(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-19
(45)【発行日】2024-03-28
(54)【発明の名称】高排水性を有するトレッド
(51)【国際特許分類】
B60C 1/00 20060101AFI20240321BHJP
B60C 11/13 20060101ALI20240321BHJP
C08K 3/013 20180101ALI20240321BHJP
C08K 5/053 20060101ALI20240321BHJP
C08L 21/00 20060101ALI20240321BHJP
【FI】
B60C1/00 A
B60C11/13 A
C08K3/013
C08K5/053
C08L21/00
(21)【出願番号】P 2023500313
(86)(22)【出願日】2021-07-05
(86)【国際出願番号】 EP2021068514
(87)【国際公開番号】W WO2022008443
(87)【国際公開日】2022-01-13
【審査請求日】2023-02-17
(31)【優先権主張番号】102020000016276
(32)【優先日】2020-07-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】IT
(73)【特許権者】
【識別番号】518333177
【氏名又は名称】ブリヂストン ヨーロッパ エヌブイ/エスエイ
【氏名又は名称原語表記】BRIDGESTONE EUROPE NV/SA
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100225060
【氏名又は名称】屋代 直樹
(72)【発明者】
【氏名】パスクァーレ アゴレッティ
(72)【発明者】
【氏名】パオロ フィオレンツァ
(72)【発明者】
【氏名】クラウディア アーリシチオ
(72)【発明者】
【氏名】マリア デル マル ベルナル オルテガ
【審査官】鏡 宣宏
(56)【参考文献】
【文献】特表2020-515700(JP,A)
【文献】特開2004-196145(JP,A)
【文献】特開2005-231600(JP,A)
【文献】特開2002-036820(JP,A)
【文献】特開2002-219906(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60C 1/00、11/00-11/24
C08K 3/00-13/08
C08L 1/00-101/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の溝を備え、また少なくとも1つの架橋性不飽和鎖ポリマーベースと、充填剤と、加硫系と、および少なくとも50重量%のノナコサンジオールから構成されるワックスとを含むゴムコンパウンドを使用して製造されるトレッドであって、前記溝の少なくとも一部が、複数の突出要素から構成される疎水性表面構造を有
し、前記疎水性表面構造は、出力範囲が10~50W、周波数範囲が1~10kHz、解像度範囲が0.01~1mm、および走査速度範囲が1~1000mm/sであるレーザービームの作用によって生成され、前記ワックスは、4.0~10phrの範囲の量で前記コンパウンド内に存在することを特徴とする、トレッド。
【請求項2】
請求項1に記載のトレッドにおいて、前記突出要素は、円柱または正方形を基面とする角柱または三角形状体であることを特徴とする、トレッド。
【請求項3】
請求項1または2に記載のトレッドにおいて、
前記レーザービームは、出力範囲が20~40W、周波数範囲が3~7kHz、解像度範囲が0.05~0.15mm、および走査速度範囲が300~700mm/sであることを特徴とする、トレッド。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のトレッドにおいて、
前記突出要素はそれぞれ、0.01~2mmの範囲の高さおよび、60°~120°の範囲の前記溝の表面に対して角度をなす延長軸線を有し、該突出要素は0.01mm~5mmの範囲の距離ごとにそれらの間に配置されることを特徴とする、トレッド。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のトレッドにおいて、
前記ノナコサンジオールは、2つのヒドロキシル基の間に配置されたC2~C6鎖を含む、トレッド。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のトレッドにおいて、前記ノナコサンジオールは、
