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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-21
(45)【発行日】2024-03-29
(54)【発明の名称】アポカロテノイドの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/44 20060101AFI20240322BHJP
   C12P 7/44 20060101ALI20240322BHJP
【FI】
C12P19/44
C12P7/44
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020021146
(22)【出願日】2020-02-12
(65)【公開番号】P2021126053
(43)【公開日】2021-09-02
【審査請求日】2023-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】511169999
【氏名又は名称】石川県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(72)【発明者】
【氏名】三沢 典彦
(72)【発明者】
【氏名】新藤 一敏
(72)【発明者】
【氏名】清河 文子
(72)【発明者】
【氏名】小牧 正子
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】特開昭54-064652(JP,A)
【文献】特開平06-248193(JP,A)
【文献】特開2004-269663(JP,A)
【文献】国際公開第2010/094745(WO,A1)
【文献】Frontiers in Plant Science,2015年,Vol.6, No.971,pp.1-14
【文献】J. Agric. Food Chem.,1996年,Vol.44,pp.2612-2615
【文献】Enzyme and Microbial Technology,1999年,Vol.24,pp.453-462
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 19/00
C12P 7/00
C12P 23/00
A23L 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表されるアポカロテノイドを黄花フリージアの花弁から抽出する工程を含む、アポカロテノイドの製造方法。
【化1】
【請求項2】
式(2a)で表されるアポカロテノイドを黄花フリージアの花弁から抽出する工程を含む、アポカロテノイドの製造方法。
【化2】
(式中、Rは式(2b)で表される。)
【化3】
【請求項3】
前記抽出されたアポカロテノイドを分解して式(3)で表されるアポカロテノイドを得る工程を更に含む、請求項1又は2に記載のアポカロテノイドの製造方法。
【化4】
【請求項4】
前記黄花フリージア植物が、エアリーフローラまたはアラジンである請求項1乃至3に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アポカロテノイドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カロテノイドは、すべての光合成生物、及び一部の細菌、カビ、酵母などが生産する黄~橙~赤色の天然色素であり、その多くは、8個の炭素数5(C5)のイソプレン骨格からなるC40の脂溶性色素である(非特許文献1、2)。現在までに、自然界から750種以上のカロテノイドが単離・同定されている。一方、食品産業上重要なサフラン(単子葉植物鋼・キジカクシ目・アヤメ科・Crocus sativusの柱頭)やクチナシ(双子葉植物鋼・リンドウ目・アカネ科・Gardenia jasminoidesの果実)の橙色色素は、C20のcrocetinやcrocin(crocetinの両端が2分子ずつのD-glucoseでエステル化したもの)といった水溶性のカロテノイド(アポカロテノイド)からなり、食品添加物、機能性食品、及び、医薬品原料として利用されている。また、黄花Crocus属植物の花弁にも、crocetin配糖体が含まれている(非特許文献3)。また、ヒメヒオウギズイセン(クロコスミア、Crocosmia;アヤメ科・Crocosmia x crocosmiiflora)の橙色花弁(開花期:7月~9月)、及びハナビシソウ(California poppy;双子葉植物鋼・キンポウゲ目・ケシ科・Eschsholtzia californica)の橙色花弁(開花期:5月~6月)にも、それぞれ、crocin及びcrocetinが含まれているという報告もある(非特許文献2)。なお、Crocosmiaはラテン語で「サフランの香り」を意味する。
