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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】軟磁性合金および磁性部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240326BHJP
   C22C 45/02 20060101ALI20240326BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20240326BHJP
   H01F 1/153 20060101ALI20240326BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20240326BHJP
【FI】
C22C38/00 303S
C22C45/02 A
C21D9/00 S
H01F1/153 108
H01F1/153 133
C21D6/00 C
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021522661
(86)(22)【出願日】2020-03-26
(86)【国際出願番号】 JP2020013691
(87)【国際公開番号】W WO2020241023
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2022-06-17
(31)【優先権主張番号】P 2019102173
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】天野 一
(72)【発明者】
【氏名】吉留 和宏
(72)【発明者】
【氏名】松元 裕之
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-187917(JP,A)
【文献】特開2018-070966(JP,A)
【文献】特開2018-070965(JP,A)
【文献】特許第6439884(JP,B1)
【文献】特開2014-005492(JP,A)
【文献】特開2016-094652(JP,A)
【文献】特開2016-211017(JP,A)
【文献】特表2019-507246(JP,A)
【文献】米国特許第06053989(US,A)
【文献】中国特許出願公開第103060724(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00、45/02
C21D 6/00
B22D 11/06
H01F 1/153
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式(Fe(1-(α+β))X1αX2β)(1-(a+b+c))abX3cからなる軟磁性合金であって、
X1はCoおよびNiからなる群から選択される1つ以上、
X2はAl,Mn,Ag,Zn,Sn,As,Sb,Cu,Cr,Bi,N,O、Sおよび希土類元素からなる群から選択される1つ以上、
MはTa,V,Zr,HfおよびWからなる群から選択される1つ以上、
X3はP,B,SiおよびGeからなる群から選択される1つ以上であり、
0.050≦a≦0.140
0.005≦b≦0.200
0<c≦0.180
b≧c
0.500≦b/(b+c)<1.000
0≦α(1-(a+b+c))≦0.400
β≧0
0≦α+β≦0.50
であり、
Fe基ナノ結晶からなる構造を有する軟磁性合金。
【請求項2】
組成式(Fe(1-(α+β))X1αX2β)(1-(a+b+c))abX3cからなる軟磁性合金であって、
X1はCoおよびNiからなる群から選択される1つ以上、
X2はAl,Mn,Ag,Zn,Sn,As,Sb,Cu,Cr,Bi,N,O、Sおよび希土類元素からなる群から選択される1つ以上、
MはTa,V,Zr,HfおよびWからなる群から選択される1つ以上、
X3はP,B,SiおよびGeからなる群から選択される1つ以上であり、
0.050≦a≦0.140
0.005≦b≦0.200
0<c≦0.180
b≧c
0.500≦b/(b+c)<1.000
0≦α(1-(a+b+c))≦0.400
β≧0
0≦α+β≦0.50
であり、
微結晶が非晶質中に存在するナノヘテロ構造を有する軟磁性合金。
【請求項3】
0.730≦(1-(a+b+c))≦0.930である請求項1または2に記載の軟磁性合金。
【請求項4】
薄帯形状である請求項1~のいずれかに記載の軟磁性合金。
【請求項5】
粉末形状である請求項1~のいずれかに記載の軟磁性合金。
【請求項6】
薄膜形状である請求項1~のいずれかに記載の軟磁性合金。
【請求項7】
請求項1~のいずれかに記載の軟磁性合金からなる磁性部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性合金および磁性部品に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、Fe基軟磁性合金粉末の発明が記載されている。具体的には、組成を特定の範囲内とし、結晶構造を特定の結晶構造とすることで、磁性シートに適した高い性能係数および高い透磁率を有するFe基軟磁性合金粉末を得ることができる旨、記載されている。
【0003】
特許文献2には、高透磁率と高飽和磁束密度とを有する軟磁性合金の発明が記載されている。具体的には、組成を特定の範囲内とすることで、トランス用の軟磁性合金に適した高透磁率と高飽和磁束密度とを有する軟磁性合金を得ることができる旨、記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5490556号公報
【文献】特開2002-30398号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、高い飽和磁束密度Bsと低い保磁力Hcとを有する軟磁性合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、本発明の第1の観点に係る軟磁性合金は、
組成式(Fe(1-(α+β))X1αX2β(1-(a+b+c))X3からなる軟磁性合金であって、
X1はCoおよびNiからなる群から選択される1つ以上、
