(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-13
(45)【発行日】2024-03-22
(54)【発明の名称】バクテリオファージ由来エンドライシン
(51)【国際特許分類】
C12N 15/31 20060101AFI20240314BHJP
A23K 20/147 20160101ALI20240314BHJP
A23K 50/40 20160101ALI20240314BHJP
A23L 33/195 20160101ALI20240314BHJP
A61K 38/43 20060101ALI20240314BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20240314BHJP
C11D 7/42 20060101ALI20240314BHJP
C12N 9/36 20060101ALI20240314BHJP
C12N 15/52 20060101ALI20240314BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240314BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20240314BHJP
C12N 1/15 20060101ALN20240314BHJP
C12N 1/19 20060101ALN20240314BHJP
C12N 1/21 20060101ALN20240314BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20240314BHJP
【FI】
C12N15/31 ZNA
A23K20/147
A23K50/40
A23L33/195
A61K38/43
A61P31/04
C11D7/42
C12N9/36
C12N15/52 Z
C12N15/63 Z
C12P21/02 C
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2020006483
(22)【出願日】2020-01-20
【審査請求日】2022-12-22
(73)【特許権者】
【識別番号】591281220
【氏名又は名称】日本全薬工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】内山 淳平
(72)【発明者】
【氏名】金木 真央
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-536354(JP,A)
【文献】特表2018-527933(JP,A)
【文献】特表2014-519815(JP,A)
【文献】特表2019-535258(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)~(
c)のいずれかに示す、ブドウ球菌に対するエンドライシンタンパク質。
(a) 配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク質
(c) 配列番号1に示すアミノ酸配列と
90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク
質
【請求項2】
以下の(e)~(
g)のいずれかに示す、ブドウ球菌に対するエンドライシンタンパク質。
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク質
(g) 配列番号2に示すアミノ酸配列と
90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク
質
【請求項3】
請求項1又は2に記載のエンドライシンタンパク質を含有する抗ブドウ球菌剤。
【請求項4】
ブドウ球菌感染症の治療及び/又は予防のための、請求項3に記載の抗ブドウ球菌剤。
【請求項5】
請求項3に記載の抗ブドウ球菌剤を含有する医薬品。
【請求項6】
請求項3に記載の抗ブドウ球菌剤を含有する飲食品又は飼料。
【請求項7】
請求項3に記載の抗ブドウ球菌剤を含有する抗菌洗浄剤組成物。
【請求項8】
請求項1又は2に記載のエンドライシンタンパク質をコードする遺伝子を含むポリヌクレオチド。
【請求項9】
請求項8に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項10】
請求項9に記載のベクターで形質転換された宿主細胞を培養
し、培養物から請求項1又は2に記載のエンドライシンタンパク質を回収することを含む、ブドウ球菌に対するエンドライシンタンパク質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブドウ球菌に対するバクテリオファージ由来溶菌酵素(エンドライシン)に関する。
【背景技術】
【0002】
ブドウ球菌は、スタフィロコッカス属に属するグラム陽性細菌で、ヒトや動物の皮膚や鼻腔、消化管、その他の粘膜などに常在しているほか、自然界に広く分布している。ブドウ球菌の多くは非病原性であるが、なかには黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)、腐性ブドウ球菌(Staphylococcus saprophyticus)のようにヒトに対して病原性を有するものもある。特に、コアグラーゼ陽性の黄色ブドウ球菌の病原性は高く、メチシリンのほか多くの抗生物質に耐性(多剤耐性)を示すメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus:MRSA)は、院内感染の主要な原因菌であり、抵抗力が低下した患者には重篤な症状を呈することがある。黄色ブドウ球菌はまた食中毒の代表的な原因菌である。表皮ブドウ球菌は、留置血管内カテーテルからの感染で心内膜炎や菌血症の原因となることが知られており、MRSAに比べて毒性は高くないが、多剤耐性を獲得したメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(Methicillin-Resistant Staphylococcus epidermidis: MRSE)も確認されている。ヒトのアトピー性皮膚炎では、掻痒部位から黄色ブドウ球菌が生育し、アレルゲンとなり掻痒の悪化を招くことが知られている。また、ブドウ球菌感染症は、家畜やペットに対してもその発生と伝搬は大きな問題を招いている。例えば、黄色ブドウ球菌によるウシの乳房炎はウシの疾病の中で酪農家に対して最も甚大な損失を与える。イヌではS. pseudintermedius、S. schleiferiが、膿皮症の原因となる。加えて、ヒトのアトピー同様に、S. pseudintermediusがアレルギーの病態を悪化させていることが知られている。以上のように、ブドウ球菌は、医療現場のみならず、食品製造分野や獣医療の分野においても重要視されている。
