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特許7455321還元型グラフェンを含有する被膜を有する表面処理鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-15
(45)【発行日】2024-03-26
(54)【発明の名称】還元型グラフェンを含有する被膜を有する表面処理鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/48 20060101AFI20240318BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20240318BHJP
   C23C 22/68 20060101ALI20240318BHJP
   C01B 32/198 20170101ALI20240318BHJP
   C08L 61/28 20060101ALI20240318BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20240318BHJP
   C09D 161/28 20060101ALI20240318BHJP
   C09D 7/61 20180101ALI20240318BHJP
【FI】
C23C22/48
C23C26/00 A
C23C22/68
C01B32/198
C08L61/28
C08K3/04
C09D161/28
C09D7/61
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020064575
(22)【出願日】2020-03-31
(65)【公開番号】P2021161494
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2023-02-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】599011687
【氏名又は名称】学校法人 中央大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100102990
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 良博
(72)【発明者】
【氏名】古川 博康
(72)【発明者】
【氏名】芳賀 正明
(72)【発明者】
【氏名】山本 武
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第108505049(CN,A)
【文献】国際公開第2019/239304(WO,A1)
【文献】特表2016-504262(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00-30/00
B32B 15/00-15/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化グラフェンと、メラミンまたは水溶性メラミン樹脂を水に混合して、酸化グラフェン-メラミン複合体を含有する懸濁液を用意する工程、
前記懸濁液中に亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれる金属板を浸漬する工程、
前記金属板から溶出した金属イオンと前記酸化グラフェン-メラミン複合体が、前記金属板上に集積して、金属イオンと還元型酸化グラフェン-メラミン複合体との錯体から成る被膜を形成する工程、および
前記金属板を取り出し、加熱乾燥する工程
を含むことを特徴とする表面処理金属板の製造方法。
【請求項2】
酸化グラフェンと、メラミンまたは水溶性メラミン樹脂を水に混合して、酸化グラフェン-メラミン複合体を含有する懸濁液を用意する工程、
前記懸濁液中に亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれる金属板を浸漬する工程、
前記金属板に正電荷を印加する工程、
前記金属板から溶出した金属イオンと前記酸化グラフェン-メラミン複合体が、前記金属板上に集積して、金属イオンと還元型酸化グラフェン-メラミン複合体との錯体から成る被膜を形成する工程、および
前記金属板を取り出し、加熱乾燥する工程
を含むことを特徴とする表面処理金属板の製造方法。
【請求項3】
前記懸濁液がpH2.0以上7.0以下であり、前記酸化グラフェンとメラミンまたは水溶性メラミン樹脂の混合比が酸化グラフェンの固形分の質量を規準として、1:1~1:20である請求項1または2に記載の表面処理金属板の製造方法。
