(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-14
(45)【発行日】2024-03-25
(54)【発明の名称】フラボノイド類の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 17/18 20060101AFI20240315BHJP
C07D 311/32 20060101ALI20240315BHJP
C07D 311/30 20060101ALI20240315BHJP
【FI】
C12P17/18 D
C07D311/32
C07D311/30
(21)【出願番号】P 2020034697
(22)【出願日】2020-03-02
【審査請求日】2023-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2019037801
(32)【優先日】2019-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、「知」の集積と活用の場による革新的技術創造促進事業(うち「知」の集積と活用の場による研究開発モデル事業)委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中島 賢則
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-135218(JP,A)
【文献】特開2013-128414(JP,A)
【文献】特開2015-119640(JP,A)
【文献】国際公開第2019/021510(WO,A1)
【文献】特開2016-003223(JP,A)
【文献】Arch. Microbiol.,2000年,Vol.173,pp.71-75
【文献】Appl. Environ. Microbiol.,2001年,Vol.67, No.12,pp.5558-5567
【文献】Appl. Environ. Microbiol.,2003年,Vol.69, No.10,pp.5849-5854
【文献】Int. J. Vitam. Nutr. Res.,2003年,Vol.73, No.2,pp.79-87
【文献】Jpn. J. Lactic Acid Bact.,2008年,Vol.19, No.3,pp.152-159
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 17/00-17/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(a)を含む、下記一般式(2)で表される第2のフラボノイド類の製造方法。
工程(a):下記一般式(1)で表される第1のフラボノイド類を含有する溶液において、第1のフラボノイド類から下記一般式(2)で表される第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物に、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成させる工程
であって、該微生物がラクトバチルス・ビフェルメンタンス(Lactobacillus bifermentans)に属する微生物である、工程
【化1】
(式中、R
1乃至R
10は、それぞれ、水酸基又は水素原子を表し、且つ、R
1乃至R
10のうち1つ以上は水酸基である。)
【化2】
(式中、R
1乃至R
10は、それぞれ、前記一般式(1)で表される第1のフラボノイド類のR
1乃至R
10と同一である。)
【請求項2】
前記ラクトバチルス・ビフェルメンタンス(Lactobacillus bifermentans)に属する微生物が、ラクトバチルス・ビフェルメンタンス(Lactobacillus bifermentans)JCM 1094株である、請求項
1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記第1のフラボノイド類と前記第2のフラボノイド類の組み合わせが、それぞれ、ケルセチンとジヒドロケルセチン、フィセチンとフスチン、ゴシッペチンとジヒドロゴシッペチン、アピゲニンとナリンゲニン、ルテオリンとエリオジクチオール、クリシンとピノセンブリン、ケンフェロールとジヒドロケンフェロール、又はミリセチンとジヒドロミリセチンである、請求項
1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記第1のフラボノイド類と前記第2のフラボノイド類の組み合わせが、それぞれ、ケンフェロールとジヒドロケンフェロール、又はケルセチンとジヒドロケルセチンである、請求項1~
