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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-22
(45)【発行日】2024-04-01
(54)【発明の名称】金属系基材の補修方法
(51)【国際特許分類】
   C22F 1/14 20060101AFI20240325BHJP
   B23K 20/12 20060101ALI20240325BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240325BHJP
【FI】
C22F1/14
B23K20/12 310
C22F1/00 630M
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2019569037
(86)(22)【出願日】2019-01-23
(86)【国際出願番号】 JP2019001953
(87)【国際公開番号】W WO2019151057
(87)【国際公開日】2019-08-08
【審査請求日】2022-01-11
(31)【優先権主張番号】P 2018017367
(32)【優先日】2018-02-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000136561
【氏名又は名称】株式会社フルヤ金属
(74)【代理人】
【識別番号】100115794
【弁理士】
【氏名又は名称】今下 勝博
(74)【代理人】
【識別番号】100119677
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 賢治
(72)【発明者】
【氏名】阿野 元貴
(72)【発明者】
【氏名】丸子 智弘
(72)【発明者】
【氏名】宮澤 智明
(72)【発明者】
【氏名】岩本 祐一
【審査官】村岡 一磨
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/137030(WO,A1)
【文献】特表2007-530791(JP,A)
【文献】特開2015-217434(JP,A)
【文献】特開2003-053586(JP,A)
【文献】特開2013-107129(JP,A)
【文献】特開2011-074425(JP,A)
【文献】特開2003-089884(JP,A)
【文献】特開2004-195480(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22F 1/00-1/18
B23K 20/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の面内方向で区分けされる第1領域を有し、前記第1領域は欠陥を含む金属系基材であって、前記金属系基材は鋳造加工された基材であるか又は溶融溶接によって接合が完了した基材であり、前記第1領域は鋳造加工又は溶融溶接によって発生した欠陥としてブローホールを含む領域である金属系基材を準備する第1工程と、
前記第1領域の表面にプローブを有さない摩擦ツールを回転させながら押し当てて、摩擦熱を発生させながら前記表面を押圧して、前記欠陥の補修を行なって前記ブローホールを取り除く第2工程と、
を有し、
前記金属系基材が、Cu、Ag、Au、Cu基合金、Ag基合金又はAu基合金のいずれかからなり、
前記金属系基材の表面から2.2mm以上の深さで最大深さ20mmまでの部分を補修することを特徴とする金属系基材の補修方法。
【請求項2】
前記金属系基材は、基材の面内方向で区分けされる第2領域をさらに有し、前記第2領域は補修を行う必要がない部分であることを特徴とする請求項1に記載の金属系基材の補修方法。
【請求項3】
前記金属系基材は20mmを超える厚さを有し、前記金属系基材の表面から2.2mm以上の深さで最大深さ20mmまでの部分を補修することを特徴とする請求項1に記載の金属系基材の補修方法。
【請求項4】
前記金属系基材は2.2mm以上20mm以下の厚さを有し、前記金属系基材の厚さ方向全体又は前記金属系基材の表面から2.2mm以上の深さで基材厚さよりも薄い部分を補修することを特徴とする請求項1に記載の金属系基材の補修方法。
【請求項5】
前記摩擦ツール由来の不純物が、補修を行った部分の表面から深さ1mmを超えて混入していないことを特徴とする請求項1~4のいずれか一つに記載の金属系基材の補修方法。
【請求項6】
補修を行った第1領域を含む基材の引張強度が、前記第2領域のみを含む基材の引張強度の60~200%であることを特徴とする請求項に記載の金属系基材の補修方法。
【請求項7】
前記第1工程と前記第2工程との間に、前記第1領域の少なくとも一部を溶解する第3工程をさらに有することを特徴とする請求項1~6のいずれか一つに記載の金属系基材の補修方法。
【請求項8】
補修をする前の金属系基材の前記第1領域に、表面から裏面まで溶接されている部分があることを特徴とする請求項1~7のいずれか一つに記載の金属系基材の補修方法。
【請求項9】
補修をする前の金属系基材の前記第1領域の少なくとも一部に、前記金属系基材と同じ組成の材料を設置又は肉盛する工程をさらに有することを特徴とする請求項1~8のいずれか一つに記載の金属系基材の補修方法。
【請求項10】
補修を行う工程において、前記摩擦ツールに押し当てられた部分が塑性変形するまで該摩擦ツールを押圧することを特徴とする請求項1~9のいずれか一つに記載の金属系基材の補修方法。
【請求項11】
補修を行う工程において、前記摩擦ツールと前記金属系基材との相対的な移動が、基材の深さ方向のみ、基材の面内方向のみ、又は、基材の深さ方向と基材の面内方向とを組み合わせた方向であることを特徴とする請求項1~10のいずれか一つに記載の金属系基材の補修方法。
【請求項12】
補修を行う前に、又は、補修を行うときに、摩擦熱以外の熱源を補助的に使用することを特徴とする請求項1~11のいずれか一つに記載の金属系基材の補修方法。
【請求項13】
前記摩擦ツールがIr基合金、Ni基合金、Co基合金、超硬合金、工具鋼又はセラミックスのいずれかからなることを特徴とする請求項1~12のいずれか一つに記載の金属系基材の補修方法。
【請求項14】
