(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-19
(45)【発行日】2024-03-28
(54)【発明の名称】スペクトル測定装置、スピン流デバイス測定システム及びスピン流デバイス測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 24/10 20060101AFI20240321BHJP
【FI】
G01N24/10 510G
G01N24/10 520C
(21)【出願番号】P 2020142653
(22)【出願日】2020-08-26
【審査請求日】2023-02-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鐘本 勝一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 貴之
【審査官】嶋田 行志
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-034434(JP,A)
【文献】特開2016-075665(JP,A)
【文献】特開2000-166891(JP,A)
【文献】特開2006-017486(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 22/00-G01N 22/04
G01N 24/00-G01N 24/14
G01R 33/00-G01R 33/64
G01N 21/00-G01N 21/61
G01N 27/72-G01N 27/9093
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
KAKEN
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
静磁場の
強度の掃引過程において試料に対して電子スピン共鳴を生じさせる
パルス変調された電磁波を照射する照射手段と、
前記掃引過程において
前記パルス変調の周期に従って前記電子スピン共鳴に伴う電磁波吸収を観測することにより、吸収スペクトルを生成する第1測定手段と、
前記掃引過程において
前記パルス変調の周期に従って前記電子スピン共鳴により生じるスピン流が引き起こす起電力を観測することにより、起電力スペクトルを生成する第2測定手段と、
を含み、
前記電磁波吸収の観測及び前記起電力の観測が同時に行われる、
ことを特徴とするスペクトル測定装置。
【請求項2】
請求項1記載のスペクトル測定装置において、
前記試料はスピン流デバイスであり、
前記吸収スペクトル及び前記起電力スペクトルは前記スピン流デバイスの性能を表す指標を演算するための情報である、
ことを特徴とするスペクトル測定装置。
【請求項3】
請求項1記載のスペクトル測定装置において、
前記照射手段は、前記試料を包み込む照射空間を形成する照射器を含み、
前記第1測定手段は、前記照射器に設けられ前記照射空間内の電磁波を検出するプローブを有し、
前記プローブの出力信号に基づいて前記吸収スペクトルが生成される、
ことを特徴とするスペクトル測定装置。
【請求項4】
請求項3記載のスペクトル測定装置において、
前記照射器はキャビティであり、
前記プローブは、前記キャビティに形成された開口内に差し込まれ、又は、前記開口から漏れ出る電磁波を受ける位置に設けられた、
ことを特徴とするスペクトル測定装置。
【請求項5】
請求項1記載のスペクトル測定装置において、
前記照射手段は、前記試料に対して前記電磁波を間欠的に照射し、
前記第1測定手段は、
前記電磁波吸収の観測により得られる第1観測信号を間欠的にサンプリングして第1観測値列を出力する第1サンプリング部と、
前記第1観測値列に基づいて前記吸収スペクトルを生成する第1生成部と、
を含み、
前記第2測定手段は、
前記起電力の観測により得られる第2観測信号を間欠的にサンプリングして第2観測値列を出力する第2サンプリング部と、
前記第2観測値列に基づいて前記起電力スペクトルを生成する第2生成部と、
を含む、
ことを特徴とするスペクトル測定装置。
【請求項6】
請求項5記載のスペクトル測定装置において、
前記第1サンプリング部は、間欠的に設定される第1積算期間ごとに前記第1観測信号を積算することにより前記第1観測値列を生成し、
前記第2サンプリング部は、間欠的に設定される第2積算期間ごとに前記第2観測信号を積算することにより前記第2観測値列を生成する、
ことを特徴とするスペクトル測定装置。
【請求項7】
請求項6記載のスペクトル測定装置において、
前記第1観測信号は、間欠的に並ぶ複数の第1観測パルスにより構成され、
前記各第1観測パルスにおける第1振幅安定期間に対して前記各第1積算期間が設定され、
前記第2観測信号は、間欠的に並ぶ複数の第2観測パルスにより構成され、
前記各第2観測パルスにおける第2振幅安定期間に対して前記各第2積算期間が設定される、
ことを特徴とするスペクトル測定装置。
【請求項8】
請求項1記載のスペクトル測定装置と、
前記吸収スペクトル及び前記起電力スペクトルに基づいて、前記試料であるスピン流デバイスの性能を示す指標を演算する演算装置と、
を含むことを特徴とするスピン流デバイス測定システム。
【請求項9】
請求項8記載のスピン流デバイス測定システムにおいて、
前記指標はスピンホール角である、
ことを特徴とするスピン流デバイス測定システム。
【請求項10】
静磁場の
強度の掃引過程においてスピン流デバイスに対して
パルス変調された電磁波を照射する工程と、
前記パルス変調の周期に従って前記スピン流デバイスにおける電磁波吸収を観測することにより、吸収スペクトルを得る工程と、
前記パルス変調の周期に従って前記スピン流デバイスで生じるスピン流が引き起こす起電力を観測することにより、起電力スペクトルを得る工程と、
前記吸収スペクトルから求められる吸収電力、及び、前記起電力スペクトルから求められる生成電力に基づいて、前記スピン流デバイスの性能を示す指標を演算する工程と、
を含むことを特徴とするスピン流デバイス測定方法。
【請求項11】
請求項10記載のスピン流デバイス測定方法において、
前記電磁波吸収の観測と前記起電力の観測が同時に実行される、
ことを特徴とするスピン流デバイス測定方法。
【請求項12】
請求項10記載のスピン流デバイス測定方法において、
前記指標はスピンホール角である、
ことを特徴とするスピン流デバイス測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スペクトル測定装置、スピン流デバイス測定システム及びスピン流デバイス測定方法に関し、特に、電子スピン共鳴を利用したスピン流デバイスの測定に関する。
【背景技術】
【0002】
電子は、電荷及びスピンという異なる2つの物理量を併せもった素粒子である。電子のスピンを制御することにより、今までにない機能又は性能を発揮するデバイスを実現できる可能性がある。近年、スピンの流れであるスピン流を利用することが注目されている。スピン流を利用したデバイスとして、省電力で高速に動作する情報処理デバイス、安価な熱電変換デバイス等が挙げられ、それらの実現が期待されている。スピン流を利用するデバイスはスピン流デバイスと称される。
【0003】
電流とスピン流の間には相互変換が認められる。電流からスピン流への変換はスピンホール効果と呼ばれている。スピン流から電流への変換は逆スピンホール効果と呼ばれている。スピン流デバイスにおいて、電流からスピン流への変換効率、又は、スピン流から電流への変換効率は、スピン流デバイスの性能を評価する上で重要な指標である。そのような指標の1つとしてスピンホール角が知られている。
【0004】
逆スピンホール効果によって生じる電流(実際には起電力つまり電圧)を測定するために、電子スピン共鳴装置が利用される。スピン流デバイスにおいて、電子スピン共鳴が生じると、それに伴ってスピン流が生じる。スピン流により、それと直交する方向に電荷の偏りが生じ、それが起電力として観測される。
【0005】
なお、本願明細書において、スピン流デバイスの概念には、スピンホール効果又は逆スピンホール効果を生じさせる材料、構造体、部品、製品等が含まれる。スピン流デバイスは、測定対象という観点から見て、試料である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-75665号公報
