(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】レーダ装置及び方位推定方法
(51)【国際特許分類】
G01S 7/02 20060101AFI20240326BHJP
G01S 13/931 20200101ALI20240326BHJP
G01S 13/86 20060101ALI20240326BHJP
【FI】
G01S7/02 218
G01S13/931
G01S13/86
(21)【出願番号】P 2021136369
(22)【出願日】2021-08-24
【審査請求日】2023-07-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】黒野 泰寛
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼山 卓也
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 裕
(72)【発明者】
【氏名】保木口 真忠
【審査官】藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-071530(JP,A)
【文献】特開2017-091029(JP,A)
【文献】特開2014-064114(JP,A)
【文献】特開2003-344534(JP,A)
【文献】特開2011-038837(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0025906(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 3/00- 3/74
G01S 7/00- 7/42
G01S 13/00-13/95
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の送信アンテナ(Txm)と、
複数の受信アンテナ(Rxn)と、
前記複数の送信アンテナと前記複数の受信アンテナとで構成される仮想アレーにより受信された第1受信信号を、コヒーレントに処理して、ターゲットの方位である第1方位を推定するように構成された第1方位推定部(30,S70,S100,S210)と、
前記複数の送信アンテナと前記複数の受信アンテナのうちの1つから成る少なくとも1つの組、又は、前記複数の送信アンテナのうちの1つと前記複数の受信アンテナから成る少なくとも1つの組で構成されるアンテナアレーにより受信された第2受信信号を、送信間又は受信間でコヒーレントに処理して、前記ターゲットの方位である第2方位を推定するように構成された第2方位推定部(30,S80,S120,S220)と、
周囲環境及び/又は前記ターゲットの検知状況に応じて、前記第1方位及び前記第2方位のうちの一方を採用するように構成された選択部(30,S70,S80)と、を備える、
レーダ装置。
【請求項2】
前記レーダ装置(100)は車両(50)に搭載されており、
前記周囲環境は、前記車両が走行中の道路の曲率半径を含み、
前記選択部は、前記曲率半径が所定値よりも小さい場合に、前記第2方位を採用するように構成されている、
請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項3】
カメラ(80)により撮影された前記道路の画像を取得し、取得した前記画像における前記道路の形状に基づいて、前記曲率半径を推定するように構成された第1曲率推定部(30,S50)を更に備える、
請求項2に記載のレーダ装置。
【請求項4】
地図情報とGPS受信機(90)から出力された前記車両の現在位置情報とに基づいて、前記曲率半径を推定するように構成された第2曲率推定部(30,S50)を更に備える、
請求項2に記載のレーダ装置。
【請求項5】
前記検知状況は、前記ターゲットまでの距離を含み、
前記選択部は、前記距離に応じて、前記第1方位及び前記第2方位のうちの一方を採用するように構成されている、
請求項1~4のいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項6】
前記検知状況は、前記第1方位において前記第1受信信号を復元した信号である第1復元信号と前記第1受信信号との誤差である第1誤差と、前記第2方位において前記第2受信信号を復元した信号である第2復元信号と前記第2受信信号との誤差である第2誤差と、を含み、
前記選択部は、前記第1誤差が前記第2誤差よりも小さい場合には、前記第1方位を採用し、前記第1誤差が前記第2誤差よりも大きい場合には、前記第2方位を採用するように構成されている、
請求項1~5のいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項7】
前記第1方位推定部は、前記第1受信信号の相関行列の固有値の大きさから到来する波数である第1波数を推定するように構成され、
