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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】ホスホン酸エステルの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07F 9/6574 20060101AFI20240326BHJP
【FI】
C07F9/6574 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020019659
(22)【出願日】2020-02-07
(65)【公開番号】P2021123572
(43)【公開日】2021-08-30
【審査請求日】2022-11-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000157717
【氏名又は名称】丸菱油化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石川 章
(72)【発明者】
【氏名】井口 鎮人
(72)【発明者】
【氏名】柴戸 康弘
(72)【発明者】
【氏名】小林 淳一
【審査官】小森 潔
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-083491(JP,A)
【文献】特開2011-127078(JP,A)
【文献】特開2015-030837(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0162888(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I):
【化1】
[式中:nは1又は2である。R1は置換されていてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるホスホン酸エステルの製造方法であって、
(a)9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシドをトリハロゲノイソシアヌレートと反応させて、一般式(II):
【化2】
[式中:Xはハロゲン原子を示す。]
で表される化合物を得る工程、及び
(b)前記一般式(II)で表される化合物と一般式(III):
【化3】
[式中:mは1又は2である。R1は置換されていてもよい炭化水素基を示す。]
で表される化合物とを有機アミンの存在下で反応させる工程
を含み、且つ
前記有機アミンの使用量が前記トリハロゲノイソシアヌレート1モルに対して4モル以上である、製造方法。
【請求項2】
前記有機アミンの使用量が前記トリハロゲノイソシアヌレート1モルに対して4~20ルである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記有機アミンの使用量が前記トリハロゲノイソシアヌレート1モルに対して4~8モルである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記有機アミンがトリアルキルアミンである、請求項1~3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記有機アミンがトリエチルアミンである、請求項1~4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記トリハロゲノイソシアヌレートがトリクロロイソシアヌレートである、請求項1~5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
一般式(I):
【化4】
[式中:nは1又は2である。R1は置換されていてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるホスホン酸エステルの製造方法であって、
(b’)9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシドとトリハロゲノイソシアヌレートとの反応混合物を、一般式(III):
【化5】
[式中:mは1又は2である。R1は置換されていてもよい炭化水素基を示す。]
で表される化合物と、有機アミンの存在下で反応させる工程
を含且つ