3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記第1のフラボノイド類と前記第2のフラボノイド類の組み合わせが、それぞれ、ケルセチンとジヒドロケルセチンである、請求項1~
4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記ケルセチンが植物由来である、請求項
3~
5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記植物がタマネギ又はエンジュである、請求項
6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記ケルセチンが、ケルセチン配糖体の加水分解により得られるケルセチンである、請求項
3~
5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記ケルセチン配糖体が植物由来である、請求項
8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記第1のフラボノイド類を含有する溶液がシクロデキストリンを含む、請求項1~
9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記シクロデキストリンが、前記第1のフラボノイド類を含有する溶液に対してモル比の総量で0.1当量以上5.0当量以下である、請求項
10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記シクロデキストリンが、α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリン、メチル-β-シクロデキストリン、又はヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンである、請求項
10又は
11に記載の製造方法。
【請求項13】
気相が水素を含む環境下で行われる、請求項1~
12のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項14】
前記気相における前記水素の割合が0.5%以上20%以下である、請求項
13に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、フラボノイド類の製造方法に関する。詳細には、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フラボノイド類であるジヒドロケルセチンはポリフェノールの一種であり、強力な抗酸化物質として知られており、医薬品、化粧品、飲食品の素材としての利用が期待されている。ジヒドロケルセチンの製造方法としてはウチワサボテン(特許文献1)やカラマツ(特許文献2、特許文献3)などの植物からの抽出法が報告されている。また、植物からアスチルビン類を抽出し、それを加水分解することでジヒドロケルセチン(タキシフォリン)を取得する方法(特許文献4)も報告されている。しかし、植物からの抽出法は水溶性有機溶媒を大量に使用し、製造工程も複雑である。
【0003】
また、遺伝子組換え微生物を用いてロイコシアニジンからジヒドロケルセチンを生産する方法(特許文献5)が報告されているが、該方法は遺伝子組換え微生物を使用するため、製造には国の安全性審査の手続が必要となる。また、非組換え微生物の発酵による生産方法としては、ユーバクテリウム・ラムラス(非特許文献1)やアスペルギルス・フミガーツス(特許文献6)を用いた方法が報告されているが、ユーバクテリウム・ラムラスはケルセチンを基質に用いて中間代謝物としてジヒドロケルセチンを生産するものの、ジヒドロケルセチンの蓄積はなく低分子まで反応が進行する。アスペルギルス・フミガーツスはバイオセーフティレベル2であり、医薬品、化粧品、飲食品の素材としての製造方法としては適さない。
すなわち、安全性を満たし、フラボノイド類やその類縁体を生成する微生物は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第4418675号明細書
【文献】特表2014-503489号公報
【文献】特表2015-509979号公報
【文献】特許第4334834号明細書
【文献】特表2008-505657号公報
【文献】中国特許出願公開第107893033号明細書
【非特許文献】
【0005】
【文献】APPL. ENVIRON. MICROBIOL., 67, 12, 5558-5567 (2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示の課題は、少なくとも、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を製造する方法の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
