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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-22
(45)【発行日】2024-04-01
(54)【発明の名称】電解処理装置用ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
   C25D 11/34 20060101AFI20240325BHJP
   C23G 1/08 20060101ALI20240325BHJP
【FI】
C25D11/34 301
C23G1/08
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020063590
(22)【出願日】2020-03-31
(65)【公開番号】P2021161482
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2022-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】松橋 透
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-045205(JP,A)
【文献】特開2003-082495(JP,A)
【文献】特開2020-164915(JP,A)
【文献】特開昭59-111251(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/34
C23G 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼からなる基材と、前記基材の表面に形成された皮膜とを備え、
前記皮膜中には少なくともNiが存在し、前記皮膜中のNi濃度、Fe濃度及びCr濃度が、下記式(1)を満たし、
更に、前記皮膜中に少なくともFが存在し、前記皮膜中のF濃度及びNi濃度が、下記式(2)を満たすことを特徴とする電解処理装置用ステンレス鋼。
Ni/(CFe+CNi+CCr)≧0.50 …(1)
/C Ni ≧0.10 …(2)
ただし、上記式(1)および式(2)において、CNiは前記皮膜中のNi濃度(原子%)であり、CFeは前記皮膜中のFe濃度(原子%)であり、CCrは前記皮膜中のCr濃度(原子%)であり、C は前記皮膜中のF濃度(原子%)である。
【請求項2】
ふっ酸またはふっ素を含む無機化合物を含む水溶液にステンレス鋼からなる基材を浸漬する浸漬処理、または前記水溶液中で前記基材を電解する電解処理、の何れか一方または両方を行う予備処理と、
前記pH9以上の水溶液中で、前記基材の電位を0.0~+1.0V(RHE)の範囲で保持する処理と、
を順次行うことを特徴とする、請求項1に記載の電解処理装置用ステンレス鋼の製造方法。
【請求項3】
ふっ酸またはふっ素を含む無機化合物を含む水溶液にステンレス鋼からなる基材を浸漬する浸漬処理、または前記水溶液中で前記基材を電解する電解処理、の何れか一方または両方を行う予備処理と、
pH9以上の水溶液中にステンレス鋼からなる基材を浸漬させ、前記基材の電位を1.0V(RHE)超の範囲に保持する第1処理と、
前記pH9以上の水溶液中で、前記基材の電位を0.0~+1.0V(vsRHE)の範囲に保持する第2処理と、
を順次行うことを特徴とする、請求項1に記載の電解処理装置用ステンレス鋼の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の電解処理装置用ステンレス鋼を備えた電解処理装置。
【請求項5】
ステンレス鋼からなる基材と、前記基材の表面に形成された皮膜とを備え、前記皮膜中には少なくともNiが存在し、前記皮膜中のNi濃度、Fe濃度及びCr濃度が、下記式(1)を満たす電解処理装置用ステンレス鋼の製造方法であって、
pH9以上の水溶液中にステンレス鋼からなる基材を浸漬させ、前記基材の電位を1.0V(RHE)超の範囲に保持する第1処理と、
前記pH9以上の水溶液中で、前記基材の電位を0.0~+1.0V(RHE)の範囲に保持する第2処理と、
を順次行うことを特徴とする電解処理装置用ステンレス鋼の製造方法。
Ni /(C Fe +C Ni +C Cr )≧0.50 …(1)
ただし、上記式(1)において、C Ni は前記皮膜中のNi濃度(原子%)であり、C Fe は前記皮膜中のFe濃度(原子%)であり、C Cr は前記皮膜中のCr濃度(原子%)である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐久性に優れた電解処理装置用ステンレス鋼及びその製造方法並びに電解処理装置に関し、特にアルカリ水電解処理装置用のステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化対策がグローバルな課題となっており、その対策のひとつとしてCOを発生させない再生可能エネルギーの利用推進が進められている。ただし、再生可能エネルギーは自然エネルギーを用いるため、発電量が人々の生活スタイルからの要望と対応させることが難しい課題がある。たとえば太陽光発電は、悪天候時や生活上電気が必要な夜間では発電できない。また、日中の気温が穏やかな気候条件では、他の発電方法との兼ね合いで太陽光発電による電力が余剰になる場合があり、送電システムによってはその余剰電力が送電系に悪影響を与える可能性がある。そのため、好天でもその発電分の利用が出来ないと言う矛盾も生じる場合がある。余剰電力は蓄電池で貯蔵する方法もあるが、現行では大型の蓄電池が必要となり、かつ高価であるため大規模発電での適用は課題が多い。
