(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-14
(45)【発行日】2024-03-25
(54)【発明の名称】保守作業方法及び保守作業車両
(51)【国際特許分類】
E01H 8/10 20060101AFI20240315BHJP
B61K 3/02 20060101ALI20240315BHJP
B61C 15/10 20060101ALI20240315BHJP
B61F 19/06 20060101ALI20240315BHJP
【FI】
E01H8/10
B61K3/02
B61C15/10
B61F19/06
(21)【出願番号】P 2021189655
(22)【出願日】2021-11-22
【審査請求日】2023-09-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】井戸 達哉
(72)【発明者】
【氏名】生駒 一樹
(72)【発明者】
【氏名】鈴村 淳一
(72)【発明者】
【氏名】辻江 正裕
(72)【発明者】
【氏名】陳 樺
【審査官】湯本 照基
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-13562(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第3751055(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E01H 8/10
B61K 3/02
B61C 15/10
B61F 19/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
落葉による鉄道車両の走行時の車輪の空転や滑走を防止するレールの保守作業方法であって、
レール清掃装置の前後に第1の噴射装置及び第2の噴射装置を設けた保守作業車両を走行させて、前記第1の噴射装置からタンニン鉄を分解する酸水溶液をレール頭頂部に散布し、所定時間後に、前記レール清掃装置で前記レール頭頂部を擦過し前記落葉を脱離させ、更に、前記第2の噴射装置から前記レール頭頂部に中性又はアルカリ性の洗浄液を散布して洗浄することを特徴とする保守作業方法。
【請求項2】
前記レール清掃装置は、前記落葉を脱離させるとともにタンニン鉄からなる黒色皮膜を除去することを特徴とする請求項1記載の保守作業方法。
【請求項3】
前記酸水溶液はクエン酸水溶液であり、前記洗浄液は水又は重曹水溶液であることを特徴とする請求項1又は2に記載の保守作業方法。
【請求項4】
前記クエン酸水溶液のクエン酸濃度を10%以下とすることを特徴とする請求項3記載の保守作業方法。
【請求項5】
落葉による鉄道車両の走行時の車輪の空転や滑走を防止するレールの保守作業車両であって、
レール清掃装置の前後に第1の噴射装置及び第2の噴射装置を有し、
前記レール上を走行し、前記第1の噴射装置からタンニン鉄を分解する酸水溶液をレール頭頂部に散布し、所定時間後に、前記レール清掃装置で前記レール頭頂部を擦過し前記落葉を脱離させ、更に、前記第2の噴射装置から前記レール頭頂部に中性又はアルカリ性の洗浄液を散布して洗浄することを特徴とする保守作業車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両の走行時の車輪の空転や滑走を防止するためのレール(軌道)の保守作業方法及びそのための保守作業車両に関する。
【背景技術】
【0002】
レールを走行する鉄道車両の車輪の空転や滑走を防止するためのレール(軌道)の保守作業が日常的に行われている。特に、山間線区では、沿線樹木からの落葉が軌道に堆積し、車輪の空転等の原因となることがしばしば見受けられる。そのため、落葉を除去するレールの保守作業が必要となる。
【0003】
例えば、特許文献1では、落葉の付着したレールの清掃及びレールに対する車輪の粘着力を確保するためのレールの保守作業方法及びそのための保守作業車両が開示されている。かかる保守作業は、保守作業車両を走行させながら行われ、該保守作業車両は、レールに沿った進行方向後側に向けて、レールの頭頂面に接触しこの上の落葉を機械的に除去する接触板を備える排障機構と、水などの液体を噴射して落葉の除去されたレールの頭頂面の樹脂を洗い流す液体噴射機構と、レールの頭頂面に焼砂等からなる増粘着剤を撒く増粘着剤撒き機構と、を備える。これにより、落葉除去工程、樹脂洗浄工程及び増粘着剤撒き工程の一連の工程が省力的に効率よく行い得る。
