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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-14
(45)【発行日】2024-03-25
(54)【発明の名称】脱硫率の推算方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20240315BHJP
   G01N 33/22 20060101ALI20240315BHJP
【FI】
G01N27/62 D
G01N27/62 V
G01N33/22 B
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020061536
(22)【出願日】2020-03-30
(65)【公開番号】P2021162362
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2023-03-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.刊行物名 平成30年度 高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業 事業報告書 2.発行日 平成31年3月29日 3.公開者 一般財団法人石油エネルギー技術センター 〔刊行物等〕 1.集会名 2019年度JPECフォーラム 2.開催日 令和元年5月8日 3.公開者 辻浩二 〔刊行物等〕 1.掲載アドレス http://www.pecj.or.jp/japanese/jpecforum/2019/jpecfourm_2019.html http://www.pecj.or.jp/japanese/jpecforum/2019/pdf/jf002.pdf 2.掲載日 令和元年4月23日 3.公開者 辻浩二 〔刊行物等〕 1.刊行物名 JPEC NEWS,2019年7月号,第11~20頁、一般財団法人石油エネルギー技術センター 2.発行日 令和元年7月19日 3.公開者 中村勉 〔刊行物等〕 1.掲載アドレス http://www.pecj.or.jp/japanese/jpecnews/pdf/jpecnews201907.pdf 2.掲載日 令和元年8月2日 3.公開者 中村勉 〔刊行物等〕 1.集会名 令和元年度第1回ペトロリオミクス技術セミナー 2.開催日 令和元年7月19日 3.公開者 辻浩二 〔刊行物等〕 1.集会名 石油学会若手・初学者講習会2019 2.開催日 令和元年7月4日 3.公開者 中村勉 〔刊行物等〕 1.集会名 石油学会山形大会(第49回石油・石油化学討論会) 2.開催日 令和元年11月1日 3.公開者 辻浩二 〔刊行物等〕 1.刊行物名 石油学会山形大会(招待講演、第49回石油・石油化学討論会)(講演要旨)74頁、石油学会 2.発行日 令和元年10月31日 3.公開者 辻浩二 〔刊行物等〕 1.掲載アドレス https://www.jstage.jst.go.jp/browse/sekiyu/-char/ja 2.掲載日 令和元年12月31日 3.公開者 辻浩二 〔刊行物等〕 1.集会名 石油学会2019年度精製講演会 2.開催日 令和元年10月18日 3.公開者 中村勉
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、経済産業省、高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】590000455
【氏名又は名称】一般財団法人石油エネルギー技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(73)【特許権者】
【識別番号】000004444
【氏名又は名称】ENEOS株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100152423
【弁理士】
【氏名又は名称】小島 一真
(72)【発明者】
【氏名】辻 浩二
(72)【発明者】
【氏名】橋本 益美
(72)【発明者】
【氏名】中村 勉
【審査官】清水 靖記
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-132740(JP,A)
【文献】特表2014-500506(JP,A)
【文献】国際公開第2009/031614(WO,A1)
【文献】特開2020-165926(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/00 - G01N 27/92
G01N 33/00 - G01N 33/46
G01N 21/00 - G01N 21/958
G01N 24/00 - G01N 24/14
G01N 25/00 - G01N 25/72
G01N 30/00 - G01N 30/96
G01N 31/00 - G01N 31/22
G01N 35/00 - G01N 35/10
G01N 11/00 - G01N 11/16
C10B 1/00 - C10G 99/00
G16C 10/00 - G16C 99/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータによる、対象石油における脱硫率の推算方法であって、
(1)対象石油における硫黄原子1個を含むシングルコア分子の総環数別の存在率および脱硫率基準値に基づき、対象石油における脱硫率の推算値を算出するステップ、および
(2)対象石油における脱硫率の推算値に対して、対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき推定される、脱硫率の実測値と推算値との比を乗じて対象石油における脱硫率の推算値を補正するステップ
を含む、方法。
【請求項2】
予め選択した対象石油と同種の基準石油において、硫黄原子1個を含むシングルコア分子の総環数別の脱硫率基準値を特定するステップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
対象石油における硫黄原子1個含むシングルコア分子の総環数別の存在率を同定するステップを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記対象石油における含硫黄成分の平均凝集度を特定するステップを含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記平均凝集度を特定するステップが、
各含硫黄成分の分子構造情報に基づき、各含硫黄成分の分率、融点およびハンセン溶解度指数値を提供するステップ、および
前記各含硫黄成分の分率、融点およびハンセン溶解度指数値に基づき、前記含硫黄成分の平均凝集度を算出するステップ
を含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
予め選択した対象石油と同種の複数の基準石油における、含硫黄成分の平均凝集度と、脱硫率の実測値と推算値との比の間の相関関係を特定するステップを含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記相関関係と、前記対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき、前記対象石油における脱硫率の実測値と推算値との比を推定するステップを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記対象石油は重質留分である、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
請求項1~のいずれか一項に記載の方法により得られた脱硫率の推算値に基づいて、運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法。
【請求項10】
対象石油における脱硫率の推算装置であって、
(1)対象石油における硫黄原子1個を含むシングルコア分子の総環数別の脱硫率と存在率基準値に基づき、対象石油の脱硫率の推算値を算出する脱硫率の推算値取得部、および
(2)対象石油における脱硫率の推算値に対して、対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき推定される、脱硫率の実測値と推算値との比を乗じて対象石油における脱硫率の推算値を補正する脱硫率の推算値整合部
を少なくとも備える、装置。
【請求項11】
対象石油における脱硫率の推算システムであって、
(1)対象石油における硫黄原子1個を含むシングルコア分子の総環数別の脱硫率と存在率基準値に基づき、対象石油の脱硫率の推算値を算出する脱硫率の推算値提供部、および
(2)対象石油における脱硫率の推算値に対して、対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき推定される、脱硫率の実測値と推算値との比を乗じて対象石油における脱硫率の推算値を補正する脱硫率の推算値整合部
を少なくとも備える、システム。
【請求項12】
請求項1~のいずれか一項に記載の方法、請求項10に記載の装置または請求項11に記載のシステムを実行させるためのコンピュータプログラム。
【請求項13】
請求項12に記載のコンピュータプログラムを記録した記録媒体。
【請求項14】
請求項12に記載のコンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象石油の脱硫率の推算方法に関し、より詳細には、コンピュータを用いて対象石油における硫黄原子を1個含むシングルコア分子の総環数別の存在率と含硫黄成分の平均凝集度を参照して、対象石油の脱硫率を推算する方法、それに使用される装置、システム、コンピュータおよびそれを使用する方法、並びに装置をコンピュータに実行させるコンピュータプログラムおよびその記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
原油には一般に硫黄化合物が必ずといってよいほど含まれている。その量は原油の産地によって異なるが、0.1~4重量%程度である。したがって、原油から蒸留により分離された各留分にも硫黄化合物は存在し、重質留分ほど多いのが一般的である。石油中に含まれている硫黄化合物は硫化水素、メルカプタン、硫化物、二硫化物、チオフェン類などであり、これら以外に構造不明の化合物が相当含まれていて、沸点が高くなるほど複雑な構造となっている。石油中に硫黄化合物が存在すると、悪臭の発生、触媒被毒などの要因になるばかりでなく、硫黄化合物の燃焼生成物である亜硫酸ガスが大気汚染物質の一つであるため、脱硫、すなわち、原料、製品に含まれている有害作用を持つ硫黄分を化学的または物理的な手法を除去することは、石油精製業の大きな使命となっている。
【0003】
石油の脱硫はLPG、ガソリンから重油、潤滑油に至る広い範囲に適用される。脱硫法としては、アルカリ洗浄法、溶剤脱硫法、接触脱硫法、ガス化脱硫法などがあり、各油種によりそれぞれ適応した脱硫法を採用するが、近年、水素気流中で水素化処理による接触脱硫法が発達し、ガソリン、灯・軽油、重油および潤滑油の各油種にわたって広く適用され、脱硫法の主流をなしている。
【0004】
一方で、石油精製に関する諸装置の運転においては、通常、比重や粘度、蒸留性状(沸点)などの全体の物理的性状に基づいて原料油を分析し、過去の類似のデータを有する油種の運転実績を参考にして運転条件を決めるという手法がとられている。
しかしながら、昨今では、輸入原油種が多様化しており、類似する過去のデータを探すことは容易ではない。さらに運転効率の向上や環境保護という面からも、単純に過去の運転実績を踏襲すればよいというものではなくなっている。
