(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-19
(45)【発行日】2024-03-28
(54)【発明の名称】水素センサ
(51)【国際特許分類】
G01N 27/416 20060101AFI20240321BHJP
G01N 27/407 20060101ALI20240321BHJP
G01N 27/28 20060101ALI20240321BHJP
【FI】
G01N27/416 371G
G01N27/407
G01N27/416 341M
G01N27/28 M
(21)【出願番号】P 2020007078
(22)【出願日】2020-01-20
【審査請求日】2022-12-05
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000155986
【氏名又は名称】株式会社鈴木商館
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】湯川 宏
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 譲
(72)【発明者】
【氏名】木村 浩隆
【審査官】北島 拓馬
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/080957(WO,A1)
【文献】特開平02-307051(JP,A)
【文献】国際公開第09/154216(WO,A1)
【文献】特開2016-033496(JP,A)
【文献】実開昭58-060252(JP,U)
【文献】特開2018-077158(JP,A)
【文献】特開2003-215097(JP,A)
【文献】特開2006-192032(JP,A)
【文献】実開昭63-145161(JP,U)
【文献】実開昭63-096457(JP,U)
【文献】特開平01-160532(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/06 - 5/22
G01N 1/00 - 1/44
G01N 27/26 -27/404
G01N 27/406-27/413
G01N 27/414-27/416
G01N 27/417-27/419
G01N 27/42 -27/49
G01N 33/48 -33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象の試料を保持するための容器と、
前記容器の内部に前記試料を吸引するための吸引部と、
前記試料に含まれる水素の濃度を検知するための検知部と、
を備え
、
前記検知部は、
前記容器の内部に保持された前記試料に含まれる水素を一次側の表面から二次側の表面に透過する試料極と、
前記試料極の二次側の表面に接触する試料極側電解質と、
所定の濃度の水素を含む標準試料に接触する標準試料側電解質と前記試料極側電解質とを、それらの間で化学種が移動しない態様で電気的に接続するリード線と、
を備える
水素センサ。
【請求項2】
前記試料に含まれる水素が前記容器の外部に漏出するのを抑えるための水素漏出抑制部を備え、
前記水素漏出抑制部は、水素が透過困難な材質からなり、前記容器の少なくとも前記試料が保持される部分を覆うように設けられる請求項1に記載の水素センサ。
【請求項3】
前記検知部は、
前記容器の内部に保持された前記試料に含まれる水素を一次側の表面から二次側の表面に透過する試料極と、
所定の濃度の水素を含む標準試料に接触する標準極と、
前記試料極の二次側の表面及び前記標準極に接触する電解質と、
を備える請求項1
又は2に記載の水素センサ。
【請求項4】
前記試料極の表面に、水素を透過し、前記試料極が前記試料と接触しないように保護する保護部が設けられる請求項
3に記載の水素センサ。
【請求項5】
前記保護部は、前記試料極の表面に着脱可能に設けられる請求項
4に記載の水素センサ。
【請求項6】
前記容器は、
開口を有する外側部材と、
前記開口から前記容器の内部に挿入される内側部材と、
を含み、
前記容器の内部に挿入された前記内側部材を引き出す方向に摺動させることにより前記吸引部から前記外側部材の内部に前記試料を吸引可能に構成される請求項
3から
5のいずれかに記載の水素センサ。
【請求項7】
前記試料極は、前記内側部材の
前記吸引部側の端部に設けられ、
前記電解質及び前記標準極は、前記内側部材の内部に設けられる請求項
6に記載の水素センサ。
【請求項8】
前記吸引部は、水素が透過困難な材質からなり、針状の形状を有する請求項
3から
7のいずれかに記載の水素センサ。
【請求項9】
前記容器は、
マイクロピペットの本体と、
前記本体の内部にあるロッドと、
