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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-15
(45)【発行日】2024-03-26
(54)【発明の名称】締付け工具
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240318BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240318BHJP
   B25B 13/00 20060101ALI20240318BHJP
   B25B 15/00 20060101ALI20240318BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20240318BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240318BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/60
B25B13/00 A
B25B15/00 610D
C21D6/00 L
C21D6/00 W
C21D9/00 M
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2020093585
(22)【出願日】2020-05-28
(65)【公開番号】P2021188086
(43)【公開日】2021-12-13
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100206140
【弁理士】
【氏名又は名称】大釜 典子
(72)【発明者】
【氏名】坂田 昌之
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-069568(JP,A)
【文献】特開2010-242130(JP,A)
【文献】特開2018-178184(JP,A)
【文献】特開2018-003051(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
B25B 13/00-19/00
C21D 6/00- 6/04
C21D 9/00- 9/44
C21D 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成が、
C :0.55~0.70質量%、
Si:1.50~2.50質量%、
Mn:0.50~1.50質量%、
P :0質量%超0.050質量%以下、
S :0質量%超0.050質量%以下、
Ni:0.10~0.60質量%、
Cr:0.50~1.50質量%、
V :0.02~0.20質量%、
Al:0質量%超0.020質量%以下、
N :0質量%超0.010質量%以下、および
残部:鉄および不可避不純物からなり、
金属組織が焼戻しマルテンサイトからなり、下記式(1)を満たす鋼を含む、締付け工具。

Ci-Cs≦0.130(質量%) ・・・(1)

Ciは、前記鋼の長手方向に垂直な任意の断面において、前記鋼表面の任意の点から、前記断面の重心までの長さの1/3~2/3の位置のC濃度(質量%)の平均値であり、Csは、前記任意の点から、前記断面の重心に向かって0.1mmの位置のC濃度(質量%)である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は締付け工具に関する。
【背景技術】
【0002】
ドライバー、六角棒スパナおよび電動ドライバー用ビットなどの締付け工具に用いる鋼は、締付け時のトルクによる変形および折損が発生しにくいものであることが望まれる。また、締付け工具に用いる鋼は、使用中のすり減りおよび/または欠けを抑制するように、高い表面硬度を有することが望まれる。
【0003】
特許文献1では、結晶粒が微細化されており、使用中の破損等を防止し得る高靭性工具を製造する方法を開示している。
【0004】
特許文献2では、Si量を比較的高めにすると共に、圧延材の圧延方向に垂直な断面における成分(C、Si、Mn)のバラツキを低減することにより、強度と耐ねじり折損性のバランスに優れた工具鋼を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-204312号公報
