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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-19
(45)【発行日】2024-03-28
(54)【発明の名称】軟X線分光装置および分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2252 20180101AFI20240321BHJP
   G01N 23/2209 20180101ALI20240321BHJP
   G01N 23/2204 20180101ALI20240321BHJP
【FI】
G01N23/2252
G01N23/2209
G01N23/2204
【請求項の数】 20
(21)【出願番号】P 2020143336
(22)【出願日】2020-08-27
(65)【公開番号】P2021135280
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2023-02-27
(31)【優先権主張番号】P 2020030467
(32)【優先日】2020-02-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【弁理士】
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(72)【発明者】
【氏名】高橋 秀之
【審査官】清水 靖記
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-017673(JP,A)
【文献】特開2009-047586(JP,A)
【文献】特開2006-118940(JP,A)
【文献】特開2001-208708(JP,A)
【文献】特開2006-177752(JP,A)
【文献】特開平07-140093(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
H01J 37/00 - H01J 37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、
X線の取り出し角と前記試料の表面の傾斜角度との差である斜出射角度を変化させる可変機構と、
記憶部と、
前記X線スペクトルを前記記憶部に記憶する記憶制御部と、
を含み、
前記試料ステージは、前記試料の表面を前記電子光学系の光軸に対して傾斜させた状態で、前記試料の表面に垂直な軸を回転軸として前記試料を回転させる回転機構を有し、
前記記憶制御部は、前記X線スペクトルを、前記X線スペクトルを取得したときの前記斜出射角度の情報に関連付けて前記記憶部に記憶する、軟X線分光装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記斜出射角度の情報に基づいて、前記X線スペクトルが得られた前記試料の分析領域の位置情報を取得する解析部を含み、
前記位置情報は、前記試料の表面に垂直な方向の位置の情報である、軟X線分光装置。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記試料ステージは、前記傾斜角度が可変となるように前記試料を傾斜させる傾斜機構を有する、軟X線分光装置。
【請求項4】
請求項3において、
前記可変機構は、前記傾斜機構である、軟X線分光装置。
【請求項5】
請求項1ないし3のいずれか1項において、
前記電子光学系は、前記電子線を偏向させて、前記X線の取り出し角を変更する偏向器を有し、
前記可変機構は、前記偏向器である、軟X線分光装置。
【請求項6】
請求項1ないし4のいずれか1項において、
前記試料ステージは、前記電子光学系の光軸に平行な軸を回転軸として前記試料を回転させる他の回転機構を有している、軟X線分光装置。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項において、
前記記憶制御部は、前記X線スペクトルを、前記X線スペクトルを取得したときの前記試料の回転角度の情報および前記斜出射角度の情報に関連付けて前記記憶部に記憶する、軟X線分光装置。
【請求項8】
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、
記憶部と、
前記X線スペクトルを前記記憶部に記憶する記憶制御部と、
を含み、
前記試料ステージは、前記試料の表面を前記電子光学系の光軸に対して傾斜させた状態で、前記試料の表面に垂直な軸を回転軸として前記試料を回転させる回転機構を有し、
前記記憶制御部は、前記X線スペクトルを、前記X線スペクトルを取得したときの前記試料の回転角度の情報に関連付けて前記記憶部に記憶する、軟X線分光装置。
【請求項9】
請求項において、
前記試料の回転角度の情報に基づいて、前記試料の解析を行う解析部を含む、軟X線分光装置。
【請求項10】
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、を含み、
前記試料ステージは、前記試料の表面を前記電子光学系の光軸に対して傾斜させた状態で、前記試料の表面に垂直な軸を回転軸として前記試料を回転させる回転機構を有する軟X線分光装置における分析方法であって、
X線の取り出し角と前記試料の表面の傾斜角度との差である斜出射角度を第1斜出射角度として、第1X線スペクトルを取得する工程と、
前記斜出射角度を前記第1斜出射角度とは異なる第2斜出射角度として、第2X線スペクトルを取得する工程と、
前記第1X線スペクトルおよび前記第2X線スペクトルに基づいて、前記試料の表面に垂直な方向における前記試料の情報を求める工程と、
を含む、分析方法。
【請求項11】
請求項10において、
前記第1X線スペクトルを取得する工程では、前記第1斜出射角度を、前記試料で発生したX線が前記試料の表面で全反射する角度とする、分析方法。
【請求項12】
請求項10または11において、
前記試料の情報は、分子の配向の情報を含む、分析方法。
【請求項13】
請求項10ないし12のいずれか1項において、
前記試料の情報は、前記試料の化学結合状態の情報を含む、分析方法。
【請求項14】
請求項10ないし13のいずれか1項において、
前記斜出射角度を、前記試料を傾斜させることによって変更する、分析方法。
【請求項15】
請求項10ないし13のいずれか1項において、
前記斜出射角度を、前記電子線を偏向させることによって変更する、分析方法。
【請求項16】
請求項15において、
前記電子線で前記試料の分析対象領域を走査して、前記分析対象領域内の各分析点において、X線スペクトルを取得する工程と、
各前記分析点における前記斜出射角度を求める工程と、
を含み、
前記第1X線スペクトルを取得する工程では、前記第1斜出射角度の前記分析点を選択して、前記第1X線スペクトルを取得し、
前記第2X線スペクトルを取得する工程では、前記第2斜出射角度の前記分析点を選択して、前記第2X線スペクトルを取得する、分析方法。
【請求項17】
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、を含む軟X線分光装置における分析方法であって、
前記試料の表面を前記電子光学系の光軸に対して傾斜させた状態で、前記試料の表面に垂直な軸を回転軸とし、前記試料を第1回転角度に配置して、第1X線スペクトルを取得する工程と、
前記試料の表面を前記電子光学系の光軸に対して傾斜させた状態で、前記試料の表面に垂直な軸を回転軸として前記試料を回転させて、前記試料を、前記第1回転角度とは異なる第2回転角度に配置して、第2X線スペクトルを取得する工程と、
前記第1X線スペクトルおよび前記第2X線スペクトルに基づいて、前記試料の表面に平行な前記試料の面内の前記試料の情報を求める工程と、
を含む、分析方法。
【請求項18】
請求項17において、
前記第1X線スペクトルを取得する工程および前記第2X線スペクトルを取得する工程では、X線の取り出し角と前記試料の表面の傾斜角度との差である斜出射角度を、前記試料で発生したX線が前記試料の表面で全反射する角度に設定する、分析方法。
【請求項19】
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、
X線の取り出し角と前記試料の表面の傾斜角度との差である斜出射角度を変化させる可変機構と、
記憶部と、
前記X線スペクトルを前記記憶部に記憶する記憶制御部と、
を含み、
前記記憶制御部は、異なる前記斜出射角度で得られた複数の前記X線スペクトルを、前記X線スペクトルを取得したときの前記斜出射角度の情報に関連付けて前記記憶部に記憶し、
異なる前記斜出射角度で得られた複数の前記X線スペクトルに基づいて、前記試料の表面に垂直な方向における分子の配向の情報を求める解析部を含む、軟X線分光装置。
【請求項20】
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、を含む軟X線分光装置における分析方法であって、
X線の取り出し角と前記試料の表面の傾斜角度との差である斜出射角度を第1斜出射角度として、第1X線スペクトルを取得する工程と、
前記斜出射角度を前記第1斜出射角度とは異なる第2斜出射角度として、第2X線スペクトルを取得する工程と、
