(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-18
(45)【発行日】2024-03-27
(54)【発明の名称】細胞の選抜方法、核酸の製造方法、組換え細胞の製造方法、目的物質の製造方法、医薬組成物の製造方法、及び試薬
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20240319BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240319BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20240319BHJP
C12P 19/34 20060101ALI20240319BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20240319BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240319BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240319BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20240319BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240319BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20240319BHJP
C12N 5/12 20060101ALN20240319BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20240319BHJP
C07K 16/00 20060101ALN20240319BHJP
【FI】
C12Q1/04
G01N33/53 Y ZNA
G01N33/543 575
G01N33/53 D
C12P19/34 A
C12P21/08
A61K45/00
A61K48/00
A61K39/395 D
A61P43/00 105
C12N15/13
C12N5/12
C12N5/10
C07K16/00
(21)【出願番号】P 2021073204
(22)【出願日】2021-04-23
(62)【分割の表示】P 2020527119の分割
【原出願日】2020-02-17
【審査請求日】2023-02-16
(31)【優先権主張番号】P 2019026766
(32)【優先日】2019-02-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】507420835
【氏名又は名称】株式会社エヌビィー健康研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100100480
【氏名又は名称】藤田 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100135839
【氏名又は名称】大南 匡史
(72)【発明者】
【氏名】芦田 仁己
(72)【発明者】
【氏名】漆畑 祐司
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼山 喜好
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/057234(WO,A1)
【文献】特開2004-173681(JP,A)
【文献】国際公開第2002/037099(WO,A1)
【文献】特表2003-522948(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0111201(US,A1)
【文献】特開2010-281595(JP,A)
【文献】特開2009-034047(JP,A)
【文献】特開2014-110785(JP,A)
【文献】特開2005-261339(JP,A)
【文献】特表2012-515548(JP,A)
【文献】特表2012-511155(JP,A)
【文献】国際公開第2012/043634(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/072823(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/175917(WO,A1)
【文献】生物工学会誌,2011年,89(2),pp.72-78
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00
C12P 21/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所望の細胞膜タンパク質に対して特異的に結合する目的物質を生産する目的細胞を、第二細胞の集団から選抜する細胞の選抜方法であって
、
下記工程:
a)互いに連通することなく独立した複数のマイクロウェルを有する基板を提供する工程、
b)前記細胞膜タンパク質を細胞表面に発現する1個の第一細胞を、各々の前記マイクロウェルに導入し、前記マイクロウェルに接着させる工程、
c)工程b)に続いて、各々の前記マイクロウェルに、前記集団から単離された1個の第二細胞を導入し、前記マイクロウェル内で前記第一細胞と前記第二細胞を接触可能な状態で共存させる工程、
d)工程c)に続いて、前記目的物質が結合した第一細胞を含むマイクロウェルを特定する工程、
e)工程d)で特定されたマイクロウェルから、前記目的細胞として前記第二細胞を回収する工程、
を包含し、
前記工程c)は、
マイクロウェル内で共存させた前記第一細胞と前記第二細胞を所定時間インキュベートすること、及び
インキュベートが終了した後、各々のマイクロウェルを洗浄して上清を除去すること、
をさらに包含する、細胞の選抜方法。
【請求項2】
前記工程d)は、前記目的物質が前記第一細胞に結合したことを可視化する可視化工程を包含する、請求項1に記載の細胞の選抜方法。
【請求項3】
前記可視化工程は、前記マイクロウェルに、前記目的物質に対して特異的に結合する標識物質を添加することを含む、請求項2に記載の細胞の選抜方法。
【請求項4】
前記標識物質が前記目的物質に対する標識抗体である、請求項3に記載の細胞の選抜方法。
【請求項5】
前記標識物質における標識が蛍光標識である、請求項3又は4に記載の細胞の選抜方法。
【請求項6】
前記標識物質は、第一蛍光物質で標識された抗体であり、
前記工程b)は、前記マイクロウェルに接着している前記第一細胞を第二蛍光物質で標識する第一細胞標識工程を含み、
第一蛍光物質が発する蛍光の蛍光波長は、第二蛍光物質が発する蛍光の蛍光波長と異なる、請求項5に記載の細胞の選抜方法。
【請求項7】
前記可視化工程は、前記目的物質が前記第一細胞に結合した際に起きる、前記細胞膜タンパク質の活性化に伴う細胞内情報伝達物質の変動を可視化することを含む、請求項2に記載の細胞の選抜方法。
【請求項8】
前記第一細胞が、前記細胞膜タンパク質を発現するベクターを導入した細胞である、請求項1~7のいずれかに記載の細胞の選抜方法。
【請求項9】
前記第一細胞が、前記細胞膜タンパク質を発現する腫瘍細胞である、請求項1~7のいずれかに記載の細胞の選抜方法。
【請求項10】
前記第一細胞が、前記細胞膜タンパク質を発現する非腫瘍細胞である、請求項1~7のいずれかに記載の細胞の選抜方法。
【請求項11】
前記目的物質が抗体である、請求項1~10のいずれかに記載の細胞の選抜方法。
【請求項12】
前記第二細胞が、前記細胞膜タンパク質又はそれをコードする核酸で免疫した非ヒト動物由来の骨髄、脾臓、リンパ組織、又は血液細胞由来である、請求項11に記載の細胞の選抜方法。
【請求項13】
前記第二細胞が不死化された細胞である、請求項12に記載の細胞の選抜方法。
【請求項14】
前記第二細胞がハイブリドーマである、請求項13に記載の細胞の選抜方法。
【請求項15】
前記第二細胞が、ヒトのリンパ組織又は血液由来である、請求項11に記載の細胞の選抜方法。
【請求項16】
前記第二細胞が、エプスタイン・バール・ウイルス感染により不死化された細胞である、請求項15に記載の細胞の選抜方法。
【請求項17】
前記第二細胞が、外来性の抗体遺伝子を有し、当該抗体を発現する組換え細胞である、請求項11に記載の細胞の選抜方法。
【請求項18】
前記抗体が、完全抗体、機能的抗体断片、一本鎖抗体、又は多重特異性抗体である、請求項17に記載の細胞の選抜方法。
【請求項19】
前記抗体が、完全ヒト抗体、ヒト化抗体、又はキメラ抗体である、請求項17又は18に記載の細胞の選抜方法。
【請求項20】
前記抗体が、ネコ化抗体又はイヌ化抗体である、請求項17又は18に記載の細胞の選抜方法。
【請求項21】
請求項1~20のいずれかに記載の方法によって第二細胞の集団より選抜された目的細胞から、前記目的物質をコードする核酸を取得する、核酸の製造方法。
【請求項22】
前記目的物質が抗体である、請求項21に記載の核酸の製造方法。
【請求項23】
請求項21又は22に記載の方法によって製造された核酸を宿主細胞に導入し、前記目的物質を発現する組換え細胞を取得する、組換え細胞の製造方法。
【請求項24】
請求項23に記載の方法によって製造された組換え細胞を培養し、その培養物から前記目的物質を取得する、目的物質の製造方法。
【請求項25】
請求項1~20のいずれかに記載の方法によって第二細胞の集団より選抜された目的細胞を培養し、その培養物から前記目的物質を取得する、目的物質の製造方法。
【請求項26】
前記目的物質が抗体である、請求項24又は25に記載の目的物質の製造方法。
【請求項27】
請求項21又は22に記載の方法によって製造された核酸に、薬学的に許容される担体又は添加物を組み合わせて、前記核酸を有効成分として含有する医薬組成物を取得する、医薬組成物の製造方法。
【請求項28】
請求項24~26のいずれかに記載の方法によって製造された目的物質に、薬学的に許容される担体又は添加物を組み合わせて、前記目的物質を有効成分として含有する医薬組成物を取得する、医薬組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の選抜方法、核酸の製造方法、組換え細胞の製造方法、目的物質の製造方法、医薬組成物の製造方法、及び試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)、トランスポーター、イオンチャンネル、サイトカイン受容体等の細胞膜タンパク質は、様々な疾患に関わることが知られており、診断薬や医療用医薬品の標的分子として注目されている。細胞膜タンパク質は、細胞外の物質、例えば、低分子化合物、ペプチド、タンパク質等からなるリガンドと結合することで、その機能が活性化あるいは阻害されることにより、細胞機能や薬理機能を発現する。
【0003】
加えて、近年では、細胞膜タンパク質に結合する特異抗体や抗体様分子(抗体断片、一本鎖抗体、二重特異性抗体,又は薬剤結合抗体など)が注目され、診断薬や医療用医薬品としての開発が進んでいる。
【0004】
細胞膜タンパク質の中でも、特に複数回膜貫通型タンパク質(例えば、GPCR、トランスポーター、イオンチャンネル等)に対する特異的結合物質(例えば、タンパク質リガンド、ペプチドリガンド、特異抗体等)が、医薬品として開発中である。しかし、医薬品として実用化されているものは限定的である。
