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特許7454438緩衝器および緩衝器用潤滑油の摩擦特性の調整方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-13
(45)【発行日】2024-03-22
(54)【発明の名称】緩衝器および緩衝器用潤滑油の摩擦特性の調整方法
(51)【国際特許分類】
   C10M 129/74 20060101AFI20240314BHJP
   C10M 129/76 20060101ALI20240314BHJP
   F16F 9/16 20060101ALI20240314BHJP
   C10N 40/06 20060101ALN20240314BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20240314BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20240314BHJP
【FI】
C10M129/74
C10M129/76
F16F9/16
C10N40:06
C10N30:06
C10N30:00 Z
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020076714
(22)【出願日】2020-04-23
(65)【公開番号】P2021172721
(43)【公開日】2021-11-01
【審査請求日】2022-12-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000000929
【氏名又は名称】カヤバ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123984
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 晃伸
(74)【代理人】
【識別番号】100102314
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 阿佐子
(74)【代理人】
【識別番号】100159178
【弁理士】
【氏名又は名称】榛葉 貴宏
(74)【代理人】
【識別番号】100206689
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 恵理子
(72)【発明者】
【氏名】加藤 慎治
【審査官】黒川 美陶
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-199535(JP,A)
【文献】特開2018-030978(JP,A)
【文献】特開昭61-060791(JP,A)
【文献】特表2010-511774(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M;C10N;F16F9/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
緩衝器用潤滑油組成物を含有する緩衝器であって、
前記緩衝器用潤滑油組成物が、
基油と、摩擦調整剤と、を含有し、
前記摩擦調整剤は、ペンタエリスリトールエステルを含有し、
前記ペンタエリスリトールエステルは、ペンタエリスリトールテトラエステルと、ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとを含むことを特徴とする、緩衝器。
【請求項2】
前記緩衝器用潤滑油組成物において、前記ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルが、ペンタエリスリトールジエステルである、請求項1に記載の緩衝器。
【請求項3】
前記緩衝器用潤滑油組成物において、前記ペンタエリスリトールテトラエステルと、前記ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとの配合比率が、静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦係数をB、滑り状態における摩擦係数をAとした場合に(B-A)/Aで表せられるスパイク指標が0.10以上となる配合比率である、請求項1または2に記載の緩衝器。
【請求項4】
前記緩衝器用潤滑油組成物において、前記ペンタエリスリトールエステル中における、前記ペンタエリスリトールテトラエステルの配合比率が40%以上である、請求項1ないし3のいずれかに記載の緩衝器。
【請求項5】
前記緩衝器用潤滑油組成物において、前記ペンタエリスリトールエステルは、前記ペンタエリスリトールテトラエステルを80%以上含む第1のペンタエリスリトールエステルと、前記ペンタエリスリトールジエステルを80%以上含む第2のペンタエリスリトールエステルとを含む、請求項2に記載の緩衝器。
【請求項6】
車両における車体と車軸との間に介装される緩衝器であって、
前輪側に取り付けられる緩衝器に充填される緩衝器用潤滑油組成物と、後輪側に取り付けられる緩衝器に充填される緩衝器用潤滑油組成物とで、前記ペンタエリスリトールエステルにおけるペンタエリスリトールテトラエステルの配合比率が異なる、請求項1ないしのいずれかに記載の緩衝器。
【請求項7】
前記前輪側に取り付けられる緩衝器に充填される緩衝器用潤滑油組成物では、前記後輪側に取り付けられる緩衝器に充填されている緩衝器用潤滑油組成物よりも、静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦係数をB、滑り状態における摩擦係数をAとした場合に(B-A)/Aで表せられるスパイク指標が低い、請求項6に記載の緩衝器。
【請求項8】
基油と、ペンタエリスリトールエステルとを含有する緩衝器用潤滑油組成物の摩擦特性の調整方法であって、