【請求項4】
前記水溶性メラミン樹脂が、ヘキサメトキシメチル化メラミン樹脂、官能基のうち50~83%がメトキシメチル基で残りがメチロール基であるメラミン樹脂、および官能基のうち50~83%がアルコキシメチル基で残りがメチロール基あって、該アルコキシメチル基のうち80%がメトキシメチル基で20%がブトキシメチル基であるメラミン樹脂から成る群より選ばれる、請求項1~3のいずれか1項に記載の表面処理金属板の製造方法。
【請求項5】
前記酸化グラフェンの大きさが、等価円直径4~400μmである、請求項1~4のいずれか1項に記載の表面処理金属板の製造方法。
【請求項6】
金属板および金属板上に形成された被膜を含む表面処理金属板であって、
前記金属板が、亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれ、そして
前記被膜が、前記金属板から溶出した金属イオンと、還元型酸化グラフェン-メラミン複合体との錯体から成る、表面処理金属板。
【請求項7】
前記還元型酸化グラフェン-メラミン複合体の還元型酸化グラフェン部分とメラミン部分の比が酸化グラフェンの固形分の質量を規準として、1:1~1:20である請求項6に記載の表面処理金属板。
【請求項8】
前記還元型酸化グラフェン-メラミン複合体のメラミン部分が、メラミン、ヘキサメトキシメチル化メラミン樹脂、官能基のうち50~83%がメトキシメチル基で残りがメチロール基であるメラミン樹脂、および官能基のうち50~83%がアルコキシメチル基で残りがメチロール基であり、該アルコキシメチル基のうち80%がメトキシメチル基で20%がブトキシメチル基であるメラミン樹脂から成る群より選ばれる、請求項6または7に記載の表面処理金属板。
【請求項9】
前記被膜の乾燥膜厚が0.5~50μmである、請求項6~8のいずれか1項に記載の表面処理金属板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、還元型酸化グラフェン-メラミン複合体を含有する被膜を有する金属板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グラフェンは2次元炭素原子面の構造を有する化合物であり、引張強度、電子移動度、熱伝導度、透明性等で極めて高い特性を有することから、ナノ素材、インク、バリア素材、放熱素材、超軽量素材、エネルギー電極素材、次世代半導体、透明電極などに広く活用される。グラフェンを鋼板に被覆すると、鋼板の表面に耐食性、放熱性、熱伝導性、密着性、強度、加工性などが付与できると期待される。
【0003】
基材に、グラフェンを容易且つ大面積に被覆するためには、グラフェン、分散剤、バインダーを混合して分散した溶液を塗布して乾燥させる方法が一般的である。しかしこの方法では、溶液中でのグラフェンの分散性が十分になり得ず、成膜後の被膜内でのグラフェンの均一性が担保できず、高度の機能を発現できないという問題がある。そこで、分散性の良い酸化グラフェンを用いて分散液を作製し、これを用いて被覆する方法もあるが、この方法では成膜後に再び高温(望ましくは、1000℃以上)に加熱して、酸化グラフェンを還元してグラフェンにする必要があり、耐熱性に劣る有機系のバインダーは使用しにくいという問題が生じる。
【0004】
さらに、電荷を帯びないグラフェンの表面に金属イオンを人為的に吸着させることでグラフェンに電荷を与え、電気泳動法により効率的にグラフェンを金属表面にコーティングする方法も提案されているが、この方法はバインダーが存在しないため被膜の固着が得られない問題が生じる。
【0005】
特許文献1には、酸化グラフェンを用いて、グラフェン-高分子複合体がコーティングされた鋼板グラフェン-高分子複合体を製造する場合、酸化グラフェン含有コーティング液を素地鋼板にコーティングした後、高温において、還元工程を行わなければならないことが記載されている。
【0006】
特許文献2には、グラフェンを含有する高分子樹脂組成物を素地鋼板にコーティングして、乾燥及び硬化することにより表面処理鋼板を製造する方法が記載されている。
【0007】
特許文献3には、還元型酸化グラフェン溶液に金属物質及び有機溶媒を添加して、混合して得られる還元型酸化グラフェン-金属混合物を、素地鋼板の表面にコーティングして、乾燥することにより表面処理鋼板を製造する方法が記載されている。
【0008】
特許文献1~3には、いずれもグラフェンを含有する被膜を有する鋼板の製造方法を開示するが、これらの被膜は、いずれもグラフェンと、高分子、高分子樹脂組成物、金属を含む組成物を素地鋼板上に被覆することにより製造されている。
