(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-21
(45)【発行日】2024-03-29
(54)【発明の名称】自己免疫疾患治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 39/395 20060101AFI20240322BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240322BHJP
A61K 31/711 20060101ALI20240322BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20240322BHJP
A61P 37/02 20060101ALI20240322BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20240322BHJP
【FI】
A61K39/395 U
A61K39/395 Y
A61K39/395 D
A61K48/00
A61K31/711
A61P37/06
A61P37/02
A61P9/00
(21)【出願番号】P 2019174234
(22)【出願日】2019-09-25
【審査請求日】2022-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100189131
【氏名又は名称】佐伯 拓郎
(74)【代理人】
【識別番号】100182486
【氏名又は名称】中村 正展
(74)【代理人】
【識別番号】100147289
【氏名又は名称】佐伯 裕子
(74)【代理人】
【氏名又は名称】牛山 直子
(72)【発明者】
【氏名】松本 紘太郎
(72)【発明者】
【氏名】竹内 勤
(72)【発明者】
【氏名】吉本 桂子
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 勝也
【審査官】山村 祥子
(56)【参考文献】
【文献】欧州特許出願公開第02428219(EP,A1)
【文献】国際公開第2014/168253(WO,A1)
【文献】J. Rossaint et al.,European Journal of Clinical Investigation,2013年,Vol.43, No. s1,Abstract No. 1.04
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/395
A61K 48/00
A61K 31/711
A61P 37/06
A61P 37/02
A61P 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CXCL4阻害性物質を含有してなる、自己免疫疾患の治療剤
であって、自己免疫疾患が好中球細胞外トラップ(NETs)形成の過剰の病態を呈する血管炎症候群であり、CXCL4阻害性物質が抗CXCL4抗体又はCXCL4と特異的に結合するアプタマーである、治療剤。
【請求項2】
NETs形成の過剰の病態を呈する
血管炎症候群が、ANCA関連血管炎である、請求項
1に記載の治療剤。
【請求項3】
CXCL4阻害性物質が、抗CXCL4抗体である、請求項1に記載の治療剤。
【請求項4】
CXCL4阻害性物質が、抗CXCL4抗体である、請求項2に記載の治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CXCL4阻害性物質を有効成分とする、自己免疫疾患の治療剤に関する。より具体的には、好中球細胞外トラップ(NETs)の形成過剰を示す自己免疫疾患の治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
自己免疫疾患とは、免疫系の機能に異常が生じ、内因性抗原(自己抗原)に対する抗体の産生などにより免疫系が自己組織を障害することを特徴とする疾患である。自己組織がどのようなメカニズムで免疫原性を有するようになるのかは十分に明らかになっておらず、自己免疫疾患の病因は多くの場合、不明である。
【0003】
自己免疫疾患は多彩であり、多くの種類の疾患が知られている。また、同じ疾患でも冒された体の部位によって様々な症状を呈することが知られている。
【0004】
自己免疫疾患の中には、原因がわからないまま発症し、自然に治癒する場合もあるが、多くの場合は慢性化する。原因不明の疾患であるため、根本治療を行うこともできず、長期の療養を必要とすることから、自己免疫疾患はいわゆる難病であると捉えられている。我が国では、悪性関節リウマチ、顕微鏡的多発血管炎、多発血管炎性肉芽腫症、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症、結節性多発動脈炎、シェーグレン症候群、全身性エリテマトーデス、全身性強皮症など、多くの自己免疫疾患が指定難病に挙げられている。また、これらの疾患は、障害者総合支援法の対象疾病(難病等)にも指定されており、支援対象とされている。
【0005】
自己免疫疾患に対しては、通常、薬剤によって症状をコントロールすることが臨床的に行われているが、十分な効果がもたらされないことも多く、より効果的な治療に対する高いニーズが存在する。
【0006】
好中球細胞外トラップ(Neutrophil Extracellular Traps;NETs)は、好中球に生じる細胞外構築物であって、血中や末梢組織において認められる。NETsは好中球のクロマチンに由来する繊維により形成される網状の構造物であって、クロマチンに含まれる核酸やタンパク質に加え、好中球から放出された細胞質成分も包含している。
【0007】
NETsは、細菌感染等により好中球が刺激されることによって形成され、血中や末梢組織において病原性細菌等を捕獲し、殺菌することで生体防御機能を果たすと考えられている。しかし、その形成のメカニズムや生理的な機能についてはまだ不明な点も多い。
【0008】
生体防御に働く一方で、NETsの過剰形成は悪影響をもたらすことがあることも知られている。例えば、抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎(AAV)、全身性エリテマトーデス(SLE)、関節リウマチ(RA)、全身性強皮症(SSc)といった膠原病においては、NETs形成が認められており、様々な炎症症状を示す自己免疫疾患においてNETsが病態形成に関与していると考えられている。
【0009】
これまでの研究から、NETsはSLE等の疾患マーカーとなり得ることや、NETsを標的とする疾患の治療が提案されてきた(非特許文献1、特許文献1及び2)。しかしながら、これまで、NETs形成の過剰を特徴とする疾患を治療する薬剤として承認された医薬は存在していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2016/056665号
【文献】国際公開第2016/118476号
【非特許文献】
【0011】
【文献】Barnado et al., J. Leukoc. Biol. (2016) vol. 99, pp. 265-278
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、自己免疫疾患、より具体的には、好中球細胞外トラップ(NETs)の形成過剰を示す自己免疫疾患の治療のために有用な医薬組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、AAV等のNETs形成の過剰を特徴とする自己免疫疾患において、好中球によるNETs形成を誘導には血小板の活性化が寄与するとの仮説に基づき、当該仮説の実験的な検証を試みた。そして、さらに研究を鋭意進めたところ、血小板から放出される液性因子がNETs形成を誘導すること、当該液性因子の分子的な実体がケモカイン受容体リガンドの一種であるCXCL4であること、及び、CXCL4阻害性物質を投与することにより当該誘導作用を抑制できることを見いだした。そして、これらの知見に基づいて本発明を完成させた。
【0014】
より詳細には、本発明は、以下の(1)~(28)に関する。