前記第2方位推定部は、前記第2受信信号の相関行列の固有値の大きさから到来する波数である第2波数を推定するように構成され、
前記検知状況は、前記第1波数及び前記第2波数を含み、
前記選択部は、前記第1波数が前記第2波数よりも小さい場合には、前記第1方位を採用し、前記第1波数が前記第2波数よりも大きい場合には、前記第2方位を採用するように構成されている、
請求項1~6のいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項8】
前記ターゲットは、過去に検知されている検知済みターゲットを含み、
前記検知状況は、過去の検知情報から予測された前記検知済みターゲットの方位である方位予測値を含み、
前記選択部は、前記第1方位及び前記第2方位のうち、前記方位予測値に近い方の方位を採用するように構成されている、
請求項1~7のいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項9】
前記ターゲットを車両と想定して、前記ターゲットの傾きを推定する傾き推定部(30,S310)を更に備え、
前記検知状況は、前記傾き推定部により推定された前記ターゲットの傾きを含み、
前記選択部は、前記ターゲットの傾きが傾き閾値以上である場合には、前記第2方位を採用するように構成されている、
請求項1~8のいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項10】
前記仮想アレーのアンテナ間隔は、前記アンテナアレーのアンテナ間隔と同一である、
請求項1~9のいずれか1項に記載のレーダ装置。
【請求項11】
複数の送信アンテナ(Txm)から送信波を送信し、
前記複数の送信アンテナと複数の受信アンテナ(Rxn)とで構成される仮想アレーにより受信された第1受信信号を、コヒーレントに処理して、ターゲットの方位である第1方位を推定し(S70,S100,S210)、
前記複数の送信アンテナと前記複数の受信アンテナのうちの1つから成る少なくとも1つの組、又は、前記複数の送信アンテナのうちの1つと前記複数の受信アンテナから成る少なくとも1つの組で構成されるアンテナアレーにより受信された第2受信信号を、送信間又は受信間でコヒーレントに処理して、前記ターゲットの方位である第2方位を推定し(S80,S120,S220)、
周囲環境及び/又は前記ターゲットの検知状況に応じて、前記第1方位及び前記第2方位のうちの一方を採用する(S70,S80)、
方位推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、レーダ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載のレーダ装置は、Multi-Input and Multi-Output(MIMO)を用いた方位推定において、送信方位と受信方位の両方を考慮したステアリングベクトルを用いて、送信方位及び受信方位の2次元方位推定を行い、送信方位と受信方位とが異なる信号を特定している。そして、上記レーダ装置は、物体が存在しない偽の方位が検出されることによる方位推定精度の低下が生じないように、特定した信号に基づいて相関行列を補正している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記レーダ装置は、送信方位と受信方位の両方を考慮したステアリングベクトルを用いて2次元方位推定を行うため、処理負荷が大きく、検出されたすべての方位に対して実施することは困難である。
【0005】
本開示の1つの局面は、処理負荷を抑制しつつ、方位推定精度を高めることが可能なレーダ装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の1つの局面のレーダ装置は、複数の送信アンテナ(Txm)と、複数の受信アンテナ(Rxn)と、第1方位推定部(30,S70,S100,S210)と、第2方位推定部(30,S80,S120,S220)と、選択部(30,S70,S80)と、を備える。第1方位推定部は、複数の送信アンテナと複数の受信アンテナとで構成される仮想アレーにより受信された第1受信信号を、コヒーレントに処理して、ターゲットの方位である第1方位を推定するように構成される。第2方位推定部は、複数の送信アンテナと複数の受信アンテナのうちの1つから成る少なくとも1つの組、又は、複数の送信アンテナのうちの1つと複数の受信アンテナとから成る少なくとも1つの組で構成されるアンテナアレーにより受信された第2受信信号を、送信間又は受信間でコヒーレントに処理して、ターゲットの方位である第2方位を推定するように構成される。選択部は、周囲環境及び/又はターゲットの検知状況に応じて、第1方位及び第2方位のうちの一方を採用するように構成される。
