(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-15
(45)【発行日】2024-03-26
(54)【発明の名称】リン酸モノマー組成物およびその製造方法、並びに歯科用接着性組成物
(51)【国際特許分類】
C07F 9/09 20060101AFI20240318BHJP
A61K 6/30 20200101ALI20240318BHJP
C09J 4/02 20060101ALI20240318BHJP
【FI】
C07F9/09 K
A61K6/30
C09J4/02
(21)【出願番号】P 2020029126
(22)【出願日】2020-02-25
【審査請求日】2022-10-04
(73)【特許権者】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】福留 啓志
(72)【発明者】
【氏名】岸 裕人
(72)【発明者】
【氏名】森本 哲朗
【審査官】久保 道弘
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-167431(JP,A)
【文献】特開2015-067551(JP,A)
【文献】特開2001-039992(JP,A)
【文献】国際公開第2008/038651(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F 9/09
A61K 6/30
C09J 4/02
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物を含有するリン酸モノマー組成物であって、
前記(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物が、8-メタクリロイルオキシオクチルハイドロジェンホスフェート、10-メタクリロイルオキシデシルハイドロジェンホスフェート及び12-メタクリロイルオキシドデシルハイドロジェンホスフェートから選ばれる少なくとも1つの化合物であり、
該リン酸モノマー組成物中の塩化物イオン濃度が質量換算で100ppm以下であり、且つ
前記(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物1mol中に含有するpKaが5以上のアミン化合物の含有量が0.010mоl以下であるリン酸モノマー組成物。
【請求項2】
請求項1
に記載のリン酸モノマー組成物の製造方法であって、
前記(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物、塩化物イオン、pKaが5以上のアミン化合物、
テトラヒドロフラン、及び水を含む溶液に、
トルエンを添加し、
前記(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物を含む有機層と水層とを分離する分離工程、
次いで、前記分離工程で得られた有機層を塩酸、及び水で順次洗浄する洗浄工程、
を含むことを特徴とするリン酸モノマー組成物の製造方法。
【請求項3】
テトラヒドロフラン溶媒中で、(メタ)アクリル酸基を含有するアルコール化合物とオキシ塩化リンとをpKaが5以上のアミン化合物の存在下
に接触させて、(メタ)アクリル基を含有するホスホロジクロリデート化合物を含む反応液を得、
次いで得られた反応液と
、pKaが5以上のアミン化合物
及び水と、を接触させて、前記(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物、塩化物イオン、pKaが5以上のアミン化合物、
テトラヒドロフラン、及び水を含む溶液を得る請求項
2記載のリン酸モノマー組成物の製造方法。
【請求項4】
前記分離工程の有機層と水層中に含有される
テトラヒドロフランと
トルエンとの比率が、
テトラヒドロフラン1質量部に対し、
トルエンが0.25~4質量部である請求項
2に記載のリン酸モノマー組成物の製造方法。
【請求項5】
前記pKaが5以上のアミン化合物が
、脂肪族アミン化合物である請求項
2に記載のリン酸モノマー組成物の製造方法。
【請求項6】
前記洗浄工程で使用する塩酸の濃度が、0.2規定~0.6規定である請求項
2に記載のリン酸モノマー組成物の製造方法。
【請求項7】
請求項1
に記載のリン酸モノマー組成物を含む歯科用接着性組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸モノマー組成物およびその製造方法、並びに歯科用接着性組成物に関する。詳しくは長期保存安定性に優れると共に、ジルコニアに対する接着強さにも優れるリン酸モノマー組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物(長鎖リン酸モノマー)は、歯質およびジルコニアに対して高い接着性を示すため、歯科用の接着性成分として非常に有用であり、既に多くの歯科用接着材中に含まれている。しかしながら、長鎖リン酸エステル化合物を含む接着性組成物が、長期間保存されている間にゲル化が生じて性能が著しく低下するという問題があった。
【0003】
上記課題に対し、特許文献1には、有機リン酸エステル化合物中に含有するイオン性物質に着目し、電気伝導度が0.5mS/cm以下のイオン性物質の含有量が少ない有機リン酸エステル化合物が提案されており、開示されている有機リン酸エステル化合物は長期保存後もゲル化が生じないことが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らが上記特許文献1の方法に従って製造したリン酸エステル化合物を含む接着性組成物を検討したところ、長期の保存後もゲル化は生じず保存安定性は良好であることが確認されたものの、ジルコニアに対する接着強さの点で改善の余地があることが判明した。