前記第1X線スペクトルおよび前記第2X線スペクトルに基づいて、前記試料の表面に垂直な方向における前記試料の情報を求める工程と、
を含み、
前記試料の情報は、分子の配向の情報を含む、分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟X線分光装置および分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
試料の微細な構造を観察できる装置として、透過電子顕微鏡が知られている。透過電子顕微鏡では、半導体材料や、高分子膜、無機結晶などを、高分解能で観察することができる。そのため、透過電子顕微鏡では、試料の積層方向の構造の情報や、試料の面内の構造の情報を得ることができる。また、透過電子顕微鏡では、エネルギー分散型X線検出器や、波長分散型X線分光器などを用いることによって、元素分析も可能である(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2003-75377号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、透過電子顕微鏡では、試料を薄片化しなければならない。そのため、試料の微細な構造を知るための測定を、試料を薄片化することなく、バルクの状態(塊状)で行うことができる装置が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る軟X線分光装置の一態様は、
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、
X線の取り出し角と前記試料の表面の傾斜角度との差である斜出射角度を変化させる可変機構と、
記憶部と、
前記X線スペクトルを前記記憶部に記憶する記憶制御部と、
を含み、
前記試料ステージは、前記試料の表面を前記電子光学系の光軸に対して傾斜させた状態で、前記試料の表面に垂直な軸を回転軸として前記試料を回転させる回転機構を有し、
前記記憶制御部は、前記X線スペクトルを、前記X線スペクトルを取得したときの前記斜出射角度の情報に関連付けて前記記憶部に記憶する。
【0006】
斜出射角度は、X線スペクトルが得られた分析領域のz方向(試料の表面に垂直な方向)の位置に対応する。したがって、このような軟X線分光装置では、取得したX線スペクトルと、当該X線スペクトルが得られた分析領域のz方向の位置とが関連づけられたデータを得ることができる。そのため、このような軟X線分光装置では、試料のz方向の解析を容易に行うことができる。
【0007】
さらに、このような軟X線分光装置では、試料で発生したX線を分光素子で分光し、分光されたX線をイメージセンサーで検出してX線スペクトルを取得するため、試料を薄片化する必要がなく、試料をバルクの状態で測定することができる。
【0008】
本発明に係る軟X線分光装置の一態様は、
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、
記憶部と、
前記X線スペクトルを前記記憶部に記憶する記憶制御部と、
を含み、
前記試料ステージは、前記試料の表面を前記電子光学系の光軸に対して傾斜させた状態で、前記試料の表面に垂直な軸を回転軸として前記試料を回転させる回転機構を有し、
前記記憶制御部は、前記X線スペクトルを、前記X線スペクトルを取得したときの前記試料の回転角度の情報に関連付けて前記記憶部に記憶する。
【0009】
試料の回転角度は、分析領域の観察方向(観察方位)に対応する。したがって、このような軟X線分光装置では、取得したX線スペクトルと、当該X線スペクトルが得られた分析領域の観察方向とが関連づけられたデータを得ることができる。そのため、このような軟X線分光装置では、試料のxy面内の解析を容易に行うことができる。
【0010】
さらに、このような軟X線分光装置では、試料で発生したX線を分光素子で分光し、分光されたX線をイメージセンサーで検出してX線スペクトルを取得するため、試料を薄片化する必要がなく、試料をバルクの状態で測定することができる。
【0011】
本発明に係る分析方法の一態様は、
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、を含み、
前記試料ステージは、前記試料の表面を前記電子光学系の光軸に対して傾斜させた状態で、前記試料の表面に垂直な軸を回転軸として前記試料を回転させる回転機構を有する軟X線分光装置における分析方法であって、
X線の取り出し角と前記試料の表面の傾斜角度との差である斜出射角度を第1斜出射角度として、第1X線スペクトルを取得する工程と、
前記斜出射角度を前記第1斜出射角度とは異なる第2斜出射角度として、第2X線スペクトルを取得する工程と、
前記第1X線スペクトルおよび前記第2X線スペクトルに基づいて、前記試料の表面に垂直な方向における前記試料の情報を求める工程と、
を含む。
【0012】
このような分析方法では、試料のz方向の情報を得ることができる。また、このような分析方法では、試料を薄片化する必要がなく、試料をバルクの状態で測定することができる。
【0013】
本発明に係る分析方法の一態様は、
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、を含む軟X線分光装置における分析方法であって、
前記試料の表面を前記電子光学系の光軸に対して傾斜させた状態で、前記試料の表面に垂直な軸を回転軸とし、前記試料を第1回転角度に配置して、第1X線スペクトルを取得する工程と、
前記試料の表面を前記電子光学系の光軸に対して傾斜させた状態で、前記試料の表面に垂直な軸を回転軸として前記試料を回転させて、前記試料を、前記第1回転角度とは異なる第2回転角度に配置して、第2X線スペクトルを取得する工程と、
前記第1X線スペクトルおよび前記第2X線スペクトルに基づいて、前記試料の表面に平行な前記試料の面内の前記試料の情報を求める工程と、
を含む。
【0014】
このような分析方法では、試料のxy面内の情報を得ることができる。また、このような分析方法では、試料を薄片化する必要がなく、試料をバルクの状態で測定することができる。
本発明に係る軟X線分光装置の一態様は、
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、
X線の取り出し角と前記試料の表面の傾斜角度との差である斜出射角度を変化させる可変機構と、
記憶部と、
前記X線スペクトルを前記記憶部に記憶する記憶制御部と、
を含み、
前記記憶制御部は、異なる前記斜出射角度で得られた複数の前記X線スペクトルを、前記X線スペクトルを取得したときの前記斜出射角度の情報に関連付けて前記記憶部に記憶し、
異なる前記斜出射角度で得られた複数の前記X線スペクトルに基づいて、前記試料の表面に垂直な方向における分子の配向の情報を求める解析部を含む。
本発明に係る分析方法の一態様は、
電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記試料を支持する試料ステージと、
前記試料に前記電子線が照射されることによって前記試料で発生するX線を分光する分光素子と、
前記分光素子で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得するイメージセンサーと、を含む軟X線分光装置における分析方法であって、
X線の取り出し角と前記試料の表面の傾斜角度との差である斜出射角度を第1斜出射角度として、第1X線スペクトルを取得する工程と、
前記斜出射角度を前記第1斜出射角度とは異なる第2斜出射角度として、第2X線スペ
クトルを取得する工程と、
前記第1X線スペクトルおよび前記第2X線スペクトルに基づいて、前記試料の表面に垂直な方向における前記試料の情報を求める工程と、
を含み、
前記試料の情報は、分子の配向の情報を含む。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】第1実施形態に係る軟X線分光装置の構成を示す図。
図2】試料ステージを模式的に示す図。
図3】斜出射角度を説明するための図。
図4】試料の回転角度を説明するための図
図5】情報処理装置の構成を示す図。
図6】斜出射角度とX線スペクトルの関係を説明するための図。
図7】斜出射角度を斜出射条件を満たす角度にした場合の測定について説明するための図。
図8】斜出射角度を斜出射条件を満たす角度にした場合の測定について説明するための図。
図9】斜出射角度を斜出射条件を満たす角度にした場合の測定について説明するための図。
図10】斜出射角度と試料の分析領域との関係を説明するための図。
図11】斜出射角度と試料の分析領域との関係を説明するための図。
図12】斜出射角度と試料の分析領域との関係を説明するための図。
図13】斜出射角度と試料の分析領域との関係を説明するための図。
図14】試料の回転角度と試料の分析領域との関係を説明するための図。
図15】第1実施形態に係る軟X線分光装置の処理部の処理の一例を示すフローチャート。
図16】配向性グラファイトのC-Kスペクトルを示す図。
図17】配向性グラファイトのC-Kスペクトルを示す図。
図18】第1実施形態に係る軟X線分光装置の処理部の処理の一例を示すフローチャート。
図19】第1実施形態に係る軟X線分光装置の処理部の処理の一例を示すフローチャート。
