(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-18
(45)【発行日】2024-03-27
(54)【発明の名称】熱式センサ、及び熱式センサを用いた計測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/18 20060101AFI20240319BHJP
G01N 25/18 20060101ALI20240319BHJP
【FI】
G01N27/18
G01N25/18 F
(21)【出願番号】P 2021040396
(22)【出願日】2021-03-12
【審査請求日】2023-03-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000002945
【氏名又は名称】オムロン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】神山 進
(72)【発明者】
【氏名】中川 慎也
(72)【発明者】
【氏名】中尾 秀之
(72)【発明者】
【氏名】半田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】叶 肇
【審査官】小澤 瞬
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-156293(JP,A)
【文献】特開2018-96865(JP,A)
【文献】特開2004-286492(JP,A)
【文献】特開2018-205105(JP,A)
【文献】特開2010-197285(JP,A)
【文献】特開2021-36225(JP,A)
【文献】特開2016-170161(JP,A)
【文献】特開2015-227822(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第0698786(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0116024(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 25/00 - G01N 27/10
G01N 27/14 - G01N 27/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にキャビティエリアの開口部を有する基板と、
前記キャビティエリアの開口部を覆うように形成された薄膜部と、
前記薄膜部に配置され、電源からの電力供給により発熱するヒータと、
前記薄膜部に配置され、前記ヒータまたは前記ヒータの周辺の温度を検出する温度検出器と、
前記ヒータへの供給電力を制御する制御部と、
前記ヒータへの電力供給時における、前記供給電力の値と、前記温度検出器により取得された温度上昇の値とに基づいて、雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を算出する演算部と、
を備える熱式センサであって、
前記制御部は、前記ヒータへの供給電力を変化させ、
前記演算部は、前記供給電力の変化前後において算出された前記熱伝導率に対応する値の変化量または変化率をさらに算出することを特徴とする、熱式センサ。
【請求項2】
前記制御部は、前記ヒータへの供給電力を2段階に変化させ、
前記演算部は、前記供給電力の2段階の変化前後において算出された前記熱伝導率に対応する値の変化量または変化率を算出することを特徴とする、請求項1に記載の熱式センサ。
【請求項3】
前記制御部は、前記ヒータへの供給電力をパルス状またはサイン波状に変化させることを特徴とする、請求項1に記載の熱式センサ。
【請求項4】
前記温度検出器は、前記薄膜部において、一対が前記ヒータを挟んで対向するように配置された二つ以上のサーモパイルを有することを特徴とする、請求項1から3のいずれか一項に記載の熱式センサ。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の熱式センサと、
前記熱伝導率に対応する値の変化量または変化率に基づいて、前記雰囲気ガスの組成を算出する第二演算部をさらに備えることを特徴とする、ガスセンサ。
【請求項6】
