IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社豊田中央研究所の特許一覧

<>
  • 特許-誘電体フィルム及びその製造方法 図1
  • 特許-誘電体フィルム及びその製造方法 図2
  • 特許-誘電体フィルム及びその製造方法 図3
  • 特許-誘電体フィルム及びその製造方法 図4
  • 特許-誘電体フィルム及びその製造方法 図5
  • 特許-誘電体フィルム及びその製造方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-18
(45)【発行日】2024-03-27
(54)【発明の名称】誘電体フィルム及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 3/00 20060101AFI20240319BHJP
   C08J 5/18 20060101ALI20240319BHJP
   B29C 41/12 20060101ALI20240319BHJP
   B29C 41/36 20060101ALI20240319BHJP
   H01B 3/44 20060101ALI20240319BHJP
   H01G 4/20 20060101ALI20240319BHJP
   H01G 4/32 20060101ALI20240319BHJP
【FI】
H01B3/00 G
C08J5/18 CEW
B29C41/12
B29C41/36
H01B3/44 C
H01G4/20 600
H01G4/32 511H
H01G4/32 511L
H01G4/32 551B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021094400
(22)【出願日】2021-06-04
(65)【公開番号】P2022186262
(43)【公開日】2022-12-15
【審査請求日】2022-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】高木 凡子
(72)【発明者】
【氏名】和田 賢介
【審査官】中嶋 久雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-056935(JP,A)
【文献】特開2014-034650(JP,A)
【文献】特開2016-152175(JP,A)
【文献】特開昭63-127515(JP,A)
【文献】国際公開第2007/088924(WO,A1)
【文献】特開2015-138904(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 3/00
C08J 5/18
B29C 41/12
B29C 41/36
H01B 3/44
H01G 4/20
H01G 4/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えた誘電体フィルム。
(1)前記誘電体フィルムは、
ポリフッ化ビニリデン系樹脂からなる基材と、
前記基材中に分散させた無機フィラーと、
前記無機フィラーの表面を修飾する分散剤と
を備え、
前記無機フィラーは、BaTiO 3 らなる。
(2)前記誘電体フィルムは、次の式(1)及び式(2)を満たす。
σ/m≦1.0 …(1)
t/r3≧0.01(nm-2) …(2)
但し、
σは、前記誘電体フィルムの断面に対して、個々の前記無機フィラーを中心に膨張させて得られる各領域(膨張法を用いて算出される分割領域)の面積の標準偏差、
mは、前記分割領域の面積の平均値、
tは、前記誘電体フィルムの厚さ(nm)、
rは、前記無機フィラーの1次粒子径(nm)。
(3)前記誘電体フィルムは、
前記無機フィラーの充填率が10vol%以上40vol%以下であり、
絶縁破壊強度が300V/μm以上である。
【請求項2】
前記無機フィラーの1次粒子径が10nm以上500nm以下である請求項1に記載の誘電体フィルム。
【請求項3】
前記ポリフッ化ビニリデン系樹脂の分子量は、1.0×105以上8.0×105以下である請求項1又は2に記載の誘電体フィルム。
【請求項4】
乾燥工程を経ることなく合成された無機フィラーが第1溶媒中に分散している分散液を得る第1工程と、
前記分散液に分散剤を添加し、前記分散剤で表面が修飾された前記無機フィラーが前記第1溶媒中に分散しているコロイド溶液を得る第2工程と、