【0003】
薬剤耐性菌の出現と増加の問題は深刻化しており、G7やG20の国際会議でも取り上げられ、抗菌薬の使用量が議論されている。我が国でも、薬剤耐性(AMR)対策アクションプランが策定され、医療・蓄水産等の分野における抗菌薬の使用量の低減、主な微生物の薬剤耐性率の低減に関する数値目標の設定や、抗菌薬に依存しない代替療法の研究開発が推進されている。この代替療法の一つに、バクテリオファージ(ファージ)のゲノムにコードされる「エンドライシン」と呼ばれるペプチドグリカン分解酵素の利用がある。エンドライシンは、ファージが細菌の菌体内で増殖した後、菌体外に放出される際に使用される酵素で、細胞壁のペプチドグリカンを切断して特異的に溶菌を起こすものである。ファージ製剤において、ファージ粒子そのものを利用したものを第一世代の製剤とすると、エンドライシンを利用したものはエンドライシン耐性菌の報告がないことや、遺伝子組換え技術により容易に製造することができるため、第二世代の製剤として臨床応用に向けて研究開発が盛んに進められている。例えば、溶菌性ファージpitti26から単離されたply_pitti26と称するブドウ球菌感染症状に使用するためのポリペプチドply_pitti26 (特許文献1)、S.aureusファージφ2638aのエンドライシン(特許文献2)、ファージphi MR11由来のエンドライシンによる多剤耐性ブドウ球菌の除去(非特許文献1)、ファージ S25-3由来のエンドライシンの黄色ブドウ球菌溶菌効果とブドウ球菌性膿痂疹の治療への応用(非特許文献2)などが報告されている。欧州では、すでに、ブドウ球菌に対するエンドライシン製剤が一般薬として販売されているが、ブドウ球菌に対するエンドライシンはバリエーションが少ないというのが現状である。従って、ブドウ球菌感染症治療薬としてエンドライシン製剤を実用化する上で、十分な酵素活性を有し、大量生産のニーズに応えることのできる新規のエンドライシンが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2010-536354号公報
【文献】特許第6261086号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Rashel M., Uchiyama J., Ujihara T., Uehara Y., Kuramoto S., Sugihara S., Yagyu K., Muraoka A., Sugai M., Hiramatsu K., Honke K.,Matsuzaki S.,(2007) Efficient elimination of multidrug-resistant Staphylococcus aureus by cloned lysin derived from bacteriophage phi MR11. J Infect Dis. 196(8):1237-47
【文献】Imanishi I., Uchiyama J., Tsukui T., Hisatsune J., Ide K., Matsuzaki S., Sugai M., Nishifuji K., (2019) Therapeutic Potential of an Endolysin Derived from Kayvirus S25-3 for Staphylococcal Impetigo. Viruses, 11(9)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明は、上記実情に鑑み、ブドウ球菌属(Staphylococcus属)に対して細胞壁分解による殺菌効果を有し、かつ、製造が容易なエンドライシンを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、未分類かつゲノム配列が明らかとなっていないバクテリオファージS6を選択し、当該ファージがコードするエンドライシンの探索をした結果、新規なエンドライシンを分離することに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)以下の(a)~(d)のいずれかに示す、ブドウ球菌に対するエンドライシンタンパク質。
(a) 配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク質
(c) 配列番号1に示すアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク質
(d) 配列番号1に示すアミノ酸配列の部分配列を含み、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク質
(2)以下の(e)~(h)のいずれかに示す、ブドウ球菌に対するエンドライシンタンパク質。
(e) 配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(f) 配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク質
(g) 配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク質
(h) 配列番号2に示すアミノ酸配列の部分配列を含み、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク質
