(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-21
(45)【発行日】2024-03-29
(54)【発明の名称】天然酵母の胞子形成法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/16 20060101AFI20240322BHJP
【FI】
C12N1/16 D
C12N1/16 Z
(21)【出願番号】P 2019182882
(22)【出願日】2019-10-03
【審査請求日】2022-08-19
(73)【特許権者】
【識別番号】399086263
【氏名又は名称】学校法人帝京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100185915
【氏名又は名称】長山 弘典
(74)【代理人】
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】高山 優子
【審査官】中野 あい
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-171912(JP,A)
【文献】特開昭61-108381(JP,A)
【文献】特表2015-536663(JP,A)
【文献】特開昭56-137885(JP,A)
【文献】化学と生物,1992年07月25日,vol. 30, no. 7,pp. 431-440
【文献】生物工学会誌,1996年,vol. 74, no. 2,pp. 115-123
【文献】化学と生物,1978年,vol. 16, no. 1,pp. 10-15
【文献】J Gen Appl Microbiol,1997年,vol. 43, no. 5,pp. 289-293
【文献】New Food Industry,2004年10月01日,vol. 46, no. 10,pp. 49-58
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
C12Q 1/00- 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/FSTA/AGRICOLA/BIOTECHNO/CABA/SCISEARCH/TOXCENTER(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水と寒天とからなる、
リポミセス スターキー(Lipomyces starkeyi)の胞子形成培地。
【請求項2】
水と寒天とからなる寒天培地上で培養する工程を含む、
リポミセス スターキー(Lipomyces starkeyi)の胞子形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然酵母の胞子形成培地および胞子形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
身近に存在する酵母は、食品分野で広く用いられている微生物である。エタノール発酵は酒つくりやパンなどに、酵母抽出物は整腸剤やカップラーメンなどの風味つけに利用されており、各企業の独自の酵母はブランドの一翼を担う重要な存在である。
【0003】
各有用成分をもつ酵母は、何万株の中から目的の機能を持った酵母を単離していく、古くからの方法である。有用成分の遺伝子改変も可能であるが、日本においては「遺伝子組換え生物」の食品利用を避けるため、実用化は難しい。そのため、機能Aを持つ酵母と、機能Bを持つ酵母を取得していれば、二種の酵母を交配して機能ABを持つ酵母を得ることが考えられる。実験酵母においては、交配による遺伝解析が可能であり、胞子形成培地が知られている。しかし、天然酵母においては「胞子形成させる」ことがほとんどできないため、古典的な方法を取らざるを得ない。
【0004】
天然酵母である清酒酵母(協会酵母7号)において、1.5%酢酸カリウムからなる胞子形成培地の支持体に寒天を用いた場合と、アガロースを用いた場合に、胞子形成に大きな差異があり、二価カチオン(カルシウムイオン、マグネシウムイオン)が胞子形成促進因子であるとの報告がある(非特許文献1)。しかしながら、本発明者は、後述する参考例1に示すように、カルシウムイオンやマグネシウムイオンに胞子形成促進効果がないことを確認している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】水津哲義、「清酒酵母の胞子形成に関する研究」、日本醸造協会誌、第91巻、第2号、p.87-91
