(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-18
(45)【発行日】2024-03-27
(54)【発明の名称】低周波数フィードバックループ変調を有するウェアラブルアクティブノイズ低減(ANR)デバイス
(51)【国際特許分類】
G10K 11/178 20060101AFI20240319BHJP
H04R 1/10 20060101ALI20240319BHJP
H04R 25/00 20060101ALN20240319BHJP
【FI】
G10K11/178 120
H04R1/10 101B
H04R25/00 K
(21)【出願番号】P 2022553149
(86)(22)【出願日】2021-03-04
(86)【国際出願番号】 US2021020842
(87)【国際公開番号】W WO2021178646
(87)【国際公開日】2021-09-10
【審査請求日】2022-09-05
(32)【優先日】2020-03-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】591009509
【氏名又は名称】ボーズ・コーポレーション
【氏名又は名称原語表記】BOSE CORPORATION
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】オーレ・マティス・ニールセン
(72)【発明者】
【氏名】デイヴィッド・ジェイ・ワーケンティン
(72)【発明者】
【氏名】レイ・チェン
(72)【発明者】
【氏名】ブランドン・リー・オルモス
(72)【発明者】
【氏名】マイケル・ピー・オコンネル
【審査官】中嶋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0286375(US,A1)
【文献】特開平05-040486(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10K 11/178
H04R 1/10
H04R 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクティブノイズ低減(ANR)を有するウェアラブルオーディオデバイスであって、
フィードバックマイクロフォンと、
電気音響トランスデューサと、
前記フィードバックマイクロフォンからのフィードバック信号に応答して、前記電気音響トランスデューサにノイズ低減信号を出力するように構成されたフィードバック補償器
と、を備え、前記フィードバック補償器が、調整可能なフィルタ
と、論理プロセッサとを備え、
前記調整可能なフィルタは、有害な低周波数イベントが前記調整可能なフィルタから出力された前記ノイズ低減信号において検出されたことに応答してループゲインを変調し、前記調整可能なフィルタは、ループゲイン変調中に低周波数クロスオーバーが変化するとき、前記低周波数クロスオーバーの近く
で同様のループゲイン形状を維持するように構成され
、
前記論理プロセッサは、有害な低周波数イベントが前記調整可能なフィルタから出力された前記ノイズ低減信号において検出されたことに応答して、周波数乗数値を計算するように構成され、
前記周波数乗数値が、
前記ノイズ低減信号を、有害な低周波数イベントを示す閾値と比較することと、
前記ノイズ低減信号が前記閾値を超えることに応答して、現在の周波数乗数値を計算することと、
前記現在の周波数乗数値を以前の周波数乗数値と比較して、前記有害な低周波数イベントが増加又は消散しているかどうかを判定すること、
を含む方法に従って計算される、
ウェアラブルオーディオデバイス
。
【請求項2】
前記現在の周波数乗数値が前記以前の周波数乗数値よりも大きいことに応答して、前記現在の周波数乗数値を前記調整可能なフィルタに出力する、請求項
1に記載のウェアラブルオーディオデバイス。
【請求項3】
前記現在の周波数乗数値が前記以前の周波数乗数値未満であることに応答して、前記論理プロセッサによって実装された減衰関数に基づいて、調節された周波数乗数値を前記調整可能なフィルタに出力する、請求項
1に記載のウェアラブルオーディオデバイス。
【請求項4】
前記現在の周波数乗数値が前記以前の周波数乗数値未満であることに応答して、有害な低周波数イベントを予測する推定器に基づいて、調節された周波数乗数値を前記調整可能なフィルタに出力する、請求項
1に記載のウェアラブルオーディオデバイス。
【請求項5】
