(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-12
(45)【発行日】2024-03-21
(54)【発明の名称】濃縮湿し水組成物、湿し水組成物、それを用いた印刷物の製造方法、及び印刷物
(51)【国際特許分類】
B41N 3/08 20060101AFI20240313BHJP
【FI】
B41N3/08 101
(21)【出願番号】P 2024010773
(22)【出願日】2024-01-29
【審査請求日】2024-02-15
(31)【優先権主張番号】P 2023157977
(32)【優先日】2023-09-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000105947
【氏名又は名称】サカタインクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100151183
【氏名又は名称】前田 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 康司
(72)【発明者】
【氏名】里山 正彦
【審査官】中村 博之
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-052953(JP,A)
【文献】特開2023-056598(JP,A)
【文献】特開2022-084485(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第114590049(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41N 3/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イソチアゾリノン骨格を備えた化合物と、
ヒドロキシカルボン酸の塩とを含有する濃縮湿し水組成物であって、
前記
ヒドロキシカルボン酸の塩の含有量が0.05質量%以上0.3質量%未満であることを特徴とする濃縮湿し水組成物。
【請求項2】
前記ヒドロキシカルボン酸がリンゴ酸及び/又はクエン酸である請求項1記載の濃縮湿し水組成物。
【請求項3】
前記
ヒドロキシカルボン酸の塩がリンゴ酸ナトリウム及び/又はクエン酸ナトリウムである請求項1記載の濃縮湿し水組成物。
【請求項4】
前記
ヒドロキシカルボン酸の塩がリンゴ酸ナトリウムである請求項1記載の濃縮湿し水組成物。
【請求項5】
前記イソチアゾリノン骨格を備えた化合物が、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、2-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン及び1,2-ベンゾイソチアゾリン-3-オンからなる群より選択される請求項1記載の濃縮湿し水組成物。
【請求項6】
前記イソチアゾリノン骨格を備えた化合物が2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オンである請求項1記載の濃縮湿し水組成物。
【請求項7】
前記
ヒドロキシカルボン酸の塩の含有量が0.05質量%以上0.2質量%以下である請求項1記載の濃縮湿し水組成物。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項記載の濃縮湿し水組成物の希釈物である湿し水組成物。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか1項記載の濃縮湿し水組成物の希釈物であって、pHが5を超え9未満である湿し水組成物。
【請求項10】
請求項8記載の湿し水組成物を用いて印刷を行うことを特徴とする印刷物の製造方法。
【請求項11】
紙媒体上にインキ組成物による画像が形成され、前記紙媒体中に請求項8記載の湿し水組成物の水を除いた構成成分を含むことを特徴とする印刷物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、濃縮湿し水組成物、湿し水組成物、それを用いた印刷物の製造方法、及び印刷物に関するものである。
【0002】
オフセット印刷は、油性であるオフセット印刷用インキ組成物(以下、「インキ組成物」又は「インキ」と適宜省略する。)が水に反発する性質を利用した印刷方式であり、凹凸を備えた印刷版を用いる凸版印刷方式とは異なり、凹凸のない印刷版を用いることを特徴とする。この印刷版は、凹凸の代わりに親油性の画像部と親水性の非画像部とを備える。そして印刷に際しては、まず、湿し水によって印刷版の非画像部が湿潤されてその表面に水膜が形成され、次いでインキ組成物が印刷版に供給される。このとき、供給されたインキ組成物は、水膜の形成された非画像部には反発して付着せず、親油性の画像部のみに付着する。こうして、印刷版の表面にインキ組成物による画像が形成され、次いでそれがブランケット及び紙に順次転移することにより印刷が行われる。