【0009】
非特許文献1、2には、スピンコートした酸化グラフェン膜にフェムト秒レーザーを照射することで還元型グラフェンに変わるという実験結果および反応過程のコンピューターシュミュレーションから100fsのパルス幅では1000℃以上が必要であることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特表2016-504262号公報
【文献】特表2016-507404号公報
【文献】特表2016-506448号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】H. Zhang, Y. Miyamoto, Phys. Rev. B, 85巻、033402(2012)(計算)
【文献】Y. Zhang, L. Guo et. Al., Nano Today., 5巻、15-20 (2010)(実験)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、従来技術に開示されているグラフェン被覆を有する鋼板の製造方法とは全く異なる表面処理鋼板の製造方法を提供する。
【0013】
本発明は、酸化グラフェン(GO)と、メラミン(MA)または水溶性メラミン樹脂(MF)(これらを、以下、総称して「メラミン類(M)」と表す)の混合懸濁液中に金属板を浸漬して、一定時間経過すると、混合懸濁液が無色透明になった現象を見出したことに基づく。
本発明者は、混合懸濁液が無色透明になるという現象が、混合懸濁液中に形成された酸化グラフェン-メラミンまたは酸化グラフェン-水溶性メラミン複合体(以下これらを、単に「酸化グラフェン-メラミン複合体」、「GO/M複合体」ともいう)が、金属板上に自発的に自己集積したことによるものであることを確認した。本発明の表面処理金属板の製造方法は、以上の知見から成されたものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
かくして、本発明によれば、下記を提供する:
(1)酸化グラフェンと、メラミンまたは水溶性メラミン樹脂を水に混合して、酸化グラフェン-メラミン複合体を含有する懸濁液を用意する工程、
前記懸濁液中に亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれる金属板を浸漬する工程、
前記金属板から溶出した金属イオンと前記酸化グラフェン-メラミン複合体が、前記金属板上に集積して、金属イオンと還元型酸化グラフェン-メラミン複合体との錯体から成る被膜を形成する工程、および
前記金属板を取り出し、加熱乾燥する工程
を含むことを特徴とする表面処理金属板の製造方法。
(2)酸化グラフェンと、メラミンまたは水溶性メラミン樹脂を水に混合して、酸化グラフェン-メラミン複合体を含有する懸濁液を用意する工程、
前記懸濁液中に亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれる金属板を浸漬する工程、
前記金属板に正電荷を印加する工程、
前記金属板から溶出した金属イオンと前記酸化グラフェン-メラミン複合体が、前記金属板上に集積して、金属イオンと還元型酸化グラフェン-メラミン複合体との錯体から成る被膜を形成する工程、および
前記金属板を取り出し、加熱乾燥する工程
を含むことを特徴とする表面処理金属板の製造方法。
(3)前記懸濁液がpH2.0以上7.0以下であり、前記酸化グラフェンとメラミンまたは水溶性メラミン樹脂の混合比が酸化グラフェンの固形分の質量を規準として、1:1~1:20である前記(1)または(2)に記載の表面処理金属板の製造方法。
(4)前記水溶性メラミン樹脂が、ヘキサメトキシメチル化メラミン樹脂、官能基のうち50~83%がメトキシメチル基で残りがメチロール基であるメラミン樹脂、および官能基のうち50~83%がアルコキシメチル基で残りがメチロール基あって、該アルコキシメチル基のうち80%がメトキシメチル基で20%がブトキシメチル基であるメラミン樹脂から成る群より選ばれる、前記(1)~(3)のいずれかに記載の表面処理金属板の製造方法。
(5)前記酸化グラフェンの大きさが、等価円直径4~400μmである、前記(1)~(4)のいずれかに記載の表面処理金属板の製造方法。
(6)
金属板および金属板上に形成された被膜を含む表面処理金属板であって、
前記金属板が、亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれ、そして