【文献】特開2020-34434号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】E. G. Spencer, et.al., Measurement of Microwave Dielectric Constants and Tensor Permeabilities of Ferrite Spheres, Proceedings of the IRE, Volume 44, Issue 6, June 1956.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
電子スピン共鳴を利用して、試料におけるスピン流に関わる性能を調査する場合、電子スピン共鳴時に試料に吸収されたエネルギーに関する情報(具体的には吸収スペクトル)、及び、電子スピン共鳴時に試料において生じたエネルギーに関する情報(具体的には起電力スペクトル)、を同時に観測することが望まれる。それらを異なるタイミングで観測した場合、試料状態、測定状況等の時間的変化が問題となるからである。吸収スペクトルと起電力スペクトルを同時に測定できる装置の実現が望まれている。
【0009】
試料におけるスピン流に関わる性能を調査する場合において、測定者に対して多数の実験を求めるならば、測定者において大きな負担が生じる。多数の実験結果から導かれる結果値についての信頼性も問題となる。スピン流に関わる性能を簡便に又は直接的に測定できるシステム及び方法の実現が望まれている。
【0010】
なお、特許文献1及び特許文献2には電子スピン共鳴装置が開示されている。非特許文献1の
図4には、第1ポート及び第2ポートを備えたキャビティが開示されている。第1ポートからマイクロ波が導入されており、第2ポートを通じて放出されるマイクロ波が検出されている。特許文献1、特許文献2及び非特許文献1には、スピン流に関わる測定については記載されていない。
【0011】
本発明の目的は、吸収スペクトル及び起電力スペクトルを同時に測定できる装置を提供することにある。あるいは、本発明の目的は、スピン流に関わる性能を簡便に又は直接的に測定できるシステム及び方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係るスペクトル測定装置は、静磁場の掃引過程において試料に対して電子スピン共鳴を生じさせる電磁波を照射する照射手段と、前記掃引過程において前記電子スピン共鳴に伴う電磁波吸収を観測することにより、吸収スペクトルを生成する第1測定手段と、前記掃引過程において前記電子スピン共鳴により生じるスピン流が引き起こす起電力を観測することにより、起電力スペクトルを生成する第2測定手段と、を含み、前記電磁波吸収の観測及び前記起電力の観測が同時に行われる、ことを特徴とする。
【0013】
本発明に係るスピン流デバイス測定システムは、上記のスペクトル測定装置と、前記吸収スペクトル及び前記起電力スペクトルに基づいて前記試料であるスピン流デバイスの性能を示す指標を演算する演算装置と、を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明に係るスピン流デバイス測定方法は、静磁場の掃引過程においてスピン流デバイスに対して電磁波を照射する工程と、前記スピン流デバイスにおける電磁波吸収を観測することにより、吸収スペクトルを得る工程と、前記スピン流デバイスで生じるスピン流が引き起こす起電力を観測することにより、起電力スペクトルを得る工程と、前記吸収スペクトルから求められる吸収電力、及び、前記起電力スペクトルから求められる生成電力に基づいて、前記スピン流デバイスの性能を示す指標を演算する工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、吸収スペクトル及び起電力スペクトルを同時に測定し得る。あるいは、本発明によれば、スピン流に関わる性能を簡便に又は直接的に測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図3】比較例に係るスピン流デバイス測定システムを示す図である。
【
図4】実施形態に係るスピン流デバイス測定システムを示す図である。
【
図6】複数の信号を示すタイミングチャートである。
【
図7】2つの観測信号の積算処理を示す拡大されたタイミングチャートである。
【
図10】スピンホール角演算方法の概略を示す図である。
【
図11】実施形態に係るスピン流デバイス測定方法を示すフローチャートである。
【
図12】第2実施例に係るプローブを示す図である。
【
図13】変形例に係るスピン流デバイス測定方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0018】
(1)実施形態の概要
実施形態に係るスペクトル測定装置は、照射手段、第1測定手段、及び、第2測定手段を含む。照射手段は、静磁場の掃引過程において試料に対して電子スピン共鳴を生じさせる電磁波を照射する。第1測定手段は、掃引過程において電子スピン共鳴に伴う電磁波吸収を観測することにより、吸収スペクトルを生成する。第2測定手段は、掃引過程において電子スピン共鳴により生じるスピン流が引き起こす起電力を観測することにより、起電力スペクトルを生成する。マイクロ波吸収の観測及び起電力の観測が同時に行われる。
【0019】
上記構成によれば、試料による電磁波の吸収、及び、試料で生じる起電力が同時に観測される。これにより、同じ電子スピン共鳴現象に由来する吸収スペクトル及び起電力スペクトルを得られる。それらのスペクトルに基づいて、試料を正確に評価することが可能となる。実施形態において、吸収スペクトル及び起電力スペクトルは、スピン流デバイスの性能を表す指標を演算するための情報である。その指標が情報処理装置により演算されてもよいし、その指標が測定者により演算されてもよい。
【0020】
吸収スペクトルは、試料が吸収したエネルギーを示すものである。その一部がスピン流のエネルギーに転換されているものと考えられる。一方、起電力スペクトルは、スピン流が引き起こしたエネルギーを示すものである。そのような理解の下で、スピン流の生成に寄与した電力、及び、スピン流に起因して生じた電力に基づいて、スピン流から電流への変換効率を示す指標を演算し得る。その指標として、スピンホール角が演算されてもよいし、他の指標が演算されてもよい。
【0021】
なお、吸収スペクトルは電子スピン共鳴に伴う電磁波吸収を表すものであればよく、吸収スペクトルの具体的態様としては各種のものが挙げられる。例えば、キャビティ内の電磁波のパワーが連続的に又は間欠的に観測されてもよい。電磁波は例えばマイクロ波である。実施形態において、試料はスピン流デバイスである。スピン流デバイスの最も単純な例として、後に説明する二層デバイスが挙げられる。スピン流デバイスの概念には、スピンホール効果又は逆スピンホール効果をもたらす様々なものが含まれ得る。
【0022】
実施形態において、照射手段は、試料を包み込む照射空間を形成する照射器を含む。第1測定手段は、照射器に設けられ照射空間内の電磁波を検出するプローブを有する。プローブの出力信号に基づいて吸収スペクトルが生成される。この構成によれば、照射器から戻ってくる反射波を利用せずに、照射器内における電磁波状態を直接的に観測し得る。照射器の典型例はキャビティであるが、他の共振器が利用されてもよい。
【0023】
一般に、スピン流により引き起こされる起電力は非常に微小である。十分な感度で起電力スペクトルを観測するためには、試料に対して、大きなパワーを有する電磁波が照射される必要がある。照射器から戻ってくる反射波を観測する場合、送信波と反射波とを分離する器具(サーキュレーター等)での送信波漏洩、検波回路での信号飽和等の問題が生じ易くなる。プローブを利用すれば、そのような問題が生じることを回避又は軽減できる。
【0024】
実施形態において、照射器はキャビティである。プローブは、キャビティに形成された開口内に差し込まれ、又は、開口から漏れ出る電磁波を受ける位置に設けられる。プローブはアンテナとして機能するものである。静磁場強度の掃引過程において、電子スピン共鳴条件が満たされた場合、電子スピン共鳴現象が生じ、つまり、電磁波が試料に吸収される。その吸収がプローブの出力信号の変化として現れる。なお、送信波漏洩、信号飽和等の問題を回避できる場合(例えば特別なサーキュレーターを用いる場合)には、反射波を検出対象としてもよい。
