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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-22
(45)【発行日】2024-04-01
(54)【発明の名称】射出成形用断熱装置
(51)【国際特許分類】
   B29C 45/27 20060101AFI20240325BHJP
   B29C 33/38 20060101ALI20240325BHJP
   B22D 17/20 20060101ALI20240325BHJP
【FI】
B29C45/27
B29C33/38
B22D17/20 N
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020077078
(22)【出願日】2020-04-24
(65)【公開番号】P2021171992
(43)【公開日】2021-11-01
【審査請求日】2023-04-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・山田浩二氏、上利泰幸氏、和泉康夫氏及び田中岳夫氏が、プラスチック成形加工学会第27回秋季大会「成形加工シンポジア’19」ポスターセッションプログラムの予稿集、第363頁にて、和泉康夫氏、田中岳夫氏、山田浩二氏及び上利泰幸氏が発明した新規な断熱構造体による射出成形不良現象の抑制効果について公開した。 ・山田浩二氏が、プラスチック成形加工学会第27回秋季大会「成形加工シンポジア’19」にて、山田浩二氏、上利泰幸氏、和泉康夫氏及び田中岳夫氏が発明した新規な断熱構造体による射出成形不良現象の抑制効果について口頭発表した。
(73)【特許権者】
【識別番号】306029578
【氏名又は名称】株式会社新日本テック
(73)【特許権者】
【識別番号】517132810
【氏名又は名称】地方独立行政法人大阪産業技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100127166
【弁理士】
【氏名又は名称】本間 政憲
(74)【代理人】
【識別番号】100187399
【弁理士】
【氏名又は名称】上西 敏文
(72)【発明者】
【氏名】和泉 康夫
(72)【発明者】
【氏名】田中 岳夫
(72)【発明者】
【氏名】山田 浩二
(72)【発明者】
【氏名】上利 泰幸
【審査官】和瀬田 芳正
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-160346(JP,A)
【文献】実開平3-90923(JP,U)
【文献】実開昭61-160914(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 45/27
B29C 45/17
B29C 33/38
B22D 17/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
射出ノズル湯口に対応する溶融成形材料通過孔を備えた鍔付帽子形状に形成されて、射出成形金型の射出注入部に着脱可能に取り付けられて、前記射出ノズル先端に前記帽子形状の部分を密着させた状態で、前記射出ノズルから前記射出成形金型への熱伝導を断熱する積層構造の射出成形用断熱装置において、
前記積層構造が、
射出ノズル側外殻層、放熱・熱拡散層、断熱層、及び、射出成形金型側外殻層から構成されること、
を特徴とする射出成形用断熱装置。
【請求項2】
前記放熱・熱拡散層が、
積層方向に対して垂直方向に熱を放散させる特性を備えたシート状の素材であること、
を特徴とする請求項1に記載する射出成形用断熱装置。
【請求項3】
前記積層構造が、
射出ノズル側外殻層、放熱・熱拡散層、断熱層、射出成形金型側外殻層の順に積層されること、
を特徴とする請求項1又は請求項2に記載する射出成形用断熱装置。
【請求項4】
前記射出ノズル側外殻層が、
射出ノズル側の面に高熱輻射化処理が施されて熱輻射層が形成されたこと、
を特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載する射出成形用断熱装置
【請求項5】
前記放熱・熱拡散層が、
前記両外殻層外部に引き出された状態で積層されていること、
を特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか一項に記載する射出成形用断熱装置。
【請求項6】
前記放熱・熱拡散層が、
当該放熱・熱拡散層周端に放熱部材を接触させた構造を備えたこと、
を特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか一項に記載する射出成形用断熱装置。
【請求項7】
前記射出ノズル側外殻層及び射出成形金型側外殻層が、
前記放熱・熱拡散層によって分断されていること、
を特徴とする請求項1から請求項6までのいずれか一項に記載する射出成形用断熱装置。
【請求項8】
前記射出注入部に配設されたスプルーブッシュの射出ノズル当接面に着脱可能に取り付けられること、
を特徴とする請求項1から請求項7までのいずれか一項に記載する射出成形用断熱装置。
【請求項9】
前記射出ノズル側外殻層に射出ノズル側温度検出センサを備え、
かつ、
前記射出成形金型側外殻層に射出成形金型側温度検出センサを備えたこと、
を特徴とする請求項1から請求項8までのいずれか一項に記載する射出成形用断熱装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、射出成形の成形不良を防止し生産性を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
射出成形は、加熱溶融された成形材料を射出ノズルから射出させて、速やかに射出成形金型に圧入し、冷却され成形された後、成形品を取り出す成形方法である。樹脂成形材料における射出成形は自動化が容易であり効率がよく、以前は、熱可塑性樹脂の成形に限られていたが、近年では、熱硬化性樹脂の成形にも採用されるようになった。
【0003】
