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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-25
(45)【発行日】2024-04-02
(54)【発明の名称】脳機能計測装置及び脳機能計測方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/246 20210101AFI20240326BHJP
【FI】
A61B5/246
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020556169
(86)(22)【出願日】2019-11-14
(86)【国際出願番号】 JP2019044712
(87)【国際公開番号】W WO2020100983
(87)【国際公開日】2020-05-22
【審査請求日】2022-08-10
(31)【優先権主張番号】P 2018214249
(32)【優先日】2018-11-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】510108951
【氏名又は名称】公立大学法人広島市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100007983
【弁理士】
【氏名又は名称】笹川 拓
(72)【発明者】
【氏名】樋脇 治
【審査官】藤原 伸二
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-122019(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0193476(US,A1)
【文献】特開2009-034404(JP,A)
【文献】磁気刺激および脳磁図計測による非侵襲的脳神経機能診断に関する研究,日産科学振興財団研究報告書,No.18,日本,1995年,p.5-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/245-5/246
A61B 10/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者の頭皮上に配置され、N極から出て、前記被検者の大脳皮質部を通り、S極にループ状の経路で帰還する磁界を発生させる磁界発生手段と、
前記頭皮上に配置され、前記磁界の変化を前記大脳皮質部の活動状態を反映した信号として検出する磁界検出手段と、
を備えることを特徴とする脳機能計測装置。
【請求項2】
前記磁界発生手段が、永久磁石又は電磁石であることを特徴とする、
請求項1に記載の脳機能計測装置。
【請求項3】
前記磁界検出手段が、1軸磁界検出器、2軸磁界検出器、及び3軸磁界検出器のいずれかであることを特徴とする、
請求項1に記載の脳機能計測装置。
【請求項4】
前記磁界発生手段と前記磁界検出手段とを収容し、前記頭皮に対向する部分以外から入り込む外界からの磁界を遮蔽する磁気シールド容器をさらに備えることを特徴とする、
請求項1に記載の脳機能計測装置。
【請求項5】
前記磁界発生手段と前記磁界検出手段とが取り付けられ、前記磁界発生手段と前記磁界検出手段を結ぶ線の中央を回転中心とし、前記頭皮に垂直な軸の回転により、回転自在に構成された回転部材を備えることを特徴とする、
請求項1から4のいずれか一項に記載の脳機能計測装置。
【請求項6】
前記磁界発生手段は、前記頭皮に面した極をN極か、S極かのいずれかに変更できる構造を有することを特徴とする、
請求項1から5のいずれか一項に記載の脳機能計測装置。
【請求項7】
非侵襲で脳機能を計測する脳機能計測方法であって、
被検者の頭皮上に配置された磁界発生手段を用いて、前記被検者の脳最外部の大脳皮質部に向けて磁界を照射し、
前記磁界発生手段からの静磁界がN極から出て前記大脳皮質部を通りS極にループ状の経路で帰還する現象により、前記大脳皮質部の活動状態を反映した信号として帰還する磁界を前記頭皮上に配置された磁界検出手段で検出することを特徴とする、
脳機能計測方法。
【請求項8】
前記磁界発生手段として永久磁石又は電磁石を用いることを特徴とする、