【0025】
実施形態において、照射手段は、試料に対してマイクロ波を間欠的に照射する。第1測定手段は、第1サンプリング部及び第1生成部を有する。第1サンプリング部は、電磁波吸収の観測により得られる第1観測信号を間欠的にサンプリングして第1観測値列を出力する。第1生成部は、第1観測値列に基づいて吸収スペクトルを生成する。第2測定手段は、第2サンプリング部及び第2生成部を有する。第2サンプリング部は、起電力の観測により得られる第2観測信号を間欠的にサンプリングして第2観測値列を出力する。第2生成部は、第2観測値列に基づいて起電力スペクトルを生成する。
【0026】
上記構成によれば、電磁波が間欠的に試料に照射されるので、試料の温度上昇を回避又は抑制できる。換言すれば、試料に対してかなり大きな強度を有するマイクロ波を照射することが容易となる。間欠的な照射に同期して各観測信号がサンプリングされる。信号強度の増大により、SN比を向上でき、あるいは、今まで観測し得なかった現象又は特性を観測することが可能となる。
【0027】
実施形態において、第1サンプリング部は、間欠的に設定される第1積算期間ごとに第1観測信号を積算することにより第1観測値列を生成する。第2サンプリング部は、間欠的に設定される第2積算期間ごとに第2観測信号を積算することにより第2観測値列を生成する。積算を利用すれば、演算精度を高められる。積算の概念には平均化が含まれる。
【0028】
実施形態において、第1観測信号は、間欠的に並ぶ複数の第1観測パルスにより構成される。各第1観測パルスにおける第1振幅安定期間に対して各第1積算期間が設定される。第2観測信号は、間欠的に並ぶ複数の第2観測パルスにより構成される。各第2観測パルスにおける第2振幅安定期間に対して各第2積算期間が設定される。この構成によれば、SN比を向上できる。振幅安定期間は、立ち上がり期間及び立ち下がり期間を除く期間であって、振幅がおよそ安定しているとみなせる期間である。個々のパルス全体を積算対象とする変形例も考えられる。また、立ち上がり期間や立ち下がり期間に対して積算期間又は観測点列を設定する変形例も考えられる。その場合、過度的な応答に関する指標を演算し得る。
【0029】
実施形態に係るスピン流デバイス測定システムは、上記のスペクトル測定装置と、演算装置と、を含む。スペクトル測定装置は、上記のように、照射手段、第1測定手段、及び、第2測定手段を含む。演算装置は、吸収スペクトル及び起電力スペクトルに基づいて、試料であるスピン流デバイスの性能を示す指標を演算する。実施形態において、指標はスピンホール角である。
【0030】
従来においては、スピンホール角度を演算するには非常に多くのパラメーター値を実験等により求める必要があったが、実施形態によれば、吸収スペクトル及び起電力スペクトルから得られる少数のパラメーター値に基づいて、スピンホール角を演算し得る。よって、スピンホール角測定に伴う負担を大幅に軽減でき、同時に、測定結果の信頼性を高められる。特に、同じ電子スピン共鳴現象に由来するマイクロ波吸収及び起電力発生が同時に観測されるので、観測時間の差、具体的には励起状態の差に起因する問題の発生を回避できる。
【0031】
実施形態に係るスピン流デバイス測定システムは、照射工程、吸収スペクトル生成工程、起電力スペクトル生成工程、及び、指標演算工程を含む。照射工程では、静磁場の掃引過程においてスピン流デバイスに対して電磁波が照射される。吸収スペクトル生成工程では、スピン流デバイスにおける電磁波吸収を観測することにより、吸収スペクトルが生成される。起電力スペクトル生成工程では、スピン流デバイスで生じるスピン流による起電力を観測することにより、起電力スペクトルが生成される。指標演算工程では、吸収スペクトルから求められる吸収電力、及び、起電力スペクトルから求められる生成電力に基づいて、スピン流デバイスの性能を示す指標が演算される。
【0032】
実施形態においては、後に詳述する新たなモデルに基づき、吸収スペクトル及び起電力スペクトルから導出される少数のパラメーター値から、逆スピンホール効果の程度を示す指標が演算される。実施形態では、その指標の演算に際して、電磁波吸収の観測及び起電力の観測が同時に実行される。それらの観測を非同時に実行する変形例も考えられる。
【0033】
(2)実施形態の詳細
(2-1)スピン流デバイス
図1には、スピン流デバイスの内で最も単純な構成を有する二層デバイス10が示されている。二層デバイス10は、図示の例において、平板状の基板12、基板12上に形成された薄膜状の非磁性金属層14、及び、非磁性金属層14上に形成された薄膜状の強磁性金属層16を有する。非磁性金属の一例として、スピン軌道相互作用の大きな白金(Pt)が挙げられる。強磁性金属の一例として、NiFe合金(Py)が挙げられる。基板12を構成する主原料は、例えば、石英ガラスである。非磁性金属層14の厚みは、例えば、数nm~数十nmである。強磁性金属層16の厚みは、例えば、数nm~数十nmである。強磁性金属層16の代わりに、絶縁材料からなる磁性薄膜を用いてもよい。本願明細書で挙げる材料及び数値はいずれも例示に過ぎないものである。
【0034】
静磁場Bの中におかれた二層デバイス10において、非磁性金属層14に電流Jcを流すと、その電流の方向(x方向)に対して直交する方向(ここではz方向に着目する)にスピン流JSが発生する。すると、強磁性金属層16の磁化がスピン流JSにより生じるトルクを受けて反転する。これをスピントランスファートルク(STT:Spin transfer torque)現象と呼ぶ。この現象を利用することにより、STT-MRAM(spin transfer torque - magnetic random access memory)を製作し得る。また、二層デバイス10において、非磁性金属層14と強磁性金属層16との間に、温度勾配が生じると、スピンゼーベック効果によって、強磁性金属層16から非磁性金属層14へスピン流JSが流れ込み、スピン流JSに直交する方向に電流Jcが流れる。この現象を利用して安価な熱電変換デバイスを製作し得る。
【0035】
一方、静磁場Bの中におかれた二層デバイス10に対し、電磁波(通常、マイクロ波)を照射すると、電子スピン共鳴条件が満たされた時点で、強磁性金属層16で電子スピン共鳴(強磁性共鳴(FMR:Ferromagnetic resonance)ともいう。)が生じる。なお、
図1において、静磁場Bの方向はy方向であり、マイクロ波により生じる磁場の方向はx方向である。
【0036】
強磁性金属層16で電子スピン共鳴が生じると、静磁場Bの方向に直交する方向(ここではz方向に着目する)に、スピン流JSが生じ、そのスピン流JSが非磁性金属層14へ流れ込む。その現象は、スピン注入又はスピンポンピングと呼ばれる。
【0037】
非磁性金属層14に流入したスピン流JSに起因して、スピン軌道相互作用により、静磁場Bの方向(y方向)及びスピン流方向(z方向)に対して直交する方向(x方向)への電子の移動が誘起される。すなわち、非磁性金属層14において電荷の偏りが生じる。具体的には、非磁性金属層14が有する2つの端部14a,14bの内で、端部14b側へ負の電荷が集まる。これにより起電力VISHEが生じる。2つの端部14a,14bに2つの電極を設け、2つの電極に対して、適当な負荷抵抗を備える信号線の両端を接続すると、起電力VISHEに比例する電流JCが流れる。
【0038】
図2には、比較対象として使用される一層デバイス20が示されている。基板22上には強磁性金属層24が形成されている。基板22及び強磁性金属層24は、一般に、
図1に示した基板12及び強磁性金属層16と同じ材料により構成される。
【0039】
以下に説明するスピンホール角の測定に当たっては、以上説明した二層デバイス及び一層デバイスがそれぞれ測定対象とされる。
【0040】
(2-2)比較例に係るスピンホール角測定方法
上記のように、電流とスピン流の間には相互変換の関係がある。その性質を利用したデバイスを研究又は開発する際には、その変換効率を評価することが求められる。電流とスピン流の間における変換効率を示す指標として、スピンホール角θ