前記ペンタエリスリトールエステルは、ペンタエリスリトールテトラエステルと、ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとを含み、
前記ペンタエリスリトールテトラエステルと前記ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとの配合比率を調整することで、前記緩衝器用潤滑油組成物の摩擦特性を調整する、調整方法。
【請求項9】
静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦係数をB、滑り状態における摩擦係数をAとした場合に(B-A)/Aで表せられるスパイク指標が0.10以上となるように、ペンタエリスリトールテトラエステルと、ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとの配合比率を調整する、請求項8に記載の緩衝器用潤滑油組成物の摩擦特性の調整方法。
【請求項10】
ペンタエリスリトールエステル中における、ペンタエリスリトールテトラエステルの配合比率を40%以上とする、請求項8または9に記載の緩衝器用潤滑油組成物の摩擦特性の調整方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、緩器および緩衝器用潤滑油の摩擦特性の調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、緩衝器の制振力は、バルブで発生する油圧減衰力と、ピストンロッドとオイルシールまたはピストンとシリンダの摺動部で発生する摩擦力とを合わせた力となることが知られている。また、緩衝器の制振力が大きい場合には操作安定性は増すが乗り心地が悪化し、反対に、緩衝器の制振力が小さい場合には操作安定性は悪化するが乗り心地が良好となることが知られている。そのため、近年では、乗り心地性に着目し、緩衝器用潤滑油に添加する摩擦調整剤を調整することで、緩衝器用潤滑油の摩擦力を小さくし、緩衝器の制振力を小さくする研究が行われてきた(たとえば非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】ショックアブソーバの技術動向とトライボロジー(中西 博、トライボロジスト 2009年(Vol.54)9号 598頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
緩衝器は往復運動により制振力を発揮するが、油圧減衰力が立ち上がるまでは一定時間がかかる一方、摩擦力は応答性が高いため、静止状態から滑り状態に移行する際や、微振幅時には、摩擦力が緩衝器の制振力の重要なファクターとなる。しかしながら、従来のように、乗り心地性に着目し、緩衝器用潤滑油の摩擦力を小さくしてしまうと、制振力も小さくなり、操作安定性が悪化してしまうという問題があった。特に、近年は、整備された道路が多く、通常振幅よりも微振幅の振動が発生することが多いため、静止状態から滑り状態に移行する際や微振幅時において、操作安定性と乗り心地性とを両立することができる緩衝器用潤滑油組成物が望まれていた。
【0005】
本発明は、操作安定性と乗り心地性とを両立することができる緩衝器および緩衝器用潤滑油の摩擦特性の調整方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は下記(1)ないし(4)の緩衝器を要旨とする。
(1)緩衝器用潤滑油組成物を含有する緩衝器であって、前記緩衝器用潤滑油組成物が、基油と、摩擦調整剤と、を含有し、前記摩擦調整剤は、ペンタエリスリトールエステルを含有し、前記ペンタエリスリトールエステルは、ペンタエリスリトールテトラエステルと、ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとを含む、緩衝器。
(2)前記緩衝器用潤滑油組成物において、前記ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルが、ペンタエリスリトールジエステルである、上記(1)に記載の緩衝器。
(3)前記緩衝器用潤滑油組成物において、前記ペンタエリスリトールテトラエステルと、前記ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとの配合比率が、静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦係数をB、滑り状態における摩擦係数をAとした場合に(B-A)/Aで表せられるスパイク指標が0.10以上となる配合比率である、上記(1)または(2)に記載の緩衝器。
(4)前記緩衝器用潤滑油組成物において、前記ペンタエリスリトールエステル中における、前記ペンタエリスリトールテトラエステルの配合比率が40%以上である、上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の緩衝器。
【0007】
また、本発明は下記(5)ないし(8)の緩衝器を要旨とする。
(5)前記緩衝器用潤滑油組成物において、前記ペンタエリスリトールエステルは、前記ペンタエリスリトールテトラエステルを80%以上含む第1のペンタエリスリトールエステルと、前記ペンタエリスリトールジエステルを80%以上含む第2のペンタエリスリトールエステルとを含む、上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の緩衝器。
(6)車両における車体と車軸との間に介装される緩衝器であって、前輪側に取り付けられる緩衝器に充填される緩衝器用潤滑油組成物と、後輪側に取り付けられる緩衝器に充填される緩衝器用潤滑油組成物とで、前記ペンタエリスリトールエステルにおけるペンタエリスリトールテトラエステルの配合比率が異なる、上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の緩衝器。