前記本体の端部に取付可能なチップと、
を含み、
押し下げられた前記ロッドが元に戻るときに前記チップから前記本体の内部に前記試料を吸引可能に構成される請求項3から5のいずれかに記載の水素センサ。
【請求項10】
前記試料極は、前記ロッドの前記チップ側の端部に設けられる請求項9に記載の水素センサ。
【請求項11】
前記吸引部は、前記容器に着脱可能に設けられる請求項
3から
10のいずれかに記載の水素センサ。
【請求項12】
前記標準試料に含まれる水素の量に応じて変色する変色部が前記標準試料の近傍に設けられる請求項
3から
11のいずれかに記載の水素センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は水素センサに関し、とくに、試料に含まれる水素を検知するための水素センサ及び演算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、水素が様々な分野において注目され、重要な役割を果たしている。例えば、腎臓の機能が障害された患者に対して血液透析療法が行われているが、電気分解法により生成された高濃度の水素を含む透析液を使用することにより、酸化ストレス及び炎症による障害がより軽減されることが期待されている。
【0003】
このような応用における水素の効果を確認するためには、患者の血液中の水素の溶存量を精確に検知する必要がある。血液中の水素の溶存量を検知するために、例えば、本発明者らによる特許文献1の水素センサを利用可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
患者から血液を採取した後、血液中の水素の溶存量を検知するまでの間に、血液に溶存していた水素が系外に漏出してしまうと、血液中の水素の溶存量を精確に検知することができない。とくに、血液などの体液は、少量の試料を用いて測定する必要があるので、水素が漏出する量が微量であっても、水素の漏出に起因する測定誤差が大きくなる。
【0006】
本開示は、このような課題に鑑みてなされ、その目的は、水素を検知するための技術を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本開示のある態様の水素センサは、測定対象の試料を保持するための容器と、容器の内部に試料を吸引するための吸引部と、試料に含まれる水素の濃度を検知するための検知部とを備える。
【0008】
本開示の更に別の態様の水素センサは、測定対象の試料を保持するための容器と、試料に含まれる水素の濃度を検知するための検知部と、を備える。容器は、開口を有する外側部材と、開口から容器の内部に挿入される内側部材と、を含む。外側部材及び内側部材は、容器内に保持された試料に含まれる水素が容器の外部に漏出するのを抑制可能に構成される。
【0009】
本開示の別の態様の水素センサは、試料に含まれる水素を一次側の表面から二次側の表面に透過する試料極と、試料極の二次側の表面に接触する試料極側電解質と、所定の濃度の水素を含む標準試料に接触する標準極に接触する標準極側電解質と試料極側電解質とを電気的に接続するリード線とを備える。
【0010】
本開示の更に別の態様の演算装置は、試料に含まれる水素を一次側の表面から二次側の表面に透過する試料極と、所定の濃度の水素を含む標準試料に一次側の表面が接触し、試料極の二次側の表面に接触する試料極側電解質とリード線を介して電気的に接続された標準極側電解質に二次側の表面が接触する標準極との間の電位差に基づいて試料に含まれる水素の分圧を算出する演算部を備える。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、水素を検知するための技術を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施の形態に係る水素センサの構成を示す図である。
【
図2】実施の形態に係る水素センサによる測定結果の例を示す図である。
【
図3】実施の形態に係る水素センサの別の構成例を示す図である。
【
図4】実施の形態に係る水素センサの更に別の構成例を示す図である。
【
図5】実施の形態に係る水素センサの更に別の構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は、実施の形態に係る水素センサ10の構成を示す。水素センサ10は、シリンジ20と、ピストン21と、注射針22とを備える。シリンジ20及びピストン21は、測定対象の試料1を保持するための容器として機能する。シリンジ20は、ピストン21を挿入するための開口を有する外側部材である。ピストン21は、シリンジ20の開口からシリンジ20の内部に挿入される内側部材である。注射針22は、シリンジ20の内部に試料を吸引するための吸引部として機能する。シリンジ20の内部に挿入されたピストン21を引き出す方向に摺動させることにより、注射針22からシリンジ20の内部に試料1が吸引される。
