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特許7457367IgA腎症の発症の可能性の判定方法およびキット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-19
(45)【発行日】2024-03-28
(54)【発明の名称】IgA腎症の発症の可能性の判定方法およびキット
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20240321BHJP
   G01N 33/493 20060101ALI20240321BHJP
【FI】
G01N33/53 S
G01N33/493 A
G01N33/53 N
G01N33/53 R
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020566171
(86)(22)【出願日】2019-12-23
(86)【国際出願番号】 JP2019050237
(87)【国際公開番号】W WO2020149105
(87)【国際公開日】2020-07-23
【審査請求日】2022-08-08
(31)【優先権主張番号】P 2019006412
(32)【優先日】2019-01-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29~30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的医療シーズ実用化研究事業、「尿中糖鎖プロファイリングによるIgA腎症の診断法の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】和田 淳
(72)【発明者】
【氏名】三瀬 広記
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/172347(WO,A1)
【文献】国際公開第2004/018513(WO,A1)
【文献】特開2015-086208(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101051010(CN,A)
【文献】国際公開第2018/181292(WO,A1)
【文献】LEUNG J. C. K. et al.,Increased Sialylation of Polymeric λ-IgA1 in Patients With IgA Nephropathy,Journal of Clinical Laboratory Analysis,2002年,Vol.16, No.1,pp.11-19
【文献】HIKI, Y. et al.,Underglycosylation of IgA1 Hinge Plays a Certain Role for Its Glomerular Deposition in IgA Nephropat,Journal of the American Society of Nephrology,1999年,vol.10, No.4,pp.760-769
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00-33/46
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体におけるIgA腎症の発症の可能性の判定方法であって、
上記被験体から採取されたサンプル中における、ACAに結合する糖鎖のレベルを決定する工程を含む、方法。
【請求項2】
上記サンプル中における、MAH、ABA、STL、LEL、WGA、MPA、Jacalin、MAL_I、PNA、ACG、GSL_I_A4、ConA、SSA、AOLおよびGSL_IIからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被験体におけるIgA腎症の発症の可能性の判定方法であって、
上記被験体から採取された第1のサンプル中における、ACAに結合する糖鎖のレベルを決定する工程と、
上記被験体から採取された第2のサンプル中における、上記糖鎖のレベル以外のバイオマーカーを測定する工程と、
を含む、方法。
【請求項4】
上記第1のサンプル中における、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、EEL、SBA、HPA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、GSL_I_B4、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程をさらに含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
原発性糸球体疾患に罹患している被験体、または原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性の判定方法であって、
上記被験体から採取されたサンプル中における、ACAに結合する糖鎖のレベルを決定する工程を含む、方法。
【請求項6】
上記サンプル中における、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、SBA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程をさらに含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
原発性糸球体疾患に罹患している被験体、または原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性の判定方法であって、
上記被験体から採取された第1のサンプル中における、ACAに結合する糖鎖のレベルを決定する工程と、
上記被験体から採取された第2のサンプル中における、上記糖鎖のレベル以外のバイオマーカーを測定する工程と、
を含む、方法。
【請求項8】
上記第1のサンプル中における、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、EEL、SBA、HPA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、GSL_I_B4、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程をさらに含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
上記糖鎖のレベル以外のバイオマーカーは、尿潜血、尿蛋白、血清IgAおよび血清IgA/C3比から選択される1種類以上である、請求項3、4、7、8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
上記糖鎖のレベルを決定する工程で用いるサンプルは、尿サンプルである、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
(i)被験体におけるIgA腎症の発症の可能性を判定するためのキット、または、(ii)原発性糸球体疾患に罹患している被験体、もしくは原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性を判定するためのキットであって、
下記A~Cの各群から、それぞれ1種類以上選択されるレクチンを備えており、
それ以外の種類のレクチンを備えていない、キット:
A群:ACA
B群:GSL_I_A4
C群:GSL_II、MAL_I、AOL、PNA、SNAおよびHPA。
【請求項12】
MAHおよび/またはABAをさらに備えている、請求項11に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、IgA腎症の発症の可能性の判定方法、およびIgA腎症の発症の可能性を判定するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、慢性腎臓病(CKD)の患者数は1,330万人に達している。この数は、日本国の成人人口の8人に1人がCKDを患っていることを意味しており、国民病と言っても過言でない。CKDには様々な疾患が含まれており、その一種である慢性糸球体腎炎には、6,466人の患者があり、CKDの17.8%を占めている。そして、慢性糸球体腎炎のなかでも最も患者数の多い疾患が、IgA腎症である。
【0003】
これらの腎疾患は疾患に応じて治療法が確立されているので、患者がどの腎疾患に罹患しているかを鑑別する診断方法が重要となっている。つまり、(i)不特定の人間集団から、IgA腎症患者を特定する診断方法と、(ii)慢性糸球体腎炎患者の集団から、IgA腎症患者を特定する診断方法と、が重要である。一般的には、これらの腎疾患は腎生検によって診断が確定される。しかし、腎生検のリスクが高い症例では、腎生検を行わず、臨床情報のみに基づいて診断せねばならない場合がある。また、腎生検は侵襲的検査であるため、(i)尿所見が軽微であり、腎疾患の可能性が見逃されている場合や、(ii)身体へのリスクから、腎生検が行われていない場合などでは、腎疾患に関する診断自体が行われていない場合もある。
【0004】
このような背景の下、腎生検によらないIgA腎症の診断方法が検討および報告されている。例えば、非特許文献1は、IgA腎症の診断方法として、ガラクトース欠損型異常IgA1に結合するモノクローナル抗体を用いたELISAが、従来のhelix aspersa agglutinin(HAA)というレクチンを用いたアッセイよりも、ロバスト性に優れていることを報告している。また、非特許文献2は、4種類の臨床因子(血尿、蛋白尿、血清IgA値および血清IgA/C3比)を組み合わせたIgA腎症の診断方法を検討し報告している。
【0005】
さらに、本発明に関連する可能性がある文献として、特許文献1~4が挙げられる。以下、それぞれの文献と本発明との相違点について略述する。
【0006】
特許文献1は、糖尿病、糖尿病性早期腎症および糖尿病性腎症を診断する技術を開示している。特許文献2は、タンパク質と糖鎖との相互作用を分析する技術を開示しており、特定の疾患の診断には言及していない。特許文献3は、糖尿病性腎症の進行度を診断する技術を開示している。特許文献4は、将来の腎機能の低下の可能性を判定する技術を開示している。これらの文献に開示された技術は、少なくともIgA腎症の診断方法ではない点で、本発明とは異なっている。すなわち、特許文献1~3は、IgA腎症について開示しておらず、特許文献4は「検査を行った時点における診断」を開示していない(文献4に開示されている技術は将来的な腎予後を予測するものであって、現在的な診断を行うものではない)。
【0007】
また、特許文献1~4のいずれも、本明細書に開示されているキット(特定のレクチンを組み合わせたキット)を開示していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】日本国公開特許公報「特開平10-332690号公報」
【文献】国際公開第2005/064333号パンフレット
【文献】日本国公開特許公報「特開2010-256132号公報」
【文献】国際公開第2018/181292号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【文献】Yasutake J, Suzuki Y, Suzuki H, et al. Novel lectin-independent approach to detect galactose-deficient IgA1 in IgA nephropathy. Nephrol Dial Transplant. 2015;30:1315-1321.