(7)前記前輪側に取り付けられる緩衝器に充填される緩衝器用潤滑油組成物では、前記後方の車輪に取り付けられている緩衝器に充填されている緩衝器用潤滑油組成物よりも、静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦係数をB、滑り状態における摩擦係数をAとした場合に(B-A)/Aで表せられるスパイク指標が低い、上記(6)に記載の緩衝器。
【0008】
さらに、本発明は下記(8)または(10)の緩衝器用潤滑油の摩擦特性の調整方法を要旨とする。
(8)基油と、ペンタエリスリトールエステルとを含有する緩衝器用潤滑油組成物の摩擦特性の調整方法であって、前記ペンタエリスリトールエステルは、ペンタエリスリトールテトラエステルと、ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとを含み、前記ペンタエリスリトールテトラエステルと前記ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとの配合比率を調整することで、前記緩衝器用潤滑油組成物の摩擦特性を調整する、調整方法。
(9)静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦係数をB、滑り状態における摩擦係数をAとした場合に、(B-A)/Aで表せられるスパイク指標が0.1~0.3となるように、前記ペンタエリスリトールテトラエステルと前記ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとの含有比率を調整する、上記(8)に記載の緩衝器用潤滑油組成物の摩擦特性の調整方法。
(10)ペンタエリスリトールエステル中における、ペンタエリスリトールテトラエステルの配合比率を40%以上とする、上記(8)または(9)に記載の緩衝器用潤滑油組成物の摩擦特性の調整方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、操作安定性と乗り心地性とを両立することができる緩衝器用潤滑油組成物、潤滑油添加剤、および緩衝器用潤滑油の摩擦特性の調整方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明に係る潤滑油組成物の摩擦試験に用いた摩擦試験装置を説明するための図である。
図2】ペンタエリスリトールエステルの摩擦特性を説明するための図である。
図3】スパイク指標を説明するための図である。
図4】ペンタエリスリトールテトラエステルの配合比率と、潤滑油組成物のスパイク指標との関係を示すグラフである。
図5】ペンタエリスリトールテトラエステルの配合比率と、滑り状態における潤滑油組成物の平均摩擦係数との関係を示すグラフである。
図6】本発明に係る潤滑油組成物に係る摩擦特性の調整と、従来の潤滑油組成物における摩擦特性の調整とを説明するための図である。
図7】緩衝器用潤滑油の水酸基価と緩衝器用潤滑油の劣化度との関係を示すグラフである。
図8】ZnDTPを添加した緩衝器用潤滑油の摩擦係数と、ペンタエリスリトールエステルの含有量との関係を示すグラフである。
図9】ZnDTPの減少率と、ペンタエリスリトールの添加量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る緩衝器用潤滑油組成物、緩衝器および緩衝器用潤滑油の摩擦特性の調整方法を、図に基づいて説明する。なお、以下においては、本発明を、緩衝器用潤滑油組成物を例示して説明する。
【0012】
本実施形態に係る緩衝器用潤滑油は、(A)基油と、(B)摩擦調整剤と、を有し、(B)摩擦調整剤は、(B1)ジチオリン酸亜鉛(以下、ZnDTPともいう)と、(B2)ペンタエリスリトールとを含有する。
【0013】
(A)基油
本実施形態に係る緩衝器用潤滑油における基油は、鉱油及び/又は合成油である。鉱油や合成油の種類に特に制限はなく、鉱油としては、例えば、溶剤精製、水添精製などの通常の精製法により得られたパラフィン基系鉱油、中間基系鉱油又はナフテン基系鉱油などが挙げられる。 また、合成油としては、例えば、ポリブテン、ポリオレフィン〔α-オレフィン(共)重合体〕、各種のエステル(例えば、ポリオールエステル、二塩基酸エステル、リン酸エステルなど)、各種のエーテル(例えば、ポリフェニルエーテルなど)、アルキルベンゼン、アルキルナフタレンなどが挙げられる。 本発明においては、基油として、上記鉱油を一種用いてもよく、二種以上組み合わせて用いてもよい。また、上記合成油を一種用いてもよく、二種以上組み合わせて用いてもよい。更には、鉱油一種以上と合成油一種以上とを組み合わせて用いてもよい。
【0014】
(B)摩擦調整剤
本実施形態に係る緩衝器用潤滑油は摩擦調整剤を含有する。摩擦調整剤は、特に限定されないが、リン系、アミン系、またはエステル系などの種々の摩擦調整剤を含有することができる。摩擦調整剤の添加量を調整することで、緩衝器用潤滑油の摩擦係数を調整することができる。また、本実施形態に係る摩擦調整剤は、下記に説明するように、少なくとも(B1)ジチオリン酸亜鉛と(B2)ペンタエリスリトールエステルとを含有する。
【0015】
(B1)ジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)
ZnDTPは、一般に、下記化1で表される化合物であり、摩擦調整剤による摩擦係数の調整を補助する機能を有する。
【化1】
[上記化1において、Rはそれぞれ個別の炭化水素基を示し、直鎖状の一級アルキル基、分枝状の二級アルキル基、またはアリール基が挙げられる。]
【0016】
このように、ZnDTPとしては、一級アルキル基、二級アルキル基、またはアリール基を有するものなど複数の種類(構造)が知られているが、本実施形態に係る緩衝器用潤滑油では、以下に説明する2種類のZnDTPを含有する。
【0017】