【0003】
この余剰電力を有効活用する手段として、水の電解分解により発生した水素を製造する方法が検討されている。水素を製造・貯蔵することができれば、夜間や悪天候時に水素を用いた燃料電池により発電することで、カーボンフリーな再生可能エネルギーでの電力の安定供給が期待される。また上記で生成させた水素からメタンを生成させることで水素よりも貯蔵が容易でかつ環境にやさしい燃料とすることも可能である。
【0004】
水を電気分解する手法は、一般に、アルカリ水電解、固体高分子形水電解、高温水電解の各方式に大別される。このなかでも特にアルカリ水電解は、鉄系材料等の低コストな材料を使用できる可能性があるため、厳しいコスト効率が求められる工業用途で有望視されている。
【0005】
水電解装置の一部はすでに実用化が始まっている。その一例として、特許文献1の図1及び図2に、水電解装置の一例が図示されている。特許文献1に記載の水電解装置では、水中に設置された電極の間に隔膜を設置して水を電気分解することで、アノード側で酸素を、カソード側で水素を発生させ、水素を取り出している。
【0006】
特許文献1においては、ニッケル電極を用いることが記載されている。しかし、ニッケルはレアメタルであり、高価なだけでなく生産国も限定され、地政学的なリスクがある。また、投機的な原料価格の乱高下が生じることも問題とされる。なお、この特許文献1では、ステンレス鋼はアルカリ水電解環境での耐久性がないとされている。
【0007】
その一方で、ステンレス鋼は、ニッケルより安価な耐食材料として広く知られる。ステンレス鋼をアルカリ水電解に適用した例として、特許文献2には、ステンレス鋼製のアノードをアルカリ水電解槽内で使用する前に、水酸化カリウム水溶液を主とした腐食剤溶液中に浸して電解することを特徴としたステンレス鋼アノードが記載されている。特許文献2には、腐食剤溶液中での電解処理により、ステンレス鋼の耐食性が未処理のものと比べて向上するとの記載がある。しかし、その評価時間は、比較的短期間であり、長期間に渡る評価の実績がないため、長時間の耐久性が十分であるかは不明である。
【0008】
特許文献3には、電解研磨による清浄化処理の後に、加熱処理してなる鉄系不動態皮膜を表面に有するステンレス鋼により構成された水素・酸素発生装置が記載されている。ただし、特許文献3に記載された装置は、純水中での水素酸素発生装置であり、アルカリ水中での耐久性は評価されてはない。
【0009】
一方、ステンレス鋼の耐食性を向上させる手段として、特許文献4には、表面に含ホウ素又は含ホウ素とふっ素若しくはこれらの酸素系被膜層を形成させる方法が記載されている。特許文献4では、ホウ酸水溶液単独又はホウ酸にふっ酸を加えた混合水溶液でステンレス鋼を電解することで、ステンレス鋼表面に形成される皮膜の耐食性が向上されるとしている。電解処理に用いる電解液は、ホウ酸を主体としており、また酸性溶液下での電解法である。このため、形成された皮膜はホウ素が主体である。この形成された皮膜は、塩化物を含む中性または酸性溶液中での耐応力腐食割れ性に優れることを特徴としているが、アルカリ水溶液中で電解した場合の耐久性は評価されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2017-122255号公報
【文献】特開2008-45205号公報
【文献】特開平9―302492号公報
【文献】特開2010―189666号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、耐久性に優れた電解処理装置用ステンレス鋼及びその製造方法並びに電解処理装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採用する。
[1] ステンレス鋼からなる基材と、前記基材の表面に形成された皮膜とを備え、
前記皮膜中には少なくともNiが存在し、前記皮膜中のNi濃度、Fe濃度及びCr濃度が、下記式(1)を満たし、
更に、前記皮膜中に少なくともFが存在し、前記皮膜中のF濃度及びNi濃度が、下記式(2)を満たすことを特徴とする電解処理装置用ステンレス鋼。
Ni/(CFe+CNi+CCr)≧0.50 …(1)
/C Ni ≧0.10 …(2)
ただし、上記式(1)および式(2)において、CNiは前記皮膜中のNi濃度(原子%)であり、CFeは前記皮膜中のFe濃度(原子%)であり、CCrは前記皮膜中のCr濃度(原子%)であり、C は前記皮膜中のF濃度(原子%)である。
] ふっ酸またはふっ素を含む無機化合物を含む水溶液にステンレス鋼からなる基材を浸漬する浸漬処理、または前記水溶液中で前記基材を電解する電解処理、の何れか一方または両方を行う予備処理と、
前記pH9以上の水溶液中で、前記基材の電位を0.0~+1.0V(RHE)の範囲で保持する処理と、
を順次行うことを特徴とする、[]に記載の電解処理装置用ステンレス鋼の製造方法。
] ふっ酸またはふっ素を含む無機化合物を含む水溶液にステンレス鋼からなる基材を浸漬する浸漬処理、または前記水溶液中で前記基材を電解する電解処理、の何れか一方または両方を行う予備処理と、
pH9以上の水溶液中にステンレス鋼からなる基材を浸漬させ、前記基材の電位を1.0V(RHE)超の範囲に保持する第1処理と、
前記pH9以上の水溶液中で、前記基材の電位を0.0~+1.0V(vsRHE)の範囲に保持する第2処理と、
を順次行うことを特徴とする、[]に記載の電解処理装置用ステンレス鋼の製造方法。
[1]に記載の電解処理装置用ステンレス鋼を備えた電解処理装置。