SHが知られている。スピンホール角θ
SHは、以下のように定義される。
【数1】
【0041】
上記(1)式において、σ
Cは電流についての電気伝導度であり、σ
Sはスピン流についての電気伝導度である。上記二層デバイスを前提とした場合、スピンホール角θ
SHは、以下の(2)式に示すように、電子スピン共鳴時に逆スピンホール効果により引き起こされる起電力V
ISHEから計算し得ることが知られている。
【数2】
【0042】
上記(2)式において、wは非磁性金属層及び強磁性金属層の横幅、λ
Nは非磁性金属層のスピン拡散長、d
Nは非磁性金属層の厚み、d
Fは強磁性金属層の厚み、σ
Nは非磁性金属層の電気伝導度、σ
Fは強磁性金属層の電気伝導度、eは電子の電気素量、である。横棒が付加されたh(エイチ・バー)は、プランク定数hを2πで割ったものを示している。(2)式に含まれる最後の記号は、非磁性金属層及び強磁性金属層の間の界面でのスピン流密度を示している。上記スピン流密度は、以下の(3)式によって表される。
【数3】
【0043】
上記(3)式において、γは電子の磁気回転比、hはプランク定数、4πM
Sは飽和磁化、ωはマイクロ波(電磁波)の角周波数、αはダンピング係数を意味する。(3)式の分子の先頭にある記号は、複素数で表現されたスピンミキシングコンダクタンスにおける実部である。その実部は以下の(4)式のように表される。
【数4】
【0044】
上記(4)式において、gは電子のg値(通常、g=2)、μBはボーア磁子、WFNは二層デバイスから得られる共鳴スペクトルにおける共鳴ピークの幅(第1線幅)、WFは一層デバイスから得られる共鳴スペクトルにおける共鳴ピークの幅(第2線幅)、を意味する。なお、共鳴スペクトルが吸収スペクトルの場合、線幅は半値幅であり、共鳴スペクトルが吸収スペクトルの一次微分に相当するスペクトルである場合、線幅は最大傾斜幅(ピーク間距離)である。
【0045】
以下に説明するように、上記の起電力VISHEは、静磁場の中に二層デバイスを設置し、強磁性金属層において電子スピン共鳴を生じさせることにより測定し得る。これと同様に、線幅WFN,WFは、静磁場の中に二層デバイス及び一層デバイスを選択的に設置し、各デバイスの強磁性金属層において電子スピン共鳴を生じさせることにより測定し得る。
【0046】
他のパラメーター値は、かなり大変ではあるが、諸々の測定法を駆使して測定し得る。すべてのパラメーター値を上記各式に代入することにより、スピンホール角θSHが求められる。
【0047】
(2-3)比較例に係るスピン流デバイス測定システム
図3には、比較例に係るスピン流デバイス測定システムが示されている。このシステムは、スピンホール角θ
SHの算出において必要となる起電力V
ISHE、第1線幅W
FN、及び、第2線幅W
Fを演算するために、二層デバイスから共鳴スペクトル及び起電力スペクトルを取得し、また、一層デバイスから共鳴スペクトルを取得する機能を備えている。もっとも、後述する理由から、二層デバイスについて、共鳴スペクトルの測定及び起電力スペクトルの測定は別々に行われている。
【0048】
図3において、発振器200より出力されたマイクロ波信号は、減衰器202を介して、マイクロ波スイッチ204へ送られている。変調信号発生器248で生成された変調信号がマイクロ波スイッチ204に送られている。
【0049】
マイクロ波スイッチ204は、共鳴スペクトル測定時には機能せず、起電力スペクトル測定時に機能する。起電力スペクトル測定時には、マイクロ波スイッチ204は、変調信号に従ってマイクロ波信号を断続的に通過させる。つまり、マイクロ波スイッチ204は、マイクロ波に対してオンオフ動作を繰り返す。
【0050】
マイクロ波スイッチ204から出力されたマイクロ波信号は、アイソレーター206を介して、パワーアンプ208に送られる。パワーアンプ208により、マイクロ波信号のパワーが増大される。共鳴スペクトル測定時においては、電力増幅率として、共鳴スペクトルを適正に取得するための一定の値が設定される。起電力スペクトル測定時においては、電力増幅率として、大きな値が設定される。一般に、二層デバイスで生じる起電力は、微弱であり、起電力を感度良く測定するには、試料へ与えるエネルギーを大きくする必要がある。
【0051】
パワーアンプ208から出力されたマイクロ波信号は、サーキュレーター212及び導波管214を介して、キャビティ216内へ送られる。キャビティ216内には、試料であるスピン流デバイス218が配置されている。図示されたスピン流デバイス218は、二層デバイスである。二層デバイスの測定の前又は後に一層デバイスが測定対象とされる。キャビティ216内のスピン流デバイス218に対して、電磁波であるマイクロ波が照射される。
【0052】
静磁場発生器220は静磁場を生成するものである。スピン流デバイス218は静磁場の中におかれる。共鳴スペクトル測定時及び起電力スペクトル測定時には、図示されていない制御部の制御により、静磁場強度が掃引される。
【0053】
図示の構成例では、キャビティ216の外側に磁場変調コイル222が設けられている。磁場変調コイル222がキャビティ216の中に配置されてもよい。磁場変調コイル222は、共鳴スペクトル測定時に、静磁場に対して変調磁場を加えるものである。静磁場の方向と変調磁場の方向は平行である。磁場変調コイル222に対して、変調信号発生器224からの変調信号が供給されている。起電力スペクトル測定時には、磁場変調コイル222は機能しない。但し、必要に応じて、起電力スペクトル測定時に、磁場変調コイル222を機能させてもよい。
【0054】
スピン流デバイス218に対してマイクロ波を照射し続けながら、静磁場の強度を増加させていく過程において、電子スピン共鳴条件が満たされると、スピン流デバイス218において、具体的には、その中の強磁性金属層において、電子スピン共鳴が生じる。その際、マイクロ波エネルギーの一部が強磁性金属層に吸収され、キャビティ216と導波管214の間の電気的整合が崩れて、キャビティ216へ供給したマイクロ波の一部が反射波となってサーキュレーター212へ戻る。
【0055】
サーキュレーター212から出力された反射波信号は、マイクロ波スイッチ223を介して、位相検波器226へ送られる。反射波信号は、磁場変調による変調成分を含む信号である。発振器200より出力された信号の一部が、参照信号として、位相器228を介して、位相検波器226に送られている。位相検波器226において、参照信号により、反射波信号が検波される。これにより、変調成分からなる信号(変調成分信号)生成される。
【0056】
変調成分信号は、位相検波器234に送られている。位相検波器234において、変調信号発生器224からの参照信号により、変調成分信号が検波される。これにより、反射波強度を示す信号が生成される。生成された信号は、オーディオアンプ236を経由して、AD変換器238へ送られ、そこでデジタル信号に変換される。そのデジタル信号が第1測定信号としてPC(Personal Computer)240へ送られる。
【0057】
PC240においては、静磁場強度ごとに第1測定信号のレベルがプロットされる。これにより共鳴スペクトルが生成される。PC240において、共鳴スペクトル中の共鳴ピークの幅(線幅)が演算され、その線幅を示す情報がPC256へ送られる。一層デバイスを測定する場合においても、線幅が演算され、その線幅を示す情報がPC240からPC256へ送られる。
【0058】
起電力スペクトル測定時には、例えば、100mW以上の電力で、スピン流デバイス218に対してマイクロ波が照射される。その場合、磁場変調ではなく、マイクロ波の強度変調(パルス変調)が用いられる。その理由は以下の通りである。
【0059】
逆スピンホール効果による起電力は非常に小さい。起電力スペクトルの測定に際して感度を増大するために、磁場変調における変調度を大きくすることが考えられる。しかし、一般的な電子スピン共鳴装置における変調度には上限があり、その上限を超える変調度を設定することは困難である。通常の起電力スペクトルは、この上限を超える非常に広い線幅をもつため、十分な信号強度を得ることができない。また、過剰に変調度を大きくすると、信号強度は大きくなるものの、線型が歪んでしまう問題が生じる。
【0060】