【文献】Nakayama K, Ohsawa I, Maeda-Ohtani A, et al. Prediction of diagnosis of immunoglobulin A nephropathy prior to renal biopsy and correlation with urinary sediment findings and prognostic grading. J Clin Lab Anal. 2008;22(2):114-118.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述の先行技術では、IgA腎症の診断精度に改善の余地があった。すなわち、非特許文献1に記載の診断方法は、実際のIgA腎症の診断精度について検討されておらず、その有用性は不明であった。また、非特許文献2に記載の診断方法では感度や特異度の点で充分とは言えず、この診断方法の妥当性を検証した報告も存在しなかった。
【0011】
本発明の一態様は、IgA腎症の発症の可能性を判定するための、より精度の高い方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明には、以下の構成が包含されている。
【0013】
<1>
被験体におけるIgA腎症の発症の可能性の判定方法であって、
上記被験体から採取されたサンプル中における、ACA、MAH、ABA、STL、LEL、WGA、MPA、Jacalin、MAL_I、PNA、ACG、GSL_I_A4、ConA、SSA、AOLおよびGSL_IIからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程を含む、方法。
【0014】
<2>
被験体におけるIgA腎症の発症の可能性の判定方法であって、
上記被験体から採取された第1のサンプル中における、ACA、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、EEL、SBA、HPA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、GSL_I_B4、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程と、
上記被験体から採取された第2のサンプル中における、上記糖鎖のレベル以外のバイオマーカーを測定する工程と、
を含む、方法。
【0015】
<3>
原発性糸球体疾患に罹患している被験体、または原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性の判定方法であって、
上記被験体から採取されたサンプル中における、ACA、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、SBA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程を含む、方法。
【0016】
<4>
原発性糸球体疾患に罹患している被験体、または原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性の判定方法であって、
上記被験体から採取された第1のサンプル中における、ACA、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、EEL、SBA、HPA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、GSL_I_B4、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程と、
上記被験体から採取された第2のサンプル中における、上記糖鎖のレベル以外のバイオマーカーを測定する工程と、
を含む、方法。
【0017】
<5>
(i)被験体におけるIgA腎症の発症の可能性の判定方法、または、(ii)原発性糸球体疾患に罹患している被験体、もしくは原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性の判定方法であって、
上記被験体から採取されたサンプル中における、下記からなる群より選択される1種類以上の糖鎖のレベルを決定する工程を含む、方法:
(Galβ1-4GlcNAc)
(GlcNAcβ1-4)
(GlcNAcβ4MurNAc)
Agalactosylated tri/tetra antennary glycans、
Fucα1-2Galβ1-4GlcNAc、
Fucα1-6GlcNAc、
GalNAc、
Galβ1-3GalNAc、
GlcNAc、
High-Man including Manα1-6(Manα1-3)Man、
Siaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc、
Siaα2-3Galβ1-4GlcNAc、
Siaα2-6Gal/GalNAc、および
α-GalNAc。
【0018】
<6>
上記糖鎖のレベル以外のバイオマーカーは、尿潜血、尿蛋白、血清IgAおよび血清IgA/C3比から選択される1種類以上である、<2>または<4>に記載の方法。
【0019】
<7>
上記糖鎖のレベルを決定する工程で用いるサンプルは、尿サンプルである、<1>~<6>のいずれか1つに記載の方法。
【0020】
<8>
(i)被験体におけるIgA腎症の発症の可能性を判定するためのキット、または、(ii)原発性糸球体疾患に罹患している被験体、もしくは原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性を判定するためのキットであって、
下記A~Cの各群から、それぞれ1種類以上選択されるレクチンを備えており、
それ以外の種類のレクチンを備えていない、キット:
A群:ACA、MAHおよびABA
B群:GSL_I_A4
C群:GSL_II、MAL_I、AOL、PNA、SNAおよびHPA。
【0021】
<9>
(i)被験体におけるIgA腎症の発症の可能性を判定するためのキット、または、(ii)原発性糸球体疾患に罹患している被験体、もしくは原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性を判定するためのキットであって、
下記a~cの各群から、それぞれ1種類以上選択される糖鎖に結合するレクチンを備えており、
それ以外の種類のレクチンを備えていない、キット:
a群:Galβ1-3GalNAcおよびSiaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc
b群:α-GalNAc
c群:Agalactosylated tri/tetra antennary glycans、Fucα1-2Galβ1-4GlcNAc、Fucα1-6GlcNAc、GlcNac、Galβ1-3GalNAc、Siaα2-3Galβ1-4GlcNAc、Siaα2-6Gal/GalNAcおよびα-GalNAc。
【発明の効果】
【0022】
本発明の一態様によれば、IgA腎症の発症の可能性を判定するための、より精度の高い方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態の一例について詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されない。本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意味する。
【0024】
〔1.レクチンに結合する糖鎖のレベル〕
本発明の方法は、第一の側面において、被験体から採取したサンプルにおける特定のレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程を含む。
【0025】
(レクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する方法)
本発明者らは、ある種のレクチンを用いたアッセイ(以下、「レクチンアッセイ」と呼ぶ)の結果に基づいて(つまり、レクチンシグナルの強度に基づいて)、IgA腎症の発症が判定できることを見出した。一般に、特定のレクチンに対しては、特定の糖鎖が特異的に結合することが知られている。それゆえ、本発明者らの発見は、「ある種のレクチンに結合する糖鎖のレベルに基づいて、IgA腎症の発症が判定できる」と換言することができる。
【0026】
したがって、「レクチンXと結合する糖鎖のレベルを決定する工程」とは、「レクチンXと結合する特定の構造を有する糖鎖のレベルを決定する工程」であれば、方法は限定されない。つまり、「レクチンXと結合する糖鎖のレベルを決定する工程」は、レクチンアッセイには限定されない。レクチンアッセイ以外の方法としては、例えば、液体クロマトグラフィー、質量分析、ELISA、二次元電気泳動法、プロテインアレイ、ビーズアッセイ、フローサイトメトリー、バイオプレックス(登録商標)などが挙げられる。
【0027】
ただし、レクチンアッセイによる糖鎖のレベルの決定は、サンプルの下処理が容易であるため好ましい。特に、サンプルとして尿サンプルを用いる場合は、尿サンプルの濃縮、サンプル中に多く含まれるタンパク質(アルブミン、IgGなど)の除去などの工程が不要であるため、より好ましい。
【0028】
