(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-13
(45)【発行日】2024-03-22
(54)【発明の名称】ボツリヌス毒素の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 21/02 20060101AFI20240314BHJP
C07K 14/33 20060101ALI20240314BHJP
C12N 1/20 20060101ALN20240314BHJP
C12N 9/16 20060101ALN20240314BHJP
C07K 1/18 20060101ALN20240314BHJP
【FI】
C12P21/02 Z
C07K14/33
C12N1/20 Z
C12N9/16 Z
C07K1/18
(21)【出願番号】P 2020561461
(86)(22)【出願日】2019-12-17
(86)【国際出願番号】 JP2019049436
(87)【国際公開番号】W WO2020129986
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2022-11-25
(31)【優先権主張番号】P 2018239214
(32)【優先日】2018-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000173692
【氏名又は名称】一般財団法人阪大微生物病研究会
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】横内 大輔
(72)【発明者】
【氏名】三浦 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】岡田 龍
(72)【発明者】
【氏名】山下 雄三
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 勇弥
(72)【発明者】
【氏名】西畑 省吾
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-531046(JP,A)
【文献】特表昭63-500142(JP,A)
【文献】特開2011-074025(JP,A)
【文献】EMD MILLIPORE,"Benzonase(R) endonuclease",[online], INTERNET,09/2018,2018年,pp.1-40,https://www.emdmillipore.com/Web-US-Site/en_CA/-/USD/ShowDocument-Pronet?id=201312.078,[検索日:04.03.2020(2020-03-04)]
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
C07K 1/00-19/00
C12Q 1/00- 3/00
C12N 9/00- 9/99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)培地中でボツリヌス毒素産生菌からボツリヌス毒素を産生させ、前記ボツリヌス毒素由来の菌体成分及び核酸成分とボツリヌス毒素とを含む混合物aを得る工程と、
(B)前記混合物aを前記菌体成分の除去に供し、核酸成分とボツリヌス毒素とを含む混合物bを得る工程と、
(C)前記混合物bにエンドヌクレアーゼを添加し、核酸分解物とボツリヌス毒素とを含む混合物cを得る工程と、
(D)前記混合物cを核酸分解物の除去に供し、ボツリヌス毒素単離液dを得る工程と、
を含
み、
酸沈殿の工程を含まない、ボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項2】
前記(C)工程において、前記エンドヌクレアーゼがセラチア菌Serratiamarcescens由来のエンドヌクレアーゼである、請求項1に記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項3】
前記(C)工程を、pH5.8~6.5の条件下で行う、請求項1又は2に記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項4】
前記(C)工程において、前記エンドヌクレアーゼを複数回添加する、請求項1~3のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項5】
前記(D)工程において、前記核酸分解物の除去が膜による除去を含む、請求項1~4のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項6】
さらに、(E)前記ボツリヌス毒素単離液dを、陽イオン交換クロマトグラフィーに供し、ボツリヌス毒素複合体の精製物を得る工程を含む、請求項1~5のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項7】
さらに、(F)前記ボツリヌス毒素複合体の精製物を、前記ボツリヌス毒素複合体から無毒性非HAタンパク質が乖離する条件下で陰イオン交換クロマトグラフィーに供し、ボツリヌス毒素非複合体の精製物を得る工程を含む、請求項6に記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項8】
少なくとも前記(A)工程が前培養工程と本培養工程とを含み、少なくとも前記前培養工程を静置培養で行う、請求項1~7のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項9】
前記前培養工程と前記本培養工程との両方を静置培養で行う、請求項1~8に記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項10】
前記(A)工程が、
(A1)pH6.8~8.0の培地中で前記ボツリヌス毒素産生菌の菌体増殖を行う工程と、
(A2)pH5.0~6.5の培地中で前記ボツリヌス毒素産生菌の発酵を行う工程と、
をこの順番で含む、請求項8又は9に記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項11】
前記(A)工程において、前記ボツリヌス毒素産生菌が、芽胞の形態で保存された菌体の発芽体である、請求項1~10のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項12】
前記(B)工程において、前記菌体成分の除去がフィルターろ過を含む、請求項1~11のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項13】
前記(F)工程において、前記条件がpH7.3~8.5である、請求項7~12のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項14】
前記(F)工程において、陰イオン交換クロマトグラフィーが弱陰イオン交換クロマトグラフィーである、請求項7~13のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
【請求項15】
請求項1~14のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法によって製造される、精製ボツリヌス毒素。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はボツリヌス毒素の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ボツリヌス菌は、芽胞を形成する偏性嫌気性グラム陽性桿菌であり、全身性麻痺をきたす神経毒素(ボツリヌス毒素)を産生する。ボツリヌス菌から産生されるボツリヌス毒素は、神経毒成分NTXに無毒成分が結合した複合体を成している。この複合体は、分子量の違いによって、LL毒素(900KDa)、L毒素(500KDa)、M毒素(300KDa)に分類される。M毒素は、NTXに無毒性且つ赤血球凝集活性のないタンパク質(無毒性非HAタンパク質)であるNTNHが結合しており、L毒素はM毒素に無毒性且つ赤血球凝集活性のあるHAタンパク質が結合しており、LL毒素はL毒素が2分子結合している。NTXのみで構成される毒素はS毒素(150KDa)と呼ばれる。NTXのみからなるS毒素は、複合体毒素をアルカリ条件に供してNTXとNTNHとを乖離させることによって単離することができる。
【0003】
ボツリヌス毒素は、A~G型の血清型に分類され、さらに、同じ血清型の毒素の中でも、毒素遺伝子の構造の違いによりいくつかの亜型に分類されている。例えばA型ボツリヌス菌は、A1型~A5型の亜型に分類され、A1型ボツリヌス菌は、LL毒素、L毒素及びM毒素を産生するが、A2型ボツリヌス菌は、M毒素のみを産生する。B型、C型及びD型ボツリヌス菌はLL毒素及びM毒素を産生する。E型及びF型ボツリヌス菌はM毒素のみを産生し、G型ボツリヌス菌はL毒素のみを産生する。
【0004】
ボツリヌス毒素は、その神経遮断作用を利用して臨床で応用されている。適用例としては、脳卒中後上肢/下肢痙縮、ジストニア、半側顔面痙攣、脳血管障害後後遺症、美容整形等が挙げられる。
【0005】
