(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-14
(45)【発行日】2024-03-25
(54)【発明の名称】セルロースとヒアルロン酸との複合材、これを生産する細菌およびこれを製造する方法
(51)【国際特許分類】
A61L 27/20 20060101AFI20240315BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20240315BHJP
A61L 27/50 20060101ALI20240315BHJP
A61L 27/54 20060101ALI20240315BHJP
A61L 27/58 20060101ALI20240315BHJP
A61L 15/28 20060101ALI20240315BHJP
A61L 15/42 20060101ALI20240315BHJP
A61L 31/04 20060101ALI20240315BHJP
A61L 31/12 20060101ALI20240315BHJP
A61L 31/14 20060101ALI20240315BHJP
A61L 31/16 20060101ALI20240315BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240315BHJP
C12P 19/04 20060101ALI20240315BHJP
C12N 9/00 20060101ALN20240315BHJP
C12N 9/02 20060101ALN20240315BHJP
C12N 15/52 20060101ALN20240315BHJP
【FI】
A61L27/20
A61L27/40
A61L27/50 300
A61L27/54
A61L27/58
A61L15/28 100
A61L15/42 100
A61L31/04 120
A61L31/12
A61L31/14 500
A61L31/16
C12N1/21 ZNA
C12P19/04 C
C12N9/00
C12N9/02
C12N15/52 Z
(21)【出願番号】P 2019190021
(22)【出願日】2019-10-17
【審査請求日】2022-10-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30(2018)年10月25日、https://spsj.or.jp/branch/kyushu/、https://spsj.or.jp/branch/kyushu/2018/kyushu-branch-forum_181110_Miyazaki-2.pdf [刊行物等] 平成30年度 高分子学会九州支部特別講演会、2018年11月10日 [刊行物等] 平成31(2019)年1月29日、http://www.jwrs.org/wood2019/index.html、 http://www.jwrs.org/wood2019/presentation.html#nl、 http://www.jwrs.org/wood2019/Prg_Oral.html#OK [刊行物等] 第69回日本木材学会大会 研究発表プログラム集、平成31(2019)年3月1日 [刊行物等] 平成31(2019)年3月4日、http://conference.wdc-jp.com/jwrs2019/index.html [刊行物等] 第69回日本木材学会大会(函館大会)、平成31(2019)年3月14日 [刊行物等] 平成31(2019)年6月26日、https://cellulose-society.jp/meetings、https://cellulose-society.jp/cellulose_wp/wp-content/uploads/2019/06/26th_program_20190611.pdf [刊行物等] セルロース学会第26回年次大会 2019 Cellulose R&D 講演要旨集、第27頁、令和元(2019)年7月1日 [刊行物等] セルロース学会第26回年次大会、令和元(2019)年7月12日 [刊行物等] 第56回化学関連支部合同九州大会 外国人研究者交流国際シンポジウム 講演予稿集、PF-3-054、令和元(2019)年7月13日 [刊行物等] 第56回化学関連支部合同九州大会 外国人研究者交流国際シンポジウム、令和元(2019)年7月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】500518256
【氏名又は名称】近藤 哲男
(73)【特許権者】
【識別番号】513003024
【氏名又は名称】田島 健次
(73)【特許権者】
【識別番号】504073126
【氏名又は名称】草野作工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110766
【氏名又は名称】佐川 慎悟
(74)【代理人】
【識別番号】100165515
【氏名又は名称】太田 清子
(74)【代理人】
【識別番号】100169340
【氏名又は名称】川野 陽輔
(74)【代理人】
【識別番号】100195682
【氏名又は名称】江部 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100206623
【氏名又は名称】大窪 智行
(72)【発明者】
【氏名】近藤 哲男
(72)【発明者】
【氏名】田島 健次
【審査官】田澤 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】Ke Liu et al.,"Bacterial cellulose/hyaluronic acid nanocomposites production through coculturing Gluconacetobacter hansenii and Lactococcus lactis in a two-vessel circulating system",Bioresource Technology,2019年06月27日,Vol.290, 121715,p.1-9
【文献】Sabrina Alves de Oliveira et al.,"Production and characterization of bacterial cellulose membranes with hyaluronic acid from chicken comb",International Journal of Biological Macromolecules,2017年,Vol.97,p.642-653
【文献】Ying Li et al.,"Evaluation of bacterial cellulose/hyaluronan nanocomposite biomaterials",Carbohydrate Polymers,2014年,Vol.103,p.496-501
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00-33/18
C12N 1/21
9/00
9/02
15/52
C12P 19/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バクテリアセルロースとヒアルロン酸との複合材であって、バクテリアセルロースからなる芯がヒアルロン酸で被覆された繊維状の構造を有し、下記(a)の物性を備える、
前記複合材;
(a)0.1mol/LのNaOH水溶液に浸漬した後、当該NaOH水溶液を除去する洗浄操作を3回繰り返し行った場合に、前記複合材からヒアルロン酸が脱離しない。
【請求項2】
バクテリアセルロースとヒアルロン酸との複合材であって、バクテリアセルロースからなる芯がヒアルロン酸で被覆された繊維状の構造を有し、下記(b)の物性を備える、
前記複合材;
(b)終濃度0.1±0.006%(w/w)で前記複合材を含む水の波長500nmの光の透過率が52%以上である。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の複合材を生産する細菌であって、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子とUDP-グルコース脱水素酵素遺伝子とが発現可能に導入された前記細菌。