【0005】
複数回膜貫通型タンパク質は、可溶性タンパク質(例えば、サイトカイン、ホルモン、酵素、核内受容体)と比べて疎水性構造を多く含むため、単離精製することが格段に難しい。加えて、自然界に存在する構造を維持し、かつ複数回膜貫通型タンパク質の機能を維持できることが証明されている精製例は、限定的である。一般的に、複数回膜貫通型タンパク質は、細胞の脂質2重膜中に存在する状態で、その機能性を発揮する。
【0006】
細胞膜タンパク質に対する特異的結合物質を探索する技術としては、例えば、細胞膜タンパク質の一部であって、細胞外に露出した可溶性ドメイン又は部分ペプチドを大量に製造および精製したものを用いる方法がある。例えば、精製された前記可溶性ドメイン又は部分ペプチドを96ウェルプレートに固相化し、候補となる特異的結合物質との結合をELISA法などで評価することが挙げられる。しかしながら、このような方法で選抜された物質が、生体内に存在する標的細胞膜タンパク質に特異的かつ高い親和性を兼ね備えて結合するかは、保証されるものではない。したがって、診断薬や医療用医薬品の開発を目的として、細胞膜タンパク質に対する有用な特異的結合物質を探索する場合には、生体内での細胞膜タンパク質の立体構造を模すために、標的細胞膜タンパク質が生細胞の細胞膜上で発現されている哺乳動物細胞を用いることがより有効である。
【0007】
一方、ペプチドリガンド、タンパク質リガンド、特異抗体といった物質は、ヒトあるいは非ヒト動物由来の細胞や、遺伝子組み換え技術を応用した組換え細胞を培養することで、培養上清中に分泌させることができる。ここで、標的細胞膜タンパク質に特異的に結合する未知の物質を発見する場合には、異なる物質を生産する数千~数万種類の産生細胞集団(例えば、抗体生産ハイブリドーマライブラリー)を調査対象とする必要がある。しかし近年、新規物質を探索するために調べるべき産生細胞数がますます増加する傾向があり、数万~数千万種類の細胞の調査が必要なこともある。そのため、産生細胞の培養や維持にかかるコスト、探索にかかる時間、等において、従来技術は大きな課題を有している。
【0008】
所望の細胞膜タンパク質に対する特異的抗体を探索する従来技術としては、ハイブリドーマ培養とフローサイトメーターを組み合わせた手法がある。例えば、数千種類に及ぶハイブリドーマの培養上清を調製し、標的細胞膜タンパク質を細胞表面に発現するCHO細胞と接触させ、フローサイトメーターを用いて結合性を評価する。そして、陽性と判定されたハイブリドーマを回収し、限界希釈法にてさらに培養を行う。そして、フローサイトメーターを用いた結合性評価を繰り返し、2か月程度かけて、所望の特異的抗体を産生する細胞を同定することができる(例えば、特許文献1)。
【0009】
しかし、非ヒト動物にGPCR等の細胞膜タンパク質を抗原として免疫した場合、親和性と特異性の両方が高い抗体の出現頻度は極めて低いことが知られている。そのような出現頻度が低い特異抗体を産生する目的細胞を選抜するには、ハイブリドーマ法では数十万~数百万種類の産生細胞を培養し評価する必要がある。そのため、ハイブリドーマ培養とフローサイトメーターを利用した従来の方法は、能力の限界に近づいていると考えられる。
【0010】
別の技術として、シングル細胞解析技術を応用した、特異的抗体産生細胞の同定法が開発されつつある(非特許文献1)。例えば、疎水性のマイクロドロップレット中に1個の抗体産生細胞と抗原タンパク質を封じ込める。そして、抗体産生細胞から分泌される抗体と抗原タンパク質の結合の有無を可視化し、マイクロ流路を持つ分析機器中で特異的抗体を産生する陽性細胞を含むマイクロドロップレットを分離することができる。
非特許文献2には、マイクロドロップレットとマイクロ流路を応用した、特異的抗体産生細胞を同定する方法の原理が記載されている。
しかしながら、この方法では、マイクロドロップレット中で抗体と抗原タンパク質の結合の有無を可視化する過程において、洗浄工程を加えることができない。そのため、細胞膜表面上に発現する量が極めて少ない細胞膜タンパク質を標的とする場合には、バックグラウンドの蛍光シグナルに比べ、抗体と抗原タンパク質の結合による蛍光シグナルが弱いため、前記結合の有無を確認することが困難であるといった欠点が報告されている(非特許文献1)。
【0011】
また、マイクロドロップレット中での細胞の生存維持、特に、不死化していない骨髄組織、脾臓、リンパ組織、血液細胞由来のBリンパ球や形質細胞、の生存維持は非常に困難であり、細胞種ごとに厳密な制御が必要である。
加えて、一般的には、陽性細胞を含むマイクロドロップレット中には複数の陰性抗体産生細胞も含まれる。そのため、モノクローナル抗体を樹立するためには、複数回、スクリーニング操作を実施する必要がある。
さらに、抗体と標的細胞膜タンパク質の結合の有無を可視化するための方法は、標的細胞膜タンパク質ごとに最適化する必要があり、汎用的に実用化されるためには改良の余地が残されている。
【0012】
特許文献2には、スライドグラス上で、標的細胞膜タンパク質を発現する細胞集団と、候補の細胞集団とを接触させ、候補の細胞集団から標的細胞膜タンパク質に対する抗体を産生する細胞を同定する技術が記載されている。しかし、この方法も、前記した洗浄工程を行うことができないため、細胞膜表面上に発現する量が極めて少ない細胞膜タンパク質を標的とする場合には、抗体と細胞膜タンパク質との結合の有無を確認することが困難である。
【0013】
特許文献3には、精製された可溶性サイトカイン受容体タンパク質をコートしたマイクロウェルに抗体産生細胞の候補を導入し、細胞が分泌した抗体と可溶性サイトカイン受容体タンパク質との結合性をもって所望の抗体産生細胞を選抜する技術が開示されている。しかし前述したように、単離精製された受容体タンパク質が、生体内で機能を発揮する構造を維持しているとは限らない。さらに、精製困難な複数回膜貫通型タンパク質にこの方法を適用することは、極めて困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】国際公開第2012/043634号
【文献】国際公開第2004/051268号
【文献】特許第4148367号公報
【非特許文献】
【0015】
【文献】Fitzgerald V, Leonard P., "Single cell screening approaches for antibody discovery", Methods, 116:34-42, 2017
【文献】Shembekar et al., "Single-Cell Droplet Microfluidic Screening for Antibodies Specifically Binding to Target Cells", Cell Reports 22, 2206-2215, February 20, 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上記のように、細胞膜タンパク質に対して特異的に結合する目的物質を生産する細胞を、より迅速かつ効率的に選抜する技術は、未だ完成しているとは言い難い。さらに、評価する細胞の母集団数の増加に対応すべく、細胞培養操作を出来るだけ軽減する必要がある。そこで本発明は、細胞膜タンパク質に対して特異的に結合する目的物質を生産する細胞を、より迅速かつ効率的に選抜する技術、並びに、当該技術で選抜された細胞を用いて、抗体等の目的物質を製造する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、直径20~30μmのマイクロウェル内で、標的細胞膜タンパク質を発現する細胞と、細胞膜タンパク質に対して特異的に結合する目的物質を生産する目的細胞の候補を共存させることにより、非常に短時間で目的細胞を選抜できることを見出した。
【0018】
本発明の1つの様相は、所望の細胞膜タンパク質に対して特異的に結合する目的物質を生産する目的細胞を、第二細胞の集団から選抜する細胞の選抜方法であって、下記工程:
a)複数のマイクロウェルを有する基板を提供する工程、
b)前記細胞膜タンパク質を細胞表面に発現する第一細胞を、各々の前記マイクロウェルに接着させる工程、
c)工程b)に続いて、各々の前記マイクロウェルに、前記集団から単離された1又は2個の第二細胞を導入し、前記マイクロウェル内で前記第一細胞と前記第二細胞を共存させる工程、
d)工程c)に続いて、前記目的物質が結合した第一細胞を含むマイクロウェルを特定する工程、
e)工程d)で特定されたマイクロウェルから、前記目的細胞として前記第二細胞を回収する工程、
を包含する、細胞の選抜方法である。
【0019】
好ましくは、前記工程d)は、前記目的物質が前記第一細胞に結合したことを可視化する可視化工程を包含する。
【0020】
好ましくは、前記可視化工程は、前記マイクロウェルに、前記目的物質に対して特異的に結合する標識物質を添加することを含む。
【0021】
好ましくは、前記標識物質が前記目的物質に対する標識抗体である。
【0022】
好ましくは、前記標識物質における標識が蛍光標識である。
【0023】
好ましくは、前記標識物質は、第一蛍光物質で標識された抗体であり、前記工程b)は、前記マイクロウェルに接着している前記第一細胞を第二蛍光物質で標識する第一細胞標識工程を含み、第一蛍光物質が発する蛍光の蛍光波長は、第二蛍光物質が発する蛍光の蛍光波長と異なる。
【0024】
好ましくは、前記可視化工程は、前記目的物質が前記第一細胞に結合した際に起きる、前記細胞膜タンパク質の活性化に伴う細胞内情報伝達物質の変動を可視化することを含む。
【0025】
好ましくは、前記細胞膜タンパク質が複数回膜貫通型タンパク質である。
【0026】
好ましくは、前記第一細胞が、前記細胞膜タンパク質を発現するベクターを導入した細胞である。
【0027】
好ましくは、前記第一細胞が、前記細胞膜タンパク質を発現する腫瘍細胞である。
【0028】
好ましくは、前記第一細胞が、前記細胞膜タンパク質を発現する非腫瘍細胞である。
【0029】
好ましくは、前記目的物質が抗体である。
【0030】
好ましくは、前記第二細胞が、前記細胞膜タンパク質又はそれをコードする核酸で免疫した非ヒト動物由来の骨髄、脾臓、リンパ組織、又は血液細胞由来である。
【0031】
好ましくは、前記第二細胞が不死化された細胞である。
【0032】
好ましくは、前記第二細胞がハイブリドーマである。
【0033】
好ましくは、前記第二細胞が、ヒトのリンパ組織又は血液由来である。
【0034】
好ましくは、前記第二細胞が、エプスタイン・バール・ウイルス感染により不死化された細胞である。
【0035】
好ましくは、前記第二細胞が、外来性の抗体遺伝子を有し、当該抗体を発現する組換え細胞である。
【0036】
好ましくは、前記抗体が、完全抗体、機能的抗体断片、一本鎖抗体、又は多重特異性抗体である。
【0037】
好ましくは、前記抗体が、完全ヒト抗体、ヒト化抗体、又はキメラ抗体である。
【0038】
好ましくは、前記抗体が、ネコ化抗体又はイヌ化抗体である。
【0039】
本発明の他の様相は、上記の方法によって第二細胞の集団より選抜された目的細胞から、前記目的物質をコードする核酸を取得する、核酸の製造方法である。
【0040】
好ましくは、前記目的物質が抗体である。
【0041】