前記フィードバック補償器が、前記フィードバック信号をフィルタリングし、フィルタリングされた信号を前記調整可能なフィルタに出力するように構成された固定フィルタを更に備える、請求項1に記載のウェアラブルオーディオデバイス。
【請求項6】
前記低周波数クロスオーバーの近くの前
記同様のループゲイン形状が
、形成された大きさ及び位相を含む、請求項1に記載のウェアラブルオーディオデバイス。
【請求項7】
前記調整可能なフィルタが、入力された周波数乗数値によって決定された係数によって前記低周波数クロスオーバーを変更するように構成されている、請求項1に記載のウェアラブルオーディオデバイス。
【請求項8】
フィードバックマイクロフォンからのフィードバック信号に応答して、ノイズ低減信号を電気音響トランスデューサに出力するように構成されたアクティブノイズ低減(ANR)デバイス用のフィードバック補償器であって、前記フィードバック補償器が、
調整可能なフィルタ
と論理プロセッサとを備え、
前記調整可能なフィルタは、有害な低周波数イベントが前記調整可能なフィルタから出力された前記ノイズ低減信号において検出されたことに応答して、ループゲインを変調し、前記調整可能なフィルタは、ループゲイン変調中に低周波数クロスオーバーが変化するとき、前記低周波数クロスオーバーの近く
で同様のループゲイン形状を維持するように構成さ
れ、
前記論理プロセッサは、前記有害な低周波数イベントが前記調整可能なフィルタから出力された前記ノイズ低減信号において検出されたことに応答して、周波数乗数値を計算するように構成され、
前記周波数乗数値が、
前記ノイズ低減信号を、有害な低周波数イベントを示す閾値と比較することと、
前記ノイズ低減信号が前記閾値を超えることに応答して、現在の周波数乗数値を計算することと、
前記現在の周波数乗数値を以前の周波数乗数値と比較して、前記有害な低周波数イベントが増加又は消散しているかどうかを判定すること
を含む方法に従って計算される、
フィードバック補償器
。
【請求項9】
前記現在の周波数乗数値が前記以前の周波数乗数値よりも大きいことに応答して、前記現在の周波数乗数値を前記調整可能なフィルタに出力する、請求項
8に記載のフィードバック補償器。
【請求項10】
前記現在の周波数乗数値が前記以前の周波数乗数値未満であることに応答して、前記論理プロセッサによって実装された減衰関数に基づいて、調節された周波数乗数値を前記調整可能なフィルタに出力する、請求項
8に記載のフィードバック補償器。
【請求項11】
前記現在の周波数乗数値が前記以前の周波数乗数値未満であることに応答して、将来の有害な低周波数イベントを予測する推定器に基づいて、調節された周波数乗数値を前記調整可能なフィルタに出力する、請求項
8に記載のフィードバック補償器。
【請求項12】
前記フィードバック補償器が、前記フィードバック信号をフィルタリングし、フィルタリングされた信号を前記調整可能なフィルタに出力するように構成された固定フィルタを更に備える、請求項
8に記載のフィードバック補償器。
【請求項13】
前記低周波数クロスオーバーの近くの前
記同様のループゲイン形状が
、同様の形状の大きさ及び位相を含む、請求項
8に記載のフィードバック補償器。
【請求項14】
前記調整可能なフィルタが、入力された周波数乗数値によって決定された係数によって前記低周波数クロスオーバーを変更するように構成されている、請求項
8に記載のフィードバック補償器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、概して、アクティブノイズ低減(active noise reducing、ANR)デバイスにおける過負荷状況を制御するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ユーザの耳を不要な環境音から隔離する目的で、ユーザの耳の周りに装着される個人用ANRデバイスのヘッドフォン及び他の物理的構成が一般的になっている。ANRデバイスは、ノイズ防止信号のアクティブな生成によって不要な環境ノイズに対抗する。これらのANRデバイスは、ユーザの耳を環境ノイズから物理的に隔離するだけのパッシブノイズ低減(passive noise reduction、PNR)ヘッドセットとは対照的である。ユーザにとって特に関心が高いのは、オーディオリスニング機能も組み込むことによって、不要な環境ノイズを侵入させずに、ユーザが電子的に提供されたオーディオ(例えば、録音されたオーディオ又は別のデバイスから受信されたオーディオの再生)を聴くことを可能にするヘッドフォン、イヤフォン、及び/又は他のヘッド装着型オーディオデバイスなどのANRオーディオデバイスである。しかしながら、従来のANRオーディオデバイスは、特定の状態下、例えば、過負荷状態下で、ノイズを適切に管理することができない場合がある。