そこで、比重や粘度、蒸留性状というような石油全体を一括りにした観点で捉えるのではなく、石油を構成している炭化水素分子というレベルでその化学構造や存在割合を把握し、それにより得られた推定物性値等の知見に基づいて運転条件を設定することができれば、より客観性に基づいた効率的な運転ができると考えられてきた。
ところが、石油は、膨大数の炭化水素分子からなる混合物であり、特に重質油は分子量が大きく、かつ複雑な化学構造を有する分子が極めて多種類存在するため、そのような分子の一つ一つについて、化学構造を特定し、それらの存在割合をも特定するというのは、非常に困難なことであり、とりわけ石油の種類毎に存在する含硫黄成分の分子構造、存在量の精密な解析は実質的に行われていなかった。
【0005】
これまで、石油を分子レベルで分析し化学構造を解析するにあたっては、高分解能質量分析装置であるフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析計を用いて高精度に分子量を計測する技術が用いられてきた。例えば、特許文献1または特許文献2に記載された方法である。
特に、特許文献2には、石油を構成している分子をアルゴン等に衝突させることにより、分子における架橋部分を切断して構成しているコア部分に分解し、それらの化学構造を求め、そののちにそれらを組み合わせて元の分子を再構築するという分子構造の推定方法が記載されている。
【0006】
また、特許文献3および特許文献4では、多成分凝集モデル液相全体の平均HSP値と、非液相成分における各成分のHSP値との差(Δδ)を利用して各成分の分子構造および存在割合を特定する多成分凝集モデル(Multi-Component Aggregation Model:MCAM)に基づいて、多成分混合物中の各成分の性状を推定する方法が本出願人により報告されている。MCAMは、アスファルテン凝集に起因する石油精製分野における実運用上の諸課題解決に活用可能なツールとして確立することが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2014-500506号公報
【文献】特表2014-503816号公報
【文献】特開2014-218643号公報
【文献】特表2020-502495号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本出願人は、石油に含まれる含硫黄分子の存在率に基づき脱硫率の推算値を取得し、実測値との比較検討を行った結果、脱硫率の推算値は、しばしば実測値と整合しないことが判明した。そこで、本出願人は、さらに鋭意検討した結果、特定の含硫黄分子の存在率に基づき算出される脱硫率の推算値を、含硫黄成分の平均凝集度を参照して補正することにより高精度にて脱硫率の推算しうることを見出した。本発明は、かかる知見に基づくものである。
【0009】
したがって、本発明は、対象とする石油における脱留率を高精度で推算できる新たな手法を提供することを1つの目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するため、本発明者らは、以下の本発明を創出した。即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
本発明のコンピュータによる、対象石油における脱硫率の推算方法は、
(1)対象石油における硫黄原子1個を含むシングルコア分子の総環数別の脱硫率と存在率基準値に基づき、対象石油の脱硫率の推算値を算出するステップ、および
(2)対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき推定される、脱硫率の実測値と推算値との比に基づき、対象石油における脱硫率の推算値を整合させるステップ
を含む、方法。
を含むことを特徴とするものである。
【0011】
また、本発明の別の実施態様においては、対象石油における脱硫率の推算装置、システムおよびそれらの運転方法や、それらを実行させるコンピュータプログラム、その記録媒体およびそれを記憶したコンピュータも提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、対象とする石油における脱硫率を高精度で推算することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態のコンピュータによる対象石油における脱硫値の推算方法の概要を説明する模式図である。
図2】本発明の一実施形態のコンピュータによる対象石油における脱硫値の推算方法の詳細を説明する模式図である。
図3】本発明の一実施形態のコンピュータによる対象石油における脱硫値の推算装置の詳細を説明する模式図である。
図4】本発明の一実施形態において、石油の分析に使用される高速反応評価装置(以下、「HTE装置」ともいう)の模式図である。
図5】各種常圧残油(AR)における脱硫率と反応温度の関係を示すグラフである。
図6】各種ARに含まれるSコアの種類と存在量を示すグラフである。グラフにおいて、ARは、左から由来原油のAPI比重が高い順に記載されている。
図7】各種ARに含まれるS1、S2、SNコアの反応率と反応温度の関係を示すグラフである。
図8】各種ARにおけるチオフェンまたはテトラヒドロチオフェンに付加する芳香環数別の反応率を示すグラフである。
図9】各種ARにおけるチオフェンまたはテトラヒドロチオフェンに付加する芳香環数別の存在量比(存在率)を示すグラフである。
図10】原油C由来のARにおけるチオフェン、テトラヒドロチオフェンに付加する芳香環数、ナフテン環数の分布を示すグラフである。
図11】各種ARにおけるS1コア分子の反応性の予測値(推算値)と実測値の関係を示すグラフである。
図12】各種ARにおけるチオフェン、テトラヒドロチオフェンを含むS分子(含硫黄成分)の平均凝集度(平均Dagg)値を芳香環数別に算出した結果を示すグラフである。
図13】各種AR中に含まれるS分子の平均Dagg値と脱硫率の実測値/推算値との相関を示すグラフである。
図14】各種ARにおけるSコアの反応性の予測値(補正後)と実測値を示すグラフである。
図15】各種減圧軽油(VGO)の脱硫率と反応温度の関係を示すグラフである。
図16】各種VGOに含まれるSコアの種類と存在量を示すグラフである。グラフでは、左から由来原油のAPI比重の高い順に記載している。
図17】各種VGOに含まれるS1、S2、SNコアの反応率と反応温度の関係を示すグラフである。
図18】各種VGOに含まれるチオフェン、テトラヒドロチオフェンに付加する総環数別の反応率を示すグラフである。
図19】各種VGOに含まれるチオフェン、テトラヒドロチオフェンに付加する総環数別の存在量比(存在率)を示すグラフである。
図20】各種VGOにおけるS1コア分子の反応性の予測値と実測値の関係を示すグラフである。
図21】各種VGO中に含まれるS分子の平均Dagg値と脱硫率の実測値/推算値との相関を示すグラフである。
図22】各種VGOにおけるSコア反応性の予測値(補正後)と実測値を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<定義>
本発明の実施形態を説明するにあたり、先ず、本明細書にて使用する用語ないし表現について説明する。
【0015】
(1)「石油」
本明細書において、「石油」とは、原油、並びに原油を蒸留して得られる諸留分および諸留分に改質や分解等の二次装置による処理を加えて得られる留分等をも含む総称的な概念をいう。或いは、原油を蒸留して得られたある留分について、さらに飽和炭化水素や芳香族炭化水素等の成分に分画した分画物をさすこともある。
(2)「成分」
「成分」とは、「混合物をある特定の物理的または化学的性状を基準として括った塊」、即ち、「ある特定の物理的または化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」を意味する。特定の物理的または化学的性状を基準として括る方法としては、例えば、蒸留試験における沸点範囲を特定して、その温度範囲にあるものを一つの成分として分画する方法等が挙げられる。この場合、混合物は「分画物(フラクション)の集合体」ということになる。或いは、「成分」を、多成分混合物を構成する一つ一つの構成員であって、「同一の分子種に属すると認められる分子の集合体」と捉えてもよい。ここで、「同一の」とは、「分子構造を完璧に特定し、その上で同一である」、或いは、「分子構造上の異性体(分子式は同じであるが構造が異なるもの)どうしは同一のものとする」という意味と捉えてもよく、例えば、後述する「JACDのような方式で特定された構造において同一である」という意味と捉えてもよい。さらには、広く「任意に定めた基準に基づいて一括りにした分子の集合体」という意味と捉えてもよい。
【0016】
(3)「構成する」
石油等の多成分混合物を「構成する」とは、多成分混合物中に存在する100%すべての成分を想定するものでなくてもよい。本発明により特定される各成分の分子構造をどのように利用するかにより、どの程度の詳細さを以て成分としての分子種特定が必要になるかに応じて、「構成する各成分」を適宜決定すればよい。例えば、多成分混合物中において一定の存在量(存在割合)以上を持つ分子種のみを対象として、「構成する成分」と捉えてもよい。石油のような膨大な種類の分子種すべてについて分子構造を同定する必要性は必ずしも高いとは限らず、微量しか存在しない分子種等については、必要に応じて、無視してもよい。例えば、「多成分混合物」として、多環芳香族レジン分(PA)を対象とする場合、PAを構成する成分として、パラフィン系化合物およびオレフィン系化合物の存在は無視してもよい。
【0017】
(4)「分率」
「分率」とは、質量分率、容量分率またはモル分率等、存在割合を示すものであれば何でもよく、いずれをも含む概念である。液相全体の平均ハンセン溶解度指数値を算出する場合は、好ましくは容量分率が用いられ、各成分の当該液相における容量分率で重み付けした加重平均値として算出される。
【0018】
(5)「分子構造を特定する」、「分子」
「分子構造を特定する」とは、上記「成分」における「分子」に関し、分子が持つ構造に関する何等かの情報を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。目的および必要性に応じて、その度合い、表示の方式を適宜選択すればよい。分子全体の構造を特定するという行為のみならず、分子の一部分についての構造に関する情報を組み込んでもよい。例えば、コア部分の構造のみを特定し、側鎖部分や架橋部分については構造は特定せず分子式のままにしておいてもよい。
本明細書において、好ましくは、後述する「JACD」で分子構造を特定する。「JACD」で構造が特定された分子というのは、後述するアトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。本明細書において、「分子」は、異性体をすべて含む概念と捉えてもよい。
【0019】
(6)「各成分の存在割合を特定する」
「各成分の存在割合を特定する」とは、混合物を構成する各成分について、それらが存在する比率を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。また、混合物を構成するすべての成分種について存在割合が特定されなければならないという意味ではなく、分析技術では検出が困難な程度の量しか存在しないような成分や特定する必要のない成分までを含めたすべての成分の存在割合を特定して初めて、「各成分の存在割合を特定した」とするものではない。かかる微量成分等については、「その他の成分」としてまとめて扱ってもよい。さらには、これらを「混合物を構成する各成分」という範囲から除外し、他の成分の存在割合を算出する上での分母に入れなくてもよい。