(3)(1)又は(2)に記載のエンドライシンタンパク質を含有する抗ブドウ球菌剤。
(4)ブドウ球菌感染症の治療及び/又は予防のための、(3)に記載の抗ブドウ球菌剤。
(5)(3)に記載の抗ブドウ球菌剤を含有する医薬品。
(6)(3)に記載の抗ブドウ球菌剤を含有する飲食品又は飼料。
(7)(3)に記載の抗ブドウ球菌剤を含有する抗菌洗浄剤組成物。
(8)(1)又は(2)に記載のエンドライシンタンパク質をコードする遺伝子を含むポリヌクレオチド。
(9)(8)に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
(10)(9)に記載のベクターで形質転換された宿主細胞を培養し、該培養物から(1)
又は(2)に記載のエンドライシンタンパク質を回収することを含む、ブドウ球菌に対するエンドライシンタンパク質の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ブドウ球菌属(Staphylococcus属)に対して広い抗菌スペクトルを有するファージ由来のエンドライシンタンパク質が提供される。当該エンドライシンタンパク質は、殆どのブドウ球菌種に感染可能であり、その細胞壁分解による優れた殺菌効果を有するので、抗ブドウ球菌剤の有効成分として有用である。また、当該エンドライシンタンパク質は、ファージ粒子そのものを利用するファージ製剤とは異なって、特別な製造施設を必要とせずに容易にかつ大量に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】ファージゲノム配列に基づくファージの系統樹を示す。
【
図2】黄色ブドウ球菌に対するエンドライシンの系統樹を示す(A~Eは後述の表2-1、表2-2参照)。
【
図3】精製した組換えエンドライシンのSDS-PAGE図を示す。
【
図4】組換えエンドライシン(S6 ORF93 pColdII、S6 ORF94 pColdII、S6 ORF93 pColdV)の黄色ブドウ球菌SA27のペプチドグリカンに対する分解活性測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.エンドライシンタンパク質及びその製造
本発明のエンドライシンタンパク質は、未分類かつゲノム配列が明らかとなっていないファージS6から分離した2種のエンドライシンタンパク質である。ファージS6は、殆どのブドウ球菌種に感染可能であることから、そのファージにコードされるエンドライシンは、すべてのブドウ球菌種のペプチドグリカン分解活性を有すると考えられる。
【0012】
本発明の第1のエンドライシンタンパク質は、S6 ORF93と称し、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなる。S6 ORF93は、後記実施例において詳述するブドウ球菌ファージS6のゲノム配列の97,213~98,010番目に相当する配列番号3に示すDNA配列(orf93、全長798bp)によりコードされる。
【0013】
本発明の第2のエンドライシンタンパク質は、S6 ORF94と称し、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなる。S6 ORF94は、後記実施例において詳述するブドウ球菌ファージS6のゲノム配列の98,176~99,126番目に相当する配列番号4に示すDNA配列(orf94、全長951bp)によりコードされる。
【0014】
本発明のエンドライシンタンパク質(以下、単にエンドライシンと記載する場合がある)は、ペプチドグリカン分解活性を有する。本発明において、「ペプチドグリカン分解活性」とは、ブドウ球菌の細胞壁のペプチドグリカンに結合若しくはペプチドグリカンを認識し、これを切断して特異的に溶菌を起こす活性をいう。対象となるブドウ球菌としては、黄色ブドウ球菌(スタフィロコッカス・アウレウス;Staphylococcus aureus)、表皮ブドウ球菌(スタフィロコッカス・エピデルミディス;Staphylococcus epidermidis)、腐性ブドウ球菌(スタフィロコッカス・サプロフィティクス;Staphylococcus saprophyticus)、スタフィロコッカス・ヘモリチカス(Staphylococcus haemolyticus)、スタフィロコッカス・ヒクス(Staphylococcus hyicus)、スタフィロコッカス・インターメディウス(Staphylococcus intermedius)、スタフィロコッカス・シュードインターメディウス(Staphylococcus pseudintermedius)、スタフィロコッカス・デルフィニ(Staphylococcus delfini)、スタフィロコッカス・シュレイフェリ(Staphylococcus schleiferi)等が挙げられるが、医学的及び獣医学的に重要であるブドウ球菌は、黄色ブドウ球菌及びスタフィロコッカス・シュードインターメディウスである。また、ブドウ球菌には、薬剤耐性を獲得した上記のブドウ球菌属(Staphylococcus属)の菌種も含まれる。薬剤耐性ブドウ球菌としては、例えば、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)、バンコマイシン中等度耐性黄色ブドウ球菌(VISA)、メチシリン耐性スタフィロコッカス・シュードインターメディウス群(スタフィロコッカス・インターメディウス、スタフィロコッカス・シュードインターメディウス、スタフィロコッカス・デルフィニ)、メチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)等が挙げられる。
【0015】
本発明のエンドライシンタンパク質は、上記のペプチドグリカン分解活性を有する限り、その改変タンパク質であってもよい。改変タンパク質としては、例えば、配列番号1又は配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク質、配列番号1又は配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつペプチドグリカン分解活性を有するタンパク質が包含される。