本発明の他の様相は、上記の方法によって製造された核酸を宿主細胞に導入し、前記目的物質を発現する組換え細胞を取得する、組換え細胞の製造方法である。
【0042】
本発明の他の様相は、上記の方法によって製造された組換え細胞を培養し、その培養物から前記目的物質を取得する、目的物質の製造方法である。
【0043】
本発明の他の様相は、上記の方法によって第二細胞の集団より選抜された目的細胞を培養し、その培養物から前記目的物質を取得する、目的物質の製造方法である。
【0044】
好ましくは、前記目的物質が抗体である。
【0045】
本発明の他の様相は、上記の方法によって製造された核酸に、薬学的に許容される担体又は添加物を組み合わせて、前記核酸を有効成分として含有する医薬組成物を取得する、医薬組成物の製造方法である。
【0046】
本発明の他の様相は、上記方法によって製造された目的物質に、薬学的に許容される担体又は添加物を組み合わせて、前記目的物質を有効成分として含有する医薬組成物を取得する、医薬組成物の製造方法である。
【0047】
本発明の他の様相は、上記方法によって製造された目的物質を含む、前記所望の細胞膜タンパク質を検出するための試薬である。
【発明の効果】
【0048】
本発明によれば、細胞膜タンパク質に対して特異的に結合する目的物質を生産する細胞を、より迅速かつ効率的に選抜することができる。さらに、細胞膜タンパク質に対して特異的に結合する目的物質、例えば抗体を、容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【
図1】本発明の一態様に係る細胞の選抜方法の概要を表す説明図であり、(a)~(e)は各ステップを表す。
【
図2】実施例4における陽性マイクロウェルの画像の一例を表す写真であり、(a)は透過光、(b)はCytoRed由来の蛍光、(c)はAlexa Fluor 488由来の蛍光を観察した結果である。
【
図3】実施例4における陰性マイクロウェルの画像の一例を表す写真であり、(a)は透過光、(b)はCytoRed由来の蛍光、(c)はAlexa Fluor 488由来の蛍光を観察した結果である。
【
図4】実施例5における陽性マイクロウェルから回収したハイブリドーマ由来の遺伝子組み換え抗体をフローサイトメトリーに供した結果を表す図である。
【
図5】実施例5における陰性マイクロウェルから回収したハイブリドーマ由来の遺伝子組み換え抗体をフローサイトメトリーに供した結果を表す図である。
【
図6】実施例6における陽性マイクロウェルの画像の一例を表す写真であり、(a)は透過光、(b)はCytoRed由来の蛍光、(c)はAlexa Fluor 488由来の蛍光を観察した結果である。
【
図7】実施例6における陰性マイクロウェルの画像の一例を表す写真であり、(a)は透過光、(b)はCytoRed由来の蛍光、(c)はAlexa Fluor 488由来の蛍光を観察した結果である。
【
図8】実施例7における陽性マイクロウェルから回収したリンパ球由来の遺伝子組み換え抗体をフローサイトメトリーに供した結果を表す図である。
【
図9】実施例7における陰性マイクロウェルから回収したリンパ球由来の遺伝子組み換え抗体をフローサイトメトリーに供した結果を表す図である。
【
図10】実施例9におけるマイクロウェルの画像の一例を表す写真であり、(a)は透過光、(b)はAlexa Fluor 488由来の蛍光、(c)はDyLight 650由来の蛍光を観察した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0050】
本発明の細胞の選抜方法は、所望の細胞膜タンパク質に対して特異的に結合する目的物質を生産する目的細胞を、第二細胞の集団から選抜するものである。以下、前記目的細胞を、陽性細胞と称することがある。また前記所望の細胞膜タンパク質を「標的細胞膜タンパク質」と称することがある。また前記目的物質を、「細胞膜タンパク質に対する特異的結合物質」、または単に「特異的結合物質」と称することがある。また本発明において、「細胞を選抜する」という文言は「細胞を同定する」と言い換えることができる。
【0051】
図1に、本発明の一態様に係る細胞の選抜方法の概略を示す。(a)は複数のマイクロウェル2を有する基板1を表す。(b)はマイクロウェル2に第一細胞3を接着させた状態を表す。(c)はマイクロウェル2内で第一細胞3と第二細胞5を共存させた状態を表す。(d)は第二細胞5が分泌した目的物質6が、第一細胞3の表面に結合した状態を表す。(e)は第一細胞3の表面の目的物質6に、標識物質7が結合した状態を表す。
【0052】
<基板とマイクロウェル>
本発明では、複数のマイクロウェルを有する基板を用いる。マイクロウェルとは、哺乳動物細胞や鳥類細胞が1~3個程度入る微小サイズのウェル(窪み、凹部)を指す。マイクロウェルは有底の微小な穴であり、例えばその開口部の内径は10μm~50μm程度、深さは開口部の内径と同程度である。
【0053】
マイクロウェルの形状は、典型的には円筒形である。その他、四角柱、六角柱等の多角柱のような複数の平面で構成される筒状や、逆円錐形や逆角錐形等のすり鉢状であってもよい。また、これらの形状を2つ以上組み合わせて連結させた形状でもよい。逆円錐形や逆角錐形の場合は、錐の底面部分がマイクロウェルの開口部となり、頂点の一部が切り取られたような形状(すなわち、円錐台状や角錐台状)とすることができる。
マイクロウェルが円筒形の場合、その開口部の直径(内径)は、マイクロウェルに格納する細胞の種類や数を考慮して適宜決定することができる。第一細胞がCHO細胞、第二細胞が非ヒト動物由来のBリンパ球又は形質細胞である場合は、直径が20μm~40μm程度であることが好ましい。また、マイクロウェルの深さは、開口部の直径と同程度であることが好ましい。
【0054】
基板上の単位面積あたりのマイクロウェル数(密度)としては特に限定はなく、例えば、1回あたりに探索する第二細胞の総数と目的細胞の発現頻度を考慮して適宜決定することができる。例えば、1cm2あたり20,000個~200,000個の範囲とすることができる。
【0055】
基板上におけるマイクロウェル間の距離(ピッチ)としては特に限定はなく、隣接するマイクロウェルに影響を与えない範囲で適宜設定することができる。例えば、マイクロウェルが円筒型の場合、隣接するマイクロウェルの開口部中心間の距離は、開口部直径の1.5~3倍程度であることが好ましい。
【0056】
基板の材質としては特に限定はないが、後述する可視化工程を行う場合は、自家蛍光を有しない透明の材質であることが好ましい。
【0057】
複数のマイクロウェルを有する基板は市場から入手可能である。例えば、直径10μm、20μm、又は30μmの複数のマイクロウェルを有する基板(マイクロウェルチャンバー)がアズワン社から市販されている。
【0058】
<標的細胞膜タンパク質>
本発明における標的細胞膜タンパク質としては特に限定はなく、複数回膜貫通型タンパク質に代表される全ての細胞膜タンパク質が対象となりうる。例えば、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)、イオンチャンネル、トランスポーター、CD抗原、細胞接着分子、癌抗原、ウイルス抗原などが対象となりうる。また細胞膜タンパク質の由来動物種に特に限定はない。また本発明では、精製法が確立していない、大量精製が困難、天然に存在する構造を維持した形での単離精製が困難、等の事情を有する細胞膜タンパク質であって、その一部が脂質2重膜層から細胞外に露出しているタンパク質、が対象となりうる。
【0059】
<第一細胞>
本発明では、所望の細胞膜タンパク質を細胞表面に発現する第一細胞を、マイクロウェルに接着させて使用する。
第一細胞としては、所望の細胞膜タンパク質が細胞表面に発現するものであれば、特に限定はない。一つの実施形態として、標的細胞膜タンパク質を発現するベクターを導入した組換え細胞が挙げられる。例えば、完全長の標的細胞膜タンパク質の遺伝子を、適当な発現ベクター(例えば、pcDNA、pEF/FRT/V5-DEST等)に挿入する。そして、このベクターをCHO細胞、COS細胞、HEK293細胞、NIH3T3細胞などの細胞に導入し、標的細胞膜タンパク質を細胞膜上に一過的又は安定的に発現する組換え細胞を取得する。この組換え細胞を第一細胞として用いることができる。この場合、標的細胞膜タンパク質の細胞膜上での発現量が、発現ベクターを有さない細胞と比較して、5倍以上に増強されていることが好ましい。
【0060】
他の実施形態として、標的細胞膜タンパク質が正常細胞に比べて過剰に発現している腫瘍細胞を、第一細胞として用いることができる。腫瘍細胞としては、例えば、手術摘出臓器から単一細胞化したものを用いることができる。その他、腫瘍細胞は、ATCCや細胞販売会社から入手することができる。
【0061】
他の実施形態として、標的細胞膜タンパク質が発現している正常組織、例えば非ヒト又はヒト組織、に由来する各種の細胞(非腫瘍細胞)を、第一細胞として用いることができる。例えば、血液細胞、神経細胞、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、免疫細胞、脂肪細胞、骨格筋細胞、リンパ球細胞、皮膚細胞、などを第一細胞として用いることができる。また、血液細胞を公知の方法でiPS化した後、特定の組織細胞に分化させたものを第一細胞として用いてもよい。
【0062】
<目的物質>
本発明では、所望の細胞膜タンパク質に対して特異的に結合する目的物質を生産する目的細胞を、第二細胞の集団から選抜する。前記目的物質(特異的結合物質)には、特定の細胞膜タンパク質に選択的に結合する、構造が既知又は未知のポリペプチド、環状ペプチド、タンパク質が含まれる。より具体的には、ペプチドホルモン、サイトカイン、抗体、人工ポリペプチド、人工環状ペプチド、等からなる特異的結合物質が含まれる。
【0063】
<第二細胞>
本発明では、マイクロウェル内で第一細胞と第二細胞を共存させる。以下、第二細胞について具体的に説明する。
【0064】
まず、目的物質(特異的結合物質)が抗体以外である場合、換言すれば、第二細胞が抗体産生細胞以外である実施形態について説明する。
第二細胞としては、所望の目的物質を生産することが予想される細胞であれば、特に限定はない。例えば、非ヒト又はヒト組織由来の各種の細胞、例えば血液細胞、神経細胞、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞、免疫細胞、脂肪細胞、骨格筋細胞、リンパ球細胞、皮膚細胞などを、第二細胞として用いることができる。例えば、非ヒト動物の組織を分離し、コラーゲナーゼ処理等の後、30~100μmのメッシュでろ過し、単一細胞化したものを、第二細胞として用いることができる。例えば、ヒトの血液や手術摘出臓器から単一細胞化したものを、第二細胞として用いることができる。さらに、腫瘍細胞を第二細胞として用いることができる。腫瘍細胞は、例えば、手術摘出臓器から単一細胞化したものを用いることができる。その他、腫瘍細胞は、ATCCや細胞販売会社から入手することができる。
【0065】