【0020】
(7)「すべての」
本明細書において、「すべての」とは、必ずしも「100%全部の」という意味でなくてもよい。例えば、質量スペクトルについて「すべてのピーク」という言い方をしている箇所については、文字どおり、「100%全部のピーク」という意味のみならず、例えば、その場面での検討の目的上必ずしも必要でない分子に関するピークや判別しにくいようなピーク等については、適宜、除外した上で、それ以外のピークを指すという意味と捉えてもよい。
【0021】
(8)「ピーク」
質量分析において得られるピークの横軸は、多成分混合物を構成する各成分の分子イオンまたは擬分子イオンについてのm/zである。このm/zが示す数値は、分子イオンまたは擬分子イオンの質量に相当する数値であるため、概ね、そのピークに帰属させられる分子の分子量を表している。本明細書では、この「質量分析において得られた、分子イオンまたは擬分子イオンについてのm/zのピーク」を、「質量分析において得られたピーク」、または単に「ピーク」ということがある。また、当該ピークの高さは、そのピークに帰属する分子の相対的な存在割合を示している。
【0022】
(9)「分子式」
「分子式」とは、分子を構成する元素の種類と数のみを示す式のことであり、構造は特定されていないものを指している。分子を構成する元素の種類と数がわかっているため、分子量および後述するDBE値等の情報は得ることができる。
本発明において主として用いているフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析(以下、「FT-ICR-質量分析」ともいい、FT-ICR-質量分析により得られたスペクトルを「FT-ICR-質量分析スペクトル」ともいう)においては、m/zの値を小数点第4位まで決定することができる。そのため、原子の同位体の存在をも考慮した精密な質量の数合わせを行うことにより、そのピークに帰属する分子の分子式を決定することができる。分子式というのは、分子を構成する元素の種類と数のみを表すものにすぎないため、上記決定された分子式に該当する分子としては、異性体が複数存在しうる。即ち、1本のピークには、分子式が同一である複数の異性体が帰属しうる。
ただし、FT-ICR-質量分析の特性上、分子式は同一であっても、例えば、その分子イオンに水素イオンが付加している等により、元の分子イオンと質量が異なることになり、そのため別のピークとして現れることがある。よって、測定上は別ピークとして現れたものであっても、分子式を構成する元素の種類と数が同一であるものは「同一の分子式」として捉えてもよい。「その分子式に該当する分子」という文言において、「その分子式」というのは、このような「同一の分子式」という意味で捉えてもよい。また、「あるピーク」という場合、上記の意味で「同一の分子式」を表しているとされた種々のm/zのピークをすべてまとめて捉えた概念と考えてもよい。
【0023】
(10)「コア」、「シングルコア」、「ダブルコア」「ヘテロコア」
「コア」とは、後述の「JACD」の項で記載する「アトリビュート」の一種であって、具体的には、ヘテロ環またはナフテン環そのもの、ヘテロ環とナフテン環が架橋ではなく直接結合しているもの、ヘテロ環またはナフテン環に芳香環が架橋ではなく直接結合しているものである。架橋または側鎖は、コアとは別のアトリビュートであるため、「コア」とは、架橋または側鎖を一切有しないものを意味している。
一方、「シングルコア」とは、上記コアを1個だけ有する分子を指す概念である。分子を指す概念であるため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。上記コアの2個以上が架橋してなる分子を「マルチコア」という。「マルチコア」も分子を意味するため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。2個のコアが架橋してなる分子を「ダブルコア」という。
例えば、以下に示すナフタレン分子は、1個の芳香環からなるものであるため「シングルコア」であり、ベンゼン環2個からなるダブルコアではない。
【0024】
【化1】
なお、ヘテロ原子を含むコアを「ヘテロコア」とも称する。
【0025】
(11)「DBE値」
「DBE値」とは、分子式が、「C」である場合、以下の式(1)にて算出される値である。
DBE = c- h/2+n/2 + 1 ・・・(1)
(式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数を示す。)
この値は、概ね、分子における不飽和性、とりわけ、二重結合および環の存在の程度を示すものである。
【0026】
(12)「JACD (ジャックディー)」「Juxtaposed Attributes for Chemical-structure Description)」
「JACD」とは、分子構造に関する新規な表示方式であって、分子の構造を、アトリビュートの種類およびアトリビュートの数により表示するものである。アトリビュートが他のアトリビュートのいずれの位置において結合しているかについては表示しない。
上記において、「アトリビュート」とは、分子を構成している化学構造上の部品(パーツ)を指す概念である。芳香族化合物においては、具体的には、前述の「コア」、「架橋」および「側鎖」を指す。
この表示方式によると、石油を構成する膨大数の分子の各々に関し、それらの構造を、必要かつ十分な程度に特定することができる。
以下の化学式で表された分子を例にとって説明する。
【0027】
【化2】
【0028】
この化合物をJACDで表すと、以下の表1のようになる。
【0029】
【表1】
【0030】
JACDで表示され、構造が特定された分子とは、アトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。
【0031】
(13)「物性値」
「物性値」とは、物質の物理的または化学的な性質や性状、特性を表現するものであれば、名称の如何に拘わらず、「物性値」に含まれる。本明細書において、「物性値」とは、これらに限定されるものではないが、例えば、融点、ハンセン溶解度指数値、生成ギブス自由エネルギー、イオン化ポテンシャル、分極率、誘電率、蒸気圧、液体密度、API度、気体粘度、液体粘度、表面張力、沸点、臨界温度、臨界圧力、臨界体積、生成熱、熱容量、双極子モーメント、エンタルピー、エントロピー等である。
【0032】
(14)「石油に関する装置」
本明細書において、「石油に関する装置」とは、蒸留装置や抽出装置をはじめ、改質装置、水素添加反応装置、脱硫装置等の化学反応を伴う装置等、石油の処理に関する装置をすべて含む。「石油に関する装置」を総じて、「石油精製装置」ともいう。
【0033】
<対象石油における脱硫率の推算方法>
本発明の一実施形態によれば、コンピュータによる、対象石油における脱硫率の推算方法は、図1に示される通り、
コンピュータによる、対象石油における脱硫率の推算方法であって、
(1)対象石油における硫黄原子1個を含むシングルコア分子の総環数別の存在率および脱硫率基準値に基づき、対象石油における脱硫率の推算値を算出するステップ、および
(2)対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき推定される、脱硫率の実測値と推算値との比に基づき、対象石油における脱硫率の推算値を整合させるステップ
を含むことを特徴としている。
以下、本発明の一実施形態をステップ毎に説明する。
【0034】
ステップ(1):対象石油における硫黄原子1個を含むシングルコア分子の総環数別の存在率および脱硫率基準値に基づき、対象石油の脱硫率の推算値を取得するステップ
本発明の一実施形態によれば、ステップ1による対象石油の脱硫率の一次的推算値の取得は、図2のフローチャートに示される通り、以下のステップS1~S3に従い実施することができる。
【0035】
ステップS1
本発明の一実施形態においては、まず、対象石油における硫黄原子1個含むシングルコア分子(以下、「S1コア」ともいう)の総環数別の存在率を同定する。後述する実施例にも示されるように、石油中の含硫黄成分のうち、とりわけS1コアの総環数別の存在率が石油全体の脱硫反応性の変動に関与して石油の脱硫率推算の基礎因子としうることは、当業者にとって意外な事実である。
【0036】
対象石油は、特に限定されず、原油、並びに原油を蒸留して得られる諸留分および諸留分に改質や分解等の二次装置による処理を加えて得られる留分のいずれであってもよく、脱硫率の推算の必要の観点からは、好ましくは常圧蒸留または減圧蒸留による留出分または残油分であり、より好ましくは常圧蒸留または減圧蒸留による残油分である。
【0037】
より具体的には、蒸留の留出分は、好ましくはJIS K2254に準拠する軽油の沸点(360℃)以下の沸点を有する留分である。蒸留の留出分の具体例としては、例えば、軽質ナフサ(沸点:約35~約80℃)、重質ナフサ(沸点:約80~約180℃)等のナフサ(沸点:約30~約180℃)、灯油(沸点:約170~約250℃)、軽油(約240~約360℃)等の灯軽油留分(沸点:約235~約360℃)が挙げられる。
【0038】
また、上記蒸留の残油分は、好ましくはJIS K2254に準拠する軽油の沸点(360℃)より高い沸点を有する留分である。常圧蒸留の残油分の具体例としては、原油の常圧蒸留によって搭底から得られる重質油(沸点:約400℃以上)等が挙げられ、重質油は常圧蒸留残渣油(ロングレシデュー)とも称される。
【0039】
また、対象石油におけるS1コアは、上述の通り、対象石油の脱硫率推算の基礎因子として使用される。かかるS1コアにおけるヘテロコア構造は、好ましくは硫黄原子1個含む5員環であり、より好ましくはチオフェンまたはテトラヒドロチオフェンである。
【0040】
また、S1コアにおいて、ヘテロ環構造に付加する総環数は、特に限定されず、通常0~7であってもよいが、石油の脱硫率の推算精度の向上の観点からは、好ましくは1~4であり、より好ましくは1~3であり、より一層好ましくは1または2である。
【0041】
S1コアにおけるヘテロ環構造に付加する環は、芳香環、ナフテン環のいずれもであってもよいが、重質油における脱硫率の推算精度の向上の観点からは、好ましくは芳香環である。
【0042】
対象石油におけるS1コアの総環数別の存在率は、FT-ICR-質量分析や、後述する実施例に使用される高速反応評価装置(以下、HTE装置ともいう)(平成24年度、経済産業省、重質油等高度対応処理技術開発事業の報告書参照)を用いて実施することができる
【0043】
ステップS2
また、本発明の一実施形態においては、基準石油における、硫黄原子1個を含むシングルコア分子の総環数別の脱硫率基準値を特定する。
【0044】
基準石油は、S1コアの総環数別の反応率(脱硫率)の基準値(脱硫率基準値)を設定するための標品として使用されるものであり、脱硫率を高精度で推定する観点からは、測定サンプルである対象石油と同種(同一留分等)であって、対象石油と異なる石油であることが好ましい。基準石油における脱硫率基準値は、対象石油におけるS1コアの総環数別の存在率の測定と同様の装置により特定することができる。
【0045】
ステップS3
また、本発明の一実施形態においては、S1コアの総環数別の脱硫率基準値および存在率に基づき、対象石油の脱硫率の推算値を算出する。上述する基準石油における脱硫率基準値は、対象石油の脱硫率算出の基礎因子であり、対象石油におけるS1コアの総環数別の存在率と脱硫率を乗じ、得られた値を合計することにより、対象石油における脱硫率の推算値を一次的に求めることができる。
【0046】