【請求項4】
バクテリアセルロースとヒアルロン酸との複合材を製造する方法であって、請求項
3に記載の細菌を培養して前記複合材を生産させる工程を有する、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースとヒアルロン酸との複合材、これを生産する細菌およびこれを生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酢酸菌(アセトバクター属細菌やグルコンアセトバクター属細菌)などの細菌が生産するセルロース(バクテリアセルロース)は、一般に、幅約50~100nmの微細な繊維(ナノファイバー)からなり、高い機械的強度や生分解性などの特性を有することから、様々な産業分野で活用しうる素材として注目されている。本発明者らは、以前に、液体への分散性が高いバクテリアセルロースを開発し、応用性に優れた実用材料となることを報告している(特許文献1)。
【0003】
種々の用途のなかでも、バクテリアセルロースは生体適合性や安全性に優れることから、医療用途の研究開発は特に進んでおり、例えば、人工血管や創傷被覆材、細胞培養の足場材料としての展開がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、細胞培養の足場材料とする場合に、セルロースは細胞の接着性が弱いことが課題であった。本発明は、係る課題を解決するためになされたものであって、細胞の接着性に優れ、医療用素材として高い機能性を備えたセルロース材料、これを生産する細菌およびこれを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、セルロース生産能を有する細菌に、ヒアルロン酸合成に必要な遺伝子を導入して、これを培養することにより、セルロースからなる芯がヒアルロン酸で被覆された繊維状の構造を有する複合材、あるいはセルロースとヒアルロン酸とが強固に結合した複合材、あるいは液体への分散性に優れ、高い光の透過率を有する複合材が得られることを見出した。また、当該セルロースとヒアルロン酸との複合材が、細胞の接着や分裂を促すなど、優れた足場材料として機能することを見出した。そこで、これらの知見に基づいて、下記の各発明を完成した。
【0007】
(1)本発明に係る複合材は、セルロースとヒアルロン酸との複合材であって、第1の態様として、セルロースからなる芯がヒアルロン酸で被覆された繊維状の構造を有する。
【0008】
(2)本発明に係る複合材は、セルロースとヒアルロン酸との複合材であって、第2の態様として、下記(a)の物性を備える;
(a)0.1mol/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液に浸漬した後、当該NaOH水溶液を除去する洗浄操作を3回繰り返し行った場合に、前記複合材からヒアルロン酸が脱離しない。
【0009】
(3)本発明に係る複合材は、セルロースとヒアルロン酸との複合材であって、第3の態様として、下記(b)の物性を備える;
(b)終濃度0.1±0.006%(w/w)で前記複合材を含む水の波長500nmの光の透過率が52%以上である。
【0010】
(4)本発明において、セルロースは、細菌が生産するもの(バクテリアセルロース)であってよい。
【0011】
(5)本発明に係る細菌は、セルロース生産能を生来有し、かつ、ヒアルロン酸生産能を生来有さない細菌であって、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子とUDP-グルコース脱水素酵素遺伝子とが発現可能に導入された細菌である。
【0012】
(6)本発明に係る複合材の製造方法は、セルロースとヒアルロン酸との複合材を製造する方法であって、本発明に係る細菌を培養して前記複合材を生産させる工程を有する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、セルロースの優れた特性(高い機械的強度や生分解性、生体適合性、安全性など)とヒアルロン酸の優れた特性(細胞の接着や増殖、分化を誘導する、摩擦や衝撃を軽減する、高い潤滑性や保水性)とを兼ね備える、複合材を得ることができる。すなわち、係る複合材を、医療用素材として高い機能性を備えたセルロース材料として用いることができる。また、通常の精製処理ではヒアルロン酸が脱離しないほどセルロースとヒアルロン酸とが強固に結合した複合材を得ることができる。また、液体中にほぼ均一に分散し、成形性や他の物質との混合性に優れる複合材を得ることができる。さらに、細胞の接着や分裂を促すなど、細胞の優れた足場材料として機能する複合材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明者らが考える、セルロースとヒアルロン酸との複合材の生成機構を示す模式図である。細胞質(cm)におけるUDP-グルコース(UDPGlc)の代謝、ペリプラズム(pm)におけるヒアルロン酸(HA)の合成とセルロースの合成、およびペリプラズムから細胞外(ex)へのセルロースとヒアルロン酸との複合材の排出挙動を示す。
【
図2】上段は、複合材を示す形状のFT-IRスペクトルであり、下段は、セルロースを示す形状のFT-IRスペクトルである。
【
図3】複合材のFT-IRスペクトルからセルロースのFT-IRスペクトルを減じて得られる差スペクトルである。
【
図4】プラスミドベクターpTI99およびpTIHAの模式図である。下段右側の遺伝子の模式図は、pTIHAに挿入されている、ヒアルロン酸合成のための遺伝子の構成を示す。
【
図5】左図は、HA合成株に生産させた複合材の蛍光観察画像である。右図は、当該複合材の構造を示す模式図である。
【
図6】複合材の蛍光観察画像である。左側は、HAを添加した培地でHA非合成株により製造した複合材の画像である。右側はHA合成株に生産させた複合材の画像である。上段は、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)水溶液で洗浄処理した複合材の画像である。下段は、NaOH水溶液で洗浄処理した複合材の画像である。
【
図7】BCまたは複合材を足場として培養したヒト表皮細胞の観察画像である。
【
図8】水中に分散させたBCおよびHA合成株により製造した複合材の外観を示す写真である。
【
図9】終濃度約0.1%(w/v)で複合材を含む水の外観を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0016】
本発明において、セルロースとヒアルロン酸との複合材とは、セルロースおよびヒアルロン酸のいずれかまたは両者を主成分とし、両者が直接あるいは間接に何らかの結合をしている物質をいう。本明細書では、セルロースとヒアルロン酸との複合材を単に「複合材」という場合がある。複合材は、セルロースおよびヒアルロン酸以外の物質を含有してもよく、含有していなくてもよい。なお、主成分とは、溶媒や分散媒を除く含有成分のうち、質量または体積の含有割合が最も大きい成分をいう。
【0017】
本発明は、以下3つの態様の複合材を提供する。本明細書では、これら全て、あるいは、これらのうちのいずれかの態様の複合材を指して「本複合材」という場合がある。
第1の態様:セルロースからなる芯がヒアルロン酸で被覆された繊維状の構造を有する。
第2の態様:下記(a)の物性を備える;(a)0.1mol/LのNaOH水溶液に浸漬した後、当該NaOH水溶液を除去する洗浄操作を3回繰り返し行った場合に、前記複合材からヒアルロン酸が脱離しない。
第3の態様:下記(b)の物性を備える;(b)終濃度0.1±0.006%(w/w)で前記複合材を含む水の波長500nmの光の透過率が52%以上である。
【0018】
ヒアルロン酸は、グルクロン酸およびN-アセチルグルコサミンからなる繰り返し単位が多数結合した多糖であり、生体内では軟骨の成分として知られる。ここで、酢酸菌などのバクテリアセルロースを生成する細菌は、通常、ヒアルロン酸を生成しないため、ヒアルロン酸合成酵素を持っていない。また、ヒアルロン酸合成酵素の基質(ヒアルロン酸合成の材料)であるUDP-グルクロン酸も合成することができない。UDP-グルクロン酸は、バクテリアセルロースの基質であるUDP-グルコースが酸化されて生成し、係る反応はUDP-グルコース脱水素酵素が触媒する。