組換え細胞を第二細胞として用いることができる。例えば、目的物質をコードする遺伝子を含むcDNAライブラリーを、pcDNA、pEF/FRT/V5-DEST、Mammalian PowerExpress System、などの発現ベクターに組み込む。そして、このベクターを一過的に、CHO細胞、COS細胞、HEK293細胞、NSO細胞などの細胞に導入し、組換え細胞を得る。この組換え細胞を、第二細胞として用いることができる。さらに、前記組換え細胞において、ベクターに保持されている薬剤耐性遺伝子を用いて生存した、恒常的に遺伝子発現する組換え細胞を、第二細胞として用いることができる。また、アデノウイルス、レンチウイルス等に由来するウイルスベクターにcDNAライブラリーを組み込み、これをCHO細胞、HEK293細胞、NIH3T3細胞等に感染させたものを第二細胞として用いることができる。
組換え細胞を第二細胞として用いる場合は、組換え細胞には1種類の目的物質をコードする遺伝子が導入されていることが好ましい。
【0066】
次に、目的物質(特異的結合物質)が抗体である場合、換言すれば、第二細胞が抗体産生細胞である実施形態について説明する。
【0067】
本発明において「抗体」という文言は、「免疫グロブリン」と置き換えることができる。本発明における抗体には、その機能的断片が含まれる。ここで「抗体の機能的断片」とは、抗体(すなわち免疫グロブリン)の部分断片であって、抗原に対する作用を少なくとも1つ保持するものを指す。前記部分断片の例としては、F(ab’)2、Fab、Fv、ジスルフィド結合Fv、一本鎖抗体(scFv、VH-VL)、VH、及びこれらの重合体、並びに、これらと重鎖CH3領域との融合体等が挙げられる。さらに本発明における抗体は、多重特異性抗体であってもよい。その例としては、二重特異性抗体の一種であるダイアボディ(Diabody)(例えば、国際公開第93/11161号)が挙げられる。本発明における抗体のクラス(アイソタイプ)は特に限定されない。例えば、IgG、IgM、IgA、IgD、IgE等、いずれのクラスであってもよい。さらに、抗体のサブクラスについても特に限定はない。例えば、IgGであれば、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4等のいずれのサブクラスであってもよい。さらに抗体は、完全ヒト抗体、ヒト化抗体、キメラ抗体のいずれの抗体であってもよい。
【0068】
ヒトのリンパ組織や血液に由来するB細胞や形質細胞等の抗体産生細胞を、第二細胞として用いることができる。例えば、健常人、がんに罹患した患者、既知あるいは未知の感染症に罹患した患者、自己免疫疾患に罹患した患者、ワクチンを接種した者、等から採取したB細胞や形質細胞を、第二細胞として用いることができる。
【0069】
なお、より効率よく標的細胞膜タンパク質に対する抗体産生細胞を同定するために、細胞濃縮を行ってもよい。例えば、標的細胞膜タンパク質で免疫した非ヒト動物由来の骨髄、脾臓、リンパ組織、又は血液細胞から得た活性化B細胞又は形質細胞を濃縮し、これを第二細胞の集団として用いることができる。例えば、ヒトのリンパ組織や血液由来細胞から得た活性化B細胞又は形質細胞を濃縮し、これを第二細胞の集団として用いることができる。活性化B細胞又は形質細胞の濃縮は、例えば、細胞表面のCD抗原を指標として行うことができる。例えば、特定のCD抗原に対する抗体磁気ビーズを用いることができる。CD抗原の例としては、CD2、CD3、CD4、CD8、CD11b、CD11c、CD14、CD15、CD16、CD34、CD40、CD43、CD45R、CD49b、CD56、CD61、CD79a、CD90.2、CD138、CD235a、が挙げられる。濃縮の程度としては、例えば、約10,000,000個のリンパ組織由来のリンパ球細胞集団から、活性化B細胞又は形質細胞を50倍以上に濃縮することが挙げられる。
【0070】
非ヒト動物を標的細胞膜タンパク質で免疫する方法については、Hutchings CJ, Koglin M, Olson WC, Marshall FH,"Opportunities for therapeutic antibodies directed at G-protein-coupled receptors", Nat Rev Drug Discov. 16(9),2017. に示されているように様々な方法がある。例えば、細胞表面に露出している部分ペプチドや部分タンパク質を合成し、これを抗原として免疫する方法が挙げられる。また、細胞から標的細胞膜タンパク質を界面活性剤で可溶化して精製し、これを抗原として免疫する方法が挙げられる。また、標的細胞膜タンパク質を高発現した細胞自体を直接免疫する方法が挙げられる。また、人工2重膜やウイルス様ナノ粒子上に標的細胞膜タンパク質を提示したものを抗原として免疫する方法が挙げられる。さらに、タンパク質発現ベクターに標的細胞膜タンパク質をコードするcDNA配列を挿入したベクターを免疫する方法(DNA免疫)が挙げられる。このうち、DNA免疫が、より特異的で高親和性の抗体を取得できる可能性があるので好ましい。
【0071】
ハイブリドーマ等の不死化した細胞を第二細胞として用いることができる。例えば、標的細胞膜タンパク質で免疫した非ヒト動物から免疫細胞を採取し、これをミエローマと細胞融合することによってハイブリドーマを得る。このハイブリドーマを、第二細胞として用いることができる。細胞融合、ハイブリドーマの選抜、クローニングについては、公知の方法を使用することができる。例えば、細胞融合はポリエチレングリコールを用いる方法や、免疫細胞とミエローマの混合液に電圧をかける方法により行うことができる。また、ハイブリドーマの選抜は、HAT選択培地を用いた培養により行うことができる。
【0072】
ハイブリドーマ法以外の方法でも細胞を不死化することができる。例えば、ヒトのリンパ組織や血液に由来するB細胞の場合は、エプスタイン・バール・ウイルス(Epstein-Barr virus)感染で不死化した細胞も、第二細胞として用いることができる。
【0073】
抗体遺伝子が導入された組換え細胞を第二細胞として用いることができる。例えば、免疫動物のリンパ組織や血液細胞に由来するB細胞や形質細胞からcDNAライブラリーを作製する。このcDNAライブラリーから、抗体あるいは抗体断片の遺伝子を選択的に増幅する。完全抗体、機能的抗体断片、一本鎖抗体、又は多重特異性抗体などの様々な形態の抗体分子を発現できるように、増幅した遺伝子を改変し、抗体遺伝子ライブラリーを作製する。この遺伝子ライブラリーを、pcDNA、pEF/FRT/V5-DEST、Mammalian PowerExpress System、などのベクターに組み込む。そして、このベクターを一過的に、CHO細胞、COS細胞、HEK293細胞、NSO細胞などの細胞に導入し、組換え細胞を得る。この組換え細胞を、第二細胞として用いることができる。さらに、前記組換え細胞において、ベクターに保持されている薬剤耐性遺伝子を用いて生存した、恒常的に遺伝子発現する組換え細胞を、第二細胞として用いることができる。
【0074】
第二細胞の由来となる動物種としては特に限定はないが、哺乳動物細胞又は鳥類細胞が好ましく用いられる。哺乳動物としてはマウス、ラット、モルモット、ウサギ、サル、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ラクダ、アルパカ等を挙げることができる。また、鳥類の例としては、ニワトリ、アヒル又は七面鳥を挙げることができる。
【0075】
<第一細胞の接着>
本発明では、上記した第一細胞をマイクロウェルに接着させる。これにより、第一細胞が、その細胞機能を損なうことなくマイクロウェル内に格納及び固定化される。マイクロウェルに接着させる第一細胞の数は、第二細胞を受け入れるスペースを確保できるものであれば限定されないが、好ましくは1~2個である。
【0076】
<第一細胞と第二細胞の共存>
本発明では、第一細胞が接着したマイクロウェルに1又は2個の第二細胞を導入し、第一細胞と第二細胞を共存させる。これにより、第二細胞が生産した(分泌した)目的物質が、第一細胞の表面に接触する。マイクロウェルには1個の第二細胞を導入することが好ましい。
【0077】
マイクロウェル内で第一細胞と第二細胞を共存させた後、所定の条件でインキュベートすることが好ましい。インキュベートの条件は、例えば、第二細胞が生産する目的物質の性質と第二細胞の生存時間を考慮して決定することができる。例えば、リン酸緩衝液、HBSS又は細胞培養液(例えばRPMI培地、HAM F-12培地など)に必要に応じて牛血清、成長因子、特異的結合物質の産生を亢進させるサイトカイン(例えば、IL-4、IL-5、IL-6、IL-13、IL-21、TNF,IFNγ、CD40リガンドなど)を添加し、25~37℃で15分~6時間インキュベートすることが好ましい。
【0078】
<陽性マイクロウェルの特定>
マイクロウェル内で第一細胞と第二細胞を共存させ、必要に応じてインキュベートした後、目的物質が結合した第一細胞を含むマイクロウェル(陽性マイクロウェル)を特定する。換言すれば、各マイクロウェルにおける、第一細胞の表面に発現した標的細胞膜タンパク質と、第二細胞から分泌された物質との結合の有無を検出する。
【0079】
第一細胞と目的物質との結合の有無を検出する方法としては、例えば、可視化による方法が好ましく用いられる。すなわち好ましい実施形態では、前記特異的結合物質が前記第一細胞に結合したことを可視化する可視化工程を包含する。
【0080】
前記可視化の手法としては特に限定はない。1つの例として、第一細胞の表面を可視化する直接的手法が挙げられる。別の例として、前記目的物質が前記第一細胞に結合した際に起きる、前記細胞膜タンパク質の活性化に伴う細胞内情報伝達物質の変動を可視化する間接的手法が挙げられる。
【0081】
前記直接的手法としては、目的物質に対して特異的に結合する標識物質を用いる方法が挙げられる。すなわち、マイクロウェル内で第二細胞と共存している第一細胞に対して、前記標識物質を接触させる。前記標識物質は、例えば標識抗体である。
具体的手順を例示すると、まず、上記したcDNAライブラリーを作製する際に、特異的結合物質にタグ(例えば、FLAG、V5)や抗体のFc部分が付与されるように設計する。そして、このcDNAライブラリーをCHO細胞等に導入した組換え細胞を、第二細胞として用いる。タグが付与された目的物質に対しては、当該タグに対する標識抗体(例えば、標識抗FLAG抗体、標識抗V5抗体)を用いることができる。Fc部分が付与された目的物質に対しては、標識抗Fc抗体(例えば、標識抗IgG抗体)を用いることができる。具体的操作としては、マイクロウェル内で第一細胞と第二細胞を共存させた後、必要に応じて所定の条件でインキュベートし、その後、標識物質を添加する。
【0082】
前記標識としては、蛍光物質(蛍光複合体)、蛍光タンパク質、酵素、等による標識を採用することができる。
前記蛍光物質としては、Alexa Fluor(登録商標)、Aqua、Texas Red(登録商標)、フルオレセイン及びその誘導体、ローダミン及びその誘導体、Cascade Blue(登録商標)、フィコエリトリン、DyLight(登録商標)等が挙げられる。好ましくは、Alexa Fluor 488が用いられる。
蛍光タンパク質としては、緑色蛍光タンパク質(GFP)が挙げられる。
前記酵素としては、アルカリフォスファターゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ、ルシフェラーゼ、等が挙げられる。
【0083】
