(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】紡糸巻取装置、それを用いた合成繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
D01D 5/08 20060101AFI20240326BHJP
【FI】
D01D5/08 A
(21)【出願番号】P 2019229366
(22)【出願日】2019-12-19
【審査請求日】2022-10-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】堤 健博
【審査官】印出 亮太
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-123947(JP,A)
【文献】実開平07-040776(JP,U)
【文献】中国特許出願公開第1497079(CN,A)
【文献】特開2003-183929(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01D 1/00 - 13/02
D02G 1/00 - 3/48
D02J 1/00 - 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融紡糸した合成繊維糸条を複数のゴデッドローラーを介して巻き取る紡糸巻取装置であって、前記ゴデッドローラーの少なくとも1つが、該ゴデッドローラーの回転軸方向に駆動する紡糸巻取装置を用いた合成繊維の製造方法に際して、
駆動するゴデッドローラーの移動が、往復かつ周期的であることを特徴とする合成繊維の製造方法
【請求項2】
駆動するゴデッドローラーが
加熱式であることを特徴とする請求項1記載の
合成繊維の製造方法
【請求項3】
駆動するゴデッドローラーの回転軸方向への移動速度が0.01~5.0mm/秒であることを特徴とする請求項
1または2に記載の合成繊維の製造方法
【請求項4】
駆動するゴデッドローラーの移動周期が1秒~60分であることを特徴とする請求項
1~3
のいずれか1項に記載の合成繊維の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融紡糸した糸条をゴデッドローラーを介して巻き取るに際し、ゴデッドローラー表面の汚れの蓄積と摩耗を防止し、ローラー洗浄等のための停機周期を延長できる。さらに製糸性を向上させることができ、生産効率と糸条品質の向上を目的とした紡糸巻取装置および溶融紡糸方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、溶融紡糸した糸条を巻取機にて巻き取る場合、巻き取り安定性や巻き取り条件のコントロール性向上の観点から、ゴデッドローラーを介する方法が広く行われている。
【0003】
一般に、溶融紡糸された糸条をゴデッドローラーを介して巻き取るに際して、糸条に平滑性や帯電防止性を付与する目的で、あらかじめ油剤を付着させている。糸条に付着させられた油剤は糸条がゴデッドローラー表面を走行するとき、一部は汚れとしてゴデッドローラー表面の接触部分に蓄積する。この汚れの蓄積は、ゴデッドローラー表面での糸条に対する粘着性を高めるため、走行する糸条の張力変動をもたらして、ゴデッドローラーに糸条が巻き付く等のトラブル原因となる。また特に2つ以上のゴデッドローラー間で延伸し、加熱ローラーを介して巻き取る際には、ローラー上で、汚れ成分が熱によってゲル化、タール化するために汚れの蓄積が促進されると共に、ゴデッドローラー上で糸条がスリップすることにより、延伸張力の変動が大きくなり糸条品質が大きく損なわれ、また操業性への悪影響が早く現れる。
【0004】
このようなゴデッドローラー上での油剤汚れおよび油剤汚れが熱によってゲル化、タール化した汚れを取り除くためには定期的に紡糸巻き取り機を停機して、ゴデッドローラー表面の汚れを除く作業が必要であった。したがって、紡糸機の停機に伴う生産性の低下や汚れ除去作業にかかる人件費によるコストアップを避けることができなかった。また、例えば巻き取り速度が3000m/分以上の高速巻き取りにおいては、ゴデッドローラー前後の糸条張力が高くなり、糸条走行位置のローラー表面を局部的に摩耗させる作用を有する。その摩耗の程度が大きくなると、糸条が摩耗部によって擦過され、その表面が毛羽立ち、著しく品質の低下を招き、また摩耗部と非摩耗部の糸条との摩擦係数が異なるために張力変動が発生し、品質の低下や糸切れを誘発しやすくなるという問題が発生する。
