(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-13
(45)【発行日】2024-03-22
(54)【発明の名称】高純度電気銅板
(51)【国際特許分類】
C25C 1/12 20060101AFI20240314BHJP
C22B 15/14 20060101ALI20240314BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20240314BHJP
C25C 7/06 20060101ALN20240314BHJP
【FI】
C25C1/12
C22B15/14
C22C9/00
C25C7/06 301A
(21)【出願番号】P 2018097319
(22)【出願日】2018-05-21
【審査請求日】2021-03-26
【審判番号】
【審判請求日】2023-01-11
(31)【優先権主張番号】P 2017109244
(32)【優先日】2017-06-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】樽谷 圭栄
(72)【発明者】
【氏名】久保田 賢治
(72)【発明者】
【氏名】中矢 清隆
(72)【発明者】
【氏名】荒井 公
【合議体】
【審判長】池渕 立
【審判官】井上 猛
【審判官】佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/033694(WO,A1)
【文献】特表2005-533187(JP,A)
【文献】特許第4232088(JP,B2)
【文献】米国特許出願公開第2017/0088963(US,A1)
【文献】特開2017-066514(JP,A)
【文献】中野博昭他、「電解精製浴からの電析銅の表面形態および結晶組織に及ぼす添加剤の相乗効果」、Journal of MMIJ、2011年09月25日、Vol.127、No.10_11、pp.662-666
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25C 1/00-7/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス成分(O,F,S,C,Cl)を除いたCuの純度が99.9999mass%以上とされ、Sの含有量が0.1massppm以下とされ、Agの含有量が0.001massppm以上0.1massppm以下とされており、
電析の成長方向である厚さ方向に沿った断面において電子後方散乱回折による結晶方位測定した結果、(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率が5%以上40%未満とされており、
表面の光沢度が2.0以上4.5以下であることを特徴とする高純度電気銅
板。
【請求項2】
電析の成長方向である厚さ方向に沿った断面において電子後方散乱回折による結晶方位測定した結果、(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率が2%以上15%未満とされていることを特徴とする請求項1に記載の高純度電気銅
板。
【請求項3】
電析の成長方向である厚さ方向に沿った断面において、結晶粒の長軸aとこの長軸aに直交する短軸bで表されるアスペクト比b/aが0.33未満である結晶粒の面積率が5%以上40%未満とされていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の高純度電気銅
板。
【請求項4】
ガス成分(O,F,S,C,Cl)を除いたCuの純度が99.99999mass%以上とされ、Sの含有量が0.02massppm以下とされていることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の高純度電気銅
板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス成分(O,F,S,C,Cl)を除くCuの純度が99.9999mass%以上とされ、電解精錬によってカソード板の表面に電析される高純度電気銅板に関する。
【背景技術】
【0002】
ガス成分(O,F,S,C,Cl等)を除くCuの純度が99.9999mass%以上である高純度銅は、例えば、スパッタリングターゲット、ボンディングワイヤー、オーディオケーブル、加速器等の用途で使用されている。
このような高純度銅を得る手段として、銅イオンを有した電解液中に、例えば純度99.99mass%程度の銅板からなるアノード板と、例えばステンレス板からなるカソード板を浸漬し、これらに通電することにより、電解反応によってカソード板の表面に高純度の銅を電析させる電解精錬法が広く採用されている。そして、カソード板の表面に電析した銅を剥離することにより、アノード板よりも高純度の電気銅が得られる。