図20】第2実施形態に係る軟X線分光装置の構成を示す図。
図21】斜出射角度を変更する手法について説明するための図。
図22】電子線を偏向させることで、斜出射角度を変更する様子を説明するための図。
図23】各分析点での斜出射角度を示す表。
図24】マップ分析の結果を示す図。
図25】マップから抽出したスペクトルを示す図。
図26】マップから抽出したスペクトルを示す図。
図27】各分析点と検出器の位置関係を示す図。
図28】膜厚を算出した結果を示すグラフ。
図29】カーボン薄膜上で電子線を走査して測定を行った結果を説明するための図。
図30】カーボン薄膜上で電子線を走査して測定を行って得られたスペクトル。
図31】バルクの高配向性熱分解グラファイト上で電子線を走査して測定を行って得られたスペクトル。
図32】第2実施形態に係る軟X線分光装置の処理部の処理の一例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0017】
1. 第1実施形態
1.1. 軟X線分光装置
1.1.1. 軟X線分光装置の構成
まず、第1実施形態に係る軟X線分光装置について図面を参照しながら説明する。図1は、第1実施形態に係る軟X線分光装置100の構成を示す図である。
【0018】
軟X線分光装置100は、図1に示すように、電子光学系10と、試料ステージ20と、X線スリット30と、X線集光ミラー40と、回折格子50(分光素子の一例)と、イメージセンサー60と、情報処理装置70と、を含む。軟X線分光装置100は、試料Sに電子線が照射されることによって発生する軟X線(以下、単に「X線」ともいう)を分光し、分光された軟X線を検出して軟X線スペクトル(以下、単に「X線スペクトル」ともいう)を取得する装置である。
【0019】
電子光学系10は、試料Sに電子線を照射する。電子光学系10は、例えば、電子銃と、電子銃から放出された電子線を集束して試料Sに照射する照射レンズと、電子線を偏向させる偏向器と、を有している。電子光学系10によって、試料Sの所望の位置に電子線を照射できる。
【0020】
試料ステージ20は、試料Sを支持する。試料ステージ20は、試料Sを傾斜させる傾斜機構および試料Sを回転させる回転機構を有している。試料ステージ20の詳細については後述する「1.1.2. 試料ステージ」で説明する。
【0021】
X線スリット30は、試料Sから放出されるX線を制限する。X線スリット30は、試料ステージ20とイメージセンサー60との間に配置されている。X線スリット30によって、X線の取り出し角を制限できる。これにより、X線を取り出す角度範囲を狭くできる。
【0022】
X線集光ミラー40は、試料Sから放出されたX線を集光して、回折格子50に導く。X線集光ミラー40でX線を集光することにより、回折格子50に入射するX線の強度を増加させることができる。これにより、測定時間の短縮や、X線スペクトルのS/N比の向上を図ることができる。
【0023】
X線集光ミラー40は、例えば、互いに向かい合う2つのミラーを有している。2つのミラーの間隔は、X線が入射する試料S側が狭く、X線が射出される回折格子50側が広くなっている。これにより、回折格子50に入射するX線の強度を増加させることができる。
【0024】
回折格子50は、試料Sに電子線が照射されることによって試料Sで発生したX線を分光する。回折格子50にX線を特定の角度で入射させると、エネルギー(波長)ごとに分
光されたX線(回折X線)を得ることができる。回折格子50は、例えば、収差補正のために不等間隔の溝が形成された不等間隔溝回折格子である。回折格子50は、回折X線の焦点をローランド円上ではなく、イメージセンサー60の受光面62上に形成する。
【0025】
回折格子50は、高いエネルギー分解能を有している。例えば、エネルギー範囲50eV~210eV用の回折格子では、Al-Lのフェルミエッジ部72eVで0.3eV以下、350eV~700eV用の回折格子では、Mo-Mzの半値幅で1eV以下、500eV~2300eV用の回折格子では、Fe-Laの半値幅で5eV以下の分解能を有している。
【0026】
イメージセンサー60は、回折格子50で分光されたX線を検出してX線スペクトルを取得する。イメージセンサー60は、軟X線に対する感度の高い撮像素子である。イメージセンサー60は、例えば、CCD(Charge-Coupled Device)イメージセンサーや、CMOS(Complementary MOS)イメージセンサー等である。イメージセンサー60は、例えば、背面照射型のCCDイメージセンサーである。
【0027】
X線スリット30、X線集光ミラー40、回折格子50、およびイメージセンサー60は、X線を分光し、分光されたX線を検出して、X線スペクトルを取得する検出器2を構成している。
【0028】
情報処理装置70は、設定された測定条件に基づいて、試料Sを測定するための処理を行う。また、情報処理装置70は、イメージセンサー60で取得されたX線スペクトルを記憶する処理や、X線スペクトルから試料Sの解析を行う処理などの処理を行う。また、情報処理装置70は、軟X線分光装置100の各部を制御する処理を行う。情報処理装置70の詳細については、後述する「1.1.3. 情報処理装置」で説明する。
【0029】
1.1.2. 試料ステージ
図2は、試料ステージ20を模式的に示す図である。なお、図2では、便宜上、試料ステージ20、および検出器2のみを図示している。また、図2では、検出器2を簡略化して図示している。図2には、互いに直交する3つの軸として、X軸、Y軸、およびZ軸を図示している。なお、Z軸は、電子光学系10の光軸に平行である。
【0030】
試料ステージ20は、図2に示すように、傾斜機構22と、第1回転機構24aと、第2回転機構24bと、X移動機構26aと、Y移動機構26bと、Z移動機構28と、を有している。試料ステージ20では、X移動機構26a、Y移動機構26b、第1回転機構24a、傾斜機構22、第2回転機構24bが、この順でZ移動機構28の上に配置されている。第2回転機構24bは、試料Sの傾斜角度を一定に保ちながら、試料Sを回転させることができる。図示の例では、第2回転機構24b上に試料Sが配置されている。
【0031】
傾斜機構22は、試料Sを傾斜させる。傾斜機構22が、試料Sを傾斜させることで、試料Sの表面の傾斜角度が変更される。この結果、斜出射角度が変更される。
【0032】
図3は、斜出射角度θを説明するための図である。なお、図3では、便宜上、試料ステージ20の傾斜機構22と、検出器2のみを図示している。図3には、試料Sに固定された座標系を表す軸として、x軸、y軸、およびz軸を図示している。なお、z軸は、試料Sの表面Fに垂直な軸Pに平行である。z軸は、試料Sの表面Fに垂直な方向の位置を表す軸であり、x軸およびy軸は、試料Sの表面Fに平行な面内の位置を表す軸である。すなわち、x軸およびy軸は、試料Sの表面Fに平行であり、xy面は試料Sの表面Fに平行である。
【0033】
斜出射角度θは、X線の取り出し角αと試料Sの表面Fの傾斜角度βとの差である。X線の取り出し角αは、試料Sの分析点と検出器2とを結ぶ直線の傾き(当該直線の水平面に対する傾き)である。傾斜角度βは、試料Sの表面Fの傾き(表面Fの水平面に対する傾き)である。軟X線分光装置100では、図3に示すように、傾斜機構22で試料Sを傾斜させることによって、傾斜角度βを変更できる。これにより、斜出射角度θを調整できる。
【0034】
斜出射角度θは、例えば、X線スリット30によって制限できる。例えば、X線スリット30の開口を小さくすることで、斜出射角度θの範囲を狭くできる。また、X線スリット30の開口の大きさを可変にすることで、斜出射角度θの範囲を変更できる。これにより、例えば、積層膜の構造をさらに詳細に観察することができる。
【0035】
図2に示す第1回転機構24aおよび第2回転機構24bは、試料Sを回転させる。第1回転機構24aは、例えば、電子光学系10の光軸に平行な軸を回転軸として傾斜機構22を回転させる。第2回転機構24bは、試料Sの表面に垂直な軸を回転軸として試料Sを回転させる。第2回転機構24bを用いることによって、試料Sの回転角度を調整できる。
【0036】
図4は、試料Sの回転角度φを説明するための図である。なお、図4は、試料Sをz方向から見た図である。
【0037】
回転角度φは、試料Sの表面Fに垂直な軸Pを回転軸として、試料Sを回転させたときの角度である。回転角度φの基準(φ=0°)は、任意の位置に設定できる。試料ステージ20では、試料Sを軸Pまわりに回転させることによって、回転角度φを変えることができる。試料ステージ20では、第2回転機構24bを有するため、斜出射角度θを変えることなく、回転角度φを変えることができる。すなわち、第2回転機構24bで試料Sを回転させることによって、斜出射角度θを固定した状態で、回転角度φを変えることができる。
【0038】
X移動機構26aは、試料SをX軸に沿って移動させる。Y移動機構26bは、試料SをY軸に沿って移動させる。Z移動機構28は、試料SをZ軸に沿って移動させる。
【0039】
1.1.3. 情報処理装置
図5は、情報処理装置70の構成を示す図である。情報処理装置70は、処理部710と、操作部720と、表示部730と、記憶部740と、を含む。
【0040】
