(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-14
(45)【発行日】2024-03-25
(54)【発明の名称】部材の表面処理方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/26 20060101AFI20240315BHJP
B01J 19/08 20060101ALI20240315BHJP
【FI】
C23C8/26
B01J19/08 H
(21)【出願番号】P 2021110507
(22)【出願日】2021-07-02
【審査請求日】2023-02-02
(73)【特許権者】
【識別番号】519217434
【氏名又は名称】株式会社サーフテクノロジー
(74)【代理人】
【識別番号】100134212
【氏名又は名称】提中 清彦
(72)【発明者】
【氏名】下平 英二
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 正夫
(72)【発明者】
【氏名】児玉 伴子
(72)【発明者】
【氏名】新井 正彦
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 邦夫
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-191784(JP,A)
【文献】特開2015-161011(JP,A)
【文献】特開2017-193070(JP,A)
【文献】特開2021-037227(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 19/08
C23C 8/24,8/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼である部材の表面に、その表面粗さRaが0.04~0.06μmの範囲
、かつ、その表面自由エネルギー(水素結合成分h:北崎-畑理論)が0~0.2mJ/m
2
となるように、窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理を施すこ
とを特徴とする部材の表面処理方法。
【請求項2】
前記窒化処理の処理温度が350°C~420°Cであることを特徴とする請求項
1に記載の部材の表面処理方法。
【請求項3】
前記窒化処理が、プラズマ窒化処理或いはラジカル窒化処理であることを特徴とする請求項1
または2に記載の部材の表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化処理による表面改質技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、食品・医薬品・化粧品などを対象物とする生産機械などにおいて対象物と接触する部品(部材)やその他の部品(部材)、例えば、ホッパー、シューター、搬送部品(スラットコンベアやメッシュコンベアなど)、更には駆動部品などは、加工のし易さや費用面などからSUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼が使用されていることが多いが、耐食性と耐摩耗性が求められることが多くある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】大阪府立産業技術総合研究所報告 No.25,2011「オーステナイト系ステンレス鋼に対する低温プラズマ窒化・浸炭処理」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼は、耐食性には優れているが、硬度が比較的小さく耐摩耗性が比較的低いという特性がある。
このため、SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼においては、硬度及び耐摩耗性を改善させることができれば、産業界において利用範囲を拡張でき有益である。
【0005】
ここで、鋼の硬度及び耐摩耗性を改善させる表面改質技術の一つとして窒化処理が知られている。
【0006】
窒化処理は、鋼の表面から内部へ向けて窒素を拡散させることで高硬度の窒化物(窒化層)を形成することにより、鋼の表面を硬化させる手法であり、オーステナイト系ステンレス鋼にも適用する試みが従来より行われているが、形成された窒化層の耐食性が元のステンレス鋼に比べて著しく低下してしまうという特性があった(非特許文献1などを参照)。
【0007】
すなわち、オーステナイト系ステンレス鋼に対する窒化処理では、耐食性の維持と、硬度及び耐摩耗性の改善と、を両立させることが難しいといった実情があった。
【0008】
なお、オーステナイト系ステンレス鋼に対する窒化処理において、窒化層の耐食性が低下するのは、窒化層内のクロムと窒素が窒化物として析出し、固溶クロム量が減少した結果、窒化層の表面に安定な不働態被膜が形成できなくなるためである。
【0009】