【0003】
例えば、特許文献1においては、硫酸銅水溶液中で電解精製して得られた銅を、さらに硝酸水溶液中において100A/m2以下の電流密度で再度電解を行うことにより、高純度電気銅を得る方法が開示されている。
また、特許文献2には、不純物として含まれる非金属介在物の粒径及び粒子数を規定した高純度銅が開示されている。
【0004】
ここで、上述の電解精錬法においては、通常、カソード板に電析する銅の形態を制御するために、電解反応を抑制する添加剤(例えばニカワ)を電解液中に添加することが行われている。しかしながら、上述のニカワは、硫黄分を含有しているため、電析によって得られる銅の硫黄含有量が上昇する傾向にあった。
そこで、特許文献3においては、電析によって得られる銅の硫黄含有量を低減するために、添加剤として、ポリエチレングリコール(PEG)やポリビニルアルコール(PVA)を用いることが開示されている。
これらの電解反応を制御する添加剤は、その効果が不足、または過剰となると、カソード板の表面に電析する銅の表面に凹凸が生じ、またはデンドライトなど電析異常が発生する。この異常部分に電解液が捕捉されてしまい、電気銅の純度を十分に向上させることができないため、添加剤の制御は非常に重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特公平08-000990号公報
【文献】特開2005-307343号公報
【文献】特許第4620185号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、従来の添加剤を用いた場合には、カソード板における電解反応を過剰に抑制するために、電着応力が高くなる傾向にあった。この電着応力によってカソード板の表面に電析した銅に反りが生じて電解中に脱落してしまい、電気銅を安定して製造することができないことがあった。また、電解中に脱落せずに電気銅が得られた場合であっても、カソード板から剥離して放置しておくと、電気銅に残存した電着応力(残留応力)によって反りが生じ、その後の取扱いが困難となるといった問題があった。
【0007】
この発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、ガス成分を除いたCuの純度が99.9999mass%以上とされるとともにSの含有量が0.1massppm以下とされ、電析時における電着応力を低減することにより、安定して製造可能であるとともに、カソード板から剥離された後でも反りの発生が抑制されて取り扱い性に優れた高純度電気銅板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の高純度電気銅板は、ガス成分(O,F,S,C,Cl)を除いたCuの純度が99.9999mass%以上とされ、Sの含有量が0.1massppm以下とされ、Agの含有量が0.001massppm以上0.1massppm以下とされており、電析の成長方向である厚さ方向に沿った断面において電子後方散乱回折による結晶方位測定した結果、(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率が40%未満とされており、表面の光沢度が2.0以上4.5以下であることを特徴としている。
【0009】
この構成の高純度銅電気銅板においては、電析の成長方向である厚さ方向に沿った断面(すなわち、電析の成長方向に沿った断面)において、(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率が40%未満に抑えられているので、電解反応によって(101)±10°の面方位を有する結晶が大きく成長することが抑制されており、電析時の電着応力が低くなる。また、結晶の配向性がランダムになることで、歪を分散させることができる。よって、カソード板から剥離させた後でも反りの発生が抑制されることになり、取り扱い性に優れている。
また、ガス成分(O,F,S,C,Cl)を除いたCuの純度が99.9999mass%以上とされ、Sの含有量が0.1massppm以下とされているので、高い純度が要求される様々な用途で使用することができる。
【0010】
ここで、本発明の高純度電気銅板においては、電析の成長方向である厚さ方向に沿った断面において電子後方散乱回折による結晶方位測定した結果、(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率が2%以上15%未満とされていることが好ましい。
