(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-22
(45)【発行日】2024-04-01
(54)【発明の名称】抗生物質耐性微生物の耐性を低下させる物質及び抗生物質耐性微生物の耐性を低下させる方法
(51)【国際特許分類】
A01N 25/00 20060101AFI20240325BHJP
A01N 47/44 20060101ALI20240325BHJP
A01N 59/16 20060101ALI20240325BHJP
A01N 63/28 20200101ALI20240325BHJP
A01P 1/00 20060101ALI20240325BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20240325BHJP
【FI】
A01N25/00 101
A01N47/44
A01N59/16 Z
A01N63/28
A01P1/00
A01P3/00
(21)【出願番号】P 2019169923
(22)【出願日】2019-09-18
【審査請求日】2022-08-09
(73)【特許権者】
【識別番号】598096991
【氏名又は名称】学校法人東京農業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100122574
【氏名又は名称】吉永 貴大
(72)【発明者】
【氏名】篠原 弘亮
(72)【発明者】
【氏名】岩波 徹
(72)【発明者】
【氏名】キム オッキョン
【審査官】藤代 亮
(56)【参考文献】
【文献】特表2006-513162(JP,A)
【文献】特表2003-518072(JP,A)
【文献】特開2018-008971(JP,A)
【文献】特開2019-135269(JP,A)
【文献】特開2003-171274(JP,A)
【文献】特開昭63-250306(JP,A)
【文献】国際公開第2014/119519(WO,A1)
【文献】特開2000-001605(JP,A)
【文献】特開2012-162423(JP,A)
【文献】特開2010-251092(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 25/00
A01N 47/44
A01N 59/16
A01N 63/28
A01P 1/00
A01P 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物に対し、抗生物質を含有する薬剤の薬剤耐性を低下させるための薬剤を製造するためのマンガンの使用であって、
前記微生物が、ウメかいよう病菌、モモせん孔細菌病菌、カンキツかいよう病菌からなる群から選択された少なくとも1種であり、
前記抗生物質がストレプトマイシンである、
前記マンガンの使用。
【請求項2】
微生物に対し、抗生物質を含有する薬剤の薬剤耐性を低下させる物質としてマンガンを含有することを特徴とする薬剤であって、
前記微生物が、ウメかいよう病菌、モモせん孔細菌病菌、カンキツかいよう病菌からなる群から選択された少なくとも1種であり、
前記抗生物質がストレプトマイシンである、
前記薬剤。
【請求項3】
抗生物質を含有する薬剤にマンガンを添加することにより、微生物に対し薬剤耐性を低下させることを特徴とする、抗生物質耐性微生物の耐性を低下させる方法であって、
前記微生物が、ウメかいよう病菌、モモせん孔細菌病菌、カンキツかいよう病菌からなる群から選択された少なくとも1種であり、
前記抗生物質がストレプトマイシンである、
前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗生物質耐性微生物に対し、その抗生物質耐性を低下させる物質及びその抗生物質耐性を低下させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の抗生物質および他の抗菌薬に対して耐性を有する病原性微生物が出現していることが世界的に大きな問題になっている。例えば、院内感染性の原因である黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は、1940年代の初頭にペニシリンによって十分な殺菌効果が認められていたが、1960年代の後期までに80%超の黄色ブドウ球菌がペニシリンに対して耐性となり、1972年までに2%の黄色ブドウ球菌がメシチリン耐性であることが認められるようになった。なお、メシチリン耐性菌の割合は2002年までに57.1%まで上昇し続けたと報告されている。
【0003】