このような臨床上の有用性から、ボツリヌス菌からボツリヌス毒素を製造する方法が種々提案されている。ボツリヌス毒素の製造方法においては、ボツリヌス菌の培養後の培地を酸で処理することで、ボツリヌス毒素を酸沈殿させる手法が以前より用いられ、改良されている。例えば、特許文献1には、ボツリヌス毒素を含む発酵培養物を酸沈殿に供して酸沈殿物を得て、濃縮された酸沈殿物のサンプルを得ること;サンプルをヌクレアーゼ消化に供した後に疎水性相互作用カラムにローディングしてボツリヌス毒素複合体を捕捉すること;ボツリヌス毒素複合体を溶出し解離して、粗非複合ボツリヌス毒素を含む混合物を得ること;及びアニオン交換カラム及びカチオン交換カラムに供することを含む、非複合ボツリヌス毒素を精製するための方法が記載されている。また、特許文献2には、ボツリヌス毒素生産菌株培養液を酸で処理して、ボツリヌス毒素を酸沈殿させる工程;沈殿したボツリヌス毒素に緩衝溶液を添加した後、プロテアーゼ抑制剤および核酸分解酵素で処理したボツリヌス毒素を抽出する工程;抽出されたボツリヌス毒素を酸で処理してボツリヌス毒素を酸沈殿させた後、沈殿物を緩衝溶液に溶解させる工程;および陰イオン交換クロマトグラフィーを利用してボツリヌス毒素を精製する工程を含む、ボツリヌス毒素の製造方法が開示されている。
【0006】
一方で、ボツリヌス毒素の製造方法においては、上述のような酸沈殿を行わない手法も用いられる。例えば、特許文献3には、ボツリヌス菌を培養及び発酵するステップと;発酵培地に存在する細胞残屑を除去して発酵培地を採取するステップと;採取した培地を陰イオン交換媒体に接触させてボツリヌス神経毒素を捕捉するステップと;陰イオン交換媒体から溶出させた溶離液を陽イオン交換媒体に接触させるステップとを含む、A型ボツリヌス神経毒素複合体を得るプロセスが開示されている。また、特許文献4には、膜ろ過法により、ボツリヌス菌培養液からボツリヌス菌体を除去する工程;ボツリヌス菌体が除去されたボツリヌス毒素溶液を陰イオン交換クロマトグラフィーカラムに展開する工程;陰イオン交換クロマトグラフィーカラムの回収画分を陽イオン交換クロマトグラフィーカラムに展開してボツリヌス毒素成分を吸着させる工程、及びボツリヌス毒素を溶出する工程を含む、ボツリヌス毒素の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2013-508388号公報
【文献】特表2016-521968号公報
【文献】特表2012-532932号公報
【文献】特開2011-74025号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
酸沈殿を行うボツリヌス毒素の製造方法では、酸沈殿物には細胞成分(菌体成分)と核酸成分とが共沈しており、この酸沈殿物に対してヌクレアーゼ消化が行われることで、核酸成分が断片化される。なお、酸沈殿によって菌体を酸性条件に晒すことにより菌体から毒素が溶出され、当該毒素も菌体成分及び核酸成分と共に沈殿する。断片化された核酸成分と細胞成分とは、その後のクロマトグラフィー等を用いた精製操作によって除去される。しかしながら、酸沈殿を用いる手法は、酸沈殿の操作が煩雑であること;ボツリヌス毒素と共に断片化された核酸成分と細胞成分(菌体成分)とが大量に共存した状態で精製に供されるため、クロマトグラフィー等における分離が鋭敏でなく分離性能が低いこと;及び夾雑物が大量に共沈している不溶物に対してヌクレアーゼ消化が行われることで未消化の核酸が残存するリスク等が想定される。一方で、酸沈殿を行わないボツリヌス毒素の製造方法では、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーを用いて核酸除去が行われる。しかしながら、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーによる核酸除去を用いる手法も、毒素と核酸との両方が陰イオン交換担体に吸着することにより毒素の収率に限界があり、また、得られる毒素の比活性も満足できるレベルにない。
【0009】
そこで本発明は、簡便で、毒素収率が高く、且つ比活性の高い毒素が得られる、ボツリヌス毒素の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は鋭意検討の結果、これまで菌体成分がボツリヌス毒素と不可避的に共存する酸沈殿物に対してしか適用されてこなかったヌクレアーゼ処理を、ボツリヌス菌培養発酵物から菌体成分を除去したボツリヌス毒素混合物に対して施すことで、酸沈殿も、核酸除去のための陰イオン交換クロマトグラフィーも用いることなく、毒素収率が高く、且つ比活性の高いボツリヌス毒素を製造できることを見出した。本発明は、この知見に基づいて、さらに検討を重ねることにより完成された発明である。
【0011】
すなわち、本発明は以下に掲げる態様の発明を提供する。
項1.(A)培地中でボツリヌス毒素産生菌からボツリヌス毒素を産生させ、前記ボツリヌス毒素由来の菌体成分及び核酸成分とボツリヌス毒素とを含む混合物aを得る工程と、
(B)前記混合物aを前記菌体成分の除去に供し、核酸成分とボツリヌス毒素とを含む混合物bを得る工程と、
(C)前記混合物bにエンドヌクレアーゼを添加し、核酸分解物とボツリヌス毒素とを含む混合物cを得る工程と、
(D)前記混合物cを核酸分解物の除去に供し、ボツリヌス毒素単離液dを得る工程と、
を含む、ボツリヌス毒素の製造方法。
項2. 前記(C)工程において、前記エンドヌクレアーゼがセラチア菌Serratia marcescens由来のエンドヌクレアーゼである、項1に記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項3. 前記(C)工程を、pH5.8~6.5の条件下で行う、項1又は2に記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項4. 前記(C)工程において、前記エンドヌクレアーゼを複数回添加する、項1~3のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項5. 前記(D)工程において、前記核酸分解物の除去が膜による除去を含む、項1~4のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項6. さらに、(E)前記ボツリヌス毒素単離液dを、陽イオン交換クロマトグラフィーに供し、ボツリヌス毒素複合体の精製物を得る工程を含む、項1~5のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項7. さらに、(F)前記ボツリヌス毒素複合体の精製物を、前記ボツリヌス毒素複合体から無毒性非HAタンパク質が乖離する条件下で陰イオン交換クロマトグラフィーに供し、ボツリヌス毒素非複合体の精製物を得る工程を含む、項6に記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項8. 少なくとも前記(A)工程が前培養工程と本培養工程とを含み、少なくとも前記前培養工程を静置培養で行う、項1~7のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項9. 前記前培養工程と前記本培養工程との両方を静置培養で行う、項1~8に記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項10. 前記(A)工程が、
(A1)pH6.8~8.0の培地中で前記ボツリヌス毒素産生菌の菌体増殖を行う工程と、
(A2)pH5.0~6.5の培地中で前記ボツリヌス毒素産生菌の発酵を行う工程と、
をこの順番で含む、項8又は9に記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項11. 前記(A)工程において、前記ボツリヌス毒素産生菌が、芽胞の形態で保存された菌体の発芽体である、項1~10のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項12. 前記(B)工程において、前記菌体成分の除去がフィルターろ過を含む、項1~11のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項13. 前記(F)工程において、前記条件がpH7.3~8.5である、項7~12のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項14. 前記(F)工程において、陰イオン交換クロマトグラフィーが弱陰イオン交換クロマトグラフィーである、項7~13のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法。
項15. 比活性が3.0×107U/mg以上であることを特徴とする、精製ボツリヌス毒素。
項16. 項1~14のいずれかに記載のボツリヌス毒素の製造方法によって製造される、精製ボツリヌス毒素。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、簡便で、毒素収率が高く、且つ比活性の高い毒素が得られる、ボツリヌス毒素の製造が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施例1におけるボツリヌス毒素精製を示す電気泳動ゲルの染色像を示す。
【
図2】比較例1におけるボツリヌス毒素精製を示す電気泳動ゲルの染色像を示す。