ポリフッ化ビニリデン系樹脂を第2溶媒に溶解又は分散させ、ワニスを得る第3工程と、
前記コロイド溶液と前記ワニスとを混合し、スラリーを得る第4工程と、
前記スラリーを基材表面に塗工し、塗膜を乾燥させ、請求項1から3までのいずれか1項に記載の誘電体フィルムを得る第5工程と
を備えた誘電体フィルムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電体フィルム及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、ポリマーと無機フィラーとの複合体からなる誘電体フィルムに関する。
【背景技術】
【0002】
コンデンサは、2枚の電極の間に誘電体を挿入したものであり、その静電容量は、誘電体の比誘電率に比例する。コンデンサに使用される誘電体としては、例えば、セラミックス、プラスチック、絶縁油、マイカなどが知られている。特に、BaTiO3は、比誘電率が大きいため、小型・大容量のコンデンサの誘電体には、主としてBaTiO3が用いられている。
【0003】
BaTiO3は、常温(25℃)では正方晶であるが、結晶構造が正方晶(強誘電体)から立方晶(常誘電体)に変化するキュリー点(約125℃)を持ち、キュリー点では比誘電率が最も高くなる。そのため、BaTiO3を用いたコンデンサは、キュリー点近傍において静電容量が大きく変化する。しかし、BaTiO3からなる緻密な焼結体を得るためには、1300℃前後の高い焼結温度を必要とする。さらに、BaTiO3は、加工性に乏しいために、任意の形状や複雑な形状に加工するのが難しい。
【0004】
一方、ポリプロピレンなどのポリマーからなるプラスチックフィルムは、フィルムコンデンサの誘電体として用いられている。プラスチックフィルムは、可撓性があるために、容易にロール状に巻き取ることができる。しかしながら、ポリマーは、比誘電率が小さいために、コンデンサ容量を大きくするためには、巻回数を多くする必要がある。そのため、フィルムコンデンサは、積層セラミックチップコンデンサに比べて大型化するという問題がある。
【0005】
これに対し、可撓性のあるポリマーと、高い比誘電率を有する無機フィラーとを複合化させると、可撓性と高比誘電率とを両立させることができる。また、このような複合体を用いてフィルムコンデンサを作製すると、ポリマーのみを用いた場合に比べて、フィルムコンデンサを小型化することができる。そのため、この種の誘電体フィルムに関し、従来から種々の提案がなされている。
【0006】
例えば、特許文献1には、フッ化ビニリデンホモポリマーと、平均粒子径が0.1μmであるチタン酸ジルコン酸バリウム粒子とを含む高誘電性フィルムが開示されている。
特許文献2には、フッ化ビニリデンホモポリマーと、平均粒子径が0.6μmであるスズ酸カルシウム粒子とを含む高誘電性フィルムが開示されている。
【0007】
特許文献3には、フッ化ビニリデンホモポリマーと、平均粒子径が0.3μmであるチタン酸ストロンチウム粒子とを含む高誘電性フィルムが開示されている。
特許文献4には、ポリフッ化ビニリデンポリマーと、平均粒子径が0.1μmであるチタン酸バリウム粒子とを含む高誘電性フィルムが開示されている。
特許文献5には、酢酸セルロースと、平均粒子径が0.1μmであるチタン酸バリウム粒子とを含む誘電性フィルムが開示されている。
【0008】
特許文献6には、ポリマーと無機フィラーとの複合体ではないが、ポリビニルアセトアセタールと、トリレンジイソシアネートと、ポリカーボネートとを含む誘電体樹脂フィルムが開示されている。
さらに、特許文献7には、ポリマーと無機フィラーとの複合体ではないが、ポリビニルアセトアセタールと、トリレンジイソシアネートとを含む誘電体樹脂フィルムが開示されている。
【0009】
フッ化ビニリデン系ポリマー等の樹脂は、絶縁破壊強度は高いが、比誘電率は低い。そのため、樹脂のみを用いてフィルムコンデンサを作製する場合において、容量を大きくすると、コンデンサの体格が大きくなる。
一方、樹脂と高比誘電率の無機フィラー(例えば、BaTiO3)とを複合化させると、フィルムの比誘電率が大きくなる。これに加えて、フィルムの厚さを薄くすると、フィルムの容量が大きくなる。そのため、樹脂と無機フィラーとの複合体からなり、かつ、厚さの薄いフィルム(以下、これを「薄層複合体フィルム」ともいう)を用いると、コンデンサの体格を大きくすることなく、コンデンサの容量を大きくすることができる。
