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特許7455378自転車用チェーン、これを備えた自転車、及び自転車用チェーンの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-15
(45)【発行日】2024-03-26
(54)【発明の名称】自転車用チェーン、これを備えた自転車、及び自転車用チェーンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16G 13/06 20060101AFI20240318BHJP
   F16G 13/02 20060101ALI20240318BHJP
   B62M 9/00 20060101ALI20240318BHJP
   C23C 18/52 20060101ALI20240318BHJP
   C23C 8/20 20060101ALI20240318BHJP
   C23C 10/12 20060101ALI20240318BHJP
【FI】
F16G13/06 C
F16G13/02 G
F16G13/06 E
F16G13/06 B
B62M9/00 C
C23C18/52 A
C23C8/20
C23C10/12
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020139921
(22)【出願日】2020-08-21
(65)【公開番号】P2022035527
(43)【公開日】2022-03-04
【審査請求日】2023-02-28
(73)【特許権者】
【識別番号】512093930
【氏名又は名称】和泉チエン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076406
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 勝徳
(74)【代理人】
【識別番号】100117097
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 充浩
(74)【代理人】
【識別番号】100171941
【弁理士】
【氏名又は名称】辻 忠行
(72)【発明者】
【氏名】松永 鷹之
(72)【発明者】
【氏名】平岡 幸男
【審査官】木原 裕二
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-295600(JP,A)
【文献】特開2002-293275(JP,A)
【文献】特開2008-019923(JP,A)
【文献】特開2006-132637(JP,A)
【文献】特開平07-197999(JP,A)
【文献】特開2015-071803(JP,A)
【文献】特開2007-298056(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16G 13/06
F16G 13/02
B62M 9/00
C23C 18/52
C23C 8/20
C23C 10/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内リンクと外リンクを交互に連結して構成され、
前記内リンクは、前後にブシュ嵌合孔を有する一対の内プレートと、前記ブシュ嵌合孔に両端を嵌合されて前記一対の内プレートを連結する一対の円筒状のブシュと、前記一対のブシュにそれぞれ外嵌される一対の円筒状のローラとを備え、
前記外リンクは、前後にピン嵌合孔を有する一対の外プレートと、前記ブシュに挿通された状態で前記ピン嵌合孔に両端を嵌合されて前記一対の外プレートを連結する前後一対の丸棒状のピンとを備えた自転車用チェーンであって、
前記ピンは、表面が硬化処理層を有し、
前記ブシュの内周面及び両端面は、表面に固体潤滑剤を含む高摺動層を有し、前記ブシュの外周面は、前記ブシュ嵌合孔に嵌合する部分が母材表面からなり、
前記ピンの硬化処理層の前記ピン嵌合孔に嵌合する部分、及び前記ブシュの前記母材表面が研磨されており、
前記ピンの表面の硬化処理層が浸炭処理層、バナジウム処理層、又はクロマイジング処理層であることを特徴とする自転車用チェーン。
【請求項2】
前記ブシュの高摺動層は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、または窒化ホウ素(BN)の粒子を分散させた無電解Ni‐P複合めっき層からなり、厚さ0.5μm以上10μm以下である請求項1に記載の自転車用チェーン。