このような抗生物質耐性微生物に対し、特開2019-135269号公報は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェカリス(VRE)、大腸菌O157:H7、フルオロキノロン耐性チフス菌等に対し、ガリウム化合物を被験体に投与することにより、細菌及び真菌などの細胞外微生物により引き起こされる感染症を予防又は治療する方法を開示している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
抗生物質耐性微生物に関する問題は、ヒト及び家畜に対する抗生物質耐性微生物のみならず、植物病原細菌の抗生物質耐性微生物についても同様のことがいえる。例えば、野菜の黒腐病や腐敗病、果樹の黒点病や黒斑病、稲のもみ枯細菌病などの殺菌剤の有効成分として抗生物質が使用されている。そのため、抗生物質を作物に継続的に散布することによって農場や農作物に存在している微生物が抗生物質に対する耐性を獲得し、農業従事者に多大な経済的負担をもたらすことが予想される。薬剤耐性細菌によって引き起こされる病害は、抗生物質に耐性の細菌の顕在化により抗生物質による防除が困難となる。さらに、抗生物質耐性細菌に有効な新規抗生物質の開発には時間もコストも多大なものとなるため一企業又は一個人での対応は限界があるとともに、仮に新規抗生物質が開発されたとしても、その新規抗生物質にも耐性を示す細菌が出現する可能性が高い。
【0006】
そこで、本発明は、抗生物質に対して耐性を低下させる物質又は生育を低下させる物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明者らは、細菌の抗生物質耐性に影響を与える物質を種々検討したところ、偶然にも、マンガン(Mn)が細菌の抗生物質に対する耐性を低下させるとの知見を得た。
【0008】
本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、微生物に対し薬剤耐性を低下させるための物質として使用されるマンガンを提供するものである。
【0009】
本発明はまた、微生物に対する薬剤耐性を低下させるための薬剤を製造するためのマンガンの使用を提供するものである。
【0010】
本発明はさらに、抗生物質を含有する薬剤であって、微生物に対し薬剤耐性を低下させる物質としてマンガンを含有することを特徴とする薬剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、既存の抗生物質に耐性の微生物が顕在化して治療や防除に効果がない場合、マンガンとともに抗生物質を処理(投与や散布)することで、微生物に対し薬剤耐性を低下させることができる。これを、抗生物質を含有する薬剤に含有させれば、細菌のような微生物に対し薬剤耐性を低下させることができるため、既存の抗生物質でも治療や防除において高い効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】モモせん孔細菌病菌のストレプトマイシン感受性試験(Mn添加ASA培地)の結果を示す図である。
【
図2】モモせん孔細菌病菌のストレプトマイシン感受性試験(ASA培地)の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る実施形態について詳細に説明する。
【0014】
本実施形態において、マンガンは、微生物に対し薬剤耐性を低下させるための物質として使用される。
【0015】
マンガンは、原子番号25の元素であり、元素記号は「Mn」である。マンガンは、自然界では硫化物、酸化物、炭酸塩、ケイ酸塩、リン酸塩、ホウ酸塩など、様々な形で、100種類以上の鉱物に含まれて存在する(NAS-NRC 1973)。主要鉱石としてパイロルース鉱、サイロメレーン鉱、菱マンガン鉱、テフロ石などがあることが知られている。地殻に広く分布し、平均存在量950ppm、海水中には2μg/l含まれる。単体は銀白色の金属であるが、炭素を含むと灰色となる。α型、β型、γ型、δ型の4つの同素体が存在するが、本発明においては、いずれの同素体も利用することが可能である。
【0016】