ステップ(2):対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき推定される、脱硫率の実測値と推算値との比(脱硫率の実測値/脱硫率の推算値)に基づき、対象石油の脱硫率の推算値を整合させるステップ
本発明の一実施形態によれば、ステップ(2)において、対象石油における含硫黄成分の平均凝集度を用いることにより、ステップ(1)により得られる対象石油の脱硫率の推算値を補正し、高精度で実測値に整合させることができる。具体的には、図3のフローチャートのS4~S8に従い、ステップ(2)を実施することができる。
【0047】
ステップS4
本発明の一実施形態によれば、ステップ(2)において、まず、対象石油における含硫黄成分の平均凝集度を特定する。ステップS4における平均凝集度の特定方法の詳細については、以下、ステップ4-1~S4-15にて説明する。
【0048】
ステップS4-1(質量分析)(S4-1)
ステップS4-1は、対象石油に対し質量分析を行い、得られたピークの各々について、そのピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子の存在割合を特定するステップである。即ち、多成分混合物に対し質量分析を行い、それにより得られたすべてのピークについて、各ピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子式に該当する分子の存在割合を特定するステップである。
【0049】
質量分析は、超高分解能の質量分析計を用いるのが好ましい。具体的には、FT-ICR-質量分析計を用いて、公知の方法、即ち、試料をソフトイオン化して分子イオンまたは擬分子イオンを形成することにより、高精度な計測を行う。
【0050】
ステップS4-2(衝突誘起解離)(S4-2)
ステップS4-2は、多成分混合物に対し衝突誘起解離を行うステップである。「衝突誘起解離(Collision Induced Dissociation、以下、「CID」ともいう。)」とは、分子をイオン化し、これをアルゴン等の不活性ガスに衝突させ、架橋および側鎖を切断する操作をいう。通常、当該多成分混合物を構成する各成分における架橋および側鎖が切断されるように、衝突エネルギーを与えることが好ましい。架橋および側鎖を切断することにより、コアごとのフラグメントイオンが生成される。このコアは、衝突誘起解離では切断し得なかった炭素数0~4程度の脂肪族基を側鎖として有していることがある。
【0051】
多成分混合物に対しFT-ICR-質量分析を行ったとき、得られるピークのm/zから、多成分混合物を構成する分子の分子式を決定することができるが、その分子の「コア」に関する情報は得られない。そこで、さらに、衝突誘起解離を行って、多成分混合物を構成する各分子中の架橋および側鎖を切断すれば、多成分混合物全体の中に存在するコアの種類を知ることができる。
【0052】
衝突誘起解離を行う条件としては、分子中の架橋および側鎖を有効に切断できる衝突エネルギー、例えば、10~50kcal/モルが好ましく、20~40kcal/モルがより好ましい。なお、40kcal/モルは、分子量を700とすると32eVに相当する。
【0053】
ステップS4-3(各コアの構造および存在割合の特定)
ステップS4-3は、ステップS4-2の衝突誘起解離により生成した各フラグメントイオンについて、質量分析、好ましくは、FT-ICR-質量分析を行い、各フラグメントイオンを構成するコアの構造および存在割合を特定するステップである。
【0054】
(ア)まず、各フラグメントイオンを構成するコアについて、その構造を特定する方法を説明する。
具体的には、前記ステップS4-2で得られたコアに関する情報と、予め用意しておいたコア構造リストに記載されているコアに関する情報とを照合し、各コアの構造を特定する方法である。
詳しくは、以下のとおりである。
i. 衝突誘起解離後におけるコアに関する情報の取得
衝突誘起解離後の各フラグメントイオンのFT-ICR-質量分析においては、コアの部分は同じであっても、側鎖として炭素数が0~4程度の脂肪族基を有するフラグメントイオンは、その側鎖の種類に応じて、各々質量が異なるため、別々のピークとして現れる。
そこで、コアに側鎖として炭素数が0~4の脂肪族基を持つものについて、これら各種の質量を予め算出しておき、上記現れた別々のピークを種々比較照合すれば、コアそのものの質量を割り出すことが可能となる。
この方法を用いて、ステップS4-2において、衝突誘起解離後に得られたピークの各々について、そのピークに帰属されるコアは、質量がいくつで、O,NまたはS原子等のヘテロ原子がいくつ存在し、またDBE値から芳香環がいくつ存在しているかという情報を得ることができる。
【0055】
ii. 衝突誘起解離後におけるコアの構造の特定
衝突誘起解離後におけるコアの構造を特定する方法として、予め、多成分混合物の各成分分子を構成すると想定できる各種のコアをモデルとしてリスト化した、「コア構造リスト」を作成しておき、当該リストに格納されているコアの分子量、ヘテロ原子の種類と数等の情報と上記にて得られたコアの情報を照合して、このリストの中から最も妥当と考えられるコアのモデルを選択し、そのコアを当該コアとして該当させるという方法がある。
この方法により、衝突誘起解離後のFT-ICR-質量分析にて得られたすべてのピークに対して、コアが割り付けられ、その構造を知ることが可能となる。
【0056】
iii.コア構造リスト
上記コア構造リストに格納するコアの種類については、特に限定されるものではなく、いかなるものであってもよいが、格納するコアの選定の妥当性が各コアの構造特定の妥当性に直結することになる。
試料である多成分混合物そのものの内容に応じて、予め「コア構造リスト」を作成しておくのが好ましい。例えば、多成分混合物が石油の場合、これまでの石油に関する知見をもとにして、予め、「石油の分子構造特定用のコア構造リスト」を作成しておき、それを用いればよい。
リストの作成においては、基本となる芳香環における環数、芳香環に直接結合するナフテン環の種類と数(カタ型かペリ型かという違いも含む)および直接結合の態様(即ち、基本ヘテロ環のどの位置にどういう形でナフテン環や芳香環が結合しているのかという態様)等、諸条件を勘案して、適当数のコアを格納するのがよい。
例えば、芳香環の大きさは6環までとすることや、ヘテロ原子はN、O、Sを想定し、ヘテロ環の種類としては10個程度とすること等、計算上の便宜を考慮してリストを作成すればよい。
【0057】
iv.コア構造リストからの選定
コア構造リストには、「分子量、DBE値およびヘテロ原子の種類と数がすべて同じであるが、構造式が異なる」というものが複数存在している場合がある。この場合、それらの複数のうちどれを第一優先として選定するかについては、適宜、ルールを決めておけばよい。例えば、優先性として、次の1~3が挙げられる。
1.芳香環のみから成るものを優先する。
2.不飽和結合の多いものを優先する。
3.環数の少ないものを優先する。
【0058】
(イ)次に、各コアの存在割合を特定する方法を説明する。
前述のとおり、ステップS2において衝突誘起解離後に得られた各々のピークの高さから、そのm/z、即ち、その質量を持つコアの存在割合を求めることができる。
本ステップ3で得られた衝突誘起解離後の各コアの構造は、後にステップ5にて用いられることになり、また、衝突誘起解離後の各コアの存在割合は、後にステップ4にて用いられることになる。
【0059】
ステップS4-4(クラスごとのコアの存在態様および存在割合の推定)
ステップS4-1におけるピークの各々に帰属する分子を、「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)およびDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様および存在割合を推定するステップである。
言い換えれば、ステップS4-1におけるすべてのピークに帰属する分子について、ステップS4-1にて特定された各々の分子式における「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)およびDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様および存在割合を推定するステップである。
【0060】
以下、ステップS4-4について詳説する。
(ア)ステップS4-1において、すべてのピークについて分子式が特定されているため、その分子式におけるヘテロ原子の種類とその数およびDBE値が判明する。したがって、本ステップでは、この「ヘテロ原子の種類とその数およびDBE値」に基づいて、すべてのピークに帰属させた分子それぞれを、「ヘテロ原子の種類とその数およびDBE値」ごとに括られたそれぞれの「クラス」の中に編入する。
「ヘテロ原子の種類と数」とは、詳しくは、「ヘテロ原子の種類ごとのそのヘテロ原子の数」である。ヘテロ原子とは、好ましくは、窒素原子、硫黄原子および酸素原子であるため、「ヘテロ原子の種類と数」とは、好ましくは、「窒素原子、硫黄原子および酸素原子のそれぞれの数」ということもできる。よって、ヘテロ原子に関して言えば、「窒素原子の数、硫黄原子の数および酸素原子の数のすべてが一致するもの」が同一の「クラス」に入ることになる。なお、本明細書では、硫黄原子を1つ含む場合には「S1クラス」と称することがある。
【0061】
(イ)次に、(ア)に記載した「ヘテロ原子の種類と数およびDBE値」で括られた各クラスにおいて、そのクラスに属する各分子が、どういうシングルコアまたはマルチコアであるのかを推定する。また、それらのシングルコアおよびマルチコアは、それぞれどういう割合で存在するのかを推定する。
これらの推定を行うにあたっては、実際の計算上の便宜から、いくつかの仮定を設けて行うのが好ましい。
ここで、「マルチコア」は、どういうコアどうしが架橋して結合しているのかにより、いろいろな組み合わせがありうる。ただし、マルチコアを形成する複数個のコアのDBE値の和およびヘテロ原子の種類に応じた数の和は、そのクラスに属しているものは、皆、同じ値である。
【0062】
(ウ)上記のように、FT-ICR-質量分析にて得られたピークの各々に帰属する分子について、ヘテロ原子の種類と数およびDBE値が同じものからなるクラスごとに括り直したが、そのクラスに属する分子は、シングルコアまたはマルチコアである。これらのシングルコアまたはマルチコアが、どういうコアをもって構成されるのかを推定する好ましい方法について、以下、説明する。
【0063】
そのクラスに属する分子が、シングルコアである場合は、そのクラスに該当するヘテロ原子の種類と数およびDBE値を持つシングルコアが該当する。そのクラスに属する分子が、マルチコアである場合は、当該マルチコアを構成している複数のコア中に存在する同じ種類のヘテロ原子ごとの数の和およびこれら複数のコアのDBE値の和が、当該クラスのヘテロ原子の種類と数およびDBE値と一致するように、コアを組み合わせたものが該当する。複数のコアのヘテロ原子の種類に応じた数の和およびDBE値の和がそのクラスのヘテロ原子の種類と数およびDBE値に該当すればよいのであるから、マルチコアを構成する複数のコアの組み合わせは、通常、1つとは限らず、数通り存在する。
【0064】
(エ)次に、「そのクラスに属する各分子であるシングルコアおよびマルチコアは、それぞれどういう割合で存在するのか」を推定する。
好ましくは、最初に、マルチコアの存在割合は、そのマルチコアを構成している複数のコアそれぞれの存在割合の積であると仮定し、これを推定値とする。
【0065】
ステップS4-5(コア構造、側鎖および架橋の決定)