【
図3】実施例2におけるボツリヌス毒素精製を示す電気泳動ゲルの染色像を示す。
【
図4】実施例3におけるボツリヌス毒素精製を示す電気泳動ゲルの染色像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のボツリヌス毒素の製造方法は、(A)培地中でボツリヌス毒素産生菌からボツリヌス毒素を産生させ、前記ボツリヌス毒素由来の菌体成分及び核酸成分とボツリヌス毒素とを含む混合物aを得る工程と;(B)前記混合物aを前記菌体成分の除去に供し、核酸成分とボツリヌス毒素とを含む混合物bを得る工程と;(C)前記混合物bにエンドヌクレアーゼを添加し、核酸分解物とボツリヌス毒素とを含む混合物cを得る工程と;(D)前記混合物cを核酸分解物の除去に供し、ボツリヌス毒素単離液dを得る工程と、を含む。さらに、本発明のボツリヌス毒素の製造方法は、(E)前記ボツリヌス毒素単離液dを、陽イオン交換クロマトグラフィーに供し、ボツリヌス毒素複合体の精製物を得る工程、又は更に(F)前記ボツリヌス毒素複合体の精製物を、前記ボツリヌス毒素複合体から無毒性非HAタンパク質が乖離する条件下で陰イオン交換クロマトグラフィーに供し、ボツリヌス毒素非複合体の精製物を得る工程を含んでもよい。
【0015】
本発明におけるボツリヌス毒素は、血清型として、A型、B型、C型、D型、E型、F型、およびG型の血清型のものが挙げられる。また、ボツリヌス毒素には、ボツリヌス毒素複合体及びボツリヌス毒素非複合体が含まれる。ボツリヌス毒素複合体には、LL毒素(900KDa)、L毒素(500KDa)、及びM毒素(300KDa)が挙げられる。また、ボツリヌス毒素非複合体は、NTXのみからなるS毒素(150KDa)を指す。NTXは、50KDaの軽鎖と100KDaの重鎖とがジスルフィドを介して結合した2本鎖フラグメント構造を有する。
【0016】
(A)ボツリヌス毒素産生菌からのボツリヌス毒素の産生
(A)工程では、培地中でボツリヌス毒素産生菌からボツリヌス毒素を産生させ、前記ボツリヌス毒素由来の菌体成分及び核酸成分とボツリヌス毒素とを含む混合物aを得る。
【0017】
本工程において産生されるボツリヌス毒素としては、天然ボツリヌス毒素及び修飾ボツリヌス毒素が挙げられる。修飾ボツリヌス毒素は、天然ボツリヌス毒素と比較して、そのアミノ酸のうちの少なくとも1つが欠失、修飾、付加、挿入または置換されたボツリヌス毒素を意味する。修飾ボツリヌス毒素は、組換え的に産生された神経毒であってよい。修飾ボツリヌス毒素は、ボツリヌス毒素受容体に結合する能力、ニューロンからの神経伝達物質の放出を阻害する能力等の、天然ボツリヌス毒素の生物学的活性を少なくとも1つ有していればよい。修飾ボツリヌス毒素の例としては、ボツリヌス毒素血清型(血清型A等)由来の軽鎖と、異なるボツリヌス毒素血清型(血清型B等)由来の重鎖とを有するボツリヌス毒素が挙げられる。また、本工程においては、1種のボツリヌス毒素が産生されてもよいし、複数種のボツリヌス毒素が産生されてもよい。精製効率等の観点からは、1種のボツリヌス毒素が産生されることが好ましい。
【0018】
ボツリヌス毒素産生菌(以下、ボツリヌス菌とも記載する)は、上記のボツリヌス毒素を産生する菌であればよく、例えば、クロストリジウム・ボツリナム(Clostridium botulinum)、及びその組換え体が挙げられる。より具体的には、LL毒素、L毒素及びM毒素を産生するA1型ボツリヌス菌;M毒素のみを産生するA2型ボツリヌス菌;LL毒素及びM毒素を産生するB型、C型及びD型ボツリヌス菌;M毒素のみを産生するE型及びF型ボツリヌス菌;及びL毒素のみを産生するG型ボツリヌス菌が挙げられる。好ましくは、M毒素のみを産生するA2型、E型及びF型ボツリヌス菌が挙げられ、より好ましくはA2型ボツリヌス菌が挙げられる。具体的には、A2型ボツリヌス菌株として、乳児ボツリヌス症原因菌が挙げられ、より具体的には、Kyoyo-F、Chiba-H、Y-8036、7I03-H、7I05-H、KZ1828等が挙げられ、好ましくはChiba-Hが挙げられる。また、ボツリヌス毒素産生菌は、芽胞の形態で保存されたボツリヌス菌体の発芽体であることが好ましい。これによって、シード菌株としての安定性が向上し、効率的に毒素を産生させることができる。
【0019】
培地中でボツリヌス毒素産生菌からボツリヌス毒素を産生する方法としてはどのような方法を用いてもよい。例えば、Sakaguchiらの方法(Sakaguchi G., Biomedical aspects of botulism: Purification and oral toxicities of Clostridium botulinum progenitor toxins.,21-34,Lewis GE.,1981, Academic Press,New York)が挙げられる。(A)工程には、前培養工程と本培養工程とを含むことができる。前培養工程は好ましくは静置培養にて行うことができ、本培養工程は好ましくは撹拌培養又は静置培養にて行うことができる。さらに好ましくは、前培養工程と本培養工程との両方を静置培養で行うことができる。
【0020】
前培養工程は菌体の拡大培養を行う工程であり、本培養工程は菌体の生産培養を行う工程である。本培養工程は、(A1)ボツリヌス毒素産生菌の菌体増殖を行う工程と、(A2)ボツリヌス毒素産生菌の発酵を行う工程とを、この順番で含むことが好ましい。(A2)工程では、ボツリヌス毒素の溶出(溶菌)と菌の増殖との両方が進行する。
【0021】
さらに、(A1)工程における培地のpHは、菌の増殖をより良好に進行させる観点から、6.8~8.0であることが好ましい。具体的には、pH7.0~8.0、好ましくはpH7.1~8.0、より好ましくはpH7.2~8.0、さらに好ましくはpH7.2~7.8に調整された培地を用意し、当該培地を用いて(A1)工程を開始することができる。
【0022】
また、(A2)工程における培地のpHは、ボツリヌス毒素の溶出(溶菌)と菌の増殖とをより良好に進行させる観点から、5.0~6.5であることが好ましい。
【0023】
(A2)工程において上記pHへ調整する方法の一例としては、(A2)工程においてpH調整剤を培地に添加することで人為的にpHを下げる方法が挙げられる。人為的にpHを下げる操作は、(A1)工程による菌の増殖がピークに達したことを確認した後に行うことができる。このような人為的にpHを下げる方法は、好ましくは撹拌培養の場合に行われる。
【0024】
(A2)工程において上記pHへ調整する方法の他の例としては、(A1)工程から人為的に制御することなく自然にpHが下がる現象を利用する方法が挙げられる。自然にpHが下がる現象を利用した調整は、好ましくは静置培養の場合に行うことができる。なお、自然にpHが下がることによって(A1)工程から(A2)工程に移行させた場合、(A)工程が進行し完了したことの確認は、培地のpHが、好ましくは5.5~6.5まで下がっていることを確認することにより行うことができる。
【0025】
(A)工程で用いられる培地は特に限定されず、当業者によって適宜選択される。好ましくは、培地には、植物性ペプトン及び動物由来ペプトンの少なくともいずれかが含まれる。植物性ペプトンは、植物から得たタンパク質の分解産物であり、エンドウ豆、大豆、綿実、小麦グルテン等に由来するものが挙げられ、好ましくはエンドウ豆由来ペプトンが挙げられる。動物由来ペプトンは、動物組織由来のタンパク質分解産物であり、豚、牛、羊等に由来するものが挙げられ、好ましくは豚由来ペプトンが挙げられる。前培養工程で用いられる培地中の、植物性ペプトン及び動物由来ペプトンの総含有量としては、例えば1~12w/v%、好ましくは2~10w/v%が挙げられ、本培養工程で用いられる培地中の、植物性ペプトン及び動物由来ペプトンの総含有量としては、前培養工程で用いられる培地における植物性ペプトン及び動物由来ペプトンの総含有量よりも少ないことが好ましく、例えば植物性ペプトン及び動物由来ペプトンの総含量として、0.1~5w/v%、好ましくは1~3w/v%が挙げられる。なお、本明細書において、単位「w/v%」とは、第十七改正日本薬局方における質量対容量百分率を指す。
【0026】
また、培地には、炭素源及び培地還元剤を含むことができる。炭素源としては、単糖類(例えば、グルコース、フルクトースなど)、二糖類(例えば、マルトース、スクロースなど)、オリゴ糖、多糖類(例えば、デキストリン、シクロデキストリン、澱粉など)または糖アルコール(例えば、キシリトール、ソルビトール、エリスリトールなど)が挙げられ、好ましくは単糖類が挙げられ、より好ましくはグルコースが挙げられる。培地還元剤としては、チオグリコール酸ナトリウム、システイン、L-アスコルビン酸ナトリウム等が挙げられ、好ましくはチオグリコール酸ナトリウムが挙げられる。
【0027】
(A)工程終了時の培地には、ボツリヌス毒素産生菌が産生したボツリヌス毒素が、ボツリヌス毒素産生菌由来の菌体成分及び核酸成分と共存している。従って、(A)工程によって、ボツリヌス毒素産生菌由来の菌体成分及び核酸成分とボツリヌス毒素とを含む混合物aが得られる。混合物aには、菌体成分、核酸成分及びボツリヌス毒素以外に、培地成分も含まれる。
【0028】
(B)菌体成分の除去