すなわち、本実施形態に係る緩衝器用潤滑油は、第1のZnDTPとして、下記化2で示すZnDTPを含有する。
【化2】
[式1中、R11~R14はアルキル基であり、当該アルキル基は第一級アルキル基および第二級アルキル基を有する。すなわち、R11~R14のうち1つ以上3つ以下は第一級アルキル基であり、R11~R14のうち残りは第二級アルキル基である。]
【0018】
第1のZnDTPにおいて、第一級アルキル基は、特に限定されず、たとえばメチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、n-ノニル基、n-デシル基、イソアミル基、イソブチル基、2-メチルブチル基、2-エチルヘキシル基、2,3-ジメチルブチル基、2-メチルペンチル基などが挙げられるが、炭素数4~12のアルキル基(たとえばイソブチル基(炭素数4)や2-エチルヘキシル基(炭素数8))であることが好ましい。
【0019】
また、第1のZnDTPにおいて、第二級アルキル基は、特に限定されず、たとえばイソプロピル基、sec-ブチル基、1-エチルプロピル基、2-エチルヘキシル基、4-メチル-2-ペンチル基などが挙げられるが、炭素数3~6のアルキル基(たとえばイソプロピル基(炭素数3))であることが好ましい。
【0020】
また、第1のZnDTPにおいて、第一級アルキル基と第二級アルキル基の割合は、特に限定されないが、第二級アルキル基に対して、第一級アルキル基の割合が高い方が好ましい。
【0021】
第1のZnDTPの含有量は、特に限定されないが、緩衝器用潤滑油において0.1質量%以上含有することが好ましく、0.4質量%以上含有することがより好ましい。また、第1のZnDTPの含有量は、緩衝器用潤滑油において4.0質量%以下とすることが好ましく、2.0質量%以下とすることがより好ましい。
【0022】
このように、本発明に係る緩衝器用潤滑油では、第一級アルキル基および第二級アルキル基の両方を有する第1のZnDTPを含むことにより、摩擦調整剤を添加した場合に乗り心地性および操縦安定性に適した摩擦係数に容易に調整することができることに加えて、後述するように(後述の摩擦試験3および図12参照)、第一級アルキル基のみを有するZnDTP、および/または、第二級アルキル基のみを有するZnDTPを含有する緩衝器用潤滑油と比べて、摩擦係数のバラツキを抑えることができ、乗り心地性をより向上することができる。
【0023】
さらに、本実施形態に係る緩衝器用潤滑油は、摩擦調整剤として、第1のZnDTPとは異なる構造の、第2のZnDTPを有する。第2のZnDTPは、下記化3で表される。
【化3】
[式2中、R21~R24は第二級アルキル基である。すなわち、第2のZnDTPは第一級アルキル基を有さず、第二級アルキル基のみを有する。]
【0024】
第2のZnDTPが有する第二級アルキル基の炭素数は、特に限定されず、たとえばイソプロピル基、sec-ブチル基、1-エチルプロピル基、2-エチルヘキシル基、4-メチル-2-ペンチル基などが挙げられるが、第二級アルキル基として、炭素数3~8のアルキル基(たとえばイソプロピル基(炭素数3)、2-エチルヘキシル基(炭素数8)、または、イソブチル基(炭素数4)など)が好ましい。
【0025】
また、第2のZnDTPの含有量は、特に限定されないが、第1のZnDTPよりも少ない方が好ましく、ZnDTPの添加量(第1のZnDTPおよび第2のZnDTPの合計量)に対して20重量%以下となることが好ましい。
【0026】
なお、ZnDTPがどのようなアルキル基を含有しているかは、公知の測定方法により測定することができる。たとえば、C13-NMRを用いてZnDTPの構造を決定することもできるし、FT-IRの指紋領域を用いてP-O-Cの吸収帯、P=S P-Sの吸収帯の特徴から、アルキル基が第一級アルキル基または第二級アルキル基であるかを分析することでZnDTPの構造を決定することもできる。
【0027】
(B1)ジチオリン酸として、第二級アルキル基のみを有する第2のZnDTPを含有することで、第1のZnDTPのみを含有する場合と比べて、乗り心地をより向上させることができる。具体的には、走行時における微振動を、第1のZnDTPのみを含有する場合と比べて、より低減することができる。また、第2のZnDTPを炭素数3~8の第二級アルキル基を有するZnDTPとすることで、微振幅(低速度)と通常振幅(高速度)における摩擦係数の差を小さくすることができ、乗り心地性を向上させることができる。
【0028】
(B2)ペンタエリスリトールエステル
ペンタエリスリトールエステルは、4価の糖アルコールであり、ペンタエリスリトールが有する末端置換基である水酸基が脂肪酸残基とエステル結合している化合物である。ペンタエリスリトールエステルは、4つ全ての末端置換基が脂肪酸残基とエステル結合したペンタエリスリトールテトラエステルと、いずれかの末端置換基が脂肪酸残基とエステル結合した部分エステルであるペンタエリスリトールモノエステル、ペンタエリスリトールジエステルおよびペンタエリスリトールトリエステルとがある。以下においては、ペンタエリスリトールテトラエステルをPE4E、ペンタエリスリトールトリエステルをPE3E、ペンタエリスリトールジエステルをPE2E、ペンタエリスリトールモノエステルをPE1Eと略称して説明する。
【0029】
本発明に係るペンタエリスリトールエステルにおいて、脂肪酸残基は、特に限定されず、たとえば、ステアリン酸残基やオレイン酸残基などのC6~C22の脂肪酸残基とすることができる。また、脂肪酸残基として、カプリル酸、カプリン酸、オレイン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、リノール酸、アジピン酸、ペラルゴン酸、トール脂肪酸、ヤシ脂肪酸、ココナツ脂肪酸、牛脂脂肪酸を例示することもできる。
【0030】