前記金属系基材が、圧力容器用ライナー、圧力容器用カプセル、圧力容器、スパッタリングターゲット、又は、スパッタリングターゲット用のバッキングプレートの全体又はその一部であることを特徴とする請求項1~13のいずれか一つに記載の金属系基材の補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、金属系基材の組織を補修及び/又は改質する手法に関し、例えば、プローブを有さない摩擦ツール(以後、プローブレスツールも同義)による金属系基材の補修及び/又は改質の手法において、補修部及び/又は改質部の最大深さを補修部及び/又は改質部の表面から内部にかけて20mm以下となるように形成する手法に関する。そして、プローブ由来の不純物の構造体の内部への混入を抑制しつつ、構造体の内部まで組織の改質を行うことによって、構造体の内部に存在する欠陥を減少させ、構造体の内部に存在する界面の領域を減少させる手法である。
【背景技術】
【0002】
金属系材料で構成された構造体を作製する際、鋳造欠陥のほか、溶融接合由来の欠陥、例えばブローホールや凝固割れ等の組織の不連続部が存在することがある。これらの欠陥や不連続部は構造体の機械特性を劣化させる。さらには欠陥や組織の不連続部を有した構造体を用いて製造された製品は、その品質に悪影響を受ける場合がある。
【0003】
溶融させない接合手法のひとつとして摩擦攪拌接合法がある。摩擦攪拌接合は、プローブと呼ばれる突起を有したツールを回転させ、このプローブを回転させながら金属系基材に挿入し、発生した摩擦熱で金属系基材を軟化させ、さらに塑性流動させることで接合する技術である。摩擦攪拌接合により形成された継手はガスの捲き込みがなく、ブローホールは形成されず、組織も微細となることから、溶融溶接に比べ機械特性に優れることが一般的に知られている(例えば特許文献1又は2を参照。)。
【0004】
また、摩擦攪拌接合法の一種として、プローブレスツールを用いた薄板接合が提案されており、0.5mm~5mmの薄板であれば接合可能と報告されている(例えば、特許文献3を参照。)。
【0005】
摩擦攪拌接合の優れた特性を利用し、ブローホールや溶接割れ等の溶接欠陥や鋳造欠陥の補修、組織の改質、施工箇所の機械特性向上など、表面改質処理技術としての活用が提案されている(例えば、特許文献4を参照。)。特許文献4は、溶融溶接された溶接金属部が、摩擦攪拌接合用工具のプローブを用いて摩擦攪拌された溶接継手を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004‐090050号公報
【文献】特開2014‐217836号公報
【文献】特開2004‐195480号公報
【文献】特開2006‐239734号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1又は2の技術のようにプローブを有したツールを用いて摩擦攪拌接合を行った場合、又は、特許文献4の技術のようにプローブを有したツールを用いて表面改質処理を行った場合、いくつかの問題点が存在する。
【0008】
問題点の1つ目は、接合終端にプローブ由来の穴、いわゆるエンドホールが取り残されてしまう点である。エンドホール部は肉厚が薄くなり、基材や継手に比べエンドホール部の強度が著しく低下するため、構造体の品質基準を満たせないおそれがある。
【0009】
構造体にエンドホールが残らない方法として、エンドホール部分を犠牲材に逃がした後、エンドホール部のみを切り落とす手法や、ツールのプローブとショルダーを別々に駆動させて接合させる手法などが提案されているが、前者は材料の歩留まりの悪さ、後者は専用装置が必要といった問題があり、摩擦攪拌接合を用いた構造体の作製には多額の費用がかかってしまう。
【0010】
問題点の2つ目は、材料との摩擦によりプローブが消耗し、プローブ材質が金属系基材中に取り込まれる点である。金属系基材以外の元素が基材に混入することで、構造体の機械特性に変化が生じるおそれがあり、また、この構造体を用いて得られる製品に悪影響を与えるおそれがある。
【0011】
製品に悪影響を与える例として、単結晶育成用の圧力容器が挙げられる。圧力容器内部に収納するライナーやカプセルの作製にプローブを有したツールを用いて摩擦攪拌接合や表面改質処理を用いた場合、混入した基材以外の元素が単結晶育成雰囲気に浸出し、製造された単結晶の品質を低下させることがある。
【0012】
プローブを有したツールを用いて摩擦攪拌接合した場合の問題については、特許文献3の技術を用いることによって解決できる可能性がある。しかし、特許文献3の技術を用いて、室温で接合を行うと、継手はしっかりと接合されているように見えるが、本発明者らの検討によれば、引張強度が基材に比べ非常に低いことが分かった。これは、突合せ面の吸着気体分子が、金属の新生面同士の接触を阻害したためと考えられる。そのため、特許文献3では530~1600℃の予備加熱工程が必要と記載されている。
【0013】
実際、大型の構造体の作製において被接合部を500℃以上の高温に維持することは困難であり、伝導性の良い材料(例えばCu, Ag, Au, Pt)では、なお困難となる。加えて、プローブを有したツールに比べ、プローブレスツールは攪拌力が弱いことから、突合せ面は精度よく当接しておかなければならない。従って、構造体が大型となるほど、被接合部の突合せは高い精度が要求される。
【0014】
本開示は上述の課題を解決するためになされたものであり、構造体の表面から内部にかけて、不純物を混入させることなく組織を補修及び/又は改質する手法を提供することを目的とする。より具体的には、本開示は、摩擦攪拌接合用ツールが持つプローブ由来の不純物の構造体の内部への混入を抑制しつつ、構造体の内部まで組織の改質を行うことによって、構造体の内部に存在する欠陥を減少させ、構造体内部に存在する界面の領域を減少させることが可能な金属系基材の補修・改質方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、鋭意検討したところ、金属系基材の補修・改質を行いたい場所の表面にプローブを有さない摩擦ツールを回転させながら押し当てて、摩擦熱を発生させながら前記表面を押圧することで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明に係る金属系基材の補修方法は、基材の面内方向で区分けされる第1領域を有し、前記第1領域は欠陥を含む金属系基材であって、前記金属系基材は鋳造加工された基材であるか又は溶融溶接によって接合が完了した基材であり、前記第1領域は鋳造加工又は溶融溶接によって発生した欠陥としてブローホールを含む領域である金属系基材を準備する第1工程と、前記第1領域の表面にプローブを有さない摩擦ツールを回転させながら押し当てて、摩擦熱を発生させながら前記表面を押圧して、前記欠陥の補修を行なって前記ブローホールを取り除く第2工程と、を有し、前記金属系基材が、Cu、Ag、Au、Cu基合金、Ag基合金又はAu基合金のいずれかからなり、前記金属系基材の表面から2.2mm以上の深さで最大深さ20mmまでの部分を補修することを特徴とする。