さらには、樹脂成形材料のみならず、MIM(Metal Injection Mold、金属粉末射出成形)やCIM(Ceramics Injection Mold、セラミック射出成形)、チクソモールディングなど金属材料やセラミック材料を用いた成形にも射出成形が採用されてきた。MIM又はCIMは、金属又はセラミックスの粉末材料に樹脂をバインダとして混ぜたペレット(粒状の原料)を成形材料として射出成形を行う方法である。チクソモールディングは、マグネシウム合金の成形材料をせん断することで半溶融状態にし、射出成形を行う方法である。
【0004】
従来の射出成形機構は、図14に示したように、射出成形機50と射出成形金型60から構成される。
【0005】
射出成形機50は、ホッパ56、シリンダ54、スクリュ機構55及び射出ノズル52から構成されるものが一般的である。ホッパ56は、粒状の成形材料を貯蔵する。シリンダ54は、射出成形金型60へと成形材料を送り込む導入管であり、シリンダ54外側には粒状の成形材料を加熱し溶融させるためのヒータ58が取り付けられる。シリンダ54内は、スクリュ機構55を設けることによって、通過する成形材料を均一に加熱する。また、スクリュ機構55は、シリンダ54内を出退することによって、ホッパ56からシリンダ54内に落下させた成形材料に圧力を掛けて、射出成形金型60へ押し出す役割も果たす。射出ノズル52は、射出成形金型60の射出注入部67に接触して、溶融された成形材料を射出成形金型60内に圧入する。射出ノズル52には、ノズルヒータ53が取り付けられ、成形材料の溶融状態を維持するのに適した温度に調整維持される。
【0006】
射出成形金型60は、固定型61、可動型62、可動型駆動機構(不図示)及び冷却流路68から構成されるのが一般的であり、固定型61と可動型62とが当接した際には、製品形状に成形される空間であるキャビティ66と成形材料の流路となるランナー64が形成される。固定型61には、溶融成形材料の通路であるスプルー63と射出ノズル52との当接部とを備えて射出注入部67が構成される。射出注入部67を着脱可能にしたスプルーブッシュ40(図5参照)が用いられる場合がある。スプルー63はランナー64に連通して、溶融成形材料を通過させる。可動型62は、可動型駆動機構によって、固定型61との当接位置と型開き位置との間を往復移動する。固定型61及び可動型62には、冷却流路68が形成され、射出成形金型60全体を溶融成形材料が固化するのに適した温度に調整維持される。
【0007】
射出成形工程を以下に示す。ホッパ56から落下した粒状の成形材料は、スクリュ機構55によってシリンダ54内に圧入される。シリンダ54内において、加熱されて溶融された成形材料を所定の圧力によって射出ノズル52から射出させ、射出成形金型60の射出注入部67を介して、速やかに射出成形金型60の固定型61と当接位置にある可動型62との間に設けられたキャビティ66内に圧入する。冷却されて固化した後、可動型62を移動させて型開きし成形品を取り出す。
【0008】
射出成形方法では、溶融された成形材料を射出ノズル52から射出させるため、射出ノズル52の温度は成形材料を加熱し溶融するのに適した温度に維持する必要がある一方で、射出成形金型60では、成形材料を冷却し成形品の形状に固化するのに適した温度に維持する必要があり、当接する射出ノズル52と射出注入部67の各々において真逆の温度管理が要求される。温度管理が十分でない場合には、射出ノズル(高温)52と射出成形金型(低温)60との間の熱移動や溶融成形材料が移動する通路各部の温度の不安定さによって、成形材料が通路に詰まる射出不良や、射出ノズル52の成形材料の垂れ落ち不良、スプルー63にあった半溶融状態の成形材料の一部が射出成形金型60に残存することによる異物不良、又は、型開きの際に糸引き不良が発生する。
【0009】
従来、上記の不良に対応するために、サックバック機構を導入し、射出完了後スクリュを強制的に油圧などの動力を用いて少し後退させて、シリンダ54内に設けられたスクリュ機構55先端部の溶融成形材料の圧力を下げて、射出ノズル52から溶融成形材料の垂れ落ちの対策が試みられた。また、熱移動防止対策には、フェノール樹脂を溶融紡糸したノボロイド繊維で、耐熱性に優れたカイノールを使用して温度管理が試みられたが、不良の発生を減少させる効果は小さかった。上記の不良の更なる改善を図るために、本願発明に係る出願人から以下の先行技術が開示されている。
【0010】
特許文献1では、射出成形機構において、射出成形機の射出ノズルと射出成形金型との間の熱伝導の遮熱を実現することができ、これによりエネルギロスを低減しつつ成形性の向上を図ることを目的として、金属製支持基板と遮熱層との積層構造を有する帽子形状の遮熱板体の形態とされた帽子状の射出成形用遮熱装置が開示されている。また、当該射出成形用遮熱装置を、本願発明に係る出願人が発明した射出成形用の冷却スプルーブッシュ(特許文献2)と組み合わせることにより、固定型における熱溜りを小さく抑え、高温の射出ノズルと低温の射出注入部の温度管理が効果的に行えることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特許第6031702号公報
【文献】特許第4792532号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1では、射出成形用遮熱装置によって、射出ノズルと射出注入部との当接部分において温度差を設けたことにより、糸引き等の不良の発生率は、射出成形用遮熱装置を使用しない場合と比較して減少し当該射出成形用遮熱装置が有効であることが示された。具体的には、ポリアミド樹脂の射出成形では、前記射出成形用遮熱装置を使用しなかった場合、射出ノズルの設定温度が230℃~245℃までは糸引きは発生しなかったが、250℃以上では糸引きが発生した。一方で、前記射出成形用遮熱装置を使用した場合、射出ノズルの設定温度が230℃~255℃の広い範囲で、糸引きが発生しなかった。
【0013】
しかし、ポリカーボネートなど高融点の樹脂成形材料を射出成形する場合には、前記射出成形用遮熱装置では糸引きなどの不良が防止できない事例があった。特に、長時間の射出成形を行う際に、前記射出成形用遮熱装置を使用しても徐々に糸引きなどの不良の発生率が増加する傾向にあった。したがって、ポリアミド樹脂など成形温度が低い樹脂成形材料と比較して、糸引き等の不良の発生率は高く、安定して良品の成形品が得られるまでには至っていなかった。