前記有機アミンの使用量が前記トリハロゲノイソシアヌレート1モルに対して4モル以上である、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホン酸エステルの製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリオレフィン系樹脂等の各種樹脂が、その機械特性、熱的特性、成型加工性等の特徴に応じて、種々の工業品、例えば建築材料、電気機器用材料、車両部品、自動車内装部品、家庭用品等に利用されている。しかしながら、これらの樹脂は一般的に燃焼しやすいという欠点を有している。このため、通常、これらの樹脂には難燃剤が配合される。
【0003】
ホスホン酸エステルは、高い難燃性を有するので、比較的少量の添加量で難燃性を付与することが可能である。よって、これを使用することにより、樹脂の機械物性や熱的特性の低下を最低限に抑えることが可能となる。また、ホスホン酸エステルは、樹脂に対する相溶性も良好であるので、透明性樹脂の光学特性を損なうことなく、またブルーミングなどにより外観を損ねる危険性もない。
【0004】
ホスホン酸エステルの製造方法として、特許文献1では、オルソフェニルフェノール類と三塩化リンとを超強酸存在下で120℃以上で脱塩化水素反応して10-クロロ-10H-9-オキサ-10-ホスファフェナントレンを得た後、これとフェノール類とをエステル化反応させて、酸化剤によりリンの酸化数を増やすという方法が報告されている。しかし、この方法は、反応経路の複雑性、発生する塩化水素の処理、反応時間等に鑑みて、高コストである。
【0005】
特許文献2で報告されている製造方法は、常温以下で容易に反応できる方法であり、コスト的に優れた方法である。しかし、この方法は、ハロゲン化剤として四塩化炭素、四臭化炭素等の有毒物質を使用する必要があり、また副生成するクロロホルム、ブロモホルム等の有毒物質を除去及び廃棄する必要があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-223934号公報
【文献】特開2009-108089号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、使用材料及び副生成物の毒性がより低い、ホスホン酸エステルの製造方法を提供することを課題とする。本発明は、好ましくは、副生成物の除去がより簡便な、ホスホン酸エステルの製造方法を提供することをも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は鋭意研究を重ねた結果、9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシドをトリハロゲノイソシアヌレートと反応させる工程、及び該工程で得られた生成物と水酸基含有化合物とを有機アミンの存在下で反応させる工程を含む方法であれば、上記課題を解決できることを見出した。本発明者は、この知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明を完成させた。即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0009】
項1. 一般式(I):
【0010】
【化1】
【0011】
[式中:nは1又は2である。R1は置換されていてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるホスホン酸エステルの製造方法であって、
(a)9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシドをトリハロゲノイソシアヌレートと反応させて、一般式(II):
【0012】
【化2】
【0013】
[式中:Xはハロゲン原子を示す。]
で表される化合物を得る工程、及び
(b)前記一般式(II)で表される化合物と一般式(III):
【0014】
【化3】
【0015】
[式中:mは1又は2である。R1は置換されていてもよい炭化水素基を示す。]
で表される化合物とを有機アミンの存在下で反応させる工程
を含む、製造方法。
【0016】
項2. 前記有機アミンの使用量が前記トリハロゲノイソシアヌレート1モルに対して4モル以上である、項1に記載の製造方法。
【0017】
項3. 前記有機アミンの使用量が前記トリハロゲノイソシアヌレート1モルに対して4~8モルである、項1又は2に記載の製造方法。
【0018】
項4. 前記有機アミンがトリアルキルアミンである、項1~3のいずれかに記載の製造方法。
【0019】
項5. 前記有機アミンがトリエチルアミンである、項1~4のいずれかに記載の製造方法。