前記被膜が、前記金属板から溶出した金属イオンと、還元型酸化グラフェン-メラミン複合体との錯体から成る、表面処理金属板。
(7)前記還元型酸化グラフェン-メラミン複合体の還元型酸化グラフェン部分とメラミン部分の比が酸化グラフェンの固形分の質量を規準として、1:1~1:20である前記(6)に記載の表面処理金属板。
(8)前記還元型酸化グラフェン-メラミン複合体のメラミン部分が、メラミン、ヘキサメトキシメチル化メラミン樹脂、官能基のうち50~83%がメトキシメチル基で残りがメチロール基であるメラミン樹脂、および官能基のうち50~83%がアルコキシメチル基で残りがメチロール基であり、該アルコキシメチル基のうち80%がメトキシメチル基で20%がブトキシメチル基であるメラミン樹脂から成る群より選ばれる、前記(6)または(7)に記載の表面処理金属板。
(9)前記被膜の乾燥膜厚が0.5~50μmである、前記(6)~(8)のいずれかに記載の表面処理金属板。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、従来技術のグラフェン被膜の形成方法に比較して、非常に簡単な工程で、金属上にグラフェン被膜を形成することができる。出発材料の酸化グラフェンは、金属板上に集積すると同時に還元されるので、酸化グラフェンを高温により還元処理を行う工程を必要としない。GO/M複合体が金属板上に自己集積することにより、バインダー樹脂を用いることなく、グラフェンの分布の均一性が高く、強固な被膜が金属板上に形成される。
【0016】
本発明の表面処理金属板は、優れた耐食性、放熱性、熱伝導性、密着性、強度、加工性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、酸化グラフェンの構造を示す。
図2図2は、GO/MA複合体の構造を示す。
図3図3は、金属板上にrGO/MA複合体が形成され、亜鉛めっき鋼板に吸着する様子を示す。
図4図4は、放熱性、伝熱性の評価に用いた熱箱の模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明第1の態様は、酸化グラフェンと、メラミンまたは水溶性メラミン樹脂を水に混合して、酸化グラフェン-メラミン複合体を含有する懸濁液を用意する工程、前記懸濁液中に亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれる金属板を浸漬する工程、前記金属板から溶出した金属イオンと前記酸化グラフェン-メラミン複合体が、前記金属板上に集積して、金属イオンと還元型酸化グラフェン-メラミン複合体との錯体から成る被膜を形成する工程、および前記金属板を取り出し、加熱乾燥する工程を含むことを特徴とする表面処理金属板の製造方法である。以下、各工程について説明する。
【0019】
(酸化グラフェンと、メラミンまたは水溶性メラミン樹脂を水に混合して、酸化グラフェン-メラミン複合体を含有する懸濁液を用意する工程)
酸化グラフェンは、グラフェンを酸化することによって得られ,官能基として、ヒドロキシ基,カルボキシ基,エポキシ基等を有している。酸化グラフェンは水を含めた極性溶媒に対して、良好な分散性を示す。図1は酸化グラフェンの構造の例である。
本発明で用いることができる、酸化グラフェンの形状は、好ましくは、等価円直径が4μm~400μmの大きさ、さらに好ましくは40μm超~400μmの大きさを有する、単分子層のシートである。
【0020】
本発明の製造方法は、メラミンまたは水溶性メラミン樹脂を用いる。水溶性メラミン樹脂は、水溶性を有し、メラミン分子のNH2の水素の全部または一部が、官能基によって置換されているメラミン樹脂である。例えば、メラミン分子のNH2基の水素原子が、アルコキシメチル基および/またはメチロール基で置換されたメラミン樹脂を挙げることができる。例えば、ヘキサメトキシメチル化メラミン樹脂(MeMF)、メトキシメチル基・メチロール基混合型メラミン樹脂(Me・OHMF)、メトキシメチル基・ブトキシメチル基・メチロール基混合型メラミン樹脂(Me・Bu・OHMF)等を挙げることができる。
【0021】
酸化グラフェン(GO)とメラミン(MA)または水溶性メラミン樹脂(MF)を水に混合すると、酸化グラフェン中のカルボキシル基とメラミンのアミノ基とが静電作用により引き付け合い、結合して、GO/M複合体が形成される。図2にGO/M複合体のうち、GO/MA複合体の構造を示す。
【0022】
(懸濁液中に亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれる金属板を浸漬する工程)
