合には、ステップS11の処理に戻る。一方、スリップ検出部510は、ステップS15の処理において肯定的な判定を行った場合には、すなわち駆動輪11,12がスリップ状態から復帰している場合には、
図3に示される一連の処理を終了する。駆動輪11,12がスリップ状態から復帰した場合、モータ制御部520は、モータジェネレータ20の制御を回転速度フィードバック制御からトルク制御に切り替える。
【0040】
次に、
図5及び
図6を参照して、比較例のトラクション制御装置と本実施形態のトラクション制御装置50とを比較してそれらの動作について具体的に説明する。
例えば車両10に発進時又は加速時に運転者がアクセルペダルを踏み込んだ直後に駆動輪11,12がスリップしたとする。このとき、車両10の走行路がまたぎ路である場合、駆動輪11,12のうち、一方の車輪が、より路面摩擦係数の高い高μ路に接地し、他方の車輪が、より路面摩擦係数の低い低μ路に接地している状況になっている。このような状況では、低μ路に接地している駆動輪がスリップすることとなる。以下では、右前輪11が高μ路に接地しており、左前輪12が低μ路に接地している場合を例に挙げて説明する。すなわち、左前輪12がスリップした場合を例に挙げて説明する。
【0041】
図5は、比較例として、左前輪12のスリップ時に目標回転速度ωm*が第1目標回転速度ωmaのみに設定された場合における車両10の動作例を示したタイミングチャートである。例えば車両10の発進時又は加速時に運転者がアクセルペダルを踏み込んだ直後の時刻t10で左前輪12のスリップがスリップ検出部510により検出されたとする。この場合、
図5(B)に示されるように時刻t10で左前輪12のスリップが検出されたとすると、モータ制御部520は、時刻t10でモータジェネレータ20の制御をトルク制御から回転速度フィードバック制御に切り替える。具体的には、モータ制御部520は、モータジェネレータ20の目標回転速度ωm*を第1目標回転速度ωmaに設定した上で、モータジェネレータ20の実回転速度ωmを目標回転速度ωm*に追従させるようにモータジェネレータ20の出力トルクを制御する。第1目標回転速度ωmaは、時刻t10以降、車両10の車体速度Vbの上昇に伴って増加するため、
図5(A)に破線で示されるように、目標回転速度ωm*は、時刻t10以降、徐々に増加する。この際、
図5(A)に実線で示されるように、モータジェネレータ20の実回転速度ωmは、左前輪12がスリップした時刻t10で左前輪12の車輪速ωw12の急峻な上昇に伴って一時的に増加した後、目標回転速度ωm*に追従するように変化する。
【0042】
一方、
図5(A)に実線で示されるように変化する目標回転速度ωm*に対して、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12が目標回転速度ωm*に追従するように変化する。具体的には、高μ路に接地している右前輪11の車輪速ωw11は車体速度Vbと略同一の速度で推移する。一方、低μ路に接地している左前輪12の車輪速ωw12は、時刻t10で左前輪12がスリップした際に瞬間的に上昇した後、第1目標スリップ率Staの倍のスリップ率に対応する速度で推移する。したがって、高μ路に接地している右前輪11の車輪速ωw11よりも、低μ路に接地している左前輪12の車輪速ωw12の方が速くなる。この時、差動装置23の作用により、高μ路に接地している右前輪11にモータジェネレータ20から伝達可能な駆動力は、低μ路に接地している左前輪12にモータジェネレータ20から伝達可能な駆動力に制限される。結果としてモータジェネレータ20から駆動輪11,12に十分な駆動力を伝達することができず、車両10の加速性や発進性が悪化する等の懸念がある。
【0043】
ところで、本実施形態の差動装置23のように、差動制限機構231が設けられていれば、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12に差が生じた際に、差動制限機構231が、高μ側に駆動力を伝達できるよう差動機構230の回転要素に差動制限トルクを付与する。差動制限機構231が差動機構230の回転要素に差動制限トルクを付与することで、より回転速度の速い左前輪12の回転が抑制される。すなわち、左前輪12には差動制限機構231により実質的に制動力が付与される。スリップしている左前輪12の回転速度の上昇が抑制される分だけ、モータジェネレータ20から右前輪11に伝達される駆動力が増加するため、駆動輪11,12の駆動力を確保することができる。
【0044】
しかしながら、モータジェネレータ20の目標回転速度ωm*を、均一路面に対応した第1目標回転速度ωmaに設定している場合、