(1)CXCL4阻害性物質を含有してなる、自己免疫疾患の治療剤。
(2)自己免疫疾患が好中球細胞外トラップ(NETs)形成の過剰の病態を呈する自己免疫疾患である、前記(1)に記載の治療剤。
(3)NETs形成の過剰の病態を呈する自己免疫疾患が、血管炎症候群、全身性強皮症、関節リウマチ、及び全身性エリテマトーデスからなる群から選択される自己免疫疾患である、前記(2)に記載の治療剤。
(4)NETs形成の過剰の病態を呈する自己免疫疾患が、血管炎症候群である、前記(3)に記載の治療剤。
(5)血管炎症候群が小型血管炎又は中型血管炎である、前記(3)又は(4)に記載の治療剤。
(6)血管炎症候群が小型血管炎である、前記(5)に記載の治療剤。
(7)小型血管炎が、ANCA関連血管炎である、前記(5)又は(6)に記載の治療剤。
(8)ANCA関連血管炎が、顕微鏡的多発血管炎、多発血管炎性肉芽腫症、及び好酸球性多発血管炎性肉芽腫症からなる群から選択される疾患である、前記(7)に記載の治療剤。
(9)血管炎症候群が中型血管炎である、前記(5)に記載の治療剤。
(10)中型血管炎が、結節性多発動脈炎である、前記(5)又は(9)に記載の治療剤。
(11)非経口投与剤である、前記(1)乃至(10)のいずれか一に記載の治療剤。
(12)非経口投与剤が注射剤、点眼剤又は点鼻剤である、前記(11)に記載の治療剤。
(13)CXCL4阻害性物質が、抗CXCL4抗体、CXCL4と特異的に結合するアプタマー、及びCXCL4と特異的に結合する小分子からなる群から選択されるCXCL4阻害性物質である、前記(1)乃至(12)のいずれか一に記載の治療剤。
(14)CXCL4阻害性物質が、抗CXCL4抗体である、前記(13)に記載の治療剤。
(15)抗CXCL4抗体がモノクローナル抗体である、前記(13)又は(14)に記載の治療剤。
(16)抗CXCL4抗体が抗ヒトCXCL4抗体である、前記(13)乃至(15)のいずれか一に記載の治療剤。
(17)抗CXCL4抗体が、ヒト抗体又はヒト化抗体である、前記(14)乃至(16)のいずれか一に記載の治療剤。
(18)抗CXCL4抗体が、Fab、Fab’、F(ab’)2、Fd及びscFvからなる群から選択される抗CXCL4抗体の機能性断片である、前記(13)乃至(17)のいずれか一に記載の治療剤。
【0015】
(19)自己免疫疾患の治療剤製造のための、CXCL4阻害性物質の使用。
(20)自己免疫疾患が好中球細胞外トラップ(NETs)形成の過剰の病態を呈する自己免疫疾患である、前記(19)に記載の使用。
(21)CXCL4阻害性物質が、抗CXCL4抗体、CXCL4と特異的に結合するアプタマー、及びCXCL4と特異的に結合する小分子からなる群から選択されるCXCL4阻害性物質である、前記(19)又は(20)に記載の使用。
【0016】
(22)自己免疫疾患の治療方法における使用のための、CXCL4阻害性物質であって、抗CXCL4抗体、CXCL4と特異的に結合するアプタマー、及びCXCL4と特異的に結合する小分子からなる群から選択される、CXCL4阻害性物質。
(23)自己免疫疾患が好中球細胞外トラップ(NETs)形成の過剰の病態を呈する自己免疫疾患である、前記(22)に記載のCXCL4阻害性物質。
【0017】
(24)有効量のCXCL4阻害性物質を含む医薬組成物を、それを必要とする対象に投与する工程を含む、自己免疫疾患の治療方法であって、前記CXCL4阻害性物質が抗CXCL4抗体、CXCL4と特異的に結合するアプタマー、及びCXCL4と特異的に結合する小分子からなる群から選択される、方法。
(25)自己免疫疾患が好中球細胞外トラップ(NETs)形成の過剰の病態を呈する自己免疫疾患である、前記(24)に記載の方法。
(26)対象が自己免疫疾患を有する患者である、前記(24)又は(25)に記載の方法。
(27)対象が好中球細胞外トラップ(NETs)形成の過剰の病態を呈する自己免疫疾患を有する患者である、前記(24)乃至(26)のいずれか一に記載の方法。
(28)CXCL4阻害性物質が、抗CXCL4抗体である、前記(24)乃至(27)のいずれか一に記載の方法。
【発明の効果】
【0018】
本実施形態のCXCL4阻害性物質、代表的には、抗CXCL4抗体を有効成分として含む自己免疫疾患の治療剤により、自己免疫疾患の治療を効果的に行うことができる。自己免疫疾患としては、好中球細胞外トラップ(NETs)形成過剰の病態を呈する自己免疫疾患が好ましい治療対象疾患となる。より具体的には、血管炎症候群、全身性強皮症、関節リウマチ、及び全身性エリテマトーデスからなる群から選択される自己免疫疾患の治療を行うことができる。血管炎症候群の例として、小型血管炎及び中型血管炎が挙げられる。これらのうち、小型血管炎の例としては、ANCA関連血管炎が、中型血管炎の例としては、結節性多発動脈炎を挙げることができる。特に、本実施形態の自己免疫疾患治療剤により、顕微鏡的多発血管炎、多発血管炎性肉芽腫症、及び好酸球性多発血管炎性肉芽腫症からなる群から選択されるANCA関連血管炎の治療を効果的に行うことができる。また、本実施形態のCXCL4阻害性物質、代表的には、抗CXCL4抗体を対象に投与する工程を含む方法によれば、好中球細胞外トラップ(NETs)形成過剰の病態を呈する自己免疫疾患の治療を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】は、96穴プレート (Corning, 米国)上に1ウェルあたり1x10
5個の好中球(HC又はAAV由来)を播種し、2時間培養後、Platelet Rich Plasma (PRP;HC又はAAV由来)、PRPを遠心することで血小板を沈降させた上清をPlatelet Poor Plasma (PPP;HC又はAAV由来)を添加し、共培養を行うことにより、好中球にNETs誘導が起きるかどうか試験した結果を示す。上段の各パネルは、NETs形成を視覚的確認するために、スライドガラス上の好中球及び/又は血小板を500nMのPicogreen (Thermo Fisher Scientific, 米国)とインキュベートし、細胞外に放出された二本鎖DNA(Picogreenラベルされたds-DNA)を共焦点顕微鏡によって観察した結果を示す。パネル(a)中のスケールバーは100μmを示す。各パネルの拡大率は等しい。各パネルの下には、上から順に、好中球のソース(HC又はAAV由来)、PPPのソース(HC由来、AAV由来、又は不使用(-))、PRPのソース(HC由来、AAV由来、又は不使用(-))、及びトランズウェル適用の有無(+/-)を示す。
【0020】
【
図2】は、96穴プレート上に1ウェルあたり1x10
5個の好中球(HC由来)を播種し、2時間培養後、PRP(AAV患者、SLE患者、RA患者、又はHC由来)、又はPPP(AAV患者、SLE患者、RA患者、又はHC由来)を添加し、共培養を行うことにより誘導された好中球のNETsを定量的に解析した結果を示す。縦軸のDNA濃度は、PRPを用いた共培養及びPPPを用いた共培養によって誘導されたDNA濃度(ng/mL)の差であり、血小板分画によって誘導されたNETsの量と対応する。n値はそれぞれサンプル数を示す。また、p値は、AAV患者の血小板分画によって誘導されたNETsと、AAV患者以外のソース由来の血小板分画によって誘導されたNETsとの間で有意差検定を行った結果をそれぞれ示す。図中、各プロットは各被験者のデータを示し、水平線は平均値を示す。
【0021】
【
図3】は、96穴プレート上に1ウェルあたり1x10
5個の好中球(HC由来)を播種し、2時間培養後、TLR9リガンドで刺激したPRP(HC由来)を添加し、共培養を行うことにより誘導された好中球のNETsを定量的に解析した結果を示す。TLR9リガンドによる血小板の刺激は、PRPにCpG-DNA (CpG;Novus Biologics, Littleton, 米国) を20μg/mL添加し、16-18時間処理することにより行った。図中、血小板(Platelet)「-」とは、刺激したPPPを添加したことを示す。また、「CpG control」とは、TLR9リガンドではないcontrol oligodeoxynucleotides (Novus Biologics, 米国) を意味し、図中最右はTLR9リガンドに代えてCpG controlが20μg/mLを使用されたことを示す。「TLR9 angatonist」とは、TLR9アンタゴニストであるヘキサヌクレオチド(TTAGGG;ODN A151 (Invigogen, 米国))を意味し、