【0016】
上記の「配列番号1又は配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列」における「1若しくは数個」の範囲は特には限定されないが、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異導入法により欠失、置換、挿入及び/又は付加できる程度の数のアミノ酸をいい、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個程度を意味する。
【0017】
アミノ酸の欠失とは、配列番号1又は配列番号2に示されるアミノ酸配列の中から、任意のアミノ酸を選択して欠失させることをいう。また、アミノ酸の挿入とは、配列番号1又は配列番号2に示されるアミノ酸配列のN末端又はC末端側以外の部位に、1から数個のアミノを挿入させることをいう。アミノ酸の付加とは、配列番号1又は配列番号2に示されるアミノ酸配列のN末端又はC末端側に、1から数個のアミノを付加させることをいう。アミノ酸の置換としては、例えば保存的アミノ酸置換が挙げられる。保存的アミノ酸置換とは、疎水性アミノ酸、極性アミノ酸、酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸、分枝状側鎖を有するアミノ酸、芳香族アミノ酸のように極性、電気的性質、構造的性質などの性質が類似したアミノ酸同士の置換を指す。疎水性(非極性)アミノ酸の例は、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリンなど、極性アミノ酸の例は、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミンなど、酸性アミノ酸の例は、アスパラギン酸とグルタミン酸、塩基性アミノ酸の例は、リジン、アルギニン及びヒスチジン、分枝状側鎖を有するアミノ酸の例は、バリン、イソロイシン及びロイシン、芳香族アミノ酸の例は、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン及びヒスチジンである。好ましい保存的アミノ酸置換としては、バリンとロイシンとイソロイシン、フェニルアラニンとチロシン、リシンとアルギニン、アラニンとバリン、及びアスパラギンとグルタミンから選ばれるアミノ酸相互間の置換が挙げられる。
【0018】
また、配列番号1又は配列番号2に示すアミノ酸配列との配列同一性は、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは、98%以上の配列同一性をいう。配列同一性の値は、複数のアミノ酸配列間の同一性を演算するソフトウェア(例えば、FASTA、DANASYS、及びBLAST)を用いてデフォルトの設定で算出した値を示す。
【0019】
本発明のエンドライシンタンパク質は、たとえば精製を容易にするためのタグを含んでいてもよい。タグとしては、例えば、FLAGタグ、ポリ(His)タグ、HAタグ、Mycタグなどが挙げられるが、6xHisタグが好ましい。
【0020】
上記のアミノ酸の欠失、置換、挿入及び/又は付加は、上記エンドライシンタンパク質をコードする遺伝子を、当該技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法又は Gapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA Bio社製)やMutant-G(TAKARA Bio社製))などを用いて、LA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキット(TAKARA Bio社製)を用いて変異が導入される。
【0021】
また、改変タンパク質には、配列番号1又は配列番号2に示すアミノ酸配列の部分配列を含むタンパク質も包含される。当該部分配列は、ペプチドグリカン分解活性に関与するドメインであって、配列番号1に示すアミノ酸配列の22位~110位までの領域、183位~247位までの領域、配列番号2に示すアミノ酸配列の33位~166位までの領域、234位~298位までの領域が相当する。よって、配列番号1に示すアミノ酸配列の部分配列を含むタンパク質としては、例えば、配列番号1に示すアミノ酸配列の22位~110位までのアミノ酸配列、183位~247位までのアミノ酸配列のいずれか一方又は両方の配列を少なくとも含むタンパク質、配列番号2に示すアミノ酸配列の部分配列を含むタンパク質としては、例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列の33位~166位までのアミノ酸配列、234位~298位までのアミノ酸配列のいずれか一方又は両方の配列を少なくとも含むタンパク質が挙げられ、上記特定の領域の配列を少なくとも含んでいれば全長のアミノ酸数は問わない。このような部分タンパク質は、公知のペプチド合成法又は適当なペプチダーゼ(例えば、トリプシン、キモトリプシン、アルギニルエンドペプチダーゼ)で全長のアミノ酸配列を切断することによって製造することができる。ペプチド合成法としては、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれであってもよい。
【0022】
本発明によれば、エンドライシンタンパク質をコードする遺伝子を含むポリヌクレオチドもまた提供される。本発明のポリヌクレオチドは、特定の宿主細胞における効率的な発現のために最適化されたコーディングであることが好ましい。コドン及び/又はコドン対を最適化する方法は当業者には知られている。本発明のポリヌクレオチドはDNA分子又はRNA分子のいずれでもよいが、DNA分子が好ましい。
【0023】