【0020】
項6. 前記トリハロゲノイソシアヌレートがトリクロロイソシアヌレートである、項1~5のいずれかに記載の製造方法。
【0021】
項7. 一般式(I):
【0022】
【化4】
【0023】
[式中:nは1又は2である。R1は置換されていてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるホスホン酸エステルの製造方法であって、
(b’)9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシドとトリハロゲノイソシアヌレートとの反応混合物を、一般式(III):
【0024】
【化5】
【0025】
[式中:mは1又は2である。R1は置換されていてもよい炭化水素基を示す。]
で表される化合物と、有機アミンの存在下で反応させる工程
を含む、製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、使用材料及び副生成物の毒性がより低い、ホスホン酸エステルの製造方法を提供することができる。さらに、本発明によれば、副生成物の除去がより簡便な、ホスホン酸エステルの製造方法を提供することも可能である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0028】
本発明は、その一態様において、一般式(I)で表されるホスホン酸エステルの製造方法であって、(a)9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシドをトリハロゲノイソシアヌレートと反応させて、一般式(II)で表される化合物を得る工程、及び(b)前記一般式(II)で表される化合物と一般式(III)で表される化合物とを有機アミンの存在下で反応させる工程を含む、製造方法(本明細書において、「本発明の製造帆法」と示すこともある。)に関する。以下に、これについて説明する。
【0029】
本発明の製造方法の製造目的化合物は、一般式(I):
【0030】
【化6】
【0031】
[式中:nは1又は2である。Rは置換されていてもよい炭化水素基を示す。]
で表されるホスホン酸エステルである。
【0032】
nは、ホスホン酸エステルの耐熱性の観点から、好ましくは2である。
【0033】
R1で示される炭化水素基としては、特に制限されず、鎖状(直鎖及び分岐鎖のいずれでもよい。)及び環状(単環、縮合多環、架橋環及びスピロ環のいずれでもよい。)のいずれであってもよい。例えば、側鎖を有する環状炭化水素基が挙げられる。また、炭化水素基は、飽和及び不飽和のいずれでもよい。
【0034】
R1で示される炭化水素基は、置換されていてもよい。例えば、R1で示される炭化水素基の水素原子が、アルキル基、シクロアルキル基、アリル基、アリール基、アルキルアリール基、アリールアルキル基等の炭化水素基で置換されていてもよい。例えば、R1で示される炭化水素基の-CH2-がスルホニル基等の官能基に置換されていてもよい。また、R1で示される炭化水素基の主鎖構成原子又は環構成原子がヘテロ原子に置換されていてもよい。置換数は、特に制限されないが、例えば0~6、0~3、又は0~1である。
【0035】
R1の炭素数は、特に制限されないが、例えば1~18である。この炭素数は置換基を有する場合は置換基も含めた炭素数を示す。
【0036】
R1で示される炭化水素基は、nが1である場合は、1価の基である。この場合、一般式(I)で表されるホスホン酸エステルは、一般式(IA):
【0037】
【化7】
【0038】
で表されるホスホン酸エステルである。
【0039】
R1で示される炭化水素基は、nが2である場合は、2価の基である。この場合、一般式(I)で表されるホスホン酸エステルは、一般式(IB):
【0040】
【化8】
【0041】
で表されるホスホン酸エステルである。
【0042】
R1で示される置換されていてもよい炭化水素基としては、例えばアルキル基又はアルキレン基(これらをまとめて、アルキ(ル/レン基)と示す。以下、他の基についても同様である。)、アリー(ル/レン)基、シクロアルキ(ル/レン)基、ヘテロアルキ(ル/レン)基、ヘテロアリー(ル/レン)基又はヘテロシクロアルキ(ル/レン)基であって、置換基を有していてもよいものを示す。
【0043】