一実施形態において、「糖鎖のレベルを決定する」とは、サンプル中に含まれる当該糖鎖の存在量の数量化を伴うものでありうる。この具体例としては、サンプル中に含まれる糖鎖の濃度を測定することが挙げられる。
【0029】
他の実施形態において、「糖鎖のレベルを決定する」とは、サンプル中に含まれる当該糖鎖の存在量と、所定の基準値とを比較することでありうる。この具体例としては、サンプル中に含まれる糖鎖の濃度が、所定の基準値(カットオフ値)より高いか低いかを判定することが挙げられる。このとき、所定の基準値は、医学的手法、統計学的手法などにより適宜定めることができる。また、所定の基準値として、複数の基準値を設けてもよい。
【0030】
レクチンに結合する糖鎖のレベルの高低と、IgA腎症の発症との関係は、例えば、統計的手法によって決定される(その一例として、本願実施例を参照)。つまり、例えば統計的手法により、「糖鎖レベルが高いことがIgA腎症の発症と関連している」のか、それとも「糖鎖レベルが低いことがIgA腎症の発症と関連している」のかを判断することができる。
【0031】
一例において、本願実施例における糖鎖1種類モデル(モデル(1))および/または糖鎖1種類+臨床因子モデル(モデル(2))では、検討した45種類のレクチンに関して、当該レクチンに結合する糖鎖レベルの低値とIgA腎症の発症とが関連していた。
【0032】
また、本願実施例における複数種類糖鎖+臨床因子モデル(モデル3)では、ACA、GSL_I_A4、MAHおよびABAに関しては、これらのレクチンに結合する糖鎖レベルの低値とIgA腎症の発症とが関連していた。これに対して、GSL_II、MAL_I、PNA、SNAおよびAOLに関しては、これらのレクチンに結合する糖鎖レベルの高値とIgA腎症の発症とが関連していた。
【0033】
このように、糖鎖レベルの高低とIgA腎症の発症との関係は、採用するモデルによって異なりうる。しかし当業者ならば、本明細書の記載を参照した上で通常のルーティンワークを行うことによって、各モデルにおける糖鎖レベルの高低とIgA腎症の発症との関係を決定することができる。
【0034】
(被験体)
本明細書において、「被験体」とは、ヒトに限定されない。本発明の一実施形態に係る方法は、非ヒト哺乳動物に対しても適用することができる。非ヒト哺乳動物としては、偶蹄類(ウシ、イノシシ、ブタ、ヒツジ、ヤギなど)、奇蹄類(ウマなど)、齧歯類(マウス、ラット、ハムスター、リスなど)、ウサギ目(ウサギなど)、食肉類(イヌ、ネコ、フェレットなど)などが挙げられる。上述した非ヒト哺乳動物には、家畜またはコンパニオンアニマル(愛玩動物)に加えて、野生動物も包含される。
【0035】
本発明は、サンプル中の糖鎖のレベルによりIgA腎症の発症を判定しようとするものである。糖鎖は、タンパク質および核酸よりも、種間における構造の相違が小さい。したがって、上述した非ヒト哺乳動物の間ならば、本発明の一実施形態に係る方法は充分に有効であると考えられる。
【0036】
(サンプル)
本明細書において、「サンプル」とは、被験体から採取されるもの全般を意図し、具体的には特に限定されない。ここで言うサンプルには、血液、脳脊髄液、リンパ液、母乳、唾液、鼻汁、汗、尿、便、呼気などに加えて、病理標本由来の組織可溶化物、生組織可溶化物、細胞可溶化物なども包含される。
【0037】
本発明の一実施形態においては、尿をサンプルとする。尿サンプルは、生検材料として一般的である点、腎機能に関する他の指標も同時に調査できる点、(特にヒト被験体の場合に)採取が容易である点などにおいて、好適である。
【0038】
本発明の一実施形態においては、血液をサンプルとする。血液サンプルは、生検材料として一般的である点、腎機能に関する他の指標も同時に調査できる点、(非ヒト被験体においても)採取が容易である点などにおいて、好ましい。ここで言う「血液」には、全血に加えて、全血を構成する部分(血清、血漿、血餅など)も含まれる。
【0039】
(レクチン)
後述する各実施形態において、名前が挙げられているレクチンについて説明すると、以下の通りである:
ACA:Amaranthus Caudatus Agglutinin(センニンコクレクチン)
MAH:Maackia Amurensis Hemagglutitnin(イヌエンジュレクチンII)
ABA:Amaranthus Caudatus Agglutinin(センニンコクレクチン)
MPA:Maclura pomifera Agglutinin(アメリカハリグワレクチン)
Jacalin:Jackfruit Lectin(ジャックフルーツレクチン)
LEL:Lycopersicon Esculentum Lectin(トマトレクチン)
ACG:Agrocybe cylindracea Galectin(ヤナギマツタケレクチン)
STL:Solanum tuberosum Lectin(ジャガイモレクチン)
GSL_I_A4:Griffonia Simplicifolia Lectin I A4(バンデリアマメレクチンI A4)
WGA:Triticum Unlgaris Agglutinin(コムギレクチン)
SSA:Sambucus sieboldiana lectin(ニホンニワトコレクチン)
PNA:Peanut Agglutinin(ピーナッツレクチン)
ConA:Canavalia ensiformis Agglutinin(ナタマメレクチン)
Calsepa:Calystega Sepiem Lectin(ヒロハヒルガオレクチン)
AOL:Aspergillus Oryzae Lectin(コウジカビレクチン)
SNA:Sambucus nigra agglutinin(セイヨウニワトコレクチン)
UDA:Urtica dioica Agglutinin (セイヨウイラクサレクチン)
LCA:Lens Culinaris Agglutinin(レンズマメレクチン)
GSL_II:Griffonia Simplicifolia Lectin II(バンデリアマメレクチンII)
UEA_I:Ulex Europaeus Agglutinin I(ハリエニシダレクチンI)
LTL:Lotus Tetragonolobus Lectin(ロータスレクチン)
MAL_I:Maackia Amurensis Lectin I(イヌエンジュレクチンI)
TJA_I:Trichosanthes japonica agglutinin I lectin(キカラスウリレクチンI)ECA:Erythrina Cristagalli Agglutinin(デイコマメレクチン)
PWM:Phytolacca americana Agglutinin(アメリカヤマゴボウレクチン)
PSA:Pisum Sativum Agglutinin(エンドウマメレクチン)
AAL:Aleuria Aurantia Lectin(ヒイロチャワンタケレクチン)
DSA:Datura Stramonium Agglutinin(チョウセンアサガオレクチン)
BPL:Bauhinia Purpurea Lectin(ムラサキモクワンジュレクチン)
TJA_II:Trichosanthes aponica Agglutinin-II(キカラスウリレクチンII)
NPA:Narcissus Pseudonarcissus Agglutinin(ラッパズイセンレクチン)
PHA_E:Phaseolus Vulgaris ErythroAgglutinin(インゲンマメレクチンE)
RCA120:Ricinus Communis Agglutinin I(ヒママメレクチン)
EEL:Euonymus europaeus Lectin(スピンドルツリーレクチン)
SBA:Glycine Max Agglutinin(ダイズレクチン)
HPA:Helix pomatia Agglutinin(エスカルゴレクチン)
GNA:Galanthus Nivalis Agglutinin(ユキノハナレクチン)
HHL:Hippeastrum Hybrid Lectin(アマリリスレクチン)
PTL_I:Psophocarpus Tetragonolobus Lectin-I(シカクマメレクチン)
TxLC_I:Tulipa gesneriana Lectin-I(チューリップレクチン)
PHA_L:Phaseolus Vulgaris LeucoAgglutin(インゲンマメレクチンL)
GSL_I_B4:Griffonia Simplicifolia Lectin I B4(バンデリアマメレクチンI B4)
DBA:Dolichos biflorus Agglutinin(ドリコスマメレクチン)
WFA:Wisteria Floribunda Agglutinin(フジレクチン)
VVA:Vicia villosa Lectin(ヘアリーベッチレクチン)。
【0040】
これらのレクチンは従来公知のレクチンであり、そのアミノ酸配列情報は各種データベースより入手可能である。これらのレクチンに結合する糖鎖レベルの高低とIgA腎症の発症との関連は、(レクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する方法)の項目にて上述した通りである。
【0041】
なお、本発明の一実施形態に係る方法において、2種類以上の糖鎖レベルを決定する場合、当該2種類以上の糖鎖は互いに構造の異なるものであることが好ましい(このことは、後述する他の実施形態に関しても妥当する)。つまり、本発明の一実施形態に係る方法において、レクチンXに結合する糖鎖xおよびレクチンYに結合する糖鎖yのレベルを決定する場合は、糖鎖xと糖鎖yの構造は互いに異なっていることが好ましい。これは、診断モデルの作成に際する多重共線性の問題を回避するためである。