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の課題は、天然酵母において胞子形成させることのできる胞子形成培地および胞子形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題は、本発明による、
[1]水と寒天とからなる、天然酵母の胞子形成培地、
[2]水と寒天とからなる寒天培地上で培養する工程を含む、天然酵母の胞子形成方法、
により解決することができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、天然酵母において胞子形成させることのできる胞子形成培地および胞子形成方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明培地を用いて胞子形成誘導を行った天然酵母の状態を示す、図面に代わる写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(定義)
本発明の胞子形成培地または胞子形成方法は、天然酵母において胞子形成を誘導するために用いることができる。
本明細書において「天然酵母」とは、単に天然に存在する酵母を意味するものではなく、これまでの研究・開発においてその性質が充分に解析されている「実験酵母」(例えば、胞子形成の誘導方法が充分に確立されている実験酵母)とは異なり、その性質が充分に解析されていない酵母を意味する。本発明で用いることのできる「天然酵母」としては、例えば、これまでの従来公知の胞子形成培地では胞子形成を誘導できなかった酵母、あるいは、胞子形成できても胞子形成率が低かった酵母を挙げることができるが、胞子形成の誘導方法が充分に確立されている酵母であっても、本発明を適用することにより胞子形成率を更に向上させることができる酵母を用いることもできる。
【0011】
従来公知の胞子形成培地としては、例えば、SPO培地(1Lあたり酢酸カリウム 10g、酵母エキス 1g、グルコース 0.5g)、酢酸カリウム培地(1Lあたり酢酸カリウム10g)、ME培地(1Lあたり麦芽エキス 20g)を挙げることができるが、これらの少なくとも1つの胞子形成培地において胞子形成を誘導できない酵母、若しくは胞子形成率が低い酵母、又は胞子形成率を更に向上させることができる酵母について、本発明を適用することができる。
【0012】
本明細書において「胞子形成を誘導できない酵母」とは、後述する胞子形成の確認・定量方法により、胞子形成が確認できない酵母を意味する。
本明細書において「胞子形成率が低い酵母」とは、後述する胞子形成の定量方法により、或る態様では胞子形成率が10%以下の酵母、或る態様では胞子形成率が1%以下の酵母を意味する。
【0013】
本発明で用いることのできる前記「天然酵母」としては、例えば、清酒酵母やパンつくりに使用される種菌、花や果実などから単離した酵母などを挙げることができ、サッカロミセス亜門(Saccharomycotina)に属する酵母が好ましく、リポミセス(Lipomyces)属に属する酵母が特に好ましい。
【0014】
(本発明の胞子形成培地)
本発明の胞子形成培地は、水と寒天とからなる。
【0015】
前記水としては、酵母の培養に一般的に用いることのできるものであれば、特に限定されるものではないが、例えば、蒸留水、ミリQ(Milli-Q(登録商標))水、脱イオン水、水道水を用いることができる。
【0016】
前記寒天としては、酵母の培養に使用する寒天培地を調製するのに一般的に用いることのできるものであれば、特に限定されるものではないが、例えば、各種メーカーから供給されている市販品を用いることができる。
寒天の濃度は、或る態様では1.5~2.0%、或る態様では1.5~1.0%であることができる。
【0017】
本発明の胞子形成培地のpHは、胞子形成を誘導することのできるpHであれば、特に限定されるものではなく、或る態様ではpH11~8、或る態様ではpH8~5、或る態様ではpH5~2である。なお、前記の下限と上限は、所望により、任意に組み合わせることができる。
【0018】
本明細書において「水と寒天とからなる」とは、実質的に「水」と「寒天」のみからなることを意味し、より具体的には、或る態様では、本発明の胞子形成培地に意図的に添加する成分として、本発明の胞子形成培地が「水」と「寒天」のみを含むことを意味し、また、或る態様では、本発明の胞子形成培地が「水」と「寒天」以外の第三成分を含む場合、前記第三成分が胞子形成を妨げない量で含まれていることを意味する。