その一方、大きな強度を有するマイクロ波を生成する場合、サーキュレーター212において、そこに入力されたマイクロ波の一部が反射波出力ポートへ漏れ出てしまう。その漏れ出た成分が反射波信号の処理(特に位相検波)を阻害する要因となる。
【0061】
以上を背景として、比較例では、共鳴スペクトルと起電力スペクトルが別々に測定されており、また、共鳴スペクトル測定時と起電力スペクトル測定時とで異なる変調方式が採用されている。
【0062】
起電力スペクトルの測定に関して具体的に説明する。マイクロ波スイッチ204において、変調信号発生器248からの変調信号に基づき、マイクロ波信号に対してパルス変調が適用される。変調後のマイクロ波信号は、アイソレーター206を介して、パワーアンプ208に送られる。パワーアンプ208で増幅されたマイクロ波信号が、アイソレーター210、サーキュレーター212、及び、導波管214を介して、キャビティ216内へ送られている。
【0063】
静磁場強度の掃引過程において、マイクロ波を受けたスピン流デバイス218で電子スピン共鳴が生じると、スピン流デバイス218において、スピン流が生じ、続いて、逆スピンホール効果により起電力が引き起こされる。スピン流デバイス218には、信号線対242が接続されており、その信号線対242を介して起電力を示す信号(起電力信号)が取り出される。起電力信号は、上記のパルス変調に同期したパルス信号である。
【0064】
起電力信号は、プリアンプ244で増幅された上で、位相検波器246に送られる。位相検波器246では、変調信号発生器248からの参照信号を起電力信号にミキシングすることにより、起電力信号を検波する。これにより、起電力レベルを示す信号が生成される。その信号がAD変換器252においてデジタル信号に変換される。そのデジタル信号が第2測定信号としてPC254へ送られる。
【0065】
PC254では、静磁場強度の掃引過程において、第2測定信号のレベルが順次プロットされる。これにより起電力スペクトルが生成される。起電力スペクトルに含まれる起電力ピークのトップとベースラインのレベル差から、起電力が求められる。PC254からPC256へ、起電力を示す情報が送られる。
【0066】
PC256においては、測定された起電力VISHEが上記(2)式に代入され、測定された第1線幅WFN及び第2線幅WFが上記(4)式に代入され、別途測定される多数の他のパラメーター値が(2)~(4)式に代入される。これにより、スピンホール角θSHが求められる。スピンホール角θSHの計算が測定者により行われてもよい。
【0067】
(2-4)比較例の考察
比較例に係るスピンホール角測定方法によると、多数のパラメーター値を実験により求めなければならず、つまり多数の実験を行わなければならず、測定者に多大なる労力が生じる。そのコストも膨大となる。また、スピンホール角が多数の実験結果から導出されることになるため、演算されたスピンホール角の信頼性が問題となる。簡便に且つ直接的にスピンホール角又はそれに代わる指標を測定する方法の実現が望まれる。
【0068】
また、比較例に係るスピン流デバイス測定システムによると、二層デバイスを測定対象とする場合において、共鳴スペクトル及び起電力スペクトルを別々に測定しなければならない。2つの測定間でデバイス状態や測定状況等が時間的に変化してしまう場合、測定の信頼性が低下してしまう。スピン流デバイスにおけるエネルギー吸収及びエネルギー生成の両方を同時に測定できる装置又はシステムの実現が望まれる。
【0069】
なお、スピン流デバイスに対して数十W以上の非常に大きな強度をもったマイクロ波を照射すれば、スピン流デバイスに対してmWオーダーの強度をもったマイクロ波を照射する場合に比べて、凡そ100倍もの大きな起電力が得られることが知られている。そのような高パワー照射を行っても、送信波漏洩、信号飽和等の問題が生じない装置又はシステムを実現することが望まれる。
【0070】
(2-5)実施形態に係るスピン流デバイス測定システム
図4には、実施形態に係るスピン流デバイス測定システムが示されている。図示されたスピン流デバイス測定システム30は、スペクトル測定装置32、及び、演算装置としてのPC34により構成される。スペクトル測定装置32は、吸収スペクトル(共鳴スペクトル)及び起電力スペクトルの同時測定を行えるものである。PC34は、後に詳述する新たな演算方法に従って、スペクトル測定装置32が導出した少数のパラメーター値からスピンホール角を演算するものである。以下、具体的に説明する。
【0071】
スペクトル測定装置32は、照射手段として機能する照射部36、第1スペクトル測定手段として機能する第1測定部38、及び、第2スペクトル測定手段として機能する第2測定部40を有する。
【0072】
スペクトル測定装置32は、更に、任意波形発生器58、任意波形発生器62、静磁場発生器68等を有する。任意波形発生器58は、後述するように、クロック(マスタークロック)A及び比較用の電圧信号84を生成する。任意波形発生器62は、クロックAに同期したゲートコントロールパルスB及びスイッチングパルスCを生成する。
【0073】
まず、照射部36について説明する。照射部36には、発振器42からダミーロード55までの一連の構成が含まれる。発振器42においてマイクロ波信号が生成される。マイクロ波信号の周波数は、例えば、9GHzである。その周波数は、静磁場強度の掃引範囲を踏まえつつ、電子スピン共鳴を生じさせる周波数帯域内に定められる。生成されたマイクロ波信号は、減衰器44を介して、ミキサー46に送られる。ミキサー46は、例えば、ダブルバランスドミキサーにより構成される。
【0074】
ミキサー46において、マイクロ波信号が、スイッチングパルス(C)に従ってパルス変調され、パルス列に変換される。そのパルス列を構成する個々のパルスの形態は、スイッチングパルス(C)を構成する各パルスの形態によって定められる。パルス幅は、例えば、500nsである。パルス繰り返し周波数は例えば500Hzである。クロック(A)の1周期に対するパルス幅(デューティ比)は、以下に説明するTWTA(Traveling Wave Tube Amplifier)を用いる場合、例えば、2.0%以下に設定される。ミキサー46として、SPDT(Single-Pole Double-Throw)スイッチのような単なるオンオフスイッチを用いてもよい。
【0075】
ミキサー46から出力されたパルス変調後のマイクロ波信号は、アイソレーター48を介して、パワーアンプ50へ送られる。パワーアンプ50の一例として、上記TWTAが挙げられる。それは、1kW級の高強度パルス信号を発生し得るものである。そのようなアンプに対しては、その動作時間を制御するためにゲートコントロールパルスBを供給する必要がある。図示の例では、ゲートコントロールパルスBがハイとなっている期間において、パワーアンプ50の増幅動作が許容される。増幅後のマイクロ波信号の強度は例えば80Wである。
【0076】
なお、パワーアンプ50において、mWレベルから数Wレベルまでの範囲内のパルス強度をもったパルスを生成する場合、TWTA以外のアンプを用い得る。例えば、連続波用の一般的なパワーアンプを利用することも可能である。その場合、上記のゲートコントロールパルスBは不要となる。また、パルス幅のデューティ比は、一般に、50%以下に設定される。
【0077】
増幅後のマイクロ波信号は、サーキュレーター52及び導波管53を介して、キャビティ54へ投入される。キャビティ54は共振器として機能する容器であり、その内部には、測定対象となるスピン流デバイス56が設置されている。スピン流デバイス56に対してマイクロ波が間欠的又は断続的に照射される。すなわち、マイクロ波のパルス列C1が照射される。
【0078】
図示されたスピン流デバイス56は、二層デバイスである。二層デバイスの測定前又は測定後に、一層デバイスが測定される。スピン流デバイス56には、起電力を観測するための信号線対90が接続されている。キャビティ54の内部から外部へ信号線対90が引き出されている。なお、キャビティ54に代えて他の共振器を用いてもよい。非共振型導波路内にスピン流デバイス56を配置することも考えられる。いずれにしてもスピン流デバイス56を包み込む照射空間を形成する照射器が利用される。
【0079】
