(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-15
(45)【発行日】2024-03-26
(54)【発明の名称】発酵乳の製造方法および発酵乳の香味の増強方法
(51)【国際特許分類】
A23C 9/123 20060101AFI20240318BHJP
C12Q 1/689 20180101ALN20240318BHJP
C12Q 1/686 20180101ALN20240318BHJP
【FI】
A23C9/123
C12Q1/689 Z ZNA
C12Q1/686 Z
(21)【出願番号】P 2019204636
(22)【出願日】2019-11-12
【審査請求日】2022-11-04
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.2019年9月12日 www.itoen.co.jp/news/detail/id=25397、www.itoen.co.jp/products/detail.php?id=2610、www.itoen.co.jp/products/detail.php?id=2611 にて発表 2.2019年9月12日 ニュースリリースにて発表 3.2019年9月23日 全国で販売
(73)【特許権者】
【識別番号】591014972
【氏名又は名称】株式会社 伊藤園
(73)【特許権者】
【識別番号】506108789
【氏名又は名称】チチヤス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100108855
【氏名又は名称】蔵田 昌俊
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100179062
【氏名又は名称】井上 正
(74)【代理人】
【識別番号】100153051
【氏名又は名称】河野 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100199565
【氏名又は名称】飯野 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100162570
【氏名又は名称】金子 早苗
(72)【発明者】
【氏名】石橋 信宏
(72)【発明者】
【氏名】福島 武
(72)【発明者】
【氏名】原田 温子
(72)【発明者】
【氏名】夢川 琢也
(72)【発明者】
【氏名】太田 志穂
(72)【発明者】
【氏名】竹本 正治
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 真悟
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-205481(JP,A)
【文献】国際公開第2016/186151(WO,A1)
【文献】特開2001-120178(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0000101(US,A1)
【文献】Schleifer, K H., et al.,Transfer of Streptococcus lactis and Related Streptococci to the Genus Lactococcus gen. nov.,System. Appl. Microbiol.,1985年,Vol.6,p.183-195
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳原料を含む原料混合物を調製すること、
前記原料混合物に、乳酸菌として少なくとも、ラクトコッカス・クレモリス及びラクトコッカス・ラクティスからなる2種のラクトコッカス属菌
と、ラクトバチルス属菌およびストレプトコッカス属菌からなる群から選ばれる1種又は2種以上とを添加すること、および
前記乳酸菌を29℃~35℃で7.0時間~17.0時間培養し、前記乳原料を発酵させること
を含む、発酵乳の製造方法。
【請求項2】
前記発酵乳に含まれる培養後の前記ラクトコッカス・クレモリスの菌数が、前記発酵乳1ml当たり、5.0×10
7~7.0×10
8であり、培養後の前記ラクトコッカス・ラクティスの菌数が、前記発酵乳1ml当たり、1.0×10
7~5.0×10
8である、請求項1に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項3】
前記ラクトバチルス属菌が、ラクトバチルス・ヘルベティカス、ラクトバチルス・ブルガリクス、およびラクトバチルス・カゼイ及びラクトバチルス・アシドフィルスからなる群から選択される乳酸菌であり、前記ストレプトコッカス属菌がストレプトコッカス・サーモフィルスで
ある、請求項
1又は2に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項4】
