(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-13
(45)【発行日】2024-03-22
(54)【発明の名称】リスク評価方法およびリスク管理方法
(51)【国際特許分類】
G06Q 10/0635 20230101AFI20240314BHJP
【FI】
G06Q10/0635
(21)【出願番号】P 2020026880
(22)【出願日】2020-02-20
【審査請求日】2022-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000221616
【氏名又は名称】東日本旅客鉄道株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001254
【氏名又は名称】弁理士法人光陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲吉▼留 和宏
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 綾
【審査官】小山 和俊
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-012316(JP,A)
【文献】特開2012-174125(JP,A)
【文献】特開2009-015483(JP,A)
【文献】特開2019-207521(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06Q 10/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象において過去に発生した事故について予め設定された複数のリスクシナリオごとに発生頻度と被害規模を集計したリスク分析データに基づいて、
コンピュータによって各リスクシナリオのリスクレベルを決定するリスク評価方法であって、
前記リスク分析データに含まれる前記複数のリスクシナリオのそれぞれのリスクを、被害規模と発生頻度をそれぞれX軸とY軸とする仮想グラフ上にプロットする第1ステップと、
前記複数のリスクシナリオのうち最もリスク値の高いリスクシナリオを通る等リスク線を最大等リスク線として前記仮想グラフに描画する第2ステップと、
前記複数のリスクシナリオのうち最もリスク値の小さいリスクシナリオを通る等リスク線を最小等リスク線として前記仮想グラフに描画し、前記最大等リスク線と
前記最小等リスク線との間を任意の数で等分割する第3ステップと、
等分割された複数の領域のそれぞれに属するリスクシナリオに対して、前記複数の領域のリスク値の大小関係に基づいてリスクレベルを付与する第4ステップと、
前記第4ステップで付与されたリスクレベルに応じて、リスク対策を実施する優先順位を決定する第5ステップと、
を含むことを特徴とするリスク評価方法。
【請求項2】
前記仮想グラフは、X軸とY軸をそれぞれ対数表示した両対数グラフであり、
前記等リスク線は、a,bを係数として、次式
Log
10
y=alog
10x+b
で表される直線であることを特徴とする請求項
1に記載のリスク評価方法。
【請求項3】
前記第5ステップの後、前記第4ステップで付与されたリスクレベルを、前記複数のリスクシナリオごとに発生頻度と被害規模を集計したリストのリスクレベル欄に記入した表を作成して出力するステップを含むことを特徴とする請求項1
または2に記載のリスク評価方法。
【請求項4】
前記第5ステップの後、前記第3ステップで実行された等分割の境界を表わす等リスク線を描画したグラフを作成して出力するステップを含むことを特徴とする請求項1~
3のいずれかに記載のリスク評価方法。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれかに記載のリスク評価方法により決定された優先順位に従ってリスク対策を実施した後、新たに発生した事故のデータを収集して予め設定された複数のリスクシナリオごとに発生頻度と被害規模を集計したリスク分析データを作成し、作成されたリスク分析データに基づいて再度前記リスク評価方法を実行することを繰り返すことを特徴とするリスク管理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、事業や施設、システム、製品等に存在するリスクを低減する安全対策の検討材料を提供するためにリスクを定量化するリスク評価方法およびそれを利用したリスク管理方法に関し、リスクシナリオをリスクの大きさに応じて段階的なレベルに区分し、得られたリスクレベルに基づいて各リスクシナリオのリスクを可視化するのに適したリスク評価方法およびリスク管理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、事業や施設等に存在するリスクを評価する技術として、リスクシナリオを時系列的に追いかけるイベントツリー解析法が知られている(例えば特許文献1、2参照)。しかし、イベントツリー解析法によるリスク評価が適していない事業や施設、システム、製品もある。
