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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-21
(45)【発行日】2024-03-29
(54)【発明の名称】凝固因子インヒビター力価の測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/86 20060101AFI20240322BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20240322BHJP
【FI】
G01N33/86
G01N33/48 Z
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021516204
(86)(22)【出願日】2020-04-23
(86)【国際出願番号】 JP2020017507
(87)【国際公開番号】W WO2020218425
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2023-03-13
(31)【優先権主張番号】P 2019086658
(32)【優先日】2019-04-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390037327
【氏名又は名称】積水メディカル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】507126487
【氏名又は名称】公立大学法人奈良県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川辺 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】小田 由紀夫
(72)【発明者】
【氏名】遠見 真理
(72)【発明者】
【氏名】嶋 緑倫
(72)【発明者】
【氏名】野上 恵嗣
(72)【発明者】
【氏名】荻原 建一
(72)【発明者】
【氏名】下西 成人
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-194426(JP,A)
【文献】特開2016-118442(JP,A)
【文献】特開2017-106925(JP,A)
【文献】和田英夫,APTT波形解析,日本血栓止血学会誌,2018年08月10日,第29巻第4号,第413-420頁
【文献】松本智子,凝固波形解析の活用法と見方,Medical Technology,2018年01月15日,Vol.46, No.1,pp.66-71
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
凝固因子インヒビターの力価の測定方法であって、
被検血液検体と正常血液検体とを含む混合検体を調製すること;
該混合検体を加温し、該加温した混合検体についての凝固反応曲線を取得すること;
該加温を受けていない該混合検体の凝固反応曲線を取得すること;
該加温を受けていない該混合検体の凝固反応曲線に関するパラメータを第1のパラメータとして算出すること;
該加温した混合検体の凝固反応曲線に関するパラメータを第2のパラメータとして算出すること;
該第1のパラメータと第2のパラメータとの比又は差に基づいて、該被検血液検体における凝固因子インヒビターの力価を算出すること、
を含む、方法。
【請求項2】
前記凝固反応曲線に関するパラメータが、前記凝固反応曲線に関するパラメータ、該凝固反応曲線の一次微分曲線に関するパラメータ、及び該凝固反応曲線の二次微分曲線に関するパラメータからなる群より選択される少なくとも1種のパラメータである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記パラメータが、前記一次微分曲線又は二次微分曲線の所定領域の加重平均点に関係するパラメータである、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記加重平均点が、加重平均時間vT及び加重平均高さvHで規定される座標(vT, vH)で表される前記1次微分曲線の加重平均点であり、
該vTと該vHが、該1次微分曲線をF(t)(tは時間)、F(t)が所定値Xである時間をt1、t2(t1<t2)とするとき、下記式で表され、
【数1】
かつ、
該加重平均点に関係するパラメータが、該vT、該vH、ピーク幅vB、加重平均ピーク幅vW、B扁平率vAB、B時間率vTB、W扁平率vAW、W時間率vTW、平均時間vTa、平均高さvHa、vTm、vABa及びvAWaからなる群より選択される1つ以上のパラメータを含み、
該ピーク幅vBが、該t1からt2までのうちのF(t)≧Xとなる時間長であり、
該加重平均ピーク幅vWが、前記t1からt2までのF(t)≧vHとなる時間長であり、
該vABが、該vHと該vBとの比を表し、
該vTBが、該vTと該vBとの比を表し、 該vAWが、該vHと該vWとの比を表し、
該vTWが、該vTと該vWとの比を表し、 該vTa、該vHa、及び該vTmは、F(t)、t1及びt2が前記と同じ定義であり、F(t1)からF(t2)までのデータ点数をnとするとき、それぞれ下記式で表され、
【数2】
該vABaが、該vHaと該vBとの比を表し、
該vAWaが、該vHaと該vWとの比を表す、
請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記加重平均点が、加重平均時間pT及び加重平均高さpHで規定される座標(pT, pH)で表される前記2次微分曲線のプラスピークの加重平均点であり、
該pTと該pHが、該2次微分曲線をF'(t)(tは時間)、F'(t)が所定値Xである時間をt1、t2(t1<t2)とするとき、下記式で表され、
【数3】
該加重平均点に関係するパラメータが、該pT、該pH、ピーク幅pB、加重平均ピーク幅pW、B扁平率pAB、B時間率pTB、W扁平率pAW、及びW時間率pTWからなる群より選択される1つ以上のパラメータを含み、
該ピーク幅pBが、該t1からt2までのうちのF'(t)≧Xとなる時間長であり、
該加重平均ピーク幅pWが、前記t1からt2までのF'(t)≧pHとなる時間長であり、
該pABが、該pHと該pBとの比を表し、
該pTBが、該pTと該pBとの比を表し、
該pAWが、該pHと該pWとの比を表し、
該pTWが、該pTと該pWとの比を表す、
請求項3記載の方法。
【請求項6】
前記加重平均点が、加重平均時間mT及び加重平均高さmHで規定される座標(mT, mH)で表される前記2次微分曲線のマイナスピークの加重平均点であり、
該mTと該mHが、該2次微分曲線をF'(t)(tは時間)、F'(t)が所定値Xである時間をt1、t2(t1<t2)とするとき、下記式で表され、
【数4】
かつ、
該加重平均点に関係するパラメータが、該mT、該mH、ピーク幅mB、加重平均ピーク幅mW、B扁平率mAB、B時間率mTB、W扁平率mAW、及びW時間率mTWからなる群より選択される1つ以上のパラメータを含み、
該ピーク幅mBが、該t1からt2までのうちのF'(t)≦Xとなる時間長であり、
該加重平均ピーク幅mWが、前記t1からt2までのF'(t)≦mHとなる時間長であり、
該mABが、該mHと該mBとの比を表し、
該mTBが、該mTと該mBとの比を表し、
該mAWが、該mHと該mWとの比を表し、
該mTWが、該mTと該mWとの比を表す、
請求項3記載の方法。
【請求項7】
前記第1のパラメータと第2のパラメータとの比又は差から、検量線に基づいて、前記被検血液検体における凝固因子インヒビターの力価が算出される、請求項1~6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
前記凝固因子が血液凝固第VIII因子である、請求項1~7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
前記混合検体が、前記被検血液検体と前記正常血液検体を1:9~9:1の容量比で含む、請求項1~8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
前記被検血液検体を前記正常血液検体と混合する前に希釈するか、又は調製した前記混合検体を希釈することをさらに含む、請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記混合検体の加温が30℃以上40℃以下で2~30分間行われる、請求項1~10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
前記被検血液検体が、前記凝固因子インヒビターの存在に起因してAPTTの延長を示す血液検体である、請求項1~11のいずれか1項記載の方法。
【請求項13】
前記凝固因子インヒビターの力価がベセスダ単位で算出される、請求項1~12のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液検体の凝固因子インヒビター力価の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液凝固検査は、患者の血液検体に所定の試薬を添加して血液凝固時間等を測定することにより、患者の血液凝固機能を診断するための検査である。血液凝固検査によって患者の止血能力や線溶能力の状態を把握することができる。血液凝固時間の典型的な例としては、プロトロンビン時間(PT)、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)、トロンビン時間などがある。近年では、血液凝固検査の自動測定を行う自動分析装置も汎用されており、血液凝固検査を簡便に実施することが可能である。
【0003】
血液凝固時間の延長が生じる原因としては、凝固阻害薬剤の影響、凝固関与成分の減少、先天的な血液凝固因子の欠乏、後天的な凝固反応を阻害する自己抗体などが挙げられる。例えば、APTTの延長が見られた場合、一般的にはクロスミキシング試験が行われ、APTTの延長が凝固因子インヒビター(抗凝固因子)、ループスアンチコアグラント(LA)、又は血友病等の凝固因子欠乏のうち何れに起因するかが判定される。クロスミキシング試験では正常血漿、被検血漿、及び被検血漿と正常血漿とを様々な容量比で含む混合血漿の、混合直後のAPTT(即時反応)と2時間37℃でインキュベーションした後のAPTT(遅延反応)とが測定される。測定値は、縦軸をAPTT測定値(秒)、横軸を被検血漿と正常血漿の容量比としてグラフ化される。作成された即時反応及び遅延反応のグラフは、APTT延長要因に応じてそれぞれ「下に凸」、「直線」又は「上に凸」のパターンを示す。これら即時反応及び遅延反応のパターンに基づいて、APTT延長要因が判定される。
【0004】