本発明に係る緩衝器用潤滑油において、(B2)ペンタエリスリトールエステルは、(b21)PE4Eと、(b22)PE4E以外のペンタエリスリトールエステル、すなわち、PE3E、PE2EまたはPE1Eとを含有する。以下においては、(b22)EP4E以外のペンタエリスリトールエステルとして、PE2Eを用いて説明するが、PE4E以外のペンタエリスリトールエステルは、PE2Eに限定されず、PE3EやPE1Eであってもよい。また、PE4E以外のペンタエリスリトールエステルとして、PE3EとPE2Eの混合物、PE3EとPE1Eの混合物、PE2EとPE1Eの混合物、あるいは、PE3E、PE2EおよびPE1Eの混合物を用いることもできる。
【0031】
なお、PE4Eを製造する場合、PE4Eだけを製造することは技術的に困難であり、PE4EにPE1E、PE2E、PE3Eが混在してしまう場合がある。そのため、「ペンタエリスリトールテトラエステル」として市販されているものであっても、PE4Eのみで構成されているのではなく、PE4Eを主に含むが、PE4Eの他に、PE3E、PE2E、あるいはPE1Eなども含まれる。そのため、本発明に係る「ペンタエリスリトールテトラエステル」は、「ペンタエリスリトールテトラエステル」として市販されているペンタエリスリトールエステルの混合物としてもよいし、「ペンタエリスリトールテトラエステル」を80%以上含むペンタエリスリトールエステルの混合物とすることもできる。同様の理由から、本発明に係る「ペンタエリスリトールジエステル」は、「ペンタエリスリトールジエステル」として市販されているペンタエリスリトールエステルの混合物としてもよいし、「ペンタエリスリトールジエステル」を80%以上含むペンタエリスリトールエステルの混合物とすることができる。なお、PE1EおよびPE3Eについても同様である。
【0032】
次に、本発明に係る潤滑油組成物の摩擦特性について説明する。本発明では、図1に示す構成の摩擦試験装置10を用いて、潤滑油組成物の摩擦特性を分析した。なお、摩擦試験装置10は、図1に示すように、ピン・オン・ディスク型の摩擦試験装置であり、スライドベアリング1上に固定したディスク試験片2を電磁加振機3により往復運動させ、これにピン試験片4を押し当てて摺動させて生じた摩擦力を、ピン試験片4の固定軸5に取り付けたひずみゲージ6を用いて計測するものである。また、緩衝器の摩擦特性に影響する要素として緩衝器用潤滑油とオイルシールとの組み合わせがあるため、図1に示す摩擦試験装置10では、緩衝器においてオイルシールとして使用されるアクリロニトリル・ブタジエンゴム(NBR)をピン試験片4に用い、オイルリップ形状を模してピン試験片4の先端を140°の角度となるようにカットした。また、ディスク試験片2には、ピストンロッド表面に使用する硬質クロムめっき膜を用いた。なお、図1に示す例では、NBRのピン試験片4とクロムめっきされたディスク試験片2との間の摩擦力(摩擦係数)を測定しているが、銅ボールとクロムめっきされたディスク試験片2との間の摩擦力(摩擦係数)を測定してもよい。
【0033】
上記摩擦試験装置10を用いて、振幅±2.0mm、周波数1.5Hz、荷重20Nおよび温度30℃で、ピン試験片4とディスク試験片2とを往復させて、潤滑油組成物の平均摩擦係数を測定した。本実施例では、(B2)ペンタエリスリトールエステルとしてPE4Eのみを有する潤滑油組成物である比較例1と、(B2)ペンタエリスリトールエステルとしてPE2Eのみを有する潤滑油組成物である比較例2と、(B2)ペンタエリスリトールエステルとしてPE4EとPE2Eとを配合比率8:2で含有する潤滑油組成物である実施例を測定した。図2に、比較例1,2および実施例の摩擦特性の測定結果を示す。
【0034】
図2に示すように、ペンタエリスリトールエステルとしてPE4Eのみを含有する潤滑油組成物である比較例1では、比較例2と比べて、静止状態から滑り状態に移行する際(図2において破線Aで示す)に、摩擦力が瞬間的(一時的)に高くなり、滑り状態に移行すると摩擦力が低下するという、特有の摩擦特性を有する。これに対して、ペンタエリスリトールエステルとしてPE2Eのみを含有する潤滑油組成物である比較例2では、静止状態から滑り状態に移行する際(図2において破線Bで示す)の摩擦力が比較例1と比べて低く、静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦力と滑り状態に移行した後の摩擦力との差が小さくなっている。そして、PE4EとPE2Eとを混合した実施例では、静止状態から滑り状態に移行する際(図2において破線Cで示す)の摩擦力は、比較例1よりも低く、かつ、比較例2よりも高くなり、静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦力と滑り状態における摩擦力との差も比較例1よりも小さいが、比較例2よりも大きくなる。
【0035】
このように、PE4EとPE2Eとを配合することで、ペンタエリスリトールエステルとしてPE4Eのみを含む潤滑油組成物である比較例1と、ペンタエリスリトールエステルとしてPE2Eのみを含む潤滑油組成物である比較例2との間の摩擦特性を得ることができることがわかった。
【0036】
そこで、次に、PE4EとPE2Eとの配合比率を調整することで、潤滑油組成物の摩擦特性を調整することができるか検討した。このような摩擦特性を比較検討するためには、PE4EとPE2Eとの配合比率を調整することで得られる摩擦特性を数値化することが好ましい。そこで、まず、静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦力が滑り状態と比べて高くなるという、本発明に係る潤滑油組成物に特有の摩擦特性を、スパイク指標を用いて数値化することとした。図3は、潤滑油組成物のスパイク指標を説明するための図である。潤滑油組成物の摩擦特性を示すグラフにおいて、滑り状態に移行した後の摩擦力を「A」とし、静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦力を「B」とした場合、スパイク指標を、(B-A)/Aで表すこととした。