【請求項3】
前記内プレートの表面は、中心線平均粗さRaが0.2μm未満にまで母材が研磨されている請求項1、又は請求項2に記載の自転車用チェーン。
【請求項4】
前記ピンは、表面のビッカース硬度が900Hv以上で、かつ中心線平均粗さRaが0.1μm未満である請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の自転車用チェーン。
【請求項5】
前記外プレート、及び/または前記ローラの全表面に、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、または窒化ホウ素(BN)の粒子を分散させた無電解Ni‐P複合めっき層、またはダイアモンドライクカーボン層からなる高摺動層を有し、
当該高摺動層の厚さは、0.2μm以上10μm以下である請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の自転車用チェーン。
【請求項6】
前記ブシュの前記内プレートに対する嵌合力が、440N以上である請求項1に記載の自転車用チェーン。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載された自転車用チェーンを備えた自転車。
【請求項8】
請求項1に記載の自転車チェーンの製造方法であって、前記ブシュの全面に高摺動層を設けたのち、前記ブシュの外周面を母材が露出するまで研磨する自転車チェーンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、摩擦抵抗の低減を目的として高摺動性の表面処理を施した自転車用チェーンに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ロードバイクやマウンテンバイク等に用いられる自転車用チェーンは、ギヤに加えた力を効率よく後輪へ伝達するため、グリスや潤滑油を使用したり、高摺動性のめっきを施したりして、摩擦力の低減がなされている(例えば、特許文献1、2、3参照)。
【0003】
特許文献1のチェーンは、ブシュの円筒内周面に設けた多孔質層にフッ素樹脂を含侵させて、ブシュに挿通されて摺回動するピンの外周面にフッ素樹脂含有ニッケルめっき層を設けて、ブシュとピンの間の摺動性を高めるものである。
【0004】
また、特許文献2の摺動部材は、摺動めっき層と基材の間に中間めっき層を設けることで摺動めっき層を剥がれにくくして、摺動めっき層により多くの固定重滑剤を含有するようにしている。
【0005】
また、特許文献3の摺動部材では、摺動めっき層に固体潤滑剤よりも硬い硬質粒子を含めることで、固定潤滑剤の摩耗を抑制するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2002-295600号公開公報
【文献】特開2015-71803号公開公報
【文献】特開2015-92009号公開公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1乃至特許文献3のチェーンのように、高摺動性のめっき等により摺動性を高めたものは、ブシュと内プレートの嵌合力が低下し、チェーンの屈曲不良を起こすという問題がある。また、ピンと外プレートの嵌合力が低下する、すなわち構造体としての強度が低下すると、チェーンが分解する可能性がある。
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、高摺動性を確保しながら、各部材間の嵌合力の低下を抑制し、嵌合力の低下に起因した屈曲不良や分解といった問題を解消した、すなわち低い駆動抵抗と高い構造強度を兼備した自転車用チェーンの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するためになされた発明は、内リンクと外リンクを交互に連結して構成され、前記内リンクは、前後にブシュ嵌合孔を有する一対の内プレートと、前記ブシュ嵌合孔に両端を嵌合されて前記一対の内プレートを連結する一対の円筒状のブシュと、前記一対のブシュにそれぞれ外嵌される一対の円筒状のローラとを備え、前記外リンクは、前後にピン嵌合孔を有する一対の外プレートと、前記ブシュに挿通された状態で前記ピン嵌合孔に両端を嵌合されて前記一対の外プレートを連結する前後一対の丸棒状のピンとを備えた自転車用チェーンであって、前記ピンは、表面が硬化処理層を有し、前記ブシュの内周面及び両端面は、表面に固体潤滑剤を含む高摺動層を有し、前記ブシュの外周面は、前記ブシュ嵌合孔に嵌合する部分が母材表面からなり、前記ピンの硬化処理層の前記ピン嵌合孔に嵌合する部分、及び前記ブシュの前記母材表面が研磨されており、前記ピンの表面の硬化処理層が浸炭処理層、バナジウム処理層、又はクロマイジング処理層であることを特徴とする自転車用チェーンである。