ヒータに電力供給して加熱するとともに、加熱時における雰囲気ガスの温度上昇を測定することにより、前記雰囲気ガスの特性を計測する計測方法であって、
前記ヒータへの供給電力を変化させる供給電力変化工程と、
前記ヒータへの供給電力の変化の前後において、温度上昇の値を測定する測定工程と、
前記ヒータへの供給電力の変化の前後における、前記供給電力の値と、前記温度上昇の値とに基づいて、前記ヒータへの供給電力の変化の前後における前記雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を算出する演算工程と、
前記供給電力の変化による前記熱伝導率に対応する値の変化量または変化率を算出する、第二演算工程と、を有することを特徴とする、計測方法。
【請求項7】
前記供給電力変化工程においては、前記ヒータへの供給電力を2段階に変化させることを特徴とする、請求項6に記載の計測方法。
【請求項8】
前記供給電力変化工程においては、前記ヒータへの供給電力をパルス状またはサイン波状に変化させることを特徴とする、請求項6または7に記載の計測方法。
【請求項9】
前記供給電力の変化による前記熱伝導率に対応する値の変化量または変化率に基づいて、前記雰囲気ガスの組成を算出するガス組成算出工程を、さらに有することを特徴とする
、請求項6から8のいずれか一項に記載の計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱式センサ、及び熱式センサを用いた計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、経時変化が少なく、耐汚損性が高く、温度サイクルによって生じる熱応力を緩和した熱式ガスセンサが提案されていた。該熱式ガスセンサとしては、発熱体(5)と、発熱体を加熱制御する加熱制御手段(12)と、を有し、加熱制御手段は、発熱体を第1の温度に加熱制御する期間と、発熱体を第1の温度よりも低い第2の温度に加熱制御する期間とを設けて発熱体を加熱制御し、発熱体が第1の温度に加熱される期間よりも第2の温度に加熱される期間を長く設定するものが公知である(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
上記の熱式ガスセンサは、例えば、窒素雰囲気ガス中の酸素濃度を測定する等、微弱な物性値の違いを検知するものである。また、上記の発明においては、ヒータから生じた熱は、ヒータの周辺における流体のみならず、ヒータ及びヒータに接続された配線を伝導する。従って、例えば、ヒータ及びヒータに接続された配線の熱伝導率の経時変化という微細な物理量の変化が、流体の熱伝導率に係る測定結果に影響を及ぼす虞があった。このような原因で、測定装置としての精度が低下する場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記のような問題点に鑑みてなされたものであり、流体の成分を測定する際に、ヒータ及びヒータに接続された配線の熱伝導率の経時変化によるノイズの影響を除去し、測定装置としての測定精度の低下を抑制できる熱式センサを提供することを最終的な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するための本発明は、
表面にキャビティエリアの開口部を有する基板と、
前記キャビティエリアの開口部を覆うように形成された薄膜部と、
前記薄膜部に配置され、電源からの電力供給により発熱するヒータと、
前記薄膜部に配置され、前記ヒータまたは前記ヒータの周辺の温度を検出する温度検出器と、
前記ヒータへの供給電力を制御する制御部と、
前記ヒータへの電力供給時における、前記供給電力の値と、前記温度検出器により取得された温度上昇の値とに基づいて、雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を算出する演算部と、
を備える熱式センサであって、
前記制御部は、前記ヒータへの供給電力を変化させ、
前記演算部は、前記供給電力の変化前後において算出された熱伝導率に対応する値の変化量または変化率をさらに算出することを特徴とする、熱式センサである。
【0007】
ここで、発明者らの鋭意研究により、ヒータへの供給電力の変化前後において算出された熱伝導率に対応する値の変化量または変化率は、ヒータ及びヒータに接続された配線の