【0019】
そこで、本発明者らは、バクテリアセルロース生成細菌に、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子とUDP-グルコース脱水素酵素遺伝子とを導入してヒアルロン酸合成能を付与し、セルロースとヒアルロン酸との複合材を生産させることとした。すなわち、本発明に係る細菌(以下、「本細菌」という場合がある。)は、バクテリアセルロース生産能を生来有し、かつ、ヒアルロン酸生産能を生来有さない細菌であって、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子とUDP-グルコース脱水素酵素遺伝子とが発現可能に導入された細菌である。
【0020】
バクテリアセルロース生産能を生来有する細菌とは、バクテリアセルロースを生産する能力を人為的に付与された経験が無く、かつ、バクテリアセルロースを生産できる細菌をいう。また、ヒアルロン酸生産能を生来有さない細菌とは、ヒアルロン酸を生産する能力を人為的に奪取された経験が無く、かつ、ヒアルロン酸を生産しない細菌をいう。
【0021】
ここで、本発明者らが考える複合材の生成機構について説明する。
図1に示すように、本細菌は二重の細胞膜を有し、セルロース合成酵素とヒアルロン酸合成酵素はいずれも内側の細胞膜に位置すると考えられる。そして、合成されたセルロースとヒアルロン酸とは、いずれも二枚の細胞膜の間の空間(ペリプラズム)に排出される。しかしながら、本細菌はヒアルロン酸生産能をもともとは備えていないため、ヒアルロン酸排出チャンネルを備えていない。そのため、合成されたヒアルロン酸は、セルロース排出チャンネルからセルロースと共に排出される。これにより、本複合材は、セルロースからなる芯がヒアルロン酸で被覆された繊維状の構造(第1の態様)、あるいは、通常の精製処理ではヒアルロン酸が脱離しないほどセルロースとヒアルロン酸とが強固に結合した構造(第2の態様)をとると考えられる。また、係る構造ゆえに、本細菌を攪拌しながら培養した場合(旋回培養、通気培養、攪拌培養、振とう培養、通気攪拌培養など)は、液体中に均一に分散して、高い光の透過率を備える複合材(第3の態様)が得られると考えられる。
【0022】
このように、本発明は、複合材の製造方法も提供する。本方法は、セルロースとヒアルロン酸との複合材を製造する方法であって、本細菌を培養して本複合材を生産させる工程を有する。
【0023】
複合材が、「セルロースからなる芯がヒアルロン酸で被覆された繊維状の構造」を有するか否かは、例えば、以下(A)や(B)の方法で確認することができる。
(A)後述する実施例で示すように、試料の一部を、セルロースを特異的に染色する蛍光色素(例えば、カルコフルオロホワイト:青色)と、ヒアルロン酸を特異的に染色する蛍光色素(例えば、ビオチン化HA結合タンパク質およびストレプトアビジン結合オレンジ色蛍光色素:黄色)とで、染色し、蛍光観察する。また、同試料の他の一部を、フーリエ変換赤外分光光度計(Fourier transform infrared spectrometer: FT-IR)に供してスペクトルを得る。蛍光観察にて、オレンジ色ないし黄色のみからなる繊維状の構造が主として観察される一方で、セルロースを示す青色が観察されず、FT-IRスペクトルにて、セルロースを示す形状のスペクトル(
図2の下段に示す)、または複合材を示す形状のスペクトル(
図2の上段に示す)が得られれば、「セルロースからなる芯がヒアルロン酸で被覆された繊維状の構造」を有する複合材が得られたと判断することができる。
【0024】
なお、複合材のFT-IRスペクトルでは、ヒアルロン酸の有するアミド基に由来すると思われる形状のピーク(3345cm
-1、1640-1650cm
-1、1540cm
-1)が得られる。当該ピークは、複合材のFT-IRスペクトルからセルロースのFT-IRスペクトルを減じて得られる差スペクトル(
図3に示す)を求めることにより、明確に認識することができる。
【0025】
(B)試料を金ナノ粒子で染色し、電子顕微鏡で観察する。
【0026】
なお、繊維状の構造を有する複合材の繊維幅(直径)としては、例えば、10~400nm、15~350nm、15~300nm、15~250nm、15~200nm、15~150nm、15~100nm、20~100nmを例示することができる。
【0027】
第2の態様の複合体は、セルロースとヒアルロン酸とが強固に結合した構造を有するものである。バクテリアセルロースは細菌を培養して生産させるものであるため、その製造にあたっては、通常、培養後の菌体を溶解し、菌体破砕物や培地成分などの不純物を洗浄する精製処理が必要となる。上記の(a)の洗浄操作は、係る通常の精製処理の一種であるが、本複合体は、当該操作を経ても、セルロースおよびヒアルロン酸間の結合が壊れず、複合体からヒアルロン酸が脱離しない。よって、取り扱いが容易で、応用性に優れる材料であるといえる。
【0028】
なお、複合材からヒアルロン酸が脱離したか否かも、蛍光観察により確認することができる。すなわち、上述の(A)のように、試料の一部を、ヒアルロン酸を特異的に染色する蛍光色素(例えば、ビオチン化HA結合タンパク質およびストレプトアビジン結合オレンジ色蛍光色素:黄色)で、染色し、蛍光観察する。精製あるいは洗浄などの処理を経た試料について、同様に染色して、蛍光観察する。前者と後者との間で、ヒアルロン酸を示すオレンジ色ないし黄色の蛍光箇所または蛍光量が同等であれば、当該試料からヒアルロン酸が脱離しなかったと判断することができる。一方、前者に比較して後者の方が、オレンジ色ないし黄色の蛍光箇所または蛍光量が小さい場合は、当該試料からヒアルロン酸が脱離したと判断することができる。
【0029】
第3の態様の複合材は、液体中での分散性が高いという物性を備えるものである。セルロースは、疎水性のため、水中では凝集しやすい性質を有する。しかし、本複合材はセルロースが親水性のヒアルロン酸と結合しているため、液体中にほぼ均一に分散するほど高い分散性を有している。よって、取り扱いが容易で、応用性に優れる材料であるといえる。
【0030】
本発明において「分散する」とは、複合材が液体中に浮遊あるいは懸濁することをいう。また、分散性が高いとは、分散質としての複合材の液体中における粒子径や繊維幅が比較的小さいことや、分散質としての複合材が液体中で比較的均一に浮遊あるいは懸濁していることなどをいう。複合材を分散させる液体は、有機溶媒および水系溶媒のいずれも用いることができるが、水系溶媒が好ましい。
【0031】
複合材の分散性の高低は、例えば、光の透過率を指標として測定することができ、光の透過率が大きいほど分散性が高く、光の透過率が小さいほど分散性が低いという関係が成り立つ。光の透過率は、分光光度計を用いて、所定の濃度の複合材を含む水に所定の波長の光を照射し、透過した光の量を測定することにより求めることができる。
【0032】
第3の態様の複合材は、終濃度0.1±0.006%(w/w)で当該複合材を含む水の波長500nmの光の透過率が顕著に大きい。その値としては、例えば、52%以上、53%以上、54%以上、55%以上、56%以上、57%以上、58%以上、59%以上、60%以上、61%以上、62%以上、63%以上、64%以上、65%以上、66%以上、67%以上、99%以下、98%以下、97%以下、96%以下、95%以下、94%以下、93%以下、92%以下、91%以下あるいは90%以下を例示することができる。
【0033】
本細菌は、バクテリアセルロース生産能を生来有し、かつ、ヒアルロン酸生産能を生来有さない細菌に、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子とUDP-グルコース脱水素酵素遺伝子とを発現可能に導入することにより、製造することができる。
【0034】