(B)工程では、(A)工程で得られた混合物aを前記菌体成分の除去に供し、核酸成分とボツリヌス毒素とを含む混合物bを得る。本発明では、例えば酸沈殿のような混合物aからボツリヌス毒素とともに菌体成分と核酸成分とを沈殿させる手法は行わず、先に核酸成分を除去する手法も行わない。このため、本発明は、酸沈殿等の沈殿処理のような煩雑な操作が不要となる。また、酸沈殿を行わないため、ボツリヌス毒素のロスが少なく、優れた収率を達成することができる。さらに、ボツリヌス毒素が強い酸性条件に晒されないため、ボツリヌス毒素の毒素活性を良好に保つことができる。なお、本発明では、(B)工程による菌体成分の除去を行う前に、混合物aにヌクレアーゼを加えることも行わない。
【0029】
菌体成分の除去のための手法としては特に限定されず、具体的には、孔径が0.22μm以下のフィルターにて混合物をろ過した場合の溶出液と同等以上の菌体成分の分離能を有する手法であればよい。つまり、本発明において菌体成分の除去における除去精度としては、少なくとも、孔径が0.22μm以下のフィルターによって達成される場合と同等以上の除去精度が満たされていればよい。
【0030】
菌体成分の除去のための手法のより具体的な例としては、例えば、フィルターろ過、遠心分離、膜ろ過が挙げられ、好ましくはフィルターろ過が挙げられる。フィルターろ過に用いられるフィルターの孔径としては、例えば10μm以下が挙げられる。フィルターろ過は、孔径が異なるフィルターを用い、ろ過対象が供されるフィルターの孔径が段階的に小さくなるように複数段階に亘って行ってもよい。この場合、フィルターろ過は、2~4段階、好ましくは3~4段階に亘って行うことができる。フィルターろ過を複数段階に亘って行う場合、最終段階において用いられるフィルターの孔径は、菌体成分を一層適格に除去する観点から、0.22μm以下であることが好ましい。使用するフィルターの材質としては、セルロース、パーライト、レジン、珪藻土、ポリエーテルスルホン、酢酸セルロース、ポリフッ化ビニリデン等が挙げられる。
【0031】
(B)工程で除去されるものは、主に、菌体成分である。また、(B)工程では、菌体成分とともに核酸成分も部分的に除去されてもかまわない。フィルターろ過を行う場合は、フィルター上に菌体成分がとどまり、溶出液を混合物bとして回収する。
【0032】
このように混合物aから菌体成分を除去することで、核酸成分とボツリヌス毒素とを含む混合物bが得られる。また、混合物bは、適宜、濃縮されたものとして得てもよい。例えば、上記のフィルターを通過した溶出液を更に濃縮することで得てもよい。濃縮の手法としては特に限定されず、好ましくは膜濃縮が挙げられる。この場合、限外ろ過膜を用い、リン酸緩衝液、MES緩衝液等の、ボツリヌス毒素を溶解できる緩衝液で緩衝液置換をすることが好ましい。限外ろ過膜の孔径(分画分子量)としては、20~40KDa、好ましくは25~35KDaが挙げられる。
【0033】
混合物bは菌体成分が除去されており、実質的に澄明な液体として得ることができる。より好ましくは、混合物bは、核酸成分とボツリヌス毒素とを、上述の緩衝液とともに含む態様で得ることができる。また、混合物bには、上記の培地成分も引き続き含みうる。
【0034】
(C)エンドヌクレアーゼ処理
(C)工程では、混合物bにエンドヌクレアーゼを添加し、核酸分解物とボツリヌス毒素とを含む混合物cを得る。上述のとおり、本発明では、ボツリヌス毒素の製造でよく行われる、ボツリヌス毒素とともに菌体成分と核酸成分とを沈殿させる酸沈殿等の手法は行わない。まず、核酸成分を除去するため、菌体成分が予め除去された混合物bに対してエンドヌクレアーゼを添加する。エンドヌクレアーゼの作用によって、混合物b中の核酸成分が断片化され、核酸分解物を生じる。これによって、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーを用いなくとも、後述の(D)工程において優れた効率で核酸分解物を除去すること(残存する核酸種がより少なくなるように核酸種が除去されること)が可能になる。また、本発明では、混合物bで予め菌体成分が除去されているため、菌体成分に邪魔されることなくエンドヌクレアーゼが核酸成分に対して作用しやすい。従って未消化核酸の残存を抑制して効率的に断片化することも可能となる。この点も、後述の(D)工程において優れた効率で核酸分解物を除去することに寄与する。
【0035】
エンドヌクレアーゼとしては、エンドヌクレアーゼ活性を有している酵素を特に制限なく用いることができる。また、エンドヌクレアーゼの基質となる核酸成分は、DNA及びRNAが挙げられ、好ましくは、DNA及びRNAの両方を分解可能な酵素が挙げられる。具体的なエンドヌクレアーゼとしては、Shewanella sp.由来のエンドヌクレアーゼ、Staphylococcus aureus由来のエンドヌクレアーゼ、セラチア菌Serratia marcescens由来のエンドヌクレアーゼが挙げられ、これらのエンドヌクレアーゼの中でも、セラチア菌由来のエンドヌクレアーゼが特に好ましい。
【0036】
セラチア菌由来のエンドヌクレアーゼの具体例としては、ベンゾナーゼ(メルク・カー・ゲー・アー・アー登録商標)、デナラーゼ(シーレクターゲーエムベーハー登録商標)、及びカネカエンドヌクレアーゼ(カネカ社製)が挙げられ、好ましくはベンゾナーゼ及びデナラーゼが挙げられ、より好ましくはベンゾナーゼが挙げられる。セラチア菌由来のエンドヌクレアーゼの至適pHは、一般のエンドヌクレアーゼに比べて高く、具体的には7.5~9.2程度である。より具体的には、ベンゾナーゼの至適pHが8.0~9.2、デナラーゼの至適pHが8.0~9.0、カネカエンドヌクレアーゼの至適pHが7.5~9.0である。
【0037】
(C)工程では、ボツリヌス毒素の乖離及び/又は分解を抑制する観点から、好ましくはpH5.8~6.5、より好ましくはpH5.9~6.3の条件下でエンドヌクレアーゼを作用させることが好ましい。上述の好ましいエンドヌクレアーゼであるセラチア菌由来のエンドヌクレアーゼを用いる場合も、それらの至適pHからは大きく外れるものの、上述のpH条件下で作用させることが好ましい。本発明においては、セラチア菌由来のエンドヌクレアーゼをpH5.8~6.5の条件下で作用させても、後述の工程(D)において核酸成分を効率的に除去することが可能になる。
【0038】
(C)工程で混合物bにエンドヌクレアーゼを添加する回数としては特に限定されず、1回であってもよいし複数回であってもよい。セラチア菌由来のエンドヌクレアーゼを用いる場合、核酸をより効率的に断片化する観点から、複数回添加することが好ましい。好ましくは、当該エンドヌクレアーゼを2~4回、より好ましくは2~3回添加することができる。複数回添加における各回の添加のタイミングとしては特に制限はないが、例えば1~12時間、好ましくは2~9時間、さらに好ましくは3~7時間間隔で添加することができる。なお、エンドヌクレアーゼを作用させる温度としては、例えば25~40℃、好ましくは28~38℃が挙げられる。また、エンドヌクレアーゼ処理に係る総時間としては、例えば10~24時間、好ましくは12~20時間が挙げられる。なお、セラチア菌由来のエンドヌクレアーゼを用いる場合、本(C)工程と後述の(D)工程との一連の工程を複数回繰り返してもよい。この場合は、1回当たりの(C)工程において混合物bにエンドヌクレアーゼを添加する回数は1回が好ましい。(C)工程及び(D)工程の一連の工程を繰り返す場合の具体的な繰り返し回数としては、例えば2~4回、好ましくは2~3回が挙げられる。例えば当該一連の工程を2回繰り返す場合は、本発明は、(A)工程、(B)工程、(C)工程、(D)工程、(C)工程、(D)工程をこの順で含むこととなる。
【0039】
このように混合物bをエンドヌクレアーゼ処理することで、核酸分解物とボツリヌス毒素とを含む混合物cが得られる。また、混合物cは、適宜、分解しきれなかった核酸を除去する等の目的で、フィルターろ過等のろ過処理を経たろ液として得てもよい。具体的には、混合物cは、核酸分解物とボツリヌス毒素とともにエンドヌクレアーゼ残渣及び緩衝液を含む態様で得ることができる。また、混合物cは、上記の培地成分も引き続き含みうる。
【0040】
(D)核酸分解物の除去
工程(D)では、混合物cを核酸分解物の除去に供し、ボツリヌス毒素単離液dを得る。核酸分解物の除去の手法としては、核酸分解物とボツリヌス毒素とを分離できる手段であれば特に限定されないが、陰イオン交換担体は用いない。陰イオン交換担体を用いた場合には、毒素収率に限界があり、最初に毒素と核酸種との両方を捕捉した後にpHグラジエント溶離で毒素を溶出させる場合のみならず、最初から核酸種のみを捕捉して毒素を捕捉せずに溶離させる場合であっても、毒素の回収が不十分となる。また、陰イオン交換担体を用いると、比活性が十分な毒素を得ることもできない。さらに、陰イオン交換担体を用いると、作業員による作業時間が長く、コンタミネーションの機会も増える。従って、本発明では、毒素収率、毒素の比活性、作業性等の観点から、核酸分解物の除去に陰イオン交換担体は用いない。
【0041】
また、本発明では、酸沈殿等の、混合物aからボツリヌス毒素とともに菌体成分と核酸成分とを沈殿させる処理を行わず、且つ、菌体を除去した後に残存核酸成分を分解するため、ボツリヌス毒素の分離に供される対象(本発明では混合物c)においては、除去されるべき夾雑物が少なく且つ低分子化もされている。このため、夾雑物(つまり核酸分解物)の除去を分離性能良く行うことができる。