APTT延長が凝固因子インヒビターに起因すると判定された場合、一般的にはベセスダ(Bethesda)法によりインヒビター力価が測定される。ベセスダ法では、被検血漿の希釈系列と正常血漿とを混合したサンプルを37℃で2時間加温した後、該サンプルにおける凝固因子の残存活性を測定し、測定値から検量線に基づいて該凝固因子のインヒビターの力価を測定する。ベセスダ法は現在、凝固第VIII因子(FVIII)及び第IX因子(FIX)に対するインヒビター力価の標準的な定量法である。
【0005】
血液凝固検査においては、血液検体への試薬添加後の血液凝固反応量を経時的に測定することにより、凝固反応曲線を求めることができる。この凝固反応曲線は、血液凝固系の異常のタイプに応じてそれぞれ異なる形状を有する(非特許文献1)。そのため、凝固反応曲線に基づいて血液凝固系の異常を判定する方法が開示されている。例えば、特許文献1~3には、患者の血液についての凝固反応曲線の一次微分曲線及び二次微分曲線に関するパラメータ、例えば最大凝固速度、最大凝固加速度及び最大凝固減速度などに基づいて、該患者における凝固因子の異常の有無を評価する方法が記載されている。特許文献4には、患者の凝固反応が最大凝固速度又は最大凝固加速度に達する時間までの凝固速度の平均変化率に基づいて、血友病の重症度を判定する方法が記載されている。特許文献5には、患者血漿の希釈倍率に対する凝固時間を表す直線の傾きと、対照血漿の希釈倍率に対する凝固時間を表す直線の傾きとの比に基づいて、FVIIIインヒビターの存在を判定する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-194426号公報
【文献】特開2016-118442号公報
【文献】特開2017-106925号公報
【文献】特開2018-017619号公報
【文献】特開2018-517150号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】British Journal of Haematology, 1997, 98:68-73
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ベセスダ法は、サンプルの加温時間を含め測定に2時間以上の長い時間を要するうえ、分析装置による自動測定には不向きである。さらに上述のクロスミキシング試験の時間も考慮すると、ベセスダ法による現在のインヒビター力価測定は、多大な労力及び時間を要求する。ベセスダ法に関しては、日本血栓止血学会の用語集(www. jsth.org/glossary/)の「インヒビター(抗凝固因子)測定」に「基準値は“検出されない”であり、0.5BU/ml以上を陽性と判断する。」、「0~0.5BU/mlの範囲を精度よく測定するのは困難である。」との記載があることから、検出下限値は0.5BU/mLとされている。
【0009】
したがって、簡便かつ短時間に凝固因子インヒビターの力価を測定する方法が求められている。インヒビター力価測定を自動化することができればなお望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、被検血液検体と正常血液検体との混合検体を短時間加温処理したものと該加温処理をしなかったものについての凝固反応曲線に由来する各種パラメータを用いることで、従来法と比べて極めて短時間に凝固因子インヒビターの力価を測定できることを見出した。
【0011】
本発明は、以下を提供する。
〔1〕凝固因子インヒビターの力価の測定方法であって、
被検血液検体と正常血液検体とを含む混合検体を調製すること;
該混合検体を加温し、該加温した混合検体についての凝固反応曲線を取得すること;
該加温を受けていない該混合検体の凝固反応曲線を取得すること;
該加温を受けていない該混合検体の凝固反応曲線に関するパラメータを第1のパラメータとして算出すること;
該加温した混合検体の凝固反応曲線に関するパラメータを第2のパラメータとして算出すること;
該第1のパラメータと第2のパラメータとの比又は差に基づいて、該被検血液検体における凝固因子インヒビターの力価を算出すること、
を含む、方法。
〔2〕前記凝固反応曲線に関するパラメータが、前記凝固反応曲線に関するパラメータ、該凝固反応曲線の一次微分曲線に関するパラメータ、及び該凝固反応曲線の二次微分曲線に関するパラメータからなる群より選択される少なくとも1種のパラメータである、〔1〕記載の方法。
〔3〕前記パラメータが、前記一次微分曲線又は二次微分曲線の所定領域の加重平均点に関係するパラメータである、〔1〕又は〔2〕記載の方法。
〔4〕前記加重平均点が、加重平均時間vT及び加重平均高さvHで規定される座標(vT, vH)で表される前記1次微分曲線の加重平均点であり、
該vTと該vHが、該1次微分曲線をF(t)(tは時間)、F(t)が所定値Xである時間をt1、t2(t1<t2)とするとき、下記式で表され、
【数1】
かつ、
該加重平均点に関係するパラメータが、該vT、該vH、ピーク幅vB、加重平均ピーク幅vW、B扁平率vAB、B時間率vTB、W扁平率vAW、W時間率vTW、平均時間vTa、平均高さvHa、vTm、vABa及びvAWaからなる群より選択される1つ以上のパラメータを含み、
該ピーク幅vBが、該t1からt2までのうちのF(t)≧Xとなる時間長であり、
該加重平均ピーク幅vWが、前記t1からt2までのF(t)≧vHとなる時間長であり、
該vABが、該vHと該vBとの比を表し、
該vTBが、該vTと該vBとの比を表し、
該vAWが、該vHと該vWとの比を表し、
該vTWが、該vTと該vWとの比を表し、
該vTa、該vHa、及び該vTmは、F(t)、t1及びt2が前記と同じ定義であり、F(t1)からF(t2)までのデータ点数をnとするとき、それぞれ下記式で表され、
【数2】
該vABaが、該vHaと該vBとの比を表し、
該vAWaが、該vHaと該vWとの比を表す、
〔3〕記載の方法。
〔5〕前記加重平均点が、加重平均時間pT及び加重平均高さpHで規定される座標(pT, pH)で表される前記2次微分曲線のプラスピークの加重平均点であり、
該pTと該pHが、該2次微分曲線をF'(t)(tは時間)、F'(t)が所定値Xである時間をt1、t2(t1<t2)とするとき、下記式で表され、
【数3】
かつ、
該加重平均点に関係するパラメータが、該pT、該pH、ピーク幅pB、加重平均ピーク幅pW、B扁平率pAB、B時間率pTB、W扁平率pAW、及びW時間率pTWからなる群より選択される1つ以上のパラメータを含み、
該ピーク幅pBが、該t1からt2までのうちのF'(t)≧Xとなる時間長であり、
該加重平均ピーク幅pWが、前記t1からt2までのF'(t)≧pHとなる時間長であり、
該pABが、該pHと該pBとの比を表し、
該pTBが、該pTと該pBとの比を表し、
該pAWが、該pHと該pWとの比を表し、
該pTWが、該pTと該pWとの比を表す、
〔3〕記載の方法。
〔6〕前記加重平均点が、加重平均時間mT及び加重平均高さmHで規定される座標(mT, mH)で表される前記2次微分曲線のマイナスピークの加重平均点であり、
該mTと該mHが、該2次微分曲線をF'(t)(tは時間)、F'(t)が所定値Xである時間をt1、t2(t1<t2)とするとき、下記式で表され、
【数4】
かつ、
該加重平均点に関係するパラメータが、該mT、該mH、ピーク幅mB、加重平均ピーク幅mW、B扁平率mAB、B時間率mTB、W扁平率mAW、及びW時間率mTWからなる群より選択される1つ以上のパラメータを含み、
該ピーク幅mBが、該t1からt2までのうちのF'(t)≦Xとなる時間長であり、
該加重平均ピーク幅mWが、前記t1からt2までのF'(t)≦mHとなる時間長であり、
該mABが、該mHと該mBとの比を表し、
該mTBが、該mTと該mBとの比を表し、
該mAWが、該mHと該mWとの比を表し、
該mTWが、該mTと該mWとの比を表す、
〔3〕記載の方法。
〔7〕前記第1のパラメータと第2のパラメータとの比又は差から、検量線に基づいて、前記被検血液検体における凝固因子インヒビターの力価が算出される、〔1〕~〔6〕のいずれか1項記載の方法。
〔8〕前記凝固因子が血液凝固第VIII因子である、〔1〕~〔7〕のいずれか1項記載の方法。
〔9〕前記混合検体が、前記被検血液検体と前記正常血液検体を1:9~9:1の容量比で含む、〔1〕~〔8〕のいずれか1項記載の方法。
〔10〕前記被検血液検体を前記正常血液検体と混合する前に希釈するか、又は調製した前記混合検体を希釈することをさらに含む、〔9〕記載の方法。
〔11〕前記混合検体の加温が30℃以上40℃以下で2~30分間行われる、〔1〕~〔10〕のいずれか1項記載の方法。
〔12〕前記被検血液検体が、前記凝固因子インヒビターの存在に起因してAPTTの延長を示す血液検体である、〔1〕~〔11〕のいずれか1項記載の方法。
〔13〕前記凝固因子インヒビターの力価がベセスダ単位で算出される、〔1〕~〔12〕のいずれか1項記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来法と比べて極めて短時間に凝固因子インヒビターの力価を測定することができる。また本発明の方法は、従来のベセスダ法に比べてより高感度なインヒビター力価測定を可能にする。さらに本発明の方法は、従来の血液凝固検査に用いられる自動分析装置への応用も可能であることから、測定に要する労力を大きく低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明による凝固因子インヒビター力価の測定方法の手順の一実施形態。
図2図1に示すデータ解析工程の手順の一実施形態。
図3】凝固反応曲線の一例。
図4】ベースライン調整後の凝固反応曲線の一例。
図5】A:凝固反応曲線の一例の部分拡大図、B:ベースライン調整後の凝固反応曲線の一例の部分拡大図。
図6】補正処理済み凝固反応曲線の一例。
図7】A:補正1次曲線の一例。B:補正2次曲線の一例。
図8】1次曲線から算出されるパラメータの概念図。
図9】演算対象域値、解析対象となる補正0次曲線及び補正1次曲線の範囲、ならびに加重平均点について説明するための概念図。
図10】2次曲線から算出されるパラメータの概念図。
図11】加重平均点と、vTs、vTe、vB、vWを示す概念図。点線は、1次曲線の10%演算対象域を示す。
図12】vTa、vHa、vTmを示す概念図。
図12-2】A:演算対象域値が10%の場合の加重平均点などについて説明するための概念図、B:演算対象域値が80%の場合の加重平均点などについて説明するための概念図。
図13】LA検体の加温及び非加温での補正1次曲線。
図14】FVIIIインヒビター陽性検体の加温及び非加温での補正1次曲線。
図15】加温検体及び非加温検体の補正1次曲線。A:LA陽性検体と正常検体との混合検体(LA-NP)、B:FVIIIインヒビター陽性検体と正常検体との混合検体(IN-NP)。
図16】各種凝固因子の濃度によるパラメータ値の変化の一例。
図17】A:パラメータ群の回帰直線。B:被検検体と参照の補正1次曲線。Sample AF:被検検体、Template A:参照。
図18A】各種検体のAPTTについての、Pa、Pb、Pa/Pb、及びPb-Paの分布。
図18B】各種検体のVmaxについての、Pa、Pb、Pa/Pb、及びPb-Paの分布。