操作部720は、ユーザーが操作情報を入力するためのものであり、入力された操作情報を処理部710に出力する。操作部720の機能は、キーボード、マウス、ボタン、タッチパネル、タッチパッドなどのハードウェアにより実現することができる。
【0041】
表示部730は、処理部710によって生成された画像を表示する。表示部730の機能は、LCD(liquid crystal display)、操作部720としても機能するタッチパネルなどにより実現できる。
【0042】
記憶部740は、処理部710の各部としてコンピュータを機能させるためのプログラムや各種データを記憶している。また、記憶部740は、処理部710のワーク領域としても機能する。記憶部740の機能は、ハードディスク、およびRAM(Random Access Memory)などにより実現できる。
【0043】
処理部710の機能は、各種プロセッサ(CPU(Central Processing Unit)やDS
P(digital signal processor)等)などのハードウェアで、プログラムを実行することにより実現できる。処理部710は、測定制御部712と、記憶制御部714と、解析部716と、表示制御部718と、を含む。
【0044】
測定制御部712は、あらかじめ設定された測定条件で測定が行われるように、軟X線分光装置100の各部を制御する。
【0045】
記憶制御部714は、測定の結果としてイメージセンサー60から出力されたX線スペクトルを、当該X線スペクトルを取得したときの斜出射角度θの情報および当該X線スペクトルを取得したときの試料Sの回転角度φの情報に関連づけて記憶部740に記憶する。
【0046】
例えば、記憶制御部714は、イメージセンサー60から出力されたX線スペクトルを受け付けた場合、当該X線スペクトルを測定したときの、斜出射角度θの情報および試料Sの回転角度φの情報を取得する。そして、記憶制御部714は、X線スペクトルを、取得した斜出射角度θの情報および試料Sの回転角度φの情報に関連づけて記憶部740に記憶する。
【0047】
解析部716は、斜出射角度θの情報に基づいて、X線スペクトルが得られた試料Sの分析領域のz方向の位置情報を取得する。また、解析部716は、試料Sの回転角度φの情報に基づいて、X線スペクトルが得られた分析領域のxy面内の情報を取得する。
【0048】
解析部716は、X線スペクトルに基づく解析を行う。解析部716は、X線スペクトルに基づいて、組成分析や、化学結合状態の分析を行う。解析部716は、例えば、X線スペクトルのピークの位置から組成を特定する。また、解析部716は、例えば、X線スペクトルに対して波形分離計算を行い、化学結合状態を解析する。
【0049】
解析部716は、分析領域の位置とX線スペクトルの解析結果から、試料Sのz方向の解析や、試料Sのxy面内の解析、試料Sの3次元の解析を行う。
【0050】
表示制御部718は、記憶部740に記憶されたX線スペクトルを表示部730に表示させる。また、表示制御部718は、解析部716における試料Sの解析結果を表示部730に表示させる。
【0051】
1.2. 分析方法
1.2.1. 原理
軟X線分光装置100では、X線集光ミラー40、回折格子50、およびイメージセンサー60によって、X線スペクトルを取得できる。このようにして得られたX線スペクトルを解析することで、試料Sの組成の分析だけでなく、化学結合状態の分析が可能である。例えば、X線スペクトルを解析することで、価電子情報や、内殻電子情報などの電子情報を得ることができる。
【0052】
ここで、斜出射角度θを、試料Sで発生したX線が試料Sの表面Fで全反射する角度に設定する。すなわち、斜出射角度θを、試料Sで発生したX線の臨界角以下に設定する。これにより、試料Sの内部で発生したX線は、試料Sの表面Fと外部との境界で反射する。この結果、試料Sの内部のX線の強度を減少させることができ、試料Sの表面Fで発生したX線の強度を増加させることができる。
【0053】
図6は、斜出射角度θとX線スペクトルの関係を説明するための図である。図6に示すスペクトルA、スペクトルB、およびスペクトルCは、軟X線分光装置100でシリコン
上のカーボンを測定して得られたスペクトルである。
【0054】
斜出射角度θを臨界角よりも大きくした場合、スペクトルAのように、試料表面のカーボンとともに、下地のシリコンが検出され、バックグラウンドの影響が大きい。ここで、斜出射角度θを極めて小さくすると、スペクトルBに示すようにノイズのみが検出されるが、斜出射角度θを徐々に大きくして斜出射角度θがX線の臨界角となると、スペクトルCのように下地のシリコンが検出されずに、試料表面のカーボンのみが検出される。
【0055】
この現象を利用して、斜出射角度θを、試料Sで発生したX線の臨界角および臨界角の近傍とすることによって、試料Sの表面Fに敏感な測定ができる。以下、試料Sで発生したX線の臨界角および臨界角の近傍の角度を、斜出射条件を満たす角度ともいう。斜出射角度θを斜出射条件を満たす角度とすることによって、試料Sの表面Fに敏感な測定が可能である。
【0056】
図7図9は、斜出射角度θを斜出射条件を満たす角度にした場合の測定について説明するための図である。図7図9には、測定対象の試料Sと、斜出射角度θを、斜出射条件を満たす角度とした場合に得られる、炭素のK吸収端領域のスペクトル(C-Kスペクトル)を示している。
【0057】
図7に示す例では、斜出射角度θを、射出条件を満たす角度である角度θとすることによって、試料表面のC-C結合を反映したX線スペクトルが得られる。また、図8に示す例では、斜出射角度θを角度θとすることによって、試料表面のC-N結合を反映したX線スペクトルが得られる。また、図9に示す例では、斜出射角度θを角度θとすることによって、試料表面のC-O結合を反映したX線スペクトルが得られる。
【0058】
ここで、斜出射角度θを変えると、試料Sの分析領域がz方向に移動する。例えば、斜出射角度θが小さいと、分析領域は試料Sの表面のごく浅い領域となり、斜出射角度θが大きくなると、分析領域には試料Sのより深い領域が含まれる。
【0059】
図10図13は、斜出射角度θと試料Sの分析領域との関係を説明するための図である。図10図12には、斜出射角度θを角度θから微小角度ずらした角度θにした場合に得られる、C-Kスペクトルを示している。また、図13では、斜出射角度θを角度θから微小角度ずらした角度θにした場合に得られる、C-Kスペクトルを示している。
【0060】
図10に示す例では、斜出射角度θを角度θとすることによって、C-C-C結合を反映したX線スペクトルが得られる。また、図11に示す例では、斜出射角度θを角度θとすることによって、C-N-C結合を反映したX線スペクトルが得られる。また、図12に示す例では、斜出射角度θを角度θとすることによって、C-O-C結合を反映したX線スペクトルが得られる。図13に示す例では、斜出射角度θを角度θとすることによって、C-N-C結合を反映したX線スペクトルが得られる。
【0061】
このように、斜出射角度θは、分析領域のz方向の位置に対応する。そのため、斜出射角度θを変更して、斜出射角度θごとにX線スペクトルを取得することによって、試料Sのz方向の情報が得られる。斜出射角度θを変更するときの角度ステップは、z方向の位置分解能に対応する。角度ステップを小さくすることで、高い位置分解能が得られる。例えば、原子レベルの高い分解能を得る場合には、0.1°以上0.5°以下程度の角度ステップで、斜出射角度θを変更する。
【0062】
上述したように、斜出射角度θを、斜出射条件を満たす角度とすることによって、高い
位置分解能が得られる。例えば、斜出射条件を満たす角度とすることによって、z方向において、原子レベルの構造の情報が得られる。
【0063】
例えば、図7図13に示す各C-Kスペクトルに対して波形分離計算を行い、C-C、C=C、C-H、C-Oなどの面積強度を求めることで、spσ、spσ、spσ、spπなどの電子軌道の差異が比較できる。したがって、試料Sのz方向の電子軌道の情報を得ることができる。
【0064】
図14は、試料Sの回転角度φと試料Sの分析領域との関係を説明するための図である。
【0065】
図14に示すように、試料Sの回転角度φは、分析領域から見た検出器2の向き、すなわち、分析領域の観察方向(観察方位)に対応する。そのため、試料Sを回転角度φ=φに配置して得られたX線スペクトルと、試料Sを回転角度φ=φ(φ≠φ)に配置して得られたX線スペクトルでは、互いに異なる方向から見た試料Sの情報が得られる。
【0066】
例えば、回転角度φを角度φとすることによって、C-C結合を反映したX線スペクトルが得られる。また、回転角度φを角度φとすることによって、C-O結合を反映したX線スペクトルが得られる。このように、試料Sの回転角度φを変更して、回転角度φごとにX線スペクトルを取得することによって、試料Sのxy面内の情報が得られる。
【0067】
上述したように、斜出射角度θを、斜出射条件を満たす角度とすることによって、高い位置分解能が得られる。例えば、斜出射角度θを、斜出射条件を満たす角度とすることによって、xy面内において、原子レベルの構造の情報が得られる。
【0068】
1.2.2. 試料のz方向の分析
次に、試料Sのz方向の分析について説明する。図15は、軟X線分光装置100の処理部710の処理の一例を示すフローチャートである。