【0006】
即ち、本発明の目的は、長期保存安定性に優れると共に、ジルコニアに対する接着強さにも優れ、歯科用接着性組成物に好適な、リン酸モノマー組成物およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題に鑑み、鋭意検討を行った。上記リン酸エステル化合物を含む接着性組成物のジルコニアに対する接着性について調査したところ、ジルコニアに対する接着性に塩化物イオンが影響を及ぼし、塩化物イオン濃度が高い場合にジルコニアへの接着性が低下すること、そして、塩化物イオンはリン酸モノマー組成物中に含有されているという知見を得た。そこで、ジルコニアに対する接着性と接着性組成物中の塩化物イオン濃度の相関について更に検討を進めた結果、リン酸モノマー組成物中に含有される塩化物イオン濃度を100ppm以下とすることで、ジルコニアに対して良好な接着性を示すことを見出し、本発明のリン酸モノマー組成物を完成させるに至った。
【0008】
さらに上記の知見を元に、本発明者らは、上記リン酸モノマー組成物の製造方法について検討を行った。該リン酸モノマー組成物は、(メタ)アクリル酸エステル基を含有するアルコール化合物にリン酸エステル化剤としてオキシ塩化リンを反応させて(メタ)アクリル基を含有するホスホロジクロリデート化合物を得、次いで(メタ)アクリル基を含有するホスホロジクロリデート化合物を加水分解することにより製造される。これらの反応において副生する塩化物イオンは、pKaが5以上のアミン化合物を添加することによって塩として捕捉し、反応後のリン酸モノマー組成物を含む反応液を水洗、或いは塩酸等の酸水溶液で洗浄することによって塩化物イオンを除去している。そこで本発明者らは、上記の洗浄における塩化物イオンの除去効果について確認したところ、これらの洗浄操作ではアミン化合物を残さずに塩化物イオンを十分に除去することができず、得られるリン酸モノマー組成物中に、塩化物イオンまたはpKaが5以上のアミン化合物が含有することが判明した。pKaが5以上のアミン化合物が含有すると、該リン酸モノマー組成物を含む歯科用接着性組成物の保存安定性が低下することから、塩化物イオン及びpKaが5以上のアミン化合物を効率的に除去する方法について検討を進めた結果、加水分解後の反応液にトルエンを加えて、環状エーテル系有機溶媒、芳香族炭化水素系有機溶媒、リン酸モノマー組成物を含む有機層と水層を分離した後に、該有機層を塩酸、及び水で順次洗浄することで塩化物イオン及びpKaが5以上のアミン化合物の双方を除去できることを見出し、本発明の製造方法を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、第一の本発明は、
(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物を含有するリン酸モノマー組成物であって、前記(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物が、8-メタクリロイルオキシオクチルハイドロジェンホスフェート、10-メタクリロイルオキシデシルハイドロジェンホスフェート及び12-メタクリロイルオキシドデシルハイドロジェンホスフェートから選ばれる少なくとも1つの化合物であり、該リン酸モノマー組成物中の塩化物イオン濃度が質量換算で100ppm以下であり、且つ前記(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物1mol中に含有するpKaが5以上のアミン化合物の含有量が0.010mоl以下であるリン酸モノマー組成物である。
【0010】
第二の本発明は、上記第一の本発明のリン酸モノマー組成物の製造方法であって、
前記(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物、塩化物イオン、pKaが5以上のアミン化合物、テトラヒドロフラン、及び水を含む溶液に、トルエンを添加し、前記(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物を含む有機層と水層とを分離する分離工程、
次いで、前記分離工程で得られた有機層を塩酸、及び水で順次洗浄する洗浄工程、
を含むことを特徴とするリン酸モノマー組成物の製造方法である。
【0011】
上記第二の本発明は以下の態様を好適に採り得る。
1)テトラヒドロフラン溶媒中で、(メタ)アクリル酸基を含有するアルコール化合物とオキシ塩化リンとをpKaが5以上のアミン化合物の存在下に接触させて、(メタ)アクリル基を含有するホスホロジクロリデート化合物を含む反応液を得、
次いで得られた反応液と、pKaが5以上のアミン化合物及び水と、を接触させて、前記(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物、塩化物イオン、pKaが5以上のアミン化合物、テトラヒドロフラン、及び水を含む溶液を得ること。
2)前記分離工程の有機層と水層中に含有されるテトラヒドロフランとトルエンの比率が、テトラヒドロフラン1質量部に対し、トルエンが0.25~4質量部であること。
3)前記pKaが5以上のアミン化合物が脂肪族アミン化合物であること。
4)前記洗浄工程で使用する塩酸の濃度が、0.2規定~0.6規定であること。
【0012】
また、第三の本発明は、第一の本発明のリン酸モノマー組成物を含む歯科用接着性組成物である。
【発明の効果】
【0013】