【0014】
ピストン21の端部に、シリンジ20の内部に保持された試料に含まれる水素を一次側の表面から二次側の表面に透過する試料極12が設けられる。ピストン21の内部に、所定の濃度の水素を含む標準試料に接触する標準極14と、試料極12の二次側の表面及び標準極14に接触する電解質16が設けられる。
【0015】
水素センサ10は、一般的な注射器と同様の構造を有しており、人又は動物の体表から血管などに注射針22を穿刺して採取した血液に溶存する水素の濃度を検知可能である。これにより、血液などを採取してからすぐに水素の濃度を検知することができるので、水素が系外に漏出することによる測定精度の低下を抑えることができる。また、一般的な注射器と同様の操作で血液中の水素濃度を測定することができるので、測定者の利便性を向上させることができる。
【0016】
採取した血液に含まれる微量の水素の濃度を更に高い精度で測定するためには、採血してから測定終了までの間に血中の水素が系外に漏出するのを更に抑える必要がある。したがって、本実施の形態の水素センサ10は、試料1に含まれる水素が系外に漏出するのを抑えるための水素漏出抑制部を備える。
【0017】
水素漏出抑制部は、水素が透過困難な材質からなり、容器の少なくとも試料が保持される部分を覆うように設けられる。
図1に示した例では、シリンジ20自体が、水素が透過困難なガラスや樹脂などの材質で形成されており、水素漏出抑制部として機能する。別の例では、シリンジ20の内面又は外面に、水素が透過困難な材質による被覆層が設けられてもよい。シリンジ20のうち、吸引された試料1が接触する下方にのみ被覆層が設けられてもよい。
【0018】
ピストン21の下端面の一部に試料極12が設けられる場合、試料極12以外の部分から水素が漏出するのを抑えるために、ピストン21の下端面の試料極12以外の部分に水素が透過困難な材質による被覆層が設けられる。ピストン21自体が、ガラスや樹脂などの水素が透過困難な材質によって形成されてもよい。ピストン21とシリンジ20との隙間から水素が漏出するのを抑えるために、ピストン21はシリンジ20の内径とほぼ等しい外径を有する。
【0019】
注射針22も、水素が透過困難な金属などの材質で形成される。注射針22は細長い形状を有しているので、シリンジ20の内部に吸入された血液中の水素が注射針22を介して系外へ漏出するのを抑えることができる。血液がシリンジ20内に吸引された後、注射針22の先端の開口をキャップなどにより塞いでもよい。
【0020】
このような構成により、試料1がシリンジ20の内部に導入されてから試料1に含まれる水素の濃度の測定が終了するまでの間に試料1に溶存していた水素がシリンジ20の外部へ漏出するのを抑えることができるので、測定精度を向上させることができる。
【0021】
試料極12は、水素を溶解して拡散させることが可能な金属又は合金によって形成される。試料極12は、例えば、Pd(パラジウム)と周期表第11族元素であるAu(金)、Ag(銀)、又はCu(銅)との合金を含む。試料極12は、円筒状のピストン21の先端部に配置される。水素を選択的に溶解させることのできるPd合金を試料極12に用いることにより、酸性度等の試料溶液の環境に左右されずに、試料1の水素濃度を検知することができる。
【0022】
試料極12は、保持層30の表面に形成され、円板状に切り出されてシリンジ20の先端に設置される。本図においては、保持層30が内側に、試料極12が外側になるように設置されているが、別の例においては、保持層30が外側に、試料極12が内側になるように設置されてもよい。前者の例では、応答速度を向上させることができる。後者の例では、薄膜である試料極12を物理的な刺激などから保護することができる。
【0023】
Pdと周期表第11族元素との合金は、具体的には、Pd-Au(パラジウム-金)、Pd-Ag(パラジウム-銀)、Pd-Cu(パラジウム-銅)である。これらのPd合金には、添加元素として、3族元素、4族元素、5族元素、6族元素、7族元素、鉄族元素、白金族元素を微量添加してもよい。添加元素としては、具体的には、Y(イットリウム)、Ho(ホルミウム)、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)、Ni(ニッケル)、Nb(ニオブ)、V(バナジウム)、Ru(ルテニウム)等を用いることができる。
【0024】