図18C】各種検体のAmaxについての、Pa、Pb、Pa/Pb、及びPb-Paの分布。
図18D】各種検体のvB10%についての、Pa、Pb、Pa/Pb、及びPb-Paの分布。
図18E】各種検体のvT10%についての、Pa、Pb、Pa/Pb、及びPb-Paの分布。
図18F】各種検体のvAB10%についての、Pa、Pb、Pa/Pb、及びPb-Paの分布。
図18G】各種検体のvTB10%についての、Pa、Pb、Pa/Pb、及びPb-Paの分布。
図19】A:インヒビター含有混合検体のAPTTのPb/Paの、被検検体のインヒビター力価の実測値に対するプロット。B:検量線。C:被検検体のインヒビター力価の実測値に対する、Bに示す検量線に基づく演算値のプロット。D:低力価領域についての実測値に対する演算値のプロット。図中、力価は対数値で表されている。
図20】A:インヒビター含有混合検体のVmaxのPb/Paの、被検検体のインヒビター力価の実測値に対するプロット。B:検量線。C:被検検体のインヒビター力価の実測値に対する、Bに示す検量線に基づく演算値のプロット。D:低力価領域についての実測値に対する演算値のプロット。図中、力価は対数値で表されている。
図21】A:インヒビター含有混合検体のAmaxのPb/Paの、被検検体のインヒビター力価の実測値に対するプロット。B:検量線。C:被検検体のインヒビター力価の実測値に対する、Bに示す検量線に基づく演算値のプロット。D:低力価領域についての実測値に対する演算値のプロット。図中、力価は対数値で表されている。
図22】A:インヒビター含有混合検体のVmaxTのPb/Paの、被検検体のインヒビター力価の実測値に対するプロット。B:検量線。C:被検検体のインヒビター力価の実測値に対する、Bに示す検量線に基づく演算値のプロット。D:低力価領域についての実測値に対する演算値のプロット。図中、力価は対数値で表されている。
図23】A:インヒビター含有混合検体のAmaxTのPb/Paの、被検検体のインヒビター力価の実測値に対するプロット。B:検量線。C:被検検体のインヒビター力価の実測値に対する、Bに示す検量線に基づく演算値のプロット。D:低力価領域についての実測値に対する演算値のプロット。図中、力価は対数値で表されている。
図24】A:インヒビター含有混合検体のvT10%のPb/Paの、被検検体のインヒビター力価の実測値に対するプロット。B:検量線。C:被検検体のインヒビター力価の実測値に対する、Bに示す検量線に基づく演算値のプロット。D:低力価領域についての実測値に対する演算値のプロット。図中、力価は対数値で表されている。
図25】A:インヒビター含有混合検体のvAB10%のPb/Paの、被検検体のインヒビター力価の実測値に対するプロット。B:検量線。C:被検検体のインヒビター力価の実測値に対する、Bに示す検量線に基づく演算値のプロット。D:低力価領域についての実測値に対する演算値のプロット。図中、力価は対数値で表されている。
図26】A:インヒビター含有混合検体のT5のPb/Paの、被検検体のインヒビター力価の実測値に対するプロット。B:検量線。C:被検検体のインヒビター力価の実測値に対する、Bに示す検量線に基づく演算値のプロット。D:低力価領域についての実測値に対する演算値のプロット。図中、力価は対数値で表されている。
図27】A:インヒビター含有混合検体のT5のPb-Paの、被検検体のインヒビター力価の実測値に対するプロット。B:検量線。C:被検検体のインヒビター力価の実測値に対する、Bに示す検量線に基づく演算値のプロット。D:低力価領域についての実測値に対する演算値のプロット。図中、力価は対数値で表されている。
図28】高インヒビター力価検体の希釈検体から求めた演算力価を含む、演算力価の実測力価に対するプロット。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一実施形態について、以下に図面を参照して説明する。本実施形態は、血液検体、好ましくは凝固時間延長を示す血液検体、さらに好ましくは、凝固因子インヒビターの存在に起因する凝固時間延長を示す血液検体における凝固因子インヒビターの力価測定に関する。
【0015】
1.測定方法
1.1.方法の概要
本実施形態に係る凝固因子インヒビターの力価の測定方法(以下、本発明の方法ともいう)においては、被検血液検体と正常血液検体とを含む混合検体を調製し、次いで加温した又は該加温なしの該混合検体それぞれの凝固反応曲線を取得し、該曲線に関するパラメータを算出する。次いで、該加温した又は該加温なしの混合検体から算出したパラメータの間の比又は差に基づいて、該被検血液検体における凝固因子インヒビターの力価を算出する。好ましくは、本発明の方法において、該凝固因子インヒビター力価はベセスダ単位(BU/mL)として算出される。
【0016】
本発明の方法の一実施形態の概要を、図1に示すフローチャートを参照して説明する。本方法では、まず、被検検体を含む混合検体が調製され(ステップ1)、次いで加温した該混合検体及び該加温なしの該混合検体それぞれの凝固反応計測が実行され(ステップ2)、次いで、得られた計測データが解析されて、該加温した検体及び該加温なし検体それぞれの凝固反応曲線に関するパラメータが取得される(ステップ3)。得られた該加温した検体及び該加温なし検体についてのパラメータに基づいて、該被検検体の凝固因子インヒビター力価が算出される(ステップ4)。
【0017】
1.2.検体調製及び凝固反応計測
初めに、血液検体(以下、単に検体ともいう)が調製される(ステップ1)。該血液検体としては、好ましくは血漿が用いられる。該検体には、凝固検査に通常用いられる周知の抗凝固剤が添加され得る。例えば、クエン酸ナトリウム入り採血管を用いて採血された後、遠心分離されることで血漿が得られる。本発明の方法においては、凝固因子インヒビター力価測定が求められている被検者に由来する血液検体(被検血液検体、又は単に被検検体ともいう)を正常血液検体(又は単に正常検体ともいう)と所定の容量比で混合した混合検体が調製され得る。
【0018】
当該被検検体の例としては、血液凝固検査でAPTT延長を示す血液検体、好ましくは、凝固因子インヒビターの存在に起因する凝固時間(例えば、APTT)の延長を示す血液検体が挙げられる。より好ましくは、該被検検体は、既にクロスミキシング試験等により凝固因子インヒビターの存在に起因する凝固時間延長を示すことが確認されており、かつ凝固因子活性検査により該インヒビターが阻害する凝固因子の種類が同定されている検体である。
【0019】
あるいは、該被検検体は、凝固時間(例えば、APTT)の延長を示すことが確認されているが、該凝固時間の延長の原因が未知の検体であってもよい。本発明の方法では、後述する2.1~2.2に記載する手法により、被検検体のAPTT延長要因の判定(例えばAPTT延長が凝固因子インヒビターの存在に起因するか否か、又は該インヒビターに阻害されている凝固因子の種類の判定)が可能である。したがって、被検検体のAPTT延長要因の判定の手順を、力価測定の手順に先立って、又は並行して行うことにより、予めクロスミキシング試験等を行うことなく、凝固反応計測(APTT測定)と、それにより得られた凝固反応曲線に関する解析を行うだけで、凝固因子インヒビター力価を測定することを可能にし得る。
【0020】
混合検体の調製では、被検検体と、別途に準備した正常検体とが所定の比率で混合される。該被検検体と該正常検体との混合比は、合計を10容量とした容量比で、被検検体:正常検体=1:9~9:1の範囲であればよく、好ましくは4:6~6:4の範囲、より好ましくは5:5である。なお、被検検体の凝固因子インヒビター力価が高い場合には、被検検体を、正常検体と混合する前に予め2~100倍程度に希釈し、得られた希釈検体を上記の容量比で正常検体と混合して、混合検体を調製してもよい。被検検体の希釈には、正常血漿、緩衝液、FVIII欠乏血漿などを用いることができる。あるいは、被検検体と正常検体とを上記の容量比で含む混合検体を、被検検体の最終的な容量比が1/2~1/100程度になるように正常検体で希釈して、希釈混合検体を調製してもよい。
【0021】
調製された混合検体の一部は、加温される。該加温の温度は、例えば30℃以上40℃以下であればよく、好ましくは35℃以上39℃以下、より好ましくは37℃である。該加温の時間は、例えば、2~30分間の範囲であればよく、好ましくは5~30分間である。該加温時間はさらに長くてもよいが、好ましくは1時間以内、最大でも2時間以内である。本明細書においては、本発明の方法で用いられる上記の加温処理で得られた混合検体を「加温検体」とも称する。一方、本発明の方法では、上記の加温処理を受けていない混合検体も用いられ、これを本明細書では「非加温検体」とも称する。ただし、該「非加温検体」は、通常の凝固反応計測における検体の予備的加温処理、例えば、30℃以上40℃以下で1分以下の加温を受けていてもよく、その場合、該「加温検体」は、上記の加温処理に加えて、該予備的加温処理を受けていてもよい。
【0022】
本発明の方法では、当該加温検体及び非加温検体についての凝固反応計測が行われる(ステップ2)。したがって、本発明の方法においては、調製された混合検体のうち、一部は上記の加温処理後に凝固反応計測が行われ得、一部は該加温処理なしで凝固反応計測が行われ得る。該凝固反応計測は、具体的にはAPTT測定である。該加温検体と非加温検体の凝固反応計測の順序は、特に限定されない。例えば、該混合検体の一部を加温した後、該加温検体と、非加温検体との凝固反応計測を行ってもよく、又は非加温検体の凝固反応計測を行った後に、加温検体の凝固反応計測を行ってもよい。
【0023】
凝固反応計測される混合検体は、凝固時間測定試薬と混和されて、凝固反応計測用の検体溶液へと調製される。該凝固時間測定試薬は、APTT測定のための試薬であればよく、例えば接触因子系の活性化剤とリン脂質とが挙げられる。活性化剤の例としては、エラグ酸、セライト、カオリン、シリカ、ポリフェノール化合物などが挙げられる。リン脂質の例としては、動物由来、植物由来、合成由来のリン脂質などが挙げられる。動物由来のリン脂質の例としては、ウサギ脳由来、ニワトリ由来、ブタ由来のものが挙げられる。植物由来のリン脂質の例としては、大豆由来のものが挙げられる。また、該検体溶液には、必要に応じて、トリス塩酸等の緩衝液が添加されてもよい。あるいは、該APTT測定のための試薬には、市販のAPTT測定試薬を用いてもよい。市販のAPTT測定試薬の例としては、コアグピアAPTT-N(積水メディカル株式会社製)が挙げられる。調製された検体溶液は加温され、該溶液中の接触因子は活性化される。該加温の温度は、例えば30℃以上40℃以下、好ましくは35℃以上39℃以下である。
【0024】