【0016】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、前記金属系基材は、基材の面内方向で区分けされる第2領域をさらに有し、前記第2領域は補修を行う必要がない部分であることが包含される。
【0018】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、前記金属系基材は20mmを超える厚さを有し、前記金属系基材の表面から2.2mm以上の深さで最大深さ20mmまでの部分を補修することが包含される。
【0019】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、前記金属系基材は2.2mm以上20mm以下の厚さを有し、前記金属系基材の厚さ方向全体又は前記金属系基材の表面から2.2mm以上の深さで基材厚さよりも薄い部分を補修することが包含される。
【0020】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、前記摩擦ツール由来の不純物が、補修を行った部分の表面から深さ1mmを超えて混入していないことが好ましい。プローブレスツールを用いることで、ツール由来の不純物が金属系基材の深部まで混入することを防止できる。
【0021】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、補修を行った第1領域を含む基材の引張強度が、前記第2領域のみを含む基材の引張強度の60~200%であることが包含される。
【0022】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、前記第1工程と前記第2工程との間に、前記第1領域の少なくとも一部を溶解する第3工程をさらに有することが好ましい。金属系基材の深部まで補修・改質をすることが可能となる。
【0023】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、補修をする前の金属系基材の前記第1領域に、表面から裏面まで溶接されている部分があることが包含される。溶融接合部の補修・改質をすることが可能となる。
【0024】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、補修をする前の金属系基材の前記第1領域の少なくとも一部に、前記金属系基材と同じ組成の材料を設置又は肉盛する工程をさらに有することが好ましい。補修・改質を行った箇所の肉厚が他の箇所と比較して薄くなることを防止することができる。
【0025】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、補修を行う工程において、前記摩擦ツールに押し当てられた部分が塑性変形するまで該摩擦ツールを押圧することが好ましい。金属系基材の深部まで補修・改質をすることが可能となる。
【0026】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、補修を行う工程において、前記摩擦ツールと前記金属系基材との相対的な移動が、基材の深さ方向のみ、基材の面内方向のみ、又は、基材の深さ方向と基材の面内方向とを組み合わせた方向であることが好ましい。金属系基材の深部まで補修・改質をすることが可能となる。
【0027】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、補修を行う前に、又は、補修を行うときに、摩擦熱以外の熱源を補助的に使用することが好ましい。金属系基材の深部まで補修・改質をすることが可能となる。
【0030】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、記摩擦ツールがIr基合金、Ni基合金、Co基合金、超硬合金、工具鋼又はセラミックスのいずれかからなることが好ましい。
【0032】
本発明に係る金属系基材の補修方法では、前記金属系基材が、圧力容器用ライナー、圧力容器用カプセル、圧力容器、スパッタリングターゲット、又は、スパッタリングターゲット用のバッキングプレートの全体又はその一部であることが包含される。
【発明の効果】
【0033】
本開示によれば、構造体の表面から内部にかけて、不純物を混入させることなく組織を補修及び/又は改質する手法を提供できる。より具体的には、本開示によって例えば摩擦攪拌接合用ツールが持つプローブ由来の不純物を構造体の内部へ混入することを抑制しつつ、構造体の内部まで組織の改質を行うことによって、構造体の内部に存在する欠陥を減少させ、構造体内部に存在する界面の領域を減少させることが可能な金属系基材の補修・改質方法を提供できる。
【0034】
さらに本開示によれば、次の効果が得られる。(1)構造体の改質部や補修部は機械特性や組織が基材同等に担保される。そのため、未補修又は未改質の構造体に比べ当該構造体は品質信頼性が高い。(2)構造体の鋳造欠陥は補修されるため、製造時に品質不合格となるリスクが改善される。すなわち製造安定性が向上し、コストを低減できる。(3)使用する工具はプローブレスであることから、補修及び/又は改質時にプローブ折損による構造体のロットアウトや、ツール由来の不純物が内部に混入するリスクが非常に少ない。加えてエンドホールがないことから、製造時の歩留まりが高い。(4)当該構造体は補修及び/又は改質により品質を担保されることから、難溶接材を用いた構造体の製造においても、特別な雰囲気制御や突合せ面の前処理や精度が不要であり、設備や工程の簡略化が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】本実施形態に係る摩擦ツールの形状を示す概略図であり、(a)は側面図、(b)は先端部分(平坦形状)を摩擦ツールの軸方向から見た図である。
図2】本実施形態に係る摩擦ツールの形状を示す概略図であり、(a)は側面図、(b)は先端部分(先端側部に角がない丸い形状)を摩擦ツールの軸方向から見た図である。