【0004】
ここで、非特許文献1に述べられているように、レールと車輪との間で踏みつぶされた落葉の皮膜は小雨や早朝の結露等による水分によってレール上で黒色の皮膜へと変化する。かかる落葉皮膜とともに黒色皮膜もレールと車輪との間の粘着力を著しく低下させるため、落葉皮膜だけでなく黒色皮膜についての対応が必要となる。この黒色皮膜については、湿潤条件において落葉に含まれるタンニンとレールの主成分である鉄とが反応し、黒色のタンニン鉄を形成して強く付着するものと考えられている。そこで、タンニンを含む緑茶による湯飲みへの黒い茶渋の付着を防止する作用で知られるように、柑橘類などに含まれるクエン酸がタンニン鉄を生成させにくくするとされる作用に着目し、クエン酸をレールに散布しておいて黒色皮膜の形成を抑制し、レールを走行する鉄道車両の車輪の空転等を予防することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】生駒一樹,鈴村淳一,陳樺: 落葉により生成したレール上黒色皮膜除去のためのクエン酸の適用検討,第26回鉄道技術連合シンポジウム(J-RAIL2019),JSCM-3-1,pp. 419-421,2019年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
落葉による車輪の空転等の対策方法としては、上記したように、黒色皮膜を形成させない形成抑制法が提案される一方、形成してしまった黒色皮膜を除去することも必要となる。かかる場合もクエン酸のような溶液を用いた方法が考慮される。
【0008】
本発明は、以上のような状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、落葉による鉄道車両の走行時の車輪の空転や滑走をクエン酸のようなタンニン鉄を分解する酸水溶液を用いて防止するレール(軌道)の保守作業方法及びそのための保守作業車両を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明による方法は、落葉による鉄道車両の走行時の車輪の空転や滑走を防止するレールの保守作業方法であって、レール清掃装置の前後に第1の噴射装置及び第2の噴射装置を設けた保守作業車両を走行させて、前記第1の噴射装置からタンニン鉄を分解する酸水溶液をレール頭頂部に散布し、所定時間後に、前記レール清掃装置で前記レール頭頂部を擦過し前記落葉を脱離させ、更に、前記第2の噴射装置から前記レール頭頂部に中性又はアルカリ性の洗浄液を散布して洗浄することを特徴とする。
【0010】
更に、本発明による保守作業車両は、落葉による鉄道車両の走行時の車輪の空転や滑走を防止するレールの保守作業車両であって、レール清掃装置の前後に第1の噴射装置及び第2の噴射装置を有し、前記レール上を走行し、前記第1の噴射装置からタンニン鉄を分解する酸水溶液をレール頭頂部に散布し、所定時間後に、前記レール清掃装置で前記レール頭頂部を擦過し前記落葉を脱離させ、更に、前記第2の噴射装置から前記レール頭頂部に中性又はアルカリ性の洗浄液を散布して洗浄することを特徴とする。
【0011】
上記した特徴によれば、黒色皮膜を分解し車輪の空転等を抑制する一方で、該空転等の起因となるレール頭頂部の車輪との低粘着状態を改善して、落葉による鉄道車両の走行時の車輪の空転等を確実に抑制するのである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の1実施例における保守作業車両の側面図である。
【
図2】ポンプのON-OFF切り替え方法を説明する図である。
【
図3】実証試験に用いた(a)模擬車輪及び(b)模擬レール輪の側面図である。
【
図5】試験開始後30秒までの接線力係数のグラフである。
【
図6】接線力の発生から増加終了までの平均時間とクエン酸水溶液の濃度との関係を示すグラフである。
【
図7】クエン酸水溶液の濃度を(a)1%としたき、(b)10%としたときの模擬レール輪の外観の変化を示す写真である。
【
図8】試験開始後20秒から30秒までの平均接線力係数とクエン酸水溶液の濃度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の代表的な一例による保守作業車両と保守作業方法について