その後、上記検体溶液に塩化カルシウム液(カルシウムイオン)が添加され、血液凝固反応が開始される。塩化カルシウム液添加後の溶液の凝固反応が計測され得る。凝固反応の計測には、一般的な手段、例えば、散乱光量、透過度、吸光度等を計測する光学的な手段、又は血漿の粘度を計測する力学的な手段などを用いればよい。計測される時間は、例えば、塩化カルシウム液の添加時点から数十秒~5分程度であり得る。該計測時間の間、所定の間隔で計測が繰り返し行われ得る。例えば、0.1秒間隔で計測が行われればよい。計測中の反応液の温度は、例えば30℃以上40℃以下、好ましくは35℃以上39℃以下である。凝固反応の反応開始時間は、典型的には該検体溶液に塩化カルシウム液が添加された時点として定義され得るが、他のタイミングが反応開始時間として定義されてもよい。また、計測の各種条件は、検体や試薬、計測手段等に応じて適宜設定され得る。
【0025】
上述の凝固反応計測における一連の操作は、自動分析装置を用いて行われてもよい。自動分析装置の一例として、血液凝固自動分析装置CP3000(積水メディカル株式会社製)が挙げられる。あるいは、一部の操作が手作業で行われてもよい。例えば、検体や凝固反応計測用の検体溶液の調製を人間が行い、それ以降の操作は自動分析装置で行うことができる。
【0026】
1.3.データ解析
1.3.1.データのベースライン調整及び補正処理
次に、凝固反応計測で得られたデータに対する所定の解析が行われる(ステップ3)。ステップ3のデータ解析について説明する。データ解析のフローの一実施形態を図2に示す。ステップ3でのデータ解析は、ステップ2の凝固反応計測と並行して行われてもよく、又は予め測定した凝固反応計測のデータを用いて、後から行われてもよい。ステップ3のデータ解析は、加温検体及び非加温検体のそれぞれについて行われる。以下のステップ3a~3eの手順は、基本的には加温検体及び非加温検体で共通である。
【0027】
ステップ3aにおいて、上記凝固反応計測での計測データが取得される。このデータは、例えば上述のステップ2でのAPTT測定で得られる、検体の凝固反応過程を反映するデータである。例えば、検体と凝固時間測定試薬とを含む反応液の塩化カルシウム液添加後の凝固反応の進行量(例えば散乱光量)の時間変化を示すデータが取得される。これら凝固反応計測で得られたデータを、本明細書において凝固反応情報とも称する。
【0028】
ステップ3aで取得される凝固反応情報の一例を図3に示す。図3は散乱光量に基づく凝固反応曲線であり、横軸は塩化カルシウム液の添加後の経過時間(凝固反応時間)を示し、縦軸は散乱光量を示す。時間経過とともに、検体の凝固反応が進むため、散乱光量は増加している。本明細書では、このような散乱光量等で示される凝固反応時間に対する凝固反応量の変化を示す曲線を、凝固反応曲線と称する。
【0029】
図3に示すような散乱光量に基づく凝固反応曲線は、通常、シグモイド状である。一方、透過光量に基づく凝固反応曲線は、通常、逆シグモイド状である。以降の本明細書では、凝固反応情報として散乱光量に基づく凝固反応曲線を用いたデータ解析について説明する。凝固反応情報として透過光量や吸光度に基づく凝固反応曲線を用いたデータ解析の場合にも同様の処理が行われ得ることは、当業者に明らかである。あるいは、凝固反応情報として、混合液の粘度変化等の力学的な手段で得られた凝固反応曲線が解析対象にされてもよい。
【0030】
ステップ3bにおいて、凝固反応曲線のベースライン調整が行われる。該ベースライン調整には、ノイズを除去するための平滑化処理と、ゼロ点調整とが含まれる。図4は、ベースライン調整(平滑化処理及びゼロ点調整)された図3の凝固反応曲線の一例を示す。平滑化処理には、公知のノイズ除去方法の何れかが用いられ得る。また図3に示すように、検体を含む反応液は元々光を散乱させるため、測定開始時点(時間0)での散乱光量は0より大きい。平滑化処理後のゼロ点調整により、図4に示すように時間0での散乱光量が0に調整される。図5A及びBは、それぞれ、ベースライン調整前及び後の図3の凝固反応曲線の部分拡大図を示す。図5Bでは、図5Aのデータに対して、平滑化処理及びゼロ点調整が行われている。
【0031】
凝固反応曲線の高さは、検体のフィブリノゲン濃度に依存する。一方、フィブリノゲン濃度には個人差があるため、該凝固反応曲線の高さは検体によって異なる。したがって、本方法では、必要に応じて、ステップ3cにおいてベースライン調整後の凝固反応曲線を相対値化するための補正処理が行われる。該補正処理によって、フィブリノゲン濃度に依存しない凝固反応曲線を得ることができ、それにより検体間でのベースライン調整後の凝固反応曲線の形状の差異を定量的に比較することができるようになる。
【0032】
一実施形態において、当該補正処理では、ベースライン調整後の凝固反応曲線を、最大値が所定値となるように補正する。好適には、当該補正処理では、下記式(1)に従って、ベースライン調整後の凝固反応曲線から補正凝固反応曲線P(t)を求める。式(1)中、D(t)はベースライン調整後の凝固反応曲線を表し、Dmax及びDminは、それぞれD(t)の最大値及び最小値を表し、Drangeは、D(t)の変化幅(すなわちDmax-Dmin)を表し、Aは、補正凝固反応曲線の最大値を表す。
P(t)=[(D(t)-Dmin)/Drange]×A (1)
【0033】
一例として、図6に、図4に示す凝固反応曲線が最大値100となるように補正されたデータを示す。なお、図6では補正後の値が0から100までとなるように補正したが、他の値(例えば0から10000まで、すなわち式(1)でA=10000)であってもよい。また、この補正処理は必ずしも行われなくてもよい。
【0034】
あるいは、上述のような補正処理は、後述する凝固速度に関する波形、又は該波形から抽出したパラメータ群に対して行われてもよい。すなわち、補正処理が行われないベースライン調整後の凝固反応曲線D(t)について凝固速度に関する波形を算出した後、これをP(t)に相当する値に変換することができる。あるいは、該凝固速度に関する波形からパラメータ群を抽出した後、該パラメータ群に含まれる個々のパラメータの値をP(t)に相当する値に変換することができる。
【0035】
1.3.2.凝固速度に関する波形の算出
ステップ3dでは、凝固反応曲線を微分した微分曲線が算出される。本明細書において、該微分曲線としては、凝固反応曲線(上記の補正処理あり又はなし)の一回微分によって得られる一次微分曲線と、該凝固反応曲線の二回微分(あるいは一次微分曲線の一回微分)によって得られる二次微分曲線が挙げられる。一次微分曲線には、未補正一次微分曲線(凝固速度曲線)と、補正一次微分曲線とが含まれる。凝固速度曲線は、凝固反応曲線(補正処理なし)を一回微分して得られる値、すなわち任意の凝固反応時間における凝固反応量の変化率(凝固速度)を表す。補正一次微分曲線は、凝固反応曲線(補正処理あり)を一回微分して得られる値、すなわち任意の凝固反応時間における凝固反応量の相対変化率(本明細書において凝固進行率と称する場合がある)を表す。したがって、該一次微分曲線は、検体の凝固反応における凝固速度又はその相対値を表す波形であり得る。
【0036】
二次微分曲線は、凝固反応曲線(補正処理あり又はなし)の二回微分によって得られる。凝固反応曲線(補正処理なし)に由来する二次微分曲線は、凝固加速度曲線とも称され、その時間に対する値は凝固加速度を示す。凝固反応曲線(補正処理あり)に由来する二次微分曲線は、補正二次微分曲線とも称され、凝固進行率の時間変化率を表す。
【0037】
なお、本明細書においては、補正処理済み凝固反応曲線、及び補正処理なし凝固反応曲線を、それぞれ補正0次曲線、及び未補正0次曲線ともいい、またこれらを総称して「0次曲線」ともいう。また本明細書においては、該補正0次曲線、及び該未補正0次曲線の一次微分曲線を、それぞれ補正1次曲線、及び未補正1次曲線ともいい、またこれらを総称して「1次曲線」ともいう。また本明細書においては、該補正0次曲線、及び該未補正0次曲線の二回微分曲線、あるいは該補正1次曲線、及び該未補正1次曲線の一回微分曲線を、それぞれ補正2次曲線、及び未補正2次曲線ともいい、またこれらを総称して「2次曲線」ともいう。
【0038】
また本明細書では、由来する凝固反応曲線の補正処理あり、補正処理なしに係わらず、1次曲線による凝固の進行を表す値を総称して1次微分値ともいう。また本明細書では、由来する凝固反応曲線の補正処理あり、補正処理なしに係わらず、2次曲線による1次微分値の変化率を表す値を総称して2次微分値という。
【0039】
当該0次曲線及び1次曲線の微分は、公知の手法を用いて行うことができる。図7Aは、図6に示す補正0次曲線を一回微分して得られる補正1次曲線を示す。図7Aの横軸は凝固反応時間を表し、縦軸は1次微分値を表す。図7Bは、図7Aに示す補正1次曲線を一回微分して得られる補正2次曲線を示す。図7Bの横軸は凝固反応時間を表し、縦軸は2次微分値を表す。
【0040】
1.3.3.パラメータの抽出
ステップ3eでは、上記の0次曲線、1次曲線、又は2次曲線を特徴付けるパラメータの抽出が行われる。該パラメータは、検体の凝固反応曲線に関するパラメータである。本発明の方法において、該1次曲線又は2次曲線からのパラメータの抽出工程においては、該曲線から1つ以上の所定領域が抽出される一方、該1つ以上の所定領域の各々に対して、それを特徴付けるパラメータが抽出される。結果、該1つ以上の所定領域のそれぞれに対して、それを特徴付ける1つ以上のパラメータが抽出され得る。より詳細には、該1次曲線又は2次曲線からのパラメータは、検体の該1次曲線又は2次曲線の該所定領域の加重平均点に関係するパラメータである。以下に、1次曲線からのパラメータの抽出手順を例示しながら該パラメータについて説明する。
【0041】
1.3.3.1.演算対象域の抽出
パラメータの抽出においては、まず、1次曲線から1つ以上の所定領域を抽出する。以下、該パラメータ抽出に用いられる所定領域を、演算対象域とも称する。該演算対象域は、1次曲線の1次微分値(y値)が所定の演算対象域値以上である領域(セグメント)である。いいかえると、該演算対象域は、1次曲線の1次微分値(y値)が所定の演算対象域値以上且つ最大値以下である領域(セグメント)である。
【0042】
演算対象域について、図8を参照して説明する。図8には、時間tでの補正1次曲線F(t)が示されている。また図8には、1次微分値の最大値Vmax、ならびに下記に説明するパラメータである、演算対象域値X(Vmaxを100%としたときのx%)での演算対象域の加重平均点(黒丸印)の位置を表す座標vTxとvHx、及びピーク幅を表すvBxが表示されている。図8では補正1次曲線を例に挙げたが、未補正1次曲線でも同様のパラメータが算出される。
【0043】
演算対象域値は、演算対象域の1次微分値の下限を指定する所定値であり、本明細書において演算対象域値Xとも称される。すなわち演算対象域は、1次曲線における1次微分値(図8では補正1次微分値)が演算対象域値X以上且つVmax以下の(すなわちF(t)≧Xである)領域である。演算対象域値Xは、1次曲線のピーク形状を反映する範囲を限定するために設定され得る。演算対象域値Xが大きくなるほど、1次曲線のピークの上部形状の影響が相対的に大きく解析結果に反映される。
【0044】
本発明の方法では、1つ以上の演算対象域を抽出すればよい。本発明の方法において抽出される演算対象域の数は、必ずしも限定されない。複数の演算対象域を抽出する場合、該複数の演算対象域は、異なる領域である。