【発明の概要】
【0003】
下記で言及される全ての例及び特徴は、任意の技術的に可能な方式で組み合わせることができる。
【0004】
有害な低周波数イベントによって引き起こされる過負荷状況に対処するために調整可能なフィルタを用いるフィードバック補償器を有するANRデバイスを説明するシステム及び方法が開示される。
【0005】
いくつかの態様では、ANRを有するウェアラブルオーディオデバイスが提供される。デバイスは、フィードバックマイクロフォンと、電気音響トランスデューサと、フィードバックマイクロフォンからのフィードバック信号に応答して、電気音響トランスデューサにノイズ低減信号を出力するように構成されたフィードバック補償器と、を含む。フィードバック補償器は、調整可能なフィルタを含み、調整可能なフィルタは、有害な低周波数イベントが調整可能なフィルタから出力されたノイズ低減信号において検出されたことに応答して、ループゲインを変調し、調整可能なフィルタは、ループゲイン変調中に低周波数クロスオーバーが変化するとき、低周波数クロスオーバーの近くで実質的に同様のループゲイン形状を維持するように構成されている。
【0006】
特定の態様では、ANRデバイスのフィードバック補償器が提供され、フィードバック補償器は、フィードバックマイクロフォンからのフィードバック信号に応答して、ノイズ低減信号を電気音響トランスデューサに出力するように構成されている。フィードバック補償器は、調整可能なフィルタを含み、調整可能なフィルタは、有害な低周波数イベントが調整可能なフィルタから出力されたノイズ低減信号において検出されたことに応答して、ループゲインを変調する。調整可能なフィルタは、ループゲイン変調中に低周波数クロスオーバーが変化するとき、低周波数クロスオーバーの近くで実質的に同様のループゲイン形状を維持するように構成されている。
【0007】
実装形態は、以下の特徴のうちの1つ、又はそれらの任意の組み合わせを含み得る。
【0008】
特定の場合において、フィードバック補償器は、有害な低周波数イベンが調整可能なフィルタから出力されたノイズ低減信号において検出されたことトに応答して、周波数乗数値を計算するように構成された論理プロセッサを含む。
【0009】
特定の態様では、周波数乗数値は、ノイズ低減信号を有害な低周波数イベントを示す閾値と比較することと、ノイズ低減信号が閾値を超えることに応答して、現在の周波数乗数値を計算することと、を含む方法に従って計算される。
【0010】
場合によっては、本方法は、現在の周波数乗数値を以前の周波数乗数値と比較して、有害な低周波数イベントが増加又は消散しているかどうかを判定することを更に含む。
【0011】
いくつかの実装形態では、現在の周波数乗数値は、現在の周波数乗数値が以前の周波数乗数値よりも大きいことに応答して、調整可能なフィルタに出力される。
【0012】
特定の実装形態では、調節された周波数乗数値は、現在の周波数乗数値が以前の周波数乗数値未満であることに応答して、論理プロセッサによって実装された減衰関数に基づいて、調整可能なフィルタに出力される。
【0013】
場合によっては、調節された周波数乗数値は、有害な低周波数イベントを予測する推定器に基づいて、調整可能なフィルタに出力される。
【0014】
特定の場合において、フィードバック補償器は、フィードバックマイクロフォン信号をフィルタリングし、フィルタリングされた信号を調整可能なフィルタに出力するように構成された固定フィルタを更に含む。
【0015】
様々な実装形態では、低周波数クロスオーバー近くの実質的に同様のループゲイン形状は、実質的に形成された大きさ及び位相を含む。
【0016】
場合によっては、調整可能なフィルタは、入力された周波数乗数値によって決定された係数によって低周波数クロスオーバーを変更するように構成される。
【0017】
本概要の項に記載される特徴を含む、本開示に記載される特徴の2つ以上は、特に本明細書に記載されない実装形態を形成するために組み合わされ得る。
【0018】
1つ以上の実装形態の詳細が、添付図面及び以下の説明において述べられる。他の特徴、目的、及び利点は、本説明及び図面から、並びに特許請求の範囲から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】様々な実装形態による、ANRデバイスを示す。