請求項7に記載の脳機能計測方法。
【請求項9】
前記磁界検出手段として1軸磁界検出器、2軸磁界検出器、及び3軸磁界検出器のいずれかを用いることを特徴とする、
請求項7に記載の脳機能計測方法。
【請求項10】
前記磁界発生手段と前記磁界検出手段とを収容する磁気シールド容器を用いて、前記頭皮に対向する部分以外から入り込む外界からの磁界を遮蔽することを特徴とする、
請求項7に記載の脳機能計測方法。
【請求項11】
前記磁界発生手段と前記磁界検出手段とが取り付けられ、前記磁界発生手段と前記磁界検出手段を結ぶ線の中央を回転中心とし、前記頭皮に垂直な軸を有する回転部材を回転させて、磁界が照射される方向と前記大脳皮質部の神経線維の方向との相対的な関係を変更しつつ、前記磁界発生手段で磁界を発生させ、前記磁界検出手段で磁界を検出することを特徴とする、
請求項10に記載の脳機能計測方法。
【請求項12】
前記磁界発生手段において前記頭皮に面した極をN極あるいはS極に選択することで前記大脳皮質部に照射される磁界の方向を変更し、前記磁界検出手段で磁界を検出することを特徴とする、
請求項7から11のいずれか一項に記載の脳機能計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N極からS極にループ状の経路で帰還する磁界を発生させる磁石等の磁界発生手段と、当該磁界の変化を検出する磁界検出手段とを備える脳機能計測装置及び脳機能計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、非侵襲で脳機能を計測する方法として、例えば機能的近赤外分光法(Near Infra-Red Spectroscopy:NIRS)が提案されている。この方法は、目や耳等の感覚器から取り込んだ視覚や聴覚等の情報を電気信号に変えて脳に伝搬する際の神経細胞の情報伝達機能を、脳の毛細血管を流れる酸素化ヘモグロビン量の変化として、近赤外光を使用して計測する方法である。
【0003】
特許文献1及び特許文献2は、機能的近赤外分光法を利用して大脳皮質における脳活動を計測する非侵襲的脳機能計測装置を開示している。この計測装置は、被検者の頭皮部(以下、頭皮と略記することがある)に配置した光源から脳に近赤外光を照射し、この照射により生じた反射光及び散乱光を同じく頭皮上に配置した受光器によって受光することで、脳の活動状態を脳の毛細血管の血流変化として計測する。
【0004】
また、脳を透過した近赤外光の計測による非侵襲的脳機能計測法として、特許文献3に係る発明が開示されており、近赤外光の発光源を口腔内に配置して脳底部から頭皮方向に近赤外光を照射し、頭皮上に配置した受光器によって透過光を受光することで、脳の活動状況を脳の毛細血管の血流変化として計測している。この場合、脳の深い部分を近赤外光が透過するため、脳内部の活動を反映した脳機能計測が可能である。
【0005】
さらに、磁石等を用いた非侵襲的脳機能計測装置として、特許文献4に係る発明が開示されており、磁石等の磁界発生源を口腔内に配置し、脳底部から頭皮方向に磁界を発生させ、頭皮上に配置した磁界検出器によって透過磁界を計測することで、脳の活動状況を磁界の変化として計測している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭57-115232号公報
【文献】特開昭63-275323号公報
【文献】特開2010-082370号公報
【文献】特開2018-122019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1及び2に開示されている計測装置では、近赤外光の光源がその反射光及び散乱光を受光する受光器と同じ頭皮上に位置するため、光源と受光器とを例えば数cm程度隔てて配置する必要がある。このため、空間分解能が低く、脳の浅い部分の脳活動しか計測することができず、脳内部の脳機能を高精度に計測することができない。また、酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの吸光度変化を高々数秒オーダーでしか計測することができず、時間的な分解能も低い。
【0008】