【0010】
さらに、比誘電率の高い薄層複合体フィルムを得るためには、無機フィラーを微細化するのが好ましい。しかし、無機フィラーは、微細になるほど凝集しやすくなる。樹脂中で凝集した無機フィラーは、導電パスを形成し、絶縁破壊強度を低下させる原因となる。すなわち、薄層複合体フィルムは、比誘電率は高いが、無機フィラーが凝集しやすいために絶縁破壊強度が低下しやすいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特許第5135937号公報
【文献】特許第5070976号公報
【文献】特許第4952793号公報
【文献】特許第5211695号公報
【文献】特許第5261896号公報
【文献】特許第5598610号公報
【文献】特許第5382108号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、ポリマーと無機フィラーとの複合体からなり、絶縁破壊強度の高い誘電体フィルム及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明に係る誘電体フィルムは、以下の構成を備えていることを要旨とする。
(1)前記誘電体フィルムは、
ポリフッ化ビニリデン系樹脂からなる基材と、
前記基材中に分散させた無機フィラーと、
前記無機フィラーの表面を修飾する分散剤と
を備え、
前記無機フィラーは、比誘電率が前記ポリフッ化ビニリデン系樹脂より高いものからなる。
(2)前記誘電体フィルムは、次の式(1)及び式(2)を満たす。
σ/m≦1.0 …(1)
t/r3≧0.01(nm-2) …(2)
但し、
σは、前記誘電体フィルムの断面に対して、個々の前記無機フィラーを中心に膨張させて得られる各領域(膨張法を用いて算出される分割領域)の面積の標準偏差、
mは、前記分割領域の面積の平均値、
tは、前記誘電体フィルムの厚さ(nm)、
rは、前記無機フィラーの1次粒子径(nm)。
【0014】
本発明に係る誘電体フィルムの製造方法は、
乾燥工程を経ることなく合成された無機フィラーが第1溶媒中に分散している分散液を得る第1工程と、
前記分散液に分散剤を添加し、前記分散剤で表面が修飾された前記無機フィラーが前記第1溶媒中に分散しているコロイド溶液を得る第2工程と、
ポリフッ化ビニリデン系樹脂を第2溶媒に溶解又は分散させ、ワニスを得る第3工程と、
前記コロイド溶液と前記ワニスとを混合し、スラリーを得る第4工程と、
前記スラリーを基材表面に塗工し、塗膜を乾燥させ、本発明に係る誘電体フィルムを得る第5工程と
を備えている。
【発明の効果】
【0015】
キャスト法を用いて誘電体フィルムを作製する場合において、無機フィラーの作製から誘電体フィルムの作製に至るまでの間に、無機フィラーを乾燥させることなくスラリー状態を維持し、かつ、無機フィラーに対して分散処理を施した時には、無機フィラーが微細である場合であっても無機フィラーの凝集が抑制される。そのため、このような方法により得られた誘電体フィルムは、高い絶縁破壊強度を示す。
【0016】
さらに、上述した方法を用いて無機フィラーの分散性を向上させることに加えて、式(1)及び式(2)を満たすように誘電体フィルムの製造条件を最適化すると、高比誘電率及び高絶縁破壊強度を維持したまま、誘電体フィルムの厚さを薄くすることができる。また、誘電体フィルムの平滑度が高くなり、可撓性も向上する。そのため、これを用いてコンデンサを作製すると、体格を大きくすることなく、容量を大きくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】誘電体フィルムの製造方法の模式図である。
図2】実施例5で得られた誘電体フィルムの断面のSEM像である。
図3】比較例6で得られた誘電体フィルムの断面のSEM像である。
図4】フィラー充填率と比誘電率との関係を示す図である。
図5】フィラー充填率と絶縁破壊強度との関係を示す図である。
図6】分割領域の面積の変動係数(σ/m)とt/r3との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 誘電体フィルム]
本発明に係る誘電体フィルムは、
ポリフッ化ビニリデン系樹脂からなる基材と、
前記基材中に分散させた無機フィラーと、
前記無機フィラーの表面を修飾する分散剤と
を備えている。
【0019】
[1.1. 基材]