図1及び
図2を用いて説明する。
【0014】
図1に示すように、保守作業車両1は、鉄道軌道の保守作業用の軌道自転車2によってレール4上を牽引されて走行する運搬車(トロ)3を用いた保守作業用の車両である。保守作業車両1は、落葉による鉄道車両の走行時の車輪の空転や滑走を防止するレールの保守作業に用いられる。
【0015】
落葉による車輪の空転や滑走の原因の1つとして、レール4の表面に形成されるタンニン鉄による黒色皮膜がある。保守作業車両1はかかる皮膜を除去するなどしてレール頭頂部の車輪との低粘着状態を改善し、これによって空転や滑走を防止することを意図している。
【0016】
そこで、保守作業車両1は、タンニン鉄を分解する酸水溶液を散布する第1噴射装置10と、中性又はアルカリ性の洗浄液を散布する第2噴射装置20とを走行方向の前後にそれぞれ備え、両者の間にレール4の頭頂部を擦過して清掃するレール清掃装置30を備える。
【0017】
第1噴射装置10は、酸水溶液を貯留したタンク11と、タンク11から酸水溶液を吸い上げるポンプ12と、ポンプ12からの酸水溶液を散布するノズル13とを備え、走行中にレール4の頭頂部に向けてタンニン鉄を分解することのできる水溶液を散布することができる。このような水溶液として酸水溶液が用いられ、クエン酸水溶液が好適に使用される。ノズル13については、酸水溶液を散布する方向や幅(範囲)、レール4の頭頂面に対する距離を調整できるものとされることが好ましい。また、レール4の腐食を抑制する観点から、クエン酸水溶液を用いる場合においてクエン酸濃度を10%以下とすることが好ましい。また、タンニン鉄を分解する能力の観点からは、クエン酸濃度を1%以上とすることも好ましい。
【0018】
第2噴射装置20は、洗浄液を貯留したタンク21と、タンク21から洗浄液を吸い上げるポンプ22と、ポンプ22から洗浄液を散布するノズル23とを備え、走行中にレール4の頭頂部に向けて洗浄液を散布することができる。洗浄液は、レール4に残存する酸水溶液やその他の残渣を洗い流すために用いるものであり、典型的には水である。また、洗浄液としては、酸水溶液を中和することも目的としてアルカリ性の液体を用いてもよく、例えば、重曹水溶液を好適に用い得る。ノズル23については、洗浄液を散布する方向や幅(範囲)、レール4の頭頂面に対する距離を調整できるものとされることが好ましい。
【0019】
レール清掃装置30は、酸水溶液の散布されたレール4の頭頂部を擦過して、落葉の物理的除去を促すものであり、ブラシや砥石などを用い得る。ここで落葉は、いわゆる落ち葉としてレール4上に存在するものの他に、レール4の頭頂面で車輪に踏みつぶされて付着した落葉皮膜と、さらに鉄と反応してタンニン鉄を形成して強く付着した黒色皮膜とを含む。特に、ここでは黒色皮膜の除去を主な目的としている。
【0020】
レール清掃装置30は、保守作業車両1の走行に伴うレール4に対する相対移動によってレール4の頭頂部を擦過してもよく、駆動機構を追加して回転や往復動によって擦過するようにしてもよい。また、錘やバネを用いた機構によって、レール4の頭頂部に対する押し付け力を調整できるようにすることが好ましい。例えば、レール4の頭頂面に上から押し当てるブラシの背面に錘を載せて押し付け力の調整を行うことができる。より詳細には、ブラシの背面の略中央に上方へ延びる棒体を取り付け、かかる棒体を挿通させる孔を中央に有する環状の錘を用意し、かかる錘をブラシの背面に載せるのである。
【0021】
また、軌道自転車2には、保守作業車両1のポンプ12及びポンプ22を動作させるためのスイッチ5が備えられる。さらに、軌道自転車2の車輪には、軌道自転車2及び保守作業車両1の走行速度を計測するためのロータリーエンコーダ6が備えられる。
【0022】
図2を併せて参照すると、例えば、スイッチ5をONとして、且つ、ロータリーエンコーダ6からの出力に基づく走行速度を1km/h以上とする場合に、保守作業車両1のポンプ12及びポンプ22は共にONとされる。スイッチがOFFの場合、又は、走行速度が1km/h未満の場合はポンプ12及びポンプ22は共にOFFとされる。つまり、この場合、保守作業車両1は、1km/h以上で走行中にスイッチ5をONとすることで酸水溶液の散布等の動作を行い、その他の場合には同動作を行わないようにされる。