【文献】特開2007-146212号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1および2に開示されるような従来技術では、締付け時のトルクによる変形および折損を十分に抑制し、かつ十分な表面硬度を有する鋼およびそれを含む締付け工具を提供することができないおそれがあることがわかった。なお、特許文献2は、実施例において硬さが約700(HV)の鋼を開示しているが、当該硬さは鋼内部の硬さであって、鋼の表面硬度を示すものではない。そのため特許文献2の鋼においても十分な表面硬度を有しているとはいえない。
【0007】
本発明はこのような状況を鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、締付け時のトルクによる変形および折損を十分に抑制し、かつ十分な表面硬度を有する鋼を含む、締付け工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の態様1は、
成分組成が、
C :0.55~0.70質量%、
Si:1.50~2.50質量%、
Mn:0.50~1.50質量%、
P :0質量%超0.050質量%以下、
S :0質量%超0.050質量%以下、
Ni:0.10~0.60質量%、
Cr:0.50~1.50質量%、
V :0.02~0.20質量%、
Al:0質量%超0.020質量%以下、
N :0質量%超0.010質量%以下、および
残部:鉄および不可避不純物からなり、
金属組織が焼戻しマルテンサイトからなり、下記式(1)を満たす鋼を含む、締付け工具である。

Ci-Cs≦0.130(質量%) ・・・(1)

Ciは、前記鋼の長手方向に垂直な任意の断面において、前記鋼表面の任意の点から、前記断面の重心までの長さの1/3~2/3の位置のC濃度(質量%)の平均値であり、Csは、前記任意の点から、前記断面の重心に向かって0.1mmの位置のC濃度(質量%)である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の実施形態によれば、締付け時のトルクによる変形および折損を十分に抑制し、かつ十分な表面硬度を有する鋼を含む、締付け工具を提供することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者らは、締付け時のトルクによる変形および折損を十分に抑制し、かつ十分な表面硬度を有する鋼を含む締付け工具を実現するべく、様々な角度から検討した。
【0011】
本発明者らは、締付け工具用の鋼では、締付け時のトルクによる変形および折損を抑制するためにSiなどの合金元素添加量を多くすべきこと、および従来技術ではその合金元素の溶解を目的として、例えば900℃以上の高温に加熱して長時間保持することにより焼入れが行われていることに着目した。このような場合、本発明者らは、鋼表層に脱炭層が形成されることを見出し、さらにその脱炭層に起因して鋼の表面硬度が低下することを見出した。
そこで、本発明者らは、Siなどの合金元素添加量を多くした鋼片に対し、加熱温度および保持時間を適切に制御して焼入れを行うことにより、鋼表層における脱炭層の形成が抑制されること、および鋼内部のC濃度と鋼表層から0.1mmの位置のC濃度との差を所定値以下にすることにより、締付け時のトルクによる変形および折損を抑制しつつ、十分な表面硬度を有する鋼を含む、締付け工具が得られることを見出した。
【0012】
以下に、本発明の実施形態が規定する各要件の詳細を示す。
【0013】
<1.化学成分組成>
本発明の実施形態に係る締付け工具に含まれる少なくとも1つの鋼(以下「本発明の実施形態に係る鋼」ともいう)は、C:0.55~0.70質量%、Si:1.50~2.50質量%、Mn:0.50~1.50質量%、P:0質量%超0.050質量%以下、S:0質量%超0.050質量%以下、Ni:0.10~0.60質量%、Cr:0.50~1.50質量%、V:0.02~0.20質量%、Al:0質量%超0.020質量%以下、およびN:0質量%超0.010質量%以下を含み、さらに、残部が鉄および不可避不純物であることが好ましい。
以下、各元素について詳述する。
【0014】
(C:0.55~0.70質量%)
Cは、鋼の強度を向上させる元素である。鋼の強度を向上させ、締付け時のトルクによる変形を抑制し、表面硬度を向上させる観点から、C含有量は0.55質量%以上とする。好ましくは0.58質量%以上であり、より好ましくは0.60質量%以上である。一方で、C含有量が過剰になると、鋼の強度が飽和して、靱性が大幅に低下するため、C含有量は0.70質量%以下とする。好ましくは0.68質量%以下であり、より好ましくは0.67質量%以下である。
【0015】
(Si:1.50~2.50質量%)
