(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】鉛蓄電池
(51)【国際特許分類】
H01M 10/06 20060101AFI20240326BHJP
H01M 4/14 20060101ALI20240326BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20240326BHJP
H01M 4/74 20060101ALI20240326BHJP
H01M 50/417 20210101ALI20240326BHJP
H01M 50/466 20210101ALI20240326BHJP
H01M 50/411 20210101ALI20240326BHJP
【FI】
H01M10/06 Z
H01M4/14 Q
H01M4/62 B
H01M4/74 B
H01M50/417
H01M50/466
H01M50/411
(21)【出願番号】P 2020098723
(22)【出願日】2020-06-05
【審査請求日】2023-04-07
(73)【特許権者】
【識別番号】507151526
【氏名又は名称】株式会社GSユアサ
(74)【代理人】
【識別番号】110002745
【氏名又は名称】弁理士法人河崎特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 創太
(72)【発明者】
【氏名】安藤 和成
【審査官】佐溝 茂良
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-098197(JP,A)
【文献】特開昭58-223263(JP,A)
【文献】特表2019-521244(JP,A)
【文献】国際公開第2015/159478(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/067032(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/088040(WO,A1)
【文献】特開2006-066252(JP,A)
【文献】特許第7375457(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/00-10/04
H01M 10/06-10/34
H01M 4/00- 4/62
H01M 50/40-50/497
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉛蓄電池であって、
前記鉛蓄電池は、正極板と、負極板と、前記正極板および前記負極板の間に介在するセパレータと、電解液と、を備え、
前記正極板は、正極集電体と正極電極材料とを備え、
前記負極板は、負極集電体と負極電極材料とを備え、
少なくとも前記正極板は、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされており、
前記負極電極材料は、Tl元素を含み、
前記負極電極材料中のTl元素の含有量は、質量基準で、1ppm以上33ppm未満であり、
前記負極電極材料は、Sb元素を含まないか、またはSb元素を含む場合の前記負極電極材料中のSb元素の含有量は、質量基準で40ppm以下である、鉛蓄電池。
【請求項2】
前記負極板は、前記一対の隅部が面取りされていない、請求項1に記載の鉛蓄電池。
【請求項3】
前記正極板の前記集電体は、エキスパンド格子である、請求項1または2に記載の鉛蓄電池。
【請求項4】
前記セパレータは、ポリオレフィンを含み、
前記ポリオレフィンは、少なくともエチレン単位を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の鉛蓄電池。
【請求項5】
前記セパレータは、袋状であり、前記負極板を収容している、請求項1~4のいずれか1項に記載の鉛蓄電池。
【請求項6】
前記セパレータは、オイルを含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の鉛蓄電池。
【請求項7】
前記セパレータ中の前記オイルの含有量は、12質量%以上18質量%以下である、請求項6に記載の鉛蓄電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛蓄電池に関する。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池は、車載用、産業用の他、様々な用途で使用されている。鉛蓄電池は、正極板および負極板と、これらの間に介在するセパレータと、電解液と、を備えている。鉛蓄電池の構成要素には、様々な性能が要求される。
【0003】
特許文献1は、エキスパンド加工された展開部と、該展開部のエキスパンド方向の一端側に形成された非展開部からなる耳部形成用横骨部と、該横骨部に形成された集電用耳部とを有するエキスパンド格子が正極用集電体及び負極用集電体として用いられて、該正極用集電体及び負極用集電体にそれぞれ正極活物質及び負極活物質が充填されてなる正極板及び負極板を備えた鉛蓄電池において、前記正極板及び負極板の少なくとも一方の極板の4つの隅部のうち、前記集電用耳部が設けられた側と反対側に存在する2つの隅部が前記集電用耳部形成用横骨部の長手方向に対して傾斜した方向にカットされて前記2つの隅部にそれぞれカット部が形成されている鉛蓄電池を提案している。
【0004】
特許文献2は、鉛-カルシウム-スズ-タリウム合金からなる正極格子体を用いた正極板と、鉛合金からなる負極格子体を用いた負極板とを、セパレータを介して交互に配置し、それぞれを並列接続した極板群と、前記極板群と電解液とを収納する電槽と、を備えた鉛蓄電池を提案している。
【0005】
特許文献3は、鉛蓄電池において、正極格子と正極棚と正極極柱および正極接続体で構成される正極部材は実質上Sbを含有しない鉛もしくは鉛合金からなり、負極格子と負極棚と負極極柱および負極接続体で構成される負極部材のうち負極格子骨部を除く部位は実質上Sbを含有しない鉛もしくは鉛合金からなり、負極格子骨部もしくは負極活物質のいずれか一方はSbを含み、前記Sbの負極活物質量に対する含有量が0.001~0.1質量%である鉛蓄電池を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2008-204639号公報
【文献】国際公開第2015/037172号
【文献】特開2003-346888号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
鉛蓄電池では、充電時に比重の大きな硫酸イオンが下降して、電槽の上部と下部とで電解液の比重差(つまり、硫酸の濃度差)が生じる成層化が起こり易い。一般始動用の鉛蓄電池では、過充電または満充電に近い状態まで充電されることでガスが発生するため、ガスの撹拌効果により電解液の対流が起こり、成層化がある程度抑制される。
【0008】
しかし、鉛蓄電池が部分充電状態(PSOC)と呼ばれる充電不足状態で使用される場合には成層化が顕著になる。例えば、アイドリングスタートストップ(ISS)車などのIS用途または充電制御用途では、鉛蓄電池がPSOCで使用されることになる。成層化が顕著になると、正極板が劣化して、PSOCで用いたときの鉛蓄電池の寿命性能(IS寿命性能とも言う)が低下する。
【0009】
特許文献1のように、耳部とは反対側の隅部がカットされた集電体を用いると、カットされた部分には電極材料が存在しないため、充電時のガス発生が起こり難い。よって、成層化が顕著になり、IS寿命性能が大きく低下する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一側面は、鉛蓄電池であって、
前記鉛蓄電池は、正極板と、負極板と、前記正極板および前記負極板の間に介在するセパレータと、電解液と、を備え、
前記正極板は、正極集電体と正極電極材料とを備え、
前記負極板は、負極集電体と負極電極材料とを備え、
少なくとも前記正極板は、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされており、
前記負極電極材料は、Tl元素を含み、
前記負極電極材料中のTl元素の含有量は、質量基準で、1ppm以上33ppm未満であり、
前記負極電極材料は、Sb元素を含まないか、またはSb元素を含む場合の前記負極電極材料中のSb元素の含有量は、質量基準で40ppm以下である、鉛蓄電池に関する。
【発明の効果】
【0011】
鉛蓄電池において、優れたIS寿命性能を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施形態に係る鉛蓄電池で用いる極板の外観を示す平面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る鉛蓄電池の外観と内部構造を示す一部切り欠き斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
鉛蓄電池では、放電時には、正極板および負極板の双方で硫酸鉛が生成するとともに正極板では水が生成する。一方、充電時には、硫酸鉛および水から、金属鉛、二酸化鉛、および硫酸が生成する。硫酸イオンの比重は大きいため、電槽の下部に下降し易い。電解液の対流が起こり難い場合、電槽の上部と下部とで硫酸濃度の差が生じて、成層化が起こる。一般始動用の鉛蓄電池においては、過充電または満充電に近い状態まで充電されることでガスが発生するため、ガスの撹拌効果により電解液の対流が起こり、成層化は抑制される。それに対し、PSOCで鉛蓄電池が使用されると、充電時のガス発生が少ないため、十分な撹拌効果が得られず、電解液の成層化が進行し易い。