図3】本実施形態に係る摩擦ツールの形状を示す概略図であり、(a)は側面図、(b)は先端部分(平坦面に渦状の切込みを入れた形状)を摩擦ツールの軸方向から見た図である。
図4】本実施形態に係る摩擦ツールの形状を示す概略図であり、(a)は側面図、(b)は先端部分(平坦面に無数の凸部を設けた形状)を摩擦ツールの軸方向から見た図である。
図5】本実施形態に係る金属系基材の補修・改質方法の一形態を示す概念図である。
図6】点施工の方法を示す概念図である。
図7】線施工の方法を示す概念図である。
図8】線施工の方法の別形態を示す概念図である。
図9】線施工の方法の別形態を示す概念図である。
図10】複数の点施工の方法を示す概念図である。
図11】複数の点施工の別形態の方法を示す概念図である。
図12】厚みが一様でない基材に対しての線施工の方法を示す概念図である。
図13】肉盛りした基材に対しての線施工の方法を示す概略図である。
図14】実施例1において開先加工された基材の断面の形状を示す図である。
図15】肉盛り溶接継手の顕微鏡の断面画像である。
図16図15の枠部分の拡大画像である。
図17】肉盛り溶接継手の補修・改質部分についての顕微鏡の断面画像である。
図18図17の実線の上段枠部分の拡大画像である。
図19図17の実線の下段枠部分の拡大画像である。
図20図17の破線の枠部分の拡大画像である。
図21図17の破線の枠部分に相当する組成分析(BEC)の結果を示す画像である。
図22図17の点線の枠部分に相当する組成分析(BEC)の結果を示す画像である。
図23】実施例2(TIG-FSP)、参考例1(BM)及び比較例1(TIG)についてのS-S曲線である。
図24】実施例2(TIG-FSP)、参考例1(BM)及び比較例1(TIG)についての最大引張強度の比較を示す図である。
図25】実施例2(TIG-FSP)、参考例1(BM)及び比較例1(TIG)についての伸び率の比較を示す図である。
図26】実施例2の断面画像とその拡大画像である。
図27】参考例1の断面画像とその拡大画像である。
図28】比較例1の断面画像とその拡大画像である。
図29】エンドホールに材料を充填した部分の断面画像とその拡大画像である。
図30図29に示した部分について補修及び改質した部分の断面画像とその拡大画像である。
図31】実施例4の補修・改質した部分全体の断面画像とその拡大図である。
図32】実施例4にて使用した基材の断面画像である。
図33】実施例5について補修・改質をする前のTIG肉盛り溶接部の断面画像である。
図34】実施例5についてTIG肉盛り溶接部を補修・改質した部分の断面画像である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以降、本発明について実施形態を示して詳細に説明するが本発明はこれらの記載に限定して解釈されない。本発明の効果を奏する限り、実施形態は種々の変形をしてもよい。
【0037】
本実施形態に係る金属系基材の補修・改質方法は、基材の面内方向で区分けされる第1領域を有し、第1領域は欠陥及び/又は組織の不連続部分を含む金属系基材を準備する工程(第1工程という。)と、第1領域の表面にプローブを有さない摩擦ツールを回転させながら押し当てて、摩擦熱を発生させながら前記表面を押圧して、欠陥の補修及び/又は組織の不連続部分の改質を行う工程(第2工程という。)と、を有する。本実施形態では、金属系基材は、基材の面内方向で区分けされる第2領域をさらに有し、第2領域は補修及び/又は改質を行う必要がない部分であることが包含される。本実施形態において「面内方向」とは基材表面の平面をX‐Y座標軸で表すときに、X-Y平面の中での任意の方向のことであり、「深さ方向」とは面内方向に対して直交する向きを意味する。さらに、第1領域及び第2領域は、基材の深さ方向を包含する。
【0038】
(第1工程)
金属系基材としては、例えば、Cu、Ag、Au、Pt、Cu基合金、Ag基合金、Au基合金又はPt基合金のいずれかからなる基材である。Cu基合金としては、例えばCu-Zn、Cu-Ni、Cu-Ag、Cu-Sn、Cu-Sn-Pがあり、Ag基合金としては、例えばAg-Pd、Ag-Pd-Cu、Ag-Pd-Cu-Ge、Ag-In、Ag-Snがあり、Au基合金としては、例えばODS(Oxide Dispersion Strengthened)-Au、Au-Pd、Au-Ag、Au-Cu、Au-Niがあり、Pt基合金としては、例えばODS-Pt、Pt-Rh、Pt-Ir、Pt-Co、Pt-Cuがある。基材の形状は、例えば、板状、円筒状、坩堝状、カプセル状、環状などがあるが、本実施形態ではこれらに限定されるものではない。基材の厚さ(肉厚)については特に制限はないが、例えば、10mm以下が好ましく、5mm以下がより好ましい。基材の厚さの下限は、1mm以上であることが好ましい。そして、金属系基材の具体的用途としては、例えば、圧力容器用ライナー、圧力容器用カプセル、圧力容器、スパッタリングターゲット、又は、スパッタリングターゲット用のバッキングプレートの全体又はその一部である。なお、本実施形態において、「M基合金」(MはCu、Ag、Au、Pt、Ir、Ni、Coなどの金属元素を示す。)という用語は、Mが合金を構成する元素のうち最も含有量(質量%)が多い合金をいい、好ましくはMの含有量が50質量%以上である合金をいう。例えば、Ag基合金ではAgが95質量%以上であることが好ましい。Cu基合金ではCuが50質量%以上であることが好ましい。
【0039】
補修及び/又は改質は、金属系基材の露出面に対して行う。すなわち、表面及び裏面のいずれか一方、又は表面と裏面の両面に対して行う。基材の端面に対しては、端面の幅(板材であれば、肉厚に相当する。)にもよるが、40mm以下であれば、基材の端面は補修及び/又は改質を行う必要はない。金属系基材は、基材の面内方向の全体に対して補修及び/又は改質を行う必要がある場合と、基材の面内方向の一部に対して補修及び/又は改質を行う必要がある場合に大別される。本実施形態では、補修及び/又は改質を行う必要がある部分を第1領域と表現し、補修及び/又は改質を行う必要がない部分を第2領域と表現する。すなわち、金属系基材には、基材の面内方向で区分けされる第1領域のみを有する形態と、基材の面内方向で区分けされる第1領域及び第2領域を有する形態がある。
【0040】