Siは、鋼の強度を向上させる元素である。更に、Siは他の元素と異なり、強度を向上させても靭性の低下が小さいため、締付け時のトルクによる鋼の変形および折損を抑制し、高い表面硬度を得る上で特に重要な元素である。上記効果を十分に発揮させるために、Si含有量は1.50質量%以上とする。好ましくは1.70質量%以上であり、より好ましくは1.8質量%以上である。一方で、Siを多量に添加することは、鋼中のC活量が増加することによる脱炭を助長するため、Si含有量は2.50質量%以下とする。好ましくは2.30質量%以下であり、より好ましくは2.10質量%以下である。
【0016】
(Mn:0.50~1.50質量%)
Mnは、脱酸材としてとして有効に作用すると共に、焼入れ性を高めて強度向上に寄与する元素でもあるため、締付け時のトルクによる鋼の変形の抑制および表面硬度の向上に寄与する。これらの効果を有効に発揮させるに、Mn含有量は0.50質量%以上とする。好ましくは0.60質量%以上であり、より好ましくは0.70質量%以上である。一方で、Mn含有量が多すぎると、残留オーステナイトが多量に生成するため、強度が低下して、締付け時のトルクによる鋼の変形を抑制できなくなり、かつ、加工性が低下するため、締付け時のトルクにより鋼が折損するリスクが高くなる。そのため、Mn含有量は1.50質量%以下とする。好ましくは1.20質量%以下であり、より好ましくは1.00質量%以下である。
【0017】
(P:0質量%超0.050質量%以下)
P(リン)は、製造過程などで不可避的に不純物として含有される元素であり、鋼中で粒界偏析を起こして靭性を低下させるため、締付け時のトルクにより鋼が折損するリスクを高める有害元素である。よって、P含有量は0.050質量%以下とする。好ましくは0.030質量%以下であり、より好ましくは0.020質量%以下である。Pは少なければ少ないほど好ましいが、通常0質量%超含まれ、さらには0.010質量%程度含まれ得る。
【0018】
(S:0質量%超0.050質量%以下)
S(硫黄)もPと同様、製造過程などで不可避的に不純物として含有される元素であり、鋼中で粒界偏析を起こして靭性を低下させるため、締付け時のトルクにより鋼が折損するリスクを高める有害元素である。よって、S含有量は0.050質量%以下とする。好ましくは0.030質量%以下であり、より好ましくは0.020質量%以下である。Sは少なければ少ないほど好ましいが、通常0質量%超含まれ、さらには0.010質量%程度含まれ得る。
【0019】
(Ni:0.10~0.60質量%)
Niは鋼の靱性を高める作用を有する元素であるため、締付け時のトルクによる鋼の折損の抑制に寄与する。こうした作用を発揮させるため、Ni含有量は0.10質量%以上とする。好ましくは0.15質量%以上であり、より好ましくは0.17質量%以上である。しかし、Ni含有量が過剰であると残留オーステナイトが多量に生成するため、強度が低下し、締付け時のトルクによる鋼の変形を抑制できなくなる。そのため、Ni含有量は0.60質量%以下とする。好ましくは0.50質量%以下であり、より好ましくは0.40質量%以下である。
【0020】
(Cr:0.50~1.50質量%)
Crは、鋼の焼入れ性を高めて強度向上に寄与する元素でもあるため、締付け時のトルクによる鋼の変形の抑制および表面硬度の向上に寄与する。そのため、Cr含有量は0.50質量%以上とする。好ましくは0.70質量%以上であり、より好ましくは0.85質量%以上である。一方で、Cr含有量が多すぎると、鋼の靱性が低下するため、締付け時のトルクによる鋼の折損を抑制できなくなる。そのため、Cr含有量は1.50質量%以下とする。好ましくは1.30質量%以下であり、より好ましくは1.10質量%以下である。
【0021】
(V:0.02~0.20質量%)
Vは、焼入れ焼戻しの熱処理時に結晶粒を微細化して鋼の靭性を向上させることから、締付け時のトルクによる鋼の折損の抑制に寄与する特に重要な元素である。上記効果を十分に発揮させるために、V含有量は0.02質量%以上とした。好ましくは0.04質量%以上であり、より好ましくは0.05質量%以上である。一方で、Vを過剰に添加しても微細化による靭性の向上効果は飽和する。Vは希少価値が高い合金元素のひとつであるため、合金コストを抑制するため最小限の添加が好ましく、V含有量は0.20質量%以下とする。好ましくは0.17質量%以下であり、より好ましくは0.15質量%以下である。
【0022】
(Al:0質量%超0.020質量%以下)