本発明に用いることができる金属板は、亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板である。これらの金属板をGO/M複合体が形成された懸濁液に浸漬すると、金属板から亜鉛イオン、鉄イオン、または銅イオンが溶け出す。これら以外の金属板、例えば、アルミ板では、表面に酸化被膜が形成されアルミニウムイオンが溶出しないで、使用することができない。
【0023】
金属板、例えば亜鉛めっき鋼板は酸性のGOと反応して、金属イオンZn2+として微量溶解して、表面から溶液中に拡散すると同時に、rGO(還元型酸化グラフェン)に還元されて、MAと還元されたrGOとが、Zn2+イオンと錯形成して、Zn-(rGO・MA)構造体を形成する。→
Zn+GO+2H+→Zn2++rGO(還元型酸化グラフェン)+H2
【0024】
金属板から金属イオンが容易に溶出するためには、懸濁液が酸性であることが望ましいが、一方、酸性度が強すぎるとGO/M複合体が凝集するので、金属板上への自己集積に適さなくなる。使用するメラミンによって最適なpH範囲は異なり、使用するメラミン類(M)がメラミン(MA)の場合は、pHは5.0以上7.0以下であることが好ましく、さらに好ましくは6.0以上6.5以下である。また使用するメラミン類(M)が、水溶性メラミン樹脂(MF)である場合は、pHは2.0以上5.0以下であることが好ましい。
GOが還元されてrGOと成ると同時に水に溶けだした金属イオンとrGO/M複合体とが錯体を形成する。
【0025】
(金属板上に被膜を形成する工程)
金属イオンとrGO/M複合体との錯体は、静電作用によって、金属イオン濃度が高い金属板表面近傍に移動し、金属板表面に吸着する。この状態を図3に示す。図3は、金属板が亜鉛めっき鋼板であり、金属イオンがZn2+の場合を示す。図3から、Zn2+は、還元型グラフェン(rGO)のシート同士を架橋する役割をしていることが分かる。懸濁液中に金属板を浸漬してから約8時間経過すると、金属板上に被膜が形成する。
【0026】
金属板上に集積した被膜のXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)測定を行った結果、図3に示す例の場合、亜鉛由来のピークが観測された。懸濁液のpHが酸性であることから、亜鉛めっき鋼板から亜鉛が溶けだし、GO/M複合体の酸素含有官能基や窒素含有官能基と錯体を形成して、亜鉛めっき鋼板上に集積化して被膜を形成していることが分かった。また、集積前後のC1sのピーク解析から、GO由来のC-OやC=Oピークが減少しており、亜鉛イオンによりrGO(還元型酸化グラフェン)に還元されていることが分かった。
【0027】
(加熱乾燥工程)
加熱乾燥方式としては、熱風加熱方式、誘導加熱方式等、通常用いられる種々の加熱乾燥方式を用いることができる。例えば、熱風加熱方式の場合、PMT(到達板温度)120~300℃となるように5~120秒間乾燥するのが好ましい。
【0028】
本発明の第2の態様は、第1の態様の製造方法の懸濁液中に亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれる金属板を浸漬する工程の後に金属板に正電荷を印可する工程を追加する製造方法である。
【0029】
第1の態様では、金属イオンと還元型酸化グラフェンとMA複合体との錯体が集積して、金属板上被膜を形成する駆動力は、静電作用である。したがって、被膜の膜厚にもよるが、被膜を形成するのに数時間の時間を要する。被膜形成時間を短縮するために、第2の態様では金属板に正電荷を印加する工程を追加する。金属板に印加する電圧は、適用される金属鋼板により異なるが、+1~+10Vの範囲で電圧を印加する。また、電圧が高いほど集積量は大きくなるので、厚い被膜をえるためには、+5~+10Vの範囲が好ましい。以下の実施例で示すが、金属鋼板に正電荷を印加して形成された被膜は、流水に晒しても剥がれることはなく、被膜密着性が強化されていることが分かった。
【0030】
本発明の第3の態様は、上述した製造方法によって製造された、金属板および金属板上に形成された被膜を含む表面処理金属板であって、前記金属板が、亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれ、そして前記被膜が、前記金属板から溶出した金属イオンと、還元型酸化グラフェン-メラミン複合体との錯体から成り、前記還元型酸化グラフェン-メラミン複合体のメラミン部分が、メラミン、ヘキサメトキシメチル化メラミン樹脂(官能基の概ね90%以上がメトキシメチル基であるメラミン樹脂)、官能基のうち50~83%がメトキシメチル基で残りがメチロール基であるメラミン樹脂、および官能基のうち50~83%がアルコキシメチル基で残りがメチロール基であり、該アルコキシメチル基のうち80%がメトキシメチル基で20%がブトキシメチル基であるメラミン樹脂から成る群より選ばれる、表面処理金属板である。