静磁場発生器68は、スピン流デバイス56に対して静磁場を印加するものである。吸収スペクトル及び起電力スペクトルの同時測定に際して、静磁場強度が掃引される。
図4に示す構成例では、磁場変調方式は採用されていないが、必要に応じて、磁場変調方式を採用し得る。サーキュレーター52の出力ポート(反射波出力ポート)には、ダミーロード55が接続されている。
【0080】
図示された構成例では、後述するプローブ70を利用して、キャビティ54内のマイクロ波状態(特にマイクロ波吸収)が直接的に観測されており、キャビティ54からの反射波は観測されていない。サーキュレーター52での送信波漏洩、検波時における信号飽和等の問題が生じない又はそのような問題が生じ難い構成が採用されている。なお、サーキュレーター52の工夫により、サーキュレーター52での送信波漏洩を十分に抑制できる限りにおいて、反射波を観測対象にし得る。
【0081】
次に、第1測定部38について説明する。第1測定部38には、プローブ70からPC88までの一連の構成が含まれる。キャビティ54には、複数の開口が形成されている。それらの中で、マイクロ波を受入れる開口に導波管が接続されている。それらの開口の中で、特定の開口(小孔)にプローブ70が設けられている。
【0082】
具体的には、プローブ70は、例えば、アンテナとして機能する銅線により構成される。銅線の先端が特定の開口の中に差し込まれ、又は、その開口に近接している。いずれにしても、プローブ70は、キャビティ54内のマイクロ波を検出し得る位置に設けられる。プローブ70には、同軸ケーブル72の一端が接続されている。同軸ケーブル72の他端には検波用のダイオード74が接続されている。ダイオード74の出力側がボックスカー積算器76に接続されている。
【0083】
スピン流デバイス56に対してマイクロ波を照射し続けながら、静磁場強度を掃引すると、電子スピン共鳴条件が満たされた時点で、スピン流デバイス56において電子スピン共鳴が生じる。その際、マイクロ波エネルギーの一部がスピン流デバイス56に吸収される。つまり、キャビティ54内においてマイクロ波のパワーが減少する。ダイオード74の出力側には、マイクロ波の観測により生成された第1観測信号Dが現れており、マクロ波吸収時点で第1観測信号Dのレベルが低下する。なお、第1観測信号Dは、直流信号であり、具体的には、マイクロ波のパルス列C1に対応したパルス列である。
【0084】
ボックスカー積算器76は、クロックAに同期して動作しており、個々のマイクロ波照射期間内に設定される第1積算期間において、ダイオード74から出力される第1観測信号Dを積算し、積算値を出力する。つまり、マイクロ波パルスごとに積算値が生成される。積算値に代えて平均値が演算されてもよい。
【0085】
上記のように、電子スピン共鳴が生じていない状態に比べ、電子スピン共鳴が生じている状態では、第1観測信号Dのレベルが低下する。つまり、積算値が減少する。
図4においては、複数の積算値からなる積算値列が符号Fで示されている。なお、マイクロ波パルスごとの第1観測信号Dの積算は第1観測信号Dのサンプリングに相当し、各積算値はサンプリング値と言い得る。
【0086】
ボックスカー積算器76に代えて、他の演算回路を設けてもよい。例えば、ソフトウェアラジオ型の演算回路を設けてもよい。そのような演算回路では、検出信号がデジタル信号に変換され、そのデジタル信号がDSP(Digital Signal Processor)によって積算される。これにより生成された積算値が出力される。必要に応じて、その積算値がアナログ信号に変換される。
【0087】
差動プリアンプ78の第1入力端子には、積算値列(電圧値列)Fが与えられている。差動プリアンプ78の第2入力端子には、所定電圧が与えられている。所定電圧は、電子スピン共鳴が生じていない状態において出力される積算値に相当する電圧である。差動プリアンプ78では、積算値ごとに、当該積算値と所定電圧の差分が演算され、同時にその差分が増幅される。
【0088】
スピン流デバイス56において電子スピン共鳴が生じていない状態では、差動プリアンプ78から、0レベル又はそれに近いレベルを有する信号が出力される。一方、スピン流デバイス56において電子スピン共鳴が生じている状態では、差動プリアンプ78から、スピン流デバイス56のエネルギー吸収量に応じたレベルを有する信号が出力される。このような構成により、後段のAD変換器86の入力ダイナミックレンジを有効に活用することが可能となる。
【0089】
差動プリアンプ78から出力された信号は、AD変換器86においてデジタル信号に変換される。そのデジタル信号が第1測定信号としてPC88に送られる。
【0090】
PC88は、静磁場強度の掃引過程において、第1測定信号のレベルを順次プロットし、これにより共鳴スペクトルとしての吸収スペクトルを生成する。PC88は、吸収スペクトルを解析する機能を備えている。具体的には、二層デバイスの測定時において、吸収スペクトル(第1吸収スペクトル)に含まれる吸収ピークの解析により、吸収ピークの波高値として、つまり、ベースラインレベルからピークトップレベルまでの差として、吸収ピーク電圧Vabsが演算される。また、吸収ピークについての第1線幅WFNが演算される。一層デバイスの測定時において、吸収スペクトル(第2吸収スペクトル)に含まれる吸収ピークの解析により、吸収ピークについての第2線幅WFが演算される。線幅は、緩和時間に相当するパラメーターである。吸収スペクトルの解析については後に詳述する。
【0091】
なお、ダイオード74の出力側には、オシロスコープ89が接続されている。オシロスコープ89は、クロックAに同期して動作する。オシロスコープ89に表示された波形の観察により、マイクロ波照射期間内において第1積算期間(開始タイミング、終了タイミング)を正しく定めることが可能である。第1観測信号Dを構成する各パルスの振幅安定期間(立ち上がり期間及び立ち下がり期間を除く期間)に対して第1積算期間を正しく設定できる限りにおいて、オシロスコープ89を除外してもよい。なお、場合によっては、立ち上がり期間や立ち下がり期間に対して第1積算期間を設定してもよい。
【0092】
次に、第2測定部40について説明する。第2測定部40には、信号線対90からPC96までの一連の構成が含まれる。電子スピン共鳴時にスピン流デバイス56で生じる起電力は、信号線対90を介して観測される。起電力を示す第2観測信号Eがボックスカー積算器92に与えられている。
【0093】
ボックスカー積算器92は、クロックAに同期して動作しており、個々のマイクロ波照射期間内に設定される第2積算期間において、第2観測信号Eを積算し、積算値を出力する。具体的には、マイクロ波パルスごとに積算値が生成される。積算値に代えて平均値が演算されてもよい。順次演算される複数の積算値により積算値列Gが構成される。
【0094】
スピン流デバイス56において電子スピン共鳴が生じていない場合、第2観測信号Eのレベルは0又はそれ付近である。スピン流デバイス56において電子スピン共鳴が生じると、スピン流により起電力が生じ、第2観測信号Eのレベルが上昇する。これにより、積算値が増加する。上記同様に、ボックスカー積算器92に代えて、他の演算回路を設けてもよい。ボックスカー積算器92から出力される積算値列Gは、AD変換器94においてデジタル信号に変換される。変換後のデジタル信号が第2測定信号としてPC96へ送られる。
【0095】
PC96においては、静磁場強度の掃引過程において、第2測定信号のレベルが順次プロットされる。これにより起電力スペクトルが生成される。起電力スペクトルには起電力ピークが含まれ、起電力ピークの波高値として、つまり、ピークトップレベルとベースラインレベルの差として、起電力VISHEが演算される。起電力VISHEは、スピン流デバイス56において生成された電力に相当する。
【0096】
なお、第2観測信号Eは、オシロスコープ97にも与えられている。オシロスコープ97は、クロックAに同期して動作する。オシロスコープ97により、マイクロ波パルス照射期間内において第2積算期間(開始タイミング、終了タイミング)が正しく定められる。第2観測信号Eを構成する各パルスの振幅安定期間に対して第2積算期間を正しく設定できる限りにおいて、オシロスコープ97を除外してもよい。なお、場合によっては、立ち上がり期間や立ち下がり期間に対して第2積算期間を設定してもよい。