保持層30は、水素、試料又は電解質を透過する膜などからなる。これにより、保持層30によって試料極12を補強しながら、水素、試料又は電解質を流通させ、試料極12と接触させることができる。保持層30は、複数の流通孔を備えた多孔質膜により形成されてもよい。多孔質膜として、例えば、多孔質セラミックス、不織布、不織紙、限外ろ過膜(UF膜)、逆浸透膜(RO膜)、ポリエチレン等の高分子多孔質膜等を用いることができる。保持層30は、電気伝導性を有する固体電解質からなる電解質膜を含んでもよい。保持層30は、シリコン、エラストマー、ゴム、フッ素樹脂、炭素などにより形成された膜であってもよい。
【0025】
試料極12は、保持層30の表面に直接成膜することにより形成されてもよい。試料極12の成膜方法として、例えば、スパッタ法、メッキ法、蒸着法等を用いることができる。これらの方法によれば、Pd合金を圧延による場合よりも薄い薄膜に形成することができる。
【0026】
試料極12の厚さは、好ましくは100nm以下、より好ましくは50nm以下である。試料極12の厚さは、Pd原子の1原子層の幅である0.27nmよりも厚い。試料極12の膜厚が薄いほど、水素センサ10の応答性を向上させることができ、より速やかに試料の水素濃度を検出することができる。また、試料極12の膜厚が薄いほど、測定中に試料極12内に溶解した水素を測定後に速やかに離脱させることができる。
【0027】
試料極12の大きさは、試料の種類、量、水素溶存量、シリンジ20又はピストン21の大きさ、径などに応じて決められてもよい。試料極12の面積が小さいほど、試料極12中の水素濃度分布が一様になるまでに要する時間が短くなるので、測定に要する時間を短縮することができる。
【0028】
試料極12の表面に、水素を透過し、試料極12が試料1と直接接触しないように保護する保護部31が設けられる。保護部31として、例えば、多孔質セラミックス、不織布、不織紙、限外ろ過膜(UF膜)、逆浸透膜(RO膜)、ポリエチレン等の高分子多孔質膜等を用いることができる。保護部31は、試料極12の表面に着脱可能に設けられてもよい。例えば、測定ごとに保護部31が交換されてもよい。これにより、測定対象の試料1が試料極12の近傍に残ったまま次の測定を実施することにより測定精度が低下するのを防ぐことができる。また、ピストン21自体を交換しなくても、測定精度の低下を防ぐことができるので、測定に要する費用を低減させることができる。
【0029】
試料極12には、導電性を有するリード線32の一端が電気的に接続されている。リード線32の表面は、電気絶縁性を有する絶縁層によって覆われている。リード線32の他端は、試料に含まれる水素の濃度を算出するための演算装置40、及び、試料極12に浸透した水素を測定後に離脱させるために使用される電源装置42と接続されている。
【0030】
標準極14は、円板状に形成され、ピストン21の内部に配置される。ピストン21は、水素が浸透あるいは透過せず、かつ、水素イオンを伝導しないガラスや樹脂などの材料により形成されており、ピストン21と標準極14との間は電気的に絶縁されている。
【0031】
標準極14は、例えば、Pd又はPd合金により形成される。Pd合金として、具体的には、Pd-Au(パラジウム-金)、Pd-Ag(パラジウム-銀)、Pd-Pt(パラジウム-白金)、Pd-Cu(パラジウム-銅)等を用いることができる。また、Pd又はPd合金には、添加元素として、3族元素、4族元素、5族元素、6族元素、7族元素、鉄族元素、白金族元素を微量添加してもよい。添加元素としては、具体的には、Y(イットリウム)、Ho(ホルミウム)、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)、Ni(ニッケル)、Nb(ニオブ)、V(バナジウム)、Ru(ルテニウム)等を用いることができる。
【0032】
標準極14は、所定の水素濃度に保たれた標準試料に接触可能に設けられる。標準極14は、所定量の水素を固溶させた水素化物又は水素吸蔵合金により構成されてもよい。水素化物又は水素吸蔵合金として、具体的には、水素化したPd、水素化したZr、水素化したNb、水素化したTi、水素化したLaNi5水素吸蔵合金、水素化したTiFe水素吸蔵合金、水素化したCaNi5水素吸蔵合金、水素化したMg2Ni水素吸蔵合金、水素化したZrMn2水素吸蔵合金等を用いることができる。水素化物中の水素の量は、PdH(水素化パラジウム)、ZrH2(二水素化ジルコニウム)、NbH(水素化ニオブ)、TiH2(二水素化チタン)などのように金属と水素の比が整数比になっていてもよいし、そうでなくてもよい。PCT曲線がプラトーになる領域を利用すれば、水素化された金属中の水素の量が多少変動しても圧力は一定に保たれる。この場合の標準極14の水素圧力は、標準極14の温度からPCT曲線を用いて決定することができる。そのために、水素センサ10には標準極14の温度を測定するための手段が設けられてもよい。