ノナコサン‐4,10‐ジオール、ノナコサン‐5,10‐ジオールおよびノナコサン‐10,13‐ジオールを含む群に含まれる、トレッド。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載のトレッドにおいて、
前記ワックスは蓮の葉由来のものであることを特徴とする、トレッド。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載のトレッド
を含む空気入りタイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い排水能力を有するトレッドに関する。
【背景技術】
【0002】
空気入りタイヤの分野における研究の一部は、ウェットグリップ、特にウェットブレーキングの性能を向上させたトレッドを得ることに焦点を当てている。
【0003】
当業者に知られているように、濡れた状態での路面上のトレッドのグリップとは、路面とトレッド自体との間に形成される水の層を除去する能力の作用である。この水の層の存在により、必然的に路面上のトレッドの効果的なグリップが損なわれる。
【0004】
水の層の除去を容易にするために、トレッドには排水ステップが生じる溝が設けられている。
【0005】
この点に関して、濡れた状態での空気入りタイヤのブレーキング作用が、トレッドと路面との間にある水の層をトレッドから除去する第1の排水ステップおよび、トレッドのブロックが該路面に密着する摩擦ステップをどのように提供するかを説明することが重要である。排水ステップが短いほど、ブレーキング作用がより効率的になる。
【0006】
知られているように、排水ステップを短くするための解決策は、トレッドの溝の容積を増やすことである。上記解決策は、排水ステップをより短くより効果的にすることには成功しているが、トレッドと路面との間の接触面積を減少させ、摩擦ステップ、つまりはブレーキング作用を損なわせてしまう。さらに、溝の容積の増加は、トレッドの耐摩耗性に悪影響を及ぼし得ることが知られている。
【0007】
本件出願人は、イタリア国特許出願第102017000047751号において、トレッドのゴムコンパウンド内で、トレッド表面自体に疎水性、つまりは排水性の改善を与えることができる特定のワックスの使用について説明し、また権利請求した。
【0008】
さらに、空気入りタイヤ産業においてはしばらく前から、トレッドの溝内に疎水性表面を生成することで、水のより迅速な排出に有利となることが知られている。疎水性表面構造という用語は、適切な突出要素が存在する表面を指す。知られているように、そのような突出要素の存在は、水滴と表面との間の接触角の増加を伴う。水滴と溝の表面との間の接触角が大きいほど、水が表面から排出される傾向が大きくなり、したがって、排水ステップが短くなる。このような解決策は、溝の数および/または寸法ではなく、溝の表面のみに介入するという大きな利点を有し、したがって、トレッド自体と路面との間の接触面積を減少させない。
【発明の概要】
【0009】
本発明の発明者は、コンパウンド内における特定のワックスの使用と溝内における疎水性表面構造の存在との間の驚くべき相乗効果を見出した。このような相乗効果により、トレッド溝の高レベルな疎水性が保証される。特に、以下に説明するように、疎水性表面構造の存在下で、コンパウンド内に特定のワックスの量を増加させると、疎水性表面構造が存在しない場合に得られる疎水性よりもはるかに高い疎水性の増加が保証されることが確認された。
【0010】
本発明の目的は、複数の溝を備え、並びに少なくとも1つの架橋性不飽和鎖ポリマーベースと、充填剤と、加硫系(vulcanization system)と、および少なくとも50重量%のノナコサンジオールから構成(composed of)されるワックスとを含むゴムコンパウンドを使用して製造されるトレッドであって、前記溝の少なくとも一部が、複数の突出要素から構成される疎水性表面構造を有することを特徴とする、トレッドである。
【0011】
本明細書および以下において、ワックス(wax)という用語は、周囲温度で展性があり、溶融時に粘度が比較的低く、水に不溶で疎水性である物質を指す。
【0012】
本明細書および以下において、「架橋性不飽和鎖ポリマーベース(cross-linkable unsaturated-chain polymeric base)」という用語は、硫黄または過酸化物系による架橋(硬化)後に、エラストマーが通常想定する化学物理的および機械的特性のすべてを想定できる、任意の天然または合成の未架橋ポリマーを指す。