【0003】
フリージア(Freesia;アヤメ科・Freesia refracta)は、アサギズイセン、ショウブスイセン、コウセツランといった別名を持つ南アフリカ・ケープ地方原産の花卉植物であり、多数の園芸品種(Freesia x hybrida)が育種されている。白色、黄、橙、赤、ピンク、紫、青といった幅広い花色を有するが(開花期:3月~4月)、日本で流通しているフリージアでは、その78%が黄花である(非特許文献4)。
【0004】
「エアリーフローラ」は石川県オリジナル品種のフリージア(Freesia x hybrida)である。エアリーフローラでは多彩な花色が特長であり、現在流通する10品種はそれぞれに異なる個性的な花色を示す。淡紫色をはじめ赤色、橙色、黄色、白色など様々な花色の品種が揃っている。なお、エアリーフローラ・f2株(‘石川f2号’)が黄花品種である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】三沢典彦, 生物工学93: 403-406, 2015
【文献】AkemiOhmiya, JARQ 45: 163-171, 2011
【文献】A. Rubio Moraga et al, Crocins with High Levels of Sugar ConjugationContribute to the Yellow Colours of Early-Spring Flowering CrocusTepals. PLoS ONE 8(9): e71946, 2013.https://doi.org/10.1371/journal.pone.0071946
【文献】本図竹司, フリージアにおける育種,栽培技術および生産の変遷, 茨城農総セ生工研研報15: 1~31,2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、食品産業上重要で、ヒトの健康への有用性が期待されているアポカロテノイドであるcrocetin配糖体を、植物を用いて製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意研究を行った結果、「エアリーフローラ」黄花品種である‘石川f2号’や、汎用黄花品種「アラジン」といった黄色花弁を持つフリージアが、黄色色素として、crocetin配糖体であるcrocetin neapolitanosyl ester[crocetinの片側に3分子のD-glucoseがエステル結合した水溶性アポカロテノイド:式(1)で表されるアポカロテノイド]、及びcrocetin di-neapolitanosyl ester[crocetinの両側に3分子のD-glucoseがエステル結合した水溶性アポカロテノイド:式(2)で表されるアポカロテノイド]が花弁に生産されることを見出し、本課題を解決するに至った。
【0008】
なお、フリージアがcrocetin配糖体を作ることは、これまで知られていなかった。黄花フリージアはcrocetin neapolitanosyl esterまたはcrocetindi-neapolitanosyl esterを主成分として生産する唯一の植物体材料である。さらに、crocetin neapolitanosyl esterの自然界の植物からの単離についても、これが最初の報告である。
【0009】
本発明は以下の通りである。
1.式(1)で表されるアポカロテノイドをアポカロテノイド産生植物から抽出する工程を含む、アポカロテノイドの製造方法。
【化1】
2.式(2a)で表されるアポカロテノイドをアポカロテノイド産生植物から抽出する工程を含む、アポカロテノイドの製造方法。
【化2】
(式中、Rは式(2b)で表される。)
【化3】
3.前記抽出されたアポカロテノイドを分解して式(3)で表されるアポカロテノイドを得る工程を更に含む、前項1又は2に記載のアポカロテノイドの製造方法。
【化4】
4.前記アポカロテノイド産生植物がフリージア植物である前項1乃至3に記載の製造方法。
5.前記フリージア植物が、黄花フリージアである前項4に記載の製造方法。
6.前記フリージア植物が、エアリーフローラまたはアラジンである前項4に記載の製造方法。
7.前項1乃至6のいずれか1に記載の方法から得られたアポカロテノイドを含む色素組成物又は食品組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、式(1)、式(2)または式(3)で表されるアポカロテノイドの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】CH2Cl2-MeOH (1:1) 溶液による抽出物のHPLC分析結果を示す図である。