【0007】
本開示の1つの局面のアンテナ装置は、第1方位算出部と第2方位算出部とを備える。第1方位算出部により、送信方位と受信方位との相違の影響を受けるが、より多くのアンテナを用いた仮想アレーにより受信された第1受信信号に基づいて、より高分解能な第1方位が算出される。また、第2方位算出部により、送信方位と受信方位との相違の影響を受けない第2受信信号に基づいて、第2方位が算出される。さらに、周囲環境及び/又はターゲットの検知状況に応じて、第1方位及び第2方位のうちの一方が採用される。周囲環境及び/又はターゲットの検知状況に応じて、第1方位又は第2方位を採用することにより、2次元方位推定を実行する場合よりも処理負荷を抑制できる。したがって、処理負荷を抑制しつつ、方位推定精度を高めることができる。
【0008】
本開示の別の1つの局面の方位推定方法は、複数の送信アンテナ(Txm)から送信波を送信し、複数の送信アンテナと複数の受信アンテナ(Rxn)とで構成される仮想アレーにより受信された第1受信信号を、コヒーレントに処理して、ターゲットの方位である第1方位を推定し(S70,S100,S210)、複数の送信アンテナと複数の受信アンテナのうちの1つから成る少なくとも1つの組、又は、複数の送信アンテナのうちの1つと複数の受信アンテナからなる少なくとも1つの組で構成されるアンテナアレーにより受信された第2受信信号を、送信間又は受信間でコヒーレントに処理して、ターゲットの方位である第2方位を推定し(S80,S120,S220)、周囲環境及び/又はターゲットの検知状況に応じて、第1方位及び第2方位のうちの一方を採用する(S70,S80)。
【0009】
本開示の別の1つの局面の方位推定方法によれば、上記レーダ装置と同様の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本実施形態に係るレーダ装置の概略構成を示すブロック図である。
【
図2】3個の送信アンテナと2個の受信アンテナから構成される仮想アンテナで受信される受信信号の位相を説明する図である。
【
図3】6個の受信アンテナで受信される受信信号の位相を説明する図である。
【
図4】送信方位と受信方位が同一でゴーストが発生しない状況の一例を示す図である。
【
図5】送信方位と受信方位が同一でゴーストが発生しない状況の別の一例を示す図である。
【
図6】送信方位と受信方位が異なりゴーストが発生する状況の一例を示す図である。
【
図7】送信方位と受信方位が異なりゴーストが発生する状況の別の一例を示す図である。
【
図8】送信方位と受信方位が異なる場合における仮想アンテナでの受信信号の位相を示す図である。
【
図9】送信方位と受信方位が異なる場合に、方位推定精度が低下しやすい状況の一例を示す図である。
【
図10】送信方位と受信方位とが異なる場合に、方位推定精度が低下しやすい状況の別の一例を示す図である。
【
図11】MIMOとMISOとSIMOを説明する図である。
【
図12】本実施形態に係る方位判定処理の手順を示すフローチャートである。
【
図13】本実施形態に係る検知状況判定の一つを示すフローチャートである。
【
図14】本実施形態に係る検知状況の一つである波数の算出を説明する図である。
【
図15】本実施形態に係る検知状況判定の別の一つを示すフローチャートである。
【
図16】本実施形態に係る検知状況判定の別の一つを示すフローチャートである。
【
図17】本実施形態に係るターゲットの傾きを推定する手法を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら、本開示の実施形態を説明する。
(1.第1実施形態)
<1-1.レーダ装置の構成>
本実施形態に係るレーダ装置100の構成について、
図1を参照して説明する。
【0012】
レーダ装置100は、送信アンテナ部10と、受信アンテナ部20と、処理装置30と、を備える。また、レーダ装置100は、カメラ80と、GPS受信機90と、地図データベース95と、に接続されている。本実施形態では、レーダ装置100は、移動体(具体的には車両50)に搭載されている。
【0013】
処理装置30は、CPU31、ROM32、RAM33を備え、CPU31が、ROM32に記憶されているプログラムを実行することにより、各種機能を実現する。これらの機能を実現する手法は、ソフトウェアに限るものではなく、その一部又は全部の機能を、論理回路やアナログ回路等を組み合わせたハードウェアを用いて実現してもよい。
【0014】
処理装置30には、カメラ80及びGPS受信機90が接続されている。カメラ80は、車両50が走行中の道路前方を撮影し、道路画像を処理装置30へ出力する。GPS受信機90は、GPS衛星から車両50の現在位置情報を受信し、現在位置情報を処理装置30へ出力する。また、処理装置30には、地図情報を記憶したデータベース95が接続されており、処理装置30は、データベース95から地図情報を取得する。