一方、リスクシナリオの危害の程度(災害の大きさ)と発生頻度をパラメータとし、マトリックスを活用してリスクの大きさを評価するR-Map手法が知られている(例えば非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2005-327214号公報
【文献】特許第4769016号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】経済産業省「リスクアセスメント・ハンドブック実務編2011年6月」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
R-Map手法では、リスクを、「許容できないリスク領域」と「許容されるリスク領域」と「安全領域」等の任意の複数の領域に区分して評価している。そのため、各リスクの大きさを段階的に把握することができるという利点がある。しかし、例えば、リスク評価手法として広く用いられているALARPの原則では、「許容できないリスク領域」(危険領域)と「許容されるリスク領域」とを分けるリスク基準Aと、「許容されるリスク領域」と「安全領域」とを分けるリスク基準Bを決定することがリスク評価の前提となっている。また、ALARPの原則に基づかなくとも、リスク分析の結果を許容できるか、できないかを判断するためには、まず、第一にリスク基準を設定してから、リスクを評価するという手順が原則となる。しかし、日本社会においては、特に災害が人命にかかわるものである場合、一企業においてリスク基準を意思決定すること自体が非常に困難であるという課題がある。
【0006】
そのため、R-Map手法を使用してリスクを可視化したとしてもリスク分析の結果をリスク基準と比較するという、ISO 31000やJIS Q 31000に示されるような国際規格や国内規格に基づいた手法でリスクを評価することは実質的には困難であることが多い。
また、R-Map手法におけるマトリックスは、リスクの大きさを評価する際には役立つものの、どのリスクレベルにどの程度のリスクが存在しているのかを直感的に把握することが困難であるという課題がある。
【0007】
この発明は上記のような背景のもとになされたものでその目的とするところは、リスク基準に関わらず、リスクシナリオをリスクの大きさに応じて段階的なレベルに区分し、得られたリスクレベルに基づいて各リスクシナリオのリスクレベルを可視化することができるリスク評価方法およびそれを利用したリスク管理方法を提供することにある。
この発明の他の目的は、各リスクシナリオのリスクレベルを直感的に認識することができるリスクマップを作成可能であり、それによりリスクマネジメントにおいてリスクが低減する様子を把握することができるリスク評価方法およびリスク管理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明は、
評価対象において過去に発生した事故について予め設定された複数のリスクシナリオごとに発生頻度と被害規模を集計したリスク分析データに基づいて、コンピュータによって各リスクシナリオのリスクレベルを決定するリスク評価方法において、
前記リスク分析データに含まれる前記複数のリスクシナリオのそれぞれのリスクを、被害規模と発生頻度をそれぞれX軸とY軸とする仮想グラフ上にプロットする第1ステップと、
前記複数のリスクシナリオのうち最もリスク値(発生頻度と被害規模との積)の高いリスクシナリオを通る等リスク線を最大等リスク線として前記仮想グラフに描画する第2ステップと、
前記複数のリスクシナリオのうち最もリスク値の小さいリスクシナリオを通る等リスク線を最小等リスク線として前記仮想グラフに描画し、前記最大等リスク線と前記最小等リスク線との間を任意の数で等分割する第3ステップと、
等分割された複数の領域のそれぞれに属するリスクシナリオに対して、前記複数の領域のリスク値の大小関係に基づいてリスクレベルを付与する第4ステップと、