本発明のリン酸モノマー組成物は、塩化物イオン濃度が質量換算で100ppm以下であり、且つ電気伝導度に最も寄与するpKaが5以上のアミン化合物の含有量が(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物1molに対して0.010mоl以下とこれらの不純物の含有量が極めて低く、該モノマー組成物を歯科用接着性組成物に用いることで、保存安定性に優れると共に、ジルコニアに対する接着強さにも優れた歯科用接着組成物とすることができる。このように塩化物イオン濃度を極僅かの水準まで抑制することでジルコニアに対する接着強さに優れるという事実は本発明者等が見出した事実である。このメカニズムは必ずしも定かではないが、下記理由にあると推定している。(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物がジルコニアに対する接着強さを発現する際、分子間で長鎖アルキル鎖同士の疎水的相互作用働き、自己組織化して整列することが大きく寄与している。少量の塩化物イオンが含有されていると、この自己組織化構造を崩してジルコニアに対する接着強さを大きく低下させるのである。従って、塩化物イオンは少量である程良いが、100ppm以下であればジルコニアに対する接着強さには影響がないのだと考えられる。また、上記リン酸モノマー組成物はpKaが5以上のアミン化合物の含有量も少ないため、該モノマーを用いた歯科用接着性組成物の長期保存安定性にも優れる。
【0014】
また、本発明の製造方法によればpKaが5以上のアミン化合物の含有量及び塩化物イオン濃度が非常に低いリン酸モノマー組成物を製造することができる。従来の製造方法において、(メタ)アクリル酸エステル基を有するアルコール化合物のリン酸化の際に、オキシ塩化リンを用い、副生する塩化水素の捕捉においてpKaが5以上のアミン化合物を使用している。このため、塩化水素とアミン化合物は塩となり、水洗によって(メタ)アクリル基を含有するリン酸モノマーが溶解している有機層から分離されるはずであるが、pKaが5以上のアミン化合物は水洗のみで除去することは難しく、保存安定性が良好な水準にまでpKaが5以上のアミン化合物を除去するためには塩酸を用いて洗浄する必要がある。一方で、このようにしてpKaが5以上のアミン化合物を除去すると塩化物イオンが有機溶媒中に残存してしまい、水洗により除去する必要がある。ところが、従来の方法では、この水洗を行ってもなお、塩化物イオンが残存しており、本発明で要求される程には除去できなかった。
【0015】
一方、本発明の製造方法は、水洗時の有機溶媒を環状エーテル系有機溶媒と芳香族炭化水素系有機溶媒を主要成分として含む有機溶媒としており、塩化物イオンを本発明で要求される水準にまで除去することができる。本発明の製造方法により、pKaが5以上のアミン化合物及び塩化物イオンの双方が極僅かな水準にまで除去される理由について詳細は不明であるが、本発明者らは環状エーテル系有機溶媒と芳香族炭化水素系有機溶媒を主要成分とする混合溶媒が塩化物イオンを取り込みにくい性質を有していたのだと推測している。
【0016】
なお、本願明細書において「主要成分」とは、組成物の全量を100質量部とした場合において、特定の成分が70質量部以上含まれていることを意味する。主要成分として含まれる特定の成分は70質量部以上であれば良いが、80質量部以上が好ましく、90質量部以上がさらに好ましく、95質量部以上が最も好ましい。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、長期保存安定性とジルコニアに対する接着強さに優れる(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物を主要成分とするリン酸モノマー組成物およびその製造方法、接着性組成物に関する発明であり、それらの特徴について説明する。
【0018】
I.リン酸モノマー組成物
本発明のリン酸モノマー組成物は、含有される塩化物イオン濃度が100ppm以下、含まれるpKaが5以上のアミン化合物量が(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物1mоlに対して0.010mоl以下であることを特徴とする。前記リン酸モノマー組成物はジルコニアに対する接着性組成物に好適に用いることができる。
【0019】
((メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物)
本発明のリン酸モノマー組成物には、(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物が主要成分として含まれる。(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物としては、分子内に1つ以上の(メタ)アクリル基と1つ以上のリン酸エステル基が存在し、それらが長鎖アルキル鎖によって連結されている化合物であれば制限はないが、ジルコニアに対する接着性の観点から、分子内に含まれる(メタ)アクリル基およびリン酸エステル基の数はそれぞれ1~2であることが好ましく、それぞれ1であることがさらに好ましい。また、分子内に含まれる長鎖アルキル鎖の長さとしては、ジルコニアに対する接着性の観点から、炭素数が6~15のアルキル鎖であることが好ましく、炭素数8~12のアルキル鎖であることが好ましく、炭素数10のアルキル鎖であることが最も好ましい。また、このようなアルキル鎖は分岐があっても良いが、直鎖であることが好ましい。本発明では、好適な(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物として、8-メタクリロイルオキシオクチルハイドロジェンホスフェート、10-メタクリロイルオキシデシルハイドロジェンホスフェート及び12-メタクリロイルオキシドデシルハイドロジェンホスフェートから選ばれる少なくとも1つの化合物を使用する。