【0003】
このときに用いられる湿し水の最も簡単な構成は水のみであってもよいが、水のみでは湿し水に要求される機能を十分に満足できないことも多い。例えば、湿し水の供給量が適正でないと、画像部へ十分にインキ組成物が転移せずに画像濃度が低下したり、非画像部にインキ組成物が付着して印刷汚れを生じたりして印刷トラブルとなるが、湿し水の構成が水のみでは適正供給量の範囲が狭く(これは、いわゆる「水幅が狭い」状態である。)、印刷条件が少し変化しただけで良好な印刷物を得ることが難しくなる。そこで、通常は、酸や塩基及びその塩類、界面活性剤、湿潤性水溶性樹脂といった各種添加剤を配合することで、湿し水の粘度、表面張力、pH、インキ組成物に対する乳化特性等を調整し、湿し水の適正供給量範囲の拡大を図るのが一般的である。なお、印刷の際に用いる湿し水は、通常、濃縮状態で販売及び流通されており、需要者である印刷会社は、こうした濃縮湿し水組成物を水道水やイオン交換水等で希釈することで湿し水を調製し、それを印刷に用いるのが一般的である。こうした濃縮湿し水組成物はH液(エッチ液)とも呼ばれる。
【0004】
ところで、近年では、特に新聞印刷の分野で中性湿し水の採用が盛んになっている。これまで、オフセット印刷に用いる湿し水としては、湿し水による整面性を高める等の観点から酸性やアルカリ性のものが採用されてきており、新聞印刷の分野ではアルカリ性の湿し水が広く用いられてきた。しかしながら、アルカリ性の湿し水は、使用後に不要になった湿し水を廃棄する際に排水基準を満足せず、中和処理などを施して廃棄する必要を生じる。このような背景から、上記のように新聞印刷の分野において中性湿し水の採用が拡がりつつある(例えば、特許文献1を参照)。しかしながら、上記のように、湿し水を酸性やアルカリ性としていたのはその整面性を高めるためでもあるため、湿し水を中性にするとその整面性が低下するとの弊害も生じうる。この点、特に中性湿し水において、整面性を高めるためにリンゴ酸ナトリウム等の塩を添加するとの手法を用いることがあった(例えば、特許文献1~3を参照)。
【0005】
また、中性湿し水を用いた場合は酸性やアルカリ性の湿し水を用いた場合と異なり、湿し水中で細菌や真菌などの微生物が繁殖しやすいという問題もある。湿し水中でこうした微生物が繁殖すると、湿し水を循環させるためのタンクや配管内等においてスライムやカビの発生を招き、印刷の不具合や腐敗臭の発生等といったトラブルに繋がることになる。このような問題を抑制するために、特に中性湿し水組成物にはメチルイソチアゾリノンやクロロメチルイソチアゾリノン等のような防腐剤が添加される。
【0006】
なお、本発明において、「オフセット印刷」とは、上記のように親油性の画像部と親水性の非画像部とを備えた凹凸のない印刷版を用いて行う平版印刷を意味するものとする。また、本明細書では、湿し水のことをその文脈に応じて「湿し水」と呼んだり、「湿し水組成物」と呼んだりするが、いずれもその意味は同じである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2010-120302号公報
【文献】特開2007-021806号公報
【文献】特開2008-006694号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、特に中性湿し水においては、不足しがちとなる整面性や防腐性を補うために、リンゴ酸ナトリウムのような整面剤やイソチアゾリノン系の防腐剤が用いられ、整面性や防腐性を実用的なレベルに引き上げて用いられる。ところで、湿し水は、上記のように市場で流通したり、需要者の在庫として保管されたりするときには濃縮湿し水組成物の状態とされるのが一般的である。そして、需要者は、印刷を行う際に濃縮湿し水組成物を水道水やイオン交換水で希釈して所定の濃度の湿し水を調製することになる。しかしながら、こうした濃縮湿し水組成物の状態でしばらくの間流通及び在庫された製品を希釈して湿し水として用いたときに、湿し水を循環させるためのタンクや配管内等において腐敗を生じるとのトラブル、すなわち添加した防腐剤が効果を発揮しなくなる例が散見されてきた。