この場合、電析の成長方向である厚さ方向に沿った断面(すなわち、電析の成長方向に沿った断面)において、(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率が15%未満に抑えられているので、電解反応によって(111)±10°の面方位を有する結晶が大きく成長することも抑制され、電析時の電着応力が低くなる。また、結晶の配向性がさらにランダムになることで、歪を分散させることができる。よって、カソード板から剥離させた後でも反りの発生が抑制されることになり、取り扱い性に優れている。
【0011】
また、本発明の高純度電気銅板においては、電析の成長方向である厚さ方向に沿った断面(すなわち、電析の成長方向に沿った断面)において、結晶粒の長軸aとこの長軸aに直交する短軸bで表されるアスペクト比b/aが0.33未満である結晶粒の面積率が5%以上40%未満とされていることが好ましい。
この場合、アスペクト比b/aが0.33未満の結晶粒の面積率が低く抑えられているので、結晶粒に蓄積された歪を解放することができ、カソード板から剥離させた後でも反りの発生が抑制されることになり、取り扱い性に優れている。
【0012】
さらに、本発明の高純度電気銅板においては、ガス成分(O,F,S,C,Cl)を除いたCuの純度が99.99999mass%以上とされ、Sの含有量が0.02massppm以下とされていることが好ましい。
この場合、ガス成分(O,F,S,C,Cl)を除いたCuの純度が99.99999mass%以上とされ、Sの含有量が0.02massppm以下とされており、さらに高純度の銅が要求される用途にも適用することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ガス成分を除いたCuの純度が99.9999mass%以上とされるとともにSの含有量が0.1massppm以下とされ、電析時における電着応力を低減することにより、安定して製造可能であるとともに、カソード板から剥離された後でも反りの発生が抑制されて取り扱い性に優れた高純度電気銅板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施形態における高純度電気銅の概略説明図である。(a)が正面図、(b)がA-A断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の一実施形態に係る高純度電気銅について説明する。
本実施形態である高純度電気銅10は、
図1に示すように、電解精錬時のカソード板1の表面に電析することによって得られるものであり、カソード板1から剥離された状態で板状をなしている(即ち、高純度電気銅板である)。また、電解精錬時のカソード板1には、カソード板1の両面に電析される電気銅同士の接触を防ぎ、所望の大きさの電気銅を得るために、カソード板1の上部を除いた周辺部に電析防止用のテープ等を配置している。なお、本実施形態においては、高純度電気銅10の厚さtは1mm≦t≦100mmの範囲内とされている。また、高純度電気銅10の板幅W及び板長Lは、それぞれ0.05m≦W≦5mの範囲内、0.05m≦L≦5mの範囲内とされている。
【0016】
本実施形態である高純度電気銅10の組成は、ガス成分であるO,F,S,C,Clを除いたCuの純度が99.9999mass%(6N)以上とされ、Sの含有量が0.1massppm以下とされている。なお、ガス成分であるO,F,S,C,Clを除いたCuの純度は、99.99999mass%(7N)以上であることが好ましい。ガス成分であるO,F,S,C,Clを除いたCuの純度の上限値は特に限定されないが、99.999999mass%(8N)以下であることが好ましい。また、Sの含有量は0.02massppm以下であることが好ましい。Sの含有量の下限値は特に限定されないが、0.001massppm以上であることが好ましい。
なお、不純物元素の分析は、グロー放電質量分析装置(GD-MS)を用いて行うことができる。
【0017】
そして、本実施形態である高純度電気銅10においては、厚さ方向に沿った断面(
図1においてA-A断面)を電子後方散乱回折による結晶方位測定した結果、(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率が40%未満とされている。
また、本実施形態である高純度電気銅10においては、厚さ方向に沿った断面(
図1においてA-A断面)を電子後方散乱回折による結晶方位測定した結果、(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率が15%未満とされていることが好ましい。
【0018】
ここで、本実施形態では、電子後方散乱回折法による結晶方位解析において、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなし、(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率、及び、(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率を測定する。