【0020】
(塩化物イオン濃度)
本発明のリン酸モノマー組成物において、該組成物中に含有される塩化物イオン濃度が、100ppm以下であることが重要である。リン酸モノマー組成物中に含有される塩化物イオン濃度はリン酸モノマー組成物や接着性組成物の保存安定性、歯質接着性には影響を与えないがジルコニアに対する接着性に大きく影響する。これらの事実は本発明者等が新たに見出した事実である。塩化物イオンの含有量を上記範囲とすることにより、該リン酸モノマー組成物を含有する歯科用接着性組成物は、ジルコニアに対する優れた接着性を発現する。ジルコニアに対する接着性の観点から、80ppm以下であると好ましく、60ppm以下であるとさらに好ましい。なお、リン酸モノマー組成物中に含有する塩化物イオン濃度は少ないほど好ましいが、塩化物イオンを除去するためのコストの観点から、含有量の下限値は10ppmが好ましい。
リン酸モノマー組成物中に含まれる塩化物イオンは、遊離して存在していても良く、塩として存在していても良い。塩化物イオン濃度の測定は、イオンクロマトグラフィーによって行うことができる。なお、電気伝導度法にて測定される値は、塩化物イオン及びその他のイオンの総イオン量が反映され、含有量からするとアンモニウムイオン(アミン化合物)の影響が大きいため好ましくない。
【0021】
(pKaが5以上のアミン化合物量)
また、本発明のリン酸モノマー組成物において、該組成物中に含有されるpKaが5以上のアミン化合物量が(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物1mоlに対して0.010mоl以下であることも重要である。上記アミン化合物の含有量を上記範囲とすることにより、該リン酸モノマー組成物を含有する歯科用接着性組成物が優れた保存安定性を発現する。上記歯科用接着性組成物の保存安定性の観点から、上記アミン化合物の含有量は、0.08mоl以下であるとさらに好ましく、0.05mоl以下であると最も好ましい。なお、リン酸モノマー組成物中に含有する上記アミン化合物は少ないほど好ましいが、上記アミン化合物を除去するためのコストの観点から、含有量の下限値は0.001ppmが好ましい。
リン酸モノマー組成物中に含有されるpKaが5以上のアミン化合物量は1H-NMRによって測定することができる。以下、本発明のリン酸モノマー組成物の製造方法について詳述する。
【0022】
II.リン酸モノマー組成物の製造方法
上記のとおり、本発明のリン酸モノマー組成物は、(メタ)アクリル酸エステル基を含有するアルコール化合物にリン酸エステル化剤としてオキシ塩化リンを反応させて(メタ)アクリル基を含有するホスホロジクロリデート化合物を得(以下、この反応工程を「リン酸化工程」とも言う)、次いで(メタ)アクリル基を含有するホスホロジクロリデート化合物を加水分解(以下、この工程を「加水分解工程」とも言う)し、分離工程、洗浄工程、溶媒留去工程を経て製造される。本発明の製造方法は、上記分離工程、洗浄工程に特徴があるが、まずは従来のリン酸化工程、加水分解工程について説明する。
【0023】
(リン酸化工程)
上記リン酸化工程では、(メタ)アクリル酸エステル基を含有するアルコール化合物とオキシ塩化リンとをpKaが5以上のアミン化合物の存在下接触させて、(メタ)アクリル基を含有するホスホロジクロリデート化合物を得る。また、pKaが5以上のアミン化合物としては、特に限定されないが、pKaが大きいほど塩化物イオンの除去効果が高いため、pKaが7以上のアミン化合物が好ましく、pKaが10以上のアミン化合物が最も好ましい。かかるアミン化合物の具体例としては、トリエチルアミン(pKa=10.75)、トリブチルアミン(pKa=9.99)等の脂肪族アミン化合物;ピリジン(pKa=5.2)等の芳香族アミン化合物が挙げられる。これらのpKaが5以上のアミン化合物の中でも脂肪族アミン化合物が好ましい。
【0024】
リン酸化工程における反応溶媒としては、反応収率の点から、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、メチルエチルエーテル、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン等のエーテル系有機溶媒が好ましく、後述する本発明の製造方法の、洗浄工程に用いる観点から本発明では、テトラヒドロフランを用いる。
【0025】
(加水分解工程)
上記リン酸化工程にて得られた(メタ)アクリル基を含有するホスホロジクロリデート化合物は、次いで加水分解を行うことにより、(メタ)アクリル基を含有するリン酸モノマーを得る。加水分解工程は、前記リン酸化工程を経た(メタ)アクリル基を含有するホスホロジクロリデート化合物を含む溶液に、pKaが5以上のアミン化合物、及び水を接触させる。pKaが5以上のアミン化合物としては上記リン酸化工程で用いたアミン化合物を用いることができる。
【0026】
前記加水分解工程により、(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物、塩化物イオン、pKaが5以上のアミン化合物、及び水を含む加水分解液を得ることができる。
【0027】
III.リン酸モノマー組成物の製造方法(本発明の製造方法)