アルキ(ル/レン)基としては、直鎖状又は分岐状のアルキ(ル/レン)基のいずれでもよい。具体例としては、例えばメチ(ル/レン)基、エチ(ル/レン)基、プロピ(ル/レン)基、イソプロピ(ル/レン)基、ブチ(ル/レン)基、イソブチ(ル/レン)基、ペンチ(ル/レン)基、イソペンチ(ル/レン)基、ネオペンチ(ル/レン)基、へキシ(ル/レン)基、ヘプチ(ル/レン)基、オクチ(ル/レン)基、ノニ(ル/レン)基、デシ(ル/レン)基等が挙げられる。すなわち、本発明では、アルキ(ル/レン)基は無置換のものを好適に用いることができる。これらのアルキ(ル/レン)基の炭素数としては1~12程度が好ましく、特に2~6がより好ましい。
【0044】
アリー(ル/レン)基としては、置換基を有していてもよい環状(単環、縮合多環、架橋環及びスピロ環のいずれでもよい。)のいずれであってもよい。例えば、フェニ(ル/レン)基、ペンタレニ(ル/レン)基、インデニ(ル/レン)基、ナフタレニ(ル/レン)基、アズレニ(ル/レン)基、フェナレニ(ル/レン)基、ビフェニ(ル/レン)基等の単環式、二環式又は三環式のアリー(ル/レン)基、及びプロピルジフェニ(ル/レン)基等のアルキルアリー(ル/レン)基が挙げられる。R1としては、炭素数6~18のアリー(ル/レン)基が好ましく、例えばフェニ(ル/レン)基、プロピルジフェニ(ル/レン)基、ナフチ(ル/レン)基等が挙げられる。本発明では、フェニ(ル/レン)基がより好ましい。
【0045】
シクロアルキ(ル/レン)基としては、置換基を有していてもよい環状(単環、縮合多環、架橋環及びスピロ環の水素化物のいずれでもよい。)のいずれであってもよい。例えば、シクロプロピ(ル/レン)基、シクロブチ(ル/レン)基、シクロペンチ(ル/レン)基、シクロヘキシ(ル/レン)基、シクロヘプチ(ル/レン)基、シクロオクチ(ル/レン)基等が挙げられる。R1としては、炭素数3~8のシクロアルキ(ル/レン)基であることが好ましい。
【0046】
ヘテロアルキ(ル/レン)基としては、前記アルキ(ル/レン)基を構成する炭素原子の少なくとも1つがヘテロ原子(特に酸素原子、窒素原子及び硫黄原子の少なくとも1種)に代置されている基が挙げられる。R1としては、ヘテロ原子が酸素原子で代置されている炭素数1~12のヘテロアルキ(ル/レン)基が最も好ましい。より具体的には、3-オキサペンチ(ル/レン)、3,6-ジオキサオクチ(ル/レン)、3,6,9-トリオキサウンデシ(ル/レン)、1,4-ジメチル-3-オキサ-1,5-ペンチ(ル/レン)、1,4,7-トリメチル-3,6-ジオキサ-1,8-オクチ(ル/レン)、1,4,7,10-テトラメチル-3,6,9-トリオキサ-1,11-ウンデシ(ル/レン)等が例示される。こ
ヘテロシクロアルキ(ル/レン)基としては、前記シクロアルキ(ル/レン)基を構成する炭素原子の少なくとも1つがヘテロ原子(特に酸素原子、窒素原子及び硫黄原子の少なくとも1種)に代置されている基が挙げられる。R1としては、5員環又は6員環の環状ヘテロアリー(ル/レン)基であることが好ましい。より具体的には、ピペリジンジイル基、ピロリジンジイル基、ピペラジジイル基、オキセタンジイル基、テトラヒドロフランジイル基等であることが好ましい。
【0047】
ヘテロアリー(ル/レン)基としては、前記アリー(ル/レン)基を構成する炭素原子の少なくとも1つがヘテロ原子(特に酸素原子、窒素原子及び硫黄原子の少なくとも1種)に代置されている基が挙げられる。R1としては、5員環又は6員環の環状ヘテロアリール基であることが好ましい。より具体的には、フランジイル基、ピロリジンジイル基、ピリジンジイル基、ピリミジンジイル基、キノリジンジイル基、イソキノリンジイル基等がより好ましい。
【0048】
一般式(IA)で表されるホスホン酸エステルの具体例としては、下記式(1)~(8)で表される化合物が挙げられる。
【0049】
【化9】
【0050】
一般式(IB)で表されるホスホン酸エステルの具体例としては、下記式(9)~(18)で表される化合物が挙げられる。
【0051】
【化10】
【0052】
工程(a)で使用する9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシドは、式(IV):
【0053】
【化11】
【0054】
で表される化合物である。
【0055】
工程(a)で使用するトリハロゲノイソシアヌレートは、一般式(V):
【0056】
【化12】
【0057】
[式中:X1、X2及びX3は同一又は異なって、ハロゲン原子を示す。]
で表される化合物である。トリハロゲノイソシアヌレートは1種単独であってもよいし、2種以上の組合せであってもよい。
【0058】
X1、X2及びX3で示されるハロゲン原子としては、特に制限されず、例えば塩素原子、臭素原子等が挙げられる。