【0019】
さらに、本実施形態である高純度電気銅10においては、厚さ方向に沿った断面(
図1においてA-A断面)において、結晶粒径の長軸aとこの長軸aに直交する短軸bで表されるアスペクト比b/aが0.33未満である結晶粒の面積率が40%未満とされていることが好ましい。
ここで、本実施形態では、電子後方散乱回折法による結晶方位解析において、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなし、認識された結晶粒を楕円近似し、その楕円の長径aと短径bとの比であるアスペクト比b/aを算出し、アスペクト比b/aが0.33未満である結晶粒の面積率を測定する。
【0020】
また、本実施形態である高純度電気銅10においては、厚さ方向に沿った断面(
図1においてA-A断面)において、平均結晶粒径が15μm以上35μm以下の範囲内とされていることが好ましい。
本実施形態においては、電子後方散乱回折法による結晶方位解析において、隣接するピクセル間の方位差が5°以上である境界を結晶粒界とみなし、得られた結晶粒を同面積の円形で円形近似し、その円形直径を結晶粒径とみなして個々の結晶粒径を算出する。その際、結晶粒の一部が測定視野外となる結晶粒については、測定の対象外とする。また平均結晶粒径は、下記式から算出する。
【数1】
r
ave:平均結晶粒径
S:粒子面積
r:粒子直径
N:粒子数
【0021】
さらに、本実施形態である高純度電気銅10においては、表面の光沢度が2以上とされていることが好ましい。
本実施形態においては、JIS Z 8741:1997(ISO 2813:1994及びISO 7668:1986に対応)に基づいて、光沢度計を用いて入射角60°で高純度電気銅10の表面の中央部(
図1(a)において点P)を測定する。
【0022】
以下に、本実施形態である高純度電気銅10の厚さ方向に沿った断面(カソード板1の表面に電析した銅の成長方向に沿った断面)における(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率、(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率、結晶粒径の長軸aとこの長軸aに直交する短軸bで表されるアスペクト比b/aが0.33未満の結晶粒の面積率、平均結晶粒径、高純度電気銅の表面の光沢度を、上述のように規定した理由について説明する。
【0023】
((101)±10°の面方位を有する結晶の面積率:40%未満)
カソード板1の表面に銅が電析して結晶が成長する際に、(101)±10°の面方位を有する結晶が大きく成長すると、銅が電析する際に発生する歪が解放され難くなり、電着応力が高くなる。このため、電析した銅に反りが生じやすくなる。
そこで、本実施形態においては、厚さ方向に沿った断面における(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率を40%未満とし、一方向に成長した結晶の占める割合を低く設定している。
なお、電着応力をさらに抑制するためには、厚さ方向に沿った断面における(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率は、30%以下であることが好ましい。厚さ方向に沿った断面における(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率の下限値は特に限定されないが、5%以上とすることが好ましい。
【0024】
((111)±10°の面方位を有する結晶の面積率:15%未満)
カソード板1の表面に銅が電析して結晶が成長する際に、(111)±10°の面方位を有する結晶が大きく成長すると、銅が電析する際に発生する歪が解放され難くなり、電着応力が高くなる。このため、電析した銅に反りが生じやすくなる。ここで、(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率を15%未満とすることにより、銅が電析する際に発生する歪が解放されやすく、電着応力が低くなり、電析した銅の反りをさらに抑制することが可能となる。
そこで、本実施形態においては、厚さ方向に沿った断面における(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率を15%未満とし、一方向に成長した結晶の占める割合を低く設定している。
なお、電着応力をさらに抑制するためには、厚さ方向に沿った断面における(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率は、10%以下であることが好ましい。厚さ方向に沿った断面における(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率の下限値は特に限定されないが、2%以上とすることが好ましい。