〔1〕下記工程(a)を含む、下記一般式(2)で表される第2のフラボノイド類の製造方法。
工程(a):下記一般式(1)で表される第1のフラボノイド類を含有する溶液において、第1のフラボノイド類から下記一般式(2)で表される第2のフラボノイド類を生成
する能力を有する微生物に、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成させる工程
【化1】
(式中、R
1乃至R
10は、それぞれ、水酸基又は水素原子を表し、且つ、R
1乃至R
10のうち1つ以上は水酸基である。)
【化2】
(式中、R
1乃至R
10は、それぞれ、前記一般式(1)で表される第1のフラボノイド類のR
1乃至R
10と同一である。)
〔2〕前記微生物が腸内細菌又は酵母である、〔1〕に記載の製造方法。
〔3〕前記微生物が、ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物である、〔1〕又は〔2〕に記載の製造方法。
〔4〕前記ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物が、ラクトバチルス・ビフェルメンタンス(Lactobacillus bifermentans)に属する微生物である、〔3〕に記載の製造方法。
〔5〕前記ラクトバチルス・ビフェルメンタンス(Lactobacillus bifermentans)に属する微生物が、ラクトバチルス・ビフェルメンタンス(Lactobacillus bifermentans)JCM 1094株である、〔4〕に記載の製造方法。
〔6〕前記第1のフラボノイド類と前記第2のフラボノイド類の組み合わせが、それぞれ、ケルセチンとジヒドロケルセチン、フィセチンとフスチン、ゴシッペチンとジヒドロゴシッペチン、アピゲニンとナリンゲニン、ルテオリンとエリオジクチオール、クリシンとピノセンブリン、ケンフェロールとジヒドロケンフェロール、又はミリセチンとジヒドロミリセチンである、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の製造方法。
〔7〕前記第1のフラボノイド類と前記第2のフラボノイド類の組み合わせが、それぞれ、ケンフェロールとジヒドロケンフェロール、又はケルセチンとジヒドロケルセチンである、〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の製造方法。
〔8〕前記第1のフラボノイド類と前記第2のフラボノイド類の組み合わせが、それぞれ、ケルセチンとジヒドロケルセチンである、〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の製造方法。
〔9〕前記ケルセチンが植物由来である、〔6〕~〔8〕のいずれかに記載の製造方法。〔10〕前記植物がタマネギ又はエンジュである、〔9〕に記載の製造方法。
〔11〕前記ケルセチンが、ケルセチン配糖体の加水分解により得られるケルセチンである、〔6〕~〔8〕のいずれかに記載の製造方法。
〔12〕前記ケルセチン配糖体が植物由来である、〔11〕に記載の製造方法。
〔13〕前記第1のフラボノイド類を含有する溶液がシクロデキストリンを含む、〔1〕
~〔12〕のいずれかに記載の製造方法。
〔14〕前記シクロデキストリンが、前記第1のフラボノイド類を含有する溶液に対してモル比の総量で0.1当量以上5.0当量以下である、〔13〕に記載の製造方法。
〔15〕前記シクロデキストリンが、α-シクロデキストリン、β-シクロデキストリン、γ-シクロデキストリン、メチル-β-シクロデキストリン、又はヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンである、〔13〕又は〔14〕に記載の製造方法。
〔16〕気相が水素を含む環境下で行われる、〔1〕~〔15〕のいずれかに記載の製造方法。
〔17〕前記気相における前記水素の割合が0.5%以上20%以下である、〔16〕に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本開示は、少なくとも、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を製造する方法を提供するという効果を奏し得る。
【発明を実施するための形態】
【0009】
各態様における各構成及びそれらの組み合わせ等は、一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲内で、適宜、構成の付加、省略、置換、及びその他の変更が可能である。本開示は、態様によって限定されることはなく、クレームの範囲によってのみ限定される。また、本明細書に開示された各々の態様は、本明細書に開示された他のいかなる特徴とも組み合わせることができる。