前記発酵乳に含まれる培養後の前記ラクトバチルス属菌の菌数が、前記発酵乳1ml当たり、1.0×10
8~9.0×10
8であり、
前記発酵乳に含まれる培養後の前記ストレプトコッカス属菌の菌数が、前記発酵乳1ml当たり、8.0×10
8~1.0×10
9で
ある、請求項
1~3の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項5】
前記発酵乳に含まれる培養後の前記ラクトバチルス属菌の菌数に対する培養後の前記2種のラクトコッカス属菌の合計菌数の比率(ラクトコッカス属菌/ラクトバチルス属菌)が、0.1~10.0である、請求項
1~4の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項6】
前記原料混合物に、乳酸菌としてビフィドバクテリウム属菌から選ばれる1種又は2種以上をさらに添加する、請求項1~5の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項7】
前記ビフィドバクテリウム属菌が、ビフィドバクテリウム・ラクティス、ビフィダム、ロンガム、およびインファンティスからなる群から選択される乳酸菌である、請求項6に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項8】
前記発酵乳に含まれる培養後の前記ビフィドバクテリウム属菌の菌数が、前記発酵乳1ml当たり、2.0×10
6
~7.0×10
6
である、請求項6又は7に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項9】
前記発酵乳に含まれる培養後の前記ビフィドバクテリウム属菌の菌数に対する培養後の前記2種のラクトコッカス属菌の合計菌数の比率(ラクトコッカス属菌/ビフィドバクテリウム属菌)が0.8~40.0である、請求項
6~8の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項10】
前記発酵乳に含まれる培養後の前記乳酸菌の総菌数が、前記発酵乳1ml当たり、1.0×10
8~1.0×10
10である、請求項1~
9の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項11】
前記原料混合物に含まれる少なくとも一部の乳糖を、乳糖分解酵素を用いて分解することを更に含む、請求項1~
10の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項12】
前記原料混合物が酵母抽出物を更に含有する、請求項1~
11の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項13】
前記発酵乳に含まれる無脂乳固形分が1.0~15.0質量%である、請求項1~
12の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項14】
前記発酵乳のpHが3.90~5.00である、請求項1~
13の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項15】
酸味を抑制しつつ複雑で濃厚な香味を発酵乳に付与する発酵乳の香味の増強方法であって、
乳原料の発酵に使用する乳酸菌として、少なくとも、ラクトコッカス・クレモリス及びラクトコッカス・ラクティスからなる2種のラクトコッカス属菌
と、ラクトバチルス属菌およびストレプトコッカス属菌からなる群から選ばれる1種又は2種以上とを選択すること、および
乳原料を、前記2種のラクトコッカス属菌を用いて、29℃~35℃で7.0時間~17.0時間発酵させること
を含む、発酵乳の香味の増強方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵乳の製造方法、発酵乳、発酵乳製品、および発酵乳の香味の増強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発酵乳を使用した発酵乳製品、特にヨーグルト製品は、日本においても健康食品として広く認知されている。現在では嗜好性や飲食シーンの多様化により、ヨーグルト製品に求められる香味は多種多様となっている。
【0003】
発酵乳製品に用いられる中温性乳酸菌としてラクトコッカス・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris),ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis),ロイコノストック・クレモリス(Leuconostoc mesenteroides subsp. cremoris)等が知られている。例えばロイコノストック・クレモリスをスターターとして用いて発酵した発酵乳製品として、一般にフィンランドのヴィリ、スウェーデンのラングフィル、ノルウェーのテッテ、コーカサスのケフィール等が知られている。これらは独特の強いチーズ風味があり、また粘性が強いことによって滑らかな食感があるものとされる。また我国でもラクトコッカス・クレモリスを主発酵菌としてこれに酢酸菌を併用することによって、同様にチーズ風味と強い粘性を有する所謂カスピ海ヨーグルトが知られている。この場合、チーズ風味と粘性による食感が上記諸外国のものより比較的日本人の嗜好に適合し易いものとされて人気がある。