特許文献3に開示されている脳機能計測装置では、近赤外光の発光源を口腔内に配置するため、発光源に電力を供給しなければならず、例えばリード線や信号線を口腔内に引き込んだり、電池を口腔内に置いたりする必要がある。このため、被検者に不快感を与えると共に、計測作業が煩雑になる。また、近赤外光が脳底部を通過するため、脳底部に近い感覚器である、例えば目の網膜に近赤外光が悪影響を与えることも懸念される。さらに、受光器を頭皮に密着させなければならず、頭髪等が受光器と頭皮の間に挟まると計測感度が低下してしまう。
【0009】
特許文献4に開示されている脳機能計測装置では、磁石等の磁界発生源を口腔内に配置し、脳底部から頭皮方向に磁界を発生させ、頭皮上に配置した磁界検出器によって透過磁界を計測する。こうすることで、特許文献3に開示された脳機能計測装置のいくつかの課題が解消されている。しかしながら、良く知られているように磁石等からの静磁界はN極からS極にループ状の経路で帰還するため、脳の活動部位と頭皮上の計測点にずれが生じ、磁石と磁界検出器を結んだ直線近傍の大脳皮質部を活動部位として特定することが困難になるという問題がある。
【0010】
本発明は、上記の課題に鑑み、脳の活動部位を正確かつ簡便に特定できる高精度な計測を可能とする脳機能計測装置及び脳機能計測方法を提供することを目的とする。より詳細には、頭皮上に配置した磁石から静磁界を頭皮内部に照射し、磁石からの静磁界がループ状の経路で帰還する現象を利用して、脳最外部の大脳皮質部を経由して頭皮に帰還した磁界の強度を磁界検出器で計測することで脳の活動部位及び活動状態を計測する脳機能計測装置及び脳機能計測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明の第1の観点に係る脳機能計測装置は、
被検者の頭皮上に配置され、N極から出て、前記被検者の大脳皮質部を通り、S極にループ状の経路で帰還する磁界を発生させる磁界発生手段と、
前記頭皮上に配置され、前記磁界の変化を前記大脳皮質部の活動状態を反映した信号として検出する磁界検出手段と、
を備える。
【0012】
前記磁界発生手段が、例えばフェライト磁石、サマリウムコバルト磁石、アルニコ磁石、ネオジウム磁石等の永久磁石又は電磁石である、
こととしても良い。
【0013】
前記磁界検出手段が、1軸磁界検出器、2軸磁界検出器、及び3軸磁界検出器のいずれかである、
こととしても良い。
【0014】
前記磁界発生手段と前記磁界検出手段とを収容し、前記頭皮に対向する部分以外から入り込む外界からの磁界を遮蔽する磁気シールド容器をさらに備える、
こととしても良い。
すなわち、前記磁界発生手段と前記磁界検出手段は一組の計測セット(以下、検出端と略記することがある。)として、他の磁界発生手段あるいは測定環境に存在する地磁気等の磁界との干渉を回避するため、磁気シールド容器内に設置する、
こととしても良い。
【0015】
前記磁界発生手段と前記磁界検出手段とが取り付けられ、前記磁界発生手段と前記磁界検出手段を結ぶ線の中央を回転中心とし、前記頭皮に垂直な軸の回転により、回転自在に構成された回転部材を備える、
こととしても良い。
【0016】
前記磁界発生手段は、前記頭皮に面した極をN極か、S極かのいずれかに変更できる構造を有する、
こととしても良い。
【0017】
係る目的を達成するための本発明の第2の観点に係る脳機能計測方法は、
非侵襲で脳機能を計測する脳機能計測方法であって、
被検者の頭皮上に配置された磁界発生手段を用いて、前記被検者の脳最外部の大脳皮質部に向けて磁界を照射し、
前記磁界発生手段からの静磁界がN極から出て前記大脳皮質部を通りS極にループ状の経路で帰還する現象により、前記大脳皮質部の活動状態を反映した信号として帰還する磁界を前記頭皮上に配置された磁界検出手段で検出する。
【0018】
前記磁界発生手段としては、例えば、フェライト磁石、サマリウムコバルト磁石、アルニコ磁石、ネオジウム磁石等の永久磁石又は電磁石を用いる、
こととしても良い。
【0019】
前記磁界検出手段として1軸磁界検出器、2軸磁界検出器、及び3軸磁界検出器のいずれかを用いる、
こととしても良い。
【0020】
前記磁界発生手段と前記磁界検出手段とを収容する磁気シールド容器を用いて、前記頭皮に対向する部分以外から入り込む外界からの磁界を遮蔽する、
こととしても良い。