【0045】
1.3.3.2.加重平均点
演算対象域の加重平均点について、図8を参照して説明する。1次曲線(図8では補正1次曲線)F(t)(F(t)=1次微分値、t=時間)について、F(t)が演算対象域値以上の値を演算対象データとしたときの「重み付き平均値」に相当する位置が、加重平均点(vT, vH)として算出される。本明細書においては、異なる演算対象域に由来する加重平均点を識別するため、それが由来する演算対象域値X(ここでX=Vmax×x%)に従って(vTx, vHx)と称することがある。例えば、XがVmaxの5%のときの演算対象域の加重平均点は、(vT5%, vH5%)である。
【0046】
1次曲線において、加重平均点を示す時間(t)を加重平均時間vTとする。すなわち、加重平均時間vTは、凝固反応開始時間から加重平均点までの時間である。1次曲線において、加重平均点を示す1次微分値を加重平均高さvHとする。すなわち、加重平均時間vT及び加重平均高さvHは、図8に示すような1次曲線における加重平均点の座標である。
【0047】
より具体的には、加重平均時間vTと加重平均高さvHは、以下の手順で求めることができる。まず、F(t)の最大値がVmax、演算対象域値がVmaxのx%であるとき、F(t)≧Vmax×x×0.01を満たす時間t[t1, …, t2](t1<t2)を求め、積和値Mを下記式(2)により求める。
【0048】
【数5】
【0049】
加重平均時間vT及び加重平均高さvHは、それぞれ次式(3)及び(4)で算出される。求めたvTとvHから、加重平均点が導かれる。
【0050】
【数6】
【0051】
上述の説明では、図8を参照して補正1次曲線の演算対象域の加重平均点を算出したが、未補正1次曲線の場合にも、同様に、演算対象域の加重平均点、加重平均時間vT及び加重平均高さvHが定義され得る。これら加重平均時間vT及び加重平均高さvHは、演算対象域を特徴付けるパラメータとして用いられ得る。本明細書においては、異なる演算対象域に由来するvT及びvHを識別するため、それが由来する演算対象域値X(ここでX=Vmax×x%)に従って、それぞれvTx及びvHxと称することがある。例えば、XがVmaxの5%である演算対象域のvT及びvHは、vT5%及びvH5%である。
【0052】
図9に、演算対象域値Xと、その際の解析対象となる補正0次曲線(左)及び補正1次曲線(右)の領域(演算対象域)と、加重平均点との関係を示す。図9において、上段、中段、及び下段は、演算対象域値XがそれぞれVmax(=100%)の10%、50%及び80%の場合を示す。実線は補正0次曲線を示し、点線は補正1次曲線の演算対象域を示し、黒丸印は加重平均点を示す。演算対象域値Xの変化に伴って、演算対象域及び加重平均点の位置は、図9に示すように変化する。
【0053】
同様に、2次曲線についても、加重平均点、加重平均時間、及び加重平均高さが定義され得る。2次曲線は、図10に示すように2次微分値のプラス方向及びマイナス方向の双方にピークを有する。そのため、2次曲線の加重平均点は、プラスピーク及びマイナスピークの両方に対して算出され得る。例えば、プラスピークについては、2次曲線A=F'(t)の最大値がAmaxであり、演算対象域値がAmaxのx%のとき、F'(t)≧Amax×x×0.01を満たす時間t[t1, …, t2](t1<t2)を求め、下式(2)’~(4)’に従って、プラスピークの加重平均時間pT、及び加重平均高さpHを算出する。マイナスピークについては、2次曲線A=F'(t)の最小値がAminであり、演算対象域値がAminのx%のとき、F'(t)≦Amin×x×0.01を満たす時間t[t1, …, t2](t1<t2)を求め、上式(2)’、(3)”及び(4)”に従って、マイナスピークの加重平均時間mT、及び加重平均高さmHを算出する。演算対象域値Xの変化に伴って、加重平均点の位置は変化する。
【数7】
【0054】
1.3.3.3.ピーク幅、扁平率及び時間率
上述したF(t)≧Xを満たす時間t[t1, …, t2]の最小値(t1)及び最大値(t2)は、1次曲線の演算対象域での凝固反応時間の最小値と最大値を表し、これらをそれぞれ領域始点時間vTs、及び領域終点時間vTe(vTs<vTe)と呼ぶことがある。vTsからvTeまでの時間のうち、F(t)≧Xとなる時間長(F(t)≧Xとなるデータ点数から1を引いたものに測光時間間隔を乗じて得られた値)を、1次曲線のピーク幅vBとする。より具体的には、演算対象域値がVmaxのx%のときのvTs及びvTeをそれぞれvTsx及びvTexで表したとき、vTsxからvTexまで(vTsx及びvTexを含む)がピーク幅vBxとなる。
【0055】
本発明で用いられるパラメータのさらなる例としては、加重平均ピーク幅vWが挙げられる。vWは、1次曲線F(t)≧vHを満たすピーク幅(F(t)≧vHを満たす最小時間から最大時間までのうち、F(t)≧vHとなる時間長)である。図11に示すとおり、vWは、1次曲線F(t)≧vHを満たす加重平均点でのピークの幅である。本発明で用いられるパラメータのさらなる例としては、vTrが挙げられる。vTrは、vTsからvTeまでの幅である。vTrは、通常はvBと同じ値になるが、曲線形状が2峰性ピークであり、かつ演算対象域値Xが該2峰性ピークの谷底より高い位置となる場合には、vB<vTrとなる。図11は、演算対象域値XがVmaxの10%のときの1次曲線の演算対象領域(点線)を示す。図11Aには加重平均点(vT, vH)(黒丸印)、vTs、vTeが、図11Bには、vB、vWが示されている。
【0056】
同様に、2次曲線のプラスピークについては、F'(t)≧Xを満たす時間の最小値及び最大値はそれぞれpTs、pTeであり、pTsからpTeまでの時間のうち、F'(t)≧Xを満たす時間長(F'(t)≧Xとなるデータ点数から1を引いたものに測光時間間隔を乗じて得られた値)をピーク幅pBとし、F'(t)≧pHを満たす時間長を加重平均ピーク幅pWとする。2次曲線のマイナスピークについては、F'(t)≦Xを満たす時間の最小値及び最大値はそれぞれmTs、mTeであり、mTsからmTeまでの時間のうち、F'(t)≦Xを満たす時間長(F'(t)≦Xとなるデータ点数から1を引いたものに測光時間間隔を乗じて得られた値)をピーク幅mBとし、F'(t)≦mHを満たす時間長を加重平均ピーク幅mWとする。
【0057】
本発明で用いられるパラメータのさらなる例としては、平均時間vTa、平均高さvHa、及び領域中央時間vTmが挙げられる。図12には、演算対象域値XがVmaxの10%のときの1次曲線の平均点(vTa, vHa)(白菱印)、加重平均点(vT, vH)(黒丸印)、vTs、vTe、及びvTmが示されている。vTa、vHa、及びvTmは、F(vTs)からF(vTe)までのデータ点数をnとしたときにそれぞれ以下の式で表される。
【0058】
【数8】
【0059】
本発明で用いられるパラメータのさらなる例としては、1次曲線のピーク幅に基づく扁平率(B扁平率)vAB及びvABa、ならびに加重平均ピーク幅に基づく扁平率(W扁平率)vAW及びvAWaが挙げられる。一実施形態においては、下記式のとおり、vABは、加重平均高さvHとピーク幅vBとの比で定義され、vAWは、加重平均高さvHと加重平均ピーク幅vWとの比で定義される。vABaは、平均高さvHaとピーク幅vBとの比で定義され、vAWaは、平均高さvHaと加重平均ピーク幅vWとの比で定義される。
vAB=vH/vB (8a)
vAW=vH/vW (8b)
vABa=vHa/vB (8c)
vAWa=vHa/vW (8d)
【0060】
本発明で用いられるパラメータのさらなる例としては、1次曲線のピーク幅に基づく時間率(B時間率)vTB、及び加重平均ピーク幅に基づく時間率(W時間率)vTWが挙げられる。一実施形態においては、下記式のとおり、vTBは、加重平均時間vTとピーク幅vBとの比で定義され、vTWは、加重平均時間vTと加重平均ピーク幅vWとの比で定義される。
vTB=vT/vB (9a)
vTW=vT/vW (9b)
【0061】
なお、扁平率は、vAB=vB/vH、又はvAW=vW/vHであってもよく、またvABa=vB/vHa、又はvAWa=vW/vHaであってもよい。同様に、時間率は、vTB=vB/vT、又はvTW=vW/vTであってもよい。また、これら比に定数Kを乗じてもよい。すなわち、例えば、扁平率は、vAB=(vH/vB)K、vAB=(vB/vH)K、vAW=(vH/vW)K、又はvAW=(vW/vH)K(Kは定数)であってもよく、又は、vABa=(vHa/vB)K、vABa=(vB/vHa)K、vAWa=(vHa/vW)K、又はvAWa=(vW/vHa)Kであってもよく、時間率は、vTB=(vT/vB)K、vTB=(vB/vT)K、vTW=(vT/vW)K、又はvTW=(vW/vT)K(Kは定数)であってもよい。
【0062】
以上のような、ピーク幅vB、pB、mB、加重平均ピーク幅vW、pW、mW、平均時間vTa、平均高さvHa、領域始点時間vTs、領域終点時間vTe、領域中央時間vTm、扁平率vAB、vAW、vABa、vAWa、及び時間率vTB、vTWは、演算対象域を特徴付けるパラメータになり得る。本明細書においては、異なる演算対象域に由来するパラメータを識別するため、各パラメータを、それが由来する演算対象域値X(ここでX=Vmax×x%)に従って、それぞれvBx、vABx、vTBxなどと称することがある。このとき、例えばvABx及びvTBxは、vBxと、vHx又はvTxとから算出される。例えば、XがVmaxの5%である演算対象域のvB、vW、vTa、vHa、vTs、vTe、vTm、vAB、vAW、vABa、vAWa、vTB、vTWは、vB5%、vW5%、vTa5%、vHa5%、vTs5%、vTe5%、vTm5%、vAB5%、vAW5%、vABa5%、vAWa5%、vTB5%、vTW5%である。また、XがAmax又はAminの5%である演算対象域のpB、mB、pW、mWは、pB5%、mB5%、pW5%、mW5%である。
【0063】
図12-2A及びBは、同じ1次曲線に基づく、異なる演算対象域値XについてのvH、vT及びvBを示す。図12-2Aは、演算対象域値XがVmaxの10%の場合を示し、図12-2Bは、演算対象域値XがVmaxの80%の場合を示す。いずれもVmaxは100%である。
【0064】
2次曲線についても同様に、ピーク幅又は加重平均ピーク幅に基づいて扁平率及び時間率を求めることができ、これらは本発明のパラメータとして用いることができる。
【0065】
1.3.3.4.曲線下面積(AUC)
本発明で用いられるパラメータのさらなる例としては、1次曲線又は2次曲線の演算対象域における曲線下面積(AUC)が挙げられる。2次曲線はプラス側ピークとマイナス側ピークを有するため、2次曲線の最大ピーク高さを100%とした演算対象域における曲線下面積(AUC)は、プラス側ピークについての演算対象域におけるAUC(pAUC)とマイナス側ピークの演算対象域におけるAUC(mAUC)があり得る(ただし、mAUCの場合、正確には曲線上面積である)。本明細書においては、異なる演算対象域に由来するAUCを識別するため、それが由来する演算対象域値X(ここでX=Vmax×x%)に従って、AUCxと称することがある。例えば、XがVmax、Amax及びAminの5%である演算対象域のvAUC、pAUC、及びmAUCは、それぞれvAUC5%、pAUC5%、及びmAUC5%である。