【0059】
トリハロゲノイソシアヌレートとしては、取扱い性、経済性等の観点から、一般式(V)においてX1、X2及びX3が全て塩素原子である化合物(トリクロロイソシアヌレート)が特に好ましい。トリクロロイソシアヌレートは、プール用の消毒・殺菌剤として、例えば南海化学株式会社より「スタートリクロンPG(顆粒有効塩素90%)」や四国化成株式会社より「ネオクロール90W(顆粒有効塩素90%)」として販売されており、容易に入手可能である。
【0060】
トリハロゲノイソシアヌレートの使用量は、収率、合成の容易さ等の観点から、9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシドの1モルに対して、通常0.1~1モル、好ましくは0.2~0.6モル、特に好ましくは0.3~0.4モルである。
【0061】
工程(a)の反応は、必要に応じて、溶媒の存在下で行うことができる。溶媒としては、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、n-ヘキサン等の炭化水素系溶剤;テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶剤;酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル系溶剤など、一般的な非プロトン性有機溶剤が使用可能である。これらの中でも、好ましくは炭化水素系溶剤が挙げられ、特に好ましくはトルエンが挙げられる。溶媒は単独で使用してもよく、また、複数併用してもよい。
【0062】
工程(a)の反応温度は、反応収率、純度等の観点から、50℃以下であることが好ましい。該反応温度は、好ましくは0~40℃、より好ましくは(特に、トリハロゲノイソシアヌレートを全て加えた後は)0~20℃である。
【0063】
本発明の好ましい一態様においては、9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシドと溶媒を含む液に、トリハロゲノイソシアヌレートを間欠的に加えることが好ましい。1回当たりの投入量を調整することにより、簡便に、液温を、上記範囲内に抑えることができる。
【0064】
工程(a)の反応時間は、特に制限されず、例えば10分間~8時間、好ましくは30分間~4時間である。
【0065】
工程(a)により、一般式(II):
【0066】
【化13】
【0067】
[式中:Xはハロゲン原子を示す。]
で表される化合物が生成される。
【0068】
Xで示されるハロゲン原子は、工程(a)で使用するトリハロゲノイソシアヌレート中のハロゲン原子に応じて決定する。トリクロロイソシアヌレートを使用した場合は、Xは塩素原子である。
【0069】
工程(a)で使用するトリハロゲノイソシアヌレート、及び工程(a)で副生成物として生じるシアヌル酸は、比較的毒性が低い物質であり、このため本発明によれば、使用材料及び副生成物の毒性がより低い、ホスホン酸エステルの製造方法を提供することができる。
【0070】
工程(a)の反応の進行は、クロマトグラフィーのような通常の方法で追跡することができる。また、生成物の構造は、元素分析、MS(ESI-MS)分析、IR分析、1H-NMR、13C-NMR等により同定することができる。工程(a)の反応終了後、溶媒を留去し、生成物はクロマトグラフィー法、再結晶法等の通常の方法で単離精製することができるが、本発明の製造方法においては、好適には、単離精製せずに、そのまま工程(b)を行うことができる。この観点から、本発明は、工程(a)及び工程(b)に代えて、(b’)9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシドとトリハロゲノイソシアヌレートとの反応混合物を、一般式(III)で表される化合物と、有機アミンの存在下で反応させる工程を含む、製造方法、にも関する。工程(b’)については、以下に工程(b)と合わせて説明する。
【0071】
工程(b)及び(b’)では、一般式(III):
【0072】
【化14】
【0073】
[式中:mは1又は2である。R1は置換されていてもよい炭化水素基を示す。]
で表される化合物を使用する。一般式(III)で表される化合物は1種単独であってもよいし、2種以上の組合せであってもよい。
【0074】
mが1である場合、一般式(I)においてnが1であるホスホン酸エステルが得られる。mが2である場合、一般式(I)においてnが2であるホスホン酸エステルが得られる。