標識物質(例えば、標識抗体)が発する強いシグナルを指標として、目的物質が結合した第一細胞を検出することができる。そして、標識の特性に合わせて、陽性シグナルを含むマイクロウェル(陽性マイクロウェル)を蛍光顕微鏡、発光顕微鏡、倒立顕微鏡又はこれらの顕微操作装置を包含した機器を用いて特定することができる。
【0084】
一方、間接的手法は、例えば、特異的結合物質が細胞膜タンパク質の機能を促進する物質(例えば、内在性リガンドや、アゴニスト活性を保有すると考えられるポリペプチド、環状ペプチド、抗体、タンパク質など)である場合に適用できる。具体的手順を例示すると、標的細胞膜タンパク質を発現している第一細胞に、標的細胞膜タンパク質の活性化に伴う細胞内情報伝達物質の変動を可視化できるレポーター遺伝子を予め導入しておく。そうすると、目的物質が標的細胞膜タンパク質に結合したとき、レポーター遺伝子の発現の変化を可視化できる。その結果、細胞膜タンパク質と目的物質との結合を間接的に可視化することができる。例えば、プロメガ社製のpGL4 Signaling Vectorシリーズと発光基質としてルシフェリンを使うことで、間接的に可視化することができる。そして、発光顕微鏡又は発光顕微鏡を包含した機器を用いて、陽性マイクロウェルを特定することができる。
【0085】
間接的手法に適用できる他の例として、細胞内のcAMPの変動を可視化することが挙げられる。例えば、細胞内のcAMP量の変動は、細胞膜タンパク質を活性化する物質を添加した際に見られるCREB(cAMP response element binding protein)の特異的リン酸化を、抗リン酸化抗体と蛍光標識された2次抗体とで検出することができる。また、さらに他の例として、細胞内のCaの変動を可視化することが挙げられる。細胞内のCaの変動は、細胞内蛍光Ca指示薬の蛍光強度の変化をもって、間接的に可視化することができる。
【0086】
標識物質を添加する前に、第一細胞を予め蛍光標識しておくことにより、陽性マイクロウェルをより簡便かつ迅速に特定することができる。例えば、前記標識物質として蛍光物質(第一蛍光物質)で標識された抗体を採用し、第一細胞を別の蛍光物質(第二蛍光物質)で標識する。ここで、第二蛍光物質として、第一蛍光物質が発する蛍光の蛍光波長と異なる蛍光を発するものを採用する。すなわち、第一蛍光物質が発する蛍光の蛍光波長は、第二蛍光物質が発する蛍光の蛍光波長と異なる。例えば、第二蛍光物質として、Calcein-AM、Fluorescein diacetate (FDA)、Carboxyfluorescein diacetate (CFDA)、CytoRed、Propidium iodide (PI)、Ethidium bromide (EB)、Acridine orange (AO)、DAPI、Hoechst 33342、又はHoechst 33258を用いる。一方、第一蛍光物質としてAlexa Fluor 488を用いる。これにより、標識抗体が結合した第一細胞と、標識抗体が結合していない第一細胞とを、発する蛍光の違いをもって容易に区別できる。そして、蛍光顕微鏡又は蛍光顕微鏡を包含した機器を用いて、陽性マイクロウェルを特定することができる。
【0087】
抗体は通常、細胞外に分泌されるものであるが、細胞外に分泌されない膜型抗体が存在することが知られている。したがって、分泌されない膜型抗体が第二細胞の表面に存在することもあり得る。この場合、標識抗IgG抗体を添加すると、第一細胞に結合した抗体のみならず、第二細胞上の膜型抗体にも結合してしまうおそれがある。しかし、上記した第一蛍光物質と第二蛍光物質を用いる実施形態によれば、第一細胞に結合した抗体のみを特異的に検出できる。
【0088】
可視化工程において、標識物質を添加した後、余剰の標識物質を除去するために洗浄工程を行うことが好ましい。洗浄は、マイクロウェル内に第一細胞と第二細胞が保持される条件(第一細胞と第二細胞が流失しない条件)で行うものであれば特に限定はない。例えば、リン酸緩衝液、HBSS、又は細胞培養液で数回、マイクロウェルを穏やかに洗浄することが挙げられる。洗浄工程を含むことにより、標的細胞膜タンパク質の第一細胞の細胞膜上の発現量が極めて低い場合においても、目的物質が標的細胞膜タンパク質に結合したシグナルを高感度で検出することができる。
【0089】
<第二細胞の回収>
陽性マイクロウェルを特定した後、目的細胞として第二細胞を回収する。マイクロウェルからの第二細胞の回収は、例えば、マイクロマニュピレーターを用いて行うことができる。例えば、直径が数μmから50μmのキャピラリーを陽性マイクロウェルに挿入し、第二細胞を生きたまま吸引し、回収することができる。マイクロマニュピレーターによる操作は、自動と手動とを問わない。例えば、セルピッキングシステム(アズワン社)やCellCelector(Automated Lab Solution社)を用いて回収することが出来る。
回収した第二細胞は、適切な細胞培養用の培地内、あるいはmRNAを分解させず素早く抽出するための細胞溶解液(Lysis緩衝液)内に回収することが好ましい。
【0090】
なお、陽性マイクロウェルに2個の第二細胞が導入されていた場合は、例えば、細胞培養用の培地内に2個の第二細胞を回収後、両者を分離し、いずれか一方を目的細胞として採用すればよい。あるいは、Lysis緩衝液内に2個の第二細胞を回収後、2種類の目的物質をコードする核酸を以下に述べる方法で取得単離し、いずれか一方の核酸を目的核酸(目的遺伝子)として採用することができる。
【0091】
<核酸、組換え細胞、特異的結合物質の製造方法>
本発明は、上記の方法によって第二細胞の集団より選抜された目的細胞から、目的物質をコードする核酸(遺伝子)を取得する核酸の製造方法を包含する。また本発明は、当該核酸を宿主細胞に導入し、目的物質を発現する組換え細胞を取得する組換え細胞の製造方法を包含する。さらに本発明は、当該組換え細胞を培養し、その培養物から目的物質を取得する目的物質の製造方法を包含する。好ましくは、前記目的物質は抗体である。
【0092】
第二細胞から目的物質をコードする核酸を取得する方法としては、公知の方法を用いることができる。例えば、逆転写反応とPCR法を組み合わせてcDNAを合成する。そして当該cDNAから、目的の核酸を単離することができる。
【0093】
目的物質を発現する組換え細胞を取得する方法としては、公知の方法を用いることができる。例えば、単離した目的の核酸を適宜のベクターに組み込む。このベクターを大腸菌、酵母、哺乳動物細胞(例えばCHO細胞、HEK293細胞又はNSO細胞)などの宿主細胞に導入し、目的の組換え細胞を取得することができる。
そして、当該組換え細胞を培養し、その培養物(例えば、培養上清)から目的物質を取得することができる。
【0094】
目的物質が抗体である場合について、さらに説明する。第二細胞からの抗体遺伝子の単離は、例えば、国際公開第2009/091048号、国際公開第2009/110606号、及び国際公開第2011/027808号に記載の方法の組み合わせによって、又は、Nobuyuki Kurosawa, Megumi Yoshioka, Rika Fujimoto, Fuminori Yamagishi and Masaharu Isobe, "Rapid production of antigen-specific monoclonal antibodies from a variety of animals", BMC Biology, 10:80, 2012に記載の方法(MAGrahd法)によって、行うことができる。
【0095】
単離した抗体遺伝子に改変を加え、完全抗体、機能的抗体断片、一本鎖抗体、又は多重特異性抗体を発現する組換え細胞を構築することができる。同様に、完全ヒト抗体、ヒト化抗体、又はキメラ抗体を発現する組換え細胞を構築することができる。同様に、ネコ化抗体又はイヌ化抗体を発現する組換え細胞を構築することができる。
【0096】
第二細胞自体が安定的に培養可能な場合には、第二細胞自体を培養して、その培養物から抗体等の目的物質を取得することもできる。すなわち本発明は、上記の方法で第二細胞の集団より選抜された目的細胞を培養し、その培養物から目的物質を取得する目的物質の製造方法を包含する。
【0097】
培養物から抗体等の目的物質を精製する方法としては、公知の方法を用いることができる。例えば、アフィニティ、イオン交換、ゲルろ過等の各種クロマトグラフィーを採用することができる。アフィニティクロマトグラフィーにおけるリガンドとしては、プロテインA、プロテインG、抗FLAG抗体、抗V5抗体、等が挙げられる。
【0098】
<医薬組成物の製造方法>
本発明は、上記の方法によって製造された核酸に、薬学的に許容される担体又は添加物を組み合わせて、前記核酸を有効成分として含有する医薬組成物を取得する医薬組成物の製造方法を包含する。また本発明は、上記の方法によって製造された目的物質に、薬学的に許容される担体又は添加物を組み合わせて、前記目的物質を有効成分として含有する医薬組成物を取得する医薬組成物の製造方法を包含する。
【0099】
本発明により製造された目的物質、例えば抗体は、医薬組成物(治療剤)の有効成分として有用である。前記医薬組成物は、本発明により製造された抗体等の目的物質と、薬学的に許容される担体や添加物とを含むことができる。好ましくは、前記医薬組成物は、標的細胞膜タンパク質特異的な細胞内情報伝達機構を遮断あるいは活性化するものである。
【0100】
前記医薬組成物は、経口あるいは非経口的に、全身あるいは局部的に投与することができる。投与の形態としては、注射剤型、経鼻投与剤型、経肺投与剤型、経皮投与型などが挙げられる。注射剤型の場合には、例えば、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射などにより、全身または局部的に投与することができる。また、患者の年齢や症状により、適宜、投与方法を選択することができる。目的物質が抗体の場合、抗体の投与量としては、例えば、一回につき体重1kgあたり0.0001mgから1000mgの範囲で選ぶことができる。あるいは、例えば、患者あたり抗体0.001~100000mg/bodyの範囲で投与量を選ぶことができる。しかしながら、抗体の投与量は、これらの範囲に限定されるものではない。
【0101】
前記医薬組成物は、常法に従って製剤化することができる(例えば、Remington's Pharmaceutical Science, latest edition, Mark Publishing Company, Easton, U.S.A)。前記担体あるいは添加物の例としては、界面活性剤(PEG、Tween等)、賦形剤、酸化防止剤(アスコルビン酸等)、着色料、着香料、保存料、安定剤、緩衝剤(リン酸、クエン酸、他の有機酸等)、キレート剤(EDTA等)、懸濁剤、等張化剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤等が挙げられる。具体的には、軽質無水ケイ酸、乳糖、結晶セルロース、マンニトール、デンプン、カルメロースカルシウム、カルメロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、中鎖脂肪酸トリグリセライド、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、白糖、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等が挙げられる。また、その他の低分子量のポリペプチド;血清アルブミン、ゼラチン、免疫グロブリン等のタンパク質;グリシン、グルタミン、アスパラギン、アルギニン、リシン等のアミノ酸、を含んでいてもよい。