X2はAl,Mn,Ag,Zn,Sn,As,Sb,Cu,Cr,Bi,N,O、Sおよび希土類元素からなる群から選択される1つ以上、
MはTa,V,Zr,Hf,Ti,Nb,MoおよびWからなる群から選択される1つ以上、
X3はP,B,SiおよびGeからなる群から選択される1つ以上であり、
0≦a≦0.140
0.005≦b≦0.200
0<c≦0.180
0.300≦b/(b+c)<1.000
0≦α(1-(a+b+c))≦0.400
β≧0
0≦α+β≦0.50
であり、
Fe基ナノ結晶からなる構造を有する。
【0007】
本発明の軟磁性合金は、上記の組成および微細構造を有することにより、高い飽和磁束密度Bsおよび低い保磁力Hcを得ることができる。
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明の第2の観点に係る軟磁性合金は、
組成式(Fe(1-(α+β))X1αX2β(1-(a+b+c))X3からなる軟磁性合金であって、
X1はCoおよびNiからなる群から選択される1つ以上、
X2はAl,Mn,Ag,Zn,Sn,As,Sb,Cu,Cr,Bi,N,O、Sおよび希土類元素からなる群から選択される1つ以上、
MはTa,V,Zr,Hf,Ti,Nb,MoおよびWからなる群から選択される1つ以上、
X3はP,B,SiおよびGeからなる群から選択される1つ以上であり、
0≦a≦0.140
0.005≦b≦0.200
0<c≦0.180
0.300≦b/(b+c)<1.000
0≦α(1-(a+b+c))≦0.400
β≧0
0≦α+β≦0.50
であり、
微結晶が非晶質中に存在するナノヘテロ構造を有する。
【0009】
第2の観点に係る軟磁性合金を熱処理することにより第1の観点に係る軟磁性合金を得ることができる。言いかえれば、第2の観点に係る軟磁性合金は第1の観点に係る軟磁性合金の原料となる。
【0010】
本発明の軟磁性合金は、b≧cであってもよい。
【0011】
本発明の軟磁性合金は、0.050≦a≦0.140であってもよい。
【0012】
本発明の軟磁性合金は、0.730≦(1-(a+b+c))≦0.930であってもよい。
【0013】
本発明の軟磁性合金は、薄帯形状であってもよい。
【0014】
本発明の軟磁性合金は、粉末形状であってもよい。
【0015】
本発明の軟磁性合金は、薄膜形状であってもよい。
【0016】
本発明の磁性部品は、上記のいずれかに記載の軟磁性合金からなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、薄帯のX線結晶構造解析により得られるチャートの一例である。
図2図2は、図1のチャートをプロファイルフィッティングすることにより得られるパターンの一例である。
図3図3は、薄膜のX線結晶構造解析により得られるチャートの一例である。
図4図4は、薄膜のX線結晶構造解析により得られるチャートの一例である。
図5図5は、Fe-Nb-B系のバルクの結晶状態の組成依存性である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき説明する。
【0019】
本発明の第1実施形態の軟磁性合金は、
組成式(Fe(1-(α+β))X1αX2β(1-(a+b+c))X3からなる軟磁性合金であって、
X1はCoおよびNiからなる群から選択される1つ以上、
X2はAl,Mn,Ag,Zn,Sn,As,Sb,Cu,Cr,Bi,N,O、Sおよび希土類元素からなる群から選択される1つ以上、
MはTa,V,Zr,Hf,Ti,Nb,MoおよびWからなる群から選択される1つ以上、
X3はP,B,SiおよびGeからなる群から選択される1つ以上であり、
0≦a≦0.140
0.005≦b≦0.200
0<c≦0.180
0.300≦b/(b+c)<1.000
0≦α(1-(a+b+c))≦0.400
β≧0
0≦α+β≦0.50
であり、
Fe基ナノ結晶からなる構造を有する。
【0020】
本実施形態の軟磁性合金は、上記の範囲内の組成であることにより、飽和磁束密度Bsが高く、かつ、保磁力Hcが低い軟磁性合金となる。
【0021】
ここで、Fe基ナノ結晶とは、粒径がナノオーダーであり、Feの結晶構造がbcc(体心立方格子構造)である結晶のことである。本実施形態においては、平均粒径が5~30nmであるFe基ナノ結晶を析出させることが好ましい。なお、本実施形態では、Fe基ナノ結晶を含む構造である場合には、軟磁性合金が結晶からなっていてもよい。
【0022】
また、上記の組成を有し、非晶質からなる軟磁性合金を熱処理する場合には、軟磁性合金中にFe基ナノ結晶を析出しやすい。言いかえれば、上記の組成を有し、非晶質からなる軟磁性合金は、Fe基ナノ結晶からなる構造を有する本実施形態の軟磁性合金の出発原料としやすい。
【0023】
また、上記の組成を有する熱処理前の軟磁性合金は、非晶質のみからなる構造を有していてもよく、微結晶が非晶質中に存在するナノヘテロ構造を有していてもよい。上記の組成を有しナノヘテロ構造を有する軟磁性合金が本発明の第2実施形態の軟磁性合金である。すなわち、第2実施形態の軟磁性合金を熱処理することで第1実施形態の軟磁性合金を得ることができる。言いかえれば、第2実施形態の軟磁性合金は第1実施形態の軟磁性合金の原料となる。なお、上記の微結晶は平均粒径が0.3~10nmであってもよい。
【0024】
以下、軟磁性合金が非晶質からなる構造(非晶質のみからなる構造またはナノヘテロ構造)を有するか、結晶からなる構造を有するかを確認する方法について説明する。
【0025】
本実施形態に係る軟磁性合金が後述するバルクである場合には、下記式(1)に示す非晶質化率Xが85%以上である軟磁性合金は非晶質からなる構造を有し、非晶質化率Xが85%未満である軟磁性合金は結晶からなる構造を有するとする。
X=100-(Ic/(Ic+Ia)×100)…(1)
Ic:結晶性散乱積分強度
Ia:非晶質性散乱積分強度
【0026】
非晶質化率Xは、軟磁性合金に対してXRDによりX線結晶構造解析を実施し、相の同定を行い、結晶化したFe又は化合物のピーク(Ic:結晶性散乱積分強度、Ia:非晶質性散乱積分強度)を読み取り、そのピーク強度から結晶化率を割り出し、上記式(1)により算出する。以下、算出方法をさらに具体的に説明する。
【0027】