【0009】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであり、濃縮湿し水組成物の状態で時間が経過したものであっても、希釈して湿し水としたときに十分な防腐性を発揮することのできる濃縮湿し水組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物を防腐剤として含む濃縮湿し水組成物において、クエン酸ナトリウムやリンゴ酸ナトリウムのようなヒドロキシカルボン酸化合物を共存させたときに、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物が変質して防腐性が著しく低下することを見出した。そして、本発明者は、濃縮湿し水組成物中におけるヒドロキシカルボン酸化合物の濃度が0.3質量%以上となる場合にこの変質を顕著に生じることを併せて見出した。本発明は、このような知見をもとに完成されたものであり、以下のようなものを提供する。
【0011】
(1)本発明は、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物と、ヒドロキシカルボン酸の塩とを含有する濃縮湿し水組成物であって、上記ヒドロキシカルボン酸の塩の含有量が0.05質量%以上0.3質量%未満であることを特徴とする濃縮湿し水組成物である。
【0012】
(2)また本発明は、上記ヒドロキシカルボン酸がリンゴ酸及び/又はクエン酸である(1)項記載の濃縮湿し水組成物である。
【0013】
(3)また本発明は、上記ヒドロキシカルボン酸の塩がリンゴ酸ナトリウム及び/又はクエン酸ナトリウムである(1)項又は(2)項記載の濃縮湿し水組成物である。
【0014】
(4)また本発明は、上記ヒドロキシカルボン酸の塩がリンゴ酸ナトリウムである(1)項~(3)項のいずれか1項記載の濃縮湿し水組成物である。
【0015】
(5)また本発明は、上記イソチアゾリノン骨格を備えた化合物が2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、2-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン及び1,2-ベンゾイソチアゾリン-3-オンからなる群より選択される(1)項~(4)項のいずれか1項記載の濃縮湿し水組成物である。
【0016】
(6)また本発明は、上記イソチアゾリノン骨格を備えた化合物が2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オンである(1)項~(5)項のいずれか1項記載の濃縮湿し水組成物である。
【0017】
(7)また本発明は、上記ヒドロキシカルボン酸の塩の含有量が0.05質量%以上0.2質量%以下である(1)項~(6)項のいずれか1項記載の濃縮湿し水組成物である。
【0018】
(8)本発明は、(1)項~(7)項のいずれか1項記載の濃縮湿し水組成物の希釈物である湿し水組成物でもある。
【0019】
(9)本発明は、(1)項~(7)項のいずれか1項記載の濃縮湿し水組成物の希釈物であって、pHが5を超え9未満である湿し水組成物でもある。
【0020】
(10)本発明は、(8)項又は(9)項記載の湿し水組成物を用いて印刷を行うことを特徴とする印刷物の製造方法でもある。
【0021】
(11)本発明は、紙媒体上にインキ組成物による画像が形成され、上記紙媒体中に(8)項又は(9)項記載の湿し水組成物の水を除いた構成成分を含むことを特徴とする印刷物でもある。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、濃縮湿し水組成物の状態で時間が経過したものであっても、希釈して湿し水としたときに十分な防腐性を発揮することのできる濃縮湿し水組成物が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の濃縮湿し水組成物の一実施形態、湿し水組成物の一実施形態、印刷物の製造方法の一実施態様、及び印刷物の一実施形態のそれぞれについて説明する。なお、本発明は、本発明は、以下の実施形態及び実施態様に何ら限定されるものでなく、本発明の範囲において適宜変更を加えて実施することができる。
【0024】
<濃縮湿し水組成物>
まずは、本発明の濃縮湿し水組成物の一実施形態について説明する。本発明の濃縮湿し水組成物は、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物を含有する濃縮湿し水組成物であって、ヒドロキシカルボン酸及び/又はその塩の含有量が0.3質量%未満であることを特徴とする。また、本発明の濃縮湿し水組成物は、この他にも濃縮湿し水組成物で用いられる各種の成分を含んでもよい。以下、各成分について説明する。
【0025】