図5(A)に一点鎖線及び二点鎖線で示されるように、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差が大きくなり難い。この場合、差動制限機構231が差動機構230に対して差動制限トルクを発生させないため、左前輪12に制動力が付与されない可能性がある。あるいは、差動制限機構231が差動機構230に対して差動制限トルクを発生させたとしても、そのトルクが小さいために、左前輪12に僅かな制動力しか付与されない可能性がある。結果として、モータジェネレータ20から右前輪11に伝達可能なトルクが増加せず、駆動輪11,12の駆動力を確保することができないおそれがある。
【0045】
この点、
図6(B),(C)に示されるように、本実施形態のトラクション制御装置50では、時刻t10で駆動輪11,12のスリップが検出された後に、時刻t11で車両10の走行路がまたぎ路であることが検出されると、モータ制御部520は、時刻t11でモータジェネレータ20の目標回転速度ωm*を第2目標回転速度ωmbに設定する。第2目標回転速度ωmbは第1目標回転速度ωmaよりも大きい値であるため、
図6(A)に破線で示されるように、時刻t11で目標回転速度ωm*が増加する。これにより、
図6(A)に実線で示されるように、モータジェネレータ20の回転速度ωmが目標回転速度ωm*に追従するように増加する。そのため、
図6(A)に一点鎖線及び二点鎖線で示されるように、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12が上昇する。結果として、
図5(A)に示される場合と比較すると、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差が大きくなるため、差動制限機構231が、より大きな差動制限トルクを差動機構230に対して発生させるようになる。すなわち、左前輪12に付与される制動力が大きくなるため、モータジェネレータ20から右前輪11に伝達可能な駆動力が増加する。よって、駆動輪11,12の駆動力を確保することができる。
【0046】
以上説明した本実施形態のトラクション制御装置50によれば、以下の(1)~(3)に示される作用及び効果を得ることができる。
(1)モータ制御部520は、駆動輪11,12がスリップしていることを検知した際に、モータジェネレータ20の回転速度ωmを目標回転速度ωm*に追従させる回転速度フィードバック制御の実行によりモータジェネレータ20の出力トルクを制御する。また、モータ制御部520は、駆動輪11,12がスリップしていることを検知した際に車両10の走行路がまたぎ路であるか否かを判定し、車両10の走行路がまたぎ路であると判定した場合には、車両10の走行路がまたぎ路でない場合よりも、目標回転速度ωm*をより大きい値に設定する。この構成によれば、車両10の走行路がまたぎ路である場合には、モータジェネレータ20の目標回転速度ωm*がより大きい値に設定されるため、モータジェネレータ20の回転速度ωmがより速くなり、結果として右前輪11の車輪速ωw11と左前輪12の車輪速ωw12との差がより大きくなる。そのため、差動装置23の差動制限機構231により右前輪11及び左前輪12の差動回転が制限され易くなる。右前輪11及び左前輪12の差動回転が制限されることにより、スリップしている一方の駆動輪に実質的に制動力が付与されるとともに、その分だけ他方の駆動輪にモータジェネレータ20から伝達される駆動力が増加する。したがって、より的確に駆動輪11,12の駆動力を確保することができる。
【0047】
(2)モータ制御部520は、右前輪11の車輪速ωw11と左前輪12の車輪速ωw12との差に基づいて、車両10の走行路がまたぎ路であるか否かを判定する。この構成によれば、車両10の走行路がまたぎ路であるか否かを容易に判定することができる。
(3)差動装置23は、右前輪11及び左前輪12の差動回転を許容する差動機構230と、右前輪11の車輪速ωw11と左前輪12の車輪速ωw12との差に基づいてそれらの差動回転を機械的に制限する差動制限機構231とを有している。この構成によれば、モータジェネレータ20の目標回転速度ωm*が第2目標回転速度ωmbに設定されることにより駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差が大きくなった際に、差動制限機構231により、スリップしている一方の駆動輪に実質的な制動力が付与されるようになる。そのため、モータジェネレータ20から他方の駆動輪に伝達される駆動力を容易に増加させることができる。