本実施形態に係る軟磁性合金についてXRDによりX線結晶構造解析を行い、図1に示すようなチャートを得る。これを、下記式(2)のローレンツ関数を用いて、プロファイルフィッティングを行い、図2に示すような結晶性散乱積分強度を示す結晶成分パターンα、非晶質性散乱積分強度を示す非晶成分パターンα、およびそれらを合わせたパターンαc+aを得る。得られたパターンの結晶性散乱積分強度および非晶質性散乱積分強度から、上記式(1)により非晶質化率Xを求める。なお、測定範囲は、非晶質由来のハローが確認できる回析角2θ=30°~60°の範囲とする。この範囲で、XRDによる実測の積分強度とローレンツ関数を用いて算出した積分強度との誤差が1%以内になるようにする。
【0028】
【数1】
【0029】
本実施形態に係る軟磁性合金が後述する薄膜である場合には、薄膜のX線結晶構造解析により、図3図4に示すようなチャートを得る。図3図4に示すようなチャートをソフトウェアで解析することにより、薄膜が非晶質からなる構造を有するか、結晶からなる構造を有するかを確認することができる。なお、図3は薄膜が結晶を含む構造を有する場合のチャートであり、図4は薄膜が非晶質からなる構造を有する場合のチャートである。さらに、薄膜に含まれる結晶の結晶粒径も同時に確認することができる。図3のピークaは結晶由来のピークである。図3図4のピークb~dは基板由来のピークである。
【0030】
なお、上記式(1)を用いないのは、薄膜では正確に非晶質化率Xを算出することが困難であるためである。薄膜で正確に非晶質化率Xを算出することが困難なのは、薄膜をX線結晶構造解析する場合には、薄膜のみをX線結晶構造解析することが難しく、薄膜および基板をX線結晶構造解析することになるためである。薄膜および基板をX線結晶構造解析する場合には、基板の影響を大きく受けることになる。その結果、得られるチャートのS/N比が小さくなるためである。
【0031】
以下、本実施形態に係る軟磁性合金の各成分について詳細に説明する。
【0032】
MはTa,V,Zr,Hf,Ti,Nb,MoおよびWからなる群から選択される1つ以上である。Mは好ましくはTa,V,Zr,HfおよびWから選択される1つ以上であり、さらに好ましくはTa,VおよびWから選択される1つ以上である。
【0033】
Mの含有量(a)は0≦a≦0.140を満たす。すなわち、Mを含有しなくてもよい。Mの含有量(a)は0.040≦a≦0.140であってもよく、0.050≦a≦0.140であってもよく、0.070≦a≦0.120であってもよい。aが大きくても小さくても、保磁力Hcが大きくなりやすくなる。aが大きい場合には、特に保磁力Hcが大きくなりやすくなり、さらに飽和磁束密度Bsも小さくなりやすくなる。
【0034】
Cの含有量(b)は0.005≦b≦0.200を満たす。また、0.020≦b≦0.150であってもよく、0.040≦b≦0.080であってもよい。bが小さい場合には、保磁力Hcが大きくなりやすくなる。bが大きい場合には、飽和磁束密度Bsが低くなりやすくなり、保磁力Hcが大きくなりやすくなる。
【0035】
X3はP,B,SiおよびGeからなる群から選択される1つ以上である。
【0036】
X3の含有量(c)は0<c≦0.180を満たす。0.002≦c≦0.180であってもよく、0.005≦c≦0.180であってもよく、0.005≦c≦0.100であってもよい。cが小さい場合には、非晶質形成能が低下しやすくなり、保磁力Hcが大きくなりやすくなる。cが大きい場合には、飽和磁束密度Bsが低くなりやすくなり、保磁力Hcが大きくなりやすくなる。
【0037】
また、本実施形態に係る軟磁性合金は、Cの含有量とX3の含有量との合計に対するCの含有量の割合、すなわち、b/(b+c)が所定の範囲内である。具体的には、0.300≦b/(b+c)<1.000である。0.308≦b/(b+c)≦0.976であってもよい。b/(b+c)を上記の範囲内に制御することで、非晶質形成能が高くなる。そして、飽和磁束密度Bsが高くなり、保磁力Hcが低くなる。bおよびcが上記の範囲内であっても、b/(b+c)が小さすぎる場合には、非晶質形成能が低くなる。そして、飽和磁束密度Bsが低くなりやすくなり、保磁力Hcが高くなりやすくなる。
【0038】
また、b≧cであってもよい。すなわち、0.500≦b/(b+c)<1.000であってもよい。b≧cであることにより、非晶質形成能が高くなる。そして、飽和磁束密度Bsが高くなり、保磁力Hcが低くなる。
【0039】
Feの含有量(1-(a+b+c))については特に制限はない。0.650≦(1-(a+b+c))≦0.930であってもよく、0.650≦(1-(a+b+c))≦0.920であってもよい。また、0.730≦1-(a+b+c))≦0.930であってもよく、0.730≦1-(a+b+c))≦0.920であってもよい。(1-(a+b+c))を上記の範囲内とすることで、軟磁性合金の非晶質形成能が高くなり、軟磁性合金の製造時に結晶粒径が30nmよりも大きい結晶が生じにくくなる。
【0040】
また、本実施形態の軟磁性合金においては、Feの一部をX1および/またはX2で置換してもよい。
【0041】
X1はCoおよびNiからなる群から選択される1つ以上である。X1がNiであると保磁力Hcを低下させる効果があり、Coであると熱処理後の飽和磁束密度Bsを向上させる効果がある。X1の種類を適宜選択することができる。α=0でもよい。すなわち、X1は含有しなくてもよい。また、X1の原子数は組成全体の原子数を100at%として40at%以下である。すなわち、0≦α{1-(a+b+c)}≦0.400を満たす。0≦α{1-(a+b+c)}≦0.100を満たしてもよい。X1の原子数が大きすぎる場合には、磁歪が大きくなり、保磁力Hcが上昇する。
【0042】
X2はAl,Mn,Ag,Zn,Sn,As,Sb,Cu,Cr,Bi,N,O、Sおよび希土類元素からなる群より選択される1つ以上である。また、X2を含む場合において、X2の含有量に関してはβ=0でもよい。すなわち、X2は含有しなくてもよい。また、X2の原子数は組成全体の原子数を100at%として3.0at%以下であることが好ましい。すなわち、0≦β{1-(a+b+c)}≦0.030を満たすことが好ましい。
【0043】
FeをX1および/またはX2に置換する置換量の範囲としては、原子数ベースでFeの半分以下とする。すなわち、0≦α+β≦0.50とする。α+β>0.50の場合には、熱処理によりFe基ナノ結晶からなる構造を有する軟磁性合金を得ることが困難となる。