本発明の濃縮湿し水組成物は、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物を含む。イソチアゾリノン骨格を備えた化合物は、防腐剤として本発明の濃縮湿し水組成物に添加され、この濃縮湿し水組成物が希釈されて湿し水として印刷に供される際に、その湿し水にて細菌や真菌の増殖に伴う腐敗やスライムの発生を抑制する。イソチアゾリノン骨格を備えた化合物は、下記の化学式(1)で表す骨格を備え、この骨格に各種の置換基を備えた化合物である。なお、下記のイソチアゾリノン骨格は、芳香環等の環構造が縮合して縮合環を形成していてもよい。このような縮合環を有するイソチアゾリノン骨格を備えた化合物もまた、本発明におけるイソチアゾリノン骨格を備えた化合物に含まれる。この種の化合物は、殺菌、防かび、防腐剤等として、シャンプー、化粧品、糊、各種工業製品等の防腐剤、冷却剤用殺菌剤等として広く用いられており、本発明においてはこれらのものを特に制限なく用いることができる。
【0026】
【0027】
イソチアゾリノン骨格を備えた化合物としては、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン(MIT;下記化学式(A))、5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン(CMIT;下記化学式(B))、2-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン(OIT;下記化学式(C))、4,5-ジクロロ-2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン(DCOIT;下記化学式(D))、1,2-ベンゾイソチアゾリン-3-オン(BIT;下記化学式(E))等を例示できる。これらの中でも、MITを好ましく挙げることができる。
【0028】
【0029】
濃縮湿し水組成物中のイソチアゾリノン骨格を備えた化合物の濃度としては、0.01~6質量%程度を好ましく挙げることができ、0.05~5質量%程度をより好ましく挙げられ、0.1~4質量%程度をさらに好ましく挙げられる。
【0030】
上記の通り、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物を防腐剤として含む濃縮湿し水組成物中は、場合によりその防腐性が失活してしまい、そのような濃縮湿し水組成物を希釈して湿し水として用いたときには、印刷現場における湿し水の供給系で湿し水の腐敗やスライムの発生を生じることがあった。そして、本発明者の検討によれば、そのような防腐性の失活は、濃縮湿し水組成物の成分としてヒドロキシカルボン酸やその塩を共存させたときに顕著に生じることが明らかになった。そのような失活を生じるメカニズムは、必ずしも明らかでないが、概ね次のようなものと推察される。すなわち、イソチアゾリノン骨格を有する化合物は、その酸化作用により細菌や真菌に対する殺菌作用を発現するとされており、裏を返せば酸化や還元に関する化合物の影響を受けやすいということができる。そして、ヒドロキシカルボン酸やその塩は、ヒドロキシ基やカルボキシ基といった酸化や還元に関連する置換基を備えており、場合によってはイソチアゾリノン骨格を有する化合物に対して何らかの作用をもたらす可能性が考えられる。このような可能性の一つとして、酸化作用を備えたイソチアゾリノン化合物によりヒドロキシカルボン酸のヒドロキシ基が酸化されてケト基に変換され、イソチアゾリノン化合物自体は還元されて何らかの分解物に転換されることや、その他何らかの化学変化を生じることが挙げられる。実際、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物とヒドロキシカルボン酸やその塩とを濃縮湿し水組成物中に共存させると、時間の経過とともに濃縮湿し水組成物が黄色~褐色に着色して防腐性が失われるが、ヒドロキシカルボン酸やその塩を共存させなければこのような着色は観察されず、防腐性も失われない。これらのことから、上記の着色は、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物の変質に伴って生じると考えるのが合理的である。
【0031】
本発明は、以上の知見からなされたものであり、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物を防腐剤として用いた濃縮湿し水組成物において、ヒドロキシカルボン酸及び/又はその塩の添加量を抑制することを特徴とするものである。この点、本発明者の検討によれば、濃縮湿し水組成物中のヒドロキシカルボン酸及び/又はその塩の含有量が0.3質量%未満であれば上記の失活が抑制できることが明らかになった。このことから、本発明の濃縮湿し水組成物中のヒドロキシカルボン酸及び/又はその塩の含有量は、0.3質量%未満とされる。また、この含有量は、0.2質量%以下であることが好ましい。なお、ヒドロキシカルボン酸やその塩は、湿し水に良好な整面作用を与えるのも事実である。そのため、本発明ではヒドロキシカルボン酸やその塩を0.05質量%以上用いる。この下限値としては、他に0.06質量%、0.08質量%、0.1質量%、0.13質量%程度を挙げることができる。