ここで、「母材表面からなる」とは、全面が母材表面からなるものに限らず、その一部
が母材表面でないようなものも含むものとする。
【0009】
このように、本発明の自転車用チェーンは、ピンの外周面に高摺動性を有するめっき層を設けず、研磨した硬化処理層を施すことで、外プレートに対するピンの嵌合力を高めることができ、さらには印加される応力についても高い強度を持つことができることからスムースな力の伝達が可能になる。
また、ブシュ外周面のブシュ嵌合孔に嵌合する部分を母材表面とすることで、内プレートに対するブシュの嵌合力を高めることができる。
また、ブシュの内周面、および両端面に高摺動層を設けるとともに、ピン表面に研磨した硬化処理層を設けたことで、ピン表面に高摺動性を有するめっき層を設けなくても、ブシュのピンに対する摺動性と、ブシュの外プレートに対する摺動性を高めることができる。
なお、嵌合部が母材表面ではなく、高摺動性の表面処理層が存在したままで、組立後にブシュ端面を締鋲することによって嵌合力を確保する方法もあるが、本発明は、そのような工程を採用することなく、高い嵌合力を保持できる。
【0010】
また、ピンおよびブシュの外周面が研磨されていることで、ピンと外プレート、及びブシュと内プレートの嵌合力をより高めるともに、ピンに対するブシュの摺動性をより高めることができる。
【0011】
前記ブシュの高摺動層は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、または窒化ホウ素(BN)の粒子を分散させた無電解Ni‐P複合めっき層からなり、厚さ0.5μm以上10μm以下であることが好ましい。
このように、硬質めっき層の形成を無電解で行うことで、めっきのつきまわり性を向上できる。
また、潤滑性を有する固体粒子を、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、または窒化ホウ素(BN)とすることで、高摺動層の耐久性と摺動性を高めることができる。
【0012】
前記内プレートの表面が研磨される場合、中心線平均粗さRaが0.2μm未満にまで母材が研磨されていることが好ましい。こうすることで、内プレートと外プレートの間の摺動性や、内プレートとローラとの摺動性を高めることができる。
【0013】
前記ピンは、表面のビッカース硬度が900Hv以上で、かつ中心線平均粗さRaが0.1μm未満であることが好ましい。ピン表面のビッカース硬度を900Hv以上とすることで、高強度と同時にピン変形による嵌合力低下を防ぐことができる。また、ピン表面の中心線平均粗さRaを0.1μm未満とすることで、ピンとブシュの間の摺動性をより効果的に高めることができる。
【0014】
前記外プレート、及び/または前記ローラの全表面に、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、または窒化ホウ素(BN)の粒子を分散させた無電解Ni‐P複合めっき層、またはダイアモンドライクカーボン層からなる高摺動層を有し、当該高摺動層の厚さは、0.2μm以上10μm以下であることが好ましい。
かかる高摺動層により、チェーンの摺動性をより効果的に高めることができる。
【0015】
前記ブシュの前記内プレートに対する嵌合力は、440N以上であることが好ましい。こうすることで、自転車用チェーンの屈折不良を抑制できる。
【0016】
本発明は、上記いずれかの自転車用チェーンを備えた自転車を含む。
【0017】
本発明は、前記ブシュの全面に高摺動層を設けたのち、前記ブシュの外周面を母材が露出するまで研磨する自転車チェーンの製造方法を含む。こうすることで、ブシュの内面、及び両端面に高摺動層を有し、外周面が母材表面まで研磨されたブシュを容易に製造することができる。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明の自転車用チェーンによれば、高摺動性を確保しながら、嵌合部の嵌合力を高めて屈折不良を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一の実施形態に係る自転車用チェーンを側面視で示す部分断面図である。