本発明の製造方法は、リン酸モノマー組成物の製造方法であって、(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物、塩化物イオン、pKaが5以上のアミン化合物、環状エーテル系有機溶媒、及び水を含む溶液に芳香族炭化水素系溶媒を添加し、(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物を含む有機層と水層とを分離した(分離工程)後、得られた有機層を塩酸、及び水で順次洗浄する洗浄工程に特徴がある。
【0028】
(メタ)アクリル基を含有する長鎖リン酸エステル化合物、塩化物イオン、pKaが5以上のアミン化合物、環状エーテル系有機溶媒、及び水を含む溶液に芳香族炭化水素系有機溶媒を添加する。芳香族炭化水素系溶媒を添加することで、有機層と水層の相分離が生じ、有機層に前記長鎖リン酸エステル化合物及びpKaが5以上のアミン化合物が、水層に塩化物イオン(アミン化合物と塩を形成)が分離され、塩化物イオンを効率的に除去することが可能となる。ここで、芳香族炭化水素系溶媒として具体的には、トルエン、キシレン等が挙げられる。これらの芳香族炭化水素系溶媒の中でも塩化物イオンの除去効果が高い点、水と共沸混合物を形成する点で、本発明では、トルエンを用いる。
【0029】
前記有機層及び水層に含まれる環状エーテル系有機溶媒と芳香族炭化水素系有機溶媒の比率は、環状エーテル系有機溶媒1質量部に対し、前記芳香族炭化水素系有機溶媒を0.25~4質量部とすることが好ましい。
【0030】
前記方法で分離された有機層には、長鎖リン酸エステル化合物、及び、pKaが5以上のアミン化合物が含有している。そこで、該有機層からpKaが5以上のアミン化合物を除去するため有機層と塩酸とを接触させる。塩酸と接触させることにより、pKaが5以上のアミン化合物を塩として水層に分離することができる。
【0031】
添加する塩酸の濃度としては特に制限されないが、洗浄前液に含有されるpKaが5以上のアミン化合物の除去のし易さの観点から、0.2規定~0.6規定であることが好ましい。また、塩酸の量としては、有機層中の芳香族系有機溶媒1質量部に対して、0.5~2質量部の範囲で適宜設定すれば良い。塩酸との接触、洗浄の回数としては特に制限されないが、効率性の観点から1~2回が好ましく、1回が最も好ましい。洗浄方法としては特に制限されないが、塩酸添加時の衝撃を利用する方法、容器自体を動かして自転や公転させるなどの方法、液中に撹拌羽や撹拌子を入れて撹拌する方法などがあるが、製造時の効率性の観点から、液中に撹拌羽を入れて撹拌する方法が好ましい。
【0032】
水層を分離した後の有機層中には極微量の塩酸が含有される。該有機層に、水を添加し、水洗を行うことで、前記塩酸を除去することができる。用いる水としては、イオン性物質の混入を防ぐ観点から、イオン交換水や精製水、蒸留水等を用いることが好ましい。また、水の量としては、有機層中の芳香族炭化水素系有機溶媒1質量部に対して、0.5~2質量部の範囲で適宜設定すれば良い。水の添加、洗浄回数としては特に制限されないが、塩化物イオンの十分な除去および効率性の観点から2回~4回が好ましく、2回~3回がさらに好ましい。
【0033】
本発明の製造方法により、塩化物イオン濃度とpKaが5以上のアミン化合物の双方の含有量が著しく低減されたリン酸モノマー組成物を含む溶液を得ることができる。該溶液はさらに溶媒を留去すること(溶媒留去工程)で、リン酸モノマー組成物を得ることができる。
【0034】
IV.接着性組成物
本発明のリン酸モノマー組成物は、ジルコニアに対する接着性を付与するための接着性組成物に配合して利用することが好適である。この場合、接着性組成物中のリン酸モノマー組成物以外の成分については、目的に応じて適宜選択される。
【0035】
本発明のリン酸モノマー組成物を配合した接着性組成物としては、本発明のリン酸モノマー組成物と、酸性基非含有重合性単量体とを含む組成物が特に好ましい。また、上記接着性組成物には、さらに必要に応じて充填材や溶媒などが適宜含まれていてもよい。
【0036】
以下、本発明の接着性組成物で使用される成分について説明する。
【0037】
(酸性基非含有重合性単量体(酸性基非含有モノマー))
酸性基非含有重合性単量体としては、分子内に少なくとも1つのラジカル重合性不飽和基を有し、酸性基を有しないものであれば、特に限定されない。重合性の観点及び生体への安全性の観点からは、(メタ)アクリル酸エステル系の酸性基非含有重合性単量体が好適に使用される。非酸性モノマーは、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。好適に使用できる非酸性モノマーとしては、メチル(メタ)アクリレート、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2-ビス〔4-(3-メタクリロイルオキシ)-2-ヒドロキシプロポキシフェニル〕プロパン、2,2-ビス(メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンビス(2-カルバモイルオキシエチル)ジメタクリレート、1,10-デカンジオールジ(メタ)アクリレート等を挙げことができる。
【0038】
なお、本発明の接着性組成物が歯科用材料などとして使用される場合のように、接着性組成物の硬化体に、より優れた機械的強度が要求されることがある。この場合、酸性基非含有重合性単量体としては、複数のラジカル重合性基を有する二、三または四官能性ラジカル重合性単量体を用いることが好ましい。
【0039】
本発明の接着性組成物の重合性単量体成分におけるリン酸モノマー組成物と酸性基非含有重合性単量体の配合割合は、特に限定されるものではなく、たとえば歯科用材料として使用されるときの配合割合は、リン酸モノマー組成物を含む従来の歯科用材料と同様である。なお、歯科用セメントや歯科用接着剤としての用途における一般的な配合割合は、次のとおりであり、これは、本発明の接着性組成物に対しても適用される。