熱伝導率の経時変化の影響を受けづらいことがわかってきた。従って、本発明では、演算部がヒータへの供給電力の変化前後において算出された熱伝導率に対応する値の変化量または変化率を算出し、この値をもって、雰囲気ガスの組成の評価をすることとした。本発明によれば、雰囲気ガスの熱伝導率の測定値に含まれる、ヒータ及びヒータに接続された配線の熱伝導率の経時変化によるノイズの影響を除去することができ、その結果、雰囲気ガスのガス組成の測定精度が低下することを抑制できる。また、雰囲気ガスの熱伝導率測定値がヒータ及びヒータに接続された配線の熱伝導率経時変化により変化した後でも、雰囲気ガス組成の測定精度がほとんど低下しないため、測定装置として長寿命化を図ることができる。
【0008】
また、本発明においては、前記制御部は、前記ヒータへの供給電力を2段階に変化させ、前記演算部は、前記供給電力の2段階の変化前後において算出された熱伝導率に対応する値の変化量または変化率を算出することを特徴とする、熱式センサとしてもよい。ヒータは配線を通じて電源に接続されており、ヒータに電力供給することによって発生した熱は、ヒータ及びヒータに接続された配線を伝導する。このときの配線の熱伝導率は経時変化し、この経時変化が測定精度の低下の要因となりうるが、供給電力の2段階の変化前後において算出された熱伝導率に対応する値の変化量または変化率はほとんど経時変化しない。従って、雰囲気ガスのガス組成の測定精度が低下することを抑制できる。
【0009】
また、本発明においては、前記制御部は、前記ヒータへの供給電力をパルス状またはサイン波状に変化させることを特徴とする、熱式センサとしてもよい。これによれば、供給電力の2段階の変化前後における熱伝導率を取得するためにヒータから生じる熱を昇温する際に、その昇温の態様を調整することができる。ヒータへの供給電力をパルス状に変化させた場合は、急峻に昇温するため、目的とする温度に比較的速く到達する。ヒータへの供給電力をサイン波状に変化させた場合は、緩やかに昇温するため、目的とする温度に比較的精度良く到達する。
【0010】
また、本発明においては、前記温度検出器は、前記薄膜部において、一対が前記ヒータを挟んで対向するように配置された二つ以上のサーモパイルを有することを特徴とする、熱式センサとしてもよい。これによれば、ヒータの周囲における温度をより精度良く検出することができる。
【0011】
また、本発明においては、上記の特徴を持つ熱式センサと、前記熱伝導率に対応する値の変化量または変化率に基づいて、前記雰囲気ガスの組成を算出する第二演算部をさらに備えることを特徴とする、ガスセンサとしてもよい。ここで、上記の熱式センサで測定される熱伝導率に対応する値の変化量または変化率は、雰囲気ガスの組成に応じて変化する。よって、雰囲気ガスを構成するガスの種類を予め特定すれば、上記の熱式センサによって雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値の変化量または変化率を測定することで、雰囲気ガスの組成を算出することが可能である。雰囲気ガスの算出に際して、上記のガスセンサは、熱式センサで測定される熱伝導率に対応する値の変化量または変化率から、所定の数式に従った演算をすることで雰囲気ガスの組成を算出してもよい。あるいは、予め記憶されたテーブルから、熱式センサで測定される熱伝導率に対応する値の変化量または変化率に対応する、雰囲気ガスの組成を読み出すことで算出してもよい。なお、例えば窒素雰囲気ガス中における酸素濃度を測定する際に、アルゴンが混入すると窒素雰囲気ガスの熱伝導率に大きく誤差が生じるが、窒素雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値の変化量または変化率は、アルゴンが混入してもほとんど誤差が生じない。そのため、本発明のガスセンサによって、酸素濃度の測定精度を向上することができる。
【0012】
また、本発明においては、ヒータに電力供給して加熱するとともに、加熱時における雰囲気ガスの温度上昇を測定することにより、前記雰囲気ガスの特性を計測する計測方法で