このようなことから、本出願人等は、様々な調査・研究・実験を行い、オーステナイト系ステンレス鋼に対して低温窒化処理(400°C以下の低温での窒化処理)を施すことで、或いは当該低温窒化処理と、部材の表面に微小凹凸を無数に(複数)ランダムに形成するショット材投射処理(微粒子投射処理とも称する)と、を組み合わせることで、オーステナイト系ステンレス鋼について、耐食性と、耐摩耗性と、の両立を効果的に図ることができる、という知見を得た。これについては、本出願人自身の出願である特願2021-27508号にて記述している。
【0010】
この一方で、耐食性の改善とは別に、その過程において、本出願人は、窒化処理を施したステンレス鋼についてこれまで知られていなかった新たな知見を得た。具体的には、窒化処理を施したステンレス鋼の表面には、粉体の付着抑制効果があるという知見である。
当該知見は、これまでの窒化処理による作用効果(鋼の表面から内部へ向けて窒素を拡散させることで高硬度の窒化物(窒化層)を形成することにより、鋼の表面を硬化させるという作用効果)とは異質であり、これまでの技術からは予測不能な全く別異の知見(作用効果)である。
【0011】
本発明は、上記の実情からなされたもので、所定の窒化処理を施すことにより、粉体付着の抑制効果を付与することができる部材の表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る部材の表面処理方法は、
オーステナイト系ステンレス鋼である部材の表面に、その表面粗さRaが0.04~0.06μmの範囲、かつ、その表面自由エネルギー(水素結合成分h:北崎-畑理論)が0~0.2mJ/m
2
となるように、窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理を施すこと
を特徴とする。
【0014】
本発明において、前記窒化処理の処理温度が350°C~420°Cであることを特徴とすることができる。
【0016】
本発明において、前記窒化処理が、プラズマ窒化処理或いはラジカル窒化処理であることを特徴とすることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、所定の窒化処理を施すことにより、粉体付着の抑制効果を付与することができる部材の表面処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の一実施の形態に係る粉末の抹茶(粉体:抹茶パウダー)に対する付着抑制効果の確認試験に供したテストピース(窒化処理2時間)の試験後の画像である。
【
図2】同上実施の形態に係る粉末の抹茶(粉体:抹茶パウダー)に対する付着抑制効果の確認試験に供したテストピース(窒化処理5時間)の試験後の画像である。
【
図3】同上実施の形態に係る粉末の抹茶(粉体:抹茶パウダー)に対する付着抑制効果の確認試験に供したテストピース(窒化処理10時間)の試験後の画像である。
【
図4】同上実施の形態に係る付着抑制効果の確認試験の試験結果をまとめた表である。
【
図5】同上実施の形態に係る付着抑制効果の確認試験に供したテストピースの表面粗さと、窒化処理の処理温度や処理時間と、の関係を示した図である。
【
図6】同上実施の形態に係るテストピース(未窒化、窒化処理)の各表面のFE-SEM画像の一例である。
【
図7】窒化処理の処理時間と処理時間に対するテストピースの表面自由エネルギー(水素結合成分h)を示した表である。
【
図8】表面自由エネルギの各成分の求め方を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明に係る一実施の形態を、添付の図面を参照しつつ説明する。なお、以下で説明する実施の形態により、本発明が限定されるものではない。
【0028】
本出願人等は、表面改質技術の様々な分野への適用の可能性を探っているが、その過程で、窒化処理を施したステンレス鋼について、従来知られていなかった新たな知見を得た。
その知見とは、窒化処理を施したステンレス鋼の表面には、粉体の付着抑制効果があるという知見であり、当該知見は、これまでの窒化処理による作用効果(鋼の表面から内部へ向けて窒素を拡散させることで高硬度の窒化物(窒化層)を形成することにより、鋼の表面を硬化させるという作用効果)とは異質であり、これまでの技術からは予測不能な全く別異の知見(作用効果)である。
【0029】
以下、この点について詳細に説明する。
窒化処理時の温度と時間を変化させたSUS304のテストピースを用いて、市販の粉末の抹茶(粉体:抹茶パウダー)に対して付着抑制効果を確認した。
【0030】
抹茶の付着程度を○×△で評価した。
図1に、窒化処理2時間の(窒化処理を2時間を行った)テストピースの試験結果を示す。〇:excellent, △:good, ×:poorのイメージである。
窒化していない未処理のテストピース(鏡面)(
図1の右端)は全面に抹茶が付着していることが確認された。それに対して窒化したものは粉体の付着抑制効果を発現していることが確認された。本実施の形態では、未処理のテストピースはバフ#700で仕上げられたSUS304を用いている。
【0031】