[5] ステンレス鋼からなる基材と、前記基材の表面に形成された皮膜とを備え、前記皮膜中には少なくともNiが存在し、前記皮膜中のNi濃度、Fe濃度及びCr濃度が、下記式(1)を満たす電解処理装置用ステンレス鋼の製造方法であって、
pH9以上の水溶液中にステンレス鋼からなる基材を浸漬させ、前記基材の電位を1.0V(RHE)超の範囲に保持する第1処理と、
前記pH9以上の水溶液中で、前記基材の電位を0.0~+1.0V(RHE)の範囲に保持する第2処理と、
を順次行うことを特徴とする電解処理装置用ステンレス鋼の製造方法。
Ni /(C Fe +C Ni +C Cr )≧0.50 …(1)
ただし、上記式(1)において、C Ni は前記皮膜中のNi濃度(原子%)であり、C Fe は前記皮膜中のFe濃度(原子%)であり、C Cr は前記皮膜中のCr濃度(原子%)である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐久性に優れた電解処理装置用ステンレス鋼及びその製造方法並びに電解処理装置を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者は、電解処理装置用ステンレス鋼の耐久性向上のため、アルカリ水電解環境でのステンレス鋼の耐久性について調査した。アルカリ水電解では、特にアノード側の電極に未処理のステンレス鋼を適用すると、過不働態溶解によりステンレス鋼が溶解して十分な耐久性を有さないこと、および特許文献2および特許文献3に記載された方法でも長期の使用に耐えうるような耐久性は示されていないことを知見した。
【0015】
そこで、ステンレス鋼の処理方法と表面の皮膜組成を種々検討した結果、水電解に提供する前に、ステンレス鋼の表面にNiを主体的に含む皮膜を形成させることで優れた耐久性を示すことを知見した。さらにこの皮膜中にふっ素を含有させた場合には、さらに優れた耐久性を示すことを見出した。なお、本実施形態における優れた耐久性とは、アルカリ水電解処理中のステンレス鋼の腐食減量が少ないことをいう。
【0016】
すなわち、本発明の実施形態に係る電解処理装置用のステンレス鋼は、ステンレス鋼からなる基材と、基材の表面に形成された皮膜とを備え、皮膜中には少なくともNiが存在し、皮膜中のNi濃度、Fe濃度及びCr濃度が、下記式(1)を満たす電解処理装置用ステンレス鋼である。
また、本実施形態の電解処理装置用のステンレス鋼は、更に、皮膜中に少なくともFが存在し、皮膜中のF濃度及びNi濃度が、下記式(2)を満たすことが好ましい。
【0017】
Ni/(CFe+CNi+CCr)≧0.50 …(1)
/CNi≧0.10 …(2)
【0018】
ただし、上記式(1)及び式(2)において、CNiは皮膜中のNi濃度(原子%)であり、CFeは皮膜中のFe濃度(原子%)であり、CCrは皮膜中のCr濃度(原子%)である。また、上記式(2)において、Cは皮膜中のF濃度(原子%)である。
【0019】
皮膜中のNi濃度(原子%)、Fe濃度(原子%)、Cr濃度(原子%)及びF濃度(原子%)は、電解放射型オージェ電子分光法FE-AESにより、皮膜表面から元素の深さプロファイルを測定し、皮膜最表面から検出された元素のうち、式(1)では、C、N、O、Fを除いた残りの金属元素の合計を100原子%として、皮膜中のNi濃度(原子%)、Fe濃度(原子%)、Cr濃度(原子%)を求めることにより、また、式(2)では、C、N、Oを除いた残りの金属元素及びFの合計を100原子%として、皮膜中のNi濃度(原子%)及びF濃度(原子%)を求めることによって得られる。
【0020】
以下、本実施形態の電解処理装置用のステンレス鋼について詳細に説明する。
【0021】
本実施形態の電解処理装置用のステンレス鋼の基材となるステンレス鋼は、ステンレス鋼であれば特に制限しないが、Niを含むことが望ましい。好ましくはCr:13~30%、Ni:1~20%、Mn:1~10%であり、その他不純物元素を含むことを特徴とする。特にNiを含むオーステナイト系ステンレス鋼および二相ステンレス鋼が好適である。
【0022】
オーステナイト系ステンレス鋼としては、SUS304(18Cr-8Ni-1Mn),SUS304L(18Cr-10Ni-1Mn-低C),SUS316(18Cr-10Ni-1Mn-2Mo),SUS316L(18Cr-12Ni-1Mn-2Mo-低C),SUS310(25Cr-20Ni-1Mn),SUS305のほか、省Ni型のオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS200(17Cr-4Ni-5Mn)等が代表例としてあげられる。
【0023】
二相ステンレス鋼としては、SUS329J4L(25Cr-6Ni-1Mn-3Mo-0.15N),SUS821L1(21Cr-2Ni-3Mn-1Cu-0.17N),SUS323L(23Cr-4Ni-2Mn-0.15N)等があげられる。ただし上記は一例でありこれに限ったものではない。
【0024】
本実施形態のステンレス鋼の表面に形成された皮膜は、少なくともNiを含有し、上記の式(1)を満たしている。
【0025】
一般的なステンレス鋼の皮膜は不働態皮膜と呼ばれ、この不働態皮膜は、Crを主体とした酸化物から構成される。これに対して、本実施形態における皮膜は、Niを主体とした皮膜である。これにより、アルカリ性の水溶液環境での耐久性が一般の不働態皮膜のそれよりも向上する。皮膜の金属元素組成としてはCNi/(CFe+CNi+CCr)≧0.50(式(1))を満たすことが必要である。以下の説明では、式(1)の右辺(CNi/(CFe+CNi+CCr))をNi濃度比という。Ni濃度比が0.50未満になると、十分な耐久性が得られなくなる。Ni濃度比のより好ましい範囲は0.60以上であり、さらにより好ましい範囲は0.70以上である。