ステップS4-5は、ステップS4において存在態様が推定された各分子に対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖および架橋を決定して割り付けるステップである。
【0066】
(ア)「ステップS4-4において存在態様が推定された各分子」に対し、「それらを形成するコアの構造を決定する」とは、以下のi~vの操作により行うものである。
i.ステップS4-4で存在態様が推定されたマルチコアの場合は、それを構成しているコアごとに分けて(解除して)とらえる。
【0067】
ii.ステップS4-4で存在態様がシングルコアであると推定されたものおよび上記iのようにマルチコアを解除して生成したコアのすべてについて、同じ「ヘテロ原子の種類と数およびDBE値」のものごとにそれぞれの「クラス」に括り直す。因みに、ここでいう「クラス」は、もともとのシングルコアおよびマルチコアを解除して得られたコアに関する概念であり、ステップS4-4で述べた分子に関する「クラス」とは別のものである。
【0068】
iii.上記iiで括られた「ヘテロ原子の種類と数およびDBE値」のすべての「クラス」に関し、その「クラス」に存在しているコアのすべてについて、具体的な構造を割り付ける。
【0069】
(イ)以下のi~iiiの操作により、さらに側鎖および架橋を決定する。
i.上記により、シングルコアまたはマルチコアのコアの部分の構造は特定することができたが、コアの部分のみの存在を想定しただけでは、対象とする試料についてFT-ICR-質量分析にて得られたピークのm/zが示す質量に合致しない。即ち、コアの部分に関与している炭素、水素およびヘテロ原子に基づく質量を合計しても、FT-ICR-質量分析にて得られたピークのm/zで示される質量と差が生じる。
そこで、その質量の差分は、コアに結合している側鎖およびコアどうしを結合させている架橋の存在に由来するものと考え、差分が解消するように炭素の数および水素の数を割り出し、それを側鎖および架橋としてコアに割り付ける。
例えば、あるm/z=nのピークに対して、上記の手順により、コア1とコア2が架橋してなるあるダブルコアが割り付けられたとする。このとき、
その質量の差分(d)=n-(コア1の質量+コア2の質量)
が、側鎖および架橋の存在に由来するものとなる。
【0070】
ii.上記iにおいては、側鎖および架橋として割り付ける炭素の数および水素の数は求められるが、まだ、どういう構造の側鎖および架橋かは決定できていない。そこで、どういう構造の側鎖および架橋が相当するのかを推定するにあたっては、想定される側鎖および架橋の組合せの存在確率を考慮して、例えば、以下のようなルールを決めておき、それに従って推定すればよい。ルールとしては、側鎖や架橋を構成する炭素の数の上限や側鎖の本数等の条件を予め定めておけばよい。
【0071】
iii.上記iにおいて、その質量の差分に相当する側鎖または架橋が存在しない場合は、コア1とコア2が単に結合しているという構造を当てはめてもよい。
(ウ)上記にて決定した側鎖および架橋を「コアに割り付ける」とは、どのコアのどの位置に側鎖や架橋が結合しているかを決定することまでを包含する意味ではない。
【0072】
(エ)このようにして、ステップS4-5により、ステップS4-4において存在態様が推定された各シングルコアまたはダブルコアに対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖および架橋を決定することができる。
【0073】
上記のステップS4-1~ステップ4-5により、石油を構成する各成分について、その分子構造をJACDで特定し、またその存在割合を特定することができる。
【0074】
次に、本実施形態における石油の融点およびハンセン溶解度指数値の取得ステップを説明する。
【0075】
ステップS4-6(融点およびハンセン溶解度指数値の取得)
ステップS4-1~S4-5により、JACDを用いて特定された多成分混合物の各成分の分子構造から、各成分の融点およびハンセン溶解度指数値(以下、「HSP値」ともいう)を取得する。
これらの物性値は、上記のようにして特定された多成分混合物の各成分の分子構造について、全石油分子データベース(Comcat)を用いて特定することが好ましい。
【0076】
Comcatとは、JACDと各物性値とが紐付けられた「JACD-物性値データベース」のことである。該データベースへの登録分子数は、約2,500万件であり、石油に含まれる全成分は、すべてComcatに含まれる分子から構成されると仮定したモデル系解析において、利用可能である。
【0077】
該データベースに登録されている物性値は、融点、ハンセン溶解度指数値、沸点、臨界湿度、臨界圧力、臨界体積、蒸気圧、液体密度、気体粘度、液体粘度、表面張力、双極子モーメント、分極率、イオン化ポテンシャル、生成熱、エンタルピー、エントロピー、自由エネルギー、熱容量等の約200種の物性値である。
【0078】
これらの物性値は、通常、原子団寄与法や分子軌道法を用いて算出される。原子団寄与法とは、ある物質の物性値を求めるにあたり、その物質の化学構造を特定し、存在する各種の原子団、即ち、「基」が持つ固有のパラメータ値をもとに、その物質の物性値を算出するという方法である。即ち、その物質が持つ「基」が特定されることが前提となる。また、分子軌道法においても、まず、その物質が持つ「基」が特定され、それをもとに構造が特定されることが前提となる。
本発明においては、上述のように、石油を構成する各成分について、存在する各種の原子団が特定されるため、各種の原子団が持つ公知の固有のパラメータ値を用いて、その成分の物性値を算出することができる。さらに、各成分の存在割合も特定されているため、この存在割合を考慮すれば、適宜、各成分の持つ物性値から全体の石油の物性値を推算することが可能となる。
【0079】
次に、上記で得られた各成分の融点およびハンセン溶解度指数値を用いた、多成分凝集モデルによる石油における含硫黄分子の平均凝集度の特定ステップを説明する。
より具体的には、本発明が立脚する多成分凝集モデル(Multi-Component Aggregation Model:MCAM)について、以下のステップS7~S16により説明する。
【0080】
ステップS4-7(液相成分と非液相成分への分離)
上記のステップS4-1~S4-6において、各成分の分率、融点およびハンセン溶解度指数値を取得し、所望の温度Tを設定する。
石油を構成する各成分のうち、所望の温度T未満の融点を有する成分を液相成分として分類し、該所望の温度T以上の融点を有する成分を非液相成分として分類する。
ここで所望の温度Tとは、上記で定義したとおりである。
【0081】
ステップS4-8(液相全体の平均HSP値の算出)
ステップS4-7において液相成分として分類された各成分のHSP値について、各成分の当該液相における容積分率で重み付けした加重平均値を、液相全体の平均HSP値として算出する。各成分について、密度、分子量等の物性に関する諸情報を予め取得しておくことにより、容積分率を算出することができる。
【0082】
ステップS4-9(液相全体と各非液相成分とのHSP値の差の算出)
ステップS4-8において算出した液相全体の平均HSP値と、非液相成分における各成分のHSP値との差(Δδ)を算出する。
【0083】
ステップS4-10(Δδに基づく各成分の分類の更新)
非液相成分における各成分を、ステップS4-9において算出した差(Δδ)に基づいて、液相成分または非液相成分として再分類し、液相成分として再分類された各成分を非液相成分から液相成分へ編入して、液相成分および非液相成分を更新する。
この再分類における更新は、非液相成分における各成分について、一つずつ順番に行ってもよいし、複数の成分ごとに行ってもよい。
【0084】
ステップS4-11(更新後の液相全体の平均HSP値の算出)
ステップS4-10において更新した後の液相成分における各成分のHSP値について、各成分の当該更新後の液相における容積分率で重み付けした加重平均値を、更新後の液相全体の平均HSP値として算出する。
【0085】
ステップS4-12(ステップS4-9~S4-11の繰り返し)
ステップS4-9~S4-11を、ステップS4-10において液相成分として再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで繰り返す。
【0086】
ステップS4-13(非液相成分の凝集度の算出)
所望の温度における最終段階での更新後の非液相成分の凝集度D(以下、DAgg値ともいう)を算出する。ここで、凝集度Dは、HSP値、濃度、温度により設定される数値であり、後述する脱硫率の推定装置において示す式(A)により算出することができる。
【0087】
ステップS4-14(凝集度に基づく非液相成分の分類)
最終段階での更新後の非液相成分における各成分を、凝集度Dに基づいて、凝集相成分(含硫黄成分)に分類する。
【0088】
ステップS4-15(含硫黄成分の平均凝集度の算出)
ステップ4-14で分類した含硫黄成分の平均凝縮度Dを算出する。
【0089】
なお、以上に記載のステップSステップS4-1~S4-15は、特許文献3および特許文献4に記載の方法を参考にして実施してもよく、これら文献は、引用することにより本明細書の一部とされる。
【0090】
ステップS5:含硫黄成分の平均凝集度と、脱硫率の実測値と推算値との比(脱硫率の実測値/脱硫率の推算値)の間の相関関係を特定するステップ
本発明の一実施形態によれば、対象石油と異なる複数の基準石油を測定サンプルとし、含硫黄成分の平均凝集度(平均Dagg値)と、脱硫率の実測値と推算値との比(脱硫率の実測値/脱硫率の推算値)を測定して、平均Dagg値と、脱硫率の実測値と推算値との比との相関関係を予め特定しておく。例えば、複数の石油サンプルを使用し、S1~S4に記載の手法に準じて、平均Dagg値、脱硫率の実測値および脱硫率の一次的推算値を求め、平均Dagg値と、脱硫率の実測値と推算値との比(脱硫率の実測値/脱硫率の推算値)の相関曲線または相関図を予め作成する。かかる相関関係の特定に用いる複数の石油を測定サンプルは、高精度の脱硫度の推算の観点から、対象石油と同種(同一の留分等)を選択することが好ましい。
【0091】
ステップS6:相関関係と、対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき、対象石油における脱硫率の実測値と推算値との比(脱硫率の実測値/脱硫率の推算値)を推定するステップ
本発明の一実施形態によれば、上記相関関係(相関曲線等)を参照して、S4ステップにより得られた対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき、対象石油における脱硫率の実測値と推算値との比(脱硫率の実測値/脱硫率の推算値)を推定する。
【0092】
ステップS7:対象石油における脱硫率推定値を整合させるステップ
本発明の一実施形態によれば、ステップ6において推定された、対象石油における脱硫率の実測値と推算値との比(脱硫率の実測値/脱硫率の推算値)に、ステップ1で得られた対象石油における脱硫率の推算値を乗じて、対象石油における脱硫率の推算値を補正することができる。
【0093】
また、S1コア以外の硫黄原子を含むコア分子は、後述する実施例に示される通り、石油の種類に関わらず、反応性が高レベルであり、そのコア分子毎の脱硫率は70~100%程度、好ましくは100%と設定することができる。したがって、一実施形態によれば、S1コア以外の硫黄原子を含むコア分子の脱硫率は、対象石油中のコア分子別の存在率に対して脱硫率の推定値100%を乗じたものの総計とすることができる。
【0094】