【0066】
1.3.3.5.その他
上述の加重平均点に関係するパラメータ以外のさらなるパラメータが、本発明で用いる凝固反応曲線に関するパラメータに含まれ得る。さらなるパラメータの例としては、最大1次微分値Vmax、最大2次微分値Amax、最小2次微分値Amin、及びそれらに到達する時間を表すVmaxT、AmaxT、AminTが挙げられる。さらに、0次曲線における散乱光量の変化量が所定条件を満たした時点での散乱光量を100%としたときに、散乱光量がc%に相当する反応経過時間は、凝固時間Tcとして、本発明で用いるパラメータに含まれ得る。cは任意の値でよく、例えばTcはT50である。
【0067】
以上、散乱光量に基づく凝固反応曲線に基づいて、凝固反応曲線に関するパラメータについて説明した。一方、他の凝固計測手段(例えば透過光量や吸光度)に基づく凝固反応曲線から同等のパラメータが取得できることは、当業者に明らかである。例えば、透過光量に基づくような逆シグモイド状の凝固反応曲線から得られる1次曲線F(t)は、上述した散乱光量に基づくものに対して正負が逆になる。このような場合に、パラメータの計算においてF(t)の符号が逆転すること、例えば、最大値Vmaxは最小値Vminに置き換えられ、演算対象域はF(t)≦Xを満たす領域であり、vB及びvWがそれぞれt1からt2までのF(t)≦X及びF(t)≦vHとなる時間長であること等は、当業者に明らかである。
【0068】
2.凝固反応曲線に関するパラメータを用いた凝固因子インヒビター力価の測定
上記の手順により、混合検体の凝固反応曲線に関するパラメータが取得される。該パラメータは、該凝固反応曲線の形状に依存して値が変化し得る。正常血漿と、凝固異常を有する被検検体とを含む混合検体とは、凝固異常の原因又は加温の影響によって、凝固反応曲線の形状が異なることがある。したがって、凝固異常の原因によっては、該加温検体から得られたパラメータと、非加温検体から得られたパラメータは、異なる値を有することがある。なお本明細書において、パラメータの値について、例えばその比や差について述べる場合には、「パラメータ」と「パラメータ値」は同義である。一方、パラメータの種類について述べる場合には、「パラメータ」と「パラメータ種」は同義である。
【0069】
本発明の方法では、該加温検体及び非加温検体のそれぞれについて、上述した凝固反応曲線に関するパラメータ(好ましくは後述する表1に記載のパラメータ)からなる群より選択される少なくとも1種が取得される。該非加温検体から取得されたパラメータを第1のパラメータと呼び、該加温検体から取得されたパラメータを第2のパラメータと呼ぶ。本発明の方法では、該第1のパラメータと該第2のパラメータとの比又は差に基づいて、混合検体に含まれる被検検体における凝固因子インヒビターの力価を算出する(ステップ4)。
【0070】
本発明の方法の一実施形態においては、混合検体に含まれる被検検体が、既にクロスミキシング試験等により、特定の凝固因子インヒビターの存在に起因するAPTT延長を示す血液検体であることが判定されている。この場合は、後述する2.3の手順に従って、該第1及び第2のパラメータに基づいて凝固因子インヒビター力価を算出することができる。本発明の方法の別の一実施形態においては、混合検体に含まれる被検検体が、特定の凝固因子インヒビターの存在に起因するAPTT延長を示すか否かが未知である。この場合、本発明の方法においては、後述する2.1~2.2の手順に従って、APTT延長要因の判定、及び凝固因子インヒビターの鑑別を実施することができる。その後は、後述する2.3の手順に従って、該第1及び第2のパラメータに基づいて凝固因子インヒビター力価を算出することができる。後者の実施形態では、時間のかかるクロスミキシング試験を行う必要がないため、より簡便に凝固因子インヒビター力価の測定が実現される。
【0071】
2.1 APTT延長要因の判定
上述のとおり、検体に含まれる凝固異常原因成分又は検体の加温が、凝固反応曲線の形状に影響を及ぼすことがある。凝固異常の原因又は加温による凝固反応曲線の変化の例を、図13~15を参照して示す。図13は、LA血漿(LA)の加温及び非加温での補正1次曲線を示す。図14は、FVIIIインヒビター陽性血漿(IN)の加温及び非加温での補正1次曲線を示す。図15Aは、LA血漿(LA)と正常血漿との1:1混合血漿(LA-NP)の加温及び非加温での補正1次曲線を示す。図15Bは、FVIIIインヒビター陽性血漿(IN)と正常血漿との1:1(IN-NP)の加温及び非加温での補正1次曲線を示す。
【0072】
図13のように、LA血漿(LA)では、加温による曲線形状の変化はほとんどなかった。また図14のように、FVIIIインヒビター陽性血漿(IN)では、LAと同様に加温による曲線形状の変化はほとんどなかった。
【0073】
図15Aのように、LA血漿(LA)と正常血漿との1:1混合血漿(LA-NP)は、正常血漿と混合したことにより、図13と比較するとピークが早く現われ(凝固時間が短縮)、形状もシャープ化している。LA-NPでは、LAと同様に加温による曲線形状の変化はほとんどなかった。
【0074】
図15Bのように、FVIIIインヒビター陽性血漿(IN)と正常血漿との1:1混合血漿(IN-NP)では、非加温検体は、正常血漿と混合したことにより、図14と比較するとLA-NPと同様にピークが早く現われて形状もシャープ化している。一方、加温検体は、ピークが遅く現われ、ピーク高さが低くなると共にピーク幅は広くなった。この形状変化は、加温処理中にINに含まれていたインヒビター(抗FVIII抗体)と正常血漿に含まれていたFVIIIとの抗原抗体反応が進行したために、混合血漿の凝固反応が阻害されたことによると判断された。この非加温と加温との形状変化をパラメータの変化として指標化することによってINをLAと鑑別できる可能性が確認できた。
【0075】
図15に示されるように、混合検体の凝固反応曲線が、凝固異常原因成分又は加温によって変化し得ることは、非加温検体及び加温検体の凝固反応曲線に関するパラメータを解析することで、凝固因子インヒビターの存在に起因するAPTT延長を示す被検検体を検出可能であることを意味する。該パラメータに基づくAPTT延長要因の評価を後述の表2に例示する。表2には、正常検体(NP)、LA陽性検体(LA)、LA陽性検体と正常検体との1:1混合検体(LA-NP(mix))、FVIIIインヒビター陽性検体(IN)、及びFVIIIインヒビター陽性検体と正常検体との1:1混合検体(IN-NP(mix))について、非加温検体の凝固反応曲線から取得した第1のパラメータ(Pa)、10分加温した加温検体の凝固反応曲線から取得した第2のパラメータ(Pb)、及びそれらのパラメータの比(Pb/Pa)が示されている。
【0076】
表2に示すパラメータのうち、APTTは、ベースライン調整済み凝固反応曲線の散乱光量が50%となる反応経過時間(T50(秒))を示し、Vmaxは、補正1次曲線の最大値を示し、VmaxTは、測光開始後からVmaxとなるまでの時間を示す。また表2には、演算対象域値10%での加重平均点に関するパラメータvH10%、vT10%、vB10%、vAB10%、及びvTB10%が示されている。
【0077】
表2に示すとおり、加温に影響されない正常検体(NP)では、全てのパラメータで比(Pb/Pa)は1に近い値である。LA陽性検体(LA)及び正常検体との混合検体(LA-NP(mix))では、図15Aに示したように凝固反応が加温の影響をあまり受けないため、比(Pb/Pa)は1に近い値となる。
【0078】
一方、FVIIIインヒビター陽性検体を含む混合検体(IN-NP(mix))の凝固反応は、図15Bに示したように加温の影響を大きく受け、それはパラメータ比(Pb/Pa)に反映される。表2に示すとおり、IN-NP(mix)では、比(Pb/Pa)はAPTT、VmaxT、vT、vBでは顕著に大きくなり、Vmax、vHでは小さくなる。これらのパラメータは、FVIIIインヒビター陽性検体を検出する指標となり得る。また、表2に示すとおり、vABの比(Pb/Pa)は、IN-NP(mix)では1からの顕著な減少を示し、LAやNPとは明確に異なる挙動を示した。さらに後述する図18には、APTT、Vmax、Amax、vB10%、vT10%、vAB10%、及びvTB10%について、それらの比(Pb/Pa)が、FVIIIインヒビター陽性検体を含む混合検体では1からの増加又は減少を示すが、LA、NP、又は凝固因子欠損(例えば血友病A及び血友病B)を含む混合検体では1に近い値であること、またそれらの差(Pb-Pa)が、FVIIIインヒビター陽性検体を含む混合検体では0から大きく外れているが、LA、NP、又は凝固因子欠損を含む混合検体では0に近い値であることが示されている。
【0079】
以上のとおり、FVIIIインヒビター陽性検体では、非加温検体からの第1のパラメータと加温検体からの第2のパラメータは異なっており、かつ、このようなパラメータ値への加温の影響は、正常検体やLA陽性検体では見られない。したがって、加温検体と非加温検体から取得した上述したパラメータに基づいて、混合検体に含まれる被検検体がFVIIIインヒビター陽性であるか否かを判定可能である。好ましくは、第1のパラメータと第2のパラメータの値の変化率や変化幅を反映できる指標、例えば、表2に示したような第1のパラメータと第2のパラメータとの比、又は第1のパラメータと第2のパラメータの差に基づいて、FVIIIインヒビター陽性検体を検出することができる。
【0080】
以上、第1のパラメータと第2のパラメータを用いてFVIIIインヒビターの存在に起因してAPTT延長を示す血液検体を判定する手順について説明した。同様の手順で、他の凝固因子(例えばFIX)インヒビター陽性検体とLA陽性検体とを区別することも可能である。
【0081】
2.2 凝固因子インヒビターの鑑別
上記2.1の手順で凝固因子インヒビターの存在に起因してAPTT延長を示す血液検体を検出した場合、次に、凝固因子インヒビターの種類が不明である場合には、その種類を判定することが必要となる。凝固因子インヒビターは、発生件数の多い順にFVIIIインヒビター、FIXインヒビター、及び他因子のインヒビターが知られている。
【0082】
図16に、各種凝固因子の濃度とvTB80%の関係を示す。なお、凝固因子の濃度は対数値であり、濃度0.1%以下は0.1%として対数変換した。因子濃度10%以下のvTB80%において、同じ濃度における各種凝固因子の中でFVIIIの値は他の凝固因子の値よりも明らかに低いことから、FVIII欠乏を他の凝固因子欠乏と区別することができる。これにより、vTB80%の値によりインヒビターの種類がFVIIIインヒビターであることを判定することができる。