【0014】
本願発明に係る出願人らが不良発生の要因を検討したところ、以下の課題があることが分かった。第一に、ポリカーボネートは、成形温度域の溶融粘度や伸長粘度が比較的大きく、射出ノズルの温度を他の樹脂成形材料より高く設定しなければならない一方で、射出成形金型の温度は、射出ノズルとの間において低温で温度差を大きく維持する必要がある。その場合、射出ノズルから射出成形金型へと移動する熱流量が大きくなるため、射出成形用遮熱装置の射出ノズル先端側温度T1、射出成形用遮熱装置の射出成形金型側温度T2及び射出成形金型温度T3の温度制御が難しくなる課題がある。第二に、連続成形を行う場合において、前記射出成形用遮熱装置を介しても射出成形用遮熱装置の射出ノズル先端側温度T1及び射出成形金型温度T3の設定温度が、アミド樹脂など成形温度が低い樹脂成形材料と比較して高熱であるため、前記射出成形用遮熱装置が蓄えることができる熱量の限界を超え、時間経過とともに射出成形用遮熱装置の射出ノズル先端側温度T1及び射出成形用遮熱装置の射出成形金型側温度T2が同じ温度に近づいて行き、断熱効果が発揮できなくなる(図6参照)。その結果、射出ノズルから射出成形金型への熱移動が定常化し、射出成形金型の冷却能力の限界を超え、射出成形金型の温度が上昇し、溶融樹脂成形材料が十分に固化せず、糸引き等の不良が生じる課題がある。
【0015】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、高温の射出ノズル先端と、低温の射出成形金型に設けられた射出注入部の射出ノズル当接部分との間において安定して確実な断熱を図るための断熱装置を提供することを目的とする。さらには、高温の射出ノズル先端を含む射出ノズル全体の温度と、低温の射出注入部の射出ノズル当接部分を含む射出成形金型全体の温度に関して、安定して最適な温度管理を行うことが可能な断熱装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するため、本発明の射出成形用断熱装置は、射出ノズル湯口に対応する溶融成形材料通過孔を備えた鍔付帽子形状に形成されて、射出成形金型の射出注入部に着脱可能に取り付けられて、前記射出ノズル先端に前記帽子形状の部分を密着させた状態で、前記射出ノズルから前記射出成形金型への熱伝導を断熱する積層構造の射出成形用断熱装置において、前記積層構造が、射出ノズル側外殻層、放熱・熱拡散層、断熱層、及び、射出成形金型側外殻層から構成されること、を特徴とする。
【0017】
また、本発明の射出成形用断熱装置は、前記放熱・熱拡散層が、積層方向に対して垂直方向に熱を放散させる特性を備えたシート状の素材であること、を特徴とする。
【0018】
また、本発明の射出成形用断熱装置は、前記積層構造が、射出ノズル側外殻層、放熱・熱拡散層、断熱層、射出成形金型側外殻層の順に積層されること、を特徴とする。
【0019】
また、本発明の射出成形用断熱装置は、前記射出ノズル側外殻層が、射出ノズル側の面に高熱輻射化処理が施されて熱輻射層が形成されたこと、を特徴とする。
【0020】
また、本発明の射出成形用断熱装置は、前記放熱・熱拡散層が、前記両外殻層外部に引き出された状態で積層されていること、を特徴とする。
【0021】
また、本発明の射出成形用断熱装置は、前記放熱・熱拡散層が、当該放熱・熱拡散層周端に放熱部材を接触させた構造を備えたこと、を特徴とする。
【0022】
また、本発明の射出成形用断熱装置は、前記射出ノズル側外殻層及び射出成形金型側外殻層が、前記放熱・熱拡散層によって分断されていること、を特徴とする。
【0023】
また、本発明の射出成形用断熱装置は、前記射出注入部に配設されたスプルーブッシュの射出ノズル当接面に着脱可能に取り付けられること、を特徴とする。
【0024】
また、本発明の射出成形用断熱装置は、前記射出ノズル側外殻層に射出ノズル側温度検出センサを備え、かつ、前記射出成形金型側外殻層に射出成形金型側温度検出センサを備えたこと、を特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
本発明の射出成形用断熱装置によれば、熱流量を射出ノズル及び射出成形金型以外の方向へ誘導することによって、射出ノズル先端の当接部分と固定型の射出注入部との温度差を増大させることで、射出ノズル及び射出成形金型の温度を最適化することが容易になり、高温の射出ノズルと低温の射出成形金型との間の熱伝導や溶融成形材料通路における熱ムラを解消することができる。これにより、成形材料が通路に詰まる射出不良や、射出ノズルの成形材料の垂れ落ち不良、スプルーにあった半溶融状態の成形材料の一部が射出成形金型に残存することによる異物不良、又は、型開きの際の糸引き不良を防止する効果を奏する。また、射出ノズルから射出成形金型方向への定常熱流によって移動する熱流量を減少させることができるので、長時間成形を行う場合においても成形不良を防止することが可能になる効果を奏する。さらに、本発明に係る射出成形用断熱装置は、従来の射出成形用遮熱装置と比較して、射出ノズル先端の温度T1の低下を抑制する効果が高い。一方で、本発明に係る射出成形用断熱装置の射出成形金型側温度T2は低く保持することが可能であり、射出した溶融成形材料の固化が迅速に進み、成形サイクルタイムの短縮による生産性向上の効果を生じる。
【0026】
本発明の射出成形用断熱装置によれば、射出ノズル及び射出成形金型方向へ熱放散を行わないため、射出ノズル及び射出成形金型の熱ムラ防止の制御が容易になる効果を奏する。
【0027】
本発明の射出成形用断熱装置によれば、射出ノズルに近い側において射出ノズル及び射出成形金型方向以外の方向に熱を放散し射出成形用断熱装置に留まる熱量を減少させて、断熱層で熱移動を防止するため、断熱効果が高い。
【0028】
本発明の射出成形用断熱装置によれば、射出ノズル側外殻層の射出ノズル側の面に高熱輻射化処理を施すことによって、射出ノズル側外殻層の射出ノズル側の外気への輻射熱量を増大させる効果を奏する。
【0029】
本発明の射出成形用断熱装置によれば、熱量の放散を促進させることにより、射出ノズル先端の当接部分及び固定型の射出注入部の温度差を増大させることができる。また、射出ノズルから射出成形金型方向への定常熱流を減少させるので、安定した長時間成形が可能となる効果を奏する。