Alは、製造過程などで不可避的に不純物として含有される元素であり、鋼中でAl等の介在物を生成し破壊の起点となるため、締付け時のトルクにより鋼が折損するリスクを高める有害元素である。よってAl含有量は0.020質量%以下とする。好ましくは0.010質量%以下であり、より好ましくは0.005質量%以下である。Alは少なければ少ないほど好ましいが、通常0質量%超含まれ、さらには0.001質量%程度含まれ得る。
【0023】
(N:0質量%超0.010質量%以下)
Nは、製造過程などで不可避的に不純物として含有される元素であり、鋼の靱性を低下させるため、締付け時のトルクにより鋼が折損するリスクを高める有害元素である。よってN含有量は0.010質量%以下とする。好ましくは0.008質量%以下であり、より好ましくは0.007質量%以下である。Nは少なければ少ないほど好ましいが、通常0質量%超含まれ、さらには0.003質量%程度含まれ得る。
【0024】
本発明の実施形態に係る鋼は、上記の成分組成を含み、本発明の1つの実施形態では、残部は鉄および不可避不純物であることが好ましい。不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素(例えば、B、As、Sn、Sb、Ca、O、H等)の混入が許容される。なお、例えば、P、S、AlおよびNのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。本発明の別の実施形態では、他の特性を改善するために、例えばCu、Ca、Nb、B、Mo、Mg、Zr、SbおよびZn等の微量成分(例えば合計で1.0質量%以下)を含んでもよい。
【0025】
<2.金属組織>
本発明の実施形態に係る鋼は、焼戻しマルテンサイト組織からなる。上記のように成分組成を調整した上で、後述する製造方法によって得られた焼戻しマルテンサイト組織からなる鋼とすることにより、締付け時のトルクによる鋼の変形および折損を十分に抑制することが可能となる。
【0026】
<3.C濃度差>
本発明の実施形態に係る鋼は、下記式(1)を満たす。
Ci-Cs≦0.130(質量%) ・・・(1)

Ciは、前記鋼の長手方向に垂直な任意の断面において、前記鋼表面の任意の点から、前記断面の重心までの長さの1/3~2/3の位置のC濃度(質量%)の平均値であり、Csは、前記任意の点から、前記断面の重心に向かって0.1mmの位置のC濃度(質量%)である。
【0027】
上記式(1)を満たすことにより、鋼の十分な表面硬度を得ることができる。上記式(1)の左辺が0.130質量%超だと、十分な表面硬度を得ることができなくなる。上記式(1)の左辺について、好ましくは、0.120質量%以下であり、より好ましくは0.110質量%以下である。
【0028】
本発明の実施形態に係る鋼の形態としては、本発明の実施形態の目的が達成される範囲内で、どのような形態を有していてもよく、例えば、線材または棒鋼であってもよい。
本発明の実施形態に係る鋼のサイズは、本発明の実施形態の目的から逸脱しないようなサイズであればよく、例えば、鋼の長手方向に垂直な任意の断面において、前記鋼表面の任意の点から、前記断面の重心までの長さの1/3が、0.1mmより長いことを満たすようなサイズであればよい。鋼の長手方向に垂直な断面形状としては、例えば正六角形、円等にすることができ、鋼の長手方向に垂直な断面の円相当直径としては、例えば0.8mm以上とすることができる。鋼の長手方向の長さとしては、例えば2mm以上とすることができる。
【0029】
本発明の実施形態に係る締付け工具は、上述のような本発明の実施形態に係る鋼を含む。本発明の実施形態に係る締付け工具の一例としては、本発明の実施形態に係る鋼からなる締付け工具が挙げられる。
また、本発明の実施形態に係る締付け工具は、本発明の目的が達成される範囲内で、本発明の実施形態に係る鋼以外の他の部材を含んでもよい。例えば、本発明の実施形態に係る締付け工具の他の例としては、本発明の実施形態に係る鋼からなる鋼部と、本発明の実施形態に係る鋼以外の材料からなる付加部とを含む締付け工具が挙げられる。付加部として、例えば工具を保持するための把手部が設けられていてもよく、例えば耐食性などを付与するために、鋼の表面に0.1~20μm程度の表面処理(メッキ処理)部が施されていてもよい。本発明の実施形態に係る締付け工具の具体例としては、ドライバー、六角棒スパナ、電動ドライバー用ビット、片口レンチ、メガネレンチおよびモンキーレンチなどが挙げられる。
【0030】
<4.製造方法>
本発明の実施形態に係る締付け工具の製造方法は、上述の成分組成を有する鋼片を、(a)下記式(2)を満たすように焼入れする工程と、(b)100~300℃に加熱して10~300分保持した後室温まで冷却することにより焼戻しする工程と、を含む。