【0083】
別の一実施形態においては、上記の本発明のパラメータを用いたテンプレートマッチングによって、欠乏する凝固因子の種類や濃度を評価する。より詳細には、上述するパラメータを取得する際に、複数の演算対象域を設定して、各々の演算対象域の加重平均点を求め、vT、vH、vB、vAB、vTBなどの上述した演算対象域を特徴付けるパラメータを取得する。これらのパラメータは、各演算対象域についていずれか1種類を取得すればよいが、好ましくは2種類以上取得する。演算対象域の数は、特に限定されないが、好ましくは3~100個、より好ましくは5~20個であるとよい。さらにVmax、VmaxT、Amax、AmaxTなどの値を取得してもよい。一方で、凝固因子の濃度が既知かつ様々に異なる検体(参照)を準備し、それについて同様にパラメータの取得を行う。このとき、参照検体について設定する演算対象域及び取得するパラメータの種類が被検検体と対応するようにする。次いで、得られた被検検体についてのパラメータ群と、参照の各々についてのパラメータ群との間の直線回帰式を求め、回帰直線の相関性(例えば傾き、切片、相関係数、決定係数等)を求める。被検検体との相関性が最も高い参照における凝固因子の濃度を、被検検体における該凝固因子の濃度として推定する。被検検体と参照との直線回帰式の例を図17に示す。図17Aは、ともにFVIII活性が0.2%未満である被検検体(Sample AF)と参照(Template A)との間でのパラメータ群の回帰直線を表す。パラメータ群には、10個の演算対象域(X=5%、10%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%及び90%、Vmaxに対して)についての50個のパラメータ(vB [vB5%, vB10%, …, vB90%]、vT [vT5%, vT10%, …, vT90%]、vH [vH5%, vH10%, …, vH90%]、vAB [vAB5%, vAB10%, …, vAB90%]、及びvTB [vTB5%, vTB10%, …, vTB90%])からなるパラメータ群を用いている。図17Bは、図17Aの被検検体(Sample AF)と参照(Template A)の補正1次曲線を示す。2つの曲線は非常に似た形状を有しており、血液凝固特性の近似度が、検体のパラメータ群同士の相関性に反映されることを示している。
【0084】
あるいは、従来の手法に従って、クロスミキシング試験、凝固因子活性検査により、被検検体のAPTT延長が凝固因子インヒビターの存在に起因するか否か、及び該凝固因子インヒビターの種類を決定することができる。
【0085】
2.3 凝固因子インヒビター力価の算出
上記2.1で述べたように、凝固因子インヒビターによるAPTT延長を示す被検検体を含む混合検体は、加温によりその凝固反応曲線の形状が変化する。さらに、該凝固反応曲線の形状の変化の大きさは、凝固因子インヒビターの活性(力価)依存的である。したがって、該非加温検体及び加温検体からの第1のパラメータの値と第2のパラメータの値との比又は差に基づいて、該被検血液検体における凝固因子インヒビターの力価を算出することができる。
【0086】
より詳細には、第1のパラメータの値と第2のパラメータの値との比又は差を求め、この値から、検量線に基づいて、凝固因子インヒビターの力価を算出する。該検量線は、予め作成することができる。例えば、特定の凝固因子インヒビターの力価が既知かつ様々に異なる一連の標準検体について、上記の被検検体の場合と同様の手順により第1のパラメータと第2のパラメータを求め、次いで、該標準検体のインヒビター力価と、該第1と第2のパラメータの比又は差を用いて検量線を作成すればよい。
【0087】
本発明の方法による力価測定に用いられる好ましいパラメータの例としては、Vmax、vT、vH、vB、vAB、vTB、vAW、vTW、pAUC、mAUCが挙げられる。これらのパラメータを用いるための演算対象域値Xは、Vmax100%のとき、好ましくは5~90%、より好ましくは30~70%である。
【0088】
本発明の方法において力価測定される凝固因子インヒビターの種類は、特に限定されないが、FVIIIインヒビター、FIXインヒビターなどが挙げられ、好ましくはFVIIIインヒビターが挙げられる。力価を測定すべき目的の凝固因子インヒビターについての検量線を予め作成しておくことで、混合検体の第1と第2のパラメータの比又は差に基づいて、目的の凝固因子インヒビターの力価を算出することができる。
【実施例
【0089】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0090】
以下の実施例に用いられるパラメータは、特に言及しない限り、補正0次~2次曲線由来のパラメータを表す。一方、未補正0次~2次曲線由来のパラメータは、各パラメータの名称の頭にRを付けて表される。例えば、補正1次曲線の加重平均高さがvHであるとき、未補正1次曲線の加重平均高さはRvHで表され、補正1次曲線の加重平均時間がvTであるとき、未補正1次曲線の加重平均時間はRvTで表される。パラメータの一覧を下記の表1に示す。以降の説明においては、組み合わせ波形パラメータのB扁平率、W扁平率、B時間率及びW時間率は、係数kを省略したパラメータの演算内容が分かる表記をする場合がある。
【0091】
【表1】
【0092】
参考例1
1)被検検体
実施例で用いた被検検体を以下に示す。正常血漿(NP)には、健常人より得られたクエン酸加血漿を用いた。LA血漿(LA)には、George King Biomedical, Inc.のPositive Lupus Anticoagulant Plasmaを用いた。第VIII因子欠乏血漿(HA)及び第IX因子欠乏血漿(HB)には、George King BiomedicalのFactor VIII Deficient、Factor IX Deficientを用いた。第VIII因子(FVIII)インヒビター陽性血漿(InL、InM及びInH)には、George King Biomedical, Inc.のFactor VIII Deficient with Inhibitorを用いた。
群No. 検体種 検体数
1 正常血漿(NP) 23
2 LA血漿(LA) 6
3 血友病A(HA) 14
4 血友病B(HB) 12
5 FVIIIインヒビター低力価血漿(InL) 12
6 FVIIIインヒビター中力価血漿(InM) 35
7 FVIIIインヒビター高力価血漿(InH) 8
検量線用検体(Cal) 7
なお、インヒビター力価の「低」、「中」、「高」は、ベセスダ単位(BU/mL)の値によって以下のように分類した:
低:0.3~1.6(BU/mL)
中:2.0~40.5(BU/mL)
高:66~302(BU/mL)
【0093】
2)混合検体の調製
1)の各被検検体と正常血漿とを1:1の容量比で混合して、混合検体を調製した。該正常血漿には、1)の正常血漿を全て混合したものを用いた。
【0094】
3)インヒビター力価(ベセスダ単位)の測定
検体のインヒビター力価を、当業者で周知のベセスダ単位を求める方法により測定した。検体を緩衝液で希釈したのち、正常血漿と1:1の容量比で混合して、37℃で2時間インキュベーション後、FVIII活性の測定を行って、残存するFVIII活性よりベセスダ単位(BU/mL)を求めた。
【0095】
4)APTT測定
APTT試薬には、コアグピアAPTT-N(積水メディカル株式会社製)を、塩化カルシウム液には、コアグピアAPTT-N 塩化カルシウム液(積水メディカル株式会社製)を用いた。APTT測定には、血液凝固自動分析装置CP3000(積水メディカル株式会社製)を用いた。以下の手順で通常モード(非加温)又は加温モードで処理した:
キュベット(反応容器)に検体50μLを吐出後、
(通常モード)37℃で45秒間の加温
(加温モード)37℃で600~720秒間の加温
その後、キュベットに約37℃に加温したAPTT試薬50μLを添加し、171秒経過後に25mM塩化カルシウム液50μL添加して、凝固反応を開始させた。凝固反応はキュベットを約37℃に維持した状態で行った。凝固反応の検出は、波長660nmのLEDを光源とする光を照射し、0.1秒間隔で90度側方散乱した散乱光量を測光した。測光時間は360秒間とした。同じ検体について、非加温(通常モード)及び加温(加温モード)条件でのAPTTの測定をそれぞれ行い、APTT測定による凝固反応データとして測光データを得た。
【0096】
5)測光データの解析
得られた測光データに対し、ノイズ除去を含む平滑化処理、及び測光開始時点の散乱光量が0となるようにゼロ点調整を行って凝固反応曲線を得た。続いて、凝固反応曲線の最大高さが100となるように補正して補正0次曲線を得た。この補正0次曲線を1次微分して補正1次曲線を得、さらにこれを微分して補正2次曲線を得た。
【0097】
6)パラメータ抽出
得られた補正0次曲線から凝固時間(APTT)を求めた。APTTは、補正0次曲線の最大高さを100%としたときに50%高さに達する時間(T50)とした。補正1次曲線から最大1次微分値(Vmax)、及び補正2次曲線から最大及び最小2次微分値(Amax及びAmin)を取得した。さらに、補正1次曲線及び補正2次曲線から加重平均点に関するパラメータを算出した。加重平均点算出のための演算対象域値Xは、補正1次曲線の最大高さVmax(100%)に対して0.5%~90%のいずれかに設定した。各Xについて、補正1次曲線の値がX以上を満たす区間をピーク幅vBとして算出した。各演算対象域について、上記式(2)、(3)及び(4)を用いて加重平均時間vT及び加重平均高さvHを算出した。求めたvT及びvHから、下記式により扁平率vAB及び時間率vTBを算出した。
vAB=(vH/vB)K1(K1=100)
vTB=(vT/vB)K2(K2=1)
【0098】
取得した各パラメータについて、パラメータ比Pb/Pa、又はパラメータ差(Pb-Pa)を求めた。ここで、Paは非加温検体のパラメータ、Pbは加温検体のパラメータである。なお、未補正0次曲線からも、同様に未補正1次曲線、及び未補正2次曲線を算出し、これらの曲線から同様にパラメータを算出し、比Pb/Pa、又は差(Pb-Pa)を求めた。
【0099】
実施例1 被検検体の加温による1次曲線への影響
図13に、LA血漿(LA)の加温及び非加温での補正1次曲線を示す。LAでは、加温による曲線形状の変化はほとんどなかった。また図14に、FVIIIインヒビター陽性血漿(IN)の加温及び非加温での補正1次曲線を示す。INでは、LAと同様に加温による曲線形状の変化はほとんどなかった。
【0100】
実施例2 混合検体の加温による1次曲線への影響