バクテリアセルロース生産能を生来有し、かつ、ヒアルロン酸生産能を生来有さない細菌として、具体的には、例えば、アセトバクター属細菌やグルコンアセトバクター属細菌、シュードモナス属細菌、アグロバクテリウム属細菌、リゾビウム属細菌、エンテロバクター属細菌などを挙げることができ、より具体的には、Gluconacetobacter intermediusやGuconacetobacter hansenii、Guconacetobacter swingsii、Acetobacter pasteurianus、Acetobacter aceti、Acetobacter xylinum、Acetbacter xylinum subsp.sucrofermentans、Acetbacter xylinum subsp.nonacetoxidans、Acetobacter ransens、Sarcina ventriculi、Bacterium xyloides、Enterobacter sp.などを挙げることができる。よりさらに具体的には、Guconacetobacter intermedius SIID9587株(受託番号NITE P-1495)、Guconacetobacter hansenii ATCC53582株、Guconacetobacter swingsii ATCC23769株やGuconacetobacter swingsii BPR2001株、Guconacetobacter swingsii BPR3001E株、Acetobacter xylinum JCM10150株、Enterobacter sp.CJF-002株などを挙げることができる。
【0035】
ヒアルロン酸合成酵素遺伝子は、細菌由来および真核生物由来のいずれであってもよいが、細菌由来であることが好ましい。具体的には、例えば、 [Pasteurella multocida]由来のglycosyltransferase(WP_016504510.1、WP_101779926.1、WP_101750027.1、WP_005756853.1、WP_005754202.1、WP_064972803.1、AJB29545.1、WP_094248739.1、WP_014667967.1、WP_059246002.1、WP_014326098.1、WP_075270527.1、WP_101766766.1、WP_101766807.1、WP_078819162.1、WP_139638702.1、WP_108511926.1、WP_096743053.1、WP_046333302.1、WP_115299708.1、WP_064965100.1、WP_104228036.1、WP_010906847.1、AAK17921.1、WP_020751294.1、WP_143813529.1、WP_078801905.1、AAT10183.1)、[Pasteurella multocida]由来のhyaluronan synthase(AAF68412.1、SUB35337.1)、[Pasteurellaceae bacterium 12591]由来のacetylgalactosaminyl-proteoglycan 3-betaglucuronosyltransferase(AWW59704.1)、[Pasteurella multocida] 由来のacetylgalactosaminyl-proteoglycan 3-betaglucuronosyltransferase(AWW51613.1)、[Pasteurella multocida] 由来のchondroitin synthase CS(AAF97500.2)、[Rodentibacter heylii]由来のglycosyltransferase(WP_077587478.1)、[Moraxella canis]由来のglycosyltransferase(WP_078255998.1)、[Pasteurella sp. WM03] 由来のglycosyltransferase(WP_135094594.1)、[Actinobacillus ureae]由来のglycosyltransferase(WP_005621196.1)、[Avibacterium paragallinarum] 由来のglycosyltransferase (WP_035689400.1、WP_017806739.1、WP_130231338.1、WP_115615874.1)、[Avibacterium paragallinarum]由来のAcbD(ACY25501.1、ACY25507.1、CDF97965.1)、[Gallibacterium anatis]由来のglycosyltransferase(WP_039138385.1)、[[Haemophilus] felis]由来のglycosyltransferase(WP_078240379.1)、[Neisseria dumasiana]由来のglycosyltransferase(WP_085355989.1、WP_085359788.1)、 [Comamonas thiooxydans]由来のglycosyltransferase(WP_082877324.1)、[Moraxella bovoculi]由来のacetylgalactosaminyl-proteoglycan 3-betaglucuronosyltransferase(AKG06907.1)、[Moraxella bovis]由来のacetylgalactosaminyl-proteoglycan 3-betaglucuronosyltransferase(OOR88703.1)、[Moraxella equi]由来のHyaluronan synthase(STZ03835.1)、 [Neisseria zoodegmatis]由来のglycosyltransferase(WP_115135232.1)、[Chromobacterium violaceum]由来のglycosyltransferase (WP_080969110.1)、 [Pseudomonas sp. BJP69]由来のglycosyltransferase(WP_144187813.1)、 [Comamonas kerstersii]由来のglycosyltransferase(WP_082669741.1)、 [Pseudomonas parafulva]由来のglycosyltransferase(WP_028634722.1)、 [Pseudomonas putida]由来のglycosyltransferase(WP_084966295.1、WP_081237825.1)、[Escherichia]由来のglycosyltransferase (WP_064529696.1、WP_131162486.1)、[Escherichia sp.]由来のglycosyltransferase (WP_130258021.1、WP_130207963.1 、WP_105282622.1)、
[Escherichia coli]由来のglycosyltransferase (WP_142441097.1、WP_032205022.1、WP_139453608.1、WP_032239268.1、WP_000025668.1、WP_073268214.1、WP_113412070.1、WP_147716878.1、WP_059334307.1、WP_135119868.1、WP_059335015.1、WP_129719032.1、WP_125075283.1、WP_016231192.1、WP_115186986.1、WP_064733731.1)、[Escherichia coli]由来のChain A, Chondroitin synthase (2Z86_A、2Z87_A)、[Escherichia coli]由来のacetylgalactosaminyl-proteoglycan 3-betaglucuronosyltransferase(OXK53062.1)、 [Chlorobium phaeobacteroides]由来のglycosyltransferase(WP_011746114.1)、 [Chromobacterium violaceum]由来のChondroitin polymerase(VEB40363.1)の遺伝子を用いることができる。
【0036】