【0010】
本明細書において、JCMとの文言から始まる菌株の受託番号は、Japan Collection of Microorganisms(国立研究開発法人理化学研究所バイオリソースセンター微生物材料開発室、郵便番号:305-0074、住所:茨城県つくば市高野台3-1-1)に保存されている微生物に付与された番号であり、同機関から入手することができる。
【0011】
本開示の一態様は、下記工程(a)を含む、下記一般式(2)で表される第2のフラボノイド類の製造方法である。
工程(a):下記一般式(1)で表される第1のフラボノイド類を含有する溶液において、第1のフラボノイド類から下記一般式(2)で表される第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物に、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成させる工程
【0012】
工程(a)は、下記一般式(1)で表される第1のフラボノイド類を含有する溶液において、第1のフラボノイド類から下記一般式(2)で表される第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物に、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成させる工程である。
【化3】
(式中、R
1乃至R
10は、それぞれ、水酸基又は水素原子を表し、且つ、R
1乃至R
10のうち1つ以上は水酸基である。)
【化4】
(式中、R
1乃至R
10は、それぞれ、前記一般式(1)で表される第1のフラボノイド類のR
1乃至R
10と同一である。)
【0013】
第1のフラボノイド類の具体例としては、フラボノール(前記一般式(1)におけるR10が水酸基である。)又はフラボン(前記一般式(1)におけるR10が水素原子である。)が挙げられる。
第2のフラボノイド類は、前記第1のフラボノイド類の2位の二重結合が還元されていること以外は前記第1のフラボノイド類と同一のものである。第1のフラボノイド類がフラボノールの場合は、第2のフラボノイド類の具体例としてフラバノノールが挙げられ、第1のフラボノイド類がフラボンの場合は、第2のフラボノイド類としてフラバノンが挙げられる。
【0014】
第1のフラボノイド類は、好ましくは、ケルセチン(フラボノール)、フィセチン(フラボノール)、ゴシッペチン(フラボノール)、アピゲニン(フラボン)、ルテオリン(フラボン)、クリシン(フラボン)、ケンフェロール(フラボノール)、ミリセチン(フラボノール)である。
このとき、第2のフラボノイド類は、それぞれ、ジヒドロケルセチン(フラバノノール)、フスチン(フラバノノール)、ジヒドロゴシッペチン(フラバノノール)、ナリンゲニン(フラバノン)、エリオジクチオール(フラバノン)、ピノセンブリン(フラバノン)、ジヒドロケンフェロール(フラバノノール)、ジヒドロミリセチン(フラバノノール)である。
【0015】
第1のフラボノイド類は、より好ましくは、ケンフェロール、ケルセチンであり、このとき、第2のフラボノイド類は、それぞれ、ジヒドロケンフェロール、ジヒドロケルセチンである。
第1のフラボノイド類は、さらに好ましくはケルセチンであり、このとき、第2のフラボノイド類はジヒドロケルセチンである。
【0016】
(第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物)
本態様における、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物は特に制限されないが、例えば、腸内細菌や酵母が挙げられる。
【0017】
腸内細菌の具体例としては、ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する微生物が挙げられる。より具体的には、ラクトバチルス・ビフェルメンタンス(Lactobacillus bifermentans)に属する微生物が挙げられ、さらに具体的には、ラクトバチルス・ビフェルメンタンス(Lactobacillus bifermentans)JCM 1094株が挙げられる。
酵母の具体例としては、食品製造に用いられ安全性が認められている酵母が好ましく、例えば、パン酵母、ビール酵母、清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、アルコール酵母、味噌酵母、醤油酵母、トルラ酵母が挙げられる。より具体的には、例えば、サッカロマイセス(Saccharomyces)属に属する酵母、カンジダ(Candida)属に属する酵母、トルロプシス(Torulopsis)属に属する酵母、ミコトルラ(Mycotorula)属に属する酵母、トルラス