図15Aには、LA血漿(LA)と正常血漿との1:1混合血漿(LA-NP)の加温及び非加温での補正1次曲線を示す。正常血漿と混合したことにより、図13と比較するとピークが早く現われ(凝固時間が短縮)、形状もシャープ化している。LA-NPでは、LAと同様に加温による曲線形状の変化はほとんどなかった。一方、図15Bには、FVIIIインヒビター陽性血漿と正常血漿との1:1(IN-NP)の加温及び非加温での補正1次曲線を示す。非加温では、正常血漿と混合したことにより、図14と比較するとLA-NPと同様にピークが早く現われて形状もシャープ化している。一方、加温では、ピークが遅く現われ、ピーク高さが低くなると共にピーク幅は広くなった。この形状変化は、加温処理中にINに含まれていたインヒビター(抗FVIII抗体)と正常血漿に含まれていたFVIIIとの抗原抗体反応が進行したために、混合血漿の凝固反応が阻害されたことによると判断された。この非加温と加温との形状変化をパラメータの変化として指標化することによってINをLAと鑑別できる可能性が確認できた。
【0101】
各被検検体から調製した正常検体との混合検体について、加温及び非加温での凝固反応曲線に関するパラメータを算出した。得られたパラメータについて、非加温検体のパラメータPa、加温検体のパラメータPb、パラメータ比Pb/Pa、及びパラメータ差Pb-Paを求めた。
【0102】
表2に、非加温検体及び加温検体(10分加温)から得た各種パラメータ値と、それらの比(Pb/Pa)を示す。FVIIIインヒビター血漿の混合血漿(IN-NP(mix))のPb/Paは1から大きく外れており、正常血漿(NP)、LA血漿(LA)、LA混合血漿(LA-NP(mix))とは明らかに相違した。したがって、各種パラメータのPb/Paに基づいてFVIIIインヒビター陽性血漿の判別が可能であることが示された。
【0103】
【表2】
【0104】
図18A~Gは、各種のパラメータについて、各種血漿の非加温でのパラメータPa、加温でのパラメータPb、それらの比Pa/Pb、及び差Pb-Paを示す。FVIIIインヒビター中力価血漿(InM)は、Pa/Pbが1より大きく又は小さくなる傾向、又はPb-Paが0から外れる傾向があった。一方、FVIIIインヒビター高力価血漿(InH)は、全体的にはPa/Pbが1より大きくもしくは小さくなる傾向、又はPb-Paが0から外れる傾向があったが、一部のパラメータ(APTT、vT)はPa/Pbが1に近い場合があった。しかしInHのAPTT又はvTは、Pa/Pbが約1になる場合でもPb-Paは0ではなく、少なくとも5秒は延長した。したがって、PaとPbの比及び差を組み合わせて用いることでAPTT又はvTを用いてInHを判別可能であった。
【0105】
図18Aより、APTTについて以下の結果が示された。なお、APTTの「延長」とは、APTTが正常血漿より長いことを示し、APTTの「短縮」とは、APTTが正常血漿と同じかそれに近い値であることを示す。
・LAを含む混合検体は、Pa及びPbともに延長し、Pb/Paは約1である。
・HAとHBを含む混合検体は、Pa及びPbともに短縮し、Pb/Paは約1である。
・InLを含む混合検体は、Pa及びPbともに短縮し、Pb/Paは約1である。
・InMを含む混合検体は、Paで僅かに延長し、PbではPaよりさらに延長し、Pb/Paは1より大になる。
・InHを含む混合検体は、Paは延長し、PbはPaと同程度かさらに延長し、Pb/Paは約1か又は1より大になる。
【0106】
上記の結果を表3にまとめた。加温及び非加温でのAPTTに基づいて、混合検体に含まれる被検検体を次のように判別できることが示された。
(1)PaとPbがともに延長し、かつPb/Paが約1であれば、被検検体はLA又はInHである。
(2)PaとPbがともに短縮し、かつPb/Paが約1であれば、被検検体はHAB(HA又はHB)又はInLである。
(3)PaとPbがともに延長し、かつPb/Paが1より大であれば、被検検体はInM又はInHである。
【0107】
【表3】
【0108】
また図18Bより、VmaxでのPb/Paは、LA、HA、HB、InL及び一部のInHではAPTTと同様に約1となり、一方InMと一部を除いたInHでは1より小となった。凝固反応がインヒビターによる阻害を受ける場合、インヒビター力価に応じてAPTTが延長すると共に凝固速度は小さくなり、結果、それらのパラメータ比Pb/Paは1から外れる。そのため、InMと一部を除いたInHでは、APTTのPb/Paは1より大になり、VmaxのPb/Paは1より小になった。一部のInHは、高力価群の中でも力価が高い検体(超高力価検体)であり、Vmaxは、非加温(Pa)において1付近まで低下しており、加温(Pb)においてもほとんど変化が無いため、パラメータ比Pb/Paは1付近になった。InHの中で超高力価検体を判別するためには、一例として、非加温(Pa)でのVmaxが2以下となる検体と定義すればよい。
【0109】
また図18C~Gに示すとおり、AmaxはVmaxと同様の傾向を示し、vB、vTはAPTTと同様の傾向を示し、vAB及びvTBはVmaxやAmaxと同様の傾向を示した。
【0110】
以上の結果から、各種パラメータのPaとPbの比、差、又はそれらの組み合わせに基づいて、APTT延長要因が凝固因子インヒビターである検体を判別可能であることが示された。
【0111】
実施例3 パラメータの比又は差を用いた凝固因子インヒビター力価の算出
1)インヒビター力価とパラメータ値との関係
異なるFVIIIインヒビター力価を有する被検検体を用いて、参考例1に記載の手順で混合検体を調製し、該混合検体のPa、Pb、及びPb/Paを求めた。FVIIIインヒビター力価とPb/Paとの関係性を調べた。被検検体には、InL及びInMの47検体(FVIIIインヒビター力価が0.3から40.5(BU/mL)まで)を用いた。各混合検体から得た各種パラメータのPb/Paの、該混合検体に含まれる被検検体のインヒビター力価の対数値に対するプロットの例を図19A~26Aに示す。Pb/Paの算出に用いたパラメータは、図19AはAPTT、図20AはVmax、図21AはAmax、図22AはVmaxT、図23AはAmaxT、図24AはvT10%、図25AはvAB10%、図26Aは凝固時間T5であった。図19A~26Aに示すように、これらのパラメータの比Pb/Paはインヒビター力価とともに増加又は減少し、Pb/Paがインヒビター力価と相関関係を有することが示された。一方で、インヒビター力価が低い領域と高い領域とで、Pb/Paの分布に異なる傾向がみられた。このことから、低インヒビター力価領域と高インヒビター力価領域を異なる直線で回帰させると、力価とPb/Paとの相関性が向上することが示唆された。
【0112】
図27Aには、凝固時間T5のパラメータ差Pb-Paの、該混合検体に含まれる被検検体のインヒビター力価の対数値に対するプロットを示す。Pb/Paと同様に、Pa-Pbがインヒビター力価と相関関係を有することが示された。
【0113】
2)検量線に基づくインヒビター力価の算出
上記のようにパラメータ比Pb/Pa、又は差Pb-Paが対数変換したインヒビター力価と相関することを利用し、FVIIIインヒビター力価が既知の検体を用いて検量線を作成した。検量線作成用の検体には、FVIII欠損(HA)の1検体、及びFVIIIインヒビター力価が0.5、1.1、2.2、4.4、8.7、17.4、34.9(BU/mL)の検量線用検体(Cal)を7検体の合計8検体を用いた。
FVIII欠損検体のインヒビター力価は0.1とみなし、各検体のインヒビター力価の対数変換値とPb/Pa又はPb-Paとの回帰直線を求めた。その際、検体をインヒビター力価の低い群と高い群に分け、それぞれについての回帰直線を求めた。低インヒビター力価群と高インヒビター力価群との境界となる力価は2.2(BU/mL)とした。作成した検量線の例を図19B~27Bに示す。用いたパラメータは、それぞれA図と同じである。いずれの検量線も、2つの直線から成る折れ線とした。
【0114】
作成した検量線を基に、パラメータ比Pb/Pa又は差Pb-Paから被検検体のFVIIIインヒビター力価(の推測値)を算出した。図19C~27Cは、各被検検体のインヒビター力価の実測値に対する、検量線に基づく演算値のプロットである。図19D~27DはC図の実測値20BU/mL以下のデータのみを用いて再プロットした図である。
【0115】
表4~5には、各種パラメータの比Pb/Paを用いて作成した検量線に基づく演算力価(y)の、実測力価(x)に対する回帰式の傾きと切片、及び相関係数を示す。表4は、補正あり曲線(補正0次~2次曲線)からのパラメータを示し、表5は、補正なし曲線(未補正0次~2次曲線)からのパラメータを示す。さらにそれらの中から、高い相関性を示したパラメータを表6に示す。また、表7には、各種パラメータの差Pb-Paを用いて作成した検量線に基づく演算力価(y)の、実測力価(x)に対する回帰式の傾きと切片、及び相関係数を示す。表7には、補正あり曲線(補正0次~2次曲線)からのパラメータと、補正なし曲線(未補正0次~2次曲線)からのパラメータを示す。さらにそれらの中から、高い相関性を示したパラメータを表8に示す。
【0116】
【表4】
【0117】
【表5】
【0118】
【表6】
【0119】
【表7】
【0120】
【表8】
【0121】
表9~10には、表4~5のものとは別の各種パラメータの比Pb/Paを用いて作成した検量線に基づく演算力価(y)の、実測力価(x)に対する回帰式の傾きと切片、及び相関係数を示す。表9は、補正1次曲線からのパラメータを示し、表10は、未補正1次曲線からのパラメータを示す。さらにそれらの中から、高い相関性を示したパラメータを表11に示す。
【0122】
【表9】
【0123】
【表10】
【0124】
【表11】
【0125】
実施例5 高インヒビター力価検体の検体希釈によるインヒビター力価の算出
インヒビター力価が実施例3で求めた検量線の力価範囲より高い高インヒビター力価検体について、希釈検体を用いて上記と同様のパラメータを用いた検量線に基づく力価演算を実施し、その結果に希釈倍率を乗じることによって演算力価を求めた。
具体的には、被検検体として、インヒビター力価が99、113、166、253及び259(BU/mL)であったInHの5検体を用いた。該被検検体を正常血漿により10倍希釈し、その10倍希釈検体を正常血漿と容量比1:1で混合して混合検体を調製した。参考例1と同様の手順で該混合検体のPa、Pb、及びPb/Paを求め、実施例3で用いた検量線に基づいて希釈検体の演算力価を算出し、これに希釈倍率を乗じることによって被検検体の演算力価を求めた。この結果をInL及びInMの47検体についての結果と合わせた。図28は、InL及びInMの47検体についての演算力価と、上記で求めた5検体のInHの演算力価の、実測力価に対するプロットである。各プロット図の下には、演算力価と実測力価との回帰式と相関係数を示した。いずれのパラメータも良好な相関関係が得られ、検体希釈処理によって高力価検体の測定が可能であることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図12-2】
図13
図14
図15
図16
図17
図18A
図18B
図18C
図18D
図18E
図18F
図18G
図19
図20
図21
図22
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図26
図27
図28