UDP-グルコース脱水素酵素遺伝子は、細菌由来および真核生物由来のいずれであってもよいが、細菌由来であることが好ましい。具体的には、例えば、[Rhizobiales]由来のUDP-glucose 6-dehydrogenase(WP_010969031.1)、[Sinorhizobium meliloti]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_003527276.1、WP_027991040.1、WP_127637322.1、WP_015007436.1、WP_015241111.1、WP_127540063.1、WP_127747348.1、RVI67031.1)、[Sinorhizobium/Ensifer group]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein (WP_028012002.1、WP_018094607.1、WP_026612689.1、WP_058329452.1、WP_060522103.1、WP_034804094.1)、[Sinorhizobium meliloti]由来のUDP-glucose dehydrogenase(CAA10918.1)、[Ensifer sp. USDA 6670] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_029959923.1)、[Sinorhizobium arboris] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_027999896.1)、 [Sinorhizobium]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_011974890.1、WP_014761588.1、WP_037413704.1)、[Sinorhizobium saheli]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_066874609.1)、[Ensifer sp. WSM1721]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_026619146.1)、[Ensifer aridi] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_085031862.1)、[Ensifer sojae]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_034854298.1)、[Ensifer sp. LCM 4579]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_071025571.1)、[Ensifer glycinis] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_064240942.1)、[Ensifer sp. BR816]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein (WP_018239206.1)、[Ensifer alkalisoli]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_069460552.1)、[Sinorhizobium americanum] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_037379656.1、WP_132075180.1、WP_064252280.1)、[Sinorhizobium sp. GL28]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_058320263.1)、[Ensifer adhaerens]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_065377008.1、WP_077961825.1、WP_053246873.1、WP_104665867.1)、[Ensifer sp. Root278]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_057252796.1)、[Ensifer sp. ZNC0028]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_043616643.1)、[Rhizobiales bacterium] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_112983784.1、WP_112832643.1、WP_112817521.1、WP_112811441.1、WP_115156169.1、WP_112604438.1、WP_113240527.1、WP_112839062.1、WP_115156349.1、WP_113530835.1、WP_112846579.1、WP_113318434.1、WP_113558627.1、WP_112415426.1、WP_113346327.1、WP_115115214.1、WP_112858304.1)、 [Ensifer] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_065777221.1、WP_025426394.1、WP_065787297.1)、[Ensifer sp. M14]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_115420650.1)、[Ensifer sp. MPMI2T] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_136504112.1)、[Sinorhizobium fredii]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_014327779.1)、[Sinorhizobium sp. A49]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_077503966.1)、[Ensifer sp. Root127]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_057212407.1)、[Sinorhizobium fredii]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_040958640.1、WP_012707413.1)、[Ensifer sp. LC163]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_065795226.1)、 [Sinorhizobium medicae]由来のUDP-glucose 6-dehydrogenase(PLU68460.1)、 [Rhizobium/Agrobacterium group]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_071834183.1)、[Sinorhizobium fredii] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_042779029.1、WP_097586527.1)、[Rhizobium sp. BK376]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_132528655.1、WP_132518612.1)、[Rhizobium sp. Root483D2]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_060638151.1)、[Rhizobium sp. OK665]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_037108230.1)、[Pararhizobium