【0004】
特許文献1では、乳酸菌として上述したラクトコッカス・クレモリス、ラクトコッカス・ラクティス及びロイコノストック・クレモリスから選択される中温性乳酸菌のみをスターターとして用いたものは、発酵乳製品の保存中にチーズ臭が次第に強くなり、チーズ風味の変化が激しい傾向が顕著に見られることなどを問題点として指摘している(段落[0004]等)。同文献ではこの問題点を解決し、保存中も安定した穏やかなチーズ香を呈し、日本人の嗜好に適合したチーズ風味の発酵乳製品を提供するために(段落[0005]等)、上述した3種の中温性乳酸菌から選択される乳酸菌を、高温性乳酸菌であるストレプトコッカス・サーモフィラス(Streptococcus thermophilus)と併用することを提案している(特許請求の範囲、等)。
【0005】
また、ラクトコッカス属菌と他の乳酸菌とを併用した発酵乳製品として、特許文献2では、ビフィズス菌の生残性が高く、ホエイの栄養価とビフィズス菌の機能を十分に有する多機能のホエイ発酵飲料を提供するために、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属菌とラクトコッカス属菌とを併用することを提案している(特許請求の範囲、等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第3645898号公報
【文献】特開2012-105577号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した通り、現在ではユーザーにおける嗜好性や飲食シーンの多様化により、ヨーグルト製品などの発酵乳製品に求められる香味は多種多様となっている。本発明では、市販の発酵乳製品のライトな味わいや、単調で複雑さのない味わいに飽きや物足りなさを感じている発酵乳製品のヘビーユーザーに着目した。特許文献1に開示の技術により、一般的な日本人の嗜好に適合した発酵乳製品が得られたとしても、また、特許文献2に開示の技術により、多機能性の発酵乳製品が得られたとしても、濃厚さと味の複雑さを兼ね揃えた発酵乳製品を求めるヘビーユーザーを必ずしも満足させるものではない。一方、濃厚な味わいを出すために、乳酸菌による発酵を促進させることが考えられるが、この場合は酸味が過剰になるという新たな問題が生じ得る。
【0008】
本発明は、上記実情に鑑み開発されたものであり、酸味を抑制しつつ、ヘビーユーザー向けの濃厚で複雑な香味を有する発酵乳の製造方法、発酵乳、及び発酵乳製品を提供することを目的とする。また、本発明は、酸味を抑制しつつ、ヘビーユーザー向けの複雑で濃厚な香味を付与するための発酵乳の香味の増強方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の実施形態に係る発明(以下において、「本実施形態」という。)は、以下の通りである。
[1] 乳原料を含む原料混合物を調製すること、
上記原料混合物に、乳酸菌として少なくとも、ラクトコッカス・クレモリス及びラクトコッカス・ラクティスからなる2種のラクトコッカス属菌を添加すること、および
上記乳酸菌を29℃~35℃で7.0時間~17.0時間培養し、上記乳原料を発酵させること
を含む、発酵乳の製造方法。
【0010】
[2] 上記発酵乳に含まれる培養後の上記ラクトコッカス・クレモリスの菌数が、上記発酵乳1ml当たり、5.0×107~7.0×108であり、培養後の上記ラクトコッカス・ラクティスの菌数が、上記発酵乳1ml当たり、1.0×107~5.0×108である、[1]に記載の発酵乳の製造方法。
【0011】
[3] 上記原料混合物に、乳酸菌として、ラクトバチルス属菌、ストレプトコッカス属菌及びビフィドバクテリウム属菌からなる群から選ばれる1種又は2種以上をさらに添加する、[1]又は[2]に記載の発酵乳の製造方法。
【0012】
[4] 上記ラクトバチルス属菌が、ラクトバチルス・ヘルベティカス、ラクトバチルス・ブルガリクス、ラクトバチルス・カゼイ及びラクトバチルス・アシドフィルスからなる群から選択される乳酸菌であり、上記ストレプトコッカス属菌が、ストレプトコッカス・サーモフィルスであり、上記ビフィドバクテリウム属菌が、ラクティス、ビフィダム、ロンガム、インファンティスからなる群から選択される乳酸菌である、[3]に記載の発酵乳の製造方法。
【0013】