【0015】
処理装置30は、送信アンテナ部10は所定周波数の送信信号を供給する。また、処理装置30は、受信アンテナ部20から出力された受信信号を処理して、レーダ装置100に対するターゲットの方位、レーダ装置100からターゲットまでの距離、レーダ装置100に対するターゲットの速度などを算出する。
【0016】
送信アンテナ部10は、M個の送信アンテナTxm(Mは2以上の整数、m=1,…,M)を有する。受信アンテナ部20は、N個の受信アンテナRxn(Nは2以上の整数、n=1,…,N)を有する。レーダ装置100は、複数のアンテナで同時に電波を送受信するMulti-Input and Multi-Output(MIMO)レーダ装置である。
【0017】
図2では、本実施形態に係る送信アンテナ部10が、3個の送信アンテナTx1,Tx2,Tx3を有する例を示す。送信アンテナTx1,Tx2,Tx3は、処理装置30から供給された送信信号に基づいて、所定の送信方位へ同時に送信波を繰り返し送信する。
【0018】
送信アンテナTx1,Tx2,Tx3は、予め設定された配列方向に沿って間隔Daで一列に配置されている。送信アンテナTx1,Tx2,Tx3は、送信アンテナTx1,Tx2,Tx3から所定の送信方位へ所定周波数の送信波を送信する。送信アンテナTx1,Tx2,Tx3は、ターゲットまでの経路において、隣り合うアンテナ間で2×αの位相差が生じるように、配置されている。
【0019】
図2では、本実施形態に係る受信アンテナ部20が、2個の受信アンテナRx1,Rx2を有する例を示す。受信アンテナRx1,Rx2は、予め設定された配列方向に沿って間隔Daで一列に配列されている。受信アンテナRx1,Rx2は、所定の到来方位(すなわち受信方位)から到来した所定周波数の反射波を受信して受信信号を出力する。受信アンテナRx1,Rx2は、ターゲットからの経路において、隣り合うアンテナ間でαの位相差が生じるように、配置されている。
【0020】
受信アンテナRx1、Rx2の各々は、送信アンテナTx1,Tx2,Tx3から送信された送信波がターゲットで反射されて生じた反射波を受信する。受信アンテナRx1,Rx2の各々は、2×αずつ位相がずれた3つの反射波を繰り返し受信して、2×αずつ位相が異なる3つの受信信号を繰り返し出力する。
【0021】
受信アンテナRx2の位相は、受信アンテナRx1の位相とαずれている。したがって、
図2に示すように、受信アンテナ部20は、αずつ位相がずれた6個の受信信号を出力する。N個の受信アンテナRxnの位相差Δφ2が、M個の送信アンテナTxmの位相差Δφ1の1/Nであるため、受信アンテナ部20は、Δφ2ずつ位相がずれたM×N個の受信信号を出力する。
【0022】
受信アンテナ部20から出力される受信信号は、
図3に示す6個の受信アンテナRx1,Rx2,Rx3,Rx4,Rx5,Rx6から出力される受信信号と等しい。
図3に示す6個の受信アンテナRx1,Rx2,Rx3,Rx4,Rx5,Rx6は、所定の配列方向に沿って、ターゲットからの経路において、隣り合うアンテナ間でαの位相差が生じるように、配置されている。
【0023】
すなわち、レーダ装置100は、M個の送信アンテナTxmと、N個の受信アンテナRxnとから、M×N個の受信アンテナを仮想的に形成している。以下では、レーダ装置100が形成する仮想的なM×N個の受信アンテナを仮想アレーと称する。
【0024】
レーダ装置100は、M+N個のアンテナを用いて仮想アレーを形成することにより、1個の送信アンテナとM×N個の受信アンテナを備えるレーダ装置と同等の方位分解能を実現する。
【0025】
<1-2.MIMOによる方位推定精度の低下>
レーダ装置100は、形成した仮想アレーで受信した受信信号を処理してターゲットの方位を推定する。このとき、
図4及び
図5に示すように、送信波の送信方位と反射波の受信方位(すなわち、反射波が到来する方向)とが一致する場合には、高い分解能で高精度に方位を推定できる。
【0026】
一方で、
図6及び
図7に示すように、送信方位と受信方位とが異なる場合には、ターゲットの方位の推定精度が低下しやすい。
図8に示すように、送信方位と異なる方位から反射波が受信アンテナRx1,Rx2へ到来した場合、ターゲットからの経路において、受信アンテナRx1と受信アンテナRx2との間に生じる位相差がαからβに変化する。したがって、M×N個の受信信号の位相差が一定にならないため、方位の推定精度が低下する。
【0027】
特に、
図9及び
図10に示す周囲環境では、送信方位と受信方位とが同一の受信信号が、送信方位と受信方位とが異なる受信信号の影響を受けやすく、MIMOによる推定方位の精度が低下する。
【0028】