【0037】
そして、図4に、ペンタエリスリトールエステルにおけるPE4EとPE2Eとの配合比率(PE4Eの配合比率)と、潤滑油組成物のスパイク指標との関係を示した。図4に示すように、PE4Eの配合比率を高くするほど、スパイク指標が高くなることがわかった。このことは、PE4EとPE2Eとの配合比率を調整することで、静止状態から滑り状態に移行する際の摩擦力が滑り状態と比べて高くなるという潤滑油組成物の摩擦特性(スパイク特性)を調整することができるということである。なお、図4は、上記摩擦試験装置10を用いて、上述した条件(振幅±2.0mm、周波数1.5Hz、荷重20Nおよび温度30℃で、ピン試験片4とディスク試験片2とを往復させた条件)において摩擦試験を行った場合のスパイク指標の一例であり、たとえば、ピン試験片4やディスク試験片2の素材、往復運動における振幅、周波数、荷重などの条件を変えた場合には、スパイク指標は変化するものと考えられる。また、図4に示す例は、1種類のPE4Eと1種類のPE2Eとを配合した例であるが、複数のPE4E、または、複数のPE2Eを配合する構成とすることで、スパイク特性を調整する構成としてもよい。
【0038】
また、図5に、ペンタエリスリトールエステルにおけるPE4EとPE2Eとの配合比率(PE4Eの配合比率)と、滑り状態における潤滑油組成物の平均摩擦係数との関係を示した。図5に示すように、PE4Eの配合比率が90%となるまでは、PE4Eの配合比率を増やしても滑り状態における潤滑油組成物の平均摩擦係数に変化は生じない(または変化は少ない)。このことから、PE4EとPE2Eとの配合比率(PE4Eの配合比率)を変えることで、潤滑油組成物の平均摩擦係数をほぼ変化させることなく、潤滑油組成物のスパイク指標を変化させることが可能であることがわかった。潤滑油組成物の平均摩擦係数は、ペンタエリスリトールエステル以外の摩擦調整剤でも調整することができるため、本実施形態に係る潤滑油組成物では、PE4EとPE2Eとの配合比率(PE4Eの配合比率)を変えることで、平均摩擦係数およびスパイク指標を自在に調整することができ、運転者のニーズや目的に合わせた摩擦特性(すなわち、平均摩擦係数およびスパイク指標を含む摩擦特性)を有する潤滑油組成物を提供することが可能となる。なお、PE4Eの配合比率が90%を超えると、潤滑油組成物の平均摩擦係数が大きくなる傾向がある。そのため、PE4Eの配合比率は90%以下とすることが好ましい。
【0039】
さらに、ペンタエリスリトールエステルの脂肪酸残基の炭素数を調整することで、潤滑油組成物のスパイク指標を調整することもできる。ペンタエリスリトールエステルの脂肪酸残基の炭素数を大きくするほど、潤滑油組成物のスパイク指標は小さくなる傾向にあり、脂肪酸残基の炭素数を小さくするほど、潤滑油組成物のスパイク指標は大きくなる傾向にある。そのため、PE4EとPE2Eとの配合比率の調整に加えて、あるいは、PE4EとPE2Eとの配合比率の調整に代えて、潤滑油組成物のスパイク特性が所望のスパイク指標値となるように、ペンタエリスリトールエステルが有する脂肪酸残基の炭素数に着目してペンタエリスリトールエステルを選択することができる。また、異なる炭素数の脂肪酸残基を有する複数のペンタエリスリトールエステルを組み合わせることで、潤滑油組成物のスパイク指標を調整することもできる。
【0040】
続いて、本発明に係る潤滑油組成物の摩擦特性が、車両や運転者に対してどのような影響を与えるかを、実車試験により評価した。具体的には、PE4EとPE2Eとの配合比率を色々と変えた潤滑油組成物を、車両の前輪側緩衝器および後輪側緩衝器に充填し、プロドライバーにダートコースを走行してもらった。下記表1に、前輪側緩衝器および後輪側緩衝器におけるPE4Eの配合比率と、プロドライバーの評価の結果を示す。
【表1】
【0041】
たとえば、実施例1では、前輪側緩衝器および後輪側緩衝器に、ペンタエリスリトールエステルとしてPE4Eのみを含有する潤滑油組成物を充填して走行した後に、前輪側緩衝器だけを、ペンタエリスリトールエステルとしてPE4EとPE2Eとを配合比率8:2で含有する潤滑油組成物に代えて走行試験を行った。その結果、ドライバーより、「ハンドル量に応じてダンパーが思った通りに動く」、「リニアに反応する(ハンドル量とヨー速度が比例するように反応する)」、「フロントが沈み込む」、「コーナー初期の頭の入りが違う」、「コーナー出口で、一定舵角で走る事ができる」などの評価が得られた。
【0042】
また、実施例2では、実施例1の状態で走行した後に、後輪側緩衝器において、ペンタエリスリトールエステルとしてPE4EとPE2Eとを配合比率8:2で含有する潤滑油組成物に代えて走行試験を行った。その結果、ドライバーより、「トラクションは上がっている」、「リアが粘ってアンダーステアになってしまう」、「リアが柔らかすぎる」などの評価が得られた。
【0043】
さらに、実施例3では、実施例2の状態で走行した後に、前輪側緩衝器において、ペンタエリスリトールエステルとしてPE2Eのみを含有する潤滑油組成物に代えて走行試験を行った。その結果、ドライバーより、「フロントは引っ張る」、「トラクションが上がっている」、「ハイスピードコーナーでフロントが上下に動きすぎる」、「バネ上の動きが大き過ぎる」などの評価が得られた。
【0044】
また、実施例4では、実施例1の状態で走行した後に、後輪側緩衝器において、ペンタエリスリトールエステルとしてPE4EとPE2Eとを配合比率9:1で含有する潤滑油組成物に代えて走行試験を行った。その結果、ドライバーより、「乗りやすい」、「バランスがいい」、「ニュートラル」、「リニアに動く」、「姿勢が思い通りにでき,修正舵が必要ない」などの評価が得られた。
【0045】