【0030】
本発明の射出成形用断熱装置によれば、両側の外殻層を分断し接触させないことにより、射出ノズル先端の当接部分及び固定型の射出注入部の温度差を増大させることができる効果を奏する。
【0031】
本発明の射出成形用断熱装置によれば、放熱・拡散層に沿って鍔の外周方向に移動した熱は、スプルーブッシュに配設された冷却流路の外側の固定型に流れ込むことによって、射出注入口付近に流れる熱流量を減少させて、結果として、スプルーブッシュ内の溶融成形材料の温度を下げる効果を奏する。特に、射出成形用断熱装置の鍔を大きくし、スプルーブッシュ外側の固定型に接触させておくと固定型に直接熱が流れ込み、スプルーブッシュ内の溶融成形材料の温度を下げる効果が増大する。また、本発明に係る射出成形用断熱装置をスプルーブッシュに取り付けることにより、本発明に係る射出成形用断熱装置及びスプルーブッシュの温度調節機能が劣化した際に交換を行うことで、射出成形機構の温度制御機能の回復を図ることが可能になる効果を奏する。
【0032】
本発明の射出成形用断熱装置によれば、温度検出センサを備えることにより、射出ノズル先端の当接部分と射出ノズルのそれ以外の部分との温度差と、固定型の射出注入部と射出成形金型のそれ以外との温度差の把握を可能にし、射出ノズル及び射出成形金型の温度制御が容易となる効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】本発明に係る射出成形用断熱装置10を示した斜視図である。
図2】本発明に係る射出成形用断熱装置10の正面図である。
図3】本発明に係る射出成形用断熱装置10の断面図である。
図4図3におけるA-A’部分の拡大断面図である。
図5】本発明に係る射出成形用断熱装置10を射出成形金型60に装着した際の射出成形機構を示した断面図である。
図6】本発明に係る射出成形用断熱装置10を射出成形金型60に装着した際の熱の移動を示した模式図である。
図7】本発明に係る射出成形用断熱装置10の断熱効果を測定する方法を示した模式図である。
図8】本発明に係る射出成形用断熱装置10及び従来の射出成形用遮熱装置の断熱効果を比較した表である。
図9】本発明に係る射出成形用断熱装置10及び従来の射出成形用遮熱装置を使用し、ポリカーボネートを樹脂成形材料の一例として成形を行った際の結果を示した表である。
図10a】放熱・熱拡散層15を外殻層外部に延伸した状態の本発明に係る射出成形用断熱装置10の例を示した断面図である。
図10b】放熱・熱拡散層15を外殻層外部に延伸した状態の本発明に係る射出成形用断熱装置10の別の例を示した平面図である。
図11a】放熱・熱拡散層15によって射出ノズル側外殻層14の外周端部と射出成形金型側外殻層17の外周端部とが、分断されて接触していない状態の本発明に係る射出成形用断熱装置10を示した断面図である。
図11b】放熱・熱拡散層15によって射出ノズル側外殻層14の外周端部と射出成形金型側外殻層17の外周端部とが、分断されて接触していない状態の本発明に係る射出成形用断熱装置10を示した平面図である。
図12】外部に引き出された放熱・熱拡散層15に放熱フィンを接続した状態の本発明に係る射出成形用断熱装置10を示した模式図である。
図13】熱電対を備えた本発明に係る射出成形用断熱装置10を示した図である。
図14】射出成形金型60及び射出成形機50の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明に係る射出成形用断熱装置10を実施するための形態について、図を参照しつつ説明する。
【0035】
図1は、本発明に係る射出成形用断熱装置10を示した斜視図である。図2は、本発明に係る射出成形用断熱装置10の正面図である。射出成形用断熱装置10は、射出成形金型60の射出注入部67(図14において示されるように射出注入部67は通常固定型61に形成される)に着脱可能に取り付け、かつ、射出ノズル52の先端に密着して接するために半球の帽子状に形成された帽子状部12と、固定型61の射出ノズル側の面の平坦部分の一部に密着するために形成された鍔11とから形成される。鍔11は、放熱効果を高めることを考慮すると広く大きい方が好ましい。また、図において鍔11は円形状を示したが、楕円形状又は多角形状であってもよい。帽子状部12の中央には、射出ノズル52湯口及び射出注入口42に対応する溶融成形材料通過孔13を備える。
【0036】
図3は、本発明に係る射出成形用断熱装置10の断面図である。図4は、図3におけるA-A’部分の拡大断面図である。射出成形用断熱装置10は、射出ノズル側外殻層14、放熱・熱拡散層15、断熱層16、及び、射出成形金型側外殻層17が密着した積層構造に形成される。図3において、帽子状部12の凹形状側が射出ノズル側外殻層14で、帽子状部12の凸形状側が射出成形金型外殻層である。
【0037】
射出ノズル側外殻層14及び射出成形金型側外殻層17は、金属板材料によって形成される。両外殻層は、放熱・熱拡散層15及び断熱層16を内部に実装する外装体の役割を備える。金属板の材質は、ステンレス鋼、銅、アルミニウム、鉄、マグネシウム等から構成される。射出ノズル側外殻層14及び射出成形金型側外殻層17は、異なる材質であってもよい。その際には、射出ノズル側外殻層14が、熱伝導性が高い材質、射出成形金型側外殻層17は、熱伝導性が低い材質が好ましい。射出ノズル側外殻層14及び射出成形金型側外殻層17は、外周端部が鍔11と垂直方向に折り曲げられてフランジが形成される。具体的には、帽子状部12の凹形状を同じ方向に向け溶融成形材料通過孔13が一致するように両外殻層を重ね合せた際に、一方の外殻層外周端部の垂直に折り曲げられたフランジ外側面が、他方の外殻層外周端部の垂直に折り曲げられたフランジ内側面に接することができるように形成される。外殻層の溶融成形材料通過孔側の端は、一方の外殻層の溶融成形材料通過孔側の端部が外周端部と同じ垂直方向に折り曲げられ、他方の外殻層の溶融成形材料通過孔側の端面と接して、溶融成形材料通過孔13を形成する。射出ノズル側外殻層14及び射出成形金型側外殻層17の各々の厚みは、0.05mm~1mmに形成される。
【0038】
射出ノズル側外殻層14と射出成形金型側外殻層17とを重ね合わせることによって形成される内部空間に、放熱・熱拡散層15及び断熱層16が、実装され全体が覆われる。両外殻層の外周端部フランジの接触面は、圧着、溶接又は接着剤などによって固定される。