あって、前記ヒータへの供給電力を変化させる供給電力変化工程と、前記ヒータへの供給電力の変化の前後において、温度上昇の値を測定する測定工程と、前記ヒータへの供給電力の変化の前後における、前記供給電力の値と、前記温度上昇の値とに基づいて、前記ヒータへの供給電力の変化の前後における前記雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を算出する演算工程と、前記供給電力の変化による前記熱伝導率に対応する値の変化量または変化率を算出する、第二演算工程と、を有することを特徴とする、計測方法としてもよい。
【0013】
本発明によれば、雰囲気ガスの熱伝導率の測定を繰り返し実施した場合においても、その測定精度の低下を抑制することができる。測定精度の水準を一定に保ちつつ雰囲気ガスの成分の測定が可能な方法であるため、測定装置として長寿命化を図ることができる。
【0014】
また、本発明においては、前記供給電力変化工程においては、前記ヒータへの供給電力を2段階に変化させることを特徴とする、計測方法としてもよい。これによれば、ヒータ及びヒータに接続された配線の熱伝導率が経時変化しても、供給電力の2段階の変化前後において算出された熱伝導率に対応する値の変化量または変化率はほとんど経時変化しないので、雰囲気ガスのガス組成の測定精度が低下することを抑制できる。
【0015】
また、本発明においては、前記供給電力変化工程においては、前記ヒータへの供給電力をパルス状またはサイン波状に変化させることを特徴とする、計測方法としてもよい。これによれば、供給電力によってヒータから生じる熱を昇温する際に、その昇温の態様を調整することができる。
【0016】
また、本発明においては、前記供給電力の変化による前記熱伝導率に対応する値の変化量または変化率に基づいて、前記雰囲気ガスの組成を算出するガス組成算出工程を、さらに有することを特徴とする、計測方法としてもよい。これによれば、例えば窒素雰囲気ガス中における酸素濃度を測定する際に、アルゴンが混入してもその影響をほとんど受けない。そのため、酸素濃度の測定精度を向上することができる。結果的に、熱伝導率の値がほとんど等しい窒素と酸素の識別が容易になる。
【0017】
なお、上記の課題を解決するための手段は、可能な限り互いに組み合わせて用いることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、熱式センサを用いて流体の成分を測定する際に、ヒータ及びヒータに接続された配線の熱伝導率の経時変化によるノイズの影響を除去することができる。その結果、測定の対象である流体の熱伝導率についてより正確なパラメータが得られ、その流体の熱伝導率のパラメータから流体のガス組成(濃度比)を測定できる。すなわち、本発明における熱式センサの測定装置としての測定精度の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】実施例1における熱式ガスセンサを構成するセンサ素子の一例を示す模式的な図である。
【
図2】実施例1における熱式ガスセンサを構成するセンサ素子において、ヒータから生じた熱が伝導する様子を示す模式的な図である。
【
図3】雰囲気ガスのガス組成の測定時における熱式ガスセンサの機能構成を示すブロック図である。
【
図4】熱式ガスセンサによる、雰囲気ガスのガス組成の測定時における処理を示すフローチャートである。
【
図5】実施例1における熱伝導率の測定方法を示す模式的な図である。
【
図6】実施例1における熱式ガスセンサを用いて酸素濃度を測定する際の、アルゴンの混入の影響を示す模式的な図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
〔適用例〕
本適用例においては、熱式センサが熱式ガスセンサである場合について説明する。本適用例に係る熱式ガスセンサは、電源からの通電によって発熱するヒータによって測定の対象となる流体(以下、「雰囲気ガス」とも記載する。)を加熱する際に、ヒータの温度を変化させ、それぞれの温度における雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を算出する。そして、それぞれの温度における雰囲気ガスの熱伝導率の差をパラメータとする。
【0021】
図2は、本発明が適用可能な熱式ガスセンサ1を構成するセンサ素子2において、ヒータ3から生じた熱が伝導する様子を示す模式的な図である。センサ素子2は、ヒータ3と、ヒータ3を挟んで対称に設けられたサーモパイル(温度検出部)4と、を備える。なお、