図1の左端から、低温窒化(処理時間;2時間)の処理温度が350°C、370°C、390°C、420°Cで窒化処理したテストピースの付着試験結果を順に並べて示している。
処理時間2時間の試験結果では、窒化処理温度350°C及び370°Cは××、窒化処理温度390°C及び420°Cは×、鏡面(未窒化処理)は×××であった。×が多いほど、付着性が良くない傾向があることを示している。
【0032】
なお、ここでの窒化処理は、プラズマ窒化処理により行った。
プラズマ窒化は、窒化性ガスに窒素、水素を用い、例えば、13.3Pa~1.3kPaの真空雰囲気中で製品(処理品)と窒化炉の炉壁との間に数百ボルトの直流電圧を印加して得られるグロー放電中で処理される。製品は、グロー放電により得られた窒素イオンと水素イオンの製品表面への衝突作用を利用し窒化される。
【0033】
但し、本実施の形態に係る窒化処理は、プラズマ窒化処理に限定されるものではなく、例えば、ラジカル窒化法などによる窒化処理とすることもできる。
ラジカル窒化法は、従来のガス窒化などの窒化法とは異なり、化合物層を抑制した窒化を可能にした新しい理論に基づくプラズマ表面改質法である。ラジカル窒化法は、アンモニアガスを利用し窒化作用の高いラジカル(活性種)を効率よく利用して窒化を行う。窒化処理中のイオンとラジカル(活性種)の生成量を調整することにより、化合物質の生成を抑えた窒化を可能にしている。
なお、本実施の形態において用いた窒化処理装置及び窒化処理方法については後述する。
【0034】
図2に、窒化処理5時間のテストピースの試験結果を示す。
処理時間5時間の試験結果では、窒化処理温度350°C及び370°Cは×、窒化処理温度390°C及び420°Cは△であった。
処理時間が5時間になることで、窒化処理2時間の場合よりも、全体的に粉体の付着抑制効果が向上していることがわかった。
【0035】
図3に、窒化処理10時間のテストピースの試験結果を示す。
処理時間5時間の試験結果では、窒化処理温度350°Cは〇、窒化処理温度370°C及び390°Cは〇〇、窒化処理温度420°Cは〇であった。
処理時間が10時間になることで、窒化処理5時間の場合よりも、更に粉体の付着抑制効果が向上していることがわかった。
【0036】
図4に、以上の試験結果をまとめた表を示す。
窒化処理の処理時間が長くなるに連れて、粉体の付着抑制効果が向上し、窒化処理の処理温度が370°C及び390°Cである場合に更に粉体の付着抑制効果が向上することがわかった。
【0037】
ここで、各テストピースの表面粗さを測定した結果を
図5に示す。
図5から、Ra(算術平均粗さ)が粉体の付着抑制効果に相関性があることがわかった。なお、
図5において、数値の単位はμmであり、Rzは最大高さ、Rpは最大山高さ、Rvは最大谷深さである(詳細は日本工業規格(JIS)などを参照)。
窒化処理温度が高くなるに従ってRa(算術平均粗さ)は大きくなる傾向にあり、処理時間が長くなるに従ってRa(算術平均粗さ)は大きくなる傾向にある。
【0038】
なお、後述するものも含めて、本実施の形態における表面粗さ、3D画像、表面形状データなどは、KEYENCE社製の形状測定レーザーマイクロスコープVK-X100を用いて取得した。
【0039】
なお、窒化処理の際のイオンの衝突エネルギーをコントロールすることで窒化温度が決定される。窒化温度が高いほどイオン衝撃を強く受け、表面粗さが粗くなる。表面粗さが粗くなるにつれ、粉体の付着抑制効果が大きくなる傾向にあることがわかった。
【0040】
また、粉体の付着抑制効果が現れるRaは、窒化処理を行った表面のRaであって、0.042~0.060μmの範囲、ばらつきなどを考慮すれば0.04~0.06μmの範囲とすることができる。
また、本実施の形態に係る窒化処理時間は、10時間以上の場合に、より高い粉体の付着抑制効果があることがわかった。なお、窒化処理時間が長くなるにつれて、硬度が増加し、耐摩耗性が改善される傾向にある。
【0041】
このように、本実施の形態によれば、所定の窒化処理を施すことにより、粉体の付着抑制効果を付与することができる部材の表面処理方法及び部材を提供することができる。また、同時に耐摩耗性を改善することができる部材の表面処理方法及び部材を提供することができる。
【0042】
図6に、本実施の形態に係るテストピースの表面の電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)画像を示す。
図6の左側の「鏡面(未処理)」のテストピースは、SUS304に対してP400番のバフ研磨を施したものである。すじ状の研磨痕は確認されるが、凹凸などはほとんど確認できない。なお、上段と下段は、それぞれ、テーブルを10°、70°傾けた状態でのFE-SEM画像である。
【0043】
図6の右側の「370°C10時間処理」のテストピースは、バフ#700で仕上げられたSUS304に対して、処理温度370°Cで10時間の窒化処理を施したテストピースの表面のFE-SEM画像である。なお、上段と下段は、それぞれ、テーブルを10°、70°傾けた状態で撮影したFE-SEM画像である。