すなわち、前記磁界発生手段と前記磁界検出手段を一組の計測セット(以下、検出端と略記することがある。)として、他の磁界発生手段あるいは測定環境に存在する地磁気等の磁界との干渉を回避するため、磁気シールド容器内に設置して用いることができる。
【0021】
前記磁界発生手段と前記磁界検出手段とが取り付けられ、前記磁界発生手段と前記磁界検出手段を結ぶ線の中央を回転中心とし、前記頭皮に垂直な軸を有する回転部材を回転させて、磁界が照射される方向と前記大脳皮質部の神経線維の方向との相対的な関係を変更しつつ、前記磁界発生手段で磁界を発生させ、前記磁界検出手段で磁界を検出する、
こととしても良い。
【0022】
前記磁界発生手段において前記頭皮に面した極をN極あるいはS極に選択することで前記大脳皮質部に照射される磁界の方向を変更し、前記磁界検出手段で磁界を検出する、
こととしても良い。
【発明の効果】
【0023】
本発明の脳機能計測装置及び脳機能計測方法によれば、比較的簡便な装置構成で大脳皮質部の神経細胞の活性状態を非侵襲で計測することができ、磁界信号を用いることで、検出端と頭皮の間に頭髪等が挟みこまれた時にも、その影響を受けることなく高精度な計測が可能となる。また、検出端を回転自在に構成することで、一度の検出端の装着で照射する磁界の方向を可変とすることができ、大脳皮質部の神経線維の方向に関する情報を簡単な手順で把握することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の脳機能計測装置の構成を示す模式図である。
図2】磁気シールド容器を備える脳機能計測装置の構成を示す模式図である。
図3A】磁界発生手段の極性を変えた計測の概念を示す図であり、頭皮に接触する面をN極とした図である。
図3B】磁界発生手段の極性を変えた計測の概念を示す図であり、頭皮に接触する面をS極とした図である。
図3C】頭皮に面した極をN極、S極の任意に変更できる構造の一例を示す図である。
図4A】回転自在機能を有する検出端の一例を示す概略図である。
図4B】取り付け盤と磁気シールド容器との一部断面図である。
図4C】脳機能計測装置の構成要素の位置関係を示す模式図である。
図5】脳機能計測方法の流れを示す模式図である。
図6A】従来法の計測イメージを示す模式図である。
図6B図1の脳機能計測装置の計測イメージを示す模式図である。
図7】脳機能計測装置の外観の一例を示す図である。
図8A】右手首正中神経刺激時の脳機能計測方法と計測結果を示し、頭皮上への16個の検出端の配置を示した図である。
図8B】それぞれの検出端で計測した時系列信号を示したグラフである。
図9】磁界の方向を変えたときの検出結果の違いを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明は、磁界を利用して脳の活性状態を計測する脳機能計測装置及び脳機能計測方法である。本発明は、被検者の頭皮上の複数点での計測結果に基づいて被検者の脳のどの部位が活性化しているのかを評価する逆問題の解を求めるに当たって、脳波方式(Electro-EncephaloGraphy:EEG)に比べ、以下のような優位性を有している。
1.頭部の透磁率は略均一であるため、神経細胞から頭皮までに介在する物質(脳脊髄液、硬膜、骨等、以下、介在物質と略記することがある。)の誘電率が異なることによる影響を受けやすい脳波方式に比べ、精度の高い計測が可能となる。
2.上記逆問題の解を求める際に上記介在物質の影響を考慮しなくてすむので、アルゴリズムの簡略化が可能となる。
【0026】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。図中、同一機能を有するものについては同一番号を付し、説明を割愛することがある。
【0027】
図1には、本実施の形態に係る脳機能計測装置100の構成が示されている。図1に示すように、脳機能計測装置100は、磁界発生手段2と、磁界検出手段5と、を備える。
【0028】