図2】100%MeOH溶液による抽出物のHPLC分析結果を示す図である。
図3】80%MeOH溶液による抽出物のHPLC分析結果を示す図である。
図4】50%MeOH溶液による抽出物のHPLC分析結果を示す図である。
図5】HP20の100% MeOH画分のHPLC分析結果を示す図である。
図6】フリージア100% MeOH画分のHPLC分取図である。
図7】HP20の50% MeOH画分のHPLC分析結果を示す図である。
図8】フリージア50%MeOH画分のHPLC分取図である。
図9】crocetin neapolitanosyl ester(化合物1)の1H NMRスペクトル(CD3OD中)。
図10】crocetin neapolitanosyl ester(化合物1)の13C NMRスペクトル(CD3OD中)。
図11】化合物1の1H-1H DQF COSYスペクトル(CD3OD中)。
図12】化合物1のHMQCスペクトル(CD3OD中)。
図13】化合物1のHMBCスペクトル(CD3OD中)。
図14】crocetin(化合物3)の1HNMRスペクトル(CD3OD中)。
図15】crocetin(化合物3)の13CNMRスペクトル(CD3OD中)。
図16】crocetin di-neapolitanosyl ester(化合物2)の13CNMRスペクトル(CD3OD中)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、アポカロテノイド、特に式(1)、式(2)または式(3)で表されるアポカロテノイドの製造方法に関する。本発明の製造方法は、アポカロテノイド産生植物(特に、フリージア)から上記アポカロテノイドを抽出することにより製造できる。
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0013】
(アポカロテノイド)
本発明のアポカロテノイドは、以下のアポカロテノイドである。これらのアポカロテノイドは、合成が困難であることが知られている。
【0014】
{クロセチンネアポリタノシルエステル(crocetin neapolitanosyl ester)}
クロセチンネアポリタノシルエステルは、下記の実施例において化合物1として得られ、式(1)で表される構造を有する。
【0015】
【化5】
【0016】
{クロセチンジネアポリタノシルエステル(crocetindi-neapolitanosyl ester)}
クロセチンジネアポリタノシルエステルは、下記の実施例において化合物2として得られ、式(2a)で表される構造を有する。
【0017】
【化6】
(式中、Rは式(2b)で表される。)
【0018】
【化7】
【0019】
{クロセチン(crocetin)}
クロセチンは、下記の実施例において化合物3として得られ、式(3)で表される構造を有する。また、クロセチンは、クロセチンネアポリタノシルエステル又はクロセチンジネアポリタノシルエステルを分解(特に酸加水分解)することによって得ることができる。
【0020】
【化8】
【0021】
(アポカロテノイド産生植物)
本発明のアポカロテノイドは、アポカロテノイド産生植物から得られる。
アポカロテノイド産生植物は、本発明のアポカロテノイドを産生する能力を有する植物であれば特に限定されないが、例えばフリージア等のアヤメ科植物、ケシ科植物、アカネ科植物等が挙げられ、フリージア、黄花植物が好ましく、黄花フリージアがより好ましい。黄花フリージアとしては、例えば‘石川f2号’、アラジン等が挙げられる。
【0022】
(本発明のアポカロテノイドの製造方法)
本発明のアポカロテノイドの製造方法は、自体公知の植物から有用化合物(得に、カロテノイド)の抽出方法を採用することができる。例えば、以下を例示することができる。
アポカロテノイド産生植物の植物体の全部又は一部、好ましくは花弁を採取後、必要に応じて凍結乾燥し、さらに凍結乾燥品を粉砕後、抽出溶媒で抽出すること又は抽出溶媒で抽出したアポカロテノイドを分解(特に酸加水分解)することによって得られる。
抽出溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類あるいはそれらアルコール類と水を任意の割合で混合した含水アルコール類、1,3-ブチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール等のグリコール類あるいはそれらグリコール類と水を任意の割合で混合した含水グリコール類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、エチルエーテル、プロピルエーテル、イソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類、ジクロロメタン、塩化メチレン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素、アセトン等の極性有機溶媒、ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテル等の無極性有機溶媒等を用いることができる。また、これらの溶媒を単独で又は2種以上の混合溶媒として用いることもできる。好ましい抽出溶媒としては、ジクロロメタン及びメタノールの混合溶媒、含水メタノール等を例示することができる。