図3上段の右から3本目のバーは、TLR9リガンドと共にTLR9アンタゴニストが使用された場合の結果を示す。図中、水平線と共に示される*は、水平線の左右端の位置に対応するバーの間で有意差(p<0.05)が存在することを示す。
【0022】
【
図4】は、
図3と同様の系と同様に、好中球(HC由来)とPRP(HC由来)との共培養を行い、培養後の上清に含まれるCXCL4を定量的に解析した結果を示す。図中、水平線と共に示される*は、水平線の左右端の位置に対応するバーの間で有意差(p<0.05)が存在することを示す。縦軸のCXCL4濃度(ng/mL)は、キット(human CXCL4 ELISA kit (R&D Systems, 米国)を用いてELISA法で定量的解析をした結果として示されている。
【0023】
【
図5】は、96穴プレート上に1ウェルあたり1x10
5個の好中球(HC由来)を播種し、2時間培養後、組換え体のCXCL4(PeproTech, 米国)を0、2.5、10又は20μg/mL添加し、好中球を培養した結果を示す。上段の各パネルは、NETs形成を視覚的確認するために、スライドガラス上の好中球及び/又は血小板を500nMのPicogreen (Thermo Fisher Scientific, 米国)とインキュベートし、細胞外に放出された二本鎖DNA(Picogreenラベルされたds-DNA)を共焦点顕微鏡によって観察した結果を示す。パネル(a)中のスケールバーは100μmを示す。各パネルの拡大率は等しい。
【0024】
【
図6】は、AAV患者(n=17)及びHC(n=7)を対象に、各被験者から血漿サンプルを調製し、血漿中CXCL4濃度(ng/mL)を、キット(human CXCL4 ELISA kit (R&D Systems, 米国)を用いてELISA法で定量的解析をした結果を示す。また、p値(p=0.022)は、AAV患者の血漿中CXCL4濃度と、HC由来の血漿中CXCL4濃度との間で有意差検定を行った結果を示す。図中、各プロットは各被験者のデータを示し、水平線は平均値±標準偏差を示す。
【0025】
【
図7】は、96穴プレート上に1ウェルあたり1x10
5個の好中球(HC由来)を播種し、2時間培養後、PRP(AAV患者由来)を添加し、共培養を行うことにより誘導された好中球のNETsを定量的に解析した結果を示す。当該共培養において、CXCL4の機能を阻害する目的で抗ヒトCXCL4ウサギ抗体 (Anti-CXCL4 antibody;US Biological, 米国) が添加された。また、対照には、抗ヒトCXCL4ウサギ抗体に代えて非特異的なControl IgGが添加された。図中、縦軸は、ImageJ processing software (U. S. National Institutes of Health, 米国)を使用して定量的に解析し、算出したNETs領域(Picogreenの蛍光シグナルの陽性領域)の割合(%)を示す。図中、p値(p=0.029)は、Anti-CXCL4 antibody使用時のNETs領域とControl IgG使用時のNETs領域との間で有意差検定を行った結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の自己免疫疾患の治療剤は、CXCL4阻害性物質を有効成分として配合することによって、医薬組成物として調製される。本発明の代表的な自己免疫疾患の治療剤は、CXCL4阻害性物質として抗CXCL4抗体を有効成分として配合することによって、医薬組成物として調製される。
【0027】
CXCL4は、CXCケモカインファミリーメンバーの1つであり、PF4(Platelet Factor 4)やSCYB4とも呼ばれる。また、かつてはオンコスタチンと呼ばれてもいた。それゆえ、本明細書では、CXCL4との用語はPF4、SCYB4及びオンコスタチンと同義とする。
【0028】
CXCL4タンパク質(以下、単に「CXCL4」と言うことがある。)は活性化された血小板のα顆粒から放出されるケモカインである。ヒトのCXCL4成熟タンパク質は70アミノ酸残基からなるもので、生体内ではホモ4量体の形態をとり、ヘパリンに対して高い結合親和性を有することが知られている。また、CXCL4は血小板の凝集に関与すること、様々なタイプの細胞に対して走化性因子として働くこと、並びに、造血活性、血管新生及びT細胞機能に対して阻害的に作用することが知られている。
【0029】
「CXCL4阻害性物質」とは、本明細書中では、好中球におけるNETs形成に対するCXCL4の誘導作用を阻害する活性を有する物質を言い、当該活性を備える限りどのような構造を有する物質でも良い。CXCL4阻害性物質は、代表的には、CXCL4と特異的に結合する物質であって、抗CXCL4抗体、核酸アプタマー、及び小分子からなる群から選択される物質である。CXCL4の誘導作用を阻害する作用機序はどのようなものであっても良く、例えば、CXCL4受容体に対してCXCL4と競合的に、又は非競合的に阻害作用を示すことが挙げられる。また、特定のCXCL4受容体を介さないで発揮されるCXCL4の作用に対して、CXCL4と特異的に結合すること等により、当該作用を阻害することであっても良い。
【0030】
抗CXCL4抗体は、CXCL4と特異的に結合する物質(イムノグロブリン)であり、好ましくはヒトCXCL4と特異的に結合する物質である。抗体は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であっても良い。また、後述のように、抗体の機能性フラグメントであっても良い。
【0031】
抗CXCL4抗体の調製
本実施形態の治療剤で用いられる抗CXCL4抗体は、公知の標準的な方法によって作製することができる。例えば、70アミノ酸残基からなるヒトCXCL4全長ポリペプチド、又はフラグメントを免疫原として宿主動物に免疫することで抗体産生を惹起することができる。CXCL4フラグメントを用いる場合の免疫原となるポリペプチドの領域は任意に選択できるが、市販品を含め、多くの抗CXCL4抗体の調製例が公表されているので、当該公表された例を参考にすることが好ましい。
免疫原となるポリペプチドは公知の標準的な方法によって製造すれば良く、化学合成することや、組換えタンパク質として生化学的に合成することができる。また、商業的に提供される受託合成サービスを利用することでも入手できる。
免疫原となるポリペプチドは、それ自体を免疫しても良いし、当該ポリペプチドを含む組換え体タンパク質を膜上で提示する再構成膜又は組換え体細胞を免疫しても良い。免疫する宿主動物は特に制限されないが、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ヒツジ、ヤギ、ロバ、ニワトリ、又はラクダなどの動物種が好ましい。より好ましくはマウス又はラットであり、特に好ましくはマウスである。抗CXCL4抗体を含む抗血清は、公知の標準的な方法によって調製可能である。抗体としては、5種類の免疫グロブリン分子(IgG、IgM、IgA、IgD、IgE)のいずれのクラスであっても良い。好ましくはIgG又はIgM、より好ましくはIgGである。
【0032】
抗CXCL4モノクローナル抗体(抗CXCL4mAb)の調製
抗CXCL4mAbは、前記の調製過程で得られる抗体産生細胞をミエローマ細胞と融合させたのちクローン化してモノクローナル抗体を調製することができる。あるいは、遺伝子工学的な手法により、化学的に合成した抗体遺伝子を大腸菌などに発現させて作製することもできる。抗体産生細胞とミエローマ細胞との融合方法、融合細胞を含む細胞群から所望の細胞をスクリーニングする方法、スクリーニングにより選抜した細胞を単クローン化する方法、及びクローンからmAbを調製する方法は、いずれも公知の標準的な方法によって実施できる。配列情報に基づいて所望のmAbを合成することも、公知の標準的な方法によって実施できる。