【0005】
特許文献1は、ローラーに、回転ブラシと吸引集塵機などからなる清掃装置を接触させ、ローラー表面に付着した油類等を取り除く装置の構成が開示されている。特許文献2は、ローラーにスクレーパー刃を押圧することで、ローラー表面の付着物を均一に除去する装置が開示されている。特許文献3は、紡糸した糸条をゴデッドローラーを介して巻き取るに際し、巻き取り中にゴデッドローラーを走行する糸条の糸道をゴデッドローラーの回転軸方向に往復移動させることでゴデッドローラー表面の付着物堆積を抑制し、糸切れや毛羽の発生を解消する紡糸巻き取り方法が開示されている。特許文献4は、紡糸した糸条を複数のネルソンローラーを用いて延伸・熱処理し、巻き取る合成繊維の製造方法において、ネルソンローラーの2つのローラーの回転軸間の角度を周期的に変化させることにより、糸条をネルソンローラー回転軸方向にトラバースさせることでネルソンローラー表面の付着物堆積を抑制し、糸切れや毛羽の発生を解消する合成繊維の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平8-187469号公報
【文献】特開平9-78364号公報
【文献】特開平8-170215号公報
【文献】特開2004-137644
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1は、ローラー表面にブラシを接触させると、ローラー表面に傷が入り、結果として張力変動による品質低下や糸切れを誘発するといったことが課題となる。
【0008】
特許文献2は、ローラーにスクレーパー刃を接触させると、ローラー表面に傷が入り、結果として張力変動による品質低下や糸切れを誘発するといったことが課題となる。また、プラスチック等の材質からなるスクレーパー刃の場合には、回転するローラーと接触し続けることで摩擦により発熱し、スクレーパー刃自体が溶融してしまうといったことが課題となる。
【0009】
特許文献3は、糸道をゴデッドローラーの回転軸方向に往復移動させる手段として糸道ガイドが必要なため、糸条と糸道ガイドとの接触により糸条が擦過し易くなることから品質低下が課題となる。さらには、糸道ガイドを往復移動させるため、糸道だけでなく、巻取中の張力も変化し、結果として巻き取る糸条の物性に糸条の長手方向に斑が生じるといったことも課題となる。
【0010】
特許文献4は、ネルソンローラーの回転軸間の角度を変化させることで、糸条をトラバースさせると、結果的に糸道は変化するため、ネルソンローラーに続く糸道を一定にするための糸道ガイドが必要となり、かつ糸道ガイドでの屈曲が避けられないため、特許文献3と同様の課題が生じてしまう。
【0011】
本発明は、紡糸巻取機を長期間に運転した際、糸道自体をトラバースさせることなく、ゴデッドローラー表面上において、走行する糸条と接触する部分における汚れの蓄積と局部的な摩耗を抑制して、安定した紡糸操業性と優れた製品品質を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、前記課題を解決するため、次の構成を有する。
すなわち、溶融紡糸した合成繊維糸条を複数のゴデッドローラーを介して巻き取る紡糸巻取装置であって、前記ゴデッドローラーの少なくとも1つが、該ゴデッドローラーの回転軸方向に駆動する紡糸巻取装置を用いた合成繊維の製造方法に際して、駆動するゴデッドローラーの移動が、往復かつ周期的であることを特徴とする合成繊維の製造方法。駆動するゴデッドローラーが加熱式である前記記載の合成繊維の製造方法。駆動するゴデッドローラーの回転軸方向への移動速度が0.01~5.0mm/秒であることを特徴とする前記記載の合成繊維の製造方法。駆動するゴデッドローラーの移動周期が1秒~60分であることを特徴とする前記記載の合成繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、溶融紡糸した糸条をゴデッドローラーを介して巻き取る際、糸道自体をトラバースさせることなく、ゴデッドローラー表面上において、走行する糸条と接触する部分の汚れの蓄積と局部的な摩耗を防止することができるため、安定した紡糸操業性と優れた製品品質を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、本発明の紡糸巻取装置の詳細について説明する。