本発明の対象石油の脱硫率の推算方法は、水素化脱硫装置等の石油に関する装置の運転条件を設定する上で利用することができる。したがって、本発明の好ましい実施態様によれば、上記方法により推算されたセジメントの析出量推算値に基づいて、運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法が提供される。
【0095】
脱硫装置における脱硫反応の温度は、石油の性質を勘案して適宜設定してよいが、例えば、対象石油が重質油である場合、300~400℃程度とすることができる。
【0096】
<石油の脱硫率を推算する装置およびシステム>
次に、図3を参照して、本発明の石油の脱硫率を推算する装置の一実施形態を説明する。図3は、実施形態の石油の脱硫率の推算装置の機能ブロック図である。コンピュータに本発明のプログラムを実行させることにより、コンピュータが石油の脱硫率を推算する装置として機能する。
なお、図3では、情報の入力および出力を行うインタフェースの図示を省略している。
【0097】
本装置は、演算装置1と記憶部2とを備えている。演算装置1は、1つのCPUで構成してもよいし、通信回線を介して互いに接続された複数の演算装置で構成されてもよい。
また、記憶部2は、演算装置1に内蔵されていてもよいし、外部装置であってもよいし、通信回線を介して接続された記憶装置であってもよい。
【0098】
本演算装置1は、脱硫値の推定値提供部10と、脱硫値の推定値整合部20とを有している。
【0099】
I.脱硫度の推定値提供部
脱硫値の推定値提供部10は、基準石油における硫黄原子を含むコア分子について、それぞれの総環数別の、脱硫率基準値、存在率(分率)を取得する。また、対象石油についても、対象石油を構成する硫黄原子を含むコア分子について、それぞれの総環数別の、存在率(分率)を取得する。これらの成分の情報は、石油についての情報がデータベースとして格納された記憶部2から取得するとよい。
【0100】
脱硫値の推定値提供部10では、成分情報算出部11において、硫黄原子を含むコア分子の総環数別の脱硫率基準値と、対象石油におけるその存在率とを乗じ、総環数別の脱硫率の推定値を得、それらを合計して、対象石油における脱硫率の一次的な推定値を取得する。
【0101】
脱硫値の推定値提供部10では、脱硫値の推定値の基礎因子となる硫黄原子を含むコア分子としてS1コアが設定されており、必要に応じてS1コア以外もコア分子も対象に設定することができる。
【0102】
II.脱硫度の推定値整合部
脱硫度の推定値整合部20は、初期分類部21と、液相演算部22と、平均凝集度演算部23と、脱硫値の推定値の補正演算部24とを備えている。
【0103】
脱硫度の推定値整合部20は、基準石油および対象石油を構成する各分子のHSP値、存在率(分率)、融点や、脱硫率、脱硫率の実測値と推算値との比、含硫黄成分における平均凝集度と脱硫率の実測値と推算値との比との相関関係等の情報を記憶部2から取得する。これらの情報が、記憶部2のデータベースに格納されていない場合には、初期分類部21と、液相演算部22と、平均凝集度演算部23と、脱硫値の推定値の補正演算部24のいずれかによって、各成分の必要なパラメータを推算することができる。
【0104】
初期分類部21は、多成分混合物を構成する各成分のうちの所望の温度未満の融点を有する成分を液相成分として分類し、所望の温度以上の融点を有する成分を非液相成分として分類する。すなわち、溶媒の融点以上のある任意の温度以上において、その温度における「液相」の量および組成を求める。融点がその温度より低い成分は、液相に存在する成分となる。このときの「液相」の量および成分が求まる。
【0105】
液相演算部22は、液相の性状を推定するために、平均HSP算出部221と、Δδ(HSP値差)算出部222と、再分類部223と、液相成分情報算出部224とを備えている。
【0106】
平均HSP算出部221は、液相全体の平均HSP値を算出する。ここで、液相全体の平均HSP値は、当該液相成分における各成分のHSP値を各成分の当該液相における分率、好ましくは容量分率で重み付けした加重平均値として算出されるものである。
【0107】
HSP値差(Δδ)算出部222は、液相全体の平均HSP値と、非液相成分における各成分のHSP値との差(Δδ)を算出する。
【0108】
再分類部223は、非液相成分における各成分を、差(Δδ)に基づいて、液相成分と非液相成分とに再分類し、液相成分として再分類された各成分を非液相成分から液相成分に編入して、液相成分および非液相成分を更新する。
再分類部223は、溶解する成分があればそれを液相に加えて液相全体のHSP値を再計算する。
【0109】
平均HSP算出部221は、更新後の液相全体の平均HSP値を算出する。ここで、更新後の液相全体の平均HSP値は、更新後の液相成分における各成分のHSP値を各成分の当該液相における分率、好ましくは容量分率で重み付けした加重平均値として算出されるものである。
【0110】
そして、液相成分に再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで、平均HSP値、液相成分および非液相成分(凝集相、固相)の更新を繰り返す。
【0111】
さらに、液相情報算出部224は、最終段階での更新後の液相成分の分率の合計を液相分率として算出する。
【0112】
平均凝集度演算部23は、凝集相の量、成分、凝集している成分それぞれの凝集度および凝集相の平均凝集度を決定する。
【0113】
平均凝集度演算部23は、所望の温度における最終段階での更新後の非液相成分における各成分の凝集度を、液相全体の平均HSP値と前記非液相成分における各成分のHSP値との差および最終段階での更新後の非液相成分における各成分の濃度Cに基づいて算出する。具体的には、以下のようにして分類する。
【0114】
最終的に液相に溶解しなかった非液相成分における各成分について、そのHSP値と液相全体のHSP値に基づいてそれぞれの凝集度を決定する。凝集している成分それぞれの凝集度Dagg値は、液相のHSP値、凝集している成分のHSP値、凝集している成分の濃度および場の温度を変数とする関数式(A)により、算出することができる。
【0115】
D(p,q)=MAS(K+Kp+Kq+K+Kpq+K+K+Kq+Kpq+K) ・・・(A)
【0116】
式中、pは、
前記所望の温度Tが、T≦150℃のときに、
p=(L(T-25)+L)RED
前記所望の温度Tが、150℃<T≦200℃のときに、
p=(L(150-25)+L)RED、 前記所望の温度Tが、200℃<Tのときに、
p=(L(T-25)+L)RED
で表される。
【0117】
REDは、RED≧0.3のときに、RED=RED、RED<0.3のときに、RED=0.3と表され、REDは、RED=Δδ/Rで表され、Δδは、液相全体の前記平均HSP値と前記非液相成分における各成分のHSP値との差であり、Rは、非液相成分における各成分ごとの定数である。
【0118】
、LおよびLは、経験的に得た係数であり、下記の定数値を有する。
=-0.0031262、
= 1.07815、
= 1.15631
【0119】
qは、q=logCで表され、Cは、非液相成分における凝集している当該成分の濃度である。
【0120】
ASは、成分種により定まった定数であり、例えば、多成分混合物の凝集相成分および固相成分がアスファルテンの場合、以下のとおりである。カナダ産オイルサンド系アスファルテン(CaAs):1.319、中東産アスファルテン1 (ArAs1):1.000、中東産アスファルテン2 (ArAs2):1.136である。
【0121】
~Kは、経験的に得た係数であり、以下の定数値を有する。
=-1.26929、
= 9.42231、
= 0.363439、
=-11.1925、
= 0.093622、
=-0.15436、
= 5.337433、
=-0.20868、
= 0.077223、
= 0.019492
である。
【0122】
以上より、ある温度において、ある溶液中においてある成分が凝集している場合、その凝集している成分の凝集度Daggの値を算出することができる。
なお、上記において数値で示したL、L1、2、ASおよびK~K等の値は、対象により種々の数値を採り得るものであり、上記の数値に限定されるものではない。
【0123】
平均凝集度演算部23は、最終段階での更新後の非液相成分のうち、凝集度が所定の閾値未満の成分を凝集相成分に分類し、凝集度が所定の閾値以上の成分を固相成分に分類する。すなわち、凝集度が凝集レベルにある成分を凝集相成分とする。ここで、「凝集レベルにある」とは、概念的には、凝集粒子の大きさが数百nm以下で液中に分散していることをいう。また、「析出レベルにある」とは、凝集粒子の大きさがサブミクロン以上で液中に分散できず沈殿していることと考えられる。凝集度D≧5であるとき、おおむね、その成分種は析出すると判断できるが、この閾値は、成分種により変化しうるものである。
【0124】
平均凝集度演算部23は、凝集相成分として分類された各成分の量(溶液全体に対する分率)の合計を凝集相分率として算出する。さらに、凝集相情報算出部は、凝集相成分として分類された各成分の凝集度の和を当該成分の数で除した値を凝集相全体の平均凝集度として算出する。
【0125】
III.脱硫率の推定値の補正演算部
脱硫率の推定値の補正演算部24では、対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき推定される、脱硫率の実測値と推算値との比に基づき、対象石油における脱硫率の推算値を整合させる。
【0126】
脱硫率の推定値の補正演算部24では、複数の基準油の物性値情報に基づいて得られる平均凝集度と脱硫値の実測値と推算値の比との相関関係(相関曲線)を記憶部2から取得するか、上記物性値情報に基づき上記相関関係を作成する。
【0127】
脱硫率の推定値の補正演算部24では、脱流値の推定値提供部10から得られる対象油における脱流値の推定値を、上記相関関係に基づき補正し、整合された脱硫率の推定値を提供する。
【0128】
また、本発明の脱硫率の推算装置の各部は、一体的に構成していてよいが、各部を所望により別体として構成してもよい。このような独立した各部により対象石油における脱硫度の推算を実施する場合、脱硫度推算装置は、対象石油における脱硫度を推算するシステムとして提供することができる。
【0129】
したがって、本発明の別の態様によれば、対象石油における脱硫率の推算システムであって、
(1)対象石油における硫黄原子1個を含むシングルコア分子の総環数別の脱硫率と存在率基準値に基づき、対象石油の脱硫率の推算値を算出する脱硫率の推算値提供部、および
(2)対象石油における含硫黄成分の平均凝集度に基づき推定される脱硫率の推算値を整合させる脱硫率の推算値整合部
を少なくとも備える、システムが提供される。
【0130】
<脱流率の推算コンピュータプログラム等>
本発明において、JACDを用いた分子構造の推定、推定された分子構造情報と物性値との紐付け、および凝集モデルを用いた多成分混合物の性状の推定の一連の処理は、ハードウェアまたはソフトウェア、またはこれらを複合した構成によって実行することができる。ソフトウェアによる処理を実行する場合には、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させるか、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることができる。
【0131】
例えば、プログラムは、記録媒体としてのハードディスクやROMに予め記録しておくことができる。また、プログラムは、フレキシブルディスク、CD-ROM、MOディスク、DVD、磁気ディスク、半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体に、一時的または永続的に格納(記録)しておくことができる。
【0132】