【0031】
本発明の表面処理金属板の金属板は、亜鉛めっき鋼板、鋼板、亜鉛板、または銅板から選ばれる。金属板上に形成された被膜は、金属板から溶出した金属イオンと還元型酸化グラフェン-メラミン複合体との錯体からなっている。図3から理解されるように、被膜は還元型酸化グラフェン-メラミン複合体と金属イオンとから構成されており、これにより、金属板に、優れた耐食性、放熱性、熱伝導性、密着性、強度、加工性を付与する。
【0032】
金属板上の被膜の厚さは、製造時の条件によって、所望の効果を得るために必要な厚みとなることができるが、0.5μm~50μmであることが好ましい。密着力を確保するためには、0.5μm~20μmであることが好ましい。強度、加工性を確保するためには、1μm~10μmであることが好ましい。耐食性を確保するためには、10μm~50μmであることが好ましい。放熱性、熱伝導性、を確保するためには、30μm~50μmであることが好ましい。
【実施例
【0033】
実施例、比較例で用いたサンプルは、以下の作成手順にて作製した。先ず、50mLのサンプル瓶に所定の懸濁液を50mL加え、15×40mmに切断した金属基板を、酸化グラフェン-メラミン複合体を含有する懸濁液に浸漬し、所定の処理時間攪拌した。電圧を印加する場合は、金属基板の上部の幅1cm部分は浸漬せずに電極を接続し、対極を白金板として攪拌しながら電圧を印加した。金属基板を取り出し、複合体のメラミン部分がメラミンの場合は120℃で5分間加熱乾燥した。複合体のメラミン部分が水溶性メラミン樹脂の場合は200℃で30分間加熱した。
【0034】
(酸化グラフェンの製造)
2Lナスフラスコに、硫酸720mL、グラフェンフレーク(Alfa Aesar社製)6.01g、リン酸31.1mL、KMnO436.0g(0.23mol)を順に加えた。この溶液を50℃のオイルバスで19時間加熱攪拌した。その後、これを氷浴に移し、撹拌しながら純水800mLを加え、さらに過酸化水素水を10mL加えた。デカンテーションで上澄み液を取り除き、水を400mL加えて、3000rpmで10分間遠心分離を行った。遠心分離後、上澄み液を取り除き再び純水400mLを加え、洗浄の操作を行った。さらにHCl(濃度35~37%)20mL、水:エタノール=1:1溶液(400mL)、エタノール400mL、エーテル400mLで、洗浄操作を2回行い、メンブレン(1.0μm厚)を用いたろ過を行い、得られた沈殿をデシケーターで乾燥させた。
得られた酸化グラフェンシートのサイズは等価円直径で約400μmであったが、マイクロウェーブ照射を行うことで細かく断片化することが可能である。実施例では、実験一回あたり酸化グラフェンを、25mg使用した。
【0035】
(使用した金属板)
実験に使用した金属板は、次のとおりである。
亜鉛めっき鋼板(EG):15×40×0.8mm
溶融亜鉛めっき鋼板(GI):15×40×0.8mm
Zn-11%Al-3%Mg-0.2%Siめっき鋼板(SD):15×40×0.8mm
冷間圧延鋼板(SPCC):15×40×0.8mm
銅板:15×40×0.2mm
亜鉛板:15×40×1.0mm
Alめっき鋼板:15×40×0.8mm
【0036】
(使用したメラミン類)
実験に用いたメラミンおよび各種の水溶性メラミン樹脂は、以下のとおりである。
メラミン:Melamine Monomer(東京化成工業株式会社製)
ヘキサメトキシメチル化メラミン樹脂(MeMF、官能基の概ね90%以上がメトキシメチル基であるメラミン樹脂):サイメル350(三井サイアナミッド社製)
メトキシメチル基・メチロール基混合型メラミン樹脂(Me・OHMF):サイメル370(三井サイアナミッド社製)
メトキシメチル基・ブトキシメチル基・メチロール基混合型メラミン樹脂(Me・Bu・OHMF):サイメル272(三井サイアナミッド社製)
【0037】
以下の作成手順にてGO/M懸濁液を次のように作製した。