【0039】
放熱・熱拡散層15は、グラファイトシート(GS)が好ましい。層状の結晶構造を備え10μm程度の厚みを有するグラファイトシートは、層の方向、すなわち沿面方向の熱伝導率が、層の厚み方向に対して約200倍になる特徴を有する。当該グラファイトシートを射出成形用断熱装置10と同じ形状又は射出ノズル側外殻層14と射出成形金型側外殻層17とで形成される内部空間に実装可能な寸法に形成され、射出成形用断熱装置10内部に実装することによって、通常射出ノズル52から射出成形金型60方向に移動する熱流量を、図3において示すように射出成形用断熱装置10の鍔11方向(白抜き矢印方向)に放出又は拡散(放散)することができる。
【0040】
断熱層16は、耐熱塗料を基材として、微細な真空セラミックパウダを均一に混合し芯材の金属網体に盛り付けて板状の真空体に形成される。断熱層16の厚みは、0.05mm~1mmに形成される。
【0041】
放熱・熱拡散層15及び断熱層16が実装された射出成形用断熱装置10の厚みは、0.15mm~3mmに仕上げられる。
【0042】
各層は、図4に示すように射出ノズル側外殻層14、放熱・熱拡散層15、断熱層16、射出成形金型側外殻層17の順に積層されることが好ましい。射出ノズル側外殻層14に隣接して放熱・熱拡散層15を配設して、射出ノズル52及び射出成形金型60方向に対して垂直方向に熱量を放散し、射出成形用断熱装置10に蓄熱される熱量を減少させることによって、射出成形金型側に配置した断熱層16が遮断する熱流量の負担を軽減することができ、断熱効果が向上する。放熱・熱拡散層15は、外殻層と当接していることが好ましい。射出成形用断熱装置10を装着した際の射出成形機構における熱の移動については、後に詳述する。断熱層16を射出成形金型側外殻層17に隣接して配設することにより、射出成形用断熱装置10から固定型61の射出注入部67への熱伝導が減少し固定型61の射出注入部67と射出成形金型60のそれ以外の部分との温度差を減少させることが可能になる。
【0043】
図5は、本発明に係る射出成形用断熱装置10を射出成形金型60に装着した際の射出成形機構を示した断面図である。図右から、射出ノズル52、射出成形用断熱装置10、固定型61及びスプルーブッシュ40、可動型62の順に配置される。固定型61の射出注入部67には、内部にスプルー45と冷却流路46が形成されて、かつ、取付フランジ48を備えたT字形状のスプルーブッシュ40が着脱可能に装着される。スプルーブッシュ40の冷却流路46は、固定型61の冷却流路68と接続され、固定型61から導入された冷却媒体が、スプルー45の周囲を巡り固定型61の冷却媒体排出用の冷却流路68に流出する。スプルー45の溶融成形材料出口側の端部は、可動型62が密着し、成形品の形状のキャビティ66が形成される。キャビティ66はゲート65を介してランナー64と連通する。スプルーブッシュ40は、温度調節機能が劣化した際には交換することができる。射出成形用断熱装置10は、スプルーブッシュ40の射出ノズル当接面44に溶融成形材料通過孔13及び射出注入口42を合致させて帽子状部12を密着した状態で、また、スプルーブッシュ40の取付フランジ48の上面平坦部には、耐熱性の両面テープ(不図示)などを介して射出成形用断熱装置10の鍔11が載置される。両面テープの他には、粘着剤又は接着剤を用いることができる。
【0044】
図5に基づいて、射出成形工程を以下に説明する。
溶融成形材料を注入する前の射出ノズル52は、スプルーブッシュ40に載置された射出成形用断熱装置10から後退した状態、すなわち、図中右側矢印方向の一点鎖線の位置で待機する。可動型62を型開きの状態(図中左側矢印方向の一点鎖線の位置)から前進(図中右側に向けて移動)させて固定型61に密着し、ランナー64とキャビティ66を形成する。射出ノズル52を前進(図中左側に向けて移動)させて、射出成形用断熱装置10の帽子状部12に密着させる。溶融成形材料をスプルー45からランナー64へと押し出し、ゲート65を介してキャビティ66に充填させる。充填が完了しキャビティ66内の成形材料が固化した後、可動型62を型開きさせて、成形品を取り出す。その際、射出ノズル52は後退させる。
【0045】
射出成形の際、成形材料の溶融状態を維持するために高い温度に保持された射出ノズル52の熱は、射出ノズル当接面44を通じて、成形品を固化するために冷却しているスプルーブッシュ40の低温側に定常的に移動する。射出成形用断熱装置10は、成形不良を防止するために、このような熱量の移動を遮断する役割を果たす。図6には、本発明に係る射出成形用断熱装置10を射出成形金型60に装着した際の熱量の移動の状態を示した。T0は射出ノズル52の設定温度、T1は射出ノズル先端の温度、すなわち、射出成形用断熱装置10の帽子状部12の射出ノズル先端側の温度、T2は射出成形用断熱装置10の帽子状部12の射出成形金型側の温度、T3はスプルーブッシュ40の可動型62近傍の温度、すなわち、射出成形金型60の温度である。また、Q0は射出ノズル52から発せられる熱流量、Q1は射出成形用断熱装置10が受け取る単位時間当たりの熱エネルギー量、Q2は射出成形用断熱装置10が放散する熱流量、Q3は射出成形金型60が受け取る熱流量と定めると、以下の関係が成立する。
【0046】
射出ノズル52が射出成形金型60に接した時点の非定常の状態では、射出ノズル52から発せられる熱流量Q0は、数式1で示すように、射出成形用断熱装置10が蓄えられる単位時間当たりの熱エネルギー量Q1、射出成形用断熱装置10が放散する熱流量Q2及び射出成形金型60が受け取る熱流量Q3の和で計算される。
【数1】

【0047】
しかし、射出成形用断熱装置10や射出ノズル当接面44付近の射出成形金型60が十分温められて定常状態となった際には、射出成形用断熱装置10が受け取る単位時間当たりの熱エネルギー量Q1は0になり、数式1は数式2となる。
【数2】
【0048】
なお、射出成形金型60が受け取る熱流量Q3には、射出成形時の1ショットごとに射出成形機50から射出成形金型60に移動する熱量も含まれるが、ここでは簡略化するためにその効果を考慮しない。
【0049】