図2では二つのサーモパイル4を示しているが、サーモパイル4は二つ以上であればその数に限定はない。ヒータ3は、例えばポリシリコンで形成された抵抗である。サーモパイル4の形状は、平面視においてそれぞれ略矩形である。ヒータ3及びサーモパイル4は絶縁薄膜5内に設けられており、絶縁薄膜5はシリコン基板6上に形成されている。
【0022】
図2では簡略化して示しているが、サーモパイル4はそれぞれ、複数の熱電対7(
図1(b)参照)が絶縁薄膜5内に所定の間隔で並んで配置されることで構成されている。このうち、ヒータ3に近い側で接続されている箇所が温接点8(
図1(b)参照)であり、ヒータ3と反対側で接続されている箇所が冷接点9(
図1(b)参照)である。
【0023】
絶縁薄膜5における、ヒータ3及びサーモパイル4の下方のシリコン基板6には、凹部であるキャビティエリア10が設けられている。なお、キャビティエリア10に係る断面図は
図1(b)に示す。ヒータ3はキャビティエリア10の開口を横断するように配置されている。また、電源11は、センサ素子2の外部に配置されており、ヒータ3に導電する電極12に導線が接続されている。電源11から電極12に電力を印加すると、ヒータ3が発熱する。
【0024】
ここで、ヒータ3から生じた熱は、雰囲気ガスのみならず、ヒータ3及びヒータ3に接続された配線(以下、単純に「配線」ともいう。)を伝導する。
図2におけるλgは雰囲気ガスの熱伝導率を表し、λmは配線の熱伝導率を表す。よって、実際に測定している熱伝導率は、λgとλmとの和で表すことができる。しかし、λmは経時変化するため、実際に測定している熱伝導率(以下、単純に「総合の熱伝導率」ともいう。)の測定値に経時的な誤差が生じる場合があった。
【0025】
図5は、本発明が適用可能な熱伝導率の測定方法を示す模式的な図である。
図5(a)は総合の熱伝導率の経時変化前、
図5(b)は総合の熱伝導率の経時変化後のグラフを示す。本適用例では、ヒータ3によって雰囲気ガスを加熱する際に、ヒータ3の温度を二通りの温度T1、T2(T1<T2)に変化させる。
【0026】
図5(a)において、経時変化前の配線の熱伝導率をλm、T1における雰囲気ガスの熱伝導率をλg1、T2における雰囲気ガスの熱伝導率をλg2とする。温度が高いほど、雰囲気ガスを構成する粒子の熱運動量が増加し、熱伝導率が高くなるため、λg1<λg2が成立する。ここで、雰囲気ガスの熱伝導率と比較して、配線の熱伝導率は温度変化によって値がほとんど変化しないため、T1におけるλmとT2におけるλmは同値であると考えてよい。経時変化前のT1における熱伝導率λ(T1)は、λg1とλmとの和で表すことができる。同様に、経時変化前のT2における熱伝導率λ(T2)は、λg2とλmとの和で表すことができる。λ(T2)とλ(T1)の差をΔλとする。
【0027】
図5(b)において、経時変化後の配線の熱伝導率をλm´とする。経時変化前と同一の温度T1、T2のそれぞれにおいて、経時変化前と経時変化後で雰囲気ガスが同一であれば、λg1及びλg2は、経時変化前と経時変化後で同値である。それに対して、経時変化後のT1及びT2における配線の熱伝導率λm´はλmと比較して値が小さい。なお、λmと同様に、T1におけるλm´とT2におけるλm´は同値であると考えてよい。経時変化後のT1における熱伝導率λ´(T1)は、λg1とλm´との和で表すことができる。同様に、経時変化後のT2における熱伝導率λ´(T2)は、λg2とλm´との和で表すことができる。λ´(T2)とλ´(T1)の差をΔλ´とする。
【0028】
ここで、
図5に示すように、Δλ≒Δλ´の関係が成立する。すなわち、配線の熱伝導率の経時変化の前後で、λ(T2)とλ(T1)の差Δλは変化しない。従って、雰囲気ガスの熱伝導率を出力する際には、Δλ(≒Δλ´)を測定値とすることで、配線の熱伝導率の経時変化の測定値への影響を除去することができる。
【0029】
〔実施例1〕
以下、本発明の実施例1に係るサーモパイル型センサについて、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の実施形態においては、本発明を熱式ガスセンサに適用した例について説明するが、本発明を酸素濃縮器等に適用しても構わない。なお、本発明に係るサーモパイル型センサは、以下の構成に限定する趣旨のものではない。