ポラ(Torulaspora)属に属する酵母、ロードトルラ(Rhodotorula)属に属する酵母、ザイゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属に属する酵母、スキゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属に属する酵母、ピキア(Pichia)属に属する酵母、ヤロウィア(Yarrowia)属に属する酵母、ハンセヌラ(Hansenula)属に属する酵母、クルイウェロマイセス(Kluyeromyces)属に属する酵母、デバリオマイセス(Debaryomyces)属に属する酵母、ゲオトリクム(Geotrichum)属に属する酵母、ウィッケルハミア(Wickerhamia)属に属する酵母、フェロマイセス(Fellomyces)属に属する酵母、スポロボロマイセス(Sporobolomyces)属に属する酵母が挙げられる。
が挙げられる。
本態様における微生物は、腸内細菌と酵母の一方を用いてもよいし、両方を用いてもよい。また、いずれにおいても、属、種、株に制限はなく、1種でも2種以上を用いてもよい。
【0018】
また、前記寄託菌株は、それと同一の菌株に制限されず、前記寄託菌株と実質的に同等の菌株であってもよい。実質的に同等の菌株とは、その16S rRNA遺伝子の塩基配列が、前記寄託菌株の16S rRNA遺伝子の塩基配列と97.5%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%の相同性を有する微生物である。さらに、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物は、本態様の効果が損なわれない限り、前記寄託菌株又はそれと実質的に同等の菌株から、変異処理、遺伝子組換え、自然変異株の選択等によって育種された菌株であってもよい。
【0019】
(第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物の静止菌体)
本態様における、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物は、その静止菌体を含む。尚、本明細書において微生物が酵母である場合には、下記静止菌体と同義の状態にある細胞を指すものとする。
静止菌体とは、培養した微生物から遠心分離等の操作により培地成分を取り除き、水や生理食塩水等の塩溶液、あるいは緩衝液で洗浄し、洗浄液と同一の液に懸濁した菌体であって、増殖しない状態の菌体を指し、本態様においては、少なくとも、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成できる代謝系を有している菌体をいう。緩衝液としては、リン酸緩衝液、トリス‐塩酸緩衝液、クエン酸‐リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、MOPS緩衝液、酢酸緩衝液、グリシン緩衝液等が好ましい。緩衝液のpHや濃度は、常法に従い適宜調製したものを使用できる。
【0020】
(第1のフラボノイド類を含有する溶液)
本態様における第1のフラボノイド類を含有する溶液とは、該溶液において、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物に、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成させることができるものであれば特に制限されない。好ましくは培地であり、より好ましくは後述する「培地、及び培養による第2のフラボノイド類の生成」欄に記載した培地である。また、第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物が静止菌体である場合には、前述した水や塩溶液、緩衝液が好ましい。
尚、本明細書に記載されている「培地」とは、いずれも、最少培地を含む、微生物が増殖できる溶液をいい、微生物が増殖できない溶液、例えば、前述した水や塩溶液、緩衝液などを含まないものとする。
【0021】
該溶液へ第1のフラボノイド類を添加する場合には、第2のフラボノイド類の生成前に添加しても、その途中で添加してもよく、また、一括添加、逐次添加、連続添加でもよい。
溶液中の第1のフラボノイド類の含有量は、総量で、通常0.01g/L以上、好まし
くは0.1g/L以上、より好ましくは1g/L以上である。一方、通常100g/L以下、好ましくは20g/L以下、より好ましくは10g/L以下である。