【0014】
成層化した状態で鉛蓄電池の使用が継続されると、電槽の上部の電解液の比重が低いことで、充放電効率が低下し、寿命に至る。また、電解液の比重が高い電槽の下部で負極板における硫酸鉛の蓄積が顕著になり、硫酸鉛が不活性化するサルフェーションが進行し易くなる。これにより、充放電反応が極板の上部に集中して、正極電極材料の軟化劣化が進行し易くなり、正極電極材料が正極板から脱落して、寿命に至る場合もある。例えば、脱落した正極電極材料が、電解液中を浮遊する間に極板に付着して、還元されると導電性となる。正極電極材料の堆積が進行すると、導電性の堆積物を介して、正極板および負極板間に導電経路が形成され、内部短絡(モス短絡と称される)を生じる。また、電解液の比重の低い電槽の上部では硫酸鉛が電解液中に溶解し易く、溶解により生じた鉛イオンが負極板で還元され、デンドライト状に析出した鉛結晶がセパレータを貫通し、浸透短絡により寿命に至る場合もある。このように、成層化の進行が鉛蓄電池のIS寿命性能を決定する要因となり易い。
【0015】
下部の隅部が面取りされた極板を用いると、極板の面取りにより欠除した部分には、電極材料が存在しないため、充電時に発生するガス量が少ない。そのため、このような極板を備える鉛蓄電池をPSOCで使用すると、電解液の成層化が顕著になる。成層化が顕著になると、上記のようにIS寿命性能が低下する。
【0016】
一方、質量基準で1ppm以上33ppm未満のTlを含む負極電極材料を用いると、充電時の水素ガスの発生が促進され、電解液が対流し易くなる。これにより、成層化がある程度低減される。しかし、電解液が対流し易くなることで、脱落した正極電極材料が浮遊し易くなり、モス短絡が発生し易くなる。その結果、モス短絡により、鉛蓄電池の寿命に至る。
【0017】
ところが、鉛蓄電池において、質量基準で1ppm以上33ppm未満のTlを含む負極電極材料と、下部の隅部が面取りされた正極板とを組み合わせると、予想外にIS寿命性能が大きく向上することが明らかとなった。
【0018】
このような知見に鑑み、本発明の一側面に係る鉛蓄電池は、正極板と、負極板と、正極板および負極板の間に介在するセパレータと、電解液と、を備える。正極板は、正極集電体と正極電極材料とを備える。負極板は、負極集電体と負極電極材料とを備える。少なくとも正極板は、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされている。負極電極材料は、Tl元素を含み、負極電極材料中のTl元素の含有量は、質量基準で、1ppm以上33ppm未満である。負極電極材料は、Sb元素を含まないか、またはSb元素を含む場合の負極電極材料中のSb元素の含有量は、質量基準で40ppm以下である。
【0019】
質量基準で1ppm以上33ppm未満の含有量でTl元素を含む負極電極材料を用いることで、鉛蓄電池をPSOCで使用する場合でも、充電時のガス発生量を適度に増加させることができる。ガス発生量の増加により、電解液の対流が促進され、成層化を抑制することができる。そのため、下部の隅部が面取りされた正極板を用いる場合であっても、電解液を対流させて成層化を抑制することができる。
【0020】
下部の隅部が面取りされた正極板を用いると、鉛蓄電池の電槽の底部において、正極板の下部の隅部の面取りにより欠除した部分には空間が形成される。鉛蓄電池がPSOCで使用され、正極電極材料が脱落しても、脱落した正極電極材料が、電槽の底部に形成された上記の空間に集まる。この空間では充放電反応がほとんど起こらず、発生するガス量も少ないため、集まった正極電極材料の浮遊が低減される。これにより、脱落した正極電極材料が極板に堆積することが低減される。よって、質量基準で1ppm以上33ppm未満の含有量でTl元素を含む負極電極材料を用いることで、電解液が対流し易くなっても、脱落した正極電極材料は上記の空間に収容された状態に保つことができ、浮遊が抑制されることで、モス短絡の発生を抑制することができる。
【0021】
さらに、負極電極材料中のSb元素の質量基準の含有量を40ppm以下とすることで、PbとSbとの電位差に基づく自己放電を低減することができ、PSOCで充放電を繰り返しても、容量不足になることを抑制することができる。
【0022】
このように、本発明の上記側面に係る鉛蓄電池では、PSOCで使用した場合でも、成層化およびモス短絡の発生が抑制される。よって、優れたIS寿命を確保することができる。また、正極板の製造過程で正極板の隅部が変形すると、鉛蓄電池の初期の段階で、セパレータを突き破って、短絡が発生し易い。上記側面に係る鉛蓄電池では、下部の隅部が面取りされている正極板を用いることで、このような隅部の変形に伴う初期の短絡の発生を低減することもできる。
【0023】
なお、上記のような負極電極材料を、下部の隅部が面取りされていない極板と組み合せて用いても、IS寿命性能は低下する。これは、モス短絡を抑制できないことによるものと考えられる。つまり、上記のような負極電極材料を用いることによる効果は、下部の隅部が面取りされた正極板と組み合わせて初めて得られる効果であると言える。
【0024】
正極板および負極板のうち、少なくとも正極板の下部において、一対の隅部の少なくとも一方が面取りされていればよく、さらに負極板の下部において、一対の隅部の少なくとも一方が面取りされていてもよい。中でも、正極板の下部において、一対の隅部の少なくとも一方が面取りされており、負極板の下部において、一対の隅部が面取りされていないことが好ましい。負極板の鉛蓄電池における下部の一対の隅部の双方を面取りしないことで、負極板は、下部の隅部に、正極板と対向しない部分(以下、非対向部と称する)を有することになる。この非対向部は、充放電反応に寄与し難く、電圧の印加により水素ガスが発生する反応が主として起こり得る。よって、負極板に非対向部を設けることで、わずかではあるが、PSOCでも水素ガスが発生して、電解液の対流が起こり易くなる。これにより、成層化の抑制効果がさらに高まり、IS寿命性能をさらに高めることができる。なお、非対向部において、発生する水素ガスの量は比較的少ない。そのため、正極板の下部の隅部において、正極板が欠除した部分に形成される空間に収容された、脱落した正極電極材料を、浮遊させるには不十分である。よって、電解液を対流させる効果がわずかに向上しても、モス短絡の発生を抑制することができる。
【0025】
正極板の集電体は、エキスパンド格子であることが好ましい。正極板の製造工程では、製造装置との干渉により隅部が変形することがある。正極板に用いられるエキスパンド格子は、格子骨が太いため、エキスパンド格子を用いた正極板において隅部が一旦変形すると元の形状に戻り難い。そのため、このような正極板を用いて鉛蓄電池を作製すると、初期の段階で、正極板の隅部がセパレータを突き破って短絡が起こり易い。そのため、エキスパンド格子を用いた正極板の場合、正極板の隅部が面取りされていることで、正極板の隅部の変形に伴う初期の短絡を抑制することができ、有利である。
【0026】
セパレータは、ポリオレフィンを含み、このポリオレフィンは、少なくともエチレン単位を含むことが好ましい。モノマー単位としてエチレン単位を含むポリオレフィンは、酸化劣化し易い。しかし、このような酸化劣化し易いポリオレフィンを含むセパレータを用いる場合でも、下部の隅部が面取りされた正極板と組み合わせにより、正極電極材料の極板における堆積が低減されることで、セパレータの酸化劣化を抑制できるため、優れたIS寿命性能を確保することができる。
【0027】
セパレータは、袋状であり、負極板を収容することが好ましい。この場合、正極板と、負極板とが、正極板の隅部の近傍に沈降した正極電極材料を介して短絡することを抑制することができる。
【0028】
セパレータは、オイルを含むことが好ましい。セパレータがオイルを含む場合、セパレータの酸化劣化を抑制する効果をさらに高めることができるため、より高いIS寿命性能を確保することができる。
【0029】
セパレータ中のオイルの含有量は、12質量%以上18質量%以下が好ましい。オイルの含有量がこのような範囲である場合、酸化劣化を抑制する効果がさらに高まることに加え、セパレータをさらに低抵抗化することができる。よって、より高いIS寿命性能を確保することができる。
【0030】
鉛蓄電池は、制御弁式電池(VRLA型電池)であってもよいが、液式電池(ベント型電池)が好ましい。液式電池では、成層化および脱落した正極電極材料の極板における堆積による課題が顕著になり易い。このような液式電池において、上記のようにTlおよびSbの質量基準の含有量が特定の範囲である負極電極材料と隅部が面取りされた正極板とを組み合わせることで、成層化およびモス短絡の抑制効果が顕著に発揮される。
【0031】
(用語の説明)
(鉛蓄電池または鉛蓄電池の構成要素の上下方向)
本明細書中、鉛蓄電池または鉛蓄電池の構成要素(極板、電槽、セパレータなど)の上下方向は、鉛蓄電池が使用される状態において、鉛蓄電池の鉛直方向における上下方向を意味する。鉛蓄電池の上部とは、鉛蓄電池が使用される状態における鉛蓄電池の高さの半分よりも上側の部分を意味する。鉛蓄電池の下部とは、鉛蓄電池の上部以外の部分を意味する。鉛蓄電池の各構成要素の上部とは、鉛蓄電池が使用される状態における各構成要素の高さの半分よりも上側の部分を意味する。各構成要素の下部とは、各構成要素の上部以外の部分を意味する。なお、正極板および負極板の各極板は、外部端子と接続するための耳部を備えており、液式電池では、耳部は、極板の上部に上方に突出するように設けられている。各極板の高さは電極材料が存在する部分の高さを意味するものとする。