【0033】
標準極14を構成する棒状のPd又はPd合金の周囲に、水素を固溶させた円筒状の水素化物又は水素吸蔵合金を標準極14と接触するように設け、水素化物又は水素吸蔵合金の周囲をエポキシ樹脂などにより被覆してもよい。これにより、標準極14及び標準試料の構成を簡略化し、水素センサ10を小型化することができる。
【0034】
標準試料は、水素ガスが充填されたガスボンベと、ピストン21の内部に配置された円筒状のノズルとを備える水素供給手段から供給されてもよい。ガスボンベから供給された水素ガスは、ノズルから標準極14に向かって吹き付けられる。これにより、標準極14は、供給された水素分圧に相当する水素ポテンシャルに保たれる。
【0035】
標準試料に含まれる水素の量に応じて変色する変色部が標準試料の近傍に設けられる。変色部は、例えば、メチレンブルーなどの酸化還元指示薬などを含んでもよい。これにより、標準試料に含まれる水素の量の変化を容易かつ的確に把握することができるので、基準のずれによる測定精度の低下を防ぐことができる。
【0036】
標準極14には、導電性を有するリード線34の一端が電気的に接続されている。リード線34の表面は、電気絶縁性を有する絶縁層によって覆われている。リード線34の他端は、試料に含まれる水素の濃度を算出するための演算装置40及び電源装置42と接続されている。
【0037】
ピストン21の内部には、電解質16が備えられる。電解質16は、標準極14と試料極12との両方に接触するように、両者の間に設けられる。電解質16は、水素又は水素イオンが関与する化学反応を起こす化学種を含む。電解質16は、プロトン伝導性を有する化学種を含んでもよい。電解質16として、例えば、希硫酸、リン酸水溶液、希硝酸、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸緩衝液等の水素イオン伝導性の電解質を用いることができる。これらの電解質は、ポリアクリル酸ナトリウム等の高吸水性高分子ポリマー等に吸収させてゲル状にしてもよい。電解質16は、固体電解質であってもよい。この固体電解質として、例えば、スルホン酸基、リン酸基、炭酸基、カルボキシル基、パーフルオロ三級アルコール基、スルホン酸アミド基等を含むものを用いることができる。具体的には、ナフィオン(登録商標)、パーフルオロスルホン酸ポリマー、パーフルオロカルボン酸ポリマー等の固体電解質を用いることができる。この場合には、万が一、水素センサ10が損傷しても、水素センサ10の外部に電解質16が漏出するのを防止することができる。
【0038】
ピストン21を押し込んだ状態で注射針22を人又は動物の体表から血管などに穿刺し、ピストン21を引き出すと、血液などの試料1がシリンジ20の内部に導入される。試料1が試料極12に接触すると、試料1に溶存する水素が試料極12に溶解して拡散し、電解質16と試料極12との界面まで到達する。平衡状態においては、試料極12中の水素濃度分布が一様になり、電解質16と試料極12との界面は、試料中の水素の水素ポテンシャルに相当する水素分圧を有している。つまり、試料極12の電解質16側の界面における水素分圧と試料の水素分圧とは部分平衡状態にある。他方、標準極14側では、水素供給手段から供給される水素が標準極14に固溶して拡散し、電解質16と標準極14との界面まで到達する。これにより、平衡状態においては、標準極14中の水素濃度分布が一様になり、電解質16と標準極14の界面は、水素供給手段によって供給される水素ガスの水素分圧と同等の水素ポテンシャルを有している。つまり、標準極14における電解質16側の界面の水素分圧と、水素供給手段によって供給される水素ガスの水素分圧とは部分平衡状態にある。
【0039】
リード線32及び34によって試料極12及び標準極14と接続された演算装置40は、電圧計などを用いて標準極14と試料極12との間に生じた起電力を測定する。演算装置40は、測定された起電力、標準極14における水素分圧、及び試料の温度に基づいて、下記のネルンストの式を用いることにより、試料極12における水素分圧を算出する。
E=(-RT/2F)ln(P1/P2)
ここで、Eは起電力、Rは気体定数、Tは温度(K)、Fはファラデー定数、P1は試料極12の水素ポテンシャルに相当する水素分圧、P2は標準極14の水素ポテンシャルに相当する水素分圧である。この方法によれば、試料1中の水素をほとんど消費せずに水素濃度を測定することができる。標準極14と試料極12との間の電位差を測定するための回路を高抵抗にしておけば、電位差の測定中に回路に電流が流れることにより試料1中の水素が消費されるのを更に抑えることができる。なお、この式における温度Tは、水素センサ10の温度であり、厳密には上述した標準極14の水素供給手段の温度とは異なるので、標準極14の温度を測定する手段に加えて、又は代えて、水素センサ10又は試料の温度を測定する手段を設けてもよい。