【0042】
[1-1.不特定の人間集団に対する判定]
本発明の一実施形態は、被験体におけるIgA腎症の発症の可能性の判定方法であって;上記被験体から採取されたサンプル中における、ACA、MAH、ABA、STL、LEL、WGA、MPA、Jacalin、MAL_I、PNA、ACG、GSL_I_A4、ConA、SSA、AOLおよびGSL_IIからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程を含む、方法である。
【0043】
本実施形態に係る方法は、不特定の集団に属する被験体のIgA腎症の発症の可能性を判定するものである。つまり、被験体が何らかの腎疾患に罹患しているか否かが不明である状況において、当該被験体のIgA腎症の発症の可能性を判定するものである。
【0044】
[1-2.原発性糸球体疾患の罹患者集団に対する判定]
本発明の他の実施形態は、原発性糸球体疾患に罹患している被験体、または原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性の判定方法であって;上記被験体から採取されたサンプル中における、ACA、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、SBA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程を含む、方法である。
【0045】
本実施形態に係る方法は、原発性糸球体疾患に罹患している(または罹患が疑われる)被験体集団に属する被験体の、IgA腎症の発症の可能性を判定するものである。つまり、被験体が原発性腎疾患に罹患していることが判明している(または罹患が疑われる)状況において、当該被験体のIgA腎症の発症の可能性を判定するものである。この方法は、[1-1]で説明した診断方法と比較すると、母集団がより限定的になっている。
【0046】
「被験体が原発性糸球体疾患に罹患している」こと、および「被験体が原発性糸球体疾患に罹患している可能性がある」ことは、公知の医療技術により知ることができる。
【0047】
本実施形態に係る方法は、被験体のIgA腎症の発症の可能性を判定することができれば充分である。しかし、本実施形態に係る方法によって、原発性糸球体疾患に罹患している被験体または原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体がIgA腎症を発症していない(発症している可能性が低い)と判定できる場合は、当該被験体がIgA腎症以外の原発性糸球体疾患を発症している(発症している可能性が高い)と判定してもよい。
【0048】
ここで、日本国においては、IgA腎症は原発性糸球体疾患のカテゴリに含めるのが通例であるが、WHO分類によると、IgA腎症は二次性糸球体疾患のカテゴリに含められる。本明細書の説明は、日本国における分類に則り、IgA腎症を原発性糸球体疾患の一種として扱うものとする。
【0049】
ちなみに、WHO分類を採用する場合は、「原発性糸球体疾患に罹患している被験体、または原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性の判定方法」は、「原発性糸球体疾患もしくはIgA腎症に罹患している被験体、または原発性糸球体疾患もしくはIgA腎症への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性の判定方法」と読み換えることができる。このように読み換えたとしても、IgA腎症と他の原発性糸球体疾患との鑑別精度を向上させる、という本実施形態の効果に変わりはない。
【0050】
〔2.レクチンに結合する糖鎖のレベルと他のバイオマーカーとの組み合わせ〕
本発明の方法は、第二の側面において、(i)被験体から採取した第1のサンプルにおける特定のレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程と、(ii)当該被験体から採取した第2のサンプルにおけるバイオマーカーを測定する工程と、を含む。このとき、第2のサンプルにおいて測定されるバイオマーカーは、第1のサンプルにおいてレベルが決定される、特定のレクチンに結合する糖鎖とは異なっている。
【0051】
本実施形態の方法によれば、被験体におけるIgA腎症の発症の可能性を、より高い精度で判定することができる。特に、IgA腎症の診断に従前用いられてきたバイオマーカーと組み合わせれば、診断精度の上乗せ効果を期待しやすい。
【0052】
特定のレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する方法、被験体、サンプルおよびレクチンに関しては、〔1〕節にて説明した通りである。
【0053】
(第2のサンプルにおけるバイオマーカーを測定する方法)
第2のサンプルにおけるバイオマーカーを測定する方法は、サンプルの種類およびバイオマーカーの種類によって、適宜設定することができる。サンプルの種類および測定方法の種類に関しては、〔1〕の記載を参照されたい。
【0054】
第2のサンプルは、第1のサンプルと同じであってもよいし、異なっていてもよい。また、第2のサンプルから複数のバイオマーカーを測定する場合、異なるサンプルから各バイオマーカーを測定してもよい。例えば本願実施例では、第1のサンプル(尿)から糖鎖のレベルを測定し、第2のサンプル(血清および尿)からは血清IgA、尿潜血および尿蛋白を測定している。
【0055】
また、第2のサンプルから測定されるバイオマーカーは、糖鎖であってもよい。すなわち、第1のサンプルにおいて特定のレクチンに結合する糖鎖Aのレベルを決定し、第2のサンプルにおいて糖鎖Aとは異なる糖鎖Bのレベルを決定する態様も、本実施形態に含まれる。
【0056】
第2のサンプルから測定されるバイオマーカーの例としては、年齢、性別、BMI、平均動脈圧、HbA1c、推定糸球体濾過量(eGFR:estimated glomerular filtration rate)、尿蛋白量、尿潜血、血清IgA、補体C3、血清IgA/C3比などが挙げられる。この中でも、尿蛋白量、尿潜血、血清IgAおよび血清IgA/C3比は、IgA腎症の発症を表すバイオマーカーと見做されており(非特許文献2を参照)、糖鎖レベルとの組み合わせによる上乗せ効果が期待しやすい。
【0057】
[2-1.一般集団に対する判定]
本発明の一実施形態は、被験体におけるIgA腎症の発症の可能性の判定方法であって;上記被験体から採取された第1のサンプル中における、ACA、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、EEL、SBA、HPA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、GSL_I_B4、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程と;上記被験体から採取された第2のサンプル中における、上記糖鎖のレベル以外のバイオマーカーを測定する工程と;を含む、方法である。
【0058】
本実施形態に係る方法は、[1-1]節で説明した方法と同様に、不特定の集団に属する被験体のIgA腎症の発症の可能性を判定するものである。
【0059】
レクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程においては、2種類以上の糖鎖レベルを決定してもよい。例えば、
(1)ACA、GSL_I_A4およびGSL_IIのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定してもよく;
(2)MAH、GSL_I_A4およびMAL_Iのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定してもよく;
(3)ABA、GSL_I_A4およびAOLのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定してもよく;
(4)MAH、GSL_I_A4およびPNAのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定してもよく;
(5)MAH、GSL_I_A4およびSNAのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定してもよく;
(6)ABA、GSL_I_A4およびMAL_Iのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定してもよく;
(7)ABA+GSL_I_A4+GSL_IIのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定してもよい。
【0060】