[5] 上記ラクトバチルス属菌を添加する場合、上記発酵乳に含まれる培養後の上記ラクトバチルス属菌の菌数が、上記発酵乳1ml当たり、1.0×108~9.0×108であり、上記ストレプトコッカス属菌を添加する場合、上記発酵乳に含まれる培養後の上記ストレプトコッカス属菌の菌数が、上記発酵乳1ml当たり、8.0×108~1.0×109であり、上記ビフィドバクテリウム属菌を添加する場合、上記発酵乳に含まれる培養後の上記ビフィドバクテリウム属菌の菌数が、上記発酵乳1ml当たり、2.0×106~7.0×106である、[3]又は[4]に記載の発酵乳の製造方法。
【0014】
[6] 上記ラクトバチルス属菌を添加する場合、上記発酵乳に含まれる培養後の上記ラクトバチルス属菌の菌数に対する培養後の上記2種のラクトコッカス属菌の合計菌数の比率(ラクトコッカス属菌/ラクトバチルス属菌)が、0.1~10.0である、[3]~[5]の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【0015】
[7] 上記ビフィドバクテリウム属菌を添加する場合、上記発酵乳に含まれる培養後の上記ビフィドバクテリウム属菌の菌数に対する培養後の上記2種のラクトコッカス属菌の合計菌数の比率(ラクトコッカス属菌/ビフィドバクテリウム属菌)が0.8~40.0である、[3]~[6]の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【0016】
[8] 上記発酵乳に含まれる培養後の上記乳酸菌の総菌数が、上記発酵乳1ml当たり、1.0×108~1.0×1010である、[1]~[7]の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【0017】
[9] 上記原料混合物に含まれる少なくとも一部の乳糖を、乳糖分解酵素を用いて分解することを更に含む、[1]~[8]の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【0018】
[10] 上記原料混合物が酵母抽出物を更に含有する、[1]~[9]の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【0019】
[11] 上記発酵乳に含まれる無脂乳固形分が1.0~15.0質量%である、[1]~[10]の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【0020】
[12] 上記発酵乳のpHが3.90~5.00である、[1]~[11]の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法。
【0021】
[13] [1]~[12]の何れか1項に記載の発酵乳の製造方法により得られる発酵乳。
【0022】
[14] [13]に記載の発酵乳を含む発酵乳製品。
【0023】
[15] 酸味を抑制しつつ複雑で濃厚な香味を発酵乳に付与する発酵乳の香味の増強方法であって、
乳原料の発酵に使用する乳酸菌として、少なくとも、ラクトコッカス・クレモリス及びラクトコッカス・ラクティスからなる2種のラクトコッカス属菌を選択すること、および
乳原料を、上記2種のラクトコッカス属菌を用いて、29℃~35℃で7.0時間~17.0時間発酵させること
を含む、発酵乳の香味の増強方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、酸味を抑制しつつ、ヘビーユーザー向けの濃厚で複雑な香味を有する発酵乳の製造方法、発酵乳、及び発酵乳製品を提供することが可能となった。また、本発明により、酸味を抑制しつつ、ヘビーユーザー向けの複雑で濃厚な香味を付与するための発酵乳の香味の増強方法を提供することが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本実施形態について説明する。
特許文献1に開示された発酵乳の製造方法は、特定の中温性の乳酸菌と特定の高温性の乳酸菌とを併用することを要旨とするものであり、具体的に開示された乳酸菌の組み合わせは、中温性のラクトコッカス・クレモリスと高温性のストレプトコッカス・サーモフィラスの組み合わせのみである(実施例1及び実施例2)。また、特許文献2に開示された発酵乳の組み合わせは、ビフィドバクテリウム属菌とラクトコッカス属菌であり、具体的に開示された乳酸菌の組み合わせは、ビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)とラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis)のみである。本発明者等による鋭意研究により、特許文献1及び2に開示された上記乳酸菌の併用によっては、所望とする濃厚で複雑な香味を有する発酵乳は得らないことが明らかとなった。
【0026】