【0048】
(第1変形例)
次に、第1実施形態のトラクション制御装置50の第1変形例について説明する。
図7に示されるように、本変形例のモータ制御部520は、ステップS10の処理で肯定的な判定を行った場合、すなわち駆動輪11,12のスリップを検出した場合、ステップS16の処理として、車体速度Vbが所定速度Vtha以下であるか否かを判断する。モータ制御部520は、車体速度Vbが所定速度Vtha以下である場合には、ステップS16の処理で肯定的な判定を行い、ステップS11の処理であるまたぎ判定処理を実行せずにステップS12の処理へ進む。モータ制御部520は、車体速度Vbが所定速度Vthaを超えている場合には、ステップS16の処理で否定的な判定を行い、ステップS11以降の処理を実行する。
【0049】
次に、本変形例のトラクション制御装置50の作用及び効果について説明する。
車両10が均一路面で加速又は発進を行った場合であっても駆動輪11,12の一方がスリップする可能性がある。このような状況は車両10が低速で走行している場合に生じ易い。このような場合、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差に基づいて車両10の走行路がまたぎ路であるか否かを判定すると、均一路面で駆動輪11,12の一方がスリップした状況であるにも関わらず、車両10の走行路がまたぎ路であると誤判定するおそれがある。
【0050】
この点、本変形例のモータ制御部520は、車体速度Vbが所定速度Vtha以下である場合には、またぎ路の判定を禁止する。この構成によれば、車両10が低速で走行している状況ではまたぎ路の判定が行われることがないため、車両10の低速走行時に均一路面で駆動輪11,12の一方がスリップしたような状況において、車両10の走行路がまたぎ路であると誤判定するようなことを回避できる。
【0051】
(第2変形例)
次に、第1実施形態のトラクション制御装置50の第2変形例について説明する。
本変形例のESC-ECU51のブレーキ制御部511は、右前輪11の車輪速ωw11と左前輪12の車輪速ωw12との差が所定の回転速度以上になった際に、摩擦ブレーキ装置31,32により駆動輪11,12のいずれか一方に制動力を付与することで、それらの差動回転を制限する。本変形例では、摩擦ブレーキ装置31が、右駆動輪に制動力を付与する第1制動部に相当し、摩擦ブレーキ装置32が、左駆動輪に制動力を付与する第2制動部に相当する。またブレーキ制御部511が制動部制御部に相当する。
【0052】
なお、ブレーキ制御部511は、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差又は比が所定値以上になることに基づいて、摩擦ブレーキ装置31,32により駆動輪11,12のいずれか一方に制動力を付与するものであってもよい。あるいは、ブレーキ制御部511は、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差又は比が大きくなるほど、摩擦ブレーキ装置31,32により駆動輪11,12のいずれか一方に付与する制動力を大きくするものであってもよい。
【0053】
本変形例のような構成を有するトラクション制御装置50であっても、第1実施形態のトラクション制御装置50と同一又は類似の作用及び効果を得ることができる。また、差動装置23として、差動制限機構231を有していない差動装置を用いることができるため、差動装置23の構造の複雑化を回避することができる。
【0054】
さらに、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差又は比が大きくなるほど、摩擦ブレーキ装置31,32により駆動輪11,12のいずれか一方に付与する制動力を大きくすれば、またぎ路の低μ側の路面の摩擦係数が極端に小さい場合であっても、スリップしていない駆動輪に対してモータジェネレータ20からより確実に駆動力を伝達することができる。よって、より的確に駆動輪11,12の駆動を確保することができる。
【0055】
<第2実施形態>
次に、トラクション制御装置50の第2実施形態について説明する。以下、第1実施形態のトラクション制御装置50との相違点を中心に説明する。
図8に示されるように、本実施形態のモータ制御部520は、ステップS12の処理又はステップS13の処理を実行した後、ステップS20の処理として、目標回転速度ωm*が、予め定められた所定速度ωmtha以下であるか否かを判断する。モータジェネレータ20の目標回転速度ωm*は車両10の速度Vbと相関関係がある。したがって、ステップS20の処理は、車両10の速度Vbが所定速度以下であるか否かを判断する処理に相当する。所定速度ωmthaは、車両10が低速で走行しているか否かを判定することができるように予め実験等を通じて設定されている。