本実施形態において、「マンガン」はマンガン化合物を含むものとする(以下、これらをまとめて「マンガン等」という。)。主なマンガン化合物としては、例えば、塩化マンガン(II)(Manganese chloride、MnCl2)、硫酸マンガン(II)(Manganese sulfate、MnSO4)、四酸化三マンガン(Manganese oxide、Mn3O4)、二酸化マンガン(Manganese dioxide、MnO2)、過マンガン酸カリウム(Potasium permanganate、KMnO4)、ホウ酸マンガン(8水和物)(Manganese borate、MnB4O7・8H2O)、炭酸マンガン(II)(Manganese carbonate、MnCO3)、メチルシクロペンタジエニルマンガントリカルボニル(Methylcyclopentadienyl manganese tricarbonyl(MMT)、C9H7MnO3)、マンネブ(Maneb、C4H6N2S4Mn)、マンコゼブ(Mancozeb、[C4H6N2S4Mn]x(Zn)y、x:y=10:1)等を挙げることができる。
【0017】
本実施形態において、微生物は、細菌、特に、植物病原細菌を挙げることができ、具体的には、アシドボラックス(Acidovorax)属細菌、バークホルデリア(Burkholderia)属細菌、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、ラルストニア(Ralstonia)属細菌及びキサントモナス(Xanthomonas)属細菌からなる群から選択された少なくとも1つを上げることができ、より具体的には、ウメかいよう病菌、モモせん孔細菌病菌、カンキツかいよう病菌からなる群から選択された少なくとも1種を挙げることができる。
【0018】
本実施形態において、薬剤としては、抗生物質を挙げることができる。抗生物質とは、狭義には、微生物が産生し他の微生物の発育を阻害する物質をいい、広義には、微生物が産生したものを化学修飾したり人工的に合成された抗菌剤、腫瘍細胞のような他の微生物以外の細胞の増殖や機能を阻害する物質を含む。抗生物質としては、例えば、ストレプトマイシン、ペニシリン、アクチノマイシン、リファンピシン、ホスホマイシン、バンコマイシン、クロラムフェニコール等を挙げることができる。
【0019】
本実施形態において、「薬剤耐性を低下させる」とは、広義には、薬剤耐性を有する微生物の最小生育阻止濃度(MIC)を薬剤の防除効果が得られる程度にまで低下させることを意味し、狭義には、ストレプトマイシン耐性の微生物に対するストレプトマイシンの最小生育阻止濃度(MIC)が18,000ppmだったものを500ppmに低下させ、ストレプトマイシンによる防除効果が得られるようになることを意味する。
【0020】
マンガン等が微生物の薬剤耐性を低下させるメカニズムは不明であるが、ある薬剤に感受性の微生物が増殖していく過程でマンガン等が染色体上の遺伝子の突然変異を防止する、突然変異した微生物の外来性の耐性遺伝子を取り込むことをマンガン等が防止する、薬剤耐性を獲得した耐性プラスミドの接合伝達をマンガン等が防止する、等の理由が推察される。なお、マンガン単独では微生物の生育を阻害する効果は認められない。
【0021】
本実施形態において、マンガン等は、微生物に対する薬剤耐性を低下させるための薬剤を製造するために使用される。
【0022】
抗生物質を含有する薬剤としては特に限定はなく、従来から抗生物質を含有することができる農薬、医薬、動物薬等を挙げることができる。
【0023】
農薬製造におけるマンガン等の添加量(濃度)は、300~3000ppmであることが好ましい。薬剤耐性の獲得を予防又は低下させる効果はマンガン等の濃度依存的に向上するため、300ppm未満では効果が得られにくい。一方、3000ppm以上添加しても作物に悪影響はないが、効果が頭打ちになるため、上限を3000ppmとした。
【0024】
本実施形態において、本発明の薬剤耐性を低下させる効果に影響を与えない範囲で、かつ、薬学上許容できる範囲で、他の成分を配合することもできる。配合可能な成分としては、例えば、液体担体、固体担体、界面活性剤(乳化剤、分散剤、消泡剤等)、補助剤等が挙げられる。より具体的には、液体担体としては、リン酸緩衝液、炭酸緩衝液が挙げられる。固体担体としては、カオリン、粘土、石英、モンモリロナイト、珪藻土等の天然鉱物粉末、結晶性セルロース、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸等の高分子性天然物が挙げられ、これらの一種又は二種以上を混合して使用することができる。界面活性剤としては、ポリオキシンエチレン-脂肪酸エステル、ポリオキシンエチレン-脂肪アルコールエーテル等が上げられる。補助剤としては、カルボキシメチルセルロース、澱粉等が挙げられる。
【0025】
薬剤の剤型としては種々の剤型を選択することができ、例えば、粉剤、粒剤、粉粒剤、粉末、水和剤、水溶剤、乳剤、液剤、油剤、エアゾル、ペースト剤、くん煙剤、くん蒸剤、塗布剤、マイクロカプセル剤、パック剤、フロアブル剤等を挙げることができる。