【0025】
(アスペクト比b/aが0.33未満の結晶粒の面積率:40%以下)
カソード板1の表面に電析した銅の結晶粒のアスペクト比が0.33未満である場合には、結晶粒が細長くなり、歪を多く蓄積することになる。このため、高純度電気銅10に残存する応力が比較的高くなる傾向にある。ここで、アスペクト比b/aが0.33未満の結晶粒の面積率を40%以下とすることにより、高純度電気銅10に残存する応力を十分に低く抑えることが可能となる。
そこで、本実施形態においては、厚さ方向に沿った断面におけるアスペクト比b/aが0.33未満である結晶粒の面積率を40%以下に規定している。
なお、高純度電気銅10に残存する応力をさらに抑制するためには、アスペクト比b/aが0.33未満の結晶粒の面積率は20%以下であることが好ましい。アスペクト比b/aが0.33未満の結晶粒の面積率の下限値は特に限定されないが、5%以上とすることが好ましい。
【0026】
(平均結晶粒径:15μm以上35μm以下)
結晶粒径が微細であると、電着した結晶同士が融着する箇所が多くなり、融着時に発生する歪が蓄積され、全体として電着応力が高くなる傾向になる。一方、結晶粒径が粗大であると、それに伴い電気銅表面も荒くなるため、電析時に電解液を巻き込みやすくなり、電気銅の純度が低下する傾向にある。
そこで、本実施形態においては、平均結晶粒径を15μm以上35μm以下の範囲内に設定している。平均結晶粒径は、15μm以上30μm以下の範囲内とされることがより好ましい。
【0027】
(表面の光沢度:2以上)
カソード板1の表面に電着した銅の表面に凹凸が生じると、凹凸の部分に電解液が捕捉され、電気銅の純度が低下する傾向にある。
このため、本実施形態の高純度電気銅10においては、表面の光沢度を2以上に設定している。
なお、高純度電気銅10の表面の光沢度は3以上であることが好ましい。表面の光沢度の上限値は特に限定されないが、4.5以下とすることが好ましい。
ここで、カソード板1の表面に平滑に銅を電析させて光沢度を高くした場合、電着応力が高くなる傾向にあるため、上述のように、結晶の配向度を規定し、電気銅に残留する応力(残留応力)を低減して反りの発生を抑制することがより好ましい。
【0028】
次に、本実施形態である高純度電気銅10の製造方法について説明する。
本実施形態である高純度電気銅10の製造方法においては、電解液として硫酸銅水溶液を用いており、電解液の硫酸濃度が10g/L以上300g/L以下の範囲内、銅濃度が5g/L以上90g/L以下の範囲内、塩化物イオン濃度が5mg/L以上150mg/L以下の範囲内とされている。
そして、本実施形態である高純度電気銅10の製造方法においては、電解液に添加される添加剤に特徴を有する。本実施形態では、後述するように、添加剤A類(銀低減剤)、添加剤B類(電析形態制御剤)、添加剤C類(応力緩和剤)、の3種類の添加剤を用いている。
【0029】
(添加剤A類:銀低減剤)
添加剤A類(銀低減剤)は、テトラゾールまたはその誘導体(以下、テトラゾール類)からなる。テトラゾール誘導体として、例えば、5-アミノ-1H-テトラゾール、5-メチル-1H-テトラゾール、5-フェニル-1H-テトラゾール、1-メチル―5-エチル-1H-テトラゾールなどを用いることができる。
上述のテトラゾール類を電解液に添加することにより、電解液中の銀イオンを錯化して析出を阻害し、不純物であるAgの含有量を低減することが可能となる。なお、本実施形態の高純度電気銅におけるAgの含有量は0.1massppm以下が好ましく、0.001massppm以上0.09massppm以下がより好ましい。
ここで、テトラゾール類の添加量を0.1mg/L以上とすることにより、銀の共析を十分に抑制することが可能となる。一方、テトラゾール類の添加を20mg/L以下とすることにより、電析状態が安定し、粗大なデンドライトの発生が抑制され、純度が十分に向上することになる。
以上のことから、本実施形態においては、テトラゾール類の添加量を0.1mg/L以上20mg/L以下の範囲内に設定している。なお、テトラゾール類の添加量の上限は、10mg/L以下とすることが好ましい。
【0030】
(添加剤B類:電析形態制御剤)
添加剤B類(電析形態制御剤)は、ポリオキシエチレンモノフェニルエーテルまたはポリオキシエチレンナフチルエーテル(以下、ポリオキシエチレンモノフェニルエーテル類)からなる。
ポリオキシエチレンモノフェニルエーテル類を電解液に添加することにより、電気銅の表面が平滑となり、かつ、デンドライトなどの析出異常の発生も抑制することができる。これにより、電解液の巻き込みが低減し、硫黄などの不純物量をより低減することができる。