前記第4ステップで付与されたリスクレベルに応じて、リスク対策を実施する優先順位を決定する第5ステップと、を含むようにしたものである。
【0009】
上記のようなリスク評価方法によれば、リスク基準に関わらず、複数のリスクシナリオをリスクの大きさに応じて段階的なレベルに区分することができる。その結果、得られたリスクレベルを例えば表またはグラフに記載することで可視化することができる、つまり各リスクシナリオのリスクレベルを直感的に認識することができるリスクマップを作成することができる。また、リスク基準を意思決定するのは困難であるが、最大等リスク線Rmaxと最小等リスク線Rminであれば、誰でも簡単に引くことができるとともに、誰が行なっても同一の線を引くことができる。
【0010】
また、上記方法によれば、最小等リスク線よりもリスクの小さい領域のリスクについては考える必要がないので、リスク評価をする者の負担を軽減することができる。
【0011】
また、望ましくは、前記仮想グラフは、X軸とY軸をそれぞれ対数表示した両対数グラフであり、
前記等リスク線は、a,bを係数として、次式
Log
10
y=alog10x+b
で表される直線であるようにする。
かかる方法によれば、リスクマップを対数グラフで表わすことができるため、例えば鉄道事業のように、被害規模が小さいものから非常に大きなものまで広範囲にわたるような対象に適用した場合に、リスクマップ上で各リスクシナリオを示すドット間が間延びせず、リスク全体の状況を把握し易くすることができる。なお、対数グラフでなく、通常のグラフで表示する場合には、等リスク線は曲線となる。
【0012】
さらに、望ましくは、前記第5ステップの後、前記第4ステップで付与されたリスクレベルを、前記複数のリスクシナリオごとに発生頻度と被害規模を集計したリストのリスクレベル欄に記入した表を作成して出力するステップを含むようにする。
上記方法によれば、リスクシナリオごとに発生頻度と被害規模を集計したリストにリスクレベルが記入された表が出力されるため、着目するリスクシナリオのリスクレベルを直ちに把握することができる。
【0013】
また、望ましくは、前記第5ステップの後、前記第3ステップで実行された等分割の境界を表わす等リスク線を描画したグラフを作成して出力するステップを含むようにする。
かかる方法によれば、リスクマップ上で等リスク線で挟まれている同一レベルのリスクシナリオが多いか少ないかや、評価対象の事業などに存在するリスクの傾向を直感的に把握することができる。
【0014】
また、本出願に係る他の発明であるリスク管理方法は、
上記のような手順により決定された優先順位に従ってリスク対策を実施した後、新たに発生した事故のデータを収集して予め設定された複数のリスクシナリオごとに発生頻度と被害規模を集計したリスク分析データを作成し、作成されたリスク分析データに基づいて再度前記リスク評価方法を実行することを繰り返すようにしたものである。
上記方法によれば、リスク評価と優先順位に従ったリスク対策の実施を繰り返すプロセスの循環によって、リスクを可能な限り低減させ続けることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明のリスク評価方法によれば、リスク基準に関わらずリスクシナリオをリスクの大きさに応じて段階的なレベルに区分し、各リスクシナリオのリスクレベルを直感的に認識することができるリスクマップを作成可能であり、それによりリスクマネジメントにおいてリスクが低減する様子を把握することができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明に係るリスク評価方法を適用するリスク評価装置の構成例を示すブロック図である。
【
図2】(A)は本発明に係るリスク評価方法の評価対象の分析データの一例を表形式で示した図、(B)は本発明に係るリスク評価方法により算出されたリスクレベルおよび優先順位を記入したデータリストの例を表形式で示した図である。
【
図3】本発明に係るリスク評価方法の手順の一例を示すフローチャートである。
【
図4】本発明に係るリスク評価方法により作成されるリスクマップの初期段階を示すグラフである。
【
図5】本発明に係るリスク評価方法により作成されるリスクマップの途中の段階を示すグラフである。
【
図6】本発明に係るリスク評価方法により作成される最終段階のリスクマップを示すグラフである。
【
図7】
図3のフローチャートのリスク評価方法の処理手順に従って優先順位を決定した後に実施する処理の手順の一例を示すフローチャートである。
【
図8】