【0069】
まず、ユーザーが操作部720を介して測定条件を入力すると、測定制御部712は、入力された測定条件を受け付ける(S100)。測定条件は、例えば、取得するX線スペクトルの数n、斜出射角度θを変更するときの角度ステップ、加速電圧などの条件を含む。
【0070】
次に、測定制御部712は、斜出射角度θが斜出射条件を満たす角度となるように、試料Sの傾斜角度を設定する(S102)。
【0071】
例えば、測定制御部712は、イメージセンサー60でX線の強度をモニターしながら、試料ステージ20に試料Sの傾斜角度を変更させて、試料Sの表面Fで発生するX線の強度が最大となる試料Sの傾斜角度を探す。そして、このX線の強度が最大となる試料Sの傾斜角度を、斜出射角度θが斜出射条件を満たす角度となる傾斜角度として設定する。
【0072】
なお、ここでは、イメージセンサー60でX線の強度をモニターする場合について説明したが、エネルギー分散型X線検出器(EDS検出器)でX線の強度をモニターしてもよい。例えば、EDS検出器がイメージセンサー60と同じX線の取り出し角となるように装着されていれば、EDS検出器で試料Sの傾斜角度を決定した後に、回転機構24で試料Sを回転させて、試料Sをイメージセンサー60の方向に向ければよい。
【0073】
次に、測定制御部712は、斜出射角度θを、処理S102で設定された斜出射角度(
第1斜出射角度θ)として、X線スペクトル(第1X線スペクトル)を取得するための測定を行う(S104)。
【0074】
具体的には、測定制御部712は、設定された測定条件に従って、電子光学系10に電子線を照射させる。これにより、電子線が照射されることによって試料Sで発生したX線が、X線集光ミラー40で集光され、集光されたX線が回折格子50で分光され、分光されたX線がイメージセンサー60で検出される。イメージセンサー60で取得された第1X線スペクトルは、情報処理装置70に送られる。
【0075】
記憶制御部714は、イメージセンサー60から出力された第1X線スペクトルを、第1斜出射角度θの情報に関連づけて記憶部740に記憶する(S105)。
【0076】
次に、測定制御部712は、試料ステージ20に試料Sを傾斜させて、斜出射角度θを測定条件で指定された角度ステップ分だけ変更する(S106)。これにより、斜出射角度θは、第1斜出射角度θから第2斜出射角度θに変更される。この状態で、測定制御部712は、X線スペクトル(第2X線スペクトル)を取得するための測定を行う(S108)。
【0077】
記憶制御部714は、イメージセンサー60から出力された第2X線スペクトルを、第2斜出射角度θの情報に関連づけて記憶部740に記憶する(S109)。
【0078】
斜出射角度θの変更(S106)、X線スペクトルの取得(S108)、X線スペクトルの記録(S109)を第nスペクトルが得られるまで繰り返す(S110)。これにより、第1~第nX線スペクトルが、第1~第n斜出射角度に関連づけられて記憶部740に記憶される。
【0079】
次に、解析部716は、第1~第nX線スペクトルの各々が得られた試料Sの分析領域の位置を特定する(S112)。
【0080】
上述したように、斜出射角度θは、分析領域のz方向の位置に対応する。そのため、斜出射角度θに基づいて、X線スペクトルが得られた分析領域のz方向の位置を特定できる。分析領域の位置は、各分析領域の相対的な位置関係であってもよい。
【0081】
次に、解析部716は、第1~第nX線スペクトルに基づいて、試料Sの解析を行う(S114)。解析部716は、例えば、第1~第nX線スペクトルに対して、化学結合状態の解析、および定量分析を行う。解析部716は、例えば、第1~第nX線スペクトルが得られた分析領域のz方向の位置と、第1~第nX線スペクトルの解析結果から、試料Sのz方向の局所的な化学結合状態の解析および定量分析を行う。
【0082】
解析部716では、例えば、試料Sが結晶性を有する高分子膜である場合、分子の配向の情報を得ることができる。さらに、解析部716では、これらの分子の化学結合状態の解析を行うことができる。
【0083】
図16および図17は、配向性グラファイトのC-Kスペクトルを示す図である。なお、図16は、各スペクトルを相対強度で示しており、図17は、各スペクトルを絶対強度で示している。図16および図17に示す5つのスペクトルは、斜出射角度θをX線の臨界角から0.5度ステップで変更して測定した。また、加速電圧は5kVとした。
【0084】
図16および図17に示すように、配向性グラファイトの配向方向において、spσ軌道、spσ軌道、π軌道が変化する様子を捉えることができた。また、図17に示す
各スペクトルを波形分離して、各軌道に対応するピーク強度を求めることで、電子状態の定量的な評価ができる。また、ピーク位置から、共有結合や、イオン結合などの状態がわかる。さらに、ピーク強度に基づいて、これらの結合の定量的な評価ができる。
【0085】
1.2.3. 試料のxy面内の分析
次に、試料Sのxy面内の分析について説明する。図18は、軟X線分光装置100の処理部710の処理の一例を示すフローチャートである。
【0086】
まず、ユーザーが操作部720を介して測定条件を入力すると、測定制御部712は、入力された測定条件を受け付ける(S200)。測定条件は、例えば、取得するX線スペクトルの数n、試料Sの回転角度φを変更するときの角度ステップ、加速電圧などの条件を含む。
【0087】
次に、測定制御部712は、斜出射角度θが斜出射条件を満たす角度となるように、試料Sの傾斜角度を設定する(S202)。処理S202は、上述した図15に示す処理S102と同様に行われる。
【0088】
次に、測定制御部712は、斜出射角度θを、処理S202で設定された斜出射角度として、X線スペクトル(第1X線スペクトル)を取得するための測定を行う(S204)。
【0089】
記憶制御部714は、イメージセンサー60から出力された第1X線スペクトルを、第1回転角度φの情報に関連づけて記憶部740に記憶する(S205)。
【0090】
次に、測定制御部712は、試料ステージ20に試料Sを回転させて、試料Sの回転角度φを測定条件で指定された角度ステップ分だけ変更する(S206)。これにより、試料Sは、第2回転角度φで配置される。具体的には、処理S202における試料Sの回転角度φである第1回転角度φから、数度程度回転させて、第2回転角度φとする。このとき、斜出射角度θは、処理S202で設定された角度とする。すなわち、処理S206では、斜出射角度θを変更せずに、試料Sの回転角度φのみを変更する。この状態で、測定制御部712は、X線スペクトル(第2X線スペクトル)を取得するための測定を行う(S208)。
【0091】
記憶制御部714は、イメージセンサー60から出力された第2X線スペクトルを、第2回転角度φの情報に関連づけて記憶部740に記憶する(S209)。
【0092】
試料Sの回転角度φの変更(S206)、X線スペクトルの取得(S208)、X線スペクトルの記録(S209)を、第nスペクトルが得られるまで繰り返す(S210)。これにより、第1~第nX線スペクトルが、第1~第n回転角度に関連づけられて記憶部740に記憶される。
【0093】
次に、解析部716は、第1~第nX線スペクトルの各々が得られた試料Sの分析領域の位置を特定する(S212)。上述したように、試料Sの回転角度φは、分析領域から見た検出器2の向きに対応する。
【0094】
次に、解析部716は、第1~第nX線スペクトルに基づいて、試料Sの解析を行う(S214)。解析部716は、例えば、第1~第nX線スペクトルに対して、化学結合状態の解析、および定量分析を行う。解析部716は、例えば、第1~第nX線スペクトルを取得したときの観察方向と、第1~第nX線スペクトルの解析結果から、試料Sのxy面内の局所的な化学結合状態の解析および定量分析を行う。
【0095】
1.2.4. 試料の3次元の分析
次に、試料Sの3次元の分析について説明する。上述した試料Sのz方向の分析と試料Sのxy面内の分析を組み合わせることで、試料Sの3次元分析ができる。図19は、軟X線分光装置100の処理部710の処理の一例を示すフローチャートである。
【0096】
まず、ユーザーが操作部720を介して測定条件を入力すると、測定制御部712は、入力された測定条件を受け付ける(S300)。測定条件は、例えば、取得するX線スペクトルの数n、斜出射角度θを変更するときの角度ステップ、試料Sの回転角度φを変更するときの角度ステップ、加速電圧などの条件を含む。
【0097】
次に、測定制御部712は、斜出射角度θが斜出射条件を満たす角度となるように、試料Sの傾斜角度を設定する(S302)。処理S302は、上述した図15に示す処理S102と同様に行われる。
【0098】
次に、測定制御部712は、斜出射角度θを、処理S302で設定された斜出射角度として、試料Sのxy面内の測定を行う(S304)。試料Sのxy面内の測定は、図18に示す処理S204、処理S205、処理S206、処理S208、処理S209、処理S210を行うことによって行われる。
【0099】
次に、測定制御部712は、試料ステージ20に試料Sを傾斜させて、斜出射角度θを測定条件で指定された角度ステップ分だけ変更する(S306)。これにより、斜出射角度θは、第1斜出射角度θから第2斜出射角度θに変更される。この状態で、測定制御部712は、試料Sのxy面内の測定を行う(S308)。これにより、第2斜出射角度θでの試料Sのxy面内の測定を行うことができる。