上記方法によって抽出物を得た後、必要に応じて、水(H2O)、メタノール(MeOH)、エタノール(EtOH)、プロパノール、ブタノール、クロロホルム、ジクロロメタン(CH2Cl2)、酢酸エチル(EtOAc)、トルエン、ヘキサン、ベンゼン等の有機溶媒で互いに混和しない2種の溶媒を用いた二相分配操作によって、得られた抽出液から活性画分(例えば、酢酸エチル/水の二相分配の水相画分)を分取することができる。
更に必要に応じて、シリカゲルクロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、逆相系クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー等のガラス管カラムクロマトグラフィーあるいは高速液体クロマトグラフィーを適当な溶媒で用いる分離精製手段を1種若しくは2種以上組み合わせて精製することもできる。
【0023】
例えば、本発明のアポカロテノイドは、アポカロテノイド産生植物の植物体の一部、例えばフリージアの花弁を採取し、破砕後、水又は上述の溶媒を加えて遠心分離を行なった上清を回収する工程を1回以上行い、上清として得ることもできる。
【0024】
より詳しくは、crocetin neapolitanosyl ester(及びcrocetin)の抽出方法の一例を挙げると、以下のようになる。
温室にて促成栽培を行い、開花したフリージア‘石川f2号’から順次花弁を採取し、-80℃フリーザーにて冷凍する。
この花弁を3日間凍結乾燥させたものをミキサーで粉末とし、これをCH2Cl2-MeOH(1:1)、100% MeOH、80% MeOH、50% MeOHで順次抽出することにより(各溶媒を加えて30分程度攪拌抽出した後減圧ろ過したろ液を抽出液とする)、黄色色素を溶媒抽出する。
次に黄色色素を含む抽出液を少量まで濃縮して有機溶媒を除去後、EtOAc/H2Oで二相分配する。黄色色素は水相に分配されるため、水相を半分量まで濃縮してEtOAcを除いた後HP20カラムに吸着させる。HP20カラムは水と50%MeOHで洗浄後、100%MeOHで黄色色素を溶出する。
溶出物を濃縮乾固後、逆相(C30)のHPLC分取(展開溶媒:30%CH3CN+0.1%TFA)により黄色色素の純品を単離する。
【0025】
(各化合物の確認方法)
必要に応じて、得られた純品について各種NMR(1H、13C、DQF COSY、HMBC、HMQC、NOESY)やHRESI-MS((+)あるいは(-))の測定を行う。
次に、2N HClを用いてアグリコンと糖に加水分解する。アグリコンと糖はEtOAc/H2Oの二相分配でそれぞれ精製する(EtOAc相:アグリコン、水相:糖)。
必要に応じて、アグリコンは各種NMR解析を行い、糖は旋光度及び1H NMRの測定を行うことにより、得られた色素を同定する。
【0026】
(本発明の製造方法で得られたアポカロテノイド)
本発明の製造方法で得られたアポカロテノイドは、色素、食品、機能性食品、医薬品原料等に利用することができる。
【実施例
【0027】
以下に具体例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例1】
【0028】
1-1 フリージアの栽培と黄色色素の抽出
フリージア(Freesia x hybrida)の黄花品種として、石川県のオリジナル品種である「エアリーフローラ」‘石川f2号’、及び、汎用品種である「アラジン」を用いた。‘石川f2号’は石川県農林総合研究センターの温室にて促成栽培を行い、開花させた花弁を用いた。「アラジン」は、花ギフト専門店Edelweissから購入した「フリージアの花束 3L」から採取した花弁を用いた。両者から抽出された黄色色素は全く同じ化合物から構成されていたので、以下には、‘石川f2号’の実施例のみを示す。
‘石川f2号’から順次花弁を採取し、-80℃フリーザーで冷凍した。凍結させた‘石川f2号’の花弁(179.3 g)を72時間凍結乾燥し、ドライフリージア(18.6 g)を得た。得られたドライフリージアをミキサーにて1分間粉砕し、1LのCH2Cl2-MeOH(1 : 1) 溶液を加えて消灯下室温で30分撹拌抽出し、減圧濾過を行った。次にろ過残渣に100% MeOH 1 Lを加えて同様に溶媒抽出した後減圧ろ過し、さらにそのろ過残渣に80% MeOH 1 L、50% MeOH 1 Lを加えて同様の抽出を行った。