【0026】
皮膜の厚みは、特に限定する必要はないが、1~300nmの範囲がよい。皮膜が薄すぎると、電解処理装置のアノード電極に使用された場合に耐久性が低下するおそれがある。皮膜の厚みに上限はないが、1000nmを超える皮膜が形成されると皮膜の均一性が阻害され耐食性が低下する可能性があるため1000nmを上限とする。
【0027】
また、本実施形態の皮膜には、更にF(ふっ素)が含有されていてもよい。これにより、アルカリ性の水溶液環境での耐久性が大幅に向上する。この場合の皮膜の元素組成としては、CNi/(CFe+CNi+CCr)≧0.50(式(1))を満たすとともに、C/CNi≧0.10(式(2))を満たすことが好ましい。以下の説明では、式(2)の右辺(C/CNi)をF濃度比という。F濃度比が0.10以上にすることで、十分な耐久性が得られる。F濃度比のより好ましい下限は0.20以上である。ただし、F濃度比が高すぎると皮膜中のNi量が相対的に減少し、ステンレス鋼の耐久性が低下する場合があるので、F濃度比は好ましくは0.30以下がよい。
【0028】
次に、上記式(1)を満たす皮膜を備えた電解処理装置用のステンレス鋼の製造方法を説明する。
上記式(1)を満たす皮膜を備えたステンレス鋼は、pH9以上の水溶液中にステンレス鋼からなる基材を浸漬させ、基材の電位を0.0~+1.0V(RHE)の範囲で保持する処理を行うことにより製造される。
【0029】
上記式(1)を満たす皮膜を得るには、pHが9以上の無機化合物を含む水溶液中で、ステンレス鋼からなる基材を、0.0V~+1.0V(RHE)で保持する処理を行う。基材を保持する電解電位は、水素電極電位(RHE)を基準とした電位であり、pHによらず水素発生電位をゼロと基準化した電位である。基材を0.0V~+1.0V(RHE)で保持することで、少なくともNiを含有し、上記式(1)を満たす皮膜を得ることができる。基材を0.0V~+1.0V(RHE)に保持する方法としては、定電位電解であってもよく、また、自然浸漬状態でもよい。基材の電位が0.0V~+1.0Vから外れると、上記式(1)を満たす皮膜が得られなくなる。電位のより好ましい範囲は+0.1~+0.9V(RHE)の範囲である。
【0030】
また、基材の電位の保持時間は、必要とする皮膜が形成できる程度の保持時間を設ければよく、特に制限はないが、好ましくは1時間以上とすることで、皮膜を安定的に形成することができる。電位の保持時間は4時間以上がより好ましい。
【0031】
また、水溶液のpHが9未満では、狙いとする皮膜が得られず、ステンレス鋼の耐久性が低下する。pHのより好ましい範囲は10以上である。pHの上限は特に決めないが、pHが高すぎると、ステンレス鋼の製造に用いる電解装置の耐久性等の問題が発生するので、pHは15以下が望ましい。
【0032】
上記pHの水溶液とするためのpH調整試薬としての無機化合物は、液性をアルカリ性とするものであれば特に制限はないが、例えば、KOH、NaOH、Ca(OH)、KCO、NaCO、CaCO等の無機化合物が好ましい。これらの無機化合物の水溶液中での濃度は、先に示したpHの範囲を満たすものであればよい。水溶液の温度も特に限定しないが、取り扱い性と皮膜を生成させる反応速度等から、20~90℃が望ましく、30~80℃でもよい。設備等が許容できるならば、水溶液の温度は90℃よりも高温であってもよい。
【0033】
説明の便宜上、以下の説明では、pHが9以上の無機化合物を含む水溶液中でステンレス鋼からなる基材を所定の電位で保持する処理を、第2処理という。
【0034】
本実施形態のステンレス鋼の製造方法では、上述した第2処理の前に、第1処理を行ってもよい。すなわち、pHが9以上の水溶液中で0.0V~+1.0V(RHE)での保持を行う前に、pH9以上の水溶液中で基材を1.0V(RHE)超の電位で保持する第1処理を行ってもよい。第2処理の前に第1処理を行うことで、ステンレス鋼の耐久性をより向上させることが可能となる。1.0V(RHE)超の電位範囲は、ステンレス鋼中のCrの溶解域であるため、第1処理によって、相対的に表面皮膜中のNi濃度比をより高めることが可能になる。望ましい電位としては1.1V(RHE)以上であり、より望ましい電位は1.2V(RHE)以上である。電位の上限は特に限定しないが、高すぎると効率が悪くなるため、2.0V(RHE)以下が望ましい。
【0035】
第1処理に用いる水溶液のpHは、第2処理との兼ね合いで、第2処理の場合と同様に、pH9以上が望ましい。また、第2処理における水溶液の温度は特に限定しないが、取り扱い性と皮膜を生成させる反応速度等から、20~90℃が望ましく、30~80℃でもよい。設備等が許容できるならば、水溶液の温度は90℃よりも高温であってもよい。更に、第1処理に用いた水溶液をそのまま第2処理に用いてもよく、第1処理に用いる水溶液と、第2処理に用いる水溶液を異なる水溶液としてもよい。
【0036】
また、第1処理における電解時間は、1時間以上とすることで、皮膜を安定的に形成することができる。電解時間は4時間以上がより好ましい。
【0037】
次に、上記式(1)及び上記式(2)を満たす皮膜を備えた電解処理装置用のステンレス鋼の製造方法を説明する。