【0100】
斜出射角度θの変更(S306)、試料Sのxy面内の測定(S308)を第n斜出射角度での試料Sのxy面内での測定が行われるまで繰り返す(S310)。これにより、第1~第n斜出射角度での試料Sのxy面内の測定結果が得られる。
【0101】
次に、解析部716は、第1~第n斜出射角度における試料Sのxy面内の測定結果として得られた各X線スペクトルの分析領域および検出器2の向きを特定する(S312)。本処理S312は、上述した図15に示す処理S112および図18に示す処理S212と同様の手法で行われる。
【0102】
次に、解析部716は、第1~第n斜出射角度での試料Sのxy面内の測定結果として得られた各X線スペクトルに基づいて、試料Sの解析を行う(S314)。本処理S314は、上述した図15に示す処理S114および図18に示す処理S214と同様の手法で行われる。この結果、試料Sの3次元の構造の情報を得ることができる。軟X線分光装置100では、例えば、3次元フラッシュメモリなどの微細な3次元構造体について、3次元の構造の情報を容易に得ることができる。
【0103】
なお、上記では、斜出射角度θを変更するごとに、試料Sのxy面内の測定を行う場合について説明したが、試料Sの回転角度φを変更するごとに、試料Sのz方向の測定を行ってもよい。
【0104】
1.3. 作用効果
軟X線分光装置100では、試料ステージ20は、斜出射角度θが可変となるように試料Sを傾斜させる傾斜機構22を有し、記憶制御部714は、X線スペクトルを、X線スペクトルを取得したときの斜出射角度θの情報に関連付けて記憶部740に記憶する。
【0105】
斜出射角度θは、X線スペクトルが得られた分析領域のz方向の位置に対応する。したがって、軟X線分光装置100では、取得したX線スペクトルと、当該X線スペクトルが得られた分析領域のz方向の位置とが関連づけられたデータを得ることができる。そのため、軟X線分光装置100では、試料Sのz方向の解析を容易に行うことができる。
【0106】
軟X線分光装置100では、試料Sで発生したX線を回折格子50で分光し、分光されたX線をイメージセンサー60で検出してX線スペクトルを取得する。そのため、軟X線分光装置100では、試料Sを薄片化する必要がなく、試料Sをバルクの状態で測定することができる。このように、軟X線分光装置100では、バルクの試料Sであっても、透過電子顕微鏡と同様の高分解能の分析が可能である。
【0107】
また、軟X線分光装置100では、試料Sで発生したX線を回折格子50で分光し、分光されたX線をイメージセンサー60で検出してX線スペクトルを取得する。そのため、短時間で、X線スペクトル全体を取得できる。したがって、軟X線分光装置100では、例えば、微小領域の組成分析だけでなく、微小領域の化学結合状態の分析も可能である。
【0108】
軟X線分光装置100では、解析部716が斜出射角度θの情報に基づいて、X線スペクトルが得られた試料Sの分析領域のz方向の位置情報を取得する。そのため、軟X線分光装置100では、X線スペクトルが得られた分析領域のz方向の位置を特定できる。
【0109】
軟X線分光装置100では、試料ステージ20は、試料Sの表面Fに垂直な軸Pを回転軸として試料Sを回転させる第2回転機構24bを有している。そのため、軟X線分光装置100では、試料Sの回転角度φを変更できる。
【0110】
軟X線分光装置100では、記憶制御部714は、X線スペクトルを、X線スペクトルを取得したときの試料Sの回転角度φの情報に関連付けて記憶部740に記憶する。試料Sの回転角度φは、分析領域から見た検出器2の向き、すなわち、分析領域の観察方向(観察方位)に対応する。したがって、軟X線分光装置100では、取得したX線スペクトルと、当該X線スペクトルが得られた分析領域の観察方向とが関連づけられたデータを得ることができる。そのため、軟X線分光装置100では、試料Sのxy面内の解析を容易に行うことができる。
【0111】
軟X線分光装置100では、記憶制御部714は、X線スペクトルを、X線スペクトルを取得したときの斜出射角度θの情報および試料Sの回転角度φの情報に関連付けて記憶部740に記憶する。そのため、軟X線分光装置100では、取得したX線スペクトルと、当該X線スペクトルが得られた分析領域のz方向の位置および観察方向の情報と、が関連づけられたデータを得ることができる。そのため、軟X線分光装置100では、試料Sの3次元の解析を容易に行うことができる。
【0112】
軟X線分光装置100における分析方法は、斜出射角度θを第1斜出射角度θとして第1X線スペクトルを取得する工程と、斜出射角度θを第1斜出射角度θとは異なる第2斜出射角度θとして第2X線スペクトルを取得する工程と、第1X線スペクトルおよび第2X線スペクトルに基づいて試料Sのz方向の情報を求める工程と、を含む。
【0113】
そのため、軟X線分光装置100における分析方法では、試料Sのz方向の情報を得ることができる。また、軟X線分光装置100における分析方法では、試料Sを薄片化する必要がなく、試料Sをバルクの状態で測定することができる。
【0114】
軟X線分光装置100における分析方法では、第1X線スペクトルを取得する工程にお
いて、第1斜出射角度θを、試料Sで発生したX線が試料Sの表面Fで全反射する角度とする。そのため、z方向において高い位置分解能を得ることができる。
【0115】
軟X線分光装置100における分析方法は、試料Sの表面Fに垂直な軸Pを回転軸とし試料Sを第1回転角度φに配置して、第1X線スペクトルを取得する工程と、試料Sを第1回転角度φとは異なる第2回転角度φに配置して、第2X線スペクトルを取得する工程と、第1X線スペクトルおよび第2X線スペクトルに基づいて試料Sのxy面内の情報を求める工程と、を含む。
【0116】
そのため、軟X線分光装置100における分析方法では、試料Sのxy面内の情報を得ることができる。また、軟X線分光装置100における分析方法では、試料Sを薄片化する必要がなく、試料Sをバルクの状態で測定することができる。
【0117】
軟X線分光装置100における分析方法では、第1X線スペクトルを取得する工程および第2X線スペクトルを取得する工程において、斜出射角度θを、試料Sで発生したX線が試料Sの表面Fで全反射する角度に設定する。そのため、xy面内において高い位置分解能が得られる。
【0118】
2. 第2実施形態
2.1. 軟X線分光装置
図20は、第2実施形態に係る軟X線分光装置200の構成を示す図である。以下、第2実施形態に係る軟X線分光装置200において、第1実施形態に係る軟X線分光装置100の構成部材と同様の機能を有する部材については同一の符号を付し、その詳細な説明を省略する。
【0119】
上述した図1に示す軟X線分光装置100では、斜出射角度θを変化させる可変機構が、試料ステージ20の傾斜機構22であった。これに対して、第2実施形態に係る軟X線分光装置200では、斜出射角度θを変化させる可変機構が、電子光学系10の偏向器12である。
【0120】
図21は、軟X線分光装置200において、斜出射角度θを変更する手法を説明するための図である。
【0121】
軟X線分光装置200では、図21に示すように、試料Sに照射される電子線を偏向させることによって、斜出射角度θを変化させる。
【0122】
なお、軟X線分光装置200の構成は、上述した図1に示す軟X線分光装置100と同様である。また、軟X線分光装置200の情報処理装置70の構成は、図5に示す軟X線分光装置100の情報処理装置70の構成と同様である。
【0123】
2.2. 分析方法
2.2.1. 原理
図22は、電子線を偏向させることで、斜出射角度θを変更する様子を説明するための図である。
【0124】
試料ステージ20の傾斜を固定して、電子線を偏向させることによって、X線の取り出し角αを変化させることができる。これにより、斜出射角度θを変更できる。観察倍率を低くするほど、斜出射角度θを大きく変化させることができる。
【0125】
試料ステージ20の中心O(試料ステージ20上において、電子光学系10の光軸と交
わる点)からkmm(kは任意の整数)の位置における斜出射角度θkは、次式で表される。
【0126】
θk=αnk-β
αnk=arctan(k×tanβ)+D×sinα/k+D×cosα
ただし、αnkは、中心Oからkmmの位置におけるX線の取り出し角であり、αは、中心OにおけるX線の取り出し角であり、βは、試料Sの表面Fの傾斜角度であり、Dは中心Oと検出器2との間の距離である。
【0127】
2.2.2. ライン分析
軟X線分光装置200において、試料S上で電子線を直線状に走査する(ライン分析)ことによって、斜出射角度θを微小な角度ステップで精度よく変化させることができる。
【0128】
例えば、観察倍率50倍で中心Oでの作動距離が11mmの場合、電子線を直線状に走査すると約2.4mmの長さを走査することになる。傾斜角度βを34度、観察倍率50倍で20点のデータを取得する場合、各分析点での斜出射角度θは、図23に示す表のようになる。
【0129】
このように、電子線を偏向して斜出射角度θを変化させることによって、試料ステージ20を用いて斜出射角度θを変化させる場合と比べて、斜出射角度θを微小な角度ステップで精度よく変化させることができる。