上記抽出の結果、花弁に含有される黄色色素が全て抽出されたため最後に残った残渣はほぼ白色となった。
得られた4つの濾過液を濃縮せずに30 μLずつ、以下に示すHPLC分析条件で分析した。CH2Cl2-MeOH (1 : 1) 溶液の結果を図1、100% MeOH溶液の結果を図2、80%MeOH溶液の結果を図3、50% MeOH溶液の結果を図4に示す。
(HPLC分析条件)
カラム:CAPCELL PAK (SHISEIDO) 4.6 mm×100 mm
流速:1.0 mL/min
溶媒:A液5% CH3CN+20 mM H2PO4,B液95% CH3CN+20 mM H2PO4
0→3 min:A液100%, 3→20 min:A液 100%→B液 100%, 20→30 min:A液 100%
検出:DAD(200~600 nm)
【0029】
本分析の結果、CH2Cl2-MeOH (1 : 1)及び100% MeOH抽出物中には、楕円形で囲った保持時間12.5分の434.3 nmに最大吸収を持つ化合物(化合物1)が(図1及び図2)、50% MeOH抽出物中には長方形で囲った439.9 nmに最大吸収を持つ化合物(化合物2)が(図4)、80% MeOH抽出物中には化合物1と化合物2が共に含まれていることがわかった(図3)。
【実施例2】
【0030】
1-2 化合物1の精製
1-1で得られた濾過液のうち、化合物1が多く含まれているCH2Cl2-MeOH(1 : 1)溶液と100% MeOH 溶液を合一し、減圧下濃縮乾固した(14.5 g)。乾固物を300 mLのEtOAcと300 mLの蒸留水を用いて溶解して、1 L容分液漏斗中で振とうし、二相分配を行った。その結果、黄色色素のほとんどは水相に分配された。その後一度EtOAc相と水相を分液ロートからそれぞれ別の三角フラスコの移したのち、EtOAc相は分液漏斗に戻してさらに300 mLの水を加え、再び分液漏斗中で二相分配を行った。得られた2つの水相を合一し、減圧下濃縮乾固した(13.8 g)。
濃縮乾固した水層を、試薬塩酸を数滴滴下してpH=4前後とした255 mLの蒸留水に溶解し、水で展開したHP20カラム(50 mm×130 mm)を通過させ、黄色色素はカラムに吸着された。その後、255 mLの蒸留水をカラム通過させて未吸着物質を完全に除去(洗浄)した後、まず765 mL(255 mL×3)の50% MeOHを流して吸着物を溶出した。溶出液(赤色溶液)は1つの三角フラスコに集めた。次に765 mLの100% MeOHを流して溶出された溶出液(オレンジ色溶液)、最後に765 mLの60% acetoneを流して溶出された溶出液(薄い黄色)も、それぞれ1つの三角フラスコに集めた。
得られた3つの画分(50% MeOH溶出画分、100% MeOH溶出画分、60% acetone溶出画分)を濃縮せずに30 μLずつ、上記のHPLC分析条件で分析した。その結果、100% MeOH画分のみに450 nm付近に極大吸収を有するピーク(化合物1とする)が12.5分に検出されることが判明した(図5)。
得られた100% MeOH画分を以下に示したHPLC分取条件1で打ち、化合物1を分取しようと試みた。しかし、保持時間47分に目的のカロテノイドではないピークが検出されており、効率よくHPLCでの分取を繰り返し行うためには、47分のピークの化合物(化合物1より極性の低い物質)を取り除くことが必要であった。そこで、濃縮乾固した100%MeOH画分(1.1077 g)を6 mL のCH2Cl2-MeOH(1 : 1) に一度完全に溶解し、ここにさらに15 mLのCH2Cl2を加えた。化合物1はCH2Cl2-MeOH (1 : 1) には溶解するがCH2Cl2を加えた結果の溶媒(CH2Cl2 : MeOH = 6 : 1)には溶解しないため、生じた沈殿を集めることにより、極性の低い物質を除いた(上清にも若干の化合物1が含まれていたため、本操作は2回実施した)。2つの沈殿は合わせて濃縮乾固した(914.9 mg)。乾固して得られた赤色混合物は3.0 mLの50%MeOHに溶解し、125 μLずつHPLCで分取した。
以下にHPLC分取条件1を、図6に本条件で観測されたピークの様子を示す。
(HPLC分取条件1)
カラム:Develosil C30-UG-5 10Φ×250 mm
流速:3.0 mL/min
溶媒:30%CH3CN+0.1%TFA
検出:DAD(220~600 nm)
【0031】
図6に示した長方形で囲ったピーク(保持時間 17.8分)を分取して濃縮乾固したところ、27.1 mgの純品の化合物1を得た。
【実施例3】
【0032】