本実施形態に係る方法は、レクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程において、上記の組み合わせを含む糖鎖のレベルを決定してもよいし、上記の組み合わせの糖鎖のみのレベルを決定してもよい。例えば、(i)ACA、GSL_I_A4およびGSL_IIのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルに加えて、他のレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定してもよいし、(ii)ACA、GSL_I_A4およびGSL_IIのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルのみを決定してもよい。
【0061】
[2-2.原発性糸球体疾患の罹患者集団に対する判定]
本発明の他の実施形態は、原発性糸球体疾患に罹患している被験体、または原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性の判定方法であって;上記被験体から採取された第1のサンプル中における、ACA、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、EEL、SBA、HPA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、GSL_I_B4、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程と;上記被験体から採取された第2のサンプル中における、上記糖鎖のレベル以外のバイオマーカーを測定する工程と;を含む、方法である。
【0062】
本実施形態に係る方法は、[1-2]節で説明した方法と同様に、原発性糸球体疾患に罹患している(または罹患が疑われる)被験体集団に属する被験体の、IgA腎症の発症の可能性を判定するものである。なお、本実施形態に関する説明は、[1-2]節の記載が援用される。
【0063】
レクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程においては、2種類以上の糖鎖レベルを決定してもよい。例えば、MAH、GSL_I_A4およびHPAのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定してもよい。
【0064】
本実施形態に係る方法は、レクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程において、上記の組み合わせを含む糖鎖のレベルを決定してもよいし、上記の組み合わせの糖鎖のみのレベルを決定してもよい。例えば、(i)MAH、GSL_I_A4およびHPAのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルに加えて、他のレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定してもよいし、(ii)MAH、GSL_I_A4およびHPAのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖のレベルのみを決定してもよい。
【0065】
〔3.特定の糖鎖のレベルの決定〕
上述した通り、レクチンには、特定の構造を有する糖鎖と特異的に結合する性質がある。それゆえ、本明細書において「レクチンXに結合する糖鎖」は、構造によっても特定することができる。下記表1に、本明細書に登場するレクチンと、そのレクチンに特異的に結合する糖鎖の例を示す。
【0066】
【表1】
【0067】
表1に基づくと、[1-1]節における、「上記被験体から採取されたサンプル中における、ACA、MAH、ABA、STL、LEL、WGA、MPA、Jacalin、MAL_I、PNA、ACG、GSL_I_A4、ConA、SSA、AOLおよびGSL_IIからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程」とは、「上記被験体から採取されたサンプル中における、下記からなる群より選択される1種類以上の糖鎖のレベルを決定する工程:
(Galβ1-4GlcNAc)
(GlcNAcβ1-4)
(GlcNAcβ4MurNAc)
Agalactosylated tri/tetra antennary glycans、
Fucα1-2Galβ1-4GlcNAc、
Fucα1-6GlcNAc、
GalNAc、
Galβ1-3GalNAc、
GlcNAc、
High-Man including Manα1-6(Manα1-3)Man、
Siaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc、
Siaα2-3Galβ1-4GlcNAc、
Siaα2-6Gal/GalNAc、および
α-GalNAc」と書き換えることができる。
【0068】
同様に、表1に基づくと、[1-2]節における、「上記被験体から採取されたサンプル中における、ACA、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、SBA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程」は、「上記被験体から採取されたサンプル中における、下記からなる群より選択される1種類以上の糖鎖のレベルを決定する工程:
(Galβ1-4GlcNAc)
(GlcNAcβ1-4)
(GlcNAcβ4)
(GlcNAcβ4MurNAc)
Agalactosylated tri/tetra antennary glycans、
bi- and tri-antennary N-glycans、
Blood group A antigen、
Fucα1-2Galβ1-4GlcNAc、
Fucα1-6GlcNAc、
Fucα2(Galα3)Galβ1-4GlcNAc、
Fucα2Galβ1、
Fucα2Galβ4GlcNAc(H-type 2)、
Fucα3(Galb4)GlcNAc(Lex)、
Fucα3(Galβ4)GlcNAc(Lex)、
Fucα6GlcNAc(core Fuc)、
Fucα6GlcNAc、
GalNAc、
GalNAcα1-3Gal、
GalNAcα1-3GalNAc、
GalNAcβ1、
GalNAcβ1-4GlcNAc、
Galα1-3Galβ1-4GlcNAc、
Galβ1-3GalNAc、
Galβ1-4GlcNAc、
Galβ3(-6)GalNAc、
Galβ4GlcNAc、
GlcNAc、
GlcNAcβ4GlcNAc、
High-Man、
High-Man(Man2-6)、
High-Man including Manα1-6(Manα1-3)Man、
High-Man including Manα3Man、
High-Man including Manα6Man、
Man3 core、
Man5~Man9、
N-glycans including bisecting GlcNAc、
N-glycans with outer Gal and bisecting GlcNAc、
Siaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc、
Siaα2-3Galβ1-4GlcNAc、
Siaα2-6Gal/GalNAc、
tetraantennary N-glycans、
Tri/tetra-antennary complex-type N-glycan、
triantennary、
αGal、
α-GalNAc」と書き換えることができる。
【0069】
また、表1に基づくと、[2-1]節および[2-2]節における、「上記被験体から採取された第1のサンプル中における、ACA、MAH、ABA、MPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNA、ConA、Calsepa、AOL、SNA、UDA、LCA、GSL_II、UEA_I、LTL、MAL_I、TJA_I、ECA、PWM、PSA、AAL、DSA、BPL、TJA_II、NPA、PHA_E、RCA120、EEL、SBA、HPA、GNA、HHL、PTL_I、TxLC_I、PHA_L、GSL_I_B4、DBA、WFAおよびVVAからなる群より選択される少なくとも1つのレクチンに結合する糖鎖のレベルを決定する工程」は、「上記被験体から採取されたサンプル中における、下記からなる群より選択される1種類以上の糖鎖のレベルを決定する工程:
(Galβ1-4GlcNAc)
(GlcNAcβ1-4)
(GlcNAcβ4)
(GlcNAcβ4MurNAc)
Agalactosylated tri/tetra antennary glycans、
bi- and tri-antennary N-glycans、
Blood group A antigen、
Fucα1-2Galβ1-4GlcNAc、
Fucα1-6GlcNAc、
Fucα2Galβ1、
Fucα2Galβ4GlcNAc(H-type 2)、
Fucα3(Galb4)GlcNAc(Lex)、
Fucα6GlcNAc(core Fuc)、
Fucα6GlcNAc、
GalNAc、
GalNAcα1-3Gal、
GalNAcα1-3GalNAc、
GalNAcβ1、
GalNAcβ1-4GlcNAc、
Galβ1-3GalNAc、
Galβ1-4GlcNAc、
Galβ3(-6)GalNAc、
Galβ4GlcNAc、
GlcNAc、
GlcNAcβ4GlcNAc、
High-Man、
High-Man(Man2-6)、
High-Man including Manα1-6(Manα1-3)Man、