ここで、胞子形成を妨げない量で第三成分を含むとは、第三成分を含まない本発明の胞子形成培地を用いた場合の胞子形成率に対して、第三成分を含む本発明の胞子形成培地を用いた場合の胞子形成率が、或る態様では10%以上、或る態様では50%以上、或る態様では80%以上、或る態様では90%以上、或る態様では95%以上、或る態様では100%であることを意味する。
【0019】
本発明の胞子形成培地では、二価カチオン、例えば、カルシウムイオン、マグネシウムイオンを含む必要はなく、また、酢酸カリウムを含む必要もない。
【0020】
(本発明の胞子形成方法)
本発明の胞子形成方法は、本発明の胞子形成培地を使用して培養を行うこと以外は、従来公知の胞子形成方法に従って実施することができる。
例えば、本発明の胞子形成方法では、予めYPD培地のような完全培地などで予備培養を行っておき、その培養物を本発明の胞子形成培地に植菌することにより本培養を実施することができる。培養温度は、例えば、18~30℃で実施することができ、5~30日程度保温する。
【0021】
本発明においては、胞子形成は従来公知の方法により確認・定量することができ、例えば、顕微鏡下で酵母を目視により確認し、胞子形成している細胞の割合を算出する方法、酵母をある一定数回収し、酵素等により細胞壁を破壊後、細胞をプレート上に播種し、プレートに形成されたコロニー数からはじめに回収した細胞数に対する割合を計測することにより定量する方法を挙げることができる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0023】
《実施例1:本発明培地による胞子形成誘導の確認(1)》
本実施例で用いた本発明培地と、従来公知の胞子形成培地の各組成を表1に示す。粉末寒天はシグマアルドリッチより、蒸留水は富士フィルム和光純薬より、それぞれ、購入したものを使用した。
【0024】
【0025】
天然酵母としては、ワイン酵母、清酒酵母協会6号、リポミセス属酵母(Lipomyces starkeyi)(以上、理化学研究所バイオリソース研究センターより取得)、桜酵母(発明者により単離)を使用した。
YPD培地で予備培養を行い、その培養物を表1に示す各寒天培地に植菌して25℃で21日間保温した。顕微鏡下で酵母を300~500個程度計測し、胞子形成している細胞の割合を算出した。結果を表2に示す。
【0026】
【0027】
また、本発明培地を用いて胞子形成誘導を行った天然酵母の状態を
図1に示す。
図1に示すように、本発明培地を用いることにより、天然酵母において胞子形成が誘導された。一方、従来培地では、数千個程度の細胞を目視で確認したが、胞子形成している細胞は見つけられなかった。
【0028】
《実施例2:寒天の購入先の違いによる影響》
本実施例では、寒天の購入先の違いにより、実施例1で確認した胞子形成能が影響を受けるか否かを確認した。
シグマアルドリッチ社および和光純薬の寒天を使用し、2%寒天培地を作成した。それらの培地に実施例1で用いたものと同じ天然酵母リポミセス(Lipomyces)属酵母を植え付け、25℃で保温した。これら2つの培地の間に胞子形成に大きな違いは見られなかった。
【0029】
《実施例3:本発明培地による胞子形成誘導の確認(2)》
本実施例では、実施例1で用いた天然酵母と共に、別種のリポミセス属酵母を加え、実施例1で用いた本発明培地により胞子形成が誘導されるか否かを確認した。
寒天培地に各酵母細胞を播種し、25℃で保温した。顕微鏡下で酵母を約400個程度計測し、胞子形成している細胞の割合を算出した。結果を表3に示す。
【0030】
【0031】
《参考例1:二価カチオンの天然酵母における胞子形成への影響》
本参考例では、本発明培地に二価カチオン(カルシウムイオン、マグネシウムイオン)を各種濃度で添加し、前記二価カチオンの影響を検討した。
200nmol/Lの塩化カルシウムまたは塩化マグネシウムまたは両方を2%寒天培地に添加して、天然酵母の胞子形成を確認した。しかし、塩化カルシウムや塩化マグネシウムの添加有無で、胞子形成に大きな違いは認められず、少なくともこれらの二価カチオンによる胞子形成の促進効果は認められなかった。
すなわち、本参考例では、前記非特許文献1に記載のこれまでの公知知見(すなわち、二価カチオン(カルシウムイオン、マグネシウムイオン)が胞子形成促進因子である)と異なり、意外にも、二価カチオン濃度と胞子形成との間に相関は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の胞子形成培地および胞子形成方法は、天然酵母の交配に利用することができ、天然酵母を用いる種々の産業分野で利用することができる。