【0102】
前記医薬組成物を注射用の水溶液とする場合には、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウムが挙げられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール(エタノール等)、ポリアルコール(プロピレングリコール、PEG等)、非イオン性界面活性剤(ポリソルベート80、HCO-50)等と併用してもよい。また、必要に応じて、有効成分である抗体をマイクロカプセル(ヒドロキシメチルセルロース、ゼラチン、ポリ[メチルメタクリル酸]等のマイクロカプセル)に封入したり、コロイドドラッグデリバリーシステム(リポソーム、アルブミンミクロスフェア、マイクロエマルジョン、ナノ粒子、ナノカプセル等)とすることもできる("Remingto's Pharmaceutical Science 16th edition", Oslo Ed. (1980)等参照)。
さらに、抗体に他の薬剤を直接融合させて治療効果を高める技術が知られており、前記医薬組成物に適用し得る。
【0103】
また本発明で得られた核酸(遺伝子)、例えば抗体遺伝子を遺伝子治療用ベクターに組込み、遺伝子治療薬とすることも考えられる。当該遺伝子治療薬(組換えベクター)の投与方法としては、Nakedプラスミドによる直接投与の他、リポソーム等にパッケージングして投与する方法、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、ポックスウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、HVJベクター等の各種ウイルスベクターに組み込んで投与する方法(Adolph『ウイルスゲノム法』,CRC Press,Florid(1996)参照)、コロイド金粒子等のビーズ担体に被覆(国際公開第93/17706号等)して投与する方法、等が挙げられる。
すなわち、前記遺伝子治療薬は、生体内において有効成分たる抗体が発現され、その作用を発揮できる限り、いかなる方法により投与してもよい。好ましくは、適当な非経口経路により十分な量が投与される。非経口経路としては、静脈内、腹腔内、皮下、皮内、脂肪組織内、乳腺組織内、吸入、又は筋肉内の経路を介した、注射、注入、またはガス誘導性粒子衝撃法(電子銃等による)、添鼻薬等粘膜経路を介する方法、等が挙げられる。さらに、前記遺伝子治療薬は、ex vivoにおいてリポソームトランスフェクション、粒子衝撃法(米国特許第4,945,050号)、またはウイルス感染を利用して細胞に投与し、該細胞を動物に再導入することにより投与してもよい。
【0104】
<細胞膜タンパク質検出用試薬>
本発明は、上記の方法によって製造された目的物質を含む、所望の細胞膜タンパク質を検出するための試薬を包含する。例えば、本発明の方法によって製造された抗体(目的物質)を含む試薬を用いて、ヒト由来又は非ヒト哺乳動物由来の血液細胞に前記抗体を接触させる。さらに、蛍光物質又は色素からなる標識物質を、直接的又は間接的に接触させる。そして、フローサイトメトリー又はプレートリーダーによって、所望の細胞膜タンパク質の発現を検出することができる。また前記試薬を用いて、ヒト由来又は非ヒト哺乳動物由来の病理組織片に前記抗体を接触させて、所望の細胞膜タンパク質の発現を検出することができる。
【0105】
さらに、上記試薬を含む、細胞膜タンパク質検出用キットを構築することができる。例えば、上記試薬に標識物質等を組み合わせて、細胞膜タンパク質検出用キットを構築することができる。
【0106】
本発明は、上記の方法によって製造された目的物質を用いる、前記所望の細胞膜タンパク質を検出する方法、を包含する。本発明は、上記の方法によって製造された目的物質の、前記所望の細胞膜タンパク質の検出のための使用、を包含する。
【0107】
以下の実施例1~8では、主として、ヒトGPCRの1つであるアペリン受容体(以下、APLNRと略記することがある)に対する特異的結合抗体を産生する細胞の選抜を行った。さらに、選抜された細胞から抗体遺伝子を単離し、抗体を発現する組換え細胞を構築した。さらに当該組換え細胞が発現する抗体の機能性評価を行った。
【実施例1】
【0108】
(1-1)APLNR発現ベクターの調製
ジーンバンクに登録されているヒトAPLNR遺伝子配列(NM_005161.4)をマウスのアミノ酸コドンに最適化した人工合成遺伝子(配列番号1)を作製した。この人工合成遺伝子を用い、国際公開第2012/043533号(日本国特許第5315495号)に記載の方法に準じて、ヒトAPLNR遺伝子とGroEL遺伝子との融合遺伝子を含むベクターpCI-APLNR-GroELを構築した。
【0109】
(1-2)APLNR安定発現細胞(第一細胞)の調製
pEF5/FRT/V5-DESTベクター(インビトロジェン社)に上記人工合成遺伝子(配列番号1)を導入し、pEF-FRT-APLNRを構築した。pEF-FRT-APLNRから発現されるヒトAPLNRは、C末端にV5と6×HISタグが付加される。
【0110】
Flp-In-CHO細胞(インビトロジェン社)を、10%ウシ胎児血清、100単位/mL ペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンを含むHam’s F-12培地(インビトロジェン社)にて培養した。この細胞に、リポフェクトアミン(Lipofectamin)2000を用いて、pEF-FRT-APLNRとpOG44プラスミド(インビトロジェン社)を同時に導入した。導入の翌日から、500μg/mLハイグロマイシン(インビトロジェン社)含むHam’s F-12培地に培地を交換し、3日目ごとに培地を交換しながら2週間培養した。形成されたコロニーから、限界希釈法によりハイグロマイシン耐性細胞をクローニングした。
【0111】
フィコエリスリン(PE)標識抗マウスIgG抗体(ベックマン・コールター社)を2次抗体として使用し、得られたハイグロマイシン耐性細胞と抗アペリン抗体(R&D社)又は抗V5タグ抗体(インビトロジェン社)との結合を、フローサイトメーターで解析した。その結果、得られたハイグロマイシン耐性細胞がPE陽性を示し、ヒトAPLNRを安定発現していることが確認された。以下、この細胞を、ヒトAPLNR安定発現CHO細胞株(第一細胞)と記載する。
【実施例2】
【0112】
(2-1)DNA免疫法による免疫動物の獲得
国際公開第2012/043533号(日本国特許第5315495号)に記載の方法に準じて、8週齢のマウスICR(雌)に、ベクターpCI-APLNR-GroELを複数回に分けて注射した(DNA免疫)。
【0113】
(2-2)脾臓からの抗体産生細胞を含む細胞集団(第二細胞)の調製
(2-1)でDNA免疫を行ったマウスから脾臓を摘出し、冷蔵HBSSを入れた6ウェルプレートに回収した。付着している結合組織や脂肪組織を除去した後、新しいHBSS内で脾臓をほぐしてリンパ球を遊離させた。細胞を回収し、10mLのHBSSで再懸濁した。セルストレーナーにて未破壊組織を分離後、2000rpmで5分間遠心分離し、細胞を回収した。回収した細胞を1mLの溶血溶液に懸濁して37℃で5分間インキュベートし、赤血球を除去した。1000rpmで5分間遠心分離し、リンパ球細胞を回収した。
EasySep Mouse Biotin Positive Selection Kit(STEMCELL TECHNOLOGIES社)を用いて、2.5×107個の上記リンパ球細胞から、所望の抗体産生細胞(目的細胞)の候補を含む約1.3×105個の細胞集団(第二細胞)を分離した。
【実施例3】
【0114】
(3-1)ハイブリドーマ細胞(第二細胞)の調製
細胞融合に使用するミエローマ細胞(SP2/O)は、細胞融合の5日前に起眠し、2日前に一度継代を行ってから使用した。
実施例2で取得した免疫済みマウスの凍結脾細胞を融解し、37℃のRPMI1640培地(10%FBS含有)で懸濁し、細胞数をカウントした。脾細胞とミエローマ細胞(SP2/O)を細胞数比1:1となるように混合した。なおミエローマ細胞は、細胞融合の5日前に起眠し、2日前に一度継代を行ってから使用した。細胞混合物を遠心分離した後、ECFバッファーで細胞を洗浄した。同様の洗浄をさらに2回行った。
【0115】
細胞融合装置ECFG21(ネッパジーン社)を用いて、脾細胞とミエローマ細胞の細胞融合を実施した。細胞融合後、細胞溶液の2倍量のRPMI1640培地(FBS含有、抗生物質不含)を加え、CO2インキュベーター内で1時間静置した。遠心分離して細胞を回収し、HAT培地(RPMI1640 with 10% FBS, 2-メルカプトメタノール(x500), HFCS(x100), HAT(x50))で懸濁した。96ウェルプレート、24ウェルプレート及び10cmディッシュを用い、常法により、抗体産生ハイブリドーマ細胞のクローニングと培養を行った。
【実施例4】
【0116】
(4-1)マイクロウェルを用いた特異的抗体産生ハイブリドーマの選抜
マイクロウェルチャンバーASMC30-20P(アズワン社)を準備した。このマイクロウェルチャンバーは、約1.5cm×約2.4cmのエリアの中に直径30μmのマイクロウェル84,640個が等間隔で配置されている基板である。各マイクロウェルの深さは、マイクロウェルの直径と等しい。マイクロウェル間のピッチは、マイクロウェルの直径の2倍である。従来技術では、マイクロウェルに1個の細胞を格納して用いるのが一般的である。しかし本実施例では、マイクロチャンバーに第一細胞と第二細胞、すなわち2個以上の細胞を格納して実験を行った。以下、説明する。
【0117】
ヒトAPLNR安定発現CHO細胞(第一細胞)をF-12培地(10% FBS, Penicillin/Streptomycin含有)で懸濁し、3×105細胞/500μLの細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液を各マイクロウェルに充填した。マイクロチャンバーを300rpmで2分間、2回遠心し、第一細胞が各マイクロウェルに1又は2個格納されるように調製した。マイクロチャンバーをF-12培地で洗浄した後、500μLのF-12培地を入れた。CO2インキュベーターにて37℃で1時間インキュベートし、マイクロウェルの底面に第一細胞を細胞としての機能性を維持したまま接着させた。F-12培地で10nM濃度に調整したCytoRed溶液を加え、さらに37℃で1時間インキュベートし、第一細胞を染色した。F-12培地で3回洗浄して余剰のCytoRedを除去した後、1mLのF-12培地をマイクロチャンバー内に満たした。
【0118】