そして、本発明者等による更なる鋭意研究により、スターターとして、ラクトコッカス・クレモリス及びラクトコッカス・ラクティスという特定の2種のラクトコッカス属菌の存在下、乳原料を、特定温度で特定時間発酵させることが、酸味を抑制しつつ、ヘビーユーザー向けの複雑で濃厚な香味を有する発酵乳を得るために、極めて重要な技術的意義を有することが見出され、本発明を完成するに至ったものである。
【0027】
すなわち、本実施形態に係る発酵乳の製造方法は、乳原料を含む原料混合物を調製する原料混合物の調製工程、上記原料混合物に、乳酸菌として少なくとも、ラクトコッカス・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)及びラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis)を添加する乳酸菌添加工程、および上記乳酸菌を、29℃~35℃で7.0時間~17.0時間培養し、上記乳原料を発酵させる発酵工程を含む。本実施形態に係る発酵乳の製造方法は、加熱殺菌工程、乳糖分解工程、及び冷却工程の一つ以上を更に含んでいてよい。
【0028】
本明細書中、発酵乳とは、乳原料を含む混合物中で乳酸菌を培養した発酵物をいい、乳等省令により定められている発酵乳、乳製品乳酸菌飲料、乳酸菌飲料などのいずれであってもよい。発酵乳の一例としてヨーグルトが挙げられ、ヨーグルトは、セットタイプヨーグルトやソフトタイプヨーグルトであってもよいし、ドリンクタイプタイプヨーグルトであってもよい。また、本発明によって製造された発酵乳を、フローズンヨーグルトやチーズの材料として用いることも可能である。また、発酵乳製品とは、上記発酵乳をそのまま、あるいはそれらに希釈またはシロップ添加等の加工処理を施した後、容器に充填・包装したもののことである。
【0029】
本実施形態に係る発酵乳の製造方法に含まれる各工程について以下に説明する。
<原料混合物の調製工程>
本実施形態において調製される原料混合物に含まれる原料は、発酵乳を製造するために必要な原料であり、少なくとも乳原料を含む。乳原料としては、生乳、全脂乳、脱脂乳、ホエイ、クリーム等が挙げられ、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を用いてもよい。原料混合物には、必要に応じて、酵母抽出物等が更に含まれていてもよい。原料混合物は、公知の方法に従って調製することができ、一形態において、水に脱脂乳等の少なくとも一種の乳原料、および必要に応じて添加される酵母抽出物等を溶解することにより調製される。原料混合物は、一形態において、最終的に得られる発酵乳の無脂乳固形分率(Solids Not Fat;SNF)が1.0~15.0質量%となるよう調整されることが好ましく、SNFが8.0~14.0質量%となるよう調整されることがより好ましい。
【0030】
<加熱殺菌工程>
本実施形態に係る発酵乳の製造方法は、一形態において、原料混合物の調製工程後に加熱殺菌工程を更に含んでもよい。加熱殺菌工程は、原料混合物を加熱して殺菌する工程である。加熱温度及び加熱時間は、例えば、原料混合物の雑菌を殺菌できる程度に調整して決定されることができ、一形態において、加熱温度は、85℃~95℃であってよく、加熱時間は、20分~30分であってよい。本実施形態において、加熱殺菌工程には、公知の方法を用いることができる。例えば、加熱殺菌工程では、プレート式熱交換器、チューブ式熱交換器、スチームインジェクション式加熱装置、スチームインフュージョン式加熱装置、通電式加熱装置などによって加熱処理を行えばよく、ジャケット付のタンクによって加熱処理を行ってもよい。
【0031】
<乳糖分解工程>
本実施形態に係る発酵乳の製造方法は、他の形態において、原料混合物に含まれる少なくとも一部の乳糖を、乳糖分解酵素を用いて分解する工程を更に含んでもよい。
【0032】
乳糖分解工程では、調製された原料混合物に乳糖分解酵素を添加することにより、原料混合物に含まれる少なくとも一部の乳糖を分解する。乳糖は、乳原料に由来して原料混合物に含まれている。乳糖分解酵素としては、例えば、ラクターゼを挙げることができる。ラクターゼは、乳糖を分解して、グルコースとガラクトースとを生成する。添加されるラクターゼの至適pHが中性領域又は酸性領域であれば、添加されるラクターゼの種類は特に限定されない。例えば、市販されているラクターゼを原料混合物に添加することができる。
【0033】
本実施形態に係る乳酸菌の製造方法が、加熱殺菌工程と乳糖分解工程とを含む場合、加熱殺菌工程は、乳糖分解工程の前に行ってもよいし、乳糖分解工程の後に行ってもよい。加熱殺菌工程が乳糖分解工程の前に行われる場合、後述する発酵工程において、乳糖分解酵素による乳糖の分解が発酵工程中にも継続されるため、発酵乳における乳糖濃度をさらに低減することができる。また、乳糖分解酵素の原料混合物への添加は、2種のラクトコッカス属菌が原料混合物に添加されるタイミングまでに行われることが好ましく、一形態において、乳糖分解酵素と2種のラクトコッカス属菌とを同時に原料混合物に添加してもよい。
【0034】