以下、各工程について詳述する。なお、上述の成分組成を有する鋼片については、一般的な製鋼方法で製造されたものを使用することができ、例えば、上述の成分組成を満足する溶鋼を得て、これを連続鋳造したものを使用してもよく、さらに分解圧延したものを使用してもよい。また所望の鋼の形態に応じて、さらに熱間圧延したものを使用してもよい。
【0031】
(a)焼入れ工程
焼入れは、下記式(2)を満たすように行う。

T+0.8(℃/分)×t≦920(℃) ・・・(2)

Tは加熱温度(℃)であり、tは前記加熱温度での保持時間(分)である。
【0032】
上記式(2)を満たすように焼入れすることにより、鋼表層において脱炭層の形成を抑制することができ、上記式(1)を満たす鋼を得ることが可能となる。上記式(2)の左辺が920℃超であると、上記式(1)の左辺が0.130質量%超となり、十分な表面硬度を有する鋼を得ることができない。好ましくは、上記式(2)の左辺が910℃以下である。
【0033】
より好ましくは、下記式(3)を満たすことである。

T<900(℃) ・・・(3)

上記式(3)を満たすことにより、上記式(1)の左辺を0.110質量%以下とすることができ、さらに高い表面硬度を有する鋼を得ることが可能となる。
【0034】
上記加熱温度での保持後に、油中または水中で冷却することができる。後述するように鋼片を所定形状に加工してから焼入れを行う場合、加工後の形状を維持するために油中で冷却することが好ましい。
【0035】
(b)焼戻し工程
工程(a)後、100~300℃に加熱して10~300分保持した後室温まで冷却することにより焼戻しする。これにより金属組織が焼戻しマルテンサイトからなる鋼を得ることができる。
【0036】
加熱温度が300℃超および/または保持時間が300分超であると、鋼の強度が低くなり、締付け時のトルクによる鋼の変形を抑制することができない。一方で、加熱温度が100℃未満および/または保持時間が10分未満であると、鋼の靭性が低くなり、締付け時のトルクによる鋼の折損を抑制することができない。
【0037】
焼戻しは2回以上実施してもよい。この場合、1回目の焼戻しは靭性の調整、具体的には内部応力の除去、および残留オーステナイトの分解を目的として実施してよい。2回目の焼戻しは強度を調整する目的として実施してよい。そのため、1回目の加熱温度は2回目の加熱温度と同じ温度かまたはそれより低い温度としてよい。保持時間は、1回目の保持時間と2回目の保持時間の合計が10~300分であればよい。
【0038】
上記のようにして得られた鋼を用いて、所定の締付け工具を製造する。所定の締付け工具を製造するために必要な工程を含んでもよく、六角棒スパナであれば、例えば上述の工程(a)の前に加工工程を含んでもよく、ドライバーであれば、加工工程に加え把手部材を設ける工程を含んでもよい。また、上述の工程(a)後、工程(b)前に、残留オーステナイトを低減する目的でサブゼロ処理を行ってもよい。残留オーステナイトは不安定な組織であり、経時変化によって他の組織に変化し、寸法が変化する恐れがあり、締付け工具にとって悪影響となる。
【0039】
以下、本発明の実施形態に係る締付け工具の製造方法の一例として、六角棒スパナの製造方法の一例について記載する。
【0040】
本発明の1つの実施形態に係る六角棒スパナの製造方法は、工程(a)の前に、上述の成分組成を有する鋼片を六角棒スパナの形状に加工する。具体的には、(i)線材または棒鋼に圧延加工する工程、(ii)六角断面形状に加工する工程、(iii)所定の長さに切断する工程および(iv)曲げ加工する工程を行う。その後上述の工程(a)および工程(b)を行う。必要に応じて、上述の工程(a)後、工程(b)前に、残留オーステナイトを低減する目的でサブゼロ処理を行ってもよく、工程(b)後にめっき処理等の表面処理を施してもよい。
【0041】
上述の工程(i)~(V)は、六角棒スパナの一般的な製造方法を用いることができる。工程(i)では、例えば熱間圧延することにより、線材または棒鋼を得ることができる。
【0042】
工程(ii)の六角断面形状に加工する工程の一例としては、軟化焼鈍してから、線材または棒鋼の断面が六角形となるように引抜加工することが挙げられる。軟化焼鈍の条件は、例えば、700℃~800℃に加熱して1時間~10時間保持し、次いで1~50℃/時間の冷却速度で550℃~650℃の間の温度まで冷却し、その後放冷することができる。冷却の際は、途中で冷却速度を変更する多段冷却としてもよい。