【
図2】様々な実装形態による、調整可能なフィルタを含むフィードバック補償器を有するANRデバイスのブロック図を示す。
【
図3】様々な実装態様による、調整可能なフィルタの異なるフィードバックループゲインを示すグラフを示す。
【
図4】様々な実装形態による、調整可能なフィルタのための異なるフィルタ設定に対するループゲイン感度を示すグラフを示す。
【
図5】
図3のループゲインを達成するための調整可能なフィルタ設計を示す。 様々な実装形態の図面は必ずしも縮尺どおりではないことに留意されたい。図面は、本開示の典型的な態様のみを示すことを意図するものであり、したがって、実装形態の範囲を限定するものと見なされるべきではない。図面において、同様の番号付けは、図面間の同様の要素を表す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本開示は、少なくとも部分的に、フィードバック補償器がウェアラブルアクティブノイズ低減(ANR)オーディオデバイスに導入されて、改善された性能を提供することができるという実現に基づく。例えば、ANRオーディオデバイスは、有害な低周波数イベントに対処するように構成されたフィードバック補償器を含むことができる。
【0021】
本開示の実施形態は、有害な低周波数イベントから生じる過負荷状況に対処するように構成されたフィードバック補償器を備えたアクティブノイズ低減(ANR)デバイスを対象とする。いくつかの実施形態では、ANRデバイスは、様々な信号伝達トポロジ及びフィルタ構成を実装するために使用することができる構成可能なデジタル信号プロセッサ(digital signal processor、DSP)を含むことができる。そのようなDSPの例は、米国特許第8,073,150号及び同第8,073,151号に記載されており、それらは、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。
図1は、フィードフォワードマイクロフォン102と、フィードバックマイクロフォン104と、出力トランスデューサ106(電気音響トランスデューサ又は音響トランスデューサとも呼ばれることもある)と、両方のマイクロフォン及び出力トランスデューサに結合されて、両方のマイクロフォンで検出された信号に基づいて出力トランスデューサにノイズ防止信号を提供するノイズ低減回路(図示せず)と、を含む、例示的な耳内ANRデバイス100を示す。回路への追加の入力(
図1には示されていない)は、ノイズ低減信号とは独立して出力トランスデューサ106を介して再生するための、音楽又は通信信号などの追加のオーディオ信号を提供する。米国特許第9,082,388号もまた、参照によりその全体が本明細書に組み込まれており、
図1に示すものと同様の、耳内ANRデバイスの実装形態を記載している。
【0022】
図1では耳内デバイスとして示されているが、ANRデバイス100の特徴は、ヘッドセット、ヘッドフォン、耳内、耳周囲又は耳覆い型のヘッドセット、イヤフォン、及び補聴器を含む、任意の種類のウェアラブルパーソナル音響デバイスに組み込まれ得る。典型的なヘッドセット又はヘッドフォンは、イヤーバッド又はイヤカップを各耳に含めることができる。イヤーバッド又はイヤカップは、例えば、コード、オーバーヘッドブリッジ若しくはヘッドバンド、又は後方ヘッド保持構造体によって、物理的に互いに繋がれてもよい。いくつかの実装形態では、ヘッドフォンのイヤーバッド又はイヤカップは、無線リンクを介して互いに接続されてもよい。
【0023】
図2は、1つ以上のフィードバックマイクロフォン124によって拾われたノイズ信号の影響を低減するためのフィードバック補償器110を含むANRデバイス200の例示的なブロック図を示す。この場合、フィードバックノイズ低減経路130は、出力トランスデューサ126を駆動して、ノイズ防止信号を生成する。この例示的な信号流量トポロジはまた、フィードフォワードノイズ低減、音楽、又は出力トランスデューサ126を介した再生のための通信信号などの他のオーディオ信号122も含む。
【0024】