【0032】
なお、ヒドロキシカルボン酸とは、カルボキシ基とヒドロキシ基とを併せ持つ化合物である。ヒドロキシカルボン酸としては、脂肪族ヒドロキシカルボン酸が挙げられ、これらの中でもリンゴ酸、クエン酸、乳酸、酒石酸等が例示される。また、これらと塩を形成する金属としては、ナトリウムやカリウム等が例示される。ヒドロキシカルボン酸及び/又はその塩の典型的な例としては、リンゴ酸、クエン酸、リンゴ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等が挙げられ、特にはリンゴ酸ナトリウムが挙げられる。
【0033】
また、濃縮湿し水組成物中における、ヒドロキシカルボン酸及び/又はその塩と、上記イソチアゾリン骨格を備えた化合物との含有比としては、(ヒドロキシカルボン酸及び/又はその塩)/(イソチアゾリン骨格を備えた化合物)の質量比として、0以上0.75未満が好ましく、0.0001~0.7がより好ましく、0.0001~0.5がさらに好ましく、0.0001~0.3が特に好ましい。
【0034】
本発明の濃縮湿し水組成物は、酸性、アルカリ性及び中性のいずれでもよい。しかしながら、既に述べたように、湿し水の腐敗の問題は中性の湿し水にて顕著に発生するため、発明の効果という点からは、本発明の濃縮湿し水組成物は中性であることが好ましいといえる。中性湿し水組成物のpH範囲としては、5を超え9未満である範囲が好ましく挙げられ、5.8~8.6がより好ましく挙げられ、6.0~8.0がさらに好ましく挙げられるので、本発明の濃縮湿し水組成物は、希釈して湿し水組成物としたときのpHがこうした範囲となるようにpHを調整されることが好ましい。なお、pH調整を行うに際しては、酸や塩基をpH調整剤として添加すればよい。
【0035】
本発明の濃縮湿し水組成物には、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物や任意で添加されるヒドロキシカルボン酸の他に、濃縮湿し水組成物として一般に用いられる化合物を含んでもよい。このような化合物としては、無機酸塩、有機酸塩、水溶性樹脂、キレート剤、湿潤剤、界面活性剤、消泡剤等が挙げられる。これらのうち、無機酸塩及び有機酸塩は、整面剤として機能する成分である。なお、ここでいう有機酸塩には上記ヒドロキシカルボン酸やその塩は含まれない。
【0036】
無機酸塩としては、硝酸塩、リン酸化合物の塩、ホウ酸塩、硫酸塩、アルミニウムミョウバン等を好ましく挙げることができる。これらの塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等、及びこれらの混合した塩を好ましく挙げられる。例えば硝酸塩としては、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム、硝酸マグネシウム等が挙げられる。濃縮湿し水組成物中における無機酸塩の添加量としては、濃縮湿し水組成物全体に対して0.05~8質量%が好ましく挙げられ、0.1~5質量%がより好ましく挙げられ、0.5~3質量%がさらに好ましく挙げられる。この添加量が上記の範囲であることにより、湿し水組成物としたときの印刷適性が良好になる他、濃縮湿し水組成物としての安定性が良好なものになる。なお、これらの無機酸塩は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0037】
リン酸化合物の塩としては、リン酸、ピロリン酸、ヘキサメタリン酸、オルトリン酸、ポリリン酸、トリポリリン酸等のナトリウム塩、カリウム塩等を挙げることができる。これらの中でも、カルシウムイオン封鎖作用と整面作用を備えるヘキサメタリン酸塩を好ましく挙げられ、ヘキサメタリン酸ナトリウムをより好ましく挙げられる。
【0038】
有機酸塩としては、印刷版の非画像部へのインキ付着汚れを抑制する働きをする二塩基酸塩が好ましく挙げられ、例えば、コハク酸、シュウ酸、マレイン酸、マロン酸、アスパラギン酸等のナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等を挙げることができる。これらの中でも、整面性とカルシウムイオンの封鎖作用に優れるコハク酸塩が好ましく挙げられる。有機酸塩の添加量としては、濃縮湿し水組成物全体に対して0.25~5質量%が好ましく挙げられ、1~4質量%がより好ましく挙げられ、1~3質量%がさらに好ましく挙げられる。この添加量が上記の範囲であることにより、湿し水組成物としたときの良好な印刷適性が得られるばかりでなく、濃縮湿し水組成物としての安定性が良好なものになる。なお、これらの有機酸塩は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0039】