射出成形用断熱装置10の帽子状部12の射出ノズル先端側温度T1と射出成形金型側の温度T2との差(T1-T2)は、射出成形用断熱装置10の断熱効果を表わし、熱流量Q0が変化しないものとすれば、射出成形用断熱装置10が有する熱抵抗に比例して大きくなる。(T1-T2)が大きくなると射出ノズル52の温度T0と射出ノズル52先端の温度T1との差(T0-T1)や、射出ノズル当接面44付近の射出成形用断熱装置10の射出成形金型側の温度T2と射出成形金型60の温度T3との差(T2-T3)が小さくなる。
【0050】
グラファイトシートを備えない従来の射出成形用遮熱装置の場合を考察すると、高温の成形材料を射出成形するために射出ノズル52の温度T0が高温に設定され、射出成形金型60の温度T3との差が大きくなると、移動する熱量が増大する。そのため、定常状態になったとき、従来の射出成形用遮熱装置は断熱効果を十分に発揮できなくなり、射出ノズル先端側温度T1と射出成形金型側の温度T2との温度差(T1-T2)は小さくなる。その際、T1は射出ノズルの設定温度T0との温度差が大きくなるので、ノズル先端部内部の溶融成形材料の温度が低下し溶融粘度が大きくなり、糸引きが生じる。一方、射出成形金型60の温度T3は冷却され低い温度に維持されているため、射出成形金型側の温度T2と射出成形金型60の温度T3との温度差が大きくなり、スプルーブッシュ40内部の冷却過程にある成形材料の固化が阻害される。すなわち、従来の射出成形用遮熱装置は断熱効果を十分に発揮できなくなり、成形条件の制御だけでは問題を解決できない場合が生じる。
【0051】
射出成形用断熱装置10の単位時間当たりの蓄熱エネルギー量Q1及び放熱流量Q2は、材質や体積に大きく依存していると考えられる。射出成形用断熱装置10は、射出ノズル52及び射出成形金型60に密接させて射出成形が行われるため、体積を大型化することには限界がある。
【0052】
そこで、改良された射出成形用断熱装置10では、沿面方向の熱伝導率が層の厚み方向に対して約200倍有する特徴を持ったグラファイトシートに着目し、射出ノズル当接面44付近には熱流を集中させずに、射出ノズル52及び射出成形金型60以外の方向に熱を放散することによって、熱流量Q2を増大させることを検討した。従来の射出成形用遮熱装置と比較してQ2の値を大きくすることができれば、数式2において、Q0が一定の場合、射出成形金型60が受け取る熱流量Q3を減少させて、射出成形用断熱装置10の射出ノズル先端側温度T1と射出成形金型側の温度T2との温度差(T1-T2)を十分大きくすることができ、見かけの断熱効果が向上することになる。
【0053】
断熱効果の差異を判断するために、射出成形金型60の温度を予め定められた温度T3に設定し、従来の射出成形用遮熱装置及び射出成形用断熱装置10の射出ノズル先端側の温度T1及び射出成形金型側の温度T2を測定し、射出ノズル52の各種設定温度での(T1-T2)を算出し比較した。なお、測定に使用した射出成形用断熱装置10は、従来の射出成形用遮熱装置にはない放熱・熱拡散層15を備える。放熱・熱拡散層15は、グラファイトシートを射出ノズル側外殻層14に隣接して配設した。図7は、射出成形用断熱装置10の断熱効果を測定する方法を示した模式図である。射出成形用断熱装置10の帽子状部12の射出ノズル側の面及び射出成形金型側の面の相対する位置に温度検出センサ、例えば熱電対をろう付け又は耐熱性接着剤により取り付けた。後に説明する図13の温度検出センサの位置と同じである。上述の温度検出センサが取り付けられた射出成形用断熱装置10を、固定型61に配設されたスプルーブッシュ40の射出ノズル当接面44に装着して、ポリカーボネートの射出成形を実際に20ショット実施し、射出ノズル側温度検出センサ20及び射出成形金型側温度検出センサ22の温度を測定した。具体的には、射出ノズル52の設定温度T0を300℃、310℃又は320℃の3種類に設定し、射出ノズル52に配設された温度センサ(不図示)で射出ノズル52の温度を測定し定常状態(定常状態の温度はT0である)になった後に射出を開始し、射出成形用断熱装置10の射出ノズル先端側温度T1及び射出成形金型側温度T2を射出成形用断熱装置10に取付けた温度検出センサによって測定した。
【0054】
図8は、射出成形用断熱装置10及び従来の射出成形用遮熱装置の断熱効果を比較した表である。放熱・熱拡散層有が、グラファイトシートを備えた射出成形用断熱装置10の測定結果である。放熱・熱拡散層無が、グラファイトシートを備えていない従来の射出成形用遮熱装置の測定結果である。射出ノズル52の三種類の設定温度において、射出成形を20ショット行い、その間、温度検出センサから出力される温度の平均値を計算した。
【0055】
射出成形用断熱装置10(放熱・熱拡散層有)の射出ノズル先端側と射出成形金型側との間の温度差(T1-T2)は、いずれの射出ノズル設定温度においても62.0℃~64.0℃であった。ここで特に、320℃で(T1-T2)の差が大きくなったのは、高温になるにしたがって熱輻射(放射)の効果が大きくなる原理と一致している。一方、従来の射出成形用遮熱装置(放熱・熱拡散層無)の射出ノズル先端側と射出成形金型側の間の温度差(T1-T2)は、いずれの射出ノズル設定温度においても46.0℃であった。断熱効果の比較実験の結果、放熱・熱拡散層15を備えることによって射出ノズル側と射出成形金型側との間の温度差(T1-T2)が16.0℃以上増大し、断熱効果が大きく向上することを確認できた。
【0056】
また、いずれの射出ノズル設定温度T0においても、射出成形用断熱装置10は、従来の射出成形用遮熱装置と比較して、射出ノズル先端側温度T1が2℃~3℃高いことから、射出成形用断熱装置10が射出ノズル52の温度低下を抑制する効果が向上した。一方で、射出成形用断熱装置10を用いた際の射出成形金型側温度T2は、従来の射出成形用遮熱装置と比較して、16℃~18℃低く保持することができており、射出成形金型60では射出した溶融成形材料の固化が迅速に進み、成形サイクルタイムの短縮による生産性向上の効果を生じる。
【0057】