規準動作状態の間、典型的なANRデバイスが低減しようとする音響ノイズエネルギーは、システムハードウェアを通常の動作能力内に保つのに十分に小さい。しかしながら、いくつかの状況では、フィードバックマイクロフォンによって拾われた、本明細書では「有害な低周波数イベント」と呼ばれる個別の音響信号又は低周波数の圧力障害(例えば、大きなポンという音、強打、ドアをバタンと閉めることなど)は、ノイズ低減回路に、結果として生じるノイズを低減するように電子機器又は出力トランスデューサの能力をオーバーランさせ、それによって、一部のユーザによって不快と見なされ得る可聴アーティファクトを生成する可能性がある。他の場合では、有害な低周波数イベントは内部的に生成され、例えば、ユーザが重い足取りで歩いたり、又は歯ごたえのある食べ物を噛んだりするとき、ユーザの外耳道壁が振動し、挿入されたイヤーバッドに大量の圧力を生み出し得る。本明細書で過負荷状況と呼ばれるこれらの状況は、例えば、増幅器のクリッピング、音響ドライバ若しくはトランスデューサのハード変動限界、又は発振を引き起こすように及び/若しくはドライバを非線形にさせて、オーディオを歪めるように、音響応答の十分な変化を引き起こす変動のレベルに近づいたり又は超えたりすることで明らかになる可能性がある。
【0025】
過負荷状況の問題は、耳内ヘッドフォンなどの小型フォームファクタANRデバイスにおいて特に有意であり得る。例えば、有害な低周波数イベント(例えば、くぼみの上にあるバス、ドアをバタンと閉めること、又は航空機の離陸音)を補償するために、規準状態下で動作する従来のフィードバック補償器は、音響トランスデューサが対応する物理的変動限界を超えることを必要とする信号を生成し得る。音響漏れにより、所与の圧力を生み出すための変動又はドライバ変位は、典型的には、周波数の減少と共に増加する。例えば、特定の音響トランスデューサを1mm変位させて、100Hzノイズのためのノイズ防止信号を生成し、2mm変位させて、50Hzノイズのためのノイズ防止信号を生成する必要などがあり得る。多くの音響トランスデューサ、特に小型フォームファクタのANRデバイスで使用される小型トランスデューサは、そのような大きな変位を物理的に生成することができない。そのような場合、補償器による高い変位要求は、トランスデューサに、可聴アーティファクトを引き起こす音を生成させ得、これは、不快なユーザ体験に寄与する可能性がある。可聴アーティファクトには、振動、潜在的に不快な一時的な音(例えば、「ドスン」、「パチパチ」、「ポン」、又は「カチッ」)、又はパチパチ/ブンブンという音が含まれ得る。
【0026】
図2に示されるフィードバック補償器110は、調整可能なフィルタ114から出力されたノイズ低減信号130で検出された有害な低周波数イベントに応答してループゲインを変調する調整可能なフィルタ114を提供することによって、前述の問題に対処する。この例示的な実施形態では、固定フィルタ112は、最初にフィードバックマイクロフォン124から信号を受信し、次いで、フィルタリングされた信号を調整可能なフィルタ114に渡す。固定フィルタ112は、例えば、フィードバックに基づくANRを提供するために使用される典型的なフィルタを含み得、規準ループゲインを提供する。調整可能なフィルタ114によるフィードバック信号に応答して調節されるループゲインは、一般に、プラントの伝達関数、すなわち、トランスデューサ126の電圧からマイクロフォン124の電圧への伝達関数を掛けた(調整可能なフィルタ114によって実施されるような)フィードバックフィルタ応答を含む。
【0027】
いくつかの実施形態では、調整可能なフィルタ114は、そのクロスオーバー近くの同様のループゲイン形状を維持しながら、低周波数クロスオーバーが増加し、減少するような方法でループゲインを変調するように構成される。このようにして、調整可能なフィルタ114は、フィードバック信号に基づいてそのフィルタ応答を変更することができ、それにより、低周波数クロスオーバーが移動するとき、フィードバックループゲインは、低周波数クロスオーバーの近くで実質的に同様の形状の大きさ及び位相を維持する。実質的に同様のループゲイン形状を維持することにより、安定性マージンとANR性能との間の望ましいトレードオフが常に維持される一方で、デバイス200は、デバイスが処理するには大き過ぎる低周波数ノイズ(しばしば亜音速)に反応しようとしないことを確実にする。
【0028】