【0130】
2.2.3. マップ分析
上記では、ライン分析を行った場合について説明したが、試料Sの面内を走査するマップ分析を行ってもよい。マップ分析では、電子線で試料S上の分析対象領域を走査し、当該分析対象領域内の各分析点(ピクセル)におけるX線スペクトルを取得する(スペクトルマップ)。各分析点のX線スペクトルから、所望の元素のX線強度の情報を得ることができる。また、マップ分析では、各分析点における斜出射角度θを、互いに異ならせることができる。そのため、マップ分析で得られたマップから、斜出射角度θが互いに異なる複数のX線スペクトルを得ることができる。
【0131】
図24は、試料Sのマップ分析の結果を示す図である。図24では、Siウエハ上に形成された約10nmの膜厚のSi膜を分析した結果である。なお、図24に示す各マップの横方向は、検出器2を向く方向であり、縦方向は、検出器2を向く方向に対して垂直な方向である(図27参照)。マップ分析の測定条件は、上述したライン分析の測定条件と同様である。
【0132】
図24に示すO-Kマップは、酸素のK線の強度の分布を示し、N-Kマップは、窒素のK線の強度の分布を示し、Si-Lは、シリコンのL線の強度の分布を示している。
【0133】
図25は、図24に示すN-Kマップから抽出したスペクトルを示す図である。図25では、N-Kマップに示す横方向に並ぶ3点(No.1、No.2,No.3)のスペクトルを示している。
【0134】
図25に示すように、No.1、No.2、No.3の順に強度が下がっているが、この順で分解能が向上する。例えば、No.3のスペクトルでは、サブピーク(N_band2)が明瞭に確認できる。これは、図24に示すN-Kマップでは、左から右に行くほど斜出射角度θが大きくなるためである。具体的には、No.1、No.2、No.3の順に斜出射角度θが大きくなるため、No.1、No.2、No.3の順に、Si膜内を通過するX線の距離が短くなる。この結果、No.1、No.2、No.3の順に
、X線強度が下がる。さらに、No.1、No.2、No.3の順に、z方向(結晶成長方向)に敏感になり、分解能が向上する。
【0135】
図26は、N-Kマップから抽出したスペクトルを示す図である。図26では、N-Kマップの縦方向に並ぶ4点(No.4、No.5、No,6、No.7)のスペクトルを示している。
【0136】
No.4、No.5、No,6、No.7のスペクトルを比較すると、ピークのシフトが確認できる。このシフトは、試料Sの表面Fの高さの変化、すなわち、作動距離の変化を示している。このような作動距離の変化は、試料Sの表面Fが傾斜していることを示唆している。
【0137】
このように、マップ分析を行い、マップの縦方向および横方向など、様々な方向について分析を行うことによって、その方向における結晶成長の傾向や、結晶構造の変化を知ることができる。また、試料Sの表面Fの傾斜によるスペクトルの変化を観察できる。
【0138】
図27は、マップ分析の各分析点と検出器2の位置関係を示す図である。
【0139】
図24に示すマップの各分析点(ピクセル)の斜出射角度θは、試料Sの表面Fを表す式ax+by+cz+d=0と、検出器2の検出点(p,q,r)と各分析点を含む平面ex+fy+j=0と、から算出できる。表面Fを表す式は、例えば、分析領域の4つの端点(E1(x,y,z)、E2(x,y,z)、E3(x,y,z)、E4(x,y,z))から算出できる。
【0140】
図27では、任意の分析点P(Xm,Yn,Zo)でのX線の取り出し角αはαXmYnZoで表され、斜出射角度θはθXmYnZoで表され、X線強度IはIαXmYnZoで表される。
【0141】
ここで、第1回転機構24aを用いて試料Sを回転させると、試料Sの表面Fにおける任意の分析点P(Xm,Yn,Zo)でのX線の取り出し角αおよび斜出射角度θが大きく変化する。これにより、図26で示したようなピークのシフトがより明確になり、ピークのシフトの観察が容易になる。このピークのシフトは、第1回転機構24aを用いて試料Sを回転させることによって、試料Sの表面Fの高さ(すなわち作動距離)が変化することで生じる。例えば、第1回転機構24aによる試料Sの回転角度の変更と、マップ分析と、を繰り返すことで、回転角度ごとにマップを得ることができる。また、例えば、第1回転機構24aによる試料Sの回転角度の変更と、分析点Pでのスペクトルの取得と、を繰り返すことで、回転角度ごとに分析点Pにおけるスペクトルを取得してもよい。また、記憶制御部714は、X線スペクトルを、X線スペクトルを取得したときの試料Sの回転角度の情報に関連付けて記憶部740に記憶する。
【0142】
2.2.4. 膜厚および質量吸収係数の解析
各分析点におけるX線強度Iは、標準試料のX線強度をI、質量吸収係数をμ、密度ρ、膜厚t(cm)、斜出射角度θとすると、次式(1)で表される。
【0143】
I=I×exp(-μ/ρ)×ρ×t×cosecθ ・・・(1)
【0144】
例えば、図24に示すSi-LマップのX線強度Iのデータおよび標準試料のX線強度Iから、上記式(1)で膜厚を算出すると、図28に示す結果が得られる。図28に示すX線強度Iは、図24に示すSi-Lマップの中心のX線強度と、中心から左側の10点のX線強度である。なお、密度ρが不確かな場合には、面密度ρtとして表してもよい
【0145】
上記では、窒素のピーク全体の強度を用いて、膜厚を算出したが、各バンドのピークの強度を用いて、膜厚を算出してもよい。この場合、N_band1、N_band2、N_band3の各々の膜厚を知ることができる。そのため、窒素のバンド(化学結合状態)ごとの膜厚の分布を知ることができる。
【0146】
さらに、密度ρ、膜厚tなどが既知であれば、上記式(1)を用いて、質量吸収係数μの評価を行うことができる。
【0147】
2.2.5. 薄膜の分析
図29は、膜厚3nmのカーボン薄膜上で電子線を走査して測定を行った結果を説明するための図である。図29には、分析点P1、分析点P2、分析点P3における炭素のK吸収端領域のスペクトル(C-Kスペクトル)を示している。なお、分析点P1が最も斜出射角度θが小さく、分析点P3が最も斜出射角度θが大きい。
【0148】
分析点P1では、斜出射角度θが小さいため、X線が薄膜を通過する距離が長い。そのため、低エネルギーのσ結合が吸収される。そのため、分析点P1で得られたスペクトルでは、π結合を反映したピークが強く表れる。分析点P3では、斜出射角度θが大きいため、X線が薄膜を通過する距離が短い。そのため、分析点P3で得られたスペクトルでは、分析点P1で得られたスペクトルと比べて、σ結合を反映したピークが強く表れる。この効果は、膜厚が薄いほど大きい。したがって、得られたスペクトルにおいて、σ結合成分とπ結合成分の強度の割合から、膜厚を算出することができる。
【0149】
図30は、カーボン薄膜上で電子線を走査して測定を行って得られたスペクトルを示している。図30に示すように、斜出射角度θが大きいほど、σ結合を反映したピークが強く表れる。また、斜出射角度θが大きいほど、X線強度が大きい。
【0150】
上記のように、電子線を走査して斜出射角度θを変化させることによって、斜出射角度θを変化させたときのX線の強度の変化や波形の変化を効率よく検出できる。これらの結果を用いて、膜厚や構造を特定することができる。
【0151】
なお、試料の結晶化度も、スペクトルの波形の変化量によって算出できる。例えば、試料がアモルファスの場合、斜出射角度θを変化させても波形は変化せず、同じ波形となる。
【0152】
2.2.6. バルク試料の分析
図31は、バルクの高配向性熱分解グラファイト(Highly oriented pyrolytic graphite、HOPG)上で電子線を走査して測定を行って得られたスペクトルを示している。図31には、分析点p1、分析点p2、分析点p3で得られたスペクトルを含む。分析点p1における斜出射角度をθp1とし、分析点p2における斜出射角度をθp2とし、分析点p3における斜出射角度をθp3とした場合、θp1<θp2<θp3の関係を有する。
【0153】
図31に示すように、バルク試料では、斜出射角度θが小さいほど、X線強度が強くなる。また、バルク試料では、斜出射角度θが大きいほど、吸収効果が小さくなって、z方向の情報が顕著となる。図31に示す例では、斜出射角度θが小さい分析点p3では、X線強度が小さいがπ結合を反映したピークが強く表れている。
【0154】
このように、バルク試料においても、薄膜試料と同様に、電子線を走査して斜出射角度
θを変化させることによって、斜出射角度θを変化させたときのX線の強度の変化や波形の変化を効率よく検出できる。これらの結果を用いて、試料Sの構造を特定することができる。
【0155】
また、バルク試料と薄膜試料とでは、斜出射角度θとX線強度の関係が異なる。そのため、斜出射角度θを変化させて得られた複数のX線スペクトルから、試料Sがバルク試料であるか薄膜試料であるのかを判断できる。
【0156】
なお、バルク試料においても、薄膜試料の場合と同様に、質量吸収係数を求めることができる。バルク試料では、薄膜試料の場合と異なり、吸収効果を無視できない。そのため、X線強度Iは、次式(2)で表される。
【0157】
【数1】
【0158】