【0056】
モータ制御部520は、ステップS20の処理において、目標回転速度ωm*が所定速度ωmtha以下である場合には、ステップS20の処理で肯定判断して、続くステップS21の処理として、目標回転速度ωm*を所定速度ωmtha以上の値に設定する。なお、ステップS21の処理では、目標回転速度ωm*が所定速度ωmthaに設定されてもよいし、所定速度ωmthaよりも大きい、予め定められた速度に設定されてもよい。モータ制御部520は、ステップS20の処理に続いて、ステップS14以降の処理を実行する。
【0057】
モータ制御部520は、ステップS20の処理において、目標回転速度ωm*が所定速度ωmthaを超えている場合には、ステップS20の処理で否定的な判定を行って、ステップS14以降の処理を実行する。
次に、
図9を参照して、本実施形態のトラクション制御装置50の作用及び効果について説明する。なお、以下では、
図8に示されるステップS21の処理において目標回転速度ωm*が所定速度ωmthaに設定される場合を例に挙げて説明する。
【0058】
第1実施形態のトラクション制御装置50では、
図6(A)に示されるように、車両10の発進時又は加速時に駆動輪11,12がスリップしていることが時刻t10で検知された後、車両10の走行路がまたぎ路であると判定される時刻t11までの期間は、目標回転速度ωm*が、均一路面に対応した第1目標回転速度ωmaに設定されたままである。そのため、時刻t10から時刻t11までの期間は、スリップしている駆動輪に制動力が付与されないため、モータジェネレータ20から駆動輪11,12に伝達可能な駆動力が増加しない。結果として、発進時又は加速時に車両10の加速度が適切に上昇しないおそれがある。
【0059】
この点、本実施形態のトラクション制御装置50では、
図9(A),(C)に示されるように、車両10の発進時又は加速時に駆動輪11,12がスリップしていることが時刻t10で検知された際に目標回転速度ωm*が所定速度ωmthaに設定される。また、
図9(B)に示されるように車両10の走行路がまたぎ路であることが時刻t11で検知された後、第2目標回転速度ωmbが所定速度ωmthaを超える時刻t12までの期間は、
図9(A)に破線で示されるように目標回転速度ωm*が所定速度ωmthaに維持される。また、時刻t12で第2目標回転速度ωmbが所定速度ωmthaを超えると、目標回転速度ωm*が第2目標回転速度ωmbにスムーズに切り替わる。
【0060】
このように目標回転速度ωm*が設定されることにより、
図9(A)に破線で示されるように、時刻t10から時刻t12までの期間は、第1実施形態のトラクション制御装置50と比較すると、目標回転速度ωm*がより大きい値に設定される。そのため、
図9(A)に一点鎖線及び二点鎖線で示されるように、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差がより大きくなるため、車両10の走行路がまたぎ路であるか否かを、より的確に判定することが可能となる。また、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差がより大きくなることにより、差動制限機構231が、より大きな差動制限トルクを差動機構230に対して発生させるため、左前輪12に付与される制動力が大きくなる。したがって、モータジェネレータ20から右前輪11に伝達可能な駆動力が更に増加するため、駆動輪11,12の駆動力を確保することができる。
【0061】
なお、目標回転速度ωm*が所定速度ωmtha以下であるときに限って、すなわち車両10の速度Vbが所定速度以下の低速度であるときに限って、第1目標回転速度ωma及び第2目標回転速度ωmbよりも高い所定速度ωmthaに目標回転速度ωm*を設定することで、均一路面での背反を抑えることができる。具体的には、車両10の走行路面が、路面摩擦係数が低い均一路面である場合、目標回転速度ωm*を高い値に設定すると、駆動輪11,12がスリップし易くなるため、車両10の操舵性が悪化するおそれがある。しかしながら、車両10の速度Vbが低速度であれば、車両10が殆ど進行していないため、操舵性の悪化が表面化することはない。また、車両10が進行し始めると、駆動輪11,12のスリップ率は、摩擦係数がより低い路面に接地している駆動輪のスリップ率に収束するため、均一路面でも操舵性の悪化が問題になることはほとんどない。よって、均一路面での背反を抑えることができる。