更に、いくつかの実施形態では、論理プロセッサ116は、フィードバック補償器110が規準状態にどの程度、いつ戻るかによって変調する必要があるときを判定するために用いられる。1つのアプローチでは、有害イベントが検出されると、論理プロセッサ116は、調整可能なフィルタ114を直ちに低周波数ANR性能を低減させる(可能な限り早く悪影響に対処するために)、続いて、より低い周波数性能がしなやかに回復する(一時的なアーティファクト、及び繰り返された又は連続する過負荷イベントに起因する不必要な前後変調を最小限に抑えるために)遅い減衰を引き起こす急速な攻撃戦略を利用する。場合によっては、調整可能なフィルタ114が変調されている間に追加の有害なイベントが発生しているかどうかを判定するために、問題のあるイベントがもはや発生しなくなるまで規準動作に戻らないように、推定器120が提供される。示されていないが、いくつかのアプローチでは、推定器120はまた、フィードバック及びフィードフォワードマイクロフォンからの信号、又は電話などのリモートアクセサリデバイス上の機械学習モデルからの出力などの他の入力を処理することができる。
【0029】
示される例示的な実施形態では、閾値プロセッサ118は、ノイズ低減信号130を有害な低周波数イベントを示す閾値と比較する。様々な実装形態では、閾値プロセッサ118が閾値を超えないことを検出する場合、低周波数ANR性能は、所望のANR処理を提供するために規準レベルで維持される。閾値プロセッサ118が、ノイズ低減信号130が閾値を超えることを検出することに応答して、閾値を超えた量に基づいて、周波数乗数値(frequency multiplier value、FMV)134が決定される(例えば、1~6の範囲で連続的に変化し、1は規準状態を示す)。例えば、閾値をわずかに超える場合、周波数乗数値FMV=2が割り当てられる。閾値を大量に超える場合、周波数乗数値FMV=6が割り当てられる。次いで、周波数乗数値134は、論理プロセッサ116に送信され、遅延132の後に、調節された周波数乗数値136を調整可能なフィルタ114に送信して、ループゲインを潜在的に変調する。いくつかの実施形態では、論理プロセッサ116は、(1)遅延した、すなわち、以前の周波数乗数値138、及び(2)推定器出力140に基づいて、周波数乗数値134を調節する。
【0030】
1つのアプローチでは、論理プロセッサ116は、現在の周波数乗数値134と以前の周波数乗数値138とを比較して、有害な低周波数イベントが増加又は消散しているかどうかを判定する。有害な低周波数イベントが増加している(すなわち、現在の値134が以前の値138よりも大きい)場合、現在の周波数乗数値134は、イベントに直ちに対処するために急速な攻撃として修正することなく、調整可能なフィルタ114に出力される。あるいは、現在の周波数乗数値134が以前の周波数乗数値138未満である場合、現在の周波数乗数値134は、(1)論理プロセッサ116によって実装された減衰関数128、及び(2)推定器出力140に基づいて調節され、調整可能なフィルタ114に出力される。
【0031】
減衰関数128は、例えば、規準状態に到達するまでの期間にわたって初期の急速な攻撃周波数乗数値をしなやかに低減する時間ベースの関数を含み得る。例えば、減衰関数128は、調整可能なフィルタ114の値の連続範囲を指定することができる。推定器出力140は、推定器120が追加の有害なイベントが発生していると判定する場合、減衰関数128の挙動を更に変更することができる。例えば、デバイス200のユーザが走っている場合、各ステップは、有害な低周波数イベントを作成し得る。これらの状態下で、推定器120は、より急速な攻撃値又はより低い減衰値を繰り返し生成するのではなく、論理プロセッサ116に中等度の周波数乗数値を維持させることができる。
【0032】
例示的な例では、FMVは最初に高い値、例えば、5に進む可能性がある。次いで、短時間(例えば、1/4秒)の後、FMVは、いくつかの期間にわたって、例えば、3に減衰する。次いで、FMVは、しなやかな減衰を1に戻す前に、一定期間、例えば2秒間、そのレベルに留まる。推定器120が更なる有害なイベントを検出する場合、この2秒の期間はリセットされる。したがって、有害なイベントが2秒未満以内に発生し続ける場合、FMVは、それらが発生しなくなるまで3のままである。
【0033】
例示的なアプローチでは、推定器120は、別の変調フィルタを介して電流ドライバ信号130を通過する。この変調フィルタは、調整可能なフィルタ114と同じではないが、推定値を使用して、電流ドライバ信号130を、調整可能なフィルタ114が適用されなかった状態に変え、調整可能なフィルタ114が行うことを本質的に元に戻す(ただし、推定器120がループの外にあるため、逆の方法ではない)。
【0034】
