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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-18
(45)【発行日】2024-03-27
(54)【発明の名称】キノコシート及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D21H 13/28 20060101AFI20240319BHJP
【FI】
D21H13/28
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2023549973
(86)(22)【出願日】2022-11-17
(86)【国際出願番号】 JP2022042671
(87)【国際公開番号】W WO2023090387
(87)【国際公開日】2023-05-25
【審査請求日】2023-08-17
(31)【優先権主張番号】P 2021188228
(32)【優先日】2021-11-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】514241157
【氏名又は名称】株式会社伯耆のきのこ
(73)【特許権者】
【識別番号】307016180
【氏名又は名称】地方独立行政法人鳥取県産業技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100149696
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 俊夫
(72)【発明者】
【氏名】三鴨 真樹
(72)【発明者】
【氏名】寺田 直文
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-279088(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108677593(CN,A)
【文献】特開2021-052698(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2022-0054076(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D21H
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維、非キノコ由来セルロース繊維、及び可塑剤を含有し、
前記キノコ繊維と前記非キノコ由来セルロース繊維との重量比が前記キノコ繊維のほうが大きい、
皮革様キノコシート。
【請求項2】
前記キノコ繊維と前記非キノコ由来セルロース繊維との重量比が80:20から65:35である、
請求項1に記載の皮革様キノコシート。
【請求項3】
なめし剤を更に含有した請求項1又は2に記載の皮革様キノコシート。
【請求項4】
紙力増強剤を更に含有した請求項3に記載の皮革様キノコシート。
【請求項5】
厚みが250μm以上であり、かつ、坪量が248g/m以上である、
請求項4に記載の皮革様キノコシート。
【請求項6】
前記キノコ繊維は、平均繊維幅が50μm以上500μm以下であり、かつ平均繊維長が0.5mm以上5mm以下である、
請求項1又は2に記載の皮革様キノコシート。
【請求項7】
請求項1に記載の皮革様キノコシートの製造方法であって、
キノコの子実体内のキノコ繊維間を膨潤させた膨潤子実体を得るために、該子実体を常温にてpH12.2以上pH13.6以下の低濃度アルカリ水溶液で処理するアルカリ処理工程と、
前記アルカリ処理工程により得られた前記膨潤子実体を希釈及び中和並びに濾過することにより湿潤キノコ繊維を抽出する繊維抽出工程と、
非キノコ由来セルロース繊維と前記繊維抽出工程で抽出された湿潤キノコ繊維と液状分散媒と可塑剤とを攪拌混合することで、該非キノコ由来セルロース繊維と前記キノコ繊維と該可塑剤とが分散混合する繊維混合液を得る混合工程と、
前記混合工程で得られた繊維混合液を濾過して分離された湿潤混合繊維をシート状に乾燥させる乾燥工程と、
を含む皮革様キノコシートの製造方法。
【請求項8】
前記乾燥工程により得られたキノコシートに対してなめし剤を添加するなめし工程を更に含む請求項7に記載の皮革様キノコシートの製造方法。
【請求項9】
前記なめし工程では、前記乾燥工程により得られたキノコシートを前記なめし剤を含むなめし溶液に浸漬させた後、取り出して乾燥させるなめし処理を一回以上行い、
前記なめし工程の後に、前記なめし処理が施されたキノコシートを含水量が所定量となるまでシート状に乾燥させる工程を更に行う、
請求項8に記載の皮革様キノコシートの製造方法。
【請求項10】
前記混合工程では、前記非キノコ由来セルロース繊維と前記湿潤キノコ繊維と前記液状分散媒と前記可塑剤と共に攪拌混合されるように、紙力増強剤を添加する工程
を更に含む請求項7から9のいずれか一項に記載の皮革様キノコシートの製造方法
【請求項11】
前記繊維抽出工程では、メッシュが30以上150以下で目開きが0.1mm以上0.5mm以下の網材を用いて濾過する、
請求項7から9のいずれか一項に記載の皮革様キノコシートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キノコシート及びその製造方法に関する。本発明における「キノコシート」とは、キノコ由来の繊維を含有してなるシート状体を意味し、その厚みや強度、弾性等の性質を限定する意味では用いられない。
【背景技術】
【0002】
様々な業界においてSDGs達成のために持続可能な(サステナブルな)製品や材料が積極的に採用されはじめている。その一つがフェイクレザーであり、フェイクレザーは、動物の皮を使用することなく天然皮革(本革)に似せた素材であり、合成皮革、人工皮革がある。
更に、近年では、動物保護や環境配慮の面から植物由来のフェイクレザーも注目されている。なお、フェイクレザーは、ヴィーガンレザーとも呼ばれている。
【0003】
下記特許文献1には、細胞壁にキチン及び/又はキトサンを含む糸状菌類を通気かつ液体培養する工程と、培養された糸状菌類の菌体を破砕及び/又は抄造して得られる菌体破砕物又は菌体抄造物を脱アセチル化処理する工程と、その工程で得られた処理物を可塑化処理する工程とを経て製造される皮革様材料が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2021-52698号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述の皮革様材料は、それを製造するために糸状菌類を通気かつ液体培養する必要があるため、製造効率の面で問題がある。例えば、特別な培養装置が必要となる。また、原料となる糸状菌類を大量に集めるには時間と労力が必要となり、大量生産には不向きのように思われる。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、より簡易な方法で効率よく製造可能なキノコシート及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一側面は、キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維を含有したキノコシートに関する。
また、本発明の他の側面は上記キノコシートの製造方法に関する。この製造方法は、キノコの子実体内のキノコ繊維間を膨潤させた膨潤子実体を得るために、その子実体を常温にてpH12.2以上pH13.6以下の低濃度アルカリ水溶液で処理するアルカリ処理工程と、このアルカリ処理工程により得られた膨潤子実体を濾過することで湿潤キノコ繊維を抽出する繊維抽出工程と、この繊維抽出工程で抽出された湿潤キノコ繊維をシート状に乾燥させる乾燥工程と、を含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、より簡易な方法で効率よく製造可能なキノコシート及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】第一実施形態におけるキノコシートの製造方法を示すフローチャートである。
図2】第一実施形態におけるキノコシートを示す図である。
図3】第二実施形態におけるキノコシートの製造方法を示すフローチャートである。
図4】実施例3における2種類のキノコシートの顕微鏡写真を示す図である。
図5】実施例4におけるマイタケ柄及びシイタケ柄から製造されたキノコシートの赤外吸収スペクトルを示すグラフである。
図6】実施例6におけるキノコシートの製造方法を示すフローチャートである。