上記式(1)及び式(2)を満たす皮膜を備えたステンレス鋼は、ふっ酸またはふっ素を含む無機化合物を含む水溶液にステンレス鋼からなる基材を浸漬する浸漬処理または前記の水溶液中で基材を電解する電解処理の何れか一方または両方を行う予備処理と、上記の第2処理と、を順次行うことにより製造する。また、予備処理と第2処理との間で、上記の第1処理を行ってもよい。
以下の説明では、予備処理について述べる。
【0038】
予備処理では、ふっ酸またはふっ素を含む無機化合物を含む水溶液に、ステンレス鋼からなる基材を浸漬する浸漬処理を行う。また、この浸漬処理に代えて、上記の水溶液中で基材を電解する電解処理を行ってもよい。更に、上記の浸漬処理を行った後に、上記の電解処理を行ってもよい。
以下にその浸漬処理および電解処理の条件一例について記載する。
【0039】
(浸漬処理)
浸漬処理では、ふっ酸またはふっ素を含む無機化合物を含む水溶液に、ステンレス鋼からなる基材を浸漬する。
【0040】
浸漬処理に用いる水溶液は、ふっ酸またはふっ素を含有した無機化合物を含む水溶液であればよい。ふっ酸を含む水溶液としては、例えば、硝ふっ酸混合液を用いることができる。硝ふっ酸混合溶液としては、例えば、5~20質量%の硝酸と0.5~15質量%のふっ酸とが混合された水溶液が挙げられ、一例としては8%硝酸-1%ふっ酸が挙げられる。また、硝酸の代わりに3~20質量%の過酸化水素や、2~20質量%の硫酸、硫酸ナトリウム、塩化第二鉄などの無機酸や無機塩との混合液でもよい。
【0041】
ふっ酸を含む水溶液の他の例としては、過酸化水素と硫酸とふっ酸を含む水溶液でもよい。この場合は、3~20質量%の過酸化水素と、2~20質量%の硫酸と、0.3~5.0質量%のふっ酸とが混合された水溶液が一例として挙げられる。
【0042】
また、ふっ素を含む無機化合物を含む水溶液としては、硫酸とケイふっ化ナトリウムを含む水溶液を例示できる。この場合は、2~20質量%の硫酸と、2~20質量%のケイふっ化ナトリウムとが混合された水溶液がよい。硫酸は5~15質量%でもよく、ケイふっ化ナトリウムは5~15質量%でもよい。上記の他に、1~15%の硝酸が混合されていてもよい。更に、その他の有機酸や無機酸、例えば硝酸ナトリウム、硫酸、硫酸ナトリウム、を加えてもよい。
【0043】
浸漬処理の処理温度、すなわち、水溶液の温度は、高いほど反応が促進され望ましいが、高温すぎるとNOxガスが過剰に発生したり、ふっ酸が揮発したりするので、20~80℃の範囲がよく、望ましくは40~70℃とする。
【0044】
浸漬時間は、特に問わないが皮膜へのF分取り込みのため、10秒以上の処理とする。望ましくは1分以上とする、過剰に浸漬時間が長いと、ステンレス鋼の表面を大幅に溶解して表面色調が変化するおそれがあるため、過剰に長い浸漬時間は好まれないが、表面色調を気にしない場合や、熱延焼鈍板のような酸化スケールが存在している場合は、より長時間の処理でよい。その場合は数時間の浸漬処理でもよく、例えば24時間以下でもよく、6時間以下でもよく、3時間以下でもよく、1時間以下でもよく、30分以下でもよい。
【0045】
(電解処理)
電解処理は、ふっ酸またはふっ素を含む無機化合物を含む水溶液中で、ステンレス鋼からなる基材を電解処理する。
【0046】
電解処理に用いる水溶液は、浸漬処理に用いる水溶液と同様でよいが、ふっ素源の濃度が高い場合には電解装置、具体的には電極の損傷が無視できなくなるため、また電解により効率的に反応が進むため、ふっ素並びにふっ酸濃度はより薄いほうが望ましい。
【0047】
電解処理の水溶液の温度は高いほど反応が促進され望ましいが、高温すぎるとふっ酸や硝酸等が揮発するおそれがあるため、20~80℃、より望ましくは30~70℃とする。
【0048】
電解処理時の電流密度は、基材の表面に対して+50~+800mA/cmの範囲がよい。
電解時間は特に定めないが1秒~1時間、より望ましくは5秒~10分とする。電流密度が高い場合にはより短時間でよい。
また、電解は、めっきのような直接電解法でもよく、コイル製造時のような間接通電法でもよいが、間接通電法の場合には、基材が貴となるアノード溶解と卑となるカソード溶解を繰り返す必要があるため、その場合には電解の最後がアノード溶解となるよう処理する必要がある。
【0049】
予備処理が終了したら、第2処理、または第1処理及び第2処理を実施すればよい。
【0050】
本実施形態のステンレス鋼によれば、アルカリ水中の電解処理装置として長期間に渡り使用可能なステンレス鋼を提供できる。特に、Fを含んだ皮膜をステンレス鋼表面に生成させることにより、耐食性がより向上したステンレス鋼を得ることができる。
【0051】
また、アルカリ水電解処理に限らず、対象の液性がアルカリ性を示す電解装置においても、本実施形態のステンレス鋼を用いることもできる。
【0052】
また、本実施形態の電解処理装置用のステンレス鋼は、電解処理装置の部材として用いることができ、特に電解処理のアノード電極として用いることができる。また、本実施形態のステンレス鋼は、アルカリ水電解処理装置の電解槽に用いることができる。また、アルカリ溶液に対して耐久性が求められる各種の部材にも用いることができ、アルカリ電解がなされる各種の装置の部材にも用いることができる。
【0053】
また、本実施形態の電解処理装置は、電解槽とアノード電極及びカソード電極を備えたものであればよく、特にアノード電極として本実施形態の電解処理装置用ステンレス鋼を用いたものがよい。
【0054】
本実施形態の電解処理装置用ステンレス鋼によれば、電解処理装置の部材として用いた場合に、従来に比べて耐久性を大幅に高めることができる。
【実施例
【0055】
実施例に基づいて、本発明をより詳細に説明する。なお以下に説明する実施例は、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。