磁界発生手段2は、被検者Pの頭皮1の上部に配置されている。磁界発生手段2は、被検者Pの脳の活動状態の計測対象となる大脳皮質部3に磁界(静磁界)4を照射する。磁界4は、N極から出て、被検者Pの大脳皮質部3を通り、S極にループ状の経路で帰還する。本実施の形態では、磁界発生手段2においてS極からN極を見た方向を磁界の照射方向とする。磁界発生手段2は、永久磁石であるが、電磁石であっても良い。永久磁石を用いる場合には、フェライト磁石、サマリウムコバルト磁石、アルニコ磁石、ネオジウム磁石を採用することができる。電磁石を用いる場合には、電磁コイルを採用することができる。
【0029】
磁界検出手段5は、脳の活動との相互作用によって変化を受けた後に頭皮1に帰還した磁界4の変化を検出する。磁界検出手段5の検出結果に基づいて、大脳皮質部3の活性状態が計測される。なお、磁界検出手段5は、1軸方向の磁界を検出する1軸磁界検出器であっても良いし、2軸直交方向の磁界を検出する2軸磁界検出器であっても良いし、3軸直交方向の磁界を検出する3軸磁界検出器であっても良い。
【0030】
磁界検出手段5で検出された大脳皮質部3の活性状態を示す信号は、アナログ/デジタル変換器10により、時系列のデジタル信号データに変換される。変換されたデジタル信号データは、パソコン等で構成される機器11に格納される。機器11に格納されたデジタル信号データは、必要に応じて信号処理・演算等が行われる。
【0031】
なお、図1では一組の磁界発生手段2及び磁界検出手段5及びその計測状態のみが示されている。しかしながら、必要に応じて、複数組の磁界発生手段2と磁界検出手段5を被検者Pの頭皮1の上部のそれぞれの計測点に配置すれば、それぞれの複数の計測点における大脳皮質部3の活動状態を同時に計測することが可能となる。
【0032】
図2図3A図3B図4Aに示すように、脳機能計測装置100は、磁気シールド容器6と、取り付け盤7と、をさらに備える。磁気シールド容器6は、空洞円柱型の容器であり、底面部6aが頭皮1に対向するように配置されている。取り付け盤7は、頭皮1上に配置され、磁気シールド容器6を支持している。
【0033】
磁気シールド容器6は、底面部6a以外は、磁気を遮蔽する素材で構成されている。他の磁界発生手段2あるいは測定環境に存在する地磁気等の磁界との干渉を回避するためである。磁界発生手段2及び磁界検出手段5は、磁気シールド容器6に収容されており、具体的には、底面部6a近傍に配置されている。磁界発生手段2と磁界検出手段5とが配置された底面部6aを検出端ともいう。
【0034】
磁界発生手段2による磁界の照射、磁界検出手段5による磁界の検出を可能とするため、磁気シールド容器6の底面部6aは、磁気シールド効果を有しない材料で作製されている。このように、磁界発生手段2と磁界検出手段5とを、頭皮1に対向する部分以外から入り込む外界からの磁界を遮蔽する磁気シールド容器6で覆うことにより、ノイズとなる磁界の影響を抑制した、高精度な計測が可能となる。
【0035】
なお、磁界発生手段2のN極から出て大脳皮質部3を通過した磁界4を磁界検出手段5で検出するために、磁界発生手段2と磁界検出手段5とは、所定の間隔だけ離して設置する必要がある。図2に示すように、本実施の形態では、磁界発生手段2と磁界検出手段5との間隔は、25mmとなっている。しかしながら、本発明はこれには限定されない。この間隔は、磁界発生手段2のN極から出て、大脳皮質部3を通過した磁界が、磁界検出手段5で十分に検出できるような間隔であればよく、25mmには限定されない。
【0036】
図3A及び図3Bには、磁界発生手段2から大脳皮質部3に照射される磁界4の極性を変更した検出端6aの構造が示されている。図3Aでは、頭皮1と接触する側が磁極Nとなっており、図3Bでは、頭皮1と接触する側が磁極Sとなっている。磁界4と大脳皮質部3の活動の相互作用は、それらの相対的な方向によって変化する。このため、必要に応じて図3A及び図3Bに示すように、磁界の向きを変更することで、大脳皮質部3内の神経線維の活動の方向に対応した計測を行うことが可能となる。なお、磁界発生手段2を電磁石(電磁コイル)とした場合には、電磁コイルに流す電流を逆にすれば、N極とS極を反転することができる。
【0037】
磁界発生手段2と磁界検出手段5を磁気シールド容器6の底面部6aに載置し、手動あるいは、図3Cに示すように、モータ等の回転駆動手段2aによって、磁界発生手段2を回転させる。このようにすれば、複雑な構造を有する大脳皮質部3に照射される磁界4の方向を変更することができる。この結果、検出端6aを頭皮1上に配置したままの状態で、簡便に、磁界4と神経細胞の相対的な方向を変化させた時の磁界検出手段5で検出信号を検出することが可能となる。磁界発生手段2は、頭皮1に面した極をN極、S極の任意に変更できる構造を有する。