【0044】
なお、本実施形態の軟磁性合金は上記以外の元素を不可避的不純物として含んでいてもよい。例えば、軟磁性合金100重量%に対して各々0.1重量%以下、含んでいてもよい。
【0045】
本実施形態の軟磁性合金の形状には特に制限はない。例えば、薄帯形状、粉末形状、薄膜形状が挙げられる。
【0046】
一般的には、薄膜形状の軟磁性合金と、薄帯形状の軟磁性合金または粉末形状の軟磁性合金と、の間では、互いに同一の組成を有していても非晶質形成能が異なり、好適な組成が異なる。なお、以下の記載では、薄帯形状の軟磁性合金および粉末形状の軟磁性合金を総称してバルクと呼ぶことがある。さらに、薄膜形状の軟磁性合金のことを軟磁性合金薄膜または薄膜、薄帯形状の軟磁性合金のことを軟磁性合金薄帯または薄帯、粉末形状の軟磁性合金のことを軟磁性合金粉末または粉末、と略して呼ぶことがある。
【0047】
本発明者らは、軟磁性合金薄膜の製造条件を制御することで、互いに同一な組成を有するバルクの非晶質形成能と軟磁性合金薄膜の非晶質形成能とを一致または略一致させることができることを見出した。そして、上記のバルクの非晶質形成能と軟磁性合金薄膜の非晶質形成能とが一致または略一致する場合においては、軟磁性合金薄膜の好適な組成を決定することで、バルクの好適な組成を決定することができることを見出した。
【0048】
なお、非晶質形成能が一致または略一致することは、以下の方法により確認することができる。
【0049】
まず、既知のバルクの結晶状態の組成依存性を準備する。既知のバルクの結晶状態の組成依存性は、例えば文献に記載されたバルクの結晶状態の組成依存性であってもよく、過去に作成したバルクの結晶状態の組成依存性であってもよい。既知のバルクの結晶状態の組成依存性としては、例えば図5に示すFe-Nb-B系の3元系のバルクの結晶状態の組成依存性が例示される。
【0050】
次に、当該バルクの結晶状態の組成依存性に示される複数の組成について、成膜時における基板の温度を変化させて薄膜法により複数の薄膜を成膜する。成膜時における基板の温度を変化させることで、薄膜成膜時の冷却速度が変化し、最終的に得られる薄膜の結晶状態が変化する。すなわち、薄膜の非晶質形成能が変化する。
【0051】
薄膜法の種類は任意である。例えばスパッタ法、蒸着法により薄膜を成膜することができる。以下、スパッタ法により薄膜を成膜する場合について説明する。
【0052】
成膜は複数種類のターゲットを用いて多元スパッタにより同時成膜してもよく、ターゲットを適宜変更しながら単元スパッタにより成膜してもよい。多元スパッタにより同時成膜することが、バルクの結晶状態がバルクの結晶状態の組成依存性に示されている任意の組成の薄膜を作製することが容易であるため好ましい。
【0053】
成膜時における基板の温度は任意であるが、通常のスパッタ法における基板の温度よりも高い温度とする。すなわち、通常のスパッタ法よりも冷却速度を低くする。例えば、概ね200℃~300℃程度の範囲で変化させる。200℃~300℃の間でバルクの結晶状態の組成依存性と薄膜の結晶状態の組成依存性とが一致または略一致することが多いためである。ただし、上記の範囲外である基板の温度で薄膜を成膜する場合もありえる。
【0054】
基板の種類は任意である。例えば熱酸化シリコン基板、シリコン基板、ガラス基板、セラミック基板を用いることができる。セラミック基板としては、例えばチタン酸バリウム基板、ALTIC基板が挙げられる。また、スパッタを行う前に適宜洗浄してもよい。
【0055】
薄膜の膜厚は任意である。例えば50nm~200nmとしてもよい。
【0056】
次に、得られた薄膜の結晶状態を評価する。
【0057】
薄膜の結晶状態の評価方法には特に制限はない。例えば、XRDを用いて得られたチャートに対してソフトウェアで解析することにより行うことができる。ただし、結晶を示すピークがチャートに含まれ、かつ、ソフトウェアによる解析の結果、結晶粒径が10nm以下である場合はナノヘテロ構造を有していると考える。また、結晶を示すピークの高さが高いほど結晶になりやすく非晶質形成能が低い。ただし、結晶を示すピークの高さで異なる薄膜の非晶質形成能を比較する場合には、前記異なる薄膜が同一の結晶を有する薄膜である必要がある。
【0058】
そして、得られた結果を基板の温度毎にバルクの結晶状態の組成依存性にプロットする。そして、複数の薄膜の結晶状態がバルクの結晶状態の組成依存性に示されるバルクの結晶状態に一致または略一致するときの基板の温度で作製した薄膜の非晶質形成能は、バルクの非晶質形成能と一致または略一致する。
【0059】
そして、上記の基板の温度にて作製した薄膜の非晶質形成能と、バルクの非晶質形成能とは、組成が変化しても一致または略一致する。すなわち、得られた薄膜の結晶状態が、得られた薄膜と同一の組成を有するバルクを作製した場合におけるバルクの結晶状態であると結論付けることができる。そして、薄膜の好適な組成を検討することでバルクの好適な組成を検討することができる。なお、薄膜の非晶質形成能と、バルクの非晶質形成能と、が一致または略一致することは、飽和磁束密度Bsが互いに一致または略一致することにより確認することができる。
【0060】
ここで、薄膜の好適な組成を決定することによりバルクの好適な組成を決定することができることにより、未知の組成のバルクの検討が容易となる。
【0061】
例えば、バルクの一種である薄帯を複数水準、作製する場合には、全ての製造工程を毎回、繰り返す必要がある。また、下表Aに示すように1種類の薄帯を作製するのに約5時間かかる。
【0062】
【表A】
【0063】
これに対し、薄膜を複数水準、作製する場合には、成膜準備工程および取り出し工程に関して、薄膜を複数水準まとめて実施することができる。例えば、下表Bに示すように4種類の薄膜を作製する場合には、成膜準備工程および取り出し工程を1回にまとめることが可能である。そして、4種類の薄膜を作製するのに約5.2時間かかる。すなわち、バルクを作製するよりも薄膜を作製する方が短時間かつ簡便であるといえる。そして、薄膜の作製は実質的にバルクの作製の約4倍の速度で行うことができる。
【0064】
【表B】
【0065】
したがって、薄膜の好適な組成を決定することによりバルクの好適な組成を決定することができることで、バルクの好適な組成を短時間かつ簡便に決定することができる。