ただし、φはX線発生関数であり、dは厚さであり、ρzは質量深さであり、(μ/ρ) は、元素Aの質量吸収係数である。
【0159】
膜厚は、バルク試料では、無限大であるが、有限ではρtと置き換えることができる。吸収効果は、exp(-χρz)で表され、斜出射角度θが小さいほど、吸収は大きくなる。斜出射角度θを変化させることによって、吸収効果によりX線強度が敏感に変化するため、斜出射角度θを変化させてスペクトルを取得することによって、吸収効果を精度よく求めることができる。
【0160】
上記式(2)を用いて、バルク試料においても、薄膜試料の場合と同様に、膜厚tや、質量吸収係数を求めることができる。
【0161】
2.2.7. 試料表面の均質性評価
図24に示すマップは、斜出射角度θが6度以下で測定されている。ここで、Si-Lのバンドのエネルギーは約90eVであり、全反射臨界角度は23.6度である。そのため、本来、Siは検出されないはずであるが、図24に示すSi-Lのマップでは、Siが検出されている箇所が見られる。これは、この箇所では、斜出射角度θが全反射臨界角度23.6度を越えていることを意味している。すなわち、この箇所は、膜の剥がれや、凹凸などがあることを示唆している。このように、図24に示すマップから、試料表面の均質性の評価ができる。
【0162】
2.3. 動作
次に、軟X線分光装置200の動作を説明する。以下では、上述したマップ分析を行う場合の動作について説明する。図32は、軟X線分光装置200の処理部710の処理の一例を示すフローチャートである。
【0163】
まず、ユーザーが操作部720を介して測定条件を入力すると、測定制御部712は、入力された測定条件を受け付ける(S400)。測定条件は、例えば、分析領域の位置や大きさ、分析点の数、観察倍率、加速電圧などの条件を含む。
【0164】
次に、測定制御部712は、斜出射角度θが斜出射条件を満たす角度となるように、試料Sの傾斜角度を設定する(S402)。処理S402は、上述した図15に示す処理S102と同様に行われる。
【0165】
次に、測定制御部712は、図27に示すように、4つの端点(E1(x,y,z)、E2(x,y,z)、E3(x,y,z)、E4(x,y,z))の座標を取得する(S404)。
【0166】
4つの端点の座標の計測は、軟X線分光装置200が備えた光学顕微鏡を用いて行われる。例えば、光学顕微鏡のオートフォーカス機能を用いて、4つの端点の座標を計測する。なお、試料Sが装着された試料ホルダーを外部の光学顕微鏡の試料ステージに装着し、当該光学顕微鏡を用いて4つの端点を計測し、計測結果を記憶部740に格納してもよい。この場合、測定制御部712は、記憶部740に格納された計測結果を読み出して、4つの端点の座標を取得する。
【0167】
解析部716は、4つの端点の座標に基づいて、試料Sの傾斜角度βを算出する(S406)。
【0168】
測定制御部712は、電子光学系10に、電子線で試料Sの分析の対象となる領域を走査させ、各分析点(ピクセル)におけるスペクトルを取得する(S408)。この結果、各分析点におけるスペクトルが記憶部740に記憶される。
【0169】
解析部716は、4つの端点の座標および傾斜角度βに基づいて、各分析点の座標および各分析点の斜出射角度θを算出する(S410)。
【0170】
解析部716は、各分析点の斜出射角度θおよび各分析点でのX線強度から、薄膜の膜厚を算出し、構造の解析を行う(S412)。なお、解析部716は、各分析点において化学結合状態ごとにX線強度を取得して、化学結合状態ごとの膜厚を算出してもよい。また、解析部716は、質量吸収係数の算出や、結晶化度の評価、均質性の評価、バルク試料か薄膜試料かの判別など、上述した「2.2. 分析方法」で説明した各種解析を行ってもよい。また、解析部716は、指定された複数の分析点における複数のX線スペクトル(第1~第nX線スペクトル)を取得し、取得したX線スペクトル(第1~第nX線スペクトル)に基づいて、図15に示す処理S114と同様に、試料Sの解析を行ってもよい。
【0171】
なお、上記では、マップ分析を行う場合について説明したが、ライン分析も同様に行うことができる。また、上述した「1.2.4. 試料の3次元の分析」と同様に、試料Sの回転角度φを変更するごとに、マップ分析を行ってもよい。これにより、回転角度φごとに、マップを得ることができる。
【0172】
2.4. 作用効果
軟X線分光装置200では、電子光学系10は、電子線を偏向させて、X線の取り出し角αを変更する偏向器12を有し、偏向器12を用いて斜出射角度θを変更する。そのため、軟X線分光装置200では、例えば、試料ステージ20の傾斜機構22を用いて斜出射角度θを変更する場合と比べて、斜出射角度θを、微小な角度ステップで、精度よく変更できる。したがって、軟X線分光装置200では、膜厚や、質量吸収係数、結晶構造などを精度よく求めることができる。例えば、上述したライン分析や、マップ分析を行うことで、臨界角近傍での波形変化を詳細に観察できる。
【0173】
なお、X線の全反射臨界角θ(°)は、次式で表すことができる。
【0174】
【数2】
【0175】
ここで、λはX線の波長(nm)であり、Zは原子番号であり、ρは密度(g/cm)であり、Aは原子量である。
【0176】
軟X線分光装置200における分析方法は、電子線で試料Sの分析対象領域を走査して、分析対象領域内の各分析点において、X線スペクトルを取得する工程と、各分析点における斜出射角度θを求める工程と、を含む。また、第1X線スペクトルを取得する工程では、第1斜出射角度θの分析点を選択して、第1X線スペクトルを取得し、第2X線スペクトルを取得する工程では、第2斜出射角度θの分析点を選択して、第2X線スペクトルを取得する。このように、軟X線分光装置200では、マップ分析を行い、得られたスペクトルマップから所望の分析点を選択してスペクトルを得ることができる。したがって、軟X線分光装置200では、膜厚や、質量吸収係数、結晶構造などを精度よく求めることができる。
【0177】
3. 変形例
なお、本発明は上述した実施形態に限定されず、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。
【0178】
3.1. 第1変形例
上述した第1実施形態では、斜出射角度θを変更するために、試料Sの傾斜角度を変更し、第2実施形態では、電子線を偏向させたが、斜出射角度θを変更する手法はこれに限定されない。
【0179】
図示はしないが、例えば、検出器2の角度を変えることによって、斜出射角度θを変更してもよい。
【0180】
上述した実施形態では、試料ステージ20の動作によって試料Sの回転角度φを変更する場合について説明したが、試料Sの回転角度φを変更する手法はこれに限定されない。例えば、検出器2を、試料Sまわりに回転させることによって、試料Sの回転角度φを変更してもよい。また、複数の検出器2を試料Sまわりに配置して、各検出器2でX線スペクトルを取得することによって、試料Sの回転角度φの異なるX線スペクトルを得てもよい。これにより、試料ステージ20の動作によって試料Sの回転角度φを変更する場合と同様の測定が可能である。
【0181】
3.2. 第2変形例
上述した実施形態では、図15に示すように試料Sのz方向の分析を軟X線分光装置100が自動で行う場合について説明したが、図15に示す処理の少なくとも一部を手動で行ってもよい。同様に、図18に示す処理の少なくとも一部を手動で行ってもよいし、図19に示す処理の少なくとも一部を手動で行ってもよい。
【0182】
3.3. 第3変形例
軟X線分光装置100および軟X線分光装置200において、電子線の加速電圧を変更することによって、試料Sの厚み方向の情報を得てもよい。
【0183】
3.4. 第4変形例
第1実施形態および第2実施形態では、カーボン薄膜やSi膜などを分析する場合について説明したが、分析対象となる試料はこれに限定されず、積層膜、半導体薄膜、光学薄膜、有機薄膜、DLC薄膜などであってもよい。また、分析対象となる試料は、薄膜試料に限定されず、バルク試料であってもよい。
【0184】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、さらに種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成を含む。実質的に同一の構成とは、例えば、機能、方法、及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成である。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0185】
2…検出器、10…電子光学系、12…偏向器、20…試料ステージ、22…傾斜機構、24a…第1回転機構、24b…第2回転機構、26a…X移動機構、26b…Y移動機構、28…Z移動機構、30…X線スリット、40…X線集光ミラー、50…回折格子、60…イメージセンサー、62…受光面、70…情報処理装置、100…軟X線分光装置、200…軟X線分光装置、710…処理部、712…測定制御部、714…記憶制御部、716…解析部、718…表示制御部、720…操作部、730…表示部、740…記憶部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32