High-Man including Manα3Man、
High-Man including Manα6Man、
Man3 core、
Man5~Man9、
N-glycans including bisecting GlcNAc、
N-glycans with outer Gal and bisecting GlcNAc、
Siaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc、
Siaα2-3Galβ1-4GlcNAc、
Siaα2-6Gal/GalNAc、
tetraantennary N-glycans、
Tri/tetra-antennary complex-type N-glycan、
triantennary、
α-GalNAc」と書き換えることができる。
【0070】
さらに、表1に基づくと、[2-1]節および[2-2]節における、
(1)「ACA、GSL_I_A4およびGSL_IIのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖」は、「Galβ1-3GalNAc、α-GalNAc、および、Agalactosylated tri/tetra antennary glycansもしくはGlcNAc」と書き換えることができ;
(2)「MAH、GSL_I_A4およびMAL_Iのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖」は、「Siaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc、α-GalNAc、およびSiaα2-3Galβ1-4GlcNAc」と書き換えることができ;
(3)「ABA、GSL_I_A4およびAOLのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖」は、「Galβ1-3GalNAc、α-GalNAc、および、Fucα1-6GlcNAcもしくはFucα1-2Galβ1-4GlcNAc」と書き換えることができ;
(4)「MAH、GSL_I_A4およびPNAのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖」は、「Siaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc、α-GalNAc、およびGalβ1-3GalNAc」と書き換えることができ、
(5)「MAH、GSL_I_A4およびSNAのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖」は、「Siaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc、α-GalNAc、およびSiaα2-6Gal/GalNAc」と書き換えることができ;
(6)「ABA、GSL_I_A4およびMAL_Iのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖」は、「Galβ1-3GalNAc、α-GalNAc、およびSiaα2-3Galβ1-4GlcNAc」と書き換えることができ;
(7)「ABA+GSL_I_A4+GSL_IIのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖」は、「Galβ1-3GalNAc、α-GalNAc、および、Agalactosylated tri/tetra antennary glycansもしくはGlcNAc」と書き換えることができ;
(8)「MAH、GSL_I_A4およびHPAのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖」は、「Siaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc、およびα-GalNAc」と書き換えることができる。
【0071】
(推定される生化学的メカニズム)
後述する実施例では、ACA、GSL_I_A4およびGSL_IIのそれぞれのレクチンに結合する糖鎖を、3種類の臨床因子に加えた診断モデルが、最もAUCが大きかった。これらの糖鎖の組み合わせは、上述した通り、(i)Galβ1-3GalNAc、(ii)α-GalNAc、および(iii)Agalactosylated tri/tetra antennary glycansもしくはGlcNAc、の組み合わせである。
【0072】
この事実は、IgA腎症に関して知られている事実と整合している。すなわち、IgA腎症においては、IgA分子のO型糖鎖のガラクトース化不全が指摘されているところ、Galβ1-3GalNAcはガラクトース化されたO型糖鎖構造である。したがって、Galβ1-3GalNAcのレベルの低下がIgA腎症と関連していると解釈しても、妥当性はある。
【0073】
さらに、上記の事実からは、IgA腎症ではα2,3シアリルトランスフェラーゼ活性が上昇しているために、α-GalNAcがSiaα2-3GalNAcに変換され、α-GalNAcのレベルが低下していると考えられる。また、agalactosylated tri/tetra antennary glycansはガラクトース不全のN型糖鎖構造であることから、N型糖鎖構造にもガラクトース化不全が存在することが示唆される。
【0074】
もっとも、上記の説明は、本発明の理解を助けるための推定メカニズムであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0075】
〔4.キット〕
[4-1.キットが備えているレクチン]
本発明の一実施形態に係るキットは、被験体から採取したサンプル中に含まれる特定の糖鎖に結合するレクチンを備えている。このような糖鎖、および糖鎖に結合するレクチンに関しては、〔1〕~〔3〕節の説明を参照されたい。
【0076】
本発明の一実施形態に係るキットは、(i)被験体におけるIgA腎症の発症の可能性を判定するためのキット、または、(ii)原発性糸球体疾患に罹患している被験体、もしくは原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性を判定するためのキットであって;下記A~Cの各群から、それぞれ1種類以上選択されるレクチンを備えており;それ以外の種類のレクチンを備えていない:
A群:ACA、MAHおよびABA
B群:GSL_I_A4
C群:GSL_II、MAL_I、AOL、PNA、SNAおよびHPA。
【0077】
ここで、A~Cの各群からは、それぞれ1種類以上のレクチンが選択される。すなわち、A群からは1種類、2種類または3種類のレクチンが選択される。B群からは1種類のレクチンが選択される。C群からは1種類、2種類、3種類、4種類、5種類または6種類のレクチンが選択される。
【0078】
一実施形態において、A~Cの各群から選択されるレクチンは、(i)A群からACAおよび/またはABAを選択し、(ii)BからGSL_I_A4を選択し、かつ、(iii)C群からPNAおよび/またはHPAを選択するものではない。
【0079】
一実施形態において、A~Cの各群から選択されるレクチンは、(i)A群からACAおよび/またはABAを選択し、(ii)BからGSL_I_A4を選択し、かつ、(iii)C群からPNA、SNAおよび/またはHPAを選択するものではない。
【0080】
本発明の他の実施形態に係るキットは、(i)被験体におけるIgA腎症の発症の可能性を判定するためのキット、または、(ii)原発性糸球体疾患に罹患している被験体、もしくは原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体における、IgA腎症の発症の可能性を判定するためのキットであって;下記a~cの各群から、それぞれ1種類以上選択される糖鎖に結合するレクチンを備えており;それ以外の種類のレクチンを備えていない。
a群:Galβ1-3GalNAcおよびSiaα2-3Galβ1-3(Siaα2-6)GalNAc
b群:α-GalNAc
c群:Agalactosylated tri/tetra antennary glycans、Fucα1-2Galβ1-4GlcNAc、Fucα1-6GlcNAc、GlcNac、Galβ1-3GalNAc、Siaα2-3Galβ1-4GlcNAc、Siaα2-6Gal/GalNAcおよびα-GalNAc。
【0081】
ここで、a~cの各群からは、それぞれ1種類以上の糖鎖が選択される。すなわち、a群からは1種類または2種類の糖鎖が選択される。b群からは1種類の糖鎖が選択される。c群からは1種類、2種類、3種類、4種類、5種類、6種類、7種類または8種類の糖鎖が選択される。
【0082】
なお、各糖鎖に結合するレクチンの種類は、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。例えば、c群からAgalactosylated tri/tetra antennary glycansを選択する場合、本発明の一実施形態に係るキットは、Agalactosylated tri/tetra antennary glycansに結合するレクチンを1種類だけ備えていてもよいし、2種類以上備えていてもよい。
【0083】