【実施例】
【0026】
1.SM耐性を低下または生育を抑制する物質の検討
(1)実験方法
供試細菌として、ストレプトマイシン(SM)に対して耐性を有する、モモせん孔細菌病菌(Xanthomonas arboricola pv. pruni)、カンキツかいよう病菌(Xanthomonas citri subsp. citri)、ウメかいよう病菌(Pseudomonas syringae pv. morsprunorum)を用い、これら植物病原細菌のSM耐性を低下または生育を抑制する物質を検討した。
【0027】
リンゴ果汁40.0 ml、Ca(NO3)2・4H2O 0.5 g、Na2HPO4・12H2O2.0g、Peptone 5.0 g、Agar15.0 g、蒸留水960.0mlからなるASA培地(森山ら,2016)にSMとともにMn0.3、1.5および3.0 g/Lで混和した培地で、SM感性菌および耐性菌(MIC:500および>16000 ppm)を25℃で3日間培養して生育を調査した。
【0028】
(2)結果
表1に、マンガン添加ASA培地での植物病原細菌に対するストレプトマイシンの最小生育阻止濃度(ppm)の測定結果を示す。表1中、「ストレプトマイシン耐性」とはMIC:500及び>16000 ppmでSMが効かず感受性が低い細菌を意味し、「ストレプトマイシン感性」とはMICが15.6ppm以下など低く、一般的にSMが効き感受性が高い細菌を意味する。また、それぞれ、菌株番号が異なる複数の細菌について実施した。
【0029】
SMとともにMnを3.0 g/L混和したASA培地でのSM耐性菌のMICは、モモせん孔細菌病菌では125~500 ppm、さらにウメかいよう病菌およびカンキツかいよう病菌でも>2000 ppmから2000 ppmに低下した。Mnのみの混和では供試菌の生育に影響はなかった。
【0030】
【0031】
以上の結果から、MnはSM耐性に関わるstrA遺伝子(Scholz et al.,1989)などの発現に影響する可能性があると推察された。
【0032】
なお、Mnに替えて、Zn、ZnO、マンゼブ剤((C4H6MnN2S4)xZny)を用いて同様の試験を実施したところ、ZnおよびZnOは3.0 g/L、マンゼブは散布濃度(1333 ppm)において各単体でSM感受性に関係なく全供試菌の生育を抑制した。マンゼブ剤はモモの糸状菌病だけでなくせん孔細菌病、さらにウメやカンキツのかいよう病防除に有効である可能性がある。
【0033】
2.マンガンの添加量がストレプトマイシン耐性植物病原細菌の耐性に与える影響
(1)実験方法
供試細菌として、ストレプトマイシン(SM)に対して耐性を有する、モモせん孔細菌病菌(Xanthomonas arboricola pv. pruni)を用い、マンガンの添加量がストレプトマイシンの最小生育阻止濃度(ppm)に与える影響を検討した。
【0034】
Mnを0.3、1.5および3.0 g/L でそれぞれ添加したASA培地をオートクレーブ滅菌し、その後50℃にしたこれらの培地に、ストレプトマイシンを1.95、3.90、7.80、15.6、31.3、62.5、125、250、500、1000、2000、4000、8000および16000ppmとなるようにそれぞれ加えて平板培地を作成した。この平板培地に24~48時間培養した供試細菌を約108cfu/mlとなるように滅菌蒸留水に懸濁して細菌懸濁を作成した。この細菌懸濁液を前述の平板培地に滅菌した綿棒で塗布して、25℃で3日間培養して細菌の生育の有無を調査した。
【0035】
(2)結果
結果を
図1及び
図2に示す。
図1はMn3.0g/lを添加したASA培地におけるSM各濃度で培養した結果を示し、
図2はMn無添加のASA培地におけるSM各濃度で培養した結果を示す。ストレプトマイシン無添加でMnを0.3、1.5および3.0 g/L でそれぞれ添加したASA培地(
図1左上)では、供試細菌はストレプトマイシンおよびMnが無添加のASA培地(
図2左上)と同等の生育であった。Mnは供試細菌の生育に影響しなかった。一方、Mnとともにストレプトマイシンを添加した培地(
図1)では、供試細菌に対するストレプトマイシンのMICは低下した。
【0036】
モモせん孔細菌病菌、カンキツかいよう病菌を用いて同様の実験を実施した。その結果、Mnを3.0 g/L添加した培地において、モモせん孔細菌病菌ではストレプトマイシン耐性菌(MIC:500および>16000 ppm)のMICが125~500 ppm、さらにウメかいよう病菌およびカンキツかいよう病菌でもMICが>2000 ppmから2000 ppmに低下した。