【0042】
核酸分解物の除去の手法としては、陰イオン交換担体を用いないことを限度として、核酸分解物とボツリヌス毒素とを分離できる手段を特に制限なく用いることができる。具体的には、膜による除去が挙げられ、好ましくは膜ろ過が挙げられる。これによって、核酸分解物等の低分子物質を膜透過させ、膜透過しないボツリヌス毒素と分離することができる。膜による除去で用いられる膜の孔径としては、分画分子量として例えば20~40KDa、好ましくは25~35KDaが挙げられる。膜分離液としては、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液等の、ボツリヌス毒素を溶解できる緩衝液を用いることが好ましい。
【0043】
このように混合物cから核酸分解物を除去することによって、核酸等の夾雑物が良好に除去されたボツリヌス毒素単離液dを得ることができる。ボツリヌス毒素単離液d中のボツリヌス毒素は、(A)工程において産生された形態を維持した状態で得られる。例えば、(A)工程においてA1型ボツリヌス菌をボツリヌス毒素産生菌として用いた場合は、(D)工程で得られるボツリヌス毒素単離液d中のボツリヌス毒素は、LL毒素、L毒素及びM毒素の形態で含まれ、(A)工程においてA2型ボツリヌス菌をボツリヌス毒素産生菌として用いた場合は、(D)工程で得られるボツリヌス毒素単離液d中のボツリヌス毒素は、M毒素の形態で含まれる。ボツリヌス毒素単離液dは、澄明な液体として得ることができる。より好ましくは、ボツリヌス毒素単離液dは、ボツリヌス毒素を上述の緩衝液と共に含む態様で得ることができる。また、ボツリヌス毒素単離液dには、上記の培地成分も引き続き含んでいる場合もある。
【0044】
ボツリヌス毒素単離液dは、さらにボツリヌス毒素を精製可能な任意の精製工程に供されることができる。ボツリヌス毒素精製の手法としては特に限定されず、ボツリヌス毒素の形態に応じて当業者が適宜選択することができる。優れた純度を得る観点から、カラムクロマトグラフィーによる精製が挙げられ、より好ましくはイオン交換カラムクロマトグラフィーが挙げられる。イオン交換カラムクロマトグラフィーの具体的な手法は、ボツリヌス毒素のpH依存性に応じて適宜決定することができる。なお、ボツリヌス毒素は、酸性条件、好ましくはpH4.0~5.0、好ましくはpH4.0程度で陽イオンを形成し、pH7.0以上、好ましくはpH7.5程度で陰イオンを形成する性質を有する。また、ボツリヌス毒素複合体は、弱酸性条件、好ましくはpH5.5~6.5、好ましくはpH6.0程度で複合体として安定的に存在し、pH上昇、例えばpH7.3~8.0により、乖離して非複合体を形成する性質を有する。好ましくは、以下の(E)工程によるボツリヌス毒素複合体の精製、又はさらに以下の(F)工程によるボツリヌス毒素非複合体の精製が挙げられる。
【0045】
(E)ボツリヌス毒素複合体の精製
(E)工程では、ボツリヌス毒素単離液dを、陽イオン交換クロマトグラフィーに供し、ボツリヌス毒素複合体の精製物を得る。ボツリヌス毒素複合体は、酸性条件で陽イオンを形成するため、陽イオン交換クロマトグラフィーによる精製は、ボツリヌス毒素複合体を安定的に捕捉し精製できる点で優れている。また、陽イオン交換クロマトグラフィーによる精製は、ボツリヌス毒素複合体の乖離を抑制できるpH条件で精製できる点でも優れている。
【0046】
陽イオン交換担体は、予め、好ましくはpH4.0~4.5、具体例としてpH4.2の緩衝液で平衡化しておくことができる。当該平衡化のための緩衝液の塩濃度としては、例えば0.3mol/L以下、好ましくは0.2mol/L以下、具体例として0.2mol/Lが挙げられる。緩衝液の種類としては特に限定されず、例えば、酢酸緩衝液、コハク酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ギ酸緩衝液、バルビツール酸緩衝液が挙げられ、好ましくは酢酸緩衝液が挙げられる。このように平衡化した陽イオン交換担体に、ボツリヌス毒素単離液dをアプライすることで、ボツリヌス毒素(ボツリヌス毒素複合体)を陽イオン交換担体に捕捉させる。
【0047】
捕捉したボツリヌス毒素(ボツリヌス毒素複合体)の溶出は、平衡化のための緩衝液と同じ緩衝液を、平衡化のための緩衝液の塩濃度から例えば0.5~0.8mol/L、具体例として0.7mol/Lまでのグラジエント条件で流すことによって行うことができる。これによって、精製されたボツリヌス毒素複合体を溶出物として得ることができる。
【0048】
陽イオン交換担体としては特に限定されないが、例えば、SP Sepharose Fast Flow(GEヘルスケア)、CM Sepharose Fast Flow(GEヘルスケア)、S Sepharose Fast Flow(GEヘルスケア)、SP トヨパール(東ソー)等の市販の陽イオン交換樹脂が挙げられる。緩衝液中の塩の種類は限定されず、イオン強度が上記濃度の塩化ナトリウムに相当する濃度となるように使用すればよい。好ましくは、緩衝液中の塩としては塩化ナトリウムが挙げられる。
【0049】
このように陽イオン交換クロマトグラフィーを用いた精製によって、ボツリヌス毒素複合体を得ることができる。ボツリヌス毒素複合体は、安定化させることを目的とし、必要に応じて、pHを5.5~6.5、具体例としてpH6.0に調整することができる。必要に応じて、濃縮及びろ過等の処理が行われたものとして得ることもできる。濃縮の具体的な手法としては、上記(B)工程で述べた手法から選択することができる。ろ過の具体的な手法としては、滅菌又は最終ろ過の目的で用いられる手法が挙げられ、例えば、孔径0.15~0.3μm、具体例として0.22μmのフィルターを用いる手法が挙げられる。また、ボツリヌス毒素複合体の形態でボツリヌス毒素製剤を提供する場合は、ろ過の前に、さらに、保存剤などの添加物を配合してもよい。
【0050】
(F)ボツリヌス毒素非複合体の精製
(F)工程では、ボツリヌス毒素複合体の精製物を、ボツリヌス毒素複合体から無毒性非HAタンパク質が乖離する条件下で陰イオン交換クロマトグラフィーに供し、ボツリヌス毒素非複合体の精製物を得る。
【0051】
ボツリヌス毒素複合体の精製物は、陰イオン交換クロマトグラフィーに供する前に、予めボツリヌス毒素複合体から無毒性非HAタンパク質が乖離する条件に供してもよい。ボツリヌス毒素複合体から無毒性非HAタンパク質が乖離する条件としては、好ましくはpH7.3~8.5、より好ましくはpH7.4~8.0、具体例として7.5が挙げられる。温度は、10℃以下であることが好ましい。具体的には、限外ろ過膜を用い、当該pHに調整された、塩濃度が0.1mol/L以下、好ましくは0.05mol/L以下のリン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、等の緩衝液、好ましくはリン酸緩衝液で緩衝液置換することによって無毒性非HAタンパク質を乖離させることができる。限外ろ過膜の孔径(分画分子量)としては、5~30KDa、好ましくは8~20KDa、より好ましくは9~15KDaが挙げられる。
【0052】
陰イオン交換担体は、予め、ボツリヌス毒素複合体から無毒性非HAタンパク質が乖離する条件(好ましくはpH7.3~8.5、具体例としてpH7.5)に調整された緩衝液で平衡化しておくことができる。また、当該平衡化のための緩衝液の塩濃度としては、0.1mol/L以下、好ましくは0.05mol/L以下が挙げられる。緩衝液の種類としては特に限定されず、例えば、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液が挙げられ、好ましくはリン酸緩衝液が挙げられる。このように平衡化した陰イオン交換担体に、ボツリヌス毒素複合体の精製物又はそれを無毒性非HAタンパク質が乖離する条件に予め供した処理物をアプライすることにより、接触環境のpHにより陰イオン化したボツリヌス毒素(ボツリヌス毒素非複合体)が捕捉される。
【0053】
捕捉したボツリヌス毒素非複合体の溶出は、平衡化のための緩衝液と同じ緩衝液を、平衡化のための緩衝液の塩濃度から例えば0.1~0.5mol/L、好ましくは0.2~0.4mol/L、具体例として0.3mol/Lまでのグラジエント条件で行うことができる。これによって、精製されたボツリヌス毒素非複合体を溶出物として得ることができる。
【0054】
なお、乖離した無毒性非HAタンパク質も担体に捕捉されうるが、移動相の塩濃度勾配等によって溶出タイミングが異なること等を利用した手法によりボツリヌス毒素非複合体と分離することができる。
【0055】
陰イオン交換担体としては特に限定されないが、ボツリヌス毒素非複合体の溶出をより容易とすることでボツリヌス毒素非複合体と乖離した無毒性非HAタンパク質との分離をより容易とする観点から、弱陰イオン交換担体であることが好ましい。例えば、DEAE Sepharose Fast Flow(GEヘルスケア)、DEAE トヨパール(東ソー)、ダイヤイオンWA10(三菱ケミカル)、フラクトゲルDEAE(メルク)等の市販の陰イオン交換樹脂が挙げられる。緩衝液中の塩の種類は限定されず、イオン強度が上記濃度の塩化ナトリウムに相当する濃度となるように使用すればよい。好ましくは、緩衝液中の塩としては塩化ナトリウムが挙げられる。
【0056】