図7のフローチャートの手順に従ったプロセスを実施することにより変化したリスクマップを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しつつ、本発明に係るリスク評価方法の一実施形態を、鉄道事業において発生するリスクの評価に適用した場合を例にとって説明する。なお、鉄道事業においては、車両、運転・操縦、駅・構内作業、指令業務、線路、信号・通信など異なる要素で発生するリスクがあり、これらの要素で発生するすべてのリスクをまとめて扱うことも可能であるが、そのようにするとリスクシナリオの数が膨大になり、グラフや表が煩雑になって把握が困難になるので、要素ごとにリスク分析とリスク評価を行うことが望ましい。また、例えば、首都圏と地方といったように自然環境や社会環境といった地域性が異なると、対象となるリスクの性質も異なるので、路線ごとあるいは事業エリアごとにリスク分析とリスク評価を行うことが望ましい。以下の説明では、1つの事業エリアにおいて、要素の一つである「車両」で発生するリスクの評価に、本発明を適用した場合を例にとって説明する。
【0018】
図1は、本実施形態のリスク評価方法を適用したリスク評価装置の一構成例を示すブロック図である。
図1に示すように、本実施形態におけるリスク評価装置10は、通常のコンピュータシステムと同様な構成を有しており、マイクロプロセッサ(CPU)のような演算処理装置11、RAMやROM、キーボードやマウスなどの入力装置12、ハードディスクドライバなどの記憶装置13、液晶パネルのような表示装置14、印字装置(プリンタ)15、これらの機能ブロック間を接続するバス16などを備えたデータ処理装置により構成されている。通信装置を備え、通信ネットワークを介して受信したリスク分析データを評価するようにしても良い。
【0019】
記憶装置13には、本発明に係るリスク評価方法を実行するプログラムの他、評価対象としての分析結果データが格納されている。なお、分析結果データは、予め対象となる要素(例えば車両)ごとに、例えば「乗客が列車走行中に車内で転倒する」など一般化したリスクシナリオを作成し、適用対象の事業エリアにおいて発生した事故のデータを要素に分類し、対象要素のリスクシナリオごとに発生頻度と被害規模(例えば死傷者数)を集計したものである。
【0020】
図2(A)には、評価対象としての分析結果データの一例を表形式で表したものが示されている。
図2(A)において、一番左側の項目はシナリオ番号、次の項目は例えば「乗客が列車走行中に車内で転倒する」といった一般化リスクシナリオの内容、次の項目は発生頻度(年平均件数、)次の項目は被害規模(1件当たりの平均死傷者数)、次の項目はリスク値、次の項目は評価結果であるリスクレベル、次の項目はリスク対策を実施すべき優先順位である。なお、
図2(A)の表は、評価前のデータであるため、リスクレベルと優先順位の欄は空白となっている。
【0021】
次に、上記リスク評価装置10(
図1)を利用した本実施形態のリスク評価方法の処理手順の一例について、
図3のフローチャートを用いて説明する。
図3のフローチャートに従った処理は、横軸(X軸)に被害規模、縦軸(Y軸)に発生頻度をとって各一般化リスクシナリオのリスクの分布を表わす対数グラフを作成し、作成した対数グラフを利用してリスク対策の優先順位を決定することを主な内容とするもので、リスク評価装置10を構成する演算処理装置11が、記憶装置13内に記憶されているリスク評価プログラムを実行することで実施される。なお、以下に説明する処理手順は一例であって、これに限定されるものでない。
【0022】
図3のリスク評価処理においては、先ず記憶装置13内に記憶されている事故データの分析結果データの中から評価対象の要素の分析結果データを読み込む(ステップS1)。続いて、横軸に被害規模、縦軸に発生頻度をとった対数グラフ上に、
図4に示すように、各一般化リスクシナリオをプロットする(ステップS2)。なお、上記グラフは、実際に表示装置14の画面上に表示される必要はなく、演算処理装置11内部で仮想的に生成される。
【0023】
次に、対数グラフ上にプロットされた複数のリスクシナリオの中から、リスク値の最も大きなリスクシナリオとリスク値の最も小さなリスクシナリオに着目する。ここで、リスク値は被害規模と発生頻度の積で表される値であり、この値が大きいほど、リスクが高いシナリオであることを意味する。
【0024】
次に、リスクシナリオのデータ(被害規模の値と発生頻度の値)から、式Log
10