また、2つ以上の群から同じ糖鎖を選択してもよい。例えば、b群およびc群から、α-GalNAcを選択してもよい。この場合、本発明の一実施形態に係るキットは、α-GalNAcと結合するレクチンを1種類のみ備えていてもよいし、2種類以上備えていてもよい。
【0084】
一実施形態において、a~cの各群から選択される糖鎖は、(i)a群からGalβ1-3GalNAcを選択し、(ii)b群からα-GalNAcを選択し、かつ、(iii)c群からGalβ1-3GalNAc、Siaα2-6Gal/GalNAcおよび/またはα-GalNAcを選択するものではない。
【0085】
一実施形態において、a~cの各群から選択される糖鎖に結合するレクチンは、下記1、2の各群からそれぞれ1種類以上選択されるレクチンの組み合わせではない。
1群:BPL、ABA、Jacalin、PNA、ACA、MPA
2群:HPA、VVA、PTL_I、GSL_I_A4
上述したレクチンの組み合わせを備えているキットを利用すれば、被験体におけるIgA腎症の発症の可能性を、従来技術よりも高い精度で判定することができる。この被験体は、不特定の集団に属する被験体であってもよいし、原発性糸球体疾患に罹患しているもしくは原発性糸球体疾患への罹患が疑われる被験体であってもよい。
【0086】
上述のレクチンは、公知の手法により調製することができる。あるいは、市販されているレクチンを適宜使用してもよい。
【0087】
[4-2.他の構成要素]
本発明の一実施形態に係るキットにおいて、レクチンは、任意の基材に固定されていてもよい。一例を挙げると、レクチンは、マイクロアレイ、ELISAプレート、ラテックスビーズ、磁気ビーズなどの基材上に固定されていてもよい。
【0088】
上述した中では、マイクロアレイにレクチンが固定されている態様が好ましい。このような態様ならば、サンプルとして尿を用いた場合に、(i)サンプルの濃縮が不要となる、(ii)サンプル中の主要タンパク質(アルブミン、IgGなど)の除去が不要となる、という利点がある。基材上にレクチンを固定する方法としては、タンパク質を基剤上に固定する公知の方法を用いることができる。
【0089】
本発明の一実施形態に係るキットは他に、キットの使用に必要となる薬剤、器具、容器、説明書などを備えていてよい。また、上述した薬剤、器具、容器、説明書などは、市場または通信回線などを通じて、別途使用者に入手させてもよい。
【0090】
〔5.その他の態様〕
本発明に係る被験体におけるIgA腎症の発症の可能性を判定する方法は、医師が行うIgA腎症の診断方法ではなく、あくまで被験体におけるIgA腎症の診断のための補助的な方法である。
【0091】
ただし、本発明に係る被験体におけるIgA腎症の発症の可能性を判定する方法を、IgA腎症の診断方法に適用することもできる。よって、本発明は、「IgA腎症の診断方法」をも包含している。なお、「IgA腎症の診断方法」に関する説明は、本明細書の「IgA腎症の発症の可能性の判定方法」に関する説明を援用することができる。その際に、「IgA腎症の発症の可能性の判定方法」との文言は、「IgA腎症の診断方法」と読み換えることができる。
【0092】
上記各項目で記載した内容は、他の項目においても適宜援用できる。本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。したがって、異なる実施形態にそれぞれ開示されている技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても、本発明の技術的範囲に含まれる。
【0093】
本明細書中に記載された学術文献および特許文献のすべてが、本明細書中において参考文献として援用される。
【0094】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記実施例のみに限定されるものではない。
【実施例
【0095】
本発明の一実施形態に係る方法によって、(i)健常人を含む集団からIgA腎症患者を鑑別する診断の診断精度と、(ii)原発性糸球体疾患を罹患している患者とIgA腎症患者とを鑑別する診断の診断精度と、を検討した。
【0096】
〔方法〕
[患者の選択]
腎疾患患者510名および健常者15名の計525名から、IgA腎症と他の腎疾患を併発していた患者19名を除いた、506名を解析対象者とした。なお、全ての参加者からは、所定の手順によって事前の同意を得ている。慢性腎臓病患者はいずれも、2010年12月~2017年9月に岡山大学病院にて腎生検を施行され、腎病理診断が確定した患者であった。
【0097】
[レクチンアレイ解析による糖鎖レベルの測定]
レクチンアレイ(GlycoStation(登録商標。以下同様)およびLecChip(登録商標。以下同様)、グライコテクニカ社製)を用い、下記のプロトコールに従って、45種類のレクチンに結合する尿中糖鎖のシグナル強度を数値化した。測定に使用した尿サンプルは、腎生検の前または健診受診時に採取し、保管していたものである。
1.10倍稀釈した尿サンプル20μLと、Cy3 Mono-Reactive dye 100μg labeling(GE Healthcare Life Science製)とを混合し、室温、暗所にて1時間反応させた。
2.脱塩カラムを、1,500×g、1分間、4℃の条件で遠心した。
3.脱塩カラムに300μLのTBSを通した。その後、脱塩カラムを1,500×g、1分間、4℃の条件で遠心し、洗浄した。本工程は、合計3回繰り返した。
4.脱塩カラムに、尿サンプルの全量と、25μLのTBSとを通した。その後、1,500×g、2分間、4℃の条件で遠心し、未反応のCy3を除いた。
5.4で得られた尿サンプルに、450μLのProbing Solution(GlycoTechnica製)を加えた後、500μLを量り取った。
6.LecChipをProbing Solutionで3回洗浄した(1回当たり100mL/ウェル)。その後、5.にて調製した尿サンプル溶液をウェルに注入した(100μL/ウェル)。
7.LecChipを、20℃にて16時間以上反応させた。
8.LecChipを、GlycoStation Reader 1200で測定した。測定は、尿サンプルを反応させたままの液相状態にて行われた。測定の積算回数は4回、露光時間は299ミリ秒、カメラゲインは85、95、105、115、125とした。
9.GlycoStaion ToolsPro Suite 1.5により、測定値を数値化した。
10.各レクチンに対するシグナル強度から、バックグラウンドのシグナル値を差し引いた値を、各レクチンに対する糖鎖シグナルと定義し解析に用いた。
【0098】
[臨床因子]
以下の項目を臨床因子として測定した:腎生検時の年齢、性別、BMI、血圧、血清Cr、血清IgA、補体C3、糖尿病合併症の有無、HbA1c(NGSP値)、尿潜血の有無、1日尿中蛋白量(g/日)。
【0099】
このうち、尿潜血の有無は、血尿診断ガイドライン2013年(日本臨床検査医学会)に基づいて判断した。具体的には、腎生検前の早朝に複数回施行した尿沈渣検査において、(i)尿中の赤血球数5/HPF以上を2回以上観測し、かつ、(ii)尿中赤血球の形態から、糸球体性の尿潜血と判断されたものを「尿潜血あり」と判定した。
【0100】
eGFR(ml/min/1.73m)は、血清Crの値から、CKD-EPI equitionによって算出した。
【0101】
各糖鎖シグナルの値は、その分布および値に応じて、1/1000倍、1/10000倍または対数変換した後で解析に供した。同様に、1日尿蛋白量は、自然対数変換した後で解析に供した。
【0102】
[エンドポイント]
IgA腎症と非IgA腎症との鑑別診断を、主要エンドポイントとした(ただし、IgA腎症に他の腎疾患が合併していた症例は除外した)。つまり、被験体が(i)IgA腎症のみを罹患している被験体であるのか、または(ii)IgA腎症以外の腎疾患を罹患している被験体もしくは健常者であるのか、を鑑別する診断を行った。
【0103】
また、IgA腎症と原発性糸球体疾患の鑑別診断を、副次エンドポイントとした。つまり、原発性糸球体疾患に罹患している被験体が、(i)IgA腎症のみを罹患している被験体であるのか、または(ii)IgA腎症以外の原発性糸球体疾患を罹患している被験体であるのか、を鑑別する診断を行った。
【0104】
[解析]
単変量ロジスティック回帰分析または多変量ロジスティック回帰分析によって、下記の4種類のモデルのROC-AUCを比較し、有用性を検討した。
・モデル(1):血清IgA(315mg/dL以上 vs 315mg/dL未満)、尿潜血の有無、および1日尿蛋白量(0.3g/日以上 vs 0.3g/日未満)から構成される多変量ロジスティック回帰モデルによるROC-AUC。なお、このモデルは従来技術に該当する。
・モデル(2):45種類のレクチンシグナルのそれぞれに対する、単変量ロジスティック回帰モデルによるROC-AUC。
・モデル(3):1種類のレクチンシグナルと、モデル(1)における3種類の臨床因子とから構成される、複合的な多変量ロジスティック回帰モデルによるROC-AUC。
・モデル(4):複数種類のレクチンシグナルと、モデル(1)における3種類の臨床因子とから構成される、複合的な多変量ロジスティック回帰モデルによるROC-AUC。
【0105】