【0022】
(培地、及び培養による第2のフラボノイド類の生成)
工程(a)では、前記溶液が培地であることが好ましい。該培地は特に限定されないが、例えば、Difco社製のMRS培地、Oxoid社製のANAEROBE BASAL BROTH (ABB培地)、Oxoid社製のWilkins-Chalgren Anaerobe Broth (CM0643)、日水製薬株式会社製のGAM培地、変法GAM培地、ブレインハートインヒュージョン培地等を使用することができる。
【0023】
また、培地に水溶性の有機物を炭素源として加えることができる。水溶性の有機物としては、グルコース、アラビノース、ソルビトール、フラクトース、マンノース、スクロース、トレハロース、キシロースなどの糖類;グリセロールなどのアルコール類;吉草酸、酪酸、プロピオン酸、酢酸、ギ酸、フマル酸などの有機酸類などを挙げることが出来る。
【0024】
培地に加える炭素源としての有機物の濃度は、効率的に発育させるために適宜調節することができる。一般的には、0.1~10wt/vol%の範囲から添加量を選択することができる。
【0025】
上記の炭素源に加えて、培地に窒素源が加えることができる。窒素源としては通常の発酵に用いうる各種の窒素化合物を用いることができる。
好ましい無機窒素源として、アンモニウム塩、硝酸塩などを、より好ましくは、硫安、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、リン酸水素アンモニウム、硝酸カリウム及び硝酸ソーダなどを挙げることが出来る。
また、有機窒素源としては、アミノ酸類、酵母エキス、ペプトン類(例えばポリペプトンN、大豆ペプトンなど)、肉エキス(例えばエールリッヒカツオエキス、ラブ-レムコ末、ブイヨンなど)、魚介類エキス、肝臓エキス、消化血清末、魚油などを挙げることが出来る。
【0026】
さらに、炭素源や窒素源に加えて、例えば、ビタミンなどの補因子や各種の塩類等の無機化合物を培地に加えることによって、増殖や活性を増強できる場合もある。たとえば無機化合物、ビタミン類、脂肪酸など、動植物由来の微生物増殖補助因子として以下のものを挙げることができる。
【0027】
無機化合物 ビタミン類
リン酸二水素カリウム ビオチン
硫酸マグネシウム 葉酸
硫酸マンガン ピリドキシン
塩化ナトリウム チアミン
塩化コバルト リボフラビン
塩化カルシウム ニコチン酸
硫酸亜鉛 パントテン酸
硫酸銅 ビタミンB12
明ばん チオオクト酸
モリブデン酸ソーダ p-アミノ安息香酸
塩化カリウム ビタミンK
ホウ酸等
塩化ニッケル
タングステン酸ナトリウム
セレン酸ナトリウム
硫酸第一鉄アンモニウム
酢酸ナトリウム三水和物
硫酸マグネシウム七水和物
硫酸マンガン四水和物
【0028】
また、培地中に、システイン、シスチン、硫化ナトリウム、亜硫酸塩、アスコルビン酸、グルタチオン、チオグリコール酸、ルチンなどの還元剤や、カタラーゼ、スーパーオキシドムターゼなどの活性酸素種を分解する酵素を添加することにより生育が良好になる可能性がある。
【0029】
培養中の気相、水相としては、空気もしくは酸素を含まないことが好ましく、例えば、窒素及び/又は水素を任意の比率で含むことや、窒素及び/又は二酸化炭素を任意の比率で含むことが挙げられ、水素を含む気相や水相であることが好ましい。気相における水素の割合は、第2のフラボノイド類の生成が促進されることから、通常0.5%以上、好ましくは1.0%以上、より好ましくは2.0%以上であり、一方、通常100%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下である。
培養中の気相や水相をこのような環境にする方法は特に制限されないが、例えば、培養前に前記ガスで気相を置換する方法、これに加えて、培養中も培養器の底部から供給する及び/又は培養器の気相部に供給する方法、培養前に前記ガスで水相をバブリングするなどの方法をとることが出来る。前記水素は、水素ガスをそのまま用いてもよい。また、培地にギ酸及び/又はその塩などの水素の原料を添加し、微生物の作用により培養中に水素を生成してもよい。
【0030】
通気量としては、好ましくは0.005~2vvmであり、0.05~0.5vvmがより好ましい。また、混合ガスはナノバブルとして供給することもできる。
培養温度は、好ましくは20℃~45℃、より好ましくは25℃~40℃、さらに好ましくは30℃~37℃である。
培養器の加圧条件は、微生物が生育できる条件であれば特に限定されるものではないが、好ましくは0.001~1MPa、より好ましくは0.01~0.5MPaである。
培養時間としては、好ましくは8~340時間、より好ましくは12~170時間、さらに好ましくは16~120時間である。