本発明のエンドライシンタンパク質は、それをコードする遺伝子を含むポリヌクレオチドを用いて遺伝子工学的方法によって製造することができる。例えば、エンドライシンタンパク質をコードする遺伝子を含むポリヌクレオチドを有する組換えベクターからインビトロ転写によってRNAを調製し、これを鋳型としてインビトロ翻訳を行う方法、あるいはエンドライシンタンパク質をコードする遺伝子を含むポリヌクレオチドを適当なベクターに作動可能に連結して組込み、これを宿主細胞に導入して形質転換細胞を作製し、当該形質転換細胞より目的とするエンドライシンタンパク質を発現させる方法により製造できる。ここで、「発現」とは、転写、転写後修飾、翻訳、翻訳後修飾、及び分泌を含むタンパク質の産生に関わる任意のステップを含む。
【0024】
上記ベクターとしては、それを導入する宿主細胞に適したものを適宜選択し、使用することができる。また、ベクターには、適切なプロモーターに作動可能に連結された本発明のエンドライシンタンパク質をコードする遺伝子を含むポリヌクレオチドを含み、好ましくは上記ポリヌクレオチドの下流に転写終結シグナル、すなわちターミネーター領域を含む。さらに、形質転換体を選択するための選択マーカー遺伝子(薬剤耐性遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子等)も含むこともできる。また、発現したタンパク質の分離・精製に有用なタグ配列をコードする配列等を含んでもよい。また、ベクターは、宿主細胞のゲノムに組み込まれるものであってもよい。
【0025】
ベクターの宿主細胞への導入は、コンピテント細胞法、プロトプラスト法、リン酸カルシウム共沈法等、自体公知の形質転換法で行うことができる。
【0026】
ベクターを導入し、組換えタンパク質の発現に用いる宿主細胞としては、上記ベクターを発現できれば任意の細胞でよく、通常使用される公知の微生物、例えば、細菌、酵母、真菌、及び哺乳類細胞等が挙げられる。細菌の例としては、大腸菌等のグラム陰性菌や、バチルス又はストレプトマイセス等のグラム陽性菌が挙げられる。組換え細胞は、宿主細胞に適した自体公知の方法により培養することができる。
【0027】
発現させたタンパク質は、宿主細胞の培養上清から、遠心分離等で集菌した菌体を、超音波又はガラスビーズ等で摩砕した後、遠心分離等により細胞片等の固形物を除き、粗酵素液を調製した後、タンパク質やペプチド精製に用いられる公知の方法、例えば、硫安塩析、有機溶媒(エタノール、メタノール、アセトン等)による沈殿分離、イオン交換クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、吸着カラムクロマトグラフィー、基質又は抗体等を利用したアフィニティークロマトグラフィー、逆相カラムクロマトグラフィー、HPLC等のクロマトグラフィー、精密ろ過、限外ろ過、逆浸透ろ過等の濾過処理等を1以上組み合わせて用いて精製することが可能である。
【0028】
本発明のエンドライシンタンパク質はまた、そのアミノ酸配列に基づいて化学合成する方法により製造することもできる。エンドライシンタンパク質を化学合成する場合は、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等の公知の化学合成法により行うことができる。
【0029】
2.抗ブドウ球菌剤及び各種組成物
本発明のエンドライシンタンパク質は、上記のとおり、ブドウ球菌に対してペプチドグリカン分解活性を示すことから、これを有効成分とする抗ブドウ球菌剤として提供できる。ここで、「抗ブドウ球菌」には、ブドウ球菌の可逆的な増殖抑制と不可逆的な増殖抑制(すなわち殺菌)の両方が含まれる。
【0030】
本発明の抗ブドウ球菌剤は、そのまま用いることも可能であるが、本発明の効果を損なわない範囲で通常その分野で使用される任意の成分や添加物とともに、医薬品(動物用医薬品を含む)、飲食品、飼料、抗菌洗浄剤組成物等の各種組成物に配合して提供できる。
【0031】
本発明の抗ブドウ球菌剤は、ブドウ球菌感染症の治療及び/又は予防に有効である。ここで、「ブドウ球菌感染症」とは、ブドウ球菌によるあらゆる感染症をいう。黄色ブドウ球菌による感染症としては、例えば、ブドウ球菌性食中毒、ブドウ球菌性皮膚感染症[例えば、伝染性膿痂疹(とびひ)、毛包炎、せつ(furuncle)、よう(carbuncle)、化膿性汗腺炎(膿皮症)、ニキビ、ブドウ球菌皮膚感染症を伴うアトピー性皮膚炎、乳腺炎、感染性爪囲炎、蜂窩織炎、化膿性筋炎、皮下膿瘍、術後創部感染症]、菌血症、ブドウ球菌性肺炎(肺膿瘍、膿胸を含む)、心内膜炎、敗血症、髄膜炎、脳膿瘍、骨髄炎、関節炎、毒素性ショック症候群、ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群、感染症続発性紅皮症、リンパ節炎、眼瞼炎、麦粒腫、細菌性結膜炎、角膜潰瘍、鼻炎、副鼻腔炎、化膿性耳下腺炎、腹腔内膿瘍、後腹膜膿瘍、横隔膜下膿瘍、腹部臓器膿瘍(肝膿瘍、膵膿瘍、脾膿瘍)、肛門直腸膿瘍、骨盤膿瘍、腎膿瘍、前立腺膿瘍、前立腺炎、尿道炎、膀胱炎、腎盂腎炎などが挙げられる。表皮ブドウ球菌による感染症としては、例えば、カテーテルや心臓弁などの医療器具使用時の、皮膚/軟部組織感染症(例えば、深在性の化膿症や慢性感染症など)、菌血症、敗血症、心内膜炎、骨髄炎などが挙げられる。腐性ブドウ球菌による感染症としては、例えば、尿路感染症などが挙げられる。上記の感染症は、特に、手術患者、がん患者、血液透析患者、人工呼吸器使用者、未熟児、糖尿病患者、免疫不全患者、高齢者、人工医療デバイス・インプラント(例えば、人工弁、人工関節、中心静脈カテーテル、心臓弁など)埋め込み患者などで特に起こりやすい。また、家畜ではウシの黄色ブドウ球菌性乳房炎、イヌやネコの膿皮症・毛嚢炎・アトピー性皮膚炎、鶏のブドウ球菌症(浮腫性皮膚炎、し瘤症、可能性骨髄炎)、ブタの滲出性皮膚炎(スス病)などが挙げられる。
【0032】