【0056】
(実施例1)
耐久試験に供するために表1のAに化学成分を示したSUS343L(23.5Cr-4Ni-1.5Mn)を基材に用いた。
【0057】
SUS343L鋼板を縦100mm、横50mm、厚み1.0mmの形状に切り出し、表面を#600エメリー紙で湿式研磨仕上げとして基材とした。
【0058】
上記基材に対して次の処理を施した。表2に示すように、水酸化カリウム水溶液を所定pHとなるように調整した。pHは市販のpHメーターを用いて常温で±0.1の精度で調整した。この水溶液を80℃に保持し、基材を作用極、白金板を対極として設置し、所定の電位で定電位電解を行った。電位はRHE基準で表記した。処理時間は2~8時間とし、その後、水洗・乾燥させた。なお定電位電解は、東方技研製のポテンシオスタットPS-2100を用いた。このようにして、No.1-1~1-16の試験片を得た。
【0059】
耐久性の評価方法は以下の通りとした。30%KOH水溶液を80℃に保持し、試験片を作用極とし、白金板を対極として設置し、+300mA/cmでの定電流電解を行った。電解時間は24時間及び120時間まで実施し、電解後の単位面積当たりの腐食減量(g/m)で評価した。120時間電解した後の腐食減量が1.00g/m以下の場合を合格とした。
【0060】
また、皮膜の濃度比については、電解放射型オージェ電子分光法FE-AES:日本電子製JAMP-9510Fを用い、皮膜表面から元素の深さプロファイルを測定し、皮膜最表面から検出された元素のうち、C、N、O、Fを除いた残りの金属元素の合計を100原子%とし、皮膜中のNi濃度CNi(原子%)、Fe濃度CFe(原子%)、Cr濃度CCr(原子%)を求め、更にCNi/(CFe+CNi+CCr)で表されるNi濃度比を求めた。
【0061】
試験結果を表2に示す。
試験例1-1は、処理を実施しなかった試験片をそのまま耐久試験に供した例であり、Ni濃度比が0.02と低く、耐久試験において腐食減量が増大した。
【0062】
試験例1-2~1-3は、pH8のKOH水溶液中で0.4Vおよび0.8V(RHE)にて定電解処理をした結果であるが、試験例1-1と同様に、皮膜のNi濃度比が低く、耐久試験で腐食減量が増大した。同様に、pH8のKOH水溶液を用いて電解電位を1.0V超に変化させた試験例1-4~1-5についても、皮膜のNi濃度比は0.50未満と低い値を示し、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0063】
試験例1-8、1-9及び1-13は、pHが9以上であるが、電解電位がそれぞれ、1.2V(RHE)、1.5V(RHE)と本発明条件より高かったため、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0064】
これに対し、電解処理に用いた水溶液のpHを9以上とし、電解電位を0~1.0V(RHE)で処理した他の試験例では、皮膜のNi濃度比が0.50以上と高い値を示し、耐久試験で腐食減量が著しく低減した。1-14,15では処理時間を変更したが、好ましい条件内の処理であり、同様に腐食減量が低減していた。
【0065】
また、pH13の溶液に浸漬したままとした試験例1-16では、処理中の電位を測定すると時間内で変動はあるものの+0.3Vから+0.5Vの間に保持されていた。この試験例1-16のように、処理において強制的に電位を制御するのではなく、基材を浸漬したままでも本発明条件内の0.0~1.0Vの電位を保持できていれば、耐久性が向上する皮膜が得られることが明らかになった。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
(実施例2)
次に、第1処理及び第2処理を行った場合について、表3を参照して説明する。
ステンレス鋼の基材は、実施例1と同様にSUS343L(23.5Cr-4Ni-1.5Mn)を用いた。寸法及び表面仕上げは実施例1と同様とした。
【0069】
第1処理、第2処理に用いた水溶液は、実施例1と同様に、pH調整した80℃の水酸化カリウム水溶液を用いた。そして、表3に示すように、第1処理に続いて第2処理を行った。電位制御は、試験例2-1を除き定電位電解とした。ただし、試験例2-10の第2処理では電位を制御せず浸漬のみとした。電位はRHE基準で表記した。第1処理を終了後、直ちに第2処理に移行した。第2処理の処理終了後に水洗・乾燥させた。
【0070】
耐久性の評価方法は、実施例1と同様とし、単位面積当たりの腐食減量(g/m)で評価した。120時間電解した後の腐食減量が1.00g/m以下の場合を合格とした。
【0071】
また、実施例1と同様に、電解放射型オージェ電子分光法FE-AES:日本電子製JAMP-9510Fを用い、皮膜表面から元素の深さプロファイルを測定し、皮膜最表面から検出された元素のうち、C、N、O、Fを除いた残りの金属元素の合計を100原子%とし、皮膜中のNi濃度CNi(原子%)、Fe濃度CFe(原子%)、Cr濃度CCr(原子%)を求め、更にCNi/(CFe+CNi+CCr)で表されるNi濃度比を求めた。
【0072】
試験結果を表3に示す。
試験例2-1は、表2の試験例1-1の場合と同様に、処理を実施しなかった試験片をそのまま耐久試験に供した例であり、Ni濃度比が0.02と低く、耐久試験において腐食減量が増大した。
【0073】
試験例2-4、2-5,2-8及び2-9は、第1処理は本発明範囲の条件で処理したが、第2処理の電解電位が高すぎたため、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0074】