本発明における合成繊維糸条としては、ポリアミド、ポリエステル、ポリオレフィンおよびアラミドなどからなる糸条が挙げられるが、溶融紡出された糸条をゴデッドローラーを用いて延伸・熱処理することが可能な素材であれば、特に限定されない。また、ゴデッドローラーには、複数のゴデッドローラーから構成されるネルソンローラーや駆動力を持たないフリーローラー等も含み、紡糸された糸条を搬送する用途で使用されるローラーである。
【0015】
本発明は、複数のゴデッドローラーをローラー回転軸方向に移動させることを特徴とする。
【0016】
ゴデッドローラーまたはネルソンローラーを回転軸方向に移動させることにより、ローラーの全体を糸条が走行するため、ローラーに紡糸油剤に起因する汚れが付着しにくく、汚れに起因する製糸性の悪化を防ぐことができる。
【0017】
特に加熱式のゴデッドローラー上では糸条に付着した紡糸油剤成分中の水分が揮発することにより、汚れが付着し易いため、加熱式のゴデッドローラーを回転軸方向に移動させることは汚れの付着を抑制する点でより効果を発揮する。
【0018】
ゴデッドローラーの回転軸方向の移動量が大きければ大きいほど、油剤変性物の堆積や摩耗を防ぐ効果が大きいが、複数の糸条を同時に巻き取る際には、ローラー上に複数の糸条を並行して走行させるため、その糸条間距離が油剤変性物の堆積や摩耗を防ぐ効果が最大となるローラー回転軸方向の移動量であり、その糸条間距離は2~50mmに設定されることが一般的である。よって、ゴデッドローラーの回転軸方向の移動量は2~50mmとすることが好ましい。さらにローラーの長さを短くする点や、多数の糸条を同時に巻き取ることを考慮すると、ゴデッドローラーの回転軸方向の移動量は2~10mmとすることが望ましい。
【0019】
さらに、ゴデッドローラーが回転軸方向に移動する際、その移動速度が大きいと、糸条とローラーとの摩擦により糸条に対しローラー回転軸方向への力を発生させてしまいローラー上の糸揺れの原因となり、糸切れや延伸ムラ等の問題を引き起こすため、その力を極小化する点から回転軸方向に移動させる際の移動速度は0.01~5.0mm/秒とすることが好ましく、0.01~2.5mm/秒の範囲内とすることがより好ましい。
【0020】
また、ゴデッドローラーを往復かつ周期的に移動させ続けることで、油剤変性物の堆積や摩耗を長時間わたって抑制することができる。ゴデッドローラーが往復移動する周期は1秒~60分が好ましく、往復する場合を1サイクルと定義すると1秒~60分/サイクルが好ましく、より好ましくは10秒~10分/サイクルである。
【0021】
また、ゴデッドローラーの表面温度は、糸条の(融点-50℃)以上融点以下であると顕著に効果が現れる。高温に曝される場合には油剤が特に変性しやすいからである。糸条の(融点-50℃)以上の高い温度であれば、油剤の熱変性が増加するため本発明の効果が顕著に現れる。また、糸条の融点以下の場合には溶け上がりが発生しないので、安定して製糸をすることができる。
【0022】
また、糸条の巻取速度が200m/分以上の場合には、走行糸条が中・高速で移動するため、油剤変性物に伴う異物により糸条が擦過され易いため、本発明の効果が顕著に現れる。また、糸切れ等の観点から巻取速度は10000m/分以下が好ましく、より好ましくは6000m/分以下である。
【0023】
なお、ゴデッドローラーを回転軸方向に移動させる方法としては、長期ランニングに耐えられ目的を叶えられる方法であれば、特に限定はしない。例えば、往復移動の周期を任意に設定するため、駆動モーターの回転を減速機とボールねじを介して直線運動に変換し、コンピューターによる制御によって駆動モーターの回転を変化させることで往復運動を制御する方法が好ましい。また、ボールねじの代わりにギヤを用いる方法や、一定回転するモーターの回転運動をスクロールカムにより往復運動に変換する方法などが挙げられる。
【0024】