【0066】
さらに、薄膜を成膜する場合には、スパッタ時または蒸着時の基板温度を制御することで、薄膜の冷却速度を大きく変化させることができる。特に、バルクを作製する場合には実現困難なほど速い冷却速度とすることが可能である。そして、従来のバルクによる検討方法では冷却速度を速くすることが難しいために結晶状態の組成依存性を評価することが難しかった組成についても、薄膜による検討方法では結晶状態の組成依存性を評価することが容易である。その結果、従来のバルクによる検討方法では好適な組成を決定することが難しい組成についても、薄膜の好適な組成を決定することでバルクの好適な組成を決定できる。したがって、薄膜による検討方法を用いることにより、上記の組成を有する軟磁性合金の飽和磁束密度Bsが高く、保磁力Hcが低いことを見出すことが可能となった。
【0067】
以下、本実施形態に係る軟磁性合金の製造方法について説明するが、本実施形態に係る軟磁性合金の製造方法は下記の方法に限定されない。
【0068】
本実施形態に係る軟磁性合金薄帯の製造方法の一例としては、単ロール法による軟磁性合金薄帯の製造方法がある。また、薄帯は連続薄帯であってもよい。
【0069】
単ロール法では、まず、最終的に得られる軟磁性合金薄帯に含まれる各金属元素の純金属を準備し、最終的に得られる軟磁性合金薄帯と同組成となるように秤量する。そして、各金属元素の純金属を溶解し、混合して母合金を作製する。なお、前記純金属の溶解方法は任意であるが、例えばチャンバー内で真空引きした後に高周波加熱にて溶解させる方法がある。なお、母合金と最終的に得られる軟磁性合金薄帯とは通常、同組成となる。
【0070】
次に、作製した母合金を加熱して溶融させ、溶融金属(溶湯)を得る。溶融金属の温度には特に制限はない。例えば1200~1500℃としてもよい。
【0071】
本実施形態では、ロールの温度には特に制限はない。例えば、室温~90℃としてもよい。また、チャンバー内と噴射ノズル内との差圧(射出圧力)には特に制限はない。例えば20~80kPaとしてもよい。
【0072】
単ロール法においては、主にロールの回転速度を調整することで得られる薄帯の厚さを調整することができるが、例えばノズルとロールとの間隔や溶融金属の温度などを調整することでも得られる薄帯の厚さを調整することができる。薄帯の厚さには特に制限はない。例えば10~80μmである。
【0073】
後述する熱処理前の軟磁性合金薄帯は粒径が30nmよりも大きい結晶が含まれていない。そして、熱処理前の軟磁性合金薄帯は非晶質のみからなる構造を有していてもよく、微結晶が非晶質中に存在するナノヘテロ構造を有していてもよい。
【0074】
なお、薄帯に粒径が30nmよりも大きい結晶が含まれているか否かを確認する方法には特に制限はない。例えば、粒径が30nmよりも大きい結晶の有無については、通常のX線回折測定により確認することができる。
【0075】
また、上記の微結晶の有無および平均粒径の観察方法については、特に制限はないが、例えば、イオンミリングにより薄片化した試料に対して、透過電子顕微鏡を用いて、制限視野回折像、ナノビーム回折像、明視野像または高分解能像を得ることで確認できる。制限視野回折像またはナノビーム回折像を用いる場合、回折パターンにおいて非晶質の場合にはリング状の回折が形成されるのに対し、非晶質ではない場合には結晶構造に起因した回折斑点が形成される。また、明視野像または高分解能像を用いる場合には、倍率1.00×10~3.00×10倍で目視にて観察することで初期微結晶の有無および平均粒径を観察できる。
【0076】
以下、軟磁性合金薄帯を熱処理することによりFe基ナノ結晶からなる構造を有する軟磁性合金薄帯を製造する方法について説明する。なお、本実施形態では、Fe基ナノ結晶からなる構造は非晶質化率Xが85%未満である結晶からなる構造である。上記した通り、非晶質化率XはXRDによりX線結晶構造解析を実施することで測定することができる。
【0077】
本実施形態の軟磁性合金薄帯を製造するための熱処理条件には特に制限はない。軟磁性合金薄帯の組成により好ましい熱処理条件は異なる。通常、好ましい熱処理温度は概ね450~650℃、好ましい熱処理時間は概ね0.5~10時間となる。しかし、組成によっては上記の範囲を外れたところに好ましい熱処理温度および熱処理時間が存在する場合もある。また、熱処理時の雰囲気には特に制限はない。大気中のような活性雰囲気下で行ってもよいし、Arガス中のような不活性雰囲気下、または真空中で行ってもよい。
【0078】
また、熱処理により得られた軟磁性合金薄帯に含まれるFe基ナノ結晶の平均粒径の算出方法には特に制限はない。例えば透過電子顕微鏡を用いて観察することで算出できる。また、結晶構造がbcc(体心立方格子構造)であること確認する方法にも特に制限はない。例えばX線回折測定を用いて確認することができる。
【0079】
本実施形態に係る軟磁性合金粉末の製造方法の一例としては、ガスアトマイズ法による軟磁性合金粉末の製造方法がある。
【0080】
ガスアトマイズ法では、まず、最終的に得られる軟磁性合金に含まれる各金属元素の純金属を準備し、最終的に得られる軟磁性合金と同組成となるように秤量する。そして、各金属元素の純金属を溶解し、混合して母合金を作製する。なお、前記純金属の溶解方法には特に制限はないが、例えばチャンバー内で真空引きした後に高周波加熱にて溶解させる方法がある。なお、母合金と最終的に得られる軟磁性合金とは通常、同組成となる。
【0081】
次に、作製した母合金を加熱して溶融させ、溶融金属(溶湯)を得る。溶融金属の温度には特に制限はないが、例えば1200~1500℃とすることができる。その後、前記溶融合金をガスアトマイズ装置で噴射させ、粉末を作製する。
【0082】
このときの噴射条件を制御することにより、軟磁性合金粉末の粒子径を好適に制御することができる。
【0083】
軟磁性合金粉末の粒子径には特に制限はない。例えば、D50が1~150μmである。なお、軟磁性合金粉末がFe基ナノ結晶からなる構造を有する場合には、軟磁性合金粉末1粒子に多数のFe基ナノ結晶が含まれることが通常である。したがって、上記の軟磁性合金粉末の粒子径とFe基ナノ結晶の結晶粒径とは異なる。
【0084】
好適な噴射条件は溶融金属の組成や目標とする粒子径によっても異なるが、例えばノズル径0.5~3mm、溶融金属排出量1.5kg/min以下、ガス圧5~10MPaである。