【0040】
そして、この接着性組成物に含まれる重合性単量体成分の組成は、重合性単量体成分の総質量を基準として、通常0.1質量%以上50質量%以下がリン酸モノマー組成物であり、残余が酸性基非含有重合性単量体とされ、好ましくは1質量%以上30質量%以下がリン酸モノマー組成物で、残余が酸性基非含有重合性単量体である。このような重合性単量体成分の組成を採用した接着性組成物では、ジルコニアに対する接着耐久性をより一層向上させることができる。
【0041】
(充填材)
本発明の接着性組成物に用いることができる充填材としては、従来の歯科材料等で使用されている無機充填材、有機充填材、有機無機複合充填材などが特に制限なく利用できる。なお、硬化体の機械的強度の観点では、無機充填材や有機無機複合充填材を使用することが好ましい。充填材は1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組合せて用いてもよい。
【0042】
充填材の形状は特に限定されず、通常の粉砕により得られる様な不定形の粒子形状を有するものであってもよいし、球状粒子であってもよい。また、充填材の平均粒径は特に限定されるものではないが、0.01μm~100μm程度が好ましく、0.1μm~50μm程度がより好ましい。
【0043】
充填材の総配合量は、目的とする用途に応じて適宜決定すればよい。中でも、歯科用材料、特に歯科用セメントに使用する場合には、歯科用セメントに含まれる重合性単量体成分100質量部に対して、65質量部以上1000質量部以下配合することが好ましい。練和性や硬化体の機械的強度の観点からは、歯科用セメントに含まれる重合性単量体成分100質量部に対して、150質量部以上400質量部以下とすることがより好ましい。
【0044】
以下、各種充填材について説明する。
【0045】
・無機充填材
本発明の接着性組成物において、特に好適に使用される無機充填材を例示すれば、各種シリカ;シリカ-チタニア、シリカ-ジルコニア等のケイ素を構成元素として含む複合酸化物;タルク、モンモリロナイト、ゼオライト、ケイ酸カルシウム等のケイ素を構成元素として含む粘土鉱物或いはケイ酸塩類(以下、これらをシリカ系フィラーと呼ぶ);フッ化イッテルビウム、フッ化イットリウム、ケイ酸塩ガラス、フルオロアルミノシリケートガラス、ランタンガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス等;を挙げることができる。これら無機充填材は、重合性単量体とのなじみを良くし、得られる硬化体の機械的強度や耐水性を向上させるために、シランカップリング剤等の表面処理剤で表面処理して使用されることもある。前記シリカ系フィラーは、化学的安定性に優れており、シランカップリング剤等での表面処理が容易である。
【0046】
・有機充填材
好適に使用できる有機充填材としては、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、メタクリル酸メチル-メタクリル酸エチル共重合体、架橋型ポリメタクリル酸メチル、架橋型ポリメタクリル酸エチル、エチレン-酢酸ビニル共重合体、スチレン-ブタジエン共重合体、アクリロニトリル-スチレン共重合体、アクリロニトリル-スチレン-ブタジエン共重合体等を挙げることができる。
【0047】
・有機無機複合充填材
有機無機複合充填材としては、酸性基非含有重合性単量体として使用し得る重合性単量体と無機充填材とを複合化させた、有機無機複合充填材が好適に使用できる。複合化方法は、特に限定されず、また、中実なものであっても、細孔を有するものであってもよい。硬化体の機械的強度の観点からは、国際公開第2013/039169号パンプレットに記載されているような、無機凝集粒子の表面が有機重合体で被覆され、且つ細孔を有する有機無機複合充填材を使用することが好ましい。
【0048】
(溶媒)
溶媒としては、公知の溶媒を用いることができる。公知の溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、エチレングリコール、テトラヒドロフラン、アセトン、ジメチルスルホキシド、N,N-ジメチルアセトアミド、水等が挙げられる。中でも、塗布性、揮発性、取扱いの容易さなどの観点から、エタノール、アセトン、水が特に好ましい。
【0049】
溶媒の総配合量は、接着性組成物の相溶性と塗布性に応じて適宜決定すればよい。中でも、接着性組成物中に含まれる重合性単量体成分100質量部に対して、10質量部以上1000質量部以下配合することが好ましく、25質量部以上500質量部以下配合することがさらに好ましく、50質量部以上100質量部以下配合することが特に好ましい。
【0050】
(重合開始材)
重合開始材としては、公知の重合開始材を用いることができる。公知の重合開始材としては、光重合開始材、化学重合開始材、熱重合開始材等が挙げられるが、簡便性の観点から光重合開始材や化学重合開始材が好適に用いられる。光重合開始材としては、カンファーキノンと第三級芳香族アミン化合物を組み合わせなどの水素引き抜き型やアシルホスフィンオキサイドなどの自己開裂型の光重合開始材が挙げられる。化学重合開始材としては、酸化剤、還元剤、必要に応じて遷移金属化合物を組み合わせた化学重合開始材が挙げられる。
【0051】
(塩化物イオン濃度)
塩化物イオンはリン酸モノマー組成物以外の重合性単量体や添加剤から接着性組成物中に混入する場合がある。本発明の接着性組成物に含有される塩化物イオン濃度は、リン酸モノマー組成物に対して100ppm以下が好ましく、80ppm以下がさらに好ましく、60ppm以下が最も好ましい。