【0013】
本明細書および以下において、加硫系(vulcanization system)という用語は、加硫剤、例えば硫黄の組み合わせを指し、並びに、コンパウンドの調製において最終混成ステップ中に添加され、また、コンパウンドが一旦加硫温度にさらされるとポリマーベースの加硫を促進しようとする目的を有する促進(accelerating)化合物を含む。
【0014】
好ましくは、突出要素は、正方形もしくは三角形の基面または他の規則的もしくは不規則な平面の幾何学図形および様々な技術(成形、堆積、エッチングなど)によって得られるそれらすべての組み合わせを有する円柱(cylinders)または角柱(prisms)である。
【0015】
好ましくは、疎水性表面構造は、レーザーを使用して特定の動作条件下で生成された正方形を基面とした角柱からなる。
【0016】
このような表面構造は、トレッドの溝内に形成され、トレッドが磨耗してもなお時間をかけて持続する。
【0017】
具体的には、加硫されたトレッドの溝の表面にレーザービームが直接照射された。使用されたレーザービームは、出力(power)範囲が10~50W、周波数範囲が1~10kHz、解像度(resolution)範囲が0.01~1mm、および走査速度範囲が1~1000mm/sによって特徴付けられる。
【0018】
好ましくは、出力範囲は20~40W、周波数範囲は3~7kHz、解像度範囲は0.05~0.5mm、走査速度範囲は300~700mm/sである。
【0019】
本発明の発明者らは、上記の動作条件が順守されれば、接触角に関して疎水性という意図された特性を有する溝の表面組織を作成することが可能であることを確認した。
【0020】
好ましくは、前記突出要素はそれぞれ、0.01~2mmの範囲の高さおよび、60°~120°の範囲の溝の表面に対して角度をなす延長軸線(axis of extension)を有する。突出要素は、0.01mm~5mmの範囲の距離ごとにそれらの間に配置され、より好ましくは、0.05~1mmの範囲の距離である。最も好ましくは、突出要素はそれぞれ、0.05~0.5mmの範囲の高さおよび、80°~100°の範囲の溝の表面に対して角度をなす延長軸線を有する。
【0021】
好ましくは、前記ノナコサンジオールは、2つのヒドロキシル基の間に配置されたC2~C6鎖を含む。
【0022】
好ましくは、前記ノナコサンジオールは、ノナコサン‐4,10‐ジオール、ノナコサン‐5,10‐ジオールおよびノナコサン‐10,13‐ジオールを含む群に含まれる。
【0023】
好ましくは、前記ワックスは蓮(lotus)の葉に由来する。
【0024】
好ましくは、前記ワックスは、0.5~10phr、より好ましくは1~5phrの範囲の量でコンパウンド内に存在する。
【0025】
本発明のさらなる目的は、本発明に係るトレッドを備える空気入りタイヤである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下は、純粋に説明のために与えられた例示的で非限定的な実施形態である。
【0027】
3つのゴム製トレッドコンパウンド(A~C)を製造した。第1の(A)はノナコサンジオールを含有するワックスを含まず、他の2つ(BおよびC)は異なる量のノナコサンジオールを含有するワックスを含む。
【0028】
実施例のコンパウンドは、以下の手順に従って調製した。
【0029】
[第1の生成混成ステップ-マスターバッチ]
混成を開始する前に、タンジェンシャルローターを備え、内部容積が230~270リットルのミキサーに、架橋性不飽和鎖ポリマーベース、シリカ、シラン結合剤およびカーボンブラックを装填し、充填率(fill factor)は66~72%に達した。
【0030】
ミキサーを40~60回転/分の速度で作動させ、こうして形成された混合物を、温度が145~165℃に達した時点で放出した。
【0031】
[第2の非生成混成ステップ]
前のステップからの混合物を、40~60rpmの速度で作動するミキサーで再処理し、続いて、温度が130~150℃に達したら取り出した。
【0032】
[生成混成ステップ]
加硫系、酸化亜鉛、ステアリン酸、および必要に応じてワックスを、前のステップから得られた混合物に添加し、63~67%の充填率に達した。
【0033】
ミキサーを20~40回転/分の速度で作動させ、こうして形成された混合物を、温度が145~165℃に達した時点で放出した。
【0034】