本発明の抗ブドウ球菌剤を医薬品に配合する場合は、薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物と混合し、エンドライシンタンパク質を単独で、あるいは薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物と混合し、当分野において公知の手法にて、錠剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、カプセル剤、内用液剤(懸濁剤、シロップ剤、乳剤など)、外用液剤(注入剤、含嗽・洗口剤、噴霧・エアゾール剤、吸入剤、塗布剤など)、軟膏剤、注射剤、点滴剤、坐剤等の各種製剤に製剤化することができる。薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物としては、その剤形、用途に応じて、適宜選択した製剤用基材や担体、賦形剤、希釈剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、崩壊剤又は崩壊補助剤、安定化剤、保存剤、防腐剤、増量剤、分散剤、湿潤化剤、緩衝剤、溶解剤又は溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、噴射剤、着色剤、甘味剤、矯味剤、香料等を適宜添加し、公知の種々の方法にて経口又は非経口的に全身又は局所投与することができる各種製剤形態に調製すればよい。本発明の医薬品を上記の各形態で提供する場合、通常当業者に用いられる製法、たとえば日本薬局方の製剤総則[2]製剤各条に示された製法等により製造することができる。各種製剤形態に調製した本発明の医薬品は、経口又は非経口的に全身又は局所投与することができる。本発明の医薬品を経口投与する場合は、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、内用水剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤等に製剤化するか、使用する際に再溶解させる乾燥生成物にしてもよい。また、本発明の医薬品を非経口投与する場合は、静脈内注射剤(点滴を含む)、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤、髄腔内注射剤、皮下注射剤、坐剤などに製剤化し、注射用製剤の場合は単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態で提供される。
【0033】
投与経路の具体例としては、経口投与、腹腔内投与、皮下投与、鼻腔内投与、静脈内投与等が挙げられるが、腹腔内投与、皮下投与、鼻腔内投与が好ましい。これらの投与経路に適した製剤形態は、一般には注射剤形態、エアゾール剤形態などの液剤形態である。
【0034】
本発明の医薬品は、前述のブドウ球菌感染症の治療及び/又は予防用医薬として用いる場合、ヒト、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギ等の哺乳動物に対して非経口的に又は経口的に安全に投与することができる。本発明の医薬品の投与量は、具体的な剤形、対象となる疾患の種類、投与経路、ヒトを含む投与対象動物の年齢、性別、体重、症状等を勘案して、適宜選択すべきものであり、特に限定されるべきものではないが、例えば、ヒトの場合、エンドライシンの量として一日あたり1~1000mg/kgの範囲が好ましい。投与は上記投与量の範囲で一日に単回行ってもよく、2~3回に分けて行ってもよい。ここで、「治療」とは、前述のブドウ球菌感染症の症状や病態の改善、軽減、進行の抑制をいう。また、「予防」とは、適用対象における前述のブドウ球菌感染症の発症の危険性を低めることをいう。
【0035】
本発明の抗ブドウ球菌剤は、日持ち向上や防腐を目的とした食品添加物として飲食品に配合することができる。飲食品に配合する場合は、その種類に応じて通常使用されるその他の添加物をエンドライシンタンパク質と適宜混合し、食用に適した形態、例えば、固形状、液状、顆粒状、粒状、粉末状、カプセル状、クリーム状、ペースト状にすることができる。添加物としては、食品衛生法上許容されうる添加物であればいずれも使用できるが、例えば、ブドウ糖、ショ糖、果糖、異性化液糖、アスパルテーム、ステビア等の甘味料;クエン酸、リンゴ酸、酒石酸等の酸味料;デキストリン、デンプン等の賦形剤;結合剤、希釈剤、香料、着色料、緩衝剤、増粘剤、ゲル化剤、安定剤、乳化剤、分散剤、懸濁化剤などが挙げられる。
【0036】
本発明において、飲食品とは、一般的な飲食品のほか、医薬品以外で健康の維持や増進を目的として摂取できる食品、例えば、健康食品、機能性食品、保健機能食品、又は特別用途食品を含む意味で用いられる。健康食品には、栄養補助食品、健康補助食品、サプリメント等の名称で提供される食品を含む。特に、上記の健康食品等の場合の形状としては、例えば、タブレット状、丸状、カプセル状、粉末状、顆粒状、細粒状、トローチ状、液状(シロップ状、乳状、懸濁状を含む)等が好ましい。
【0037】
また、本発明の抗ブドウ球菌剤は飼料用添加物として飼料に配合することもできる。本発明の飼料には、上記のエンドライシンタンパク質のほか、通常の配合飼料に使用される原料を動物の種類、発育ステージ、地域などの飼育環境に応じて適宜配合してもよい。かかる原料としては、例えば穀物類又は加工穀物類(とうもろこし、マイロ、大麦等)、糟糠類(ふすま、米糠、コーングルテンフィード等)、植物性油粕類(大豆油粕、ごま油粕、綿実油粕等)、動物性原料(脱脂粉乳、魚粉、肉骨粉等)、ミネラル類(炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、食塩、無水ケイ酸等)、ビタミン類、アミノ酸類、ビール酵母などの酵母類、無機物質の微粉末(結晶性セルロース、タルク、シリカ等)などが挙げられる。また、本発明の飼料は、上記の飼料原料に、配合飼料に通常使用される賦形剤、増量剤、結合剤、増粘剤、乳化剤、着色料、香料、調味料等の飼料用添加剤を配合してもよい。本発明の飼料の形態は特に限定されるものではなく、例えば、粉末状、顆粒状、ペースト状、ペレット状、カプセル剤(ハードカプセル,ソフトカプセル)、錠剤等が挙げられる。
【0038】
本発明の飼料の給与対象となる動物は、特に限定されるものではないが、例えば、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、シカ、ウサギ等の家畜類;ニワトリ(ブロイラー、採卵鶏の両方を含む)、七面鳥、アヒル、マガモ、合鴨、キジ、ウズラ、またはガチョウ等の家禽類;マウス、ラット、モルモット等の実験動物;イヌ、ネコなどのペットなどが挙げられる。
【0039】