図9は、車両50が、曲率半径が比較的小さい(すなわち急カーブ)の道路を走行していて、ターゲット60までの距離が比較的大きい状況を示している。急カーブの走行中は、車両50に対してターゲット60の傾きが比較的大きくなる。そのため、車両50のレーダ装置100から前方へ放射されたレーダ波は、ターゲット60の後面に斜めに入射するため、後面に垂直に入射する場合と比べて、反射波の強度が弱くなる。また、レーダ装置100から放射された送信波は、前方に高い指向性を有するため、レーダ装置100に対して斜め方向では送信波の強度が弱くなる。
【0029】
さらに、ターゲット60からレーダ装置100へ反射波が戻る経路には、直接戻る直接経路と、側壁71に反射して間接的に戻る間接経路とがある。急カーブでは、直接経路と間接経路との距離差が小さい。そのため、受信信号を周波数解析(例えば、Fast Fourier Transform)して、ターゲットまでの距離及び相対速度を算出したときに、直接経路で戻った直接反射波に基づいた距離及び相対速度を、間接経路で戻った間接反射波に基づいた距離及び相対速度から分離することが難しい。したがって、
図9に示す周囲環境では、MIMOを用いたターゲット60の方位推定の精度が低下しやすい。
【0030】
また、
図10は、車両50が、車両50の両側に進行方向に沿って側壁72,73が設けられている道路を走行している状況を示している。このような周囲環境では、送信方位と受信方位とが異なる2つの間接反射波がレーダ装置100へ戻ってくる。2つの間接反射波のうちの1つは、側壁71で反射してレーダ装置100へ戻り、残りの1つは、側壁72で反射してレーダ装置100へ戻る。さらに、直接経路と間接経路との距離差が小さいため、直接反射波に基づいた距離及び相対速度を、間接反射波に基づいた距離及び相対速度から分離することが難しい。また、
図10に示す周囲環境では、MIMOを用いて推定した方位がゴースト判定されやすい。すなわち、MIMOを用いて指定した方位が、ターゲットが実在しない方位であると判定されやすい。したがって、
図10に示す周囲環境では、MIMOを用いたターゲット60の方位推定の精度が低下しやすい。
【0031】
そこで、本実施形態では、処理装置30は、MIMOを用いた方位推定の精度が低下しやすい周囲環境及び/又は検知状況か否に応じて、第1方位及び第2方位のうちの一方をターゲットの方位として採用する。
【0032】
第1方位は、MIMOにより受信された第1受信信号に基づいて推定したターゲットの方位である。第2方位は、Multi-Input and Single-Output (MISO)又はSingle-Input and Multi-Output(SIMO)により受信された第2受信信号に基づいて推定したターゲットの方位である。
【0033】
図11に、MIMOとMISOとSIMOで用いるアンテナを示す。
図11では、送信アンテナ部10が、3個の送信アンテナTx1,Tx2,Tx3を有し、受信アンテナ部20が、3個の受信アンテナRx1,Rx2,Rx3を有する例を示す。
【0034】
前述したように、MIMOでは、M個の送信アンテナTxmと、N個の受信アンテナRxnとから、M×N個の仮想アレーを形成し、仮想アレーで受信したM×N個の第1受信信号をコヒーレントに処理して、第1方位を推定する。仮想アレーのアンテナ間隔はDaである。
【0035】
MISOでは、M個の送信アンテナTxmと、N個の受信アンテナRxnのうちの1つとでアンテナアレーを形成し、アンテナアレーで受信したM個の第1受信信号を、送信間でコヒーレントに処理して、第1方位を推定する。すなわち、MISOでは、送信方位と受信方位とが異なっていても、受信信号の位相差が一定になるM個の第2受信信号に基づいて、第2方位を推定する。アンテナアレーのアンテナ間隔はDaである。
【0036】
図11に示すように、MISOでは、N個の受信アンテナRxnのうちの選択する1つの受信アンテナを順番に替えて、M個の第2受信信号をN回取得し、N回分のM個の第2受信信号を平均して、M個の第2受信信号を算出してもよい。
【0037】
SIMOでは、M個の送信アンテナTxmのうちの1つと、N個の受信アンテナRxnとでアンテナアレーを形成し、アンテナアレーで受信したN個の第2受信信号を、受信間でコヒーレントに処理して、第2方位を推定する。すなわち、SIMOでは、送信方位と受信方位とが異なっていても、受信信号の位相差が一定になるN個の第2受信信号に基づいて、第2方位を推定する。アンテナアレーのアンテナ間隔はDaである。
【0038】
SIMOでは、M個の送信アンテナTxmのうちの選択する1つの送信アンテナを順番に替えて、N個の第2受信信号をM回取得し、M回分のN個の第2受信信号を平均して、N個の第2受信信号を算出してもよい。
【0039】
なお、第1方位の方が、より多くのアンテナで受信した受信信号を用いているため、第2方位よりも方位分解能が高い。よって、第1方位をターゲットの方位として優先して採用し、MIMOを用いた方位推定の精度が低下しやすい周囲環境及び/又は検知状況では、第2方位をターゲットの方位として採用する。