さらに、実施例5では、実施例4の状態で走行した後に、前輪側緩衝器を、ペンタエリスリトールエステルとしてPE4EとPE2Eとを配合比率7:3で含有する潤滑油組成物に代えて走行試験を行った。その結果、ドライバーより、「トラクションはいい」、「フロントの沈み込み量、ピッチング,ロールは多い」、「特にフロントに荷重をかけてコーナーに進入した時にロールが大きく感じる」などの評価が得られた。
【0046】
以上のことから、ペンタエリスリトールエステルにおけるPE4Eの配合比率が高いほど、車体の揺れ(緩衝器よりも上部分における揺れ、上下方向および左右方向の揺れ)が少なく、また揺れても直ぐに収まる傾向にあり、走行安定性が高くなる傾向となることが分かった。また、車体の揺れが少ないため、コーナーにおいてハンドル量に応じた舵角で車を操舵でき(アンダーステアが抑制され)、操縦性が高くなる傾向にあることわかった。一方で、ペンタエリスリトールエステルにおけるPE4Eの配合比率が低いほど、トラクションが高くなる傾向にあることが分かった。
【0047】
このように、車体の安定性や操縦性と、トラクションとの関係は、トレードオフの関係にあるが、本実車試験および他の走行試験(実際のレーシング大会での走行を含む)の結果から、スパイク指標は以下の範囲とすることが好ましいことが分かった。すなわち、スパイク指標は0.1以上が好ましく、0.15以上がさらに好ましく、0.2以上がより好ましいことがわかった。さらに、スパイク指標は0.4以下とすることが好ましいと考えられる。このような範囲においてスパイク指標を調整することで、車体の安定性および操縦性と、トラクションとのバランスを良好とすることができることが分かった。また、このようなスパイク指標を得るために、PE4Eの配合比率は、40%以上とすることが好ましく、60%以上とすることがより好ましい。また、本実車試験では、実施例4に示す条件においてドライバーから最も高い評価を得ており、前輪側緩衝器においては、後輪側緩衝器よりもスパイク指標を低くするほうが、車体の安定性および操縦性が良好となることが分かった。
【0048】
このように、ペンタエリスリトールエステルのPE4Eの配合比率を調整することで、本発明に係る潤滑油組成物の摩擦特性を調整することができ、その結果、トレードオフの関係にある、車体の安定性や操縦性と、トラクションとを調整することができることが分かった。なお、従来の潤滑油組成物においても、摩擦調整剤の種類や量を変えることで、走行時の平均摩擦係数を調整し、車体の安定性および操縦性とトラクションとの関係をある程度調整することが可能であると考えられる。しかしながら、本発明に係る潤滑油組成物では、PE4EとPE2Eとの配合比率(PE4Eの配合比率)を変えることで、滑油組成物の平均摩擦係数をほぼ変えることなく、潤滑油組成物のスパイク指標を変えることが可能であるため、従来の摩擦調整剤による平均摩擦係数の調整と組み合わせることで、摩擦特性(すなわち、平均摩擦係数およびスパイク指標を含む摩擦特性)を調整できる幅が広がり、運転者のニーズや目的により合った潤滑油組成物を提供することが可能となる。その結果、本発明に係る潤滑油組成物では、従来の潤滑油組成物に比べて、図6に示すように、車体の安定性および操縦性とトラクションが高く(良好であり)、高いレベル(効用)でトラクションと車体安定性および操縦性とを調整することも可能となる。
【0049】
以上のように、本発明に係る潤滑油組成物は、摩擦調整剤として、(B2)ペンタエリスリトールエステルを含有し、(B2)ペンタエリスリトールエステルは、(b21)ペンタエリスリトールテトラエステルと、(b22)ペンタエリスリトールテトラエステル以外のペンタエリスリトールエステルとを含む。このように、ペンタエリスリトールエステルとして、PE4Eと、PE4E以外のペンタエリスリトールエステルとを配合することで、従来の潤滑油組成物と比べて、高いレベル(効用)で、車体の安定性および操縦性とトラクションとを調整することができる。
【0050】
以上、本発明の好ましい実施形態例について説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施形態の記載に限定されるものではない。上記実施形態例には様々な変更・改良を加えることが可能であり、そのような変更または改良を加えた形態のものも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0051】
たとえば、上述した実施形態に加えて、潤滑油組成物において、ペンタエリスリトールエステルを「主にPE4E」とする構成とすることができる。ここで、「主にPE4Eである」ペンタエリスリトールエステルとは、PE1E、PE2E、PE3EおよびPE4Eの中でPE4Eの割合が最も多いもの、あるいは、PE4Eを50%以上含むものを意味することができる。また、PE4Eを製造する場合、PE4Eだけを製造することは技術的に困難であり、PE1E、PE2E、PE3Eなどが混在してしまう。そのため、実際に、「ペンタエリスリトールテトラエステル」として市販されているものであっても、PE4Eのみで構成されているのではなく、PE4Eを主に含むが、PE4Eの他に、PE3E、PE2E、あるいはPE1Eなども含まれる。そのため、「PE4E」として市販されているペンタエリスリトールエステルを、本発明における「主にPE4Eである」ペンタエリスリトールエステルとして定義することもできる。
【0052】
また、「主にPE4E」であるペンタエリスリトールエステルは、以下のように定義することもできる。すなわち、PE4Eに加えて、PE3E、PE2E、PE1Eなども混在するペンタエリスリトールエステルについて、エステル基を測定し、エステル基の平均数が3よりも大きいペンタエリスリトールエステルを、「主にPE4E」であるペンタエリスリトールエステルとして特定することもできる。また、ペンタエリスリトールエステルについて、水酸基を測定し、水酸基の平均数が1よりも小さいペンタエリスリトールエステルを、「主にPE4E」であるペンタエリスリトールエステルとして
