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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-22
(45)【発行日】2024-04-01
(54)【発明の名称】バニラビーンズの製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 27/10 20160101AFI20240325BHJP
   A23G 3/48 20060101ALI20240325BHJP
   A23G 9/42 20060101ALI20240325BHJP
【FI】
A23L27/10 C
A23G3/48
A23G9/42
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023549544
(86)(22)【出願日】2022-10-28
(86)【国際出願番号】 JP2022040444
(87)【国際公開番号】W WO2023074863
(87)【国際公開日】2023-05-04
【審査請求日】2023-08-07
(31)【優先権主張番号】P 2021177719
(32)【優先日】2021-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】521476252
【氏名又は名称】特定非営利活動法人ディーセントワーク・ラボ
(73)【特許権者】
【識別番号】522418406
【氏名又は名称】合同会社ソルファコミュニティ
(73)【特許権者】
【識別番号】505184089
【氏名又は名称】株式会社クラブハリエ
(73)【特許権者】
【識別番号】323000479
【氏名又は名称】株式会社バニラコネクション
(73)【特許権者】
【識別番号】523297516
【氏名又は名称】株式会社プーカー
(74)【代理人】
【識別番号】100122574
【弁理士】
【氏名又は名称】吉永 貴大
(72)【発明者】
【氏名】船谷 博生
(72)【発明者】
【氏名】玉城 卓
(72)【発明者】
【氏名】中尾 文香
(72)【発明者】
【氏名】山本 隆夫
(72)【発明者】
【氏名】内野 昌孝
(72)【発明者】
【氏名】妙田 貴生
【審査官】安田 周史
(56)【参考文献】
【文献】特開昭59-129298(JP,A)
【文献】バニラキュアリング専用機 [オンライン], 2020.03.04 [検索日 2023.02.20], インターネット:<URL:http://www.ksonplant.com.tw/pages/assets/img/dm/2-8_jp.pdf>
【文献】沖縄たべもの語り [オンライン], 2020.03.20 [検索日 2023.02.20], インターネット:<URL:https://okinawatabemono.blogspot.com/2020/03/blog-post_20.html>
【文献】鎌田 靖弘 et al.,沖縄県産バニラビーンズの開発支援,Technical News 沖縄県工業技術センター 技術情報誌,Vol.23, No.2,2020年,pp.1-8
【文献】バニラ [オンライン], 2015.04 [検索日 2023.02.20], インターネット:<URL:https://kinomemocho.com/sanpo_vanilla.html>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 27/10
A23G 3/48
A23G 9/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バニラ果実を殺菌する殺菌工程と、殺菌後のバニラ果実を保温した状態で保管する保温工程と、保管後のバニラ果実を発酵させる発酵工程と、発酵後のバニラ果実を乾燥させる乾燥工程と、乾燥後のバニラ果実を閉鎖空間内で保存する定着工程と、を有するバニラビーンズの製造方法において、
前記定着工程が、ローズウッド製容器で、バニラ果実を保存することを特徴とする、
バニラビーンズの製造方法。
【請求項2】