【0023】
これにより、保守作業車両1をレール4上に走行させて行う保守作業方法は以下のようになる。まず、第1噴射装置10から酸水溶液を散布しタンニン鉄の分解を促進させる。次に、レール清掃装置30によってレール4の所定位置を擦過して落葉を脱離させるとともにタンニン鉄による皮膜を除去する。最後に、第2噴射装置20から洗浄液を散布し、酸水溶液の洗浄や中和を行う。レール4の頭頂部の1カ所において、酸水溶液の散布、擦過、洗浄の各動作の時間間隔は、保守作業車両1の走行速度やノズル13、レール清掃装置30、ノズル23の配置される距離間隔で制御され得る。場合によっては、所定間隔で走行する異なる車両で酸水溶液の散布、擦過、洗浄の各動作をそれぞれ行うように構成してもよい。そして、これらの動作の時間間隔を所定の間隔とし、タンニン鉄の分解をより促し、一方で、酸水溶液のレール4上への残留時間を短くするようにすることが好ましい。酸水溶液によるタンニン鉄の分解の効果については、後述する「実証試験」によって詳細を説明する。
【0024】
[実証試験]
実証試験では、2円筒転がり-すべり摩擦力試験機を用いて、模擬車輪と模擬レール輪との接線力を測定した。特に、タンニン鉄からなる黒色皮膜の酸水溶液による除去効果、酸水溶液の濃度による効果の違い、酸水溶液の滴下による車輪/レール間の粘着力の変化について調査した。
【0025】
図3(a)に示すように、模擬車輪41は、外径30mm、厚さ8mmの円盤状体であり、実際の車輪から切り出して製作された。また、同図(b)に示すように、模擬レール輪42は、外周面に厚さ方向に幅3mmを有して円周方向に延びる帯状の段部42aを有する外径30mm、厚さ8mmの円盤状体であり、実際のレールから切り出して製作された。
【0026】
図4に示すように、模擬車輪41及び模擬レール輪42は、回転軸を平行にしつつ互いに外周を接するように配置され、それぞれ別のモータによって回転速度を制御された。ここでは、周速を1km/hとするよう回転速度を177rpmとするとともに、空転に至らない走行状態を模擬しつつ接線力を生じるように、模擬レール輪42の回転速度をわずかに低くしてすべり率を0.1%に調整した。また、コイルばねによって模擬車輪41と模擬レール輪42との間には任意の垂直荷重を加えることができ、ここでは450Nの垂直荷重を加えることで、実車輪/実レール間と同程度の600MPaのヘルツの最大接触応力を負荷した。
【0027】
模擬車輪41の表面は、黒色皮膜を形成させたものと、皮膜を形成させずに金属肌としたものとの2種類を用意した。黒色皮膜は、模擬車輪41を5%タンニン酸水溶液に5時間浸漬して形成させた。また、黒色皮膜を形成させたものを「皮膜あり」、黒色皮膜を形成させなかったものを「皮膜なし」と呼ぶことにした。他方、酸水溶液としてはクエン酸水溶液を用いたが、濃度を1%、3%、5%、10%とした4種類を用意し、これに濃度0%に対応する蒸留水の1つを加えた5種類とした。これらの皮膜についての2条件と酸水溶液の濃度についての5条件との組み合わせからなる10条件について、それぞれ3回ずつ試験を行った。なお、10mL/分の割合で、試験時間1800秒のうちの開始から300秒について酸水溶液を供給して、模擬車輪41及び模擬レール輪42の接触界面に供給した。
【0028】
図5に示すように、まず、試験開始から30秒間の結果についてまとめた。測定した接線力は0.2秒のサンプリング周期で採取し、接線力係数にて表示した。なお、測定開始から2秒間程度は加速中であり、接線力を生じない。
【0029】
同図(a)に示すように、模擬レール輪42を皮膜なしとした場合、接線力係数は、供給する液体における蒸留水、クエン酸水溶液の別、及びその濃度によらず、同様の挙動を示した。すなわち、開始から約2秒経過後に接線力を発生し、接線力係数は0.05~0.07程度であり、その後、0.02~0.04程度の範囲でほぼ横ばいであった。これらのことから、皮膜なしの場合、蒸留水とクエン酸水溶液とでは、接線力係数に殆ど差のないことが判った。
【0030】
同図(b)に示すように、模擬レール輪42を皮膜ありとした場合、クエン酸水溶液の濃度を高くするほど接線力係数を早期に増加させた。一方、蒸留水の場合、少なくとも30秒経過まではほとんど一定であるとともに、クエン酸水溶液を用いた場合に比べて接線力係数の平均値を小さくすることも判った。皮膜ありと皮膜なしを比較すると、蒸留水の場合、皮膜ありにおいて接線力係数が小さいことが判った。つまり、皮膜なしに比べて皮膜ありの場合の方において接線力を小さくすることが判った。