本実施形態において、補修とは、金属系基材に、ブローホール、凝固割れなどの溶融接合由来の欠陥や鋳造欠陥などの組織の不連続部分が存在する又は存在する恐れがある場合に、これを取り除くこと又はこれを減少させることをいう。また、改質とは、溶融組織又はデンドライトの消失、結晶粒の等軸粒化、結晶粒の微細化などを行うことをいう。本実施形態では、補修と改質が同時に行われる場合も含まれる。なお、本明細書において、「補修及び/又は改質」を「補修・改質」と表記することがある。
【0041】
摩擦ツールとしては、例えば、Ir基合金、Ni基合金、Co基合金、超硬合金、工具鋼又はセラミックスのいずれかからなる摩擦ツールである。Ir基合金としては、例えばIr-Re、Ir-Re-Zr、Ir-Hf、Ir-Zrがあり、Ni基合金としては、例えばNi-Ir、Ni-Ir-Al-W、Ni-Al-Vがあり、Co基合金としては、例えばCo-Cr、Co-Mo、Co-W、Co-Cr-Ru、Co-Al-Wがある。セラミックスとしては、例えばPCBN、Ti-C、Ti-N、Si-Nがある。超硬合金としては、例えばW-C、W-Re、W-C-Co、W-C-Niがある。工具鋼としては、例えばSK、SKD、SKH、SKSがある。本実施形態では、摩擦ツールとしてプローブを有さない摩擦ツールを用いる。プローブを有さない摩擦ツールは、例えば図1図4に示された形状を有する。ここで、摩擦ツール5は棒状であり、その先端部分には摩擦攪拌接合法で用いられるプローブピンは備えていない。先端部分は図1(平坦形状)、図2(丸みを帯びた形状)に挙げた形状であってもよいが、複数の凹凸を有する粗面であることが好ましい。摩擦ツールの動作にもよるが、図3の渦状の切込みを入れた形状、図4の無数の凸部を有する形状の接地面が例として考えられる。図3の形状とすることで、摩擦ツールの軸に塑性流動を起こしている材料を寄せ集め、塑性流動を促進させることができる。また図4の形状とすることで摩擦ツールの押圧の低下にもつながる。
【0042】
(第2工程)
図5を参照して、第2工程について説明する。金属系基材1は、第1領域2aと第2領域2bを有する。第1領域2aは、例えば、溶融溶接を行った部分である。第2領域2bは、溶融溶接を行った以外の部分、すなわち、補修・改質を必要としない通常の基材部分である。第2工程では、第1領域2aの表面にプローブを有さない摩擦ツール5をモータ7によって回転させながら押し当てて、摩擦熱を発生させながら第1領域2aの表面を押圧して、欠陥の補修及び/又は組織の不連続部分の改質を行う。本実施形態には、摩擦ツール5をまず回転させたのち、第1領域2aの表面に押し当てるか、又は、摩擦ツール5を回転させずに第1領域2aの表面に押し当て、その後、摩擦ツール5の回転を開始させる、のいずれも包含される。図5では、摩擦ツール5を回転させながら、第1領域2aに沿って、方向8に移動させる形態(線施工)を示している。摩擦ツール5を押し当て、回転動作により塑性流動が起きた後、凝固する。図5において示すように本実施形態では、塑性流動が生じた凝固部分(可塑性領域形成後の凝固部分)6の幅は、ツールの径とほぼ一致している。
【0043】
摩擦ツール5の金属系基材1に対する挿入方向、施工方向、移動方向を変更することによって、各種の施工が可能である。ここで挿入方向とは摩擦ツール5の基材に対する押し当て方向、施工方向とは摩擦ツール5が基材に接触及び/又は押圧した状態で移動する方向、移動方向とは摩擦ツール5が押圧していない状態で移動する方向をいう。
【0044】
図6に点施工の方法を示す。図6に示すように、第2工程において、摩擦ツール5に押し当てられた部分が塑性変形するまで摩擦ツール5を押圧する。摩擦ツール5の挿入方向Aは基材に対して深さ方向であり、施工方向Bは同じく深さ方向である。そして、摩擦ツール5の移動方向Cは、施工後に、摩擦ツール5を基材から離す方向である。このようにすることで、摩擦ツール5の先端部と同じぐらいの大きさの点施工が行われる。摩擦ツール5の施工方向Bである深さ方向の移動量を大きくすると押圧が高まり、塑性流動が生じた凝固部分6の深さは大きくなる。
【0045】
図7に線施工の方法を示す。図7に示すように、第2工程において、摩擦ツール5と金属系基材1との相対的な移動が、基材の面内方向のみである。予め、摩擦ツール5を金属系基材1の端部から面内方向に外し、摩擦ツール5が金属系基材1の表面に接触したときに押圧が効く位置に設定しておき、面内方向にのみ摩擦ツール5を動かす。摩擦ツール5の移動に伴い、摩擦ツール5に押し当てられた部分が塑性変形する。摩擦ツール5の挿入方向A、施工方向B及び移動方向Cは全て基材に対して面内方向となる。このようにすることで、摩擦ツール5の先端部と同じぐらいの幅の線施工が基材の端から端まで行われる。摩擦ツール5を金属系基材1に押圧がより効く位置(より深く位置させる)に設定することで、押圧が高まり、塑性流動が生じた凝固部分6の深さは大きくなる。線施工を並列に繰り返し行うことでより広域の施工が可能となり、例えば基材全面の補修及び/又は改質を行うことも可能である。
【0046】
図7に示すように、摩擦ツール5を金属系基材1に対して摩擦ツール5の先端が施工方向に対して先行するようにθ°傾けることで、よりスムーズに摩擦ツール5で基材を押圧したまま、面内方向へ移動が可能となる。θは1~45°であることが好ましく、より好ましくは1~5°である。
【0047】
図8に線施工の方法を示す。図8に示すように、第2工程において、摩擦ツール5と金属系基材1との相対的な移動が、基材の面内方向、及び、基材の深さ方向と基材の面内方向とを組み合わせた方向である。摩擦ツール5をθ°傾け、かつ、ツールの回転軸方向に動かすため、摩擦ツール5の挿入方向Aは深さ方向と面内方向との両方のベクトル成分を有する。挿入方向Aは深さ方向のベクトル成分を有することから、摩擦ツール5が金属系基材1を押圧することとなる。押圧したまま、摩擦ツール5を面内方向に動かす。すなわち、施工方向Bは面内方向である。その後、摩擦ツール5を挿入方向Aとは反対方向に移動させ、摩擦ツール5を基材から離す。すなわち、移動方向Cは深さ方向と面内方向との両方のベクトルを有する。このようにすることで、摩擦ツール5の先端部と同じぐらいの幅の線施工が基材の表面の一部に行われる。線施工を並列に繰り返し行うことでより広域の施工が可能となる。
【0048】