【0040】
図2は、実施の形態に係る水素センサによる測定結果の例を示す。
図2(a)は、比較実施例として、水素を含む水をビーカーに入れ、
図1に示した水素センサ10のピストン21と同様の構成を有する水素センサを使用して水素濃度を測定した結果を示す。
図2(b)は、本実施の形態の水素センサ10の実施例として、水素を含む水(約0.25cc)をシリンジ20の内部に吸引して水素濃度を測定した結果を示す。いずれの場合も、試料が試料極に接触した直後から電位差が観測され、数秒から数十秒程度で安定する。また、いずれの場合も、試料極から試料を除去した直後から電位差が減少し、数秒から数十秒程度で元の状態に戻る。このように、本実施の形態の水素センサ10によれば、少量の試料に含まれる水素の濃度を迅速に測定することができることが示された。
【0041】
演算装置40は、水素センサ10によって測定される電位差が一定値に安定するよりも前に水素濃度を推定してもよい。例えば、測定開始からの電位差の変化を示す曲線を、既知の水素濃度の試料を対象として測定したときの曲線と対比することにより、試料の水素濃度を推定してもよい。これにより、より迅速に水素濃度を測定することができるので、水素の漏出による測定精度の低下を抑え、より精確に水素濃度を測定することができる。
【0042】
試料の水素濃度を検出した後、電源装置42によって試料極12と標準極14との間に電圧を印加し、電流を流すことにより、試料極12内に溶解した水素を水素イオンにして速やかに離脱させることができる。これにより、試料の水素濃度を検知した後、次回の水素濃度の検知が可能となるまでの期間を短縮することができる。前述したように、試料極12の膜厚が十分に薄い場合は、電圧を印加しなくても、試料極12内に溶解した水素が速やかに離脱するため、電圧の印加を省略してもよい。また、電源装置42を設けなくてもよい。
【0043】
電源装置42によって試料極12と標準極14との間に印加される電圧は、0.4V以上0.75V以下の範囲にあることが好ましい。これにより、試料極12内の水素を水素イオンとして効率良く速やかに放出することができる。なお、電圧が0.4V未満になると、試料極12において還元反応が生じ、水素ガスが生成される場合がある。また、電圧が0.75Vを超えると、試料極12の酸化反応が生じ、試料極12が劣化するおそれがある。これらの観点から、試料極12と標準極14との間に印加される電圧は、0.5V以上0.7V以下の範囲にあることがより好ましく、0.55V以上0.65V以下の範囲にあることがさらに好ましい。これにより、試料極12における還元反応に伴う水素ガスの生成及び試料極12の酸化反応に伴う試料極12の劣化をより抑制することができる。
【0044】
水素センサ10は、透析液、飲料、液体燃料、溶媒、溶液などの任意の液体状の試料に溶存する水素の濃度を検出することもできるし、大気、排気ガス、燃料ガスなどの任意の気体状の試料に含まれる水素の濃度を検出することもできる。なお、液体状の試料としては、ゼリー状、ゲル状など、試料極12が損傷しない程度の固さを有する半液体状の試料であってもよい。
【0045】
図3は、実施の形態に係る水素センサの別の構成例を示す。
図3に示した水素センサ10では、ピストン21ではなくシリンジ20の内部に試料極12、標準極14、及び電解質16が設けられる。その他の構成及び動作は、
図1に示した水素センサ10と同様である。
図3に示した水素センサ10によっても、注射針22から吸引された試料1の水素濃度を迅速かつ精確に測定することができる。
【0046】
図4は、実施の形態に係る水素センサの更に別の構成例を示す。
図4に示した水素センサ10は、プッシュボタン式液体用微量体積計(マイクロピペット)と同様の構造を有する。
図4に示した水素センサ10では、ロッド38の先端に、試料極12、標準極14、及び電解質16を含む検知部が装着される。通常のマイクロピペットと同様に、ダイヤル37を操作して体積を調整し、チップ39を装着した後、本体35を把持し、ボタン36を押してロッド38を押し下げてから、チップ39の先端を試料の液面につけ、ボタン36を離して試料1を吸い上げる。
図4に示した水素センサ10においても、容器として機能するチップ39は、水素が透過困難な材質によって形成され、水素漏出抑制部として機能する。これにより、チップ39内に吸引された試料1の水素濃度を迅速かつ精確に測定することができる。
【0047】
図5は、実施の形態に係る水素センサの更に別の構成例を示す。