【0040】
<1-3.方位推定処理>
次に、処理装置30が実行する方位推定処理について、
図12のフローチャートを用いて説明する。処理装置30は、繰り返し方位推定処理を実行する。
【0041】
S10では、受信アンテナ部20から出力された第1受信信号をFFTなどのアルゴリズムを適用して周波数解析して、距離速度スペクトルを算出し、算出した距離速度スペクトルのピークを抽出する。複数のピークが存在する場合、すなわち複数のターゲットが検知されている場合には、複数のピークを抽出する。
【0042】
続いて、S20では、抽出したピークに基づいてターゲットの距離及び速度を算出する。
続いて、S30~S80の処理は、S10で抽出したピークごと(すなわち、ターゲットごと)に実行する。S30では、S10で抽出したピークごとに、MIMOにより推定した第1方位がゴーストか否か判定する。詳しくは、後述する誤差e1を算出し、算出した誤差e1が判定閾値以上である場合には、抽出したピークをゴーストと判定する。
【0043】
続いて、S40では、抽出したピークに基づいたターゲットが、履歴対象か否か判定する。すなわち、抽出したピークに基づいたターゲットが、過去に検知され追跡中のターゲットとして記憶されているターゲットか否か判定する。
【0044】
続いて、S50では、レーダ装置100の周囲環境及び/又は検知状況を判定する。具体的には、S50では、以下の(i)~(ix)の判定を実行する。
(i)周囲環境は、車両50が走行中の道路の曲率半径を含む。処理装置30は、カメラ80から出力された道路画像における道路の形状を抽出し、抽出した道路の形状に基づいて、曲率半径を推定する。あるいは、処理装置30は、地図情報と現在位置情報とから、走行中の道路を特定し、特定した道路の曲率半径を推定してもよい。あるいは、処理装置30は、車両50のハンドルの操作量から曲率半径を推定してもよい。推定した曲率半径が半径閾値よりも小さい、すなわち急カーブの場合には、MIMOに問題ありと判定する。
【0045】
(ii)周囲環境は、S20で算出した距離を含む。距離が距離閾値よりも大きい場合には、MIMOに問題ありと判定する。
(iii)曲率半径が半径閾値よりも小さく、且つ、距離が距離閾値より大きい場合に、MIMOに問題ありと判定する。すなわち、(i)と(ii)とを組み合わせて判定する。
【0046】
(iv)周囲環境は、ターゲットの傾きを含む。処理装置30は、道路の曲率半径と、ターゲットまでの距離から、ターゲットの傾きを推定する。そして、曲率半径が半径閾値よりも小さく、且つ、ターゲットの傾きが傾き閾値以上である場合に、MIMOに問題ありと判定する。
【0047】
(v)検知状況は、ターゲットが履歴対象か否か、及び、ゴースト判定されているか否かを含む。ターゲットが履歴対象であり、且つ、ターゲットがゴースト判定されている場合に、MIMOに問題ありと判定する。
【0048】
(vi)検知状況は、誤差e1及び誤差e2を含む。誤差e1は、第1受信信号と第1復元信号との誤差に相当する。第1復元信号は、第1方位において、送信方位と受信方位とが同一であると仮定して、第1受信信号を復元した信号に相当する。誤差e2は、誤差e1と同様に、第2受信信号と第2復元信号との誤差に相当する。ここでは、処理装置30は、
図13に示すサブルーチンを実行する。
【0049】
まず、S100では、MIMOでの仮想アレーにより受信された第1受信信号に、到来方向推定アルゴリズムを適用して、第1方位を推定する。到来方向推定アルゴリズムは、MUSIC、DBF、Capon、ESPRITなどである。
【0050】
続いて、S110では、S100で推定した第1方位に基づいてフィッティングを行い、誤差e1を算出する。具体的には、第1方位におけるモード行列A1を算出し、モード行列A1の一般化逆行列B1を算出する。モード行列A1は、K×(M×N)の行列である。Kは、算出された第1方位の数である。さらに、一般化逆行列B1に第1受信信号ベクトルx1を乗算して、第1方位における電力ベクトルs1を算出する。電力ベクトルs1は、K個の要素を有するベクトルである。そして、e1=abs(x1-A1s1)の式に基づいて、誤差e1を算出する。A1s1は、第1受信信号の第1復元信号に相当する。送信方位と受信方位とが同一であるとの仮定が正しい場合、第1受信信号に略一致し、誤差e1はゼロに近づく。
【0051】
続いて、S120では、MISO又はSIMOでのアレーアンテナにより受信された第2受信信号に、到来方向推定アルゴリズムを適用して、第2方位を推定する。