【0033】
抗体の機能性断片
抗CXCL4抗体は、CXCL4に対して十分な特異性と親和力を示すことができれば、必ずしも免疫グロブリン分子全体の構造が維持されていなくてもよく、抗体の機能的断片(抗原結合性断片)であってもよい。抗体の抗原結合能は、抗体の可変部に支配されているので、免疫グロブリン分子のうち定常領域の部分は必ずしも存在しなくてもよい。従って、本実施形態の抗体の機能的断片としては、免疫グロブリン分子の可変部からなる断片である、Fab、Fab’、F(ab’)2、FabからVLを取り除いたFd、一本鎖Fvフラグメント(scFv)及びその二量体であるdiabodyを挙げることができる。あるいは、scFvからVLを取り除いた単一ドメイン抗体(sdAb)などを用いることができるが、抗体の機能性断片はこれらに限定されない。Fc領域を含まない抗体フラグメントを利用した場合、免疫複合体がFc受容体と結合して好中球を刺激する可能性を回避できる。本実施形態の治療剤は自己免疫疾患の治療を目的とするため、Fc領域を含まない抗CXCL4抗体フラグメントは、本実施形態の治療剤の有効成分として好ましい。
抗体の機能性断片は、公知の手法により調製することができる。例えば、免疫グロブリン分子を酵素処理することにより断片化できる。免疫グロブリン分子をパパインにより分解することでFabが得られ、ペプシンにより分解することでF(ab’)2が得られ、F(ab’)2を還元処理することによりFab’が得られる。また、遺伝子工学的手法により、抗体の重鎖可変部(VH)と軽鎖可変部(VL)を可動性に富むリンカーペプチドで連結することによりscFvを作製することもできる。
【0034】
キメラ抗体、ヒト化抗体
抗CXCL4mAbは、ヒトに対する異種抗原性を低下させること等を目的として人為的に改変した遺伝子組換え型抗体とすることができる。このような抗体として、例えば、キメラ抗体、ヒト化(Humanized)抗体がある。これらの改変型抗体は、公知の方法により作製可能である。
キメラ抗体は、本実施形態の抗CXCL4mAbの可変(V)領域をコードするDNAをヒト抗体の定常(C)領域をコードするDNAと連結し、これを発現ベクターに組み込んで宿主に導入し産生させることにより調製することができる。
ヒト化抗体は、ヒト以外の哺乳動物、例えばマウス抗体のCDRをヒト抗体のCDRへ移植(CDRグラフト)したものである。その調製は、一般的な遺伝子組換え手法を適用して適宜実施することができる。例えば、マウス抗CXCL4mAbの各CDRとヒト抗体のフレームワーク領域とを連結するアミノ酸配列をコードするように設計したDNA配列を、CDR及びFR両方の末端領域にオーバーラップする部分を有するように作製した複数のオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いてPCR法により合成すれば良い。例えば、WO98/13388号に記載の方法により行うことができる。ヒト抗体の可変領域のFRは、公表されたDNAデータベース等から得ることができる。
キメラ抗体及びヒト化抗体の定常領域としては、ヒト抗体のものを用いることができる。例えば重鎖においては、Cγ1、Cγ2、Cγ3、Cγ4を用いればよく、軽鎖においては、Cκ、Cλを用いればよい。
これらのキメラ抗体及びヒト化抗体は、ヒト体内における異種抗原性が低下されているため、ヒト生体内での半減期も長く本実施形態の治療剤の有効成分として有用である。
【0035】
抗CXCL4抗体は、新規に取得されたものに限定されず、公知の抗CXCL4抗体(抗PF4抗体)を入手又は調製したものでも良い。
市販の抗体の情報は、例えばwww.biocompare.com/antibodies/のウェブサイトなどで検索することにより、当業者は適宜使用できる。例えば、US biological社の抗ヒトCXCL4ウサギ抗体や、PeproTech社の抗ヒトPF4ウサギ抗体を代表的な例として挙げることができる。これらの抗体は、ヒトCXCL4(ヒトPF4)と特異的に結合することに加え、CXCL4による好中球への作用を中和する活性があることも知られており、本実施形態の治療剤の有効成分として好ましい例である。
抗CXCL4抗体は、多くの文献にも記載されている。例えば、EP0457532A1、CN103173419Aといった特許文献や、Gao et al. (Monoclonal Antibodies in Immunodiagnosis and Immunotherapy (2015) vol. 34, pp. 110-115)、Saggin et al. (Thrmb. Haemost. (1992) vol. 67, pp. 137-143)といった学術文献に、具体的に記載されている。これらの記載に基づいて、あるいは、これらに記載される抗体又はハイブリドーマを入手することにより、所望の抗体を調製又は入手することもできる。
【0036】
CXCL4阻害性物質としてのアプタマー
機能性核酸であるアプタマーは、無数の分子種を含む核酸ライブラリーの中から、「SELEX」と呼ばれる方法など、「選択と増幅」を含む一連の過程をin vitroで繰り返す公知の方法により、標的化合物に特異的に結合する物質として取得することができる(例えば、特開2006-320289号公報、特開2009-207491号公報、又は特開2009-165394号公報参照)。
CXCL4阻害性物質としての核酸アプタマーは、標的化合物としてCXCL4、代表的にはヒトCXCL4の全長ポリペプチド又はそのフラグメントを採用し、選抜することができる。本実施形態で用いる核酸アプタマーは、標的化合物であるCXCL4と特異的に結合し、当該結合によりCXCL4阻害性物質として機能する限りどのような結合活性を有するものであってもよいが、ヒトCXCL4タンパク質に対して2μM以下、好ましくは600nM以下の解離定数(KD)を示す結合能を有する。
ここで、解離定数(KD)は、本明細書では、KdとKaとの比(すなわちKd/Ka)から得られる定数を指すものとし、モル濃度(M)で表現される。核酸アプタマーのKD値は、当技術分野において確立された方法を用いて決定することができる。核酸アプタマーのKDを決定するための好ましい方法は、表面プラズモン共鳴を用いて、好ましくはBiacore(登録商標)システムなどのバイオセンサーシステムを用いることが挙げられる。
【0037】
CXCL4阻害性物質としてのRNAアプタマーの調製方法
核酸アプタマーとして、RNAアプタマーを利用することができる。RNAアプタマーは、その配列情報に基づいて、化学合成法、又は鋳型DNAの転写により適宜調製することができる。
核酸の化学合成法は当業者に周知の技法であり、所望の配列からなるRNAを人工的に合成することができる。また、企業の提供する受託合成サービスを利用することもできる。
転写により所望のRNAアプタマーを生じる配列からなるDNAは、その相補鎖DNAと共に2本鎖DNAとしてベクターにクローニングすることができる。ベクターには、T7RNAプロモーターなど、RNA転写のために使用される配列を含めることができる。所望のRNAアプタマーは、ベクターとT7ポリメラーゼ等のRNAポリメラーゼとを使用することにより、in vitroで適宜調製することができる。
CXCL4阻害性核酸アプタマーは、CXCL4と同濃度(w/v)又はそれ以下で有意にNETs誘導を抑制するものが望ましい。当該CXCL4阻害性核酸アプタマーの投与態様の例は、本実施形態の治療剤として、血清中でCXCL4の生理的濃度と同程度の濃度となるように投与される。
【0038】
CXCL4阻害性物質としての小分子
CXCL4阻害性物質としての機能性小分子は、種々の構造からなる化合物群を含む化合物ライブラリーの中から選抜することにより、取得することができる。当該化合物ライブラリーとしては、市販される低分子化合物ライブラリーを適宜使用することができる。
具体的には、下記の実施例5に準じたインビトロの実験系によって、好中球によるNETs誘導活性を指標として所望の化合物を選抜、取得することができる。より具体的には、以下の様な手順で実施することができる。
【0039】
(好中球の単離)