図2図1の平面図である。
図3図1の自動車用チェーンの分解斜視図である。
図4図1に示したブシュの模式的縦断面図である。
図5図1に示したローラの模式的縦断面図である。
図6図1に示したピンの模式的縦断面図である。
図7図1の外プレートのピン嵌合孔周辺を模式的に示した部分断面図である。
図8】(a)従来品と(b)実施例1について、チェーン回転時に要する仕事量を比較して示したヒストグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、適宜図面を参照しながら、本発明の実施形態について詳述する。ただし、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
図1図2は、本発明の一の実施形態に係る自転車用チェーン100を示している。自転車用チェーン100は、炭素鋼やステンレス鋼等の金属から形成され、内リンク10と外リンク20を交互に多数連結したのち、連結リンク30で輪状に連結されている。自転車用チェーン100は、例えば、JISD9417に基づいて製作される。
【0021】
内リンク10は、図1から図3に示すように、前後にブシュ嵌合孔1a、1aを有する一対の内プレート1,1と、ブシュ嵌合孔1a、1aに両端を嵌合されて一対の内プレート1,1を連結する一対の円筒状のブシュ2,2と、一対のブシュ2,2にそれぞれ外嵌される一対の円筒状のローラ3,3とを備えている。
尚、本明細書において、チェーンの連結方向を前後方向というものとする。
【0022】
外リンク20は、図1から図3に示すように、前後にピン嵌合孔5a,5aを有する一対の外プレート5,5と、ブシュ2に挿通された状態でピン嵌合孔5a,5aに両端を嵌合されて一対の外プレート5,5を連結する前後一対の丸棒状のピン4,4とを備えている。
【0023】
内プレート1は、例えば、機械構造用の炭素鋼でC量が0.42~0.48%程度であるS45C、あるいは同等の機械特性を有する鋼材から形成される。内プレート1は、前後方向を長手方向とし、平面視で中央がくびれた略ひょうたん型をなす板状部材からなり、くびれの前後に一対の円形貫通孔からなるブシュ嵌合孔1a,1aを有している。内プレート1は、嵌合孔1a,1aの内周面を含む全表面が、αアルミナや珪砂等のメディアを用いたバレル研磨(いわゆる共磨き、あるいは白磨き)により、中心線平均粗さRaが、0.15μm未満となるよう母材が研磨されている。
【0024】
ブシュ2は、例えば、Cr-Mo合金鋼であるSCM415、あるいは同等の機械特性を有する鋼線材を冷間鍛造した円筒状部材からなる。一対の内プレート1,1の前後一対のブシュ嵌合孔1a,1aに、一対のブシュ2,2の両端をそれぞれ嵌合することで、井桁状の内リンク10が形成される。
ブシュ2は、図4に示すように、一旦全面に高摺動性の無電解Ni-P分散めっき層(分散粒子例:ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、または窒化ホウ素(BN))からなる高摺動層2aを施したのち、内周面21、及び両端面22,22の高摺動層は残すようにして、外周面23のみ高摺動層2aがセンタレス研磨により研磨して取り除かれた場合の例を示している。この例では、母材まで研磨がなされている。
【0025】
高摺動層2aの厚さは、0.5μm以上10μm以下が好ましい。高摺動層2aの厚さが0.5μm未満であると十分な摺動性を得られない虞があり、10μmを超えると高摺動層について十分な強度が得られず、短時間で高摺動層に割れが入ることがあり推奨されない。
ブシュ2の外周面は、中心線平均粗さRaが0.15μm未満であることが好ましい。中心線平均粗さRaが0.15μm以上であると、ブシュ2と内プレート1の嵌合力が十分に得られないことがあり推奨されない。
【0026】
ローラ3は、例えば、冷間圧延鋼板であって引張強度270N/mm2以上、C量0.15%以下、Mn量0.60%以下、P量0.100%、S量0.035%以下のものを巻回して形成される。ローラ3は、図5に示すように、全面に潤滑性を有する固体粒子を分散させた硬質Ni‐P複合めっき層を厚さ0.2μm以上10μm以下、好ましくは0.5μm以上10μm以下備える。硬質めっき層の形成は、つきまわり性の観点で無電解が好ましい。また、潤滑性を有する固体粒子は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、または窒化ホウ素(BN)、あるいは同等の潤滑性を有する固体粒子から選択される。