【0097】
PC34では、PC88で演算された吸収ピーク電圧Vabs、第1線幅WFN、及び、第2線幅WF、並びに、PC96で演算された起電力VISHEに基づいて、スピンホール角θSHが演算される。これについては後に詳述する。PC34において、2つの吸収スペクトルの解析、起電力スペクトルの解析、及び、上記4つのパラメーター値の演算が実行されてもよい。あるいは、PC88、PC96及びPC34が単一の演算装置により構成されてもよい。
【0098】
図5には、第1実施例に係るプローブが示されている。キャビティ54内には、スピン流デバイス56が配置されている。キャビティ54には、複数の開口が形成されている。その内で、マイクロ波を受け入れる開口100に対して導波管53が接続されている。
図5においては、導波管53の内部及びキャビティ54の内部で生じる磁場が模式的に表現されている(符号106,108を参照)。試料用開口104を通じて、キャビティ54内にスピン流デバイス56が挿入される。
【0099】
開口102の内部に、アンテナとして機能するプローブ110の先端が差し込まれている。プローブ110により、キャビティ54内のマイクロ波が観測される。プローブ110には、同軸ケーブル112を介して、検波用のダイオード114が接続されている。ダイオード114から、キャビティ54内に蓄積されたマイクロ波エネルギーの大きさに対応する電圧信号が第1観測信号として出力される。電子スピン共鳴が生じると、スピン流デバイス56によりマイクロ波エネルギーの一部が吸収される。これにより、第1観測信号のレベルが低下する。第1観測信号のレベル変化量から、吸収電力を推定し得る。
【0100】
なお、キャビティ54内のマイクロ波の状態を観測し得る限りにおいて、プローブ110の先端を開口102の外側に配置してもよい。
【0101】
図6には、上述したクロックA、ゲートコントロールパルスB、スイッチングパルスC、第1観測信号D、及び、第2観測信号Eが例示されている。クロックAの周期120がマイクロ波パルス繰り返し周期に相当する。ゲートコントロールパルスBにおいてハイレベルを有する各期間122でパワーアンプが増幅動作を行う。スイッチングパルスCはパルス変調用の信号であり、それは複数のパルスにより構成され、各パルスの幅124内においてマイクロ波が照射される。第1観測信号Dは、複数のパルス126により構成される。個々のパルス126は、キャビティ内のマイクロ波のエネルギー状態を示している。第2観測信号Eも、複数のパルス128により構成される。個々のパルス128は、スピン流デバイスで生じた起電力を示している。
【0102】
図7には、マイクロ波のパルス列C1、第1観測信号D及び第2観測信号Eが拡大かつ誇張して示されている。
図7の左側には、電子スピン共鳴が生じていない場合における各信号波形が示されており、
図7の右側には、電子スピン共鳴が生じている場合における各信号波形が示されている。
【0103】
第1観測信号Dを構成する各パルス126の振幅安定期間内に第1積算期間T1が設定され、且つ、第2観測信号Eを構成する各パルス128の振幅安定期間内に第2積算期間T2が設定される。図示の例では、第1積算期間T1と第2積算期間T2は同一である。第1積算期間T1及び第2積算期間T2は、開始タイミングt1及び終了タイミングt2で規定される。それらの設定に際しては、必要に応じて、オシロスコープが用いられる。
【0104】
第1観測信号Dに対して各積算期間T1内で積算処理が実行される。これにより積算信号F1,F2が生成される。例えば、各積算期間T1の終期Sa,Sb(又はそれ以降の所定タイミング)において積算信号F1,F2がサンプリングされる。電子スピン共鳴が生じていない場合の積算値に比べ、電子スピン共鳴が生じている場合の積算値は小さくなる。吸収エネルギーに相当する分だけ、パルス126のレベルが減少し(符号132を参照)、それに伴って、積算値が減少する(符号134を参照)。
【0105】
第2観測信号Eに対して各積算期間T2内で積算処理が実行される。これにより積算信号G1,G2が生成される。例えば、各積算期間T2の終期Sc,Sd(又はそれ以降の所定タイミング)において、積算値がサンプリングされる。電子スピン共鳴が生じていない場合の積算値に比べ、電子スピン共鳴が生じている場合の積算値は大きくなる。生成エネルギーに相当する分だけ、パルス128のレベルが上昇し(符号136を参照)、それに伴って、積算値が増大する(符号138を参照)。
【0106】
図8には、二層デバイスから得られた吸収スペクトルが例示されている。吸収スペクトルには、電子スピン共鳴により生じる吸収ピークP1が含まれる。吸収ピークP1は下向き尖塔形を有している。吸収スペクトルの解析により、非共鳴時に得られるレベル(ベースラインレベル)V
inが特定される。ベースラインレベルV
inは投入電力P
inを示すものである。また、吸収スペクトルの解析により、ベースラインレベルと吸収ピークP1のピークトップレベルの差、つまり吸収ピーク電圧V
absが特定される。吸収ピーク電圧V
absは、共鳴時においてスピン流デバイスに吸収された電力(吸収電力)P
absを示すものである。
【0107】
検波ダイオードの出力信号(つまり上記のVin)から投入電力Pinを換算する換算表を予め用意しておくことにより、投入電力Pinを特定し得る。投入電力Pin、及び、ベースラインレベルVinと吸収ピーク電圧Vabsの関係から、吸収電力Pabsを推定できる。その際には、必要に応じて、差分プリアンプに与えられている一定電圧が考慮される。投入電力Pinが一定値であり、それが既知であることを前提として、検波ダイオードの出力信号の降下量から、吸収電力Pabsが直接的に導出されてもよい。
【0108】
二層デバイスから得られた吸収スペクトルに含まれる吸収ピークP1の解析により第1線幅WFNが特定される。一層デバイスから得られた吸収スペクトルに含まれる吸収ピークの解析により第2線幅WFが特定される。
【0109】
図9には、起電力スペクトルが例示されている。起電力スペクトルには起電力ピークP2が含まれる。起電力スペクトルの解析により、ベースラインレベルから起電力ピークのピークトップのレベルまでの電圧差として、起電力V
ISHEが特定される。起電力V
ISHE、並びに、スピン流デバイスの内部抵抗値及び負荷抵抗値から、逆スピンホール効果に起因して生成された電力(生成電力)P
outが求められる。スピン流デバイスの内部抵抗値及び負荷抵抗値は、いずれも、事前又は事後に抵抗測定器を利用して高精度に測定され得る。
【0110】
以上のように、
図4に示したスペクトル測定装置によれば、二層デバイスの測定に当たって、吸収スペクトルと起電力スペクトルを同時に取得できる。
【0111】
(2-6)実施形態に係るスピンホールデバイス測定方法
逆スピンホール効果は、吸収電力Pabsからスピン流電力PSへの電力変換、それに続く、スピン流電力PSから伝導電流の電力PC(つまり生成電力Pout)への電力変換、として捉えられる。ここで、スピン流電力PSは、スピン流JSの二乗に比例するとみなすことができ、生成電力Poutは伝導電流JCの二乗に比例するとみなすことができる。
【0112】
上記モデルに従って、上記(1)式で定義されたスピンホール角θ
SHに関し、以下の(5)式を導ける。
【数5】
【0113】
以下、詳しく説明する。キャビティへ投入したマイクロ波パルスの電力(投入電力)をX[W]とすると、吸収電力P
absは、以下の(6)式から求められる。
【数6】
【0114】
投入電力X(=Pin)は、非共鳴時における第1観測信号のレベルから推定することが可能であり、あるいは、マイクロ波強度等から事前に求めておくことが可能である。上記(6)式において、Vabsは、吸収スペクトルにおける吸収ピークから特定でき、Vinは、吸収スペクトルにおけるベースラインレベルである。
【0115】
一方、電子スピン共鳴により吸収されたエネルギーEは、固有の時定数Tで緩和する。緩和過程でのエネルギー消費速度(dE/dt)は、一般に、以下の(7)式で表せる。エネルギー消費速度(dE/dt)は電力Pに相当する。
【数7】
【0116】
上記(7)式に基づき、一層デバイス(強磁性金属層)におけるエネルギー消費速度は以下の(8)式で表せる。T
Fは、強磁性金属層の時定数である。
【数8】