図7】実施例6-1、実施例7-1、実施例7-4及び実施例8、並びに比較例の各サンプルの引張試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。以下に挙げる実施形態は例示であり、本発明は以下の実施形態の構成に限定されない。
【0011】
本実施形態におけるキノコシートは、キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維を含有する。
ここで「キノコの子実体」とは、キノコが傘やひだ、柄の部分を指し示す子実体と土中や木中に存在する菌糸体とから構成されると考えた場合の、その子実体の部分を意味し、子実体自体が「キノコ」と呼ばれることも多い。
ところで、生椎茸や生舞茸は、収穫されてからパック容器等に包装される商品化過程において、柄の端部等は切除され廃棄される。日本食品標準成分表において生椎茸廃棄率は5%(柄の基部のみ)と記載されており、生椎茸だけでも数千トン単位の廃棄量が出ることになる。
本発明者らは、このような現状に着目して、キノコの子実体を原材料とするキノコシートを製造することで、食用キノコの商品化過程で廃棄されていたものを有効利用することができるという新たな着想を得た。
本実施形態におけるキノコシートは、糸状菌類を通気かつ液体培養する必要のある従来技術と比較しても、製造効率の面や製造設備の面においてメリットがある。但し、上記着想は本発明を何ら限定するものではない。本発明のキノコシートに用いられる原材料は、食用キノコの商品化過程で廃棄された廃棄物に限定されず、広くキノコの子実体を包含する。
【0012】
[第一実施形態]
図1は、第一実施形態におけるキノコシートの製造方法を示すフローチャートである。
以下、図1を用いながら、第一実施形態におけるキノコシートの製造方法(以降、第一製造方法と表記する)について説明する。
第一製造方法では、まず、キノコシートの原材料となるキノコの子実体が準備される(S10)。この工程(S10)は、キノコシート製造の前工程(準備工程)と呼ぶこともできる。
準備される子実体は、キノコの傘やひだの部分であってもよいし、柄の部分(柄の端部も含む)であってもよい。
また、準備される子実体のキノコ種は、特に限定されない。例えば、シイタケ、マイタケ、マッシュルーム、キクラゲ、シメジ、エリンギ、エノキダケ、ナメコ、マツタケ等のような食用キノコの子実体が用いられる。また、複数種のキノコの子実体が混在状態で準備されてもよい。
【0013】
また、当該子実体は、乾燥した状態であってもよいし、乾燥していない生の状態であってもよいし、水に浸けられて湿潤状態とされていてもよい。
更に、当該子実体は、細断されていてもよい。但し、本実施形態におけるキノコシートは、キノコ繊維を含有するものであるため、当該キノコ繊維が細かくなり過ぎない程度に細断されていることが望まれる。
【0014】
また、準備される子実体は、食用キノコ商品において切除されているキノコの柄の端部であってもよい。
このようにすれば、食用キノコを収穫し商品化するまでの過程で通常では切除し廃棄されているキノコの柄の端部をキノコ生産業者やキノコ販売業者等から収集することで、原材料となるキノコの子実体を効率よく集めることができる共に、資源の有効利用に繋がる。加えて、キノコ生産業者やキノコ販売業者等にとっては廃棄作業を減らし、廃棄にかかる費用を抑制することができる。
【0015】
第一製造方法では、続いて、アルカリ処理工程(S12)、繊維抽出工程(S14)、乾燥工程(S16)が順に行われる。
アルカリ処理工程(S12)では、キノコ繊維間を膨潤させた膨潤子実体を得るために、キノコの子実体を常温にて低濃度アルカリ水溶液で処理する。
「膨潤子実体」とは、キノコの子実体内のキノコ繊維間に存在する多糖類成分、タンパク質成分、或いは糖タンパク成分等の繊維接着成分を膨潤させたもの、或いは膨潤した繊維接着成分の少なくとも一部が低濃度アルカリ水溶液に溶解した残りのものを意味する。当該繊維接着成分を膨潤させることによって、アルカリ可溶成分及び水可溶成分を低濃度アルカリ水溶液に溶解させ易くすることが可能である。
「常温」とは、特別に温度調節をしていない室内温度を意味し、例えば、日本工業規格(JIS Z 8703-1983)等で常温として規定されている温度範囲5℃以上35℃以下であればよく、18℃以上33℃以下であることが好ましい。
【0016】
また、「低濃度アルカリ水溶液で処理する」とは、子実体を低濃度アルカリ水溶液に浸漬させることを意味する。
このとき、子実体を低濃度アルカリ水溶液に浸漬させた状態で弱攪拌することが好ましい。子実体を低濃度アルカリ水溶液に入れた直後では子実体が浮いてしまうところ、攪拌することで、子実体全体に低濃度アルカリ水溶液をより浸透させ易くすることができる。
この攪拌の速さ或いは強さは、キノコ繊維を傷つけない程度の速さ或いは強さとされることが望まれる。
【0017】
低濃度アルカリ水溶液は、pH12.20以上pH13.60以下の水素イオン指数とされることが好ましく、pH12.25以上pH13.55以下の水素イオン指数とされることがより好ましく、pH12.30以上pH13.50以下の水素イオン指数とされることが更に好ましい。アルカリ水溶液として水酸化ナトリウム水溶液が利用される場合には、水酸化ナトリウム水溶液は、0.07重量%以上8重量%以下の濃度とされることが好ましく、0.08重量%以上7重量%以下の濃度されることがより好ましく、0.09重量%以上6重量%以下の濃度とされることが更に好ましい。
但し、アルカリ水溶液は、水酸化ナトリウム水溶液に限定されず、例えば、炭酸水素ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等の他のアルカリ水溶液が利用されてもよい。
pH12.2未満のアルカリ水溶液、或いは0.07重量%未満の水酸化ナトリウム水溶液が利用された場合には、キノコ繊維を適切に抽出できない場合がある(実施例参照)。これは、アルカリ濃度が低過ぎることから、キノコ繊維間に存在する繊維接着成分を十分に溶解できないことが原因と考えられる。
また、アルカリ水溶液の水素イオン指数がpH13.6より高い場合、或いは水酸化ナトリウム水溶液の濃度が8重量%より高い場合にも、キノコ繊維を適切に抽出できない場合がある(実施例参照)。これは、アルカリ濃度が高過ぎ、常温での浸透圧の関係等によりキノコ繊維間への水の浸透が抑制されることから、キノコ繊維間の膨潤が生じ難くなることが原因と考えられる。
また、上記特許文献1に記載されるような高濃度のアルカリ水溶液(30%の水酸化ナトリウム水溶液)を用いた処理では、低分子化或いは脱アセチル化によってキノコ繊維が損傷してしまう。
【0018】
このように、本発明者らは、アルカリ処理を経て当該子実体からダメージなくキノコ繊維を抽出するために、キノコ繊維自体への低分子化や脱アセチル化等のダメージを最小限にしつつ、キノコ繊維間を膨潤させてキノコ繊維間に存在する繊維接着成分の溶解を促し子実体内のキノコ繊維を解し易くするアルカリ水溶液の水素イオン指数(pH12.2以上13.6以下)を見出したのである。
このような低濃度アルカリ水溶液でキノコの子実体を処理することで、キノコ繊維間に存在する繊維接着成分を膨潤させ、その一部または全部を溶解させることで、子実体内のキノコ繊維を解し、キノコシートを製造するために好適なキノコ繊維を抽出することに成功した。
【0019】
ここでアルカリ処理工程(S12)は、子実体を低濃度アルカリ水溶液に浸漬させた後、当該膨潤子実体を含むアルカリ処理液を濾過して膨潤子実体を取得する工程を更に含んでもよい。
このため、アルカリ処理工程(S12)では、膨潤子実体を含むアルカリ処理液が得られてもよいし、上述の濾過工程後の膨潤子実体が得られてもよい。
「膨潤子実体を含むアルカリ処理液」とは、アルカリ処理工程(S12)において当該子実体を低濃度アルカリ水溶液に浸漬させて子実体を膨潤子実体にさせた後における、その膨潤子実体を含むアルカリ水溶液を意味する。
【0020】
次の繊維抽出工程(S14)では、アルカリ処理工程(S12)により得られる膨潤子実体を濾過することで湿潤キノコ繊維を抽出する。
アルカリ処理工程(S12)で膨潤子実体を含むアルカリ処理液が得られる場合には、膨潤子実体を含むアルカリ処理液を濾過し、アルカリ処理工程(S12)で膨潤子実体が取得される場合には、その膨潤子実体を濾過すればよい。
但し、膨潤子実体自体は、キノコ繊維間が膨潤された状態であり粘度が高いこと等から、濾過に時間を要する。また、安全性の観点から、繊維抽出工程(S14)で抽出された湿潤キノコ繊維をアルカリ性から中性にする操作が別途必要になる。