1-3 化合物2の精製
1-1で得られた濾過液のうち、80% MeOH 溶液と50% MeOH溶液を合一し、減圧下濃縮乾固した(12.1 g)。乾固物を300 mLのEtOAcと300 mLの蒸留水を用いて溶解して、1 L容分液漏斗中で振とうし、二相分配を行った。その結果、黄色色素のほとんどは水相に分配された。その後一度EtOAc相と水相を分液ロートからそれぞれ別の三角フラスコの移したのち、EtOAc相は分液漏斗に戻してさらに300 mLの水を加え、再び分液漏斗中で二相分配を行った。得られた2つの水相を合一し、減圧下濃縮乾固した(4.82 g)。
濃縮乾固した水層を、100 mLの蒸留水に溶解し、水で展開したHP20カラム(30 mm×130 mm)を通過させ、黄色色素はカラムに吸着された。その後、300 mLの蒸留水をカラム通過させて未吸着物質を完全に除去(洗浄)した後、まず300 mL(100 mL×3)の50% MeOHを流して吸着物を溶出した。溶出液は1つの三角フラスコに集めた。次に300 mLの100% MeOHを流して溶出された溶出液、最後に300 mLの60% acetoneを流して溶出された溶出液も、それぞれ1つの三角フラスコに集めた。
得られた3つの画分(50% MeOH溶出画分、100% MeOH溶出画分、60% acetone溶出画分)を濃縮せずに30 μLずつ、上記のHPLC分析条件で分析した。その結果、50% MeOH画分のみに化合物1と化合物2が存在することが判明した(図7)。
得られた50% MeOH画分を濃縮乾固し(753.3 mg)、以下に示したHPLC分取条件2で打ち、化合物2を分取した。14.0 mLの展開溶媒に溶解し、200 μLずつHPLCで分取した。
以下にHPLC分取条件2を、図8に本条件で観測されたピークの様子を示す。
(HPLC分取条件2)
カラム:Develosil C30-UG-5 10Φ×250 mm
流速:3.0 mL/min
溶媒:20% CH3CN+ 0.1% TFA
検出:DAD(220~600 nm)
【0033】
図8に示した長方形で囲ったピーク(保持時間 15.3分)を分取して濃縮乾固したところ、83.2 mgの純品の化合物2を得た。
【実施例4】
【0034】
1-4 化合物1の構造決定
1-2で得られた純品の化合物1を0.1% mg/mLになるようにMeOHに溶解し、HRESI-MS (+)を測定した。その結果、(M+Na)イオンピークがm/z 837.31834に観測され、化合物1の分子式はC38H54O19と決定された{calcd for 837.31570 (C38H54NaO19、Δ3.16 ppm)}。
次に10 mgの化合物1をCD3OD 1 mLに溶解して各種NMRスペクトルを測定した。化合物1の1H NMRスペクトルを図9に、13C NMRスペクトルを図10に示す。次に化合物1の2D NMRスペクトル(1H-1H DQF COSY, HMQC, HMBC)を測定解析して化合物1の構造を解析した。
化合物1の1H-1H DQF COSYスペクトルを図11、HMQCスペクトルを図12、HMBCスペクトルを図13に示す。
その結果、化合物1の構造を式(1)に示すcrocetin neapolitanosyl esterと推定した。ここまでの解析では構成糖の種類、アグリコン構造中の幾何異性は判定できなかったため、これらの確認のため化合物1の酸加水分解を行い、構成糖とアグリコンをそれぞれEtOAc/水の二層分配で単離精製した(EtOAc層 アグリコン、水層 構成糖)。
具体的には、5.0 mgの1-2で得られた純品の化合物1を25 mLナスフラスコに分け取り、そこに2NのHClを5 mL加えた。そのサンプルを100℃以上に設定したオイルバスに浸し、消灯下で2時間リフラックスを行った。
引き上げたナスフラスコに5 mLのEtOAcを加え、超音波にかけよく溶解した後二相分配を行ったEtOAc層と水相をそれぞれ濃縮し、EtOAc相からはアグリコン(2.3 mg)、水相からは糖(2.0 mg)の純品をそれぞれ得た。
まず構成糖がD-glucoseであることを、D2O中の1H NMRスペクトルと水溶液の[α]Dの値(+68.3°)から確定した。またアグリコンは1H NMRスペクトル(図14)、13C NMRスペクトル(図15)による解析を行い、式(3)に示すcrocetin(化合物3)であると判定した。ここまでの分析結果により、化合物1はcrocetin neapolitanosyl esterと確定した。
サフランやクチナシを始めとした自然界の植物に含有されているという報告は無く、本発明のフリージアの黄花品種の花弁からの抽出が初めての報告である。黄花フリージアはcrocetin neapolitanosyl esterを主成分として生産する唯一の植物体材料であることを確認した。