以上、本発明の紡糸巻取装置によれば、ゴデッドローラー上に付着物が堆積するのを防止することにより、ローラーを長時間初期の状態に維持させることができるばかりか、付着物除去のための停機を少なくして稼働率および生産効率を高めることが可能であり、しかも糸切れや毛羽の発生などの不具合を解消して品質・品位の優れた合成繊維を製造することが可能である。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例により詳細に説明する。
なお、巻取張力、糸切れ発生頻度および巻取糸条のウースター繊度斑は以下の方法で測定した。
【0026】
[巻取張力] 東レエンジニアリング株式会社製の型式FTR-101ロータリー式歪みセンサー型テンションピックアップ(最大検出張力:100g)を用い、第2ゴデッドローラーとワインダー間の巻き取り糸条について張力を測定した。
【0027】
[糸切れ発生頻度] 紡糸巻取装置を28日間連続運転(途中でゴデッドローラの洗浄なし)したときの糸切れ発生頻度を1~7日目、8~14日目、15~21日目、22~28日目のように7日間毎の頻度として調査した。糸切れ頻度は、使用したチップ量に対する糸切れ回数として算出した。
【0028】
[ウースター繊度斑] Zellureger社製の形式GGP-C-9型ウースター繊度斑試験機を用い試料速度50m/分で2000m測定した。
【0029】
実施例1
98%硫酸溶液に対する相対粘度が2.6であり、酸化チタン含有率が2.0重量%であるナイロン6ポリマー溶液を265℃で溶融紡糸し冷却固化した後、脂肪酸エステル60%、非イオン活性剤25%、イミダゾリン化合物15%からなる混合物を濃度10重量%で水に乳化したエマルジョン系油剤を付与すると共に、圧空交絡を付与し、第1ゴデッドローラーと第2ゴデッドローラーで順次引き取った後、5000m/分の巻取速度で1台のワインダーに8本の糸条を巻き取り、その繊度が50デニール(17フィラメント)のものを得た。
【0030】
第2ゴデッドローラーは、表面温度を180℃まで加熱し、第1ゴデッドローラーと第2ゴデッドローラー間は、1.2倍のストレッチをかけて、熱延伸を行った。第1ゴデッドローラー前と第2ゴデッドローラー後には、糸道ガイドを設け、第2ゴデッドローラーを、7mmの移動距離で移動速度が1.0mm/秒となるよう、7秒/サイクルの周期で回転軸方向に往復移動させた。第2ゴデッドローラーを往復移動させる機構として、駆動モーターの回転を減速機とボールねじを介して直線運動に変換し、コンピューターによる制御によって駆動モーターの回転を変化させることでゴデッドローラー回転軸方向に往復運動として取出すものを使用した。
【0031】
紡糸巻取を28日間連続して行なった結果、経日的な巻取張力の変動および増加はなく、6~8gと安定していた。また、1~7、8~14、15~21、22~28日間毎の糸切れ発生頻度はそれぞれ、0.5、1.0、2.0、2.0回/トンであった。
【0032】
さらに巻取糸条のウースター繊度斑レベルも0.36以下と良好なレベルであった。以上の結果を表1~3に示す。
【0033】
比較例1
実施例1と同様の条件でナイロン6を溶融紡糸し、第2ゴデッドローラーを移動させずにワインダーに巻き取った。その時の巻取張力、糸切れ発生頻度、巻取糸条のウースター繊度斑レベルを調査した。その結果を表1~3に示す。
【0034】
比較例2
比較例1と同様の条件でナイロン6を溶融紡糸し、第2ゴデッドローラーを移動させず特許文献3に記載の方法により、第1ゴデッドローラー前に設けた糸道ガイドを7mmの幅で、移動速度が1.0mm/秒となるよう7秒/サイクルで往復移動させてワインダーに巻き取った。その結果を表1~3に示す。糸道ガイドを移動させることにより糸道が変化するため、ウースター繊度に長手方向の斑が生じている。
【0035】
【0036】
【0037】
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の紡糸巻取装置によれば、ゴデッドローラー上に付着物が堆積するのを抑制することにより、ローラー表面を長時間初期の状態に維持させることができることから、付着物除去のための停機を少なくして稼働率および生産効率を高めることが可能であり、しかも糸切れの発生などの不具合を解消して、品質・品位のすぐれた高強度合成繊維を製造することが可能となる。