【0032】
(極板の隅部)
一般的な極板は、正面から見たときに、耳部を除くと、ほぼ四角形の形状を有しており、角部(edge)を含む隅部(corner)を4つ有している。鉛蓄電池が使用される状態においては、極板の4つの隅部は、上部に位置する一対の隅部と下部に位置する一対の隅部とで構成される。本明細書では、極板の各角部(または角部が欠除している場合は角部に相当する部分)およびその周辺を含む部分全体を隅部と称する。本発明の上記側面に係る鉛蓄電池の正極板および負極板の各極板において、面取りされている隅部は、各極板の下部に位置する一対の隅部の少なくとも一方である。なお、極板を正面から見た状態とは、極板の表面の大部分を占める一対の主たる表面(つまり、端面を除く一対の表面)のそれぞれを垂直な方向から見た状態を意味する。
【0033】
(面取り)
本発明の上記側面に係る鉛蓄電池では、少なくとも正極板(必要に応じて、さらに負極板)において、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされている。隅部が面取りされている状態とは、通常であれば極板が有する角部およびその周辺部分が、欠除した状態を意味する。換言すれば、面取りされている隅部には、極板(より具体的には極板の角部およびその周辺部分)が欠除した部分(以下、欠除部分と称する場合がある)が形成されている。この欠除部分により、電槽の底部に空間が形成される。
【0034】
より具体的には、下部の各隅部において、隅部が面取りされている状態とは、極板を正面から見たときの下部の各隅部における欠除部分の面積をS1およびS2とするとき、面積S1またはS2が、極板の面積Aおよび下部の欠除部分の総面積S(=S1+S2)の合計に占める割合r(=S1/(A+S)×100(%)またはS2/(A+S)×100(%))が0.1%以上である場合をいう。下部の一方の隅部につき、下部の隅部が面取りされていない状態には、割合rが0.1%未満である場合が包含されるものとする。
【0035】
なお、極板の面積Aは、極板の電極材料が存在する部分を、極板の一方の主たる表面に対して垂直な方向に投影したときの投影面積である。また、極板の下部の各隅部における欠除部分の面積S1およびS2は、極板を正面から見たときに、電極材料が存在する部分の上辺および底辺をそれぞれの延在方向(つまり、水平方向(第1方向とも称する))に延ばした2本の直線と、電極材料が存在する部分の両側部に位置する辺をそれぞれの延在方向(つまり、鉛直方向(第2方向とも称する))に延ばした2本の直線とで形作られる矩形(以下、矩形Aとも称する)と対比させたときに、各隅部において極板が欠除している部分の面積である。なお、電極材料が存在する部分の上端部、下端部、側端部のそれぞれの近傍に電極材料が存在しない領域が部分的に形成されている場合、この電極材料が存在しない領域は無視して、底辺、上辺、および側部に位置する辺を決定するものとする。
【0036】
隅部が面取りされているとは、必ずしも極板の角部およびその周辺部分を除去する工程が行われることを意味するものではなく、角部およびその周辺部分を除去することなく、角部およびその周辺部分が欠除した状態の極板が形成される場合もある。隅部が面取りされている状態において、隅部には、角部およびその周辺部分の欠除により、面が形成されていてもよいが、必ずしも面が形成されている必要はない。隅部が面取りされている状態には、例えば、角部およびその周辺部分が丸められた状態、角部およびその周辺部分が斜めに欠除した状態が含まれる。面取りは、例えば、C面取りまたはR面取りであってもよい。
【0037】
(電極材料)
正極板および負極板の各極板において、電極材料は、通常、集電体に保持されている。電極材料とは、極板から集電体を除いたものである。極板には、マット、ペースティングペーパなどの部材が貼り付けられていることがある。このような部材(貼付部材とも称する)は極板と一体として使用されるため、極板に含まれるものとする。極板が貼付部材を含む場合には、電極材料は、集電体および貼付部材を除いたものである。本明細書中、正極板の電極材料を、正極電極材料と称し、負極板の電極材料を、負極電極材料と称することがある。
【0038】
(ポリオレフィン)
ポリオレフィンとは、少なくともオレフィン単位を含む重合体(つまり、少なくともオレフィンに由来するモノマー単位を含む重合体)である。ポリオレフィンには、例えば、オレフィンの単独重合体、異なるオレフィン単位を含む共重合体、オレフィン単位および共重合性モノマー単位を含む共重合体が包含される。オレフィン単位および共重合性モノマー単位を含む共重合体は、1種または2種以上のオレフィン単位を含んでいてもよい。また、オレフィン単位および共重合性モノマー単位を含む共重合体は、1種または2種以上の共重合性モノマー単位を含んでいてもよい。共重合性モノマー単位とは、オレフィン以外で、かつオレフィンと共重合可能な重合性モノマーに由来するモノマー単位である。
【0039】
(オイル)
オイルとは、室温(20℃以上35℃以下の温度)で液状であり、水と分離する疎水性物質を言う。オイルには、天然由来のオイル、鉱物オイル、および合成オイルが包含される。
【0040】
(満充電状態)
本明細書中、鉛蓄電池の満充電状態とは、JIS D 5301:2019の定義によって定められる。より具体的には、25℃±2℃の水槽中で、鉛蓄電池を、定格容量(Ah)として記載の数値の1/10の電流(A)で、15分ごとに測定した充電中の端子電圧または20℃に温度換算した電解液密度が3回連続して有効数字3桁で一定値を示すまで充電した状態を満充電状態とする。なお、充電は、鉛蓄電池の電解液が規定の液面まで満たされた状態で行われる。定格容量として記載の数値は、単位をAhとした数値である。定格容量として記載の数値を元に設定される電流の単位はAとする。
【0041】
満充電状態の鉛蓄電池は、既化成の鉛蓄電池を満充電したものをいう。鉛蓄電池の満充電は、化成後であれば、化成直後でもよく、化成から時間が経過した後に行ってもよい(例えば、化成後で、使用中(好ましくは使用初期)の鉛蓄電池を満充電してもよい)。
【0042】
本明細書中、使用初期の電池とは、使用開始後、それほど時間が経過しておらず、ほとんど劣化していない電池をいう。
【0043】
以下、本発明の実施形態に係る鉛蓄電池について、図面を参照しながらより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0044】
(正極板)
正極板としては、ペースト式正極板が用いられる。ペースト式正極板は、正極集電体と、正極電極材料とを備える。正極電極材料は、正極集電体に保持されている。
【0045】
正極集電体は、鉛(Pb)または鉛合金の鋳造により形成してもよく、鉛または鉛合金シートを加工して形成してもよい。加工方法としては、例えば、エキスパンド加工または打ち抜き(パンチング)加工が挙げられる。正極集電体として格子状の集電体を用いると、正極電極材料を担持させ易いため好ましい。エキスパンド加工により得られる正極集電体(換言すると、エキスパンド格子)を用いる場合、隅部の変形により初期の鉛蓄電池において短絡が発生し易い。しかし、正極板の下部の隅部が面取りされていることで、このようなエキスパンド格子を用いる場合でも、優れたIS寿命性能を確保しながら、初期の短絡を抑制することができる。
【0046】
正極集電体に用いる鉛合金としては、耐食性および機械的強度の点で、Pb-Ca系合金、Pb-Ca-Sn系合金が好ましい。正極集電体は、組成の異なる鉛合金層を有してもよく、合金層は1層であってもよく、複数層でもよい。
【0047】
正極板の下部の一対の隅部の少なくとも一方は面取りされている。これにより、隅部には、正極板が欠除した部分(欠除部分)が形成される。正極板の下部の一対の隅部のうち、少なくとも一方が面取りされていればよく、双方が面取りされていてもよい。
【0048】
正極板を正面から見たとき、下部の隅部における欠除部分の総面積S(=S1+S2)が、正極板の面積Aおよび欠除部分の総面積Sの合計に占める割合R1は、例えば、0.1%以上または0.5%以上である。長期間充放電を繰り返す場合でも、脱落した正極電極材料を収容するのに十分な空間を確保し易い観点からは、割合R1は、1%以上が好ましく、2%以上がより好ましい。より高容量を確保する観点からは、欠除部分の割合R1は、6%以下が好ましく、4%以下がより好ましい。
【0049】
欠除部分の割合R1は、0.1%以上6%以下(または4%以下)、0.5%以上6%以下(または4%以下)、1%以上6%以下(または4%以下)、あるいは2%以上6%以下(または4%以下)であってもよい。
【0050】
面積Aは、極板の一方の主たる表面の写真において、電極材料が存在する部分とそれ以外の領域とを二値化処理し、電極材料が存在する部分の面積を算出することにより求められる。
【0051】
下部の隅部における欠除部分の面積S1およびS2のそれぞれは、後述の
図1を参照して、次のような手順で求められる。なお、
図1の例では、欠如部分は、極板の下部の双方の隅部に形成されており、X1およびX2で示されている。