純水50mLにメラミン(MA)と酸化グラフェン(25mg)を加え、1時間マイクロウェーブ照射を行うことで細かく断片化した酸化グラフェン-メラミン複合体の懸濁液を得た。メラミンの量を変えることで、前記酸化グラフェンとメラミンの混合比が、酸化グラフェンの固形分の質量を規準として、1:1~1:6の懸濁液を作成した。この時GO:MA=1:1から1:6と比を変えると懸濁液のpHは3.8から6.4まで変化する。尚、塩基性であるMAを加えることで、酸性のGO分散液は中和されるので、反応前のpHは高くなり、pHは緩やかに変化する。表1に示した実施例および比較例の懸濁液のpHの値は、集積開始時の初期値である。また、表1に使用した懸濁液の組成、GO濃度を示す。
【0038】
純水50mLに水溶性メラミン樹脂(MF)と酸化グラフェン(25mg)を加え、1時間マイクロウェーブ照射を行うことで細かく断片化した酸化グラフェン-メラミン複合体の懸濁液を得た。水溶性メラミン樹脂(MF)の量を変えることで、前記酸化グラフェンと水溶性メラミン樹脂(MF)の混合比が、酸化グラフェンの固形分の質量を規準として、1:5および1:20の懸濁液を作成した。この時GO:MF=1:5から1:20と比を変えると懸濁液のpHは3.3から6.4まで変化する。表1に使用した懸濁液の組成、GO濃度、初期pH値を表す。
【0039】
本発明の第1の態様
作製した懸濁液中に15×40mmに切断した金属基板を浸漬し、常温で8時間攪拌した。基板を取り出し、メラミン(MA)の場合は120℃で5分間加熱乾燥した。水溶性メラミン樹脂(MF)の場合は200℃で30分間加熱した。
【0040】
本発明の第2の態様
懸濁液中に15×40mmに切断した金属基板を下から30mmの高さまで浸漬し、白金線を対極として1~10Vの電圧を3時間印加した。基板を取り出し、メラミン(MA)の場合は120℃で5分間加熱乾燥した。水溶性メラミン樹脂(MF)の場合は200℃で30分間加熱した。
【0041】
1.皮膜形成の有無
金属基板上の皮膜形成の有無は、目視および電磁膜厚計(KETT社製)による膜厚計測にて下記の4段階の評価を行った。
◎:金属基板上への集積あり(膜厚40μm超)
○:金属基板上への集積あり(膜厚10超~40μm:原板が透けて見える)
△:金属基板上への集積あり(膜厚1~10μm:原板がかなり透けて見える)
×:金属基板上への集積なし
【0042】
2.塗膜密着性
塗膜密着性は、碁盤目エリクセン試験にて評価した。15×40mmのサンプルの評価面の中央にカッターナイフで1mm間隔100目の碁盤目を入れ、その部分を中心にエリクセンで5mm押し出し加工し、その後セロハンテープにより剥離することにより評価した。碁盤目の入れ方、エリクセンの押し出し方法、テープ剥離の方法についてはJIS-K5400.8.2、及びJIS-K5400.8.5記載の方法に準じて実施した。テープ剥離した後の碁盤目100目のうちの残存塗膜の基板目の数により下記の4段階の評価を行った。
◎:残存100目/100目(剥離無し)
○:残存80目/100目以上
△:残存10目/100目以上
×:残存10目/100目未満
【0043】
3.加工性
加工性は、T曲げ試験にて評価した。15×40mmのサンプルを、JIS G3312に準拠した方法で、15mm長さが稜線となる方向に各種加工レベルのT曲げを行い、亀裂なしが得られる限界T(10倍ルーペ観察)を調べ、下記の4段階の評価を行った。
◎:0T
○:1~2T
△:3~4T
×:5T~
【0044】
4.耐食性
耐食性は、塩水噴霧試験(SST)にて評価した。15×40mmのサンプルを、端面(4面)、表面の原板露出部(ある場合)、および裏面を塗装シールし、JIS Z2371に準拠し塩水噴霧試験(SST)を実施した。なお、サンプルはそのままの大きさでは装置内に設置できないので、50×100mmのプラスチック板の中央に、サンプルの端面(4面)が1mm以上浮いた状態となるように、スペーサーを介してサンプル裏面中央部を接着剤で一点接着し、装置内に設置した。サンプル表面の腐食状況を24時間ごとに観察し腐食開始時間を調べ、比較として同条件にて設置した処理なし基板(基板の種類は同一)の腐食開始時間と比較して、下記の4段階の評価を行った。
サンプルの腐食開始時間が処理なし基板と比較して、
◎:5倍超
○:3倍超~5倍
△:2倍超~3倍
×:2倍以下
【0045】
なお、上記の評価とは別に、EG基板上にGO/MA=1/5、印加電圧10Vの条件で形成させた塗膜について、作用極にGO/MA被覆したEG基板、参照極にAg/AgCl、対極を白金線として被膜基板のリニアスウィープボルタンメトリー(LSV)を測定し、得られたターフェルプロットから腐食電位および腐食電流密度を求めた結果、耐食性能が向上していることが電気化学的にも確認できた。
【0046】
5.放熱性