【0027】
ピン4は、例えば、C量0.95%以上、Cr量1.30%以上の高炭素クロム鋼であるSUJ2などの特殊鋼を用い、丸棒状に形成されている。ピン4は、図6に示すように、表面に硬化処理層4aを有し、外周面においては、硬化処理層4aの表面にアルミナ研磨による研磨処理が施されている。
硬化処理層4aは、母材表面の硬度を高めるものであれば特に限定されず、浸炭処理層、バナジウム処理層、またはクロマイジング処理層等が挙げられ、クロマイジング処理層が、研磨後に表面粗度を小さくできるため好ましい。
【0028】
外プレート5は、内プレート1同様、例えば、機械構造用の炭素鋼でC量が0.42~0.48%程度であるS45C、あるいは同等の機械特性を有する鋼材より形成され、前後方向を長手方向とし、平面視で中央がくびれた略ひょうたん型をなす板状部材からなり、前後に一対の円形貫通孔からなるピン嵌合孔5a,5aを有している。外プレート5は、図7に示すように、ピン嵌合孔5a,5aの内周面を含め、全面に潤滑性を有する固体粒子を分散させた硬質Ni‐P複合めっき層を厚さ0.2μm以上10μm以下、好ましくは0.5μm以上10μm以下備える高摺動層5bが設けられている。硬質めっき層の形成は、つきまわり性の観点で無電解が好ましい。また、潤滑性を有する固体粒子は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、または窒化ホウ素(BN)、あるいは同等の潤滑性を有する固体粒子から選択される。
【0029】
以下、本発明の試験例について説明する。ただし、本発明は、以下の試験例の結果により限定されるものではない。
<外プレートの試験例>
(比較例1)
外プレート、及び内プレートをS45C相当の機械構造用の炭素鋼から、ピンをSUJ2相当の高炭素クロム合金鋼から、ブシュをSCM415相当のCr-Mo合金鋼から、ローラを引張強度270N/mm2以上の冷間圧延鋼板から形成し、これら各部品には表面処理を行わずにチェーンを組み立てた。このチェーンをグリス等の潤滑油を塗らずに自転車の動きを模す様にその位置を再現したリングとコグに装着し、加わるトルクにより電流・電圧を制御するよう構成されたサーボモータ(Keyence製)により回転させ、回転開始初期5分間についての回転中の電力(W)を測定し、これを動摩擦抵抗値の基準値(=10)とした。
リングの歯車数は一例として54、コグの歯車数は一例として14とした。
サーボモータは、実際の自転車駆動の状態を模擬するため、150~500Wが印加されるように電流・電圧を制御した。
【0030】
(試験例1)
比較例1と同様に形成した外プレート、内プレート、ピン、ブシュ、及びローラの各部品のうち、外プレートの全表面に無電解Ni―P/PTFE複合めっきを0.1μmの厚さで施し、他の部品には表面処理を行わず、これらを用いて組み立てたチェーンについて、グラス等を塗らず、比較例1同様に電力(W)を測定し、比較例1の電力(W)を10とした場合の比を試験例1の動摩擦抵抗値とした。
【0031】
(試験例2から試験例13)
外プレートの表面処理方法、およびめっき厚を表1に示したように変更したほかは、試験例1と同様にして動摩擦抵抗値を算出した。 表1に比較例1、及び試験例1乃至13の結果を示す。尚、以下の表において、PTFE、PFA、BNは、それぞれ、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、窒化ホウ素(BN)を分散粒子とする無電解Ni―P複合めっきのことを示す。
【表1】
【0032】
表1の結果から、チェーンの各パーツに施す無電解Ni―P/PTFE複合めっきの厚さは、0.2μm以上10μm以下、特に0.5μm以上10μm以下が動摩擦抵抗と使用時の強度が優れる点で好ましいことが分かった。
また、PFAや球状黒鉛を分散粒子としたNi-P複合めっき、DLCコーティングは、使用環境を模擬した摺動条件においては十分な強度や低い動摩擦抵抗が得られないことがわかった。
【0033】
<内プレートの試験例>
(試験例14)
比較例1と同様に形成した各部品のうち、内プレートを共磨き(白磨き)し、他の部品は表面処理を行わず、試験用チェーンを組み立てた。これを用いて試験例1と同様に動摩擦抵抗値を算出した。また、内プレートの表面の複数個所について中心線平均粗さRaを測定した。その結果を表2に示す。