【0062】
以上説明した本実施形態のトラクション制御装置50によれば、以下の(4)に示される作用及び効果を更に得ることができる。
(4)モータ制御部520は、目標回転速度ωm*が所定速度ωmtha以下である場合、換言すれば車両10の速度Vbが所定速度以下である場合には、目標回転速度ωm*を所定速度ωmtha以上に設定する。この構成によれば、車両10が低速で走行している状況であって、車両10の走行路がまたぎ路であるか否かを判定することが困難な状況であっても、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差を大きくすることができるため、より的確にまたぎ路を判定することが可能となる。また、差動制限部として摩擦ブレーキ装置31,32が用いられている場合には、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差を大きくすることで、摩擦ブレーキ装置31,32が作動した際の失速感を抑えることができる。
【0063】
(変形例)
次に、第2実施形態のトラクション制御装置50の変形例について説明する。
本変形例のモータ制御部520は、アクセル開度センサ47により検出されるアクセル開度に基づいて所定速度ωmthaを設定する。具体的には、モータ制御部520は、アクセル開度が大きくなるほど所定速度ωmthaをより大きい値に設定する。
【0064】
この構成によれば、アクセル開度が大きくなるほど所定速度ωmthaが大きくなるため、目標回転速度ωm*がより大きい値に設定される。これにより、駆動輪11,12のいずれか一方がスリップしている場合、駆動輪11,12のそれぞれの車輪速ωw11,ωw12の差がより大きくなるため、スリップしている一方の駆動輪に、より大きな制動力が付与されるようになる。よって、モータジェネレータ20から他方の駆動輪に伝達される駆動力を更に増加させることができる。結果的に、アクセル開度が大きくなるほど、モータジェネレータ20から駆動輪11,12に伝達される駆動力が増加する。よって、運転者の運転要求に応じた車両10の走行を実現し易くなる。
【0065】
<他の実施形態>
なお、各実施形態は、以下の形態にて実施することもできる。
・各実施形態のトラクション制御装置50は、前2輪が駆動輪の車両に限らず、後2輪が駆動輪の車両や、前2輪及び後2輪が駆動輪の車両にも適用可能である。
【0066】
・本開示に記載の各ECU51~53及びその制御方法は、コンピュータプログラムにより具体化された1つ又は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された1つ又は複数の専用コンピュータにより、実現されてもよい。本開示に記載のECU51~53及びその制御方法は、1つ又は複数の専用ハードウェア論理回路を含むプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。本開示に記載のECU51~53及びその制御方法は、1つ又は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと1つ又は複数のハードウェア論理回路を含むプロセッサとの組み合わせにより構成された1つ又は複数の専用コンピュータにより、実現されてもよい。コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。専用ハードウェア論理回路及びハードウェア論理回路は、複数の論理回路を含むデジタル回路、又はアナログ回路により実現されてもよい。
【0067】
・本開示は上記の具体例に限定されるものではない。上記の具体例に、当業者が適宜設計変更を加えたものも、本開示の特徴を備えている限り、本開示の範囲に包含される。前述した各具体例が備える各要素、及びその配置、条件、形状等は、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。前述した各具体例が備える各要素は、技術的な矛盾が生じない限り、適宜組み合わせを変えることができる。
【符号の説明】
【0068】
10:車両
11:右前輪(駆動輪)
12:左前輪(駆動輪)
20:モータジェネレータ(電動モータ)
23:差動装置(差動制限部)
31:摩擦ブレーキ装置(第1制動部,差動制限部)
32:摩擦ブレーキ装置(第2制動部,差動制限部)
41:車輪速センサ(第1回転速度検出部)
42:車輪速センサ(第2回転速度検出部)
50:トラクション制御装置
230:差動機構
231:差動制限機構
510:スリップ検出部
511:ブレーキ制御部(制動部制御部,差動制限部)
520:モータ制御部