前記定着工程が、30~120日間行われる、請求項1に記載のバニラビーンズの製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のバニラビーンズの製造方法により得られたバニラビーンズを原料とする菓子の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バニラビーンズの製造方法であって、具体的には、芳香に優れた高品質のバニラビーンズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バニラ(Vanilla planifolia)から収穫される果実は、そのままではバニラ特有の芳香は発生せず、キュアリングという工程を経ることによって、優れた芳香が発生するようになる。キュアリングは、バニラの果実を加温し、酵素活性を高め、熟成を促進させ、さらに微生物が繁殖しなくなるまで水分を乾燥させる作業のことである。できた製品はバニラビーンズと呼ばれ、暗褐色の光沢をした、しなやかなものとなり、バニラ特有の香気を発するようになる。
【0003】
キュアリングの方法はバニラビーンズの各生産地によって異なるが、最も品質が優れていると評されるマダガスカルの伝統的なキュアリング方法は以下の通りである。成熟前の未熟な莢(果実)を採取した後、63℃の熱湯に3~5分間浸漬する(殺菌工程)。取り出した莢を速やかに布にくるみ、保温した状態で数日間で保管する(保温工程)。その後、昼間は天日干し、夜は布にくるんで保温、という工程を8~10日間繰り返す(発酵工程)。芳香成分の生成を促すために屋内のトレーの上で15~20日間、ゆっくり乾燥し、目標とする水分レベルとする(乾燥工程)。最後に、バター紙、セロハン紙、ポリプロピレン袋などで包み、2~3ヶ月間密閉容器で保存する(定着工程)。これらの工程を経て、初めは緑色だったバニラの莢(果実)はやがて黄色、茶色と徐々に色を変え、最終的に多数の皺が生じて焦げ茶色の柔らかい紐のような、いわゆるバニラビーンズへと変わり、甘い芳香を放つようになっていく。
【0004】
特開2011-26431号公報には、バニラ属植物又はその交配種の果実に含まれる酵素のうち、少なくとも果実中の香気成分の前駆体を分解し香気成分を生成する作用を有するものを失活させない条件下で果実を殺菌する第1工程と、少なくとも一部が開閉可能な通気性の容器に第1工程において殺菌した果実を入れ、温度条件及び光照射条件を制御した無菌環境下でキュアリングする第2工程とを有する、天然バニラ香料の製造方法が開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2011-26431号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
世界におけるバニラの生産は、マダガスカルが世界のバニラの約8割を占めているといわれ、そのほかの生産国として、インドネシア、メキシコ、パプアニューギニア、中国、トルコ、タヒチ、ニューカレドニアなどが知られている。近年、日本の九州・沖縄地域でバニラ生産が行われるようになったが、緒についたばかりであり、バニラビーンズの品質もマダガスカル産には及ばないのが実情である。そのため、「産地イコールバニラビーンズの品質」という評価が固定され、日本を始めとするマダガスカル以外の産地のバニラビーンズの品質は相対的に低い傾向にある。
【0007】
バニラビーンズの品質を決定する要素は芳香である。この芳香は、収穫後のキュアリング工程において形成されるが、キュアリングの生化学的なメカニズムが未だ解明されておらず、各生産地によってキュアリング方法が異なる。そのため、マダガスカルの伝統的なキュアリング方法に基づき、日本で栽培されたバニラからバニラビーンズを生産しようとしても、マダガスカル産バニラビーンズのような高品質のバニラビーンズが生産できないという問題があった。バニラビーンズの品質の問題は日本だけの問題ではなく、バニラビーンズを生産するすべての生産者の課題と言える。
【0008】
また、バニラ生産地の多くは貧困や電気が通じていない未電化の問題により機械化が進んでおらず、殺菌、保温、発酵、乾燥、定着の各工程を1つの装置で管理することができるキュアリング装置を導入することが困難である。
【0009】
従って本発明の目的は、バニラビーンズの産地に関わらず、簡易かつ簡便に、天然バニラビーンズの品質を向上させる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、定着工程で使用する容器の材質によってバニラビーンズから発生する芳香に違いがあることを見出し、さらに特定の芳香を有する木及び/又は芳香を有する木から抽出した精油を使用することで、バニラビーンズの芳香を向上させることができるとの結論に達し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明は、バニラ果実を殺菌する殺菌工程と、殺菌後のバニラ果実を保温した状態で保管する保温工程と、保管後のバニラ果実を発酵させる発酵工程と、発酵後のバニラ果実を乾燥させる乾燥工程と、乾燥後のバニラ果実を閉鎖空間内で保存する定着工程と、を有するバニラビーンズの製造方法において、前記定着工程が、芳香を有する木材及び/又は芳香を有する木材由来の精油の雰囲気下で、バニラ果実を保存することを特徴とする、バニラビーンズの製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、バニラビーンズの産地に関わらず、簡易かつ簡便に、低コストで、バニラビーンズの品質を向上させることができる。