試験例2-13は、第2処理は本発明範囲の条件で処理したが、第1処理の電解電位が低すぎたため、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0075】
試験例2-16、2-17は、第1処理は本発明範囲の条件で処理したが、第2処理の水溶液のpHが低かったため、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0076】
これに対し、第1処理及び第2処理の条件が本発明の範囲を満足する他の試験例では、皮膜のNi濃度比が0.50以上と高い値を示し、耐久試験で腐食減量が著しく低減した。ここで、第2処理において溶液に浸漬したままとした試験例2-10では、処理中の電位を測定すると時間内で変動はあるものの+0.3Vから+0.5Vの間に保持されていた。この試験例2-10のように、処理において強制的に電位を制御するのではなく、第2処理において基材を浸漬したままでも発明条件内の0.0~1.0Vの電位を保持できていれば、耐久性が向上する皮膜が得られることが明らかになった。
【0077】
【表3】
【0078】
(実施例3)
次に、予備処理、第1処理及び第2処理を行った場合について、表4を参照して説明する。
鋼種は、表1の鋼AのSUS343Lを用いた。フッ酸を含む溶液中での予備処理としては、硝ふっ酸またはふっ化物を用いた処理を行った。
硝ふっ酸浸漬処理は、8質量%硝酸と、1.5質量%ふっ酸を混合した水溶液を60℃に保持し、ここに研磨処理した基材を1分間浸漬処理し、その後に水洗・乾燥させた。
ふっ化物を含む溶液中での電解処理では、10質量%の硫酸と、5質量%のケイふっ化ナトリウムと、10質量%硝酸とが混合された水溶液を用いた。この液中において、基材の電位が最初にカソード1秒、次にアノード1秒、休止1秒となるような交番電解処理を計1分間処理した。処理時の電解電流密度は±50mA/cmとした。
【0079】
予備処理の終了後、表4に記載された条件で,第1処理及び第2処理を行った。その後、実施例1と同様にして耐久試験を行った。120時間電解した後の腐食減量が1.00g/m以下の場合を合格とした。
【0080】
また、実施例1と同様に、電解放射型オージェ電子分光法FE-AES:日本電子製JAMP-9510Fを用い、皮膜表面から元素の深さプロファイルを測定し、皮膜最表面から検出された元素のうち、C、N、O、Fを除いた残りの金属元素の合計を100原子%とし、皮膜中のNi濃度CNi(原子%)、Fe濃度CFe(原子%)、Cr濃度CCr(原子%)を求め、更にCNi/(CFe+CNi+CCr)で表されるNi濃度比を求めた。
また、C、N、Oを除いた残りの金属元素及びFの合計を100原子%とし、皮膜中のNi濃度CNi(原子%)及びF濃度C(原子%)を求め、更に、C/CNiで表されるF濃度比を求めた。結果を表4に示す。
【0081】
試験例3-1は、硝ふっ酸浸漬処理のあとに、本発明範囲外のpH8のKOH中で0.8V(RHE)にて定電解処理(第2処理)をした結果であり、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0082】
試験例3-5~3-8は、第1処理及び第2処理に用いた水溶液のpHが9未満であったため、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0083】
試験例3-9、3-10、3-13、3-14、3-21は、第2処理における電位が1.0V(RHE)超であったため、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0084】
試験例3-19、3-20は、第1処理における電位が1.0V(RHE)以下であったため、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0085】
これに対し、予備処理、第1処理及び第2処理の条件が本発明の範囲を満足する他の試験例では、皮膜のNi濃度比が0.50以上と高い値を示し、また、F濃度比も0.10以上となり、耐久試験で腐食減量が著しく低減した。ここで、第2処理において溶液に浸漬したままとした試験例3-17及び3-23では、処理中の電位を測定すると時間内で変動はあるものの+0.3Vから+0.5Vの間に保持されていた。この試験例3-17及び3-23のように、処理において強制的に電位を制御するのではなく、第2処理において基材を浸漬したままで本発明条件内である0.0~1.0Vの電位を保持できていれば、予備処理を行った場合であっても、耐久性が向上する皮膜が得られることが明らかになった。
【0086】
【表4】
【0087】
(実施例4)
次に、鋼種の影響を評価するために、表1の前述AのSUS323Lのほかに、B:SUS316L、C:SUS304、D:SUS821L1、E:SUS329J4Lを用いた場合について説明する。本実施例では、実施例3と同様に、予備処理、第1処理及び第2処理を行った。
【0088】
予備処理としては、硝ふっ酸またはふっ化物を用いた処理を行った。硝ふっ酸浸漬処理は、8質量%硝酸と、1.5質量%ふっ酸を混合した水溶液を60℃に保持し、ここに研磨処理した基材を1分間浸漬処理し、その後に水洗・乾燥させた。ふっ化物を含む溶液中での電解処理では、10質量%の硫酸と、5質量%のケイふっ化ナトリウムと、10質量%硝酸とが混合された水溶液を用いた。この液中において、基材の電位が最初にカソード1秒、次にアノード1秒、休止1秒となるような交番電解処理を計1分間処理した。処理時の電解電流密度は±50mA/cmとした。