好中球は、任意の動物種の好中球を用いることができる。好ましくは哺乳動物種の好中球であり、より好ましくはヒトの好中球である。ヒト好中球は、健常人(HC)由来であっても、ANCA関連血管炎(AAV)患者由来等、NETs形成の過剰を特徴とする自己免疫疾患患者由来であっても良い。ただし、材料の入手容易性等を考慮すればHC由来の好中球を調製して利用することが好ましい。
好中球は、ヘパリン血を材料として、当業者に周知の手法と材料(例えば、Mono-Poly Resolving Medium (DS Pharma Biomedical, 大阪))を使用して単離することができる。単離した好中球は、細胞培養用の培地(DMEM培地等)に懸濁して使用する。
(血小板の培養)
細胞培養プレート、例えば96穴プレート上に、1ウェルあたり一定数(例えば、1x105個)の好中球を播種し、一定時間(例えば2時間)培養する。その後、培養系に(1)被検物質(化合物ライブラリー)及びCXCL4(例えば、2.5、10又は20μg/mL)、(2)CXCL4(陽性対照;2.5、10又は20μg/mL)、又は(3)培地(陰性対照)を、(1)~(3)の各条件で等容量となるように添加し、培養を継続する。
(NETs形成の解析)
NETs形成の視覚的確認は、ライブセルイメージングシステム(Okubo K et al., EBioMedicine. (2016) vol. 10, pp. 204-215)に従って行うことができる。この方法では、スライドガラス上の好中球及び/又は血小板をPicogreen (Thermo Fisher Scientific, 米国)とインキュベートし、細胞外に放出された二本鎖DNA(Picogreenラベルされたds-DNA)を共焦点顕微鏡によって観察することにより、NETsを検出する。さらに、Picogreenの蛍光シグナルを定量的に解析し、DNA濃度(ng/mL)を算出することで、NETs誘導能を数値で評価することもできる。
(CXCL4阻害性小分子の取得)
上記(2)の条件で認められるNETs誘導と比較して明らかに(1)の条件で認められたNETs誘導が抑制されていた場合、(1)で使用した化合物ライブラリーにはCXCL4阻害性物質(小分子)が含まれている可能性を認め、当該ライブラリーを構成する化合物群を分子種ごとに細分して二次選抜を行う。必要であれば更に三次選抜等を順次実施し、最終的に単一分子種としてのCXCL4阻害性物質を単離する。
CXCL4阻害性小分子は、CXCL4と同濃度(w/v)又はそれ以下で有意にNETs誘導を抑制するものが望ましい。当該CXCL4阻害性小分子の投与態様の例は、本実施形態の治療剤として、血清中でCXCL4の生理的濃度と同程度の濃度となるように投与される。
【0040】
本発明の一実施形態は、疾患の治療剤(医薬組成物)であって、自己免疫疾患に対する治療用途を特徴とし、その有効成分としてCXCL4阻害性物質を有する。また、本発明の別の一態様は、自己免疫疾患の治療剤の製造のための、CXCL4阻害性物質の使用に関する。本発明のまた別の一実施形態は、自己免疫疾患の治療方法における使用のための、CXCL4阻害性物質に関する。本発明のさらに別の一実施形態は、有効量のCXCL4阻害性物質を含む医薬組成物を、それを必要とする対象に投与する工程を含む、自己免疫疾患の治療方法に関する。これらの実施形態に共通して、治療標的となる疾患は自己免疫疾患であり、好ましくは好中球細胞外トラップ(NETs)形成の過剰の病態を呈する自己免疫疾患である。
【0041】
好中球細胞外トラップ(NETs)形成の過剰の病態を呈する自己免疫疾患とは、体液中の好中球がNETsを(健常者が通常の生理的条件において示す平均的レベルと比して)有意に高いレベルで呈することが報告されている自己免疫疾患を言う。
具体的には、血管炎症候群、全身性強皮症、関節リウマチ、及び全身性エリテマトーデスを挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
血管炎症候群とは、血管炎、全身性血管炎とも呼称されるものであり、血管そのものに炎症を認める疾患の総称である(血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版)、厚生労働省 難治性疾患政策研究事業 難治性血管炎に関する調査研究班編、2018年)。
血管炎症候群はいくつかのカテゴリーに分類されており、中型血管炎、小型血管炎等のカテゴリーがそれに含まれている。
【0043】
中型血管炎には、結節性多発動脈炎や川崎病が知られている。
【0044】
小型血管炎は、抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎(AAV)、及び免疫複合体性小型血管炎に大別することができる。
これらのうち、ANCA関連血管炎には、顕微鏡的多発血管炎、多発血管炎性肉芽腫症(旧Wegener肉芽腫症)、及び好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧Churg-Strauss症候群)が知られている。
また、免疫複合体性小型血管炎には、抗糸球体基底膜抗体病(抗GBM病)、クリオグロブリン血症性血管炎、IgA血管炎、及び低補体血症性蕁麻疹様血管炎が知られている。
【0045】
前記の中型血管炎及び小型血管炎にカテゴライズされる血管炎症候群は、炎症性疾患であると同時に自己免疫疾患としての側面も有し、いずれも本実施形態の治療標的となり得る。
本実施形態における治療対象疾患の好ましい例として、顕微鏡的多発血管炎、多発血管炎性肉芽腫症(Wegener肉芽腫症)、及び好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(Churg-Strauss症候群)といったANCA関連血管炎や結節性多発動脈炎を挙げることができる。これらの疾患は、その特徴的な病態の一つとしてNETsを形成することが知られている。
【0046】
対象が前記した血管炎症候群を有する者であるか否かは、各疾患について臨床的に用いられている診断基準に則って判断される。血管炎症候群に関しては、現在の診断基準が前記「血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版)」(厚生労働省 難治性疾患政策研究事業 難治性血管炎に関する調査研究班編、2018年)に記載されているので、当該診療ガイドラインを参照することで診断可能である。また、ANCA関連血管炎に関しては「ANCA関連血管炎診療ガイドライン 2017」(厚生労働省 難治性疾患政策研究事業 難治性血管炎に関する調査研究班編、2017年)を参照することもできる。さらに、難病情報センターのウェブサイト等、別の媒体に転載された診断基準を参照することでも良い。本実施形態の治療標的となる疾患を有するか否かについては、各種疾患の診断基準に則ればよく、個々の患者においてNETs形成の過剰があるか否かを個別に確認する必要はない。以下に記載する血管炎症候群以外の疾患に関しても同様である。
【0047】
全身性強皮症(SSc)は、手指から始まる皮膚硬化が全身に及び、舌小帯の短縮や食道や肺などの内臓諸臓器の線維化を特徴とする自己免疫疾患である。
対象が全身性強皮症を有する者であるか否かは、臨床的に用いられている診断基準に則って判断される。全身性強皮症に関しては、現在の診断基準が「全身性強皮症 診断基準・重症度分類・診療ガイドライン」(全身性強皮症 診断基準・重症度分類・診療ガイドライン委員会、2016年、日皮会誌 第126巻 第1831-1896頁)に記載されているので、当該ガイドラインを参照することで診断可能である。難病情報センターのウェブサイト等、別の媒体に転載された診断基準を参照することでも良い。全身性強皮症の一病態としてのNETs形成は、例えばMaugeri et al., Sci. Transl. Med. (2018) vol. 10:451に記載されている。
【0048】
関節リウマチ(RA)は、関節滑膜を病変の主座とする慢性の炎症性疾患であり、また、自己免疫疾患としても認識されている。