様々な実施形態では、調整可能なフィルタ114は、変調中に低周波数クロスオーバーが増加又は減少するとき、実質的に同様のループゲイン形状を維持するように実装される。この例が
図3に示されており、元の又は規準信号に対応するFMV=1として、元より1オクターブ高いものに対応するFMV=2として、元より2オクターブ高いものに対応するFMV=4として、元より3オクターブ高いものに対応するFMV=8として示された、4つの異なるループゲイン(例えば、異なる入力された周波数乗数値から生じる)に関連付けられた大きさ及び位相のプロット300が描写される。上部の大きさのグラフに見られるように、各ループゲインプロットは、矢印310によって示されるように、低周波数クロスオーバー(すなわち、大きさがゼロに交差する近似点)で実質的に同様の形状(すなわち、傾き)を有する。同様に、底部の位相グラフに見られるように、各ループゲインは、矢印320によって示されるように、低周波数クロスオーバーで180度に対して実質的に同様の位相オフセットを有する。
【0035】
図4は、変調された感度の大きさ及び位相の更なるグラフを示す。見られるように、調整可能なフィルタ114の感度はまた、様々な周波数乗数値に対して一貫したままである。感度は、数学的に以下に等しく、
【0036】
【数1】
フィードバックループのマイナス符号を含むものとしてループゲインを定義するか否かに応じる(
図3の場合、そのループゲインにはマイナス符号が含まれているため、最初の式が適用される)。感度は、フィードバックマイクロフォン124(高周波数での耳内にあるものとわずかに異なる)でのアクティブノイズ低減を表し、すなわち、より低いほどより良好である。更に、ゼロを超えるピークの量は、クロスオーバーの近くで観察され、安定性マージンの直接的な尺度である。マージンが低いほど、ピークが高くなり、増幅もまた高くなる。感度の段階は、システムが安定しているべきであることをチェックする。
【0037】
図5は、
図3のループゲインを達成するための例示的な調整可能なフィルタ設計を示す。見られるように、
図3(FMV=1)に示される規準ループゲインは、固定フィルタ112によってのみ達成される。
【0038】
図2に戻ると、様々な実装形態では、調整可能なフィルタ114は、そのクロスオーバー近くの同様のループゲイン形状を維持しながら、低周波数クロスオーバーを増加及び減少させることができる任意の様式で実装される。1つの例示的な実施形態では、ルックアップテーブルは、入力された周波数乗数値136に基づいて、フィルタ係数のセットを選択するために使用される。このようにして、調整可能なフィルタ114は、新しい周波数乗数値136が受信されるたびに変調され、低周波数クロスオーバーで同様の形状を維持する。そのような実施形態では、調整可能なフィルタ114は、二次セクション(second-order-section、SOS)フィルタとしても知られている一組の二重フィルタで実装され得、これは、ループゲインを変更し、クロスオーバー要件を満たすように動的に更新され得る。1つのアプローチでは、フィルタ係数は、階段状FMVのセット(例えば、10)について事前に計算される。調整可能なフィルタ114に供給されるFMVが変化するにつれて、任意の時点で10のうち最も近いものが選択され、ルックアップテーブル内の対応するフィルタ係数が調整可能なフィルタにロードされる。更なる変形例では、FMVがルックアップテーブル内の2つの値の間にある場合、補間された係数が計算されて、より滑らかに変化するフィルタが得られる。更に別の変形例では、係数は、FMVに基づいて急いで計算され、次いで、それらをフィルタにロードする。これは、ルックアップテーブルの必要性を取り除くが、より多くの計算リソースを必要とする。
【0039】
別の実施形態では、調整可能なフィルタ114は、それぞれが1つ以上の周波数乗数値に関連付けられている「固定」双二次フィルタのセットで実装される。この場合、周波数乗数値136が変化すると係数は変化しないが、代わりに異なる実際のフィルタが選択的に利用される。
【0040】