【実施例5】
【0035】
1-5 化合物2の構造決定
1-3で得られた純品の化合物2を0.1 mg/mLになるようにMeOHに溶解し、HRESI-MS (-)を測定した。その結果、(M-H)-イオンピークがm/z 1299.47367に観測され、化合物2の分子式はC58H84O34と判定された{calcd for 1299.47367、Δ 2.90 ppm}。これは化合物1でフリーだったカルボキシ基にneapolitanosyl esterが結合すると一致する分子式であった。そこで、化合物2は対称構造を有するcrocetin di-neapolitanosyl ester(式(2a))ではないかとの推定のもと、13C NMRスペクトル(CD3OD中)を測定した。その結果得られた13C NMRスペクトル(図16)。で観測されたシグナルは、化合物1のC-8'~C-20', C-1''~C-6''、C-1'''~C-6'''、 C-1''''~C-6''''部分のシグナルと完全に一致したので、化合物2をcrocetin di-neapolitanosyl ester(式(2a))と同定した。
サフランやクチナシを始めとした自然界の植物に主成分として含有されているという報告は無く、本発明のフリージアの黄花品種の花弁からの抽出が初めての報告である。黄花フリージアはcrocetindi-neapolitanosyl esterを主成分として生産する唯一の植物体材料であることを確認した。
【実施例6】
【0036】
1-6 化合物1、3の一重項酸素消去活性
通常、大気に存在している酸素を三重項酸素と言い、最も安定しており反応性が低いが、三重項酸素がエネルギーを受け取ることで励起された酸素分子である一重項酸素を発生し、一重項酸素はシミやしわの原因となる。カロテノイド化合物には、優れた一重項酸素消去活性を有するものがあるので、化合物1、3の同活性を評価した。
用いた試験では、メチレンブルーが光増感剤の役割を果たし、一重項酸素を発生させた。発生した一重項酸素により、リノール酸が235 nmの光の吸収を持つ共役リノール酸となるため、235 nmの吸光度を測定することより生成された共役リノール酸量が明らかとなり、発生した一重項酸素量を明らかとすることができた。
【0037】
一重項酸素消去活性試験方法
ディスポカルチャーチューブに0.025 mMメチレンブルー溶液80 μL、0.24 Mリノール酸溶液100 μL(以上すべてEtOH溶液)、サンプル溶液40 μL(CH2Cl2溶液)、EtOH 180 μLを加えて(計400 μL)よく撹拌した。サンプル溶液の蒸発を抑えるためにビー玉をチューブに乗せた状態で、蛍光灯の下で3時間光照射を行った。なお光照射量が一定になるように実験は発泡スチロール箱中で行い、蛍光灯スタンドとサンプルの距離は17 cm程度となるように設定した。実験は3連で行い、その平均値をデータとして用いた。
3時間後、反応液120 μLを別のチューブに移し、ここに3,480 μLのEtOHを加え(=30倍希釈)、希釈液のλ235 nmの吸光度(Abs235)を測定した。
サンプルの一重項酸素消去率は、式 {100-(S-B2)/(C-B1)}×100を計算することによって求めた。
ここで、S (sample)は光照射・サンプル添加でのAbs 235を、C(Control)は光照射・サンプル無添加でのAbs 235を、B1 (Blank1)は光無照射・サンプル無添加でのAbs 235を、B2(Blank2)は光無照射・サンプル添加でのAbs 235を示す。Controlの吸光度は1.3、Blankの吸光度は0.4程度であった。
各化合物に対する評価はC, B1, B2はシングル、Sは各濃度3 連で行った。得られたデータ(Sについては得られた吸光度の平均値)を用いて、縦軸阻害%、横軸化合物濃度とする回帰直線を求め、ここからIC50 (一重項酸素によるリノール酸酸化を50%阻害する濃度)を求めた。
実験は、各サンプルのモル数をもとに調整した1 μM、10 μM、100 μM液(最終濃度)について3連で実施した。ポジティブコントロールには、自然界に広く分布するカロテノイドであるβ-caroteneを用いた。
【0038】
結果
実験により求められた化合物1及び化合物3のIC50値(一重項酸素50%消去濃度、μM)を表1に示した。いずれの化合物も一重項酸素消去活性を有することが確認された。
【0039】
【表1】
化合物1及び化合物3の一重項酸素消去活性(IC50値)
図1
図2
図3
図4
図5
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図8
図9
図10
図11
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図15
図16