【0075】
R1については前記の通りである。
【0076】
一般式(III)で表される化合物の使用量は、収率、合成の容易さ等の観点から、一般式(II)で表される化合物1モルに対して、一般式(III)で表される化合物中の水酸基換算で、通常0.2~3モル、好ましくは0.5~2モル、特に好ましくは0.8~1.2モルである。
【0077】
工程(b)及び(b’)で使用する有機アミンとしては、特に制限されないが、例えばトリメチルアミン(TMA)、トリエチルアミン(TEA)、トリプロピルアミン(TPA)、トリブチルアミン(TBA)、ピリジン、N,N-ジメチルアニリン、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0] -7-ウンデセン、1,5-ジアザビシクロ[4.3.0] -5-ノネン、4-ジメチルアミノピリジンなどの三級アミンが挙げられる。これらの中でも、好ましくはTMA、TEA、TPA、TBA等のトリアルキルアミンが挙げられ、使用のし易さ、コスト等の観点から特に好ましくはトリエチルアミンが挙げられる。有機アミンは1種単独であってもよいし、2種以上の組合せであってもよい。
【0078】
工程(a)の副生成物であるシアヌル酸は、一般的な有機溶媒及び水に対して不要であるので、反応系からの除去が困難である。有機アミンを使用することにより、シアヌル酸の一部又は全部を水溶性塩に変換することが可能である。水溶性塩は、水洗工程により容易に除去することができる。また、有機アミンも酸塩基抽出により容易に回収可能である。このため、本発明によれば、副生成物の除去がより簡便な、ホスホン酸エステルの製造方法を提供することが可能である。
【0079】
有機アミンの使用量は、収率、合成の容易さ等の観点から、トリハロゲノイソシアヌレート1モルに対して、例えば3モル以上である。該使用量は、より多くのシアヌル酸(好適にはほぼ全てのシアヌル酸)を水溶性塩に変換し、副生成物の除去をより簡便とすることができるという観点から、より好ましくは4モル以上、さらに好ましくは5モル以上である。コストを加味すると、該使用量は、好ましくは4~20モル、より好ましくは4~10モル、さらに好ましくは4~8モル、特に好ましくは4~6モルである。
【0080】
工程(b)及び(b’)の反応は、必要に応じて、溶媒の存在下で行うことができる。溶媒としては、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、n-ヘキサン等の炭化水素系溶剤;テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶剤;酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル系溶剤など、一般的な非プロトン性有機溶剤が使用可能である。これらの中でも、好ましくは炭化水素系溶剤が挙げられ、特に好ましくはトルエンが挙げられる。溶媒は単独で使用してもよく、また、複数併用してもよい。
【0081】
工程(b)及び(b’)の反応温度は、反応収率、純度等の観点から、50℃以下であることが好ましい。該反応温度は、好ましくは0~40℃である。
【0082】
本発明の好ましい一態様においては、一般式(II)で表される化合物、一般式(III)で表される化合物、及び溶媒を含む液に、有機アミンを間欠的に又は連続滴下で加えることが好ましい。1回当たりの投入量又は滴下速度を調整することにより、簡便に、液温を、上記範囲内に抑えることができる。
【0083】
工程(b)及び(b’)の反応時間は、特に制限されず、例えば10分間~8時間、好ましくは30分間~4時間である。
【0084】
工程(b)又は(b’)により、製造目的化合物である一般式(I)で表されるホスホン酸エステルが生成される。
【0085】
工程(b)及び(b’)の反応の進行は、クロマトグラフィーのような通常の方法で追跡することができる。また、生成物の構造は、元素分析、MS(ESI-MS)分析、IR分析、1H-NMR、13C-NMR等により同定することができる。本発明の製造方法において、好適には、工程(b)及び(b’)の反応終了後、水又は水溶液で洗浄により、有機アミンの塩やシアヌル酸塩を簡便に除去することができる。その後は、適宜、溶媒の留去、再結晶法等により、簡便に高純度(例えば純度90%以上、好ましくは純度95%以上、より好ましくは純度98%以上)のホスホン酸エステルを得ることができる。
【0086】
得られたホスホン酸エステルは、樹脂等の難燃剤として好適に使用することができる。