続いて、S130では、S120で推定した第2方位に基づいてフィッティングを行い、誤差e2を算出する。具体的には、S110の処理と同様に、第2方位におけるモード行列A2を算出し、モード行列A2の一般化逆行列B2を算出する。モード行列A2は、L×N又はL×Mの行列である。Lは、算出された第2方位の数である。そして、一般化逆行列B2と第2受信信号ベクトルx2とから、第2方位における電力ベクトルs2を算出し、e2=abs(x2-A2s2)の式に基づいて、誤差e2を算出する。
【0052】
続いて、S140では、誤差e1が誤差e2よりも小さいか否か判定する。S140において、誤差e1が誤差e2よりも小さいと判定した場合は、S150において、MIMOに問題なしと判定する。誤差e1が誤差e2以上であると判定した場合は、S160において、MIMOに問題ありと判定する。
【0053】
(vii)検知状況は、第1波数及び第2波数を含む。
図14に示すように、処理装置30は、第1方位を算出するときに、第1受信信号の相関行列の固有値を算出する。処理装置30は、算出した固有値のうち、固有値の大きさが特定閾値よりも大きい固有値の数を、第1波数とする。第1波数は、MIMOの仮想アレーに到来した波数に相当する。
【0054】
同様に、処理装置30は、第2方位を算出するときに、第2受信信号の相関行列の固有値を算出する。処理装置30は、算出した固有値のうち、固有値の大きさが特定閾値よりも大きい固有値の数を、第2波数とする。第2波数は、MISO又はSIMOのアレーアンテナに到来した波数に相当する。
【0055】
到来する波数が多いほど、方位の推定精度が低下する。よって、第1波数が第2波数よりも小さい場合は、MIMOに問題なしと判定し、第2波数が第1波数よりも小さい場合は、MIMOに問題にありと判定する。
【0056】
(viii)検知状況は、検知済みターゲットの過去の検知情報から予測された方位予測値を含む。検知済みターゲットは、履歴対象として記憶されているターゲットに相当する。S10で抽出したピークに対応するターゲットが検知済みの場合に(viii)の判定を行ない、S10で抽出したピークに対応するターゲットが今回の処理周期で初めて検知されたターゲットである場合には、(viii)の判定を行なわない。ここでは、処理装置30は、
図15に示すサブルーチンを実行する。
【0057】
まず、S200では、検知済みターゲットの過去の検知情報に基づいて、今回の処理周期における当該ターゲットの方位を予測して、方位予測値を算出する。
S210では、MIMOでの仮想アレーにより受信された第1受信信号に基づいて第1方位を推定する。
【0058】
S220では、MISO又はSIMOのアレーアンテナにより受信された第2受信信号に基づいて第2方位を推定する。
S230では、S210で推定した第1方位が、S220で推定した第2方位よりも、S200で算出した方位予測値に近いか否か判定する。第1方位が第2方位よりも方位予測値に近いと判定した場合は、S240の処理へ進み、MIMOに問題なしと判定する。第2方位が第1方位よりも方位予測値に近いと判定した場合は、S250の処理へ進み、MIMOに問題ありと判定する。
【0059】
(ix)検知状況は、ターゲット60が車両であると想定して推定されたターゲット60の傾きθを含む。ここでは、処理装置30は、
図16に示すサブルーチンを実行する。
まず、S300では、FFTの結果から、ターゲットまでの直線距離Laを取得する。
【0060】
続いて、S310では、傾きθを推定する。
図17に示すように、レーダ装置100(すなわち車両50)の進行方向に対する道路のカーブの接線の傾きを、傾きθとして算出する。詳しくは、次の式(1)と直線距離Laと道路の曲率半径Raとを用いて、傾きθを算出する。処理装置30は、道路画像から道路の曲率半径Raを算出する。あるいは、処理装置30は、地図情報と現在位置情報とから、道路の曲率半径Raを算出する。あるいは、処理装置30は、車両50のハンドルの操作量から曲率半径を推定してもよい。
【0061】
【0062】
続いて、S320では、S310において推定した傾きθが、設定された傾き閾値以上か否か判定する。傾きθが傾き閾値未満であると判定した場合は、S330において、MIMOに問題なしと判定する。傾きθが傾き閾値以上であると判定した場合は、S340において、MIMOに問題ありと判定する。
【0063】
なお、S50において、(i)~(ix)のすべての判定を実施しなくてもよい。(i)~(ix)のうちの少なくとも1つの判定を実施すればよい。また、(i)~(ix)において重複する処理は省略してもよい。例えば、(vi)と(viii)の判定を実施する場合は、(vi)において第1方位及び第2方位を推定しているので、(viii)において第1方位及び第2方位の推定を省略できる。
【0064】
続いて、S60では、MIMOに問題ありか否か判定する。S50における(i)~(ix)の判定に、MIMOに問題ありの判定が含まれている場合には、MIMOに問題アリと判定し、S70の処理へ進む。S50における(i)~(ix)の判定に、MIMOに問題ありの判定が含まれていない場合には、MIMOに問題なしと判定して、S80の処理へ進む。