ラクターゼが添加された原料混合物を、例えば5℃以上50℃以下の温度範囲で保持することにより、ラクターゼによる乳糖の分解を促進させることができる。上述した通り、加熱殺菌工程後に乳糖分解工程が行われる場合、ラクターゼによる乳糖の分解は、乳酸菌スターターを原料混合物に添加した後においても継続する。
【0035】
乳酸菌分解酵素による乳糖の分解は、発酵終了の時点で、発酵乳における乳糖濃度が0.86質量%以下となるまで行われることが好ましく、0.43質量%以下となるまで行われることがより好ましく、0質量%となるまで行われることが更に好ましい。
【0036】
<乳酸菌添加及び発酵工程>
本実施形態に係る発酵乳の製造方法では、上述した原料混合物に、ラクトコッカス・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)及びラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis)からなる2種のラクトコッカス属菌を添加する。ラクトコッカス・クレモリス及びラクトコッカス・ラクティスの菌株は市販されており、一般に入手可能である。
【0037】
発酵工程において、乳原料の発酵は、29.0℃~35.0℃の発酵促進温度域に保持しながら7.0時間~17.0時間行われる。この発酵促進温度域及び発酵時間は、酸味を抑制しつつ、濃厚で複雑な香味を有する発酵乳を得る観点から、上記2種のラクトコッカス属菌を併用することと技術的に密接な関連性を有するものである。上記発酵促進温度域は、一形態において、30℃~32℃であることが好ましい。また、上記発酵時間は、一形態において、10時間~12時間であることが好ましい。
【0038】
ラクトコッカス・クレモリス及びラクトコッカス・ラクティスの原料混合物への添加量の比率は、菌数比(コロニー形成単位(FCU)の比)で、ラクトコッカス・クレモリス:ラクトコッカス・ラクティス=3:4~5:1であってよく、1:1~4:1であってよく、2:1~3:1であってよい。酸味を抑制しつつ、濃厚で複雑な香味を有する発酵乳を得る観点からこのような比率が好ましい。
【0039】
本実施形態では、スターターとして上記2種のラクトコッカス属菌に加え、他の乳酸菌を更に添加してもよい。上記2種のラクトコッカス属菌と併用することが好ましい他の乳酸菌として、ラクトバチルス属菌、ストレプトコッカス属菌及びビフィドバクテリウム属菌からなる群から選ばれる乳酸菌が挙げられる。
【0040】
上記ラクトバチルス属菌としては、ラクトバチルス・ヘルベティカス(Lactobacillus helveticus)、ラクトバチルス・ブルガリクス(Lactobacillus bulgaricus)、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)、及びラクトバチルス・アシドフィルス(Lactobacillus acidophilus)からなる群から選択される乳酸菌が挙げられ、上記ストレプトコッカス属菌としては、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)が挙げられ、上記ビフィドバクテリウム属菌としては、ビフィドバクテリウム・ラクティス(Bifidobacterium lactis)、ビフィドバクテリウム・ビフィダム(Bifidobacterium bifidum)、ビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)、及びビフィドバクテリウム・インファンティス(Bifidobacterium infantis)からなる群から選択される乳酸菌が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上の乳酸菌を更に添加することができる。
【0041】
原料混合物への乳酸菌の添加方法は特に制限されず、菌末の状態で添加することも、カルチャー(培養物)の状態で添加することもできる。菌末とは、菌を適当な培地で生育させ、遠心分離により分離後、凍結乾燥保護剤と混合してから凍結乾燥し、乾燥品を粉砕後、必要に応じて倍散剤と混合して得られる粉末状の製品である。カルチャーとは、菌を適当な培地で生育させて得られる液状組成物である。
【0042】
一形態において、ラクトコッカス・クレモリスの原料混合物への添加量は、発酵乳に含まれる培養後のラクトコッカス・クレモリスの菌数が、発酵乳1ml当たり、好ましくは5.0×107~7.0×108、より好ましくは5.0×107~5.0×108、さらに好ましくは5.2×107~2.0×108となるよう適宜調整される。
【0043】
一形態において、ラクトコッカス・ラクティスの原料混合物への添加量は、発酵乳に含まれる培養後のラクトコッカス・ラクティスの菌数が、発酵乳1ml当たり、好ましくは1.0×107~5.0×108、より好ましくは1.5×107~2.0×108、さらに好ましくは2.0×107~1.0×108となるよう適宜調整される。