放熱性を、熱箱試験にて評価した。先ず、サンプルの塗装部分を15×30mmの大きさにシャーにて切り出したものを4枚用意し、これらを同一方向に4枚並べて端面どうしを瞬間接着剤で接着することにより、30×60mmの複合サンプル板を作製した。次に、この複合サンプル板を、図4に示すシート状ヒーターを底に設置した熱箱(断熱材を使用して作製)の上面に開けた穴(28×58mm)をふさぐ形態となるように、塗膜面を熱箱の内側に向けて設置し、投入電力10W一定の条件にてシート状ヒーターを加熱した。十分な時間放置し熱箱内の所定位置の温度が定常に達したことを確認の後、同位置の温度(熱箱内温度と呼ぶ)を測定した。比較として、同様の操作を処理なし基板(基板の種類は同一)についても行い、熱箱内温度を測定した。サンプルを使用した場合の熱箱内温度を処理なし基板の場合と比較したときの熱箱内温度の低下を下記の4段階で評価した。
◎:10℃以上低下
○:5~10℃未満
△:2~5℃未満
×:低下は2℃未満
【0047】
6.熱伝導性
熱伝導性は、熱箱試験にて評価した(上記の放熱性と同様)。先ず、サンプルの塗装部分を15×30mmの大きさにシャーにて切り出したものを4枚用意し、これらを同一方向に4枚並べて端面どうしを瞬間接着剤で接着することにより、30×60mmの複合サンプル板を作製した。次に、この複合サンプル板を、図4に示すシート状ヒーターを底に設置した熱箱(断熱材を使用して作製)の上面に開けた穴(28×58mm)をふさぐ形態となるように、塗膜面を熱箱の内側に向けて設置し、投入電力10W一定の条件にてシート状ヒーターを加熱した。十分な時間放置し熱箱内の所定位置の温度が定常に達したことを確認の後、複合サンプル板のおもて面(熱箱の内側:塗装面)の表面温度および複合サンプル板の裏面(熱箱の外側:非塗装面)の表面温度を、予め設置した熱電対にて測定した。複合サンプル板の内外表面の温度差にて、下記の4段階の評価を行った。
◎:5℃未満
○:5~10℃未満
△:10~20℃
×:20℃超
評価結果を表1に表す。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
表1,2の記号は以下のとおりである。
GO:酸化グラフェン
MA:メラミン
MeMF:ヘキサメトキシメチロールメラミン樹脂
Me・OHMF:メトキシメチル・メチロール基混合型メラミン樹脂
Me・Bu・OHMF:メトキシメチル・ブトキシメチル・メチロール基混合型メラミン樹脂
【0051】
参考例1~3は、酸化グラフェンのみを用い、メラミン類を使用しなかった例である。参考例では、EG基板上にGO-Zn複合膜が形成されたが、集積速度が遅く、複合膜形成までに、参考例1、2では膜形成に30時間かかり、参考例3のように処理時間を8時間とすると膜形成が十分でなかった(皮膜形成評価△)。
【0052】
実施例1~26は、基板にEGを使用したものである。実施例1~5では、懸濁液のGO/MAを1/1から1/6と、MA比率を上昇させるに従い、形成される皮膜の厚さが増加する傾向が見られ、それに伴い加工性、耐食性、放熱性、熱伝導性といった性能が向上する傾向が見られている。
実施例7~9は、印加電圧を付与したものである。印加電圧を付与しない実施例6と比較して、同一時間でも皮膜の形成量が増加し、塗膜の密着性やその他の性能も向上する傾向が見られる。塗膜が強固に固着するためと推察される。ただし、実施例10は負の印加電圧を与えているため、効果が見られない。
実施例11~16は水溶性メラミン樹脂MeMFを使用したものである。MAを使用した場合と比較して、塗膜密着性をはじめとする性能が全体的に向上している。これは水溶性メラミン樹脂が硬化剤として働き、加熱処理によって塗膜が強固に架橋されるためであると考えられる。
印加電圧を付与した実施例14は、印加電圧を付与しない実施例12と比較して比較的短時間で同等の性能が得られている。また、実施例15は印加電圧を付与しているが処理時間を0.5時間と短くしたため、皮膜量の形成が少なく、性能も低下傾向である。しかし、実施例16では懸濁液の濃度を倍にしたことにより、処理時間0.5時間でも皮膜量が増加し性能も向上する傾向が見られている。
実施例17~21は水溶性メラミンMe・OHMFを、実施例22~26は水溶性メラミンMe・Bu・OHMFを使用したものであり、いずれも上述の水溶性メラミン樹脂MeMFを使用した場合と同様の傾向が見られる。
次に、実施例27以降は、基板を種々変化させたものである。基板としてGI、SD、SPCC、亜鉛板、銅板を使用した場合でも、EGと同様の皮膜形成がなされている。それに対し、比較例1~4のAlめっき板では、いずれの条件においても皮膜の形成が起こっていない。
図1
図2
図3
図4