極板の耳部を除く部分は、極板を正面から見たときに、ほぼ矩形(長方形または正方形)の形状をしている。極板の投影形状の輪郭は、極板の底辺の延在方向である第1方向(水平方向)と平行に延びる直線部分L1と、第1方向に交差する第2方向(鉛直方向)に平行に延びる直線部分L2と、を有し、直線部分L1とL2とは、接続部分Cを介して連結されている。接続部分Cの形状は特に制限されないが、例えば、曲線、および第1方向および第2方向から傾いた直線からなる群より選択される少なくとも1つを含んで構成され得る。
【0052】
直線部分L1をL2側に延長した延伸線E1、および、直線部分L2をL1側に延長した延伸線E2を考える。欠除部分の面積S1およびS2のそれぞれは、延伸線E1、延伸線E2、および、接続部分Cで囲まれた領域の面積を算出することにより求められる。
【0053】
欠除部分の総面積S(=S1+S2)の割合R1は、下記式(1)により求められる。
R1=S/(A+S) (1)
極板の面積Aと欠除部分の総面積Sとの合計(=A+S)としては、既述の矩形Aの面積を用いるものとする。矩形Aの面積は、矩形Aの高さHと幅Wとの積である。
【0054】
正極板の下部における欠除部分の総面積Sは、例えば、1cm2以上であり、2cm2以上であってもよい。総面積Sは、例えば、7cm2以下であり、4.5cm2以下であってもよい。
【0055】
総面積Sは、1cm2以上(または2cm2以上)7cm2以下、あるいは1cm2以上(または2cm2以上)4.5cm2以下であってもよい。
【0056】
正極板の下部の一対の隅部の双方が面取りされている場合、各隅部に形成される欠除部分の面積S1と面積S2とは同じであってもよく、異なっていてもよい。また、各隅部に形成される欠除部分を極板の正面から見たときの形状は、同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0057】
下部の隅部が面取りされた状態の正極板は、未化成または化成後の正極板を作製した後に、下部の隅部を除去することにより作製してもよい。また、下部の隅部が面取りされた状態の正極板は、正極集電体の正極板の下部に相当する部分において、一対の隅部の少なくとも一方が面取りされた状態の正極集電体を用いて作製してもよい。隅部が面取りされた状態の正極集電体は、各隅部に角部が存在する状態で作製された正極集電体の角部およびその周辺部分を面取りすることにより形成してもよい。また、正極集電体を作製する際に、面取りされた状態の隅部を形成してもよい。例えば、打ち抜き加工により正極集電体を形成する場合には、隅部が面取りされた形状に打ち抜き加工される。鋳造により正極集電体を形成する場合には、隅部を面取りした形状の型を用いて鋳造することにより隅部が面取りされた状態の正極集電体が形成される。
【0058】
正極板に含まれる正極電極材料は、酸化還元反応により容量を発現する正極活物質(二酸化鉛もしくは硫酸鉛)を含む。正極電極材料は、必要に応じて、他の添加剤(補強材など)を含んでもよい。
【0059】
添加剤の補強材としては、例えば、繊維(無機繊維、有機繊維など)が挙げられる。有機繊維を構成する樹脂(または高分子)としては、例えば、アクリル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂(ポリプロピレン系樹脂、ポリエチレン系樹脂など)、ポリエステル系樹脂(ポリアルキレンアリーレート(ポリエチレンテレフタレートなど)を含む)、およびセルロース類(セルロース、セルロース誘導体(セルロースエーテル、セルロースエステルなど)など)からなる群より選択される少なくとも一種が挙げられる。セルロース類には、レーヨンも含まれる。
【0060】
正極電極材料中の補強材の量は、例えば、0.03質量%以上である。また、正極電極材料中の補強材の量は、例えば、0.5質量%以下である。
【0061】
正極電極材料中の補強材の量は、次の手順で求めることができる。補強材の分析は、満充電状態の鉛蓄電池から取り出した正極板から採取した正極電極材料を用いて行われる。
【0062】
正極電極材料は、次の手順で正極板から回収される。まず、満充電状態の鉛蓄電池を解体し、入手した正極板を3~4時間水洗することにより、正極板中の電解液を取り除く。水洗した正極板を60℃±5℃の恒温槽で5時間以上乾燥する。乾燥後に、正極板に貼付部材が含まれる場合には、剥離により正極板から貼付部材が除去される。正極板を正面から見たときに上下および左右の中央付近から正極電極材料を採取することにより、分析用の正極電極材料(以下、サンプルAと称する)が得られる。サンプルAは必要に応じて粉砕して分析に用いられる。
【0063】
粉砕されたサンプルAを採取し、正確に秤量する。次いで、サンプルAを、硝酸水溶液(濃度:25質量%)および酒石酸水溶液(濃度:500g/L)の混合溶液(硝酸水溶液と酒石酸水溶液との混合比(体積比)=7:2)に添加し、加熱下で攪拌しながら可溶分を溶解させる。得られる混合物を、メンブレンフィルター(平均孔径:0.45μm以下)を用いて濾過する。これにより、正極電極材料に含まれる補強材が、濾紙上の固形物として得られる。得られた固形物を水洗および乾燥する。乾燥物の質量を測定する。乾燥物の質量がサンプルAの質量に占める比率(百分率)を求める。この比率が正極電極材料中の補強材の量に相当する。
【0064】
未化成のペースト式正極板は、正極集電体に、正極ペーストを充填し、熟成および乾燥することにより得られる。正極ペーストは、鉛粉、アンチモン化合物、および必要に応じて他の添加剤(補強材など)に、水および硫酸を加えて混練することで調製される。
【0065】
未化成の正極板を化成することにより正極板が得られる。化成は、鉛蓄電池の電槽内の硫酸を含む電解液中に、未化成の正極板を含む極板群を浸漬させた状態で、極板群を充電することにより行うことができる。ただし、化成は、鉛蓄電池または極板群の組み立て前に行ってもよい。
【0066】
(負極板)
鉛蓄電池の負極板は、負極集電体と、負極電極材料とで構成されている。負極集電体は、正極集電体の場合と同様にして形成できる。
【0067】
負極集電体に用いる鉛合金は、Pb-Sb系合金、Pb-Ca系合金、Pb-Ca-Sn系合金のいずれであってもよい。これらの鉛もしくは鉛合金は、更に、添加元素として、Ba、Ag、Al、Bi、As、Se、Cuなどからなる群より選択された少なくとも1種を含んでもよい。負極集電体は、組成の異なる鉛合金層を有してもよく、合金層は1層であってもよく、複数層でもよい。
【0068】
負極板の下部の一対の隅部の少なくとも一方は面取りされていてもよい。隅部が面取りされている場合、隅部には、負極板が欠除した部分(欠除部分)が形成される。負極板の下部の隅部の双方が面取りされていなくてもよい。
【0069】
負極板の隅部が面取りされている場合、負極板について、正極板の場合に準じて求められる下部の隅部における総面積Sが、負極板の面積Aおよび欠除部分の総面積Sの合計に占める割合R1は、正極について記載した範囲から選択してもよい。
【0070】
負極板の下部の一対の隅部の双方が面取りされている場合、各隅部に形成される欠除部分の面積S1と面積S2とは同じであってもよく、異なっていてもよい。また、各隅部に形成される欠除部分を極板の正面から見たときの形状は、同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0071】
対向する正極板と負極板とで、対向する欠除部分の面積S1同士は、同じであってもよく、異なっていてもよい。また、対向する欠除部分の面積S2同士は同じであってもよく、異なっていてもよい。対向する欠除部分同士の形状は同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0072】
負極板の下部の隅部において、欠除部分が形成されていなかったり、欠除部分の面積が対向する正極板の隅部の欠除部分の面積よりも小さかったりすると、正極板と対向しない非対向部が形成される。負極板が、下部の隅部において、このような非対向部を有する場合、わずかではあるが、水素ガスの発生量が増加し、電解液の対流が起こり易くなるため、成層化を抑制する観点から、さらに有利である。
【0073】
正極板を負極板に重ねた状態を、正極板の正面から見たときに、負極板の下部の隅部における非対向部の総面積S0が、負極板の面積Aおよび欠除部分の総面積S(=S1+S2)の合計に占める割合R2は、例えば、0.1%以上または0.5%以上である。電解液の拡散効果がより高まる観点からは、割合R2は、1%以上が好ましく、2%以上がより好ましい。沈降した正極電極材料の浮遊を抑制する効果が高まる観点からは、非対向部の割合R2は、6%以下が好ましく、4%以下がより好ましい。
【0074】
非対向部の割合R2は、0.1%以上6%以下(または4%以下)、0.5%以上6%以下(または4%以下)、1%以上6%以下(または4%以下)、あるいは2%以上6%以下(または4%以下)であってもよい。
【0075】
非対向部の総面積S0の割合R2は、下記式(2)により求められる。
R2=S0/(A+S) (2)
極板の面積Aと欠除部分の総面積Sとの合計(=A+S)としては、既述の矩形Aの面積を用いるものとする。矩形Aの面積は、矩形Aの高さHと幅Wとの積である。面積Aおよび総面積Sは、正極板の場合に準じて求めることができる。
【0076】