【0044】
上記2種のラクトコッカス属菌に加え、上記ラクトバチルス属菌を添加する場合、一形態において、ラクトバチルス属菌の原料混合物への添加量は、発酵乳に含まれる培養後のラクトバチルス属菌の菌数が、発酵乳1ml当たり、好ましくは1.0×108~9.0×108、より好ましくは1.5×108~7.0×108となるよう適宜調整される。また、他の形態において、ラクトバチルス属菌の原料混合物への添加量は、発酵乳に含まれる培養後のラクトバチルス属菌の菌数に対する、培養後の上記2種のラクトコッカス属菌の合計菌数の比率(ラクトコッカス属菌/ラクトバチルス属菌)が、好ましくは0.1~10.0、より好ましくは0.5~3.0となるよう適宜調整される。後掲の表2において、ラクトコッカス属菌/ラクトバチルス属菌=Lc/Lbと表記する。
【0045】
また、上記2種のラクトコッカス属菌に加え、上記ストレプトコッカス属菌を添加する場合、一形態において、ストレプトコッカス属菌の原料混合物への添加量は、発酵乳に含まれる培養後のストレプトコッカス属菌の菌数が、発酵乳1ml当たり、好ましくは8.0×108~1.0×109、より好ましくは9.0×108~9.5×108となるよう適宜調整される。
【0046】
また、上記2種のラクトコッカス属菌に加え、上記ビフィドバクテリウム属菌を添加する場合、一形態において、ビフィドバクテリウム属菌の原料混合物への添加量は、発酵乳に含まれる培養後のビフィドバクテリウム属菌の菌数が、発酵乳1ml当たり、好ましくは2.0×106~7.0×106、より好ましくは2.5×106~6.5×106となるよう適宜調整される。また、他の形態において、ビフィドバクテリウム属菌の原料混合物への添加量は、発酵乳に含まれる培養後のビフィドバクテリウム属菌の菌数に対する上記2種のラクトコッカス属菌の合計菌数の比率(ラクトコッカス属菌/ビフィドバクテリウム属菌)が、好ましくは0.8~40.0、より好ましくは1.0~35.0となるよう適宜調整される。後掲の表2において、ラクトコッカス属菌/ビフィドバクテリウム属菌=Lc/Bbと表記する。
【0047】
一形態において、上記2種のラクトコッカス属菌を含む乳酸菌の原料混合物への添加量の合計は、発酵乳に含まれる培養後の乳酸菌の総菌数が、発酵乳1ml当たり、好ましくは1.0×108~1.0×1010、より好ましくは1.0×109~4.0×109となるよう適宜調整される。
【0048】
また、本実施形態に係る発酵乳の製造方法により得られる発酵乳は、一形態において、10℃におけるpHが3.90~5.00となるよう調整されることが好ましい。
【実施例】
【0049】
以下、本実施形態をさらに詳細に説明する。
<発酵乳の製造例>
実施例1
水に、脱脂粉乳および酵母エキスを添加して溶解し、以下の組成の原料混合物を得た。次いで、得られた原料混合物を90℃で20分間殺菌した。加熱殺菌後の原料混合物に対し、0.03質量%のラクターゼ(GODO-YNL;合同酒精社製)と、表1に記載の乳酸菌(何れもクリスチャンハンセン社製)を同表に記載の配合量で添加し、30℃で10時間培養した。その後、10℃以下に冷却することにより、発酵乳を得た。尚、表1に記載の乳酸菌の菌数は、乳酸菌1ml当たりの菌数を示す。
【0050】
[原料混合物組成(原料混合物100g当たり)]
脱脂粉乳(明治脱脂粉乳;明治乳業社製) 13g
SK酵母エキスHi-KC(T)(日本製紙社製) 0.2g
水 86.8g
【0051】
実施例2~実施例9、比較例1~比較例9
実施例1の発酵乳の製造方法に対し、添加する乳酸菌の種類又は配合量、もしくは発酵温度又は発酵時間を表1に示す条件に変更した以外は、実施例1と同様の条件及び手段により、実施例2~実施例9、比較例1~比較例9の各発酵乳を得た。
【0052】
表1に示す発酵前後(培養前後)における乳酸菌の菌数の測定方法、得られた発酵乳の無脂乳固形分率(SNF)およびpHの測定方法は、以下の通りである。
【0053】
<乳酸菌の菌数の測定方法>
本発明における各種乳酸菌の菌数の測定方法は、リアルタイムPCRによって計測して得られた値である。
まず、各単一菌種を含む培養液を2等分し、一方を寒天培地に播種し、生菌数を測定した。もう一方の培養液を下記に記載の方法によってDNAを抽出することで、菌数既知のDNAサンプルを得た(スタンダード)。また、各実施例及び比較例の発酵前後それぞれのサンプルからも同様の方法によってDNAを抽出した。