図9に線施工の方法を示す。図9図8の変形例である。図9に示すように、第2工程において、摩擦ツール5と金属系基材1との相対的な移動が、基材の面内方向及び基材の深さ方向である。摩擦ツール5をθ°傾け、摩擦ツール5を垂直下方に動かすため、摩擦ツール5の挿入方向Aは深さ方向のみのベクトル成分を有する。挿入方向Aは深さ方向のベクトル成分を有することから、摩擦ツール5が金属系基材1を押圧することとなる。押圧したまま、摩擦ツール5を面内方向に動かす。すなわち、施工方向Bは面内方向である。その後、摩擦ツール5を垂直上方に移動させ、摩擦ツール5を基材から離す。すなわち、移動方向Cは深さ方向のベクトル成分を有する。このようにすることで、摩擦ツール5の先端部と同じぐらいの幅の線施工が基材の表面の一部に行われる。線施工を並列に繰り返し行うことでより広域の施工が可能となる。
【0049】
図10に複数の点施工の方法を示す。図10図6の変形例である。図10に示すように、第2工程において、摩擦ツール5に押し当てられた部分が塑性変形するまで摩擦ツール5を押圧する。摩擦ツール5の挿入方向Aは基材に対して深さ方向であり、施工方向Bは同じく深さ方向である。そして、摩擦ツール5の移動方向Cは、摩擦ツール5を押し当てた後、もとの方向、すなわち垂直上方へ移動させる。このようにすることで、摩擦ツール5の先端部と同じぐらいの大きさの点施工が行われる。次に、摩擦ツール5を基材の面内方向に移動させ、その後、同様に点施工を行う。塑性流動が生じた凝固部分6は、複数の点施工の集合体となる。摩擦ツール5の施工方向Bの深さ方向の移動量を、各点施工に応じて変更することで、塑性流動が生じた凝固部分6の深さを各点施工ごとに変更することも可能である。
【0050】
図11に複数の点施工の方法を示す。図11図10の変形例である。図11に示すように、第2工程において、摩擦ツール5に押し当てられた部分が塑性変形するまで摩擦ツール5を押圧する。具体的には、摩擦ツール5の挿入方向A及び施工方向Bを、基材の深さ方向と基材の面内方向とを組み合わせた方向とする。摩擦ツール5をθ°傾け、かつ、ツールの回転軸方向に動かすため、摩擦ツール5の挿入方向A及び施工方向Bは深さ方向と面内方向との両方のベクトル成分を有する。挿入方向A及び施工方向Bは深さ方向のベクトル成分を有することから、摩擦ツール5が金属系基材1を押圧することとなる。そして、摩擦ツール5を押し当てた後、摩擦ツール5の移動方向Cとして、そのままもとの方向へ移動させ、摩擦ツール5を基材から離す。移動方向Cは基材の深さ方向と基材の面内方向とを組み合わせた方向のベクトル成分を有することとなる。このようにすることで、摩擦ツール5の先端部と同じぐらいの大きさの点施工が行われる。次に、摩擦ツール5の移動方向Cを基材の面内方向としてずらし、その後、同様に点施工を行う。塑性流動が生じた凝固部分6は、複数の点施工の集合体となる。摩擦ツール5の施工方向Bの深さ方向のベクトル成分を、各点施工に応じて変更することで、塑性流動が生じた凝固部分6の深さを各点施工ごとに変更することも可能である。
【0051】
図12に厚みが一様でない基材に対しての線施工の方法を示す。図12に示すように、第2工程において、摩擦ツール5と金属系基材1との相対的な移動が、基材の深さ方向と基材の面内方向とを組み合わせた方向である。摩擦ツール5をθ°傾け、かつ、ツールの回転軸方向に動かすため、摩擦ツール5の挿入方向Aは深さ方向と面内方向との両方のベクトル成分を有する。挿入方向Aは深さ方向のベクトル成分を有することから、摩擦ツール5が金属系基材1を押圧することとなる。押圧したまま、摩擦ツール5を基材の表面に沿って動かす。すなわち、施工方向Bは基材の深さ方向と基材の面内方向とを組み合わせた方向である。このとき、摩擦ツール5の先端部と金属系基材1の表面の位置関係が一定となるように基材の深さ方向のベクトル成分を調整する。その後、摩擦ツール5を挿入方向Aとは反対方向に移動させる。すなわち、移動方向Cは深さ方向と面内方向との両方のベクトル成分を有する。このようにすることで、摩擦ツール5の先端部と同じぐらいの幅の線施工が基材の表面の一部に行われる。線施工を並列に繰り返し行うことでより広域の施工が可能となる。なお、施工時に摩擦ツール5の軸の傾きと金属系基材1の表面がなす角が一定となるようにθを同期させることで、よりスムーズな施工が可能となる。
【0052】
本実施形態では、補修及び/又は改質をする前の金属系基材の第1領域の少なくとも一部に、金属系基材と同じ組成の材料を設置又は肉盛する工程(第3工程)をさらに有することが好ましい。本実施形態では、摩擦ツールで金属系基材を押圧するので、補修及び改質した後で、基材の厚さが薄くなる。そこで、第3工程を設けることで基材の薄肉化を防止できる。
【0053】
図13に肉盛りした基材に対しての線施工の方法を示す。図13に示すように、第2工程において、摩擦ツール5と金属系基材1との相対的な移動が、基材の深さ方向と基材の面内方向とを組み合わせた方向である。摩擦ツール5をθ°傾け、かつ、ツールの回転軸方向に動かすため、摩擦ツール5の挿入方向Aは深さ方向と面内方向との両方のベクトル成分を有する。挿入方向Aは深さ方向のベクトル成分を有することから、摩擦ツール5が金属系基材1上の肉盛り3を押圧することとなる。このとき、最終的に元の基材厚さとなるように基材の深さ方向のベクトル成分を調整する。押圧したまま、摩擦ツール5を基材の面内方向に動かす。すなわち、施工方向Bは基材の面内方向である。その後、摩擦ツール5を挿入方向Aとは反対方向に移動させる。すなわち、移動方向Cは深さ方向と面内方向との両方のベクトル成分を有する。このようにすることで、摩擦ツール5の先端部と同じぐらいの幅の線施工が基材の表面の一部に行われ、基材は元の厚さに戻るように加工される。なお、図13の方法では、1度の施工で元の基材厚さまで押圧する必要はなく、同一箇所に対して複数回施工することで元の基材厚さまで戻るように加工しても良い。また、線施工を並列に繰り返し行うことでより広域の施工が可能となる。
【0054】
図7と同様に図8図9図11図12及び図13に示すように、摩擦ツール5を金属系基材1に対してθ°傾けることで、深さ方向に塑性流動を生じさせながら、よりスムーズな施工が可能となる。
【0055】
本実施形態の手法を用いて作製した構造体は、補修及び/又は改質の効果により、被補修部又は被改質部に存在する鋳造欠陥や、溶融接合由来の欠陥、組織の不連続部が減少している。このように破壊の起点を減らすことで機械特性が基材同等に担保される。例えば、高温高圧の環境で使用する構造体を溶融溶接にて作製した場合と、溶融接合継手を、プローブレスツールを用いて補修又は改質した場合とを比較すると、後者の構造体の継手の方が優れた機械特性を示す。言い換えると、当該構造体は高い信頼性を有する。具体的には、本実施形態では、補修及び/又は改質を行った第1領域を含む基材の引張強度が、第2領域のみを含む基材の引張強度の60~200%であり、好ましくは80~150%である。