【0038】
図4Aに示すように、磁気シールド容器6を回転自在とするため、磁気シールド容器6と取り付け盤7とは摺動自在に構成されている。具体的には、取り付け盤7には、頭皮1に垂直な軸7aが設けられている。その軸は、図4Bに示すように、回転部材としての磁気シールド容器6の底面部6aの中央に設けられた貫通穴6bに差し込まれている。この構成により、磁気シールド容器6は、取り付け盤7の軸7aを中心に回転自在に支持されている。磁界発生手段2と磁界検出手段5とは、磁気シールド容器6の内側側面に取り付けられている。この構成によれば、図4Cに示すように、取り付け盤7の軸7aは、磁界発生手段2と磁界検出手段5を結ぶ線の中央となり、その軸が回転中心となって磁気シールド容器6を回転させれば、磁界発生手段2及び磁界検出手段5の相対的な位置関係を変更することができる。すなわち、磁気シールド容器6は、磁界発生手段2と磁界検出手段5とが取り付けられ、磁界発生手段2と磁界検出手段5を結ぶ線の中央を回転中心とし、頭皮1に垂直な軸の回転により、回転自在に構成された回転部材として機能する。
【0039】
上述の構成を有する脳機能計測装置100を用いて非侵襲で脳機能を計測する脳機能計測方法について説明する。図5に示すように、まず、脳機能計測装置100において、被検者Pの頭皮1上に配置された磁界発生手段2を用いて、被検者Pの脳最外部の大脳皮質部3に向けて磁界4を照射する(ステップS1)。続いて、磁界発生手段2からの磁界4がN極から出て大脳皮質部3を通りS極にループ状の経路で帰還する現象により、大脳皮質部3の活動状態を反映した信号として帰還する磁界を頭皮1上に配置された磁界検出手段5で検出する(ステップS2)。磁界検出手段5で検出された磁界は、大脳皮質部3の活動状態を反映した信号となる。
【0040】
以上の説明から判るように、図3A図3B及び図3Cに示す検出端6aの使い分けと図4A及び図4Bに示す回転機構(磁気シールド容器6)の併用によって、複雑な構造を持った大脳皮質部3に存在する種々の方向を持つ神経細胞に対応した計測値を得ることが可能となる。
【0041】
従来の脳磁計は、図6Aに示すように、振動源(脳活動部位)から伝わる振動(変動磁界)を遠くのセンサで計測するようなものであり、計測される信号の大きさはかなり小さなものになる。この信号の大きさは、数百fT程度である。これに対して、本実施の形態に係る手法は、図6Bに示すように、流路(定常磁界)の途中にある振動源(脳活動部位)により変動する定常流を下流で計測するようなものであり、比較的大きな信号を計測することができる。この信号の大きさは、1~5nT程度である。
【0042】
[実施例]
本実施の形態に係る脳機能計測装置100及び脳機能計測方法の一実施例について説明する。
【0043】
図7には、16個の計測点で、すなわち16の計測セット(検出端)を用いて、右手首の正中神経の電気刺激試験に対して大脳皮質部3に誘発される信号の計測を行った時の被検者Pの頭部に装着された脳機能計測装置100が示されている。磁界発生手段2(図1参照)として、直径5mm、厚さ2mmのフェライト磁石が用いられた。磁界検出手段5(図1参照)として、アイチ・マイクロ・インテリジェント社製の高感度センサ「MI-CB-1DH」が用いられた。さらに、磁気シールド容器6として、直径30mm、高さ51mmのポリプロピレン製の空洞円柱容器を、日立金属社製の厚さ0.12mmの磁気シールド材F1AH0607で覆うことにより作製したものが用いられた。磁気シールド容器6(ポリプロピレン製の空洞円柱容器)の底面部6aは、磁気シールド材で覆うことなく、頭皮1に向けて開放されている。
【0044】
また、取り付け盤7(図4A参照)は、直径26mm、厚さ2.4mmのプラスチック円板とした。実際には、磁界発生手段2と磁界検出手段5とは、磁気シールド容器6内において、25mmを隔てて配置されるようにした。
【0045】