対象が関節リウマチを有する者であるか否かは、臨床的に用いられている診断基準に則って判断される。RAの診断基準では、「1関節以上の腫脹があり、他の疾患では説明できない」ことを前提として、「X線上で典型的なRAの骨びらんが認められる」又は「RAの分類基準(6点以上)を満たす」こととされている。ここでRAの分類基準とは、「腫脹又は圧痛のある関節数(診察)」の観点から0~5点、「血清反応(自己抗体)」の観点から0~3点、「罹病期間」の観点から0~1点、「炎症反応」の観点から0~1点でスコアリングし、各観点のスコアの合計の点数により判断を行う(詳細には、「宮坂信之、日内会誌 (2015) 104巻 第2110~2117頁」を参照)。また、関節リウマチに関しては、「関節リウマチ診療ガイドライン 2014」(日本リウマチ学会監修、メディカルレビュー社)にも詳細な記載があり、これを参照できる。関節リウマチの一病態としてのNETs形成は、例えばKhandpur et al., Sci. Transl. Med.. (2013) vol. 5(178):178ra40に記載されている。
【0049】
全身性エリテマトーデス(SLE)は、DNA-抗DNA抗体などの免疫複合体の組織沈着により起こる全身性炎症性病変を特徴とする自己免疫疾患である。発熱、全身倦怠感などの炎症を思わせる症状と、関節、皮膚、腎臓、肺、中枢神経などの様々な症状が一度に、あるいは経過とともに起こることが知られている。
対象がSLEを有する者であるか否かは、臨床的に用いられている診断基準に則って判断される。SLEに関しては、現在の診断基準が難病情報センターのウェブサイト等に掲載されている。
【0050】
SLEの一病態としてのNETs形成は、例えばHakkim et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2010) vol. 107, pp. 9813-9818やVillanuevar et al., J. Immunol. (2011) vol. 187, pp. 538-552に記載されている。
【0051】
本実施形態のCXCL4阻害性物質を含有してなる、自己免疫疾患の治療剤の投与経路は特に限定されず、経口投与剤であっても、非経口投与剤であってもよい。
たとえば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、粉末剤、シロップ等の経口投与剤の剤型とすることができる。また、注射剤、点眼剤、点鼻剤、軟膏、クリーム、ローション、ゲル剤、スプレー剤などの非経口投与剤の剤型とすることもできる。これらの製剤は、公知の方法で製造することができる。
【0052】
例えば、経口投与用製剤とする場合には、トラガントガム、アラビアガム、ショ糖脂肪酸エステル、レシチン、オリーブ油、大豆油、PEG400等の溶解剤;澱粉、マンニトール、乳糖等の賦形剤;メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース等の結合剤;結晶セルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム等の崩壊剤;タルク、ステアリン酸マグネシウム等の滑沢剤、軽質無水ケイ酸等の流動性向上剤等を適宜組み合わせて処方することにより製造することができる。
【0053】
また、非経口投与用製剤とする場合の代表例は、注射剤である。注射用の製剤は、例えば、抗CXCL4抗体又はCXCL4と特異的に結合するアプタマーであるCXCL4阻害性物質を、静脈注射用の生理食塩水又は緩衝液によって溶解又は希釈して調製することができる。CXCL4阻害性物質の溶解度を高めたい場合は、溶媒を変更したり、溶液に含まれる塩を変更したり、塩強度を変更したり、CXCL4阻害性物質をシクロデキストリン類に包接させるなど、公知の手法が適宜利用可能である。CXCL4阻害性物質とともに、pH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法を利用して、皮下、筋肉及び静脈内注射剤を製造することができる。
点眼剤としては、水性点眼剤、非水性点眼剤、懸濁性点眼剤、乳濁性点眼剤、眼軟膏等のいずれでもよい。このような製剤は、投与形態に適した組成物として、必要に応じて薬学的に許容される担体、特に点眼薬に許容される担体、例えば等張化剤、キレート剤、安定化剤、pH調節剤、防腐剤、抗酸化剤、溶解補助剤、粘稠化剤等を配合し、当業者に公知の(製剤)方法により製造できる。点眼剤を調製する場合、CXCL4阻害性物質を滅菌精製水、生理食塩水等の水性溶剤、又は綿実油、大豆油、ゴマ油、落花生油等の植物油等の非水性溶剤に溶解又は懸濁させ、所定の浸透圧に調整し、濾過滅菌等の滅菌処理を施すことにより行うことができる。点眼剤用の水性基剤としては、等張化剤、緩衝剤及び保存剤のような通常使用される添加剤等が適宜配合される。例えば、等張化剤としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、多価アルコール、糖類等が、緩衝剤としては、ホウ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム等が、保存剤としては、塩酸ベンゼトニウム、塩酸ベンザルコニウム、クロロブタノール等が挙げられる。その他、グリセリン又はポリソリベート80等の安定剤及びpH調整剤等が必要に応じて配合される。
点鼻剤及びスプレー剤は、CXCL4阻害性物質を含む液状製剤として調製される。点鼻剤は、鼻腔内に適用(滴下)することに適した形状の容器に入れることが望ましい。スプレー剤は、液状製剤と共に噴射剤を含むスプレー容器に収納した形で調製される。噴射剤は炭酸ガス等の気体である。スプレー剤は、表皮のみならず、鼻腔内や口腔内に対して使用しても良く、調製にあたっては使用態様に適した形状のスプレー容器が適宜選択される。
【0054】
CXCL4阻害性物質を有効成分として含有してなる、自己免疫疾患治療剤の投与形態
本実施形態の自己免疫疾患治療剤の有効成分となる抗CXCL4抗体等のCXCL4阻害性物質の有効投与量は、患者の状態、症状など諸事情により適宜変更される。
通常は0.001~10mg/kg/日、好ましくは0.01~1mg/kg/日の範囲から適宜決定できる。ただし、全身投与では高用量、局所投与では低用量とするなど、投与形態により調節することができる。
経口投与する場合におけるCXCL4阻害性物質の1日分の投与量は、これを1日1回投与するか、又は数回に分けて投与することができる。逆に数日分の用量を1回に投与することにより2日以上毎に1度の投与ペースとすることもできる。注射剤として全身投与する場合におけるCXCL4阻害性物質の投与量も、1日1回投与するか、又は1日分を数回に分けて投与することができる。逆に数日分の用量を1回に注射することにより2日以上毎の投与ペースとすることもできる。また、点滴等により継続的に投与することでも良い。点眼剤、点鼻剤、軟膏、ローション、クリーム、ゲル剤、スプレー剤などの非経口投与剤を局所投与をする場合も、外用薬としての治療剤中のCXCL4阻害性物質の配合量、局所投与の頻度、及び塗布範囲などは適宜調整できる。いずれの場合も、投与は必ずしも継続的又は定期的に行う必要はなく、症状の変化などに応じて適宜間隔を空けて行うことが可能である。仮に単回の投与で治癒又は寛解すれば、複数回投与を行う必要はない。症状が再発乃至増悪した場合に投与を再開しても良い。
【0055】
本実施形態の抗CXCL4抗体等のCXCL4阻害性物質を有効成分として含有してなる、自己免疫疾患治療剤の投与方法としては、特に限定されるものではないが、治療対象疾患として代表的に例示されるAAV等の血管炎症候群は、血管に炎症を生じ、体液中の好中球でNETs形成を示すため、静注又は点滴による全身投与が好ましい。CXCL4阻害性物質として抗CXCL抗体や核酸アプタマーを使用する場合には、経口投与によって治療有効量を患部に送達することは困難であると考えられるため、非経口投与が主に選択される。前記の静注や点滴に限定されるものでなく、筋注等の局所投与を行っても良い。
投与期間は、患者の病状に応じて適宜調整できる。投与期間中の投与用量は適宜調整できるが、継続的に一定量を投与するか、又は投与当初のみ比較的高用量で投与した後により少ない維持量の一定投与に移行する投与形態とすることが例示される。