非対向部の総面積S0は、対向する正極板および負極板について、正極板を負極板に重ねた状態を、正極板の正面から見たときに、負極板の下部の各隅部における非対向部の投影面積の合計である。総面積S0は、対向する正極板および負極板について、正極板を負極板に重ねた状態を、正極板の正面から撮影した写真において、非対向部と、それ以外の部分とを二値化処理し、各隅部における非対向部の各面積を求め、合計することにより求められる。
【0077】
負極板の下部の隅部における非対向部の総面積S0は、例えば、1cm2以上であり、2cm2以上であってもよい。総面積S0は、例えば、7cm2以下であり、4.5cm2以下であってもよい。
【0078】
総面積S0は、1cm2以上(または2cm2以上)7cm2以下、あるいは1cm2以上(または2cm2以上)4.5cm2以下であってもよい。
【0079】
下部の隅部が面取りされた状態の負極板は、正極板の場合に準じて作製できる。
【0080】
負極電極材料は、酸化還元反応により容量を発現する負極活物質(鉛もしくは硫酸鉛)を含む。負極電極材料は、Tl元素を含む。負極電極材料は、Sb元素を含んでいてもよい。また、負極電極材料は、有機防縮剤、炭素質材料、硫酸バリウムなどを含んでもよい。負極電極材料は、必要に応じて、他の添加剤(補強材など)を含んでもよい。
【0081】
負極電極材料中のTl元素の含有量は、質量基準で、1ppm以上である。Tl元素の質量基準の含有量が1ppm未満である場合、成層化を抑制する効果が低く、IS寿命性能の十分な向上効果を確保することが難しい。成層化のより高い抑制効果が得られ易い観点からは、負極電極材料中のTl元素の質量基準の含有量は、2.5ppm以上または3ppm以上が好ましく、8ppm以上または9ppm以上であってもよい。負極電極材料中のTl元素の質量基準の含有量は、33ppm未満である。Tl元素の質量基準の含有量が33ppm以上になると、負極板における充電量の増加が顕著になり、これにより、充電時の正極集電体の腐食が進行することで、IS寿命性能が低下する。正極集電体の腐食の進行を抑制して、より高いIS寿命性能が得られる観点からは、負極電極材料中のTl元素の質量基準の含有量は、31ppm以下であることが好ましく、30ppm以下がより好ましい。
【0082】
負極電極材料中のTl元素の含有量は、質量基準で、1ppm以上33ppm未満(または31ppm以下)、2.5ppm以上33ppm未満(または31ppm以下)、3ppm以上33ppm未満(または31ppm以下)、8ppm以上33ppm未満(または31ppm以下)、9ppm以上33ppm未満(または31ppm以下)、1ppm以上(または2.5ppm以上)30ppm以下、3ppm以上(または8ppm以上)30ppm以下、あるいは9ppm以上30ppm以下であってもよい。
【0083】
負極電極材料中のSb元素の含有量は、質量基準で、40ppm以下であり、35ppm以下であってもよい。Sb元素の含有量が40ppmより大きくなると、自己放電が大きくなる。その結果、IS寿命性能が低下する。
【0084】
有機防縮剤としては、リグニン、リグニンスルホン酸またはその塩、合成有機防縮剤(フェノール化合物のホルムアルデヒド縮合物など)などが挙げられる。負極電極材料は、有機防縮剤を一種含んでいてもよく、二種以上含んでいてもよい。
【0085】
負極電極材料中の有機防縮剤の含有量は、例えば、0.01質量%以上である。有機防縮剤の含有量は、例えば、1質量%以下である。
【0086】
炭素質材料としては、カーボンブラック、黒鉛(人造黒鉛、天然黒鉛など)、ハードカーボン、ソフトカーボンなどが挙げられる。負極電極材料は、炭素質材料を一種含んでいてもよく、二種以上含んでいてもよい。
【0087】
負極電極材料中の炭素質材料の含有量は、例えば、0.1質量%以上である。炭素質材料の含有量は、例えば、3質量%以下であってもよい。
【0088】
負極電極材料中の硫酸バリウムの含有量は、例えば、0.1質量%以上である。硫酸バリウムの含有量は、例えば、3質量%以下である。
【0089】
補強材としては、例えば、繊維(無機繊維、有機繊維(正極電極材料の補強材について記載した樹脂で構成された有機繊維など)など)が挙げられる。
【0090】
負極電極材料中の補強材の量は、例えば、0.03質量%以上である。また、負極電極材料中の補強材の量は、例えば、0.5質量%以下である。
【0091】
充電状態の負極活物質は、海綿状鉛であるが、未化成の負極板は、通常、鉛粉を用いて作製される。
【0092】
負極板は、負極集電体に、負極ペーストを充填し、熟成および乾燥することにより未化成の負極板を作製し、その後、未化成の負極板を化成することにより形成できる。負極ペーストは、鉛粉と有機防縮剤および必要に応じて各種添加剤に、水と硫酸を加えて混練することで作製する。負極電極材料がTl元素を含む負極板は、例えば、添加剤として、Tl化合物(酸化物、塩など)を用いることにより形成できる。負極電極材料がSb元素を含む負極板は、例えば、添加剤として、Sb化合物(酸化物、塩など)を用いることにより形成できる。
【0093】
熟成工程では、室温より高温かつ高湿度で、未化成の負極板を熟成させることが好ましい。
【0094】
化成は、鉛蓄電池の電槽内の硫酸を含む電解液中に、未化成の負極板を含む極板群を浸漬させた状態で、極板群を充電することにより行うことができる。ただし、化成は、鉛蓄電池または極板群の組み立て前に行ってもよい。化成により、海綿状鉛が生成する。
【0095】
(負極電極材料またはその構成成分の分析)
以下、負極電極材料中の有機防縮剤、炭素質材料、硫酸バリウム、補強材、Tl元素およびSb元素の定量方法について記載する。負極電極材料の構成成分の定量分析は、満充電状態の鉛蓄電池から取り出した負極板から採取した負極電極材料を用いて行われる。
【0096】
負極電極材料は、次の手順で負極板から回収される。まず、満充電状態の鉛蓄電池を解体して分析対象の負極板を入手する。入手した負極板を水洗し、負極板から硫酸分を除去する。水洗は、水洗した負極板表面にpH試験紙を押し当て、試験紙の色が変化しないことが確認されるまで行う。ただし、水洗を行う時間は、2時間以内とする。水洗した負極板は、減圧環境下、60±5℃で6時間程度乾燥する。乾燥後に、負極板に貼付部材が含まれる場合には、剥離により負極板から貼付部材が除去される。次に、負極板から負極電極材料を分離してすることによりサンプル(以下、サンプルBと称する)を得る。サンプルBは、必要に応じて粉砕され、分析に供される。
【0097】
《有機防縮剤、Tl元素およびSb元素の定量》
粉砕されたサンプルBを1mol/LのNaOH水溶液に浸漬し、有機防縮剤を抽出する。抽出された有機防縮剤を含むNaOH水溶液から不溶成分を濾過で除き、濾液(以下、濾液Cとも称する。)回収する。
【0098】
濾液Cの所定量を測り取り、必要に応じてイオン交換水で希釈して定容する。濾液または希釈された濾液を、Tl元素およびSb元素の定量用の溶液として用いる。誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)発光分光法により、溶液中のTi元素およびSb元素のそれぞれの発光強度を測定する。そして、予め作成した検量線を用いて溶液中に含まれるTl元素およびSb元素のそれぞれの質量を求める。得られたTl元素およびSb元素のそれぞれの質量と、測り取った濾液Cの量とから、分析に供したサンプルBの質量に占めるTl元素およびSb元素のそれぞれの割合を、負極電極材料中のTl元素およびSb元素のそれぞれの含有量として求める。ICP発光分光法による分析は、日立ハイテクサイエンス社製のSPECTRO-ARCOSを用いて行われる。
【0099】
濾液Cの所定量を測り取り、脱塩した後、濃縮し、乾燥すれば、有機防縮剤の粉末(以下、サンプルDとも称する。)が得られる。脱塩は、脱塩カラムを用いて行うか、濾液Cをイオン交換膜に通すことにより行うか、もしくは、濾液Cを透析チューブに入れて蒸留水中に浸すことにより行われる。
【0100】
サンプルDの赤外分光スペクトル、サンプルDを蒸留水等に溶解して得られる溶液の紫外可視吸収スペクトル、サンプルDを重水等の溶媒に溶解して得られる溶液のNMRスペクトル、または物質を構成している個々の化合物の情報を得ることができる熱分解GC-MSなどから得た情報を組み合わせて、有機防縮剤を特定する。
【0101】
上記濾液Cの紫外可視吸収スペクトルを測定する。スペクトル強度と予め作成した検量線と測り取った濾液Cの量とサンプルBの質量とから、負極電極材料中の有機防縮剤の含有量を定量する。分析対象の有機防縮剤の構造式の厳密な特定ができず、同一の有機防縮剤の検量線を使用できない場合は、分析対象の有機防縮剤と類似の紫外可視吸収スペクトル、赤外分光スペクトル、NMRスペクトルなどを示す、入手可能な有機防縮剤を使用して検量線を作成する。
【0102】
《炭素質材料、硫酸バリウム、および補強材の定量》
粉砕されたサンプルB10gに対し、20質量%濃度の硝酸を50mL加え、約20分加熱し、鉛成分を鉛イオンとして溶解させる。次に、得られた溶液を濾過して、炭素質材料、硫酸バリウム等の固形分を濾別する。
【0103】
得られた固形分を水中に分散させて分散液とした後、篩いを用いて分散液から補強材を回収する。補強材を、水洗および乾燥し、質量を測定する。乾燥物の質量がサンプルBの質量に占める比率(百分率)を求める。この比率が負極電極材料中の補強材の量に相当する。
【0104】