なお、プログラムは、上述したようなリムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他に、ダウンロードサイトから、コンピュータに無線転送したり、LAN、インターネットといったネットワークを介して、コンピュータに有線で転送したりでき、コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスクなどの記録媒体にインストールすることができる。
【0133】
本発明の方法は、上記コンピュータプログラムを内部記憶装置に記憶したコンピュータで好適に実施することができる。
【0134】
また、本明細書に記載された各種の処理は、記載に従って時系列に実行されるだけではなく、処理を実行する装置の処理能力や必要に応じて並列的にまたは個別に実行されてもよい。また、本明細書において、システムとは、複数の装置の論理的集合構成であり、各構成の装置が同一筐体内にあるものに限定されるものではない。
【実施例
【0135】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
試験例1:常圧残油(AR)の脱硫率の推算試験
【0136】
(1)各種常圧残油(AR)の反応性
高速反応評価装置(以下、HTE装置)を用い、以下の条件にて、産地の異なる原油A~KのARについて、以下の条件に従い評価した。
【表2】
【0137】
HTE装置の基本的な仕様を図4に示す。使用したHTE装置の原料油供給系は1系列であるが16系列の反応系列で構成され、反応温度、液空間速度、水素/油比液空間速度、触媒種、触媒積層種などの条件を同時に反応系列毎に設定できる。
【0138】
脱硫率は、いずれの反応温度においても由来原油が原油K,原油D、原油C、原油J、原油B、原油F、原油H、原油Aの順にARの脱硫率が高く、油種間の反応性の違いが明確であった。
【0139】
図5には、原油の代表的な性状の一つである由来原油のAPI比重を示す。この値が高いほど軽質な原油であり、低くなるほど重質、更に低いと超重質な原油であることを示している。API比重が26未満を超重質原油、26~29.99を重質、30~33.9を中質、34~38.99を軽質、39以上を超軽質原油と呼ぶ。
【0140】
脱硫率とAPI比重の序列を比較すると、超重質原油由来である原油A-ARの脱硫率が最も低く、最も軽質な原油由来である原油K-ARの脱硫率が最も高い。この傾向は一般的な原油の特性から想定される反応率の傾向と一致する。一方、由来原油のAPI比重が最も低い原油C-ARは原油K-AR,原油D-ARに次いで脱硫率が高く、一般的な性状からの推定とは異なる結果となった。
【0141】
(2)ARの詳細組成構造解析結果と反応性との関係
反応性評価を行った原油B、原油A、原油C、原油H、原油J、原油F、原油K、原油D由来のARの詳細組成構造解析結果を以下に説明する。なお、ARの各留分は、飽和分(Sa),1環(1A),2環(2A),3環以上(3A+),極性レジン(Po),多環レジン(PA),アスファルテン(As)と表記する。
【0142】
まず、各ARの特徴について述べる。最初に、油種間で顕著な違いが見られた原油B-AR、原油A-AR、原油C-ARの特徴について述べる。
原油B-ARはDBE5~7、炭素数35~45の範囲に分子が集中的に分布しており、DBEが10以上となる縮合度の高い分子の存在比率は低い。この結果は、分画結果で1A、2Aの得率が高くなっていることと合致した。また、ヘテロクラス分布から他の原油に比べて含S分子の比率が高く、含N分子の比率が低い特徴が示された。
【0143】
原油A-ARは原油B-ARと同様のDBE5~7、炭素数35~45の範囲に分布の中心があるが、広がりが大きくDBEが10以上となる範囲においても比較的高濃度に分子の存在が見られた。更に、DBE15以上、炭素数25~40の範囲にもう一つのピークが見られ、比較的低縮合度で側鎖の長い分子群と高縮合度で側鎖の短い分子群の2つのグループが存在する特徴が見られた。ヘテロクラス分布は原油B-ARに比べ、含S分子は低く含N分子の比率が高い。また分子内にSとNを両方とも含むものが相当量認められる特徴があった。分画結果からはAs留分の比率が他の原油に比べ高く、Saは最も低かった。
【0144】
原油C-ARはより広い範囲に分子が分散して分布する傾向が見られた。原油A-ARと同様にDBE15以上となる高縮合度の範囲にも広範囲に渡って分子の存在が認められるが、原油A-ARとは異なり、分布は連続的で、高縮合度と低縮合度の中間となる範囲にも相当量の分子が存在することが特徴的である。
【0145】
由来原油のAPI比重が12.4と極めて低く、縮合度の高い分子を多く含む割にAs留分の比率は原油A-ARより格段に低くなった。これは高縮合度であっても側鎖が長いなど溶解性の高い成分が多いほか、分子の分布が連続的であるために比較的高縮合な分子を溶解する成分が多く存在し、高縮合成分が安定的に溶解し得る状態にあるものと考えられる。ヘテロクラス分布は、含S分子と含N分子の比率が原油A-ARとよく似たものとなったが、SとNを両方含む分子の比率は原油A-ARほど高くはなかった。
【0146】
次に、残りの原油H、原油J、原油F、原油K、原油D由来のARの特徴について、上記の原油B-AR、原油A-AR、原油C-ARの特徴と比較したうえで述べる。
【0147】
原油H-ARは、原油C-ARと同様に広い範囲に分子が分散して分布する傾向が見られた。分子の分布が連続的であるため、比較的高縮合な分子を安定的に溶解し得る状態にあると考えられるが、原油C-ARと比べてDBE10~17、炭素数15~30の範囲に存在する高縮合で側鎖の短い分子の比率が高くなっている。このため、原油C-ARに比べて溶解しない分子の比率が高くなっていると考えられる。分画結果でもAs留分の比率が15.7%と原油C-ARの10.6%に比べて高くなっている。ヘテロクラス分布は、原油C-ARに比べて含S分子の割合が低く、含N分子の割合が高い。
【0148】
原油J-AR、原油F-ARは、原油C-ARと同様に広い範囲に分子が分散して分布する傾向が見られたが、原油H-ARで見られたような高縮合で側鎖の短い分子の比率は高くなっていない。分画結果もAs留分の比率はいずれも8.3%であり、原油C-ARの比率に近い値になっている。ヘテロクラス分布は、原油J-ARは含S分子、含N分子のいずれの比率も高い。原油F-ARは、含S分子の比率は低いが、含N分子の比率は高い。
【0149】
原油K-AR,原油D-ARは、原油C-ARと同様に広い範囲に分子が分散して分布する傾向が見られたが、原油C-ARで見られた高縮合で側鎖の短い分子の比率は大きく減少した。一方で、DBE2、炭素数20~35の範囲に分子が高濃度に存在している。分画結果は、原油K-AR,原油D-ARいずれもAs留分は少なく、特に原油K-ARについては0.1%であり、極めて少ない。
【0150】
以上の詳細組成構造解析結果および反応性評価結果をまとめると、表3のとおりになる。
【表3】
【0151】
表3の結果から、主成分の違いと脱硫反応性の序列との関連性について考察する。原油B-ARに比べてアスファルテンの主成分となる短側鎖縮合多環芳香族が多く、1,2環芳香族と2極化している原油A-ARの反応性が最も低い。原油B-ARに比べて分子が広範囲にわたって分布し、比較的高縮合な分子を安定的に溶解し得る原油C-ARの反応性は原油B-ARに比べて高い。原油C-ARと同様の主成分の分布を示す原油F-AR、原油J-ARの反応性についても原油C-ARに近い。短側鎖多環芳香族が原油C-ARよりも若干多い原油H-ARの反応性は原油C-ARに比べて低くなり、最も低い原油A-ARに近い。一方、短側鎖縮合多環芳香族が殆ど存在していない原油D-AR、原油K-ARの反応性が最も高い。
【0152】
以上のことから、主成分の違いと脱硫反応性の間には関連性が見られ、アスファルテンの主成分となる短側鎖縮合多環芳香族の存在有無、および存在する場合に安定的に溶解し得るか否かが油種間の反応性の違いに影響していると考えられた。
【0153】
(3)各種ARに含まれるヘテロコアの構造と反応性との関係
上記(2)において主成分の違いとの関連性が見られた脱硫反応性について、より具体的な分子の構造と反応性との関係を把握するため、各種ARに含まれるヘテロコア(ここではS,N原子を含むコアを指す)の構造と反応性との関係について検討した。
【0154】
図6は、各種ARに含まれるヘテロコアの種類と存在量を示す。図6の結果から、いずれのARにおいても主成分はチオフェンおよびテトラヒドロチオフェン(S1コア)であり、ぞれぞれ全体の約40~60mol%、約30~40mol%、両者を合わせると全体の約70~90mol%を占めていた。なお、S1コアとしては、この他に芳香環3つにS原子が付加したコアが約5~10%存在した。
【0155】
S1コア以外には、チオフェンを2つ含む、あるいはチオフェンとテトラヒドロチオフェンを1つずつ含むコア(「S2コア」ともいう)やチオフェンとNを含むピロール、もしくはピリジンを含むコア(「SNコア」ともいう)がそれぞれ数%ずつ含まれていた。
以上の結果から、各種AR中には含S分子を構成するヘテロコアの構造としては3~7種類あるが、いずれもチオフェン、テトラヒドロチオフェンからなるS1コアが大半であることが分かった。
【0156】
次に、ヘテロコア毎の反応性を把握するため、反応前後の存在量の差を反応前の存在量で除して求めた反応率をヘテロコア毎に求めた。結果を図7に示す。図の結果から、S2コアの反応率はいずれのARにおいてもほぼ100%であることが分かった。SNコアについても一部の油種を除いて70%以上であった。
【0157】
一方、S1コアの反応率は、油種や反応温度によって10~100%の間で大きく変化しており、S2コアやSNコアとは異なり油種間で序列の違いが明確に見られた。
以上の結果から、脱硫反応性に関係するヘテロコア構造としては、油種間で序列の違いが見られたS1コアのうち、主成分であるチオフェンおよびテトラヒドロチオフェンが考えられた。
【0158】
チオフェンおよびテトラヒドロチオフェンを含むヘテロコアの構造をより詳細に検討するため、上記コアに付加する芳香環数の違いと反応性との関係について考察した。
図8は、チオフェン、テトラヒドロチオフェンに付加する芳香環数別に反応率を算出した結果を示す。反応率は殆どの油種において類似しており、付加する芳香環数が大きくなるほど低下する傾向が見られた(0環>1環>2環≒3環≒4環)。付加する芳香環数が大きくなるに従い、分子が大きくなり触媒活性点への接触が困難になることや分子同士で凝集体を形成する可能性が推察された。
【0159】
図9は、チオフェン、テトラヒドロチオフェンに付加する芳香環数別の存在量を各種AR別に算出した結果を示す。図の結果から、芳香環数が0~4環のなかで油種間の差が最も大きいのは0環であり、油種のなかでは原油Cの存在量が最も高くなっていることが分かった。
【0160】
以上の結果から、主成分であるチオフェンおよびテトラヒドロチオフェンを含むS1コアについて、付加する芳香環別の反応性は殆どの油種間で類似しているが、その存在量比が油種間で異なることが各種ARの脱硫反応性を左右する要因として挙げられた。このなかで、原油C-ARの脱硫反応性が高い要因として、反応性が高い芳香環数が0環の存在量比が他の油種に比べて相対的に高いことが考えられる。なお、図10には、原油C-ARにおけるチオフェン、テトラヒドロチオフェンに付加する芳香環数、ナフテン環数の分布を示しているが、図の結果から芳香環数0環の上記2種のコアにはナフテン環が1環もしくは2環付加していることが分かった。
【0161】
(4)各種ARに含まれるS1コアの反応性予測に関する検討
上記(3)で得られた各種ARの反応率のうち1つを基準反応率とした場合に、他のARにおけるS1コアの反応性が予測できるかについて検討した。