【0030】
<装置構成>
図1は、実施例1における熱式ガスセンサ1を構成するセンサ素子2の一例を示す模式的な図である。
図1(a)は従来の熱式ガスセンサ1を構成するセンサ素子2の平面図、
図1(b)は
図1(a)の断面X-Xに係る断面図である。センサ素子2は一種のMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)であり、例えば雰囲気ガスのガス組成(濃度比率)の測定に用いられる。ここで、熱式ガスセンサ1は、本発明におけるサーモパイル型センサに相当する。
【0031】
図1(b)に示すように、サーモパイル4を構成する熱電対7は、温接点8がヒータ3における発熱を感知すると、ゼーベック効果により、冷接点9との温度差によって起電力が生じる。センサ素子2が雰囲気ガスに曝されている状態では、ヒータ3から生じた熱はヒータ3を中心に絶縁薄膜5内に拡散する。温接点8はキャビティエリア10の上部に並んで位置し、冷接点9はシリコン基板6におけるキャビティエリア10以外の領域に位置する。ヒータ3において発生した熱は、雰囲気ガス中に放出されるため、シリコン基板6への熱の拡散は抑制される。よって、シリコン基板6におけるキャビティエリア10以外の領域に位置する冷接点9とヒータ3の周囲に位置する温接点8との温度差がより生じやすい。ここで、絶縁薄膜5、及びシリコン基板6はそれぞれ、本発明における薄膜部、及び基板に相当する。
【0032】
電源11から電極12を介してセンサ素子2に電力を供給することで、ヒータ3が発熱する。ヒータ3において発生した熱の温度をサーモパイル4で測定することで、センサ素子2の周囲の雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を測定できる。熱伝導率はガスの種類によって固有の値であるため、センサ素子2の周囲の雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を測定することで、雰囲気ガスのガス組成を測定できる。例えば雰囲気ガスが空気である場合は、空気中の酸素濃度を測定することも可能である。ここで、電源11から供給される電力は、定電圧であっても定電流であってもよい。
【0033】
センサ素子2において、ヒータ3における電力をW、サーモパイル4で測定された温度の昇温量をΔTとすると、雰囲気ガスの熱伝導率λについて、λ=W/ΔTの関係が成立
する。λの値に基づいて、雰囲気ガスのガス組成を測定できる。
【0034】
ここで、
図2の説明に戻る。上述の通り、ヒータ3の周辺の熱伝導率λについて、λ=λg+λm(=W/ΔT)の関係が成立する。すなわち、実際にはヒータ3から生じた熱はヒータ3の周辺における雰囲気ガスのみならず、配線を伝導するため、昇温量から算出するλにはλmの因子も含まれる。そして、λmが経時変化することによってλも経時的に変化する。
【0035】
図3は、雰囲気ガスのガス組成の測定時における熱式ガスセンサ1の機能構成を示すブロック図である。熱式ガスセンサ1は、制御部13と、それぞれ無線または有線で制御部13に接続されている、入力部14及び測定部15及び第一記憶部16及び第二記憶部17及び出力部18とを備えている。
【0036】
制御部13には、CPU、ROM、RAM等を用いて演算処理を実行する演算部(不図示)及び第二演算部(不図示)が含まれ、例えばガスの種類によって固有の値を有する熱伝導率の情報が蓄積されている。演算部は、例えばヒータ3の二通りの温度のそれぞれにおける熱伝導率の差を算出する機能を有する。第二演算部は、例えば演算部が算出した熱伝導率の差に基づいて雰囲気ガスのガス組成を算出する機能を有する。
【0037】
入力部14には、例えば測定対象の雰囲気ガスに含まれるガスの種類を予め入力する機能が備えられる。これにより、センサ素子2に流入した雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を測定することで、雰囲気ガスにおける、入力したそれぞれのガスのガス組成を測定することができる。
【0038】
測定部15には、ガス流路(不図示)やヒータ3やサーモパイル4等が含まれ、例えばヒータ3の電力やヒータ3から生じた熱の温度等のパラメータの測定を行う。測定されたパラメータは第一記憶部16及び第二記憶部17に蓄積される。