【0021】
そこで、繊維抽出工程(S14)では、アルカリ処理工程(S12)により得られる膨潤子実体を希釈及び中和してから濾過することで湿潤キノコ繊維を抽出するようにすることがより好ましい。アルカリ処理工程(S12)で膨潤子実体を含むアルカリ処理液が得られる場合には、膨潤子実体を含むアルカリ処理液に対して希釈及び中和を行い、アルカリ処理工程(S12)で膨潤子実体が取得される場合には、その膨潤子実体に対して何らかの液体(希釈液等)を注ぐことで希釈及び中和を行えばよい。
当該希釈は、膨潤子実体内の水可溶性成分を十分に溶解させ得る量の希釈液(水など)で行われることが好ましい。例えば、アルカリ処理液の3倍以上の水が希釈に利用される。ここでいう水可溶性成分とは、キノコ繊維間に存在し、上述するアルカリ処理工程において溶解されず、水などの希釈液によって溶解され得る成分を指す。
当該中和は、希釈及び中和の過程で得られる膨潤子実体を含む液体が中性域(例えばpH6.0以上pH8.0以下)になるまで塩酸等の酸の添加により行われる。膨潤子実体を含む液体を中性域にすることができるのであれば、添加される酸は限定されない。
このようにすれば、湿潤キノコ繊維の抽出にかかる製造工程の安全性及び効率性を向上させることができる。
【0022】
濾過は、網材を用いて、膨潤子実体或いはその膨潤子実体を含む液体に含有するアルカリ可溶性成分及び水可溶性成分を取り除く処理である。このため、繊維抽出工程(S14)における濾過は、アルカリ可溶成分及び水可溶成分を水分と共に除去して湿潤キノコ繊維を分離抽出することを目的とするため、濾別と表記することもできる。
濾過に用いられる網材は、メッシュが30以上150以下で目開きが0.1mm以上0.5mm以下であることが好ましい。メッシュは1インチ(25.4mm)の長さの間に存在する網目(孔)の数であり、目開きは網目(孔)1個当たりの天地幅又は左右幅を示す。
個々の網目が小さ過ぎると、キノコ繊維のサイズのバラつきが大きくなり過ぎるため、キノコシートの安定性に問題が生じる恐れがある。また、個々の網目が大き過ぎると、短いキノコ繊維が採取できないため、キノコ繊維の収率が低下し過ぎてしまう。
第一製造方法によれば、上述のような網目が比較的粗い網材を用いて抄き上げることができるような、比較的大きな幅及び長さを持つキノコ繊維を抽出することができ、ひいては、或る程度の強度及び安定性を有するキノコシートを得ることができる。また、上述のような網材を用いることで、キノコの子実体内のキノコ繊維をダメージなく効率的に抽出することができる。なお、繊維長が0.1mm以下の繊維或いは高分子溶液は、本実施形態のような網材で抄き上げることはできない。
【0023】
上述のような網材により抽出された湿潤キノコ繊維を用いることで、本実施形態におけるキノコシートは、キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維であって、平均繊維幅が50μm以上500μm以下であり、かつ平均繊維長が0.5mm以上5mm以下のキノコ繊維を含むものとすることができる。
【0024】
繊維抽出工程(S14)では、希釈及び中和の過程において、膨潤子実体を含む液体を所定時間弱攪拌する工程を更に含んでもよい。この工程においても、膨潤子実体に含まれるキノコ繊維がダメージを受けないようにゆっくりとした速度(強さ)で攪拌されることが望まれる。
また、繊維抽出工程(S14)では、希釈、中和及び濾過の順で行われる工程を複数回行うようにしてもよい。このようにすれば、膨潤子実体内におけるキノコ繊維以外のアルカリ可溶性成分及び水可溶性成分を効率よく取り除くことができる。
【0025】
乾燥工程(S16)では、繊維抽出工程(S14)で抽出された湿潤キノコ繊維をシート状に乾燥させる。言い換えれば、乾燥工程(S16)は、湿潤キノコ繊維が互いに重なり合った状態で乾燥させてシート状体を得る工程である。
第一製造方法では、乾燥工程(S16)で湿潤キノコ繊維のシート化を行ってもよいし、繊維抽出工程(S14)でシート化された湿潤キノコ繊維を取得することもできる。後者の場合、繊維抽出工程(S14)での濾過の際に網材としてメッシュシート(網シート材)を用い、膨潤子実体をこのメッシュシート表面に均一分散させることで濾過及びシート化を行うことができる。
湿潤キノコ繊維の乾燥は、常温で行われてもよいし、乾燥室等で行われてもよく、キノコ繊維を変質させない温度であれば、乾燥温度は特に限定されない。
【0026】
図2は、第一実施形態におけるキノコシートを示す図である。
乾燥工程(S16)によれば、図2に示されるような、キノコ繊維が互いに重なり合って形成する薄厚みのシート状体(キノコシート)が得られる。図2は、特許図面の制約から着色されていないが、薄茶色のキノコシートが製造される。
【0027】
[第一実施形態の変形例]
上述の第一製造方法は、適宜変形可能である。
例えば、乾燥工程(S16)の前に、可塑化工程が更に行われてもよい。この可塑化工程では、グリセリン等の可塑剤が湿潤キノコ繊維に添加される。利用される可塑剤は限定されない。
この場合、乾燥工程(S16)の後に、得られたシート状体から可塑剤を洗い流す洗浄工程が更に実行されてもよい。
【0028】
また、乾燥工程(S16)の前又は後に、なめし工程が更に行われてもよい。なめし工程で用いられるなめし剤は、クロムなめし、タンニンなめし等であり、特に限定されない。このなめし工程を加えることで、キノコシートの耐久性を向上させることができる。
【0029】
[第二実施形態]
第一実施形態では、キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維を含有するキノコシートの一例が示され、そのキノコシートには、主原料としての当該キノコ繊維に加えて、可塑剤或いはなめし剤が添加され得ることを例示した。
第二実施形態では、キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維に加えて、非キノコ由来繊維を更に含有するキノコシートが例示される。
この「非キノコ由来繊維」は、キノコ由来ではない一種の繊維であってもよいし、二種以上の繊維であってもよく、当該キノコ繊維よりも強度の高い繊維であることが好ましい。
このように第二実施形態に係るキノコシートは、非キノコ由来繊維を更に含んでいるため、キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維のみで形成される場合に比べて、強度が高くなっている。
【0030】
また、第二実施形態に係るキノコシートに含まれる「非キノコ由来繊維」は、非キノコ由来セルロース繊維であることが好ましい。非キノコ由来セルロース繊維は、非キノコ由来のセルロースを主成分とする繊維であり、非キノコ由来セルロース系繊維と呼ぶこともできる。非キノコ由来セルロース繊維には、非キノコ由来を前提とした植物繊維(楮繊維、麻繊維、針葉樹繊維、広葉樹繊維、リンター繊維、バガス繊維、ミツマタ繊維、雁皮繊維等)、再生繊維(レーヨン、キュプラ、リヨセル等)、半合成繊維(アセテート、ビスコースレーヨン、キュプラ等)、セルロースナノファイバ、キチンナノファイバ等がある。
これによれば、セルロースが上述のキノコ繊維と同様に天然素材であるため、環境に優しいキノコシートとすることができる。
非キノコ由来セルロース繊維は、キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維よりも強度が高いものであることが好ましい。例えば、楮・麻繊維は、広葉樹繊維、わら繊維、バガス繊維等よりも強度が高いため、それらのセルロース繊維よりも好ましい。
一方、材料の調達が容易であり、また強度の調整が行い易いという観点からは、当該非キノコ由来繊維は、セルロース繊維ではなく、ポリエステルやナイロン、アクリル、ポリウレタンなどのような合成繊維であってもよい。
【0031】
このように第二実施形態に係るキノコシートがキノコ子実体から抽出されたキノコ繊維及び非キノコ由来セルロース繊維を主成分として含有する場合には、キノコ繊維と非キノコ由来セルロース繊維との重量比が99:1から50:50の範囲内であることが好ましく、90:10から60:40の範囲内であることがより好ましく、80:20から65:35の範囲内であることが更に好ましい。なお、当該重量比は、キノコ繊維及び非キノコ由来セルロース繊維の固形分重量比である。
キノコ繊維と非キノコ由来セルロース繊維との重量比において、非キノコ由来セルロース繊維の割合が高いと、キノコシートの質感が低下してしまい、逆に、非キノコ由来セルロース繊維の重量比が低いと、キノコシートの強度が低下してしまう傾向にある。