基材は、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)系樹脂からなる。PVFD系樹脂は、比誘電率が最大で11程度であり、他の樹脂に比べて比誘電率が高い。そのため、PVDF系樹脂は、基材の材料として好適である。
PVDF系樹脂としては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、PVDF-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、PVDF-三フッ化エチレン共重合体などがある。
【0020】
PVDF系樹脂の分子量は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な分子量を選択することができる。一般に、PVDF系樹脂の分子量が小さくなりすぎると、絶縁破壊強度が低下する場合がある。従って、PVDF系樹脂の分子量は、1×105以上が好ましい。分子量は、さらに好ましくは、2×105以上、さらに好ましくは、3×105以上である。
一方、PVDF系樹脂の分子量が大きくなるほど、絶縁破壊強度は高くなるが、ハンドリング性が低下する場合がある。従って、PVDF系樹脂の分子量は、8.0×105以下が好ましい。分子量は、さらに好ましくは、7×105以下、さらに好ましくは、6×105以下である。
【0021】
[1.2. 無機フィラー]
[1.2.1. 材料]
基材中には、無機フィラーが分散している。本発明において、無機フィラーは、少なくとも、比誘電率がPVDF系樹脂より高いものであれば良く、その組成は特に限定されない。無機フィラーの材料としては、例えば、
(a)BaTiO3、SrTiO3、CaTiO3、(Ba,Sr)TiO3、(Ba,Sr)(Ti,Zr)O3、Pb(Zr,Ti)O3、NaNbO3、(Li,Na,K)(Nb,Ta)O3などのペロブスカイト型酸化物、
(b)KCa2Nam-3Nbm3m+1(mは、1以上の整数)、Ca2Nam-3Nbm3m+1(mは、1以上の整数)、Am+1Tim3m-1(A=Sr、Ca)などの層状ペロブスカイト型酸化物、
(c)(Ba,Sr)Nb26などのタングステンブロンズ型酸化物、
(d)Ba6-2x8+2/3xTi1854(R=希土類元素)などの疑似タングステンブロンズ型酸化物、
などがある。
これらの中でも、無機フィフィラーは、BaTiO3が好ましい。これは、BaTiO3は高い比誘電率と低い誘電損失を両立できるためである。
【0022】
[1.2.2. 1次粒子径]
無機フィラーの「1次粒子径」とは、レーザー回折式粒度分布計により測定されるメディアン径(D50)をいう。
【0023】
無機フィラーの1次粒子径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、無機フィラーの1次粒子径が小さくなりすぎると、樹脂中の分散が困難になる場合がある。また、結晶性が低下することで比誘電率が低下する場合がある。従って、1次粒子径は、10nm以上が好ましい。1次粒子径は、さらに好ましくは、20nm以上、さらに好ましくは、30nm以上である。
一方、無機フィラーの1次粒子径が大きくなりすぎると、フィルムの厚み方向に対して無機フィラーが連結する部分が生じやすくなることで絶縁破壊強度が低下する場合がある。従って、1次粒子径は、500nm以下が好ましい。1次粒子径は、さらに好ましくは、400nm以下、さらに好ましくは、300nm以下である。
【0024】
[1.2.3. 充填率]
無機フィラーの「充填率」とは、誘電体フィルムの総体積に対する、無機フィラーの体積の割合をいう。
【0025】
無機フィラーの充填率は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。一般に、無機フィラーの充填率が少なくなりすぎると、誘電体フィルムの比誘電率が低下する。従って、無機フィラーの充填率は、1vol%以上が好ましい。充填率は、さらに好ましくは、5vol%以上、さらに好ましくは、10vol%以上である。
一方、無機フィラーの充填率が多くなりすぎると、誘電体フィルムの可撓性が低下する場合がある。従って、無機フィラーの充填率は、50vol%以下が好ましい。充填率は、さらに好ましくは、40vol%以下である。
【0026】
[1.3. 分散剤]