補強材を除去した後の分散液に対し、予め質量を測定したメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過を施し、濾別された試料とともにメンブレンフィルターを110℃±5℃の乾燥器で乾燥する。得られる試料は、炭素質材料と硫酸バリウムとの混合試料(以下、サンプルEとも称する)である。乾燥後のサンプルEとメンブレンフィルターとの合計質量からメンブレンフィルターの質量を差し引いて、サンプルEの質量(Mm)を測定する。その後、乾燥後のサンプルEをメンブレンフィルターとともに坩堝に入れ、700℃以上で灼熱灰化させる。残った残渣は酸化バリウムである。酸化バリウムの質量を硫酸バリウムの質量に変換して硫酸バリウムの質量(MB)を求める。質量Mmから質量MBを差し引いて炭素質材料の質量を算出する。
【0105】
(セパレータ)
セパレータは、シート状であってもよい。また、シートを蛇腹状に折り曲げたものをセパレータとして用いてもよい。セパレータは袋状に形成してもよく、正極板または負極板のうちのいずれか一方を袋状のセパレータに包んでもよい。沈降した正極電極材料を介して、正極板と負極板とが短絡することを抑制し易い観点からは、袋状のセパレータで負極板を収容することが好ましい。
【0106】
セパレータは、例えば、ポリマー材料(以下、ベースポリマーとも称する。)と、造孔剤と、浸透剤(界面活性剤)とを含む樹脂組成物をシート状に押し出し成形した後、造孔剤を除去することにより得られる。少なくとも一部の造孔剤を除去することで、ベースポリマーのマトリックス中に微細孔が形成される。樹脂組成物は、さらに無機粒子を含んでもよい。シート状のセパレータは、必要に応じて、蛇腹状に折り曲げたり、袋状に加工したりしてもよい。
【0107】
セパレータに含まれるベースポリマーとしては、少なくともポリオレフィンが用いられる。ベースポリマーとして、ポリオレフィンと他のベースポリマーとを併用してもよい。他のベースポリマーとしては、鉛蓄電池のセパレータに使用されるものであれば特に制限されない。セパレータに含まれるベースポリマー全体に占めるポリオレフィンの比率は、例えば、50質量%以上であり、80質量%以上であってもよく、90質量%以上であってもよい。ポリオレフィンの比率は、例えば、100質量%以下である。ベースポリマーをポリオレフィンのみで構成してもよい。
【0108】
ポリオレフィンとしては、例えば、少なくともC2-3オレフィンをモノマー単位として含む重合体が挙げられる。C2-3オレフィンとして、エチレンおよびプロピレンからなる群より選択される少なくとも一種が挙げられる。ポリオレフィンとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、C2-3オレフィンをモノマー単位として含む共重合体(例えば、エチレン-プロピレン共重合体)がより好ましい。ポリオレフィンの中では、少なくともエチレン単位を含むポリオレフィン(ポリエチレン、エチレン-プロピレン共重合体など)を用いることが好ましい。エチレン単位を含むポリオレフィン(ポリエチレン、エチレン-プロピレン共重合体など)と他のポリオレフィンとを併用してもよい。
【0109】
無機粒子としては、例えば、セラミックス粒子が好ましい。セラミックス粒子を構成するセラミックスとしては、例えば、シリカ、アルミナ、およびチタニアからなる群より選択される少なくとも一種が挙げられる。
【0110】
セパレータ中に占める無機粒子の含有量は、例えば、40質量%以上であり、50質量%以上であってもよい。無機粒子の含有量は、例えば、80質量%以下であり、75質量%以下または70質量%以下であってもよい。
【0111】
セパレータ中に占める無機粒子の含有量は、40質量%以上(または50質量%以上)80質量%以下、40質量%以上(または50質量%以上)75質量%以下、あるいは40質量%以上(または50質量%以上)70質量%以下であってもよい。
【0112】
造孔剤としては、液状造孔剤および固形造孔剤などが挙げられる。セパレータの酸化劣化を抑制する効果がさらに高まり、より高いIS寿命性能を確保する観点からは、造孔剤として、少なくともオイルを用いることが好ましい。造孔剤は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。オイルと他の造孔剤とを併用してもよい。液状造孔剤と、固形造孔剤とを併用してもよい。なお、室温(20℃以上35℃以下の温度)において、液状の造孔剤を液状造孔剤、固形の造孔剤を固形造孔剤と分類する。
【0113】
液状造孔剤としては、鉱物オイル、合成オイルなどが好ましい。液状造孔剤としては、例えば、パラフィンオイル、シリコーンオイルが挙げられる。固形造孔剤としては、例えば、ポリマー粉末が挙げられる。
【0114】
セパレータ中の造孔剤量は、種類によっては変化することがあるため、一概にはいえないが、ベースポリマー100質量部あたり、例えば30質量部以上である。また、造孔剤量は、例えば、60質量部以下である。
【0115】
セパレータ中のオイルの含有量は、例えば、5質量%以上である。セパレータの酸化劣化を抑制する効果がさらに高まる観点からは、セパレータ中のオイルの含有量は、10質量%以上が好ましく、12質量%以上がより好ましい。セパレータ中のオイルの含有量は、例えば、20質量%以下であり、18質量%以下であることが好ましい。この場合、セパレータをさらに低抵抗化し易い。
【0116】
セパレータ中のオイルの含有量は、5質量%以上20質量%以下(または18質量%以下)、10質量%以上20質量%以下(または18質量%以下)、あるいは12質量%以上20質量%以下(または18質量%以下)であってもよい。
【0117】
浸透剤としての界面活性剤としては、例えば、イオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤のいずれであってもよい。界面活性剤は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0118】
セパレータ中の浸透剤量は、ベースポリマー100質量部あたり、例えば、0.1質量部以上であり、0.5質量部以上であってもよい。また、浸透剤量は、例えば、10質量部以下であり、5質量部以下であってもよい。
【0119】
セパレータ中の浸透剤量は、ベースポリマー100質量部あたり、0.1質量部以上(または0.5質量部以上)10質量部以下、あるいは0.1質量部以上(0.5質量部以上)5質量部以下であってもよい。
【0120】
セパレータ中に占める浸透剤の含有量は、例えば、0.01質量%以上であり、0.1質量%以上であってもよい。浸透剤の含有量は、例えば、5質量%以下であり、10質量%以下であってもよい。
【0121】
セパレータ中に占める浸透剤の含有量は、0.01質量%以上(0.1質量部以上)10質量%以下、あるいは0.01質量%以上(0.1質量部以上)5質量%以下であってもよい。
【0122】
なお、セパレータは、リブを有するもの、およびリブを有さないもののいずれであってもよい。リブを有するセパレータは、例えば、ベース部とベース部の表面から立設されたリブとを備える。リブは、セパレータもしくは各ベース部の一方の表面のみに設けてもよく、両方の表面にそれぞれ設けてもよい。
【0123】
セパレータの厚みは、例えば、0.1mm以上である。セパレータの厚みは、0.3mm以下であってもよい。リブを有するセパレータでは、セパレータの厚みとは、ベース部の厚みを意味する。なお、セパレータの厚みは、セパレータにおける、極板の電極材料が配置された領域に対向する部分の厚みである。セパレータに貼付部材(マット、ペースティングペーパなど)が貼り付けられている場合には、貼付部材の厚みは、セパレータの厚みには含まれないものとする。
【0124】
リブは、樹脂組成物を押出成形する際にシートに形成してもよい。また、リブは、樹脂組成物をシート状に成形した後または造孔剤を除去した後に、各リブに対応する溝を有するローラでシートを押圧することにより形成してもよい。
【0125】
セパレータがリブを有する場合、リブの高さは、0.05mm以上であってもよい。また、リブの高さは、1.2mm以下であってもよい。リブの高さは、ベース部の表面から突出した部分の高さ(突出高さ)である。
【0126】
セパレータの正極板と対向する領域に設けられるリブの高さは、0.4mm以上であってもよい。セパレータの正極板と対向する領域に設けられるリブの高さは、1.2mm以下であってもよい。
【0127】
(セパレータの分析またはサイズの計測)
セパレータの分析またはサイズの計測には、使用初期の鉛蓄電池から取り出したセパレータが用いられる。
【0128】
鉛蓄電池から取り出したセパレータは、分析または計測に先立って、洗浄および乾燥される。
【0129】
鉛蓄電池から取り出したセパレータの洗浄および乾燥は、次の手順で行われる。鉛蓄電池から取り出したセパレータを純水中に1時間浸漬し、セパレータ中の硫酸を除去する。次いで浸漬していた液体からセパレータを取り出して、25℃±5℃環境下で、16時間以上静置し、乾燥させる。なお、セパレータを鉛蓄電池から取り出す場合、セパレータは、満充電状態の鉛蓄電池から取り出される。
【0130】
(セパレータの厚み、ベース部の厚み、およびリブの高さ)
セパレータ(またはベース部)の厚みは、セパレータの断面写真において、任意に選択した5箇所について厚みを計測し、平均化することにより求められる。
【0131】