y=alog10x+bのxとyにそれぞれ被害規模の値と発生頻度の値を代入するとともに、リスク値が等しいことを表わすxi×yi=xk×ykなる条件式から、上記式内の係数aと係数bの値を算出する(ステップS3,S4)。ここで、係数aは上記対数グラフ上における等リスク線の傾きを表わし、係数bは上記対数グラフ上における等リスク線の縦軸(発生頻度の値)の切片の大きさを表わしている。また、xiおよびyiはリスクシナリオが示す座標から、ykは任意に選んだxkとリスク値xi×yiから定まる。
【0025】
次に、上記対数グラフ上における全てのリスクシナリオの中から最もリスク値の大きなシナリオと最もリスク値の小さなシナリオを見つけ、
図5に示すように、最もリスク値の大きな等リスク線を最大等リスク線Rmaxとして描画し、最もリスク値の小さな等リスク線を最小等リスク線Rminとして描画する(ステップS5)。具体的には、例えば全てのリスクシナリオをそれぞれ通る等リスク線の切片の値bを算出し、全ての切片bのうち最もbの値が大きい等リスク線を最大等リスク線Rmaxとし、最もbの値が小さい等リスク線を最小等リスク線Rminとする。
【0026】
そして、最大等リスク線Rmaxと最小等リスク線Rminとによって挟まれた領域をN等分し、
図6に示すように、最大等リスク線Rmaxと最小等リスク線Rminとの間に等リスク線を描画する(ステップS6)。ここで、Nは2以上の整数であり、例えば10~20の間の任意の数を選択する。
図6には、一例として10等分した場合のグラフが示されている。その後、最大等リスク線Rmaxとその一つ下の等リスク線Rmax-1とで挟まれた領域に存在するリスクシナリオを見つけ、それらのリスクシナリオに、最大リスクレベルRmaxを付与する(ステップS7)。
【0027】
次に、等リスク線Rmax-1とその1つ下の等リスク線Rmax-2とで挟まれた領域に存在するリスクシナリオを見つけ、それらのリスクシナリオに、2番目のリスクレベルRmax-1を付与する(ステップS8)。そして、最小リスクレベルRminになったか否か判定し(ステップS9)、最小リスクレベルRminでないときはステップS8へ戻り最小リスクレベルRminになるまで上記処理を繰り返す。
【0028】
上記ステップS9で、最小リスクレベルRminに達した(Yes)と判定すると、ステップS10へ進み、同一リスクレベル内のリスクシナリオに対して、リスク対策の優先順位を決定する。具体的には、リスクレベルが異なる場合には、リスクレベルの大きいものからリスク対策を実施するように優先順位を決定する。また、同一リスクレベル内での優先順位も決定する。なお、同一リスクレベル内での優先順位の決定の仕方は任意であり、評価対象の要素の特性(一般化する場合には、評価対象の事業、施設、システム、製品の特性)に応じて、例えば被害規模の大きい順、あるいはリスク対策に要するコストの小さい順、発生頻度の大きい順、リスク値の大きい順に優先度を付与しても良い。
【0029】
その後、ステップS11へ進み、表またはグラフの出力要求があったか否か判定し、表の出力要求があった場合には、ステップS12へ進んで、
図2(B)に示すように、各リスクシナリオの「リスクレベル」と「優先順位」の欄にそれぞれ上記ステップで決定したリスクレベルの値と優先順位の値を記入した表を作成して、表示装置14に表示する。一方、グラフの出力要求があった場合には、ステップS13へ進んで、
図6に示す対数グラフを表示する。
【0030】
以上説明したように、上記実施形態のリスク評価方法によれば、リスク基準に関わらず、リスクシナリオをリスクの大きさに応じて段階的なレベルに区分し、得られたリスクレベルを表やグラフによって可視化することができる。
また、各リスクシナリオのリスクの大きさを直感的に認識することができるリスクマップを作成可能であり、リスクマップを対数グラフで表示することによって、鉄道事業のように、被害規模が小さいものから非常に大きなものまで広範囲にわたるような分野に適用した場合に、リスクマップ上で各リスクシナリオを示すドットの間隔が間延びせず、リスク全体の状況を把握し易くすることができる。
【0031】
さらに、例えばリスクマップを対数グラフで表示し、最小リスク値のリスクシナリオを通る等リスク線を最小等リスク線Rminとして引く代わりに、原点を通り、他の等リスク線と平行な直線を最小等リスク線とみなして、最大等リスク線Rmaxとみなし最小等リスク線との間の領域を等分割することも考えられる。しかし、この場合には、