無機フィラーの表面は、分散剤で修飾されている。無機フィラーの表面を分散剤で修飾すると、基材中に均一に無機フィラーを分散させることができる。
分散剤は、無機フィラーの表面を修飾することができ、かつ、表面が修飾された無機フィラーを基材中に均一に分散させることが可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
分散剤としては、例えば、
(a)3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-ウレイドプロピルトリエトキシシラン、n-オクチルトリメトキシシラン、トリフルオロプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシランなどのシランカップリング剤、
(b)チタンカップリング剤、
などがある。
【0027】
[1.4. 誘電体フィルムの特性]
[1.4.1. 式(1)及び式(2)]
誘電体フィルムは、次の式(1)及び式(2)を満たしている必要がある。
σ/m≦1.0 …(1)
t/r3≧0.01(nm-2) …(2)
但し、
σは、前記誘電体フィルムの断面に対して、個々の前記無機フィラーを中心に膨張させて得られる各領域(膨張法を用いて算出される分割領域)の面積の標準偏差、
mは、前記分割領域の面積の平均値、
tは、前記誘電体フィルムの厚さ(nm)、
rは、前記無機フィラーの1次粒子径(nm)。
【0028】
基材中に無機フィラーを分散させる場合において、無機フィラーが凝集していない時には、理想的には、基材中に個々の無機フィラー(1次粒子)が分散した状態となる。一方、無機フィラーの製造途中において乾燥工程があると、その後に分散処理を施したとしても、無機フィラーの凝集を完全になくすことはできない。このような無機フィラーを用いて誘電体フィルムを作製すると、基材中に無機フィラーの凝集体(2次粒子)が分散した状態となる。しかも、無機フィラーの凝集体は、通常、粒径のバラツキが極めて大きい。
【0029】
式(1)中、σ/mは、無機フィラーの輪郭を等分に膨張させてできる領域(分割領域)の面積の変動係数、すなわち、基材中における無機フィラーの分散の程度を表す。一般に、無機フィラーの1次粒子径が小さくなるほど、凝集が起きやすくなるために、変動係数は大きくなる傾向にある。
これに対し、本発明に係る誘電体フィルムは、後述する方法を用いて製造されるため、従来の方法により得られる誘電体フィルムに比べて、無機フィラーの凝集が抑制される。製造条件を最適化すると、σ/mは、1.0以下となる。製造条件をさらに最適化すると、σ/mは、0.95以下、あるいは、0.90以下となる。
【0030】
式(2)中、t/r3は、無機フィラーの体積と誘電体フィルムの厚さとの相対的な関係を表すパラメータである。一般に、誘電体フィルムの厚さ(t)に対して、無機フィラーの大きさ(∝r3)が小さくなるほど(すなわち、t/r3が大きくなるほど)、無機フィラーは凝集しやすくなる。
すなわち、式(1)及び式(2)を同時に満たすことは、無機フィラーの均一分散が難しい系(すなわち、t/r3が相対的に大きい系)において、無機フィラーが均一に分散していることを表す。後述する方法を用いると、式(1)及び式(2)を同時に満たす誘電体フィルムが得られる。
【0031】
[1.4.2. 絶縁破壊強度]
樹脂と無機フィラーとの複合体からなる誘電体フィルムにおいて、無機フィラーが凝集すると、絶縁破壊強度が低下する。
これに対し、本発明に係る誘電体フィルムは、無機フィラーの凝集が少ないので、従来の誘電体フィルムに比べて絶縁破壊強度が高い。製造条件を最適化すると、絶縁破壊強度が300V/μm以上である誘電体フィルムが得られる。製造条件をさらに最適化すると、絶縁破壊強度は、400V/μm以上、あるいは、500V/μm以上となる。
【0032】
[1.4.3. 誘電体フィルムの厚さ]
誘電体フィルムの容量密度は、次の式(3)で表される。式(3)より、誘電体フィルムの厚さが薄くなるほど、容量密度が高くなることが分かる。
容量密度[F/m3]=ε0εr/d2 …(3)
但し、
ε0:真空の誘電率、8.854×10-12[F/m]、
εr:誘電体フィルムの比誘電率、
d:誘電体フィルムの厚さ[m]
【0033】
本発明において、誘電体フィルムの厚さは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な厚さを選択することができる。一般に、誘電体フィルムの厚さが薄くなりすぎると、自立膜としての取り扱いが困難となる場合がある。従って、誘電体フィルムの厚さは、2μm以上が好ましい。