実施例3で調製したハイブリドーマ(第二細胞)の集団を培養し、3×105細胞/500μLの細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液を各マイクロウェルに充填した。マイクロチャンバーを300rpmで2分間、2回遠心し、第二細胞が各マイクロウェルに1又は2個格納されるように調製した。マイクロチャンバーを培地で洗浄した後、適量の培地を入れて37℃で30分間インキュベートし、ハイブリドーマから抗体を分泌させた。マイクロウェルを洗浄して上清を除去した後、RPMI1640(10% FBS含有)で500倍希釈したAlexa Fluor 488標識抗マウスIgG抗体(2次抗体;標識物質)をアプライし、37℃で30分間インキュベートした。RPMI1640(フェノールレッド不含, 1% FBS含有)にて3回洗浄した後、RPMI1640を1mL入れた。セルピッキングシステム(アズワン社)にマイクロチャンバーをセットし、全てのマイクロウェルの透過光画像および2種類の蛍光画像の情報を取得した。CytoRedの蛍光検出は、励起波長543nm、蛍光波長593nmの条件で行った。Alexa Fluor 488の蛍光検出は、励起波長482nm、蛍光波長536nmの条件で行った
【0119】
図2(a)~(c)は、第一細胞表面のAPLNRに特異的に結合する抗体を産生するハイブリドーマ、すなわち目的細胞が格納されたと判断される陽性のマイクロウェルの画像の一例である。一方、
図3(a)~(c)は、第一細胞表面のAPLNRに特異的に結合しない抗体を産生するハイブリドーマ、すなわち目的外の細胞が格納されたと判断される陰性のマイクロウェルの画像の一例である。
図2、3において、(a)は透過光、(b)はCytoRed由来の蛍光、(c)はAlexa Fluor 488由来の蛍光を観察したものである。
【0120】
図2(c)に示すように、目的細胞とAPLNR発現CHO細胞とが共存したマイクロウェルでは、CytoRedで標識されたCHO細胞と同じ位置にAlexa Fluor 488の蛍光が観察された。すなわち、目的細胞と共存したマイクロウェル内のCHO細胞は、Alexa Fluor 488とCytoRedで共染色された。これにより、CHO細胞の表面にAlexa Fluor 488標識抗IgG抗体が結合していることが確認された。
【0121】
一方、
図3(c)に示すように、目的外の細胞とAPLNR発現CHO細胞とが共存しマイクロウェルでは、Alexa Fluor 488の蛍光は、CytoRedで標識されたCHO細胞と同じ位置には観察されなかった。すなわち、CHO細胞の表面にAlexa Fluor 488標識抗IgG抗体が結合せず、CHO細胞はAlexa Fluor 488とCytoRedで共染色されなかった。これにより、CHO細胞の表面にAlexa Fluor 488標識抗IgG抗体が結合していないことが確認された。
【0122】
最終的に、84640個のマイクロウェルから、目的細胞を含む陽性マイクロウェルが16個特定された。
【0123】
陽性マイクロウェルのうち、ハイブリドーマが1個のみ含まれるものを選別した。選別したマイクロウェルから、直径数μm~数十μmのキャピラリーを用いてハイブリドーマを吸引し、細胞溶解液内に回収した。最終的に、少なくとも3種の独立したハイブリドーマが選抜された。
【0124】
本実施例の方法によれば、通常は60日程度かかるハイブリドーマの選抜を、7日以内に完了することができた。
【実施例5】
【0125】
(5-1)選抜したハイブリドーマからの抗体遺伝子の単離
実施例4で選抜したハイブリドーマの1つから、MAGrahd法(Nobuyuki Kurosawa, Megumi Yoshioka, Rika Fujimoto, Fuminori Yamagishi and Masaharu Isobe, "Rapid production of antigen-specific monoclonal antibodies from a variety of animals", BMC Biology, 10:80, 2012)にて抗体遺伝子を取得した。すなわち、実施例4で得た細胞溶解液5μLとオリゴdTマグネット5μgとを混合し、オリゴdTマグネット上に細胞由来のmRNAを捕捉した。MAGrahdリアクタートレーとネオジム磁石を使い、オリゴdTマグネットを洗浄溶液で洗浄後、逆転写反応によるcDNA合成を行った。さらにマグネットを洗浄後、5’ターミナルトランスレーショナル反応を実施した。合成した上記cDNAを用い、5’race PCR法にて、抗体重鎖可変領域(VH領域)の遺伝子と、抗体軽鎖可変領域(VL領域)の遺伝子を単離増幅した。
なお、増幅産物の特異性を高めるために、PCRは2回行った。1回目のPCRでは、VH領域とVL領域を共通して増幅させる第一フォワードプライマー(配列番号3)と、VH領域を特異的に増幅させる第一リバースプライマー(配列番号4)と、VL領域を特異的に増幅させる第二リバースプライマー(配列番号5)を混合して使用した。2回目のPCRでは、1回目の増幅産物を鋳型とし、VH領域の増幅については、第二フォワードプライマー(配列番号6)と、VH領域を特異的に増幅させる第三リバースプライマー(配列番号7)、VL領域の増幅については第二フォワードプライマー(配列番号6)とVL領域特異的に増幅させる第四リバースプライマー(配列番号8)をそれぞれプライマーとして使用した。
2回目のPCR後のサンプルについてアガロースゲル電気泳動を行ったところ、750bpの位置にVH領域、550bpの位置にVL領域に、それぞれ対応する増幅産物が確認できた。
【0126】
(5-2)抗体発現ユニットの構築
TS-jPCR法(Megumi Yoshioka, Nobuyuki Kurosawa and Masaharu Isobe, "Target-selective joint polymerase chain reaction: A robust and rapid method for high-throughput production of recombinant monoclonal antibodies from single cells", BMC Biotechnol. 2011 Jul 21;11:75)にて抗体発現ユニットを構築した。すなわち、(5-1)で増幅したVH領域の遺伝子と、抗体重鎖定常領域の遺伝子と、遺伝子発現に必要なプロモーター領域とをPCRを用いて融合し、完全長抗体重鎖を発現する抗体発現ユニットを構築した。同様に、(5-1)で増幅したVL領域の遺伝子と、抗体軽鎖定常領域の遺伝子と、遺伝子発現に必要なプロモーター領域とをPCRを用いて融合し、完全長抗体軽鎖を発現する抗体発現ユニットを構築した。これらの抗体発現ユニットを哺乳動物細胞に供導入することにより、所望の抗体(IgG)を一過的に発現する組換え細胞を得ることができる。
【0127】
(5-3)哺乳動物細胞への抗体発現ユニット導入
上記文献(Nobuyuki Kurosawa et al., BMC Biology, 10:80, 2012)に記載の方法で、HEK293FT細胞に上記2種の抗体発現ユニットを共導入した。すなわち、コラーゲンコート96ウェルプレートに、HEK293FT細胞を1.5×104細胞/100μL/ウェルとなるように播種した。リポフェクトアミン2000を用いて、(5-2)で構築した2種の抗体発現ユニットをHEK293FT細胞に共導入した。導入3日目に細胞上清を回収して、発現された抗体の結合性評価に用いた。
【0128】
比較例として、陰性マイクロウェルから回収された目的外のハイブリドーマを用いて(5-1)~(5-3)と同じ操作を行い、細胞上清を回収した。
【0129】
(5-4)フローサイトメトリーを用いたAPLNRと抗体との結合性評価
ヒトAPLNR安定発現CHO細胞株を、直径10cmのディッシュ内で培養した。細胞をPBSで3回洗浄後、細胞剥離用バッファーを1mL加え、37℃で15分間インキュベートした。剥離された細胞をFACSバッファーで懸濁し、1000rpmで5分間遠心した後、細胞濃度が1×107細胞/mLとなるようにFACSバッファーで再懸濁した。Fc Block(べクトン・ディッキンソン社)を細胞懸濁液の1/500量加え、4℃で30分間ブロッキングを行った。ブロッキング後、2×105細胞/50μLとなるように細胞を懸濁した。96ウェルプレート内で、この細胞懸濁液を(5-3)で回収した細胞上清と混合し、4℃で1時間インキュベートした。インキュベート後、100μLのFACSバッファーで2回、細胞を洗浄した。蛍光標識抗IgG抗体(2次抗体)の希釈液を各ウェルに50μLずつ加え、4℃で1時間インキュベートし、CHO細胞表面に結合した抗体に2次抗体を結合させた。100μLのFACSバッファーで細胞を2回洗浄した後、80μLのFACSバッファーに懸濁し、フローサイトメトリー法にて細胞表面の蛍光強度を測定した。
【0130】
図4にフローサイトメトリーの結果を示す。すなわち、(5-3)で得られた組換え細胞が発現した抗体は、ヒトAPLNR発現CHO細胞に対する結合性を有していた。なお当該抗体は、APLNRを発現していない野生型のCHO細胞に対する結合性は示さなかった。
一方、
図5に示すように、陰性マイクロウェルから回収された目的外のハイブリドーマを用いた比較例では、組換え細胞が発現した抗体は、ヒトAPLNR安定発現CHO細胞に対する結合性を有さなかった。
以上より、本実施例によって得られた抗体が、ヒトAPLNR発現CHO細胞に対する特異的結合性を有することが示された。
【実施例6】
【0131】
(6-1)マイクロウェルを用いた特異的抗体産生リンパ球細胞の選抜
実施例4の方法に準じて、実施例2で調製した不死化していないリンパ球細胞(第二細胞)の集団から、目的の抗体を産生する細胞を選抜した。以下、説明する。
【0132】
実施例4と同様にして、ヒトAPLNR安定発現CHO細胞(第一細胞)をマイクロウェルの底面に接着させた。さらに、CytoRedで第一細胞を染色し、1mLのF-12培地をマイクロチャンバー内に満たした。
【0133】
実施例2で調製したリンパ球(第二細胞)の集団をRPMI1640で懸濁し、3×105細胞/500μLの細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液を各マイクロウェルに充填した。マイクロチャンバーを300rpmで2分間、2回遠心し、第二細胞が各マイクロウェルに1個又は2個格納されるように調製した。マイクロチャンバーをRPMI1640で洗浄した後、1mLのRPMI1640を入れて37℃で30分間インキュベートし、リンパ球からの抗体産生を促した。マイクロウェルを洗浄して上清を除去した後、RPMI1640(10% FBS含有)で500倍希釈したAlexa Fluor 488標識抗マウスIgG抗体(2次抗体;標識物質)をアプライし、37℃で30分間インキュベートした。RPMI1640(フェノールレッド不含, 1% FBS含有)にて3回洗浄した後、RPMI1640を1mL入れた。セルピッキングシステム(アズワン社)にマイクロチャンバーをセットし、全てのマイクロウェルの透過光画像および2種類の蛍光画像の情報を取得した。
【0134】
図6(a)~(c)は、第一細胞表面のAPLNRに特異的に結合する抗体を産生するリンパ球、すなわち目的細胞が格納されたと判断される陽性のマイクロウェルの画像の一例である。一方、
図7(a)~(c)は、第一細胞表面のAPLNRに特異的に結合しない抗体を産生するリンパ球、すなわち目的外の細胞が格納されたと判断される陰性のマイクロウェルの画像の一例である。
図6、7において、(a)は透過光、(b)はCytoRed由来の蛍光、(c)はAlexa Fluor 488由来の蛍光を観察したものである。
【0135】