【0039】
制御部13において、測定部15におけるサーモパイル4の出力と、第一記憶部16に蓄積されたパラメータに基づいて、雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を算出する。このとき、電源11から供給する電力を二通りに変化させ、それぞれの場合において、サーモパイル4の出力と、第一記憶部16に蓄積されたパラメータに基づいて、二通りの雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を算出することができる。そして、第一記憶部16に蓄積されたパラメータに基づいて、演算部が二通りの雰囲気ガスの熱伝導率の差を算出し、第二演算部がこの熱伝導率の差及び第二記憶部17に蓄積されたパラメータに基づいて、雰囲気ガスのガス組成を算出する。算出したガス組成は、出力部18に表示される。出力部18は、例えば液晶モニターである。なお、制御部13において算出される雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値は、ガス組成と一対一に対応する値であればよく、正確に熱伝導率の値でなくてもよい。
【0040】
図4は、熱式ガスセンサ1による、雰囲気ガスのガス組成の測定時における処理を示すフローチャートである。以下、
図4を用いて処理の流れについて説明する。本フローチャートでは、まず、熱式ガスセンサ1に、入力部14においてガスの種類を特定した雰囲気ガスを流入する(S101)。流入した雰囲気ガスは、電源11から供給する電力W1によって発熱するヒータ3によって加熱される(S102)。次に、制御部13において、サーモパイル4によって検出される雰囲気ガスの昇温量と、第一記憶部16に蓄積されたパラメータに基づいて、W1における雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を算出する(S103)。ここで、S103は、本発明における測定工程、及び演算工程に相当する。同様に、雰囲気ガスは、電源11から供給する電力W2によって発熱するヒータ3によって加熱され(S104)、制御部13において、雰囲気ガスの昇温量と、第一記憶部16に
蓄積されたパラメータに基づいて、W2における雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を算出する(S105)。ここで、S104は、本発明における供給電力変化工程に相当する。また、S105も、本発明における測定工程、及び演算工程に相当する。そして、制御部13において、二通りの熱伝導率に対応する値と、第一記憶部16に蓄積されたパラメータに基づいて、二通りの熱伝導率の差を算出し、この二通りの熱伝導率の差と、第二記憶部17に蓄積されたパラメータに基づいて、雰囲気ガスのガス組成を算出する(S106)。ここで、S106は、本発明における第二演算工程、及びガス組成算出工程に相当する。測定した雰囲気ガスのガス組成のパラメータは新たに第二記憶部17に蓄積される。最後に、出力部18に雰囲気ガスのガス組成が表示される(S107)。これによれば、例えば雰囲気ガスにおける特定のガスの濃度を把握できる。なお、W1はT1における電力の値、W2はT2における電力の値とし、以下も同様に考える。
【0041】
ここで、
図5の説明に戻る。上述の通り、ヒータ3の温度変化によって取得した二通りの雰囲気ガスの熱伝導率の差Δλ(≒Δλ´)を算出することで、配線の熱伝導率の経時変化によるノイズの影響を除去することができる。Δλはヒータ3の二通りの温度T1、T2、及び二通りの電力W1、W2に基づくパラメータである。また、Δλを算出することで、例えば絶縁薄膜5の熱伝導率の経時変化や、ヒータ3の周辺における環境温度変化及び気圧変化等、ヒータ3の温度依存性を持たない外乱要因の影響も同様に除去または低減することができる。他に、電源11における電圧の経時変化や、ヒータ3の抵抗温度係数の経時変化や、ブリッジ回路を組んだ場合のブリッジ固定抵抗の経時変化等、回路定数の経時変化によるノイズの影響についても同様に除去または低減することができる。
【0042】