一方、誘電体フィルムの厚さが厚くなりすぎると、容量密度が低下する。従って、誘電体フィルムの厚さは、20μm以下が好ましい。誘電体フィルムの厚さは、さらに好ましくは、10μm以下、6μm以下、あるいは、4μm以下である。
【0034】
[2. 誘電体フィルムの製造方法]
本発明に係る誘電体フィルムの製造方法は、
乾燥工程を経ることなく合成された無機フィラーが第1溶媒中に分散している分散液を得る第1工程と、
前記分散液に分散剤を添加し、前記分散剤で表面が修飾された前記無機フィラーが前記第1溶媒中に分散しているコロイド溶液を得る第2工程と、
ポリフッ化ビニリデン系樹脂を第2溶媒に溶解又は分散させ、ワニスを得る第3工程と、
前記コロイド溶液と前記ワニスとを混合し、スラリーを得る第4工程と、
前記スラリーを基材表面に塗工し、乾燥させ、本発明に係る誘電体フィルムを得る第5工程と
を備えている。
【0035】
[2.1. 第1工程]
まず、乾燥工程を経ることなく合成された無機フィラーが第1溶媒中に分散している分散液を得る(第1工程)。
無機フィラー及び分散液の製造方法は、無機フィラーを乾燥させることなく分散液を製造することが可能な方法である限りにおいて、特に限定されない。
【0036】
例えば、BaTiO3ナノ粒子が分散している分散液は、
(a)バリウムアルコキシドとチタンテトライソプロポキシドを混合して環流温度で加水分解する方法(アルコキシド法)、
(b)水酸化バリウムとメタチタン酸TiO(OH)2の含水塩とを1気圧以上の高温高圧下で処理する方法(水熱法)
などにより製造することができる。
このようにして得られた分散液は、乾燥させることなく次工程に供される。
【0037】
第1溶媒は、合成された無機フィラーを分散させることが可能であり、かつ、後述する処理(分散剤による表面修飾、ワニスとの混合)が可能なものである限りにおいて、特に限定されない。第1溶媒としては、例えば、N-メチル-2-ピロリドンジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、メチルエチルケトン、テトラヒドロフランなどがある。
なお、無機フィラーの合成時に用いた溶媒が、後述する処理に適していない時は、無機フィラーが分散している分散液を調製した後、溶媒置換を行うのが好ましい。
さらに、分散液中の無機フィラーの濃度は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な濃度を選択することができる。
【0038】
[2.2. 第2工程]
次に、前記分散液に分散剤を添加し、前記分散剤で表面が修飾された前記無機フィラーが前記第1溶媒中に分散しているコロイド溶液を得る(第2工程)。
分散液に、シランカップリング剤、チタンカップリング剤などの分散剤を添加すると、分散剤のアルコキシ基と無機フィラーとが反応する。その結果、表面が分散剤で修飾された無機フィラーが第1溶媒中に分散しているコロイド溶液が得られる。
【0039】
[2.3. 第3工程]
次に、ポリフッ化ビニリデン系樹脂を第2溶媒に溶解又は分散させ、ワニスを得る(第3工程)。
第2溶媒は、PVDF系樹脂を溶解又は分散させることが可能なものである限りにおいて、特に限定されない。第2溶媒としては、例えば、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチル-2-ピロリドン、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、リン酸トリメチル、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトンなどがある。
第2溶媒の量は、無機フィラーを均一に分散させることができ、かつ、塗工可能な粘度を有するスラリーを製造可能な量である限りにおいて、特に限定されない。
【0040】
[2.4. 第4工程]
次に、前記コロイド溶液と前記ワニスとを混合し、スラリーを得る(第4工程)。
コロイド溶液とワニスの混合比率は、特に限定されるものではなく、コロイド溶液及びワニスの固形分濃度に応じて、最適な混合比率を選択するのが好ましい。
【0041】
[2.5. 第5工程]
次に、前記スラリーを基材表面に塗工し、塗膜を乾燥させる(第5工程)。これにより、本発明に係る誘電体フィルムが得られる。