polonicum]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_068952613.1)、[Rhizobium sp. NXC24]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_104824031.1)、[Rhizobium hainanense]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_075851427.1)、[Rhizobium sp. NFR17] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_112334937.1)、[Rhizobium sp. CF258]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_037167455.1)、[Rhizobium sp. BK315]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_132717362.1)、[Rhizobium sp. YR295]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_037204043.1)、[Rhizobium sp. 11515TR] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_095435623.1)、[Rhizobium sp. ERR1071]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein (WP_113395477.1)、[Rhizobium] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_111218918.1、WP_113330264.1、WP_060501212.1、WP_047629262.1、WP_112340472.1、WP_015340869.1)、[Rhizobium] 由来のnucleotide sugar dehydrogenase(WP_143123515.1)、[Rhizobium tumorigenes]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_111222024.1)、[Rhizobium multihospitium] 由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_092712087.1)、[Rhizobium sp. MHM7A]由来のnucleotide sugar dehydrogenase(WP_138392887.1)、[Rhizobium bangladeshense]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_064705933.1)、[Rhizobium giardinii]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_018323666.1)、[Rhizobium sp. C5]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_097614322.1)、[Agrobacterium tumefaciens]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_042619901.1)、[Rhizobium sp. C16]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_126908502.1)、[Rhizobium leguminosarum]由来のUDP-glucose/GDP-mannose dehydrogenase family protein(WP_003581738.1)の遺伝子を用いることができる。
【0037】
遺伝子の配列は、上述のアクセッション番号から取得できるアミノ酸配列および公知の遺伝暗号(コドン)に基づいて、決定することができる。
【0038】
細菌に遺伝子を発現可能に導入することは、後述する実施例で示すように、通常の遺伝子工学的手法により行うことができる。すなわち、用いる細菌種に応じてベクターを選択し、このベクターに遺伝子の配列および必要に応じてプロモーター配列などの付加的な配列を挿入して、発現用ベクターを作製する。物理的方法(エレクトロポレーションや直接注入法など)、化学的方法(カチオン性脂質を用いる方法など)または生物学的方法(ウイルス感染など)により、係る発現用ベクターを細菌に導入(トランスフェクション)すればよい。
【0039】
本複合材は、本細菌を培養して生産させる。培養条件は、細菌種や目的とする複合材の形態(分散液かゲル状膜(ペリクル)か等)に応じて適宜設定することができる。例えば、分散液の形態の複合材を目的とする場合は、攪拌培養や通気培養を行う。その培養条件としては、通気量1~10L/分、回転数100~800回転/分、温度20~40℃、培養期間1~7日間の培養条件を例示することができる。一方、ゲル状膜の形態の複合材を目的とする場合は、同様の温度、培養期間にて、静置培養を行えばよい。培地はヘストリン-シュラム(Hestrin-Schramm)標準培地などを例示することができるが、細菌種に応じて適宜設定することができる。
【0040】
なお、必要に応じて初期培養工程、前培養工程、複合材の精製、洗浄、乾燥、懸濁工程などを行うことができる。
【0041】
以下、本発明について、各実施例について説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。また、本実施例では、バクテリアセルロースを「BC」、ヒアルロン酸を「HA」、バクテリアセルロースとヒアルロン酸との複合材を「BC/HA複合材」または「複合材」と略記する場合がある。
【実施例】
【0042】
<試験材料>
(1)遺伝子
ヒアルロン酸合成酵素(Hyaluronic Acid synthase: PmHAS)として、Pasteurella multocida ATCC15742由来PmHASを用いた。そのアミノ酸配列(972aa、WP 085359788.1)を配列番号1に、遺伝子の塩基配列(2920bp)を配列番号2に、それぞれ示す。
【0043】
また、UDP-グルコース脱水素酵素(UDP-Glucose dehydrogenase: UGD)の遺伝子として、Sinorhizobium meliloti 1021由来UGDを用いた。そのアミノ酸配列(437aa、WP 010969031.1)を配列番号3に、遺伝子の塩基配列(1314bp)を配列番号4に、それぞれ示す。
【0044】
(2)菌株
バクテリアセルロース生産能を生来有し、ヒアルロン酸生産能を生来有さない細菌として、Acetobacter xylinum ATCC23769(以下、「AY株」と略記する。)を用いた。
【0045】
(3)培地
細菌の培養において、培地は、クエン酸量を増加させたヘストリン-シュラム(Hestrin-Schramm)標準培地(組成;bacto pepton 0.5%(w/v)、yeast extract 0.5%(w/v)、Na2HPO4 0.27%(w/v)、クエン酸 0.2%(w/v)、グルコース 2%(w/v))に、100-200μg/mLとなるよう抗生物質(アンピシリンナトリウム、富士フィルム和光純薬)を添加したものを用いた。
【0046】
(4)染色物質
BCを染色する物質として、セルロースのβ-1,3結合およびβ-1,4結合に結合する青色蛍光色素であるカルコフルオロホワイト(Calcofluor-white、シグマアルドリッチ)を用いた。カルコフルオロホワイトは励起波長430/470nm、蛍光波長405nmで蛍光観察した。また、HAを染色する物質として、ビオチン化HA結合タンパク質(Biothin-HABP(recombinant)、ホクドー)およびストレプトアビジン結合オレンジ色蛍光色素(iFluorTM 546-streptavidin conjugate、AAT Bioquest, Inc.)を用いた。ストレプトアビジン結合オレンジ色蛍光色素は、励起波長560/640nm、蛍光波長546nmで蛍光観察した。すなわち、上記波長の蛍光観察画像においては、青色はBCの存在を、黄色はHAの存在を、それぞれ示す。