このように陰イオン交換クロマトグラフィーを用いた精製によって、ボツリヌス毒素非複合体を得ることができる。ボツリヌス毒素非複合体は必要に応じて、濃縮及び/又はろ過等の処理が行われたものとして得ることもできる。また、ボツリヌス毒素非複合体をボツリヌス毒素製剤として提供するために、さらに、保存剤などの添加物を配合してもよい。濃縮及びろ過の具体的手法としては、上述の(E)工程で述べた手法から選択することができる。
【0057】
精製ボツリヌス毒素
本発明の方法で得られるボツリヌス毒素の精製体(精製ボツリヌス毒素とも記載する)は、比活性に優れる。具体的な比活性としては、例えば3.0×107U/mg以上、好ましくは4.0×107U/mg以上、より好ましくは5.0×107U/mg以上、更に好ましくは6.0×107U/mg以上、一層好ましくは7.0×107U/mg以上、より一層好ましくは8.0×107U/mg以上、特に好ましくは9.0×107U/mg以上、最も好ましくは10.0×107U/mg以上が挙げられる。
【0058】
ここで、比活性は、タンパク質1mg当たりの力価(U/mg)である。ここでいう力価は、マウス腹腔内投与法により算出したマウスに対する致死活性(腹腔内投与によるLD50値)であり、1U=1LD50である。また、力価は、マウスの尾静脈投与法により算出してもよい。マウス尾静脈投与法による精製ボツリヌス毒素の力価測定法は、一般的に使用されるマウス腹腔内投与法の代替法であり、高濃度の精製ボツリヌス毒素をマウスの尾静脈に投与し生存時間を調べ、あらかじめ検証したマウスの生存時間と腹腔内投与によるLD50値との回帰直線から、力価を算出することができる。タンパク質は、紫外吸収測定法(280nm)、Lowry法またはBCA法等によって測定することができる。比活性の具体的な測定方法としては、例えばボツリヌス毒素を液体(ボツリヌス毒素液)として得る場合、ボツリヌス毒素液1mL当たりのLD50値(U)を測定し、得られた測定値を、当該ボツリヌス毒素液1mL中のタンパク質量(mg)で除して導出することができる。
【0059】
ボツリヌス毒素製剤
本発明の製造方法によって得られる精製ボツリヌス毒素は、ボツリヌス製剤の有効成分として有用である。ボツリヌス製剤の用途としては、臨床応用されているあらゆる用途が挙げられ、例えば、脳卒中後上肢/下肢痙縮、ジストニア、半側顔面痙攣、脳血管障害後後遺症、美容整形などが挙げられる。
【0060】
ボツリヌス製剤には、有効成分である精製ボツリヌス毒素に、薬学的に許容される追加の成分が含まれてよい。このような追加の成分としては賦形剤、安定化剤、緩衝剤等が挙げられ、賦形剤としては、スクロース、トレハロース、ラクトース、ポリサッカロイドが等が挙げられ、好ましくはスクロースが挙げられる。安定化剤としては、ヒト血清アルブミン、組換えヒト血清アルブミン、カプリル酸、アセチルトリプトファン、塩化ナトリウム、ポリソルベート80、オクタノン酸、アルギニン(L-アルギニン塩酸塩)等が挙げられ、好ましくは組換えヒト血清アルブミン、L-アルギニン塩酸塩が挙げられる。緩衝剤としては、リン酸二水素ナトリウム水和物、リン酸水素二ナトリウム水和物等が挙げられる。これらの追加の成分としては1又は複数種を用いることができる。
【0061】
ボツリヌス製剤の形態としては特に限定されず、液体であってもよいし固体であってもよい。固体のボツリヌス製剤は、液体製剤の凍結乾燥物、真空乾燥物又は噴霧乾燥物であってよく、使用時に、食塩水または水に溶かして液体製剤として復元することができる。
【実施例】
【0062】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0063】
[試験例1]
[1]ボツリヌス毒素の製造
【0064】
<実施例1>
以下の手順で、ボツリヌス毒素を製造した。
(A)ボツリヌス菌の産生
静置培養1及び静置培養2からなる前培養工程と、撹拌培養による菌体増殖段階及び発酵段階からなる本培養工程とを行った。つまり、前培養工程と(A1)本培養工程の菌体増殖段階を行った後、(A2)本培養工程の発酵段階を行った。
【0065】
静置培養1では、Bacto Proteose Peptone No.3(ブタペプトン、ベクトン・ディッキンソン社製)(終濃度8w/v%)、酵母エキス(終濃度1w/v%)、チオグリコール酸ナトリウム(終濃度0.025w/v%)、及びグルコース(終濃度0.5w/v%)を含む、pH7.3に調整した培地20mLに、芽胞状態の乳児ボツリヌス症原因菌Chiba-H(A2型ボツリヌス菌Chiba-H株)より作製したシード菌体を0.5mL播種し、35℃で、OD660が0.5以上となるまで培養した。静置培養2では、上記組成且つ上記pHの培地400mLに、静置培養1の培養物20mLを播種し、OD660が2.5以上となるまで35℃で培養した。
【0066】
本培養工程の菌体増殖段階では、Bacto Proteose Peptone No.3(ブタペプトン、ベクトン・ディッキンソン社製)(終濃度2w/v%)、酵母エキス(終濃度1w/v%)、チオグリコール酸ナトリウム(終濃度0.025w/v%)、及びグルコース(終濃度0.5w/v%)を含む、pH7.3の培地10Lに、静置培養2の培養物約150mLを播種し、窒素ガス雰囲気下、35℃で撹拌培養し、菌の増殖がピークに達した後、1mol/LのHClを加えることで培地のpHを5.8に下げて、発酵段階を行った。発酵段階では必要に応じて1mol/LのHClを加え、終了まで培地のpHを5.8に維持した。なお、本培養工程に要した時間は、約44時間であった。
【0067】
(B)菌体成分の除去
上記本培養工程によって得られた培養物を、以下のフィルターと膜を用いて、粗ろ過及び膜濃縮した。フィルターろ過は、本培養工程によって得られた培養物を、フィルター1[3M社製ゼータプラスフィルター(05SP)/1020cm2;孔径1.0~10μm相当]、フィルター2[3M社製ゼータプラスフィルターマキシマイザー(60SP03A)/1020cm2;孔径0.1~1.0μm相当]、及びフィルター3[ザルトリウス社製ザルトポア2(孔径0.45μm+0.2μm)/0.1m2]の順に通すフィルターろ過により行った。膜ろ過で得られたろ液を0.1mol/LNaClと20mmol/Lクエン酸とを含む20mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮した。これによって得られた0.9Lの膜濃縮液をハーベスト液11とも記載する。続いて0.9Lの半量(0.45L)を、10mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮した。これによって得られた膜濃縮液を、ハーベスト液12とも記載する。
【0068】
(C)エンドヌクレアーゼ処理
終濃度が1mmol/LとなるMgCl2と、終濃度が20U/mLとなるベンゾナーゼ(メルク・カー・ゲー・アー・アー登録商標)とをハーベスト液12へ添加し、pH6.0の条件下で撹拌しながら30℃で約15時間反応させた。ベンゾナーゼの添加回数は1回であった。その後、エンドヌクレアーゼ処理物を、3M社製Zeta Plus Encapsulated Filterを用いてフィルターろ過した。
【0069】
(D)核酸分解物の除去
得られたろ液を、10mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮し、核酸分解物を除去した。なお、この膜による核酸分解物の除去には、タンジェンシャルフローろ過を用いた。これによって膜濃縮液を得た。
得られた膜濃縮液を、0.2mol/LNaClを含む50mmol/L酢酸ナトリウム(pH4.2)び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮した。これらによって得られた膜濃縮液をボツリヌス毒素単離液1とも記載する。
【0070】
(E)ボツリヌス毒素複合体の精製
ボツリヌス毒素単離液1を、陽イオン交換クロマトグラフィーに供した。陽イオン交換担体としてはSP-Sepharose-fast flowを用い、70×550mmサイズのカラムに担体を30cm充填した。洗浄液として0.2mol/LNaClを含む50mmol/L酢酸ナトリウム(pH4.2)を用いてカラムを平衡化し、ボツリヌス毒素単離液1をアプライし、溶出液として0.7mol/LNaClを含む50mmol/L酢酸ナトリウム(pH4.2)を用い、0.7mol/LNaClまで8カラムボリュームのグラジエント条件で溶出させた。流速は約15mL/分であった。得られた溶出液を、0.2mol/LNaClを含む50mmol/L酢酸緩衝液(pH6.0)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮し、得られた濃縮液をさらに、孔径0.22μmフィルター(コーニング社製ボトルトップフィルター、PES製)を用いてろ過し、ボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物を得た。
【0071】
(F)ボツリヌス毒素非複合体の精製
得られたボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物を、10mmol/Lリン酸緩衝液(pH7.5)及び孔径(分画分子量)10KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice 50 Hydrosart 10kD、及びミリポア社製ペリコンXLウルトラセル10kD)を用いて膜濃縮した。その後、膜濃縮物を、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーに供した。陰イオン交換カラム担体としては、弱陰イオン交換担体であるDEAE-Sepharose-fast flowを用い、10×450mmのカラムに担体を30cm充填した。洗浄液として10mmol/Lリン酸緩衝液(pH7.5)を用いてカラムを平衡化し、膜濃縮物をアプライし、溶出液として0.3mol/LNaClを含む10mmol/Lリン酸緩衝液(pH7.5)を用い、0.3mol/LNaClまで10カラムボリュームのグラジエント条件で溶出させた。流速は約1mL/分であった。得られた溶出液を孔径0.22μmフィルター(Starlab社製PES製シリンジフィルター)を用いてろ過し、保存剤(L-アルギニン塩酸塩)を終濃度が1w/v%になるよう添加し、ボツリヌス毒素非複合体(S毒素)の精製物(以下、S毒素精製物1とも記載する)を得た。
【0072】
<比較例1>
上記(C)工程及び(D)工程を、以下の方法に置き換えたことを除いて、実施例1と同様にしてボツリヌス毒素非複合体(S毒素)の精製物を得た。具体的には、実施例1の(B)工程で得られたハーベスト液11(フィルターろ液)の残りの半量0.45Lを用いて、以下の陰イオン交換クロマトグラフィー、膜濃縮及びろ過を行い、その後、実施例1の(E)工程及び(F)工程を行った。
【0073】
ハーベスト液11を、陰イオン交換クロマトグラフィーに供した。陰イオン交換担体としてはQsepharose-fast flowを用い、140×500mmのカラムに担体を10cm充填した。洗浄液として0.1mol/LNaClと20mmol/Lクエン酸とを含む20mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)を用いてカラムを平衡化し、実施例1の(B)工程で得られたハーベスト液11をアプライし、同じ洗浄液を流速約150mL/分で流し、毒素画分を吸着させることなくパススルー画分として回収した。回収液を、0.2mol/NaClを含む50mmol/L酢酸ナトリウム(pH4.2)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮した。得られた膜濃縮液を、ボツリヌス毒素単離液1’とも記載する。さらに実施例1と同様の(E)工程及び(F)工程を行って、ボツリヌス毒素非複合体(S毒素)の精製物(以下、S毒素精製物1’とも記載する)を得た。
【0074】
[2]精製の確認
実施例1については、ハーベスト液12、ボツリヌス毒素単離液1、及びS毒素精製物1をそれぞれSDS-PAGE展開し、比較例1については、ハーベスト液11、ボツリヌス毒素単離液1’、及びS毒素精製物1’をSDS-PAGE展開し、それぞれCBB染色を行い、ボツリヌス毒素の精製を確認した。得られた染色ゲルを
図1(実施例1)及び
図2(比較例1)に示す。図中、A2-NTX(H)は約100KDaの重鎖を示し、A2-NTX(L)は約50KDaの軽鎖を示す。
【0075】
また、
図1において、マーカーの右隣のレーンは本培養液の培養上清を表し、ボツリヌス毒素単離液1とS毒素精製物1との間のレーンは、左から、ボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物、DEAEマトグラフィー後の毒素含有液、DEAEクロマトグラフィー後の不純物液1、DEAEクロマトグラフィー後の不純物液2を表す。
図2において、マーカーの右隣のレーンは本培養液の培養上清を表し、ボツリヌス毒素単離液1’とS毒素精製物1’との間のレーンは、左から、陰イオン交換クロマトグラフィー後の不純物液、ボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物、陽イオン交換クロマトグラフィー後の不純物液1、陽イオン交換クロマトグラフィー後の不純物液2、DEAEマトグラフィー後の毒素含有液、DEAEクロマトグラフィー後の不純物液1、DEAEクロマトグラフィー後の不純物液2、DEAEクロマトグラフィー後の不純物液3、DEAEクロマトグラフィー後の不純物液4を表す。
【0076】
図1及び
図2の対比に示されるように、比較例1では、約75kDa付近の不純物が残存していることに対し、実施例1では当該不純物がほぼ除かれていることが分かった。
【0077】
[3]精製効率の測定
核酸除去操作による精製効率を測定した。具体的には、実施例1における精製効率は、(B)工程で得られたハーベスト液12(膜濃縮液)中の核酸量に対する(D)工程で得られたボツリヌス毒素単離液1中の核酸量の比率(%)を算出し、100%から当該比率を減じて得た。比較例1における精製効率は、(B)工程で得られたハーベスト液11(フィルターろ液)中の核酸量に対するボツリヌス毒素単離液1’中の核酸量の比率を算出し、100%から当該比率を減じて得た。
【0078】
【0079】
なお、核酸量は、Qubit3.0フルオロメーター(サーモフィッシャー社製)を用いたds DNA HS Assay Kitによって測定されたDNA量と、同機器を用いたRNA HS Assay Kitによって測定されたRNA量との総量として導出した。
【0080】
その結果、ボツリヌス毒素単離液1’中の核酸量はボツリヌス毒素単離液1中の核酸量の約2倍であった。従って、実施例1での核酸除去操作により、比較例1での核酸除去操作と比較して顕著に高い精製効率が達成された。
【0081】
[4]ボツリヌス毒素収率の測定
核酸除去操作によるボツリヌス毒素収率を測定した。具体的には、実施例1におけるボツリヌス毒素収率は、(B)工程で得られたハーベスト液12(膜濃縮液)中の総毒素量に対する(D)工程で得られたボツリヌス毒素単離液1中の総毒素量の比率として算出し;比較例1におけるボツリヌス毒素収率は、(B)工程で得られたハーベスト液11(フィルターろ液)中の総毒素量に対するボツリヌス毒素単離液1’中の総毒素量の比率として算出した。
【0082】
【0083】
なお、総毒素量は、ハーベスト液11、ハーベスト液12、ボツリヌス毒素単離液1、ボツリヌス毒素単離液1’それぞれを用いて後述の力価測定法に準拠して検体の調製及びマウスへの接種を行い、単位U(1U=1LD50)とする値として得た。
【0084】
その結果、実施例1での核酸除去操作による毒素収率は53.18%、比較例1での核酸除去操作による毒素収率は50.46%であり、実施例1は比較例1と比較して、高い毒素収率であった。
【0085】
[5]ボツリヌス毒素の測定
以下のようにして、単位U/mLとする力価を導出した。
得られたS毒素精製物を適宜希釈し、マウスの尾静脈より、1匹あたり0.1mLを接種した後、マウスの生存時間を確認した。あらかじめ検証した生存時間と腹腔内投与によるLD50値との回帰直線より、S毒素精製物1mL当たりのLD50値(U/mL)を算出した。また、280nmの赤外線吸収からS毒素精製物1mL当たりのタンパク質質量(mg/mL)を測定した。S毒素精製物1mL当たりのLD50値(U/mL)をS毒素精製物1mL当たりのタンパク質質量(mg/mL)で除して、比活性(U/mg)を導出した。
【0086】
その結果、実施例1で得られたS毒素精製物1の比活性は8.21×107U/mg、比較例1で得られたS毒素精製物1’の比活性は2.59×107U/mgであり、実施例1は比較例1と比較して、比活性の高い精製物を得ることができた。。
【0087】
[試験例2]
[1]ボツリヌス毒素の製造
【0088】
<実施例2>
本実施例では、ボツリヌス毒素産生工程でアニマルフリーの培地を用い、エンドヌクレアーゼとしてデナラーゼを用いた点を主な変更点としたことを除いて、実施例1と同様にしてボツリヌス毒素を製造した。具体的には、以下の手順でボツリヌス毒素を製造した。
【0089】
(A)ボツリヌス菌の産生
前培養工程及び本培養工程における培地として、Vegetable Peptone No.1(植物ペプトン、サーモフィッシャー社)を用いたこと、前培養工程(静置培養1及び静置培養2)における培養量を半量にし、静置培養1の培養物約10mLを静置培養2の培地に播種したことを除き、実施例1と同様にしてボツリヌス菌を産生した。
【0090】
(B)菌体成分の除去
上記本培養工程によって得られた培養物を、以下のフィルターと膜を用いて、粗ろ過及び膜濃縮した。フィルターろ過は、本培養工程によって得られた培養物を、フィルター1[3M社製ゼータプラスフィルター(05SP)/1020cm2;孔径1.0~10μm相当]、フィルター2[3M社製ゼータプラスフィルターマキシマイザー(60SP03A)/1020cm2;孔径0.1~1.0μm相当]、及びフィルター3[ザルトリウス社製ザルトポア2(孔径0.45μm+0.2μm)/0.1m2]の順に通すフィルターろ過により行った。膜ろ過で得られたろ液を0.1mol/LNaClと20mmol/Lクエン酸とを含む20mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮した。さらに、10mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮した。これらによって得られた膜濃縮液を、ハーベスト液22とも記載する。