制御部13は、電源11からヒータ3に供給する電力をパルス状、あるいはサイン波状に変化させる。ヒータ3の温度をT1からT2に昇温する際に、電力をパルス状、あるいはサイン波状に変化させることによって昇温の度合いを調整できる。具体的には、電力をパルス状に変化させた場合は、急峻に昇温するため、T1からT2に比較的速く到達する。電力をサイン波状に変化させた場合は、緩やかに昇温するため、T1からT2に比較的精度良く到達する。
【0043】
図6は、実施例1における熱式ガスセンサ1を用いて酸素濃度を測定する際の、アルゴンの混入の影響を示す模式的な図である。
図6のグラフはそれぞれ、酸素と窒素とアルゴンの三成分系のそれぞれについて、熱伝導率、及び熱伝導率変化、及び熱伝導率変化率(後述)を示す。熱伝導率、または熱伝導率変化、または熱伝導率変化率のいずれかの値を用いて酸素濃度を測定するかに依存して、アルゴンの混入の影響が変化する。
【0044】
図6(a)には、三成分系それぞれについての酸素で規格化した熱伝導率λを示す。酸素のλと窒素のλは近い値であるが、窒素のλとアルゴンのλは値に大きな差がある。よって、窒素雰囲気ガス中の酸素濃度を測定する際に、アルゴンが混入した場合、その量が微量であっても混合気体のλの測定値に誤差が生じ、結果的に酸素濃度の測定値に誤差が生じる。
図6(b)には、三成分系それぞれについての酸素で規格化した温度による熱伝導率変化Δλを示す。
図6(a)に示すそれぞれのλの値と比較して、酸素のΔλと窒素のΔλの値の差は拡大し、窒素のΔλとアルゴンのΔλの値の差は縮小している。よって、Δλの値を用いて窒素雰囲気ガス中の酸素濃度を測定する場合、相対的にアルゴンの混入の影響を抑制し、より正確な酸素濃度の測定値を取得できる。
図6(c)には、三成分系それぞれについての酸素で規格化した温度による熱伝導率変化率を示す。ここで、熱伝導率変化率とは、Δλを温度変化前におけるλで除算した値(以下、Δλ/λと表記)のことである。
図6(b)に示すそれぞれのΔλの値と比較して、窒素のΔλ/λとアルゴンのΔλ/λは近い値である。よって、Δλ/λの値を用いて窒素雰囲気ガス中の酸素濃度を測定する場合、アルゴンの混入の影響をほとんど無視することができる。Δλの代わりにΔλ/λの値を用いることで、アルゴンの混入の影響をさらに低減し、酸素に対する
選択性を向上することができる。
【0045】
また、制御部13において、第二演算部は、Δλの値と第二記憶部17に蓄積されたパラメータに基づいて、雰囲気ガスのガス組成を算出できるのと同様に、Δλ/λの値と第二記憶部17に蓄積されたパラメータに基づいて、雰囲気ガスのガス組成を算出できる。
【0046】
なお、上記の実施例においては、温度検出器としてサーモパイル4を用いたサーモパイル型センサを例にとって説明したが、本発明が適用されるセンサは、サーモパイル型センサに限られない。例えば、サーモパイル以外の温度センサを有するセンサや、サーモパイルを備えず、ヒータに電力供給してヒータの温度を上昇させ、ヒータ自体の抵抗値の変化によって温度を検知するガスセンサ等に適用することが可能である。
【0047】
なお、以下には本発明の構成要件と実施例の構成とを対比可能とするために、本発明の構成要件を図面の符号付きで記載しておく。
<発明1>
表面にキャビティエリア(10)の開口部を有する基板(6)と、
前記キャビティエリアの開口部を覆うように形成された薄膜部(5)と、
前記薄膜部に配置され、電源(11)からの電力供給により発熱するヒータ(3)と、
前記薄膜部に配置され、前記ヒータまたは前記ヒータの周辺の温度を検出する温度検出器(4)と、
前記ヒータへの供給電力を制御する制御部(13)と、
前記ヒータへの電力供給時における、前記供給電力の値と、前記温度検出器により取得された温度上昇の値とに基づいて、雰囲気ガスの熱伝導率に対応する値を算出する演算部と、
を備える熱式センサ(1)であって、
前記制御部は、前記ヒータへの供給電力を変化させ、
前記演算部は、前記供給電力の変化前後において算出された熱伝導率に対応する値の変化量または変化率をさらに算出することを特徴とする、熱式センサ。
【符号の説明】
【0048】
1 :熱式ガスセンサ
2 :センサ素子
3 :ヒータ
4 :サーモパイル
5 :絶縁薄膜
6 :シリコン基板
7 :熱電対
8 :温接点
9 :冷接点
10 :キャビティエリア
11 :電源
12 :電極
13 :制御部
14 :入力部
15 :測定部
16 :第一記憶部
17 :第二記憶部
18 :出力部