【実施例
【0087】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0088】
(1)ホスホン酸エステルの同定及び純度測定
以下の実施例及び比較例で合成したホスホン酸エステルは、以下の方法により同定及び純度測定した。
【0089】
(1-1)純度
フォトダイオードアレイ(PDA)3次元UV検出器付液体高速クロマトグラフィー(アライアンスHPLCシステム:Waters社製)にて純度の確認を行った。
【0090】
(1-2)元素分析
元素分析計(EA1110:CEインスツルメンツ社製)にて炭素及び水素を、マイクロウェーブ試料分解装置(ETHOS1:マイルストーンゼネラル社製)にて湿式分解後に高周波結合プラズマ発行分析装置(ICP-OES、720ES:バリアン社製)にてリンを、それぞれの化合物について元素分析を行った。
【0091】
(1-3)LC/ms(ESI)
質量分析計付き高速液体クロマトグラフィー(LC/ms、ACQUITY UPLC(ESI):Waters社製)にて、それぞれの化合物の分子量を測定した。
【0092】
(1-4)NMR
核磁気共鳴吸収分析装置(JNM-AL300:日本電子社製)にて水素核磁気共鳴(1H-NMR、300MHz)スペクトル及びリン核磁気共鳴(31P-NMR、109MHz)を測定し、構造解析を行った。
【0093】
(2)ホスホン酸エステルの製造
(2-1)実施例1
側管付き滴下漏斗及び温度計を備えた攪拌装置付き四ツ口フラスコに、9,10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシド(68.4g、0.316mol)、トルエン300mlを投入し、窒素雰囲気化で20℃以下まで攪拌冷却した。トリクロロイソシアヌレート(TCCA)(24.5g、0.105mol)を10回にわたって間欠投入し、塩素化を進行させた。TCCAを投入するとフラスコ内温は速やかに上昇し、反応の進行が確認された。TCCAの投入は、フラスコ内温が常に40℃以下になるよう、適宜行った。投入後、さらに20℃以下で1時間攪拌し、反応を完結させた。さらにフェノール(30.4g、0.323mol)を投入し、側管付き滴下ロートよりトリエチルアミン(TEA)(56.2g、0.555mol [モル比でTEA:TCCA=5.27:1])をフラスコ内温が常に40℃以下になるような速度で滴下した。滴下終了後、1時間そのまま攪拌し、反応を完結させた。反応液を水道水で洗浄し、さらに1%リン酸水溶液及び飽和食塩水で洗浄した。反応液をエバポレーターにて減圧濃縮して微黄色固体の粗生成物を得て、メタノール-水で再結晶することにより、白色結晶状粉末の下記式(A)で表される化合物(88.8g、0.288mol、収率91%)を得た。
【0094】
得られた化合物の純度は99.3%であった。
1H-NMR(CDCl3):δ/ppm 7.02-7.12(m、3H)、7.18-7.29(m、4H)、7.33-7.37(m、1H)、7.46-7.51(m、1H)、7.67-7.73(m、1H)、7.91-8.03(m、3H)
・LC/ms(ESI、ポジティブ):[M+H]+;m/z=309(計算値C18H13O3P=308.27)。
【0095】
【化15】
【0096】
(2-2)実施例2
実施例1のフェノールを4-t-ブチルフェノール(48.5g、0.323mol)に変更した以外は、同様に反応をおこなった。白色結晶状粉末の下記式(B)で表される化合物(101.5g0.279mol、収率88%)を得た。
【0097】
得られた化合物の純度は99.5%であった。
1H-NMR(CDCl3):δ/ppm 1.24(s、9H)、6.94-6.99(m、2H)、7.22-7.43(m、5H)、7.50-7.56(m、1H)、7.72-7.79(m、1H)、7.94-8.07(m、3H)
・LC/ms(ESI、ポジティブ):[M+H]+;m/z=365(計算値C22H21O3P=364.37)。
【0098】
【化16】
【0099】
(2-3)実施例3
実施例1のフェノールをハイドロキノン(17.1g、0.157mol)に変更した以外は、同様に反応をおこなった。TEA滴下後、反応液を水洗したところ水及び有機溶剤に不溶の粗生成物が得られたため、濾別後、メチルエチルケトン(MEK)で再結晶することより、白色結晶状粉末の下記式(C)で表される化合物(70.9g、0.132mol、収率84%)を得た。
【0100】