【0091】
(C)エンドヌクレアーゼ処理
エンドヌクレアーゼとしてデナラーゼ(シーレクターゲーエムベーハー登録商標)を用い、反応時間を約19時間としたことを除いて、実施例1と同様にしてエンドヌクレアーゼ処理及びろ過を行い、ろ液を得た。
【0092】
(D)核酸分解物の除去
得られたろ液を、10mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて約1時間膜ろ過し、核酸分解物を除去した。なお、この膜による核酸分解物の除去には、タンジェンシャルフローろ過を用いた。これによって膜濃縮液を得た。得られた膜濃縮液を、0.2mol/LNaClを含む50mmol/L酢酸ナトリウム(pH4.2)び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて約20分間膜濃縮した。これらによって得られた膜濃縮液をボツリヌス毒素単離液2とも記載する。
【0093】
(E)ボツリヌス毒素複合体の精製
ボツリヌス毒素単離液2を、実施例1と同様にして陽イオン交換クロマトグラフィーに供した。得られた溶出液を、0.2mol/L NaClを含む50mmol/L酢酸緩衝液(pH6.0)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮し、さらに、孔径0.22μmフィルター(コーニング社製ボトルトップフィルター、PES製)を用いてろ過し、ボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物を得た。
【0094】
(F)ボツリヌス毒素非複合体の精製
ボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物から、実施例1と同様にして、ボツリヌス毒素非複合体(S毒素)の精製物(以下、S毒素精製物2とも記載する)を得た。
【0095】
<実施例3>
本実施例では、ボツリヌス毒素産生工程の本培養工程で静置培養を行い、エンドヌクレアーゼの添加を2回行ったことを主な変更点としたことを除いて、実施例1と同様にしてボツリヌス毒素を製造した。具体的には、以下の手順でボツリヌス毒素を製造した。
【0096】
(A)ボツリヌス菌の産生
シード菌体を0.4mL播種したこと、静置培養1における培養量を10mLにしたこと、静置培養2における培養量を250mLにしたこと、静置培養1の培養物約10mLを静置培養2の培地に播種したことを除いて、実施例1と同様にして前培養工程(静置培養1及び静置培養2)を行った。本培養工程の菌体増殖段階では、Bacto Proteose Peptone No.3(ブタペプトン、ベクトン・ディッキンソン社製)(終濃度2w/v%)、酵母エキス(終濃度1w/v%)、チオグリコール酸ナトリウム(終濃度0.025w/v%)、及びグルコース(終濃度1.0w/v%)を含む、pH7.3の培地10Lに、静置培養2の培養物約150mLを播種し、密封条件下、35℃で静置培養し、pH調整を行うことなく静置培養のまま自然に発酵段階に移行させた。本培養工程に要した時間は、約44時間であり、培養終了時の培地のpHは約6.0であった。
【0097】
(B)菌体成分の除去
上記本培養工程によって得られた培養物について、0.1mol/LNaClと20mmol/Lクエン酸とを含む20mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮しなかった点を除いて、実施例1と同様にして、ハーベスト液12に対応するハーベスト液32を得た。
【0098】
(C)エンドヌクレアーゼ処理
終濃度が1mmol/LとなるMgCl2と、終濃度が50U/mLとなるベンゾナーゼ(1回目添加分)とをハーベスト液32を加え、pH6.0の条件下で撹拌しながら30℃で約5時間反応させた。その後、ベンゾナーゼ(2回目添加分)を更に50U/mL添加することで、1回目と2回目とのベンゾナーゼの合計量が100U/mLとなるようにし、更に約12時間(合計約13時間)反応させた。その後、エンドヌクレアーゼ処理物を、3M社製Zeta Plus Encapsulated Filterを用いてフィルターろ過した。
【0099】
(D)核酸分解物の除去
得られたろ液を、0.2mol/L NaClを含む50mmol/L酢酸緩衝液(pH4.2)及び孔径(分画分子量)30KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice Hydrosart 30kD)を用いて膜濃縮し、核酸分解物を除去した。なお、この膜による核酸分解物の除去には、タンジェンシャルフローろ過を用いた。これによって得られた膜濃縮液をボツリヌス毒素単離液3とも記載する。
【0100】
(E)ボツリヌス毒素複合体の精製
得られたボツリヌス毒素単離液3を、実施例1と同様にして陽イオン交換クロマトグラフィーに供した。溶出液として0.7mol/LNaClを含む50mmol/L酢酸ナトリウム(pH4.2)を用い、0.7mol/LNaClまで8カラムボリュームのグラジエント条件で溶出させた。得られた溶出液を、10mmol/Lリン酸塩緩衝液(pH7.5)及び孔径(分画分子量)10KDaの膜(ザルトリウス社製Sartocon Slice 50 Hydrosart 10kD)を用いて膜濃縮し、ボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物を得た。
【0101】
(F)ボツリヌス毒素非複合体の精製
得られたボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物を、10mmol/Lリン酸塩緩衝液(pH7.5)及び孔径(分画分子量)10KDaの膜(ミリポア社製ペリコンXLウルトラセル10kD)を用いて膜濃縮し、陰イオン交換カラムクロマトグラフィーに供した。陰イオン交換カラム担体としては、弱陰イオン交換担体であるDEAE-Sepharose-fast flowを用い、10×450mmのカラムに担体を30cm充填した。洗浄液として10mmol/Lリン酸緩衝液(pH7.5)を用いてカラムを平衡化し、ボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物をアプライし、溶出液として0.3mol/LNaClを含む10mmol/Lリン酸緩衝液(pH7.5)を用い、0.3mol/LNaClまで10カラムボリュームのグラジエント条件で溶出させた。流速は約1mL/分であった。得られた溶出液に保存剤(L-アルギニン塩酸塩)を終濃度が1w/v%になるよう添加し、孔径0.22μmフィルター(Starlab社製PES製シリンジフィルター)を用いてろ過し、ボツリヌス毒素非複合体(S毒素)の精製物(以下、S毒素精製物3とも記載する)を得た。
【0102】
[2]精製の確認
実施例2については、ハーベスト液22、ボツリヌス毒素単離液2、及びS毒素精製物2をそれぞれSDS-PAGE展開し、実施例3については、ハーベスト液32、ボツリヌス毒素単離液3、及びS毒素精製物3をSDS-PAGE展開し、それぞれCBB染色を行い、ボツリヌス毒素の精製を確認した。SDS-PAGE及び染色の方法は、試験例1と同様である。得られた染色ゲルを
図3(実施例2)及び
図4(実施例3)に示す。図中、A2-NTX(H)は約100KDaの重鎖を示し、A2-NTX(L)は約50KDaの軽鎖を示す。
【0103】
また、
図3において、ボツリヌス毒素単離液2とS毒素精製物2との間のレーンは、左から、ボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物、DEAEクロマトグラフィー後の毒素含有液を表す。
図4において、ハーベスト液32の左隣のレーンは本培養液の培養上清を表し、ボツリヌス毒素単離液3とS毒素精製物3との間のレーンは、左から、SPクロマトグラフィー後の毒素含有液、ボツリヌス毒素複合体(M毒素)の精製物、DEAEクロマトグラフィー後の毒素含有液、DEAEクロマトグラフィー後の不純物液1、DEAEクロマトグラフィー後の不純物液2を表す。
【0104】
図3及び
図4に示されるように、実施例2及び3では不純物がほぼ除かれていることが分かった。
【0105】
[3]ボツリヌス毒素収率の測定
核酸除去操作によるボツリヌス毒素収率を測定した。具体的には、実施例2,3におけるボツリヌス毒素収率は、(B)工程で得られたハーベスト液22,32(膜濃縮液)中の総毒素量に対する(D)工程で得られたボツリヌス毒素単離液2,3中の総毒素量の比率として算出した。
【0106】
【0107】
なお、総毒素量は、ハーベスト液22,32、ボツリヌス毒素単離液2,3それぞれを用いて前述の力価測定法に準拠して検体の調製及びマウスへの接種を行い、単位U(1U=1LD50)とする値として得た。
【0108】
その結果、実施例2での核酸除去操作による毒素収率は59.71%、実施例3での核酸除去操作による毒素収率は89.68%であった。
【0109】
[4]ボツリヌス毒素の測定
タンパク質含量をBCA法で測定したことを除いて、試験例1と同様に、得られたボツリヌス毒素(S毒素精製物2,3)の比活性を測定した。その結果、実施例2で得られたS毒素精製物2の比活性は10.06×107U/mgであり、実施例3で得られたS毒素精製物3の比活性は6.46×107U/mgであった。