第二実施形態に係るキノコシートは、上述のような重量比でキノコ繊維と非キノコ由来セルロース繊維を含有することで、強度を高めつつ皮革のような柔軟で滑らかな触感を実現することができる。
本明細書におけるキノコシートの強度は、破断のし難さを示し、キノコシートの質感の良し悪しの一つの尺度は、皮革のような柔軟性或いは滑らかな触感で示される。
【0032】
図3は、第二実施形態におけるキノコシートの製造方法を示すフローチャートである。
以下、図3を用いながら、第二実施形態におけるキノコシートの製造方法(以降、第二製造方法と表記する)について説明する。
第二製造方法は、キノコの子実体を準備する工程(S30)、アルカリ処理工程(S32)、繊維抽出工程(S34)、混合工程(S36)及び乾燥工程(S38)を含む。
工程(S30)及び工程(S32)は、第一製造方法における工程(S10)及び工程(S12)と同様でよいため、ここでは説明を省略する。
【0033】
第二製造方法における繊維抽出工程(S34)は、第一製造方法の工程(S14)と同様でもよいが、アルカリ処理工程(S32)により得られる膨潤子実体を希釈及び中和並びに濾過して湿潤キノコ繊維を抽出することが好ましい。ここでの希釈、中和及び濾過の手法については、第一実施形態で述べたとおりである。
このようにすることで、膨潤子実体或いはその膨潤子実体を含む液体に含有するアルカリ可溶性成分や水可溶性成分等の不純物や不要な水分を適切に取り除くことができるため、変な色や匂いが残らずかつ腐食し難いキノコシートを生成することができ、最終的に生成されるキノコシートの品質を高めることができる。
但し、希釈及び中和は、後述する混合工程(S36)内或いはその工程(S36)の後に実施されるようにしてもよい。この場合には、上述の方法に較べて当該不純物が残存する可能性が高まり、キノコシートの最終品質は少し低下する可能性がある。
【0034】
第二製造方法では、このような繊維抽出工程(S34)の後に、混合工程(S36)及び乾燥工程(S8)が行われる。
混合工程(S36)は、非キノコ由来繊維と繊維抽出工程(S34)で抽出された湿潤キノコ繊維と液状分散媒とを攪拌混合することで、非キノコ由来繊維とキノコ繊維とが分散混合する繊維混合液を得る工程である。
ここでの液状分散媒は、非キノコ由来繊維及びキノコ繊維を分散させるための液状媒体を意味する。液状分散媒としては、水が利用されてもよいし、水以外の水と相溶性のある有機溶媒等が利用されてもよいし、それら複数種が混ぜ合わされて利用されてもよい。水と相溶性のある有機溶媒としては、例えば、アセトン、エタノール等が例示される。
【0035】
より具体的には、混合工程(S36)では、非キノコ由来繊維が液状分散媒に分散している分散液と繊維抽出工程(S34)で抽出された湿潤キノコ繊維とが攪拌混合されてもよいし、非キノコ由来繊維が液状分散媒に分散している分散液と当該湿潤キノコ繊維が液状分散媒に分散している分散液とが攪拌混合されてもよいし、湿潤キノコ繊維が液状分散媒に分散している分散液に非キノコ由来繊維が添加され攪拌混合されてもよいし、非キノコ由来繊維若しくはそれを含む分散液と、湿潤キノコ繊維若しくはそれを含む分散液とに対して液状分散媒を更に投入して攪拌混合されてもよい。
ここでの撹拌は、キノコ繊維及び非キノコ由来繊維を可能な限り損傷させない程度の強さ又は速さであり、かつ非キノコ由来繊維とキノコ繊維とが液体中に適度に分散して混合されるのに必要な撹拌時間で行われる。
【0036】
非キノコ由来繊維として非キノコ由来セルロース繊維が利用される場合には、混合工程(S36)では、非キノコ由来セルロース繊維が液状分散媒に分散している分散液を準備し、その分散液と繊維抽出工程(S34)で抽出された湿潤キノコ繊維とを攪拌混合することが好ましい。例えば、当該非キノコ由来セルロース繊維が液状分散媒に分散している分散液及び湿潤キノコ繊維を所定容量の容器に入れ、ミキサーにより所定時間ミキシング(例えば乱回転)する。
当該分散液中の非キノコ由来セルロース繊維の固形分濃度は、非キノコ由来セルロース繊維が分散状態で含有されていれば、特に制限されない。但し、非キノコ由来繊維とキノコ繊維とを適切に混合させるためには、当該分散液は、流動性の高い状態となっていることが望ましい。例えば、当該分散液内の非キノコ由来セルロース繊維の固形分濃度は5重量%以下とされる。一方で、当該分散液内の非キノコ由来セルロース繊維の固形分濃度が高く、当該分散液の流動性が低い場合には、撹拌の際に、別途、液状分散媒を追加投入すればよい。
このようにすることで、非キノコ由来セルロース繊維は分散液中で解れて分散しており、キノコ繊維も湿潤キノコ繊維として或る程度解れた状態となっているため、攪拌により両繊維を適切に混合させることができる。
【0037】
上述の場合に、混合工程(S36)で投与される当該分散液の重量は、繊維混合液内のキノコ繊維と非キノコ由来セルロース繊維との重量比(固形分重量比)が99:1から50:50の範囲内の所定値となるように、当該分散液中の非キノコ由来セルロース繊維の濃度(固形分濃度)及び湿潤キノコ繊維中のキノコ繊維の濃度(固形分濃度)並びに湿潤キノコ繊維の重量に応じて決められる。
当該繊維混合液内のキノコ繊維と非キノコ由来セルロース繊維との重量比は、上述したとおり、90:10から60:40の範囲内であることがより好ましく、80:20から65:35の範囲内であることが更に好ましい。
【0038】
繊維抽出工程(S34)で抽出された湿潤キノコ繊維におけるキノコ繊維の固形分濃度及び分散液における非キノコ由来セルロース繊維の固形分濃度は測定可能である。
例えば、水分計により湿潤キノコ繊維及び分散液の水分量を測定し、それらの重量から水分重量を減算することで、キノコ繊維及び非キノコ由来セルロース繊維の固形分重量を算出することができる。また、所定重量の湿潤キノコ繊維を十分に乾燥させて得られる乾燥キノコ繊維の重量を測定することで、当該湿潤キノコ繊維におけるキノコ繊維の固形分濃度を算出可能である。また、分散液の生成過程においてその分散液内の非キノコ由来セルロース繊維の重量を知ることができるため、当該分散液における非キノコ由来セルロース繊維の固形分濃度を算出することも可能である。
これにより、混合対象とされる湿潤キノコ繊維の重量に対して、両繊維の重量比が99:1から50:50の範囲内の予め決められた所定値となるような分散液の重量を定めることができる。
結果、繊維抽出工程(S34)で抽出される湿潤キノコ繊維の固形分濃度及び分散液の固形分濃度を予め想定しておくことにより、繊維抽出工程(S34)で湿潤キノコ繊維が抽出される度にその湿潤キノコ繊維の固形分濃度を算出するという作業を必要とせず、混合対象となる湿潤キノコ繊維の重量に応じて適切な分散液の投入量を得ることができ、製造工程を簡易化することができる。
【0039】
ところで、原料となるキノコ子実体の大きさや生育状態等に応じて、繊維抽出工程(S34)で抽出される湿潤キノコ繊維におけるキノコ繊維の固形分濃度が異なる可能性がある。このような場合には、工程(S30)で準備されたキノコ子実体の状態を判定し、この状態に応じて、繊維抽出工程(S34)で抽出される湿潤キノコ繊維の固形分濃度を切り替えるようにしてもよい。そして、混合対象とされる湿潤キノコ繊維の重量に対して投与される分散液の重量が切り替えられるようにしてもよい。
【0040】
また、混合工程(S36)は、当該液状分散媒と非キノコ由来繊維と湿潤キノコ繊維と共に撹拌混合されるように、可塑剤を添加する可塑化工程を含むことが好ましい。
この可塑化工程において、可塑剤は、非キノコ由来繊維が液状分散媒に分散している分散液に添加された後、湿潤キノコ繊維と撹拌混合されてもよいし、湿潤キノコ繊維に添加された後、当該分散液と撹拌混合されてもよいし、非キノコ由来繊維と湿潤キノコ繊維と液状分散媒との混合液に対して添加されてもよい。また、可塑剤は、水溶液として水に溶解された状態で添加されてもよい。
【0041】
可塑剤としては、グリセリン、エチレングリコール、ポリエチレングリコール等、キノコシートに対し柔軟性を与え得ることができれば、その種類は何ら限定されない。但し、天然グリセリンのような天然由来の可塑剤がより好ましい。
また、添加される可塑剤の量は、最終的に生成されるキノコシートの厚み、強度、柔軟性、質感等に応じて調整されればよく、特に制限されない。
このように液状分散媒と非キノコ由来繊維と湿潤キノコ繊維と共に撹拌混合されるように可塑剤を添加することにより、繊維間に可塑剤が分散浸透し易くなるため、キノコシート全体に適度な柔軟性を付与することができる。
【0042】
乾燥工程(S38)では、混合工程(S36)で得られた繊維混合液を濾過して分離された湿潤混合繊維をシート状に乾燥させる。