【0047】
<実施例1>形質転換細菌の作製
Pasteurella multocida ATCC15742株から定法に従ってゲノムDNAを抽出し、これを鋳型として、pmhas遺伝子(配列番号2)をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅した。同様に、Shinorhizobium meliloti 1021 株からゲノムDNAを抽出し、これを鋳型として、ugd 遺伝子(配列番号4)をPCRにより増幅した。PCRの反応溶液の組成を表1に、反応条件を表2に、プライマーを表3に、それぞれ示す。
【表1】
【表2】
【表3】
【0048】
アンピシリン耐性遺伝子を有し、酢酸菌で複製可能なプラスミドベクターであるpTI99(5365bp、北海道大学工学研究院田島健次准教授より提供を受けた)を制限酵素Eco RIおよびSal I で処理して線状化した。In-Fusion溶液(組成:線状化したベクター 50-200ng、精製したPCR産物 10-200ng、5×In-Fusion HD Enzyme Premix 2μL、超純水 10μLにメスアップ)中で反応させることにより、pTI99にpmhasおよびugdを挿入し、これをpTIHA(9652bp、発現用ベクター)とした。pTI99およびpTIHAの模式図を
図4に示す。pTIHAでは、2つの遺伝子(pmhasおよびugd)をTrcプロモーター(配列番号9)で発現させる構造となっている。
【0049】
pTI99またはpTIHAの溶液2.5μLとAY株の溶液50μLとを混合してエレクトロポレーション用キュベットに移し、2000Vの電圧をかけて、エレクトロポレーション法によりAY株にプラスミドベクターを導入した。これを試験管に移して1mLの培地(セルラーゼも抗生物質も非添加のもの)を加え、30℃のウォーターバスにて170ストローク/分で4時間培養した。続いて、セルラーゼ(100mg/mL)を10μLおよびアンピシリンナトリウム(100mg/mL)を2μL加え、さらに 12時間培養した。この培養液200μLを寒天培地に植菌後、30℃で7日間培養し、形質転換細菌を得た。AY株にpTIHAを導入したものをHA合成株、AY株にpTI99を導入したものをHA非合成株とした。
【0050】
<実施例2>HA/BC複合材の製造および評価:形態観察
(1)複合材の製造
実施例1のHA合成株の懸濁液500μLを50mLの培地に添加して、30℃、125回転/分(rpm)で48時間旋回培養した(初期培養)。初期培養液に含まれる菌体を遠心分離(3000~3600×g、25℃、5分間)により集め、新しい培地50mLに再懸濁し、同条件で72時間旋回培養した(前培養)。前培養液に含まれる菌体を遠心分離(同条件)により集め、新しい培地50mLに再懸濁し、これを30℃、125~245回転/分(rpm)で24時間旋回培養した(本培養)。これにより、HA合成株にHA/BC複合材を生産させた。
【0051】
(2)形態観察
本実施例2(1)の培養液の内容物を遠心分離(3000~3600×g、25℃、5分間)により集めたのち、新しい培地に懸濁した。この操作を2回繰り返すことにより洗浄操作を行った。これをポリリジンコートしたスライドガラスまたはカバーガラス上に滴下した後、25℃で15分間インキュベートすることにより基板上に固定した。この基板を、リン酸緩衝液を用いて穏やかに洗浄した後、試験方法(4)の染色物質をそれぞれ2μg/mLの濃度で含有する染色液を順次添加し、それぞれ25℃で1時間インキュベートすることにより、BCとHAとを染色した。これを共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて蛍光観察した。その結果を
図5に示す。
【0052】
図5に示すように、青色および黄色からなる構造物(BC/HA複合材)が菌体から繊維状に排出されている様子が観察された。また、繊維状の複合材の大部分が黄色であることが確認された。ここで、HAは親水性、BCは疎水性の性質を有する。係る性質とこれらの観察結果とを考え併せると、BC/HA複合材は、BCを芯としてHAに被覆された繊維状の構造を有することが明らかになった。
【0053】
<実施例3>HA/BC複合材の製造および評価:HAとの結合性
(1)複合材の製造
実施例1のHA合成株の懸濁液500μLを50mLの培地に添加して、30℃、125rpmで48時間旋回培養した(初期培養)。初期培養液に含まれる菌体を遠心分離(3000~3600×g、25℃、5分間)により集め、新しい培地50mLに再懸濁し、これを同条件で72時間旋回培養した(前培養)。前培養液に含まれる菌体を遠心分離(同条件)により集め、新しい培地50mLに再懸濁し、これを30℃、125~245rpmで24時間旋回培養した(本培養)。これにより、HA合成株にHA/BC複合材料を生産させた。また、本培養の培養液として、0.5%(w/w)となるようヒアルロン酸ナトリウム(FCH-60、キッコーマンバイオケミファ)を添加した培地を用いて、実施例1のHA非合成株を同様に培養した。これにより、HA非合成株に生産させたBCにHAを結合させてHA/BC複合材を製造した。
【0054】
(2)残存HAの観察
本実施例3(1)の本培養液を30℃で15分間インキュベートしたものに、0.1%(w/v)となるようにドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を添加して、25℃で5分間静置することにより菌体を不活化(溶解)した。この溶液を、ガラスフィルター上に設置した親水性ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)メンブレンフィルター(孔径0.2μm)(以下、単に「メンブレン」という。)上に注ぎ、吸引濾過して濾液を除去した。
【0055】
続いて、メンブレン上に0.1%SDS水溶液または0.1mol/LのNaOH水溶液を入れ、吸引濾過して濾液を除去する操作を3回繰り返し行った。最後にリン酸緩衝液を入れ、吸引濾過して濾液を除去した。以上の操作により、メンブレン上の複合材を洗浄した。
【0056】
その後、メンブレンに試験方法(4)の染色物質をそれぞれ2μg/mLに希釈したものを順次添加して、それぞれ25℃で1時間インキュベートすることにより、BCとHAとを染色した。これを共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて蛍光観察した。その結果を
図6に示す。
【0057】
図6に示すように、HA非合成株により製造した複合材をSDS水溶液で洗浄した場合は、黄色の蛍光を発する箇所が相当数確認された。しかし、これをNaOH水溶液で洗浄した場合は黄色の蛍光がほとんど確認されず、主に青色の蛍光のみが確認された。一方、HA合成株により製造した複合材は、SDS水溶液およびNaOH水溶液のいずれで洗浄した場合も、黄色の蛍光を発する箇所が相当数確認された。特に、NaOH水溶液で洗浄した場合は主に黄色の蛍光のみが確認された。
【0058】
すなわち、HAを添加した培地でHA非合成株により製造した複合材では、BCと結合したHAのほとんどが、NaOH水溶液による洗浄で脱離した。これに対して、HA合成株に生産させた複合材では、HAの脱離がほとんど起こらなかった。この結果から、HA合成株に生産させた複合材では、HAとBCとが強く結合していることが明らかになった。
【0059】
また、BCは、通常、セルロース繊維同士が網目状構造(ネットワーク)を形成するため、PTFEメンブレンの内部に浸透することはなく、メンブレンの表面に集まった状態で観察される。この点、HA非合成株により製造した複合材は、SDS水溶液で洗浄したものもNaOH水溶液で洗浄したものも、BCと同様にネットワークを形成し、メンブレン表面に集まった状態で観察された。一方、HA合成株により製造した複合材は、SDS水溶液で洗浄したものもNaOH水溶液で洗浄したものも、孔径0.2μmのメンブレン内部に浸透した状態で観察された。