【0085】
以上の方法により、熱処理前の軟磁性合金粉末が得られる。粒子径を好適に制御するためには、この時点では軟磁性合金粉末が非晶質からなる構造を有することが好ましい。
【0086】
Fe基ナノ結晶からなる構造を有する軟磁性合金粉末を好適に得るためには、上記のガスアトマイズ法により得られた非晶質からなる構造を有する軟磁性合金粉末に対して熱処理を行うことが好ましい。例えば、300~650℃で0.5~10時間、熱処理を行うことで、好適にFe基ナノ結晶からなる構造を有する軟磁性合金粉末を得やすくなる。そして、飽和磁束密度Bsが高く保磁力Hcが低い軟磁性合金粉末が得られる。
【0087】
本実施形態に係る軟磁性合金薄膜の製造方法の一例としては、上記の通り、スパッタ法による軟磁性合金薄膜の製造方法がある。
【0088】
本実施形態に係る軟磁性合金の用途には特に制限はない。例えば、軟磁性合金薄帯の場合には、コア、インダクタ、トランスおよびモータなどが挙げられる。軟磁性合金粉末の場合には、圧粉磁心が挙げられる。特に、インダクタ用、特にパワーインダクタ用の圧粉磁心として好適に用いることができる。また、軟磁性合金薄膜を用いた磁性部品、例えば薄膜インダクタ、磁気ヘッドにも好適に用いることができる。
【0089】
そして、本実施形態に係る軟磁性合金は、例えば周知のFe-Si-B-Nb-Cu系軟磁性合金よりも高い飽和磁束密度Bsを有する軟磁性合金とすることができる。また、本実施形態に係る軟磁性合金は、前記Fe-Si-B-Nb-Cu系軟磁性合金より高い飽和磁束密度Bsを有することが知られているFe-Nb-B系軟磁性合金よりも低い保磁力Hcを有する軟磁性合金とすることができる。さらに、本実施形態に係る軟磁性合金は、Fe-Nb-B系軟磁性合金よりも高い飽和磁束密度Bsとすることも容易である。すなわち、本実施形態に係る軟磁性合金を用いた磁性部品は、軟磁気特性の向上、コアロスの低減および透磁率の向上を達成しやすくなる。すなわち、本実施形態に係る軟磁性合金を用いることで、周知のFe-Si-B-Nb-Cu系軟磁性合金やFe-Nb-B系軟磁性合金を用いる場合よりも低消費電力化および高効率化した磁性部品を得やすくなる。さらに、本実施形態に係る軟磁性合金を電源回路に用いる場合には、エネルギー損失の低減および電源効率の向上を達成しやすくなる。
【実施例
【0090】
以下、本発明をさらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0091】
(薄膜作製時の基板の温度の決定)
まず、既知のバルクの結晶状態の組成依存性として、図5に示すFe-Nb-B系の3元系のバルクの結晶状態の組成依存性を準備した。
【0092】
次に、バルクの結晶状態が当該バルクの結晶状態の組成依存性に示される複数の組成について、成膜時における基板の温度を変化させて複数の薄膜をスパッタ法により作製した。
【0093】
成膜はマグネトロンスパッタ(株式会社エイコー製 ES340)を使用して行った。また、複数種類のターゲットを用いて多元スパッタにより同時成膜することで行った。
【0094】
本実施例では、基板の温度を474K(201℃)、523K(250℃)、575K(302℃)としてFe、NbおよびBからなる複数の薄膜を作製した。また、基板は熱酸化シリコン基板を6mm×6mmに切断し、水、アセトン、IPAの順番に溶媒を用いて超音波洗浄を行った基板とした。膜厚は100nmとした。また、チャンバー内のガス流量を20sccm、チャンバー内のガス圧を0.4Paとした。
【0095】
次に、XRDを用いて得られた薄膜の結晶状態を評価した。得られた複数の薄膜の結晶状態を基板の温度毎にバルクの結晶状態の組成依存性にプロットした。その結果、基板の温度が250℃である場合に薄膜の結晶状態がバルクの結晶状態の組成依存性と同一となった。
【0096】
(実験例1)
表1に記載された組成を有する軟磁性合金を作製した。各組成について、薄帯形状の軟磁性合金と薄膜形状の軟磁性合金とを両方とも作製した。なお、表1に記載された組成は、周知のFe-Si-B-Nb-Cu系の軟磁性合金組成、および、周知のFe-Nb-B系の軟磁性合金組成である。
【0097】
以下、薄帯形状の軟磁性合金の製造方法について記載する。まず、表1に記載された組成の母合金が得られるように純金属材料をそれぞれ秤量した。そして、チャンバー内で真空引きした後、高周波加熱にて溶解し母合金を作製した。
【0098】
その後、作製した母合金を加熱して溶融させ、1200℃の溶融状態の金属とした後に、ロールを回転速度15m/secで回転させる単ロール法により前記金属をロールに噴射させ、薄帯を作成した。ロールの材質はCuとした。ロール温度は25℃、チャンバー内と噴射ノズル内との差圧(射出圧力)は40kPaとした。また、スリットノズルのスリット幅を180mm、スリット開口部からロールまでの距離0.2mm、ロール径φ300mmとすることで、得られる薄帯の厚さを20μm、薄帯の幅を5mm、薄帯の長さを数十mとした。

【0099】
次に薄帯に対して熱処理を行うが、その前に熱処理前の薄帯が非晶質からなるのか結晶からなるのかを確認した。XRDを用いて各薄帯の非晶質化率Xを測定し、Xが85%以上である場合に非晶質からなるとした。Xが85%未満である場合に結晶からなるとした。結果を表1に示す。さらに、透過電子顕微鏡を用いて制限視野回折像および30万倍で明視野像を観察し微結晶の有無を確認した。その結果、表1の各薄帯は微結晶を有さないことを確認した。
【0100】
なお、以下に示す実施例および比較例の薄帯では特に記載の無い限り、全て熱処理前には微結晶を有さないことを確認した。
【0101】
次に、作製した各薄帯に対して表1に記載する温度で60分、熱処理を行った。なお、熱処理時の雰囲気は不活性雰囲気中(Ar雰囲気)中とした。
【0102】
熱処理後の各薄帯の保磁力Hcおよび飽和磁束密度Bsを測定した。保磁力HcはHcメーターを用いて測定した。飽和磁束密度Bsは振動試料型磁力計(VSM)を用いて最大印加磁場1000Oeで測定した。
【0103】
なお、以下に示す実施例および比較例の薄帯では特に記載の無い限り、全て平均粒径が5~30nmであり結晶構造がbccであるFe基ナノ結晶を有していたことをX線回折測定、および透過電子顕微鏡を用いた観察で確認した。また、熱処理の前後で合金組成に変化がないことについてICP分析を用いて確認した。