即ち、乾燥工程(S38)では、まず、混合工程(S36)で得られた繊維混合液を濾過して液体を取り除き、繊維混合液内で分散混合されていた湿潤混合繊維を分離させる。このため、分離された湿潤混合繊維は、キノコ繊維及び非キノコ由来繊維が混合された湿潤状態の繊維である。ここでの濾過も、繊維混合液から液体を取り除いて湿潤混合繊維を分離させることを目的とするため、濾別と表記できる。
乾燥工程(S38)における濾過においても、繊維抽出工程(S34)の濾過で用いられる網材と同様の網材が用いられる。即ち、メッシュが30以上150以下で目開きが0.1mm以上0.5mm以下の網材が用いられる。
【0043】
乾燥工程(S38)では、次に、上述のように分離された湿潤混合繊維をシート状に乾燥させる。即ち、キノコ繊維及び非キノコ由来繊維が分散混合して重なり合った状態で乾燥させることでシート状のキノコシートが得られる。
例えば、乾燥工程(S38)において、濾過の際に網材としてメッシュシート(網シート材)を用い、混合工程(S36)で得られた繊維混合液をこのメッシュシート表面に均一に分散させることで濾過及びシート化を行うことができる。そして、メッシュシート表面上でシート状に残った湿潤混合繊維を液体がなくなるまで静置し、更にそのまま乾燥させることができる。
ここでの乾燥は、常温で行われてもよいし、乾燥室等で行われてもよく、キノコ繊維及び非キノコ由来繊維を変質させない温度であれば、乾燥温度は特に限定されない。
【0044】
[第二実施形態の変形例]
上述の第二製造方法は、適宜変形可能である。
例えば、上述の第二製造方法では明示していないが、乾燥工程(S38)の後に、なめし工程が更に実行されてもよい。
【0045】
なめし工程では、乾燥工程(S38)で得られたキノコシートに対してなめし剤が添加される。具体的には、なめし工程では、乾燥工程(S38)で得られたキノコシートをなめし剤を含むなめし溶液に所定時間浸漬させた後、取り出して乾燥させるなめし処理を1回又は複数回繰り返し行う。
なめし剤は、クロムなめし、タンニンなめし等のように、繊維間の架橋を増加させることができる剤であればよく、特に制限されない。
なめし工程が行われる場合には、なめし工程の後に、含水量が所定量となるまでシート状に乾燥させる乾燥工程を更に行えばよい。
このようななめし工程を加えることで、最終的に生成されるキノコシートの耐久性を向上させることができる上に、柔軟性など皮革らしい質感を得ることができる。
【0046】
また、混合工程(S36)は、当該分散液と湿潤キノコ繊維と共に撹拌混合されるように、紙力増強剤を添加する工程を更に含んでもよい。
紙力増強剤は、繊維間の接着力を向上させる剤であればよく、ポリビニルアルコール系紙力増強剤、ポリアクリルアミド系紙力増強剤等、一般的な紙力増強剤が利用されればよい。
この工程を更に含むことで、キノコシートの強度を高めることができる。
【0047】
更に、表面処理工程が実行されてもよい。表面処理工程では、乾燥工程(S38)又はその後に実行されるなめし工程を経て得られたキノコシートの表面に撥水コート剤、表面コーティング剤、皮用塗料等のような表面処理剤が塗布される。
この工程を更に含むことで、水濡れに対する耐性を向上させたり、キノコシートの強度を上げたりすることができる。
【0048】
また、上述の実施形態とは異なるが、キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維と共に、天然樹脂や合成樹脂のような樹脂を含有するキノコシートも生成可能である。この場合、当該キノコシートには、非キノコ由来繊維に替えて或いは非キノコ由来繊維と共に、樹脂が含まれていてもよい。
【0049】
以下に実施例を挙げ、上述の実施形態を更に詳細に説明する。上述の実施形態及び変形例の内容は、以下の内容に限定されない。
【実施例
【0050】
[実施例1]
実施例1では、上述の第一製造方法の一具体例を図1を用いて説明する。
まず、未乾燥のシイタケの柄の一部(以降、シイタケ柄と表記する)がキノコの子実体として準備された(S10)。準備されたシイタケ柄は53gであった。
続いて、プラスチック製の容器にそのシイタケ柄を入れ、それに対して純水147g及び8重量%の水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液100gが添加された(S12)。
ここで、準備されたシイタケ柄の固形分の重量比率は、18.6%であり、約10g(9.86g)とみなすと、全水分量は約290gであることから、容器内のNaOH水溶液の濃度は、2.76重量%である。
このような状態の容器内を48時間かけて弱攪拌しながら、上述のような濃度のNaOH水溶液にシイタケ柄を浸漬させた(S12)。これにより、シイタケ柄の膨潤子実体を含むアルカリ処理液を得た。
【0051】
その後、その容器の内容物を全量2Lの大容器に移し替えて、純水200gを添加して希釈すると共に、大容器内がpH6.5になるまで、0.5重量%の塩酸(HCL)水溶液を添加して中和した(S14)。最終的に塩酸水溶液は約400ml添加された。
続いて、40メッシュの網材でその大容器内におけるシイタケ柄の膨潤子実体を含む水溶液が濾過された(S14)。
そして、濾別されたものを大容器に戻し、1リットル(L)の純水を加えて、10分間、弱攪拌し、上記網材で濾過するという洗浄工程が3回行われた(S14)。
【0052】
これによりシイタケ柄の湿潤キノコ繊維が抽出され(S14)、それを常温でシート状に乾燥させることによりキノコシートが取得された(S16)。
結果、シイタケ柄の固形分9.86gからキノコシート5.69gが回収されたので、収率は、57.82%となった。
実施例1では、(S14)及び(S16)においてメッシュシートによるシート作製法が採用された。メッシュシートによるシート作製法は、繊維をシート化する方法のことで、メッシュシートの目開き以上の繊維長、繊維幅をもつ繊維(膨潤子実体)をメッシュシート表面に均一分散させシート化、乾燥させる方法である。この方法は、製紙工業で植物から取り出した繊維であるパルプをシート化する方法であり、パルプを原料にする場合は抄紙と呼ばれる。ここではパルプの代わりにキノコ繊維をメッシュシート上でシート化するため、「メッシュシートによるシート作製法」と表記する。
繊維が0.1mm以下、高分子溶液、又は高分子エマルジョン(水溶液や有機溶媒溶液、W/Oエマルジョン等)の場合は、この「メッシュシートによるシート作製法」ではシート化が不可能である。
【0053】
[実施例2]
実施例2では、実施例1の製造方法に加えて、可塑化工程が更に行われた。具体的には、繊維抽出工程(S14)までは、実施例1と同様の工程を実施し、繊維抽出工程(S14)により得られたシート状の湿潤キノコ繊維に対して、次のような可塑化工程が実施された。
即ち、シート状の湿潤キノコ繊維の固形分(9.86g)の約2倍量のグリセリンを添加し、その後、室温で乾燥させ、乾燥したシート状のキノコ繊維を水洗して余剰のグリセリンが除去された。
そして、グリセリンが除去されたシート状のキノコ繊維を再度乾燥させることで(S16)キノコシートが得られた。
実施例2によれば、キノコシートの柔軟性を制御し得ることが実証された。但し、可塑化工程を含まない実施例1の製造方法でも、十分な柔軟性を有するキノコシートが製造可能であることも実証されている。
【0054】
[実施例3]
アルカリ処理工程(S12)以外は実施例1と同様の方法で、2種類のキノコシートを製造し、それぞれ実施例3-1及び実施例3-2とした。実施例3-1及び実施例3-2は、それぞれ水素イオン指数がpH12.20以上pH13.60以下の範囲であって、かつ実施例1の水素イオン指数とは異なる水酸化ナトリウム水溶液を用いてアルカリ処理を実施した。このとき、実施例3-1及び実施例3-2それぞれに用いる水酸化ナトリウム水溶液の水素イオン指数が異なるよう調整した。
図4は、実施例3における2種類のキノコシートの顕微鏡写真を示す図である。
上述のとおり得た実施例3-1及び実施例3-2のキノコシートをそれぞれ、実体顕微鏡(倍率50倍)にて観察し、図4に示される顕微鏡写真を撮影した。図4(1)は実施例3-1の顕微鏡写真を示し、図4(2)は実施例3-2の顕微鏡写真を示す。
得られた顕微鏡写真から無作為に選択したキノコ繊維について、繊維幅および繊維長を実測した。
【0055】
上述のとおり実測された実施例3-1のキノコシートの繊維長は、796μm~1380μmの範囲であり、繊維幅が111μm~140μmの範囲であった。これらの実測値を算術平均して得られた平均繊維長は約1150μm、平均繊維幅は約126μmであった。