【0052】
(pKaが5以上のアミン化合物量)
pKaが5以上のアミン化合物はリン酸モノマー組成物以外の重合性単量体や添加剤から接着性組成物中に混入する場合がある。本発明の接着性組成物に含有されるpKaが5以上のアミン化合物は、リン酸モノマー組成物1mоlに対して0.010mоl以下であると好ましく、0.08mоl以下であるとさらに好ましく、0.05mоl以下が最も好ましい。なお、重合開始材の成分としてpKaが5以上のアミン化合物を使用することがあるが、その場合においても接着性組成物中に含まれるpKaが5以上のアミン化合物の含有量は前記範囲内である必要がある。
【0053】
(その他の添加剤)
本発明の接着性組成物では、上述した成分以外にも、必要に応じてその他任意の成分を更に組み合わせて用いてもよい。このような任意な成分としては、重合禁止剤、顔料、染料、着色剤、粘度調整剤等が挙げられる。
【実施例】
【0054】
以下に本発明を、実施例を挙げて説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものでは無い。
【0055】
1.使用した物質の略称
まず、以下に、各実施例および各比較例に使用した物質の略称について説明する。
【0056】
((メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物)
MОP;8-メタクリロイルオキシオクチルハイドロジェンホスフェート
MDP;10-メタクリロイルオキシデシルハイドロジェンホスフェート
MDDP;12-メタクリロイルオキシドデシルハイドロジェンホスフェート
【0057】
(その他の成分)
HEMA;2-ヒドロキシエチルメタクリレート
BisGMA;2,2-ビス〔4-(3-メタクリロイルオキシ)-2-ヒドロキシ
プロポキシフェニル〕プロパン
3G;トリエチレングリコールジメタクリレート
CQ;カンファーキノン
DMBE;ジメチル安息香酸エチル
BHT;ジブチルヒドロキシトルエン。
【0058】
(溶媒)
THF;テトラヒドロフラン
Toluene;トルエン
Et2O;ジエチルエーテル
【0059】
2.pKaが5以上のアミン化合物量の評価
リン酸モノマー組成物を重DMSOに溶解したサンプルを、核磁気共鳴装置(JNM-ECA400II、JEOL RESONANCE社製)を用いてプロトンNMRを測定し、(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物特有のピーク及び脂肪族アミン化合物特有のピークの積分値から、(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物1mоlに対するpKaが5以上のアミン化合物の含有量(mоl)を算出した。
【0060】
3.塩化物イオン濃度の評価
リン酸モノマー組成物から水に塩化物イオンを抽出した後、カートリッジカラム(OnGurd II RP、DIONEX社製)を通して有機物成分を除去し、イオンクロマト分析装置(DX-120、DIONEX社製)を用いて塩素含有量を測定し、リン酸モノマー組成物中の塩化物イオン濃度を算出した。
【0061】
4.電気伝導度の評価
1gのリン酸モノマー組成物に9gのメタノールを添加して完全に溶解させることでサンプルを調製した。このサンプルを用いて電気伝導度計(HORIBA NAVI、堀場製作所製)で電気伝導率を測定し、リン酸モノマー組成物の電気伝導度とした。
【0062】
5.実施例1~6および比較例1~9
実施例1~6および比較例1~9の条件で接着性組成物を得て、評価を行った。
【0063】
(実施例1)
<接着性組成物の調製>
以下に示す成分を混合し、完全に溶解して均一になるまで撹拌することで接着性組成物を得た。なお、実施例1で用いたリン酸モノマー組成物の主要成分である(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物はMDPである。また、リン酸モノマー組成物中に含有されるpKaが5以上のアミン化合物はトリエチルアミンであり、その含有量は(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物1mоlに対して0.006mоlである。さらに、リン酸モノマー組成物中の塩化物イオン濃度は、60ppmであった。なお、接着性組成物を調製する工程において、pKaが5以上のアミン化合物の添加や塩素系化合物の添加は無かったため、接着性組成物中においてもリン酸モノマー組成物に対するpKaが5以上のアミン量および塩化物イオン量は同じである。
【0064】
・リン酸モノマー組成物:10質量部
・HEMA:20質量部
・BisGMA:42質量部
・3G:28質量部
・CQ:0.2質量部
・DMBE:0.4質量部
・BHT:0.05質量部
・エタノール:100質量部
・水:10質量部
【0065】
(ジルコニアに対する接着強さの測定)