【0104】
以下、薄膜形状の軟磁性合金の製造方法について記載する。
【0105】
薄膜の成膜は薄膜作製時の基板の温度の決定時と同様の方法により行った。なお、基板の温度は上記の通り、250℃とした。
【0106】
次に薄膜に対して熱処理を行うが、その前に熱処理前の薄膜が非晶質からなるのか結晶からなるのかを確認した。XRDを用いて図3図4のようなチャートを各薄膜について作成した。そして、得られたチャートをソフトウェア(Panalytical;Highscore)を用いて解析し、熱処理前の薄膜が非晶質からなるのか結晶からなるのかを確認した。結果を表1に示す。なお、図3は薄膜が結晶からなる場合の一例であり、図4は薄膜が非晶質からなる場合の一例である。
【0107】
次に、作製した各薄膜に対して表1に記載する温度で熱処理を行った。なお、熱処理時の雰囲気は真空中とした。
【0108】
熱処理後の各薄膜の保磁力Hcおよび飽和磁束密度Bsを測定した。保磁力Hcおよび飽和磁束密度Bsは振動試料型磁力計(VSM)を用いて最大印加磁場1000Oeで測定した。
【0109】
なお、以下に示す実施例および比較例の熱処理後の薄膜では特に記載の無い限り、全て平均粒径が5~30nmであり結晶構造がbccであるFe基ナノ結晶を有していたことをX線回折測定、および透過電子顕微鏡を用いた観察で確認した。また、熱処理の前後で合金組成に変化がないことについてICP分析を用いて確認した。
【0110】
【表1】
【0111】
表1より、互いに同一な組成であって、熱処理温度を600℃とした薄帯と熱処理温度を500℃とした薄膜とでは、飽和磁束密度Bsが略一致することを確認した。すなわち、実験例1の製造条件で作製された薄膜の結晶状態や磁気特性から、実験例1の製造条件で作製された薄帯の結晶状態や磁気特性を知ることができる。
【0112】
なお、表1に示す試験結果より、以下に示す実験例の薄膜では、成膜後、熱処理前の薄膜が非晶質からなる構造を有する場合に成膜後の非晶質性が良好であるとした。さらに、熱処理後の飽和磁束密度Bsが1.30T以上、かつ、保磁力Hcが22.0Oe以下である場合に磁気特性が良好であるとした。また、以下に示す実験例の薄帯では、熱処理前の非晶質化率Xが85%以上である場合に熱処理前の非晶質性が良好であるとした。さらに、熱処理後の飽和磁束密度Bsが1.30T以上、かつ、保磁力Hcが7.0A/m以下である場合に磁気特性が良好であるとした。
【0113】
(実験例2)
実験例2では、実験例1の製造条件で組成および熱処理温度を変化させた薄膜を作製した。結果を表2~表8、表9A~表9Eに示す。
【0114】
【表2】
【0115】
【表3】
【0116】
【表4】
【0117】
【表5】
【0118】
【表6】
【0119】
【表7】
【0120】
【表8】
【0121】
【表9A】
【0122】
【表9B】
【0123】
【表9C】
【0124】
【表9D】
【0125】
【表9E】
【0126】
表2にはM=Taの含有量(a)を変化させた点以外は同条件で作製した各試料の結果を示した。Mの含有量(a)が所定の範囲内である各試料は好適な磁気特性を有する薄膜となった。これに対し、Mの含有量(a)が大きすぎる試料番号14は保磁力Hcが大きくなりすぎた。
【0127】
表3には、表2の試料番号10についてCの含有量(b)とX3=Pの含有量(c)との合計(b+c)を0.080に固定してbとcとを変化させた各試料の結果を示した。b,c,およびb/(b+c)が全て所定の範囲内である各試料は好適な磁気特性を有する薄膜となった。これに対し、b/(b+c)が小さすぎる試料番号19~21は保磁力Hcが大きくなりすぎた。
【0128】
表4には、M=Taの含有量(a)を0.090とし、かつ、Cの含有量(b)を変化させた各試料の結果を示した。Cの含有量(b)が所定の範囲内である各試料は好適な磁気特性を有する薄膜となった。これに対し、Cの含有量が大きすぎる試料番号28は飽和磁束密度Bsが小さすぎ、かつ、保磁力Hcが大きくなりすぎた。
【0129】
表5には、M=Taの含有量(a)を0.140とし、かつ、Cの含有量(b)を変化させた各試料の結果を示した。Cの含有量(b)が所定の範囲内である各試料は好適な磁気特性を有する薄膜となった。これに対し、bが小さすぎ、b/(b+c)が小さすぎる試料番号29は保磁力Hcが大きくなりすぎた。
【0130】
表6には、X3=Pの含有量(c)を変化させた各試料の結果を示した。X3の含有量(c)が所定の範囲内である各試料は好適な磁気特性を有する薄膜となった。これに対し、X3の含有量が大きすぎ、b/(b+c)が小さすぎる試料番号39は飽和磁束密度Bsが小さすぎ、かつ、保磁力Hcが大きくなりすぎた。
【0131】
表7には、M=Taの含有量(a)、Cの含有量(b)、および/または、X3の含有量(c)および/またはX3の種類を変化させた各試料の結果を示した。組成が所定の範囲内である各試料は好適な磁気特性を有する薄膜となった。
【0132】
表8には、試料番号10についてMの種類を変化させた各試料の結果を示した。組成が所定の範囲内である各試料は好適な磁気特性を有する薄膜となった。
【0133】
表9Aには、試料番号10についてFeの一部をX1またはX2で置換した各試料の結果を示した。組成が所定の範囲内である各試料は好適な磁気特性を有する薄膜となった。
【0134】
表9Bには、試料番号10についてCの含有量(b)を変化させた試料番号113、試料番号62についてCの含有量(b)を変化させた試料番号108の結果を示した。Coを含まない試料番号10、113では、bを上昇させるとBsとHcとのいずれも低下した。これに対し、Coを10at%含む試料番号62、108では、bを上昇させてもBsがほとんど低下せず、Hcが大きく低下した。したがって、Coを10at%含む場合には、Coを含まない場合と比較してCの含有量(b)を少し多くすることが好ましい。
【0135】
表9Cには、試料番号108から熱処理温度を変化させた各試料の結果を示した。表9Cより、Coを10at%含む場合の最適な熱処理温度は550℃である。
【0136】
表9Dには、試料番号110について組成を変化させた各試料の結果を示した。表9Eには、X3の種類をB,SiまたはGeに変化させた各試料の結果を示した。すべての成分の含有量が特定の範囲内である各実施例は良好な磁気特性を有する薄膜となった。