また、上述のとおり実測された実施例3-2のキノコシートの繊維長は、1172μm~3408μmの範囲であり、繊維幅が397μm~493μmの範囲であった。これらの実測値を算術平均して得られた平均繊維長は約2167μm、平均繊維幅は約445μmであった。
以上の結果から、本製造方法により得られたキノコシートは、平均繊維幅が50μm以上500μm以下であり、かつ平均繊維長が0.5mm以上5mm以下であるキノコ繊維から構成され得ることが確認された。更に言えば、本製造方法により得られたキノコシートは、平均繊維幅が100μm以上500μm以下であり、かつ平均繊維長が1mm以上3mm以下であるキノコ繊維から構成可能であるということもできる。
【0056】
[実施例4]
実施例4では、シイタケ柄の代わりにマイタケの柄の端部(以降、マイタケ柄と表記)を用い、それ以外は実施例1と同様の方法でキノコシートを製造した。
【0057】
実施例1のキノコシート及び実施例4のキノコシートそれぞれについて、フーリエ変換赤外分光(FTIR)分析法を用いて、キノコシートの赤外吸収スペクトルがそれぞれ取得された。
図5は、マイタケ柄及びシイタケ柄から製造されたキノコシートの赤外吸収スペクトルを示すグラフである。図5(1)は、実施例4のマイタケ柄由来のキノコシートの赤外吸収スペクトルを示すグラフであり、図5(2)は、実施例1のシイタケ柄由来のキノコシートの赤外吸収スペクトルを示すグラフである。
1660cm-1付近及び1560cm-1付近を含む破線円で囲むスペクトル形状は、キチン由来の二位の炭素に結合しているアセトアミド基、タンパク質のアミド結合(ペプチド結合)に由来するアミド基、又は糖タンパク質のアセトアミド基若しくはアミド結合に相当すると考えられるところ、図5(1)及び図5(2)の双方においてそのスペクトル形状が同様であることが分かる。また、図5(1)及び図5(2)のいずれにおいても1360cm-1付近にピークがある。
以上より、マイタケ柄でもシイタケ柄でも同様に、キノコの子実体のキノコ繊維由来のキノコシートを製造可能であることが実証された。
【0058】
[実施例5]
実施例5では、アルカリ処理工程(S12)で用いられるアルカリ水溶液のアルカリ濃度と、キノコ子実体としてのシイタケ柄からのキノコ繊維の抽出との関係が実証された。
具体的には、アルカリ処理工程(S12)で用いられる水酸化ナトリウム水溶液のアルカリ濃度と水素イオン指数pHが表1に示す値に変更されたこと以外は、実施例1と同様にキノコシートを製造し、実施例5-1~実施例5-4とした。また、比較実験として、アルカリ処理工程(S12)において用いられる水酸化ナトリウム水溶液のアルカリ濃度と水素イオン指数pHが表1に示す値に変更されたこと以外は、実施例1と同様にキノコシートを製造し、比較例1及び比較例2とした。
【0059】
【表1】
表1は、実施例5-1、実施例5-2、実施例5-3、実施例5-4、比較例1及び比較例2のアルカリ処理工程で用いられるアルカリ水溶液のアルカリ濃度とキノコ繊維の抽出結果との関係を示す。
実施例5-1では、30.2度の室温内において3重量%の水酸化ナトリウム水溶液を用いたアルカリ処理工程が実施された。
実施例5-2では、31.1度の室温内において5重量%の水酸化ナトリウム水溶液を用いたアルカリ処理工程が実施された。
実施例5-3では、27.1度の室温内において0.5重量%の水酸化ナトリウム水溶液を用いたアルカリ処理工程が実施された。
実施例5-4では、27.0度の室温内において0.1重量%の水酸化ナトリウム水溶液を用いたアルカリ処理工程が実施された。
比較例1では、19.0度の実験室内常温において0.05重量%の水酸化ナトリウム水溶液を用いたアルカリ処理工程が実施された。
比較例2では、計測はされなかったが実験室内常温において30重量%の水酸化ナトリウム水溶液を用いたアルカリ処理工程が実施された。
【0060】
JIS Z8802のpH測定方法により各例のアルカリ処理工程で用いられた水酸化ナトリウム水溶液の水素イオン指数を計測したところ、実施例5-1ではpH13.31であり、実施例5-2ではpH13.41であり、実施例5-3ではpH12.89であり、実施例5-4ではpH12.34であり、比較例1ではpH12.18であった。なお、比較例2の水素イオン指数は、アルカリ濃度がpHガラス電極を溶解する濃度域であることから、測定不能であった。なお、正確なpH測定にはガラス電極を使用するが(JIS Z8802に準拠したpH測定)、10重量%以上のアルカリ濃度ではガラス表面が溶解することが知られている。
【0061】
結果、実施例5-1、実施例5-2、実施例5-3及び実施例5-4のアルカリ処理工程を経た場合には、キノコ繊維が抽出されたが、比較例1及び比較例2の場合には、キノコ繊維が適切に抽出されなかった。
また、実施例5-1、実施例5-2、実施例5-3及び実施例5-4のアルカリ処理工程において子実体から膨潤子実体となるまでの経過を目視観察したところ、実施例5-1及び実施例5-2では4時間程度で膨潤子実体となっていたのに対して、実施例5-3及び実施例5-4では膨潤子実体になるまでにより長い時間要していた。具体的には、実施例5-3では18時間程度、実施例5-4では24時間程度要していた。
【0062】
実施例5-1、実施例5-2、実施例5-3及び実施例5-4でキノコ繊維を適切に抽出できた理由は次のように考察される。水素イオン指数がpH12.20以上だとキノコの繊維間に含まれる多糖類の水酸基の解離定数に起因してイオン化(OH化)が進みキノコ繊維間で膨潤が起こる。結果としてキノコ繊維間を接着している水可溶性物質(酸性多糖類)や低濃度アルカリ水溶液可溶物質(たんぱく質、多糖類等)が溶解し易くなるからである。
但し、実施例5-3及び実施例5-4のような低濃度アルカリ水溶液ではOHの解離度が低いため膨潤に時間を要することになる。
【0063】
一方、比較例1の0.05重量%水酸化ナトリウム水溶液でキノコ繊維が適切に抽出されなかった理由は次のように考察される。キノコの子実体に含まれる酸性多糖類が溶解する影響でアルカリ水溶液の水素イオン指数が低下してしまうと推測され、結果として、低濃度アルカリ水溶液可溶物質(たんぱく質、、多糖類等)が十分に溶解できずキノコ繊維が抽出できないからである。
比較例2の30重量%水酸化ナトリウム水溶液でキノコ繊維が適切に抽出されなかった理由は次のように考察される。水酸化ナトリウム水溶液の粘度が高くなり、キノコ繊維間への水溶液の浸透を阻害してキノコ繊維間の膨潤が進行しない、或いは、キノコ繊維周辺の水溶液は高濃度のNaとOHが存在しているため水分子がキノコ繊維間に浸透することを阻害してキノコ繊維間の膨潤が進行しないからであると予想される。
従って、本実施例により、アルカリ処理工程(S12)において、低濃度アルカリ水溶液がpH12.2以上13.6以下のアルカリ濃度とされることが好ましく、アルカリ水溶液として水酸化ナトリウム水溶液が利用される場合には、水酸化ナトリウム水溶液は0.07重量%以上8重量%以下の濃度とされることが好ましいことが実証された。
【0064】
[実施例6]
次に、上述の第二製造方法の一具体例として、実施例6におけるキノコシートの製造方法について図6を用いて説明する。
図6は、実施例6におけるキノコシートの製造方法を示すフローチャートである。
実施例6におけるキノコシートの製造方法は、上述の第二製造方法の一具体例であり、上述の第二製造方法の工程に加えて、なめし工程(S61)及び表面処理工程(S63)を更に含む。
実施例6では、非キノコ由来繊維として楮繊維と麻繊維とが混合する楮・麻繊維が用いられた。楮・麻繊維は非キノコ由来セルロース繊維に該当する。
【0065】
まず、未乾燥のシイタケの柄の一部(以降、シイタケ柄と表記する)がキノコの子実体として準備された(S30)。
続いて、そのシイタケ柄に対して上述の実施例5-1と同様のアルカリ処理工程が実施された(S32)。即ち、30.2度の室温内において3重量%の水酸化ナトリウム水溶液を用いたアルカリ処理工程が実施され、シイタケ柄の膨潤子実体を含むアルカリ処理液が得られた。
【0066】
繊維抽出工程(S34)では、工程(S32)で得られたアルカリ処理液に純水を添加して希釈すると共に、塩酸(HCL)水溶液を添加して中和し、40メッシュの網材でシイタケ柄の膨潤子実体を含む水溶液を濾過した。そして、濾別されたものに対して純水を加えて、弱攪拌し、当該網材で濾過するという洗浄工程が3回行われた。
これにより、シイタケ柄の湿潤キノコ繊維が525g抽出された(S34)。ここで抽出された湿潤キノコ繊維の固形分濃度を測定したところ、4.5%であった。この測定は、525gの湿潤キノコ繊維のうちの20gに対して水分計(株式会社ケツト科学研究所製の赤外線水分計FD-610)を用いて測定することで行われた。これにより、525gの湿潤キノコ繊維に含まれる固形分(キノコ繊維)は約23.6gとなる。