ジルコニア「TZ-3Y-E焼結体」(東ソー社製、10×10×3mm)の被着平面を、#1500の耐水研磨紙で研磨後に、イオン交換水で超音波洗浄後(5分間×2回)、乾燥した。このジルコニア平面に圧縮空気を吹き付けて乾燥させた後、直径3mmの円孔の開いた厚さ180μmの両面テープを固定し、接着面積を規定した。続いて、研磨面のうち両面テープの穴から露出している接着面に接着性組成物を塗布し、5秒間エアブローして乾燥させた後、可視光線照射器(トクソーパワーライト、株式会社トクヤマ製)を用い、光照射20秒による光硬化を行った。次いで、直径8mmの穴が設けられた厚み0.5mmのパラフィンワックスを、パラフィンワックスの穴と、両面テープの穴とが同心円となるように歯科用接着性組成物が塗布された接着面に貼り付けて模擬窩洞を作製した。この模擬窩洞に歯科用コンポジットレジン(エステライトΣクイック、トクヤマデンタル社製)を充填してポリエステルフィルムで軽く圧接した後、可視光線照射器(トクソーパワーライト、株式会社トクヤマ製)を用い、光照射10秒による光硬化を行った。その後、あらかじめ研磨したSUS304製丸棒(直径8mm、高さ18mm)をレジンセメント(ビスタイトII、トクヤマデンタル社製)で接着した。この試験サンプルを37℃の水中にて24時間浸漬した後、水温5度の水槽と、水温55度の水槽とに、それぞれ30秒間ずつ交互に浸漬する熱衝撃処理を1セットとし、これを5000回繰り返し実施した。その後、万能試験機(AG-I型、島津製作所社製)を用いてクロスヘッドスピード1mm/mmの条件で荷重を開始し、測定サンプルが破断するまで試験サンプルに荷重を加え、最大荷重から下記式(1)を用いて接着強さを求めた。
【0066】
・式(1);接着強さ(MPa)=最大荷重(N)/被着面積(mm2)。
なお、当試験において、25MPa以上の接着強さを高い接着強さと判断した。
【0067】
(保存安定性の評価)
調製した接着性組成物を遮光容器に入れて50℃のインキュベーターに保存し、粘度が上昇してゲル化が生じるまでの日数を測定した。400日間以上ゲル化しないことが、実使用する上で良好な保存安定性であるかを判断する基準とした。
【0068】
(接着強さおよび保存安定性の評価結果)
ジルコニアに対する接着強さは32.5MPaと高い接着強さを示し、ゲル化が生じるまでの日数は400日以上と良好な保存安定性を示した。
【0069】
(実施例2~6、比較例1~9)
使用するリン酸モノマー組成物を表1に示すものに変更したことを除いて、実施例1と同様に接着性組成物を調製し、接着強さ及び保存安定性の評価を行った。結果は表1に記載の通りであった。
【0070】
【0071】
(実施例2~6の評価結果)
実施例2~6の条件も、実施例1と同様に、ジルコニアに対する高い接着強さ、良好な保存安定性を示すことが判った。
【0072】
(比較例1~9の評価結果)
これらの比較例は、リン酸モノマー組成物中のpKaが5以上のアミン化合物量が多い、あるいは、塩化物イオン濃度が高い例であり、保存安定性、あるいは接着強さが不十分であった。また、電気伝導度とpKaが5以上のアミン化合物量との相関は確認できたが、電気伝導度と塩化物イオン濃度との相関は確認できなかった。
【0073】
(製造実施例1)
(10-メタクリロイルオキシデシルハイドロジェンホスフェートの製造)
オキシ塩化リン82.8g(0.54mol)とテトラヒドロフラン710gの混合溶媒を、メカニカルスターラーと滴下漏斗をセットしたフラスコに入れ、0℃に冷却した。(メタ)アクリル酸基を有するアルコール化合物である10-ヒドロキシデシルメタクリレート108.9g(0.45mol)とトリエチルアミン54.5g(0.54mol)とテトラヒドロフラン710gの混合溶液を滴下漏斗に入れ、撹拌しながら上記の混合溶液に1時間かけて滴下し、反応混合物を得た。
【0074】
上記反応混合物を1時間撹拌し、一次反応液を得た。この一次反応液に蒸留水1420gとトリエチルアミン90.9g(0.9mol)の混合溶液に撹拌しながら滴下した。滴下後さらに2時間撹拌することで二次反応液を得た。
【0075】
この二次反応液を分液漏斗に移した後、トルエン1420gを添加すると二層に分かれたので、分液漏斗下部に設置されている流路を開放することで下層の水層のみ分離除去し、洗浄前液を得た。さらに、分液漏斗内に残っている、この洗浄前液に0.4N塩酸150mlを添加し、しっかりと混合した後に、再び分液漏斗下部に設置されている流路を開放することで下層の水層のみ分離除去した。次いで、同様にイオン交換水150mlを分液漏斗内に添加し、しっかりと混合した後に、分液漏斗下部に設置されている流路を開放することで下層の水層のみ分離除去する水洗工程を3回繰り返した。最後に、上層のリン酸モノマー組成物を含む有機溶媒層から有機溶媒及び水を減圧留去することでリン酸モノマー組成物を得た。
【0076】
(製造実施例1の評価結果)
pKaが5以上のアミン化合物量は(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物1mоlに対して0.004mоlであり、塩化物イオン濃度は60ppmと、pKaが5以上のアミン化合物および塩化物イオンを十分に除去できていることがわかった。
【0077】
(製造実施例2~9、製造比較例1~4)
製造するリン酸モノマー組成物中に主成分として含まれる、(メタ)アクリル基を有する長鎖リン酸エステル化合物の種類、洗浄前工程における洗浄前液と水中に含まれる溶媒の各条件を表2に示すものに変更した以外は、製造実施例1同様にして製造を行い、pKaが5以上のアミン化合物量および塩化物イオン濃度を評価した。結果は表2に示す通りであった。
【0078】
【0079】
(製造実施例2~9の評価結果)
製造実施例2~8の条件も、製造実施例同様に得られたリン酸モノマー組成物中に含まれるpKaが5以上のアミン化合物量が十分に少なく、塩化物イオン濃度が十分に低いことが判った。
【0080】
(製造比較例1~4の評価結果)
これらの製造比較例は、洗浄前工程における洗浄前液と水中に含まれる溶媒が、環状エーテル系有機溶媒と芳香族炭化水素系有機溶媒の混合溶媒でないか、塩酸洗浄がない条件であり、pKaが5以上のアミン化合物量が多いか、塩化物イオン濃度が高いリン酸モノマー組成物が得られることが判った。