図5に示した水素センサ10は、
図1に示した水素センサ10の電解質16に代えて、試料極12の二次側の表面に接触する試料極側電解質16a、標準極14の二次側の表面に接触する標準極側電解質16b、及び試料極側電解質16aと標準極側電解質16bとを電気的に接続するリード線44を備える。その他の構成及び動作は、
図1に示した水素センサ10と同様である。
【0048】
試料極側電解質16a及び標準極側電解質16bは、水素又は水素イオンが関与する化学反応を起こす同種の化学種を含む。試料極側電解質16aと標準極側電解質16bとはリード線44により電気的に接続されているので、試料極12と標準極14との間には、それぞれの水素分圧に応じた電位差が生じる。したがって、
図5に示した水素センサ10も、
図1に示した水素センサ10と同様に、試料1に含まれる水素の濃度を測定することができる。
【0049】
本図に示す水素センサ10では、試料極12及び試料極側電解質16aがピストン20に設けられ、標準極14及び標準極側電解質16bがピストン21とは分離して設けられる。これにより、ピストン21の構成を簡略化し、製造コストを低減させることができる。したがって、使用時に試料に接触するシリンジ20、ピストン21、及び注射針22をディスポーザブルな水素センサ用キットとして提供することもできる。標準極14及び標準極側電解質16bは、演算装置40の内部に設けられてもよい。これにより、標準極14及び標準極側電解質16bを演算装置40に組み込むことができるので、構成を簡略化することができる。
【0050】
試料極側電解質16aは、水素又は水素イオンが関与する化学種を含む膜であってもよい。試料極12は、試料極側電解質16aの膜の表面に任意の成膜方法によって形成されたパラジウムなどの水素透過金属又は合金の薄膜であってもよい。この構成によれば、試料極12を非常に薄い膜として設けることができるので、高価なパラジウムなどの金属を使用する場合であっても製造コストを低減させることができる。また、試料1に含まれる水素が試料極12に均一に拡散するまでの時間を短縮することができるので、応答速度を向上させることができる。
図1に示した水素センサ10では、電解質16を薄くし過ぎると、試料極12を透過した水素の一部が水素イオンとして電解質16中を伝導して標準極14の表面まで到達し、標準極14の水素ポテンシャルに影響を与える可能性があるが、
図5に示した水素センサ10では、試料極側電解質16aと標準極側電解質16bとが物理的に分離されているので、試料極側電解質16aの膜を薄く形成することができる。これにより、製造コストを低減させることができる。
【0051】
リード線44は、電気伝導性を有する材料によって形成される。リード線44は、例えば、ニッケル、銅、アルミニウムなどの金属によって形成されてもよい。リード線44のうち、試料極側電解質16a又は標準極側電解質16bとの接点部分は腐食性の低い貴金属などによって形成し、それ以外の部分は銅やニッケルなどの電気伝導性の高い金属などによって形成してもよい。これにより、リード線44の製造コストを抑えつつ、耐久性を向上させることができる。
【0052】
図5に示した水素センサ10は、
図3又は
図4に示した構造を有していてもよい。また、電解質16を試料極側電解質16aと標準極側電解質16bに分離する技術は、吸引部を有する構造に限らず、任意の形状又は形式の水素センサに適用することができる。
【0053】
以上、本開示を実施例をもとに説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0054】
本開示の一態様の概要は、次の通りである。本開示のある態様の水素センサは、測定対象の試料を保持するための容器と、容器の内部に試料を吸引するための吸引部と、試料に含まれる水素の濃度を検知するための検知部とを備える。この態様によると、試料を容器に吸引してからすぐに水素の濃度を検知することができるので、水素が系外に漏出することによる測定精度の低下を抑えることができる。また、測定のための操作を容易にすることができる。
【0055】
本開示の別の態様の水素センサは、測定対象の試料を保持するための容器と、試料に含まれる水素の濃度を検知するための検知部と、を備える。容器は、開口を有する外側部材と、開口から容器の内部に挿入される内側部材と、を含む。外側部材及び内側部材は、容器内に保持された試料に含まれる水素が容器の外部に漏出するのを抑制可能に構成される。この態様によると、水素が系外に漏出することによる測定精度の低下を抑えることができる。
【0056】
外側部材と内側部材の少なくとも一方は、水素が透過困難な材質を含んでもよい。この態様によると、水素が系外に漏出することによる測定精度の低下を抑えることができる。