【0056】
また、補修及び/又は改質に際しプローブレスツールを用いることから、施工後にエンドホールが残ることはなく、プローブレスツール由来の不純物の混入は補修部及び/又は改質部の表面から1mm以内に抑えることができる。すなわち、摩擦ツール由来の不純物が、補修及び/又は改質を行った部分の表面から深さ1mmを超えて混入していない。仮にプローブレスツール由来の不純物が混入したとしても、補修部又は改質部の表面から浅い位置に不純物が存在することから、外面切削や研磨等による除去が容易となり、構造体を用いて製造する製品への悪影響を低減できる。
【0057】
本実施形態では、金属系基材の補修及び/又は改質をする前に、第1領域の少なくとも一部を溶解する工程(第4工程)をさらに有していてもよい。また、本実施形態では、補修及び/又は改質をする前の金属系基材の前記第1領域に、表面から裏面まで溶接されている部分があってもよい。該構造体はプローブレスツールを用いた補修及び/又は改質工程を経ることで被補修部又は被改質部の機械特性が担保されているため、補修及び/又は改質の前に第1領域の少なくとも一部を溶解や溶融接合を実施しても良いという利点がある。従って、構造体作製時に制御しなければならない溶解条件や雰囲気、接合部の突合せ精度、内部欠陥の大きさや量を緩和できる。そのため、設備を簡略化できると共に、安定的に製品を供給できる。
【0058】
本実施形態では、補修及び/又は改質を行う前に、又は、補修及び/又は改質を行うときに、摩擦熱以外の熱源を補助的に使用することが好ましい。摩擦熱以外の熱源とは、例えばバーナーによる加熱、通電発熱による加熱である。塑性流動が生じた凝固部分の深さを大きくすることができる。
【0059】
本実施形態では、金属系基材の表面から最大深さ20mmまでの部分を補修及び/又は改質することができる。金属系基材が20mmを超える厚さを有する場合は、金属系基材の表面から最大深さ20mmまでの部分を補修及び/又は改質することができる。金属系基材が20mm以下の厚さを有する場合、金属系基材の厚さ方向全体又は金属系基材の表面から基材厚さよりも薄い部分を補修及び/又は改質することができる。金属系基材の両面から本実施形態の手法を適用すると、厚さ40mmまで補修・改質が可能である。
【0060】
本実施形態では、金属系基材が、Cu、Ag、Au、Cu基合金、Ag基合金又はAu基合金のいずれかからなり、かつ、摩擦ツールがIr基合金、Ni基合金、Co基合金、超硬合金、工具鋼又はセラミックスのいずれかからなるときに、特に良好な補修・改質ができる。
【0061】
本実施形態では、金属系基材が、Pt又はPt基合金からなり、摩擦ツールが、Ir基合金、超硬合金又はセラミックスのいずれかからなるときに、特に良好な補修・改質ができる。
【実施例
【0062】
以下、実施例を示しながら本発明についてさらに詳細に説明するが、本発明は実施例に限定して解釈されない。
【0063】
(実施例1)
Ag基合金(組成Ag-Pd-Cu―Ge)からなる100mm×50mm×厚さ8mmの板状の基材を2枚準備し、断面が図14に示した形状となるように開先加工し、その後、同組成のAg基合金で肉盛り溶接し、Ag基合金継手を作製した。図15にこの肉盛り溶接継手の顕微鏡の断面画像を示した。図16に、図15の枠部分の拡大画像を示した。拡大画像によれば、溶融組織、デンドライト及びブローホールを確認できた。次に、Ir基合金(組成Ir-Re-Zr)からなり、直径25mm、先端が平坦形状の摩擦ツールを用いて、傾斜角θを3°とし、バッキングプレートとして窒化ケイ素プレートを用い、シールドガスとしてアルゴンガスを25L/分流し、ツール回転速度3000rpm、ツール移動速度10mm/分、ツール挿入量1.7mmの条件で、図8に記載の施工で基材の補修及び改質を行った。なお、実施例1で提示した条件は、施工時の熱量が高く、改質深さが大きい。同時に摩擦ツールに対して過酷な条件である。図17に肉盛り溶接継手の補修・改質部分についての顕微鏡の断面画像を示した。図18に、図17の実線の上段枠部分の拡大画像を示した。図19に、図17の実線の下段枠部分の拡大画像を示した。図16と、図18及び図19とを比較すると、図18及び図19は、溶融組織及びデンドライトの消失、結晶粒の微細化、ブローホールの減少を確認できた。
【0064】
図20図17の破線枠部分の拡大画像を示した。図21に、図17の破線枠部分に相当する組成分析(BEC、Backscattered Electron Composition)の結果を示した。図21によれば、摩擦ツール由来の不純物の混入は確認できなかった。
【0065】
図22図17の点線枠部分の組成分析(BEC)画像を示した。施行部の表面から500μmの深さに、基材以外の材料として破片形状のイリジウム(長さ200μm、幅50μm)が1つ発見された。このイリジウムは、摩擦ツール由来の不純物であると考えられる。プローブレスの摩擦ツールを用いていることから、不純物が混入したとしても表面から深さ1mm以内であることが確認できた。
【0066】
(実施例2)
純Ag(純度99.99%)からなる厚さ2.2mmの板材を準備し、TIG(Tungsten Inert Gas)溶接を行った後、図8記載の施工によりTIG部の補修・改質を行った。試験片を切り出す前の板材は大気中400℃2時間で熱処理しており、溶接や補修・改質由来の歪みの影響を取り除いている。そして引張強度を確認した試験片はJIS Z2241の14B規格を採用し、標点間に厚みムラが出ない様にワイヤーカット装置を用いて均一に2mmの厚みとなる様に成形している。また、TIG部への補修・改質にはIr基合金(組成Ir-Re-Zr)からなる、直径15mm、先端が平坦形状の摩擦ツールを使用し、傾斜角θを3°とし、バッキングプレートとして窒化ケイ素プレートを用い、シールドガスとしてアルゴンガスを25L/分流し、ツール回転速度3000rpm、ツール移動速度100mm/分、ツール挿入量0.4mmの条件を採用している。
【0067】
(参考例1)
実施例2と同様に純Agからなる厚さ2.2mmの板材を用意し、TIG溶接せず、補修・改質は行わず、実施例2と同一の手順で試験片を成形した。