水溶性樹脂としては、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸マレイン酸共重合樹脂等のポリアクリル酸系樹脂;カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルエチルセルロース等のセルロース樹脂等が挙げられる。なお、樹脂分子中に含まれるカルボキシ基がナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等の塩を形成することで樹脂の水溶性が高まり、より好ましい。これらの中でも、良好な水溶性を示し、他の成分との相溶性に優れる点からポリアクリル酸ナトリウムが好ましく挙げられる。
【0040】
キレート剤は、カルシウムイオン等の金属イオンと配位結合して水溶性の錯体を形成することで金属イオンを封鎖する化合物である。キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸やニトリロ三酢酸に代表されるような、カルボキシ基を3個以上備えたものが好ましく挙げられ、このようなキレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸、ニトリロ三酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸塩、L-グルタミン酸二酢酸塩、3-ヒドロキシ-2,2’-イミノジコハク酸塩等が挙げられる。
【0041】
湿潤剤としては、これまで濃縮湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような湿潤剤の一例として、アルコール類、グリコール類又はグリセリン類等を挙げることができる。これらの湿潤剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0042】
界面活性剤としては、これまで濃縮湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような水溶性樹脂の一例として、グリセリン脂肪酸エステル系、ポリグリセリン脂肪酸エステル系、プロピレングリコール脂肪酸エステル系、ペンタエリスリトール脂肪酸エステル系、ポリオキシエチレン系(ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル類、ポリオキシエチレンポリスチリルフェニルエーテル類、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンブロックポリマー類等)等を挙げることができる。これらの界面活性剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0043】
消泡剤としては、これまで濃縮湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような消泡剤の一例として、シリコーン系消泡剤等が挙げられる。これらの消泡剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0044】
本発明の濃縮湿し水組成物を調製するには、通常、純水(イオン交換水、脱塩水)、軟水等の水に上記の銀錯体をはじめ、必要に応じて上記の各成分を添加して、撹拌機で撹拌混合すればよい。
【0045】
<湿し水組成物>
上記本発明の濃縮湿し水組成物の希釈物である湿し水組成物も本発明の一つである。この湿し水組成物は、本発明の濃縮湿し水組成物を100~250倍程度に希釈して得られるものであり、イソチアゾリノン骨格を有する化合物による防腐性がヒドロキシカルボン酸によって失われないので、この湿し水組成物を用いて印刷を行うことにより、湿し水の腐敗や、スライムやカビの発生に伴う湿し水供給設備におけるインラインフィルターやノズルでの詰まりといったトラブルが抑制される。
【0046】
本発明の湿し水組成物は、オフセット印刷用の湿し水として好ましく用いられ、pHが5を超え9未満の中性領域にあるものを好ましく挙げることができる。この場合、本発明の湿し水組成物は、法令(下水道法)で定める排水のpH基準に合致し、特に中和処理を行うことなく排水として処理することができる。なお、pH5~6の領域を弱酸性とし、pH8~9の領域を弱アルカリ性として扱う例もあるが、本発明では、法令の基準を参考に、pHが5を超え9未満の領域を中性として扱う。
【0047】
本発明の湿し水組成物は、湿し水を用いるオフセット印刷全般に適用することが可能である。このようなオフセット印刷としては、ポスター、パッケージ、書籍等の印刷等を行う商業印刷や、新聞の印刷を行う新聞印刷等を挙げることができる。また、その印刷方式も、枚葉印刷や輪転印刷等が挙げられ、特に限定されない。