リブの高さは、セパレータの断面写真において、リブの任意に選択される10箇所において計測したリブのベース部の一方の表面からの高さを平均化することにより求められる。
【0132】
(セパレータ中のオイル含有量)
セパレータの要部を短冊状に加工してサンプル(以下、サンプルFと称する)を作製する。リブを有するセパレータでは、セパレータの要部において、リブを含まないように、ベース部を短冊状に加工してサンプルFを作製する。
【0133】
サンプルFの約0.5gを採取し、正確に秤量し、初期のサンプルの質量(m0)を求める。秤量したサンプルFを、適当な大きさのガラス製ビーカーに入れ、n-ヘキサン50mLを加える。次いで、ビーカーごと、サンプルに約30分間、超音波を付与することにより、サンプルF中に含まれるオイル分をn-ヘキサン中に溶出させる。次いで、n-ヘキサンからサンプルを取り出し、大気中、室温(20℃以上35℃以下の温度)で乾燥させた後、秤量することにより、オイル除去後のサンプルの質量(m1)を求める。そして、下記式により、オイルの含有量を算出する。10個のサンプルFについてオイルの含有量を求め、平均値を算出する。得られる平均値をセパレータ中のオイルの含有量とする。
オイルの含有量(質量%)=(m0-m1)/m0×100
【0134】
(セパレータ中の無機粒子の含有量)
上記と同様に作製したサンプルFの一部を採取し、正確に秤量した後、白金坩堝中に入れ、ブンゼンバーナーで白煙が出なくなるまで加熱する。次に、得られるサンプルを、電気炉(酸素気流中、550℃±10℃)で、約1時間加熱して灰化し、灰化物を秤量する。サンプルFの質量に占める灰化物の質量の比率(百分率)を算出し、上記の無機粒子の含有量(質量%)とする。10個のサンプルFについて無機粒子の含有量を求め、平均値を算出する。得られる平均値をセパレータ中の無機粒子の含有量とする。
【0135】
(セパレータ中の浸透剤の含有量)
上記と同様に作製したサンプルFの一部を採取し、正確に秤量した後、室温(20℃以上35℃以下の温度)で大気圧より低い減圧環境下で、12時間以上乾燥させる。乾燥物を白金セルに入れて、熱重量測定装置にセットし、昇温速度10K/分で、室温から800℃±1℃まで昇温する。室温から250℃±1℃まで昇温させたときの重量減少量を浸透剤の質量とし、サンプルFの質量に占める浸透剤の質量の比率(百分率)を算出し、上記の浸透剤の含有量(質量%)とする。熱重量測定装置としては、T.A.インスツルメント社製のQ5000IRが使用される。10個のサンプルFについて浸透剤の含有量を求め、平均値を算出する。得られる平均値をセパレータ中の浸透剤の含有量とする。
【0136】
(極板群)
極板群は、少なくとも1つの正極板と少なくとも1つの負極板と、正極板および負極板の間に介在するセパレータとを備えている。極板群が2つ以上の正極板を備える場合、少なくとも1つの正極板において、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされていればよい。より高いIS寿命性能を確保し易い観点からは、極板群に含まれる正極板の数の50%以上(好ましくは80%以上)において、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされていることが好ましい。極板群に含まれる正極板のうち、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされている正極板の数の割合は100%以下である。極板群に含まれる正極板の全てにおいて、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされていてもよい。
【0137】
鉛蓄電池は、極板群を1つ備えるものであってもよく、2つ以上備えるものであってもよい。鉛蓄電池が、2つ以上の極板群を備える場合、少なくとも1つの極板群が、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされている正極板を備えていればよい。より高いIS寿命性能を確保し易い観点からは、鉛蓄電池に含まれる極板群の数の50%以上(好ましくは80%以上)において、極板群が下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされた正極板を備えていることが好ましい。鉛蓄電池に含まれる極板群のうち、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされている正極板を備える極板群の割合は100%以下である。鉛蓄電池に含まれる極板群の全てにおいて、下部の一対の隅部の少なくとも一方が面取りされた正極板が含まれることが好ましい。
【0138】
極板群が2つ以上の負極板を備える場合、少なくとも1つの負極板において、負極電極材料中のTl元素およびSb元素の含有量が上述の範囲であればよい。より高いIS寿命性能を確保し易い観点からは、極板群に含まれる負極板の数の50%以上(好ましくは80%以上)において、負極電極材料中のTl元素およびSb元素の含有量が上述の範囲であることが好ましい。極板群に含まれる負極板のうち、負極電極材料中のTl元素およびSb元素の含有量が上述の範囲である負極板の数の割合は100%以下である。極板群に含まれる負極板の全てにおいて、負極電極材料中のTl元素およびSb元素の含有量が上述の範囲であってもよい。
【0139】
鉛蓄電池は、極板群を1つ備えるものであってもよく、2つ以上備えるものであってもよい。鉛蓄電池が、2つ以上の極板群を備える場合、少なくとも1つの極板群が、負極電極材料中のTl元素およびSb元素の含有量が上述の範囲である負極板を備えていればよい。より高いIS寿命性能を確保し易い観点からは、鉛蓄電池に含まれる極板群の数の50%以上(好ましくは80%以上)において、極板群が負極電極材料中のTl元素およびSb元素の含有量が上述の範囲である負極板を備えていることが好ましい。鉛蓄電池に含まれる極板群のうち、負極電極材料中のTl元素およびSb元素の含有量が上述の範囲である負極板を備える極板群の割合は100%以下である。鉛蓄電池に含まれる極板群の全てにおいて、負極電極材料中のTl元素およびSb元素の含有量が上述の範囲である負極板が含まれることが好ましい。
【0140】
(電解液)
電解液は、硫酸を含む水溶液である。電解液は、さらに、Naイオン、Liイオン、Mgイオン、およびAlイオンからなる群より選択される少なくとも一種などを含んでもよい。電解液は、必要に応じてゲル化させてもよい。
【0141】
電解液の20℃における比重は、例えば、1.10以上である。電解液の20℃における比重は、1.35以下であってもよい。なお、これらの比重は、既化成で満充電状態の鉛蓄電池の電解液についての値である。
【0142】
図1は、本発明の一実施形態に係る鉛蓄電池に用いられる極板100(正極板または負極板)の外観を示す平面図である。
図1の例では、極板100は正極板であるが、負極板であってもよい。
図1では、極板100の一部領域において電極材料の記載を省略することにより、電極材料で覆われた集電体の状態が併せて示されている。
【0143】
極板(正極板)100は、集電体(正極集電体)101と、集電体101に保持された電極材料(正極電極材料)102を備える。集電体101は、
図1の例では、エキスパンド格子である。集電体101は、打ち抜き集電体または鋳造集電体であってもよい。正極集電体101は、格子部103と、横骨部104、および耳部106を備える。横骨部104は、格子部103の一端部に設けられている。耳部106は、横骨部104に設けられている。
【0144】
耳部106を除く極板100の概略の形状は、幅Wおよび高さHの長方形状であるが、極板100の下部の一対の隅部が面取りされている。これにより、各隅部には、極板100が欠除した欠除部分X1およびX2が形成される。
【0145】
極板100の輪郭形状は、極板100の電極材料が存在する部分の輪郭形状である。極板100の輪郭形状は、極板100を正面から見たときに、電極材料が存在する部分の底辺に相当する極板100の水平方向に平行な直線部分L1と、両側部の辺に相当する極板100の鉛直方向に平行な2本の直線部分L2と、上辺に相当する直線部分L1に平行な直線部分L3と、下部の隅部において、直線部分L1と直線部分L2とを連結する接続部分Cと、を有する。図示例では、接続部分Cは、直線部分L1およびL2に対して傾いた直線で構成されているが、接続部分Cの形状はこの場合に限定されない。
【0146】
直線部分L1をL2側に延長した延伸線をE1とし、直線部分L2をL1側に延長した延伸線をE2とする。極板100では、下部の一対の隅部において、延伸線E1、延伸線E2、および接続部分Cで囲まれた領域が、隅部の面取りにより極板100が欠除している欠除部分X1およびX2である。欠除部分X1の面積はS1であり、欠除部分X2の面積はS2である。このような欠除部分X1およびX2が形成されることで、電槽の底部において空間が形成され、この空間に脱落した正極電極材料を収容することができる。これにより、負極電極材料中のTl元素およびSb元素の含有量が特定の範囲である負極板を用いても、高いIS寿命性能を確保することができる。
【0147】
図2に、本発明の実施形態に係る鉛蓄電池の一例の外観を示す。