【0031】
図6には、接線力の発生から増加の完了までの時間についての3回の試行の平均値を示した。同図に示すように、クエン酸水溶液の濃度が高いほど接線力の増加の完了までの時間が短いことが判った。つまり、10%までであれば、クエン酸水溶液の濃度を高くすることで、黒色皮膜による接線力の低下をより早く回復し得ることが判った。
【0032】
図7に示すように、模擬レール輪42の外観において、クエン酸水溶液の濃度を1%とした場合(同図(a)参照)、黒色皮膜は、試験開始から9秒、12秒とその色を薄く変化させ、15秒でほとんど除去された。クエン酸水溶液の濃度を10%とした場合(同図(b)参照)、黒色皮膜は、試験開始から6秒でその色をかなり薄くしており、9秒でほとんど除去された。つまり、クエン酸水溶液の濃度を高くするほど接線力係数を早期に増加させるのは、黒色皮膜をより早く除去して模擬車輪41及び模擬レール輪42の金属同士の接触を確保できたためであると考えられた。なお、蒸留水の場合において、試験開始後30秒までの外観に変化はなく、黒色皮膜は除去されなかった。
【0033】
図8には、試験開始後20秒から30秒までの接線力係数の平均値をさらに試行3回で平均して、クエン酸水溶液の濃度との関係をまとめた。なお、濃度0%としては蒸留水の結果を用いた。模擬レール輪42が皮膜なしの場合、蒸留水による濃度0%と他の濃度の平均接線力係数の差は小さかった。すなわち、蒸留水とクエン酸水溶液との潤滑性の差は小さかった。換言すれば、蒸留水又はクエン酸水溶液のいずれを用いても模擬車輪41と模擬レール輪42との粘着性の差は小さかった。一方、皮膜ありの場合、蒸留水と比較してクエン酸水溶液の場合に平均接線力係数は高い値を示した。これは、蒸留水においてのみ、黒色皮膜の除去されていない状況で接線力を測定しているためであった。なお、クエン酸水溶液を用いた場合において、濃度を低くするほど平均接線力係数を大とする傾向にあった。
【0034】
また、皮膜なしと皮膜ありを比較すると、蒸留水を用いた場合においては皮膜ありの方が低い平均接線力係数を示し、黒色皮膜によって粘着力を低下させていると考えられる。他方、クエン酸水溶液を用いたときにおいて、皮膜なしに比べて皮膜ありにおいて高い平均接線力係数を示す傾向にあった。すなわち、初めから黒色皮膜の存在しない場合よりも黒色皮膜の除去された後において模擬車輪41及び模擬レール輪42の間に高い粘着力を生じることを意味するものと考えられた。
【0035】
次に、
図9に示すように、1800秒間の全試験時間について接線力係数をまとめた。同図(a)の皮膜なしの場合、同図(b)の皮膜ありの場合、共に、蒸留水を用いたときに接線力係数は0.1程度まで増加した。これは、模擬車輪41及び模擬レール輪42の表面の凹凸を摩耗させることで、実際に接触する面積(真実接触面積)の増加する「なじみ」過程によるものと考えられた。皮膜ありの場合、黒色皮膜の介在により、なじみの終了までの時間は長くなった。
【0036】
一方、クエン酸水溶液を用いた場合、接線力係数は安定せず、ほとんどの時刻で蒸留水を用いた場合よりも低下してしまった。これはクエン酸水溶液による錆の発生などが影響した可能性が高いと考えられた。
【0037】
上記したように、クエン酸水溶液からなる酸水溶液を用いることで黒色皮膜を除去しやすくする効果を得られる。ただし、黒色皮膜の除去後において、酸水溶液を放置すると錆などの黒色皮膜とは別の要因により粘着力を低下させてしまう可能性が生じる。そこで、酸水溶液を用いた場合には所定時間後にこれを洗浄することが粘着力の改善に有効であり、これらを考慮して、走行時の車輪の空転や滑走を防止するレールの保守作業を行うのである。
【0038】
以上、本発明による代表的な実施例について述べたが、本発明は必ずしもこれに限定されるものではなく、適宜、当業者によって変更され得る。すなわち、当業者であれば、添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるであろう。
【符号の説明】
【0039】
1 保守作業車両
4 レール
5 スイッチ
6 ロータリーエンコーダ
10 第1噴射装置
20 第2噴射装置
30 レール清掃装置