塗膜の乾燥条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択するのが好ましい。
【0042】
[3. 作用]
樹脂と無機フィラーとを含むスラリーを基板上にキャストし、乾燥させる方法(キャスト法)を用いて誘電体フィルムを作製する場合において、無機フィラーの作製から誘電体フィルムの作製に至るまでの間に、無機フィラーを乾燥させる工程がある時には、乾燥時に無機フィラーが凝集する。一旦凝集した無機フィラーは、その後の工程において分散処理を施しても、凝集を完全になくすことはできない。そのため、このような方法により得られた誘電体フィルムは、無機フィラーが凝集しているために絶縁破壊強度が低い。
【0043】
これに対し、キャスト法を用いて誘電体フィルムを作製する場合において、無機フィラーの作製から誘電体フィルムの作製に至るまでの間に、無機フィラーを乾燥させることなくスラリー状態を維持し、かつ、無機フィラーに対して分散処理を施した時には、無機フィラーが微細である場合であっても無機フィラーの凝集が抑制される。そのため、このような方法により得られた誘電体フィルムは、高い絶縁破壊強度を示す。
【0044】
また、絶縁破壊強度は、経験的に厚みの平方根に反比例することが知られている。すなわち、同一の構成材料であっても、厚みが薄いものほど、高い絶縁破壊強度を示す傾向がある。しかしながら、上記の事象は単一の材料において観測される事象である。樹脂と無機フィラーのような複数の材料で構成される複合体においては、フィラーとマトリックスの構造(例えば、フィラーの分散状態)が絶縁破壊強度に大きな影響を及ぼすため、厚みと絶縁破壊強度との関係については、十分に解明されていなかった。さらに、静電容量の観点からは、誘電体フィルムの厚みは小さいことが望ましい。
【0045】
これに対し、上述した方法を用いて無機フィラーの分散性を向上させることに加えて、式(1)及び式(2)を満たすように誘電体フィルムの製造条件を最適化すると、高比誘電率及び高絶縁破壊強度を維持したまま、誘電体フィルムの厚さを薄くすることができる。また、誘電体フィルムの平滑度が高くなり、可撓性も向上する。そのため、これを用いてコンデンサを作製すると、体格を大きくすることなく、容量を大きくすることができる。
【実施例
【0046】
(実施例1~5、比較例1~7)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例1~5]
図1に、誘電体フィルムの製造方法の模式図を示す。図1に示す手順に従い、誘電体フィルムを作製した。まず、ペレット状のポリフッ化ビニリデン(PVDF)と、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)とを混合・融解し、PVDFワニスを調製した。
これとは別に、液相合成法を用いて、1次粒子径が50nmであるBaTiO3粒子が分散している分散液を製造した。次いで、分散液を乾燥させることなく、分散液の溶媒をDMFに置換した。さらに、BaTiO3分散液に分散剤を加え、BaTiO3の表面を分散剤で修飾し(分散処理)、高分散コロイド(BaTiO3粉末エマルジョン)を得た。
【0047】
所定量の高分散コロイド(BaTiO3粉末エマルジョン)と所定量のPVDFワニスと秤量した。これらを自転・公転ミキサーで混合し、スラリーを得た。高分散コロイドとPVDFワニスの混合比率は、フィルム中の無機フィラーの充填率が10vol%(実施例1)、20vol%(実施例2、5)、30vol%(実施例3)、又は、40vol%(実施例4)となる混合比率とした。
得られたスラリーを基材上に塗工し、200℃で1時間乾燥させ、誘電体フィルムを得た。誘電体フィルムの厚さは、5.4~6.8μm(実施例1~4)、又は、17.5μm(実施例5)であった。得られた誘電体フィルムを基材から剥離させた後、両面に電極を形成し、電気物性測定用の試験片とした。
【0048】
[1.2. 比較例1~7]
1次粒子径が300nm(比較例1~5)又は50nm(比較例6~7)であるBaTiO3の乾燥粉末を用意した。次いで、BaTiO3粉末の分散処理を施すことなく、乾燥粉末をDMFに分散させ、BaTiO3粉末エマルジョンを得た。以下、実施例1~5と同様にして、誘電体フィルムを作製した。誘電体フィルムの厚さは、24.7~32.9μm(比較例1~4、6)、又は、7.7~8.5μm(比較例5、7)であった。