特定することもできる。ペンタエリスリトールエステルのエステル基または水酸基の平均数は、たとえばガスクロマトグラフィー質量分析法や液体クロマトグラフィー質量分析法を用いて測定することができる。
【0053】
また、このようなペンタエリスリトールエステルは、水酸基を有しないPE4Eを主に含むが、水酸基を含むPE3E、PE2E、PE1Eも一部含まれており、これら水酸基を含むペンタエリスリトールによる水酸基価が、0.5mgKOH/g以上であることが好ましく、1.0mgKOH/g以上であることがより好ましく、1.5mgKOH/g以上であることがさらに好ましい。
【0054】
緩衝器用潤滑油の水酸基価を0.5mgKOH/g以上とすることで、ペンタエリスリトールの分解(ペンタエリスリトールの分解による緩衝器用潤滑油の劣化)を抑制し、緩衝器用潤滑油の耐摩耗性を向上することができる。ここで、図7は、緩衝器用潤滑油の水酸基価と緩衝器用潤滑油の劣化度との関係を示すグラフである。なお、図7に示す例においては、ペンタエリスリトールエステルの添加量を調整することで、下記表2に示すように、水酸基価が0mgKOH/gである緩衝器用潤滑油(サンプル1)と、水酸基価が0.58mgKOH/gである緩衝器用潤滑油(サンプル2)と、水酸基価が1.16mgKOH/gである緩衝器用潤滑油(サンプル3)と、水酸基価が1.74mgKOH/gである緩衝器用潤滑油(サンプル4)とについて、緩衝器用潤滑油の劣化度を測定した。緩衝器用潤滑油の劣化度は、ブロックオンリング型の摩擦摩耗試験機であるFALEX-LFW1試験機を用い、摺動部に250mlの上記の各緩衝器用潤滑油を供給し、速度0.6m/s、荷重6581Nで摺動させた後、遠心分離機でスラッジを除去した後に、各緩衝器用潤滑油を測定することで行った。
【表2】
【0055】
図7および上記表2に示すように、ペンタエリスリトールエステルの添加量を増やし緩衝器用潤滑油の水酸基価を0.58mgKOH/gとすることで、200万回相当の緩衝器の動作においても、緩衝器用潤滑油の劣化度を55%まで抑制することができた。また、ペンタエリスリトールエステルの添加量をさらに増やし緩衝器用潤滑油の水酸基価を1.74mgKOH/gとすることで、200万回相当の緩衝器の動作においても、緩衝器用潤滑油の劣化度を10%未満の9.1%とすることができた。このように、緩衝器用潤滑油の水酸基価が高いほど、緩衝器用潤滑油の劣化度が小さくなる傾向にあることが分かった。特に、緩衝器用潤滑油の劣化を抑制する観点から、緩衝器用潤滑油の水酸基価は0.5mgKOH/g以上であることが好ましく、1.0mgKOH/g以上であることがより好ましく、1.5mgKOH/g以上であることがさらに好ましい。
【0056】
また、ペンタエリスリトールエステルを、0.5質量%以上含有し、より好ましくは1.0質量%以上含有する構成とすることもできる。ここで、図8は、ZnDTPを添加した緩衝器用潤滑油の摩擦係数と、ペンタエリスリトールエステルの含有量との関係を示すグラフである。図8に示すように、ペンタエリスリトールエステルの含有量を0.2質量%以上とした場合、ZnDTPを添加した緩衝器用潤滑油の摩擦係数は変動せずに、0.02~0.05の範囲内に収めることができる。このように、ペンタエリスリトールエステルの含有量を0.2質量%以上とすることで、ZnDTPを含有する緩衝器用潤滑油の摩擦係数の変動を抑制することができる。そのため、ペンタエリスリトールエステルの分解も考慮し、ペンタエリスリトールエステルを0.5質量%以上含有するものとし、好ましくは1.0質量%以上含有することができる。
【0057】
また、ペンタエリスリトールエステルを2.0質量%以上含有する構成とすることも好ましい。ペンタエリスリトールエステルが存在しない場合、ZnDTPが分解などにより減少してしまい、これにより緩衝器用潤滑油の摩擦係数が上昇し摩耗が発生してしまうためである。ここで、図9は、ZnDTPの減少率と、ペンタエリスリトールの添加量との関係を示すグラフである。なお、図9に示す例では、図7と同様に、ブロックオンリング型の摩擦摩耗試験機であるFALEX-LFW1試験機を用い、摺動部に250mlの潤滑油添加剤を供給し、速度0.6m/s、荷重6581Nで摺動させた後、遠心分離機でスラッジを除去した後に、FT-IRを用いて、ZnDTPの含有量を測定した。図9に示すように、ペンタエリスリトールを添加していない場合、200万回相当の緩衝器の動作においてZnDTPは80%程度減少することが分かった。これに対して、ペンタエリスリトールを0.5質量%添加させた場合には200万回相当の緩衝器の動作においてZnDTPの減少は55%程度まで抑制され、ペンタエリスリトールを1.0質量%添加させた場合には200万回相当の緩衝器の動作においてZnDTPの減少は25%程度にまで抑制され、ペンタエリスリトールを2.0質量%添加させた場合には200万回相当の緩衝器の動作においてZnDTPの減少は9%程度にまで抑制された。このように、緩衝器用潤滑油は、ペンタエリスリトールエステルを2.0質量%以上含有することで、ZnDTPの減少を有効に抑制することができ、その結果、緩衝器用潤滑油の劣化を抑制することができる。
【0058】
また、ペンタエリスリトールエステルを5.0質量%以上含有する構成とすることがさらに好ましい。これは、図7で例示したように、緩衝器用潤滑油の劣化を抑制するためには、緩衝器用潤滑油の水酸基価を0.5mgKOH/g以上とすることが好ましいが、緩衝器用潤滑油に含まれるペンタエリスリトールエステルは、主に、水酸基を有しないペンタエリスリトールテトラエステルであり、緩衝器用潤滑油の水酸基価を0.5mgKOH/g以上とするためには、ペンタエリスリトールエステルの含有量を5質量%以上とすることが好ましいためである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9