まず、培養液から200μlまたは各サンプルから50μl回収し、遠心分離(12000rpm、5分、4℃)を行った後、上清を除去した。その後、TENバッファー(20mM Tris-HCl pH8.0、5mM EDTA pH8.0、140mM NaCl)を1.0ml添加して懸濁した。遠心分離(12000rpm、5分)を行い、上清を除去した後、TENバッファーを140μl、100mg/mlリゾチーム溶液を60μl添加して懸濁し、恒温槽にて37℃で90分インキュベートした。その後、10% SDS溶液を20μl添加し、軽く攪拌してから100μlのTE飽和フェノールおよび100μlのクロロホルムを添加して激しく攪拌した。遠心分離(12000rpm、10分、4℃)を行い、水層200μlを新しいチューブに移した後、再び100μlのTE飽和フェノールおよび100μlのクロロホルムを加え、激しく攪拌した。遠心分離(12000rpm、10分、4℃)を行い、水層180μlを新しいチューブに移した後、3M酢酸ナトリウム (pH5.2)を20μlおよび500μlのエタノールを加え、激しく攪拌した。遠心分離(12000rpm、10分、4℃)を行い、上清を除去した後、300μlの70%エタノールを添加して洗浄した。遠心分離(12000rpm、10分、4℃)を行い、上清を除去した後、50μlのTEバッファー(10mM Tris-HCl;pH8.0、1mM EDTA;pH8.0)に溶解させた。
【0054】
段階的に希釈したスタンダード及び各サンプルのDNAを、各乳酸菌種に対し特異的なプライマーを用いてPCRに供し、得られたCT値からスタンダードを元にサンプルの菌数を算出した。
なお、リアルタイムPCRの反応は、下記表1に記載の各プライマーを用いて、95℃、15秒間→(94℃、30秒間→各プライマーのアニーリング温度、30秒間→72℃、30秒間)×35~40サイクルにて、Bifidobacterium lactis、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus bulgaricus、Lactobacillus helveticus、Streptococcus thermophilus、Lactobacillus casei、Lactococcus lactis subsp. cremoris及びLactococcus lactis subsp. lactisの菌数及び総菌数をQuantStudio(登録商標)5 Food Safety Real-Time PCR System(Thermo Fisher Scientific社)により定量した。なお、菌数はサンプル1ml当りの菌数の対数値で表記した。
【0055】
【0056】
<SNFの測定方法>
SNF(無脂乳固形分)は、「乳等省令(乳及び乳製品の成分規格等に関する省令)」の「乳等の成分規格の試験法」に記載の定量方法によって測定した。
【0057】
<pHの測定方法>
pHは、ガラス電極法により測定した。ポータブル型pHメーター「D-72(株式会社堀場製作所製)」について、pH標準溶液による校正を実施した。実施例及び比較例で得られたサンプルをビーカーに採取し、「D-72」のガラス電極をサンプル中に挿入し、測定(機器の表示値を記録)した。
【0058】
<試験例:官能評価>
各発酵乳について、官能評価試験を行った。この官能評価試験は、飲料の開発を担当する訓練された5人のパネラーに委託して行った。培養後、10℃以下に冷却された各試料について、<酸味の抑制>、<味の複雑さ>および<濃厚さ>の3項目について、以下の評価基準に基づき5人のパネラーの協議により評価点が決定された。官能評価は、陰性対照との対比により行われた。陰性対照として、上記で調製した原料混合物にビフィズスのみを添加し、40℃で5時間発酵させた発酵乳を用いた。評価結果を表2に示す。
【0059】
<酸味の抑制>
3:酸味を感じないか、ほとんど感じない。非常に良好。
2:酸味を感じるが、陰性対照よりも弱く、良好。
1:酸味を強く感じる。陰性対照と同程度であり、問題あり。
【0060】
<味の複雑さ>
3:舌に残る複雑な味わいに持続性があり、味の厚みを非常に感じる。非常に良好。
2:陰性対照のような味の単調さは感じず、複雑な味わいが舌に残り、味の厚みを感じる。良好。
1:陰性対照と同様に味が単調であり、問題あり。
【0061】
<濃厚さ>
3:濃厚さが強く、非常に良好。
2:陰性対照よりも濃厚さを感じ、良好。
1:陰性対照と同程度の濃厚さしかなく、物足りなさを感じる。問題あり。
【0062】
<総合評価>
A’:合計点数が9であり、非常に良好。
A:合計点数が8であり、非常に良好。
B:合計点数が6~7であり、且つ「1」の評価が無く、良好。
C:合計点数が5以下であるか、評価に「1」があり、問題あり。
【0063】
【0064】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で種々に変形することが可能である。また、各実施形態は適宜組み合わせて実施してもよく、その場合組み合わせた効果が得られる。更に、上記実施形態には種々の発明が含まれており、開示される複数の構成要件から選択された組み合わせにより種々の発明が抽出され得る。例えば、実施形態に示される全構成要件からいくつかの構成要件が削除されても、課題が解決でき、効果が得られる場合には、この構成要件が削除された構成が発明として抽出され得る。
【配列表】