図6から、窒化処理を施したテストピース表面には、微小な凹凸が無数にランダムに形成されていることが確認された。なお、表面形状については、Raは測定できたが、微小凹凸のピッチ(凹部入口幅或いは径)については測定レンジを超えているため測定できなないため、微小凹凸のピッチ(凹部入口幅或いは径)は数nmである。
【0044】
なお、本実施の形態時に係る窒化処理を施したテストピース表面には、
図6に示したような微小な凹凸が無数にランダムに形成されることについても、今回、初めて発見した知見である。
【0045】
また、テストピースの表面の表面自由エネルギー(水素結合成分)についても調べた。
図7に示すように、表面自由エネルギー(水素結合成分h:北崎-畑理論)については、窒化処理を施したテストピースの値はほぼ0mJ/m
2であり、「鏡面(未処理)」のテストピースの値7.5mJ/m
2に比べて、非常に小さかった。表面自由エネルギーについては、
図8に計算式などを示す。
【0046】
なお、本出願人等は、微粒子投射処理(ショット材投射処理)により所定サイズの微小凹凸を無数にランダムに形成した部材の表面には、粉体の付着抑制効果があることを、例えば、国際出願PCT/JP2019/10573号(国際公開第2020/183708号)などにおいて記載しているが、当該文献では、微粒子投射処理(ショット材投射処理)により部材の表面に微小凹凸を無数にランダムに形成した場合における粉体付着抑制効果のある表面処理(表面テクスチャ)は、表面自由エネルギー(水素結合成分)が所定値以下であること、具体的には、北崎-畑理論における水素結合成分が2mJ/m2程度であり、Owens-Wendt理論における水素結合成分が4mJ/m2程度である、としている。
【0047】
すなわち、微粒子投射処理(ショット材投射処理)による粉体付着抑制効果のある表面の水素結合成分の値は、本実施の形態に係る「鏡面(未処理)」のテストピースの値7.5mJ/m2に比べて小さいが、本実施の形態に係る窒化処理を施したテストピースの値のほぼ0mJ/m2に比べると大きな値であると言える。
言い換えると、微粒子投射処理(ショット材投射処理)だけでは、表面自由エネルギー(水素結合成分)の低減と本発明に係る表面性状(表面粗さなど)とを実現することはできないため、本実施の形態に係る「窒化処理」による表面テクスチャの形成(粉体付着抑制効果)はとても重要であると考えられる。
【0048】
つまり、本実施の形態に係る窒化処理を施した表面には、微粒子投射処理(ショット材投射処理)では得ることができない、0.042μm≦Ra≦0.060μm(或いは0.04μm≦Ra≦0.060μm)で数nmピッチの凹凸と、表面自由エネルギーの低さと、の相乗効果があり、これが粉体の付着抑制効果に貢献していると考えられる。
【0049】
なお、化学エッチング等で同様の表面形成を生成することも可能とは考えられるが、表面への残留応力の付与は窒化処理特有の機能であり、他の表面改質技術とは一線を画すものと考えられる。
【0050】
ところで、オーステナイト系ステンレス鋼に対する窒化処理は、500°C程度或いはそれ以上の処理温度で行う窒化処理では、硬度及び耐摩耗性の改善は改善されるが、高温で窒化処理を行うと耐食性が悪化するため、ここでは、耐食性の改善を考慮して、420°C以下の低温の窒化処理(低温窒化処理)を施している。耐食性が低下する理由は、窒化層内のクロムと窒素が窒化物として析出し、固溶クロム量が減少した結果、窒化層の表面に安定な不働態被膜が形成できなくなるためである。
【0051】
なお、本発明者等は、350°Cより高温で400°Cより低温の処理温度の低温窒化処理をオーステナイト系ステンレス鋼に施すことで、耐食性の改善と、耐摩耗性の維持と、を両立できることを確認している。
従って、今回の試験により得られた結果によれば、350°Cより高温で400°Cより低温の処理温度の窒化処理をオーステナイト系ステンレス鋼に施すことで、耐食性の改善と、耐摩耗性の維持と、を両立できることに加え、更に、粉体の付着をも抑制することができる。
なお、耐食性の改善と、耐摩耗性の維持と、粉体の付着抑制効果と、を兼ね備える場合のRaの範囲(処理温度350°C~390°Cが相当)としては、例えば、
図5などから、0.04~0.05μmの範囲であると考えられる。
【0052】
ここで、本実施の形態において用いた窒化処理装置について説明する。
本窒化処理装置は、真空容器、真空排気装置、ガス供給装置、直流プラズマ電源および操作盤などから構成される。
【0053】
前記真空容器には、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の温度測定、およびグロー放電の状態を耐熱ガラスを通して観察できるように円筒状の観察窓が備えられている。そして、当該真空容器は過熱を防止するために、2重構造とし、外壁と内壁の間に冷却水を通し冷却可能な構成とすることができる。また、当該真空容器は、その内部に窒素ガス、水素ガスなどを供給するポートを有している。さらに真空容器の床壁には絶縁された電極が備えられ、当該真空容器内に突き出している。この電極の先端にオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)を載せる処理台が取り付けられている。