【0060】
すなわち、HA非合成株が生産したBCに、培地中でHAを結合させて得られた複合材では、BCとHAとの結合が比較的弱いため、BC繊維同士が凝集する傾向が強く、繊維間で作られる空隙が小さくなる。その結果、分散性に乏しく、親水性メンブレンの孔内に浸透できないものと考えられた。
【0061】
これに対して、HA合成株に生産させた複合材では、BCとHAとが強く結合して高い親水性を備えるとともに、HAで被覆されたBC繊維間ではイオン反発も生じるため、繊維間での凝集が抑制される。その結果、分散性に優れ、親水性メンブレンの孔内に浸透できるものと考えられた。
【0062】
<実施例4>HA/BC複合材の製造および評価:培養細胞の接着性
(1)複合材の製造
実施例1のHA合成株およびHA非合成株の懸濁液それぞれ500μLを50mLの培地に添加して、30℃、125rpmで48時間旋回培養した(初期培養)。初期培養液に含まれる菌体を遠心分離(3000~3600×g、25℃、5分間)により集め、新しい培地50mLに再懸濁し、これを同条件で72時間旋回培養した(前培養)。前培養液に含まれる菌体を遠心分離(同条件)により集め、新しい培地50mLに再懸濁し、これを30℃で36~48時間静置培養した(本培養)。これにより、HA合成株にゲル状膜の形態の複合材を、HA非合成株にゲル状膜の形態のBCを、それぞれを生産させた。また、本培養の培養液として、0.5%(w/w)となるようヒアルロン酸ナトリウム(FCH-60、キッコーマンバイオケミファ)を添加した培地を用いて、実施例1のHA非合成株を同様に培養した。これにより、HA非合成株に生産させたBCにHAを結合させて、ゲル状膜の形態の複合材を製造した。
【0063】
製造したゲル状膜を、1~2mg/mLでリゾチームを含むトリス塩酸緩衝液に浸漬し、30℃で4時間以上緩やかに攪拌した後、液体を除去した。続いて、0.1%(w/v)でSDSを含む、0.1mol/LのNaOH水溶液に5分間浸漬した後、液体を除去する操作を3回繰り返し行った。最後に、滅菌水に浸漬した後、液体を除去する操作をpHが中性になるまで繰り返し行ってゲル状膜を洗浄した。
【0064】
(2)細胞接着性の観察
培養容器(ガラスボトムディッシュ)のガラス上に、本実施例4(1)のゲル状膜を置き、風乾して固定した。ここに、正常ヒト表皮角化細胞(NHEK、クラボウ)を0.8×105個/mLの密度で播種し、37℃、0.5%CO2、飽和水蒸気条件下で4日間培養した。培地にはクラボウ製増殖用培地(KK-2150S Humedia-KG2)を用い、播種翌日から一日おきに培地交換を行った。
【0065】
培養終了後、重合アクチンを染色する蛍光色素(Acti-stain 488 Phalloidin、緑色、コスモバイオ)を用いて細胞骨格を、二本鎖DNAを染色する蛍光色素(Hoechst(登録商標)33342、青色、Thermo Fisher Scientific)を用いて細胞核を、それぞれ染色した。染色は各色素剤に添付の使用書に従って行った。すなわち、パラホルムアルデヒドによりNHEKを固定した後、非イオン性界面活性剤(Triton-X)を用いて細胞膜の透過処理を行った。各染色剤を添加して細胞骨格および細胞核を染色した後、リン酸緩衝食塩水(PBS)を用いて洗浄した。その後、共焦点レーザー走査顕微鏡を用いて細胞形態を蛍光観察した。Acti-stain 488 Phalloidinは励起波長430/470nm、蛍光波長405nmで蛍光観察した。Hoechst(登録商標)33342は励起波長560/640nm、蛍光波長546nmで蛍光観察した。その結果を
図7に示す。
【0066】
また、観察画像に基づいて、接着した細胞数(細胞カウント数/mm
2)、細胞に被覆されたゲル状膜の面積(%)および平均細胞サイズ(μm
2)を計測した。その結果を表4に示す。
【表4】
【0067】
図7に示すように、HA合成株に生産させた複合材を用いた場合は、底面に付着したような不定形をとっている細胞が多くみられた。また、細胞分裂をしている様子も見られた。これに対して、BCを用いた場合やHA非合成株により製造した複合材を用いた場合は、不定形の細胞や分裂している細胞は見られず、細胞の形態はもっぱら球形のものばかりであった。また、表4に示すように、HA合成株に生産させた複合材では、BCやHA非合成株により製造した複合材と比較して、接着した細胞の数、細胞に被覆された面積および平均細胞サイズがいずれも顕著に大きくなった。この結果から、HA合成株に生産させた複合材を細胞培養の基材や足場として用いると、培養細胞の接着や分裂を促すことができることが明らかになった。
【0068】
<実施例5>HA/BC複合材の製造および評価:分散性
(1)複合材の製造
300mL容量の羽根つきフラスコに50mLの培地を入れ、実施例1のHA合成株またはHA非合成株の懸濁液500μLを添加して、30℃、125rpmで48時間旋回培養した(初期培養)。初期培養液に含まれる菌体を遠心分離(3000~3600×g、25℃、5分間)により集め、新しい培地50mLに再懸濁し、同条件で72時間旋回培養した(前培養)。前培養液に含まれる菌体を遠心分離(同条件)により集め、新しい培地50mLに再懸濁し、これを30℃、125rpmまたは245rpmで1時間または24時間、旋回培養した(本培養)。これにより、HA合成株にHA/BC複合材を、HA非合成株にBCを、それぞれ生産させた。また、本培養の培養液として、0.5%(w/w)となるようヒアルロン酸ナトリウム(FCH-60、キッコーマンバイオケミファ)を添加した培地を用いて、実施例1のHA非合成株を同様に培養した。これにより、HA非合成株に生産させたBCにHAを結合させて、HA/BC複合材を製造した。
【0069】
(2)分散性の評価
下記組成の溶液(i)-(iii)を調製した。
溶液(i):2mg/mLリゾチーム、100mM NaCl、20mM Tris-HCl(pH8.0)、2mM EDTA、水。
溶液(ii):2mg/mLリゾチーム、50U/mL Benzonase、20mM Tris-HCl(pH8.0)、5mM MgCl2、水。
溶液(iii):0.1%(w/v)NaOH、0.1%(w/v)SDS、水。
【0070】
続いて、下記の手順1-7により、生成物(複合材またはBC)の洗浄を行い、水中に分散させた。なお、遠心分離はいずれも、25℃、5000×gで10分間行った。洗浄後の外観を
図8に示す。
1.50mL容量の遠沈管に培養液を移し、遠心分離して上清を廃棄した。
2.沈殿物を溶液(i)に分散させ、30℃、125rpmで30分間振とうした。
3.再度遠心分離し、沈殿を溶液(ii)に分散させ、30℃、125rpmで30分間振とうした。
4.再度遠心分離し、沈殿を溶液(iii)に分散させた。
5.4の操作を手早く(各5分程度)2回繰り返し、合計3回処理した。
6.遠心分離し、沈殿を超純水に分散させた。
7.6の操作をpHが中性になるまで(2回程度)行った。
【0071】
続いて、生成物を分散させた水について、その終濃度を約0.1%(w/v)となるように調製した後、石英セル(光路長10mm、光路幅10mm)に約1.2mL加えた。その外観を
図9に示す。このセルを、分光光度計(DU730 UV/Vis分光光度計、ベックマン・コールター)に供して波長500nmの光の透過率を測定した。リファレンスには超純水を使用した。その結果を表5に示す。
【表5】
【0072】
図8および
図9に示すように、HA合成株に生産させた複合材は水中に均一に分散しており、液体の透明度が高かった。これに対して、HA非合成株により製造した複合材やBCは分散の程度が比較的小さく、液体の透明度が低かった。また、表5に示すように、終濃度約0.1%(w/v)でBCまたは複合材を含む水の波長500nmの光の透過率は、HA非合成株により製造した複合材やBCと比較して、HA合成株に生産させた複合材が顕著に高かった。この結果から、HA合成株に生産させた複合材は、液体中での分散性が顕著に高く、液体中に均一に分散することが明らかになった。また、単独では分散性が低いBCを、HAとの複合材とすることにより、水中への分散性を顕著に改善できることが明らかになった。
【配列表】