【0034】
(試験例15)
内プレートの表面処理を一般的な電解研磨液を用いて電解研磨を行った他は、試験例14と同様にして組み立てた試験用チェーンの動摩擦係数を測定し、内プレート表面の複数個所について中心線平均粗さRaを測定した。
【0035】
(試験例16)
表1の実施例に相当する表面処理(無電解Ni-P分散めっき)を行った内プレート表面を研磨した後にエアーブラスト処理した他は、試験例14と同様にして組み立てた試験用チェーンの動摩擦係数を測定し、内プレート表面の複数個所について中心線平均粗さRaを測定した。
【0036】
(比較例2)
表1の比較例1の内プレートを用い、表面の複数個所について中心線粗さRaを測定した。
結果を表2に示す。
【0037】
【表2】
【0038】
表2の結果から、中心平均粗さRaが0.2μm未満のものが動摩擦係数を低く制御する点で好ましいことがわかった。内プレートの表面処理の方法として、電解研磨は、水素脆化によると推察される強度低下がみられること、中心線平均粗さRaが、本発明の範囲を超えて大きくなる手法、例えば、本検討ではエアーブラストは、好ましくないことが分かった。
【0039】
<ピンの試験例>
(試験例17)
比較例1のピンと同じロットで形成したピンの表面にガス浸炭法で浸炭処理を行ったのち油焼き入れを行い、センタレス研磨を行ったピンを試験例17として示す。表面の複数個所で、ビッカース硬度と、中心線平均粗さRaを、ピン表面の複数個所で計測した。
【0040】
(試験例18、試験例19)
表面処理の方法をバナジウム処理、クロマイジング処理とした他は、試験例17と同様にして試験を行った。
【0041】
結果を表3に示す。複数回の試験を行ったものについては、中心線平均粗さRaを数値範囲として示す。
【表3】
【0042】
表3の結果から、ピンの表面処理方法として、研磨後の表面硬度と中心線平均粗さに優れる点で、クロマイジング処理後に研磨を行うことが好ましい。また、ビッカース硬度は900Hv以上が好ましく、中心線平均粗さRaは、0.1μm未満が好ましい。
【0043】
<ブシュの試験例>
(比較例3)
比較例1と同様に形成したブシュと内プレートを用い、ブシュを内プレートの嵌合孔へはめ込んだ後に引き抜く際に必要な力(嵌合力)を、東京衝機試験機製圧縮強さ試験機を用いて測定した。
【0044】
(比較例4)
ブシュとして、全面に無電解Ni―P/PTFE複合めっき(表4:全面PTFEと表記、以下同じ)を施したものを用いたほかは、比較例3と同様にして嵌合力を測定した。めっきの厚さが3から5μmの範囲の複数のブシュを用いて測定を行った。
【0045】
(試験例20)
ブシュとして、全面に無電解Ni―P/PTFE複合めっきを施したのち、ブシュ外面のめっき層表面をセンタレス研磨したほかは、比較例3と同様にして嵌合力を測定した。
【0046】
(試験例21)
ブシュとして、外周面以外の全面に無電解Ni―P/PTFE複合めっきを施した。外周面は研磨した。比較例3と同様にして嵌合力を測定した。
【0047】
(試験例22)
ブシュとして、全面に無電解Ni―P/BN複合めっきを施したのち(表4:BNと表記)、ブシュ外面のめっき層表面をセンタレス研磨したほかは、比較例3と同様にして嵌合力を測定した。
【0048】
比較例3、4、及び試験例20乃至22の結果を表4に示す。数値に幅があるのは、複数の試験を行ったことによる。
【表4】
【0049】
表4の結果から、ブシュに無電解Ni-P/PTFE複合めっきを施す場合は、外周面以外の箇所を被覆すること、あるいは全面を被覆した後、母材まで研磨することで、ブシュと内プレートの嵌合力を高められることが分かった。
これにより、チェーンの構造強度を向上させ屈曲不良を抑制できる。
【0050】
<チェーン試験例>
(比較例5)
成型後、熱処理してアルカリ洗浄を行う従来品の標準処理を行った各部品を用いて組み立てたチェーンにグリス(JXTGエネルギー FBKオイルR032)を塗布し、比較例1と同様にして動摩擦抵抗値を測定した。また、比較例3と同様にしてブシュの嵌合力を測定した。
【0051】
(比較例6)
ローラ、外プレート、内プレート、及びブシュに二硫化モリブデンを固体潤滑剤として塗布し、ピン表面にはクロマイジング処理を施して、比較例3と同様にして、ブシュ嵌合力を測定し、比較例1と同様にして、動摩擦抵抗値を測定した。
(比較例7)