ここで、ポリオキシエチレンモノフェニルエーテル類の添加量が10mg/L以上である場合、あるいは、500mg/L以下である場合には、不純物量を十分に低減することが可能となる。
以上のことから、本実施形態においては、ポリオキシエチレンモノフェニルエーテル類の添加量を10mg/L以上500mg/L以下の範囲内に設定している。ポリオキシエチレンモノフェニルエーテル類の添加量は、50mg/L以上300mg/L以下とすることがより好ましい。
【0031】
(添加剤C類:応力緩和剤)
添加剤C類(応力緩和剤)は、ポリビニルアルコールまたは変性ポリビニルアルコール(以下、ポリビニルアルコール類)からなる。変性ポリビニルアルコールとしては、例えば、ポリオキシエチレン変性ポリビニルアルコール、エチレン変性ポリビニルアルコ―ル、カルボキシ変性ポリビニルアルコールなどを用いることができる。
ポリビニルアルコール類を電解液に添加することにより、結晶が一方向に成長することを抑制することができ、結晶の配向性がランダムになることで、歪を分散させることができる。さらにポリビニルアルコール類を電解液に添加することで、添加剤の電析抑制効果を適度に緩和することができるため、結晶粒の大きさを粗大化することができる。これにより、電着応力を低く、例えば膜厚20~100μmに電析した場合の電着応力を50MPa以下に低減することが可能となる。なお、電析される銅膜の厚さが厚くなるほど、歪が銅膜の内部に蓄積され、電着応力はより大きくなる傾向となる。
ここで、ポリビニルアルコール類の添加量を1mg/L以上とすることにより、電着応力を十分に低減することが可能となる。一方、ポリビニルアルコール類の添加量を100mg/L以下とすることにより、電着応力を低減する効果が十分に発揮され、粗大なデンドライトの発生を確実に抑制することができる。
以上のことから、本実施形態においては、ポリビニルアルコール類の添加量を1mg/L以上100mg/L以下の範囲内に設定している。なお、ポリビニルアルコール類の添加量の上限は、50mg/L以下とすることが好ましい。
【0032】
また、ポリビニルアルコール類におけるケン化率を70mol%以上とすることにより、電着応力を十分に低減することが可能となる。一方、ケン化率を99mol%以下とすることにより、溶解性が確保され、確実に電解液に溶かし込むことが可能となる。
以上のことから、本実施形態においては、ポリビニルアルコール類におけるケン化率を、70mol%以上99mol%以下の範囲内としている。ポリビニルアルコール類におけるケン化率は、75mol%以上95mol%以下とすることがより好ましい。
【0033】
さらに、ポリビニルアルコール類の基本構造は、水酸基の完全ケン化型と酢酸基を有する部分ケン化型から成り立っており、ポリビニルアルコール類の重合度はその両者の総数であり、平均重合度は、重合度の平均値である。なお、平均重合度は、JIS K 6726:1994に規定されたポリビニルアルコール試験方法に基づいて測定することができる。
ここで、ポリビニルアルコール類の平均重合度を200以上とすることにより、電着応力を十分に低減することが可能となる。一方、ポリビニルアルコール類の平均重合度を2500以下とすることにより、電着応力を十分に低減することが可能となるとともに、電析抑制効果によって電気銅の収率が低下することを抑制できる。
以上のことから、本実施形態においては、ポリビニルアルコール類の平均重合度を、200以上2500以下の範囲内としている。
【0034】
上述のように添加剤を添加した電解液中にアノード板として純度99.99mass%以上の銅(4NCu)からなる銅板を浸漬し、カソード板1としてステンレス板を浸漬し、これらアノード板とカソード板1の間に通電することにより、カソード板1の表面に銅を電析させる。
そして、カソード板1の表面に電析した銅を剥離することで、本実施形態である高純度電気銅10が製造される。
【0035】
ここで、電析する際の電流密度を150A/m2以上とすることにより、粒径が粗大化することを抑制できる。また、Cuに対するAgの共析量が多くなることを抑制でき、電気銅中のAgの量が増加することを抑制できる。一方、電析する際の電流密度を190A/m2以下とすることにより、粒径が確保され、電着応力が高くなることを抑制できる。また、例えば硫酸銅電解液中では、アノード溶解速度に比べて、アノードから溶解して生成する硫酸銅が電解液中に溶解する速度の方が遅くなることを抑制でき、アノード表面を硫酸銅の結晶が覆い、通電を阻害して極間電圧の増加を招くことを抑制できる。
以上のことから、本実施形態においては、電析する際の電流密度を、150A/m2以上190A/m2以下の範囲内とすることが好ましい。電析する際の電流密度は、155A/m2以上185A/m2以下の範囲内とすることがより好ましい。
【0036】