【0065】
S70では、MIMOを用いて推定した第1方位を、ターゲットの方位として採用する。ここで、S50において、(i)~(ix)のうち実施した判定によっては、第1方位を算出していない場合がある。第1方位を算出していない場合には、S70において、第1受信信号に基づいて第1方位を算出する。
【0066】
S80では、MISO又はSIMOを用いて推定した第2方位を、ターゲットの方位として採用する。ここで、S50において、(i)~(ix)のうち実施した判定によっては、第2方位を算出していない場合がある。第2方位を算出していない場合には、S70において、第2受信信号に基づいて第2方位を算出する。
【0067】
<1-4.効果>
以上詳述した第1実施形態によれば、以下の効果を奏する。
(1)送信方位と受信方位との相違の影響を受けるが、より多くのアンテナを用いた仮想アレーにより受信された第1受信信号に基づいて、より高分解能な第1方位が算出され得る。送信方位と受信方位との相違の影響を受けない第2受信信号に基づいて、第2方位が算出され得る。さらに、周囲環境及び/又はターゲットの検知状況に応じて、第1方位及び第2方位のうちの一方が採用される。周囲環境及び/又はターゲットの検知状況に応じて、第1方位又は第2方位を採用することにより、2次元方位推定を実行する場合よりも処理負荷を抑制できる。したがって、処理負荷を抑制しつつ、方位推定精度を高めることができる。
【0068】
(2)道路の曲率半径が比較的小さい急カーブでは、前方のターゲットが傾き、ターゲットからの直接反射が弱くなるとともに、送信波がターゲットの正面に当たらないため、直接反射が弱くなる。また、急カーブでは、直接反射と間接反射との経路の差が小さくなる。そのため、急カーブでは、直接反射に基づいた距離及び速度と、間接反射に基づいた距離及び速度との分離が困難になり、第1方位の精度が低下する。よって、曲率半径が所定値よりも小さい場合には、第2方位を採用することにより、方位推定精度を高めることができる。
【0069】
(3)画像における道路の形状に基づいて、走行中の道路の曲率半径を推定することができる。
(4)マップ情報と現在位置情報とに基づいて、走行中の道路の曲率半径を推定することができる。
【0070】
(5)ターゲットまでの距離が遠いほど、直接反射に基づいた距離及び速度と、間接反射に基づいた距離及び速度との分離が困難になり、第1方位の精度が低下する。よって、ターゲットまでの距離が距離閾値よりも大きい場合には、第2方位を採用することにより、方位推定精度を高めることができる。
【0071】
(6)誤差e1が誤差e2よりも小さい場合には、第1方位が採用され、誤差e1が誤差e2よりも大きい場合には、第2方位が採用されることにより、方位推定精度を高めることができる。
【0072】
(7)第1波数が第2波数よりも小さい場合には、第1方位が採用され、第1波数が第2波数よりも大きい場合には、第2方位が採用されることにより、方位推定精度を高めることができる。
【0073】
(8)推定されたターゲットの傾きが傾き閾値以上である場合には、第2方位が採用されることにより、方位推定精度を高めることができる。
(9)第1方位及び第2方位のうち、方位予測値に近い方の方位が採用されることにより、方位推定精度を高めることができる。
【0074】
(10)仮想アレーのアンテナ間隔Daを、アンテナアレーのアンテナ間隔Daと同一にすることにより、方位推定精度を高めることができる。
【0075】
(2.他の実施形態)
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は上述の実施形態に限定されることなく、種々変形して実施することができる。
【0076】
(a)上記実施形態では、処理装置30にカメラ80が接続されていたが、処理装置30が道路画像に基づいて道路の曲率半径を推定しない場合は、カメラ80が接続されていなくてもよい。また、上記実施形態では、処理装置30にGPS受信機90が接続され、処理装置30に地図情報が入力されたが、処理装置30が地図情報と現在位置情報とに基づいて道路の曲率半径を推定しない場合は、処理装置30にGPS受信機90が接続されていなくてもよく、処理装置30に地図情報が入力されなくてもよい。
【0077】
(b)上述したレーダ装置の他、当該レーダ装置を構成要素とするシステム、レーダ装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム、このプログラムを記録した半導体メモリ等の非遷移的実態的記録媒体、方位推定方法など、種々の形態で本開示を実現することもできる。
【符号の説明】
【0078】
10…送信アンテナ部、20…受信アンテナ部、30…処理装置、100…レーダ装置。