【0054】
前記真空排気装置は、油回転真空ポンプ、メカニカルブースタポンプから構成され、前記真空容器の内部を所定圧まで排気することができるように構成されている。
また、前記ガス供給装置は、窒素ガス、水素ガスをそれぞれのガス流量計により、そのガス流量を所定値になるように調整し、ガス混合容器の中で混合する。そのガス混合容器の中で混合されたガスはマスフローコントローラにより前記真空容器の中に供給される。ただし、ガス混合容器を用いないで、直接、前記真空容器に供給する構成とすることもできる。そして、前記真空容器の内部の圧力は、ピラニー真空計で計測しながら、所定値になるようにマスフローコントローラおよび真空排気装置により制御可能に構成されている。
【0055】
前記直流プラズマ電源は、その陰極と前記真空容器との間に数百Vの電圧をかけて、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の表面にグロー放電によりプラズマを発生させる。
なお、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の温度(本発明に係る処理温度)は、耐熱ガラスの観察窓を通して赤外線放射温度計により測定する。ただし、当該温度は熱電対などを用いて測定する構成とすることができる。
【0056】
次に、本実施の形態に係る窒化処理装置による窒化処理方法について説明する。
本窒化処理装置の前記真空容器内の処理台上にオーステナイト系ステンレス鋼(例えば、SUS304L、SUS316L、SUS304、SUS316など)の被処理材(試験片:テストピース)を載せ、次いで当該真空容器を密閉状態として、前記真空排気装置を稼動させ、当該真空容器内を所定圧力(例えば、1Pa)以下まで排気する。次に、当該真空容器内に前記ガス供給装置から水素ガスを供給し、真空容器内が所定圧力(例えば、2.6Pa)で保持されるように、マスフローコントローラで水素ガス供給量を制御し、前記直流プラズマ電源により、電極に-200~-300Vの電圧を印加し、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の表面にグロー放電を発生させる。それから、その水素ガス雰囲気中において、放電電圧、放電電流を増加させると共に、段階的に真空容器内の雰囲気圧力を増加させる。そのような操作により、そのオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の加熱を続け、そして、その雰囲気圧力が所定圧力(例えば、532Pa)でオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)を所定の処理温度(窒化処理の温度、例えば、420°C、390°C、370°C、350°Cなど)に維持するように放電出力の調整を行う。
【0057】
また、その雰囲気圧力が所定圧力(例えば、532Pa)で、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の温度が所定の処理温度(窒化処理の温度、例えば、350°C、370°C、390°C、420°Cなど)になった時点で雰囲気中の窒素ガス濃度が所定の濃度(例えば、30%程度)になるようにガス供給装置からの窒素ガスおよび水素ガスをそのガス流量計で調整し、その真空容器内が所定圧力(例えば、532Pa)になるまで供給し、その直流プラズマ電源により、電極に電圧を印加し、処理台およびオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の表面にグロー放電を発生させ、所定の処理時間(例えば、2時間、5時間、10時間など)、窒素の浸透拡散を行う。その窒素の浸透拡散後、そのオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)を当該真空容器内で冷却する。
【0058】
なお、窒素の浸透拡散に用いる窒素ガス濃度は10~30%程度が望ましい。10%以下では表面からの窒素の浸透拡散が遅くなる。例えば、窒素のガス濃度が30%の場合のに比べ10%の場合には、被処理材表面からの窒素の浸透拡散が遅くなり、処理時間が約1.5倍となるからである。また、30%以上ではクロム窒化物が生成され表面のクロムが減少し不働態被膜が除去され、耐食性が低下する。
【0059】
なお、本発明において、粉体には、小麦粉、コーンスターチ、片栗粉、抹茶パウダー、ココアパウダー、粉糖、カレー粉などの食用粉体や医薬品粉体(粉末薬)などの有機系材料の粉体等を含むことができる。
【0060】
また、本発明に係る部材は、例えば、粉体が接触する粉体接触部材全般に適用でき、例えば、保管容器、収容容器(例えば、ホッパー等の容器)、運搬器具(ベルトコンベアの粉体載置部など)、滑落器具(例えば、シューターなど)、ふるい(篩)、撹拌器具、調理用ボール、調理用器具などを含む各種の粉体接触部材に適用可能である。
【0061】