【0068】
(比較例1)
実施例2と同様に純Agからなる厚さ2.2mmの板材を用意し、TIG溶接を行った後、溶接部への補修・改質を行なわずに実施例2と同一の手順で試験片を成形した。
【0069】
図23に、実施例2、参考例1及び比較例1についてのS-S曲線を示した。図23中、TIG-FSPは実施例2のTIG溶接した後、本発明の補修・改質を行ったサンプル、BMは参考例1の母材、TIGは比較例1のTIG溶接のみ行ったサンプルを示す。
試験機はインストロン社製 万能試験機(5582型 ロードセル10kN)を使用し、測定方法はJIS Z2241:2011「金属材料引張試験方法」を参考とした。
【0070】
図24に、実施例2、参考例1及び比較例1についての最大引張強度の比較を示した。
【0071】
図25に、実施例2、参考例1及び比較例1についての伸び率の比較を示した。伸び率は破断前後の標点間距離を実測し、算出している。
【0072】
参考例1と比較して、比較例1の最大引張強度はわずかに低くなり、伸び率は著しく低下した。一方、実施例2は、比較例1と比べて、最大引張強度及び伸び率はともに大きく、参考例1に近かった。
【0073】
図26に実施例2の断面画像とその拡大図を示した。図27に参考例1の断面画像とその拡大図を示した。図28に比較例1の断面画像とその拡大図を示した。図26において、ASと表記したのは、摩擦ツールの前進側(Advancing Side)を示し、RSと表記したのは、摩擦ツールの後退側(Retreating Side)を示す。
【0074】
以下、引張特性の違いについて断面画像を基に議論する。図27の画像を見るに、圧延由来の組織を残しており、結晶粒径が微細である。他方、図28はTIG溶接由来の溶融組織を示しており、結晶粒径が大きい。ホールペッチ則によれば、結晶粒径が小さいほど高強度とされるため、結晶粒径の差が参考例1と比較例1の最大引張強度の違いに影響していると考えられる。さらに、図28の溶融組織の粒界にはブローホールが点在しており、これが起点となり破断し、参考例1に比べて比較例1の最大引張強度や伸び率が低下したとも推察される。
【0075】
図26の補修・改質を行った組織は、溶接由来の粗大な結晶粒は存在せず、結晶粒が小さい。また、TIG溶接時に存在していたであろうブローホールが消失しているのが見て取れる。この様に実施例2の組織は参考例1の組織と様相が似ており、最大引張強度と伸び率が参考例1と同等となったと考えられる。
【0076】
(比較例2)
純Ag(純度99.99%)からなる50mm×50mm×厚さ2.2mmの基材について、Ir基合金製(組成Ir-Re-Zr)のプローブを有する摩擦ツールを回転させながら、垂直に押圧し、直径10mmのエンドホールを形成した。図29にTIGにてエンドホールに純Ag材を充填した断面画像を示した。充填済みのエンドホール全体の断面画像の観察によれば結晶粒が粗大化しており、ブローホールが複数存在していることを確認できた。
【0077】
(実施例3)
比較例2のサンプルのエンドホールの純Ag充填箇所について、図6に示した基材の補修及び改質を行ない、実施例3のサンプルを得た。補修・改質にはIr基合金(組成Ir-Re-Zr)からなり、直径15mm、先端が平坦形状の摩擦ツールを使用し、傾斜角は付けず、バッキングプレートとして窒化ケイ素プレートを用い、シールドガスは流さず、ツール回転速度3000rpm、ツール挿入速度6mm/分とし、ツール挿入量は摩擦ツール先端部がエンドホール形成前の基材表面と同等となる位置までとした。補修・改質した部分の断面画像を図30に示した。補修・改質部分の全体の断面画像の観察によれば結晶粒が微細であり、ブローホールは確認されなかった。
【0078】
図30の結果を図29と比較すると、TIG由来の溶融組織が改質され、1000μm以上の大きさであった結晶粒が、数十μmの結晶粒へと微細になり、加えて、100~200μm程度のブローホールも補修されたことがわかる。
【0079】
(実施例4)
Cu基合金(組成Cu-Zn)からなる150mm×100mm×厚さ4mmの基材について、Ir基合金(組成Ir-Re-Zr)からなる、直径15mm、先端が平坦形状の摩擦ツールを使用し、傾斜角θを3°とし、バッキングプレートとして窒化ケイ素プレートを用い、シールドガスとしてアルゴンガスを25L/分流し、ツール回転速度1500rpm、ツール移動速度100mm/分、ツール挿入量0.4mmにて補修・改質を行った。図31に補修・改質した部分全体の断面画像とその拡大図を示した。ツール直下の組織は4mmの深さまで補修・改質の影響を受けており、結晶粒の大きさは、枠内拡大図に見るように10μm程度と細かい。図32に比較として基材の断面画像を示した。基材断面の観察によれば、結晶粒は50μm程度と補修・改質部よりも大きいことを確認できた。
【0080】
(実施例5)
純Pt(純度99.95%)からなる50mm×50mm×厚さ2mmの板材を準備し、TIGでの純Ptの肉盛り溶接を行った。その後、図6記載の施工によりTIG部の補修・改質を行った。TIG部への補修・改質には、超硬合金(組成W-C-Co)からなる、直径15mm、先端が平坦形状の摩擦ツールを使用し、傾斜角は付けず、バッキングプレートとして窒化ケイ素プレートを用い、シールドガスとしてアルゴンガスを25L/分流し、ツール回転速度3000rpm、ツール挿入速度6mm/分とし、ツール挿入量は摩擦ツール先端部がTIG肉盛り溶接前の基材表面と同等となる位置までとした。図33にTIG肉盛り溶接部の断面画像を示した。図34にTIG肉盛り溶接部を補修・改質した部分の断面画像を示した。図33の画像において、TIG肉盛り溶接部の組織中の結晶粒子はほぼ等軸結晶粒であり、結晶粒子径は平均1000μm程度と大きい。一方、図34の画像において、補修・改質部において逆三角形の領域が観察され、当該領域に伸張組織が存在し、ツール直下2mmの深さまで塑性流動の影響をうけていることを確認した。すなわち、板材の厚さ方向全体にわたって補修・改質が行なわれたことが確認できた。
【符号の説明】
【0081】
1 金属系基材
2a 第1領域
2b 第2領域
3 肉盛部分
5 摩擦ツール
6 塑性流動が生じた凝固部分(可塑性領域形成後の凝固部分)
7 モータ
8 摩擦ツールの移動方向


図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34