本発明の抗ブドウ球菌剤はまた、ブドウ球菌を対象とする抗菌洗浄剤組成物に配合してもよい。抗菌洗浄剤組成物には、ヒト及び動物の身体に使用するものと、身体以外に使用するものの両方が含まれる。身体用の抗菌洗浄剤組成物としては、例えばハンドソープ等の手指用の洗浄剤、ボディーシャンプー、ヘアーシャンプー、犬・猫用シャンプー等が挙げられる。身体以外に使用する抗菌洗浄組成物としては、家庭用又は工業用の抗菌洗浄剤が挙げられる。本発明の抗菌洗浄剤組成物を身体以外に使用する方法としては、例えば、病院、介護施設、食品工場、厨房、畜舎内への噴霧や散布、処理対象物(医療器具、食品製造又は加工装置、調理器具、調理台、ウシ搾乳デバイスのカップ、食品包装フィルム、不織布、樹脂等)への塗布、噴霧、散布が挙げられる。本発明の抗ブドウ球菌剤と処理対象物等との接触時間については、対象とするブドウ球菌の種類、処理環境(例えば、温度)等に応じて適宜選択すればよく、特に限定はない。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0041】
(実施例1)ファージS6の新規エンドライシンの分離
(1)ゲノム配列解読
ファージS6について、次世代シークエンサーを利用してゲノム配列を解読するために、大量培養を行った。黄色ブドウ球菌株SA27をLB培地(1%トリプトン、0.5%酵母エキス、1%塩化ナトリウム、pH7.8)に植菌し、ファージS6を加え、30℃で好気培養を行った。ファージ液をポリエチレングリコールで濃縮し、その濃縮液をCsCl密度勾配超遠心法で精製した。精製したファージ液を超遠心でペレットにし、ファージペレット試料からゲノムDNAを抽出した。
【0042】
ファージS6ゲノムをφ29 DNA polymeraseで塩基置換を行い、次世代シークエンサーRoche GS Jr.で解読を行った。ゲノムのアッセンブルはNewblerで行った。シークエンスの確認のため、サンガー法で再度シークエンスを行った。その結果、ファージS6ゲノムの塩基配列は、全長267,055bpであった。
【0043】
(2)ファージゲノムの系統解析
ファージゲノムの系統解析には、VipTreeを使用した。ウイルスゲノムはNCBIからダウンロードした。ダウンロードしたウイルスゲノムのリストを表1-1、表1-2に示す。
【0044】
【0045】
【0046】
ファージゲノム配列に基づく系統解析結果を
図1に示す。
図1に示されるように、ファージS6(
図1中、「S6」と表示)は、既報のBacillus phage PBS1に最も近縁であった。また、他の黄色ブドウ球菌ファージとは大きく異なった。よって、ファージS6はウイルス分類学上未分類の新規のファージであると判断された。
【0047】
(3)アノテーション
まず、ファージS6ゲノムのアノテーションはDfast(https://dfast.nig.ac.jp/dfc/)を使用して行い、ゲノム配列上のORFを推定した。その結果、272個の遺伝子が予想された。
【0048】
次に、予想された272個の遺伝子のタンパク質配列に対して、NCBI CD-Search Tool (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/Structure/bwrpsb/bwrpsb.cgi)やHHpred (https://toolkit.tuebingen.mpg.de/tools/hhpred)を使用してConserved domain検索を行うことによって、エンドライシンとホリンの遺伝子を探索した。また、TMHMM server v. 2.0 (http://www.cbs.dtu.dk/services/TMHMM/)を使用して、膜貫通ドメインの検索を行った。
【0049】
ホリン遺伝子S6 orf263は、相補鎖の252,533~253,072 bpに位置していた。ホリンS6 ORF263は推定分子量19.3 kDaのタンパク質であり、2回膜貫通を行うと予想された。また、ホリンS6 ORF263 は、Phage_holin_1 superfamilyを有するタンパク質であった。
【0050】
また、S6ファージには一般的なエンドライシン(LYS)を含む溶菌関連遺伝子群は存在せず、ゲノム上に2つのエンドライシン遺伝子(S6 orf93、S6 orf94)が独立して予想された。
【0051】
エンドライシン遺伝子S6 orf93は、配列番号3に示す塩基配列を有しており、相補鎖の97,213~98,010 bpに位置していた。エンドライシンS6 ORF93は推定分子量29.3kDaのタンパク質であると予想された。エンドライシンS6 ORF93のアミノ酸配列を配列番号1に示す。NCBI Conserved domains Searchを使用したドメイン解析では、N末端より22-110aaの区間にペプチドグリカンのペプチド鎖の切断機能を担うCHAP(cysteine, histidine-dependent amidohydrolases/peptidases)ドメインが予想された(Cd Length: 84, Bit Score: 51.27, E-value: 9.93e-09)。また、N末端より183-247aaの区間に細菌細胞壁のペプチドグリカンに結合し、加水分解を行うペプチドグリカン認識タンパク質であるSrc Homology 3 domain superfamilyが予想された(Cd Length: 65, Bit Score: 48.87, E-value: 3.81e-08)。HHpredを使用してタンパク質解析を行った場合にも同様の結果が得られた。
【0052】