鉛蓄電池1は、極板群11と電解液(図示せず)とを収容する電槽12を具備する。電槽12内は、隔壁13により、複数のセル室14に仕切られている。各セル室14には、極板群11が1つずつ収納されている。電槽12の開口部は、負極端子16および正極端子17を具備する蓋15で閉じられる。蓋15には、セル室毎に液口栓18が設けられている。補水の際には、液口栓18を外して補水液が補給される。液口栓18は、セル室14内で発生したガスを電池外に排出する機能を有してもよい。
【0148】
極板群11は、それぞれ複数枚の負極板2および正極板3を、セパレータ4を介して積層することにより構成されている。ここでは、負極板2を収容する袋状のセパレータ4を示すが、セパレータの形態は特に限定されない。電槽12の一方の端部に位置するセル室14では、複数の負極板2を並列接続する負極棚部6が貫通接続体8に接続され、複数の正極板3を並列接続する正極棚部5が正極柱7に接続されている。正極柱7は蓋15の外部の正極端子17に接続されている。電槽12の他方の端部に位置するセル室14では、負極棚部6に負極柱9が接続され、正極棚部5に貫通接続体8が接続される。負極柱9は蓋15の外部の負極端子16と接続されている。各々の貫通接続体8は、隔壁13に設けられた貫通孔を通過して、隣接するセル室14の極板群11同士を直列に接続している。
【0149】
以下、IS寿命性能の評価方法について説明する。
次の手順で、鉛蓄電池の端子電圧が7.2V(1.2V/セル)に到達するまでのサイクル数を求め、IS寿命性能の指標とする。
(a)満充電が完了後、最低16時間、鉛蓄電池を0℃±1℃の冷却室に置いた後、中央にあるいずれかのセルの電解液の温度が0℃±1℃であることを確認する。
(b)鉛蓄電池を定格容量として記載のAhの数値の10倍の電流(A)で1.0秒間放電する。
(c)鉛蓄電池を定格容量として記載のAhの数値の0.83倍の電流(A)で25秒間放電する。
(d)鉛蓄電池を14.0V(2.33V/セル)の電圧で30秒間充電する。
(e)上記(b)~(c)の放電および充電を1サイクルとして繰り返す。このとき、30サイクル毎に微小電流(20mA)を6時間放電する。
(f)上記(b)において端子電圧が7.2V(1.2V/セル)未満になったときのサイクル数を求める。
【0150】
[実施例]
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0151】
《鉛蓄電池A1~A14およびB1~B17》
下記の手順で、セパレータおよび極板を用いて各鉛蓄電池を作製した。表には、既述の手順で求められる負極電極材料中のTl元素およびSb元素の含有量を示すとともに、用いた極板の下部の隅部が面取りされているかどうかも合わせて示す。
【0152】
(1)正極板の作製
鉛酸化物、補強材(合成樹脂繊維)、水および硫酸を混合して正極ペーストを調製した。既述の手順で測定される正極電極材料中の補強材の量は、0.15質量%とした。正極ペーストをアンチモンが含有されていないPb-Ca-Sn系合金製のエキスパンド格子の網目部に充填し、熟成、乾燥し、幅100mm、高さ110mm、厚さ1.6mmの未化成の正極板を得た。
【0153】
(2)負極板の作製
鉛酸化物、カーボンブラック、硫酸バリウム、リグニン、補強材(合成樹脂繊維)、水、硫酸、必要に応じてタリウム(III)酸化物、および必要に応じて三酸化アンチモンを混合して負極ペーストを調製した。負極ペーストをアンチモンが含有されていないPb-Ca-Sn系合金製のエキスパンド格子の網目部に充填し、熟成、乾燥し、幅100mm、高さ110mm、厚さ1.3mの未化成の負極板を得た。カーボンブラック、硫酸バリウム、リグニン、合成樹脂繊維の使用量は、満充電状態の鉛蓄電池から取り出した負極板について既述の手順で測定される各成分の量が、それぞれ0.3質量%、2.1質量%、0.1質量%および0.1質量%になるように調節した。タリウム(III)酸化物および三酸化アンチモンの使用量は、満充電状態の鉛蓄電池から取り出した負極板について既述の手順で測定されるTl元素およびSb元素の含有量が表に示す値となるように調節した。なお、B12~B15以外の鉛蓄電池における負極電極材料のSb含有量は、5~30ppmとした。
【0154】
(3)極板の下部の隅部における面取り
各鉛蓄電池において、下部の隅部が面取りされている極板が用いられる場合、このような極板は、上記(1)で作製した正極板または上記(2)で作製した負極板の下部の一対の隅部の双方において角部およびその周辺をC面取りすることにより作製した。極板を正面から見たときの、面取りにより除去された部分(つまり、欠除部分)の形状は、それぞれ、高さが17mmの直角二等辺三角形であり、欠除部分の面積S1およびS2の総面積Sは、289mm2であった。この場合、欠除部分の総面積Sの割合R1は、2.6%であった。
【0155】
(4)セパレータ
ポリエチレン100質量部と、シリカ粒子160質量部と、造孔剤としてのパラフィン系オイル80質量部と、2質量部の浸透剤を含む樹脂組成物をシート状に押出成形した後、造孔剤の一部を除去することにより、微多孔膜を作製した。記述の手順で求められるセパレータのオイル含有量は、12~18質量%であった。次に、シート状の微多孔膜を二つ折りにして袋を形成し、重ね合わせた両端部を溶着して、袋状セパレータを得た。袋状セパレータは、外面において突出するリブ(外リブ)が設けられていた。外リブの高さは0.6mmであり、ベース部の厚みは0.20mmであった。
【0156】
(5)鉛蓄電池の作製
未化成の負極板を、袋状セパレータに収容し、正極板と積層し、未化成の負極板7枚と未化成の正極板6枚とで極板群を形成した。
【0157】
正極板の耳部同士および負極板の耳部同士をそれぞれキャストオンストラップ(COS)方式で正極棚部および負極棚部と溶接した。極板群をポリプロピレン製の電槽に挿入し、電解液を注液して、電槽内で化成を施して、定格電圧12Vおよび定格容量が30Ah(5時間率容量(定格容量に記載のAhの数値の1/5の電流(A)で放電するときの容量))の液式の鉛蓄電池を組み立てた。なお、電槽内では6個の極板群が直列に接続されている。
【0158】
電解液としては、硫酸水溶液を用いた。化成後の電解液の20℃における比重は1.285であった。
【0159】
各鉛蓄電池について、IS寿命性能を既述の手順で評価した結果を表に示す。表では、IS寿命性能は、鉛蓄電池B1のサイクル数を100とした相対値で示されている。
なお、A1~A14は実施例である。B1~B17は比較例である。
【0160】
【0161】
表1に示されるように、下部の隅部が面取りされていない極板を用いる場合には、負極電極材料中のTl元素の質量基準の含有量を1ppm以上33ppm未満に調節しても、負極電極材料がTl元素を含まない場合よりもIS寿命性能が低下する(B1とB2~B8との比較)。また、負極電極材料がTl元素を含まない場合には、下部の隅部が面取りされている正極板を用いても、IS寿命性能は低下する(B1とB10との比較)。これらの結果からは、負極電極材料中のTl元素の含有量を上記の範囲としても、また、下部の隅部が面取りされていない正極板を用いても、IS寿命性能が低下すると予想される。ところが、実際に、下部の隅部が面取りされている正極板と負極電極材料中のTl元素の質量基準の含有量が1ppm以上33ppm未満である負極板とを組み合わせると、IS寿命性能が向上する(B1およびB10とA1~A7との比較)。このように、負極電極材料中のTl元素の含有量を特定の範囲に制御することが、IS寿命性能に及ぼす影響は、下部の隅部が面取りされていない極板と組み合わせる場合と、下部の隅部が面取りされている正極板と組み合わせる場合とで挙動が大きく異なる。なお、負極電極材料中のTl元素の質量基準の含有量が33ppm以上になると、極板の下部の隅部が面取りされているか否かにかかわらず、IS寿命性能は大きく低下し(B8とB9の比較、およびA7とB11との比較)、B9とB11とで結果に差がない。
【0162】
【0163】
表2に示されるように、下部の隅部が面取りされていない負極板を用いる場合には、下部の隅部が面取りされている負極板を用いる場合に比べて、IS寿命性能をさらに向上することができる(A1~A7とA8~A14との比較)。
【0164】
【0165】
表3に示されるように、負極電極材料中のTl元素の質量基準の含有量が1ppm以上33ppm未満である場合、下部の隅部が面取りされている正極板を用いても、負極電極材料中のSb元素の質量基準の含有量が40ppmを超えると、IS寿命性能の向上効果は全く得られない(A10およびA14とB12~B15との比較)。負極電極材料中のSb元素の含有量を40ppm未満とすることで、Tl元素および正極板の下部の隅部の面取りによる効果が顕在化すると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0166】
本発明の上記側面に係る鉛蓄電池は、例えば、IS用途(ISS車用の鉛蓄電池など)、様々な車両(自動車、バイクなど)の始動用電源などに適している。また、鉛蓄電池は、産業用蓄電装置(電動車両など)などの電源に用いてもよい。なお、これらの用途は単なる例示であり、本発明の上記側面に係る鉛蓄電池の用途は、これらに限定されるものではない。
【符号の説明】
【0167】
1:鉛蓄電池、2:負極板、3:正極板、4:セパレータ、5:正極棚部、6:負極棚部、7:正極柱、8:貫通接続体、9:負極柱、11:極板群、12:電槽、13:隔壁、14:セル室、15:蓋、16:負極端子、17:正極端子、18:液口栓、100:極板、101:集電体(正極集電体)、102:電極材料(正極電極材料)、103:格子部、104:横骨部、106:耳部