また、品質が向上したバニラビーンズを製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る実施形態について詳細に説明する。なお、本実施形態において、「バニラ果実」とは、植物のバニラ(Vanilla planifolia)から収穫された鞘状の果実をいい、「バニラビーンズ」とは、バニラ果実をキュアリングして得られる、芳香を発する暗褐色のバニラの鞘をいう。
【0014】
本実施形態は、バニラ果実を殺菌する殺菌工程と、殺菌後のバニラ果実を保温した状態で保管する保温工程と、保管後のバニラ果実を発酵させる発酵工程と、発酵後のバニラ果実を乾燥させる乾燥工程と、乾燥後のバニラ果実を閉鎖空間内で保存する定着工程と、を有するバニラビーンズの製造方法において、前記定着工程が、芳香を有する木材及び/又は芳香を有する木材由来の精油の雰囲気下に、バニラ果実を保存することを特徴とする。
【0015】
本実施形態において、芳香を有する木としては、針葉樹であれば、例えば、スギ、ヒノキ、あるいは、ヒバが挙げられる。また、広葉樹であれば、クスノキ、楢、ローズウッド、桜、樫、林檎、ブナ、クルミ、ヒッコリー、メープルが挙げられる。さらに、香木として、例えば、伽羅、沈香、あるいは、白檀が挙げられる。バニラビーンズの芳香を向上させる観点からは、特に、ローズウッド又はヒノキであることが好ましい。
【0016】
ローズウッドはツルサイカチ属の植物であり、一般的に茶や赤茶の色をしている。新鮮な木材には、バラのような香りをもつことから、ローズウッドの名がつけられた。芳香成分は、リナロール、α-テルピネオール、リモネン、ゲラニオールなどである。日本では紫檀(シタン)とも呼ばれている。ローズウッドは産地によって、アフリカンローズウッド、インディアンローズウッド、ブラジリアンローズウッド、ホンジュラスローズウッド、マダガスカルローズウッドがあり、本実施形態においてはいずれの産地のローズウッドを使用することができるが、特に、マダガスカルローズウッドが好ましい。
【0017】
ヒノキはヒノキ科ヒノキ属の針葉樹であり、加工が容易な上に緻密で狂いがなく、耐朽性に優れて光沢があり、強い芳香を長期にわたって発するという特徴を有している。芳香成分は、αピネン(木部)、サビネン(葉部)、リモネン、ボルネオール、酢酸ボルニル、ネロリドールなどである。
【0018】
芳香を有する木材由来の精油は、水蒸気蒸留法、圧搾法、溶剤抽出法、アンフルラージュ法(冷浸法)、マセレーション法(温浸法)、超臨界抽出法(液化二酸化炭素抽出法・CO2蒸留法)など、一般的な製造方法で製造された精油を使用することができる。
【0019】
本実施形態において、「芳香を有する木材及び/又は芳香を有する木材由来の精油の雰囲気下で、バニラ果実を保存する」とは、芳香を有する木材及び/又は芳香を有する木材由来の精油から放出される芳香成分が存在する中に乾燥工程後のバニラ果実を置くことをいう。具体的な態様としては、例えば、乾燥工程後のバニラ果実を、保存する容器の一部又は全部が芳香を有する木材で作製された容器内で保存する;乾燥工程後のバニラ果実を、芳香を有する木材片及び/又はチップとともに保存する;乾燥工程後のバニラ果実を、芳香を有する木材から抽出した精油入り容器とともに保存する;乾燥工程後のバニラ果実を、ヒトが立ち入ることができる程度の広さを有する倉庫に置き、その倉庫内に芳香を有する木材及び/又は精油を設置して保存する;乾燥工程後のバニラ果実を、芳香を有する木材を使用して燻煙(スモーク)する;などを挙げることができる。
【0020】
本実施形態において、定着工程は、バニラビーンズの芳香を高める観点から、30~120日間行われることが好ましい。日数が多ければより芳香を高めることができるが、長期間実施しても一定期間以上は効果も頭打ちになるため、60~110日間行われることがより好ましく、さらに生産性を考慮すれば70~100日間行われることが好ましい。
【0021】