次に、本発明に係る射出成形用断熱装置10及び従来の射出成形用遮熱装置を用いて、ポリカーボネートを成形材料の一例として射出成形を行い、糸引きの発生状況を比較した。図9は、本発明に係る射出成形用断熱装置10及び従来の射出成形用遮熱装置を使用し、ポリカーボネートを成形材料の一例として射出成形を行った際の結果を示した表である。このとき、射出成形金型60の温度は予め定められた温度T3に設定した。ポリカーボネートの射出成形では、通常射出ノズル52の設定温度T0は、300℃であるが、射出成形用断熱装置10又は従来の射出成形用遮熱装置のいずれも使用しない場合、射出成形金型60の低い温度T3の影響を受けて、射出ノズル52先端の温度T1は、低くなる傾向にあるため、射出ノズル52の設定温度T0は、環境条件をも加味し通常310℃前後と高く設定する必要がある。
【0058】
しかし、図9によると、通常の射出ノズル設定温度T0より低い290℃に設定した場合であっても、射出成形用断熱装置10及び従来の射出成形用遮熱装置のいずれにおいても、糸引きの不良は発生していない。射出ノズル設定温度T0と射出成形金型60の温度T3との温度差に対して、射出成形用断熱装置10及び従来の射出成形用遮熱装置の断熱効果が十分発揮できている場合には、射出ノズル設定温度T0と射出ノズル52先端の温度T1との差(T0-T1)が小さくなる。その際、射出ノズル52内の溶融成形材料の温度が高く維持され、溶融粘度を低下させることができるので、糸引きが生じなかったと考えられる。また、スプルーブッシュ40付近の温度が十分低く維持できていることも、射出ノズル52の設定温度T0を低く設定することができる要因である。
【0059】
次に、通常の射出ノズル設定温度300℃又は310℃に設定した。この場合も、射出成形用断熱装置10及び従来の射出成形用遮熱装置のいずれにおいても、糸引きの不良は発生しないだけでなく、スプルーブッシュ40内部での成形材料の冷却固化不足もなく良好である。通常の射出ノズル設定温度T0より10℃高い320℃においても、射出成形用断熱装置10及び従来の射出成形用遮熱装置は、射出ノズル52先端の温度T1と射出成形金型側温度T2との差(T1-T2)が、糸引きが発生しない程度に十分大きな温度差の範囲にあったため、断熱性が確保され、同様の結果が得られたと考えられる。
【0060】
続いて、射出ノズル設定温度T0をより高い325℃に設定した場合、従来の射出成形用遮熱装置では、10ショット中9ショットにおいて糸引きが発生した。これは、放熱・熱拡散層15を備えない従来の射出成形用遮熱装置が、射出ノズル温度T0と射出成形金型60の温度T3との間の大きな温度差に基づく熱流量Q3の増大に対応できず、射出ノズル52先端の温度T1及び射出成形金型側温度T2の差(T1-T2)を十分な大きさに保つことができなかったためと考えられる。その結果、成形材料が溶融状態と固化状態との間に明確な境界がなくなり、溶融状態及び固化状態の中間的な伸長しやすい状態が存在したため、糸引きが生じたものと考えられる。すなわち、熱流量Q3が、従来の射出成形用遮熱装置において断熱効果が発揮できる許容範囲を超えたことが要因である。
【0061】
一方、本発明に係る射出成形用断熱装置10は、10ショットすべてにおいて糸引きは発生していない。放熱・熱拡散層15としてグラファイトシートを配設したことによって、射出ノズル52及び射出成形金型60以外の方向に熱を放散し、射出ノズル当接面44付近に熱流を集中させずに、熱流量Q2が増大したため、射出成形金型側外殻層17に隣接する断熱層16の負荷が減少し、射出ノズル側から射出ノズル当接面44や固定型61の射出注入口42の付近への熱の流入が大きく低下し、熱流量Q3が減少することが糸引き防止につながっている。
【0062】
加えて、時間の経過によって糸引きが発生することもなくなった。放熱・熱拡散層15を備えて射出成形用断熱装置10の射出ノズル先端側及び射出成形金型側の間の温度差(T1-T2)を16℃~18℃増大させることができたことによって、従来の射出成形用遮熱装置を使用した場合と比較して、射出ノズル設定温度T0を高く設定しても射出成形金型60の温度T3の上昇を伴うことがないため、糸引きが発生せず正常に射出成形が行なえるようになった。すなわち、射出ノズル設定温度T0に幅を持たせることが可能になったといえる。
【0063】
上記の結果は、低融点のポリアミド樹脂などの成形材料の射出成形においては、射出ノズル52及び射出成形金型60以外の方向に放散できる熱流量Q2には、さらに余裕があり、受け取ることができる単位時間当たりの熱エネルギー量Q1の許容範囲内に十分収まるため、糸引きは発生しない。また、射出ノズル設定温度T0を325℃に設定する高融点の他の成形材料に対しても適用が可能であることを示唆している。
【0064】
本発明に係る射出成形用断熱装置が適用可能な成形材料を例示する。
MIM(金属粉末射出成形)では、所定の複数の元素の合計含有量が規定値以下のSCM415を代表とする低合金鋼、SKD11を代表とする治工具等の耐摩耗部品に用いられる工具鋼、SUS304Lを代表とするステンレス鋼、インコネルを代表とする耐熱材料、純鉄(Fe)を代表とする磁性材料、コバールを代表とする低膨張材料又は純チタン(Ti)若しくはチタン合金が挙げられる。
【0065】
CIM(セラミック射出成形)では、アルミナ、ジルコニア、チタン酸塩、窒化ケイ素、炭化ケイ素、フェライトが挙げられる。
【0066】
チクソモールディングでは、AM60Bを代表とするマグネシウム合金が挙げられる。上記の各種の成形方法で挙げた成形材料は本発明に係る射出成形用断熱装置が適用可能な材料の一例であり、これに限定されるものではなく、射出成形分野における通常の知識を有する者が容易に想到可能な材料について射出成形を行うことができる。
【0067】
射出成形用断熱装置10の射出ノズル側外殻層14の射出ノズル側の面に高熱輻射化処理を施すことによって、射出ノズル側外殻層14の射出ノズル側の外気への輻射熱量を増大させることができる。高熱輻射化処理は、例えば、黒色塗料や白色塗料などの高熱輻射塗料塗布や金属酸化処理によって行うことができるが、これに限定されない。高熱輻射化処理を施した際の熱輻射率は、0.7以上を有していることが好ましい。
【実施例1】
【0068】