チェーン各部品の内、ローラ、外プレート、内プレート、及びブシュの全面に厚さ平均で約2μmで無電解Ni-P/PTFE複合めっき(表5:PTFEと表記、以下同じ)を施し、ピン表面に試験例13と同様のクロマイジング処理と研磨処理を施したほかは、比較例6と同様にして、動摩擦抵抗値とブシュ嵌合力を測定した。
【0052】
(実施例1)
内プレートは全面バレル研磨(白磨き)を行い、ブシュは、全面に無電解Ni-P/PTFE複合めっきを施したのち、外周面のみを研磨処理した(H処理)ものを用いた。その他は、比較例6と同様にして、ブシュ嵌合力と動摩擦抵抗値を測定した。
【0053】
(実施例2)
外周面を含む全面に無電解Ni-P/PTFE複合めっきを行った後、外周面のみめっきが剥離するまで研磨処理を施したものを用いた。
その他は、実施例1と同様にして、ブシュ嵌合力と動摩擦抵抗値を測定した。
【0054】
(実施例3)
内プレートは全面バレル研磨(白磨き)を行い、ブシュは、全面に無電解Ni-P/BN複合めっきを施したのち、外周面のみを研磨処理した(H処理)ものを用いた。その他は、実施例1と同様にして、ブシュ嵌合力と動摩擦抵抗値を測定した。
【0055】
結果を表5に示す。摩擦抵抗値は比較例4との電力(W)の差により評価した。表5中のPTFEは、全面に無電解Ni-P/PTFE複合めっきを施したことを示し、Moは、二硫化モリブデンを塗布したことを示す。
【表5】
【0056】
表5の結果から、ローラ、及び外プレートは、無電解Ni-P/PTFE複合めっきを施し、内プレートに白磨きを施し、ピンは、クロマイジング処理の後、その表面に特殊研磨仕上げを行い、ブシュは、外周面以外の全面を無電解Ni-P/PTFE複合めっきで被覆したもの、あるいは外周面を含む全面に無電解Ni-P/PTFE複合めっきを行った後、外周面のみめっきが剥離するまで研磨処理を施したものを用いることで、二硫化モリブデンを固体潤滑剤として用いる場合と同等の動摩擦抵抗値が得られることが分かった。
【0057】
<従来品との比較>
(比較例8)
ブシュを強度270N/mm2以上を有する冷延鋼板を巻回して形成した他は、各部品を比較例1と同様の構成として組み立てた従来品のチェーンを、比較例1と同様のリングとコグに装着した。これを、モータに500Wの電力を印加して20分間回転させ、1秒ごとの電力を測定した。測定は、同様に形成したチェーン5本について行った。5本のチェーンで測定された1秒ごとの測定結果を、まとめて図8(a)のヒストグラムに示す。
【0058】
(実施例4)
5本のチェーンとして、試験例17と同じチェーンを用いた他は、比較例5と同様にしてチェーン回転時の電力を測定した。5本のチェーンで測定された1秒ごとの測定結果を、まとめて図8(b)のヒストグラムに示す。
【0059】
比較例8と実施例4の結果より、ローラと外プレートには無電解Ni-P/PTFE複合めっきを施し、内プレートには白磨きを施し、ピンにはクロマイジング処理ののち表面特殊研磨仕上げを施し、ブシュには、H処理を施した本発明に係るチェーンは、従来品に比べて、動摩擦抵抗が低下し、伝達性が向上することがわかった。
また、表5および図8に示す本発明実施例によるチェーンは、電動バイクまたは電動アシストバイクなど電動モータによる駆動または駆動アシスト機能を有する機器に採用した場合、電力消費量を大きく削減することができ、電動による航続距離や電動アシスト可能距離を長く保つことに貢献する。また、低電力消費となるため、搭載する電池の小型化にも寄与できる。
【0060】
本発明の自転車用チェーンは、上記の実施形態に限らず、例えば、ピン表面の硬化処理層は、クロマイジング処理や浸炭処理、バナジウム処理以外の処理により設けてもよい。ブシュ内周面や端面のめっき処理は、PTFEや窒化ホウ素を分散配置した無電解Ni-Pめっきに限らず、他の高摺動層であってもよい。ブシュの外周面や内プレートは、母材研磨面でなくともよい。
ブシュ内周面の高摺動層の厚さは、0.5μm未満であってもよいし10μmを超えてもよい。内プレート表面の中心線平均粗さRaは、0.15μm以上であってもよい。ピンは、表面のビッカース硬度が1000Hv未満であってもよいし、中心線平均粗さRaが0.1μm以上であってもよい。
【符号の説明】
【0061】
10 内リンク
20 外リンク
1a ブシュ嵌合孔
1 内プレート
2 ブシュ
2a 内周面
2b 両端面
2c 高摺動層
2d 外周面
3 ローラ
4 ピン
4a 硬化処理層
4b 硬化処理後研磨面
5 外プレート
5a ピン嵌合孔
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8