図6の最小等リスク線Rminよりも原点側の領域(原点と最小等リスク線Rminで囲まれる領域)を含めてリスクレベルを決定することとなってしまう。この時、最小等リスク線Rminよりも原点側の領域には、リスクシナリオはプロットされないので、この領域を含めてリスクレベルを決定してしまうと、不必要な領域を含めてリスクを評価することとなり、リスク評価の精度が低下することが考えられる。
【0032】
これに対し、上記実施形態では、最もリスク値の大きな等リスク線を最大等リスク線Rmax、また最もリスク値の小さな等リスク線を最小等リスク線Rminとして、それらの間を等分割してリスクレベルを設定しているため、リスクがプロットされていない領域はリスク評価の対象領域とされず、リスク評価の精度を向上させることができる。
【0033】
次に、
図3のフローチャートのリスク評価方法の処理手順に従って優先順位を決定した後の処理について、
図7のフローチャートを用いて説明する。
図3のフローチャートのリスク評価方法に従って優先順位を決定した後は、決定した優先順位に従って、予め設定されているリスク対策を実施する(
図7のステップS21)。ここで、「リスク対策」とは、リスクを修正するために、1つ以上の選択肢を選び出すこと及びそれらの選択肢を実践することである。
【0034】
また、「選択肢」としては、例えばリスクを生じさせる活動を開始又は継続しないと決定することによってリスクを回避すること、ある機会を追求するためにリスクを取る又は増加させること、リスク源を除去すること、リスクシナリオの起こりやすさを変えること、結果(被害規模)を変えること、一つ以上の他者とリスクを共有すること、情報に基づいた意思決定によってリスクを保有すること、などがある。
【0035】
前述した優先順位に従ってリスクレベルの高いものからリスク対策を実施した場合、
図8(A),(B)に示すように、原点から遠いリスクシナリオから先にリスクが低下して最大等リスク線が原点へ近づく方向へ移動するとともに、リスク領域の幅が狭くなる。ただし、例えば鉄道事業では列車を運行する限りリスクはゼロになることはなく、リスク対策を実施することで他のリスクが発生したり、事故の風化によって再びリスクが増加したりすることもある。
【0036】
そこで、リスク対策を実施した後は、リスク対策を実施した評価対象について、所定期間、監視(モニタリング)ないしは観察(レビュー)を実施してデータを収集する(ステップS22)。その後、得られたデータからリスクを特定し(ステップS23)、リスクを分析して例えば
図2(A)に示すような分析結果を示す表を作成する(ステップS24)。そして、分析結果に基づいて再度上述したようなリスク評価(
図3)を実施するというように、上述したリスクマネジメントプロセスを循環させる。
【0037】
上記のようなプロセスの循環によって、リスクを可能な限り低減させ続けることができる。
そして、リスク評価を実施する際に、
図6に示すようなリスクマップ(対数グラフ)を表示することにより、リスクマネジメントにおいてリスクが低減する様子を把握することができる。
【0038】
以上、本発明を実施例に基づいて説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではない。例えば前記実施例では、対数グラフを用いて各リスクシナリオのリスクレベルの可視化をしているが、X軸またはY軸の一方を対数表示とした片対数グラフあるいは対数を使用しない通常のグラフを用いてリスクレベルの可視化をしても良い。また、前記実施例では、横軸を被害規模とし縦軸を発生頻度とするグラフとしているが横軸と縦軸が逆でもよく、グラフにおいて、リスク値の最も小さなリスクシナリオを通る等リスク線を最小等リスク線としているが、原点を通り、他の等リスク線と平行な線を最小等リスク線とみなしてリスクレベルの区分を行うようにしても良い。
【0039】
さらに、前記実施形態では、被害規模を「死傷者数/件」としているが、「被害金額/件」など他のパラメータをとってリスク評価を行うようにしても良い。
また、前記実施形態では、本発明を鉄道事業におけるリスク要因を評価する場合に適用したものについて説明したが、本発明は、鉄道以外の例えばバス(水上バスを含む)やフェリー、飛行機などを運行する交通事業におけるリスク要因を評価する場合にも適用することができる。
さらに、本発明は、交通事業以外の事業や施設、システム、製品や薬品の製造業におけるリスク評価にも広く利用することができる。
【符号の説明】
【0040】
10 リスク評価装置
11 演算処理装置
12 入力装置
13 記憶装置
14 表示装置
15 印字装置
16 バス