エンドライシン遺伝子S6 orf94は、配列番号4に示す塩基配列を有しており、相補鎖の98,176~99,126 bpに位置していた。エンドライシンS6 ORF94は推定分子量34.9 kDaのタンパク質であると予想された。エンドライシンS6 ORF94のアミノ酸配列を配列番号2に示す。NCBI Conserved domains Searchを使用したドメイン解析では、エンドライシンS6 ORF94は、N末端より33-166 aaの区間に細菌細胞のペプチドグリカンに結合し、加水分解を行うペプチドグリカン認識タンパク質であるPGRP(Peptidoglycan Recognition Protein)が予想された(Cd Length: 126, Bit Score: 88.11, E-value: 1.24e-21)。また、N末端より234-298 aaの区間に細菌細胞壁のペプチドグリカンに結合し、加水分解を行うペプチドグリカン認識タンパク質であるSrc Homology 3 domain superfamilyが予想された(Cd Length: 65,Bit Score: 50.79, E-value: 1.15e-08)。HHpredを使用してタンパク質解析を行った場合にも同様の結果が得られた。
【0053】
一般的にホリンとエンドライシンの遺伝子は、ゲノム上に連続して存在することが多く、このような状態をホリン-エンドライシンカセットと呼ぶ。しかしながら、ファージS6のホリンとエンドライシンの遺伝子は、構造タンパク質をコードする遺伝子群の別の領域にそれぞれ独立して存在していた。
【0054】
(4)黄色ブドウ球菌のエンドライシンの系統解析
黄色ブドウ球菌のエンドライシンの系統解析には、MEGA X(https://www.megasoftware.net/)を使用した。エンドライシンのタンパク質配列は、NCBIからダウンロードした。エンドライシンS6 ORF93とS6 ORF94の系統解析結果を
図2に示す。なお、
図2中のA~Hのエンドライシンのリストを下記表2-1及び表2-2に示す。
【0055】
【0056】
【0057】
上記系統解析の結果、S6 ORF93、S6 ORF94はいずれも既報のLYS(エンドライシン)とは異なっており、新規のエンドライシンであることが明らかとなった。
【0058】
(実施例2)組換えエンドライシンの調製
(1)人工合成遺伝子の作製
S6 ORF93、S6 ORF94のGC含量はそれぞれ36.09%、34.70%であった。大腸菌で効率よく発現させるため、コドン使用量の補正を行う必要があると考えた。そのため、VecterBuilder (https://www.vectorbuilder.jp/tool/codon-optimization.html)を使用して、コドン使用量を補正した人工合成遺伝子dS6 ORF93 (GC 47.92%)、dS6 ORF94(GC 49.05%)を作製した。配列番号5は、S6 ORF93コード領域を併記したdS6 ORF93の塩基配列、配列番号6は、S6 ORF94コード領域を併記したdS6 ORF94の塩基配列を示す。
【0059】
(2)組換えタンパク質の発現・精製
作製したdS6 ORF93とdS6 ORF94の人工合成遺伝子のクローニングをpColdII(Takara Bio;N末端に6×His を付加できるタンパク質発現用ベクター)とpColdV(pCold IIIを改変;C末端に6×Hisが付加できるタンパク質発現用ベクター)を用いて行った。タンパク質発現のために、NiCo21 Competent E.coli (New England BioLabs)を使用して形質転換を行い、形質転換大腸菌NiCo21 [pColdII S6 orf93]、NiCo21 [pColdII S6 orf94]、NiCo21 [pColdV S6 orf93]、NiCo21 [pColdV S6 orf94]を得た。形質転換大腸菌の培養をするための培地には、アンピシリン(100 μg/mL)添加LB培地を使用した。
【0060】
タンパク質の発現は、上記形質転換大腸菌を培養液の濁度がOD660=0.2-0.4となるまで37℃で培養し、15℃で静置した後、IPTG(終濃度1 mM)を加え、24時間15℃でさらに培養することにより行った。タンパク質の精製は、大腸菌の菌体をリン酸バッファーに懸濁し、超音波処理を行い、遠心分離より回収した上清を一晩4℃でCo2+レジン(プロテノバ社)に吸着させることにより行った。タンパク質画分を溶出緩衝液(50mMのNaH2PO4、500mMのNaCl、350mMのイミダゾール、pH7.8)で溶出し、透析緩衝液(50mMのNaH2PO4、100mMのNaCl、pH7.8)を1回交換して透析した。
【0061】
形質転換大腸菌NiCo21 [pColdII S6 orf93]、NiCo21 [pColdII S6 orf94]、NiCo21 [pColdV S6 orf93]、NiCo21 [pColdV S6 orf94]からそれぞれ抽出・透析したタンパク質をS6 ORF93 pColdII、S6 ORF94 pColdII、S6 ORF93 pColdV、S6 ORF94 pColdVとした。これらのタンパク質についてSDS-PAGEを行い、精製度や収量の検討を行った結果を
図3に示す。
図3に示されるように、S6 ORF94 pColdVは十分量のタンパク質が取得できなかったが、S6 ORF93 pColdII、S6 ORF94 pColdII、S6 ORF93 pColdVは高精度かつ高収量で調製することができた。
【0062】
(実施例3)組換えエンドライシンのペプチドグリカン分解活性の測定
37℃で培養した黄色ブドウ球菌株SA27に4%SDSを加え、オートクレーブした。PBSで5回洗浄し、ペプチドグリカンの調製を行った。ペプチドグリカンはPBSで懸濁した。実施例2で調製した組換えエンドライシンS6 ORF93 pColdII、S6 ORF94 pColdII、S6 ORF93 pColdV各10μL(0.2mg/mL)に、上記のペプチドグリカン90μLを96穴プレート内で混和したサンプルについて経時的に濁度(OD595)を測定した。ネガティブコントロールとしてPBSを使用した。ペプチドグリカン分解活性測定結果を
図4に示す。
図4に示されるように、組換えエンドライシンとペプチドグリカンを混和したサンプルはいずれも濁度が減少していることから、S6 ORF93はS6 ORF94はペプチドグリカン分解能を有することが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、ブドウ球菌感染症の治療及び/又は予防用の医薬品(動物用医薬品を含む)等の製造分野において利用できる。
【配列表】