また、本発明に係る窒化処理によって、粉体付着抑制効果と、摩耗低減効果と、更には処理条件によっては耐食性の維持・改善効果を図ることができることから、本発明に係る部材は、例えば、食品、薬品、医薬品、化粧品などを扱う分野(例えば、食品、薬品、医薬品、化粧品などを加工、生産などする分野)において利用される機械器具(処理器具、機械部品など)にも有益である。このような機械器具(処理器具、機械部品)は、特に限定されるものではなく、例えば、スクリュウコンベア、シュート、フライパン・鍋等、ホッパーを含む各種収容容器、計量カップ、シャッター、搬送コンベア、運搬用コンテナ、運搬用バケット等の他、収容、加工、搬送、滑落、調理、計量等の各種の処理を行う際に、被処理物が接触するすべての機械器具(処理器具、機械部品など)に本発明は適用可能であり有益である。
【0062】
なお、本発明に係る部材は、テストピースとして説明したプレート状の部材に限定されるものではなく、ブロック状、プレート状、シート状などあらゆる形が想定され、その形状・サイズなどは特に限定されるものではない。
【0063】
また、本発明は、例えば、SUS304、SUS304L、SUS316、SUS316Lなどのオーステナイト系ステンレス鋼に適用可能であるが、「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理」を施すことができる材料であれば、本発明は適用可能である。
【0064】
また、本発明に係る部材は、粉体の付着を抑制することができる粉体付着抑制部材とすることもできる。
また、本発明に係る部材の表面処理方法は、表面処理が施された部材の生産方法でもある。
【0065】
ここで、本発明に係る部材(粉体付着抑制部材)は、その凹凸表面を形状或いは構造面から特定する代わりに、「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理により形成された凹凸」などといった特定方法(表現)を用いている。
このため、本発明に係る部材の凹凸を形状、構造、特性等により特定することには、本願出願時において不可能・非現実的事情が存在しており、「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理により形成された凹凸」という表現を用いざるを得ないことについて、以下に説明しておく。
【0066】
「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理」は、窒素イオンが部材の表面に衝突する窒化処理であるため、
図6に示したように、その窒化された表面には無数の微小凹部延いては微小凹凸がランダムに形成される。
【0067】
これに対して、レーザ加工や切削加工等の機械的加工は規則正しい凹部が形成される。
また、「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理」により形成される微小凹凸は無数に不規則に(ランダムに)形成されるため、当該窒化処理により形成される表面テクスチャ(形状)は、研磨や研削処理などの表面を削って傷(すじ状などの溝)を付与する処理により形成される表面形状(テクスチャ)とは異なるが、表面粗さ計などにより測定すると、両者は数値的には似た値となってしまうため、表面粗さなどにより両者を区別することはできない。
【0068】
しかし、「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理」により形成される表面テクスチャ(形状)によって得られる効果(耐摩耗性の改善効果と粉体の付着抑制効果の発現など)は、研磨や研削処理などの表面を削って傷を付与する処理により形成される表面形状(テクスチャ)からは予想できない格別なものである。
【0069】
このように、「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理」により形成される微小凹凸は無数に不規則に(ランダムに)形成され、微小凹部及びその周囲の凸部の形状は不規則であり、その不規則性が本発明により奏される作用効果の源になっていることに鑑みれば、「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理」により形成された表面テクスチャ(形状)を特定するための用語として、「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理により形成された」などという表現を用いる以外には、「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理」により形成された表面を特定することはできない。
以上のように、「窒素イオンの部材の表面への衝突作用を利用した窒化処理」により形成された微小凹凸を形状、構造、特性等により特定することには、本出願時において不可能・非現実的事情が存在している。
【0070】
ところで、本発明は、上述した発明の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々変更を加え得ることは可能である。