図6(c)に示すように、目的細胞とAPLNR発現CHO細胞とが共存したマイクロウェルでは、CytoRedで標識されたCHO細胞と同じ位置にAlexa Fluor 488の蛍光が観察された。すなわち、目的細胞と共存したマイクロウェル内のCHO細胞は、Alexa Fluor 488とCytoRedで共染色された。特に、目的細胞(リンパ球)に近い部分に強くAlexa Fluor 488の蛍光が観察された。これにより、CHO細胞の表面にAlexa Fluor 488標識抗IgG抗体が結合していることが確認された。
【0136】
一方、
図7(c)に示すように、目的外の細胞とAPLNR発現CHO細胞とが共存しマイクロウェルでは、Alexa Fluor 488の蛍光は、CytoRedで標識されたCHO細胞と同じ位置には観察されず、リンパ球の細胞膜表面から観察されたのみであった。すなわち、CHO細胞の表面にAlexa Fluor 488標識抗IgG抗体が結合せず、CHO細胞はAlexa Fluor 488とCytoRedで共染色されなかった。これにより、CHO細胞の表面にAlexa Fluor 488標識抗IgG抗体が結合していないことが確認された。
【0137】
最終的に、84640個のマイクロウェルから、目的細胞を含む陽性マイクロウェルが40個特定された。
【0138】
陽性マイクロウェルのうち、リンパ球が1個のみ含まれるものを選別した。選別したマイクロウェルから、直径数μm~数十μmのキャピラリーを用いてリンパ球を吸引し、細胞溶解液内に回収した。最終的に、フローサイトメトリーで目的物質に対する結合性が確認された、少なくとも14種の独立した抗体産生リンパ球が選抜された。
【0139】
本実施例の方法によれば、従来の60日程度かかるハイブリドーマ法を経ずに、直接リンパ組織より所望するリンパ球の選抜を、わずか1日で完了することができた。
【実施例7】
【0140】
(7-1)選抜したリンパ球からの抗体遺伝子の単離
実施例5と同様の操作を行い、実施例6で選抜したリンパ球の1つから抗体遺伝子を取得した。
【0141】
(7-2)抗体発現ユニットの構築
実施例5と同様の操作を行い、(7-1)で得られた抗体遺伝子から完全長抗体重鎖と完全長抗体軽鎖を発現する2種の抗体発現ユニットを構築した。
【0142】
(7-3)哺乳動物細胞への抗体発現ユニット導入
実施例5と同様の操作を行い、(7-2)で得られた抗体発現ユニットをHEK293FT細胞に共導入した。導入48時間後に細胞上清を回収して、発現された抗体の機能性評価に用いた。
【0143】
(7-4)フローサイトメトリーを用いたAPLNRと抗体との結合性評価
実施例5と同様の操作を行い、(7-3)で得られた組換え細胞が発現する抗体の結合性評価を行った。
【0144】
図8にフローサイトメトリーの結果を示す。すなわち、(7-3)で得られた組換え細胞が発現した抗体は、ヒトAPLNR発現CHO細胞に対する結合性を有していた。なお当該抗体は、APLNRを発現していない野生型のCHO細胞に対する結合性は示さなかった。
一方、
図9に示すように、陰性マイクロウェルから回収された目的外のリンパ球を用いた比較例では、組換え細胞が発現した抗体は、ヒトAPLNR安定発現CHO細胞に対する結合性を有さなかった。
【0145】
実施例6で選抜した他のリンパ球(13種)についても同様の検討を行った。その結果、全ての抗体がヒトAPLNR発現CHO細胞に対する結合性を有していた。さらに、このうち12種は、APLNRを発現していない野生型のCHO細胞に対する結合性は示さなかった。
【0146】
以上より、本実施例によって得られた抗体が、ヒトAPLNR発現CHO細胞に対する特異的結合性を有することが示された。
【実施例8】
【0147】
APLNR以外の標的細胞膜タンパク質についても本発明が有効であることを確認するために、APLNRのリガンドとは別の生理活性脂質をリガンドとするGPCRについて、実施例1~5と同様の実験を行った。陽性細胞を含むと予想される27個のマイクロウェルから回収した細胞を解析した。その結果、18個のマイクロウェルで、標的細胞膜タンパク質を発現するCHO細胞に対して特異的な結合性を有する抗体を産生する陽性細胞が確認された。
【0148】
上記した実施例により、本発明によって、精製困難な細胞膜タンパク質に対して特異的に結合する目的物質を発現する細胞を、その不死化の如何に関わらず、より迅速かつ効率的に選抜できることが示された。さらに本発明によって、細胞膜タンパク質に対する特異的結合物質(例えば、抗体)を容易に製造できることが示された。
【実施例9】
【0149】
本実施例では、第一細胞表面の細胞膜タンパク質に目的物質が特異的に結合した際に起きる、細胞膜タンパク質の活性化に伴う細胞内情報伝達物質の変動を可視化する間接的手法の一例を示す。細胞膜タンパク質としてヒトGLP-1(Glucagon-like peptide-1)受容体を用い、目的物質としてその特異的結合抗体を用いた。
【0150】
実施例1と類似の方法で作成した、ヒトGLP-1受容体安定発現CHO細胞(第一細胞)をF-12培地(10% FBS, Penicillin/Streptomycin含有)で懸濁し、3×105細胞/500μLの細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液を各マイクロウェルに充填した。マイクロチャンバーを300rpmで2分間、2回遠心し、第一細胞が各マイクロウェルに1又は2個格納されるように調製した。
【0151】
実施例2と同様の方法でラットに免疫した。実施例3と同様の方法でマウスミエローマと融合した抗体産生ハイブリドーマを作成し、培地から抗体を精製した。精製抗体をF-12培地(Penicillin/Streptomycin含有)で500nMに希釈した溶液を作成した。この溶液400μLをマイクロウェルに添加した。一方、精製抗体を含まない溶液を、同様に、別のマイクロウェルに添加した。溶液の添加後、室温で30分間静置し、第一細胞と抗体結合との反応を行った。
【0152】
その後、F-12培地(Penicillin/Streptomycin含有)で500pMに調整したリガンド(GLP-1)を400μL添加(GLP-1最終濃度250pM)し、37℃で1時間インキュベートし、ヒトGLP-1受容体を活性化させた。マイクロウェルをPBSで洗浄した後、4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液(和光純薬工業株式会社)を600μL添加して室温で15分間静置し、第一細胞の固定化を行った。マイクロウェルをPBSで再度洗浄した後、氷冷しておいた90%メタノールを600μL添加して氷上に15分間静置し、第一細胞の細胞膜透過処理を行った。マイクロウェルをPBSで洗浄した後、抗体希釈液(1 X PBS, 1% BSA, 0.3% Triton X-100)で100倍希釈した、Ser133のリン酸化を認識するウサギ抗リン酸化-CREB(クローン87G3)抗体(Cell Signaling TECHNOLOGY)を500μL添加した。室温で1時間静置し、1次抗体反応を実施した。
【0153】
ウサギ抗リン酸化-CREB抗体を検出する蛍光標識2次抗体としてAlexa Fluor 488標識抗ウサギIgG抗体と、ラット由来の抗体を検出する蛍光標識2次抗体としてDyLight 650標識抗ラットIgG抗体が、それぞれ200倍希釈と500倍希釈になるように抗体希釈液で調整した2次抗体溶液を500μL調製した。1次抗体反応終了後、マイクロウェルをPBSで洗浄し、調製した2次抗体溶液を500μL添加した。室温で1時間静置し、それぞれの抗体の可視化を実施した。マイクロウェルをPBSで洗浄した後、PBSを1mL入れた。セルピッキングシステムにマイクロチャンバーをセットし、透過光画像および2種類の蛍光画像の情報を取得した。Alexa Fluor 488の蛍光検出は、励起波長482nm、蛍光波長536nmの条件で行った。DyLight 650の蛍光検出は、励起波長628nm、蛍光波長692nmの条件で行った。
【0154】
代表例として、8個のマイクロウェル(No.1~No.8)の蛍光強度と、2個のマイクロウェル(No.1とNo.5)の蛍光画像を基にして、結果と考察を以下に記載する。ここで、Alexa Fluor 488由来の蛍光は、リガンド(GLP-1)添加による細胞内cAMPの上昇を介したリン酸化CREBに由来している。すなわち、Alexa Fluor 488由来の蛍光は、細胞膜タンパク質(GLP-1受容体)の活性化の有無を反映している。GLP-1受容体が活性化されると、Alexa Fluor 488由来の蛍光強度が高くなる。一方、DyLight 650由来の蛍光は、第一細胞表面における抗体に由来している。すなわち、DyLight 650由来の蛍光は、添加した抗体の第一細胞表面への結合の有無を反映している。抗体が第一細胞表面に結合すると、DyLight 650由来の蛍光強度が高くなる。
【0155】
表1は、8個のマイクロウェルについて、Alexa Fluor 488由来の蛍光強度と、DyLight 650由来の蛍光強度をまとめたものである。
図10は、2個のマイクロウェル(No.1とNo.5)の画像を表す写真であり、(a)は透過光、(b)はAlexa Fluor 488由来の蛍光、(c)はDyLight 650由来の蛍光を観察した結果である。
【0156】
【0157】
図10(b)に示すように、Alexa Fluor 488由来の蛍光は、No.1のマイクロウェルの方が弱かった。また表1に示すように、No.1のAlexa Fluor 488由来の蛍光強度は、No.5の1/3程度であった(84.1 対 255)。これは、No.1のマイクロウェルではGLP-1機能(GLP-1受容体の活性化)が阻害され、一方、No.5のマイクロウェルではGLP-1機能が阻害されていないことを示している。
【0158】
図10(c)に示すように、DyLight 650由来の蛍光は、No.1のマイクロウェルの方が強かった。表1に示すように、No.1のDyLight 650由来の蛍光強度は、No.5の約18倍であった(166.78 対 9.11)。これは、No.1のマイクロウェルでは、添加した抗体が第一細胞表面に強く結合していることを示している。またNo.5のマイクロウェルでは、抗体が第一細胞表面に結合していないことを示している。
【0159】
また表1に示すように、Alexa Fluor 488由来の蛍光強度が強いマイクロウェルでは、DyLight 650の蛍光強度が低かった(No.5~No.8参照)。上記の結果より、リン酸化CREB量に対応する蛍光強度の相対的低下は、ヒトGLP-1受容体活性化に起因する細胞内cAMPの上昇が阻害されていることを示している。
【0160】
本実施例の方法により、第一細胞表面のヒトGLP-1受容体に特異的に結合して受容体の機能を阻害する抗体を含むマイクロウェルを同定することができる。また同様の原理で、受容体の機能を促進する抗体を含むマイクロウェルを同定することもできる。また、精製抗体の代わりに、ハイブリドーマ(例えば、実施例4)や抗体産生リンパ球細胞(例えば、実施例6)のような第二細胞をマイクロウェルに入れて、機能性抗体(目的物質)を生産する目的細胞を含むマイクロウェルを同定することができる。そして、同定されたマイクロウェルから、目的細胞を単一細胞として分離することができる。前記機能性抗体には、受容体の機能を阻害する抗体と、促進する抗体の両方が含まれる。
【符号の説明】
【0161】
1 基板
2 マイクロウェル
3 第一細胞
5 第二細胞
6 目的物質
7 標識物質
【配列表】