【0056】
CXCL4阻害性物質と共に使用する成分
本実施形態は、CXCL4により誘導されるNETs形成を抑制することを通じて自己免疫疾患を治療することに関している。このことから、CXCL4と協調して、又はCXCL4とは独立にNETs形成に寄与する成分を、CXCL4阻害性物質と組み合わせて使用することもできる。CXCL4阻害性物質と組み合わせて使用する成分は、CXCL4阻害性物質と同時に投与しても、異時に投与しても良く、両者の投与経路は同一であっても互いに異なっても良い。
例えば、ヘパリン、コンドロイチナーゼABC、TLR9アンタゴニストなどが組合せ用成分として使用し得る。ヘパリンやコンドロイチナーゼABCは、CXCL4と好中球との結合、又は血小板(CXCL4を含む)と好中球との接触を妨げることが予測され、当該結合又は接触の阻害によってNETs形成誘導を効果的に抑制することが期待される。また、TLR9は血小板等に存在し、リガンド(CpGDNA)依存的に炎症性反応を惹起するものであり、かつ、後述の実施例で示すように、血小板によるCXCL4分泌にも少なくとも部分的な関与を持っている。それゆえ、低分子アンタゴニスト等によってTLR9の機能を阻害することは、CXCL4依存的又は非依存的な経路によって自己免疫疾患の治療に寄与するものと期待される。
ヘパリン、コンドロイチナーゼABC、及びTLR9アンタゴニストは、単独又は組み合わせて使用して良い。いずれも市販品を購入するか、文献的に記載される手法により入手又は調製できる。それぞれの適用量についても、公知の情報に基づいて適宜決定することができる。例えば、ヘパリンはヘパリンNa又はヘパリンCaとして臨床的に使用されており、これらを静注(点滴でも良い)、皮下注、又は筋注により投与することができる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例により何ら限定されるものではない。
【0058】
実施例1 血小板由来の液性因子によるNETs誘導
自己免疫疾患患者として、ANCA関連血管炎(AAV;CHCC分類基準2012改訂に基づく多発血管炎性肉芽腫症(GPA)又は顕微鏡的多発血管炎(MPA))と分類された患者を対象とした。
対照である健常人(HC)からもサンプルを得た。
本実施例、及び以下の全ての実施例に係る試験は慶應義塾大学医学部倫理委員会による承認を受けたものであり、全ての被験者(患者及び健常人)についてインフォームドコンセントを得て、ヘルシンキ宣言に従って行われた。
【0059】
・方法
(好中球及び血小板の単離)
好中球は、各被験者から採取したヘパリン血を材料として、Mono-Poly Resolving Medium (DS Pharma Biomedical, 大阪)を使用して単離し、DMEM培地に懸濁した。
血小板サンプルは、常法に従い、遠心分離により血小板分画を分取したPlatelet Rich Plasma (PRP)、及びPRPを遠心することで血小板を沈降させた上清をPlatelet Poor Plasma (PPP)として調製した。ここで、PRPは、5x105/μLの血小板を含むように調製された。
(血小板-好中球共培養)
96穴プレート (Corning, 米国)上に1ウェルあたり1x105個の好中球(HC又はAAV由来)を播種し、2時間培養した。その後、PRP(HC又はAAV由来)、PPP(HC又はAAV由来)を10μL添加し、1時間共培養を行った(総容量300μL)。
また、血小板と好中球との接触の影響を検討するため、本共培養系において、trans-well assay kit (Corning, 米国)を用い、HC由来の好中球とAAV由来の血小板とをポアサイズ0.4μmの膜で隔てて共培養する試験も併せて行った。
(NETs形成の解析)
NETs形成の視覚的確認は、ライブセルイメージングシステム(Okubo K et al., EBioMedicine. (2016) vol. 10, pp. 204-215)に従って行った。概略としては、スライドガラス上の好中球及び/又は血小板を500nMのPicogreen (Thermo Fisher Scientific, 米国)とインキュベートし、細胞外に放出された二本鎖DNA(Picogreenラベルされたds-DNA)を共焦点顕微鏡によって観察することにより、NETsを検出する方法である。
【0060】
・結果
共培養による結果を
図1に示す。
図1の(a)~(g)のそれぞれにおいて、上段のパネルは共焦点顕微鏡により観察したPicogreenによる蛍光シグナルを示す。
(f)、及び(g)、すなわち、AAV由来の血小板(PRP)と共培養を行った場合に強いシグナルが確認され、AAV由来の血小板分画によってNETsが著明に誘導されることが分かった。一方、(d)と(a)及び(f)との比較等により、HC由来の血小板にはNETs形成を誘導する活性がないことが分かった。
また、トランスウェルを用いて血小板と好中球との直接接触を阻害した条件(g)であってもNETsが著名に誘導されたことから、AAV由来の血小板は液性因子を介してNETsを誘導できることが分かった。さらに、(f)と(g)の比較では前者により強いNETs誘導が認められたことから、液性因子によるNETs誘導と好中球-血小板接触によるNETs誘導の両方が働いていることが示唆された。
【0061】
実施例2 自己免疫疾患患者由来血小板の刺激による好中球のNETs誘導
自己免疫疾患患者として、AAV患者(n=21)、全身性エリテマトーデス(SLE)患者(n=10)、及び関節リウマチ(RA)患者(n=12)を対象とした。
これらの患者、及び、対照である健常人(HC)(n=20)からサンプルを得た。
【0062】
・方法
(好中球及び血小板(PRP)の単離)
好中球(HC由来)、並びに、PRP(AAV患者、SLE患者、RA患者、又はHC由来)及びPPP(AAV患者、SLE患者、RA患者、又はHC由来)は、実施例1と同様の手法で各被験者のサンプルから調製した。
(血小板-好中球共培養)
実施例1と同様に、血小板-好中球共培養を行った。トランスウェルは用いていない。
(NETs形成の解析)
NETs形成は、実施例1と同様、細胞外に放出された二本鎖DNA(Picogreenラベルされたds-DNA)を共焦点顕微鏡によって観察することにより、検出した。また、Picogreenの蛍光シグナルを定量的に解析し、DNA濃度(ng/mL)を算出した。
【0063】
・結果
結果を
図2に示す。
PRPを用いた共培養、及びPPPを用いた共培養によって誘導されたDNA濃度(ng/mL)の差を血小板分画によって誘導されたNETsとして算出した。DNA濃度(ng/mL)の変化は、それぞれ、+5.6、-0.90、-0.37、及び+0.0026(順に、AAV患者、SLE患者、RA患者、及びHC)であった。
血小板分画によるNETsを定量的に評価した結果、AAV由来血小板は健常人由来血小板と比較して有意にNETsを誘導することが分かった(p=0.025;Mann-Whitney U testによる)。
【0064】
実施例3 NETs誘導におけるTLR9シグナル伝達経路の関与
AAV由来血小板で特徴的に発現する分子群を網羅的に解析し、同定した分子群のうち、血小板に発現するToll様受容体(toll-like receptor: TLR)はFACS法で解析したところ、血小板上のTLR9発現陽性率はAAV患者において健常人よりも上昇していること、及び、TLR2及びTLR4発現陽性率は健常人と差異がないことが認められた(データは示さず)。
上記の結果から、NETs誘導におけるTLR9の関与が示唆されたので、TLR9リガンドであるCpG-DNAを用いて血小板を刺激し、実施例1及び2と同様の共培養系においてNETs誘導を検討した。
【0065】
・方法
(好中球及び血小板(PRP)の単離)
HC由来の好中球、PRP及びPPPは、実施例1と同様の手法で各被験者のサンプルから調製した。
(血小板-好中球共培養)