【0137】
(実験例3)
実験例3では、表10に示す各組成について、薄膜形状の試料と薄帯形状の試料との両方を作製し、磁気特性を比較した。各試料の作製条件は実験例1と同様とした。
【0138】
【表10】
【0139】
互いに同一な組成であって、熱処理温度を600℃とした薄帯と熱処理温度を500℃とした薄膜とでは、飽和磁束密度Bsが略一致した。すなわち、実験例1で発見した互いに組成が同一な薄帯と薄膜とで飽和磁束密度Bsが略一致する条件は、軟磁性合金の組成を変化させても適用できることを確認した。すなわち、実験例2で検討した良好な組成範囲は薄膜のみではなくバルク(薄帯)にも適用できることを確認した。
【0140】
そして、組成が所定の範囲内である実験例3の各試料は、組成が所定の範囲外である実験例1の各試料と比較して良好な磁気特性を有する結果となった。また、薄膜の保磁力Hcが高いほど薄帯の保磁力Hcが高くなる傾向にあった。
【0141】
(実験例4)
実験例4では、実験例1の製造条件で組成および熱処理温度を変化させた薄帯を作製した。結果を表11A~11Eに示す。
【0142】
【表11A】
【0143】
【表11B】
【0144】
【表11C】
【0145】
【表11D】
【0146】
【表11E】
【0147】
表11Aより、Feの一部をX1またはX2で置換しても組成が所定の範囲内である各試料は好適な磁気特性を有する薄帯となった。
【0148】
表11Bには、試料番号80についてCの含有量(b)を変化させた試料番号145、試料番号106についてCの含有量(b)を変化させた試料番号146の結果を示した。Coを含まない試料番号80では、bを上昇させるとBsとHcとのいずれもわずかに低下した。これに対し、Coを10at%含む試料番号106では、bを上昇させてもBsが低下せず、Hcが大きく低下した。したがって、Coを10at%含む場合には、Coを含まない場合と比較してCの含有量(b)を少し多くすることが好ましい。
【0149】
表11Cには、試料番号146から熱処理温度を変化させた各試料の結果を示した。表11Cより、Coを10at%含む場合の最適な熱処理温度は625℃である。
【0150】
表11Dには、試料番号110について組成を変化させた各試料の結果を示した。表11Eには、X3の種類をB,SiまたはGeに変化させた各試料の結果を示した。すべての成分の含有量が特定の範囲内である各実施例は良好な磁気特性を有する薄帯となった。
【0151】
(実験例5)
実験例5では、試料番号80について、ロールの回転速度および/または熱処理温度を変化させて試料番号87~96の薄帯を作製した。結果を表12に示す。
【0152】
【表12】
【0153】
表12より、ロールの回転速度が低いほど熱処理前の薄帯に微結晶が生成しやすく、かつ、微結晶が成長しやすい。また、熱処理温度が高いほど熱処理後の薄帯にFe基ナノ結晶が生成しやすく、Fe基ナノ結晶が成長しやすいことが確認できた。
【0154】
また、熱処理前に微結晶がない場合には、熱処理後に特にHcが低くなりやすいことが確認できた。
【0155】
なお、熱処理温度が低く熱処理後にFe基ナノ結晶が含まれなかった試料番号89は飽和磁束密度Bsが低すぎ、かつ、保磁力Hcが高すぎる結果となった。また、熱処理前に微結晶がなくFe基ナノ結晶の平均粒径が5~30nmである試料番号80、87は、熱処理前に微結晶がなくFe基ナノ結晶の平均粒径が3nmである試料番号88と比較して熱処理後の飽和磁束密度Bsが高くなり、保磁力Hcが低くなった。
【0156】
(実験例6)
実験例6では、表13に示す組成の粉末を作製した。
【0157】
まず、表13に記載の組成の母合金が得られるように純金属材料をそれぞれ秤量した。そして、チャンバー内で真空引きした後、高周波加熱にて溶解し母合金を作製した。
【0158】
その後、作製した母合金を加熱して溶融させ、1500℃の溶融状態の金属としたのち、ガスアトマイズ法により表13に示す組成で前記金属を噴射させ、粉末を作成した。ノズル径1mm、溶湯金属排出量1kg/min、ガス圧7.5MPaとして粉末を作製した。
【0159】
得られた各軟磁性合金粉末が非晶質からなるのか結晶からなるのかを確認した。XRDを用いて各薄帯の非晶質化率Xを測定し、Xが85%以上である場合に非晶質からなるとした。Xが85%未満である場合に結晶からなるとした。結果を表13に示す。
【0160】
次に、作製した各粉末に対して表13に記載する温度で60分、熱処理を行った。なお、熱処理時の雰囲気は不活性雰囲気中(Ar雰囲気)中とした。
【0161】
熱処理後の各粉末の飽和磁束密度Bsを測定した。飽和磁束密度Bsは振動試料型磁力計(VSM)を用いて最大印加磁場20000Oeで測定した。結果を表13に示す。
【0162】
【表13】
【0163】
表13より、互いに同一な組成であって、熱処理温度を600℃(試料番号150では625℃)とした薄帯と熱処理温度を500℃(試料番号114では550℃)とした薄膜と熱処理温度を600℃(試料番号160では625℃)とした粉末とでは、飽和磁束密度Bsが略一致することを確認した。すなわち、実験例6の製造条件で作製された粉末の結晶状態や磁気特性から、実験例1~5の製造条件で作製された薄帯および薄膜の結晶状態や磁気特性を知ることができる。逆に、実験例1~5の製造条件で作製された薄帯または薄膜の結晶状態や磁気特性から、実験例6の製造条件で作製された粉末の結晶状態や磁気特性を知ることができる。
【0164】
また、所定の範囲内の組成である試料番号10、80、98の各試料は、所定の範囲外の組成である試料番号2、1、97の各試料よりも飽和磁束密度Bsが高い結果となった。所定の範囲内の組成である試料番号134、153、159の各試料、および、試料番号114、150、160の各試料も、所定の範囲外の組成である試料番号2、1、97の各試料よりも飽和磁束密度Bsが高い結果となった。
【0165】
また、試料番号4、3、99の各試料と試料番号10、80、98の各試料とで、互いに形状が同一である試料同士の保磁力Hcを比較した。所定の範囲内の組成である試料番号10、80、98の各試料は、所定の範囲外の組成である試料番号4、3、99の各試料よりも保磁力Hcが低い結果となった。
図1
図2
図3
図4
図5