【0057】
内側部材は外側部材の内径と同程度の外径を有してもよい。この態様によると、水素が内側部材と外側部材との間の隙間から系外に漏出することによる測定精度の低下を抑えることができる。
【0058】
水素センサは、試料に含まれる水素が容器の外部に漏出するのを抑えるための水素漏出抑制部を更に備えてもよい。この態様によると、水素濃度の検知精度を更に向上させることができる。
【0059】
検知部は、容器の内部に保持された試料に含まれる水素を一次側の表面から二次側の表面に透過する試料極と、所定の濃度の水素を含む標準試料に接触する標準極と、試料極の二次側の表面及び標準極に接触する電解質と、を備えてもよい。この態様によると、水素濃度の検知精度を向上させることができる。
【0060】
検知部は、容器の内部に保持された試料に含まれる水素を一次側の表面から二次側の表面に透過する試料極と、試料極の二次側の表面に接触する試料極側電解質と、所定の濃度の水素を含む標準試料に接触する標準試料側電解質と試料極側電解質とを電気的に接続するリード線と、を備えてもよい。この態様によると、標準極を分離することができるので、製造コストを抑えることができる。
【0061】
水素漏出抑制部は、水素が透過困難な材質からなり、容器の少なくとも試料が保持される部分を覆うように設けられてもよい。この態様によると、水素濃度の検知精度を向上させることができる。
【0062】
容器は、開口を有する外側部材と、開口から容器の内部に挿入される内側部材と、を含み、容器の内部に挿入された内側部材を引き出す方向に摺動させることにより吸引部から外側部材の内部に試料を吸引可能に構成されてもよい。この態様によると、一般的な注射器と同様の構成によって水素センサを実現することができる。
【0063】
試料極は、内側部材の端部に設けられ、電解質及び標準極は、内側部材の内部に設けられてもよい。この態様によると、水素センサの構成を簡略化することができるので、小型で軽量な水素センサを実現することができる。
【0064】
試料極の表面に、水素を透過し、試料極が試料と接触しないように保護する保護部が設けられてもよい。この態様によると、試料極が試料によって汚染されたり、以前の測定における試料が試料極に付着したままになってしまったりするのを抑えることができる。
【0065】
保護部は、試料極の表面に着脱可能に設けられてもよい。この態様によると、試料極が試料によって汚染されたり、以前の測定における試料が試料極に付着したままになってしまったりするのを更に抑えることができる。
【0066】
吸引部は、水素が透過困難な材質からなり、針状の形状を有してもよい。この態様によると、水素濃度の検知精度を向上させることができる。また、一般的な注射器と同様の構成によって水素センサを実現することができる。
【0067】
吸引部は、容器に着脱可能に設けられてもよい。この態様によると、測定対象者が吸引部を介して以前の測定対象者の体液などに接触するのを防ぐことができる。
【0068】
標準試料に含まれる水素の量に応じて変色する変色部が標準試料の近傍に設けられてもよい。この態様によると、標準試料から水素が離脱したことを適切に検出することができるので、測定精度の低下を抑えることができる。
【0069】
本開示の別の態様の水素センサは、水素センサに試料に含まれる水素を一次側の表面から二次側の表面に透過する試料極と、試料極の二次側の表面に接触する試料極側電解質と、所定の濃度の水素を含む標準試料に接触する標準極に接触する標準極側電解質と試料極側電解質とを電気的に接続するリード線と、を備える。この態様によると、試料極と標準極を分離することができるので、試料極側の製造コストを抑えることができる。
【0070】
本開示の更に別の態様の演算装置は、試料に含まれる水素を一次側の表面から二次側の表面に透過する試料極と、所定の濃度の水素を含む標準試料に一次側の表面が接触し、試料極の二次側の表面に接触する試料極側電解質とリード線を介して電気的に接続された標準極側電解質に二次側の表面が接触する標準極との間の電位差に基づいて試料に含まれる水素の分圧を算出する演算部を備える。この態様によると、試料極と標準極を分離することができるので、試料極側の製造コストを抑えることができる。
【0071】
演算装置は、標準極側電解質及び標準極を更に備えてもよい。この態様によると、標準極を演算装置に組み込むことができるので、構成を簡略化することができる。
【符号の説明】
【0072】
1 試料、10 水素センサ、12 試料極、14 標準極、16 電解質、20 シリンジ、21 ピストン、22 注射針、30 保持層、31 保護部、32,34 リード線、35 本体、36 ボタン、37 ダイヤル、38 ロッド、39 チップ、40 演算装置、42 電源装置。