【0043】
軟化焼鈍後、線材または棒鋼に軟化焼鈍と引抜加工を行い所定の六角断面に加工する。線材または棒鋼の断面積から六角断面積の差が大きく加工が厳しい場合は、軟化焼鈍および引抜加工を複数回繰り返してもよい。
【0044】
工程(ii)の六角断面形状に加工する工程の他の例としては、線材または棒鋼から切削加工で六角断面形状に加工することが挙げられる。
【0045】
その後、工程(iii)で所定の長さに切断し、工程(iv)で曲げ加工を施して、六角棒スパナの形状とすることができる。
【0046】
本発明の実施形態の目的が達成される範囲内で、本発明の実施形態に係る締付け工具の製造方法は、他の工程を含んでいてもよい。
【実施例
【0047】
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態をより具体的に説明する。本発明の実施形態は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の実施形態の技術的範囲に包含される。
【0048】
表1に示す成分組成の鋼片に対して、一般的な熱間圧延を行うことにより、直径8mm、長さ80mm超の線材を得た。その後、この線材を切削により、二面幅6mmの正六角形断面の棒鋼に加工した。その後、表2に示す条件で焼入れを行った。焼入れの冷却は油冷とした。その後、直ちに200℃に加熱し120分保持して1回目の焼戻しを行い、次いで220℃×120分の2回目の焼戻しを行うことで実施例1の締付け工具を得た。また、実施例1から焼入れ条件(冷却を除く)を表2に示すように変更して、実施例2~4および比較例1~2の締付け工具を得た。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
<金属組織の観察>
実施例1~4および比較例1~2の鋼の金属組織について、鋼の長手方向(すなわち圧延方向)とは垂直な正六角形断面をナイタール腐食液でエッチングした後光学顕微鏡で観察した結果、いずれも焼戻しマルテンサイト組織であった。
【0052】
<C濃度差の測定>
上記正六角形断面を露出させた状態で支持基材内に埋め込んだ後研磨した。その後、上記正六角形断面の任意の一辺の中心から、上記正六角形断面の重心に向かって2mmの位置まで、0.005mm(5μm)間隔で、C含有量を測定した。C含有量の測定には、日本電子株式会社製のJXA-8100EPMA装置を用い、加速電圧は15KV、照射電流は3×10-7Aとして測定した。
上記正六角形断面の任意の一辺の中心から、上記正六角形断面の重心に向かって1~2mmの位置(すなわち上記正六角形断面の重心までの長さ3mmの1/3~2/3の位置)のC濃度(質量%)の平均値(すなわちCi)を求め、上記正六角形断面の任意の一辺の中心から、上記正六角形断面の重心に向かって0.1mmの位置のC濃度(質量%)(すなわちCs)を求め、そのCiおよびCsから(Ci-Cs)を求めた。
【0053】
<最大トルクおよび耐ねじり折損性評価>
締付け時のトルクによる鋼の変形が十分に抑制されているかを評価するために、鋼に対してねじり試験を行い、その鋼の最大トルクを評価した。また、そのねじり試験の際、締付け時のトルクによる鋼の折損が十分に抑制されているかを評価するために、その鋼の耐ねじり折損性を評価した。
具体的には、鋼の長手方向を80mmの長さに切断し、両端をチャックで固定し、回転数0.2rpmでねじり試験を行った。このときの、最大トルクが88.0N・m以上であった場合、締付け時のトルクによる鋼の変形が十分に抑制されていると判断した。さらに、破断捻回角度が250deg以上であった場合、締付け時のトルクによる鋼の折損が十分に抑制されていると判断した。
【0054】
<表面硬度評価>
鋼の、長手方向両端の正六角形表面を含まない任意の表面に対してロックウェル硬さ(HRC)を測定し、HRCが55.0以上であった場合、十分な表面硬度を有すると判断した。
【0055】
二面幅6mmの六角棒スパナを無作為に10種類市場から購入し、比較例3~12とした。比較例3~12を解析した結果、表1に示す成分組成を有していた。また、比較例3~12の金属組織を実施例1~4および比較例1~2と同様に評価した結果、いずれも焼戻しマルテンサイトであった。その他のC濃度差、最大トルク、耐ねじり折損性および表面硬度についても、実施例1~4および比較例1~2と同様に評価した。なお、比較例3~12の「鋼の長手方向」は、比較例1~12の六角棒スパナの長柄の長手方向としている。
【0056】