【0048】
<印刷物の製造方法>
上記本発明の湿し水組成物を用いて印刷を行うことを特徴とする印刷物の製造方法も本発明の一つである。本発明の湿し水組成物は、公知の手段により印刷版へと供給され、印刷版の非画像部を湿潤することにより、その非画像部にインキ組成物が付着するのを妨げて画像を形成させる。
【0049】
<印刷物>
紙媒体上にインキ組成物による画像が形成され、その紙媒体中に上記湿し水組成物の水を除いた構成成分を含むことを特徴とする印刷物も本発明の一つである。印刷中に用いた湿し水組成物は、その一部が印刷版及びブランケットを介して印刷用紙へ転写され、その後、湿し水組成物に含まれていた水が蒸発して紙媒体中から除かれる。このため、本発明の湿し水組成物を用いて印刷された印刷物は、その湿し水組成物の水を除いた構成成分を含むことになる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例を示すことにより本発明の濃縮湿し水組成物及び湿し水組成物をさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0051】
[実施例1~5及び比較例1~10の濃縮湿し水組成物]
表1及び2に示す各材料を撹拌機で混合することで、実施例1~5及び比較例1~10の濃縮湿し水組成物を調製した。なお、表1及び2において、「界面活性剤」は、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンアルキルエーテルであり、「硝酸Na」は、硝酸ナトリウムであり、「リンゴ酸Na」は、DL-リンゴ酸ナトリウムであり、「クエン酸Na」は、クエン酸ナトリウムであり、「整面剤」は、リン酸ナトリウムであり、「MIT水溶液」は、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オンを10質量%含む水溶液である。これらのもののうち、「リンゴ酸Na」及び「クエン酸Na」がヒドロキシカルボン酸の塩に該当し、「MIT」がイソチアゾリノン骨格を備えた化合物に該当する。また、表1及び2に示す各配合量は、質量部である。
【0052】
[濃縮湿し水組成物の安定性試験]
実施例1~5及び比較例1~10の濃縮湿し水組成物のそれぞれについて、安定性に関する促進試験を行った。まず、実施例1~5及び比較例1~10のそれぞれの濃縮湿し水組成物の各々をスクリュー管に入れ、60℃の促進条件にて14日間保管した。その後、それぞれのサンプルの着色状態を目視で観察した。本試験の評価基準は以下の通りとし、その結果を表1及び2の「安定性」欄に示す。なお、濃縮湿し水組成物の着色は、それに含まれる防腐剤(すなわちイソチアゾリノン骨格を有する化合物)の変質により生じるもので、最も分解が進んだものは褐色を呈し、分解の程度が少ないものは薄い黄色を呈し、その中間のものは黄色を呈する。黄色や褐色を呈するものは、腐敗試験にて細菌の増殖を認める結果となった。
○:濃縮湿し水組成物の着色はなく、無色透明だった
△:濃縮湿し水組成物は黄色に着色していた
×:濃縮湿し水組成物は褐色に着色していた
【0053】
【0054】
【0055】
表1から理解されるように、濃縮湿し水組成物中のヒドロキシカルボン酸の塩の含有量が0.3質量%未満であれば、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物の分解に伴う着色が抑制できることがわかる。一方、表2から理解されるように、濃縮湿し水組成物中のヒドロキシカルボン酸の塩の含有量が0.3質量%以上では、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物の分解に伴う着色が観察されるようになる。分解したイソチアゾリノン骨格を備えた化合物ではもはや防腐性は期待できないため、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物を防腐剤として用いる場合には、濃縮湿し水組成物中のヒドロキシカルボン酸やその塩の含有量を0.3質量%未満にすべきであると理解される。
【要約】
【課題】濃縮湿し水組成物の状態で時間が経過したものであっても、希釈して湿し水としたときに十分な防腐性を発揮することのできる濃縮湿し水組成物を提供すること。
【解決手段】湿し水の防腐剤としてイソチアゾリノン骨格を備えた化合物を含有する濃縮湿し水組成物の場合、その濃縮湿し水組成物中のヒドロキシカルボン酸及び/又はその塩の含有量を0.3質量%未満とする必要がある。ヒドロキシカルボン酸及び/又はその塩の含有量が0.3質量%以上では、イソチアゾリノン骨格を備えた化合物が分解してしまい、防腐性が著しく低下する。
【選択図】なし