信号計測中に、正中神経にパルス幅500μs、強度3mAの電気刺激を、表面刺激電極により与えた。刺激間隔は1.5sに設定し、刺激前100msから刺激後1000msまでの信号を計測し、200回の計測データの加算平均を計算することにより体性感覚誘発信号が得られた。
【0046】
図8A及び図8Bは、脳機能計測装置100の概要を示した図である。図8Aには、被検者Pの頭皮1における16個の計測セット(検出端)の配置部位(計測点)が示されている。また、図8Bには、16個の計測セット(検出端)の配置部位(計測点)において磁界検出手段5から得られた実際の時系列の信号波形が示されている。図8BのF5,F3,F4,F6等の計測結果のグラフは、図8A中の計測点F5,F3,F4,F6での計測結果である。
【0047】
なお、計測セット(検出端)の配置部位(計測点)は、脳波計測に用いられる拡張国際10-20法の電極配置におけるF3,F4,F5,F6,C3,C4,C5,C6,Cz,CP3,CP4,P3,P4,P5,P6,Pzの16か所である。また、簡単化のため、各チャネルの磁界の方向を頭部の前部から後部に向かう方向に揃えて実験した。
【0048】
右手の正中神経刺激に対して活動する大脳皮質部3の部位は、左大脳半球の第一次体性感覚野の手の領域であり、この部位に最も近い拡張国際10-20法の位置はCP3である。本実施例に係る脳機能計測装置100及び脳機能計測方法を用いると、図8Bに示す通り、このCP3の部位に限局して大きな振幅の信号が観察され、本実施の形態に係る脳機能計測装置100を用いた脳機能計測方法の有効性が確認された。
【0049】
試作した16チャネルの脳機能計測装置100を用いて体性感覚誘発信号を計測した。左手首正中神経の電気刺激を行なったときの体性感覚誘発信号を計測した結果、頭部右半球の妥当な位置(脳の第一次体性感覚野の手の支配領域近傍のCP4の位置)に大きな信号が局所的に観察されることを確認した。この結果により、従来の脳波や脳磁図よりも高い空間精度での計測が可能であることを実証された。
【0050】
また、磁界の方向(磁界発生手段2から見た磁界検出手段5の方向)により信号の振幅は変化する。例えば、図9に示すように、CP4の位置において、本実施例に係る脳機能計測装置100において、磁気シールド容器6を回転させ、それぞれ直交する4つの磁界の方向で計測を行ったところ、磁界の方向(磁界発生手段2から見た磁界検出手段5の方向)により信号の振幅は変化することを確認した。これは、他の15箇所の位置でも同じであった。磁界の方向の情報を含むベクトル的な脳信号計測が可能であることは、従来法にはない特長である。
【0051】
なお、上記実施の形態では、磁界発生手段2のN極又はS極を頭皮1に向けるようにしたが、本発明はこれには限られない。大脳皮質部3を磁界が通過するのであれば、N極及びS極を頭皮1に向けないで磁界発生手段2を設置するようにしても良い。
【0052】
この発明は、この発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、この発明の範囲を限定するものではない。すなわち、この発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【0053】
なお、本願については、2018年11月15日に出願された日本国特許出願2018-214249号を基礎とする優先権を主張し、本明細書中に日本国特許出願2018-214249号の明細書、特許請求の範囲、図面全体を参照として取り込むものとする。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、簡便な装置構成と簡単な手順で脳の活性状態を高精度に計測することが可能となり、非侵襲での脳機能計測に適用することができる。
【符号の説明】
【0055】
1 頭皮
2 磁界発生手段
2a 回転駆動手段
3 大脳皮質部
4 磁界(静磁界)
5 磁界検出手段
6 磁気シールド容器
6a 底面部(検出端)
6b 貫通穴
7 取り付け盤
7a 軸
10 アナログ/デジタル変換器
11 機器
100 脳機能計測装置
P 被検者
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図4A
図4B
図4C
図5
図6A
図6B
図7
図8A
図8B
図9