【0049】
[2. 試験方法]
[2.1. SEM観察]
誘電体フィルムの断面のSEM観察を行った。また、画像処理ソフトを用いて観察像を樹脂(暗部)と無機フィラー粒子(明部)に二値化処理した。これを複数の視野(総観察面積=150μm2以上)について行い、観察領域内に含まれる無機フィラー又はその凝集体が占有する分割領域の面積を算出した。また、各分割領域の面積から、平均値(m)、標準偏差(σ)、及び、変動係数(σ/m)を算出した。
【0050】
[2.2. 電気物性の評価]
インピーダンスアナライザ(Keysight社製、HP4194A)を用いて、比誘電率を測定した。測定は、室温で行った。
また、超高電圧耐圧試験機((株)計測技術研究所製、7474)を用いて、絶縁オイル中で直流絶縁破壊強度を測定した。測定は、室温で行った。
さらに、式(4)を用いて、最大エネルギー密度を算出した。
【0051】
max=1/2ε0εrBDS 2 …(4)
但し、
ε0:真空の誘電率、8.854×10-12[F/m]、
εr:誘電体フィルムの平均の比誘電率、
BDS:誘電体フィルムの絶縁破壊強度(V/μm)
【0052】
[3. 結果]
[3.1. SEM観察]
図2に、実施例5で得られた誘電体フィルムの断面のSEM像を示す。図3に、比較例6で得られた誘電体フィルムの断面のSEM像を示す。実施例5及び比較例6は、いずれも、無機フィラーとして1次粒子径が50nmであるBaTiO3粒子を用い、無機フィラーの充填率が20vol%である誘電体フィルムである(表1参照)。しかし、実施例5は微細なBaTiO3粒子が均一に分散しているのに対し、比較例6は、粒径が10μmを超える粗大なBaTiO3粒子の凝集体が観察された。
【0053】
[3.2. 電気物性]
表1に、t/r3、分割領域の面積の変動係数、比誘電率、絶縁破壊強度、及び最大エネルギー密度を示す。なお、表1には、厚み、フィラー粒径、及び、フィラー充填率も併せて示した。図4に、フィラー充填率と比誘電率との関係を示す。図5に、フィラー充填率と絶縁破壊強度との関係を示す。さらに、図6に、分割領域の面積の変動係数とt/r3との関係を示す。なお、図6中、円の大きさは、最大エネルギー密度の大きさを表す。表1、及び、図4~6より、以下のことが分かる。
【0054】
(1)誘電体フィルムの比誘電率は、ほぼ、フィラー充填率で決まり、フィラーの粒径や分散の程度にはあまり依存しなかった(図4参照)。一方、実施例1~5の絶縁破壊強度は、比較例1~7のそれより高くなった(図5参照)。これは、微細な無機フィラーが均一に分散しているためと考えられる。
(2)一般に、単一材料からなる誘電体フィルムの場合、厚みが薄くなるほど絶縁破壊強度が高くなる傾向がある。しかし、比較例5は、比較例2よりも誘電体フィルムの厚みを薄くしたにもかかわらず、比較例2より絶縁破壊強度が低下した。また、誘電体フィルムの厚みが比較例5と同等である比較例7に示されるように、無機フィラー(乾燥工程を経ているもの)の粒径を変化させても、高い絶縁破壊強度は得られなかった。
【0055】
(3)比較例6は、比較例2に比べて絶縁破壊強度が低くなった。これは、無機フィラーの粒径が小さいために、無機フィラーの凝集が著しくなり、分割領域の面積の変動係数が過度に大きくなったためと考えられる。
(4)実施例1~5は、いずれも、t/r3が相対的に大きいにもかかわらず、比較例1~7に比べて高い絶縁破壊強度及び高い最大エネルギー密度を示した。これは、乾燥工程を経ていない無機フィラーを用いており、かつ、無機フィラーに分散処理を施しているために、無機フィラーの凝集が抑制されたためと考えられる。
(5)特に、t/r3が0.01nm-2以上、かつ、分割領域の面積の変動係数が1.0以下である場合に、著しく高い絶縁破壊強度及び著しく高い最大エネルギー密度を示すことが分かった(図6参照)。
(6)以上から、実施例1~5の誘電体フィルムは、高い比誘電率と高い絶縁破壊強度を兼ね備え、コンデンサとして有効に機能することが判明した。
【0056】
【表1】
【0057】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明に係る誘電体フィルムは、ハイブリッド車やHV車のPCUに用いられるコンデンサの誘電体として使用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6