また、電析する際の電解液温度を30℃以上とすることにより、粒径が確保され、電着応力が高くなることを抑制できる。さらに、例えば硫酸銅液中ではアノード表面に硫酸銅の結晶が形成され難くなり、通電を阻害して極間電圧の増加を招くことを抑制できる。一方、電析する際の電解液温度を35℃以下とすることにより、粒径が粗大化することを抑制できる。また、電解液中のAgイオンの飽和溶解度が高くなることを抑制し、電解液中のAgイオン濃度の上昇を抑制し、電気銅中のAgの量が増加することを抑制できる。
以上のことから、本実施形態においては、電析する際の電解液温度を、30℃以上35℃以下の範囲内とすることが好ましい。
【0037】
以上のような構成とされた本実施形態である高純度電気銅10によれば、厚さ方向に沿った断面(電析の成長方向に沿った断面)において、(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率が40%未満に抑えられているので、電解反応によって(101)±10°の面方位を有する結晶が大きく成長することが抑制されており、電析時の電着応力が低く抑えられている。また、結晶の配向性がランダムになり、歪が解放されやすくなる。よって、カソード板1から剥離した板状の高純度電気銅10の反りの発生が抑えられ、取り扱い性に優れている。
また、ガス成分(O,F,S,C,Cl)を除いたCuの純度が99.9999mass%以上、Sの含有量が0.1massppm以下、好ましくはガス成分(O,F,S,C,Cl)を除いたCuの純度が99.99999mass%以上、Sの含有量が0.02massppm以下とされているので、高純度銅が要求される様々な用途で使用することができる。
【0038】
また、本実施形態においては、厚さ方向に沿った断面(電析の成長方向に沿った断面)において、(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率が15%未満に抑えられているので、電解反応によって(111)±10°の面方位を有する結晶が大きく成長することも抑制されており、電析時の電着応力が低く抑えられている。また、結晶の配向性がさらにランダムになり、歪が解放されやすくなる。よって、カソード板1から剥離した板状の高純度電気銅10の反りの発生が抑えられ、取り扱い性に優れている。
【0039】
さらに、本実施形態においては、厚さ方向に沿った断面(電析の成長方向に沿った断面)において、結晶粒径の長軸aとこの長軸aに直交する短軸bで表されるアスペクト比b/aが0.33未満の結晶粒の面積率が40%未満とされているので、電析時に結晶が一方向に大きく成長することが抑制されており、電析時の電着応力が低くなっている。よって、カソード板1から剥離させた後でも反りの発生が抑制されることになり、取り扱い性に優れている。
【0040】
また、本実施形態である高純度電気銅10においては、平均結晶粒径を15μm以上に設定しているので、結晶粒同士が融着する箇所が少なくなり、電析時の応力が低くなる。一方、平均結晶粒径を35μm以下に設定しているので、電気銅表面も平滑であり、電気銅の純度も99.9999mass%以上を保つことができる。よって、高純度電気銅10に残存する応力が少なくなり、反りの発生を抑制することができ、かつ高純度な銅を得ることができる。
【0041】
さらに、本実施形態である高純度電気銅10においては、高純度電気銅10の表面の光沢度が2以上であるので、不純物が取り込まれることを抑制でき、上述のように高純度化を図ることができる。また、カソード板1の表面に平滑に銅を電析させた場合、電着応力が高くなる傾向にあるが、上述のように、結晶の配向度を規定することで、電着応力を低く抑えることができる。
【0042】
また、本実施形態においては、上述のように、3種類の添加剤を電解液に添加しているので、純度が高く、かつ、表面が平滑な高純度電気銅10を得ることができる。また、電析時における電着応力を低く抑えることができ、残留応力が少なく反りの発生が抑制された高純度電気銅10を安定して製造することができる。
【0043】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、本実施形態においては、電解液として硫酸銅水溶液を用いたものとして説明したが、これに限定されることはなく、硝酸銅水溶液を用いても良い。
【実施例】
【0044】
以下に、前述した本実施形態である高純度電気銅を評価した評価試験の結果について説明する。
【0045】
電解液として、硫酸50g/L、硫酸銅5水和物197g/L、塩酸50mg/Lを含む硫酸銅水溶液と、硝酸5g/L、硝酸銅3水和物190g/L、塩酸50mg/Lを含む硝酸銅水溶液の2種類を準備した。用いた電解液を表2に示す。
そして、表1に示す添加剤A類,添加剤B類,添加剤C類を、それぞれ表2に示すように、上述の電解液に添加した。
【0046】