【0067】
混合工程(S36)では、まず、楮・麻繊維を分散含有する500gの分散液が準備された。具体的には、固形分(楮・麻繊維)重量が7.1gとなる和紙調整用の楮・麻繊維のスラリーを純水に添加して攪拌することで500gの分散液が得られた。そして、この500gの分散液が、工程(S34)で得られた525gの湿潤キノコ繊維と共に、2リットル(L)のプラスチック容器に入れられた。
実施例6では、ここで更に、1重量%PVA(ポリビニルアルコール)水溶液(日本合成化学工業株式会社(現:三菱ケミカル株式会社)製ゴーセノール(登録商標)N-300)100mlと1重量%グリセリン水溶液100mlとが添加され、市販ミキサーにより30秒攪拌することで、1125gの繊維混合液が得られた。PVA水溶液は紙力増強剤として添加されており、グリセリン水溶液は可塑剤として添加されている。
この繊維混合液には、シイタケ柄のキノコ繊維が約23.6g、楮・麻繊維が7.1g含有しているため、キノコ繊維と非キノコ由来繊維との重量比はおおよそ77:23となっている。
【0068】
乾燥工程(S38)では、工程(S36)で得られた1125gの繊維混合液を40メッシュのメッシュシート表面に均一に散布することで濾過し、メッシュシート表面上で濾別されたシート状の湿潤混合繊維を常温で乾燥させた。
【0069】
実施例6では、乾燥工程(S38)で得られたシート状の乾燥混合繊維に対してなめし処理を適用するなめし工程(S61)が更に行われた。このなめし処理では、当該乾燥混合繊維を5重量%植物タンニン水溶液5Lに30秒間浸漬させた後、ポリエチレンプレートに静置して常温で30分間乾燥させるという工程が3回繰り返し行われた。ここでは植物タンニンとしてミモザが用いられた。
そして、最終的に含水量が5重量%から12重量%程度になるまで、常温での乾燥が行われた。
【0070】
実施例6では、上述のなめし工程(S61)の後、更に、表面処理工程(S63)が行われた。
表面処理工程(S63)では、なめし工程(S61)で得られたキノコシートの表面に撥水コート剤(明成化学工業株式会社製アサヒガード)が塗布された。
この撥水コート剤を塗布することで、キノコシートの強度を上げ、水濡れに対する耐性を向上させることができる。
【0071】
実施例6では、なめし工程(S61)での乾燥時間のみを変えて、最終のキノコシートとして4つのサンプルが製造された。
実施例6-1は、乾燥時間を24時間として得られたキノコシートを示し、実施例6-2は、乾燥時間を2時間として得られたキノコシートを示し、実施例6-3は、乾燥時間を4時間として得られたキノコシートを示し、実施例6-4は、乾燥時間を8時間として得られたキノコシートを示している。各実施例の上記乾燥時間は、80℃の環境下における乾燥時間である。
結果、乾燥時間によって、最終形態のキノコシートにおいて厚み及び坪量を変えることができることが実証された。キノコシートの強度については乾燥時間が長いほど強度が高くなる傾向を示した。
【表2】
【0072】
[実施例7][実施例8]
実施例7では、混合工程(S36)で利用される湿潤キノコ繊維の重量及び非キノコ由来繊維の重量、並びになめし工程(S61)でのなめし処理の回数及び表面処理工程(S63)での表面処理の回数を表3に示す内容に変えて上述の実施例6と同様の製造方法を実施することで、最終のキノコシートとして6つのサンプル(実施例7-1から実施例7-6)が製造された。なお、実施例7-5及び実施例7-6では、なめし工程(S61)及び表面処理工程(S63)は行われていない。
更に実施例8として、非キノコ由来繊維を含まないキノコシートも製造された。実施例8のキノコシートの製造方法は、実施例6の工程(S30)、工程(S32)及び工程(S34)を含み、工程(S34)で抽出された湿潤キノコ繊維350g(固形分(キノコ繊維)約15.8g)を実施例1の工程(S16)と同様にして常温でシート状に乾燥させることで非キノコ由来繊維を含まないキノコシートを得た。実施例8においても実施例7-5及び実施例7-6と同様になめし工程(S61)及び表面処理工程(S63)は行われていない
以下の説明では、混合工程(S36)で利用される湿潤キノコ繊維の重量及び非キノコ由来繊維の重量を原料の重量と表記する場合もある。
【0073】
【表3】
表3は、6つのサンプル(実施例7-1から実施例7-6)と実施例6-1のサンプルと実施例8のサンプルとを製造するための製造条件並びに測定結果及び評価結果を示す表である。
表3における強度は、約5cm×5cmのキノコシートの一つの縁辺をシート面に対して交差する方向に引裂くように力を加えたときの当該キノコシートの引裂き耐性を評価したものである。具体的には、引裂き耐性(引裂き難さ)の大きさを相対的な順にS0<S1<S2<S3<S4として評価した。
表3における引張強さは、JISP8113:2006(ISO1924-2:1994)に基づいて測定された。試験機には株式会社島津製作所製材料強度試験機(オートグラフAG-1)が用いられ、実施例6-1、実施例7-1、実施例7-4、実施例8でそれぞれ得られたキノコシートの一部を裁断して試験片として用いた。試験片の幅は15±0.1mmであり、試験長さ(つかみ線の平均間隔)が180±1mmとなるようにつかみ具の位置を調整し、引張速度は、20±5mm/minとした。
表3における質感(触感)は、キノコシートの触感の官能評価の結果を示している。具体的には、複数の試験者が、それぞれサンプルの触感を確認し、「しっとり滑らか(smooth and moist)/さらっと滑らか(smooth and dry)/ごわつき感(rough)有り」のいずれかの感触を選択する官能評価をそれぞれ行い、最終的に当該試験者の総意として決められた感触を表3の質感(触感)に示した。表3の「しっとり」表記は「しっとり滑らか」な評価を示し、「さらっと」表記は「さらっと滑らか」な評価を示している。
【0074】
以下、表3を参照しながら、各サンプルを比較する。
キノコ繊維と非キノコ由来繊維との重量比(両繊維重量比)については、実施例7-1から実施例7-3の3つのサンプルと実施例6-1のサンプルとがおおよそ77:23であり実質的に同一となっており、実施例7-4のサンプルでは67:33となっており、実施例7-5のサンプルでは91:9となっており、実施例7-6のサンプルでは83:17となっており、実施例8のサンプルでは100:0となっている。
【0075】
<引張強さの比較>
上述したとおり、実施例6-1、実施例7-1、実施例7-4及び実施例8の各サンプル(キノコシート)に関して、JISP8113に基づいて引張強さが測定された。
図7は、実施例6-1、実施例7-1、実施例7-4及び実施例8、並びに比較例の各サンプルの引張試験の結果を示すグラフである。図7における比較例のサンプルには一般的なコピー用紙(普通紙)が用いられた。
結果、各サンプルが破断した際の最大試験力(N)及びストローク(mm)並びに引張強さ(kN/m)は次のようになった。
・比較例:最大試験力=23.038N、ストローク=約8mm、引張強さ=1.536kN/m
・実施例6-1:最大試験力=21.019N、ストローク=約31mm、引張強さ=1.401kN/m
・実施例7-1:最大試験力=19.323N、ストローク=約26mm、引張強さ=1.288kN/m
・実施例7-4:最大試験力=57.284N、ストローク=約11mm、引張強さ=3.819kN/m
・実施例8:最大試験力=1.867N、ストローク=約23mm、引張強さ=0.124kN/m
【0076】
このように各実施例におけるキノコシートでは、非キノコ由来繊維を含まないよりは含むほうが引張強さが増すこと、及び非キノコ由来繊維の重量割合が大きいほど引張強さが増すことが実証された。
この結果は、表3に示される強度(引裂き耐性)についても同様となっている。即ち、非キノコ由来繊維を含まない実施例8のサンプルの強度(S0)が最も小さく、非キノコ由来繊維の重量割合が大きい実施例7-4のサンプルの強度(S4)が最も高くなっている。そして、非キノコ由来繊維の重量割合が大きくなるほど、強度が高くなる傾向を示している。
【0077】
<実施例7-1と実施例7-2との比較>
実施例7-1のサンプルと実施例7-2のサンプルとは、なめし処理回数が異なっている。
各サンプルの強度は、実施例7-2のほうが実施例7-1よりも強くなっており、各サンプルの質感は、実施例7-1がしっとり滑らかな触感を示し、実施例7-2がさらっと滑らかな触感を示している。