【0031】
また、培養液に界面活性剤、吸着剤、包摂化合物などを添加することにより、第2のフラボノイド類の生成を促進できる場合がある。
界面活性剤としては、例えば、Tween 80等が挙げられ、0.001g/L以上10g/L以下程度添加することが出来る。
吸着剤としては、例えば、セルロース及びその誘導体;デキストリン;三菱化学株式会社製の疎水吸着剤であるダイアイオンHPシリーズやセパビーズシリーズ;オルガノ株式会社製のアンバーライトXADシリーズなどを挙げることができる。
【0032】
包摂化合物としては、例えば、シクロデキストリンが挙げられる。シクロデキストリンは、数分子のD-グルコースがα(1→4)グリコシド結合によって結合し、環状構造をとった環状オリゴ糖の一種である。例えば、グルコースが5個以上結合したものが知られており、グルコースが6個結合したα-シクロデキストリン(シクロヘキサアミロース)、7個結合したβ-シクロデキストリン(シクロヘプタアミロース)、8個結合したγ-シクロデキストリン(シクロオクタアミロース)が知られている。また、シクロデキストリンの誘導体として、ヒドロキシプロピル化、アセチル化、トリアセチル化、メチル化、トリメチル化などの化学修飾がされたシクロデキストリンが知られている。具体的には、メチル-β-シクロデキストリン、トリメチル-β-シクロデキストリン、ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンが挙げられる。更に、クラスターデキストリン(高度分岐環状デキストリン)も知られている。
本発明において用いるシクロデキストリンは、1種でも2種以上でもよい。2種以上のシクロデキストリンを共存させることにより、第2のフラボノイド類の生成を更に促進できる場合がある。
シクロデキストリンの由来は特に制限されず、天然品でも合成品でもよい。抽出方法や精製方法についても特に制限はなく公知の方法に従えばよい。また、市販のものを用いてもよく、例えば、シクロケム社製や塩水港精糖社製のシクロデキストリンなどを用いてよい。
添加量としては、第1のフラボノイド類に対し、モル比の総量で、通常0.1当量以上、好ましくは0.5当量以上、より好ましくは1.0当量以上、さらに好ましくは1.1当量以上であり、一方、通常5.0当量以下、好ましくは2.5当量以下、より好ましくは2.0当量以下、さらに好ましくは1.5当量以下、よりさらに好ましくは1.3当量以下である。
【0033】
(静止菌体による第2のフラボノイド類の生成)
第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物が静止菌体である場合の溶液は、前記培地の代わりに、前述した「第1のフラボノイド類から第2のフラボノイド類を生成する能力を有する微生物の静止菌体」欄に記載した水や塩溶液、緩衝液が好ましい。
その他の条件については、前記「培地、及び培養による第2のフラボノイド類の生成」欄の記載が援用される。
【0034】
(第1のフラボノイド類)
本態様における第1のフラボノイド類は、どのような方法により調製されたものでもよいが、植物由来であることが好ましい。
前記植物は、本態様における第1のフラボノイド類を含有するものであれば制限されないが、タマネギ、エンジュ、林檎、ほうれん草、松葉、ケール、パセリ、緑茶等が好ましく、より好ましくは、タマネギ、エンジュである。
また、廃棄物を有効利用するという観点から、前記植物の外皮やエキスが好ましく、タマネギの外皮や、タマネギのエキス、エンジュのエキス等がより好ましい。
【0035】
前記植物から第1のフラボノイド類を抽出する場合、抽出溶媒としては、例えば、水、熱水、アルコール(好適にはエタノール)、アセトン、 エーテル、酢酸エチル、ジメチルスルフォキシド等の有機溶媒、またはこれらの水溶液が使用できる。抽出溶媒を用いて前記植物から第1のフラボノイド類を抽出した後、そのまま又は粗精製し、抽出溶媒を、例えば減圧により除去することが好ましい。この際、抽出溶媒を残さずに除去することが好ましい。
【0036】
また、第1のフラボノイド類は、第1のフラボノイド類の配糖体を加水分解して得たものであってもよい。第1のフラボノイド類の配糖体は、どのような方法により調製されたものでもよいが、植物由来であることが好ましい。
このとき、前記植物は、本態様における第1のフラボノイド類の配糖体を含有するものであれば制限されないが、タマネギ、エンジュ、林檎、ほうれん草、松葉、ケール、パセリ、緑茶等が好ましく、より好ましくは、タマネギ、エンジュである。
また、廃棄物を有効利用するという観点から、前記植物の外皮やエキスが好ましく、タマネギの外皮や、タマネギのエキス、エンジュのエキス等がより好ましい。
【0037】
(その他の工程)