実施例1~4および比較例1~12の評価結果を表3に示す。なお、最大トルクの判定としては、88.0N・m未満を不十分であるとして×を記載し、88.0N・m以上を十分であるとして〇を記載し、95.0N・m以上を特に優れているとして◎を記載した。破断捻回角度の判定としては、250deg未満を不十分であるとして×を記載し、250deg以上を十分であるとして〇を記載し、260deg以上を特に優れているとして◎を記載した。表面硬度の判定としては、HRCが55.0未満の場合、不十分であるとして×を記載し、HRCが55.0以上の場合、十分であるとして〇を記載し、HRCが56.0以上の場合、特に優れているとして◎を記載した。また、実施例2~4および比較例1~2については、実施例1と鋼の成分組成、金属組織および焼戻し条件が同じであることから、実施例1と同様の最大トルク及び破断捻回角度を示すと考えられたため、最大トルク及び破断捻回角度を評価していない。
【0057】
【表3】
【0058】
表3の結果より、次のように考察できる。表3の実施例1~4は、いずれも本発明の実施形態で規定する要件の全てを満足する例であり、十分な最大トルク、破断捻回角度および表面硬度を有していた。特に実施例1、3および4は、実施例2とは異なり、焼入れ条件に関する好ましい要件(すなわち上記式(3))をさらに満たしたため、「Ci-Cs」に関するより好ましい要件(すなわち0.110質量%以下)を満たし、表面硬度が特に優れていた。なお、実施例2~4については、最大トルクおよび破断捻回角度を評価していないが、実施例1と鋼の成分組成、金属組織および焼戻し条件が同じであることから、実施例1と同様に最大トルクおよび破断捻回角度が特に優れた結果となると予想される。
一方、比較例1~12は、本発明の実施形態で規定する要件を満たしていない例であり、最大トルク、破断捻回角度および表面硬度のいずれかが不十分であった。
【0059】
比較例1および2は、焼入れ条件において上記式(2)を満たさなかったため、「Ci-Cs」が0.130質量%超となり、表面硬度が不十分であった。
【0060】
比較例3~10は、本発明の実施形態に係る鋼の成分組成を満たしておらず、特に重要な成分であるSi含有量が低いため、最大トルクおよび破断捻回角度のいずれか一方または両方が不十分であった。また、破断捻回角度が優れているが最大トルクが不十分である比較例4は、焼戻し時の加熱温度を高く(例えば300℃超に)しているか、または保持時間を長く(例えば300分超に)していると考えられる。一方、最大トルクが優れているが破断捻回角度が不十分である比較例5~10は、焼戻し時の加熱温度を低く(例えば100℃未満に)しているか、または保持時間を短く(例えば10分未満に)していると考えられる。
【0061】
比較例11は、本発明の実施形態に係る鋼の成分組成を満たしておらず、特に重要な成分であるV含有量が低いため、破断捻回角度が不十分であった。また、最大トルクも不十分であるため、焼戻し時の加熱温度を高く(例えば300℃超に)しているか、または保持時間を長く(例えば300分超に)していると考えられる。
【0062】
さらに、比較例11は、「Ci-Cs」が0.130質量%超であり、表面硬度が不十分であった。比較例11はSi含有量が1.50質量%以上と多く、一般的な製造方法(焼入れ条件)により製造された六角棒スパナである。このような場合には、表層に脱炭層が形成され、表面硬度が不十分となることがわかる。
【0063】
比較例12は、「Ci-Cs」が0.130質量%超であり、表面硬度が不十分であった。比較例12はSi含有量が1.50質量%以上と多く、一般的な製造方法(焼入れ条件)により製造された六角棒スパナである。このような場合には、表層に脱炭層が形成され、表面硬度が不十分となることがわかる。
【0064】
なお、比較例4および7は、「Ci-Cs」が0.110質量%以下と、より好ましい要件を満たしているにもかかわらず、HRCが56.0未満であり、表面硬度が特に優れたものではなかった。この要因としては、比較例4ではC含有量が0.50質量%未満かつSi含有量が1.50質量%未満と低く、比較例7ではSi含有量が1.50質量%未満かつCr含有量が0.50質量%未満と低いことに起因すると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の実施形態に係る締付け工具は、締付け時のトルクによる変形および折損を十分に抑制することができ(すなわち十分な最大トルクおよび破断捻回角度を有し)、かつ十分な表面硬度を有する鋼を含むため、例えばドライバー、六角棒スパナ、電動ドライバー用ビット、片口レンチ、メガネレンチおよびモンキーレンチなどの締付け工具として好適である。