ANRデバイス200の機能のうちの1つ以上は、ハードウェア及び/又はソフトウェアとして実装されてもよく、各種構成要素は、任意の従来の手段(例えば、有線及び/又は無線接続)によって構成要素を接続する通信経路を含んでもよいと理解される。例えば、1つ以上の不揮発性デバイス(例えば、フラッシュメモリデバイスなどの集中型又は分散型デバイス)は、ANRデバイス200内の1つ以上のシステムのプログラム、アルゴリズム、及び/又はパラメータを記憶及び/又は実行することができる。また、本明細書に記載される機能性又はその部分、及びその様々な修正(以下「機能」)は、少なくとも部分的にコンピュータプログラム製品(例えば、1つ以上のデータ処理装置(例えば、プログラム可能プロセッサ、コンピュータ、複数のコンピュータ、及び/又はプログラム可能論理構成要素など)の動作による実行のための、又はその動作を制御するための、1つ以上の非一時的機械可読媒体などの情報担体において有形に具現化されたコンピュータプログラム)を介して実装され得る。
【0041】
コンピュータプログラムは、コンパイラ型言語又はインタープリタ型言語を含む任意の形態のプログラム言語で書くことができ、それは、スタンドアローンプログラムとして、又はコンピューティング環境での使用に好適なモジュール、構成要素、サブルーチン、若しくは他のユニットとして含む任意の形態で配備され得る。コンピュータプログラムは、1つのコンピュータ上で、若しくは1つのサイトにおける複数のコンピュータ上で実行されるように配備されるか、又は複数のサイトにわたって配信されて、ネットワークによって相互接続され得る。
【0042】
機能の全部又は一部を実行することに関連付けられたアクションは、機能を実施するために1つ以上のコンピュータプログラムを実行する1つ以上のプログラム可能なプロセッサによって実施され得る。機能の全部又は一部は、特殊目的論理回路、例えば、FPGA(フィールドプログラマブルゲートアレイ)及び/又はASIC(特定用途向け集積回路)として実装され得る。コンピュータプログラムの実行に好適なプロセッサとしてはまた、例として、一般的及び特殊目的マイクロプロセッサの両方、並びに任意の種類のデジタルコンピュータの任意の1つ以上のプロセッサが挙げられる。一般に、プロセッサは、読み出し専用メモリ、ランダムアクセスメモリ、又はそれらの両方から命令及びデータを受信し得る。コンピュータの構成要素は、命令を実行するためのプロセッサ、並びに命令及びデータを記憶するための1つ以上のメモリデバイスを含む。
【0043】
更に、本明細書に記載の機能の全て又は一部を実装することに関連付けられたアクションは、1つ以上のネットワーク化されたコンピューティングデバイスによって実行され得る。ネットワーク化コンピューティングデバイスは、ネットワーク、例えば、ローカルエリアネットワーク(local area network、LAN)、広域ネットワーク(wide area network、WAN)、パーソナルエリアネットワーク(personal area network、PAN)、インターネット接続デバイス、及び/又はネットワークなどの1つ以上の有線及び/又は無線ネットワーク、及び/又はクラウドベースのコンピューティング(例えば、クラウドベースのサーバ)を介して接続することができる。
【0044】
様々な実装形態では、「連結された」と記載される電子構成要素は、これらの電子構成要素が互いにデータを通信することができるように、従来の有線及び/又は無線手段を介してリンクすることができる。更に、所与の構成要素内の下位構成要素は、従来の経路を介してリンクされていると考えることができるが、必ずしも図示されない。
【0045】
図中の共通にラベル付けされた構成要素は、例示目的のために略同等の構成要素であると見なされ、それらの構成要素の重複する説明は、明確化のために省略する。様々な実装形態に従って記載した数値範囲及び値は、そのような範囲及び値の単なる例であり、これらの実装形態を限定することを意図するものではない。場合によっては、「およそ」という用語は、値を修正するために使用され、これらの場合、これらの値は、最大1~5パーセントの範囲であり得る測定誤差などの誤差のマージンを指すことができる。
【0046】
複数の実装形態を説明してきた。それにもかかわらず、本明細書に記載される本発明の概念の範囲から逸脱することなく追加の改変を行うことができ、したがって、他の実装形態も以下の特許請求の範囲の範疇にあることが理解される。
【符号の説明】
【0047】
100 デバイス
102 フィードフォワードマイクロフォン
104 フィードバックマイクロフォン
106 出力トランスデューサ
110 フィードバック補償器
112 固定フィルタ
114 調整可能なフィルタ
116 論理プロセッサ
118 閾値プロセッサ
120 推定器
122 他のオーディオ信号
124 フィードバックマイクロフォン
126 出力トランスデューサ
128 減衰関数
200 デバイス