アノード板として、硫黄濃度が5massppm以下、及び、銀濃度が8massppm以下、純度が99.99mass%以上の電気銅(4NCu)を用いた。なお、アノード板から発生したスライムが電気銅に取り込まれないように、アノードバックを用いた。
カソード板として、SUS316からなるステンレス板を用いた。
【0047】
電流密度を150A/m2、浴温30℃の条件で電解を実施した。なお、添加剤A類、添加剤B類、添加剤C類については、初期の濃度を維持するように、減少分を逐次補給した。
以上のような条件で、カソード板であるステンレス板に銅を電析させ、本発明例及び比較例の電気銅を得た。
なお、光沢度、組成分析、断面組織観察を行う電気銅については、上述の条件で電析を7日間実施することによって製造した。
また、反り量を評価する電気銅については、上述の条件で電析を24時間実施することによって製造した。
【0048】
(組成分析)
得られた電気銅の中心部分から測定試料を採取し、GD-MS(グロー放電質量分析)装置(VG MICROTRACE社製 VG-9000)を用いて、Ag,Al,As,Au,B,Ba,Be,Bi,C,Ca,Cd,Cl,Co,Cr,F,Fe,Ga,Ge,Hg,In,K,Li,Mg,Mn,Mo,Na,Nb,Ni,O,P,Pb,Pd,Pt,S,Sb,Se,Si,Sn,Te,Th,Ti,U,V,W,Zn,Zrの含有量を測定した。その中でもガス成分(O,F,S,C,Cl)を除いた全ての成分を合算し、不純物の総量とした。測定結果を表3に示す。
【0049】
(断面組織観察)
得られた電気銅の中心部分から測定試料を採取し、電析の成長方向(電気銅の厚さ方向)に沿った断面をイオンミリング法によって加工し、EBSD装置(EDAX/TSL社製OIM Data Collection)付きFE-SEM(日本電子株式会社製JSM-7001FA)を用いて、測定範囲3500μm×1000μm、測定ステップ3μmで測定を行い、このデータと解析ソフト(EDAX/TSL社製OIM Data Analysis ver.5.2)を用いて解析を行った。
そして、上述の実施形態で記載した条件で、(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率、(111)±10°の面方位を有する結晶の面積率、結晶粒径の長軸aとこの長軸aに直交する短軸bで表されるアスペクト比b/aが0.33未満の結晶粒の面積率、平均結晶粒径を評価した。評価結果を表3に示す。
【0050】
(光沢度)
電気銅の表面の光沢度は、光沢度計(日本電色株式会社製HANDY GLOSSMETER PG-1M)を用いて、JIS Z 8741:1997に基づいて、入射角60°の条件で測定した。なお、測定箇所は、電気銅の電析面側中心部分とした。評価結果を表3に示す。
【0051】
(反り量)
上述のように、24時間の電析によって一辺が10cmの正方形平板状の電気銅を得て、これをカソード板から剥離し、電析面側を上に向けて平板の上に24時間放置した。そして、平板と電気銅の4隅との高さ方向の距離を測定し、この4点の平均値を反り量として評価した。評価結果を表3に示す。
【0052】
(電着応力)
表1及び表2と同一の条件で、ひずみゲージ式精密応力計(株式会社山本鍍金試験器製)を用いて、電着応力を測定した。電着応力の値は電析2時間後の値を用いた。カソード板には電析面の裏面にひずみゲージを貼り付けた上記ひずみゲージ式精密応力計に付属している専用銅カソード板を用いた。測定結果を表3に示す。
【0053】
【0054】
【0055】
【0056】
比較例1-3,6においては、(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率が40%を超えており、電気銅の反りが大きくなった。また、同一条件で電析させた際の電着応力が高くなっていることが確認された。
比較例4,5,6においては、Sの含有量が多く、不純物の総量も比較的高くなった。また、光沢度が低くなっており、電析時に凹凸が生じ、電解液が捕捉されたために純度が低下したと推測される。
【0057】
これに対して、本発明例1-7においては、(101)±10°の面方位を有する結晶の面積率が40%未満であり、電気銅の反りは認められなかった。また、同一条件で電析させた際の電着応力が低くなっていることが確認された。さらに、Sの含有量が少なく、不純物の総量も低く抑えられており、高純度の電気銅を得ることができた。
【0058】
以上のことから、本発明によれば、ガス成分を除いたCuの純度が99.9999mass%以上とされるとともにSの含有量が0.1massppm以下とされ、電析時における電着応力を低減することにより、安定して製造可能であるとともに、カソード板から剥離された後でも反りの発生が抑制されて取り扱い性に優れた高純度電気銅を提供可能であることが確認された。
【符号の説明】
【0059】
1 カソード板
10 高純度電気銅