図10aは、放熱・熱拡散層15を外殻層外部に延伸した状態の本発明に係る射出成形用断熱装置10の例を示した断面図である。図10bは、放熱・熱拡散層15を外殻層外部に延伸した状態の本発明に係る射出成形用断熱装置10の別の例を示した平面図である。前述の射出成形用断熱装置10は、射出ノズル側外殻層14及び射出成形金型側外殻層17を外装体として、内部に放熱・熱拡散層15の全部が封入されている状態であるが、放熱・熱拡散層15の外周端の一部を射出成形用断熱装置10の外部に引き出すことにより、熱量の放散を促進させることが可能となる。これによって、射出ノズル52及び射出成形金型60以外の方向に熱を放散し、射出ノズル当接面44付近に熱流を集中させることなく、熱流量Q2をさらに増大させることができる。
【実施例2】
【0069】
図11aは、放熱・熱拡散層15によって射出ノズル側外殻層14の外周端部と射出成形金型側外殻層17の外周端部とが、分断されて接触していない状態の本発明に係る射出成形用断熱装置10を示した断面図である。図11bは、放熱・熱拡散層15によって射出ノズル側外殻層14の外周端部と射出成形金型側外殻層17の外周端部とが、分断されて接触していない状態の本発明に係る射出成形用断熱装置10を示した平面図である。放熱・熱拡散層15の外周端の全部を射出成形用断熱装置10の外部に引き出すことによって、射出ノズル側外殻層14と射出成形金型側外殻層17との外周端部を非接触の状態にした。金属で形成された射出ノズル外殻層と射出成形金型外殻層とが、フランジを介して接触すると、当該接触部分を通じて熱伝導が生じ、断熱効果が減殺されることになる。両側の外殻層のフランジ間に放熱・熱拡散層15であるグラファイトシートを延伸させて挟み込むことによって、グラファイトシートの沿面方向に熱が伝導し、射出成形用断熱装置10外部に熱が放出され、射出成形金型側への熱伝導が減少する。グラファイトシートは柔軟性に富んでおり、両外殻層を圧着することにより、グラファイトシートを挟んだ状態で固定することが可能である。
【0070】
その結果、射出成形用断熱装置10の射出ノズル先端の当接部分の温度T1及び射出成形金型側の温度T2の温度差(T1-T2)を増大させることができる。また、射出ノズル52から射出成形金型60方向への定常熱流を減少させるので、安定して長時間射出成形することが可能となる。
【実施例3】
【0071】
図12は、外部に延伸された放熱・熱拡散層15に放熱フィンを接続した状態の本発明に係る射出成形用断熱装置10を示した模式図である。図は、薄膜のグラファイトシートの層方向、すなわち断面視したものである。放熱・熱拡散層15に用いたグラファイトシートは、射出ノズル52及び射出成形金型60以外の方向に放散できる熱流量Q2を増大させることができるが、当該熱流量にもグラファイトシートの形状や寸法によって限界が生じる。そこで、射出成形用断熱装置10の外部に延伸させたグラファイトシートの先端に放熱部材30として効率的に放熱を行うために複数の羽根を備えた放熱フィンを接続し、グラファイトシートの放熱を補助する。射出成形用断熱装置10と放熱フィンとの間において、グラファイトシートを固定型61とは接触させないことにより、固定型61が熱の外乱を受けないので好ましい。これにより、射出ノズル52及び射出成形金型60以外の方向に放散できる熱流量Q2をさらに増大させることが可能となり、射出ノズル側から射出ノズル当接面44や金型側の射出注入口42の付近への熱の流入を大きく低下させることができ、熱流量Q3が減少する。放熱フィンは、アルミニウムや銅など熱伝導性の高い放熱部材30として周知の材質が採用される。図においては、放熱フィンを固定型61上面に設置したため、放熱フィンに蓄えられた熱が固定型61に伝導し、固定型61に熱の外乱が加わることを防止し、温度制御を容易にするために放熱フィンと固定型61の間には、断熱材を配設した。射出成形金型60は、冷却装置等により十分冷却されているため、放熱フィンは射出成形金型60と接触していても射出成形に影響が出ることはない。
【実施例4】
【0072】
図13は、熱電対を備えた本発明に係る射出成形用断熱装置10を示した図である。温度検出センサとして熱電対を備えることにより、射出ノズル52先端の射出成形用断熱装置10との当接部分及び射出成形金型射出注入部67から温度を検出し測定することで、射出ノズル52及び射出成形金型60の温度制御を行うことができる。一の温度検出センサ(射出ノズル側温度検出センサ20)は、射出ノズル52と接触する射出ノズル側外殻層14の帽子状部12の外側面に取付ける。別の温度センサ(射出成形金型側温度検出センサ22)は、射出成形金型側外殻層17の帽子状部12の外側面の一の温度検出センサに相対する位置に配設することが好ましいが、これに限定されない。温度検出センサは、熱電対に限定されないが、射出ノズル52が射出成形用断熱装置10の射出ノズル側外殻層表面に強く当接し、射出成形用断熱装置10の射出成形金型側外殻層表面は固定型61又はスプルーブッシュ40の射出注入口42に強く当接するため、薄く小型であるものが好ましい。
【0073】
また、取り付ける温度検出センサの個数は、射出成形用断熱装置10の射出ノズル側外殻層側に1個及び射出成形金型側外殻層側に1個に限られない。射出ノズル側外殻層14又は射出成形金型側外殻層17の鍔11にも取り付け、さらに綿密に温度情報を得ることにより、温度管理を精密にすることが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明に係る射出成形用断熱装置は、射出成形分野において各種の成形材料への適用が可能である。
【符号の説明】
【0075】
10 射出成形用断熱装置
11 鍔
12 帽子状部
13 溶融成形材料通過孔
14 射出ノズル側外殻層
15 放熱・熱拡散層
16 断熱層
17 射出成形金型側外殻層
20 射出ノズル側温度検出センサ
22 射出成形金型側温度検出センサ
30 放熱部材
40 スプルーブッシュ
42 射出注入口
44 射出ノズル当接面
45 スプルー
46 冷却流路
48 取付フランジ
50 射出成形機
52 射出ノズル
53 ノズルヒータ
54 シリンダ
55 スクリュ機構
56 ホッパ
58 ヒータ
60 射出成形金型
61 固定型
62 可動型
63 スプルー
64 ランナー
65 ゲート
66 キャビティ
67 射出注入部
68 冷却流路

M 成形材料
CU 銅
HI 断熱材
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10a
図10b
図11a
図11b
図12
図13
図14