【0089】
予備処理の終了後、表5に記載された条件で,第1処理及び第2処理を行った。また、実施例3と同様にして、各試験片におけるNi濃度比及びF濃度比を求めた。その後、実施例1と同様にして耐久試験を行った。120時間電解した後の腐食減量が1.00g/m以下の場合を合格とした。
【0090】
試験例4-1、4-2、4-8、4-9は、第1処理及び第2処理に用いた水溶液のpHが9未満であったため、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0091】
試験例4-3、4-10、4-15、4-19、4-23は、第2処理における電位が1.0V(RHE)超であったため、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0092】
試験例4-7、4-14、4-18、4-22、4-26は、第1処理における電位が1.0V(RHE)以下であったため、皮膜のNi濃度比が0.50未満となり、耐久試験で腐食減量が増大した。
【0093】
これに対し、予備処理、第1処理及び第2処理の条件が本発明の範囲を満足する他の試験例では、皮膜のNi濃度比が0.50以上と高い値を示し、また、予備処理を実施した試験片ではF濃度比も0.10以上となり、耐久試験で腐食減量が著しく低減した。特に、耐久試験での腐食減量は皮膜中Ni濃度が高いほど少なくなる傾向を示した。
【0094】
ここで、第2処理において溶液に浸漬したままとした試験例4-5及び4-12では、処理中の電位を測定すると時間内で変動はあるものの+0.3Vから+0.5Vの間に保持されていた。この試験例4-5及び4-12のように、処理において強制的に電位を制御するのではなく、第2処理において基材を浸漬したままで本発明条件内である0.0~1.0Vの電位を保持できていれば、予備処理を行った場合であっても、耐久性が向上する皮膜が得られることが明らかになった。
【0095】
また、実施例2、3の鋼A(SUS343L)の場合と比較して、本実施例の鋼B(SUS316L)の方が腐食減量は低い傾向にあった。これは本実施例の鋼Bの皮膜中のNi濃度比が比較的高い傾向にあったためと推定される。
【0096】
同様に、鋼C(SUS304)の結果を4-15~4-18に、鋼D(SUS821L1)の結果を4-19~4-22に、鋼E(SUS329J4L)での結果を4-32~4-26に示す。これらのうち、皮膜中のNi濃度比が本発明範囲の0.50以上、かつF濃度比が本発明範囲の0.10以上のものは、耐久試験でも腐食減量が極めて少ない傾向を示した。
【0097】
また、第1処理において使用する液種の影響を鋼A(SUS343L)を用いて調べた。試験例4-27~4-30に示すように、第1処理においてKOHの代わりにNaOH、Ca(OH)、KCOを用いて本発明条件内の処理を実施した場合は、液種によらずに皮膜中のNi濃度比が0.50以上を示し、また、硝ふっ酸浸漬の予備処理を実施した場合は皮膜中のF濃度比が0.10以上となり、耐久試験でも同様に腐食減量の著しい低下が認められた。
【0098】
【表5】
【0099】
(実施例5)
アルカリ水中での長期耐久性の効果を確認するために、鋼B(SUS316L)を用いて最大1200時間の耐久試験を実施した。予備処理、第1処理及び第2処理の条件は表6に記載の通りとした。また、実施例3と同様にして、各試験片におけるNi濃度比及びF濃度比を求めた。耐久試験は、最大時間を1200時間としたこと以外は、実施例1~5と同様とした。結果を表6に示す。1200時間電解した後の腐食減量が1.00g/m以下の場合を合格とした。
【0100】
予備処理を実施せず、第1処理のpHが9未満であった試験例5-1と、予備処理を実施せず、第2処理の電位が1.0V(RHE)超であった試験例5-2は、皮膜のNi濃度比0.50未満であり、1200時間後の耐久試験での腐食減量は増加していた。
【0101】
一方、試験例5-3は、予備処理をせず、第1処理及び第2処理を本発明の条件で実施した試験例である。試験例5-3は、皮膜中のNi濃度比が0.50以上となり、1200時間での耐久試験でも腐食減量も著しく低いままであった。
【0102】
また、試験例5-4は、硝ふっ酸浸漬の予備処理を実施し、更に、第2処理の電位を1.0V(RHE)超で実施した試験例である。試験例5-4は、皮膜中のF濃度比が0.10以上であったが、Ni濃度比が0.50未満となり、1200時間での耐久試験において腐食減量が増加した。
【0103】
一方、試験例5-5は、硝ふっ酸浸漬の予備処理を実施し、更に、第1処理及び第2処理を本発明の条件で実施した試験例である。試験例5-5は、皮膜中のNi濃度比が0.50以上、F濃度比が0.10以上であり、1200時間での耐久試験でも腐食減量も著しく低いままであった。
【0104】
以上のように、本発明の予備処理や前処理を実施することでアルカリ水中での電解における長期耐久性を有することが明らかになった。
【0105】
【表6】
【産業上の利用可能性】
【0106】
以上の説明から明らかなように、本発明により、耐久性に優れた電解処理装置用ステンレス鋼およびそのステンレス鋼を用いた電解処理装置を提供することが可能となる。これらはアルカリ電解処理装置の電極だけでなく電解槽やその他アルカリ水中で耐久性が求められる装置・部品に用いることが可能となる。またそれ以外にもアルカリ水溶液が用いられる各種電池やその部品、アルカリ中で電解されるような各種装置やその部品にも適用が可能である。