具体的には、代表的な在来型原油である原油B由来のARにおける芳香環数毎の反応率を基準反応率とし、芳香環数別に基準反応率と存在量比を乗じそれらを合算することで各種ARに含まれるチオフェン、テトラヒドロチオフェンを有するS1コアの反応性が予測可能かどうかを試算した。
結果を図11に示す。横軸が実測した詳細組成構造分析結果より求めたS1コア反応率、縦軸が原油B-ARの基準反応率を基に試算した各種ARにおける予測値を示す。
図11の結果から、原油B-AR、原油C-AR、原油H-AR、原油J-ARは予測値と実測値とは概ね合致した。しかし、残りの原油A-AR、原油F-ARについては予測値と実測値との間に乖離が見られた。
【0162】
このなかで、原油Aと原油Fについては予測値が実測値よりも高くなる傾向が見られた。
この傾向の違いは、図11の結果は原油A-ARと原油F-ARは基準である原油B-ARよりも反応率が低いために生じたものと考えられた。
【0163】
以上の結果から、原油B-ARを基準反応率として各種ARに含まれるチオフェン、テトラヒドロチオフェンを有するS1コアの反応性を予測した結果、原油C-AR、原油H-AR、原油J-ARについては概ね予測できたが、残りの原油A-AR、原油F-AR等については実測値と乖離しており、何らかの補正が必要であることが分かった。
【0164】
上記(2)の検討結果から、油種間の主成分の違いと脱硫反応性の間には関連性が見られ、アスファルテンの主成分となる短側鎖縮合多環芳香族が存在する場合に安定的に溶解し得るか否かが油種間の反応性の違いに影響していると考えられた。そこで、分子の凝集状態の違いが反応性に影響するかについて検討した。
【0165】
図12は、各種ARにおけるチオフェン、テトラヒドロチオフェンを含むS分子の平均凝集度(平均Dagg)値を芳香環数別に算出した結果を示す。ここに記す平均Dagg値は、各種ARに含まれるS分子のDagg値にモル分率を乗じた加重平均値を芳香環数別に求めた値である。この値が多くなるほど、凝集している成分が多い傾向であることを示す。
【0166】
図の結果から、平均Dagg値は、原油B、原油A、原油J、原油H、原油F、原油C、原油K、原油Dの順に高くなることが分かった。この結果と図11の結果との比較から、反応性が低い油種のARほどS分子で凝集している成分が多いと考えられる。
【0167】
以上のことから、分子の凝集度(平均Dagg値)を用いて推定した各種ARにおけるS1コアの反応率を補正できるかを試みた。図13は、各種ARに含まれるS分子の平均Dagg値とS1コアの反応率との相関図を示す。
【0168】
縦軸の値は、原油Bを基準反応率として予測した各種ARにおけるS1コアの反応率に対する実測値の倍数を各AR別にプロットしており、この倍数が1に近いほど予測値と実測値が合致していることを示す。この値が1より大きくなるほど実測値が予測値に比べて高くなり、1より小さくなるほど実測値が予測値に比べて小さくなることを意味する。
【0169】
プロットした各ARの結果を基に図中に点線で示す相関曲線を作成し、相関曲線と各ARの平均Dagg値とが交わる値を補正値として、先ほど予測した反応率を補正した。
補正後のS1コアの反応率の予測値と実測値を図14に示す。補正前の図11の結果との比較から、各ARに含まれるS分子の平均Dagg値により補正することで、S1コアの反応性を予測した値と実測値との整合性が改善された。
【0170】
以上の結果から、各種ARに含まれるチオフェン、テトラヒドロチオフェンを有するS1コアの反応性は、各種ARにおける芳香環数別のS1コアの反応率と存在量比、およびそれらS1コアを有するS分子の凝集度(平均Dagg値)で概ね予測可能であることが分かった。
【0171】
試験例2:減圧軽油(VGO)の脱硫率の推算試験
(1)各種減圧軽油(VGO)の反応性
図15は、HTE装置を用いた反応性評価試験により得られた各種VGOの脱硫率を示す。各種VGOにおける脱硫率は反応温度330℃において約65~80%であった。油種間では原油K、原油D、原油E、原油C、原油L、原油A、原油Bの順に高くなり、序列の違いが明確に見られた。
【0172】
反応温度が330℃から350℃、370℃へと上昇するに従い、各VGOにおける脱硫率も増加したが370℃では各VGOの脱硫率は約92~95%となり、原油A-VGOと原油B-VGOを除いては油種間の違いは見られなくなった。このことから、特に反応温度が370℃では原油A-VGOと原油B-VGOを除いた各VGOの脱硫率が頭打ちになっている可能性が示された。
【0173】
得られたVGO脱硫率の序列を上記(1)で述べたAR脱硫率の序列と比較すると下記のとおりになり、両者の序列は殆ど変わらなかった。この結果から、油種間でVGOの脱硫反応性が異なる要因がARと同様である可能性が推察された。
【0174】
VGO;(1)原油K>(2)原油D>(原油E)>(3)原油C>(原油L)>(4)原油A>(5)原油B
AR;(1)原油K>(2)原油D>(3)原油C>(原油J)>(4)原油B>(原油F)>(原油H)>(5)原油A
【0175】
(2)各種VGOの詳細組成構造解析結果
VGO脱硫反応性の序列で違いが見られた原油C-VGO、原油L-VGO、原油A-VGO、原油B-VGOの詳細組成構造解析結果を以下に説明する。また、脱硫反応性が高い順に、各VGOに含まれる主成分の特徴について考察する。
【0176】
原油C-VGOは、DBEが5~10、炭素数が25~30の範囲に分子が高濃度に存在しており、原油C-ARで見られたDBEが15以上の短側鎖縮合多環芳香族の濃度は極めて低い。この結果は、分画結果でPAやAsが殆ど含まれていないこととも合致する。
【0177】
原油L-VGOは、原油C-VGOと分子構造分布の拡がりは類似するが、主成分は原油C-VGOと同様なDBEが5~6、炭素数が25~30の範囲に加え、DBEが0~1、炭素数が25~30の範囲の成分が存在し、分布が異なることが示唆された。分画結果から原油C-VGOと同様にSaおよび1A、2A、3A+が主成分で、Saが原油C-VGOに比べると高くなっており、この結果はDBE0~1の分子が高濃度で存在する結果と合致する。原油A-VGOおよび原油B-VGOについても原油L-VGOと同様の分子構造分布を有していることが示唆された。
【0178】
以上の結果をまとめると、最も反応性の高い原油C-VGOはDBEが5~10、炭素数が25~30の範囲に分子が高濃度に存在しているのに対して、反応性の低い原油L-VGO、原油A-VGO、原油B-VGOでは分子の存在範囲の広がりは類似しているが、分布が原油C-VGOと異なり、DBEが5~6、炭素数が25~30の範囲とDBEが0~1、炭素数が25~30の範囲の2つに分かれていることが示唆された。
【0179】
(3)各種VGOに含まれるヘテロコアの構造と反応性との関係
より具体的な分子の構造と反応性との関係を把握するため、各種VGOに含まれるヘテロコア(ここではS、N原子を含むコアを指す)の構造と反応性との関係について検討した。
【0180】
図16は、各種VGOに含まれるSコアの種類と存在量を示す。ARと同様に、チオフェンおよびテトラヒドロチオフェンを含むコア(ともに、S1コアと呼ぶ)が主成分であり、ぞれぞれ全体の約45~55mol%、約35~45mol%、両者を合わせると全体の約80~95mol%を占めていることが分かった。また、S1コアには、この他に芳香環3つにS原子が付加したコアが数%程度存在した。
【0181】
ヘテロコア毎の反応性を把握するため、反応前後の存在量の差を反応前の存在量で除して求めた反応率をヘテロコア毎に求めた。結果を図17に示す。
図の結果から、S2コアおよびSNコアの反応率はいずれの油種においても100%であった。一方、S1コアの反応率は70~100%と油種や反応温度で変化しており、油種間で序列の違いが明確に見られた。
【0182】
油種間での序列の違いが見られたS1コアのうち、主成分であるチオフェンおよびテトラヒドロチオフェンを含むS1コアについて、油種間のコア構造の違いと反応性との関係について考察した。
【0183】
図18は、各種VGOにおけるチオフェン、テトラヒドロチオフェンに付加する総環数別の反応率を示す。総環数は、ナフテン環数と芳香環数を合わせた数を指す。図の結果から、総環数が1環から2、3環へと大きくなるに従い反応率は低下する傾向が見られた。
【0184】
図19は、チオフェン、テトラヒドロチオフェンに付加する総環数別の存在量を示す。図の結果から、いずれの油種においても総環数が1~3環が主成分であり、4、5環になると存在量は大きく減少した。付加する総環数が1環から2環、3環へと増加するに伴い反応率が低下するのは、ヘテロコアが大きくなることで触媒活性点への接触しにくくなることや分子同士で凝集体を形成するためと推察された。
【0185】
更に、環数が4、5環になると反応率が再び向上するのは、存在量が1~3環に比べて極端に少なくなるためと推察された。
【0186】
(4)各種VGOの脱硫反応性予測に関する検討
上記(7)で得られた各種VGOの反応率のうち1つを基準反応率とした場合に、他のVGOにおけるS1コアの反応性が予測できるかについて検討した。
代表的な在来型原油である原油Lにおける総環数毎の反応率を基準反応率とし、総環数別に基準反応率と存在量比を乗じそれらを合算することで、各種VGOに含まれるチオフェン、テトラヒドロチオフェンを有するS1コアの反応性が予測可能かどうかを試算した。
【0187】
結果を図20に示す。横軸が実測の詳細組成構造分析結果より求めたS1コア反応率、縦軸が試算した予測値を示す。
【0188】
図の結果から、原油Cのみ予測値と実測値とがほぼ合致したが、それ以外の原油A、原油D、原油E、原油Kについては実測値との間に乖離が見られた。このうち、原油D、原油E、原油Kについては予測値が実測値よりも低くなる傾向であり、原油Aでは実測値よりも予測値が高くなる傾向が見られた。この予測値と実測値の相違の傾向は、図13のAR反応性予測結果においても見られた傾向であり、前述した通りARでは分子の凝集度(平均Dagg値)が影響していた。そこで、VGOの反応性についても、分子の凝集度(平均Dagg値)による考察を加えた。
【0189】
図21は、各種VGOに含まれるS分子の平均Dagg値とS1コアの反応率との相関図を示す。縦軸の値は、原油Lを基準反応率として予測した各種VGOにおけるS1コア反応率の予測値に対する実測値の倍数を各VGO別にプロットしており、この倍数が1に近いほど予測値と実測値が合致していることを示す。この値が1より大きくなるほど実測値が予測値に比べて高くなり、1より小さくなるほど実測値が予測値に比べて小さくなることを意味する。
【0190】
原油A-VGO、原油C-VGO、原油D-VGO、原油K-VGO、原油L-VGOについては、プロットした各点を結ぶ平均Dagg値とS1コアの反応率の相関曲線上にほぼ位置していた。
【0191】
プロットした各VGOの結果を基に図中に点線で示す相関曲線を作成し、相関曲線と各VGOの平均Dagg値とが交わる値を補正値として、先ほど予測した反応率を補正した。結果を図22に示す。
【0192】
補正前の図20の結果との比較により、各VGOに含まれるS分子の平均Dagg値による補正により改善されているかを検証した。結果を表4に示す。なお、予測値と実測値との乖離の値には、反応温度330℃、350℃、370℃における(予測値-実測値)の絶対値の平均値を用いた。表の結果から、原油A-VGO、原油D-VGO、原油K-VGOにおいて補正により予測値と実測値との乖離が改善されることが確認された。
【0193】
【表4】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22