得られた化合物の純度は99.5%であった。
1H-NMR(CDCl3):δ/ppm 6.92-8.02(m、20H)
31P-NMR(CDCl3):δ/ppm 7.15
・元素分析 C66.88、H3.80、P11.40(理論値C30H20O6P2=C66.92、H3.74、P11.51)。
【0101】
【化17】
【0102】
(2-4)実施例4
実施例3のハイドロキノンをレゾルシノール(17.1g、0.157mol)に変更した以外は、同様に反応をおこなった。白色結晶状粉末の下記式(D)で表される化合物(68.8g、0.128mol、収率82%)を得た。
【0103】
得られた化合物の純度は99.8%であった。
1H-NMR(CDCl3):δ/ppm 6.78-8.03(m、20H)
31P-NMR(CDCl3):δ/ppm 7.02
・元素分析 C66.90、H3.98、P11.42(理論値C30H20O6P2=C66.92、H3.74、P11.51)。
【0104】
【化18】
【0105】
(2-5)実施例5
実施例3のハイドロキノンをエチレングリコール(9.6g、0.155mol)に変更した以外は、同様に反応をおこなった。白色結晶状粉末の下記式(E)で表される化合物(63.4g、0.129mol、収率83%)を得た。
【0106】
得られた化合物の純度は98.8%であった。
1H-NMR(CDCl3):δ/ppm 4.03-4.19(m、4H)、7.09-7.96(m、16H)
31P-NMR(CDCl3):δ/ppm 1.11
・元素分析 C63.63、H4.00、P12.75(理論値C26H20O6P2=C63.68、H4.11、P12.63)。
【0107】
【化19】
【0108】
(2-6)実施例6
実施例3のハイドロキノンをネオペンチルグリコール(16.1g、0.155mol)に変更した以外は、同様に反応をおこなった。白色結晶状粉末の下記式(F)で表される化合物(33.0g、0.062mol、収率40%)を得た。
【0109】
得られた化合物の純度は98.8%であった。
1H-NMR(CDCl3):δ/ppm 0.49、0.56(s、3H)、1.08(s、3H)、3.22-3.48、3.56-3.63、3.78-3.91(m、4H)、6.81-7.93(m、16H)
31P-NMR(CDCl3):δ/ppm 6.01、6.24、11.51、12.09
・元素分析 C65.44、H5.10、P11.58(理論値C29H26O6P2=C65.42、H4.92、P11.63)。
【0110】
【化20】
【0111】
(2-7)実施例7
実施例1のTEAの量を36.3g、0.359mol [モル比でTEA:TCCA=3.40:1]に変更した以外は、同様に反応をおこなった。水洗時、水を加えても水層に不溶物(イソシアヌル酸)の析出がみられた。ただ、使用した3.40モル等量のTEAうち、3.00 モル等量のTEAは発生した塩化水素で中和され、余剰の0.40 モル等量lのTEAが、析出したシアヌル酸を溶解していると考えられる。このため、本実施例で析出したシアヌル酸量は、TEAを使用しない場合に比べて、少ないと考えられる。反応液を濾別後、1%リン酸水溶液及び飽和食塩水で洗浄した。ただ、白色結晶状粉末の式(A)で表される化合物(86.6g、0.281mol、収率89%)を得た。得られた化合物の純度は99.2%であった。
【0112】
(2-8)比較例1
側管付き滴下漏斗及び温度計を備えた攪拌装置付き四ツ口フラスコに、9、10-ジヒドロ-9-オキサ-10-ホスファフェナントレン-10-オキシド(68.4g、0.316mol)、フェノール(30.4g、0.323mol)、トリエチルアミン(36.3g、0.359mol)及びジクロロメタン320mlを投入し、窒素雰囲気下でフラスコを10℃以下まで攪拌冷却した。側管付き滴下ロートより四塩化炭素(65.0g、0.423mol)をフラスコ内温が常に15℃以下になるような速度で滴下した。滴下終了後、1時間そのまま攪拌し、反応を完結させた。反応液を2%水酸化ナトリウム水溶液及び飽和食塩水で洗浄した。反応液をエバポレーターにて減圧濃縮して微黄色固体の粗生成物を得て、メタノール-水で再結晶することにより、白色結晶状粉末の式(A)で表される化合物(86.5g、0.281mol、収率89%)を得た。エバポレーターで留去された溶液は、少量の四塩化炭素を含むクロロホルムとジクロロメタンの混合溶液であり、特定有害産業廃棄物として処理する必要があった。得られた化合物の純度は98.8%であった。