本実施形態において、バニラ果実を保存する閉鎖空間の大きさは特に限定はなく、バニラ果実が収容できる容量を有している容器又は倉庫であればよいが、作業性を考慮すれば、例えば、縦23cm、横50cm、高さ23cmの容器とすることが好ましい。
【0022】
本実施形態では、上述したバニラビーンズの製造方法により得られたバニラビーンズを原料とする菓子を含む。上述したバニラビーンズの製造方法により得られたバニラビーンズは、一般的なバニラビーンズと同様の用途に利用することができるため、例えば、オール沖縄産のケーキ、オール日本産のアイスクリーム、オール国産バニラシェイクなど、国産原料で製造した菓子を求める国内外の消費者に対して訴求することができる。
【実施例
【0023】
1.バニラビーンズの官能評価
(1)バニラ果実のキュアリング
沖縄県中頭郡北中城村で収穫したバニラ果実を使用して、以下の手順でキュアリングを行った。バニラ果実を70℃前後に保たれた湯中に1分間入れてバニラ果実を殺菌した。次に、加熱殺菌したバニラ果実を毛布に包み、個体の温度が40℃前後に保温した状態で48時間保管した。その後、バニラ果実を、表面温度が50℃に達するまで天日干しを行い、含水率が50%になったところで陰干しを行い、バニラ果実の発酵と乾燥を行った。これらの発酵と乾燥は数日間繰り返し行った。バニラ果実の含水率が25%になった時点で発酵・乾燥を終了した。そして最後に、発酵・乾燥が終了したバニラ果実をパラフィン紙(ワックスペーパー)で包み、マダガスカルローズウッド又はヒノキで製作した容器(縦23cm、横50cm、高さ23cm)に入れ、蓋をしてマダガスカルローズウッド又はヒノキの芳香成分の雰囲気中、室温で90日間保管した。
【0024】
なお、バニラ果実のキュアリングは、マダガスカルローズウッド製容器、ヒノキ製容器のほか、比較対象(沖縄産C)として従来のプラスティック容器(縦23cm、横50cm、高さ23cm)を用いて行った。
【0025】
(2)バニラビーンズの官能評価
得られたバニラビーンズについて、製菓業に携わるパティシエ3名をパネラーとして、以下の要領で官能評価を実施した。比較対象として、マダガスカル産、インドネシア産、バヌアツ共和国産、コモロ諸島産のバニラビーンズ(市販品)を用いた。
【0026】
バニラビーンズの鞘の中心をナイフで裂き、中の種子と粘性物質をこそげ取った。牛乳(脂肪分3.5%)を90℃に加熱し、そこにこそげ取った種子と粘性物質を投入し、蓋をして3分間蒸らしたものをサンプルとした。そして、パネラーにバニラビーンズの香りを嗅いでもらい、いわゆるバニラ香と呼ばれる香りを以下の評価基準で4件法で評価した。
(評価基準)弱い…1点、やや弱い…2点、やや強い…3点、強い…4点
【0027】
結果を表1に示す。マダガスカルローズウッド製の容器で保存したバニラビーンズ(沖縄産A)、ヒノキ製の容器で保存したバニラビーンズ(沖縄産B)は、従来法で保存したバニラビーンズ(沖縄産C)と比較して、優位に芳香が向上したことが判明した。また、マダガスカル産、インドネシア産のバニラビーンズには及ばなかったものの、バヌアツ共和国産及びコモロ諸島産のバニラビーンズよりも芳香に優れていたことが判明した。
【0028】
【表1】
【0029】
2.定着期間の違いによる香気成分の評価
(1)バニラ果実のキュアリング
前記1(1)と同様の要領でバニラ果実のキュアリングを実施した。ここで、キュアリング工程の条件は、マダガスカルローズウッド製容器を用い、定着期間を30日、60日、90日としたものを試料とした。なお、比較対象として従来のプラスティック容器(縦23cm、横50cm、高さ23cm)を用いて行った。
【0030】
(2)バニラビーンズの官能評価
各試料を1g量り取り、4分割して試行瓶に入れた。そこから香るブランデー香、タバコ香およびバニラ香の強度を0-3段階で評価した。パネルは20代の男女10名とした。各香調のリファレンスは以下の通りとし、この匂い強度を2とした。
・ブランデー香:ヘネシー(商標)1 ml
・タバコ香:Peace(商標) 1cm(紙と葉を含む)
・バニラ香:バニリン(和光純薬)1g
【0031】
得られた結果は、各項目毎に2元配置の分散分析を実施し、差のある項目についてのみTukeyの多重比較検定により解析した。結果を表2に示す。
【0032】
ローズウッド箱にある期間が長いほどブランデー香が強くなることが認められ、特に90日間のバニラは30日間に比較して統計的有意に香りが強かった。タバコ香については、ブランデー香と同様に傾向が見られた。一方、バニラ香はローズウッドでの保管による影響を受けないと示唆された。
【0033】
【表2】