【0117】
二層デバイスにおけるエネルギー消費速度は、以下の(9)式に示すように、強磁性金属層でのエネルギー消費速度、及び、非磁性金属層へ流出したスピン流についてのエネルギー消費速度の和である、とみなせる。T
Sは、非磁性金属層の時定数である。
【数9】
【0118】
二層デバイスそれ全体のエネルギー消費速度(P
FN)に対する、非磁性金属層へ流出したスピン流のエネルギー消費速度(P
FN-P
F)の割合は、以下の(10)式で表せる。
【数10】
【0119】
すなわち、第1線幅WFNに対する線幅差(WFN-WN)の比が、二層デバイスそれ全体のエネルギー消費速度(PFN)に対する、スピン流のエネルギー消費速度(PFN-PF)の割合に相当する。
【0120】
電子スピン共鳴時において、スピン流デバイスに吸収される電力(エネルギー吸収速度)P
absと、スピン流デバイスから放出される電力P
FNは等しい筈なので、上記(10)式は、以下の(11)式に書き換えられる。
【数11】
【0121】
上記(11)式に示されるように、スピン流電力PSは、非磁性金属層へ流出したスピン流のエネルギー消費速度に相当する。上記(11)式から、スピン流電力PSを特定でき、あるいは、スピン流電力PSと吸収電力Pabsの関係を特定できる。
【0122】
逆スピンホール効果により生じる生成電力P
outは、以下の(12)式に示されるように、起電力V
ISHEと正味の抵抗値R(内部抵抗値+負荷抵抗値)から計算し得る。
【数12】
【0123】
以下の(13)式は上記(7)式を整理したものである。
【数13】
【0124】
上記(13)式に基づき、スピンホール角θ
SHが以下の(14)式から演算される。
【数14】
【0125】
上記(14)式において、Poutは上記(12)式から演算され、Pabsは上記(6)式から演算される。上記(14)式において、PSは、上記(11)式から演算され得るが、上記(14)式中の(Pabs/PS)の部分に、上記(11)式で定義される(WFN-WF)/WFNの逆数を代入した方が簡便である。
【0126】
実施形態に係るスピンホール角演算方法によれば、電力変換モデル(つまりエネルギー消費モデル)の下で、第1吸収スペクトルから求められる吸収ピーク電圧Vabs及び第1線幅WFN、起電力スペクトルから求められる起電力VISHE、並びに、第2吸収スペクトルから求められる第2線幅WF(つまり4つのパラメーター値)から、スピンホール角θSHを求めることができる。その際において、多数の実験を行う必要はないので、測定者の負担や測定に際してのコストを大幅に低減できる。また、演算されるスピンホール角θSHが多数の実験結果を基礎とするものではないので、その信頼性を高められる。上記実施形態では、第1吸収スペクトルと起電力スペクトルとが同時に得られるので、演算されるスピンホール角θSHの正確性を高められる。
【0127】
図10には、実施形態に係るスピンホール角演算方法が整理されている。二層デバイスから、第1吸収スペクトル150が得られ、同時に、起電力スペクトル152が得られる。一層デバイスから、第2吸収スペクトル154が得られる。
【0128】
第1吸収スペクトル150の解析により、吸収ピーク電圧Vabsが特定され、また、第1線幅WFNが特定される。第2吸収スペクトル154の解析により、第2線幅WFが特定される。起電力スペクトルの解析により、起電力VISHEが特定される。
【0129】
吸収ピーク電圧Vabsから、投入電力、換算表等に従って、吸収電力Pabsが特定される。その際には、第1吸収スペクトルの解析により特定される電圧Vinが考慮され得る。一方、起電力VISHEに基づいて生成電力Poutが特定される。その際には、内部抵抗値及び負荷抵抗値が考慮される。吸収電力Pabs、生成電力Pout、第1線幅WFN、及び、第2線幅WFを上記(14)式(及び上記(11)式)に代入することにより、スピンホール角θSHが求められる。その際、スピン流電力PSが中間的に計算されてもよい。
【0130】
図11には、実施形態に係るスピン流デバイス測定方法がフローチャートとして示されている。このスピン流デバイス測定方法は、上記のスピン流デバイス測定システムを用いつつ、上記のスピンホール角演算方法に従って、スピンホール角を求めるものである。
【0131】
S10では、キャビティ内に二層デバイスが配置される。S12では、二層デバイスから第1吸収スペクトル及び起電力スペクトルが同時に取得される。S14では、第1吸収スペクトルが解析される。これにより、吸収ピーク電圧Vabs及び第1線幅WFNが特定される。起電力スペクトルの解析により、起電力VISHEが特定される。
【0132】
S16では、キャビティ内に一層デバイスが配置される。S18では、一層デバイスから第2吸収スペクトルが取得される。S20では、第2吸収スペクトルが解析され、第2線幅WFが特定される。S22では、以上のように特定された4つのパラメーター値に基づいてスピンホール角θSHが演算される。演算されたスピンホール角θSHが表示器に表示される。その際には、吸収スペクトル、起電力スペクトル、及び、上記4つのパラメーター値が併せて表示されてもよい。
【0133】
(2-7)変形例
図12には、第2実施例に係るプローブが示されている。
図12において、
図5に示した要素と同様の要素には同一符号を付し、その説明を省略する。
【0134】
キャビティ54には変換器(同軸導波管変換器)140が取り付けられている。キャビティ54に形成された開口102から変換器140の内部へマイクロ波が漏洩している。変換器140には開口142が形成されており、その開口142内にプローブ144が差し込まれている。プローブ144はアンテナとして機能し、それにより、漏洩したマイクロ波が検出される。
【0135】
プローブ144に生じる検出信号は減衰器146を介して検波用のダイオード148へ送られている。ダイオード148の出力信号が第1観測信号を構成する。第1実施例と同様に、このような構成によっても、投入電力や吸収電力を検出することが可能である。
【0136】
図13には、変形例に係るスピン流デバイス測定方法がフローチャートとして示されている。
【0137】
吸収ピーク電圧Vabs又は吸収電力Pabsは、スピン流の強さに密接に関連する。一方、起電力VISHE又は生成電力Poutは、非磁性金属層においてスピン流により生じる電流の大きさに密接に関連する。それらを踏まえ、吸収ピーク電圧Vabsと起電力VISHEの比、又は、吸収電力Pabsと生成電力Poutの比を、スピン流デバイスの性能を表す指標とすることが考えられる。あるいは、その比が反映された値をスピン流デバイスの性能を表す指標とすることが考えられる。
【0138】
変形例に係るスピン流デバイス測定方法では、そのような指標が演算される。具体的には、S10及びS12では、実施形態に係るスピン流デバイス測定方法と同様に、二層デバイスがキャビティ内に配置され、その状態において、吸収スペクトル及び起電力スペクトルが取得される。S14Aでは、2つのスペクトルが解析され、これにより、図示の例では、吸収電力及び生成電力が演算される。S22Aでは、吸収電力及び生成電力の比として、又は、その比に基づいて、スピン流デバイスの性能を示す指標が演算される。この変形例においては、一層デバイスの測定を行わずに、指標を演算し得る。
【0139】
上記実施形態では、スピン流デバイスにパルスが照射されていたが、連続波が照射されてもよい。もっとも、マイクロ波パルスの照射によれば、高振幅での照射が容易となり、感度を高められる。また、試料の温度上昇を回避又は抑制できる。また、上記実施形態では、プローブを利用して共振器内のマイクロ波エネルギー状態が観測されていたが、反射波を利用して共振器内のマイクロ波エネルギー状態が観測されてもよい。もっとも、プローブを利用すれば、サーキュレーターでの送信波漏洩等による影響を受けないので、マイクロ波エネルギー状態を正しく観測できる。逆に言えば、マイクロ波の強度を高めることが可能となる。
【符号の説明】
【0140】
10 二層デバイス、14 非磁性金属層、16 強磁性金属層、32 スペクトル測定装置、34 PC(演算装置)、36 照射部、38 第1測定部、40 第2測定部、54 キャビティ、56 スピン流デバイス(試料)、70 プローブ、88 PC、96 PC。