また、厚み及び坪量は、実施例7-1のほうが実施例7-2よりも大きくなっている。
以上より、なめし処理の回数が多いと、強度が上がる一方で、厚み及び坪量が減り、しっとり感を減少させさらっとした感触に制御することができ、なめし処理の回数が少ないと、強度が下がる一方で、厚み及び坪量が増加ししっとり感も増すことが分かる。
これは、なめし処理によって架橋点を増やすことによる強度アップや、繊維間の可塑剤(グリセリン)をなめし処理剤の水溶性分に溶出させる制御に伴う水素結合増加による強度アップや、質感をしっとり(moist)からさらっと(dry)した触感となるように制御可能であることを示す。
【0078】
<実施例7-2と実施例6-1との比較>
実施例7-2のサンプルと実施例6-1のサンプルとは、原料の量(湿潤キノコ繊維及び非キノコ由来繊維の重量)が異なっている。
各サンプルの強度は、実施例6-1と実施例7-2とでおおよそ同じになっており、各サンプルの質感は、実施例6-1がしっとり感を有し、実施例7-2がさらっとした感触を有している。
また、厚みは実施例6-1のほうが実施例7-2よりも大きくなっており、坪量は実施例7-2のほうが実施例6-1よりも大きくなっている。
【0079】
<実施例7-1と実施例7-4との比較>
実施例7-1のサンプルと実施例7-4のサンプルとは、原料の量(湿潤キノコ繊維及び非キノコ由来繊維の重量)及び両繊維重量比が異なっている。
各サンプルの強度及び引張強さは、実施例7-4のほうが実施例7-1よりも強くなっており、各サンプルの質感は、実施例7-1がしっとり滑らかな触感を示し、実施例7-4がさらっと滑らかな触感を示している。
また、厚みは実施例7-4のほうが実施例7-1よりも大きくなっており、坪量は実施例7-1のほうが実施例7-4よりも大きくなっている。
【0080】
<実施例7-1と実施例7-5と実施例7-6と実施例8との比較>
実施例7-1、実施例7-5、実施例7-6及び実施例8の各サンプルは、湿潤キノコ繊維の重量が同じであるが非キノコ由来繊維とキノコ繊維との重量比が異なっている。
各サンプルの強度は、実施例7-5及び実施例8(S0)よりも実施例7-6(S1)のほうが強く、実施例7-6(S1)よりも実施例7-1(S2)のほうが強くなっており、非キノコ由来繊維の重量割合が大きくなるほど強くなっている。
各サンプルの質感はいずれもしっとり滑らかな触感を示している。
【0081】
実施例7-2と実施例6-1との比較結果及び実施例7-1と実施例7-4との比較結果並びに実施例7-1と実施例7-5と実施例7-6と実施例8の比較結果により、非キノコ由来繊維の重量割合が高まると引張強さ及び強度が上がる一方でしっとり感が減少し、非キノコ由来繊維の重量割合が下がると引張強さ及び強度が下がる一方でしっとり感が増すことが分かる。
また、非キノコ由来繊維の重量割合が9%以下の場合には、表3に示される強度の差はそれほど大きくないことが分かる。非キノコ由来繊維の重量割合が23%程度であれば、しっとり滑らかな触感を有することが分かる。
【0082】
このように実施例7及び8によれば、キノコシートは、キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維を含有していることで、皮革のような柔軟性のある滑らかな質感及びシートとして適度な強度を有することができることが実証された。
更に、実施例7及び8によれば、キノコシートは、非キノコ由来繊維を含有することでシートの引張強さ及び強度を向上させることができることも実証された。
また、キノコシートが適度な引張強さ及び強度を持ちながら皮革のような柔軟で滑らかな触感を有するには、キノコ繊維と非キノコ由来繊維との重量比が91:9よりも83:17のほうがより好ましく、83:17或いは67:33よりも77:23のほうがより好ましいことが分かった。即ち、キノコ繊維と非キノコ由来繊維との重量比は、90:10から60:40の範囲内であることがより好ましく、80:20から65:35の範囲内であることが更に好ましいことが実証された。
また、なめし処理の回数や原料の量(湿潤キノコ繊維及び非キノコ由来繊維の重量)によって、厚みや坪量を増減させ、強度及び質感を変えることができることが実証された。
【0083】
上述の内容は、次のように特定することもできる。
(付記1)
キノコの子実体から抽出されたキノコ繊維を含有したキノコシート。
(付記2)
非キノコ由来繊維を更に含有した付記1に記載のキノコシート。
(付記3)
前記非キノコ由来繊維は、非キノコ由来セルロース繊維であり、
前記キノコ繊維と前記非キノコ由来セルロース繊維との重量比が99:1から50:50である、
付記2に記載のキノコシート。
(付記4)
付記1に記載のキノコシートの製造方法であって、
キノコの子実体内のキノコ繊維間を膨潤させた膨潤子実体を得るために、該子実体を常温にてpH12.2以上pH13.6以下の低濃度アルカリ水溶液で処理するアルカリ処理工程と、
前記アルカリ処理工程により得られた前記膨潤子実体を濾過することで湿潤キノコ繊維を抽出する繊維抽出工程と、
前記繊維抽出工程で抽出された湿潤キノコ繊維をシート状に乾燥させる乾燥工程と、
を含むキノコシートの製造方法。
(付記5)
付記2又は3に記載のキノコシートの製造方法であって、
キノコの子実体内のキノコ繊維間を膨潤させた膨潤子実体を得るために、該子実体を常温にてpH12.2以上pH13.6以下の低濃度アルカリ水溶液で処理するアルカリ処理工程と、
前記アルカリ処理工程により得られた前記膨潤子実体を濾過することにより湿潤キノコ繊維を抽出する繊維抽出工程と、
非キノコ由来繊維と前記繊維抽出工程で抽出された湿潤キノコ繊維と液状分散媒とを攪拌混合することで、該非キノコ由来繊維と前記キノコ繊維とが分散混合する繊維混合液を得る混合工程と、
前記混合工程で得られた繊維混合液を濾過して分離された湿潤混合繊維をシート状に乾燥させる乾燥工程と、
を含むキノコシートの製造方法。
(付記6)
前記繊維抽出工程では、前記膨潤子実体を希釈及び中和並びに濾過することにより前記湿潤キノコ繊維を抽出し、
前記混合工程では、前記繊維抽出工程で前記膨潤子実体を希釈及び中和並びに濾過することで得られた前記湿潤キノコ繊維と前記非キノコ由来繊維と前記液状分散媒とを攪拌混合する、
付記5に記載のキノコシートの製造方法。
(付記7)
前記混合工程は、前記液状分散媒と前記非キノコ由来繊維と前記湿潤キノコ繊維と共に攪拌混合されるように、可塑剤を添加する可塑化工程を含む、
付記5又は6に記載のキノコシートの製造方法。
(付記8)
前記乾燥工程により得られたキノコシートに対してなめし剤を添加するなめし工程
更に含む付記5から7のいずれか一つに記載のキノコシートの製造方法。
(付記9)
前記非キノコ由来繊維は、非キノコ由来セルロース繊維であり、
前記混合工程では、前記非キノコ由来セルロース繊維が前記液状分散媒に分散している分散液と前記湿潤キノコ繊維とを攪拌混合し、
前記混合工程で投与される前記分散液の重量は、前記繊維混合液内の前記キノコ繊維と前記非キノコ由来セルロース繊維との重量比が99:1から50:50の範囲内の所定値となるように、前記分散液中の前記非キノコ由来セルロース繊維の濃度及び前記湿潤キノコ繊維中の前記キノコ繊維の濃度並びに前記湿潤キノコ繊維の重量に応じて決められる、
付記5から8のいずれか一つに記載のキノコシートの製造方法。
(付記10)
前記子実体は、食用キノコ商品において切除されているキノコの柄の端部である、
付記4から9のいずれか一つに記載のキノコシートの製造方法。
(付記11)
前記アルカリ処理工程で用いられる低濃度アルカリ水溶液は、0.07重量%以上8重量%以下の水酸化ナトリウム水溶液である、
付記4から10のいずれか一つに記載のキノコシートの製造方法。
(付記12)
前記繊維抽出工程では、メッシュが30以上150以下で目開きが0.1mm以上0.5mm以下の網材を用いて濾過する、
付記4から11のいずれか一つに記載のキノコシートの製造方法。
(付記13)
前記キノコ繊維は、平均繊維幅が50μm以上500μm以下であり、かつ平均繊維長が0.5mm以上5mm以下である、
付記1から3のいずれか一つに記載のキノコシート。
(付記14)
前記子実体は、食用キノコ商品において切除されているキノコの柄の端部である、
付記1から3のいずれか一つ又は付記12に記載のキノコシート。
【0084】
本出願は、2021年11月18日に出願された日本出願(特願2021-188228号)を基礎とする優先権を主張し、その開示のすべてをここに取り込む。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7