本態様は、例えば、得られた第2のフラボノイド類を定量する工程を含んでもよい。その方法は常法に従うことができる。たとえば、培養液の一部を採取して適宜希釈し、よく撹拌した後、ポリテロラフルオロエチレン(PTFE)膜などの膜を使用して濾過し、不
溶物を除去したものを高速液体クロマトグラフィーで定量することなどが挙げられる。
また、本態様は、得られた第2のフラボノイド類を回収する工程を含んでもよい。当該回収工程は、精製工程や濃縮工程等を含む。精製工程における精製処理としては、熱などによる微生物の殺菌;精密濾過(MF)、限外濾過(UF)などによる除菌;固形物、高分子物質の除去;有機溶媒やイオン性液体などによる抽出;疎水性吸着剤、イオン交換樹脂、活性炭カラム等を用いた吸着、脱色といった処理を行うことができる。また、濃縮工程における濃縮処理としては、エバポレーター、逆浸透膜等による濃縮が挙げられる。
さらに、得られた第2のフラボノイド類を含む溶液は、凍結乾燥、噴霧乾燥などにより粉末化することができる。粉末化において、ラクトース、デキストリン、コーンスターチ等の賦形剤を添加することもできる。
【実施例】
【0038】
以下に実施例を記載するが、いずれの実施例も、限定的な意味として解釈される実施例ではない。
【0039】
〔実施例1〕
第1のフラボノイド類であるケルセチン(Cayman Chemical社製)を0.33mMとなるように添加したMRS培地(Difco Laboratories社製)10mLを加熱滅菌し、気相をN2:CO2:H2(80%/10%/10%)ガスで置換したものを基本培地とした。このケルセチンを含むMRS培地に、ラクトバチルス・ビフェルメンタンス(Lactobacillus bifermentans)JCM 1094株を植菌し、30℃で嫌気的に培養した。培養終了後、培養液0.1mLに対して0.9mLのジメチルスルフォキシド(0.1%ギ酸)で希釈し、HPLCにより、第2のフラボノイド類であるジヒドロケルセチンの定量分析を行った。
【0040】
HPLCは以下に記載の条件で行った。Toronto Research Chemicals社製のジヒドロケルセチンを標品として用い、ジメチルスルフォキシドに溶解して用いた。
HPLC条件:
カラム:Cadenza CD-C18(250×4.6mm)(Imtakt社製)
溶離液:A液(水/ギ酸=99/1)、B液(アセトニトリル/ギ酸=99/1)、およびB液20%~60%のグラジェント
流速:0.7mL/min
カラム温度:40℃
検出:290nm、360nm
【0041】
その結果、96時間の培養により、表1に示すとおり、添加したケルセチンの86.1%がジヒドロケルセチンに変換された。
【0042】
【0043】
〔実施例2〕
第1のフラボノイド類として、ケルセチンの代わりに、ケルセチンを含むタマネギエキス、エンジュエキスを用いてケルセチン濃度が0.33mMとなるように培地に添加した以外は実施例1と同様に培養した。
その結果、96時間の培養により、表2に示すとおり、いずれにおいても、第2のフラボノイド類であるジヒドロケルセチンが生産された。
【0044】
【0045】
〔実施例3〕
第1のフラボノイド類として、ケルセチンの代わりに、ケルセチンを含むタマネギ外皮をケルセチン濃度が0.33mMとなるように培養液に添加した以外は実施例1と同様に培養した。尚、ケルセチン濃度は、事前に乾燥タマネギ外皮を水に入れ、オートクレーブ抽出(121℃、15分)し、乾燥タマネギ外皮中のケルセチン含量を測定し、それに基づいて0.33mMとなるように調整した。
その結果、96時間の培養により、表3に示すとおり、第2のフラボノイド類であるジヒドロケルセチンが生産された。
【0046】
【0047】
〔実施例4〕
第1のフラボノイド類として、ケルセチンの代わりに、ケンフェロール濃度が0.33mMとなるように培地に添加した以外は実施例1と同様に培養した。尚、HPLC条件は、実施例1の条件と同一である。また、標品として、ケンフェロール(Cayman Chemical社製)、ジヒドロケンフェロール(Chemodex社製)を用いた。
その結果、144時間の培養により、表4に示すとおり、第2のフラボノイド類であるジヒドロケンフェロールが生産された。
【0048】
【0049】
〔実施例5〕
表5に記載するように各種シクロデキストリンを、培養液中に添加したケルセチンのモル濃度に対して1.2当量となるように培地に添加した以外は実施例1と同様に96時間の培養を行った。尚、HPLC条件は、実施例1の条件と同一である。
結果を表5に示す。シクロデキストリンを添加しない場合のジヒドロケルセチンの蓄積濃度を100%とした。各種シクロデキストリンを添加した場合は、ジヒドロケルセチン生産性は105~131%に向上した。
【0050】