モデル(1)に関して、日本国の「IgA腎症ガイドライン2017年」では、診断の予測モデルとして、上述の3種類の臨床因子に加えて、血清IgA/補体C3(≧3.01 vs <3.01)も提案されている。しかし、本研究に用いた集団では、血清IgAと血清IgA/補体C3との相関が非常に強かった。そこで、多重共線性の問題を考慮して、血清IgA/補体C3はモデル(1)の変量から除外することにした。なお、上記のガイドラインにおいても、血清IgAの方が血清IgA/補体C3よりも重要性が高いと指摘されており、血清IgAの方がよりIgA腎症の病態を反映している因子であると考えられる。それゆえ、臨床因子モデルであるモデル(1)も、一定程度の妥当性は有していると推認されよう。
【0106】
モデル(3)およびモデル(4)に関して、血清IgAおよび1日尿蛋白量は、カットオフ値を設けたカテゴリ変数ではなく、連続変数として扱った。これは、従前採用されているカットオフ値(モデル(1)を参照)が、日本人のIgA腎症患者においても一般化できるか否かの検討が、現時点では実証・報告されていないためである。
【0107】
モデル(4)に関して、複数種類のレクチンシグナルをモデルに投入する際には、各レクチンシグナルと臨床因子との相関性を検討し、互いに相関の強くないものを選択して投入した。これは、多重共線性の問題を回避するためである。最終的にモデルに投入する因子は、変数増減法によって決定した。変数増減法のP値の水準は、0.1とした。
【0108】
最終的に有用と考えられたモデルに関しては、Youden IndexおよびOptimum Distanceによる感度、特異度、一致率を算出した。本項目で説明した解析は全て、SAS (version 9.3, 9.4)を用いて行った。
【0109】
〔結果〕
[結果1:解析対象者の分布]
表2、3に、解析対象者における腎疾患の分布を示す。表2は解析対象者全体、表3はIgA腎症以外の原発性糸球体疾患を罹患している患者全体を対象としている。
【0110】
【表2】
【0111】
【表3】
【0112】
表2より、主要エンドポイントに関連して、506名の解析対象者のうち、IgA腎症のみを有する症例数は157例(31%)であり、非IgA腎症に該当する症例数は349例(69%)であった。
【0113】
表3より、副次エンドポイントに関して、246名の解析対象患者のうち、IgA腎症のみを有する症例数は157例(31%)であり、IgA腎症以外の原発性糸球体疾患に該当する症例数は89例(36%)であった。後者の中では、膜性腎症が最も多く(31例)、次いで微小変化型ネフローゼ症候群が多かった(29例)。
【0114】
表4に、腎生検時における主要臨床因子を示す。
【0115】
【表4】
【0116】
表4によると、解析対象者全体における男性の割合は51%、腎生検時の平均年齢は51歳、平均BMIは22.6(kg/m)であった。また、収縮期血圧、拡張期血圧、平均動脈圧の平均値は、それぞれ126.8mmHg、78.5mmHg、94.6mmHgであり、高血圧を有する割合は44%であった。腎機能に関連する臨床因子として、eGFRの平均値は61.9ml/min/1.73m、1日尿蛋白量の中央値は0.92(g/日、4分位:0.35~3.00)、尿潜血陽性は62%の解析対象者で認められ、血清IgAの平均値は283.6mg/dLであった。
【0117】
IgA腎症群と非IgA腎症群との臨床因子を比較すると、IgA腎症群は、統計学的に有意に、若年であり、高血圧患者割合が少なく、eGFRが高く、尿蛋白量が少なく、尿潜血陽性患者割合が大きく、血清IgA値が高かった。この結果は、血清IgA、尿潜血の有無および1日尿蛋白量を用いる従来のIgA腎症の予測モデルの妥当性を、肯定するものであった。
【0118】
[結果2:不特定の集団に対するIgA腎症患者の鑑別]
表5に、主要エンドポイントにおける、モデル(2)およびモデル(3)の解析結果を示す。なお、主要エンドポイントにおけるモデル(1)のAUCは、0.617であった。すなわち、健常者も含む集団から、IgA腎症のみを罹患している患者を鑑別するにあたって、従来技術に相当する診断方法のAUCは、0.617であった。
【0119】
【表5】
【0120】
表5によると、モデル(2)では、16種類のレクチンに関して、当該レクチンシグナルを投入したモデルのAUCが0.617を上回った。具体的には、ACA、MAH、ABA、STL、LEL、WGA、MPA、Jacalin、MAL_I、PNA、ACG、GSL_I_A4、ConA、SSA、AOLまたはGSL_IIに結合する糖鎖シグナルを投入したモデルにおいて、AUCが従来技術を上回った。このうち、AUCが最大であったのはACA結合糖鎖シグナルを投入したモデルであった。次いで、MAH、ABAまたはSTL結合糖鎖糖鎖シグナルを投入したモデルでは、AUCが0.660を超えていた。さらにその次に、LEL、WGA、MPAまたはJacalin結合糖鎖シグナルを投入したモデルでは、AUCが0.640を超えていた。
【0121】
同じく表5によると、モデル(3)では、全45種類のレクチンに関して、当該レクチンシグナルを投入したモデルのAUCが0.617を上回った。つまり、検討に用いた45種類のレクチン全てに関して、従来の診断方法に対する上乗せ効果が見られた。このうち、AUCが最大であったのは、臨床因子にACA結合糖鎖シグナルを投入したモデルであった(0.801)。臨床因子にACA、MAHまたはABA結合糖鎖糖鎖シグナルを投入したモデルでは、AUCが0.790を超えていた。次いで、臨床因子にMPA、Jacalin、LEL、ACG、STL、GSL_I_A4、WGA、SSA、PNAまたはConA結合糖鎖糖鎖シグナルを投入したモデルでは、AUCが0.790を超えていた(なお、表5ではモデル(3)におけるAUCが高い順にレクチンを整序してある)。
【0122】
表6に、主要エンドポイントにおける、モデル(4)の解析結果を示す。
【0123】
【表6】
【0124】
モデル(4)の解析を実行したところ、モデル(3)における最高のAUC(0.801)を超えるモデルには、以下の7種類が存在した:
ACA+GSL_I_A4+GSL_II;
MAH+GSL_I_A4+MAL_I;
ABA+GSL_I_A4+AOL;
MAH+GSL_I_A4+PNA;
MAH+GSL_I_A4+SNA;
ABA+GSL_I_A4+MAL_I;
ABA+GSL_I_A4+GSL_II。
【0125】
このうち、最もAUCが高かったのは、臨床因子にACA、GSL_I_A4およびGSL_II結合糖鎖モデルを投入したものであって、0.807であった。このモデルでの感度は0.764、特異度0.754、一致率0.758であり、これはYouden IndexでもOptimum Distanceでも同様の結果であった。
【0126】
上記の7通りの組み合わせにおいて、ACA、MAH、ABAおよびGSL_I_A4のレクチンシグナルは、シグナル強度が小さいことがIgA腎症の発症と関連していた。一方、GSL_II、MAL_I、AOL、PNAおよびSNAのレクチンシグナルは、シグナル強度が大きいことがIgA腎症の発症と関連していた。
【0127】
[結果3:原発性糸球体疾患患者に対するIgA腎症患者の鑑別]
表7に、副次エンドポイントにおける、モデル(2)およびモデル(3)の解析結果を示す。なお、副次エンドポイントにおけるモデル(1)のAUCは、0.620であった。すなわち、原発性糸球体疾患を罹患している集団から、IgA腎症のみを罹患している患者を鑑別するに当たって、従来技術に相当する診断方法のAUCは、0.620であった。
【0128】
【表7】
【0129】
表7によると、モデル(2)では、42種類のレクチンに関して、当該レクチンシグナルを投入したモデルのAUCが0.617を上回った。具体的には、HPA、EELまたはGSL_I_B4以外のレクチンに結合する糖鎖シグナルを投入したモデルにおいて、AUCが従来技術を上回った。このうち、AUCが最大であったのはConA結合糖鎖シグナルを投入したモデルであった。
【0130】
同じく表7によると、モデル(3)では、全45種類のレクチンに関して、当該レクチンシグナルを投入したモデルのAUCが0.620を上回った。つまり、検討に用いた45種類のレクチン全てに関して、従来の診断方法に対する上乗せ効果が見られた。このうち、AUCが最大であったのは、臨床因子にABA結合糖鎖シグナルを投入したモデルであった(0.884)。表7中、臨床因子にABA結合糖鎖シグナル~PHA_L結合糖鎖シグナルの30種類のレクチンシグナルのうちいずれかを投入したモデルでは、AUCが0.873を超えていた。(なお、表7ではモデル(3)におけるAUCが高い順にレクチンを整序してある)。
【0131】
表8に、副次エンドポイントにおける、モデル(4)の解析結果を示す。
【0132】
【表8】
【0133】
モデル(4)の解析を実行したところ、モデル(3)における最高のAUC(0.884)を超えるモデルには、臨床因子にMAH、GSL_I_A4およびHPA結合糖鎖モデルを投入したモデルが存在し、AUCは0.889であった。このモデルでの感度は0.860、特異度0.841、一致率0.853であり、これはYouden IndexでもOptimum Distanceでも同様の結果であった。
【0134】
上記組み合わせにおいて、MAHおよびGSL_I_A4のレクチンシグナルは、シグナル強度が小さいことがIgA腎症の発症と関連していた。一方、HPAのレクチンシグナルは、シグナル強度が大きいことがIgA腎症の発症と関連していた。
【産業上の利用可能性】
【0135】
本発明は、例えば、IgA腎症の診断に利用することができる。