実施例1と同様に、血小板-好中球共培養を行った。トランスウェルは用いていない。ただし、共培養前に、TLR9リガンドであるCpG-DNA (CpG;Novus Biologics, Littleton, 米国) を20μg/mL添加し、16-18時間血小板を刺激した。血小板(-)の条件であるPPPにおいても、PRPと同様の刺激を行い、好中球との共培養に供した。また、一部の系では、20μg/mLのCpG-DNAと共に、TLR9アンタゴニストであるヘキサヌクレオチド(TTAGGG;ODN A151 (Invigogen, 米国))の添加も行った。なお、対照には、TLR9リガンドとしての作用を有しないcontrol oligodeoxynucleotides (CpG control;Novus Biologics, 米国) を20μg/mL添加した。
(NETs形成の解析)
NETs形成は、実施例1と同様、細胞外に放出された二本鎖DNA(Picogreenラベルされたds-DNA)を共焦点顕微鏡によって観察することにより、検出した。また、Picogreenの蛍光シグナルを定量的に解析し、DNA濃度(ng/mL)を算出した。
【0066】
・結果
結果を
図3に示す。
対照、及びCpG-DNA20μg/mL添加時のDNA濃度(ng/mL)は、それぞれ、0.11及び37であり、TLR9リガンド添加による有意なNETs誘導促進効果が認められた(p<0.05)。一方、20μg/mLのCpG-DNAと共にTLR9アンタゴニストを添加した場合のDNA濃度は23(ng/mL)であり、CpG-DNA誘導性のDNA放出は有意に阻害された(p<0.05)。
TLR9リガンドによってNETs誘導が促進され、TLR9アンタゴニストによって当該促進効果が部分的に打ち消された結果から、好中球によるNETs形成には血小板におけるTLR9シグナル伝達経路が関与していることが分かった。
なお、HC由来のPRPに代えてAAV患者由来のPRPを用いた場合にも、TLR9リガンド依存的なNETs形成(CpG-DNA誘導性のDNA放出)が認められ、DNA濃度はAAV患者由来血小板を用いた方がHC由来血小板を用いた場合よりも顕著に高かった(p<0.05;データは示さず)。
【0067】
実施例4 NETs誘導におけるTLR9-CXCL4経路の関与
好中球によるNETs形成を促進するTLR9シグナル伝達経路が、血小板由来のどのような液性因子と関連するか解析したところ、液性因子の一種であるCXCL4の関与が示唆されたので、実施例3の共培養系における培養上清中のCXCL4濃度の定量的解析を行った。
【0068】
・方法
(好中球及び血小板(PRP)の単離)
HC由来の好中球及びPRPは、実施例3と同様の手法で各被験者のサンプルから調製した。
(血小板-好中球共培養)
実施例3と同様に、血小板-好中球共培養を行った。共培養前に、CpG-DNAを20μg/mL添加し、血小板を刺激した。また、一部の系では、CpG-DNAと共に、TLR9アンタゴニストの添加も行った。対照には、CpG controlを20μg/mL添加した。
(培養上清中のCXCL4濃度の定量的解析)
CXCL4濃度の定量的解析には、ELISA法(human CXCL4 ELISA kit (R&D Systems, 米国)を用い、キットの指示に従ってCXCL4濃度(ng/mL)を定量した。
【0069】
・結果
結果を
図4に示す。
対照、及びCpG-DNA20μg/mL添加時のCXCL4濃度(ng/mL)は、それぞれ、3.1及び16であり、TLR9リガンドによる有意なCXCL4分泌促進が認められた(p=0.028)。一方、20μg/mLのCpG-DNAと共にTLR9アンタゴニストを添加した場合のCXCL4濃度は11(ng/mL)であり、CpG-DNA誘導性のCXCL4分泌促進の抑制が認められた(p<0.05)。
これらの結果から、好中球によるNETs形成には血小板におけるTLR9-CXCL4経路が関与しており、TLR9が血小板におけるCXCL4分泌を(少なくとも部分的に)促進し、ひいては好中球によるNETs形成に寄与することが分かった。
【0070】
実施例5 CXCL4によるNETs形成促進
CXCL4が液性因子として好中球のNETs形成を促進することを検討するため、HC由来の好中球に様々な濃度のCXCL4を添加し、NETs誘導効果を顕微鏡観察により評価した。
【0071】
・方法
(好中球の単離)
HC由来の好中球は、実施例1と同様の手法で各被験者のサンプルから調製した。
(血小板の培養)
実施例1の培養系において、血小板を添加することに代えて組換え体のCXCL4(PeproTech, 米国)を0、2.5、10又は20μg/mL添加し、好中球を培養した。
(NETs形成の解析)
NETs形成は、実施例1と同様、細胞外に放出された二本鎖DNA(Picogreenラベルされたds-DNA)を共焦点顕微鏡によって観察することにより、検出した。
【0072】
・結果
結果を
図5に示す。
細胞外に放出された二本鎖DNAの存在を示すPicogreen由来の蛍光シグナルは、CXCL4濃度の上昇に従って増強された。これにより、CXCL4は好中球によるNETs形成を直接誘導しすること、及びこの誘導効果はCXCL4の濃度依存的であることが分かった。
【0073】
実施例6 AAVにおけるCXCL4の測定
AAV患者及び健常人における血漿中CXCL4濃度をELISA法で測定し、比較した。
【0074】
・方法
(培養上清中のCXCL4濃度の定量的解析)
AAV患者(n=17)及びHC(n=7)について、各被験者から血漿サンプルを調製し、血漿中CXCL4濃度(ng/mL)を、実施例4と同様に、ELISA法により定量した。
【0075】
・結果
結果を
図6に示す。図中のプロットは各被験者の測定値を示す。
AAV患者における平均CXCL4濃度(ng/mL)は91であり、HCにおける平均濃度28と比較して有意に高かった(p=0.022)。
【0076】
実施例7 抗CXCL4抗体によるNETs形成の阻害
液性因子であるCXCL4の機能を阻害することで好中球によるNETs形成を阻害することができるか検討した。
【0077】
・方法
(好中球及び血小板(PRP)の単離)
HC由来の好中球及びAAV患者由来のPRPは、実施例1と同様の手法で各被験者のサンプルから調製した。
(血小板-好中球共培養)
実施例1と同様に、血小板-好中球共培養を行った。トランスウェルは用いていない。ただし、共培養時に、CXCL4の機能を阻害する目的で0.4mg/mLの抗ヒトCXCL4ウサギ抗体 (US Biological, 米国) を添加した。また、対照には、抗ヒトCXCL4ウサギ抗体に代えて非特異的なControl IgGを添加した。
(NETs形成の解析)
NETs形成は、実施例1と同様、細胞外に放出された二本鎖DNA(Picogreenラベルされたds-DNA)を共焦点顕微鏡によって観察することにより、検出した。また、Picogreenの蛍光シグナルの陽性領域は、ImageJ processing software (U. S. National Institutes of Health, 米国)を使用して定量的に解析し、算出した。
【0078】
・結果
結果を
図7に示す。
NETs形成を示すPicogreenの蛍光シグナル陽性領域の割合(%)は、抗ヒトCXCL4ウサギ抗体添加時が0.10であるのに対し、対照では2.0であり、AAV患者由来の血小板によるNETs形成誘導活性は抗CXCL4抗体の添加によって有意に抑制されることが示された(p=0.029)。
これらの実施例で示された結果から、CXCL4、又はCXCL4及びTLR9の組み合わせは、NETs形成の過剰を特徴とする自己免疫疾患(AAV等)の治療標的となることが理解された。特に、肺病変を有するAAV患者ではTLR9陽性の血小板が認められる(データは示さず)ことから、CXCL4、又はCXCL4及びTLR9を阻害することは、肺病変を有するAAVの治療に特に好適であることが示唆された。そして、CXCL4を阻害する具体的手段として、抗CXCL4抗体の添加が有用であり、抗CXCL4抗体が自己免疫疾患治療剤となり得ることが理解された。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明のCXCL4阻害剤は、好中球によるNETs形成を抑制することを通じて自己免疫疾患の治療に使用できることから、産業上の利用可能性を有する。