本明細書および以下において、「非生成混成ステップ(non-productive blending step)」という用語は、加硫系を除くコンパウンドの成分を架橋性不飽和鎖ポリマーベースに添加および混合する混成ステップを指す。一方、「生成混成ステップ(productive blending step)」という用語は、加硫系を調製中のコンパウンドに添加および混合する混成ステップを指す。
【0035】
表1は、3つのコンパウンドのphrにおける組成を示す。
【表1】
【0036】
S-SBRは、平均分子量がそれぞれ800~1500×103および500~900×103の範囲、スチレン含有量が10~45%の範囲、およびビニル含有量が20~70%の範囲である溶液中において重合プロセスによって得られるポリマーベースである。
【0037】
BRは、ポリブタジエンから構成されるポリマーベースである。
【0038】
シリカは、約170m2/gの表面積を有するシリカであり、EVONIK社によってUltrasil VN3の商品名で市販されている。
【0039】
カーボンブラックはN134である。
【0040】
シラン結合剤は、EVONIK社によってSI75という商品名で販売されている。
【0041】
TBBSは、加硫促進剤として使用される化合物N‐tert‐ブチル‐2‐ベンゾチアゾール スルフェンアミドの頭字語である。
【0042】
DPGは、加硫促進剤として使用される化合物ジフェニルグアニジンの頭字語である。
【0043】
特に、ワックスは、蓮の葉由来のものであり、Natural Sourcing, LLC社によってLotus Floral Wax(INCI:Nelumbo Nucifera Floral Wax)という商品名で販売されている。使用したワックスの化学分析から、ノナコサン-4,10-ジオール、ノナコサン-5,10-ジオールおよびノナコサン-10,13-ジオールを含む群に含まれるノナコサンジオールが51.4重量%存在することが検出された。
【0044】
表1の3つのコンパウンドのそれぞれを用いて、2つのそれぞれのゴムトレッドサンプルを生成した。
【0045】
表1の各コンパウンドに関して、2つのサンプルのうちの1つで、同じ疎水性表面構造を生成した。
【0046】
CO
2レーザーを使用して疎水性表面構造を生成し、その動作条件は表2に報告されている。
【表2】
【0047】
このようにして、6つのサンプルのうちの3つで疎水性表面構造が得られ、正方形を基面とする角柱の形状をした複数の突出要素を含み、ここで、その各々は、0.5mmに等しい高さおよび溝の表面に対して90°の角度をなす延長軸線を有する。さらに、突出要素は、それらの間で0.5mmの距離だけ離れている。
【0048】
要約すると、6つのトレッドゴムサンプルを作成した。A'は、コンパウンドAを使用して作成したが疎水性表面構造がなく、A''は、コンパウンドAを使用して作成され疎水性表面構造が実装されている。B'は、コンパウンドBを使用して作成したが疎水性表面構造がなく、B''は、コンパウンドBを使用して作成され疎水性表面構造が実装されている。C'は、コンパウンドCを使用して作成したが疎水性表面構造がなく、C''は、コンパウンドCを使用して作成され疎水性表面構造が実装されている。
【0049】
水滴と表面との間の接触角を、6つのサンプルのそれぞれについて測定した。
【0050】
接触角は、ASTM D7334に記載の方法に従って張力計を使用して測定した。
【0051】
【0052】
表3の上記データから確認できるように、サンプル中の疎水性表面構造の存在は、疎水性表面構造が存在しない場合に得られるであろうコンパウンドへの同じワックス量の添加の場合よりも、大幅に大きい接触角の増加を誘発する。このような効果は、A''からB''への遷移から得られる接触角の増加と、A'からB'への遷移から得られる接触角の増加との比較から、並びに、B''からC''への変化から得られる接触角の増加と、B'からC'への変化から得られる接触角の増加との比較から明らかである。
【0053】
このようにして、ワックスのみの存在で得ることができる短い排水ステップよりもさらに短い排水ステップを確保することができる表面構造の実装が得られる。
【0054】
溝の容積を変更する必要がない限り、レーザー技術を使用した疎水性表面構造の実装により、トレッドと路面との間の接触面積の減少には至らず、また、生産面でいかなる種類の不利益も伴うことなくトレッドの構成の機能として疎水性表面構造のタイプを変更することを可能にする方法を強調することが重要である。
【0055】
さらに、前述のように、このタイプの処理が溝内(したがって既存の空隙内)にのみ適用される限り、結果として得られる利点は、たとえトレッドが摩耗しても、時間をかけて持続する。